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グラド Laboratory Tone-Arm

瀬川冬樹

ステレオサウンド 50号(1979年3月発行)
特集・「栄光のコンポーネントに贈るステート・オブ・ジ・アート賞」より

 古いカタログを探し出してみると GRADO LABORATORIES, INC. 4614 Seventh Ave. Brooklyn 20, N.Y. 価格は$39.50. とある。
 LP以後のアメリカのオーディオ機器のいわば第一期黄金時代というべき一九五〇年代。そのピークを飾ったマランツのアンプの全盛の頃、グラドは、ピックアップの分野でいわばマランツ級の超一流の評価を得ていた。それば単に性能の優れていたばかりでなく、デザインや仕上げが、複雑で洗練されていて、製作者の教養を感じさせる品位の高さがある。
 グラドは、モノ時代から主材に銃床(ガンストック)用のきわめて堅固なよく枯れたウォルナットを削り出した、流麗なスタイルのアームを作って、我々をびっくりさせた。無理のない美しい曲線が、極上のウォルナットの質感をよく生かして、見ただけで欲しくなるアームだった。ステレオ時代に入って、ラボラトリー・トーンアームと名づけて軽質量化したのが写真のアームで、モノ用よりもスリムになって、いっそう洗練の度を加えた。ウォルナットの地肌に、地色のままのアルミニウムの艶をおさえた白。メインウェイトの支持部とラテラルウェイトは支持部とラテラルウェイトは真鍮にブラッククロームメッキ。アーム根元のベースは、硬質ゴムを機械加工しているが、わざと平面でなく厚みをかえていて、取付後に回転させながらアームの水平を調整するという素晴らしい着想。アームレストにはマグネットキャッチが仕込んである。
 構造はダイナミックバランス型で、針圧は付属の針圧計による点は、当時の他の大半のアームと同様だ。カートリッジはテフロン製のスライドにとりつけて、先端部のネジでしめつける交換式。
 ステレオ初期の設計なので、針圧2グラム以下ではやや感度が鈍るが、たとえばオルトフォンSPUなど、3グラム以上かけてよいカートリッジなら、こんにちでも、上質のウッドアームのよく制動の利いた緻密な音質を楽しむことができる。

KEF LS5/1A

瀬川冬樹

ステレオサウンド 50号(1979年3月発行)
特集・「栄光のコンポーネントに贈るステート・オブ・ジ・アート賞」より

 一九七三年に、ロンドンのAESで、KEFの技術陣によって発表されたスピーカーの新しい測定・解析法は、その後日本やアメリカで広くとり入れられいっそう精密化して、スピーカーの動特性の解明に大きな役割を果しているが、この測定法について最も早い時期に示唆を与えたのが、かつてBBCの主任研究員を永く務めて、スピーカーの研究に大きな業績を残したD・E・L・ショーターであった。ショーターは、一九三〇年代からスピーカーの研究に着手しているが、LPやFMの出現によって、放送の質の大幅な向上をせまられる時代の近いことを見こして、一九四〇年代の後半から五〇年代にかけて、ぼう大な研究と実験を重ねながら、BBC放送局で使うための新型モニタースピーカーの開発に着手した。これが一応の成果をみたのは一九五五年から六年にかけてで、その結果を、A survey of performance criteria and design consideration for High-Quality Monitoring Loudspeakers という長い題の論文にまとめて、IEE(イギリス電気学会)に一九五七年十一月十二日に提出している。この論文中に引用された実験例が、のちのBBCの正式のマスターモニターLS5/1Aで、これを製品化する上での実際面で協力したのがレイモンド・クック(現KEF社長)だった。
 製品は一九五九年以降KEFのブランドで作られたが、BBC放送局で使うだけの、約250台が製造されたきりで、一般市販はしていない。たまたま、KEFが輸入元に対するサンプルの形で日本に送った2ペアが、幸いにして私の手元にあるきりだ。のちにマルチアンプを内蔵してMODEL5/1ACの名でこれも少量が入荷しているが、ユニットの一部以外は全く違う。先のショーターの論文が、NHKのモニターAS3001(BTS・R305=ダイヤトーン2S305)の開発にも多大な影響を与えていることは想像に難くない。

SME 3012

瀬川冬樹

ステレオサウンド 50号(1979年3月発行)
特集・「栄光のコンポーネントに贈るステート・オブ・ジ・アート賞」より

 SME3012は、いわゆる16インチLP用のロングサイズアームだが、これが同社の最初の作品で、一九五九年に発売された。当時はナイフエッジを支える軸受部が、のちにSMEの形を特長づけた例のオムスビ型の成型品ではなく、おそらく適当なサイズの金属パイプを輪切りにしただけで、いかにも生産量の少なさを思わせる。ヘッドシェルには、MADE IN DENMARK の刻印の入ったオルトフォンG型シェルを、ネームプレートだけSMEに貼りかえて流用していた。このオルトフォン型のプラグインコネクターを採用したことが、その後の、ことに日本のアームに大きな影響を与えたが、当初の製品はアルミニウムでなくステンレスパイプに制動材をつめていた。インサイドフォースキャンセラーもまだついていない。メインウェイト(バランス用)は、ヘッドシェル30グラム以上に対応できるよう大型で、ライダーウェイト(針圧加圧用オモリ)も、二分割できて、二個重ねると最大5グラムまでかけられる。G型シェルはカートリッジの取付位置を修整できないから、カートリッジ交換にともなって針先の位置の違いを修整するために、アームベースを前後にスライドさせる。軽針圧でのアームの操作の安全のために、油圧式のアームリフターが考案されている──というように、それ以前のいかなるアームよりも根本の動作原理を正しく解析し、正しいしかもユニークな解答を与えた点がSMEの大きな功績で、このことが、やがて軽針圧時代を迎えた世界じゅうのピックアップに、どれほど大きな影響を及ぼしたか測り知れない。
 いま考えてもふしぎなことは、オルトフォンがSPUを発売した一九五九年に、いち早くエイクマン(SME社長)が殆どそのSPUのための精密アームを仕上げている点だ。だが、その後シュアに転向して、徹底的に軽針圧を追求するようになるのもおもしろい。それにしてもSMEは、ふつう言われているユニバーサルアームではなく、一個のカートリッジに対して、特性を徹底的に合わせこんでゆくというのが、本来の思想であることを、蛇足ながら申し添えたい。

EMT 927Dst

瀬川冬樹

ステレオサウンド 50号(1979年3月発行)
特集・「栄光のコンポーネントに贈るステート・オブ・ジ・アート賞」より

 原形はR80と呼ばれ、なんと一九五三年に完成している。すでにフレーム(シャーシ)やターンテーブルの構造は、927と殆ど同じもので、少量(50台といわれる)が供給されたが、これをもとにEMT927シリーズは出来上った。
 ♯927は大別して三つのパートから構成される。第一に、直径16インチの超重量級ターンテーブル。これを支えるシャフトは、直径約20ミリ、長さは軸受部に入っている部分だけでも約160ミリ。材質は吟味され、高い精度の加工と入念な焼入れによって、数千時間を経ても摩耗を生じない。軸受中央部には、容量約23ccの油槽があって、シャフトの一部に油漬けになっている。
 ターンテーブルを駆動するのは、スタジオ用テープデッキのキャプスタンモーターとほぼ同等の大形シンクロナスモーター。回転中に手を触れても、僅かの振動も感知できないほどダイナミックバランスが完璧だ。この静粛かつ強力なモーターで、慣性モーメントの大きなメインターンテーブルにリムドライブで、強力な回転エネルギーを与える。
 メインターンテーブル上には、プレクシグラス(硬質プラスチック)または硬質ガラスのサブターンテーブルが載る。ガラスの載ったものが927D(ステレオ用は927Dst)。いま日本で流行のガラスターンテーブルは、EMTがとうの昔にやっている。
 プレクシグラス製のほうは、930シリーズ同様、ブレーキによってサブターンテーブルの外周をおさえてスリップさせ、クイックスタート/ストップができる。これはリモートコントロールもできる。Dタイプは、ガラスのためこのメカニズムは使えない。
 ただしDタイプは、センタースピンドルにわずかなテーパーがついている。このスピンドルはバネで支えられていて、付属のセンターウェイトを載せると、ゆるく沈み、レコードをあいだにはさむ形──というよりターンテーブル上に貼りつけたように固定する。ガラスターンテーブルとエラスティック・スピンドルはD型だけの特徴だ。
 第二の部分は、TSD15に代表されるEMTカートリッジと専用のアーム。アームをコントロールするリフターがたいへん素晴らしいメカニズムで、オイル又は空気でダンプなどしていない直結型だが、手前のレバーを上下させる指の感触と、アーム(針先)の上下動の速さとが感覚的にみごとに一致していて、あたかも針先をじかに指でつかんで操作するかのような一体感がある。
 もうすとつはオプティカル・グルーヴ・インジケーター。右手前の細いすりガラスの窓に、ミリメートルスケールの精密目盛が刻まれている。スケール上にはタテに一条の細いライトビームが焦点を結ぶ。アームに移動にともなって、この光条は右から左に移動して、針先(音溝)の位置を知らせる。このスケールはオプションで、とりつけたものを927Aと呼ぶが、後述の927Dになると、スケールは四倍に拡大され、レコードの芯ブレや溝の送りの荒さまでが精確なミリメートル値で読みとれる。この部分だけでも、ちょっとした精密光学機器だ。
 第三は、スタジオ用ターンテーブルの常識として、ライン出力まで増幅するイコライザーアンプと、その電源が内蔵されていること。電源部には、リモートコントロール用のリレーも含まれる。
 927シリーズは元来モノフォニック時代の製品だったが、のちにステレオアンプが組込まれ、927st、927Ast、927Dstの3機種が追加された。
 この927シリーズを原形として、12インチLP専用にモディファイされたのが930シリーズだが、こちらにはガラスターンテーブルはつかない。また、フレームは(一見しただけではよくわからないが)927のような金属の鋳物ではなく、ガラス繊維入りの強化プラスチックになっている。アームもちがう。これらの相違のせいか、同じTSD15をつけても、まるで格の違う音がする。私はいまだ927以上の音のするプレーヤーを知らない。

T.T.O. R-12

瀬川冬樹

ステレオサウンド 50号(1979年3月発行)
特集・「栄光のコンポーネントに贈るステート・オブ・ジ・アート賞」より

 東京テレビ音響──といっても秋葉原のテレオンとまちがえられそうなほど、このメーカーを知る人はもはや少ないが、ティアックの前身、といえばわかりが早い。いまやテープレコーダーの専業メーカーとして名高いこのメーカーの最初の作品は、しかしディスク・ターンテーブルであった。型名をR12というリムドライブ型2スピードで、78/33がR12A、45/33がR12B。駆動モーターをインダクションでなくヒステリシスシンクロナスにしたものが、それぞれR12HA、HB。発表は昭和28年末だが、一般への発売は翌年に入ってからだった。当時、不二家の電蓄用リムドライブか、アカイのC3,C5ぐらいしかまともなモーターのなかったところへ、このプロフェッショナルタッチの本格的ターンテーブルの出現はショッキングで、私は吉祥の外れにある工場までこれを買いに行った。二年ほど後にこのターンテーブルはヤマハに買収され、GKデザイン研究所の手でリファインされて、KT1,KT1Hの名に変るが、ともかく、日本のLP初期にこのターンテーブルの果した役割は大きい。かつて日本電気音響KK(現DENON三鷹工場)で、NHK納入用はじめ本格的なプロ用機器の設計技術陣の中心人物であった、谷勝馬、阿部美春、井上丘氏らの作品なのだから、設計が良いのは当り前。

組み合わせ型プレイヤー

瀬川冬樹

別冊FM fan No.21(1979年3月発行)
「メーカーメイドプレイヤーに満足できない読者のために組み合わせ型プレイヤーを考える」より

メーカーメイドプレイヤーに満足できない読者のために
組み合わせ型プレイヤーを考える

 DDプレイヤーの出現で、ディスク・プレイヤーの性能に疑いを抱かなくなってしまってから久しい。多くの人たちがあの軽い30センチ径のLPを、1・5グラム前後といった超軽量の針圧でトレースするのだから、ダイレクトドライブ、クオーツロックのフォノモーター(ターンテーブル)の性能は、レコードを定速で円滑に回転させという目的からは、もう十分以上であると、大多数の人々が思い込んだのも無理もない。
 ところが誰いうとなく、いまのDDモーターの性能はほんとうにこれでよいのか、現在のディスク・プレイヤーは、レコードに刻まれた音の忠実な再現という面からみて、ほんとうにももう十分なのか、といった疑問がここ数年来投げかけられはじめた。
 たとえば、ターンテーブルとレコードのあいだにあるゴムのシート(マット)を、別のものに交換してみると音色が変わる。ヘッドシェルやアームを交換しても音が変わる。いやヘッドシェルやアームはそのままでも、接続してあるコードを交換してみるとそれでも音が変わる。フォノモーターをとりつけてあるベース(キャビネット)を補強すると音質が良くなる……。要するに、メーカーサイドであまり重視してなかった(あるいはメーカー自身では知っていても、本格的に対策を講じれば非常に高価になるため、できなかった)ような部分に、アマチュアたちが気づいてしまった。
 そして、かんじんのターンテーブルも、レコードの溝に刻まれた音のエネルギーは、想像をはるかに越えるほど強大なもので、実際に針先がレコードをトレースする状態では、力の弱いモーターでは問題が生じるらしいことも、少しずつわかりかけてきた。
 このことは、アンプやスピーカーやチューナーや、レコードの録音といった周辺の性能の向上にともなって、いっそう問題視されはじめ、昨年秋の全日本オーディオ・フェアあたりをきっかけにいくつかのメーカーが、それまではアマチュアがいわばバカげた道楽でしか作らなかったような、超ド級のプレイヤーの試作品を、それぞれに発表しはじめた。
 たまたま今回の規格で、それらの試作品あるいは製品のうちのいくつかを実際に聴いてみようということになった。中でもかなり興味を持ったのは、トリオが〝原器〟と(いささか大げさに)名づけた試作機で、これは、いまのところたった一台。重量が約150kgというものすごい作品で、同社の中野会長のお宅にあるということなので、拝聴に参上した。会長邸には、私も使って最も信頼している西独EMTのプロ用プレイヤー927Dstがあるので、比較もしやすい。そして、このほかにマイクロ、エクスクルーシヴ(パイオニア)、及びサエクを、それぞれ自宅に借りて試聴した。
 中でも、トリオの試作機とマイクロの糸ドライブ(これは市販する製品)は、音質の良さでは印象に残った。各社とも、サンプルがまだわずかしかないため、試聴の翌日にもうわが家から引き上げて行ったが、マイクロは、返すのが惜しいくらいだった。
 これらの試作品は、アンプやスピーカーの発展の影に埋もれていたプレイヤーの音質向上にいろいろな角度から光りをあてて、問題提起をしているといえる。その、プレイヤーの音質上の問題とは、どういう部分にあるのか、それを、十分とはいえないが以下に考えてみようというわけである。

PART1
試聴編
国産、海外最高級プレイヤー・システムを試聴して、プレイヤーの問題点を探る

 今回のこの話をするに当たって、ひとつの参考という形で、幾つかのメーカーがかなり実験的な意味も含めてトライしている、何て言ったらいいのかこういうものを一括する言葉がないが、パイオニア・エクスクルーシヴのP3、マイクロのRX5000、サエクのスチール製のターンテーブルデッキ・システム、それとトリオが原器と今のところ呼んでいる、実験的な超ど級のプレイヤーと、そして私の常用しているEMTの927といったプレイヤー・システムでいろいろなレコードを聴いてみた。とにかく同じカートリッジでも、それぞれのプレイヤー・システムに付け換えてみることによって、なんと同じレコードが非常に違ったニュアンスに聴こえたことか!……。
 ステレオサウンド48号のブラインドテストでも体験していたことではあるが、今回のようにオーディオ専業メーカーがベストを尽くしたと思われるプレイヤー・システムでも、やはり音の差が大きく出るのだということを改めて再確認した。参考という形で、たまたま家にあったパイオニアのごく標準的なセミオートのプレイヤーシステム、これは非常にコストパーフォーマンスのいい、一般愛好家用としては、非常に取り扱いのやさしい、便利のいいプレイヤーだが、これに対して、それの大体十倍前後の価格の開きがあるプレイヤーが同じカートリッジを取り付けて、本当にそれだけのことがあるのか、という興味もあったのだが、確かに出てきた音が、十倍払うだけの値打ちがあるかどうかということは、僕は個人個人の価値観の問題だと思ったが、けれども一人一人の主観だなんていうこと言うと、何か逃げてるみたいに思われるので、僕がかなり主観的な言い方をあえてここでさせていただければ……同じカートリッジをパイオニアの普及品に付けたときと、それからたとえばマイクロRX5000に付けた場合とでは、同じレコードから受ける音楽的な感銘はもう根本的に違った……。
 普通のローコスト普及型のプレイヤー、たまたまパイオニアを例に出したが、パイオニアが悪いという意味ではなしに、市販のプレイヤーというのは、みなこの水準だということをはっきりここで言っておいた方がいいと思う。そういう五万円近辺の、ごく普通のプレイヤーというのは数年前のプレイヤーからみたらモーターはきちんとしているし、回転ムラなども全くない。モーターのゴロが出るわけでもない。非常に安定にトレースする。全く見事で、これだけ聴いてればちっとも疑問は持たないだろう。ところがやはり、例えばマイクロの、これはもうアームなしで四十三万円というような、豪華なプレイヤーだけれども、これでパイオニアに付けたのと同じカートリッジ(EMT XSD15)を付け換えて、同じアンプの音量を、少しも変えずに、そのまま聴いてみると音量感が違う、それから音楽のダイナミックスが全然違う。音楽がとにかく躍動してくる。非常にやはり聴き手にインパクトを与える。それから音がとても立体的に聴こえてくる。例えば歌を聴けば、歌い手がスピーカーの間にふわっと浮び上がり、また歌い手とバンドとの距離感がよく感じとれる。いやそういう細かなことをいう前に、まず音楽がとても聴き手を楽しませて、何かもっと聴いていたい、一枚のレコードを途中でポリュームを絞るのが惜しいような、そして一枚聴き終わると、このレコードはどうだろうと、また次のレコードをどんどん間髪を入れずかけ換えたくなるという、これは実は僕の長いオーディオ体験からいって、いいオーディオ機器とそうでないものとを判別する、大切なカギにしているのだが……。
 レコードをひとつの音楽として楽しんじゃおうと、もうテストなんてやめちゃおう!。とにかくレコードを後から後から聴いてみたい、という装置があるのだ。逆に何かレコードをしばらく聴いていると、ボリュームを絞りたくなってしまう音というのがある。絞りたくならないまでも何か気持ちが弾んでこない、白けた気持ちで、耳がやれ音のバランスだとか、定位だとか、歪み感とか、ついそっちの方で聴いてしまうというような、こういう機械は決して本当の意味で優れたオーディオ装置ではないと僕は思っている。
 このことはプレイヤー以外のアンプやスピーカーにもいえて、いい音響機器というものは、レコードのボリュームを絞りたくならない、何となくもっと先を聴いてしまう、つい長い時間聴いてしまう、一枚ターンテーブルから下ろすと、またすぐ次のレコードを乗せたくなる。全然違ったレコードを後から後から思い出して、そうだあのレコードはどうだろう、あんなレコードがあった。あのレコードはどう聴こえるだろうなんて興味を尽きさせないものだ。

マイクロ RX5000
 僕は今までに長いこと、マイクロの製品をいいと思ったことは実際なかったのだが、特にこのシステムのアームのMA505は多少二、三改良されて今までの505と違うという話だったが、505というアームは、全体に何か音が軽々しく、かん高くなる傾向で、この事はアマチュアからも同じことを言われたので、僕だけの偏見ではないはずだ。
 ところがこのアームも含めて、少なくともこのプレイヤー・システム全体としては、きょう聴いたプレイヤーの中では一番音が楽しかった。音のバランスがきちんと整っているし、それからこれは今までのマイクロと違って、ターンテーブルシートを使わず、ターンテーブルの金属にじかにレコードを乗せるということになって、このやり方というのはえてしてターンテーブルの共振で弊害が出るという体験を僕はしているのだが、このプレイヤーではそんなことは感じなかった。音の彫りが深く躍動感があって、ダイナミックスが感じられて立体感が出て、何よりも音が楽しく、聴き手が引き込まれてしまうという、その意味で、僕はいいプレイヤーだなと思った。これは発表されているデータからもターンテーブルそのものの機械的な精度と強度に着目したということになっているが、やはりターンテーブルのシャフトというものは、重いターンテーブルを支える、いわば土台なので、そのシャフトをきちんとするためには、ダイレクトドライブでは絶対にだめだという信念をもって、ナント糸でドライブするという、これは本誌17号で紹介された高城さんも昔からおやりになっているが、これは高城さんだけに限らず、以前からわれわれの仲間も一時はやっていた方法なのだが。この古いというよりか、おそらく今まではメーカーだったら製品化するのをためらったような方式にトライしている。この点でも面白い。僕は見本製品を見たときに、その形はなかなかきちんとしてると思ったけれども、実際に物を手にとって聴くまでは一抹の不安を持っていたのだが、実物を見ても、なかなかこなれた形をしている。このマイクロのプレイヤーはちょっと話題になっていい製品だ。
 僕はマイクロの製品、初めていいなあという気がした。細かいことをいえば、ストロボの入れ方とか、全体のもっていき方、あるいはアームとか、いろいろな細かい部分にいくらでも注文をつけたくなるけれども、やはり注文つけたくなるというのはその製品がある程度水準に達しているから、自分としてはそれが気に入ったから、それがもっと気にいるためには、こうして欲しいみたいな注文だと思ってほしい。とにかくいいプレイヤーだ。

エクスクルーシヴ P3
 次がパイオニアというよりエクスクルーシヴのP3だが、これは今のマイクロがもちろん製品として、発表しているけれども、駆動モーターとターンテーブルも別々になっていて、しかも糸の長さによって位置を変えなくてはならないとか、かなり実験機的な様相を多分にもっているのに対して、こちらは製品として完全にこなれたものにしようという意図がうかがえた。
 エクスクルーシヴのアンプや、スピーカーと同じように非常に上質のローズウッドでキャビネットができていて、中の仕掛けはいろいろ凝っているにもかかわらず、それを表にあまり出さないである程度デザイナーの手が入って全体をできる限りこなれた形に仕上げ、そして品位を保とうという意図が十分うかがえる。それからプレイヤーのふたもかなり重いふたが付いている。全体が非常にしっかりとして大変重くできてる。
 モーターとアーム部は一体化してそれをサスペンションしているとか、インシュレーターの方法が今までと全然違うとか、とにかく非常にぜいを尽くした作り方だ。操作してみても、ながめてみてもかなりこなれている。音はマイクロとはずいぶん違ったニュアンス、というよりも僕は非常に面白いと思うのは、エクスクルーシヴのアンプ、C3とM4の組み合わせ、またはC3とM3の組み合わせなどが聴かせる一種の重厚なそして危げのない、ちょっとハラハラするような音は絶対に出さないで何となく音が一粒一粒がウェットに重い感じで、何か音一つひとつうまく湿めらせて重みをつけた……。これはエクスクルーシヴのアンプの特徴だが、このプレイヤーにもその音がある。だからその点で、僕はやはりエクスクルーシヴのアンプを作った人と同じ耳が、この音決めに参加しているのではないか、というふうに思った。特にアームがオイルダンプでダンプ量を調整できるので、ダンプをオーバーにかけると、ちょっと音に生気が失くなるがダンプ量をクリティカルに調整したときに、すばらしい音がする。でマイクロの場合は非常に音のダイナミックレンジを広げて聴かせる感じがしたのに対して、これはちょうど逆で、ダイナミックレンジをむしろ少し抑えるような、ピークがパァーッと伸びるのではなくて、そこはうまく何かリミッターを非常に上手にかけたような感じと……そういう印象を受けた。
 別な言い方すると、オーディオファンがひとつひとつの細かな、よく解像力という言葉使うが、そういう解像力というような聴き方とは逆に、音の細かなところまでも見通すというよりも、そういう聴き手の耳をそばだたせない、むしろそばだたせないところがこのプレイヤーの意図ではないか。全部音をくるみ込んで、きわどい音を出さない。だからオーディオファンよりもこれはやはり音楽ファンが何かハラハラしないで聴きたいプレイヤーが欲しいといった場合には、これは確かになかなか特徴のある製品ではないかなという気がする。ただ僕の主観を言わせていただけば、マイクロを聴いてるときは、いまも言ったように、レコード一枚一枚もっと聴きたい、もっと聴きたいという気持ちになるけれどもエクスクルーシヴだとそこまでは面白くはさせてくれない。何か聴いていてとにかくこっちが、何というか、でれっとくつろいでしまってあんまり神経質にならない、そこがこのプレイヤーのよさでもあるし、またややシビアな聴き方をしたときの物足りなさにもなるのではないか。
 しかしこのクラスのプレイヤーで、こういう見た目も含めて、きちんとまとまったプレイヤーというのはあまりない。

サエク ターンテーブルデッキ
 さて、このサエクの考え方というのは、エクスクルーシヴとは対極にあって、エクスクルーシヴができるだけ音を全体に抑えていこう、例えばアームの作り方ひとつみても、P3のアームがオイルダンプで、それからアームの後ろのウエイトを非常に柔かいサスペンションで、ダンピングをして、とにかく共振を全部ダンプしようという意図が構造にも出ているし、音にも明らかにそういうところが出ているのに対して、サエクの場合には、アーム自体の考え方が、もうサエク社の当初のアームから一貫して、ゴムのようなあいまいな材料を使わないという基本方針があって、それがついにこのターンテーブルシステムというか、これは何と呼んだらいいのか。やはりデッキか? その方向にもきちんと表われてきて鉄のブロックという非常に重く密度の高い材料をとにかくできる限りの、まあこれは機械工場で使う定盤に、ほとんど近い感じのものを真っ平らな面に仕上げて、それにモーターとアームをできるだけがっちり取り付けて、それをこの重量で支えてしまおうという考え方だ。
 サエクのアームは機械工学の専門家が設計しているアームだが、このターンテーブルデッキにもその機械屋さんの感覚というのを僕は非常に強く感じる。少なくともエクスクルーシヴが家具としても、ある程度の部屋の中に溶け込ませようという配慮があるのに対して、このサエクの方はそういうことは一切考えないで、とにかく機械設計家の感覚からいってやれるだけのことはやっていくという発想のように思えた。とにかくあいまいな共振のダンプをしないということらしい。
 あいまいな共振ではなくて、共振のあいまいなダンプをしないということ、つまり共振をダンプするのではなくて、共振が出ないようにとにかく各部をきちんと作っていって、その結果として各部はきちんとサスペンションされているというのがこのプレイヤーだ。確かにこのシステムから出てきた音というのは音の輪郭をきちんと正直に出してくれるという感じだった。ただひとつちょっと難点といえるのは、インシュレーターが上下方向の振動も十分、よく吸収するのだけれども左右方向に割に無防備なインシュレーターなので、この辺は僕はちょっと研究していただきたいなぁという注文はつけさせてもらいたい。とにかくひとつのはっきりしたポリシーが打ち立てられているのは立派だ。アーム単体は、このターンテーブルデッキに付けたのとは別に、ごく僕らが耳になじんだプレイヤーでこのアームだけ付けて聴いたことがあるが、これは僕は大変いいアームの一つだと思うし、実際いい音のするアームだ。音の輪郭ひとつひとつをあいまいなくきちんと出す、いかにも、設計方針がそのまま音になっている感じだ。とにかくサエク社の初期のアームに比べて、形が随分こなれていて、初期のものは、ちょうどこのターンテーブルデッキを見るみたいに、材質とその構造が、もうそのままむき出しになったという感じで、それはそれでひとつの機械加工ぎりぎりまで突き詰めきたというすご味を僕は感じていたが、半面ちょっときわどくてもう少しこなれた形にならないかというような面があった。しかし、この新しいアームは僕は随分形もこなれているし、とにかく初期のアームが少し共振性の音を出したのに対して、これはほとんどダンプしないで共振をきちんと抑えて、しかもダンプしたアームとは、明らかに違う、輪郭のきちんとした音を出す。ダンプ型のアームの対極にあるけれどもかなりいいアームの一つだ。ただ今回のこのプレイヤーシステムでデッキという格好で組み上がったものは、たまたまモーターにテクニクスのSP10MK2が付いてるので、聴いた感じはSP10MK2の音を、かなり僕としては感じた。やはりSP10の音というのは非常に真面目な音がする。ひとつひとつの音をとにかくきちん、きちんと出していこうという傾向があってそこをSP10を非常に好きだという人と、それから少し音が真面目すぎるのが難点で、もっと何かニュアンスとか、味があってもいいんじゃないか、という人もいる。けれどもターンテーブルにニュアンスとか味というのを求めるというのは、おそらくテクニクス側からいえば、おかしいというだろう。そういう性質のものがターンテーブルなのだから……これはこれでいいのだ。つまりその音がきちんと正直に出ていた。

EMT 927
 EMT927に関しては、何しろ僕は初めてこのプレイヤーと会って以来、ほれっ放しなものであまりあれこれと言わない方がいいのではないかと思う。それは冗談半分として、このプレイヤーというのはやはり、いま聴いたようなプレイヤーを含めて、おそらくこれから出てくるであろうプレイヤーにまで、相当その陰の影響を与えているのではないか、と思う。つまりいま頃われわれがやっと気が付いてきたターンテーブルの重さの問題、そのターンテーブルを支える軸受の問題、あるいはターンテーブルシートの問題、それからプレイヤー・システムとしての全体のバランスというか、重さのバランス、組み上げ方のバラン、操作上のバランス、そういうことが音質に影響することを、恐ろしく古い時期に気がついていて、それらをすべてやっていたプレイヤーだ。しかも現在のダイナミックレンジの広いレコードをかけてもちっとも聴感上おかしいと思わない。なにしろ音に底力が感じられる。底力というと、これは誤解されそうだが、つまり非常にエレガントな、静かな音楽をかけているとき、このプレイヤーは何にも自己主張しない、もう実にエレガントなのだが、そこに例えば急激に立ち上がる力のある打楽器の音とか、力強い楽器の音が入ってくると、ほかのプレイヤーよりも一回りも二回りも音がグンと伸び切る感じがして、それが明らかなエネルギーとして聴こえてくる。それは今聴いたこの三つと比べても十分あった。
 これは本当に不思議なのだけれども、結局いろいろ想像するに、やはりレコードを回す土台の頑丈さと、回転力の強さだろう。まずターンテーブルが非常に重くて慣性能率が大きい。メーカーではそんなことは何も発表してはいないが、本当にターンテーブルを計量して計算すれば出てくるのだろうけれども、僕はそんなことやる気は全くない。とにかく大きな重いターンテーブル、そしてけたはずれに長くて丈夫なシャフト、そしてその軸受け、それをまたけたはずれに強力な、しかもけたはずれに精密で静かなモーターで、ものすごい力でドライブしている。従って、レコードのどんな強力な音のところでも、ターンテーブルの回転が妨げられることは少しもない。それからプレイヤー・システム自体の重さも相当強力なので、インシュレーターなしで床の上にじかに置いてるのにハウリングなどは起こさない。そのことからも、これがいかに頑丈なものかわかるわけで、それとアームとカートリッジと内蔵のトランス、及びイコライザーアンプといったもののトータルの性能がいかんなく発揮されてるということで、とにかくレコードに入っている音のすご味を感じさせる。レコードってこんなすごい音が入ってるのか! と。これを聴く限りまだまだ国産の実験的なプレイヤーというのはまだやることがいっぱいあるのではないか、またそしてやることによって、またいっぱい出てくるのではないかと、思わせるほどだ。

トリオ〝原器〟
 これはトリオの実験機なのだそうだが、アームを研究中に、アーム本来の音を聴きとるプレイヤーを追究していったら、このようなものが出来上がったらしい。とにかく中野会長のお宅にうかがって、EMT TSD15カートリッジをこの原器とEMT927で聴いてみた。
 いままではEMT927がTSD15の情報量を最大限に引き出すと信じていたが、このトリオの原器からは、927からは聴こえなかった音が出てきたのには、びっくりした。
 僕はいままでTSD15がこんな風に鳴ったのを、聴いたことはないし、それはたとえば、927にチューニングされているTSD15が、トリオの原器と称されているプレイヤーに付けられたために、その弱点が補正されずに出てきた、あるいはバランスが変わって、このように聴こえた……といった種類のものでないことはたしかだ。とにかくプレイヤーとは何かを考えざるをえないシステムだった。

聴き終わって
 以上五機種のプレイヤー・システムを聴いて、ではローコストの四、五万クラスのプレイヤーと、どこが違うんだ! といわれた時に、僕はうまくいえないが……。
 要するにローコストのプレイヤーでかけたレコードが、例えば明らかになくなっちゃう音があるわけではない。低音も出てくるし、高音も出てくる、そんな素朴な問題は起きない。ただ、このローコストプレイヤーでかけたレコードをそのままEMTに乗せてプレイバックしてみると、具体的にひとつひとつの音がどうってことはないのだけれども、ローコストプレイヤーでは出なかった音が出てきたような気がしてくる。何かそのレコードの情報量が何倍にも増えたような気がする。聴こえるということは明らかに何か、言葉でうまくいえない音が確かに出てきているのだ。しかしそういう説明では説明しきれないところがあって、それは何かというと、僕がよくオーディオのビギナーの人に、オーディオの楽しみを説明するときに、レコードというものは中途半端な形で聴くと、何年か聴いてる間にレコードというのは大体こんなもんだ、オーディオというのはこんなもんだという、気持ちになることがあるのだが、ところがきょう聴いたなかでも、例えばマイクロ、あるいはEMTのプレイヤーで聴いていると、これはプレイヤーに限らず、アンプでもスピーカーでも、僕がさっきマイクロのところでちょっと言ったように、もっと聴きたい、もっと聴きたいというぐらいの気にさせるような音がしてきて、レコードの世界というのは恐ろしく底が深いなぁと思わざるをえない時がある。一枚のビニールの円盤で、人間を何か魂の底から揺すって感動させるようなオーディオ・システムが存在し、そこにオーディオの楽しみがあるのだということを僕はいってきている。
 魂の入った音楽が一枚のビニールの円盤になって、それをエレクトロニクスで復元していくと、そんなものは消えてしまうはずなのに! 大体ある時期まではレコードってのはやっばりそういうものだってあきらめがあったかもしれない。ただ要するにうんと古い時代の人はレコードをそう思ってない。SPレコードでやはり魂揺すぶられている人がいた。レコードをまともに再生すると、それは音の歪みがそんなふうに思われてたとか、歪みをちゃんとなくすとレコードってのはこんな程度の音しか出ないとか、少しさめた言い方になってくる。しかし現在のレコードには音楽の感動が絶対はいっている。しかし現在のプレイヤーの研究段階では、それがプレイヤーのどこをいじるとどうして再現できるのかということはつかめていない。またレコードに、そういう音が入っているのだということを本気で信じる人がすべてかというと、プレイヤーを作っている当事者のなかにも、そんなことを信じてない人も少なからずいる。しかしやはりレコードを聴いて、一瞬背筋にあわが立ったり、あるいは一瞬涙をこぼしてみたり、一瞬どころかそれで一晩考え込んでみたりというような体験を何度かしてみると、やはりそういう音が出るプレイヤーが本当だと思うし、あるいは本当に嘘ではなくて、そういう音が出ないプレイヤーはおれはいやだ、というようになってくる。本当でなくてもいい、つまり、例えばマイクロが出した音とEMTが出した音が、これはそれぞれの機械が作った音ですよと言われても、それは理屈家さんの話で、やはりレコード聴いてどちらがうれしくなるかといえば、やはりマイクロの音、EMTの音、がうれしくなって、もっとレコードを聴きたいという気にさせられる。僕はそういう音でなければオーディオではないと思う。オーディオであるかないかではない、どちらが正しいか、正しくないかでもない。一方にそういう音を出すプレイヤーがあり、一方にそういう音を出さないプレイヤーがあるとしたらどちらを選ぶだろうか。
 それではPART2で、そんな音をレコードに求めて、メーカーメイドのプレイヤーに飽き足らない読者のために、組み合わせ型プレイヤーを組み上げる際の考え方を、僕のつたない経験から話してみよう。

PART2
試聴の結果と、今までの経験をもとにして、組み合わせ型プレイヤーのノウハウを考える

 レコードプレイヤーを自作しよう、あるいはパーツを買ってきて組み上げよう、または既製品にいろいろ工夫を凝らして手を加えようといった傾向が、近ごろ盛んになってきた。振りかえってみると、これはなかなか面白い。現在のように既製品の比較的性能のいいレコードプレイヤーが出そろったのは、大体DDモーターが出てきて以来、ここ四、五年だ。それ以前はいいプレイヤーが欲しくても、既製品になかったので、音質を重視する愛好家は、いいパーツを買ってきて、自分で納得のいくように組み上げるしか方法がなかった。そこへDDモーターが出現し、従来プレイヤーを全く手がけていなかったオーディオメーカーまでが、DDモーターを応用して、かなり性能の優れたプレイヤーを容易に作れるようになって、自作派は影をひそめてしまった。
 ところがいつの間にか、誰いうとなく、どうもDDのモーターは、音に潤いがないとか、味わいがないとか、余韻がスパッと切れてしまうとか、聴いていてしらけるとか、いわれはじめた。その理由は未だに完全に解明されているわけではない。しかしプレイヤーというのは、何もモーターだけでできているものではなく、ほかの部分──軸受け、キャビネットの重さ、構造、アームの取り付け、全体のバランスなどに見落としがあるのではないかということで、昨年のオーディオ・フェアあたりから、いくつかの専業メーカーから従来ではとても考えられなかった、アマチュアライクな、プリミティプな実験機の形で発表されはじめた。それがマイクロのRX5000であり、P3であり、サエクのターンテーブルデッキなのだが、我々アマチュアもメーカーメイドプレイヤーに満足することなく、音の良いプレイヤー・システムに挑戦してみたらどうだろうか。以下はPARTIの試聴もふまえての、組み合わせ型プレイヤーに対する私のノウハウ集である。

①フォノモーターは……
 どうせプレイヤーシステムを組み合わせるのなら、フォノモーターはDD以外にしたらどうだろうか、なにもDDが悪いというほどの証拠があるわけではないが、最近のDDの音質に問題がある、と指摘する人は、必ずしもDDまたはクオーツロックという方式そのものが悪いのではなくDDターンテーブルの機械的、物理的強度、構造、あるいは精度が問題なのだと言っているようだ。
 つまり、ちょっと簡単な実験をしてみるとわかるが、ターンテーブルのフチのところを垂直に軽く下へ押し下げるような力を加えてみると、DDモーターのほとんどがガタガタする。というのは、DDはターンテーブルシャフトそのものがモーターのシャフトで、そのモーターも動力用のモートルではなく、非常にデリケートな精密モーターなので、しかもそれを電子制御するために特殊な構造になり、どうしてもシャフトの長さが短かく、細くなる。したがってそれを支える軸受けもガッチリ作りにくいというDDの泣きどころを指摘している。そういうところがもしかするとDDモーターの音がつまらない理由なのかもしれない。
 というわけで、DDでない方向に目を向けると、リンソンディック、アメリカのQRK(アイドラー・ドライブ)。完成品だがエンパイア、それからもう市販されていないで、中古マーケットでだんだん値が上がっているガラードのモデル301、あるいはその後に出て改悪ともいわれたモデル401、国産では最近出てきて話題になっているマイクロのRX5000、同じくBL91、そういったものが頭に浮かぶ製品だ。
②フォノモーターのトルク
 モーターの第二のポイントはトルクだ。すなわち回転する力の強さは、レコードをターンテーブルにのせて回転し、そこに針が下りてトレースする時に、再生音に微妙に影響する。レコードの溝は、音の強いところでは、大きくうねる。そこを針がたどっていく時にはレコードの回転に針がブレーキをかける形になる。したがって力の弱いモーターだと実際にブレーキをかけられた形になって、楽音に変化が起きる……といわれているが、はっきりしたことはわからない。しかしトルクの強いモーターはトルクの弱いモーターよりきちんとした音を出すことは間違いのない事実である。
③プレイヤー・キャビネットの役目
 プレイヤー・キャビネットに要求されることは、まず全体が非常に丈夫で重いこと、密度の高い重い材料で構成されていることが必要である。プレイヤーを自作した人なら経験していると思うが、同じターンテーブル、同じアームを付けても、薄い板でガランドウの箱に組んだ場合と、非常に密度の高いキャビネットに取りつけた時とでは、音が全然別ものといっていいくらい違ってしまう。
 プレイヤーのキャビネットというものは、とにかく回転しているターンテーブルを、できるだけ微動だにせず支えて、しかも、アームの先端についたカートリッジの針先がレコードの溝をたどった時に、カートリッジの振動が、アームの根元まで伝わってくるので、その振動もがっちり受けとめてあげなければならない使命がある。以上の理由から、プレイヤーのキャビネットはできるだけ重く、密度の高い材料が望ましい。
④メーカー製のキャビネット
 レッドコンソールのように鉛という非常に共振しにくい粘った材料と、木材の積層材の張り合わせもある。レッドコンソールのキャビネットは一部に非常に強い支持がある。またテクニクスのSP10MK2用のキャビネットのSH10B3とか、SP15用のSH5B1といったものは、天然石を細かく砕いて、改めて再構成したのもある。
⑤スチールを傭ったプレイヤー・キャビネット
 非常にユニークなアームを作っているサエクが昨年のオーディオ・フェアで発表した、鉄のブロックに機械加工して、アームも三本ないし四本取り付け可能なターンテーブルデッキと称するのがあるが、材料の持っている重さと密度で、何が何でも振動させまいとする、普通のメーカーでは二の足を踏むであろうアマチュア的発想を勇敢に製品化している。
 マイクロのRX5000のベースもかなり密度の高い金属を使っている。鉄の固まり、鉛の固まりといった金属の重さと密度をプレイヤー・キャビネットに応用するのも面白い。
⑥キャビネットの自作
 アマチュアがキャビネットを自作する場合は、やはり木材を主に使うのが実用的である。木材の中でも一般的なものは、合板とパーティクルボードだろう。ただし合板でも、それだけで考えないで、間に厚味のある鉛のシートをサンドイッチしたり、さらに固めのゴムもサンドイッチにして、木材、鉛、木材、ゴムシート、木材といった構造にして、とにかくきつく締め上げて、一つの固まりとするのが、特定の共振からのがれられるという点からも、重さからも理想的といえる。
⑦インシュレーター
 インシュレーターの役目は、プレイヤーのキャビネットから、床から伝わってくるスピーカーの振動をシャットアウトして、ハウリングを防ぐこと。そして、もう一つ、スピーカーから出た音が空気を振動させ、それがひいては、プレイヤー、アーム、カートリッジを振動させてハウルのを防ぐ。インシュレーターで巧妙にフロートされたプレイヤーは、その両方をうまくしゃ断できるのだが、ただフワフワ浮いていればいいというものではない。またもう一つのインシュレーターの考え方として、モーターが一方向に回転する場合、モーターを支えているすべての部分が反作用で、反対方向に振られるので、少なくとも、インシュレーターは垂直方向のみの振動の吸収を考え、水平方向は微動だにしないのが理想といえる。このことはトリオの技術者が最初に言いだしたが、私ももっともだと思う。そういう観点からみると、いまのインシュレーターは、水平方向にあまりにも無防備だという気がする。ラックスのプレイヤーシステムもこの点に留意してある。
⑧ターンテーブルシート
 いわゆるターンテーブルとレコードの間にあるシートだが、いままでは、ほとんどゴムが使われてきた。ところが最近、このターンテーブルシートが、音質にかなり大きな影響があると言われはじめ、ただいま暗中模索の段階といえる。現在販売されているシートの材質をあげても、ゴム、皮、ガラス、金属、コルクなど諸説ふんぷん。このことは、条件を一定にしてシートだけ変えれば、確かに異なった音がするが、ただし客観的にどれが一番いいかということは、まだはっきりしていないということだ。自分のシステムでは、あるいは自分のリスニング・ルームのコンディションではこれが良かったということは言えるが、万人に共通の最大公約数的な結論がないのだ。したがって情熱と興味のある人は全部自分で試してほしいし、それ以外にない。
⑨スタビライザー
 プレイヤーのダストカバーでさえ共振が問題になるのだから、レコード演奏中に、ターンテーブルのシャフトに小さなオモリを乗せることを一部のメーカーで提唱している。これはEMTのスタジオプレイヤーは昔からやっている方法で、レコードのセンターに、軽いオモリを乗せてシャフトにピッタリ押しつけることはいいことだと思う。
⑩ダストカバー
 プレイヤーのダストカバーは音質本位に考えた場合には多少問題がある。というのは、ダストカバーは、スピーカーからの音で簡単に共振してしまう。この現象は開けていても、閉じていても起こる。
 では振動を防ぐためには……二つの方法がある。一つはカバーをしないこと。もう一つは、きわめて重量のあるカバーをすることである。
⑪アーム
 まずアームの選び方ということになると、本誌17号でも言ったように、アームとはどんなものがいいかという問いに対しては、アーム単独で言えない。アームというものは、カートリッジをベストに生かすパーツなので、カートリッジの性能に見合ったものを選ぶ必要がある。またカートリッジの性能に見合った調整が必要だ。
 そしてアームの目のつけどころとしては、アームの重さと、機械的な強度の問題がある。アームを大ざっぱに二つに分けると 重いアームと軽いアームに分けられる。
⑫力-トリッジのコンプライアンス
 カートリッジを選ぶときに、カタログを見ると、コンプライアンスという項目があるが、これはカートリッジの針先がレコードの溝の中をたどっていくときの針先の硬さの度合いをいう。
 これが非常に柔らかく、弱い力でも針先が敏感に動くのはハイ・コンプライアンス型といい、硬くて動かすのにやや力が必要なのをロー・コンプライアンス型といっている。この両極の間にミディアム・コンプライアンスといわれるタイプが存在している。そしてほとんどのカートリッジはミディアム・コンプライアンスに属する。
 それでロー・コンプライアンス型、つまり針圧をやや重くかけないと性能が発揮しにくいタイプのカートリッジには、軽いアームを選んではいけない。またハイ・コンプライアンス型、つまり針先が非常に柔らかく、軽い針圧で動作させなくてはいけないカートリッジには、重いアームを選んではいけない。
 大まかな目やすとして、コンプライアンスを表す数字に20×10のマイナス6乗cm/dyneという数字が出てくるが、この頭に出てくる数字が5から10くらいをロー・コンプライアンス型。10から30くらいをミディアム・コンプライアンス型。30から50くらいをハイ・コンプライアンス型と思えばよろしい。
⑬アームのいろいろ
 アームの選び方を整理すると、まず一本のアームを選ぶ場合には、自分が一番主力にしたいカートリッジのコンプライアンスに応じてアームの重量を選ぶ。
 もしアームを二本つける場合には、軽量級と重量級の両極端を選ぶのが一番いい。三本つける場合には、その中間を加える。
 ただし同じ軽量アームでも、アームのタイプが違うと音質が大幅に変わることがある。たとえばSMEのS3などは軽量化されたアームだがオイルダンプされている。一方その正反対にADCのアームLMF1あるいは2は、極度に軽量化され、感度も高くしたアームといえる。したがって、ハイ・コンプライアンス型のカートリッジを使う場合でも、SMEのS3と、AADCとでは音が違う。
 それから比較的軽量級であっても、ダイナミック・バランスになっているアーム、たとえばマイクロのMA505は、決して重量級ではないが、ダイナミック・バランスという別な構造のために、独特の音が楽しめる。
 このへんがアームを選ぶもうひとつの難しさになるので、その時には経験者の意見を聴くとか、お店の人によく相談した方がいい。
⑭オイルダンプアーム
 近ごろでは、昔行なわれていた、アームをシリコンオイルなどで共振を制動しようという傾向がチラホラ見えてきた。
 ただし、本来の重量級オイルダンプとそれからSMEのS3というニュータイプのアームが提唱し始めたアームの外側にオイルのタブ、漕を取り付けて、そこでアームの動きを制動しょうといったアイデアもある。
 軽くダンプしたオイルダンプのアームというのは、なかなかいいものだなあというのが私の実感だ。
⑮スタティック型とダイナミック型
 アームは大別して、スタティック・バランス型とダイナミック・バランス型とに分けられる。
 スタティック・バランスというのは、天びんばかりのようにオモリでバランスをとり、針圧を加えるアーム。ダイナミック・バランスというのは、オモリでまず平衡状態を作っておいて、針圧をゼロにして、バネで針圧を加える。概してスタティック型アームは軽針圧カートリッジに対して非常に長所を発揮する。ダイナミック型アームはMCカートリッジを中心としたコンプライアンスのやや低めのカートリッジに最適といえる。
⑯ラテラルバランサー
 ラテラルバランサーは、どうもひところ、アームの働きをよく理解しない状態で、少し騒がれ過ぎたようだ。
 少なくともスタティック・バランス型のアームに関しては、あまり大きな意味はないと思う。ラテラルバランサーの必要なアームは、第一に一点支持型つまりワンポイントサポート型のオイルダンプ。第二にSMEなどに代表されるナイフエッジ型のアーム。この二つには必要不可欠。第三にはこれは必要不可欠とまでは言い切れないが、ダイナミック・バランス型のアームには、あった方がいいと思う。
⑰インサイドフォースキャンセラー
 インサイドフォースとは、レコードの回転と、それに対してアームが、先端が内側に曲がっていることから、ベクトルの和で、アームが内側に引き込まれる力で、それをキャンセルするために、アームを外側に引っ張る力をインサイドフォースキャンセラーという。ただインサイドフォースキャンセラーという言葉が、何か必要以上に誇大解釈されている。たとえば、インサイドフォースで片チャンネルの音が歪むとかいわれたが、最近では、インサイドフォースを打ち消すというよりも、むしろ従来から欧米で言われていたアンチスケーティングという意味合いに考えた方がいいと思う。
 アンチスケーティングというのは、要するに、レコードの外側のガイドグループに針を落とした時に、針がスーッと中に引き込まれて、曲の頭が飛んでしまうのを防止する意味で、インサイドフォースキャンセラーというようにシビアな考え方をしないで、横滑りをいくらか押えるというぐらいに考えた方がいい。僕自身、自分のアームの調整で、インサイドフォトスキャンセラーをほんの少し変えたことで歪みがガタッと減ったという体験はない……。
⑱アームの高さ調整
 僕はアームの上下方向の高さというのは、あまり神経質になる必要はないと思う。理論的に言うと、高さを大幅に変えると、バーチカルアングルが変わるが、アームの長さ、たとえば国産のアームの平均値、アームの支点から針先までを240mmとすると、根元で、2mm高さが狂ったとして、針先の角度で何度狂うかと考えてみれば……、あまり神経質になる必要はない。もちろん、いろいろなシェルを混用した場合は、調整が必要だ。
⑲アームの長短
 以前のSMEのアームには3009と3012という二種類があったが、その型番の由来というのが、アームの回転中心から針先までが、およそ9インチと12インチだったからで、それは昔レコードに16インチ盤(40センチ盤)というプロ用のがあって、それをプレイバックするために必然的に長いアームが必要だったためだ。その名残りが、現在でもオルトフォンのRMG309とかEMTの長いアームである。
 ここでアームの長短を、性能の面からみると、アームを長くすればトラッキングエラーが少なくなり、一方レコードのそりを考えると、安定にトレースするためには、短いアームの方が追従性、トラッキングアビリティーが向上するはず。と両者がゆずらず、レコードの追従性を重視する人は短いアーム、トラッキングエラーを少なくしたい人は長いアームという使いわけをしていた。
 ところでトラッキングエラーは、アームを長くしたところで、せいぜい一度か一度半の差しか出ないんだ! と短いアーム派が強力になって、長いアームがいっせいに姿を消したことがあった。
 ところが、最近になって、アームの音質がいろいろ言われはじめて、私自身も、アームの音質という面に着目していろいろ実験してみると、長いアームと短いアームは、共振の現れ方が全然違うらしいことに気がついた、同じメーカーのアームでも、長さが変わると音質がガラッと変わる。
 これはトラッキングエラーとか、アームの追従性は抜きにして、レコードを安定にトレースしているときの音質の違いで言うと、私自身、今までの短いアーム派から長いアーム派に変わってきた。16インチ用の超ロングアームの方が音質がいい。
 その理由は、長いアームの方が共振の出方が、いまのアームの構造だと、いいところへいっているのではないかという気がする。
⑳アームの形状
 アームの形状は、オルトフォン、SME型のコネクターが普及して以来パイプアームが全盛をきわめているが、パイプを何らかの格好で曲げないと、トラッキングエラーの修整ができないので、S字型とかJ字型に曲げている。ただ曲げることによってアームの材質が一部分不均一の個所が生じたり、有害な共振を生じることもあるとして、なるべく曲げ加工をしない方がいいという考え方が一部でいわれている。S字型は二カ所、J字型は一カ所。例外的にEMTの927についているアームのようにアーム全体にアールをつけて、弓型というかアーチルッキング型もある、少なくともパイプをゴチャゴチャ曲げない方がいいみたいだ。そこで出てきたのが、最近のストレートアームだ。ただし、ストレート型にすると、オルトフォン・SMEのコネクターが使えなくなる。ストレートアームの音がいいといわれるのは、パイプを成形したままで、何ら加工を加えないために、パイプ本来の軽量かつ強度が高い性質が生かされているためだろう。
㉑パイプと交換可能なアーム
 アームの根元でパイプごと交換できるアームというのはスタックスが始めて、ごく最近になってSMEのS3、オーディオ・クラフトが追随。最近ではエクスクルーシヴのP3も交換可能のアームを装備している。
 SMEの場合は、あくまでアームの先端にマスを集めないようにということからきていると思うが、オーディオ・クラフトのアームはストレート、S字型、あるいはパイプ材質、直径、などいろいろなスペアパイプがあって、かなりマニアックな実験的なことが出来るアームだ。一種のシステムアームといっていいのではないか。
㉒自作プレイヤーのパーツ・レイアウト
 プレイヤーを自作する場合には、モーターの取り付け位置をかなり自由に選べるので、アームのレイアウトを紹介すると、
❶アームを比較的前方にレイアウトする方法
 この方法はアームのお尻があまり出っ張らなくて、プレイヤーの奥行きを浅くできる。(図一のB)
❷アームを思いきって後ろにレイアウトすると、プレイヤーの幅を狭くすることができる(A)。この二つを操作してみると、カートリッジが手前から引っ込んだ位置にある❷の方が針を乗せやすいことがわかる。❶のようにカートリッジがぐっと手前にあるレイアウトは、カートリッジを真横から見ることになり、針先を特定の音溝に乗せようとするとなかなか難しい。
 それからアームを二本取り付ける場合にも二つの方法がある。
❶従来の位置、すなわち右真横と、プレイヤーの奥に一本目と直角に
❷プレイヤーの奥行きを増やしたくない場合は、ターンテーブルをはさんで、右と左にアームをつける。(図二)
❸ところがアームの構造によっては図三のように、ターンテーブルをはさんで、二本のアームが平行にレイアウト出来る場合もある。ただし左側につけるアームはストッパーのないフリーなアームであることが条件となる。
 最後に、何もプレイヤーのキャビネットを四角形で考える必要はないとすれば、マイクロのDDX1000のように円型で考えてもよいと思う。
 それからキャビネットにターンテーブル、アームをマウントする場合には、とにかくできるだけしっかりと締めつけることに尽きる。いったん締めて、数カ月使っているうちにネジがゆるんでくるので時々締めてやれば、次第に落ち着いて、ゆるんでこなくなる。
㉓オーバーハング
 オーバーハングというのは、アームの支点と、ターンテーブルの中心、および針先が一直線上に並んだ状態で、ターンテーブルのセンター(スピンドル)から針先までの長さをいう。ところがオーバーハングを調整するときに、スピンドルというのは、かなり出っ張っていて、針先までの長さを測定することがたいへんむずかしい。
 そこで僕が昔からやっている方法を紹介する。本誌17号でも紹介したが、SMEがはじめた方法で、別掲のゲージを使ってもらうのが一番実用的な方法だ。
㉔アームコード
 アームからの引き出しコードについては、サエクとかオーディオ・クラフトから、三種類のコードが発売されているように、MM型、ミディアムインピーダンスのMC型用、ローインピーダンスのMC型用と、カートリッジの出力インピーダンスによって選ぶことが望ましい。MM型カートリッジに適したアームコードは、MC型には不適当だし、MC型用のコードはMM型にはまずい。
 つまりMM型のようにインピーダンスが高いカートリッジはコードの直流抵抗分より、コードの線間容量が少ないことの方が重要で、MC型の場合には内部抵抗と内部インピーダンスが低いために線間容量は増えてもあまり影響を受けず、むしろコードの抵抗分の極力少ない方が理想的なのである。一般的なプレイヤーシステムのアームコードはMM型にピントを合わせているのでMC型カートリッジを使用する場合は注意が必要だ。

チャートウェル LS5/8

瀬川冬樹

ステレオサウンド 49号(1978年12月発行)
特集・「第1回ステート・オブ・ジ・アート賞に輝くコンポーネント49機種紹介」より

 LS5/8は、BBC放送局とチャートウェル社との共同開発によって一九七六年に完成した最新型のモニタースピーカーで、バイアンプリファイアードライブの2ウェイ。今後次第にBBCの主力モニターとして使われるという。
 BBC放送局は、技術研究所の主任研究員であったD・E・L・ショーターを中心として、一九五〇年代からすでに、厖大な研究を積み重ねながら独自のモニタースピーカーの開発に着手しているが、最初のモデルLS5/1Aは、一九五〇年代の終りにはほとんど完全な形をととのえて、一九六〇年代にはBBCの各放送局のスタジオで、マスターモニターとして活躍をはじめた。これは当時としては驚異的に広帯域かつ平坦な周波数特性で、指向性も優れ歪も少なく、極めて自然な音を再生する、世界でも最高の水準のモニタースピーカーであった。この開発の実際面で協力しながら製造に当ったのが、KEFであり、その社長レイモンドクックであった。
 BBCの技研では新しい時代の技術的な進歩を見越して、LS5/1Aの完成後まもなくモニタースピーカーの改良に着手したが、その研究開発は、ショーターのあとを次いだH・D・ハーウッドを中心にプロジェクトチームが組まれた。ハーウッドは一九六三年から六六年にかけて、ポリスチレンをコーン型スピーカーの振動板に応用して、12インチのウーファーを完成。それに8インチのコーン型と、LS5/1Aにも採用されていたセレッションHF1300を改良したトゥイーターを加えて、3ウェイのモニタースピーカーを作り上げた。これはLS5/5と名づけられた。またTV局用にエンクロージュアを変形させたものがLS5/6と呼ばれた。この2機種は、BBC技研に所属する工場で必要量のみ生産され、LS5/1Aと併行しながら使われた。
 一九六三年からBBC技研に入所した若いエンジニアであったデイヴィド・W・ステビングスは、ハーウッドの下でLS5/5及び5/6の開発に協力しながらスピーカーの研究に従事した。このステビングスが、十一年間勤めたBBCを一九七四年に辞めてスピーカーのメーカーを創設したのが、チャートウェル・エレクトロ=アクースティック・リミテッドである。
 一九七〇年代に入ってから、LS5/7という改良型が一時使われたがその期間は短く、チャートウェル社が設立されてからは、新しい時代のためにより大きな音圧レベルを、いっそうの広帯域で再生するためのモニタースピーカーの研究が開始され、前述のようにいまから約三年前に、このLS5/8を完成した。
 この新しいモニタスピーカーは、ウーファーにチャートウェル独特の乳白色・半透明のポリプロピレンの振動板を持った12インチ。トゥイーターはフランス・オーダックス製のドーム型が使われている。そしてQUAD♯405を内蔵してバイアンプリファイアーを構成し、♯405の内部のほんのわずかのスペースに、プリント基板に組み立てられたエレクトロニック・クロスオーバー(周波数1・8kHz)を組み込んでいる。QUADのL・R各チャンネルを、高・低各帯域用として使っている。
 おそらくバイアンプのせいばかりでなく、LS5/1Aよりも音のひと粒ひと粒を際立たせるような解像力のよい、自然な、しかしイギリスの良質のスピーカーに共通のどこか艶めいた美しい音は、聴き手をひき込むようなしっとりした雰囲気をかもし出す。ハイレベル再生時の音量の伸びも申し分ない。LS5/1Aや5/5と違って、少量ながら市販用として供給されるので、一般愛好家にも入手の可能な点はうれしい。

ラックス 5C50

瀬川冬樹

ステレオサウンド 49号(1978年12月発行)
特集・「第1回ステート・オブ・ジ・アート賞に輝くコンポーネント49機種紹介」より

 ラボラトリー・リファレンス・シリーズと名づけて、ラックスが全面的にイメージチェンジをはかった一連のシリーズの中心をなすものが、この6C50と、パワーアンプの5M21だろう。
 こんにち管球式のアンプになお相当の比重を置いている唯一の国内メーカーだけに、トランジスターアンプに関しては、とちらかといえばや保守的な姿勢をとり続けてきたようにみえた。もちろんトランジスター化は意外に早く、すでに一九六二(昭和37)年に、トランジスタータイプのコントロールアンプPZ11を発表している。これはいまふりかえってみると、こんにちの超小型アンプのはしりとも考えられないことはない。そして翌年にはプリメイン型のSQ11を作っていて、トランジスター化では最も早い時期とされているトリオのTW30にくらべても、そんなに遅れをとっていない。
 その後SQ301で、いわゆる高級プリメインの線を一応完成させたが、しかしラックスのトランジスターアンプが本当の意味で高く評価され広く認められるに至ったのは、SQ505,507の2機種以後のことだ。これはのちに505X、507Xのシリーズでさらに改良されて、当時の他の類機を大きくひき離して注目を浴びた。
 けれど、それからあとのしばらくのあいだは、外野からみるかぎり、ラックスのアンプはあちこちと迷いはじめたようにみえた。いくつもの新製品が発表され、部分的にはラックスらしいユニークさがみられたにせよ、総合的なまとまりという意味では507Xの完成度の高さに及んでいない。
 三年まえ(一九七五年)に、創業五十周年を迎えて発表したハイパワーアンプM6000及びM4000で、ラックスのトランジスター技術は再び注目されはじめた。だが、これとおそらくはペアとして企画されたらしいコントロールアンプC1000は、そのかなり異色のデザインがユーザーを戸惑わせたようだ。ラックスは以前からトーンコントロールをはじめとする音質調整方法には熱心で、コントロールアンプも管球式に関するかぎりCL35シリーズのような佳作を生み出しているが、トランジスターでのコントロールアンプに関しては、多くの人たちを普遍的に説得できるほどの完成の域には、いまひとつ達していなかったと思う。
 その意味では5C50は、ラックスが久々に──というよりトランジスタータイプのコントロールアンプとしては初めて、そしてようやく、だがみごとに──放ったヒットだと思う。おそらく、ラックスの内部で何かがひとつふっ切れたような、迷いのない透明で十二分に美しい質感。とても品の高い、素晴らしく滑らかな音質。現代のアンプに要求される入力に対する応答も早く、音の解像力も、すみずみまで見通せるように優秀だ。そういう音質は、とうぜんの結果としていくらか冷食系のクールな印象を与える。また、ぜい肉の抑えられた感じになるから音がいくらか細い印象を与える。しかしそれは必要な肉までそぎ落すギスギス型ではない。
 ただ私個人は、この5C50は単体としてではなく、トーンコントロールアンプ5F70と一体にした形を基本に考えている。5F70は、音質を劣化させずにトーンバランスをコントロールできる優秀な製品だ。75Hzから150Hzのあいだに任意のディップを作るアコースティックコントロールも、部屋の音響特性によってはきわめて有効でユニークなコントロールだ。未確認の情報だが、QUADがそらく近々発売するコントロールアンプには、ラックス独創のリニアイコライザーに似たコントロールがついているといわれる。本当だとしたら、誇りに思っていいだろう。

トリオ L-07C II

瀬川冬樹

ステレオサウンド 49号(1978年12月発行)
特集・「第1回ステート・オブ・ジ・アート賞に輝くコンポーネント49機種紹介」より

 こんにちの精度の高い各種の測定器及びそれを駆使しての測定技術の範囲内で、特性を良くするというだけではもはや現代のアンプを作るには不充分だということは、第一線のエンジニアの等しく認めるところだ。測定技術ではもはや追うことのできなくなったところから先で、回路構成や部品の配置やパーツ自体を変更して、聴いてみると明らかに音が違ってきこえる。耳ではその違いが聴き分けられるのに、測定器ではその差が掴めない。アンプの入力端子から出力端子までの何十、何百という箇所で、どこひとつ変えても、その差はきわめて微妙であるにしろ音が変る。どちらがよいのか測定データには出てこないのだから、もはや客観的にきめる方法はない。
 日本の凝り性のマニアだけがこんなことを言っているわけでは決してない。たとえばマーク・レビンソンも、彼のプリアンプは測定で差の掴めなくなってからあと、約二年以上は聴感を頼りに音質に磨きをかけて市場に送り出した、と言っている。しかもなおその後も、彼は着々と小改良を怠らない。
 そういうプロセスを終るのだから、アンプの音の仕上げには、その音を判定するヒアリングテスターのセンスが反映される。しかしまた、聴いた結果さらにこういう方向に音質を向上させたいという要求、回路技術で正しく応えられなくては、良いアンプは生み出せない。感覚と技術の絶妙にバランスしたポイントでこそ、優れたアンプが生み出される。
 トリオというメーカーが、そうした意味でほんとうに聴感と技術のバランスポイントを探りあてたのは、プリメインアンプのKA7300D以後だと私は思う。それ以前のKA9300にすでにその芽生えはあったが、まだ完成の域に達していない。やはり7300D以後、真の意味で音楽を愛好する人々の心をとらえる音で鳴りはじめたといってよいだろう。
 セパレートタイプでは、L05Mからようやく、KA7300Dの延長線上にあるナイーヴでバランスがよく、音楽の表情をとても生き生きと聴き手に伝える音が鳴りはじめた。05M以前に作られた07シリーズの改良が強く望まれた。
 しかし07シリーズは、音質ばかりでなくデザイン、ことにコントロールアンプのそれが、どうにも野暮で薄汚かった。音質ばかりでなく、と書いたがその音質の方は、デザインにくらべてはるかに良かったし、そのために私個人も多くの愛好家に奨めたくらいだが、ユーザーの答えは、いくら音が良くてもあの顔じゃねえ……ときまっていた。そのことを本誌にも書いたのがトリオのある重役の目にとまって、音質について褒めてくれたのは嬉しいが、デザインのことをああもくそみそに露骨に書かれては、あなたを殴りたいほど口惜しいよ。それほどあのデザインはひどいか、と問いつめられた。私は、ひどいと思う、と答えた。
 その07シリーズがマークIIに改良された。パワーアンプの外観の印象は変らないが、コントロールアンプは、ツマミなど基本の配置は大幅に変っていないのに、イメージは大幅に一新されたと思う。まだ満点とはゆかないが、これなら、レコード愛好家も手もとに置く気に十分になれることだろう。
 音質については、この価格帯では一頭地を抜いて、音の量感や力強さと、繊細でナイーヴな印象とが巧みにバランスしていて、何よりも音楽を生き生きと蘇らせる点が素晴らしい。なお、今回の選定では惜しくも入賞を逸したが、パワーアンプ07M/IIも、むしろ07C/IIを上廻る出来栄えだと私個人は信じている。
 07C、07Mとも、鳴らしはじめて時間のたつにつれて、いっそう滑らかな音に仕上ってくる点は、SAEなどによく似ている。

ヴァイタヴォックス CN191 Corner Horn

瀬川冬樹

ステレオサウンド 49号(1978年12月発行)
特集・「第1回ステート・オブ・ジ・アート賞に輝くコンポーネント49機種紹介」より

 つい最近、おもしろい話を耳にした。ロンドン市内のある場所で、イギリスのオーディオ関係者が数人集まっている席上、ひとりの日本人がヴァイタヴォックスの名を口にしたところが、皆が首をかしげて、おい、そんなメーカーがあったか? と考え込んだ、というのである。しばらくして誰かが、そうだ、PA用のスピーカーを作っていた古い会社じゃなかったか? と言い出して、そうだそうだということになった──。どうも誇張されているような気がしてならないが、しかし興味深い話だ。
 ヴァイタヴォックスの名は、そういう噂が流れるほど、こんにちのイギリスのオーディオマーケットでは馴染みが薄くなっているらしい。あるいはこんにちの日本で、YL音響の名を出しても、若いオーディオファンが首をかしげるのとそれは似た事情なのかもしれない。
 ともかく、ヴァイタヴォックスのCN191〝コーナー・クリプシュホーン・システム〟の主な出荷先は、ほとんど日本に限られているらしい。それも、ここ数年来は、注文しても一年近く待たされる状態が続いているとのこと。生産量が極めて少ないにしても、日本でのこの隠れたしかし絶大な人気にくらべて、イギリス国内での、もしかしたら作り話かもしれないにしてもそういう噂を生むほどの状況と、これはスピーカーに限ったことではなく、こんにち数多く日本に入ってくる輸入パーツの中でも、非常に独特の例であるといえそうだ。
 本誌16号(昭和45年秋)の海外製品紹介欄に、その頃初めて正式に入荷したCN191を山中敬三氏が解説された記事の中にもすでに「……現在は受注生産の形でごく限られた数量のみが製作され、本国のイギリスでもその存在は一般にはあまりしられていないようだ。」とあるとおり、当時すでに製造中止寸前、いわば風前の灯の状況にあったものを、日本からの突然の要請によって生産を再開したという事情がある。そしてこれ以後は絶えることのない注文のおかげで、製造中止をまぬがれながら、こんにちまでほとんど日本向けのような形で生産が続けられているのである。ましてその後新しい製品の開発が全くないのだから、イギリス国内で忘れられた存在であっても不思議とはいえない。
 ヴァイタヴォックス社は、一九三二年にロンドン市ウェストモーランド・ロードに設立された。トーキー用などプロフェッショナル関係のスピーカーをおもに手がけて、一時はウェストレックス、RCA、フィリップス等のイギリス支社に、プロ用スピーカーをそれぞれ納入していた実績もある。
 CN191の別名「クリプシュホーン」は、アメリカの音響研究家ポウル・クリプシュが一九四〇年に設計したコーナー型フロントロード・ホーン・エンクロージュアを低音用として採用しているところから名づけられている。そして500Hz以上は、3インチという口径の大きなダイアフラムを持つウェストレックス型のホーンドライバーS2に、CN157型ディスパーシヴホーンを組合せて、2ウェイを構成している。エンクロージュアはクリプシュを基本としてV社独自の改良が加えられ、独特の渋い意匠とすばらしい音質を生んでいる。
 この音質は、古い蓄音機の名機の鳴らす音に一脈通じるように、こんにちの耳にはとても古めかしく聴こえるが、気品に満ち、精緻で量感豊かな音は、新しいスピーカーに求めることのできないひとつの魅力といえる。
 ただ、クリプシュ・コーナーホーンはその構造上、設置される部屋のコーナーの、システムを囲む両壁面と床面とが、できるかぎり堅固な構造であることが、必要。まなコーナー設置のために部屋のプロポーションやリスナーとの関係位置が大きく制約されるというように、条件が整わないと本来の良さが発揮されないという点が一般的ではない。

QUAD ESL

瀬川冬樹

ステレオサウンド 49号(1978年12月発行)
特集・「第1回ステート・オブ・ジ・アート賞に輝くコンポーネント49機種紹介」より

 このエレガントなスピーカーの完成したのは、一九五四年または五五年とされているから、おどろくべきことにもう二十年以上もほとんど同じ形で、モデルチェンジなしに作り続けられている。もともとQUADの製品は寿命の長いことが特徴だが、それでもアンプの場合は、モノーラルの管球式からステレオへ、そしてトランジスター式へ……と、少しずつ姿を変えている。しかしESLだけは、ほとんど変っていない。
 いくら頑固なメーカーでも、それがこんにちのレベルで通用しない製品なら、これほど一貫して作り続けることをしない筈だ。だがQUAD・ESLは、二十年あまりを経て古くなるどころか、むしろ逆に新しい魅力が発見され、愛用者の増加する傾向すらある。これが驚異でなくて何だろう。
 QUADというのはいわばトレイドマークで、会社名を Acoustical Manufacturing Co., Ltd. という。現会長のピーター・J・ウォーカーが一九三六年に創設したというのだから、四十年あまりの歴史を持つ老舗である。P・ウォーカーはもともとが技術者でオーディオの愛好家だが、彼の作る製品はすへで、ごくふつうの家庭で音楽を鑑賞するというひとつの枠の中で、大げさでなく存在を誇示しない控えめな、しかし洗練を窮めた渋い音質とデザイン。それでいて必要なことには少しも手を抜かない。本当の意味で高い品質を維持した実用に徹した作り方をしている。そのことは、QUADの商品名である Quality Amplifier Domestic(高品質の家庭用アンプリファイアーとでもいう意味)に端的にあらわされている。
 ESLは Electro-Static Loudspeaker(静電型またはコンデンサー型スピーカー)の頭文字。いまさら説明の要もないほど馴染み深い、前面のゆるやかに湾曲した赤銅色(または艶消しのチャコール色)の金属グリルに特徴を見せる優雅なパネル状で、寸法は幅が約88、高さ約79、そして奥行きが約27(各センチ)。この中に、導電性の薄い振動膜が、中央のタテに細長い高音用、その左右にやや幅のひろい中音用が一対、そして両サイドの面積の大きな低音用が同じく対称的に一対と、合計五つのエレメントに分割され、スリーウェイ・システムを構成している。クロスオーバー周波数は発表されていないが、約400ないし600Hz付近と、約4ないし6kHz付近の二ヵ所。ユニットの背面下部に、正極用の電源とネットワークを内蔵している。
 QUAD・ESLは、インピーダンス特性が一般のダイナミック型スピーカーとかなり異なり、低域から高域にかけて低下するカーヴを示す。低域の最大点では約40Ω強。中域では約12ないし16Ωを保つが、6kHz付近から急に下降して15kHzあたりで2Ω近くまで低下し、それ以上ではやや回復するという独特の傾向なので、パワーアンプの高域での動作が低抵抗負荷及び容量負荷に対して十分に安定であることが要求される。この点で同じQUADの♯405は傑出している。
 静電型の一般のスピーカーともうひとつの大きな相違点は、振動膜の前後にほぼ均等にエネルギーの出る、いわゆる双指向型の指向特性を持っているということ。このため、背にも十分に広い空間を持たせる必要があり、設置条件にやや制約を受ける。QUADでは少なくとも部屋を三分して前面に2/3、背面に1/3ぐらいの割合で空間をとるよう、示唆している。また、部屋容積は50㎥以上あることが好ましいとしている。部屋の音響条件はライヴ気味が好ましい。
 これらの条件を考えると、ふつうの和室ではなかなかうまく鳴らしにくいことが想像されるが、しかし現実には六畳の和室でも結構美しい音を楽しんでいるケースを知っている。背面を壁に近づけざるをえないときは、スピーカー後部の吸音と反射のバランスをいろいろくふうすることが鳴らし方のキイポイントだろう。

ステート・オブ・ジ・アート選定にあたって

瀬川冬樹

ステレオサウンド 49号(1978年12月発行)
「Hi-Fiコンポーネントにおける《第1回STATE OF THE ART賞》選定」より

 ステート・オブ・ジ・アートという英語は、その道の専門家でも日本語にうまく訳せないということだから、私のように語学に弱い人間には、その意味するニュアンスが本当に正しく掴めているかどうか……。
 ただ、わりあいにはっきりしていることは、それぞれの分野での頂点に立つ最高クラスの製品であるということ。その意味では、すでに本誌41号(77年冬号)で特集した《世界の一流品》という意味あいに、かなり共通の部分がありそうだ。少なくとも、43号や47号での《ベストバイ》とは内容を異にする筈だ。
 そしてまた、それ以前の同種の製品にはみられなかった何らかの革新的あるいは漸新的な面のあること。とくにそれがまったく新しい革新であれば、「それ以前の同種製品」などというものはありえない理くつにさえなる。またもしも、革新あるいは漸新でなくとも、そこまでに発展してきた各種の技術を見事に融合させてひとつの有機的な統一体に仕上げることに成功した製品……。
 とすると、いわゆる一流品と少し異なるのは、一流品と呼ばれるには、ある程度以上の時間の経過──その中でおおぜいの批評に耐えて生き残る──が必要になるが、ステート・オブ・ジ・アートの場合には、製品が世に出た直後であっても、それが何らかの点で新しいテクノロジーをよく活かして完成していると認められればよいのではないか。
     *
 ざっとそんな考えで、与えられたルールにしたがってリストアップを試みた。
 今回とても興味深かったのは選ばれたパーツを誰が何点入れたかが、最後まで誰にも判らないルールになっていたことだ。選定会議の当日、リストアップされたパーツの一覧表が渡される。まずその数の多いこと、言いかえれば九人の選定委員のそれぞれの、ステート・オブ・ジ・アートに対する考え方や解釈そしてその結果良しとするパーツが、いかに多様であるかを知って驚く。まるで思いがけないパーツがノミネートされている。またそれほど思いがけなくはないが自分としてはこれはベストバイというテーマでなくては入れないだろうパーツも入ってくる。なるほど、本誌のレギュラーに限っても九人もの人間が集まると、同じ課題に対してこれほど多彩な答えが出るのか、という驚きが何よりもおもしろかった。
 ほんとうはおもしろがってばかりもいられない部分もある。自分としてはぜひとも推したかったのに惜しくも最終審査までのあいだに落ちてしまった製品がいくつもある。同じ思いは九人の委員がそれぞれに抱いているにちがいないが。
     *
 そうは言うものの、最終的に示された結果は、細部では個人個人の意見がそれぞれにあるに違いなくても、大すじではやはり納得のゆく結論が出ているのだろう。多数決投票というもののこれが性格だろうか。
 部門別にこまかくみると、例えばスピーカーではJBLパラゴンやヴァイタヴォックスCN191のような極めて寿命の長い製品も入っているが、アンプでは原則的に旧式の製品は上っていないのは、変遷の著しいエレクトロニクスの分野と、基本的には大すじの変らないトランスデューサーの分野とのちがいがしぜんに現われていて、これは当然の結果であるにせよ、一見無機的なリストアップの一覧表からも、そうした読みとりかたができることを申し添えておきたい。

試聴テストを終えて

瀬川冬樹

HIGH-TECHNIC SERIES-3 世界のトゥイーター55機種の試聴とその選び方使い方(ステレオサウンド別冊・1978年冬発行)
「世界のトゥイーター総試聴《内外55機種をJBL・LE8Tとの2WAYで聴く》」より

 55機種のトゥイーターのそれぞれに、最適のクロスオーバーポイントを選び最適のレベルセットのポジションを、それも短時間のうちに探し出す、そのオペレーターの役割を私が担当したが、これはまったく気骨の折れる仕事だった……。
 どのトゥイーターの説明書にも、一応は周波数レンジと推奨クロスオーバー周波数が書いてある。また、出力音圧レベルも海外製品の一部を除いてほとんどが新JISの表示に統一されているから、それを参考にしてレベルセットなど容易にできる……と思えそうだが、実際に鳴らしてみるとこれが意外に計算どおりにいかない。
 たとえば、クロスオーバー周波数が2ないし3kHzあたりに指定されているのは、トゥイーターとしては割合に低い周波数までカバーできる製品のはずだ。しかし実際にそのクロスオーバー周波数にセッティングして、うまくいく例は少ない。
 うまくいかないというのは二通りのケースがある。第一は、指定のクロスオーバーでは低域の許容入力に無理が生じて、やかましい、または圧迫感のある音になりがちのトゥイーター。第二は、たとえば2kHzといえばまだ一部の楽器の基音(ファンダメンタル)領域をカバーしているのだから、かなり力強い音も再生しなくてはならないはずなのに、そのあたりの出力エネルギーが十分でないせいかクロスオーバーをもっと高くとったときと比べて、そんなにエネルギーの増えた感じの得られない製品。
 もう一つのレベルセットに関していえば、概して良いトゥイーターは、音のクセ(カラーレイション=色づけ)が少ないために最適範囲が割合広く、レベルセットにそれほど神経質にならないで済む。ところが、質のよくない製品、またはタフさに欠ける製品ほど最適レベルの範囲が狭く、ちょっとレベルを上げれば音が出しゃばるし、少し絞れば引っ込んでしまう。良いトゥイーターにはそういう現象が少なく、やや上げすぎてもやかましくはならないし、絞りかげんでも音の芯を失うことがない。
 ……というように、オペレーターをやってみると、クロスオーバーやレベルを調整してゆく過程ですでにそのトゥイーターの性格が大まかに掴めてしまうという点はありがたかった。素直でクセが少なく高域が十分に伸びて透明な音。トランジェント(過渡特性)がよくその結果スクラッチノイズやヒス成分が耳ざわりでなく軽い感じで、楽音とはっきり分離して聴こえる。大きな入力や低域の少々無理な入力にもよく耐える。しかも受持帯域のすべてにわたって十分に緻密でエネルギーもある。というのが、結局のところ良いトゥイーターということになり、そういうトゥイーターは、また結局のところ使いやすい組合せもしやすいという理屈になる。
全体を通じて感じたこと
 いま2から3kHzと書いたのは一つの例だが、試聴した全機種を通じてみると、これは厳密な計算の結果ではなくごくおおまかな見当だが、5ないし6kHzあたりから上を受け持つというのが平均的な製品だと思う。ピアノの高音のキイの基音が約4・2kHzだから、5kHz以上というのはほとんど楽器の倍音の領域だ。そういう高音域だけを次々とつけかえて聴くわけだから、完成したスピーカーシステムのように全音域を交換するのにくらべたら、音の差はよほど少ないと思われるかもしれないが、事実は全くそうではない。倍音の領域の音色が変われば、当然のことにそれは基音を含めた全体の音色を大きく変える。昔からスピーカーユニットを組み合わせて苦労してきたユーザーならとうに経験したことだろうが、トゥイーターを交換することによってウーファーの音色まで変る。そして、これは驚くべきことなのか当然の結果というべきなのか、とにかく55機種のトゥイーターを次々と交換して音を聴き比べて、二つとして同じ音色では鳴らない。だが、同じメーカーのトゥイーターは、価格や構造が違っても大づかみには似た傾向の音色で鳴ることが多いし、もっと大づかみには、生まれた国の違いによってそれぞれに鳴り方の傾向が違う。
 そのことから、たとえトゥイーターといえども、常々他のオーディオ機器やさらには音楽について言われていると同様に、メーカーにより国により、音のとらえ方や音の作り方への姿勢の違いが、明確に反映されることがわかる。
 簡単にいってしまえば、トゥイーターの音色は「高音」という概念をどうとらえるか、によって決まるといえそうだ。たとえば繊細、たとえばキメの細かさ、音の切れ込み、たとえば音の輝き──。
「高音」というイメージをどうとらえるかという姿勢は、ひいてはトゥイーターの受持帯域や耐入力パワーやエネルギーバランスや指向性や……などの構造にも大きく影響を及ぼす。比較的低い高音域のエネルギーしっかりと支える作り方。反対に、いわゆる超高音域をどこまで細やかに伸ばすかという作り方──。
 そこで、メーカーの求めている方向を感じとり、自分の望む音に合致する製品を選び出すことが、トゥイーター選びの成否の鍵になる。
印象に残った、または使ってみたいトゥイーター
 かつて、テクニクス5HH17(いまの17Gではない)というローコスト・トゥイーターの名作があった。あれから十年余を経た今日なら、ローコストのグループの中にもう少し優秀なトゥイーターが出現してもよさそうなものだと思っていたが、結果的には五千円以下のグループの中には印象を深く残した製品は一つもなかった。もう少し拡大していえば、一万円以下の国内製品の中には、これならと思える製品が残念ながら見あたらなかった。このあたりの価格帯では、イソフォンのKK/10、KEFののT27、それに、フィリップスのAD0161/T8という、それぞれに構造も価格もよく似た(6千円〜6千五百円)三つのヨーロッパ製のトゥイーターが、それぞれの性格を持ちながらとてもよくできていると思った。
 一万円以上、二万円までの間では、これも新製品ではないのがやや意外だったが、ヤマハのリング・ホーン型JA0506が素直で音でびっくりした。国産のホーン型トゥイーターの中には非常によい製品が少ないながら見つかったが、ヤマハを除くとほかには、たとえばコーラルのH100、フォステクスのT725、あるいはマクソニックやYLのなどのようにもっと高価なグループに入ってしまう。そのことから逆にヤマハが価格対性能で抜きに出ていることが印象的だった。
 高価なグループの中でホーンタイプ以外では、パイオニアのPT−R7、テクニクスのリーフ型EAS10TH1000がそれぞれに惚れ込んだ製品で、どちらも一度じっくり使いこなしてみたいと思った。
 海外製品では、先ほどのヨーロッパ三社のドーム型を除けば、これはと思ったのはJBLの♯2405(077を含めて)と、もう一つおそろしく高価な点がやや納得がいかないがピラミッドのT1の二つだった。♯2405は、スーパートゥイーター的な作り方にもかかわらず、クロスオーバーポイント以下のエネルギーのしっかり出てくる点が見事だったし、ピラミッドはおよそいままで聴いたことのない滑らかな音で、これに関しては機会があればもっといろいろな条件で組合せを試してみたいと思った。
 ただ、今回のようにLE8Tの上にだけトゥイーターをのせてのテストでは不十分ではないかとの最初の不安は、テストを進める間に解消してしまった。最近のLE8Tの高域は非常に素直なので、それぞれのトゥイーターの性格を掴むにはこの方法で十分だったと思う。

「ブラインドテストを終えて」

瀬川冬樹

ステレオサウンド 48号(1978年9月発行)
特集・「ブラインドテストで探る〝音の良いプレーヤーシステム〟」より

 アンプとスピーカーに関するかぎり、ここ二年ほどのあいだに、内外の大半の製品をテストする機会が与えられていたから、プリメインとセパレート、ブックシェルフとフロアータイプ、そしてプロ用のモニタースピーカー、と、それぞれの製品の分野での大まかな水準を掴めていたつもりだった。そして、アンプ及びスピーカーに限っていえば、ここ数年間での全体的な性能の向上は、まったく目を見張る思いだった。こうした体験を通じていえることは、少数の例外的存在を除いて、アンプもスピーカーも、大すじには価格と性能がほぼ比例していて、たとえば5万円のスヒーカーが20万円のスピーカーよりも音が良いなどということは、まあありえないと断言してもいいと思う。事実、そんなことがあれば、何かが間違っている。
          *
 プレーヤーのブラインドテストというのをさせられて、終ってから製品名と価格を種明かしされたいま、とても複雑な気持に襲われている。それは、いま書いたばかりの「何かが間違っている」状態が、プレーヤーに関してはいまところまかり通っているのではないだろう、という気持からだ。
 そのことは別項の速記録をお読み頂くことで明らかになる筈だが、少なくとも私自身に限って言っても、相当に高価なプレーヤーもそれと知らずに聴くかぎり、ローコストのプレーヤーにくらべて音質の上での明確な差を、聴き分けることができなかった。もう少し正確な言い方を心がけるなら、聴感上での音質の良し悪しと価格の高低とのあいだに、アンプやスピーカーほどの相関関係を見出すことが困難だった。たしかに音質は一台一台みな違った。だが、この音はどうも頂けない、とメモしたプレーヤーが、意外に高価であったり、一応聴くに耐える音のした製品がそんなに高価でなかったりしたのを、あとになって知ってみると、どうも複雑な気分にならざるを得ない。いったい、プレーヤーの価格の根拠はどこにあるのだろうか……と。
 こんなことを書けば、次のような反論が出るにちがいない。アンプやスピーカーをブラインドテストすれば、やっぱり同じことを言うのじゃないか、ローコストでも、高価な製品より音の良いのがあるじゃないか──。例外的にはそういう製品がないとは断言できない。けれど、アンプとスピーカーに関するかぎり、そういう作り方がいまや成り立ちにくくなっている。粗理由をくわしく書くのはこのスペースでは無理だが、スピーカーでたとえれば、借りに耐入力を犠牲にすれば、音域の広さや音色の美しさやバランスの良さを鳴らすことはできるだろう。だがいくらブラインドテストでも、パワーを入れればたちどころに馬脚をあらわす。
 アンプの場合には、パワーという要因だけでは説明しきれない。パワーを抑えればコストダウンできるが、しかし限度はある。となると、ファンクションを簡略化するとか、セパレートをやめてインテグレイテッド(いわゆるプリメイン)化するなどの手段をとる。こういう見た目の形態は、ブラインドテストではわからない。だがそうであるにしても、音の良いアンプは結局高価だ。
 正直に白状すれば、いくらブラインドテストでも、こんにち、本誌が我々をモルモットに起用する以上、この製品はたぶん入っているだろう、というような推理ぐらい働かせて試験に臨む。そして、いま鳴っているこの音は、これは各コンポーネントが相当にしっかりしていなくては鳴らないだろう音だから、もしかしたらこれがあの製品じゃないだろうか──といった推測もしている。しかし恥ずかしながら、少数の例外を除いてすいそうは見事に外れた。テープを前に憶面もなくしゃべり終えた(メーカー名や製品名を知らされないおかげで、何の気兼ねなしに悪口を言えたが)あとで、ひとつひとつの製品名を知らされて、なるほどと納得したりえ! あの音がこの製品? と青くなったりした。これがブラインドテストのおもしろいところだろう。もっとも、本当の意味でおもしろがっていたは、モルモットにされた我々よりも、それを操る編集部の諸君であったにちがいないが。
          *
 そんな状態で、プレーヤーというパーツは、アンプやスピーカーの最近の性能向上に比較すると、まだまだ見落しの多い部分であることを感じた。言うまでもなく、ターンテーブルやアームやカートリッジ、といった単体のコンポーネントパーツについては、それぞれに研究・開発の成果が実っていなくはないが、それを総合してまとめる際に、スピーカーやアンプと比較すると、まとめかたの勘どころあるいは決め手が、まだ見つかっていない、というのが本当のところなのではないかと思う。
 テストの進めかたについては別項にくわしい解説があると思うが、私自身は、とくにカートリッジのちがいによるプレーヤーの音色の変化に興味を持って臨んだ。ことに、オルトフォンMC20は、インピーダンスが2Ω近辺ときわめて低い。一方、現存するフレーやーの大半、アームの先端からアンプに接続するピンコードの直流抵抗分が大きく、大多数が、往復で2Ω或いはそれ以上の直流抵抗を持っている。これでは、理屈だけ考えてみてもMC20のようなローインピーダンスのカートリッジに対して、よい結果の得られる筈がない。
 現実に私の心配は当った。スタントン881Sでは一応の結果が得られても、MC20の場合となると、打って変って精彩のない、反応の鈍い、あるいは大切な音の一部をどこかに忘れたか落したかしてしまったかのような、おもしろみに欠けた音になってしまうものが少ないとはいえない。すでにカートリッジやアンプの受け口の部分では、MCカートリッジのブームが到来していながら、プレーヤーの専門メーカーが、意外なほどMCカートリッジのため設計を怠っている。MCカートリッジが、その本来の特性の良さでレコードに刻まれた溝の隅々から微細な音を拾ってきても、それをアンプの入口に運んでくる以前に、どこかにとり落して、魅力のひとかけらもない、つまらない音にしか聴かせない。
 あらかじめ覚悟していたものの、そういうプレーヤーが現実にとても多いことに、改めてびっくりさせられた。
 今回のブラインドテストには、リファレンスとしてEMTのプレーヤーが使われた。もともとMC20や881Sを組み合わせるための製品ではないのだから、それらが最良の結果で鳴ったとはいえない。ただ私自身は、自分の聴き馴れたプレーヤーとして、これを最良の基準としたのではなく単に、自分の耳の尺度を整える意味で、参考として頭に置いたにすぎない。
 残念なことに、今回たまたまブラインドテストの対象に選ばれたプレーヤーの中には、アンプやスピーカーの時とは異なって、一台ぜひ(例えばサブ機としてでも)欲しいと思わせるほどの音を探し出すことができなかった。いずれの製品も、部分に的には良い音を聴かせながら、同じ一枚のレコードの音を、どこかで欠落させているといった印象を拭い去ることができなかった。
 こんにち、DDモーターの再検討が論じられゴムシートや、引出コードや、ヘッドシェルや、その他部分的には細かな問題点が個別に指摘されている。そうした反面で、プレーヤーシステムとしての総合的なまとめの方法論に、もうひとつトータルな、俯瞰的な視野の広さが求められるのではないだろうか。いや、そんな小難しいことをくだくだしく言わずとも、ともかく、ヴィヴィッドでたっぷりと豊かな音を一枚のレコードから抽き出して、聴き手を心から満足させてくれるプレーヤーシステムの出現を、いまこそ強く望みたいと思った。

QUAD 405

瀬川冬樹

ステレオサウンド 47号(1978年6月発行)
特集・「評論家の選ぶ’78ベストバイ・コンポーネント」より

最新型では入力感度切替がついて、音の魅力を生かしやすくなった。

ミニサイズ・スピーカーのベストバイ

瀬川冬樹

ステレオサウンド 47号(1978年6月発行)
特集・「読者の質問に沿って目的別のベストバイを選ぶ」より

 どこまでが「ミニ」あるいは「超小型」で、どこからが「小型」なのかという明確な定義はできないが、購入する側からいえば、おおよそ次の三つの目的に分類できるのではないか。
 第一は、設置スペースに制約があったり、またはインテリアを重視した部屋作りのために、できるだけスピーカーの存在を目立たせたくない、等の目的から小さなサイズを要求する場合。この場合には、サイズが第一で、音質面は二義的になることもありうる。
 第二は、大型の装置を別に持っていて、サブ的に楽しみたいスピーカーを探している場合。したがって、場合によっては必ずしも小型である必要がないかもしれないが、しかし音質の点で良いものがあれば、できれば小さいに超したことはない、というようなとき。
 第三は、たとえばヴィソニック社の「DAVID50」のような、本当のみにサイズでしかも音質も素晴らしいという製品の場合、これと知らずに音を聴くと誰しもがびっくりする。そうした意外性を強調するには小さければ小さいほどよいし、しかし音質はその小ささからは想像もできないほど優れていて欲しい。そういうおもしろさを含めて購入する、いわばオーディオマニア的な発想から……。
     *
 こんな分類をしてみると、いまの第三の場合ですでに書いたヴィソニックのDAVID50は、まさにこの種の元祖として音質も耐入力も、こういうサイズとは信じ難い立派さで、ベストバイの最初に挙げられる。類機にADSとブラウンがあるが、価格と音質のバランスでダヴィッドが随一だ。
 第二のいわゆるサブまたはセカンドスピーカーとしての製品は最も数が多く、ヤマハNS10M、オンキョーM55、ロジャースLS3/5A、もう少し大きくてよければセレッションUL6、B&W・DM4えII、ジム・ロジャースJR149、JBL♯4301WX、ロジャース「コンパクトモニター」等が出てくる。
 第一のインテリア重視の面からは、たとえばタンバーグの「ファセット」やジョーダン・ワッツの「フラゴン」のようなユニークな意匠の製品に加えて、前項以前に示した各種から適宜取捨選択できる。
 最後にやや蛇足の感があるが、ミニブームに便乗してひどく性能のよくないスピーカーがいくつも市販されはじめたのには、いささかやりきれない。購入の際は要注意。

SME 3009/SIII

瀬川冬樹

ステレオサウンド 47号(1978年6月発行)
特集・「評論家の選ぶ’78ベストバイ・コンポーネント」より

現代アームのあり方に再び問題提起した点、さすがに元祖の貫禄。

トランスクリプター Skeleton

瀬川冬樹

ステレオサウンド 47号(1978年6月発行)
特集・「評論家の選ぶ’78ベストバイ・コンポーネント」より

オリジナルアームつきの方ではなくSMEと組合せるタイプが楽しい。

リン LP12

瀬川冬樹

ステレオサウンド 47号(1978年6月発行)
特集・「評論家の選ぶ’78ベストバイ・コンポーネント」より

33回転オンリーは難点だがDD時代にアンチテーゼを示す音質の良さ。

ビクター TT-101

瀬川冬樹

ステレオサウンド 47号(1978年6月発行)
特集・「評論家の選ぶ’78ベストバイ・コンポーネント」より

音質の良いDDモーターの一つ。ゴムシートに埃のつきやすいのが難。

ラックス PD121

瀬川冬樹

ステレオサウンド 47号(1978年6月発行)
特集・「評論家の選ぶ’78ベストバイ・コンポーネント」より

製造中止の噂が伝えられるが、ぜひとも残して欲しいユニークな製品。

テクニクス SP-10MK2

瀬川冬樹

ステレオサウンド 47号(1978年6月発行)
特集・「評論家の選ぶ’78ベストバイ・コンポーネント」より

何のかのいってもやはり当分のあいだはDDモーターのスタンダード。

グラド Signature II

瀬川冬樹

ステレオサウンド 47号(1978年6月発行)
特集・「評論家の選ぶ’78ベストバイ・コンポーネント」より

高価だが素晴らしく滑らかで品位の高い艶のある音が聴き手を捉える。

オルトフォン SPU-GT/E

瀬川冬樹

ステレオサウンド 47号(1978年6月発行)
特集・「評論家の選ぶ’78ベストバイ・コンポーネント」より

この渋い独特の厚みある音質はMC型の里程機として歴史に残る名作。

オルトフォン VMS20E/II

瀬川冬樹

ステレオサウンド 47号(1978年6月発行)
特集・「評論家の選ぶ’78ベストバイ・コンポーネント」より

明らかにSPUの傾向を受け継ぐウォームな音質。使いやすい出力。