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サンスイ AU-7900, AU-6900, AU-5900

井上卓也

ステレオサウンド 38号(1976年3月発行)
「SOUND QUARTERLY 話題の国内・海外新製品を聴く」より

 サンスイから、新モデルとして3機種のプリメインアンプが発売された。これらの製品は、ハイパワーのプリメインアンプであるAU−20000でおこなわれたパワーアップの考え方を、中価格帯に導入したもので、サンスイのいうパワーアップとは、単なるパワーの増強ではなく、質的な高さをも含めた、質量ともどもの向上を意味しているとのことである。また、特性面では、音楽信号を入力するアンプの動特性の改善、低歪化などが追求され、とくに電源部についてはパワーイコール電源という考えで、電源部を重視しているのは現在のアンプの共通の特長と考えられる。
 AU−7900は、75W×2の出力をもつ今回の発売機種としてはもっとも高価格なモデルであるが、従来のAU−9500に匹敵するパワーである。機能面では、中音コントロールをもつTTCがサンスイのアンプの特長である。AU−7900では、高音が2kHz、4kHz、8kHzに湾曲点をもつ3段切替であり、低音は150Hz、300Hz、600Hzに湾曲点をもつ3段切替であるが、中音は1500Hzを中心にして±5dB変化させることができる。
 フィルターは、高音が7kHz、6dB/oct.と12kHz、12dB/oct.であり、低音が20Hzと60Hzと切替可能な12dB/oct.型である。ラウドネスコントロールは、ローブーストとハイローブースト切替型であり、ミューティングは15dBステップの2段切替である。
 回路構成上の特長は、初段に差動増幅を使った4石構成のNF型イコライザーを採用し、特性を改善するためにイコライザー基板は入力端子に直結する構造になっている。パワー部は、初段が物理的に安定度が高いデュアルトランジスターを使った差動増幅をもつ、全段直結コンプリメンタリーOCL方式で、電源部は大型のパワートランスと15000μF×2の電解コンデンサーを採用している。なお、トーンコントロール段は、ディフィート時には信号kからバイパスされるのもサンスイのアンプとしては特長になるであろう。
 AU−6900は、基本的にはAU−7900を基本にしてパワーを60W+60Wとしたモデルと考えてよい。機能面では、TTCの高音と低音がそれぞれ2つの周波数を選択できる2段切替になったのをはじめ、フィルター、ラウドネスコントロールともに一般的なタイプに変更されている。
 AU−5900は、3機種中ではもっともローコストなモデルであるが、機能面ではTTCの高音と低音の湾曲点切替が除かれた以外AU−6900と同等で、逆に考えれば、多機能な機種とも考えられる。
 3機種共通のポイントとしては、プリアンプ部分が発表された規格から見るかぎり、共通なアンプが採用してあることだ。例えば、フォノ1の感度が2.5mVであり、カートリッジ負荷抵抗の3段切替をはじめ、イコライザーの許容入力が250mVと、まったく同じである。電源部の電解コンデンサーの容量も、3機種とも15000μF×2と等しく、プリメインアンプとしてのコンストラクションも、ほぼ共通である。

ラックス C-1010

井上卓也

ステレオサウンド 38号(1976年3月発行)
「SOUND QUARTERLY 話題の国内・海外新製品を聴く」より

 ラックスの新しいソリッドステート・コントロールアンプは、そのモデルナンバーと外観からも判るように、既発売のC−1000コントロールアンプに続く機種で、いわゆる性能を落したジュニアタイプではなく、発表された規格を見てもまったく同等で、いわば実戦型のニューモデルだ。
 フロントパネルで、C−1000と変った点は、ボリュウムコントロールのツマミについていたタッチミュートが除かれた点で、これに伴って、タッチミュートのインジケーターランプがなくなっている。
 回路構成は、高域のリニアリティの改善と安定性とSN比の向上を狙った設計で、イコライザーが、ディファレンシャル・ダイレクトカップル方式と呼ぶ差動1段で、出力段がA級インバーテッド・ダーリントン接続のプッシュプル構成でテープデッキを負荷しても性能が落ちない特長があり、歪率が0・006%と低い。中間アンプも、イコライザーと同様な考え方のカスコーデッド・ダイレクトカップル方式であり、トーンコントロールは、LUX方式NF型だ。フィルターアンプは2石構成の定電流駆動のエミッターフォロワーで、不要な場合は信号系からカットされる。

「上杉氏の再生装置について」

井上卓也

ステレオサウンド 38号(1976年3月発行)
特集・「オーディオ評論家──そのサウンドとサウンドロジィ」より

上杉氏のリスニングルームには2組の大型スピーカーシステムがある。そのひとつは、コーナー型システムとして典型的な存在であった、いまはなきタンノイのオートグラフであり、いまひとつは、それ自体が大型システムであるオートグラフが中型システムと見誤るほど巨大な、超弩級4ウェイシステムである。
このシステムは、ヨーロッパのシアター用システムとしてユニークな構造をもつシーメンスのオイロダインを中心として構成したもので、低域補強にエレクトロボイスの巨大な76cm口径のウーファー30Wを2本(1ch)、高域補強にテクニクスのホーン型トゥイーターを組み合わせている。
オイロダインは、この種のシステム共通の特徴として、いわゆる現代的なワイドレンジタイプでないことが、あの見事なまとまりをみせる。彫りが深く力強い音の裏付けと考えられるが、さらに発展させるとなれば、低域と高域のわずかなレスポンスを伸ばすために、オイロダインにみあうクォリティを備えた超高級ユニットを組み合わせることが必要となる。とくに、低域は重要なポイントであり、部屋に入るという制約上からは、超大口径ウーファーの使用がオーソドックスの方法と思われる。
エレクトロボイスの30Wは、米国でもハートレーの286MSと並ぶ巨大なユニットで、もともと同社のかつてのパトリシアン800用につくられたもである。
エンクロージュアは、外形寸法が180×170×60cm(W・H・D)あり、重量は、約390kg(ユニット含)もあるが、構造上は2分割されており、上側のエンクロージュアにテクニクスのトゥイーターとオイロダインが横一列に取付けられ、下側のエンクロージュアは密閉型で30Wが2本入っている。クロスオーバー周波数は、トゥイーターとオイロダインの高域との間が8kHz、オイロダインの低域と高域は5kHz、12dB/oct.のLC型、オイロダインの低域と30Wの間はエレクトロニック・クロスオーバーで、ハイパスが12dB/oct.、ローパスが18dB/oct.で、150Hzになっている。
アンプ系は、多数の内外のセパレート型があるが、現用機は当然のことながらプリアンプU・BROS−1と、CR型のチャンネルデバイダー、それに4台の845シングルのパワーアンプUTY−1である。レベルセッティングは無響室特性と実際のリスニングルーム内での実測特性とを基準にして決定されているようで、このあたりはデータを重視する上杉氏らしいところと思われた。
プログラムソースはディスクが中心で、4系統のプレーヤーシステムは1系統を除いて2本のアームがセットされており、テープデッキではスチューダーB62、FMチューナーではセクエラMODEL1をもっぱら愛用されている。
上杉氏のシステムは、感覚的に流れず、実測データを基準にしてセットアップしてあることが重要なポイントで、メインとなっている4ウェイシステムは使いはじめたばかりで、現在は写真のように置かれているが、今後は分割されたエンクロージュアの利点をいかして、レイアウトも大幅に変わっていくことだろう。いずれにせよ、このシステムのスケールの大きなこだわりのない響きは、いかにも上杉氏らしい豪快さにあふれたものである。

テクニクス SU-8600, SU-8200

井上卓也

ステレオサウンド 38号(1976年3月発行)
「SOUND QUARTERLY 話題の国内・海外新製品を聴く」より

 最近のアンプに目立つ傾向として、電源部分の音質に影響する点に着目して電源部の強化や、セパレート型のパワーアンプに採用されることが多い左右チャンネルの電源独立の手法が、プリメインアンプのパワーアンプにも採用されるようになっている。しかし、ことパワーアンプに関しては、かつてから経験豊かなファンはモノ構成のパワーアンプを使うことが音質を良くすることを熟知していたし、製品ではマランツの最初のソリッドステート・パワーアンプ♯15が、独立したモノアンプ2台でステレオアンプとしていたことは忘れられない。
 テクニクスのアンプは、従来から物理的な特性を重要視して、特性の優れたアンプが結果として音質の良いアンプをつくり出すというポリシーで開発されているように思われるが、今回の新しい2機種の8000シリーズのプリメインアンプも、とくに動的なトランジェント歪を追求して開発されたとのことである。
 音楽信号のように変化が激しい信号を増幅する場合には、安定度の悪い電源を使うと、無信号でにはアンプが最適動作点であったとしても、信号により電源が変動すると最適動作点からはずれて歪を発生することになり、これをトランジェント歪といっている。この解決は電源部の強化がもっとも有効で、SU−8600では3組の±電源をもつために±6電源方式をキャッチフレーズとし、さらにテクニクス独自のセルフトランジェント歪測定法により、一層の低歪化が図られている。
 フロントパネルは、2機種ともに横幅にくらべて高さが高く、両サイドにある大型のナットがメカニックな感じを出している。大型のボリュウムコントロールは、−30dB〜−40dBの間が2dBステップとなっている26接点のディテント型で、ラウドネス端子が設けられているために、小音量時には自動的に低域が増強されるタイプである。トーンコントロールは高音、低音ともにターンオーバー2段切替型で、SU−8600だけはトーンディフィートスイッチが付いている。フィルターは、SU−8600が12dB/oct.、SU−8200は6dB/oct.である。
 回路構成は、SU−8600の方がイコライザーに差動回路、変形SRPPの2段直結型、トーンコントロール段がカレントミラー負荷をもつ差動増幅を初段とした3段直結型、パワーアンプが差動増幅、エミッターフォロアー電圧増幅、出力段の構成で電源部の電解コンデンサーは15000μF×2となっている。
 一方SU−8200は、イコライザーがカレントミラー負荷差動回路と定電流負荷のエミッターフォロアーの2段直結型であり、パワーアンプは差動増幅、電圧増幅、出力段のシンプルな構成である。電源部は、プリアンプとパワーアンプが独立しており、イコライザーとトーンコントロールは定電圧化されている。

「菅野氏の再生装置について」

井上卓也

ステレオサウンド 38号(1976年3月発行)
特集・「オーディオ評論家──そのサウンドとサウンドロジィ」より

 大型スピーカーシステムは、それが大きく見えないようなスペースの充分にある部屋で使うことが理想的という声をよく耳にするが、現実のわが国の生活環境ではなかなか実現することは至難である。
 菅野氏のリスニングルームは、この面から考えると理想的なスペースがあり、メインスピーカーシステムのJBL3ウェイシステムが、その存在を意識させずに置かれている。スピーカーシステムは3系統あり、2チャンネル用にJBLの大型3ウェイと、プロフェッショナル・モニターシステム4320に2405トゥイーターを加えたシステムがあり、4チャンネル用にJBLのディケードシリーズのL26がある。
 メインとなるスピーカーシステムは、ウーファーがJBLプロフェッショナルシリーズの2220、スコーカーがJBL375ドライバーユニットと537−500音響レンズ付ホーンの組合せ、トゥイーターがJBL075である。
 ウーファー用のエンクロージュアは、横位置にしたパイオニア38cm用バスレフ型エンクロージュアLE−38だが、フロンドグリルが組子に変わっているために、JBLの特別仕様エンクロージュアのように思われた。また、中音用の音響レンズ付ホーン537−500は、ユニークな構造とデザインをもつ製品で、一時製造が中止されていたが、最近になってモデルナンバーがHL88と変わり、再発売されている。
 JBLの3ウェイシステムを駆動するチャンネルアンプシステムは、コントロールアンプJBL SG520、チャンネルデバイダー ソニー TA−4300F、パワーアンプの高音用オンキョーINTEGRA A−717のパワー部、中音用パイオニアEXCLUSIVE M4、低音用アキュフェーズM−60×2のラインナップである。
 コントロールアンプは、現在はJBLのSG520であるが、マランツ♯7Tも併用されるようだ。パワーアンプは、スピーカーユニットとの音質上のマッチングを重視して数多くのアンプのなかから選択され、その時点でもっとも好ましいアンプを使用されている。
 プレーヤーシステムは、フォノモーターとトーンアームが、テクニクスSP−10MK2とEPA−101Sの組合せ、カートリッジはエレクトロ・アクースティックSTS455Eである。なお、テープデッキはプロフェッショナルの名門スカリーの280B−2である。
 プログラムソースがdbxの場合には、システムのラインナップが一部変わり、コントロールアンプがマランツ♯7Tとなり、dbx122デコーダーが加わる。この場合のプレーヤーシステムは、デンオンDP−3700Fで、カートリッジは同じエレクトロ・アクースティックSTS555Eに変わる。
 氏のリスニングルームでのdbxシステムの音は素晴らしい。まったくの静寂のなかから突然に音楽始まるために、慣例的なノイズによるレベルセットはまったく不能である。オーディオラボ製作のdbxレコード「アローン・トゥゲザー」は、音楽として実に楽しく、この種の新方式は使う人により結果が大幅に変化する好例に思われた。

「アレグロ・モデラート」

黒田恭一

ステレオサウンド 38号(1976年3月発行)
特集・「オーディオ評論家──そのサウンドとサウンドロジィ」より

井上卓也様

 人を帰さないためであるかのように降ってくる雨のことを遣らずの雨といったりしますが、行かせずの雪とでもいうでしょうか、今日、井上さんのお宅にうかがう日、東京ではめずらしく、雪になりました。しかし、井上さんの音がきけるとなれば、雪なんてなんのその、いそいそと家を後にしました。
 井上さんとは、『ステレオサウンド』や『テープサウンド』の仕事で、非常にしばしばご一緒させていただいているので、こうしてあらためて手紙をさしあけるというのも、なんとなく妙な気持がいたしますが、おじゃましたお礼かたがた、きかせていただいた音などについて、書かせていただくことにします。
 まず、ボザークの大きなスピーカーが、アップライト・ピアノの両側におかれてあるのを拝見して、うれしくなりました。と申しますのは、おはなししたかもしれませんが、ぼくも同じように、ピアノを間にはさんでスピーカーをおいているからです。どうやらピアノを間にはさむと、スピーカーの大きさが気にならないということがあるようです。そのためばかりではないでしょうが、別のところで見た同じタイプのボザークのスピーカーより、お宅で拝見したものの方が、小さく見えました。
 大きなスピーカーが小さく見えるように配置し、しかも大音量がだせるスピーカーにもかかわらず、むしろおさえぎみに、余裕をもたせてならしているあたりに、ぼくは、さすが井上さん、と思いました。いろいろな機会におはなししているうちに、井上さんのことで、ぼくなりにわかったことがあります。井上さんが、仰々しいことや、これみよがしなこと、はったりめいたこと、それに分際をわきまえぬことを唾棄されるのを、ぼくは知っています。ですから、ブックシェルフ・スピーカーを大型スピーカーのごとくつかいたがる人が多い中で、ボザークのスピーカーを、ことさらのてらいもなく、なにげなくおつかいになっている井上さんに接して、さすが井上さんという印象をもったのだと思います。
 強い音が好きだ──と、井上さんは、おっしゃいましたね。さもありなんと思いました。井上さんなら、きっと、そうでしょう。そしてそのおっしゃり方は、いかにも井上さんらしい。強い音は、軽い音をかろやかに感じさせるのにも、なくてはならないものと思います。そしてたしかに、きかせていただいた音は、井上さんの求められる、その強い音を、十全に感じさせるものでした。
 こんなことをあらためて申しあげるのもどうかと思いますが、井上さんの耳のよさには、いつもおどろかされます。ご一緒に仕事をさせていただいて、この人耳は悪魔の耳ではないかと思ったりすることがあります。しかも井上さんはそのききとられたものを、いわゆる文学的な言葉でいいあらわすことをいさぎよしとされず、なにげない口調でさらりといわれたりします。
 そういう井上さんを、ぼくがひそかになんと呼んでいるか、この機会に、申しあげてみようかと思います。含蓄のリアリスト──というのが、その呼び方です。この言葉を目にされて、井上さんがどんな顔をされるか、ぼくにはわかるような気がいたします。なぜ、このようなことをわざわざ申しあげたかといいますと、今日きかせていただいた音をぼくがどう感じたかをお伝えするために、その言葉が必要に思えたからです。きかせていただいた音は、まさに、含蓄のリアリストのそれでした。
 すごいテクニックをもっているのに、決してそれをひけらかしたりせず、たとえばモーツァルトのやさしいソナタなどをさらりひくさわやかさが、井上さんにはあって、そういうところが、きかせていただいた音にも、感じられました。
 現在は、人間にしろ、音にしろ、ギンギンギラギラと、おのれをうけらかしてくるものの方が多いような感じがぼくはいたしますが、そうした中にあって、井上さんには、そして井上さんのきかせてくださった音には、そうしたものがまったく感じられず、ぼくは、男らしい男にじかにふれたような気持になって、きかせていただいた音にほれぼれと耳を傾けました。
 おいとまするころに、雪はさらに強くふっておりましたが、あれは、ぼくにもう少しきかせていただいたらどうかといっている帰さずの雪だったのかもしれません。今日は、どうもありがとうございました。

一九七六年二月五日
黒田恭一

サテン M-18E

井上卓也

ステレオサウンド 38号(1976年3月発行)
「SOUND QUARTERLY 話題の国内・海外新製品を聴く」より

 サテンのカートリッジは、もっとも古いモノーラル用のモデルであるM−1以来、独自のポリシーのもとに、鉄芯を使用せず、ステップアップトランスも不要な、高出力MC型一途に、製品を送り出している。
 最近では、久しぶりに沈黙を破って、M−117を発表したが、今回の新製品、M−18は、M−117をベースとして発展させたモデルではなく、逆に、M−117のプロトタイプとして、M−117に先だって開発されたモデルである。
 サテンのムービングコイルは、三角形に巻かれているために、いわゆる、オムスビ型をしたスパイラル巻きであるが、M−18、M、117ともにダ円形のスパイラル巻に変更され、コイルが磁束を切る有効率が1/3から1/2に増し、M−117でも、質量は1/2と半減している。
 新シリーズは、カンチレバーの支持方法が、従来のテンションワイヤーによるものから、二枚の板バネとテンションワイヤーを組み合わせたタイプに変わり、カンチレバーは、二枚の板バネとテンションワイヤーの中心線の交点を支点として支持されるため支点は厳密に一点である。これにより、従来は不可避であったカンチレバーの軸方向まわりの回転運動がなくなったことが、新しい支持方式の大きなメリットである。また、コイルを保持し、カンチレバーの動きをコイルに伝えるアーマチュアも、大幅な改良が加えられ、50μの厚みのベリリュウム銅でつくったアーマチュアとコイルとの結合部がループ状になっており、電磁制動が有効に使えるタイプになっている。
 サテンのMC型は、針交換が可能なことも、忘れてはならない特長である。新シリーズは、交換針を本体に取付ける方法が、従来のバネによるものから、MC型が必要とする磁石の磁力によって交換針を保持する方式に変わった。
 M−18は、M−117の高級機であるために、精度が一段と高まり、ムービングコイルが、さらに軽量化されている。M−18シリーズは、4モデルあり、0.5ミル針付のM−18、ダ円針付のM−18E、0.1×2.5ミル・コニック針付のM−18Xと、コニック針付で、カンチレバーにベリリュウムを使ったM−18BXがある。
 試聴したのは、M−18シリーズのスタンダードとも考えられる、M−18Eである。MM型では、負荷抵抗による音の変化は、ほぼ、常識となっているが、MC型でも、変わり方が異なるとはいえ、負荷抵抗によって、音量が変化し、出力電圧も変化する。サテンでは、負荷抵抗として30Ω〜300Ωを推奨しているが、50kΩでも可とのこともあって試聴は、一般のカートリッジと同様に50kΩでおこなうことにした。
 M−18Eで、もっとも大きな特長は、聴感上のSN比がよく、スクラッチノイズが、他のカートリッジとくらべて、明らかに異なった性質のものであることだ。M−18の音は、文字で表現することは難しく、周波数帯域とか、バランスといった聴き方をするかぎり、ナチュラルであり、問題にすべき点は見出せない。ただ、いい方を変えれば、いわゆるレコードらしくない音であり、例えば、未処理のオリジナルテープの音と似ているといってもよい。他のカートリッジであれば、レコード以後のことだけを考えていればよいが、M−18Eでは、レコード以前の、いわば、オーディオファンにとっては見てはならぬ領域を見てしまったような錯覚をさえ感じる。この音は、誰しも、素晴らしい音として認めるが、使う人によって好むか好まざるかはわかれるだろう。

「アダージョ・ドルチェ」

黒田恭一

ステレオサウンド 38号(1976年3月発行)
特集・「オーディオ評論家──そのサウンドとサウンドロジィ」より

瀬川冬樹様

 今日、お宅できかせていただいた音、あの音を、もしひとことでいうとすれば、さわやかさという言葉でいうことになるでしょう。今日はしかも、冬にしてはあたたかい日でした。そよかぜがカーテンをかすかにゆらすなかできかせていただいた音は、まさにさわやかでした。かけて下さったレコードも、そういうとにふさわしいものだっと思いました。やがて春だなと思いながら、大変に心地よい時をすごさせていただきました。あらためてお礼を申しあげたいと思います。ありがとうございました。
 普段、親しくおつきあいいただいていることに甘えてというべきでしょうか、そのきかせていただいたさわやかな音に満足しながら、もっとワイルドな音楽を求めるお気持はありませんか? などと申しあげてしまいました。そして瀬川さんは、ワーグナーのオペラ「さまよえるオランダ人」の合唱曲をきかせてくださいましたが、それをかけて下さりながら、瀬川さんは、このようにおっしゃいました──さらに大きな音が隣近所を心配しないでだせるようなところにいれば、こういう大音量できいてはえるような音楽を好きになるのかもしれない。
 たしかに、そういうことは、いえるような気がします。日本でこれほど多くの人にバロック音楽がきかれるようになった要因のひとつに、日本での、決してかんばしいとはいいがたい住宅環境があるというのが、ぼくの持論ですから、おっしゃることは、よくわかります。音に対しての、あるいは音楽に対しての好みは、環境によって左右されるということは、充分にありうることでしょう。ただ、どうなんでしょう。もし瀬川さんが、たとえばワーグナーの音楽の、うねるような響きをどうしてもききたいとお考えになっているとしたら、おすまいを、今のところではなく、すでにもう大音量を自由に出せるところにさだめられていたということはいえないでしょうか。
 なぜ、このようなことを申しあげるかといいますと、今日きかせていただいた音が、お書きになったものからや、さまざまな機会におはなしして知った瀬川さんと、すくなくともぼくには、完全に一致したものと感じられたからです。まさにそれは、瀬川サウンドといえるもののように思われました。
 ぼくはいまだかつて(ふりかえってみますともうかなりの回数お目にかかっているにもかかわらず)、瀬川さんが、馬鹿笑いをしたり、声を尖らしたり、つつしみにかけたふるまいをなさったりするのに接したことがありません。ぼくのような、血のけが多いといえばきこえはいいのですが、野卑なところのある人間にとって、そういう瀬川さんは、驚きの的でしたが、今日、その瀬川さんの音をきかせていただいて、なるほどと、ひとりでうなずいたりいたしました。きかせていただいた音にも、馬鹿笑いをするようなところとか、声を尖らすようなところとか、あるいはつつしみにかけたふるまいをするようなところは、まったくありませんでした。敢てそのきかせていただいた音を音楽にたとえるとすれば、短調のではない、長調の、そう、ヴィヴァルディのというより、テレマンのというべきでしょう。緩徐楽章の音楽ということになるかもしれません。そこには、それにふれた人の心をなごませるさわやかなやさしさがあるように思えました。
 タバコをすわない瀬川さんのお部屋には、タバコのみの部屋の、あのなんともいえないやにくささがまったく感じられませんでした。それがはじめわからなくて、なんとも不思議な気持がしました。そのタバコのやにくささの感じられないことが、さらに一層、きかせていただいた音のさわやかさをきわだたせていたということも、いえなくはないのかもしれません。もしぼくは経済的に余裕があったら犬を沢山飼ったりするのかもしれませんが、瀬川さんだったらきっと、そういう時、ばら園をつくられたりするのかもしれないと思ったりいたしました。そのようなことを考えさせる瀬川さんの音だったといえなくもないようです。
 お忙しくて、まだ、ぼくの家においでいただけないでおりますが、いつか、機会がありましたら、ご一緒にレコードでもききながら、おはなしできたらと思います。ただ、そのためには、おいでいただく前にぼくは、空気清浄器を購入して、部屋のタバコのけむりでにごった空気をきれいにしておかなくてはなりません。
 今日は、瀬川さんの音をきかせていただいて、胸いっぱい深呼吸をしたような気持になり、今、とてもさわやかな気持です。ありがとうございました。

一九七六年一月十四日
黒田恭一

「アンダンティーノ・グラチオーソ」

黒田恭一

ステレオサウンド 38号(1976年3月発行)
特集・「オーディオ評論家──そのサウンドとサウンドロジィ」より

山中敬三様

 ともかく山中さんのお宅にうかがったら、生きた状態にあるすごい名器の音をきかせていただけるから──と、編集部の人にいわれていたので、期待に胸はずませて、うかがいました。聴覚的にも、視覚的にも、期待をはるかにうわまわるもので、音の美味を、心ゆくまで堪能させていただきました。ありがとうございました。美食家であるがゆえに超一流の料理の腕をもつ方の手になるごちそうでもてなしていただいたような気持になりました。
 弦楽器の、特に低い方の、つややかな、そして腰のすわった音に、まず、びっくりしました。本当にいい音ですね。とげとげしたところが全然なく、なめらかで、しかも響きには、それ本来ののびやかさがあるように感じられました。
 そういう音をきかせていただいた後だったので、山中さんの、かつてのベルリン・フィルはよかったけれど……とおっしゃる言葉をきいて、なるほどと思いました。オーケストラを、少しはなれた、つまりコンサートホールで申せば特等席できいているような気持になりました。響きが津波のごとくききてめがけておしよせてくるということはなく、オーケストラの音が、多少の距離をおいたところで美しく響いているという印象を、ぼくはもちました。それは、言葉をかえて申しますと、あからさまに、そしてむきだしになることを用心深くさけた、節制の美とでもいうべき美しさをもった音ということになるかもしれません。
 かけて下さったレコードも、山中さんの、そういうきかせてくださった音から感じとれる美意識を、裏切らないものだったと、ぼくには思えました。それはすべて、ごちそうになったブランデーのように、充分に時間をかけて醸成されたもののみがもつこのましさをそなえていたともいえるでしょう。
 そのよさは、いかにあたらしものずきのぼくにも、わかりました。つまりそこには、ほんもの強さがあったということでしょう。ただ、かつてのベルリン・フィルはよかったけれど、今のベルリン・フィルも、また別の意味ですごいと思っているぼくが、山中さんのきかせてくださった音に心ひかれたとすれば、それはぼくにとってはなはだ危険なことということになります。ぼくはどうも、あいからわず、今の音楽を、今の音で追い求めたがっているようです。誤解のないように申しそえておきますが、この場合、今の音楽と申しても、現代音楽だけ意味しません。現代の演奏家による、たとえばベートーヴェンをも含めてのことです。
 その時つかっている装置によってきくレコードがかなり左右されると山中さんはおっしゃいましたが、そのお考えに、ぼくもまったく同感です。オーディオ機器のこわさは、こっちがつかっていると思っていたものに、結果としてつかわれてしまっていることがあるところにあると思います。ですからぼくは、正確には、今日きかせていただいた音を、山中さんの音というではなく、今の山中さんの音というべきなのかもしれません。
 今日は、耳をたのしませていただいただけでなく、きかせていただいた音や、うかがわせていただいたおはなしから、いろいろ勉強させていただきました。これまでぼくのオーディオについての考えの一部をあらため、さらにおしすすめることができたような気がいたします。その意味でも、お礼を申しあげなければなりません。
 お部屋で拝見した機器は、どれもこれも、文字通りの超一流品ばかりで、中には、はじめて目にしたものもすくなからずありました。一流品には、当然のことに、一流品ならではのよさがありますが、一流品ばかりがそろっている場所には、とかく、これみよがしな、ひどく嫌味な気配がついてまわるものですが、そうしたものがまったく感じられなかったのは、多分、山中さんが一流品だからということで集められたのではなく、それぞれの機器に充分にほれこんでお部屋にもちこまれ、しかもそれらを生きた状態でおいておかれるからだろうと、ぼくなりに了解いたしました。
 ただ、アンプにしろ、プレーヤーにしろ、機械というものを生きた状態でおいておかれるのは、さぞ大変な努力が必要でしょうね。アンプのパネル面など、すぐにタバコのやにでうすよごれてしまうのに、山中さんのところのアンプはどれもこれも、とてもきれいだっことが印象に残っております。今もなお、山中さんという音の美食家がきかせて下さった音のおいしさを思いだし、舌なめずりをしております。ありがとうございました。

一九七六年二月二日
黒田恭一

「瀬川氏の再生装置について」

井上卓也

ステレオサウンド 38号(1976年3月発行)
特集・「オーディオ評論家──そのサウンドとサウンドロジィ」より

 瀬川氏のリスニングルームには、二組のスピーカーシステムがあり、それぞれヨーロッパとアメリカを代表する中型の業務用モニターシステムであるのが大変に興味深い。
 KEF LS5/1Aは、英国系の最近のモニタースピーカーの見せる傾向を知るうえでは典型的な存在である。エンクロージュアのプロポーションが、横幅にくらべて奥行きが深く、調整室で椅子に坐ったときに最適の聴取位置となるように、金属製のアンプ台を兼ねたスタンド上にセットしてある。このシステムをドライブする標準アンプは、ラドフォード製の管球タイプのパワーアンプで、アンプ側でスピーカーシステムの周波数特性を補整する方法が採用されている。
 ユニット構成は、38cmウーファーとセレッション系のトゥイーターを2本使用した変則2ウェイシステムで、一方のトゥイーターはネットワークで高域をカットし、中域だけ使用しているのが珍しい。38cmウーファーは、一般に中域だけを考えれば30cmウーファーに劣ると考えやすいが、KEFの場合には38cm型のほうが中域が優れているとの見解であるとのことだ。このシステムは比較的近い距離で聴くと、驚くほどのステレオフォニックな空間とシャープな定位感が得られる特徴があり、このシステムを選択したこと自体が、瀬川氏のオーディオのありかたを示すものと考えられる。
 JBLモデル4341は、簡単に考えればモデル4333に中低域ユニットを加えて、トールボーイ型エンクロージュアに収めたモニタースピーカーといえ、床に直接置いて最適のバランスと聴取位置が得られるシステムである。ユニット構成は、2405、2420ドライバーユニット+2307音響レンズ付ホーン、2121、2231Aの4ウェイで、中低域を受持つ2121は、ユニットとしては単売されてはいないが、コンシュマー用のウーファーLE10Aをベースとしてつくられた専用ユニットと思われる。
 かねてからJBLファンとして、JBLのユニットでシステムをつくる場合には、必然的に4ウェイ構成となるという見解をもつ瀬川氏にとっては、モデル4341の出現は当然の帰結であり、JBLとの考え方の一致を意味している。それかあらぬか、システムの使いこなしについては最先端をもって任ずる瀬川氏が、例外的にこのシステムの場合には、各ユニットのレベルコントロールは追込んでなく、メーカー指定のノーマル位置であるのには驚かされた。なお、取材時のスピーカーはこのモデル4341であった。
 アンプ系はスピーカーシステムにあわせて2系統が用意されている。1系統は、マークレビンソンLNP2コントロールアンプとパイオニアEXCLUSIVE M4、他の1系統は、LP初期からアンプを手がけておられる富田嘉和氏試作のソリッドステート・プリアンプとビクターJM−S7FETパワーアンプとのコンビである。プレーヤーシステムは、旧タイプのTSD15付EMT930stと、ラックスPD121にオーディオクラフトのオイルダンプがたトーンアームAC−300MCとEMT TSD15の組合せであり、テープデッキは、アンペックスのプロ用38cm・2トラックのエージー440コンソールタイプを愛用されている。