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アキュフェーズ DP-11

井上卓也

ステレオサウンド 94号(1990年3月発行)
特集・「最新CDプレーヤー14機種の徹底試聴」より

 柔らかく、軽く、爽やか指向の音をもつデルであるが、音情感はフワッと柔らかい雰囲気にまとまる傾向があり、見通しの良さは平均的程度である。ロッシーニは爽やかで軽い音にまとまるが、中高域に独特の輝く個性があり、声の伸びやかさを抑え気味として聴かせ、空間の拡がりも不足気味。ピアノトリオは音色が暗く、暖色系となり、中域の表情が硬く、息つぎの音が少し誇張気味に感じられ、プレゼンスもあまり出ない。
 ブルックナーは予想よりも大掴みで、大味なまとまりとなり、低域に誇張感がある。全体に力がなく、低域の輪郭の明瞭な特徴が活かせない。平衡出力は、空間の再現能力が高く、ホールの広さが感じられるようになる。低域の軟調描写傾向は残り、大太鼓はボケ気味で、弦楽器が全体に硬くなるが、全体のバランスは保たれている。プログラムソース全般に同一傾向があり、再生システムとの、いわゆる相性のようでもある。

FMアコースティックス FM810

菅野沖彦

ステレオサウンド 94号(1990年3月発行)
特集・「いまこれだけは聴きたい ’90エキサイティングコンポーネント 最新パワーアンプ18機種の徹底試聴」より

 同社のFM610より即物的な味わいだが、それだけ忠実が高いともいえるだろう。一言にしていえば、透明で力のある充実した音である。精緻といってよい高音域の解像力、締まって迫力のある低域のドライブ感は、400W強のパワーに支えられた高度な安定感と信頼感をもっている「ドゥムキー」の透徹な響きは美しく、ピアノも輝かしく鋭いタッチが見事に生きるし、ヴァイオリンの芯がしっかりした、きりっとした響きには品位の高さが漂う。それだけに、もう少し脂肪っぽい艶が出れば……とも思うのだが、これはFM610の領域だ。このアンプの特徴は、これだけ解像力の良さと力を持ちながら、妙に明るさ一辺倒にならない点だ。彫琢の深さと陰縁を立体的に聴かせるのである。ウィーン・フィルは少々冷たく硬いが美しい。透明な木管、切れ味のシャープな金管、そして弦は繊細でオーバートーンが明瞭。ヘレン・メリルが少々異質で、極端に知的冷静さになった。

EMT 981

井上卓也

ステレオサウンド 94号(1990年3月発行)
特集・「いまこれだけは聴きたい ’90エキサイティングコンポーネント 最新CDプレーヤー14機種の徹底試聴」より

 整然とした硬質の音を、適度な力感を伴って聴かせる個性型のプレーヤーだ。ロッシーニでは、弦、木管などのハーモニクスが個性的な輝きを持ち、コリっとした硬めのテノールは本機の特徴を物語る。音場感は特に広くはなく、ある限定された空間にピシッと拡がり、輪郭がクッキリとした音像定位はクリアーで見事である。Pトリオは間接音成分が抑えられ、スタジオ録音的まとまりとなるが、硬質で実体感のある音は楽器が身近に見える一種の生々しさがあり楽しい。ブルックナーは、トゥッティで少しメタリックな強調感があるが、音源が予想より遠くスケール不足の音だ。No.26Lの不平衡入力から平衡入力に替えると、音場感、各パートの楽器の音がかなり自然になり、このクラス水準の音になるが、編成の大きなオーケストラのエネルギー感は不足気味だ。それにしても、ブルックナーが見通しよく整然と聴こえたら、それが優れたオーディオ機器なのだろうか。

スレッショルド SA/6e

菅野沖彦

ステレオサウンド 94号(1990年3月発行)
特集・「いまこれだけは聴きたい ’90エキサイティングコンポーネント 最新パワーアンプ18機種の徹底試聴」より

「ドゥムキー」の各楽器の音色の鳴らし分けが鋭敏で、アンプの音色が支配的でないことがわかる。粒立ちが精緻で、イシドア・コーエンのヴァイオリンのよく締まった、硬質だが滑らかな音色が美しい。ある種のアンプのように瑞々しい魅力や、味わい深い雰囲気というようなものはないが、かといって物足りない音ではない。中庸というべきなのかもしれない。ウィーン・フィルも同じ傾向で素直に再現するのだが、ウィーン・フィルらしさ……、つまり、あの、しなやかで艶やかな音、上品な華麗さの再現は若干不十分で、どこかに冷たさが感じられた。淡く明るく鳴りすぎる。くすんだ音色、陰影に乏しいのだろう。サン=サーンスの「オラトリオ」でのアルトが明るすぎるというメモがあるが、この辺も共通した特質と思われる。もう少し含みのある陰影が欲しい……というメモが続いてる。しかし、ヘレン・メリルでは艶とハスキーさのバランスもよくベースも充実。

オーディオリサーチ CLASSIC 150

菅野沖彦

ステレオサウンド 94号(1990年3月発行)
特集・「いまこれだけは聴きたい ’90エキサイティングコンポーネント 最新パワーアンプ18機種の徹底試聴」より

 全体的に中庸をいく音質だと思う。つまりアンプの支配する音色や質感が強くなく、ソースの持つ音の個性をストレートに出すタイプ。それだけに強い魅力のあるアンプではないが、長期間の使用にも飽きのこない素直なアンプだと思う「ドゥムキー」のピアノの丸く輝かしいタッチと弾力的な質感が美しいし、リアリティがあって演奏表現がよく生きる鳴り方だ。暖かい音も、艶のある音も、そしてシャープでドライな質感も、鋭敏に鳴らし分けるので音色の多彩な変化が美しい。ウィーン・フィルの音色的特徴はよく再現され、しなやかな弦楽器群、特にその艶のあるヴァイオリンは素晴らしい。サン=サーンス「オラトリオ」の、各歌手の声の特徴も、適切な音色感で脂ののった滑らかな声質が大変美しいし自然。他のアンプで聴く声よりウェットだが、これが本当かもしれないと思える説得力がある。ジャズもよく弾み表情が生き生きと再現され、楽しい。再認識されたアンプである。

フィリップス LHH500

井上卓也

ステレオサウンド 94号(1990年3月発行)
特集・「最新CDプレーヤー14機種の徹底試聴」より

 柔らかく角のとれた、しやかで雰囲気のよい音をもつモデルである。プログラムソースとの対応の幅は広く、あまりハイファイ調とせず聴きやすいが、音楽的に内容のある音をもつ点は、大変に好ましい。ロッシーニは、ほどよくプレゼンスのあるナチュラルな音だ。ほどよく明るい音色と、中域から中高域にかけての素直な音は魅力的でさえある。低域の質感が甘い面もあるが、まとまりの良さはフィリップスらしい特徴である。ピアノトリオは、サロン風なまとまりとなり、予想より音の厚み、音場感情報が不足気味で、中高域に強調感があり、息つぎの音の自然さがなく、気になる。ブルックナーは、全体にコントラスト不足で音が遠いが、平衡出力にすると音情感はたっぷりとあり、音の芯も明快で一段と高級機の音になる。ダイナミックレンジ的伸びと鮮度感が不足気味で、fレンジは少し狭くなり、中域の量感がむしろ減る傾向となる。ジャズは実在感がいま一歩で分離もいま一歩。

テクニクス SL-Z1000 + SH-X1000

井上卓也

ステレオサウンド 94号(1990年3月発行)
特集・「いまこれだけは聴きたい ’90エキサイティングコンポーネント 最新CDプレーヤー14機種の徹底試聴」より

 柔らかくフワッとした、温和な音を聴かせるモデルであるが、ローレベルのこまやかさが描けるようになり、音の消えた空間の存在がわかること、帯域バランス的には中域の質感が改善され、硬さの表現ができるようになったことが、従来と変った点だ。なお、聴取位置は中央の標準位置である。ロッシーニでは、空間の広がりを感じさせる暗騒音も充分に聴かれ、柔らかい雰囲気を持ちながらこまやかさがある素直な音である。音像は小さくソフトに立つ。Pトリオはプレゼンスよく、光沢を感じさせる、ほどよく硬質な各楽器のイメージは、かなり聴き込めるが、低域はいまひとつ分離しない。ブルックナーは、ややこもった音場感でスケール感もあるが、アタックの音が軟らかく、抑揚が抑え気味となり単調に感じられる。平衡出力では、ベールが一枚なくなったようなスッキリとした音場感、各パートの楽器の分離などでは優れるが、鈍い低域が問題で、再生系と相性が悪い。

サンスイ AU-α707L Extra

ステレオサウンド 94号(1990年3月発行)
特集・「いまこれだけは聴きたい ’90エキサイティングコンポーネント プリメインアンプ×スピーカーの相性テスト」より

ビクター SX-700との相性
響きが豊かでサロン風なイメージの音を聴かせる。バランス的には中域が薄く、SPのキャラクターを抑えるが、やや実体感は不足気味となる。柔らかい低域と一種の個性的な輝きを潜在的に持つ中高域は、ほどよくバランスを保つ。各プログラムソースを基本的に自分の音として聴かせる傾向が強く、小音量時にも楽しめそうな音だ。

ビクター XL-Z1000 + XP-DA1000

井上卓也

ステレオサウンド 94号(1990年3月発行)
特集・「最新CDプレーヤー14機種の徹底試聴」より

 音場感情報が豊かで、音楽が演奏されている空間の拡がりを、ゆったりとした余裕のあるプレゼンスで聴かせる特徴がある。ロッシーニでは、予想より硬質な面と、音の分離にいまひとつの感があるが、木管楽器特有の高質さとふくらみや、コントラバスのピチカートなどはかなり実体感があり、見通しもよい。ピアノトリオは、中高域に少し硬質さがある薄味傾向のまとまり。楽器のメカニズムの出す固有のノイズをかなり聴かせるが、ピアノのリアリティは抑えられる。ヴァイオリン、チェロは少し硬質で、やや響き不足の音だ。ブルックナーは、奥行きの深い空間を感じさせる音場感の豊かさがあり、響きはたっぷりとあるが全体に力不足で、トゥッティで音の混濁感がある。平衡出力では、スッキリと見通しの良さが聴かれ、反応の軽さが出るが、再生系の持つ一種の重さ、暗さがある低域が全体のバランスを崩しているようで、これは聴取位置が左側に偏っていることも関係がある。

サンスイ AU-α707L Extra

ステレオサウンド 94号(1990年3月発行)
特集・「いまこれだけは聴きたい ’90エキサイティングコンポーネント プリメインアンプ×スピーカーの相性テスト」より

セレッション SL6Siとの相性
ナチュラルで色づけが少なく、音場感的な情報量がたっぷりとあり、ステレオフォニックにプレゼンスよく音を聴かせる。バランス的には中域のエネルギー感が抑えられた音で、Pトリオは響きが過剰気味となり、かなりサロン風なまとまりだ。大編成の曲ではスケール感があるが、集中力が不足気味となり、実体感が今一歩だ。

デンオン DCD-3500RG

井上卓也

ステレオサウンド 94号(1990年3月発行)
特集・「最新CDプレーヤー14機種の徹底試聴」より
 適度に緻密で安定感のある中域を中心に、ナチュラルな帯域バランスと標準的な音情感の再現能力、明快な音像定位が聴かれるリファレンスモデル的な内容の音は、昨年発表された時点とは格段の差のグレードアップである。聴取位置は中央の標準位置である。ロッシーニは柔らかい雰囲気型の音で、音像は奥に定位する。安定度は充分にあるが密度感が不足気味で、ウォームアップ不足だ。ピアノトリオは、安定感のある帯域バランスと芯のしっかりした音で、一種の重厚さめいた印象が特徴。ブルックナーは厚みのある安定した、いわば立派な音だが、トゥッティでは混濁気味。平衡出力では、ホールトーンはたっぷりとあるが表情が甘く、コントラスト不足の音で、かなり音量を変え、セッティングを少し変えた程度では変化がなく、再生系との相性の問題がありそうだ。ジャズは、低域が腰高で安定せず、全体にモコモコとした一種の濁りのある音とプレゼンスでまとまらない音だ。

EMT 981

井上卓也

ステレオサウンド 94号(1990年3月発行)
特集・「最新CDプレーヤー14機種の徹底試聴」より

 整然とした硬質な音を、適度な力感を持って聴かせる個性型のプレーヤーだ。ロッシーニでは、弦、木管などのハーモニクスが個性的な輝きを持ち、コリッとした硬めのテノールは本機の特徴を物語る。音場感は特に広くはなく、ある限定された空間にピシッと拡がり、輪郭がクッキリとした音像定位はクリアーで見事である。ピアノトリオは間接音成分が抑えられ、スタジオ録音的まとまりとなるが、硬質で実体感のある音は楽器が身近に見える一種の生々しさがあり楽しい。ブルックナーは、トゥッティで少しメタリックな強調感があるが、音源が予想より遠くスケール不足の音だ。No.26Lの不平衡入力から平衡入力に替えると、音場感、各パートの楽器の音がかなり自然になり、このクラス水準の音になるが、編成の大きなオーケストラのエネルギー感は不足気味だ。それにしても、ブルックナーが見通しよく整然と聴こえたら、それが優れたオーディオ機器なのだろうか。

パイオニア A-838

井上卓也

ステレオサウンド 94号(1990年3月発行)
特集・「いまこれだけは聴きたい ’90エキサイティングコンポーネント プリメインアンプ×スピーカーの相性テスト」より

セレッション SL6Siとの相性
まず感じるのは「レクイエム」で、録音空間の左右の広がりや前後の奥行きがコンパクトなこと。このことはPトリオでも同様。響きよりも楽器自体の音の強さを表す傾向だと聴けた。それが顕著なのは「コリオラン」で、低音部の重いうなりをぐいぐいと押し出す。6Siが急に元気になった感じがした。

パイオニア PD-5000

井上卓也

ステレオサウンド 94号(1990年3月発行)
特集・「最新CDプレーヤー14機種の徹底試聴」より

 響きの豊かさがあり、基本的なクォリティが高く、各プログラムソースの特徴を引き出しながら、安定感のある立派な音が聴ける製品だ。ロッシーニでは、自然な拡がりのあるホールトーンと安定した音を聴かせ、音像の立ち方もやや立体的なイメージがある。中域の一部には少し硬質な傾向があり、楽器の分離がよくリアリティのある音で描く効果があり、柔らかく質感のよい低域と巧みなバランスを保つ。ピアノトリオは響きが豊かで、ディテールをサラッと聴かせる素直な再現能力と実体感のある音像定位が好ましいが、再生システムのキャラクターか、やや硬調な描写となりやすく、アタック音が少しなまり気味だ。ブルックナーも共通で金管が硬く聴かれ、トゥッティの分離がいま一歩であるが、安定した質感のよい音と自然なプレゼンスは相当によい。低域の伸び、ゆとりに少し不満が残るが、価格からは無理な注文だろう。ジャズは、低域腰高で軟調傾向だが、よくまとまる。

ティアック P-500 + D-500

井上卓也

ステレオサウンド 94号(1990年3月発行)
特集・「最新CDプレーヤー14機種の徹底試聴」より

 全体にプログラムソースの音を軽く、柔らかい傾向の音として聴かせる。いわば個性の強い製品ではあるが、音色が暗くならず、表情に鈍さがないことが好ましい。ロッシーニは、かなり広帯域型のfレンジと、軽く滑らかな雰囲気のよい音だが、少し実体感が欲しいまとまりだ。ピアノトリオは、楽器の低音成分が多く、やや中域を抑えたバランスの、線が細く柔らかな音だ。音場は引っ込み奥に拡がり、響きはきれいだが音源は遠く、細部は不明の音。ブルックナーは、音源は遠いが、空間を描く音場感のプレゼンスはナチュラルでフワッとした雰囲気があり、これでよい。トゥッティでは予想外に中高域に輝く個性があり硬質な面が顔を出すが、それなりのバランスで聴かせるあたりは、ターンテーブル方式の利点であるのかもしれない。ジャズは、定位はブーミーでエネルギー感が抑え気味となり、いまひとつ弾んだリズム感が不足気味で、見通しもやや不足気味だ。

エソテリックP-2 + D-2

井上卓也

ステレオサウンド 94号(1990年3月発行)
特集・「いまこれだけは聴きたい ’90エキサイティングコンポーネント 最新CDプレーヤー14機種の徹底試聴」より

 聴感上でのS/Nが優れ、音場感情報が十分にあり、奥行き方向のパースペクティヴ、上下方向の高さの再現ができるのが最大の特徴。試聴は二度行ない、聴取位置は中央の標準的位置だ。細部の改良で基本的な音の姿・形は変わらないが、聴感上のS/Nが向上したため、低域の質感や反応の素直さをはじめ、全体の音は明瞭に改善されている。ロッシーニは、柔らかいプレゼンスの良い音である。音の細部はソフトフォーカス気味に美しく聴かせるが、各パートの声や木管などのハーモニクスに適度な鮮度感があり、薄味傾向の音としては、表情もしなやかで一応の水準にまとまる。Pトリオは、サロン風のよく響く音だが、表情は少し硬い。ブルックナーは、奥深い空間の再現性に優れ、予想より安定した低域ベースの実体感のある音である。平衡出力では、音場感は一段と増すが、音の密度感、力感は抑えられる。ジャズはプレゼンスよく安定感のある低域ベースの良い音だ。

テクニクス SL-Z1000 + SH-X1000

井上卓也

ステレオサウンド 94号(1990年3月発行)
特集・「最新CDプレーヤー14機種の徹底試聴」より

 柔らかくフワッとした、温和な音を聴かせるモデルであるが、ローレベルのこまやかさが描けるようになり、音の消えた空間の存在がわかること、帯域バランス的には中域の質感が改善され、硬さの表現ができるようになったことが、従来と変った点だ。なお、聴取位置は中央の標準位置である。ロッシーニでは、空間の拡がりを感じさせる暗騒音も充分に聴かれ、柔らかい雰囲気を持ちながらこまやかさがある素直な音である。音像は小さくソフトに立つ。ピアノトリオはプレゼンスよく、光沢を感じさせる、ほどよく硬質な各楽器のイメージは、かなり聴き込めるが、低域はいまひとつ分離しない。ブルックナーは、ややこもった音場感でスケール感もあるが、アタックの音が軟らかく、抑揚が抑え気味となり単調に感じられる。平衡出力では,ベールが一枚なくなったようなスッキリした音場感、各パートの楽器の分離などでは優れるが、鈍い低域が問題で、再生系と相性が悪い。

ソニー CDP-X77ES

井上卓也

ステレオサウンド 94号(1990年3月発行)
特集・「最新CDプレーヤー14機種の徹底試聴」より

 聴感上での帯域バランスを重視し、あまり広帯域のfレンジとせず巧みに総合的な音をまとめた印象が強い手堅いモデルだ。ロッシーニは、音の細部にこだわらず素直なバランスの音を聴かせる。表情は真面目で少し抑える傾向があるが、ややウォームアップ不足気味の音と思われる。ピアノトリオは、柔らかく線の細いピアノと硬質なヴァイオリン、線が太く硬さのあるチェロのバランスとなるが、金属的に響かないのが好ましい点だ。しかし、響きが薄く、厚みがいま一歩不足気味である。ブルックナーは、線が太く硬い鉛筆で描いたような一種の粗さがあり、演奏会場のかなり後ろの席で聴いたような音の遠さがある。平衡出力にすると、バランスは広帯域型に変り、全体に薄いが独特のクリアーさ、シャープさのある音になり、高域はむしろ透明感がかげりがちだ。ジャズは薄味の軽快指向のまとまりで、表彰が表面的になりやすく、低域の質感をどうまとめるかがポイントだ。

エソテリック P-2 + D-2

井上卓也

ステレオサウンド 94号(1990年3月発行)
特集・「最新CDプレーヤー14機種の徹底試聴」より

 聴感上でのS/Nが優れ、音場感情報が充分にあり、奥行き方向のパースペクティヴ、上下方向の高さの再現ができるのが最大の特長。試聴は2度行ない、聴取位置は中央の標準的位置だ。細部の改良で基本的な音の姿・形は変らないが聴感上でのS/Nが向上したため、低域の質感や反応の素直さをはじめ、全体の音は明瞭に改善されている。ロッシーニは、柔らかいプレゼンスのよい音である。音の細部はソフトフォーカス気味に美しく聴かせるが、各パートの声や木管などのハーモニクスに適度な鮮度感があり、薄味傾向の音としては、表情もしなやかで一応の水準にまとまる。ピアノトリオは、サロン風のよく響く音だが、表情は少し硬い。ブルックナーは、奥深い空間の再現性に優れ、予想より安定した低域ベースの実体感のある音である。平衡出力では、音場感は一段と増すが、音の密度感、力感は抑えられる。ジャズはプレゼンスよく安定感のある低域ベースの良い音だ。

オーディオデバイス AD-P2

菅野沖彦

ステレオサウンド 94号(1990年3月発行)
特集・「いまこれだけは聴きたい ’90エキサイティングコンポーネント 最新パワーアンプ18機種の徹底試聴」より

 オーディオ的にはきわめて質の高い音で、いかにもクォリティの高い音がする。そして前作AD-P1にあった粘りがとれて、素直な音に向かっていると思う。しかし全体の印象としては、もう一つ繊細な雰囲気に不満が残るのである。心に沁み入る味わいのようなデリカシーの魅力を聴かせてくれるイシドア・コーエンのヴァイオリンがそっ気ない。透明で美しいのだが、ハーモニックスの微妙なのりに欠けるのかもしれない。微やかに打ち振えるボーイングのデリカシーがもう一つ聴かれなかった。
 ウィーン・フィルの音のソリッド感が高く立派なのだが、ヴァイオリン群が輝かしく滑らかに過ぎる。しなやかな情感がなくなるのが、高級アンプの傾向のようだ。あまりに研ぎ澄まされている音なのかもしれない。直接音主体のジャズには充実した再生音で、迫力のある質感を聴かせた。硬質だがソリッドで立派である。

QUADの春

早瀬文雄

ステレオサウンド 94号(1990年3月発行)
「Music Consolette 偶然の結晶を求めて」より

 武蔵野の面影が色濃く漂う──とよく表現される。井の頭公園あたりの閑静な住宅街は、たしかに緑がおおい。クヌギやナラの雑木林がそこそこに点在している。
 早春の夕闇が街をうっすらと青く染め始める時間、僕は駅前からほそく入り組んだ道をゆっくりと歩きながら、これから聴かせていただくK氏の新しいシステムの音に期待していた。
 氏のお住まいにも庭に背の高い楠があったことを思い出した。
 五年前、庭に面したリスニングルームに置かれたタンノイ・オートグラフが奏でたエネスコのベートーヴェン「クロイツェル」ソナタを思い出す。心の中に眠っている遠い記憶に向かってそっと視線を戻したくなるような響きだった。
 往年の名指揮者、名演奏家の50年代、60年代の名演名録音がぎっしり、かつ整然とならんだレコード・ライブラリーには度肝をぬかれた。
 白髪の温厚な紳士である氏が、そのふっくらとした手で繊細にレコードを取り扱う様は、目の当たりにすると、まるでオーディオの人間国宝みたいな感じがしてくる。
 曲間の無音溝にスッと針を落とす時のアームさばきはCDポン、しか知らない世代には真似のできない「芸術」だ。
 たぶん、何万回におよぶ動作のくりかえしの過程で、いろいろな心の葛藤をこめて、レコードに針を落とした年輪みたいなものがあって初めて可能な所作なのかもしれない。
 ウェスタンエレクトリックの300Bという3極管は、シングルで8Wほどの出力しか得られないが、これを高域用のパワーアンプに使ったふっくらとして透明な響きは今も鼓膜にしみついたままだった。
 それにしても管球アンプ党の氏が買い込んだ新しいシステムとは一体何なのだろう。
「近頃CDにもよい復刻盤がそろってきたのでね、気軽に楽しんでおるよ」
 そう言って電話の向こうで笑っていた。
 長く続いた神楽坂の料亭で花板をしていた氏の五感を満たしたもの……。
 由緒正しい日本建築のストイックな空間には新しいスピーカーシステムがなにげなく置かれていた。クォードESL63だ。
 そして、そこにはある種のはりつめた空気が漂っていることを僕はすぐに感じた。
 なにげなく置かれた装置の、その何気なさにどうやら原因があるようだった。
 その空間の中で、その位置でしかけして上手くならないという絶対位置があるとすれば、そのスピーカーは、まさにその位置に置かれていたのだ、なにげなく。
 いかにもよい音がしそうな予感が音を出す前からみなぎる。
 料理でいえば、これは盛りつけの妙味みたいなものかもしれない。
「やあ、いらっしゃい」といいながらゆっくりと居間に現われた氏は、しばらくお会いしない間にほんの少しだけ痩せられたような気がした。たぶん、もう七十歳を越されているはずだ。サイドボードを開けると、アンプが出てきた。
「どう思う?」目を細め、まるで子供みたいに無邪気なお顔をされて、そう訊かれる。
 クォードの最新型、66と606そしてCDプレーヤーが、あたかもずっと昔からその場にあったような自然さで、そこに並べられていた。
 ややひかえ目の音量で鳴り始めたのは、ブラームスの交響曲第3番、第3楽章ハ短調、ポコ・アレグレットだった。
 そうして、僕はCDのジャケットを見て驚愕した。なんと、昨年亡くなってカラヤンの最後のブラームス録音となったものだ。
「驚いたかね」
 僕は黙ってうなずいた。
「カラヤンを聴く気になったのは、欧州に旅に出かけた折に、彼の墓を見てからなんだよ」
 木管が甘美な哀しさをたたえた響きで揺れるように旋律を奏でる。
「もう、カラヤンを聴くまいと思って、かたくなになっていた自分の殻が剥げ落ちたんだね。死というものは、いろいろなことを人に考えさせるものだ」そう言って深いため息を一つついた。
「現実的な存在感をもつカラヤンそのものが、いつのまにか私の中で観念的なものに転倒した。そうして、むしろ観念の産物としての過去の名盤といわれるものが、私の現実になっていた。たしかに、それも悪くない。しかし、意識のねじれを自分でかんじてしまったんだよ、墓を見た時にね」
 そう言って、氏はテーブルの上に置かれたリモコンに手を伸ばした。
 機能と使い勝手が現代のクォード的にいかにも巧みにまとめられたリモコンだ。
 軽いクリックの音がして、少しだけボリュウムが上がった。一般のトーンコントロールにあたる「チルト」でほんの僅かばかり高域を下げ、低域を上げてあった、シーソーみたいに。僕はじっとカラヤンのブラームスを聴いた。その時、あの後悔とも諦観とも違う独特の哀しみをたたえた旋律が流れ、僕はふいに目頭が熱くなるのを感じた。クォードの引き締まった無駄のない響きと、合理性という無機的な言葉を忘れさせるウィットとユーモアに富んだ作りは、まるで澄んだ空気の中を散策するような落ち着いた気持ちを聴くものにわけあたえてくれる。しかし、おそらく僕が同じ装置を同じように並べてみても、この音は出せないだろう。そう、これは、氏の人生の年輪の響きなのだ。
     *
K氏のシステムはスピーカーにクォードESL63を使い、最新の66CDと66プリアンプ、606パワーアンプを組み合わせたものだ。7系統の入力をもつ個性的で小粋なプリアンプは、すべての操作を専用のリモコンで行なう。このリモコンの操作感は、きわめて暖かみがあり、また伝統のチルト式とトーンコントロールは、本体の美しい液晶ディスプレイに表示され実に楽しい。同時発売の66CDもプリアンプのリモコンで操作可能である。先行して発表された純正ペアとなる606パワーアンプは、コンパクトなデザインながら130Wの出力をもち、小出力時はA級動作となる。

ビクター XL-Z1000 + XP-DA1000

井上卓也

ステレオサウンド 94号(1990年3月発行)
特集・「いまこれだけは聴きたい ’90エキサイティングコンポーネント 最新CDプレーヤー14機種の徹底試聴」より

 音場感情報が豊かで、音楽が演奏されている空間の拡がりを、ゆったりとした余裕のあるプレゼンスで聴かせる特徴がある。ロッシーニでは、予想より硬質な面と、音の分離にいまひとつの感があるが、木管楽器独特の硬質さとふくらみや、コントラバスのピチカートなどはかなり実体感があり、見通しもよい。Pトリオは、中高域に少し硬さがある薄味傾向のまとまり。楽器のメカニズムの出す固有のノイズをかなり聴かせるが、ピアノのリアリティは抑えられる。ヴァイオリン、チェロは少し硬質で、やや響き不足の音だ。ブルックナーは、奥行きの深い空間を感じさせる音場感に豊かさがあり、響きはたっぷりとあるが、全体に力不足で、トゥッティでの混濁感がある。平衡出力では、スッキリと見通しの良さが聴かれ、反応の軽さが出るが、再生系のもつ一瞬の重さ、暗さがある低域が全体のバランスを崩しているようで、これは聴取位置が左に偏っていることも関係がある。

それぞれの音・それぞれの想い

早瀬文雄

ステレオサウンド 94号(1990年3月発行)
「Music Consolette 偶然の結晶を求めて」より

僕たちの周りには、様々なライフスタイルの中で、それぞれにいろいろな思いをもってオーディオと接している人達がいる。大掛かりな単体コンポーネントを組み合わせ、自分だけの音の世界を組み立てていく楽しさもあるけれど、ここではワンブランドシステムのもっている頑固ともいえるこだわりや哲学に共感した人々にスポットをあて、その音を聴かせていただいた。装置とそれを使う人の個性やこだわりがどんな風にして接点をもっているのかを訪ねて歩いた。それぞれの生き方、音楽観、かかえ込んでいる葛藤、そうしたものを暴きたてるのではなく、その装置を通して描かれた音の世界と、語られた言葉を抽出して、それぞれの思いをぼんやりと感じとることができればいいと思っていた。たとえまったく同じワンワンブランドシステムでも、使う人が変ると、まるで別物のような音がすると言う事実は何を語っているのか。オーディオは「物」として存在する以上に、音楽と人が深く関与する機械だけに、使い手の内面の風景が知らず知らずのうちにうつしこまれていることにいまさらながら驚かされた。この「ミュージック・コンソレット」は、その音楽と人の魅力的な関係をより、いっそう深めるようなオーディオ装置に対して名付けたものである。プライベートな空間を直接写真にとらせていただくことはあえてしなかったけれど、その部屋の雰囲気を編集部のS君が見事にイメージできるオブジェ的写真として構成してくれた。その部屋をどうイメージしていただいてもいいと思う。たぶん今のあなた自身のおかれた位置にも似たものがあるかもしれないのだから。

マークレビンソン No.20.5L

菅野沖彦

ステレオサウンド 94号(1990年3月発行)
特集・「いまこれだけは聴きたい ’90エキサイティングコンポーネント 最新パワーアンプ18機種の徹底試聴」より

 とても100W/8Ωのアンプとは思えない力の感じられるアンプで、スピーカーのドライブ感は300Wクラスのアンプの感じだ。ソリッドに締まった音の質感といい、底力のある大振幅の再生音の充実さは大出力アンプとしか思えない。それでいて、きわめて濃やかで緻密な質感は、確かに停低歪みのアンプらしい。このアンプの前身、No.20Lの出現以来100W級Aクラスアンプが多くなったが、ここまでの製品はまだない……と思っていたらNo.20・5Lというリファインモデルになった。
「ドゥムキー」もほぼ完璧だし、ウィーン・フィルの明晰で精緻な解像力と透明な響きは極上といってよい。ただ、ないものねだりをするなら、しなやかさと粘りといったウェットな情緒の不足であろう。どちらかといえば透徹で硬質な音である。鮮やかすぎるくらい明晰だと、曖昧さがほしくなる……という欲深さが僕にはある。ジャズも4344の能率なら十分の音量で最高の質感だ。

JBL XPL200

早瀬文雄

ステレオサウンド 93号(1989年12月発行)
「BEST PRODUCTS 話題の新製品を徹底試聴する」より

 JBL、XPL200は新しいXPLシリーズのトップモデルであり、同シリーズ中、唯一の4ウェイスピーカーシステムである。
 4ウェイシステムは広帯域化と音の密度、解像力をより高い次元で融合させるため、4分割した帯域に配した4つのユニットをもっともリニアリティの良い部分でのみ使用するという基本コンセプトをもつ。
 JBLにはこれまで、プロフェッショナルモニター4350にはじまる4ウェイシステムを発展させてきた歴史があるが、位相管理や音色のコントロールがきわめて難しく、国内外を含め、完成度の高い4ウェイシステムを製品化しているメーカーは、現在きわめて少ないといえる。
 JBL特許のSFG磁気回路を採用した30センチ口径ウーファーをベースに、300Hzから1・1kHzまでを16・5センチ口径のミッドバス、また中高域には注目の7・5センチ口径チタンドームスコーカーが採用されており、しかも1・1kHzから4・5kHzという狭い帯域で用いられている点に特徴がある。さらにハイエンドにかけては2・5センチ口径のチタンドームトゥイーターが受け持っており、高域はフラット/+2dBの二段階切替えが可能になっている。
 高S/N化を期したバスレフ型エンクロージュアは、位相差歪みを減少させるためにバッフルに段差がつけられ、アジャスタブルフットによりスピーカー全体の仰角を調整すると、より緻密な位相合わせも可能だ。バッフル上には振動をダンプする効果のある硬質なゴム状の物質である高密度フォーム材をラウンドバッフルに成形して用いている。
 さらに、バッフル面の不要反射を低減するために柔軟なネオプレーンフォームを貼付している。
 バスレフのダクトを背面にもつエンクロージュアは、前面から後面にかけて楔状に絞りこまれており、内部定在波の発生を防止している。
 また配線材にはモンスターケーブルを採用し、伝送特性の向上をはかっているという。
 家庭用として、無駄な装飾のない知的なデザインは、ネットを外しても変わらない。
 4つのユニットの存在を誇張するようなあざといデザイン処理は皆無であり、むしろストイックな雰囲気さえある。
 響きは、いかにも各ユニットにかかっている負荷が、軽いといった、軽快かつ精緻なもので、JBLならではの媚のない理知的な雰囲気が音楽に必要な緊張感を見事に再現していた。従来のややクールな涼しさに、軟らかなニュアンスが加わり、安定感を増した響きは、JBLフリークのみならず、万人に勧められるものと思えた。