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トーレンス Reference

瀬川冬樹

ステレオサウンド 56号(1980年9月発行)
「Best Products 話題の新製品を徹底解剖する」より

 トーレンス・リファレンス。この大きさとボリュウム感が、印刷された写真からはたしてどれほど、実感として伝わるのだろうか。たとえばターンテーブル。本体の中央にむしろ小さくみえるけれど、直径はむろん約30センチ。その直径から厚みを推測して、これだけの量感のあるターンテーブルをなお小さくみせる本体の大きさというものを想像して頂ければ、ようやく、これが只ものでない超大型のプレーヤーであることが、おぼろげながら理解されはじめる。
 そこに、スペックに印された寸法をあてはめてみる。さらに、90キログラム、という重量を思い浮かべてみると、どうやらこの製品の全貌がみえてくる。
 全体の渋いモスグリーン(苔緑色)系のメタリック半艶塗装。四隅に屹立する太い柱は、本体を吊っている支持枠(サスペンションハウジング)で、本ものの金メッキがほどこされている。本体の塗装の色は、おゆらく、この金色に最もよくあった色が選ばれたにちがいない。アームベースやパネルを締めつけている小さなネジもすべて金メッキである。
 ベルトドライブのターンテーブルに、アーム3本が取付可能のマニュアル式プレーヤー。??機能としてはそれだけ。こう言ってしまうと身も蓋もないが、それをここまでの物凄さに作り上げたトーレンスの真意は、いったいどこにあるのだろうか。
 ことしの3月に、パリの国際オーディオフェア(アンテルナシォナル・フェスティヴァル・デュ・ソン)に出席の途中に、スイスに立寄ってトーレンス社を訪問した。そのときすでにこの製品の最初のロット約10台が工場の生産ラインに乗っていたが、トーンレス本社で社長のレミ・トーレンス氏に会って話を聞いてみると、トーレンス社としても、これを製品として市販することは、はじめ全く考えていなかった、のだそうだ。
「リファレンス」という名のとおり、最初これはトーレンス社が、社内での研究用として作りあげた。
アームの取付けかたなどに、製品として少々未消化な形をとっているのも、そのことの裏づけといえる。
 製品化を考慮していないから、費用も大きさも扱いやすさなども殆ど無視して、ただ、ベルトドライヴ・ターンテーブルの性能の限界を極めるため、そして、世界じゅうのアームを交換して研究するために、つまりただひたすら研究用、実験用としてのみ、を目的として作りあげた。
 でき上った時期が、たまたま、西独デュッセルドルフで毎年開催されるオーディオ・フェアの時期に重なっていた。おもしろいからひとつ、デモンストレーション用に展示してみようじゃないか、と誰からともなく言い出して出品した。むろん、この時点では売るつもりは全くなかった??、ざっと原価計算してみても、とうてい売れるような価格に収まるとも思えない。まあ冗談半分、ぐらい気持で展示してみたらしい。
 ところが、フェアの幕が開いたとたんに、猛反響がきた。世界各国のディーラーや、デュッセルドルフ・フェアを見にきた愛好家たちのあいだから、問合せや引合いが殺到したのだそうだ。あまりの反響の大きさに、これはもしかしたら、本気で製品化しても、ほどほどの採算ベースに乗るのではないだろうか、ということになったらしい。いわば瓢箪から駒のような形で、製品化することになってしまった……。レミ・トーレンス氏の説明は、ざっとこんなところであった。
 トーレンスとEMTは、別項の工場訪問記にも書いたように、同じ工場の、同じラインで組立てられている。ただ、トーレンスが一般コンシュマー用、EMTがプロフェッショナル用という、厳然とした区別があって、管理から販売に至るまで完全に独立している。言いかえれば「リファレンス」がトーレンス・ブランドで発表されているということは、この製品が全く、プロフェッショナル用ではないことを表している。現実に、プロの現場(たとえば放送局の送り出し用、レコード会社や録音スタジオでのプレイバック用等)としては、どう考えてもおそろしく扱いにくい製品で、結局これは、超マニア用として作られたとしか、思えない。というよりも、正確には、前述のようにこれは、トーレンスの社内での実験用マシーンであったのだ。
 だが、トーレンス社があえて、おそろしいような価格をつけて市販に踏み切ったからには、なにがしかの成算あってのことに違いあるまいと、誰しもが思うのは当然ではないだろうか。
 なるべく手間や材料を省略して安く物を作ろうという風潮が支配的になっているこんにち、およそこれほど、無駄のかたまりとも思える物量と、手間とを投入した製品は、珍品と言いたいほど例外的な存在だ。
 組立の終った「リファレンス」が、本誌の試聴室に設置された。もう何回も眺めてきたのに、いままで工場その他の広い場所ばかりで見てきたせいか、こうしてふつうの広さの部屋で、目の前に置いてみると、改めて、大きい、と思う。いや、大きさもさることながら前述のモスグリーンと金色との豪華な質感と全体の量感、そして、みるからに質の高い加工の美しさのハーモニイを眺めると、何ともいえない凄みを感じる。初めて見た人は、誰もが、うわあ! と思わす驚きの声を上げる。もうそれだけで、このシステムから、悪い音など出るはずがない、という気持にさせる。
 サンプルとして入荷した第一便には、三台のアームベースのうち、二台に、EMTとトーレンスのアームがそれぞれ、とりつけられ、一台分だけ空白になっていた。私は、その音をよく知りつくしているオーディオクラフトのAC3000MCをそこにとりつけてもらった。EMT、トーレンスの各アームには、それぞれの専用カートリッジしかとりつけられない。そこで、それ以外のカートリッジをACにとりつけて聴いてみようというわけである。
 参考として、本誌前号(55号)のテストの際、私個人が最も良いと思った三機種??エクスクルーシヴP3、マイクロ5000(二連)+AC40000MC、それにEMT930stを、内蔵のアンプを通さずに直接出力を引き出すように手を加えたモデル(専用インシュレーターつき)??を、比較試聴用に再び用意してもらった。デンオンDL303、オルトフォンMC30、それにEMT/XSD15の三個のカートリッジで、エクスクルーシヴとマイクロを聴いて、前号の印象と変わりないことをまず確かめた。厳密にいうと、マイクロについては前号と設置および調整の条件が多少異っていたため、前号と同じ音質にはならなかったが、印象としてはむしろ前回を上廻る部分さえあった。それらの詳細については本誌55号をご参照いただきたい。
 前記二機種が、こんにちのプレーヤーシステムの中ではそれぞれにきわめて水準の高い音質を堪能させてくれたあとで、EMT930stにTSD15をとりつけて、内蔵ヘッドアンプを通さずに(ということは、内蔵アンプが悪いという意味ではない。いやむしろ内蔵のアンプの独特の音質の美しさこそ、EMTの特長でもあるのだが、あえてそれを使わないというのは、他のプレーヤーの試聴と条件を合わせるというだけの意味にすぎない)直接、出力をとり出した音を聴いてみると、中音から低音にかけて甘く量感のある安定感に支えられて鳴ってくる音の、くるみ込まれるような豊かな響きの美しさに陶然とさせられる。そのことも55号には書いた。
 さて、そうした音を聴いた直後に聴く「リファレンス」の音質である。とくにEMT930stとの比較のために、カートリッジはTSD15一個をつけかえ、さらに、トーレンスに付属している独特のコレットチャック式(締めつけ式)のスタビライザーも共用して、聴きくらべた。つまり違うのは、モーターのドライブシステムと、ターンテーブルおよびそれを支えるベースとサスペンションだけ、ということになる(アームは同じものがついているのだから)。厳密にいえば、アームからの引出コードは違う。トーレンス・リファレンスには、最初から先方でつけてきたコードがついているし、EMT930のほうは、本誌で改造した国産コード龍用品だ。
 しかし、同じレコードを交互に乗せかえて比較したかぎり、この音質のちがいは、とうていコード一本の差といった小さなものではないことが、誰の耳にも容易に聴きとれる。
 EMTのTSD(およびXSD)15というカートリッジを、私は、誰よりも古くから使いはじめ、最も永い期間、愛用し続けてきた。ここ十年来の私のオーディオは、ほとんどTSD15と共にあった、と言っても過言ではない。
 けれど、ここ一〜二年来、その状況が少しばかり変化しかけていた。その原因はレコードの録音の変化である。独グラモフォンの録音が、妙に固いクセのある、レンジの狭い音に堕落しはじめてから、猛数年あまり。ひと頃はグラモフォンばかりがテストレコードだったのに、いつのまにかオランダ・フィリップス盤が主力の座を占めはじめて、最近では、私がテストに使うレコードの大半がフィリップスで占められている。フィリップスの録音が急速に良くなりはじめて、はっきりしてきたことは、周波数レンジおよびダイナミックレンジが素晴らしく拡大されたこと、耳に感じる歪がきわめて少なくなったこと、そしてS/N比の極度の向上、であった。とくにコリン・デイヴィスの「春の祭典」あたりからあとのフィリップス録音。
 この、フィリップスの目ざましい進歩を聴くうちに、いつのまにか、私の主力のカートリッジが、EMTから、オルトフォンMC30に、そして、近ごろではデンオンDL303というように、少しずつではあるが、EMTの使用頻度が減少しはじめてきた。とくに歪。fffでも濁りの少ない、おそろしくキメこまかく解像力の優秀なフィリップスのオーケストラ録音を、EMTよりはオルトフォン、それよりはデンオンのほうが、いっそう歪少なく聴かせてくれる。歪という面に着目するかぎり、そういう聴き方になってきていた。TSD15を、前述のように930stで内蔵アンプを通さないで聴いてみてでも、やはり、そういう印象を否めない。
 ところがどういうことなのだろう。トーレンス・リファレンスで鳴らしてみると、930stと同じアーム、同じカートリッジの音が、明らかに1ランク以上、改善されて聴こえる。930stよりも、周波数レンジが広く聴こえる。音の表現力の幅がグンとひろがる。同じ針圧をかけているのに、トレース能力まで増したかのように、聴感上の歪が軽減された印象になる。EMT930stでも、国産機と比較するとずいぶん低音が豊かに感じられたのに、トーレンス・リファレンスの低音は、いっそう豊かでいっそう充実している。そして低音の豊かさが、中〜高域にかぶてっこない。したがって音はクリアーで、ディテールはいっそう明瞭になる。とくに、オーケストラの強奏でその点が際立ってくる。音の伸びが良い。たとえば、カラヤン/ベルリン・フィルの「ローマの泉」の第二曲(朝のトリトンの噴水)のふん非違の吹き上がる部分。リファレンスの音は、ほんとうに水しぶきが上がってどこまでも吹き上げる。水のしぶきに、ローマの太陽が燦然ときらめき映える。このレコードの音は、ずいぶんきわどく録音されているが、しかしやかましいという感じにならない。残念ながら、私が目下愛用しているマイクロ二連ドライブ+AC4000MC、それにMC30では、どうしても少々上ずる傾向になりがちだ。エクスクルーシヴとEMT930stでは、しぶきが十分な高さに吹き上がらない。そういう迫真力で格段の差を聴かせておきながら、少々傷んだレコードをかけてみても、他のプレーヤーよりその傷みからくる音の荒れが耳につきにくいというのは、何ともふしぎである。
 結局のところ、EMTのアームとTSDカートリッジを組合せるかぎり、こんにちその能力を最高に抽き出すターンテーブルシステムは、この「リファレンス」ということになるのだろうか? いや、まだひとつ、EMT927Dstとの比較が残っている。私の927を、動かす気はない。となると、「リファレンス」を私の家に持ち込んでみなくては比較はできない。だが930stとの差を聴くことで、ある程度の推測はつく。少なくとも、927と930は、見た目は似ていてもそこから聴かれる尾との質の高さは別格だ。となると、927と「リファレンス」とは、音のニュアンスの差であってどちらが上とはいえない、とでもいうことになるのだろうか。いちどぜひ比較してみたい。本号締切り間際に「リファレンス」のサンプル入荷がようやく間に合ったという状態なので、残念ながらその比較の機会が作れなかった。
 ところで、他のアームとカートリッジの音質はどうか。
 まずトーレンスのオリジナルアームと、MCカートリッジ(EMTと基本は似ていて、同じ製造ラインで作られている)。この組合せは、本誌55号でトーレンスTD126MKIIIの試聴の際に、一度聴いている。しかし、さすがにターンテーブルシステムの能力が上がるということはおそろしいもので、TD126のときには、音域やDレンジの限界のようなものを感じさせたのに、その限界が格段にひろがって、これはこれで相当に良いアームとカートリッジだと思わせる。が、しかし三百五十万円のシステムの音、としてみると、やはりこれでは少しものたりない。というより、EMTオリジナルという凄い音が一方にあるために、どうしても聴き劣りしてしまうのだろう。トーレンス社としては面子にかけてどうしてもとりつけたいのだろうが、この「リファレンス」ほどのシステムを使う日本の厳しい愛好家にとっては、トーレンスアームとカートリッジは、そんなに必要性を感じないのではなかろうか。
 となると、興味はいよいよ、オーディオクラフトのアームに各種のカートリッジをとりつけたときのことになる。
 まずEMT用のアームパイプをとりつけ、TSD15で比較してみる。さきほど例にあげた「ローマの泉」の噴水の水しぶき、その吹上げかたが、オリジナルアームよりも少し頭打ちになる。また、きらめき方も十分ではない。ということは、「リファレンス」システム自体が、共振成分を相当に制動してあるということなのだろう。EMTのアーム自体は、共振の十分に取り除かれていないターンテーブル・システムでは、音が少々はしゃぎすぎる傾向をみせることが多い。オーディオクラフトのアームの音質が、どちらかといえばやや暗く沈みかげんになるということも、同じ理由かを裏から説明している。どうやらACアームは、マイクロ糸ドライブとの組合せが�絶妙�ということになりそうだ。
 そのことは、あとからMC30およびDL303をとりつけて聴いてみたときにもいえる。MC30に関しては必ずしも悪い音ではなく、むしろバランスのよい、過不足のない、こんにち的な音が楽しめる。ただ、「リファレンス」で鳴るEMTオリジナルの、リフレッシュされたような味の濃い音を堪能したあとでMC30+AC3000MCを鳴らしてみると、いくぶん物足りない印象を受けやすい。
 そういう印象は、DL303にするともっと極端になる。もともと、中域以下の音の厚みの出にくいカートリッジだが、EMTオリジナルの豊満な音を聴いたあとであるからばかりでなく、DL303にしてもなお、線の細い、かなり痩せた感じの音になる。DL303の、相当に潔癖なスリムな音質と、「リファレンス」の豊かな肉づきと、性格が合わないともいえるが、それよりも、残念ながら、カートリッジの格負けといった印象が強い。
 しかしそうしてみると、この「リファレンス」は、EMTのオリジナルアーム+カートリッジの能力を、最大限、発揮させるターンテーブルシステム、ということになるのだろうか。どうもそうらしい、ともいえる。が、もう少し時間をかけて、アームを調整しこみ、または別のアームにも換えてみて、可能性の範囲を追求してみれば、また別の面も聴きとれそうな気もする。
 というのは、サスペンション・ハウジングに、本体を吊っている鋼線(ワイヤー)の張力(テンション)を調整するつまみがついている。最大から最少までの幅で、本体に対する共振点を、1Hzから5Hzのあいだで調整できると説明されている。私の試聴では、張力を最もゆるめた状態、つまり1Hzの状態が良いと思った。
 ところがこの状態では、たとえばロックからフュージョン系の新しいレコードを聴く編集部のM君など、低音がゆるんでいて、とても我慢できない、というのである。彼に言わせると、張力を最も強くしたときのほうが、低音が締まって、これなら自分のレパートリィにも使える、という。このことからわかるように、ワイヤーの張力の調整によって、音質を、全体にゆるめたり引締めたりできるわけで、本機のテストだけでほとんど6時間あまりを費やしてしまったが、それでも、この時間の枠内では、ワイヤーのテンションを変化させながら最適アームをとカートリッジを探す、といった追い込みをする余裕が作れなかった。もっとも、その時間の半分以上は、ただぽかんと聴き惚れていた、というのが、正直な話なのだが。
 この「リファレンス」の構造について最後にふれておこう。
 ターンテーブルは、直径305ミリ、比較的柔らかいフェルトのシートが張ってあり、スカートの部分にはプラスチックのストロボスコープがついていて、全体の厚みは約83ミリ。引上げると、内面には部厚いドーナッツ状の合板が打込まれ、おそらく共振を制動している。ターンテーブルのサイズや大まかな形状およびいかにも精密加工された永いシャフトをみると、どうやらこれは、EMT930stのターンテーブルと、基本は同じもののように思える。ただし軸受けのほうは、ランブルを最少に保つための新開発のものだと、書いてある。ターンテーブルの重量は、制動材を含めて6・6キログラムと発表されていて、これはむろん930stより重い。
 手前のパネルには、左から速度切換(78・45・0・33)、速度微調整(±6%)。2個のシーソースイッチを間に置いて右端は電源のON−OFFスイッチが配されている。
 シーソースイッチは、アームリフターのリモートコントロールで、3本のアームのうち、2本に限り、原則としてトーレンス社で取付・調整したエレクトロニック・コントロールのアームリフターがとりつけられる。アーム取付ベース内に組込まれ、そこから出てきたコード(DINプラグつき)を、シャーシ背面で接続すると、リモートコントロールが可能になる。
 本体は、土台となる頑丈なベーシック・シャーシと、ターンテーブルおよびアームをとりつけてあるフローティング・シャーシとに分割されて、ともにアルミニウム・ダイカスト製。ベース側に例の金メッキの四本柱がとりつけられて、その天部から鋼鉄のワイヤーと、重ねた板バネ(二軸貨車などに使われる担(にない)バネのようなリーフスプリング)とで、フローティング・シャーシを吊っている。ワイヤーの途中を、ちょうど弦楽器の弦を指でおさえてピッチを変える要領で、可動式のクランプがおさえて、さきほど述べたように共振点を変える。この懸架の方法は他に類のない独特の構造で、ゴム系の制動を一切加えていない。
 フローティング・シャーシは、ターンテーブルのシャフト軸受の周囲の空間にトーレンスではアイアン・グレインと称する鉄の粒の制動材がつめこまれ、ダイカストの補強リブのあいだに形成される空洞共振をおさえ、なおかつ軸受の周囲に、Qの低いマスをつけ加えていることが、この製品の音質を相当にコントロールしているように思われる。
 駆動モーターはかなり小さい。電子的に速度を変えて3スピードを出している。ベルトのかかる軸の直径は約50ミリと非常に大きく、低速モーターであることがわかる。説明書には、「ハイトルク・シンクロナス・モーター」とあるが、トルクはこんにちの製品群の中では、むしろ弱いほう。レコードをのせてクリーナーを押しあてると、回転が停まってしまう。もう少しトルクが欲しいように思う。
 アーム取付ベースは、アルミニウム・ダイカストの枠で、アーム取付面には木製の板を使う。孔を加工しやすいように、との配慮だろうが、このように、木材とアルミニウム、といった異種材料の組合せは、共振を防止するという点でも好ましい。そしてダイカスト枠の小さな空洞にも、前述のアイアン・グレインがつめ込まれ、共振の防止はほとんど完璧といえる。
 取付枠は、大・小二種類あるが、先述したアーム・リモートコントロールのメカニズムは、小型のほうには組込めないように思う。
 この枠は、2本のビスでフローティング・シャーシに締めつけて固定するが、かなり大幅に動かすことができて、オーバーハングの調整は容易だ。ただ、ロングアームは寸法的に取付け不可能だ。アーム引出コードは、ダイカスト枠のスカート部分の切込みから引出すだけで、この辺の処理は、仕方ないとはいえ、スマートとはいい難い。
 本体とは別に、下に敷く木製のベースと、4本のサスペンションを利用して上に乗せるアクリルの蓋が付属してくる。本体の重量は90kgと公表されているから、付属品を加えると100kgを越すこともありうるわけで、この重量は、こんにちのオーディオ機器の中でも最も重く、設置場所には十二分の配慮が必要だと思う。支持枠の上部の大きなつまみを廻転させて水平どの調整はできる(水準器を内蔵している)が、土台が十分に水平を保っていないと、本体が重いだけになかなか水平度を出しにくい。ただ、優秀な懸架機構のおかげで、ハウリングの心配は殆どない。
 なお、もしも好運にこのサンプルをテストする機会のある場合、あるいはもっと好運に、この高価かつ豪華なマシーンを購入された場合、組立ての後、運転前に必ずチェックすべきことが二つある。
 第一は、ターンテーブル軸受に付属のオイルを十分に注入すること。シャフトを完全に収めた際にこぼれない範囲で、シャフトをオイル浸けにするというのが、EMT/トーレンスの基本である。少なくとも、このサンプルの到着の時点では、オイルの分量について、正確な指示が何もついてこない。私たちは、軸受周辺にティッシュペーパーを多量に敷いてオイルを多目に入れて、こぼれた分をあとからよく拭きとる、という原始的方法をとった。
 第二に、そのあとで、駆動モーターシャフト、ベルトの内外周それにターンテーブル周囲を、無水アルコールでていねいに清掃して、付着している汚れ、ことに油分を完全に拭いとること。これを忘れると、ベルトの寿命も縮めるし、廻転も不安定になりやすい。
 以上は、テストの際にとくに気がついた点であった。
 なにしろ、たいへんな製品が出てきたものだ、というのが、試聴し終っての第一の感想だった。すごい可能性、すごい音質。そしてその偉容。
 であるにしても、アーム2本、それに2個のカートリッジがついてくるにしても、これで〆めて358万円、と聞くと、やっぱり考え込むか、唸るか。それとも、俺には無縁、とへらへら笑うことになるのか。EMT927までは、値上げになる以前にどうやら買えたが、「リファレンス」、あるいはスレッショルドの「ステイシス1」あたりになると、近ごろの私はもう、ため息も出ない、という状態だ。おそろしいことになったものだ。

ロジャース PM510

瀬川冬樹

ステレオサウンド 56号(1980年9月発行)
「Best Products 話題の新製品を徹底解剖する」より

 イギリス・ロジャースから、新しく、PM510(ファイヴ・テン)という、中型モニタースピーカーが発売された。すでに入荷しているLS5/8(BBCモニター)から、パワーアンプを除き、かわりにLCネットワークを組み込んだモデルである。したがって、一般的にはこちらのほうが扱いやすい。そして、LS5/8が、その後の値上りで一台99万円という高値になってしまったのに対して、PM510は一台44万円と、かなり割安になっている。ただし、音質には微妙な違いがあり、このスピーカーの音を好きな人にとっては、その微妙な違いは、どちらをとるか、大きな難問になるかもしれない。が、そのことはあとでもっと詳しくふれることにする。
 近年、スピーカーの特性を格段に向上する技術が進んで、比較的小型ローコストのスピーカーでも、相当に良い音を聴けるようになったことは喜ばしいが、反面、こんにちの技術の限界に挑むような製品が、アメリカのアンプやスピーカーにはいくつかみられるのに対して、イギリスのスピーカーに関するかぎりたとえばKEFのs♯104やスペンドールのBCIIなどの名作からもう少し上にゆきたいと思っても、せいぜい、KEFで105どまり、スペンドールでもBCIIIより上がない、といった状況が永らく続いてきて、イギリスの音の愛好家を失望させてきた。セレッションのデドハムや、ヴァイタヴォックスのCN191といった名器はあるにしても、KEFやスペンドールとは、その目指す世界があまりにも違いすぎる。
 そうした背景の中で誕生したロジャースのPM510は、近ごろちょっと手ごたえのあるイギリスのスピーカーの、待望久しい登場、といえそうだ。
 PM510は、ロジャースの新製品という形をとってはいるが、もともとはチャートウェル社の設計で、型番をPM450と称していた。これにパワーアンプ(高・低を分割した2チャンネル=バイアンプ)を組み込んだのがPM450Eで、BBCモニター仕様のLS5/8と同じものであった。
 BBCモニターLS5/8は、チャートウェル・ブランドで少量入荷した製品は、本誌1979年冬号(49号)の194〜195ページにも紹介したが、最初のモデルでは、パワーアンプはエンクロージュアの下側の専用スペースに収容されている。しかしロジャースで製造するようになってからのLS5/8は、アンプが外附式になり、その分だけエンクロージュアの寸法は小さくなった。むろん実効内容積は変化していない。ただ、前面のグリルは、型押ししたフォーム・プラスチックから、平織りのサランネットになり、両側面の把手の位置が少し下にさがるなど、小さな変更箇所がみられる。そして専用のクロームメッキのスタンドが別売で供給される。
 このLS5/8から、アンプをとり除き、エンクロージュア内部にLCネットワークを組み込んで一般仕様としたのが、ロジャースのPM510だ。したがって、エンクロージュアの外観も、使用ユニットも、専用スタンドも全く共通だ。細かいことをいえば、トゥイーター・レベル調整用のタッピングボードがなく、レベルは一切調整できない。入力はキャノンプラグ。したがって信頼性は高い。外装はチークで、良質の木材が選ばれ、仕上げはなかなか美しい。
 PM510は、本誌試聴室と自宅との2ヵ所で聴くことができた。
 全体の印象を大掴みにいうと、音の傾向はスペンドールBCIIのようなタイプ。それをグンと格上げして品位とスケールを増した音、と感じられる。BCIIというたとえでまず想像がつくように、このスピーカーは、音をあまり引緊めない。たとえばJBLのモニターや、国産一般の、概して音をピシッと引緊めて、音像をシャープに、音の輪郭誌を鮮明に、隅から隅まで明らかにしてゆく最近の多くの作り方に馴染んだ耳には、最初緊りがないように(とくに低音が)きこえるかもしれない。正直のところ、私自身もこのところずっと、JBL♯4343の系統の音、それもマーク・レヴィンソン等でドライヴして、DL303やMC30を組み合わせた、クリアーでシャープな音に少々馴染みすぎていて、しばらくのあいだ、この音にピントを合わせるのにとまどった。
 しかしこの音が、いわゆる〝異色〟などでは少しもない証拠に、聴きどころのピントが合うにつれて、聴き手は次第に引き込まれてゆき、ふと気づくと、もう夢中になってあとからあとから、レコードをかけかえている自分に気づかされる。何時間聴き続けても、少しも疲れない。聴き手の耳を少しでも刺激するような成分が全く含まれないかのような、おそろしく柔らかい響き。上質の響き。
 同じモニターといっても、JBLの音は、楽器の音にどこまでも近接し肉迫してゆく。ときに頭を楽器の中に突込んでしまったかのような、直接的な音の鮮明さ。ヴェールをどこまでも剥いでゆき、音を裸にしてしまう。それに対してPM510の音は、常に、音源から一定の距離を保つ。いいかえれば、上質のホールで演奏される音楽を、程よい席で鑑賞する感じ。そこにとうぜん、距離ばかりでなく、空間のひろがりや奥行が共に感じられる。そうした感じは、いうまでもなく、クラシックの音楽に、絶対に有利な鳴り方だ。ことに弦の何という柔らかな艶──。
 たまたま、自宅に、LS5/8とPM510を借りることができたので、2台並べて(ただし、試聴機は常に同じ位置になるように、そのたびに置き換えて)聴きくらべた。LS5/8のほうが、PM510よりもキリッと引緊って、やや細身になり、510よりも辛口の音にきこえる。それは、バイアンプ・ドライヴでLCネットワークが挿入されないせいでもあるだろうが、しかし、ドライヴ・アンプの♯405の音の性格ともいえる。それならPM510をQUAD♯405で鳴らしてみればよいのだが、残念ながら用意できなかった。手もとにあった内外のセパレートアンプ何機種かを試みているうちに、ふと、しばらく鳴らしていなかったスチューダーA68ならどうだろうか、と気づいた。これはうまくいった。アメリカ系のアンプ、あるいは国産のアンプよりも、はるかに、PM510の世界を生かして、音が立体的になり、粒立ちがよくなっている。そうしてもなお、LS5/8のほうが音が引緊ってきこえる。ただ、オーケストラのフォルティシモのところで、PM510のほうが歪感(というより音の混濁感)が少ない。これはQUAD♯405の音の限界かもしれない。
 いずれにせよ、LS5/8もPM510も、JBL系と比較するとはるかに甘口でかつ豊満美女的だ。音像の定位も、決して、飛び抜けてシャープというわけではない。たとえばKEF105/IIのようなピンポイント的にではなく、音のまわりに光芒がにじんでいるような、茫洋とした印象を与える。またそれだから逆に、音ぜんたいがふわっと溶け合うような雰囲気が生れるのかもしれない。
 そういう音だから、たとえばピアノ、さらには打楽器が、目の前で演奏されるような峻烈な音は期待できない。その点は、やはりJBLのお家芸だろう。それにしてもこの柔らかい響きの波に身をゆだねていると、いつのまにか私たちは、JBL+マーク・レヴィンソン系の、音をどこまでも裸にしながら細部に光をあてていくような音の鳴らし方に、少しばかり馴れすぎてしまっていたのではないか、という気持にさえ、なってくる。いや、だからといって私は、JBLのそういう音を嫌いではないどころか、PM510の世界にしばらく身を置いていると、JBLの音に、ものすごくあこがれてくる。しかし反面、一旦、PM510の世界に身を置いてみると、薄いヴェールを被ったこの美の世界を、ひとつの対極として大切にしなくてはなるまい、とも思う。
 JBLが、どこまでも再生音の限界をきわめてゆく音とすれば、その一方に、ひとつの限定された枠の中で、美しい響きを追求してゆく、こういう音があっていい。組合せをあれこれと変えてゆくうちに、結局、EMT927、レヴィンソンLNP2L、スチューダーA68、それにPM510という形になって(ほんとうはここでルボックスA740をぜひとも比較したいところだが)、一応のまとまりをみせた。とくにチェロの音色の何という快さ。胴の豊かな響きと倍音のたっぷりした艶やかさに、久々に、バッハの「無伴奏」を、ぼんやり聴きふけってしまった。
 同じイギリスのモニター系スピーカーには、前述のようにこれ以前には、KEFの105/IIと、スペンドールBCIIIがあった。それらとの比較をひと言でいえば、KEFは謹厳な音の分析者。BCIIIはKEFほど謹厳ではないが枯淡の境地というか、淡々とした響き。それに対してPM510は、血の気も色気もたっぷりの、モニター系としてはやや例外的な享楽派とでもいえようか。その意味ではアメリカUREIの方向を、イギリス人的に作ったらこうなった、とでもいえそうだ。こういう音を作る人間は、相当に色気のある享楽的な男に違いない、とにらんだ。たまたま、輸入元オーデックス・ジャパンの山田氏が、ロジャースの技術部長のリチャード・ロスという男の写真のコピーをみせてくれた。眉毛の濃い、鼻ひげをたくわえた、いかにも好き者そうな目つきの、まるでイタリア人のような風貌の男で、ほら、やっぱりそうだろう、と大笑いしてしまった。KEFのレイモンド・クックの学者肌のタイプと、まさに正反対で、結局、作る人間のタイプが音にもあらわれてくる。実際、チャートウェルでステヴィングスの作っていたときの音のほうが、もう少しキリリと引緊っていた。やはり二人の人間の性格の差が、音にあらわれるということが興味深い。
 ひとつだけ、補足しておかなくてはならないことがある。PM510はいうまでもなく専用スタンド(または相当の高さの台)に載せることはむろんだが、左右に十分にひろげて、なおかつ、スピーカーの背面および両サイドに、十分のスペースをとる必要がある。これはイギリス系の新しいモニタースピーカーを生かす場合の原則である。

ヤマハ FX-3

菅野沖彦

ステレオサウンド 55号(1980年6月発行)
特集・「’80ベストバイコンポ209選」より

 ヤマハFX3はベストセラーのNS1000Mに準ずるユニット構成の3ウェイ。36cm口径とウーファーは大きくなっているが、スコーカー、トゥイーターは同口径のベリリウム振動板をもつ。しかし全く同一のものではないらしい。かなり迫力ある表現力の豊かなシステムで、フロアー型としてのゆとりを聴かせる。

B&O Beogram4004

井上卓也

ステレオサウンド 55号(1980年6月発行)
特集・「’80ベストバイコンポ209選」より

 光学センサーによる電子制御フルオートプレーヤーの、世界最初の製品4002の改良モデル。リニアトラッキングアームにはMMC20EN付、ターンテーブルはベルトドライブ型、操作軽の変更の他に、リモートコントロールが可能になったことが、このモデルの特長。

パイオニア Exclusive P3

瀬川冬樹

ステレオサウンド 55号(1980年6月発行)
「ハイクォリティ・プレーヤーシステムの実力診断」より

●音質/今回とりあげた製品の中でも、非常に感心した。たとえばマイクロの糸ドライブのように調整の多少のコツを要する製品を最良のコンディションに整えたときの音、あるいは、EMT930を今回のように特殊な使い方をしたときの音、の二つの例外を除けば、完成品プレーヤーとして、これぐらい見事な音を聴かせた製品は唯一といってもほめすぎではない。第一に音が生きている。ひとつひとつの音にほどよい肉附きが感じられ、弾力的で、素晴らしく豊かな気分を与える。音が妙に骨ばったり、ことさら乾きすぎたりせず、中庸を保ちながら、しっとりと美しい響きが満喫できる。音の重心が低く、音楽を支える低音の土台がしっかりしている。おそらくそのためだろう、中〜高域でもきわどい音を全く聴かせないから、どんなにカッティングレベルの高い部分でも、聴き手をハラハラさせるような危ない音が出てこない。アメリカ製大型乗用車のあの、悠揚せまらざる乗心地のよさに似ている。音が生きているといったが、たとえば音の鮮度の高さとか、みずみずしさ、といった点では、ケンウッドL07Dに一歩譲るかもしれない。けれど、まるで装置全体が変わってしまったかのように、つい、いつまでも楽しんでしまいたい気分にさせる。決して安くはないが、音質、仕上げとも十分に使い手を満足させる。
 ステレオの音像もみごとで、中央が薄手になったりせず、奥行きと厚みを感じさせながら広がりも定位も十分。ひとことでいえば重厚な雰囲気を持った楽しい音、という印象。
●デザイン・操作性/ずいぶん大きく、重々しい雰囲気。だがこの大きさや構造ゆえに右の音質が得られたのだとしたら、文句はいえない。ターンテーブルのトルクは十分で、スタート・ストップの歯切れよく気持がいい。アームの調整も馴れれば容易。しいていえばアームリフターのレバーが奥にあるのは不満。

トーレンス TD126MKIIIC

瀬川冬樹

ステレオサウンド 55号(1980年6月発行)
「ハイクォリティ・プレーヤーシステムの実力診断」より

●音質/オリジナルアームつきと、アームなしと、両方の製品がある。まず、アーム自体の性能のよくわかっているAC3000MCとの組合せから試聴した(リン・ソンデックよりひとまわり大きいので、国産アームが無理なくとりつけられる点は便利)。総体に穏やかでウェルバランスといいたい安定感がある。ことにクラシックのオーケストラや弦合奏、そして今回の試聴盤の中でもなかなか本来の味わいの出にくいフォーレのVnソナタなどが、とても優雅に、音楽の流れの中にスッと溶け込んでゆけるような自然さで鳴る。反面、ポップス系では、同席していた編集の若いS君、M君らは、何となく物足りないと言う。その言い方もわからないではない。たとえばL07Dの誰にでもわかる音の鮮明な粒立ち、あるいはLP12の、ことさらに粒立ちを意識させないまでも明るく音離れのよい爽快感。そうした音と比較すると、いくぶん暗く沈みがちに聴こえる点に、好き嫌いが出そうだ。本来の音が穏やかなのに加えて、音量感がほんのわずか減ったような印象を与えるところがあるので、それが聴きようによってはマイナス要因になるかもしれない。ところでオリジナルアームのほうだが、同じカートリッジをつけかえたとき、総体に音のスケールや音量感までも小さくなったように聴きとれる。中域が張ってきて、相対的に音域がやや狭く、Dレンジもまた狭まったかに感じられる。専用のカートリッジはEMT製だが、オリジナルのXSD15をACと組み合わせた音にくらべてかなり貧相だ。
●デザイン・操作性/以前の製品にくらべてツマミ類が何となく安手な感触になっているのが残念だが、比較的小型にうまくまとめられて、大げさでない点がいい。横揺れしやすいので、床がしっかりしていないと、外部からの振動で針が飛びやすい。設置にはこの点多少の工夫が必要。

テクニクス SP-10MK2 + SH-10B3

瀬川冬樹

ステレオサウンド 55号(1980年6月発行)
「ハイクォリティ・プレーヤーシステムの実力診断」より

●音質/オリジナルのEPA100アームと、AC3000MCと、両方比較してみた。好みの問題かもしれないが、私には、AC3000MCとの組合せのときのほうが、音楽的な意味で優れていると思えた。まず音の全体的なバランスが、EPA100では中域の厚みを欠いて帯域の両端の輪郭で聴こえがちなのに対して、AC3000MCでは大掴みなバランスが整って欠点がなくなる。EPA100にはダンピングコントロールのツマミがついてるが、制動量を増すと音が沈みがちで、おとなしいがつまらない。ただ試みに出力コードをマイクロの二重構造銀線コードに変えてみたところ、中域の薄手のところがよく埋まってバランスがはるかに整ってきた。ステレオの音像も中央がよく埋まってくる。まだ楽しさには至らないにしても、テストの標準機として十分に信頼に値する音がする。同じコードでAC3000MCに替えてみると、ここに音の明るさと、充実感がいっそう増してくる。ピアノのタッチの手ごたえや音の品位の高さは、すれでもまだ満点とはいい難いが、十分に水準を越えた音質。ここにもうひと息、余韻の響きの繊細さ、響きの豊かさ、空間へのひろがり感、などが増してくれば相当なものなのだが、音がいくぶんスパッと切れすぎる点が私には不満として残る。AC3000MCならば、もっとナイーヴな雰囲気まで抽き出せるはずだという気持がどこかにあるせいだろうか。
●デザイン・操作性/専用のプレーヤーベースSH10B3との組合せはなかなかいい雰囲気を持っている。スタート・ストップの明快で歯切れよく信頼感のある点は、さすがにテクニクスの自慢するだけのことはあって見事のひと言に尽きる。ただ、ON/OFFのボタン(というよりもプレート)と、速度切替スイッチのボタンの位置や感触という点では、人間工学的にもう一歩研究の余地がありそう。

ソニー PS-X9

瀬川冬樹

ステレオサウンド 55号(1980年6月発行)
「ハイクォリティ・プレーヤーシステムの実力診断」より

●音質/附属のカートリッジ(XL55Pro)は参考にとどめ、他機と同じくMC30、EMT、DL303を主に試聴した。こんにちのように高級プレーヤーの音質の解析が深くおこなわれる以前の製品としては、相当に水準の高い音を聴かせる。切れこみがよく、鮮度の高い印象の音がする。ただ、パーカッションが一発パッと入ると、音のスペクトラムが中〜高域寄りに散る感じがあって、大型機の割に低音の土台の支えが弱く、表面的な派手さで聴かせる傾向がわずかにあって、本当の充実感ではなく、どことなく空威張り的な音といえる。内蔵のヘッドアンプのほうに切換えてみると、MC30に対しては少々ゲイン不足で残留ノイズがいくぶん耳につく。附属カートリッジとの相性はさすがによく、ゲインは充分。音が一杯に出て、いかにも情報量が多い、という印象を与えるが、私の耳にはどうしても本当の充実感にきこえにくい。ずっと以前、本誌48号でのブラインドテストのときとは印象が違うのは、あのときのテスト機は、あとから本調子が出ていなかったことがわかったそうで、フローティングの有無によっても音が変わるそうだ。
●デザイン・操作性/スイッチ類の配置は仲々キメ細かく、感触も仕上りも上出来である点はさすが。ただし、プレーヤー右手前の部分は、アームの操作のために右手が頻繁に往復するので、速度切替スイッチのボタンの軽いタッチが仇となって、不用意に触れてしまうおそれがあり、人間工学的にはここが問題点となる。アームは素晴らしい精度で組立てられていて、ゼロバランスをとってみると、感度の良さでは今回のテスト機中一〜二を争う出来栄えであることがわかる。スタジオ機的雰囲気は、EMTがイメージとしてあるように思えるが、いかにもソニーらしい手馴れた創りと仕上げに、魅力を感じる愛好家も多いことだろう。

ケンウッド L-07D

瀬川冬樹

ステレオサウンド 55号(1980年6月発行)
「ハイクォリティ・プレーヤーシステムの実力診断」より

●音質/音の鮮明度、あるいは鮮鋭度、立上りの良さ、解像力や粒立ちの良さ……といった要素を際立たせて聴かせる。その意味では今回のテスト機中の最右翼と言ってよいかもしれない。二〜三の予備テストの結果、このプレーヤーのアームは、ヘッドシェルやカートリッジの相性にかなり神経質であるように思え、専用のシェルにDL303をとりつけた組合せが最良だったのでそれを中心に試聴した。さらに、センタースピンドルにトリオ製のスタビライザーと、もうひとつ、トリオ独特のレコード外周にタガをはめる形のスタビライザーを併用してみた。音のけじめがはっきりして解像力が上るが、正直のところ、レコード1枚ごとにこれらスタビライザーをはめて聴くのは私はご免蒙りたい。いずれにしてもこの音は、どちらかといえばジャズ、ポップス系の叩く、はじく、音に長所を発揮するようだが、クラシック系、ことに弦や木管の音は、ときとしてきつすぎ、コントラストのつきすぎの感じに聴こえて、私には違和感があってついてゆけない。おそらく、クラシック系の愛好家、あるいはポップスでも穏やかな音で聴きたい人はP3を、またポップス系中心に鮮烈な生々しさを求める人はL07Dを、それぞれ評価すると思う。少なくともP10のどっちつかずの音よりも、ひとつの方向で徹底しているという点で面白い。
●デザイン・操作性/電源が別ユニット。メカニックでどこか実験機的だ。アームレストの位置がターンテーブルに近すぎたり、アンチスケーティングの糸のかけ難さ、その反面のはずれ易さ、等々、メカ的には未消化の部分多く、メカ設計者のひとりよがりと、意匠デザイナーの未熟さが目立つ。凝りすぎの部分と、そうでない部分がひどくアンバランス。外部振動から一切逃げていない構造なので、ハウリングには弱く、置き台や置き方に工夫の必要がある。

EMT 930st + 930-900

瀬川冬樹

ステレオサウンド 55号(1980年6月発行)
「ハイクォリティ・プレーヤーシステムの実力診断」より

●音質/中音域から低音にかけて、ふっくらと豊かで、これほど低音の量感というものを確かに聴かせてくれた音は、今回これを除いてほかに一機種もなかった。しいていえばその低音はいくぶんしまり不足。その上で豊かに鳴るのだから、乱暴に聴けば中〜高音域がめり込んでしまったように聴こえかねないが、しかし明らかにそうでないことが、聴き続けるうちにはっきりしてくる。ことに優れているのが、例えばオーケストラのバランスと響きの良さ。まさにピラミッド型の、低音から高音にかけて安定に音が積み上げられた見事さ。そしてヴァイオリン。試聴に使ったフォーレのソナタの、まさにフォーレ的世界。あるいはクラヴサンの胴鳴りが弦の鋭い響きをやわらかく豊かにくるみ込んで鳴る美しさ。反面、ポップスのもっと鋭いタッチを要求する曲では、ときとしてL07Dのあの鮮鋭さにあこがれるが、しかし一見ソフトにくるみ込まれていて気づきにくいが、打音も意外にフレッシュだし、何よりもバスドラムの重低音の量感と、皮のたるんでブルンと空気の振動する感じの低音は、こんな鳴り方をするプレーヤーが他に思いつかない。なお、試聴には本機専用のインシュレーター930−900を使用したが、もし930stをインシュレーターなしで聴いておられるなら、だまされたと思って(決して安いとはいえない)この専用台を併用してごらんになるよう、おすすめする。というより、これなしでは930stの音の良さは全く生かされないと断言してもよい。内蔵アンプをパスするという今回の特殊な試聴だが、オリジナルの形のままでもこのことだけは言える。
●デザイン・操作性/スタジオプレーヤーとして徹底した設計であるため、一般愛好家が使うには違和感もあるかもしれないが、使ってみれば納得、という感じ。昨日今日でっち上げられた製品とは格が違う。

「My Best3」

瀬川冬樹

ステレオサウンド 55号(1980年6月発行)
特集・「’80ベストバイコンポ209選」より

●スピーカー
 オーディオ機器の音質の判定に使うプログラムソースは、私の場合ディスクレコードがほとんどで、そしてクラシック中心である。むろんテストの際にはジャズやロックやその他のポップス、ニューミュージックや歌謡曲も参考に試聴するにしても、クラシックがまともに鳴らない製品は評価できない。
 ところがその点で近ごろとくにメーカー筋から反論される。最近のローコストの価格帯の製品を買う人は、クラシックを聴かない人がほとんどなのだから、クラシック云々で判定されては困る、というのである。クラシックのレコードの売上げやクラシックの音楽会の客の入り具合をみるかぎり、私には若い人がクラシックを聴かないなどとはとうてい信じられないのだが、しかし、ともかく最近の国産のスピーカーのほとんどは、日本人一般に馴染みの深い歌謡曲、艶歌、そしてニューミュージックの人気歌手たちの、おもにTVを通じて聴き馴れた歌声のイメージに近い音で鳴らなくては売れないと、作る側がはっきり公言する例が増えている。加えて、繁華街の店頭で積み上げられて切替比較された時に、素人にもはっきりと聴き分けられるようなわかりやすい味つけがしてないと激しい競争に負けるという意識が、メーカーの側から抜けきっていない。
 そういう形で作られる音にはとても賛成できないから、スピーカーに関するかぎり、私はどうしても国産を避けて通ることが多くなる。いくらローコストでも、たとえばKEFの303のように、クラシックのまともに鳴るスピーカーが作れるという実例がある。あの徹底したローコスト設計を日本のメーカーがやれば、おそろしく安く、しかしまともな音のスピーカーが作れるはずだと思う。
 KEF303の音は全く何気ない。店頭でハッと人を惹きつけるショッキングな音も出ない。けれど手もとに置いて毎日音楽を聴いてみれば、なにもクラシックといわず、ロックも演歌も、ごくあたり前に楽しく聴かせてくれる。永いあいだ満足感が持続し、これを買って損をしたと思わせない。それがベストバイというものの基本的な条件で、店頭ではショッキングな音で驚かされても、家に持ち帰って毎日聴くと次第にボロを出すのでは、ベストバイどころではない。売ってしまえばそれまでよ、では消費者は困るのだ。
●アンプ・FMチューナー
 アンプやチューナーの音質は、その点もっとまともで正攻法で作られる。したがって、国産のローコスト機の中に、良い製品をかなり見出すことができる。だが単にまともであるだけでなく、やはり音楽を生きた姿で蘇らせ、聴き手に音楽を聴く喜びを持続させてくれなくては、真の良い音とはいえない。こんにちの技術では、プリメイン一体型でも相当に水準の高いアンプは作れる。それをあえて分割し、割高を承知でプリメインでは不可能な電子回路の限界に挑むのがセパレート。私はそう考えているから、セパレートタイプに対する要求は一段ときびしい。しかもなお、数多くの製品の中から、あえてわざわざその製品を選び出すだけの明確な魅力が、音質にも外観にも現われていないくては、セパレートを入手する満足感が薄れる。
●プレーヤーシステム
 プレーヤーシステムは難しい。今回別項で高価格帯グループの比較試聴をしてみて、その思いのほかの音質の差を体験してみると、最近の新製品競争で生まれてきた大半の製品を、本当によく聴き比べたとは私は言えない。この部門は投票を棄権したいくらいだ。ただ、メーカーのこれまで実績や、シリーズの中の何機種かを試聴した体験とで、かろうじて選び出したという形。
●カートリッジ
 カートリッジは、スピーカーと別の意味で国産にどうしても冷たい態度をとりたくなる。それは価格である。輸入品と国産品の価格差がほとんどないというのはどこかおかしい。価格体系さえ修整されるなら、国産カートリッジは音質の点では相当な水準に達している。
●カセットデッキ
 カセットデッキは、個人的にテストの機会がほとんど与えられていないので棄権させていただいた。
          *
 投票結果が一覧表になってみると、例によって自分としては入れたかった製品が入選してなかったり、逆に思わぬ製品が入ってたりする。多数決制では多少矛盾は止むをえないことだろう。

●スピーカーシステム
 JBL 4343B(WX) ¥720,000 (730,000)
 JBL L150 ¥250,000
 KEF Model 303 ¥62,000
●プリメインアンプ
 ケンウッド L-01A ¥270,000
 ラックス L-58A ¥149,000
 サンスイ AU-D607 ¥69,800
●コントロールアンプ 
 マークレビンソン LNP-2L ¥1,460,000
 マークレビンソン ML-6L ¥1,460,000
 アキュフェーズ C-240 ¥430,000
●パワーアンプ
 ルボックス A740 ¥598,000
 マイケルソン&オースチン TVA-1 ¥560,000
 アキュフェーズ P-400 ¥410,000
●プレーヤーシステム
 マイクロ RX5000 + RY-5500 ¥470,000
 パイオニア Exclusive P3 ¥530,000
 EMT 930st ¥1,258,000
●カートリッジ
 デンオン DL-303 ¥45,000
 オルトフォン MC20MKII ¥53,000
 オルトフォン MC30 ¥99,000
●FMチューナー
 パイオニア Exclusive F3 ¥250,000
 アキュフェーズ T-104 ¥250,000
 ケンウッド L-01T ¥160,000
●カセットデッキ
 テクニクス RS-M88 ¥145,000
 サンスイ SC-77 ¥73,800
 ヤマハ K-1a (B) ¥98,000

パイオニア PL-50(L)

井上卓也

ステレオサウンド 55号(1980年6月発行)
特集・「’80ベストバイコンポ209選」より

 独自のSHローター方式モーターとオイルダンプ型のアームを採用したマニュアルプレーヤーで、型番末尾にLの付くタイプは、オートリフトアップ機構を加えた製品。音は穏やかだが安定感があり、各種カートリッジのキャラクターを素直に引出し聴かせる。

デンオン SC-307

井上卓也

ステレオサウンド 55号(1980年6月発行)
「SOUND QUARTERLY 話題の国内・海外新製品を聴く」より

 デンオンのSC304以上のシステムは、デンマーク・ピアレス社と共同開発のユニットを採用した点が国内製品としてユニークな存在であり、国産ユニットとはひと味ちがったユニットのキャラクターを充分に引き出した独自のサウンドと完成度の高さはすでに定評が高いが、SC304/306につづき、今回SC307が第2世代の300シリーズの型番で発売された。
 ユニット構成は従来のSC107を受け継いだ3ウェイ・5スピーカーシステムだ。ウーファーは、25cmユニット×2のツイン駆動方式。軽量振動系で35cmウーファーに匹敵する振動面積をもち、
ユニット振幅が少なくリアリティが優れる特長をもつ。10cmスコーカーはフレーム一体構造のダイキャストバックチャンバー付で、裏面に制動材を塗布したノンプレスコーンとアルミボイスコイルボビン採用。トゥイーターは5cmコーン型のパラレル接続ツイン駆動だ。
 エンクロージュアは65・5ℓ密閉型。2種類のグラスウール、アルミ箔ラミネート型ブチルゴム制動、補強棧レス、ユニットは独自のサンドイッチ支持方式取付け。ネットワークは、コンデンサーは全て2個並列使用、種類はアルミ・プレーン箔電解、メタライズドフィルム型だ。
 本機はSC107に比較し、フラットな帯域感、素直な高域の伸び、粒立ちの細やかさなど完成度が格段に向上した。

サンスイ XR-Q9

井上卓也

ステレオサウンド 55号(1980年6月発行)
特集・「’80ベストバイコンポ209選」より

 独自の構想に基く、最適支持方式を採用したストレート型アーム。磁気検出型の自社開発クォーツロックDD型モーター、大型の3本のダイキャスト型脚部に吊り下げ構造を組み合わせた、ユニークなサスペンション方式のプレーヤーベースを備えた高性能フルオート機。

ダイヤトーン DP-EC3

井上卓也

ステレオサウンド 55号(1980年6月発行)
特集・「’80ベストバイコンポ209選」より

 光学センサーによる30cmと17cm盤の自動サイズ選択と速度、、ターンテーブル上のレコードの有無をはじめフールプルーフに使えるフルオートプレーヤーである。ナチュラルな帯域感と素直な音は常用するにふさわしい製品である。

ビクター QL-Y5

井上卓也

ステレオサウンド 55号(1980年6月発行)
特集・「’80ベストバイコンポ209選」より

 Y7とシリーズをなす最新のセミオートプレーヤー。トーンアームは、電子式ダイナミックバランス型で、針圧、アンチスケート、ダンピングは独立した調整ツマミで電気的にコントロールできるのが最大の特長。伸び伸びとした力強い音は、聴いていて大変に心地よい。

デンオン DP-40F

井上卓也

ステレオサウンド 55号(1980年6月発行)
特集・「’80ベストバイコンポ209選」より

 独自の開発による無接触式電子制御フルオート機構を採用したクォーツDD型プレーヤー。前面操作型でダストカバーを閉じたまま、レコード盤上の任意の位置に針先を落とせるポジションセレクター、電子式アンチスケートなどを備える。安心して使える中級機である。

ヤマハ MC-7

井上卓也

ステレオサウンド 55号(1980年6月発行)
特集・「’80ベストバイコンポ209選」より

 独特な垂直・水平発電系をもち、マトリックスにより出力を取出すユニークな構想によるMC型だ。力強く、ダイレクトな音は、このタイプ独特の魅力。

アントレー EC-15

井上卓也

ステレオサウンド 55号(1980年6月発行)
特集・「’80ベストバイコンポ209選」より

 MC専門メーカーらしいアントレーのヤング向けモデル。活気のあるフレッシュな表情とMC型らしい分解能の高い音はバーサタイルに使える。

ヤマハ P-750

井上卓也

ステレオサウンド 55号(1980年6月発行)
特集・「’80ベストバイコンポ209選」より

 低共振の左右対称ストレート型ARSアームがフレッシュな印象を与えるクォーツロックDDフルオートモデル。ヘッドシェルはネジで着脱可能であり、パイプ状をスライドする針圧ウェイとは大変に使いやすい。帯域感が広く、シャープでクリアーな音が特長である。

デンオン DL-103

井上卓也

ステレオサウンド 55号(1980年6月発行)
特集・「’80ベストバイコンポ209選」より

 独自の十字型巻枠を採用したデンオンMC型の原型ともいえる製品。ナチュラルなレスポンスと安定感のある音は、現在でもリファレンス的だ。

パイオニア PL-30(L)

井上卓也

ステレオサウンド 55号(1980年6月発行)
特集・「’80ベストバイコンポ209選」より

 中級機として定評があるPL50(L)のジュニアタイプのマニュアル機だ。上級機種と同等な重量級ターンテーブルをベースに、リジッドな構造のアームを採用し、安定感のある音が特長であり、まさしくベストバイだ。型番末尾のLはオートリフト付のモデル。

サンスイ FR-Q5

井上卓也

ステレオサウンド 55号(1980年6月発行)
特集・「’80ベストバイコンポ209選」より

 エレクトロニクス制御のトーンアームを備えたフルオード型のシステム。ーたーはクォーツロック方式のDD型で自社開発であるのが特長。付属カートリッジは、エンパイア製で2000の相当品だが、中域の充実した活気のある音は、このクラスでは抜群である。

グレース F-8L’10

井上卓也

ステレオサウンド 55号(1980年6月発行)
特集・「’80ベストバイコンポ209選」より

 10年間のロングセラーを誇るF8Lに、F9で得た技術を導入した、いわば記念モデルである。針先はアドバンスド・ルミナルトレース型。

10万円以上の’80ベストバイ・カセットデッキ

井上卓也

ステレオサウンド 55号(1980年6月発行)
特集・「’80ベストバイコンポ209選」より

 10万円以上は、いわゆる高級デッキの存在する価格帯である。基本的には、15万円台をボーダーラインとして分割して考えられる。
 10〜15万円の価格帯では、メタル対応モデルが各社から比較的早く製品化されたため、昨年のオーディオフェアを境に新旧の世代が分かれているが、やはり、新しいモデルにメリットが大きい。
 まず、10万円に近い価格では、基本的に、9万円台のわずかに性能向上や機能が増したモデルが多く、選択はシビアになる。高級機らしさを性能、機能、構造に求めれば、やはり14〜15万円台で、定評のあるメーカーのトップモデルか、昨秋以降の新製品を選べば、普及機では考えられないようなメタルテープの凄さを満喫できよう。また、このクラスはLH、コバルトテープの音が、一格異なった味であるのも楽しい。
 15万円以上は本来のスペシャリティで、メーカーも限定されるが、新世代のこのクラスデッキは、使い方さえ正しければ、普及型のプレーヤーシステムとは比較にならない、高性能と高クォリティの音を聴くことができる。