トーレンス Reference

瀬川冬樹

ステレオサウンド 56号(1980年9月発行)
「Best Products 話題の新製品を徹底解剖する」より

 トーレンス・リファレンス。この大きさとボリュウム感が、印刷された写真からはたしてどれほど、実感として伝わるのだろうか。たとえばターンテーブル。本体の中央にむしろ小さくみえるけれど、直径はむろん約30センチ。その直径から厚みを推測して、これだけの量感のあるターンテーブルをなお小さくみせる本体の大きさというものを想像して頂ければ、ようやく、これが只ものでない超大型のプレーヤーであることが、おぼろげながら理解されはじめる。
 そこに、スペックに印された寸法をあてはめてみる。さらに、90キログラム、という重量を思い浮かべてみると、どうやらこの製品の全貌がみえてくる。
 全体の渋いモスグリーン(苔緑色)系のメタリック半艶塗装。四隅に屹立する太い柱は、本体を吊っている支持枠(サスペンションハウジング)で、本ものの金メッキがほどこされている。本体の塗装の色は、おゆらく、この金色に最もよくあった色が選ばれたにちがいない。アームベースやパネルを締めつけている小さなネジもすべて金メッキである。
 ベルトドライブのターンテーブルに、アーム3本が取付可能のマニュアル式プレーヤー。??機能としてはそれだけ。こう言ってしまうと身も蓋もないが、それをここまでの物凄さに作り上げたトーレンスの真意は、いったいどこにあるのだろうか。
 ことしの3月に、パリの国際オーディオフェア(アンテルナシォナル・フェスティヴァル・デュ・ソン)に出席の途中に、スイスに立寄ってトーレンス社を訪問した。そのときすでにこの製品の最初のロット約10台が工場の生産ラインに乗っていたが、トーンレス本社で社長のレミ・トーレンス氏に会って話を聞いてみると、トーレンス社としても、これを製品として市販することは、はじめ全く考えていなかった、のだそうだ。
「リファレンス」という名のとおり、最初これはトーレンス社が、社内での研究用として作りあげた。
アームの取付けかたなどに、製品として少々未消化な形をとっているのも、そのことの裏づけといえる。
 製品化を考慮していないから、費用も大きさも扱いやすさなども殆ど無視して、ただ、ベルトドライヴ・ターンテーブルの性能の限界を極めるため、そして、世界じゅうのアームを交換して研究するために、つまりただひたすら研究用、実験用としてのみ、を目的として作りあげた。
 でき上った時期が、たまたま、西独デュッセルドルフで毎年開催されるオーディオ・フェアの時期に重なっていた。おもしろいからひとつ、デモンストレーション用に展示してみようじゃないか、と誰からともなく言い出して出品した。むろん、この時点では売るつもりは全くなかった??、ざっと原価計算してみても、とうてい売れるような価格に収まるとも思えない。まあ冗談半分、ぐらい気持で展示してみたらしい。
 ところが、フェアの幕が開いたとたんに、猛反響がきた。世界各国のディーラーや、デュッセルドルフ・フェアを見にきた愛好家たちのあいだから、問合せや引合いが殺到したのだそうだ。あまりの反響の大きさに、これはもしかしたら、本気で製品化しても、ほどほどの採算ベースに乗るのではないだろうか、ということになったらしい。いわば瓢箪から駒のような形で、製品化することになってしまった……。レミ・トーレンス氏の説明は、ざっとこんなところであった。
 トーレンスとEMTは、別項の工場訪問記にも書いたように、同じ工場の、同じラインで組立てられている。ただ、トーレンスが一般コンシュマー用、EMTがプロフェッショナル用という、厳然とした区別があって、管理から販売に至るまで完全に独立している。言いかえれば「リファレンス」がトーレンス・ブランドで発表されているということは、この製品が全く、プロフェッショナル用ではないことを表している。現実に、プロの現場(たとえば放送局の送り出し用、レコード会社や録音スタジオでのプレイバック用等)としては、どう考えてもおそろしく扱いにくい製品で、結局これは、超マニア用として作られたとしか、思えない。というよりも、正確には、前述のようにこれは、トーレンスの社内での実験用マシーンであったのだ。
 だが、トーレンス社があえて、おそろしいような価格をつけて市販に踏み切ったからには、なにがしかの成算あってのことに違いあるまいと、誰しもが思うのは当然ではないだろうか。
 なるべく手間や材料を省略して安く物を作ろうという風潮が支配的になっているこんにち、およそこれほど、無駄のかたまりとも思える物量と、手間とを投入した製品は、珍品と言いたいほど例外的な存在だ。
 組立の終った「リファレンス」が、本誌の試聴室に設置された。もう何回も眺めてきたのに、いままで工場その他の広い場所ばかりで見てきたせいか、こうしてふつうの広さの部屋で、目の前に置いてみると、改めて、大きい、と思う。いや、大きさもさることながら前述のモスグリーンと金色との豪華な質感と全体の量感、そして、みるからに質の高い加工の美しさのハーモニイを眺めると、何ともいえない凄みを感じる。初めて見た人は、誰もが、うわあ! と思わす驚きの声を上げる。もうそれだけで、このシステムから、悪い音など出るはずがない、という気持にさせる。
 サンプルとして入荷した第一便には、三台のアームベースのうち、二台に、EMTとトーレンスのアームがそれぞれ、とりつけられ、一台分だけ空白になっていた。私は、その音をよく知りつくしているオーディオクラフトのAC3000MCをそこにとりつけてもらった。EMT、トーレンスの各アームには、それぞれの専用カートリッジしかとりつけられない。そこで、それ以外のカートリッジをACにとりつけて聴いてみようというわけである。
 参考として、本誌前号(55号)のテストの際、私個人が最も良いと思った三機種??エクスクルーシヴP3、マイクロ5000(二連)+AC40000MC、それにEMT930stを、内蔵のアンプを通さずに直接出力を引き出すように手を加えたモデル(専用インシュレーターつき)??を、比較試聴用に再び用意してもらった。デンオンDL303、オルトフォンMC30、それにEMT/XSD15の三個のカートリッジで、エクスクルーシヴとマイクロを聴いて、前号の印象と変わりないことをまず確かめた。厳密にいうと、マイクロについては前号と設置および調整の条件が多少異っていたため、前号と同じ音質にはならなかったが、印象としてはむしろ前回を上廻る部分さえあった。それらの詳細については本誌55号をご参照いただきたい。
 前記二機種が、こんにちのプレーヤーシステムの中ではそれぞれにきわめて水準の高い音質を堪能させてくれたあとで、EMT930stにTSD15をとりつけて、内蔵ヘッドアンプを通さずに(ということは、内蔵アンプが悪いという意味ではない。いやむしろ内蔵のアンプの独特の音質の美しさこそ、EMTの特長でもあるのだが、あえてそれを使わないというのは、他のプレーヤーの試聴と条件を合わせるというだけの意味にすぎない)直接、出力をとり出した音を聴いてみると、中音から低音にかけて甘く量感のある安定感に支えられて鳴ってくる音の、くるみ込まれるような豊かな響きの美しさに陶然とさせられる。そのことも55号には書いた。
 さて、そうした音を聴いた直後に聴く「リファレンス」の音質である。とくにEMT930stとの比較のために、カートリッジはTSD15一個をつけかえ、さらに、トーレンスに付属している独特のコレットチャック式(締めつけ式)のスタビライザーも共用して、聴きくらべた。つまり違うのは、モーターのドライブシステムと、ターンテーブルおよびそれを支えるベースとサスペンションだけ、ということになる(アームは同じものがついているのだから)。厳密にいえば、アームからの引出コードは違う。トーレンス・リファレンスには、最初から先方でつけてきたコードがついているし、EMT930のほうは、本誌で改造した国産コード龍用品だ。
 しかし、同じレコードを交互に乗せかえて比較したかぎり、この音質のちがいは、とうていコード一本の差といった小さなものではないことが、誰の耳にも容易に聴きとれる。
 EMTのTSD(およびXSD)15というカートリッジを、私は、誰よりも古くから使いはじめ、最も永い期間、愛用し続けてきた。ここ十年来の私のオーディオは、ほとんどTSD15と共にあった、と言っても過言ではない。
 けれど、ここ一〜二年来、その状況が少しばかり変化しかけていた。その原因はレコードの録音の変化である。独グラモフォンの録音が、妙に固いクセのある、レンジの狭い音に堕落しはじめてから、猛数年あまり。ひと頃はグラモフォンばかりがテストレコードだったのに、いつのまにかオランダ・フィリップス盤が主力の座を占めはじめて、最近では、私がテストに使うレコードの大半がフィリップスで占められている。フィリップスの録音が急速に良くなりはじめて、はっきりしてきたことは、周波数レンジおよびダイナミックレンジが素晴らしく拡大されたこと、耳に感じる歪がきわめて少なくなったこと、そしてS/N比の極度の向上、であった。とくにコリン・デイヴィスの「春の祭典」あたりからあとのフィリップス録音。
 この、フィリップスの目ざましい進歩を聴くうちに、いつのまにか、私の主力のカートリッジが、EMTから、オルトフォンMC30に、そして、近ごろではデンオンDL303というように、少しずつではあるが、EMTの使用頻度が減少しはじめてきた。とくに歪。fffでも濁りの少ない、おそろしくキメこまかく解像力の優秀なフィリップスのオーケストラ録音を、EMTよりはオルトフォン、それよりはデンオンのほうが、いっそう歪少なく聴かせてくれる。歪という面に着目するかぎり、そういう聴き方になってきていた。TSD15を、前述のように930stで内蔵アンプを通さないで聴いてみてでも、やはり、そういう印象を否めない。
 ところがどういうことなのだろう。トーレンス・リファレンスで鳴らしてみると、930stと同じアーム、同じカートリッジの音が、明らかに1ランク以上、改善されて聴こえる。930stよりも、周波数レンジが広く聴こえる。音の表現力の幅がグンとひろがる。同じ針圧をかけているのに、トレース能力まで増したかのように、聴感上の歪が軽減された印象になる。EMT930stでも、国産機と比較するとずいぶん低音が豊かに感じられたのに、トーレンス・リファレンスの低音は、いっそう豊かでいっそう充実している。そして低音の豊かさが、中〜高域にかぶてっこない。したがって音はクリアーで、ディテールはいっそう明瞭になる。とくに、オーケストラの強奏でその点が際立ってくる。音の伸びが良い。たとえば、カラヤン/ベルリン・フィルの「ローマの泉」の第二曲(朝のトリトンの噴水)のふん非違の吹き上がる部分。リファレンスの音は、ほんとうに水しぶきが上がってどこまでも吹き上げる。水のしぶきに、ローマの太陽が燦然ときらめき映える。このレコードの音は、ずいぶんきわどく録音されているが、しかしやかましいという感じにならない。残念ながら、私が目下愛用しているマイクロ二連ドライブ+AC4000MC、それにMC30では、どうしても少々上ずる傾向になりがちだ。エクスクルーシヴとEMT930stでは、しぶきが十分な高さに吹き上がらない。そういう迫真力で格段の差を聴かせておきながら、少々傷んだレコードをかけてみても、他のプレーヤーよりその傷みからくる音の荒れが耳につきにくいというのは、何ともふしぎである。
 結局のところ、EMTのアームとTSDカートリッジを組合せるかぎり、こんにちその能力を最高に抽き出すターンテーブルシステムは、この「リファレンス」ということになるのだろうか? いや、まだひとつ、EMT927Dstとの比較が残っている。私の927を、動かす気はない。となると、「リファレンス」を私の家に持ち込んでみなくては比較はできない。だが930stとの差を聴くことで、ある程度の推測はつく。少なくとも、927と930は、見た目は似ていてもそこから聴かれる尾との質の高さは別格だ。となると、927と「リファレンス」とは、音のニュアンスの差であってどちらが上とはいえない、とでもいうことになるのだろうか。いちどぜひ比較してみたい。本号締切り間際に「リファレンス」のサンプル入荷がようやく間に合ったという状態なので、残念ながらその比較の機会が作れなかった。
 ところで、他のアームとカートリッジの音質はどうか。
 まずトーレンスのオリジナルアームと、MCカートリッジ(EMTと基本は似ていて、同じ製造ラインで作られている)。この組合せは、本誌55号でトーレンスTD126MKIIIの試聴の際に、一度聴いている。しかし、さすがにターンテーブルシステムの能力が上がるということはおそろしいもので、TD126のときには、音域やDレンジの限界のようなものを感じさせたのに、その限界が格段にひろがって、これはこれで相当に良いアームとカートリッジだと思わせる。が、しかし三百五十万円のシステムの音、としてみると、やはりこれでは少しものたりない。というより、EMTオリジナルという凄い音が一方にあるために、どうしても聴き劣りしてしまうのだろう。トーレンス社としては面子にかけてどうしてもとりつけたいのだろうが、この「リファレンス」ほどのシステムを使う日本の厳しい愛好家にとっては、トーレンスアームとカートリッジは、そんなに必要性を感じないのではなかろうか。
 となると、興味はいよいよ、オーディオクラフトのアームに各種のカートリッジをとりつけたときのことになる。
 まずEMT用のアームパイプをとりつけ、TSD15で比較してみる。さきほど例にあげた「ローマの泉」の噴水の水しぶき、その吹上げかたが、オリジナルアームよりも少し頭打ちになる。また、きらめき方も十分ではない。ということは、「リファレンス」システム自体が、共振成分を相当に制動してあるということなのだろう。EMTのアーム自体は、共振の十分に取り除かれていないターンテーブル・システムでは、音が少々はしゃぎすぎる傾向をみせることが多い。オーディオクラフトのアームの音質が、どちらかといえばやや暗く沈みかげんになるということも、同じ理由かを裏から説明している。どうやらACアームは、マイクロ糸ドライブとの組合せが�絶妙�ということになりそうだ。
 そのことは、あとからMC30およびDL303をとりつけて聴いてみたときにもいえる。MC30に関しては必ずしも悪い音ではなく、むしろバランスのよい、過不足のない、こんにち的な音が楽しめる。ただ、「リファレンス」で鳴るEMTオリジナルの、リフレッシュされたような味の濃い音を堪能したあとでMC30+AC3000MCを鳴らしてみると、いくぶん物足りない印象を受けやすい。
 そういう印象は、DL303にするともっと極端になる。もともと、中域以下の音の厚みの出にくいカートリッジだが、EMTオリジナルの豊満な音を聴いたあとであるからばかりでなく、DL303にしてもなお、線の細い、かなり痩せた感じの音になる。DL303の、相当に潔癖なスリムな音質と、「リファレンス」の豊かな肉づきと、性格が合わないともいえるが、それよりも、残念ながら、カートリッジの格負けといった印象が強い。
 しかしそうしてみると、この「リファレンス」は、EMTのオリジナルアーム+カートリッジの能力を、最大限、発揮させるターンテーブルシステム、ということになるのだろうか。どうもそうらしい、ともいえる。が、もう少し時間をかけて、アームを調整しこみ、または別のアームにも換えてみて、可能性の範囲を追求してみれば、また別の面も聴きとれそうな気もする。
 というのは、サスペンション・ハウジングに、本体を吊っている鋼線(ワイヤー)の張力(テンション)を調整するつまみがついている。最大から最少までの幅で、本体に対する共振点を、1Hzから5Hzのあいだで調整できると説明されている。私の試聴では、張力を最もゆるめた状態、つまり1Hzの状態が良いと思った。
 ところがこの状態では、たとえばロックからフュージョン系の新しいレコードを聴く編集部のM君など、低音がゆるんでいて、とても我慢できない、というのである。彼に言わせると、張力を最も強くしたときのほうが、低音が締まって、これなら自分のレパートリィにも使える、という。このことからわかるように、ワイヤーの張力の調整によって、音質を、全体にゆるめたり引締めたりできるわけで、本機のテストだけでほとんど6時間あまりを費やしてしまったが、それでも、この時間の枠内では、ワイヤーのテンションを変化させながら最適アームをとカートリッジを探す、といった追い込みをする余裕が作れなかった。もっとも、その時間の半分以上は、ただぽかんと聴き惚れていた、というのが、正直な話なのだが。
 この「リファレンス」の構造について最後にふれておこう。
 ターンテーブルは、直径305ミリ、比較的柔らかいフェルトのシートが張ってあり、スカートの部分にはプラスチックのストロボスコープがついていて、全体の厚みは約83ミリ。引上げると、内面には部厚いドーナッツ状の合板が打込まれ、おそらく共振を制動している。ターンテーブルのサイズや大まかな形状およびいかにも精密加工された永いシャフトをみると、どうやらこれは、EMT930stのターンテーブルと、基本は同じもののように思える。ただし軸受けのほうは、ランブルを最少に保つための新開発のものだと、書いてある。ターンテーブルの重量は、制動材を含めて6・6キログラムと発表されていて、これはむろん930stより重い。
 手前のパネルには、左から速度切換(78・45・0・33)、速度微調整(±6%)。2個のシーソースイッチを間に置いて右端は電源のON−OFFスイッチが配されている。
 シーソースイッチは、アームリフターのリモートコントロールで、3本のアームのうち、2本に限り、原則としてトーレンス社で取付・調整したエレクトロニック・コントロールのアームリフターがとりつけられる。アーム取付ベース内に組込まれ、そこから出てきたコード(DINプラグつき)を、シャーシ背面で接続すると、リモートコントロールが可能になる。
 本体は、土台となる頑丈なベーシック・シャーシと、ターンテーブルおよびアームをとりつけてあるフローティング・シャーシとに分割されて、ともにアルミニウム・ダイカスト製。ベース側に例の金メッキの四本柱がとりつけられて、その天部から鋼鉄のワイヤーと、重ねた板バネ(二軸貨車などに使われる担(にない)バネのようなリーフスプリング)とで、フローティング・シャーシを吊っている。ワイヤーの途中を、ちょうど弦楽器の弦を指でおさえてピッチを変える要領で、可動式のクランプがおさえて、さきほど述べたように共振点を変える。この懸架の方法は他に類のない独特の構造で、ゴム系の制動を一切加えていない。
 フローティング・シャーシは、ターンテーブルのシャフト軸受の周囲の空間にトーレンスではアイアン・グレインと称する鉄の粒の制動材がつめこまれ、ダイカストの補強リブのあいだに形成される空洞共振をおさえ、なおかつ軸受の周囲に、Qの低いマスをつけ加えていることが、この製品の音質を相当にコントロールしているように思われる。
 駆動モーターはかなり小さい。電子的に速度を変えて3スピードを出している。ベルトのかかる軸の直径は約50ミリと非常に大きく、低速モーターであることがわかる。説明書には、「ハイトルク・シンクロナス・モーター」とあるが、トルクはこんにちの製品群の中では、むしろ弱いほう。レコードをのせてクリーナーを押しあてると、回転が停まってしまう。もう少しトルクが欲しいように思う。
 アーム取付ベースは、アルミニウム・ダイカストの枠で、アーム取付面には木製の板を使う。孔を加工しやすいように、との配慮だろうが、このように、木材とアルミニウム、といった異種材料の組合せは、共振を防止するという点でも好ましい。そしてダイカスト枠の小さな空洞にも、前述のアイアン・グレインがつめ込まれ、共振の防止はほとんど完璧といえる。
 取付枠は、大・小二種類あるが、先述したアーム・リモートコントロールのメカニズムは、小型のほうには組込めないように思う。
 この枠は、2本のビスでフローティング・シャーシに締めつけて固定するが、かなり大幅に動かすことができて、オーバーハングの調整は容易だ。ただ、ロングアームは寸法的に取付け不可能だ。アーム引出コードは、ダイカスト枠のスカート部分の切込みから引出すだけで、この辺の処理は、仕方ないとはいえ、スマートとはいい難い。
 本体とは別に、下に敷く木製のベースと、4本のサスペンションを利用して上に乗せるアクリルの蓋が付属してくる。本体の重量は90kgと公表されているから、付属品を加えると100kgを越すこともありうるわけで、この重量は、こんにちのオーディオ機器の中でも最も重く、設置場所には十二分の配慮が必要だと思う。支持枠の上部の大きなつまみを廻転させて水平どの調整はできる(水準器を内蔵している)が、土台が十分に水平を保っていないと、本体が重いだけになかなか水平度を出しにくい。ただ、優秀な懸架機構のおかげで、ハウリングの心配は殆どない。
 なお、もしも好運にこのサンプルをテストする機会のある場合、あるいはもっと好運に、この高価かつ豪華なマシーンを購入された場合、組立ての後、運転前に必ずチェックすべきことが二つある。
 第一は、ターンテーブル軸受に付属のオイルを十分に注入すること。シャフトを完全に収めた際にこぼれない範囲で、シャフトをオイル浸けにするというのが、EMT/トーレンスの基本である。少なくとも、このサンプルの到着の時点では、オイルの分量について、正確な指示が何もついてこない。私たちは、軸受周辺にティッシュペーパーを多量に敷いてオイルを多目に入れて、こぼれた分をあとからよく拭きとる、という原始的方法をとった。
 第二に、そのあとで、駆動モーターシャフト、ベルトの内外周それにターンテーブル周囲を、無水アルコールでていねいに清掃して、付着している汚れ、ことに油分を完全に拭いとること。これを忘れると、ベルトの寿命も縮めるし、廻転も不安定になりやすい。
 以上は、テストの際にとくに気がついた点であった。
 なにしろ、たいへんな製品が出てきたものだ、というのが、試聴し終っての第一の感想だった。すごい可能性、すごい音質。そしてその偉容。
 であるにしても、アーム2本、それに2個のカートリッジがついてくるにしても、これで〆めて358万円、と聞くと、やっぱり考え込むか、唸るか。それとも、俺には無縁、とへらへら笑うことになるのか。EMT927までは、値上げになる以前にどうやら買えたが、「リファレンス」、あるいはスレッショルドの「ステイシス1」あたりになると、近ごろの私はもう、ため息も出ない、という状態だ。おそろしいことになったものだ。

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