ステート・オブ・ジ・アート選定にあたって

瀬川冬樹

ステレオサウンド 49号(1978年12月発行)
「Hi-Fiコンポーネントにおける《第1回STATE OF THE ART賞》選定」より

 ステート・オブ・ジ・アートという英語は、その道の専門家でも日本語にうまく訳せないということだから、私のように語学に弱い人間には、その意味するニュアンスが本当に正しく掴めているかどうか……。
 ただ、わりあいにはっきりしていることは、それぞれの分野での頂点に立つ最高クラスの製品であるということ。その意味では、すでに本誌41号(77年冬号)で特集した《世界の一流品》という意味あいに、かなり共通の部分がありそうだ。少なくとも、43号や47号での《ベストバイ》とは内容を異にする筈だ。
 そしてまた、それ以前の同種の製品にはみられなかった何らかの革新的あるいは漸新的な面のあること。とくにそれがまったく新しい革新であれば、「それ以前の同種製品」などというものはありえない理くつにさえなる。またもしも、革新あるいは漸新でなくとも、そこまでに発展してきた各種の技術を見事に融合させてひとつの有機的な統一体に仕上げることに成功した製品……。
 とすると、いわゆる一流品と少し異なるのは、一流品と呼ばれるには、ある程度以上の時間の経過──その中でおおぜいの批評に耐えて生き残る──が必要になるが、ステート・オブ・ジ・アートの場合には、製品が世に出た直後であっても、それが何らかの点で新しいテクノロジーをよく活かして完成していると認められればよいのではないか。
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 ざっとそんな考えで、与えられたルールにしたがってリストアップを試みた。
 今回とても興味深かったのは選ばれたパーツを誰が何点入れたかが、最後まで誰にも判らないルールになっていたことだ。選定会議の当日、リストアップされたパーツの一覧表が渡される。まずその数の多いこと、言いかえれば九人の選定委員のそれぞれの、ステート・オブ・ジ・アートに対する考え方や解釈そしてその結果良しとするパーツが、いかに多様であるかを知って驚く。まるで思いがけないパーツがノミネートされている。またそれほど思いがけなくはないが自分としてはこれはベストバイというテーマでなくては入れないだろうパーツも入ってくる。なるほど、本誌のレギュラーに限っても九人もの人間が集まると、同じ課題に対してこれほど多彩な答えが出るのか、という驚きが何よりもおもしろかった。
 ほんとうはおもしろがってばかりもいられない部分もある。自分としてはぜひとも推したかったのに惜しくも最終審査までのあいだに落ちてしまった製品がいくつもある。同じ思いは九人の委員がそれぞれに抱いているにちがいないが。
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 そうは言うものの、最終的に示された結果は、細部では個人個人の意見がそれぞれにあるに違いなくても、大すじではやはり納得のゆく結論が出ているのだろう。多数決投票というもののこれが性格だろうか。
 部門別にこまかくみると、例えばスピーカーではJBLパラゴンやヴァイタヴォックスCN191のような極めて寿命の長い製品も入っているが、アンプでは原則的に旧式の製品は上っていないのは、変遷の著しいエレクトロニクスの分野と、基本的には大すじの変らないトランスデューサーの分野とのちがいがしぜんに現われていて、これは当然の結果であるにせよ、一見無機的なリストアップの一覧表からも、そうした読みとりかたができることを申し添えておきたい。

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