Category Archives: スピーカーシステム - Page 44

ロックウッド Major

瀬川冬樹

ステレオサウンド 46号(1978年3月発行)
特集・「世界のモニタースピーカー そのサウンドと特質をさぐる」より

 以前の〝モニター・ゴールド〟を収めた製品の印象はなかなか良かった。HPDに改良されてからはユニットの低域共振点が大幅に下がったせいか、低音の量感がかなり減って、低域をぐんと引締めたような音がする。背面を本誌試聴室の厚い木の壁にぴったりつけて、さらにトーンコントロールでローエンドを4ないし6dBほど補整してもいいくらいだ。ただそうしても、エンクロージュア自体の共鳴音はほとんど耳につかないほどよく抑えられているため、、たとえばタンノイ・オリジナル・シリーズの〝ARDEN〟のあの、放っておくと概して低音がダブついたり低音肥大症ぎみになったりする傾向を嫌う向きには歓迎されるにちがいない。
 ただ、同じタンノイのユニットを使っても、エンクロージュアが違っただけで、低音だけが良くなって中~高音域の音色は同じというわけにはゆかないという点が難しい。もともとタンノイのユニットは、旧型のヨークからオートグラフ、そして新しいAからEまでのシリーズまで含めて、エンクロージュアをあまり強固に補強しないで、箱の音色に助けられて独特の音を聴かせていたところがあるので、ロックウッドのように、がんじがらめに共鳴をおさえてしまったエンクロージュアに収めると、タンノイの音もまったく別もののように一変してしまう。
 プログラムソース別にいえば、ロス=アンヘレスのラヴェルのように、音の厚みよりは色彩感で聴かせる曲の場合には、タンノイ独特の中高域の濃い中にも一種華やかに際立つ音色が、声や木管に妖しい魅力を添える。箱の共鳴をおさえて音の肉づきを薄くする傾向も、アンヘレスの声に関しては声を図太くせずに定位をシャープに表現して好ましい。ただ、ブラームスのオケの厚みになるといささかのたりないし、スピーカーユニットの音色がモロに出てしまうせいかヴァイオリン(バッハV協)、ピアノ(アルゲリチ)など原音に少し色をつけすぎる感じがある。また、室内楽やジャズヴォーカル、コンボなどでは、総体に定位がものすごくいい反面、音の響きや肉づきをおさえすぎる印象で、音の豊かさや弾みが生かされにくく、音楽を楽しむというよりも音源を分析してゆくように鳴る傾向があり、その意味でモニターとして音の聴き分けには確かに良いのかもしれない。これだけの大型エンクロージュアの割には音像をふくらませることなく、シャープに、クリアーに、鮮明に鳴らすところは実にみごとだ。リスナーに対して前方にほとんど90度近くまで左右の間隔を広げて設置しても、中央の音が薄くならないし、定位はいっそう明確さを増す。
 ただ、それだけに音を裸にしすぎるような印象があるので、ライブぎみのリスニングルームにはまだよいかもしれないが、一般の鑑賞用としては音をいささか冷たく分析しすぎる気味があると思う。

ロックウッド Major

菅野沖彦

ステレオサウンド 46号(1978年3月発行)
特集・「世界のモニタースピーカー そのサウンドと特質をさぐる」より

 タンノイのユニットを独自のエンクロージュアに入れてシステム化したロックウッドのメイジャーは、コアキシャルユニットの特徴からしても、当然、モニタースピーカーとしての用途を意識して作られたものであろう。しかし、今回の試聴では、期待したほどではなく、前回、他の場所で聴いた時より印象が悪かった。まず、中高域にかなりうるさいピーキーな響きがあって、中域から高域への音のスムーズさが害されてしまう。同じユニットでも、エンクロージュアがちがうと、低域の変化だけとしてではなく、全帯域にわたって音が変るものだが、これもその好例で、タンノイのアーデンとは大分異質の音であった。モニターとして使えるか使えないかといった問題ではないが、私の耳には、少々ピーク・ディップが多過ぎて、個性というよりは癖と感じられたのである。しかし、綜合的には、この豊かでよく弾む低音域に支えられた重厚なバランスは、さひがに高級システムらしい風格に溢れたもので、鑑賞用として、この音を好まれる向きには、所有しがいのある堂々たる製品だ。モニターとしては、細かい定位はよく判別出来るが、エコーの流れなどは比較的不明瞭で、よく響く低域にマスクされるような傾向であった。個性的な鑑賞用のシステムとしてのほうが高い評価が可能だ。

ダイヤトーン Monitor-7 (2S-2503P)

瀬川冬樹

ステレオサウンド 46号(1978年3月発行)
特集・「世界のモニタースピーカー そのサウンドと特質をさぐる」より

 ブラームスのピアノ協奏曲No.1(ギレリス)から鳴らしはじめる。オーケストラのパートで声部のバランスがどこかおかしいというようなことはないし、ピアノとの対比も過不足ない。ポップス系のソフトでは、パワーにも相当に強いことがわかり、かなりの音量でも音がくずれない。途中からアンプのトーンコントロールを1~2ステップ動かしてみると、実に鋭敏に反応する。むろんアンプの差にも敏感だ。そうした聴き分けをしたいという目的をモニター的というのなら、プロフェッショナル用としては価格も程ほどで、相当に信頼のおける物差しのひとつとして使える。
 レベルコントロールは0を中心に+2、-2と振り分けた3点切換型だが、中央のポジションのままがバランス上最もよかった。専用の(別売)キャスターつきのスタンドに乗せたまま試聴したが、家庭用としては音源の位置が少し高いところにゆきすぎて、ことに低いソファに深く腰をおろした場合には、音が頭の上からくる感じで、ステージのかぶりつき近くで聴くような印象になるから、家庭に持ち込むにはもう少し低い台でいろいろ工夫する必要があるだろう。ゆか上にじかに置くと音が重くなるので、丈夫な台がないとまずい。
 いろいろなレコードを聴き込んでゆくと、もちろんモニター用だから当然かもしれないが、鳴り方がかなり生真面目で、どんなレコードでも音を行儀よく整理してしまう傾向がある。別の言い方をすると、このスピーカーの鳴らす音は、輪郭の線はほぼ正確に描かれてはいるが描線の自在さがもっと欲しい。あるいは、プログラムソースに盛られている音の精妙な色あいを、一様にモノトーンで塗りつぶしてしまうような印象がある。たとえばブラームスP協のベルリン・フィルの音、ラヴェルのコンセルヴァトワルの、バッハV協のザルツブルクの、ぶらムース五重奏のウィーンの弦の、それぞれの音色の違い。別の角度からみればDGGの、EMIの、DECCAの、それぞれの音色のとらえかたの違い。そうした、音源側での色どりの豊富さにかかわらず、2503Pがもともと持っている音色の傾向がやや暗い無彩色なので、すべての音がそういう色あいで表現されるのだろう。
 そうしたところから、このスピーカーへの評価はかなり分かれるにちがいない。たとえば前述のように、レコーディングセッションのモニターとして、マイクアレンジの際に各パートの音量バランスをチェックするといった目的には、価格を頭に置けば十分以上に信頼が置ける。が反面、もしこれを家庭での音楽鑑賞用として考えるとすれば(たぶんこのスピーカーを企画したメーカー側がそうは考えていないだろうことは、外観や作り方の姿勢から充分に察せられるが)、右に書いたような音の色あいの鳴らし分けの点で不満が生じるに違いない。

ダイヤトーン Monitor-7 (2S-2503P)

菅野沖彦

ステレオサウンド 46号(1978年3月発行)
特集・「世界のモニタースピーカー そのサウンドと特質をさぐる」より

 ダイヤトーンの2S2503Pは同社のモニターシステムとしては小型なもので、構成は2ウェイ。25センチ・ウーファーと、5センチ・トゥイーターの二つのユニットが装着されている。公称最大入力は60Wと表示されているが、マスターレコーディングのメインモニターとしては、少々物足りないといわざるを得ない。スタジオにおけるメインモニターの再生レベルは、一般に想像されるそれより、はるかに高いのが普通だし、演奏直後のプレイバックには、ハイレベル再生が必要な場合が多いものだ。率直にいって、このシステムは、サブモニターとして使われる種類のものだろう。
 音色は、ややボクシー、つまり箱鳴きの感じられるもので、腰が弱く頼りなさが残る。音像の輪郭もシャープとはいえないし、中低域の明解さが不十分で、少々濁り気味である。しかし、エコーの流れや、はランスなどは、さすがに一般用スピーカーより明確に判り、モニタースピーカーとしての設計意図が生きている。綜合的にいってこの音は、むしろ鑑賞用としてよいと思われるあらの目立たない音だが、長時間仕事に使うモニターシステムとして、こうした疲れないソフトタッチのお供、モニターとしての一つの思想の中にある。オリジナルマスターを聴いても、レコードのようなこなれた音になるシステムだ。

キャバス Brigantin

瀬川冬樹

ステレオサウンド 46号(1978年3月発行)
特集・「世界のモニタースピーカー そのサウンドと特質をさぐる」より

 まずロス=アンヘレスの唱う「シェラザーデ」。散りばめた金箔がさまざまの微妙な色彩にきらめきながら舞いつつ消えてゆくようなラヴェル独特の妖しく幻想的な世界。それを演奏するコンセルヴァトワル・オーケストラの艶めいた美しい響き。そして最盛期のロス=アンヘレスの夢のようになまめいた声を収めたこの素晴らしいレコードを、これほど魅惑的に展開して聴かせてくれただけでも、ブリガンタンというスピーカーの存在価値は十分にある。また、バルバラの唱うシャンソン(故度のスケッチ)も、彼女の声がいくらかハスキィになる傾向はあっても、あのいかにもフランス人にしか鳴らせないバックのアコーディオンのつぶやくようなメロディと共に、これも他のスピーカーがちょっと思いつかないほどしっとりと唱わせる。このスピーカーがフランス製だからフランスの音を生かすのは当り前というよりも、そんな言い方をしたら冗談ととられかねないが事実なのだから仕方がない。
 ただこうした面のよさが、ほかの音楽やほかのレコードにも当てはまるというわけにはゆかないところにスピーカーの難しさがある。
 たとえばギレリス/ヨッフムのブラームスのP協No.1。ことにオーケストラのトゥッティで、中高音域に一ヵ所、いつも音を引きずる傾向があって、おそらく5kHz前後のあたりと思えるが、ことに音量を上げたときにそれがかなり色づけを感じさせる。おそらくこの辺が、反面の音の魅力にもなっているのだろうが、さらにヴァイオリンの独奏や室内楽などになると、ハイポジョンで弦の音が金属質というよりはプラスチック質のような特有の音色になるし、木質の胴の響きがやや感じとりにくくなる。クラリネットの音なども、木管よりもプラスチック管のような独特の音になる。ただ、クラリネットに息が吹き込まれ、次第に音がふくらんで広がってゆくあたりの感じは相当に実感を出すのだが。
 総体に金属的な音はほとんど出さないので、リファレンスのJBLとくらべると、4343が中高音域でホーン臭さを意識させるが、反面、ポップス系のソースの大半、およびクラシックでもピアノや打楽器系に注目して聴くと、中低音域の支えがいくぶん薄手で、打鍵音の実体感が出にくい。音全体がしっとりと潤いを持って聴こえるが、その点も、もっとからりと乾いた鳴り方を要求するポップス系に向きにくいところだろう。
 アンプの音色の差や、プログラムソースの音質の差を、JBLやアルテックにくらべるとあまり露骨に鳴らし分けないタイプなので、モニター用という枠にとらわれず、このスピーカーの鳴らす音の独特の世界が気に入った場合には、家庭での鑑賞用として十分に価値のある製品といってよさそうだ。弱点と背中合わせともいえる特長のある個性を受け入れるか入れないかが、このスピーカーへの評価の分れ目となる。

キャバス Brigantin

菅野沖彦

ステレオサウンド 46号(1978年3月発行)
特集・「世界のモニタースピーカー そのサウンドと特質をさぐる」より

 キャバスのブリガンタンというシステムは完全なマルチウェイ・システムで、どちらかというとコンシュマーユースのフロアタイプとして評価できる性格のシステムである。フランス製だけあって、モニターとしての観念が、アメリカや日本のものとやや異なるようだ。モニタースピーカーについての定義は、あってなきに等しいことは別項でも述べている通りだが、このシステムも、メーカーがモニターとして使われる想定で設計し、実際にプロユースとして使われている実績があるから、モニタースピーカーといえるのであろう。再生周波数帯域は大変広く、そうした帯域バランスをチェックするにはいいスピーカーだ。マルチウェイだけあって、定位はコアキシャルやシングルコーンなどとはちがい、中央モノーラル定位が、やや定まりきらない。しかし、ステレオフォニックな音像定位の再現はよく、マルチウェイとしては位相特性と指向性に対しての考慮が行届いていることがわかる。音色的には、艶のある、しなやかなもので、モニターシステムにあり勝ちな味気のない、音楽的感興の湧きにくいものではない。この点でも、コンシュマーユースとしての魅力を持ったものといえる。また、マスターレコーディング用としては、とてつもないパワーが入るが、この点ではこのシステムはミニマムの条件。細部はやや美化される傾向がある。

JBL 4331A

瀬川冬樹

ステレオサウンド 46号(1978年3月発行)
特集・「世界のモニタースピーカー そのサウンドと特質をさぐる」より

 リファレンスの4343と切換えながら比較すると、とうぜんながら高域のレインジが狭く、そのためか同じレコードでも情報量がかなり減った感じに聴こえる。反面、4343ではときとして気になりがちなハイエンドの強調によるヒス性のノイズや、レコードが多少傷んでいる場合に打音にまつわりつくようなシャリつきが耳ざわりになる場合があるが、そういうところは4331Aでは殆ど出てこない。少し前までの高音域の延びていないスピーカーの音を永く聴き馴れた人が、4343や4333Aのようにハイエンドを強調ぎみに延ばした音を突然聴いたときに、耳の注意力がついその方に向けられて中音域が薄くなったかのように感じて違和感をおぼえるそうだが、アルテックの604系のスピーカーを使い馴れたスタジオマンなどのあいだで、4333Aよりも4331Aの方が好まれる例が多いというのもそうした理由もあるのだろう。
 しかし一旦ワイドレインジの良さを聴き馴れた耳には、デリケートなニュアンスの出にくいこと、そして、同じ理由から音像がスピーカーを離れて空間に漂うようなエフェクトの出にくいことが、どうにももどかしくなってくる。たとえば、ロス=アンヘレスの声が、どこか骨っぽく、男っぽいと言っては言いすぎにしても人声の持つ滑らかな細やかさが十分に表現されにくいし、「サイド・バイ・サイド3」でのベーゼンドルファーの高域の、部屋の空気に溶け込んでゆくような艶と響きの美しさも十分に鳴らすとはいいがたい。そういう部分のニュアンスの薄れているせいか、4333Aよりも音が乾いて、しなやかさに欠ける印象を受ける。
 またもひとつ、ピアノの打音の場合に、箱なりとまで言ってはこれも言いすぎになるが、ピアノの音にもうひとつスピーカーの箱の響きを重ねたような鳴り方がわずかにあって、楽器の自然な響きを損ねる傾向がピアノばかりでなく、軽微とはいえ弦の低音やヴォーカルでも聴きとれる。この傾向はアルテック612Cにもあったことを考えると、このタイプの箱のプロポーションに共通の弱点ではないだろうか。ただし4331Aの箱鳴りはアルテックよりはずっと少ない。高域のレインジのせまいといっても、612Cにくらべるとよく延びているように聴こえる。いろいろと熟点をあげてはいるものの、個人的には、612Cほどの違和感をおぼえることはない。
 総じてこの手の音は、クラシックの微妙なニュアンスや、弦合奏の漂うようなハーモニィの美しさを再現することのニガ手な傾向を持っている。反面、ポップス系の打音を主体とした音を、ましてスタジオでハイレベルで、マイクの拾った音をじかに長時間に亘ってモニターするというような目的には、こういうハイエンドの無い音の方が良い場合も多い。そこが4331Aの存在理由だと私は理解した。

JBL 4331A

菅野沖彦

ステレオサウンド 46号(1978年3月発行)
特集・「世界のモニタースピーカー そのサウンドと特質をさぐる」より

 JBLの4331Aは、いわゆるスタジオモニターの標準的なモデルで、38センチ・ウーファーに、ホーン・トゥイーターを800Hz以上に使った、2ウェイシステムである。このエンクロージュアは、大きさの点からもモニターとして最も手頃なもので、JBLのモニターシリーズ中のベイシックモデルといってよい。同じエンクロージュアに、3ウェイのユニットを構成を持たせたものが、これの上級機種として存在することからも、このエンクロージュアの存在の重要性が理解できるであろう。さすがに、モニターとしての性能は優秀で、このシステムのもつ音色に抵抗がない限り、きわめて正確なモニタリングの可能なシステムだと思う。高い能率と十分なパワーハンドリングで、堂々とした大音量再生も可能だし、音の解像力はきわめて高い。定位もよく判別できるし、位相差の判別も容易である。バランスもよくとれていて、最高域はややだら下りだが、モニターとしても帯域の狭さは感じさせない。音楽的な表現がよく生きて、各楽器の持つ質感をよく伝えるので、鑑賞用としても全く問題ない。むしろ、この音の魅力に強く惹かれるファンも多勢いることだろう。レコードのミクシングの細かな点もよくわかるし、オリジナルテープの再生でも立派にその役目を果してくれた。

K+H OL10

瀬川冬樹

ステレオサウンド 46号(1978年3月発行)
特集・「世界のモニタースピーカー そのサウンドと特質をさぐる」より

 ひとランク下のO92を聴いたあとで、O92をたいへん良いスピーカーだと思いながらも二~三感じられた不満が、OL10ではすっかり払拭されて、単なるモニターという域を越えてレコード鑑賞用としても優れたスピーカーだと思った。たとえば冒頭のブラームス(P協)。中~低域の充実した支えの上に、オーケストラのハーモニィの魅力がとても素晴らしい響きで転展開する。内声がしっかりしている上に、音に何ともいえない温かさと艶があって、それが全体をとても魅力的に仕上げて聴かせる。ブラームスのベルリン・フィル、ドヴォルザークNo.8のチェロ・フィル、ラヴェルのコンセルヴァトワル、バッハのザルツブルク……これらのオーケストラの固有のハーモニィと音色と特徴を、それぞれにほどよく鳴らし分ける。この意味では今回聴いた17機種中の白眉といえるかしれない。
 こうして比較してみると、O92で音の艶の不足と感じた部分は、言いかえればプログラムソースの音色をやや強引に一色に塗る傾向があって、音色の微妙さをいまひとつ鳴らし分けなかったのではないかと思える。言いかえると、OL10のほうがプログラムソースに対してしなやかに反応する。ブラームスのクラリネット五重奏や「サイド・バイ・サイド3」や、バルバラの「孤独のスケッチ」のように、いわばアトモスフィアを大切にしたレコード場合に、OL10では、とても暖い雰囲気がかもし出される。アルゲリチのスタインウェイと、八城一夫のベーゼンドルファーが、O92ではそれぞれ特徴を少しばかり一色に塗ってしまうところがあったが、OL10になるとそれぞれ音色が十分とはいえないまでもここまで聴ければ不満はない。とくにロス=アンヘレスのラヴェルで、O92ではその声のなまめかしさが少ないと書いたように、オーケストラの音色まで含めてフランス的というよりもむしろ北ドイツふうの音色で表現するようにさえ感じられたが、OL10になると、音がきらめきはじめ、空間に散りばめられ、それでいて派手やかになりすぎず節度を保っていて、あのキャバスのようなフランスそのものといいたい音とは違うが、それでもフランスのオーケストラの音色は一応聴かせて楽しませる。またバッハのヴァイオリン協奏曲の場合にも、独奏ヴァイオリンの音色の良さはもちろんだが、バックの室内オーケストラとの対比もきわめてバランスがよく、オーケストラがとても自然に展開してディテールがよく聴き分けられる。
 ただ、完全無欠のスピーカーというものはない道理で、ポップス系では、JBLの鳴らすあの聴き手をハッとさせる凄さはこれでは出ない。だがパワーを上げてもO92同様に腰のしっかりして、すべての音を立派に鳴らし分けるところは相当の水準といえる。私がもしいま急に録音をとるはめになったら、このOL10を、信頼のおけるモニターとして選ぶかもしれない。

JBL 4301

瀬川冬樹

ステレオサウンド 46号(1978年3月発行)
特集・「世界のモニタースピーカー そのサウンドと特質をさぐる」より

 アン・バートンの唱う “Go away little boy”(オランダCBS盤。日本盤とは音が違う)の冒頭から入ってくるシンバルのブラッシュ音は、かなりくせの強い録音なのだが、それにしてもアルテックやキャバスやダイヤトーン等では、この音がこう自然な感じで鳴ってはくれなかった。ベースの量感も、このちっぽけなスピーカーを目の前にしては、ちょっと信じがたいほどきちんと鳴る。アン・バートンの声に関してはもう少し滑らかさや湿った感じが欲しいと思わせるようにいくらか骨ばってクールなのだが、それにしても、4301が現代ワイドレインジ・スピーカーでありながら、少し古いジャズ録音をもかなりの満足感を持って聴かせることがわかる。シェフィールドのダイレクトカットの中の “I7ve got the music in me” でのテルマ・ヒューストンの声も、黒人特有の脂こい艶と張りが不足するが、バックの明るく弾みよく唱う音を聴けば、こまかいことをいう前にまず音楽を聴く楽しさが身体を包む。
 要するにそれは、輸入してこの価格、まして小さめのシンプルな2WAYから鳴ってくる音にしては……という前提があるのだが、それにしても4343以来のJBLが新しく作りはじめたトーンバランスは、右のようにポピュラー系の音楽をそれなりの水準で鳴らし分けることはむろんだが、クラシックのオーケストラを鳴らしたときでも、その音色のややドライで冷たい傾向にあるにしても、そして中音域全体をやや抑え込んだ作り方が音の肉づきを薄くする傾向はあるにしても、かんどころをよくとらえた音で鳴る。たとえばブラームスのピアノ協奏曲のオーケストラの前奏の部分などで、低音をアンプで1~2ステップ補整しないと、分厚い響きが生かされにくいし、ハイエンドにはややピーク性のおさえの利かない音がチラチラ顔を出すため、レコードのスクラッチノイズをいくぶん目立たせる弱点もある。
 それにしても、ラヴェルの「シェラザーデ」、バッハのV協、アルゲリチのショパン、ブラームスのクラリネット五重奏……と、それぞれに難しいプログラムソースも、こういうサイズと価格のスピーカーにしては、そしてくり返しになるが総体に質感が乾いているにしては、一応それらしく響きにまとめるあたり、なかなかよい出来栄えの製品ということができる。
 ただ、これを鳴らしたプレーヤーやアンプが、スピーカーの価格とは不相応にグレイドの高いものであったことは重要なポイントで、こうんいうクラスのスピーカーと同等クラスのアンプやプレーヤーで鳴らしたのでは、音の品位や質感や、場合によっては音のバランスやひろがりや奥行きの再現能力も、もう少し低いところにとどまってしまうだろう。しかしコンシュマー用のL16をモディファイしたような製品なのに、よくもこれほどまとまっているものだと、ちょっとびっくりさせられた。

K+H OL10

菅野沖彦

ステレオサウンド 46号(1978年3月発行)
特集・「世界のモニタースピーカー そのサウンドと特質をさぐる」より

 モデルOL10は、O92より価格の高いシステムで、使用ユニットもエンクロージュアも別設計だが、両者の間には、K+Hのモニターへの思想が確実に共存している。ウーファーはO92と同じく25センチ口径を2個使い、こちらはトゥイーターがホーン型である。ドライヴィングアンプは、やはり3チャンネル独立タイプである。
 全体にO92と共通の魅力ある音と、モニターとしての高度な解像力、品位の高いソノリティをもってはいるが、私には、このOL10のほうが、中域にややしまり過ぎの感じが気になった。中域が、少々貧弱なバランスに聴こえ、そのために高域にくせを感じるのである。そんなわけで、私にはO92のバランスのほうが好ましく思えるのだが、これは、二者の比較の話であって、無論、このシステムの品位の高さは十分評価に値するものだ。対象の音楽によっても、この両者の印象はいささか変ってくるようだ。オーケストラでは、むしろ、このOL10のほうが自然で、O92の中域の張り出しが、やや押しつけがましく聴こえないでもない。しかし、直接音のパーセンテージの大きいジャズのソースでは、O92の中域の充実が、圧倒的に前へ音が張り出してくる感じでリアリティをもつ。いずれにしても、このK+Hの二機種はモニターとして鑑賞用として優れたものなのだ。

JBL 4301

菅野沖彦

ステレオサウンド 46号(1978年3月発行)
特集・「世界のモニタースピーカー そのサウンドと特質をさぐる」より

 JBLのモニターシリーズ中、最も小型かつ低廉なモデルがこの4301で、20センチ・ウーファーと3・6センチ・トゥイーターの2ウェイシステムである。こういうモニターシステムは、たしかにプロフェッショナルのフィールドでの用途はあるが、決してメインモニターとはいえない。極端ないい方をすれば、キューイング・モニターといってよいかもしれないが、場合によっては、一般家庭用スピーカーの代表的なサンプルとして使われるケースも或る。つまり、スタジオのメインモニターは、ほとんど大型システムで平均的家庭用スピーカーとは差があり過ぎるから、このクラスのモニターで再チェックをするという方法だ。この説明から御理解いただけると思うが、これは大変優れた家庭用のブックシェルフとして、その明解、ウェルバランスの音が高く評価される。音像の輪郭はいかにもJBLの製品らしいシャープな再現であり、音の質は、プログラムソースのもつ特色を立派に生かしてくれる高品位。スケールは小さいが、全帯域バランスがよく整っているし、位相的な音場空間の細かい再現もよい。マスタリングモニターとしては、許容入力15Wは、あくまで特殊だが、録音対象によっては勿論、使えなくはない。他の大型モニターのもつ特質を小型化して、ちゃんと持たせた音の鮮度は立派である。

K+H O 92

瀬川冬樹

ステレオサウンド 46号(1978年3月発行)
特集・「世界のモニタースピーカー そのサウンドと特質をさぐる」より

 最初の簡単なテストで、あまり高い台に乗せない方がよいように思って、20cmほどの頑丈な台を使って、左右にかなり広げぎみにセッティングした。ますブラームスのP協(ギレリス)をかける。冒頭のオーケストラのトゥッティが、いかにもがっちりと構築されて、まさにドイツのオーケストラが鳴らすブラームスの、独特の厚みのあるハーモニィが鳴ってくる。そのことだけでもこれはかなり良いスピーカーらしいことがわかる。音像はやや奥に展開し、引締っているがやせるようなことがなく、高域が延びていないかのようにおだやかだがしかもそうではなく、細部が飛び出すようなことがなくオーケストラの響きの中にパートの動きも十全に聴き分けられる。低音にやや独特の響きがあって、音像が低音でやや奥まって聴こえるが、それほど不自然ではない。弦の鳴り方を聴くと、いくらか艶をおさえたマットな質感を感じさせる。総体に音の艶をくるみ込んで、そのことが弦の斉奏でも少しもやかましくなく、頭にくるようなうるさい音を決して鳴らさない。どちらかといえば渋い、いくらか薫(くす)んだ音色といえる。
 こういう傾向のためか、たとえばロス=アンヘレスのラヴェルのような、音の華やぎや色彩感を求める音楽の場合にも、声のなまめかしさや、弦や木管の低くうごめくような妖しい魅力という点になると、少しばかり不満を感じる。ただ、ロス=アンヘレスの声を含めて、ピアノやヴァイオリンの協奏曲や室内楽曲でも、音像の定位はおそろしくしっかりしていて、音がふらついたり不安定になったりすることがない。独奏ピアノの打音(アルゲリチ)も、中低音域の支えが非常にしっかりしているためか、どっしりと地についた鳴り方で少しも危なげがない。ただ、全音域に亘って打音の艶、ことに高音域でのきらめくような響きのほしい場合も、どちらかといえば音の艶をおさえる方向に鳴らすため、生のピアノの音の豊かな丸みのある響きにはいまひと息という印象だ。
 マルチアンプ内蔵なので他のアンプでのテストはできないため、附属のアンプにどの程度力量があるのかと、試みにシェフィールドのダイレクトカット・レコードでかなりの音量まで上げてみたが、全くバランスをくずさず実に安定感のあるしっかりした音で鳴った。反面、ブラームスのクラリネット五重奏のような音量をかなり絞り込んでも音像がぼけたりしない。
 ただ曲によっては、中低域がいくぶんふくらんで、音をダブつかせる傾向がほんのわずかにある。とくにアン・バートンの声がいくぶん老け気味に聴こえたり、クラリネットの低音が少々ふくらみすぎる傾向もあった。しかし総体にたいへん信頼できる正確な音を再現するモニタースピーカーだと感じられた。

K+H O 92

菅野沖彦

ステレオサウンド 46号(1978年3月発行)
特集・「世界のモニタースピーカー そのサウンドと特質をさぐる」より

 K+HのO92は、500Hzと4kHzにクロスオーバーをもつ3ウェイシステムで、それぞれをクロスポイントとして三台のアンプでドライヴするとライアンプ方式である。ウーファーは25センチ口径が2個である。トゥイーターはトー無型。クライン・アンド・フンメル社は西独のメーカーで、モニタースピーカーの製作には実績をもっているプロフェッショナル・エクィプメント専門メーカーである。比較的口径の小さいウーファーを採用して中域との音質バランスを重視し、パワフルな再生のために、ダブルウーファー方式にするというのは賢明な手段といえるだろう。
 大変バランスのよいシステムで、音色に品のいい魅力のあるシステムである。この点で、モニターシステムという言葉から受ける、無味乾燥なドライなイメージは全くない。むしろ、個性のある音といってよいだろう。この個性に共感しさえすれば、このシステムのもつ性能の高さをモニターとして縦横に生かし切れるだろうし、もし、この個性に反発を感じる場合はK+Hの門戸は閉ざされたままだ。このことは、いかなるモニターシステムについてもいえるだろう。ハイパワー再生にも安定と余裕があるし、楽器の質感、定位、位相感は明確である。響きが豊かでいて、抑制の利いた素晴らしいシステムだと思う。全帯域にわたって、充実した均質の音質をもっている。

アルテック 620A Monitor

瀬川冬樹

ステレオサウンド 46号(1978年3月発行)
特集・「世界のモニタースピーカー そのサウンドと特質をさぐる」より

 中高音域の密度が濃いために総体に音が張り出して近接した感じに聴こえる点は612Cと共通の性格だが、中味が同じユニット(604-8G)でもエンクロージュアがひとまわり大きくなると、低音域が豊かになると同時に腰の坐りのよい安定感のある音になるためか、かなり聴きごたえのある味わいの濃い音に仕上ってくる。
 612Cではトゥイーターレベルを1~2段落した方がバランスが良かったが、620Aになると一応そのままで低・高音のバランスは整っていて、たとえばアルゲリチのショパン(スケルツォ)などでも、いくらか「スピーカーの鳴らす音だ」という感じの、言いかえれば自然のピアノの音にくらべて人工的な味わいはあるものの、打鍵音が腰くだけにならず一音一音の打音の密度とそれに続く余韻の響きの良さには一種の実体感があって、音量を上げたり絞ったりしてやや長い時間聴きこんでみたが、弱音でも音のディテールを失わずバランスのくずれもなく、全音域に亙って欠けた音域を感じさせないので、手ごたえの確かな音が楽しめる。ただ、ラヴェルの「シェラザーデ」のように音の色彩感の豊かさや色あいの微妙さを、まだブラームスのクラリネット五重奏曲のように木管と弦の織りなす香気を、るいはクラヴサンやチェロのように一種なまめかしい倍音の繊細さを大切にしたいような、キメのこまかなニュアンスや味わいを深く求めてゆくにはいささか物足りない。
 620Aの鳴らす音は、たとえばラヴェルの場合でも音を空間に散りばめるよりは一点に凝縮させ塗り込めるような、ひろがってゆくよりはひとつの枠に閉じこめてゆくような傾向があって、それは高域の伸びが十分でないことと、高域の音自体がやや骨太であることによるのだろうが、新しいステレオ録音に対しては、もう少し高域のレインジの広さや、音のいっそうの細やかさが出てこないと不満を感じると思う。
 ただ、中低音域以下の鳴り方には、612Cと違っておっとりしたゆとりを感じさせるために、612Cのように張り出しすぎ、あるいはパワーを上げてゆるとやかましいというような感じにはならないし、620Aをしばらく聴き込んだあと、4343の中・高音域のかなり広い部分が、抑えたというよりは欠落したかのように一瞬錯覚するくらい、両者のこの音域のエネルギーの出かたは対極的だ。このため、ポップスやジャズの場合には、腰の強く輝かしい迫力、密度の高く能率の良いためにハイパワーを放り込んでも少しもつぶれた感じがなく音量がどこまでもよく伸びるという長所によって、相当に気持のよい楽しみ方ができる。仕事のための聴き分けようモニターという枠にとらわれず、家庭でのレコード鑑賞用としても、この音が好みに合いさえすれば、手もとにおく価値のあるスピーカーだ。

アルテック 620A Monitor

菅野沖彦

ステレオサウンド 46号(1978年3月発行)
特集・「世界のモニタースピーカー そのサウンドと特質をさぐる」より

 620Aは612Cと共通のユニットをもったモニタースピーカーである。つまり、コアキシャルのフルレンジスピーカー、604−8Gが内蔵されている。38センチ口径のウーファーに、ホーン・トゥイーターが同軸でカプリングされた有名なユニットだ。612Cと比較して、こちらのほうがエンクロージュアが、より理想に近い。同じユニットでも、エンクロージュアの違いによりシステムとして、かなりの差が出ている。612Cの時に感じられた、位相感の再現性がより優れ、左右のユニット間の音のうまりが、ずっと緻密になり、ステレオフォニックな音場感も、こちらのほうが豊かに再現されたのである。勿論、低域の再生も、こちらのほうがはるかに優れ、豊かな低音感であった。ただし、いたずらに低域がのびている音ではなく、むしろ聴感上の低音感としての感知領域以下の低い帯域は、十分な再現とはいえない。このシステムも、使い方で低音の再生に大きな変化をきたすはずで、通常、スタジオでは、宙釣りして使うケースが多い。あるいは、台の上に設置するといったケースも少なくないだろう。今回の試聴は床にフロアタイプとして置いたので低音感はより豊かになったと思われる。さすがに、プログラムソースの細部までよく判別の出きるシステムで、エコーの流れやバランスは、普通のスピーカーよりはっきり聴こえる。

アルテック 612C Monitor

瀬川冬樹

ステレオサウンド 46号(1978年3月発行)
特集・「世界のモニタースピーカー そのサウンドと特質をさぐる」より

 これの旧型である612A(604E入り)をかつて自家用に購入し、結局私の家ではどうにも使いこなせずに惜しくも手離してしまったといういきさつがあったので、改良型ともいえるこのモデルが、どんなふうに変っているか(あるいは変っていないか)という点に興味を持って試聴に臨んだ。中音域のよく張り出して相対的に高・低両音域がややおさえ気味に聴こえるバランスは大掴みには旧型と変らない。そういう性格のために総体に音がぐんと近接した感じに、そしてかなりハードに聴こえる。たとえば試聴盤中、バッハのヴァイオリン協奏曲では独奏ヴァイオリンがやや音マイク的にきつい音で録音されているが、そうした音源の場合とくに、キンキンした感じが強い。ヴァイオリンをすぐ近くで聴くとこういうきつい音のすることも事実で、その意味ではナマの楽器の鳴らす音の一面を確かに聴かせるのだが、耳の感度の最も高いこの音域がこれほど張って聴こえると、音量を上げたときなどことにやかましい感じで耐えがたくなる。試みに、トゥイーターレベル(連続可変)を-1から-3ぐらいまで絞ってみる。-1からせいぜい-1・5がバランスをくずさない限界のようで家庭での鑑賞にはこのあたりがよさそうだ。ハイエンドの伸びがかなり物足りないのでトーンコントロールのターンオーバーを高くとって補正してみたが、本質的にトゥイーターの高域の硬さがあるために、音の繊細さや爽やかさが増してくる感じにはなりにくい。同じ意味で、独奏ヴァイオリンのバックで鳴っている弦楽オーケストラの、肉声やチェムバロの繊細な倍音が鮮やかに浮かび上る感じがあまり出ない。
 ステレオの音像は広がるタイプでなく、左右のスピーカーのあいだに凝縮する傾向になる。したがって、独奏者の中央での定位はしっかりしている。低音はかなり引締め気味なので、これもアンプで+3から+6dBぐらいまで補整を加えてみる。量感としては整ってきて、中域の密度の高いこととあいまって充実感が増してくるが、反面、ピアノの音などで箱の共鳴音、といってオーバーなら音像がいかにもスピーカーという箱の中から鳴ってくることを意識させられるような鳴り方になりがちだ。ヴォーカル、それもクラシックの歌曲のようにマイクを使わないことが前提の場合でも、声がPA(拡声装置)を通したようにやや人工的に聴こえる。但しこれらはすべてクラシックのソースの場合の話で、ポップスに限定すれば、中域の張って明るい音、低域をひきしめた音、高域端の線の細くない音、は概してプラスに働いて音楽に積極的な表情をつけて楽しませる。能率はかなり高い方で、リファレンスのJBL4343よりもアンプのボリュウムを8ないし10dBほど絞って聴感上で同じようになった。アンプの音質の差にも敏感で、用意したパワーアンプの中ではマランツが一応合うタイプで、マーク・レビンソンにあると音を引締めすぎるのか硬さが目立った。

オンキョー M-6II

オンキョーのスピーカーシステムM6IIの広告
(オーディオアクセサリー 8号掲載)

M6MKII

アルテック Model 19

黒田恭一

ステレオサウンド 45号(1977年12月発行)
特集・「フロアー型中心の最新スピーカーシステム(下)」より
スピーカー泣かせのレコード10枚のチェックポイント50の試聴メモ

カラヤン/ヴェルディ 序曲・前奏曲集
カラヤン/ベルリン・フィル
❶くっきりした、力のあるひびきで示されるピッチカート。
❷たっぷり余裕のある低音弦のスタッカートはなかなかいい。
❸くっきりと、あいまいにならずに特徴あるひびきを示す。
❹第1ヴァイオリンのひびきのたっぷりした提示は独特だ。
❺力をもったクライマックスのひびきは圧倒的だ。力にみちている。

モーツァルト:ピアノ協奏曲第22番
ブレンデル/マリナー/アカデミー室内管弦楽団
❶ピアノのひびきのゆたかさを示すが、音像は大きめだ。
❷音色的な対比を示しはするが、もう少し小味でもいい。
❸音楽的な身振りが、やはりどうしても大きくなる。
❹一応特徴は示しはするが、さわやかとはいえない。
❺木管のひびきがたくましくなる傾向がある。

J・シュトラウス:こうもり
クライバー/バイエルン国立歌劇場管弦楽団
❶細かい表情をそれなりに示して、拡大しないよさがある。
❷接近感は明らかになるが、雰囲気ゆたかとはいいがたい。
❸声が硬くなる。クラリネットの音色はこのましい。
❹はった声は、さらに硬くなり、金属的になるきらいがある。
❺オーケストラのひろがりを感じさせ、声とのバランスもいい。

「珠玉のマドリガル集」
キングス・シンガーズ
❶低い方の声が前にでる傾向があり、すっきりさに欠ける。
❷声量の変化を極端に示す。言葉のたち方は充分でない。
❸残響をひきずりがちなため、ひびきに肉がつきすぎる。
❹各声部の音の動きが多少重く感じられる。敏捷さがほしい。
❺最後の「ラー」でののびは、自然で、このましい。

浪漫(ロマン)
タンジェリン・ドリーム
❶ピンという高い音とポンという低い音との対比は充分だ。
❷シンセサイザーのひびきはきわだって奥の方からきこえる。
❸浮遊感は充分とはいいがたい。もう少し軽くてもいい。
❹前後のへだたりは充分にとれて、ひろがりを感じさせる。
❺力をもってもりあがるピークは迫力がある。

アフター・ザ・レイン
テリエ・リビダル
❶透明ではあるが、暖かい、かなり上質のひびきだ。
❷対比は充分について、ギターはかなり積極的に前にでる。
❸びひきとしてのまとまりがよく実在感もある。
❹光りをもって、くっきりと提示され、有効だ。
❺他のひびきの中にうめこまれがちで、効果の点で充分とはいえない。

ホテル・カリフォルニア
イーグルス
❶12弦ギターのひびきはさらにさわやかでもいいだろう。
❷ひびきの厚みを力をもって示している。
❸必ずしもさわやかとはいいがたいが、音色的特徴は示す。
❹ドラムスの音は、少し重めだが、アタックの鋭さは示す。
❺楽器のひびきの方がきわだちがちである。

ダブル・ベース
ニールス・ペデルセン&サム・ジョーンズ
❶力は充分だが、音像的には大きくなりがちだ。
❷クローズアップの迫力をなまなましく示す。
❸消え方も明らかにし、スケールもゆたかだ。
❹充分シャープに反応できているのがいい。
❺他の点では問題ないが、音像対比では多少ひっかかる。

タワーリング・トッカータ
ラロ・シフリン
❶おしこんでくるような力のある音が特徴的だ。
❷ブラスは、腰の強いひびきで、直進してくる。
❸過度に横にひろがることなく、積極的に前にはりだす。
❹一応のへだたりもあり、見通しも充分だ。
❺力強くリズムが刻まれ、めりはりをつける。

座鬼太鼓座
❶一応の距離はとれているが、ホール・トーンのごときものが感じられる。
❷音色的には、もう少し繊細で枯れていてもいいが。
❸くっきりと、あいまいにならず示されている。
❹中味がぎっしりつまった、スケールゆたかなひびきだ。
❺❹ひびきとの対比の上で充分に成果があがっている。

タンノイ Arden

黒田恭一

ステレオサウンド 45号(1977年12月発行)
特集・「フロアー型中心の最新スピーカーシステム(下)」より
スピーカー泣かせのレコード10枚のチェックポイント50の試聴メモ

カラヤン/ヴェルディ 序曲・前奏曲集
カラヤン/ベルリン・フィル
❶薄いひびきのピッチカート。演奏者の数が少ないように感じられる。
❷ひびきのくまどりがもう少しくっきりついてもいいだろう。音に力が不足。
❸音色の特徴はよく示すが、ひびきは消極的だ。
❹低音弦のピッチカートが過度にふくらむ。
❺もりあげ方がひよわで、クライマックス本来の迫力がない。

モーツァルト:ピアノ協奏曲第22番
ブレンデル/マリナー/アカデミー室内管弦楽団
❶ピアノのひびきに力が不足している。音像もふくらみぎみだ。
❷木管楽器のキメ駒かなひびきには、よく対応できている。
❸「室内オーケストラ」のひびきの軽やかさをよく示す。
❹第1ヴァイオリンによるさわやかなひびきを示す。
❺誇張感なく、さわやかに、しなやかに示す。

J・シュトラウス:こうもり
クライバー/バイエルン国立歌劇場管弦楽団
❶近づいてくるアデーレの声に余分なひびきがつきまとっている。
❷声のまろやかさに対応し、言葉のたちあがりもいい。
❸うたいはじめたヴァラディの声は硬調だ。クラリネットのひびきはいい。
❹はった声は、硬くなる。ニュアンスのとぼしい声になる。
❺特にオーケストラのひびきに対しての対応がいい。

「珠玉のマドリガル集」
キングス・シンガーズ
❶横一列にすっきり並んでいるとはいいがたい。
❷もともとの言葉のたちあがり方に多少の問題があるが、より不鮮明になる。
❸残響をひきずっているために、すっきりしない。
❹ソット・ヴォーチェでの各声部の明瞭さが充分でない。
❺さらに鋭敏にひびきに対して反応してほしい。

浪漫(ロマン)
タンジェリン・ドリーム
❶きわめて個性的に音色的な差を明らかにする。
❷かなり奥の方からシンセサイザーのひびきがきこえる。
❸軽みに欠けるところがあるので、浮遊感は充分でない。
❹前後のへだたりはとれているが、ひびきは湿りがちだ。
❺ひびきには力が不足しているので、ピークで迫力が充分でない。

アフター・ザ・レイン
テリエ・リビダル
❶ひびきは暖色系だ。横へのひろがりは充分にとれている。
❷ギターのせりだしは消極的だ。❶との対比はかならずしも充分ではない。
❸ひびきのくまどりは、もうひとつ鮮明であってもいい。
❹ここで求められるひびきの輝きがくぐもりがちだ。
❺うめこまれはしないが、きわだちもしない。

ホテル・カリフォルニア
イーグルス
❶低い音がきわだって、ひびきに新鮮さがとぼしい。
❷ひびきはむしろ横にひろがり、厚みを提示することにはならない。
❸ひびきが乾ききれていないので、さわやかさが稀薄だ。
❹ドラムスひびきが重くひきずりがちなので、切れは鈍い。
❺言葉は、さらにすっきり、思いきりよくたちあがってもいいだろう。

ダブル・ベース
ニールス・ペデルセン&サム・ジョーンズ
❶音像はかなり大きい。ひびきはより筋肉質でもいい。
❷オンでとったが故のひびきの性格は示すが、なまなましくはない。
❸消える音の尻尾をかなり拡大して示す。
❹細かい音の動きに対しては十全に反応しきれていない。
❺とりわけ音像的な対比で差がありすぎる。

タワーリング・トッカータ
ラロ・シフリン
❶アタックが甘い。よりシャープに切りこんでほしい。
❷ブラスの力強い切りこみに対しての反応が充分とはいえない。
❸フルートのひびきは、むしろ横にひろがりがちだ。
❹一応のへだたりはとれているものの、見通しはよくない。
❺リズムをきざむ楽器の音像が大きめなために、めりはりがつきにくい。

座鬼太鼓座
❶尺八の位置はかなり近くに感じられる。
❷尺八特有のひびきへの対応は、みごとだ。
❸ききとれないことはないが、輪郭はいくぶんあいまいだ。
❹大太鼓のスケールゆたかなひびきに充分対応できているとはいえない。
❺硬質なひびきの特徴をよく示している。

「テスト結果から私の推すスピーカー」

黒田恭一

ステレオサウンド 45号(1977年12月発行)
特集・「フロアー型中心の最新スピーカーシステム(下)」より

 二本で五万円のスピーカーと、一本が五十万円もするスピーカーとを一緒くたにして、どっちがいいとかわるいとかいっても、意味がない。高価なスピーカーでも、ハシにもボーにもかからないものがるとしても、一応は、一本で五十万円もするスピーカーの方が、二本で五万円のスピーカーより、ききやすいといえそうだ。しかし、一本五十万円のスピーカーを買わずに、二本五万円のスピーカーを買えば九十五万円残る。九十五万円あれば、一枚二五〇〇円のレコードが三八〇枚も買える。一本五十万円のスピーカーが二本五万円のスピーカーよりレコード三八〇枚分のたのしみを与えてくれるかというと、ことは、いとも微妙になる。三八〇枚のレコードといえば、毎日三枚ずつきいても、ほぼ一二六日かかる分量だ。おおよそ四ヵ月あまり、毎日、新しいレコードをききつづけるというのは、なんともたのしいことだ。
 もっともこれは、質的な問題を量的な問題におきかえての、これといった足場のない考えでしかないが、そんなことを、ふと考えたくなるような価格差が、今回とりあげたスピーカーにあった。スピーカーとて、安ければ安いにこしたことはないが、どうも、そうは問屋がおろさないようで、やはり、高価格なスピーカーにこれはと思って耳をそばだてるようなものが多かった。まあ、当然のなりゆきというべきだろう。
 試聴中に、これならと思い、メモ用紙のすみに○印をつけたスピーカーを、継ぎに、ずらっと列記することにする。あらためていうまでもなく、安いスピーカーから高いスピーカーの順番になっている。
 ヤマハ/NS10M、サンスイ/SP−L150、AR/AR17、デンオン/SC105、JR/JR149、ロジャース/LS3/5A、エクスクルーシヴ/Model3301、マランツ/Model920、スペンドール/BCII、ルボックス/BX350、ビクター/S3000、エクスクルーシヴ/Model2301、オーレックス/SS930S、アルテック/Model19、ヤマハ/FX1、JBL/4343。
 もっとも、これらが「ベスト」というわけではないし、「私が推薦するスピーカーシステム」などといえるものでもない。この値段でこれだけきければ、まあまあじゃないか──といった、妥協の気持もあっての選択だ。いずれにしろ、オールマイティなどということはありえないわけだし、有限の、しかもかなりきびしい制限のある財布の中の金をつかって、決して安価とはいいがたいものを買い求めなければならないわけだから、どこでどう妥協するが問題だ。
 しかし、その中でも、JBL/4343は、普段、自分でつかっているものなので幾分気はひけるからそれないでおくとして、マランツ/Model920とヤマハ/FX1には、特に心をひかれた。マランツの、もってまわらない、すっきりした反応は、大変このましかった。このスピーカーは、多分使いやすいスピーカーといえるのではないだろうか。ヤマハには、高い方の一部にちょっと癖がなくもないようだが、このスピーカーがきかせてくれた質的に高い音は、なかなか魅力的だった。もう少し安ければいいのにな──というのが、いつわらざる感想だ。それにもうひとつ、安い方では、JRのJR149を、あげておこう。このスピーカーの音でいいところは、ひびきがくぐもらないところだ。見ためはちょっと風変りだが、でてくる音は実にまっとうだ。

デンオン SC-105

瀬川冬樹

ステレオサウンド 45号(1977年12月発行)
特集・「フロアー型中心の最新スピーカーシステム(下)」より

 前号でもかなり上位の成績をおさめたSC104の兄貴分ということで期待を持って聴いた。ユニットの基本的な構成は、ウーファーが少し違う以外は104と同じのようだが、エンクロージュアがひとまわり大型になっただけあって、低域がふくらんでいる。そのためばかりでなく全体の音色は104とかなり変っていて、104よりも良く響く印象だ。ただしこの低域は、置き方や組合せでうまくコントロールしないと、いくらかこもったり音をひきずったりする傾向が多少あるので、台はやや高め(約50センチ)にして、背面は壁からいくらか(本誌試聴室では約20センチ)離す置き方がよかった。それでもキングズ・シンガーズのバスのブレスト音がいくらか遠く甘くなる傾向があるというように、これはこのスピーカーの低域の特徴のように思われる。これに対して中〜高域のバランスの良さは国産としては特筆もので、かなり音量を上げても、どこかの音域が出しゃばるというようなことがない。ただしシェフィールドのダイレクトカッティングなどでは、パワーを上げても耳当りが柔らかいために、CA2000のメーターを振り切ってもまだ物足りない。感じがある。そういう傾向の音だから、アンプはラックスやトリオの系統が、またカートリッジは455EやVMS20E/IIの系統の方が、スピーカーに合っていると思った。

マランツ Model 920

黒田恭一

ステレオサウンド 45号(1977年12月発行)
特集・「フロアー型中心の最新スピーカーシステム(下)」より
スピーカー泣かせのレコード10枚のチェックポイント50の試聴メモ

カラヤン/ヴェルディ 序曲・前奏曲集
カラヤン/ベルリン・フィル
❶あかるい音色でピッチカートが示される。さわやかなひびきだ。
❷しっかりした輪郭で、しかしせりだしすぎることなく、示される。
❸特にきわだたせるというわけではないが、各ひびきによく順応する。
❹低音弦のまとまり方はいい。第1ヴァイオリンにもう少し艶がほしいが。
❺もりあがりの示し方には、無理がない。クライマックスで一応の力を示す。

モーツァルト:ピアノ協奏曲第22番
ブレンデル/マリナー/アカデミー室内管弦楽団
❶音像的なまとまりがいい。しっかりしたひびきだ。
❷音色的対比をくっきりすっきり示す。ひびきに品位が感じられる。
❸「室内オーケストラ」の軽く、さわやかなひびきをよく示す。
❹わざとらしくならずに第1ヴァイオリンのひびきの特徴を示す。
❺特にフルートのひびきが魅力的で、このましい。

J・シュトラウス:こうもり
クライバー/バイエルン国立歌劇場管弦楽団
❶すっきりした誇張感のない、さわやかな声は魅力的だ。
❷接近感の提示は見事だ。定位のよさでもきわだつ。
❸声とクラリネットのバランスはとてもいい。
❹うたった声をキメこまかく示す。はった声も硬くならない。
❺声とオーケストラのバランスがよく、各ひびきの特徴を鮮明に示す。

「珠玉のマドリガル集」
キングス・シンガーズ
❶凹凸なく、ナチュラルなバランスというべきだろう。
❷フォルテとピアノの対比は、自然で、無理がない。
❸過度に残響をひきずっていないので、言葉のたちあがりがいい。
❹声にしなやかさがあり、しかもすっきりしている。
❺自然にひびいて、わざとらしさがない。

浪漫(ロマン)
タンジェリン・ドリーム
❶ピンとポンの音色的、音場的対比は充分だ。
❷後方からのひびきには、透明感がありすっきりしている。
❸音には充分な浮遊感があり、十全に飛びかう。
❹前後のへだたりの提示が万全なため、広々と感じられる。
❺ピークでは、力強さということで、もうひとつものたりない。

アフター・ザ・レイン
テリエ・リビダル
❶すっとぬけるような透明なひびきの、奥の方でのひろがりがいい。
❷ギターの音色のきりかえを、あざやかに示す。
❸下の方でひろがるひびきではないが、くっきり示す。
❹輝きをもってひびき、ギターの音色とよく対比する。
❺きわだちもすぎもせず、ひっこみすぎもせず、このましい。

ホテル・カリフォルニア
イーグルス
❶ベースのひきしまったひびきが有効だ。バランスがいい。
❷イーグルスの音楽的工夫を充分にひびきで感じとらせる。
❸乾いたひびきだが、あやふやさがなくこのましい。
❹ドラムスの、シャープな、力感にみちたつっこみがいい。
❺バック・コーラスのうたう言葉は、充分にたつ。

ダブル・ベース
ニールス・ペデルセン&サム・ジョーンズ
❶力にみちたひびきが、積極的に前にでてくる。
❷申し分なくなまなましいが、誇張感はない。
❸音の消え方の提示にわざとらしさがない。
❹力のあるひびきで、シャープに反応しえている。
❺特に音色的なそれぞれの特徴を鮮明に示す。

タワーリング・トッカータ
ラロ・シフリン
❶右と左とのリズムの応答はあざやかだ。
❷明るいひびきで、鋭く、ききての方にせまる。
❸過度に音像がひろがらないために、効果的だ。
❹前後のへだたりがとれているので、せまくるしさがない。
❺リズムの提示がシャープだ。めりはりがついている。

座鬼太鼓座
❶すっきりときこえてくるが、距離感は示せている。
❷いかにも尺八らしい枯れたひびきがいい。
❸過不足なくきこえ、ひびきの輪郭も示す。
❹ある程度のスケール感を示して、消える音も伝える。
❺わざとらしくはなっていないが、きこえて効果をあげる。

インフィニティ Quantum 4

黒田恭一

ステレオサウンド 45号(1977年12月発行)
特集・「フロアー型中心の最新スピーカーシステム(下)」より
スピーカー泣かせのレコード10枚のチェックポイント50の試聴メモ

カラヤン/ヴェルディ 序曲・前奏曲集
カラヤン/ベルリン・フィル
❶細く、薄くひびくピッチカート。音に力が不足している。
❷くまどりはとれているが、ひびきに生気が不足ぎみだ。
❸ひびきの特徴を示しはするが、消極的な提示にとどまる。
❹低音弦のピッチカートがふくらみすぎる。
❺表情をたっぷりつけてもりあげていくところに特徴がある。

モーツァルト:ピアノ協奏曲第22番
ブレンデル/マリナー/アカデミー室内管弦楽団
❶ピアノの音が浮きあがったように特徴的にひびく。
❷対比は示すもの、ひびきにくせがある。
❸重くひびかないのはこのましいが、ひびきにしまりがほしい。
❹ほどほどにこのひびきの特徴を感じとらせる。
❺ここでのファゴット、フルート等の木管への対応はいい。

J・シュトラウス:こうもり
クライバー/バイエルン国立歌劇場管弦楽団
❶アデーレを呼ぶロザリンデの声のひびき方が特徴的だ。
❷アイゼンシュタインの声が、幾分高く感じられる。
❸声のくっきりした提示に対して、クラリネットはあいまいだ。
❹はった声は、硬くはならないが、ニュアンスにとぼしくなる。
❺オーケストラと声のとけあいがもう少し自然であってほしい。

「珠玉のマドリガル集」
キングス・シンガーズ
❶どうしたわけか、テノールがひっこみがちだ。
❷声量をおとした分だけ言葉のたち方が不充分になる。
❸ある種の反応の敏捷さがあり、残響をひっぱっていないのもいい。
❹ソット・ヴォーチェでの軽やかさを示す。
❺一応ののびを感じさせて、あまり不自然さはない。

浪漫(ロマン)
タンジェリン・ドリーム
❶ピンの特徴はよく示すが、ポンはいくぶんかげりがちだ。
❷しのびこむというより、くっきりたってくる。
❸浮遊感はたりない。飛びかいも方も不充分だ。
❹前後のへだたりはとれるが、全体としてのまとまりに欠ける。
❺ピークでの力不足が感じられるが、音に汚れはない。

アフター・ザ・レイン
テリエ・リビダル
❶横へのひろがりは充分に示され、質的にもこのましい。
❷中央からきこえるが、音像的にふくらみすぎだ。
❸ひびきの中身が稀薄だ。もっとくっきりしてもいい。
❹きらりと光って、ひびきのアクセントたりえている。
❺うめこまれることなく、有効な働きをする。

ホテル・カリフォルニア
イーグルス
❶低い方の音がひびきすぎで、バランスがよくない。
❷ひびきは横にひろがりぎみで、厚みを示すことにはならない。
❸ひと味ちがう特徴あるひびきできわだってきこえる。
❹声の特徴はよく示されるが、ドラムスは重くひきずりがちだ。
❺バック・コーラスの声の重なり方はよくわかる。

ダブル・ベース
ニールス・ペデルセン&サム・ジョーンズ
❶音像はかなり大きい。いくぶんかの強調感がある。
❷オンで録音したが故に感じられるはずの迫力はとぼしい。
❸音が消えていく、その尻尾を十全には示さない。
❹細かい音の動きに対しては、さらに鋭く反応してほしい。
❺左右ふたりのベーシストの音像面での対比が不自然だ。

タワーリング・トッカータ
ラロ・シフリン
❶大きくはなやかにひろがる。アタックの強さが感じとりにくい。
❷ブラスのひびきが誇張されて、金属的になる。
❸横に大きくひろがりはするが、ひびきに力がない。
❹後方へのひきは必ずしも不充分とはいえないが、見通しはよくない。
❺リズムはいくぶんふやけぎみで、めりはりがつきにくい。

座鬼太鼓座
❶尺八はもう少しへだたったところからきこえてもいいだろう。
❷尺八の音色を感じとらせはするが、鮮明さに欠ける。
❸必要充分に感じとらせるが、ひびきの輪郭の提示は充分とはいいがたい。
❹スケール感ということではものたりなさがのこる。
❺このひびきの硬さがよりくっきり示されることが望まれる。

ルボックス BX350

瀬川冬樹

ステレオサウンド 45号(1977年12月発行)
特集・「フロアー型中心の最新スピーカーシステム(下)」より

 すばらしく音の質感のいいスピーカーだ。いわゆる歪っぽさや粗さが少しも感じられず、しっとりと潤いある美しい、とてもクリアーかつ滑らかな音がする。いわゆるリニアフェイズの考え方をとり入れているが、ブックシェルフ型よりももう少し小型なので、どういう置き方がよいのかといろいろ試みたが、結局、トゥイーターとウーファー(こウーファーは小口径のスピーカーを4本使った独特の構成だが)の中心あたりがほぼ耳の高さにくるように、高さ約50センチほど台に乗せるのが最もよかった。左右になるべくひらき、スピーカーの正面が耳の孔に向くように設置する。壁に近づけると低域の低いところで一ヵ所、少し音が重くなるところがあるので、背面は適度にあけて、むしろアンプの方で低域を補う方がいいように思った。まさにドイツ独特のクリアーサウンドだが、かつてのブラウンやヘコーのようなクセのある音ではなく、バランスはきわめていい。ただ、パワーを上げると中〜高域が硬くなるので、中程度迄の音量で楽しむスピーカーだ。オーケストラの中のチェロのユニゾンなど、時折ハッとするほどの美しさが出るし、ベーゼンドルファーの艶と丸みもかなり良い感じだ。カートリッジやアンプも乾いた音を避けたい。455Eや7300Dのような傾向が合う。意外に38FDIIもそれなりの良さで鳴った。