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ベストバイ・コンポーネント選定──過半数得票不成立のジャンルについて

瀬川冬樹

ステレオサウンド 59号(1981年6月発行)
特集・「’81最新2403機種から選ぶ価格帯別ベストバイ・コンポーネント518選」より

 本誌第59号ベストバイ・コンポーネント選定投票は、本誌のレギュラー執筆者八名によっておこなわれた。その結果や詳細についてはそれぞれのページをご参照頂くことにして、各項目中、①オープンリール型テープデッキ ②MC型カートリッジ用ヘッドアンプおよびトランス ③レシーバーおよびカセット・レシーバー(カシーバー)の三項については、あらかじめ規定された当籤必要票数を満たす製品が少なかったため今回は単に集計一覧表を公表するにとどめ、あえてベストバイ・コンポーネントとしての選定をしなかった。その理由について解説せよというのが、私に与えられた課題である。なお、以下に書く内容は、他の七名の選定委員の総意ではなく瀬川個人の意見であり、文責はすべて私ひとりにあることを明記しておく。

オープンリール・テープデッキ
 もう言うまでもなく、こんにち、カセットデッキおよびテープの性能が、実用的にみても相当に満足のゆく水準まで高められてきている。数年前によく行われた「オープンかカセットか」の類の比較論は、カセットという方式の枠の中で、カセットをかばった上での論議であったことが多く、私自身は、カセットの音質が真の意味でオープンの高級機と比較できるようになったのは、ほんのここ一〜二年来のことだと考えている。それにしても、事実、カセットの質がここまで向上してきた現在、そのカセットの性能向上にくらべて、いわば数年前性能でそのまま取り残されているかにみえる大半のオープンリール機については、こんにち、改めてその存在意義が大きく問われなくてはならないと思う。
 オープンリール機の生き残る道は二つあると私は思う。その一つは、高密度録音テープの開発とそれにともなうデッキの性能のこんにち的かつ徹底的な洗い直しによって、カセットをはるかに引き離したオープンリールシステムを完成させること。これについては、本年5月下旬に、赤井、日立マクセル、TDK,およびティアックの四社が連名で、この方向の開発に着手した旨の発表があった。たいへん喜ばしい方向である。オープンの存在意義のその二は、大型リール、4トラック、安定な低速度の往復録再メカの開発による超長時間演奏システムを本機で開発すること。この面での音質はカセットと同等もしくはカセットの中級機程度にとどまるかもしれないにしても、往復で9時間、12時間あるいはそれ以上の超ロングプレイという方向には、オープンならではの意義が十二分にある。

MCカートリッジ用トランス/ヘッドアンプ
 5万円を割るローコスト・プリメインアンプにさえ、MC用ハイゲイン・イコライザーが組込まれている現在、あえて数万円ないし十数万円、ときにそれ以上を、トランスまたはヘッドアンプに支払うというからには、それなりの十分の音質の向上が保証されなくてはならない。ところがこの分野はまだ、根本のところまで解明されているとは思えなくて、現実には、どこのメーカーのどのMCカートリッジを使ったかによって、また、その結果それをどういう音で鳴らしたいか、によって、トランスまたはヘッドアンプの選び方が正反対といえるほどに分れる。別の言い方をすれば、一個で万能の製品を選ぶことが非常に難しい。そして、概して出費の大きな割合には得られる成果が低い。おそらくそうした現実が投票にも反映して、誰の目にも客観的にベストバイ、という製品が選ばれなかったのだろうと思う。トランス、ヘッドアンプについては、こんにちの最新の技術をもって、一層の解析と改善をメーカーに望みたい。

レシーバーとカシーバー
 棄権票が最も多かったということは、本誌のレギュラー筆者にとって魅力のある製品が極めて少なかったからであろうと思われる。いつ頃からか、チューナーとプリメインアンプを一体に組込んだレシーバーという形は、アンプとしては一段低い性能、という考え方が支配的になり、その反映として、作る側も、レシーバーをオーディオの真の愛好家むけに本機で作ろうとする姿勢を全く見せてくれていない。けれど、こんにちの進んだ電子部品と技術をもってすれば、レシーバーという形をとったとしても、性能の上では単体のチューナー+プリメインアンプという形にくらべて全くひけをとらないほどの製品に仕上げることは十分に可能なはずである。
 またレシーバーという形は、その使われ方を考えれば、本来、メインの再生装置が一式揃えてあることを前提に、大家族の個室、寝室、書斎、食堂その他に、さりげなくセットしてごく気軽に日常の音楽を楽しむという目的が多い。とすれば、なにもプリメイン単体と同格の性能を競うのでなく、むしろ電気特性はほどほどに抑えて、聴いて楽しく美しい音を出してくれるよう、そして扱いやすく、無駄な機能がなく、しかし決してチャチでない、そんな形を目指した製品が、せめて四つや五つはあっていいのではないだろうか。レシーバーといえば、入門者向き、ヤング向き、ご家庭向き、音質をうるさく言わない人向き……と、安っぽくばかり考えるという風潮は、せめて少しぐらい改めてもいいのではないだろう。少なくとも私自身は、日常、レシーバーをかなり愛用しているし、しかしそうして市販品をいろいろテストしてみると、オーディオの好きな人、あるいはオーディオマニアでなくとも音楽を聴くことに真の楽しみを見出す人、たちの求めているものを、本気で汲みとった製品が、いまのところ皆無といいたいほどであることに気づかされる。レシーバーなんて、作ったってそんなに売れない。メーカーはそう言う。それなら、私たちオーディオ愛好家が、ちょっと買ってみたくなるような魅力的なレシーバーを、どうすれば作れるか、と、本気で考えたっていいはずだ。
 ところで昨年あたりから、このレシーバーにさらにカセットを組込んだカセット・レシーバー、いわゆるカシーバーという新顔が出現しはじめた。これもまた、いや、もしかするとこっちのほうがいっそう、レシーバーよりも安っぽい目でみられているように、私には思えてならないが、レシーバーに馴れた感覚でカシーバーを使ってみれば、この形こそ、セカンドシステム、サブシステムとしての合理的な姿だと、私は確信をもって言える。だが、現実はまだそういうことを論じるにははるかに遠い。たとえば、①プリセットメモリーチューニング ②テープ自動セレクターつき ③録音レベルの自動セット──この三つはカシーバーを扱いやすくするための最低条件だし、しかもその機能が、安っぽく収まっているのでなく、音楽を楽しむのに十分の性能を維持していてくれなくては困る。どうせ小型スピーカーと組合わせるのだから、ワイドレンジ/ローディストーションであるよりは、必要にして十分な小さめの出力。ほどよく計算された聴き心持のよい音質。加えて扱いやすく、ジャリっぽくないデザインと操作のフィーリング。そんなカシーバーを、どこのメーカーが一番先に完成させてくれるか、楽しみにしている。

トーレンス Reference

菅野沖彦

別冊FM fan 30号(1981年6月発行)
「最新プレイヤー41機種フルテスト」より

概要 これはトーレンスの新製品で、本来トーレンスの研究用に作り上げられた製品である。それを超マニアの要望があって一般にも売ることになったもので、実に超ド級にふさわしいものすごいプレイヤーシステムだ。トーンアームが三本付くようになっており、スタンダードとしてはトーレンス自体のアーム、カートリッジ、EMTのアームとカートリッジ、そして好みのアーム、カートリッジを付けるようになっているり 全重量は90kgに達するが、このプレイヤーはリンソンデックやトーレンスの126のところでも述べたような、フローティング・マウンティングという思想を守っている。それでターンテーブルボードのものすごい重量をリーフスプリングとコイルスプリングで吊っている。しかも吊りの張力をコントロールできるようになっていて、共振周波数を1Hzから5Hzの間でもってコントロールできるという、凝った構造になっている。
 ターンテーブルは超ド級にもかかわらず、ノーマルな30cmのものが付いている。ベルトドライブとフローティングというトーレンスの思想を守ったターンテーブルだ。当然これは値段的にいっても、EMTの927に比して考えざるを得ないのだが、927はプロフェッショナル・ユースを志しているのに対して、これは言うならばコンシューマー・プロダクツのためのレファレンスだ。
音質 音質もまた927と比較して言うことになるが、927で私が戸惑いを感じたほど、レコード以上ではないかと思うような強引な力強い音ではない。しかし、力強さという点ではいささかも不満はない。しなやかさ、繊細さ、柔らかさという、つまり音楽的情緒では、私にはこちらの方がずっと満たされる。927の場合には、ちょうど仕事をして聴いている時のモニターの音のような気がした。モニターをしている時は、情緒までうんぬんしている余裕はないが、自分自身、家に帰って聴く音というのは全然違う。これは、自分が家に帰ってきて聴く時の、最高品位の音を出してくれるプレイヤーだと思う。
 柔軟性が出ていて、音楽がずっとのびのびしている。非常にバランスもすばらしくて、血の通った低音から、本当に過不足のない輝かしさのある高音まで実にしなやかだ。決して耳障りではなくて、それでいて頼りない音にはならない高域だ。こういうフルレンジにおいて、いささかの冷たさもトゲトゲしさも出てこない。解像力がものすごくよくて、音の奥行きの深さ、広がりとか各楽器の質感の響き分けとかというものは、レコードに入っている音楽的な響きを全くそのまま出してくれる。ただ、これはTSD15で聴いた時の印象であって、トーレンスのカートリッジ、アームで聴いた時にはちょっと問題があったように思う。品位の点では、TSD15の方がいいと思った。また、使い手によって自分の好きなアームとカートリッジを付けることができるけれども、ここでの試聴レポートでは触れない。たまたまTSD15を使った限りにおいて大きな差が出たが、それでいてこの二つは共通して他のいかなるプレイヤーとも全く次元を異にする音だった。

EMT 927Dst

菅野沖彦

別冊FM fan 30号(1981年6月発行)
「最新プレイヤー41機種フルテスト」より

概要 このプレイヤーシステムは非常に特殊なもので、決して家庭用のプレイヤーではない。プロ用としても超ド級であって、何しろターンテーブルの大きさが16インチ径もある。これはカッティングしたラッカーマスターを検聴する目的で開発されたという。この下の930が放送局用のプレイヤーとして使われているが、ターンテーブルはもっと小さい。カッティングの検聴用ということだが残念なことに、私はこういうプレイヤーを実際にカッティングルームで使っている例をまだ知らない。カッティングルームの場合には、カッターマシンをターンテーブルに置いたままで聴けるようになっているので、このプレイヤーシステムの本当の使い方がどこにあるのか、私自身はっきり知らない。おそらくEMTとしてディスク再生機のあるべき姿を追求すればこうなった、というふうに解釈するのが本当ではないかと思う。
 もちろんこれはEMTのトーンアームとカートリッジを使うものであって、ユニバーサルタイプではない。TSD15を標準として使う。そしてイコライザーを内蔵していて、ライン出力を取り出すという方法をとっている。付属機構がいろいろ付いていて、針先のポジションがはっきりスケールで見られるようになっていて、レコードをかけるには確かに完璧を期したプレイヤーだ。
音質 駆動方式は今回の中では唯一のリム方式である。音質はもうケタ違いといっていい。今回聴いた最高級プレイヤーの中でも、これは一次元を画したたくましい音だ。はじけるようなベース、うなるようなバスドラム、パーカッションの立ち上がりの機敏な音、目も覚めんばかりだった。ピアノのスケールが一段と大きくなって、今までのものと違ってしまった、というふうに楽器のスケール感が変わって聴こえる。そして全帯域にわたって、実に朗々と響いている。同じレコードがこういう音になるとは信じがたい。
 とにかくこの重量のかかった音──音の目方という表現が許されるならば──これは全く今までとはケタ違いの目方がかかった音だ。そして音のパワーというものがものすごい。実際これはどういうことだろうか。レコード自体がこれだけ猛々しく鳴るべきものなのか、このプレイヤーがこういう音を出しているものなのか判断に苦しむ。とにかく次元を異にした猛烈な力強い音だ。もちろん帯域バランスとかはよくとれているし、クセがどこへ出るというものでもない。本当に最低域から最高域までを、ものすごい充実感と確実性と重量感を持って、スケールの大きな圧倒的な音を聴かせてくれる。
 まさにプレイヤーシステムによる音の違いとして、本当にひしひしと感じさせられた。948と同じTSD15を使ってテストしたが、カートリッジが同じであるにもかかわらず、同じEMTの中でもスケールがガーンと大きくなった。ましてやほかのプレイヤーシステムと比較してみた時には、相当違う音になる。こういう音を一度聴かされると、確かにほかのプレイヤーの音はどこかひ弱だ。しかしいい音には違いないが、レコードそのものがこういう音なのかどうか、疑いを持つほどに堂々たる音だ。もう圧倒されて、これは別格だという表現を使わざるをえないプレイヤーだった。

EMT 948

菅野沖彦

別冊FM fan 30号(1981年6月発行)
「最新プレイヤー41機種フルテスト」より

概要 これはEMTの新製品だ。コンセプトとしては、放送送り出し用のターンテーブルということで、従来の930に匹敵する製品だ。930と同じくイコライザーを内蔵していて、ライン出力が取り出せるようになっている。
 また、放送機器として使うために、使い勝手が非常によく考えられている。けい光灯のようなものが付いていて、それがついてからすべてのスイッチがオンされる。もちろんマーキングがあって、頭出しも非常に便利だし、スイッチ一つで逆転が可能というところも大変に便利な構造ということがいえる。これはカートリッジ、アーム付きであって、EMTのTSD15を使う。それ以外のカートリッジは使えない。
 この948はターンテーブルがベルトからダイレクトドライブになった。このへんも新しい世代のEMTのプレイヤーシステムといえると思う。アクリルのカバーも付いていて、カバーは密閉式ではなく、両サイドがあいており、中にキャビティーができることによる害は比較的避けられている。その他の仕上げの点では、さすがにEMTらしく非常に精度の高いものだ。従来のEMTの持っていた重厚なイメージとは違って、これは非常にモダンなイメージにまとめ上げられた、これ自体大変に美しいターンテーブルシステムということができると思う。実際にはインシュレーターが付いているはずだが、今回はそれがなかったために、インシュレーターなしで使ったけれども、ハウリングには問題がなかったように思う。
音質 一つ気になった点は、ある低域に特定の周波数に共振が出ることだ。ほかのプレイヤーにない、ある種のベースの特定なピッチが少々強く出すぎるという感じがあった。全体には非常に締まった、むしろゴリゴリしたような低音だけれども、ある一点でそれがやたらにブーミーになる。音の感じとしては、全体に彫りの深い音だと思う。大体これは、カートリッジのTSD15の性格ももちろんあると思うが、やはりよくできたターンテーブルだからだろう。端正な響きで非常に魅力的だ。ただ中域のピアノの響きがちょっと伸びきらず、少しやせるというところが感じられたけれども、このへんはカートリッジのせいなのか、アームのせいなのか、あるいはターンテーブルシステムのせいなのか、トータルで聴いているためはっきりわからない。とにかく日本のプレイヤーとは次元を異にしている。クラシックのオーケストラをかけた時に、実にニュアンス豊かで品位の感じられる音になる。ふくらみがあって、それでいて解像力が優れていて、彫りの深い響きが鳴る。これはもう伝統としか言いようがない。EMTの930、927の音と比べて、これらの音の魅力をよく知っている人には変わったなと感じられるかもしれないけれども、確かに変わった部分はあるにせよ、持っている本質は変わらないと思う。あくまでも力強く、しっかりとした解像力でえぐるように音を鳴らす。それでいて決して雰囲気は即物的にならず、重厚なすばらしい風格を持った響きを持つという、EMT独自の個性はここでも明らかに感じられた。

マイクロ SX-8000

菅野沖彦

別冊FM fan 30号(1981年6月発行)
「最新プレイヤー41機種フルテスト」より

概要 これは一般にはSX8000といっているが、各ブロックによって全部型番が違う。いわゆるターンテーブルと、駆動モーター部分、それからバキュームポンプの三つの部分からなるスリー・イン・ワンとでもいうか、セパレート型だ。非常にユニークで、強烈な重量を誇るターンテーブルシステムにバキュームポンプでエアを送って、ごくわずかだがフロートさせて軸受けベアリングの摩擦抵抗をなくし、SNをよくすると同時に、寿命を延ばすという方法をとっている。そしてモーターでこのターンテーブルを糸ドライブするという、超マニアックな製品だ。いかにも専門メーカーでなければ作れないし、また相当なマニアでなければ使わないものだ。
 実際に使ってみて、これは重量でがっちり固めて、それこそクッション類だのというものは一切使わない。全部リジツトに固めていくという方針だから、地上何メートルからかコンクリートを打ち込んで、そういう所において聴くというのが本来だろう。床がグラグラというような建物の中に入れて聴くのは意味がない。
音質 これは評価が大変難しい。非常にいい面とそうでない面とが相反していたように私は思う。全くブラインドホールド的に、構造だのなんだのを抜きにして、音として評価した場合のことを言うと──まず、ベースの音が不思議な、ブーミングではないが、どこかプログラムソースの音がゆがめられたというと語弊があるけれども、逆相成分を含んだ響きになった。もしこれがソースそのものだとするならば、これはソースの音を正直に出したということになる。今回聴いた十六機種中、ほかのはこういうベースの音にはならなかった。
 それから、強烈なベースのピチカートがいささかも振られることがない。極端にいうと、これ以外のプレイヤーでは何となくベース自身の支柱がぐらついているような感じの音がする。しかしこれは、ベースの支柱はあくまでがっちりしていて、そこでもって非常に強烈なはじく力で弦だけが震えている。そういうエネルギッシュなベースのはじき音は秀逸だった。クラシックのオーケストラを聴いてみても、非常に透明ですっきりとした、俗にいう抜けのよい音ということだろうが、とにかく明快で、透明であくまで底の澄んだ湖を見るがごとき透明感で、実に独特の魅力を持っていた。とにかくプレゼンスはいいし、分離もいいし品位の高い音ということは間違いない。各楽器の音像が大きくならないし、非常に定位が明快。結局、あくまでこの機械の持っているオーソドックスな、徹底的に物理特性を攻めていったという性格にふさわしい、精巧無比な音である。
 これだけのシステムで、徹底的に重量だけで攻めているから、いわゆるフローティングとかクッションとかによるハウリング対策は何も考えられてない。それだけに使い場所と使いこなしによって、ハウリングの悪影響を受ける場合があるかもしれない。
 現実に今回も鉄筋コンクリートの中でテストをしたわけだけれども、相当にハウリングが起きた。しかし、ラスクを下に敷くことによって見事に止まった。したがって、これは対策を施せばハウリングがとれるということで、そのへん注意された方がいい。

パイオニア Exclusive P3

菅野沖彦

別冊FM fan 30号(1981年6月発行)
「最新プレイヤー41機種フルテスト」より

概要 このプレイヤーはパイオニアの高級ブランド、エクスクルーシブで出ているプレイヤーの最高級のもので、同社のプレイヤーに対する永年の技術を投入して作り上げたプレイヤーということになっている。確かに相当な力作であって、プレイヤーとしての備えるべき条件をがっちり守って作られたという、非常にオーソドックスなプレイヤーだ。
 まずベースが非常に重く、しかも剛性の高いものであって、全体のムードは非常にソフトなファニチャーライクなものになっているけれども、中身は相当たくましいものだ。トーンアームは軽くオイルダンプを施した、少し実効長の長めのトーンアームで、これもなかなかシンプルで、かつオーソドックスなもの。もちろんモーターはDDだけれども、考え方としては重量と剛性というものを追求していって作り上げたマニュアルプレイヤー。ハイクラスマニアにとっては非常に魅力のある製品だと思う。
音質 実際にこのプレイヤーでまず感じることは、ターンテーブルにレコードを置いて針を下ろした時に出てくるノイズが大変に静かだ。つまりSN比がいいということだ。そして、非常にエネルギーバランスが妥当で、各楽器の質感をよく出してくれる。少し感覚的に音の評価をすると、適度に温かい音、それでいて透明感がある。透明感のある音というのはともすると冷たくなりがちだけれども、それが冷たくならないのだ。もう少し細かくいうと、例えばピアノの音なんかは十分にピアノらしい輝きを持っていながら、決して鉄のハンマーでたたいているといった感じではない。それからベースがよくはずむ。リンリンデックのところでも触れたが、この場合は上へはずむ感じが出てくる。楽器の音色感とエネルギー感が非常に自然だ。その代わり低音は重量級の割にはそれほどたくましく、馬力のある音ではない。もちろん決して弱々しくはない。「ダイアローグ」を聴くと、バスドラムの締まり具合とふくらみ具合のバランスが非常にいい。芯がはっきり締まっていて、しかもその回りにつきまとう楽器のブーミングとステージの床に共振しているそのブーミングが非常によく出ているが、このへんのバランスの大変にいいということが、このプレイヤーの性格を示しているのではないかと思う。ベースの弦による音色の変化、これも非常によく出ている。それから、ブラシワークはちょっと細みで硬質になる。ブラシによるシンバルとか、ハイハットの音、あるいはスネアをブラシすると、やや細みだ。もう少し豊かさが出てもいいな、という感じがしたけれども、問題になるほどではないと思う。むしろ透明感とか繊細さというふうな感じで、リアリティーがあるように聴こえた。いかにも日本のち密な製品という感じがする。
 オーケストラを聴いても、全体に大変響きのバランスがよく、特に低音楽器群の響きはとても好ましいと思った。ここでも締まりとふくらみがほどよいバランス。つまり基音と倍音のバランスが非常にうまく出てくるといっていい。ホール感も大変にプレゼンスがよく、抜けもよくて全体的に濁りの少ない品位の高い音という感じだ。こういうとベタボメになってしまうけれども、中域の豊かさがもう少し充実してくれば、これは文句のつけどころがない。

ラックス PD555

菅野沖彦

別冊FM fan 30号(1981年6月発行)
「最新プレイヤー41機種フルテスト」より

概要 これはターンテーブルシステムであって、アームはついていない。アームレスの他の機種と同じく、アームはクラフトのAC3000MC、カートリッジはオルトフォンMC20MKIIで試聴した。このターンテーブルシステムは非常に凝っていて、一番の特徴はバキュームによって完全にレコードをターンテーブルのゴムシート面に吸着させてしまうことだ。ゴムシートを介してターンテーブルとレコードが一体化してしまうというほど強力に吸引してしまう。これによってレコードそのものの不安定な、複雑な振動を完全にダンプしようというもの。形も非常にユニークで、かなり横長なもの。アームを二本取り付けて聴けるという利点がある。思い切った設計のターンテーブルシステムということがいえる。ハード的な雰囲気とソフト的な雰囲気を巧みに取り入れ、ハードにも片寄らず、ソフトにも片寄らない仕上げとなっているが、それが逆に何となく中途半端なイメージを作り出しているということにもつながるのではないかと思う。
 バキュームポンプが付属しており、リモートでもってスイッチを押してスタートすると、これがパチッと吸着される。しかも気圧計まで付いている。吸着するという効果は大変大きいと思う。その効果の程度が果たして、音という感覚評価の対象としてどうなってくるかというところは微妙な問題だ。ビクターのTT801システムが比較的軽く吸引しているのに対して、こちらは本当に、完全に吸着しているというところに大きな違いがある。従って、バキュームポンプを使って吸引、吸着システムを採用しているものとしては、こちらは徹底的。ビクターはそのへんをうまくコントロールしているということになる。徹底している方からすれば向こうは中途半端だということになるし、向こうからすれば、徹底させるといろいろな問題が出てくる、ということで判断は非常に難しい。
音質 音は総合的にいって、なかなか品位の高いいい音だ。打楽器を聴いても、ベースのピッチカートを聴いても、大変に締まっていて、かつ響きが殺されていない。これは吸着するターンテーブルの質、あるいはターンテーブルベースの構造によるものだと思う。だからこの部分がうまくいっていないと、音が死んでしまったり、音が吸着しすぎてダンプしすぎてしまう、というような音になるだろうと思うが、ここまで強力に吸着して、しかもそんなに響きが失われないということはターンテーブル並びにターンテーブルベースの振動モードが好ましい状態にあるということだと思う。輝やかしい音色でありながら硬くならず、そしてよくダンプされながら急激に減衰するというようなこともなく、楽器の楽器らしい音のはずみがよく出ている。エネルギーの帯域バランスもよくとれていて、ステレオフォニックな音場の再現感もなかなかナチュラルだ。よく音が前に出てくるし、左右の広がりも非常に豊かだ。個々の音についてはどこといって欠陥は出ていない。注文をつけるとするならば、オーケストラの低音楽器群での豊かさが少し物足りないのと弦楽器の高い方の部分がやや華やぐ傾向にあるということだ。しかし、楽器の音色の鳴らし分けその他は非常にいい線いっており、音質的にはこのプレイヤーはかなりのものだ。

リン LP-12 + LV-II

菅野沖彦

別冊FM fan 30号(1981年6月発行)
「最新プレイヤー41機種フルテスト」より

概要 このプレイヤーはスコットランドの製品で、大きな特徴はフローティングマウントシステムを採用していることだ。トーレンスのTD126シリーズと同じような考え方である。これは大体ヨーロッパのプレイヤーシステムの主流だ。このことに関してはほかのところでもう少し詳しく述べたい。このリンソンデックの場合は、フローティングが大変うまくできている。見た目にはあまり有難味のない、この値段に匹敵しない仕上げ、デザインで、おそらく普通の人がちょっと見ただけでは、これは五、六万円のプレイヤーじゃないかと思うだろう。プレイヤーは音がよければいいということではなくて、見た目も非常に重要な要素だと思うので、この点に関してはリンソンデックに対する私の評価は非常に低い。いかにいい音がしても、高級プレイヤーシステムとして家庭に持ってきて、大事に扱おうという気が起きないようなデザインではダメだと思う。ここまですばらしいものを作りながら、このデザインで平然としているリンソンデックのセンスには私としてはちょっと共感しかねる。ところが実際に音を聴いてみるとこれがビックリ。私はリンソンデックのプレイヤーはオーディオ界の七不思議の一つだと思っているけれども、とにかく大変に音のすばらしいものだ。今回は、リンソンデックが最近出したアサックというカートリッジを付けて試聴した。トータルでリン・ディスク・システムと呼ぶ。
音質 このアサックを付けて試聴した感じでの音は、とにかく非常に重心の低い落ち着いたエネルギーバランスで、ピアノを聴いても打楽器を聴いてもガッチリとした、しっかりとした音で実に重厚、剛健というか、音楽の表現力が非常にたくましく躍動する。やや繊細さには欠けるような感じがして、もう少しデリカシーの再現ができればいいと思うが、しかしこの力と豊かさがわれわれの聴感には非常に心地よいバランスだ。これは非常に特異なものだと思う。ベースの太くたくましい、ズシンとくるような響きの豊かさというのはほかのプレイヤーと一線を画して魅力のあるものだと思う。ただベースの音色的な細やかな変化はあまりきかれない。そういう意味では先ほど述べた、繊細さに欠けるということにも通じるかもしれない。それからリズムは下へ下へ、グングン押しつける傾向のリズムで、上へはねる傾向には聴こえない。このへんがこのプレイヤーの特色だろう。しかし、ドラムス、ベースはジャズを聴いても迫力十分だし、オーケストラを聴いた時の厚みのある低音弦楽器部分の怒とうのように迫る響きはなかなかのもの。管の音もバスクラとかバスーンとか、そのへんの領域の音が非常に奥深く、深々と鳴ってくれる。こういうところが、このプレイヤーならではの充実した再生音だろうと思う。奥行き、音場感、これもなかなか豊かで、ステレオフォニックな音場感がこういうように再現されるというのは、プレイヤーの共振モードが大変にうまくコントロールされているのだと思う。私の感じたところによると、500Hzから800Hzあたりが非常に豊かに響いてくる。これが音楽を奥深く感じさせることになっているのではないかと思う。高域の弦楽器群、バイオリンのハイピッチの音などは、決してしなやかとまではいかないけれども、とげとげしくもない。

ラスク P-6, I-5040MKII

黒田恭一

別冊FM fan 31号(1981年6月発行)
「ちょっと気になるコンポパーツ18 インサイドレポート」より

 ラスクとは何か。ラスクを作っているユニチカ株式会社の説明によれば、「吸音と遮音、そして吸振に圧倒的な威力を発揮する全く新しい特殊金属」ということになる。そのラスクをどのように使うか。方法はいくつかある。まずスピーカー内部に挿入する吸音材、整音材、補強材としての使い方があり、プレイヤーのインシュレーターとしての使い方があり、さらにスピーカーのインシュレーターとしての使い方や音場補正用のパーティションとしての使い方などがある。
 いずれにしろ、当たり前のことであるが、ラスクは直接音を出さない。この直接音を出さないものをいかに意識するかが難しい。コンポーネントの中での例えばプレイヤー部分のフォノモーターやアームに対する意識とカートリッジに対する意識では微妙に違わないか。
 エクスクルーシヴのP3というプレイヤーを使っているが、ちょっと疑問に思えたところがあったので、アームをオーディオクラフトのAC4000リミテッドに替えた。音が変わった。目を見張るばかりの変化であった。むろん好ましい歓迎すべき変化であった。いくぶんきつくなりがちであった音がしなやかになった。
 そういうことがあるのはわかっていても、しかし、より直接的に音が変わる、例えばカートリッジとか、あるいはスピーカーなどに対する意識の仕方と、アームやフォノモーターに対する意識の仕方とが全く同じとはいいがたい。その面でラスクは当然カートリッジやスピーカーよりアームやフォノモーターに近い。
 しかもラスクはオーディオの世界への新参者である。うさんくさげに思われるのはやむを得ないことと言うべきである。オーディオ雑誌の広告ページでのみラスクを知っていたときには、なんだこれはといった感じで、とてもそこでうたわれている効用を信じるわけにはいかなかった。
 一聴は百読にしかずとでも言うべきか。試みに自分の部屋で使ってみて、びっくり仰天した。それまで胸の中でもやもやしていた疑いの気持ちは、実際に聴いてみて、一掃された。カートリッジを替えたとき、あるいはスピーカーを替えたときとは明らかに違う、しかし基本的な違いが、ラスクを使う以前と以後とではあった。
 ただ、ラスクをスピーカー内部に挿入する使い方については、友人たちの言葉を信じればなかなか効果的ということであるが、自分では実際に行ったことがないのでなんともいえない。それに念のために書き添えておきたいが、ラスクの効果は部屋の条件などによって大変に違うようである。非常に効果的な場合もあり、そうでもないこともあるようである。使ってみようとお考えになったとしても、いきなり買ってしまうのは危険かもしれない。できることなら実験的に試用した後に購入するかどうかを決められることをおすすめしたい。
 今は、P3の下にプレイヤーのインシュレーターとして使い、 JBLの4343の下にスピーカーのインシュレーターとして使い、さらにふたつのスピーカーの周辺でパーティションとして使っている。なお、partition とは、ついたて、仕切り、障害をいう言葉である。
 インシュレーターとして使うのと、パーティションとして使うのでは、その効果が必ずしも同じではないように思う。自分の体験をもとにいえば(こういうことはできるだけ正直に書こうとしたら自分の体験をもとにいうよりない)、まずインシュレーターとして使い、ついでパーティションとして使った。
 最初にプレイヤー用インシュレーターとしてのラスクをP3の下に置いた。それまで気づかずにいたノイズが消えたような感じになった。音がすっきりきれいになった。このラスクの効用については、一度FMfanの一九八一年第十六号に書いたことがあるが、そのときには「それまで汗で黄ばんでいたのを知らずに着ていた白い地のワイシャツを漂白剤を溶かした水につけたようなものとでも言うべきであろうか」といったような言い方であった。
 プレイヤー用のインシュレーターにしろ、スピーカー用のインシュレーターにしろ、ともかくインシュレーターとして使ったときには、音の漂白作用としての効果が絶大である。同じレコードをかけて、ラスクのインシュレーターを使う前と後とでは、音の静けさという点で誰の耳にもわかる違いがある。さっきまで聴いていたレコードを、ラスクのインシュレーターを置いてから聴き直すと、これがあのレコードかと思えるほどである。
 そのことを確認した後に、パーティションとして使った。このパーティションとして使った効果については、FMfan一九八一年第十六号でこう書いた。「ひびきは、横にも、奥にも、ごく自然に広がった。定位の良さには、目を見張らないではいられなかった。もっとも、そういうきこえ方には、覚えがあった。そのときのきこえ方は、良賓な同軸型スピーカーの聴かせる音場感と、どこか似ていた」
 ラスクをパーティションとして使い始めてから、おかしなことがあった。オーディオに全く不案内な友人にレコードを聴かせたときのことである。彼は目を丸くして、その中央のスピーカーが一番いいと言った。彼のいう中央のスピーカーとはふたつのスピーカーの真ん中におかれたラスクのパーティションのことであった。
 ユニチカで出している「ラスク読本」というパンフレットには、「『ラスク』パーティションは、使い方も至って簡単。必要な場所、設置に最適な場所を選んで立てるだけでOKです」とある。この言い方は必ずしも正しくない。なぜなら、「使い方」が「至って簡単」とは言いがたいからである。「設置に最適な場所」を探すのがなかなか難しい。
 スピーカーの両横のパーティションの角度によって、音のきこえ方は微妙に変わる。また、スピーカー前面と一列に並ぶように置いた中央のパーティションも前後の位置の決め方が難しい。つまりラスクのパーティションは、使い手に、いささかの使う上での努力を求めるということである。
 しかしながらラスクのインシュレーターもパーティションも、少なくともぼくにとっては、ラスクならではの効果で、なくてはならないものになっている。ラスクを使わないコンポーネントなんて──と、コマーシャルの真似のようなことを言ってみたくなったりする。

ソニー PS-X9

菅野沖彦

別冊FM fan 30号(1981年6月発行)
「最新プレイヤー41機種フルテスト」より

概要 このプレイヤーシステムはいうならば、EMTのプロフェッショナルのプレイヤーシステムのコンセプトを受け継いだもの、といっていいように思う。それはどういうことかというと、まず第一にイコライザーアンプを内蔵している。全体にかなり剛性の高いしっかりした構造でまとめ上げていて、実際に放送局などで使うための便利さというものも十分に考えられている。起動トルクが大変大きくてすぐ立ち上がる。それから実際にターンテーブル周囲にはマーキングがあって頭出しがきちんとできるなど、細かい配慮も行われている。そういう意味でEMT930、927を範として開発されたプレイヤーシステムと考えてもいいと思う。見るからにしっかりした出来で、精度も高いし、いかにも業務用機器のイメージがあって、いわゆるウオームなファニチャーライクな仕上げではないけれども、これはそれなりの次元に達したプレイヤーだ。
 これは本来は、おそらくXL55プロのカートリッジが付いてくるものだと思うが、今回はそれが付いてこなかったので、ほかのものと共通のオルトフォンMC20MKIIを使ってイコライザーをジャンプして聴いた。
音質 実際の音だが、一番の問題点はやや響きが押えられすぎるという感じがすること。特に低音にそれがあり、全体にプログラムソースそのものに入っている音の伸びやかさみたいなものまでが吸収されるという感じがする。楽器そのものというのは大体ブーミングを利用して出来上がっているもので、当然再生系においてブーミングが加わるということはよくないことだけれども、その再生系においてあまりブーミングが加わらないように一生懸命固めていくと、どういうわけだか楽器そのもののプログラムソースに入っているブーミーな音色感をも硬くしていってしまう。そういう問題があるように思う。このプレイヤーにはそれが出ているように思う。従って、生きたナマの楽器の質感が出てこないということ。非常に端正に全部ガチッとした音像でまとまってはいるが、楽器そのものの生き生きとした性格がどこかへ押し込められてしまう。抑制される、そういう傾向を持っている。ベースなどは詰まり気味で、はじいた余韻が十分伸び切らない、減衰が早いという感じがする。それからピアノも中低域のフワッとした肉付きと雰囲気というものが出なくて、何か押し込められて、立ち上がりだけが鋭くパチッと立ち上がってくるということで、やや即物的なものになってしまう。俗に言えば、少し鋭いというか、つまり豊潤な響きのニュアンスというのがよく出てこない。言い方を変えれば、少々節制がききすぎてる。しかし、聴いてみると、どれもきちんと出てくるものだから、頭の中での自分のイメージのレファレンスを変えると、これはなかなかしっかりしたいいプレイヤーだともいえる。ところが自分の感受性で音楽として受け取った場合には不満が出てくる。いうならば優等生的な音といっていいかもしれない。そういうところがこのプレイヤーの良さでもあるし、悪さでもある。楽しい音は聴けないが、正確な音は聴けそうだというところか。

ケンウッド L-07D

菅野沖彦

別冊FM fan 30号(1981年6月発行)
「最新プレイヤー41機種フルテスト」より

概要 このプレイヤーシステムは完全にアームまで一体となったもので、カートリッジレスである。このケンウッド、つまりトリオの作ったプレイヤーシステムは、非常に力作だ。このプレイヤーの思想というのは、できるだけ剛性と重量でがっちり固めていって、そして異種共振を持った材料を組み合わせることによって、共振点を互いにずらし、プレイヤーとして必要な良い共振モードを作り出そうということ。つまり特定の周波数に大きな共振が出ないような形にしていこうという、リンリンデックとかトーレンスのフローティングマウントシステムとは反対の考え方だ。日本の高級プレイヤーシステムに対する最近の考え方の主流を占めているものだ。そのために非常に凝った構造となっている。アームそのものにもう少し望みたいところもあるが、これは力作というにふさわしいプレイヤーだ。各部の構造、仕上げともに非常にしっかりとしており、精度も高い。アームの高さ調整などもギアでもって回転させる方式でスムーズに行える。その結果、必然的にできたデザインというのは非常にメカメカしいものになって、少々レコードを聴くというムードからはかけ離れてしまった。私自身も大変に良いプレイヤーだと思って、かなりの期間使ってみたが、もうひとつ愛着が持てない。力作であるということを十分認めながらも、デザインには注文をつけたいと思う。
音質 音質面について、ちょっと細かくレポートしていくと、高音域がやや華やぐ傾向にある。やや硬く、輝きがつく感じがあるが、しかしそれほどきつくはない。低音に関してはなかなか妥当なエネルギーバランスで、楽器のそれぞれの個性的質感をよく出している。例えばベースなどは決してゴリゴリとしたベースにはならないし、ドスンドスンというような、ただただワンノートベースのような重い響きにならない。ベースの響きは非常によく出てきている。はずみもあるし、弦楽器らしい柔軟性もよく出ている。なかなか解像力の優れたプレイヤーだけれども、かといって決して猛々しい音ではない。どちらかというと妥当な、むしろおとなしい音といってもいいかと思う。解像力が非常に明快なものだから、よくこのプレイヤーはガチッとした音というように評価されている場合が多いのではないかと思うが、それは見た目からもきているのではないだろうか。実際には音としてはそんなに硬い音ではないと私は思っている。ある意味ではエネルギーバランスとしては、レファレンス的なバランスを持っている。つまり標準的なバランスを持っているといってもいいのではないか。オーケストラを聴いてみても、管の音色の鳴らし分け、あるいは弦楽器の質感の鳴らし分けもなかなかよく、自然だ。トゥッティでのエネルギーバランスも非常によくとれていると思う。音場感、プレゼンス、ステレオフォニックな広がりとか奥行き、あるいは空間の再現、このへんもまずまずだ。飛び抜けてハッとするような次元は越えていないけれども、高級プレイヤーとしてはまず十分な再現能力を持つものではないかと思う。多くのプレイヤーは見た目と音の印象が非常に似ているけれども、このプレイヤーだけは見た目は少々ごつくてメカメカしすぎるが、音は標準的な、妥当なエネルギーバランスをもっているといえる。

マランツ Tt1000L

菅野沖彦

別冊FM fan 30号(1981年6月発行)
「最新プレイヤー41機種フルテスト」より

概要 このプレイヤーの最もユニークなところはまずその仕上げ、デザインだ。プレイヤーボードは、重量のある金属をガラスでサンドイッチしている。これは大変にユニークだし、ガラスの性格が音響特性上好ましいという考え方から使ったものと思われる。ターンテーブルボードとしてガラスを使っているということは、いろんな点で利点はあると思う。つまりガラスのいいところは、こういう高級機に使った場合、絶対汚れない。はげないし、アカがついてもふけばすぐ元通りになる。マッキントッシュのアンプのパネルのように、いつまでも新鮮さを保つという点からも大変にいいことだ。それから比重が重いということも、ターンテーブルのボードに採用された理由ではないかと思う。そのために、全体に非常に派手なルックスになっている。色も非常にユニークな塗装と金メッキでゴージャスな感じのモデルだ。これはアームレスのターンテーブルシステムなので、AC3000MCとオルトフォンのMC20MKIIを付けてテストした。高級プレイヤーとして非常に個性的な製品であるだけに、好みが分かれるかもしれないが、私にはなかなか力の入った力作と思えた。
 マニュアルプレイヤーとして非常によくできたものと思う。
音質 音質は低音に関してはなかなか締まった音がする。ただ少々硬いという感じがつきまとう。中低域から上に関しては、その低音の硬さに対して少し締まりがない。そのへんの音色の変化のために、音楽がやや不自然になるところもある。例えばピアノの音などはややヤセ気味になる。中低域がしっかり、ふっくらしないということで、特にミドルC近辺のメロディーを奏でるあたりの音が少々ヤセ気味になるために、高域の輝きが少し目立ち、華麗な音になるということだ。こういう効果は曲によっては非常に生きてくると思うのだが、もう少しピアノの肉づきが出て、ふっくらした方が望ましいと思う。
「ダイヤローグ」のバスドラムの音はなかなか締まっていてブーミーな音は全く出てこない。カッチリと締まった音が出てくるし、それから高域もブラッシングのハイハット、あるいはスネアーの音が決してキンキンととげとげしくならないところもこのプレイヤーのいいところだと思う。ベースがそれに比して、少し弱々しい感じがする。強じんなはじく音が、俗にいうパッチリ決まらない。このクラスのターンテーブル、プレイヤーシステムになると、非常に重量級のものが多いので、大振幅のベースなんかは非常に力強くはじく感じが出てくるものだ。総合的にいって、確かにこれ以下のものと比べれば、そういうはじく感じが出ているとは思うけれども、このクラスの中で比べると少し物足りない。オーケストラを聴いた時にも、管楽器の空間における浮遊するようなヌケが、もうひとつ悪い。このへんが透明感を持ってこないと、音の品位という点で物足りない。ステレオフォニックな音場感というのはなかなか豊かでよく広がっていて、そう大きな不満はなかった。
 全体の印象としては、外観とよくマッチした音色、つまりなかなか華麗な音でダブついたところがなく非常に締まっている。

B&O Beogram8000

菅野沖彦

別冊FM fan 30号(1981年6月発行)
「最新プレイヤー41機種フルテスト」より

概要 これは完全なプレイヤーシステム。このプレイヤーは全く観点を変えてつかまないと見当違いなことになる。特に今回聴いた十六機種中、設計のコンセプトから、あるいは使われる目的が全然違うものだ。これを同列でもって比較するということは見当違いの評価になってしまう。
 つまりこのプレイヤーは最高級のシステムコンポーネントのプレイヤーである。B&Oのカセットデッキ、プレイヤー、レシーバー、それにスピーカーを一つのシステムとして構成した時に真価を発揮する。エレクトロニクスコントロールでは最も早く先鞭を切ったプレイヤーで、これはその最新モデルだ。そして各コンポーネントをシステム化することによって全部自由にリモートコントロールできるという、大変すばらしいものだ。デザインの斬新さと美しさ、これはもう比類のないものでデンマークのモダンデザインの極といってもいいほどすばらしい。
 内容的にも相当高度な内容を持ってはいる。まず、同社が随分前から採用していたリニアトラッキング・インテグラルアームで、しかもカートリッジと一体型である。ただ一体型にしてはプラグインというのがちょっと気になる。
音質 この中で同列に評価すると非常に気の毒なことになる。こういう複雑な構造を持って、しかも非常に薄型の形になっていて各部が大変デリケートであると同時に、そんなに重量のあるものではないので、これをこのクラスの重量級のターンテーブルシステムと比較するとやはり音ではかなわない。まず低音がこの二十万、三十万円というターンテーブルの中で比較したら全然比較にならない。低音は出ない。無理やり出せばメカのノイズが出てくる。従ってこれに見合ったシステムで再生した時にすばらしい音楽的な音を聴かせる。超ド級のもの、例えばマッキントッシュの2500にJBLの4343Bなんかでグァーンとやることは、まさにベオブラム8000を顕微鏡で拡大したようなことになる。だから、根本的に考え方を変えてかからなければならないので、音に関してはあまり詳しく触れるのはやめておく。
 ただこのシステムの魅力、こういうデザイン感覚は絶対にオーディオ製品には必要だと思う。これは飛び抜けている。今回出てきた半分ぐらいは多少なりともこのデザイン感覚を見習って欲しいと思う。とにかく美しいすばらしいプレイヤーシステムだ。特に最近はエレクトロニクス・コントロールのターンテーブルシステムがたくさん出てきているが、その範とするに足るものではないか。
 オーディオというのは音そのものをよくするだけでは片手落ちで、結果的にはまず気分よくならなければならない。だからゴチャゴチャ配線を引き回して、すごい重量級の道具を置いて気分のいい人はそれでいい。しかし世の中はそういう人だけではない。部屋をきれいに掃除してすばらしいインテリアでもって気分よく音楽が楽しめる。そういうことを優先する人にとってはこのプレイヤーはすばらしいものだと思う。
 オーディオは、どんなメカ派でも音質派でも音楽を聴く。音楽を聴くことということだったら、やはりその範囲の中でセンスというものに関心を持たなければおかしい。

ビクター TT-801 + UA-7045

菅野沖彦

別冊FM fan 30号(1981年6月発行)
「最新プレイヤー41機種フルテスト」より

概要 これはプレイヤーシステムだが、大変変わったシステムで、実際使っているターンテーブルやトーンアームは単体で売り出されているもの。ターンテーブルはTT801というクォーツロックのDD。別売のトーンアームUA7045が付いてきたのでこれで試聴した。ただトーンアームはベースが板ごと取り換え可能だから、ほかのアームを付けることももちろんできる。このプレイヤーシステムには、ターボディスク・スタビライザー・システム=バキュームポンプによってターンテーブル上にのせたレコードを吸着させるという効力を持つ機能がある。ただその吸着はがっちりと吸い着けるというほど強いものではなく、演奏中、絶えずある程度の力でレコードを吸い着けておくということだそうだ。実際にこのへんのコントロールはガッチリ吸い着けるよりもこの方がいいというのがビクターの主張だ。これは非常に難しい問題で、確かにガッチリと吸い着けてしまうと、かえってターンテーブルの物性とか、あるいは構造からくる共振、その他の影響を受けやすくなるということがあって、ある程度の吸引力で吸い着けておいた方が音質的には好ましい、というのがこのシステムの考え方だろう。こういったシステムなので、当然マニアックなものだが、このポンプが音を出すのでどこか別のところに置かないとやはり気になる。そういうこともいとわずに、これを使うかどうかが、この製品を選ぶか選ばないかの分かれ道だと思う。
音質 実際に音を聴いてみると、確かに吸引の効果はあるけれども、ガッチリ吸いつけた時ほどのダンピングのきいた低音にはならない。ベースの音などややふくらみがち。悪い言葉で言うと、少しブカブカする。もうちょっと締めて欲しいという感じがする。しかし、これを言いかえると、締まった音というのは音楽性が足りない。やはり適度にベースなどは豊かに鳴ってくれると音楽的には楽しい。そういう点から考えると必ずしも悪いとはいえない。ただ余計な音全部をこのバキュームによってコントロールしている、という感じはやや薄いという意味だ。ピアノの中域の音がちょっと薄くなるという点が気になった。これはターンテーブルのせいではなく、ほかの部分によるものかもしれない。例えばトーンアームとカートリッジの相性とか。カートリッジはMC20MKIIを付けたけれども、そのへんの要素も入ってくるので、すべてがこれの特徴であるバキュームシステムの音というように解釈していただきたくない。けれども、全体的に少しそういう感じがした。それからちょっと高域がきつくなる。これはもうカートリッジのバランスではないかという感じがした。全体的なエネルギーバランスはいま言ったような細部の問題はあるが、まずまず取れていた。それからプレゼンスが大変いい。これはバキュームを使う時と使わない時では大違いだ。ただ、バキュームを使わなくても、もっと締まった低音のターンテーブルもあるし、締まりすぎて音が物足りないという方向へも行っているということからいけば、この程度のブーミングのあるベースの方が音楽を聴く時には楽しいという感じもする。全体の音を、とにかくバランスよく、適当なところでコントロールしていくという思想がこのプレイヤーには感じられる。

マイクロ BL-111

菅野沖彦

別冊FM fan 30号(1981年6月発行)
「最新プレイヤー41機種フルテスト」より

概要 これもアームレスのターンテーブルシステム。これは大変にユニークなターンテーブルと言ってもいいと思うが、これほどマニアックなターンテーブルも珍しい。重量10kgの砲金製のターンテーブルが見た目からしてもまずマニアをしびれさせる。そして、そのターンテーブルを糸、あるいはベルトによってドライブする。糸ドライブというのが、今マイクロの主張している一番いいドライブ方式ということで、これもその方式を採用したターンテーブルシステム。
 これのよいところは各ユニットが一つのキャビネットの中におさめられて、マイクロの中では最高に使いやすく、性能も十分出しながら、しかも使いやすい製品にまとめられていることだ。もう一ついいところは、モーターのサボーティングとアームのベースを一体化して、極めて剛性の高い質量の大きなしっかりとした金属のベースでまとめているということだ。これは、音質に非常に大きなメリットをもたらしているように感じた。こういう機械だから操作性はごくシンプルだ。欲を言うと、ベースの表面のフィニッシュがち密できれいだといいと思う。しかし全体的に決してぶ骨な感じを与えないし、マイクロの中では最も洗練されていて、見た目にも好感の持てる製品だ。
音質 実際、音はこれもまたアームレスだから、AC3000MCとMC20MKIIを付けて聴いたけれども、すばらしい音だ。とにかく音全体が大変に澄んでいる。透明感が非常に高い。中高域が非常に明快で、そして低域がずっしりと太く落ち着くものだから、非常に音全体の品位が高くなる。エネルギーバランスがとても妥当なところへいっている。これはやはりアームベースと、軸受けの一体化を図ったところに大きなメリットがあると思う。どんなレコードを聴いてみても、とにかく低域の特性は抜群である。ダレるということは全然ない。むしろダーッとかっちり締めて、自由にスピーカーをドライブするという、大変すばらしい振動支持系を持ったターンテーブルだ。一番印象的だったのは「ダイアローグ」というレコードを聴いた時のベースのエネルギーが、チャチなプレイヤーだとベースのエネルギーにプレイヤー全体が振られているようなイメージがする。つまり何かフラフラツと支点が振られていて、ベースの弦のはじけた張力感というのがなくなる。それが、このプレイヤーは全然ビクともしない。ベースのエネルギーに振られて濁ることがなく、本当にベースの弦のはじき具合が弾力性を持ってピーンと張って聴こえた。
 それからオーケストラでも、チャイコフスキーの「マンフレッド・シンフォニー」の冒頭をテストに使ったが、あそこでファゴット数本にバスクラリネットが入ったユニゾンで吹くところがあるが、あの響きの透明感と抜けのよさ、空間の広がり、これがほかのターンテーブルと一味違う。音場感も非常に豊かに、広がるだけでなく奥行きが出てくる。ティンパニとグランカッサが一緒にたたかれた時に一緒になってドーンと響いてしまうプレイヤーもあるが、これはそういうことはなく、グランカッサとティンパニが音色的に分かれて明快に聴こえる。それでしかも量感があって力感がある。あらゆる点ですっきりしたデフィニションは一頭地を抜いてすばらしかった。

Lo-D TU-1000

菅野沖彦

別冊FM fan 30号(1981年6月発行)
「最新プレイヤー41機種フルテスト」より

概要 これもやはりアームレスのターンテーブルシステムだから、オーディオクラフトのAC3000MCにオルトフォンのMC20MKIIを付けてテストした。外見はそっけないが、一番基本になる回転部分のベースとなるコンストラクションが非常にしっかりしたもので、特にアームベースは取り付けるアームによって特注加工するというもので、ものすごくがっちりしたものだ。この思想は相当重量的にしっかりと押えていって、そして特殊な粘弾性の材料を封じ込めたエアダンプ型のインシュレーターとの組み合わせにより、ハウリングマージンもかせごうというもの。それからこのモーターは非常に特徴があって、全くコッキングレスでスムーズに回転するユニトルクモーターで、このターンテーブルを聴いた時の音の豊かさとかスムーズさというのは、何かそういうところに起因しているのかもしれない。このように超重量級を指向していくと、物理的な音になってきて、耳当たりが何か機械的な音になりがちだが、とにかく非常に聴きやすい音になっている。加えてさすがに重量級のアームベースの構造からいって、非常にしっかりとした骨格の太い音がちゃんと聴けるし、ベースなどの音がフワフワしない。きちんとベースがはじかれているという実感が明確に出てくる。
音質 オルトフォンで聴いた音だが、まずレコードに針をのせてボリュームを上げていった時のSN比が非常にいい。ザワザワとくるようなノイズっぽさが少なくて、サーフェイスノイズだけがシーッと出てくる。通常、そういうノイズの感じからいってターンテーブルの品位というのは大体わかるものなのだ。高域から低域にわたる全帯域のエネルギーバランスも大変によい。どのレコードも非常に落ち着いて聴ける。特にオーケストラのトウッティのバランスのよさというのがこのターンテーブルシステムのよさだと思う。細かい音も非常によく立ち上がるし、ステレオフォニックの音場感が非常に豊かだ。
 プレゼンスの豊かな音で、音像が妙にカチッと小さくもならないし、かといって大きくボヤーッとふやけもしない。このへんのコントロールがターンテーブル、プレイヤーシステムの一番難しいところなのだ。このターンテーブルはトーンアームとカートリッジにいいものを組み合わせた時には相当高品位なものになる可能性を持っている気がする。
 ただ一つ注文をつけたいのは、これは絶対にデザインがひどい。ターンテーブルそのものの形がまず悪いし、ベースのメタル部分は趣味のいい色とはいえない。この色に塗って重みを出そうとするとしたら、これは大変な見当違いだと思う。
 細かい内容をみていくと、インシュレーターがマグネフロートされ、軸受けのベアリング周りなど、非常に充実したものを持っている。それらが外観に出てこなければ私にとって困るのだ。殺風景でぶ骨なイメージを与える製品は好ましくない。これだけの値段にして、音の魅力をマイナスするデザインは、今後このメーカーに考えてほしい大事なポイントと思うが皆さんはどうだろうか。

テクニクス SL-1015

菅野沖彦

別冊FM fan 30号(1981年6月発行)
「最新プレイヤー41機種フルテスト」より

概要 このSL1015というシステムはテクニクスが単体で発売しているSP15というブラシレスDCモーターによるダイレクトドライブのターンテーブル、それにやはり単体としても発売しているEPA500シリーズのトーンアーム、これを組み合わせてしっかりとしたベースによってシステム化したというもの。そういう点ではプレイヤーシステムとして非常に有機的にできているけれども、個々が単体製品だというところに一つの特徴がある。それだけに全体の作りの調和という点ではややチグハグなところも感じなくはない。例えばSP15のフィニッシュとEPA500のフィニッシュとのバランスがちょっと悪かったりするけれども、しかしそれは大きい問題ではない。EPA500の説明になってしまうけれども、非常に大きな特徴はアームのパイプ部分交換によってカートリッジを使い分けていくということ。そしてそのパイプにもハイコンプライアンス用、ミディアムコンプライアンス用、ローコンプライアンス用というように、使うカートリッジによってそれぞれ違ったパイプが用意されているというシステム化、シリーズ化されている大変ユニークな製品だ。おそらくトーンアームの機能として考えるべきことは全部盛り込んだのがこのアームの特徴だ。
音質 実際の音だが、全体的に言って、このプレイヤーの音というのはルックスからくるものと非常によく似ている。どこかに何か冷たさというものがある。非常に精緻な音であり、明るいし分解能はものすごく優れているし、もう音楽の細部までよく聴き取ることができるし、性能的に優秀だということは十分感じる。しかし実際にそのレコードの持っている柔らかい面とか厚みのある面、くすんだ面など、そういった音楽的ニュアンスまで少し明るくくっきりと描いてしまう。ベースのピッチカートなんか聴いていると実に音程は明快で、そういう音楽の聴き方をしたら実に優秀なプレイヤーだ。ところがはずんでこない。音楽がノッてこないのだ。
 例えば実際にいろいろなアームとカートリッジを付け換えてテストしてみなくてはわからないことだけれども、ハイコンプライアンス用でMC20MKIIというのはあまりマッチングがよくない。カートリッジによってアームを細かく使い分けた方がいいと思うが、今回テストに使ったA501HにMMC20MKIIを使った限りにおいては、少々高域が硬くて細い。中域から中低域にかけるボディが若干不足する。従って音の情緒的な面で少し物足りなさが残ってくる。しかし、音場感、ステレオフォニックなプレゼンスなどは実に非常にすっきりとよく表現する。低域は十分豊かに伸びるという感じではないが、すっきりと最低城までよく再生する。しかし、低域の量感みたいなものにちょっと不足するところがあるような気がするのだ。おそらく周波数帯域としては非常にワイドレンジだろうという感じはするが、どこかやはりコンストラクション全体のおさまり具合が音楽をふっくらと再生する要素に欠けている、というのがこのプレイヤーの性格ではないか。しかしその半面、とにかく正確に情報を聴きたいという人にとっては、これほど音楽の情報を明確に豊富に伝えてくれるプレイヤーはない。

トーレンス TD126MKIIIBC

菅野沖彦

別冊FM fan 30号(1981年6月発行)
「最新プレイヤー41機種フルテスト」より

概要 高級ターンテーブルの中では、安直に使える家庭用の高級ターンテーブルというイメージが非常に強い。トーレンスの思想であるクッションによってモーター部分とアームのベース部分と一体にして浮かせるという構造のターンテーブルシステム。見た感じからいくと、おそらく二十万円に近いと思えないイージーハンドリングな感じを持つ。構造的には別に目新しいところはなくて、DCモーターによるベルトドライブ。特に重量級とはいえないが、回転メカニズムを支えて、そしてトーンアームを明確に支えるコンストラクションの部分はがっちりと出来ている。
 当然だが、何といっても浮かしたターンテーブルというのはやはり外部からのショックに強くて針とびが少ない。ハウリングマージンも取れる。最近のように低域がどんどん伸びてきている場合にはこのハウリングマージンを重量だけで押えていくのは並大抵のことではない。50kg、60kg程度では押え切れるものではない。そういう意味から、このトーレンスのようないき方のフローティングシステムというのは、大きなメリットを持っている。日本においては、このフローティングはあまり受け入れられず、どちらかというと、どんどん重量で固めていく傾向のようだが、それ一辺倒の思想は改めてもいいのではないかと思う。このシステムにはアームが付いてカートリッジレスのものと、アームレスのものとあるが今回はアームレスを試聴した。
音質 テストにはオーディオクラフトのAC3000MCのトーンアーム、オルトフォンのMC20MKIIをつけて聴いたが、音の点でのバランスはとにかくものすごくいいターンテーブルだ。
 操作性は慣れれば非常に明快だが、スピード切り替えとスターターが一緒になっていて、OFFスイッチはアームの手元についている。慣れればこれは大変使いやすいマニュアルターンテーブルだ。
 いま日本だけでなくて、世界的にDDモーターが全盛時代を占めている。この時代にベルトドライブに固執しているのは一、二のメーカーだけだが、そのメーカーには技術的な主張があるわけだ。実際に音を聴いてみても、このベルトドライブの持っているよさというのは何となくわかるような気がする。明らかな欠陥がDDにあったり、ベルトにあったり、ということではないから明確にいうのは困難にしても、ベルトドライブが持っている音の穏やかさというか、滑らかさというか、非常に温か味を感じる音だ。
 具体的に言うと、ややピアノの音が高域音にうわずるところがある。これは、もちろんカートリッジとトーンアームというものの音をいろいろなターンテーブルで聴いた平均より、という意味だ。それから音の密度、締まり具合というものが、完全にこのクラスの最高級のプレイヤーと比べるとやや甘いというところがあるが、それがまた音の穏やかさというか、聴きやすさということにつながってくる。オーケストラの低域のコントラバス、チェロなどの楽器の持っているブーミーなボディというのがよく出る。そういう点ではこのシステムはよく楽器の、そういう独特な音の傾向というものを出してくれたと思う。全体的にとにかく音楽らしく聴かしてくれるいいターンテーブルだった。

ディスクから情報を豊かに引き出す可能性をもった趣味の製品

菅野沖彦

別冊FM fan 30号(1981年6月発行)
「最新プレイヤー41機種フルテスト」より

 今回試聴したプレイヤーは十九万円以上のもので、プレイヤーとしては一般用の最高級品ということになる。しかし、この価格帯のプレイヤーの特徴を、一言でいうのは非常に困難だ。ただ言えることは、ディスクに入っている情報を非常に豊かに引き出すことのできる可能性を持っているということ。それから物を作っている側が、完全に趣味の製品だということを意識して作っているということである。従って、これは実用機器の範囲を出ているということになるので、物の見方も性能本位だけではなくて、デザイン、工作精度、仕上げ、使っている材料、コンセプト……こういったものにまで目を向けてみるべきものだと思う。
 次に、今回聴いてみた製品の中にもいくつか性格が異なるものがある。まずカートリッジが付いた完全なプレイヤーシステムとしての形をなしているもの。それから、カートリッジレスだがアームまでは付いているもの。次にアームも付いていないもの、これは正確にはターンテーブルシステムという範ちゅうで区別すべきものだと思うが、この三つがある。
 これはそれぞれのユーザーの目的と好みによって選べばいいと思う。
 今回はその三つのジャンルのものを、できるだけ近い条件で聴こうということで、カートリッジの付いていないもの、アームの付いていないものに関しては、レファレンスとしてカートリッジはオルトフォンのMC20MKII、トーンアームはオーディオクラフトのAC3000MCを使った。
 AC3000MCを使った理由は、私が比較的このアームの音をよく知っているからだ。いろいろなケースで使っているし、自分の家でも使っている。このアームとカートリッジの相関関係についても、私なりに頭の中に入っているということで、これをレファレンスに使った。
 次にオルトフォンのMC20MKIIを使った理由だが、これも私があらゆるケースで自分のレファレンスとして使っているカートリッジだからである。しかもこれは、恐らくいろいろなカートリッジの中で、レファレンスとするに足るカートリッジだと思う。帯域バランス、あるいはトレーシングの安定性、性能、音質ともに妥当なものだと思う。
 MC20MKIIがローインピーダンス型のMCなので、トランスはU・BROS(上杉研究所)。プリアンプはマッキントッシュのC29、パワーアンプは同じマッキントッシュの新しい500W×2のMC2500。スピーカーはJBLの4343Bを使った。ここに使った機器というのは、すべて一応最高級機器のレファレンスとして納得のいくものだと思う。と同時に私自身が聴きなじんでいるということだ。
 今回聴いてみたシステムの中から、私がいくつか気に入ったものを選べということになると、自分が本当に個人的な、いろんな要素を入れて、値段に関係なく選べということであれば、無条件にトーレンスのレファレンスを第一に選ぶ。トーレンスのレファレンス、EMTの927が飛び抜けているからだ。その点からいえばEMT927をとるということになるけれども、私はあえてここではそれをとりたくない。そこで考え方をちょっと変えて、性能一点ばりということではなく、やはり実用性ということを加味して考えると二機種ほどある。リンソンデックとトーレンス126である。ただ見た目は決して良くないし、仕上げも良いとは言えない。その点、気になってしようがないが、ただフローティングマウントによる実用性、ハウリングマージン、あるいは外来ショックによる針飛びの問題、その他をここまで避けて、しかもこれだけの音が出るというのは、やはりすばらしいものだ。考え方として大人だなというように思う。
 もう一方の剛性と重量でがっちり攻めた、国産のプレイヤーの中から二つぐらい選ぶということになると、マイクロのBL111をあげたい。非常にオーソドックスなもので、振動循環系をがっちり固めながら、しかも、ものものしい形ではなく、プレイヤーとしてなかなか温かいふん囲気にまとめている。もう一つはエクスクルーシブP3をとりたい。重量、剛性を追求して共振をコントロールし、かつ非常にオーソドックスなユニバーサルアームを持っているが、そんなにものものしいふん囲気の仕上げではない。非常に使用範囲のフレキシブルな高性能の機種だといえる。
 このベスト5を選んでみてアレッと思ったのは、四機種がベルイドライブ、糸ドライブ(BL111)の間接駆動で、エクスクルーシブのP3だけがダイレクトドライブだということだ。私はこのドライブ方式というものは、オーディオのメカマニアにとっては興味があることだと思うが、実際にはこだわる必要はないと思っている。DD方式は最も新しい方式だから、ベルトや糸は古いということになるかもしれないが、そういう考え方は必ずしも正しくない。常に新しいものはよくて、古いものは悪いというのは、これはどこの世界においても誤りである。古いものの方に正しいことが往々にしてある。この場合はどちらが正しいとかということではない。間接駆動方式が多かったから、その方がやっぱりいいのではないか、というように解釈されてもこれは早計である。これは私が、マウンティングの方式だとか、あるいはトーンアームを含めた問題とかで、総合的に選んだもので、この結果をもってDDがいい、ベルトがいいというような解釈はしていただきたくない。
 ところで、このレポートは厳密なテストというように読んでいただきたくない。むしろこのレポートから、皆さんがそれぞれの機器の総合的な印象、赤とか青とか緑だという程度の印象をつかんでいただければいいと思う。自分の共感できる部分が多いものを参考として、プレイヤーシステムの決定に利用していただければ幸いだ。

パイオニア S-F1 (S-F1 custom)

井上卓也

ステレオサウンド 58号(1981年3月発行)
特集・「第3回《THE STATE OF THE ART 至上のコンポーネント》賞選定」より

 一昨年の全日本オーディオフェアに出品されて以来、約一年の歳月を経て発売されたS−F1は、現時点で考えられる最新の技術と材料を駆使し、スピーカーシステムのひとつの理想像を現実のものとした、まさに画期的な製品である。
 マルチウェイ方式のスピーカーシステムは、スピーカーとしての原型であり、一つの振動板から可聴周波数帯域全体を再生する、フルレンジユニットの性能の向上する目的から考えられた方式である。この方式は、現在のスピーカーシステムの主流の座を占めているように、その性能・音質は帯域分割の多い、2ウェイ方式より3ウェイ方式になるほど向上し、現実的なシステムとしては4ウェイ方式まで製品化されている。が、反面において、マルチ化が進むほど音源が分散しやすく、指向性の面で左右方向と上下方向の特性を揃えにくく、ステレオフォニックな音場感の再現性や音像定位の明確さをはじめ、聴取位置の変化による音質の違いなどでデメリットを生じることは、日常しばしば経験することである。
 この点では、各ユニットを同軸上に配置した同軸型ユニットが古くから開発され、業務用のモニタースピーカーをはじめ、コンシュマー用としても音像定位のシャープさというメリットが認められている。ユニット構成上は、歴史的に有名な3ウェイ方式のジェンセンG610Bが生産中止となったため、現在ではアルテックやタンノイの2ウェイ構成に留まるにすぎず、使用ユニットも、コーン型ウーファーとホーン型ユニットという異種ユニットの混成使用であるのが、同軸型としては問題点として挙げられる。
 今回のS−F1は、世界最初の同軸4ウェイ構成と、全ユニットを平面振動板採用で統一するという快挙をなし遂げた異例の製品である点に注目したい。
 平面振動板ユニットは、分割振動を制御するために一般的に節駆動を採用するが、このため駆動用ボイスコイルは巨大な寸法を必要とし磁気回路も比例して大きく、しかも同軸型とするためには、非常に複雑な構造が要求されることが最大のポイントである。つまり、磁気回路の占める面積が大きくなるために、振動板背面の空気の流通が妨げられるわけだ。
 現実には、低音と中低音用にストロンチュウムフェライト磁石を使う新開発直線磁気回路を、中高音と高音にはアルニコ7磁石を2個スタック構造に使う複合磁気回路を使用し、難問に見事な回答を与えている。ちなみに、低音用ボイスコイルは32cm角という巨大なものである。
 振動板材料は、ハニカムコアにスキン材を接着したサンドイッチ構造だが、コア部分のみにエポキシ系の接着剤を表面張力を利用して、接合箇所以外に接着剤のデッドマスをなくし、スキン材を直接貼り合せた独自の構造を採用している。このため振動系は超軽量であり、システムとして94dB/Wの高能率を得ている点に注目したい。スキン材は低音、中低音がカーボングラファイト、中高音と高音がベリリウム箔採用である。なお、低音と中低音は角型ボイスコイル、低音ボビンは平面性、耐熱過度が高い集成マイカを使用する。
 エンクロージュアは230ℓのバスレフ型で、重量68kgの高剛性アピトン合板製。仕上げは2種類用意され、ネットワークは各帯域独立配置で基板を使わない端子板配線と各帯域毎に最適の特殊な無酸素銅線を選択使用しているのが目立つ。なお、マルチアンプ端子は、これによる音質劣化を避けるため廃止されている点にも注目したい。
 S−F1は、平面振動板システムにありがちな振動板の固有音の鳴きが見事にコントロールされ、スムーズなレスポンスと立上りが早く、それでいて滑らかで分解能が優れた音をもち、前後方向のパースペクティブを見事に再現する能力をもつ。同軸型本来の特長を最大限に引き出した世界に誇れる製品である。

ラックス PD300

井上卓也

ステレオサウンド 58号(1981年3月発行)
「Pick Up 注目の新製品ピックアップ」より

 レコード盤とターンテーブルを空気により吸着一体化し、無共振化するバキュアム・ディスク・スタビライザーを採用したベルト駆動プレーヤーシステムを世界初に商品化し先鞭をつけたラックスの、第2弾製品が、このPD300である。
 プレーヤーシステムとしての基本構成は、トーンアームレス、各種トーンアーム用に用意されたアームベース別売システムだ。
 ターンテーブルは、直径30cmアルミダイキャスト製、重量3・5kg、表面には外周と内周部にシーリングパッド、内側シーリングパッドの外に空気吸入口を備える、軸受部は10mm径ステンレスシャフトと真ちゅう製軸受、超硬鉄ボールの組合せ。
 キャビネット構造は、脚部の高さ調整可能のサブインシュレーターとターンテーブル軸受部分とトーンアームベース取付部分とを非常に強固な一体構造で結んだブロックのメインシャーシに3個の大型のメインインシュレーターを組み合わせたダブルインシュレーター方式で、外部振動を遮断している。このメインインシュレーターは、天然ゴム、シリコングリス、スプリングを組み合わせたラックス独自の2段階制動式で、水平調整ツマミでターンテーブルの水平バランスが調整可能である。なお、別売のアームベースは厚さ8mmのアルミ削り出しで作られ、各種市販トーンアームに対応できるように4種類が用意されている。アーム取付穴はオフセットしているため、ベースを回転してカートリッジのオーバーハング調整が可能な構造を採用している。
 PD300の最大の特長は吸着システムである。これはコロンブスの卵的なユニークな発想のふいごの原理を利用した真空ポンプ使用でキャビネット前面のレバー操作で容易に吸着と解除がワンタッチでできる。動作は確実で、吸着状態を表示する表示ランプがレバーの横にあり、解除で橙色、吸着で青色に切り替わる。また、本機には、アンプに採用されたAC電源極性チェッカーが備わっている点も注目したい。
 トーンアームにSAEC WE407/23、ベースにTF−MTを組み合わせる。吸着は容易であり安定度、操作性ではむしろPD555をしのぐ印象がある。音は、価格帯としては安定感があり重厚な低域は特筆に値する。使いこなしのコツは速度調整の微調でサウンドバランスをとること。

Lo-D TU-1000

井上卓也

ステレオサウンド 58号(1981年3月発行)
「Pick Up 注目の新製品ピックアップ」より

 昨年のオーディオフェアに出品され、一部のマニア層の熱い視線を集めた注目のプレーヤーシステムである。
 プレーヤーシステムとしては、トーンアームレスタイプで、電源部はキャビネットから分離をした独立タイプである。
 直径33cm、重量6kgのアルミターンテーブルは、下面に特殊加工を施した特殊粘弾性体を充填した防振構造を採用。モーターは、重量級ターンテーブルを33 1/3回転時に1/3回転で定速に駆動できるだけの5kg・cmの高起動トルクを発生する新開発のストロンチウムフェライトマグネットをローターに使ったLo−D独自の磁気浮上式ユニトルクモーターを組み合わせている。
 新開発のモーターは、300極精密着磁をおこない磁気誘導全周積分方式により高い周波数で高精度の速度検出信号を取り出し、クォーツロック回路で安定度が高く、応答性の優れたサーボコントロールをし大慣性ターンテーブルと軸真円度0・1μの高精度軸受機構で、測定限界にせまるワウ・フラッター0・006%(WRMS/FG法)に達している。なお、モーターシャフトはDD型としては異例の直径16mm、特殊ステンレス鋼を熱処理をしたタイプを使い、磁気浮上方式はローター磁石とヨーク間の磁気吸引力がターンテーブル重量を打ち消す作用をし、実質的には軸受重量は1/3以下に軽減され、重量6kgのターンテーブルは2kg弱の重量に相当することになる。
 キャビネットは、特殊積層材使用80mm厚ソリッドタイプで、裏面を特首謀浸材でダンプした合金キャスト製パネルをパーティクル材及び粘弾性材多層構造の本体に固着した構造である。なお、アームベースは特殊合金製重量1・5kgで、加工が難しいため使用アームに合わせてLo−D工場で加工され直接送付される方式をとっている。
 TU1000にSAEC WE407/23を組み合わせる。聴感上の帯域バランスはナチュラルな広帯域型で、音色は適度に明るく滑らかであり、いかにも高級機らしい格調の高さが音に如実に感じられる。音場感はナチュラルだが少しパースペクティブを抑える様子だが、これも超高価格機との比較での差である。高性能と強固なメカニズムを併せもった聴感上でのSN比の高さに特長がある見事な製品である。

SME 3012-R Special

瀬川冬樹

ステレオサウンド 58号(1981年3月発行)
「Best Products 話題の新製品を徹底解剖する」より

 凝り性のオーディオ愛好家はむろんのこと、メカにはそんなに興味のないレコード愛好家のあいだでも、絶大の信頼をかち得てまさに一世を風靡したSMEも、ここ数年来、次第に影が薄くなって、最近ではむしろ日本の愛好家の話題にはのぼりにくい製品になりかけていた。
 理由ははっきりしている。アメリカ、イギリスをはじめとして欧米諸国では、近年、アームもカートリッジも、超軽量化、ライトマス化に一斉に動いている。この流れの中でSMEもまた、軽量化に不利な3012を製造中止して、短いほうの3009でさえ、いっそうの軽量化のために、シリーズIIインプルーヴド型をへて、シリーズIIIにまで脱皮した。このSIII型を、正しく調整したときの音質は、決して悪くない。いや、悪くないどころか、独特の、風格と品位を感じさせる美しい音を聴かせる。その点は意外に知られていないし、評価もされていない。それはおそらく、カートリッジ交換のしにくさが大きく影響している。
 たしかに、理論的には新しいSMEに、優れた点はいくつもある。構造もデザインもユニークで、よく消化されている。だが、どことなく馴染みにくい形。何となく扱いにくく調整の難しそうな格好……。だがそのことよりも、カートリッジの交換がしにくいこと、というより日本ですっかり広まってしまったプラグイン式のカートリッジのヘッドシェルにとりつけてあるカートリッジが、現在のSMEにはそのままではとりつけられない、という理由のほうが、愛好家たちから敬遠された最大の理由ではないだろうか。そのプラグイン式シェルは、もとはオルトフォンが作った形だが、それを広く日本に普及させたのは、SMEの旧型で、そのSMEが自ら、軽量化の妨げになるという理由で便利なコネクターを捨ててしまい、その結果、日本の愛好家からそっぽを向かれてしまったのだから、皮肉な話だ。
 そのSMEが、何を思ったか、あの3012を、再び市販するという。え! うそじゃないの? と一瞬思ったが、目の前に置かれた製品を眺めて、いじりまわしてみると、これは冗談でもなければ、単純な懐古趣味でもなく、SMEが、3012を現代に復活させるべく、本気になって設計し直した、いわば新型の優れたアームであることが、次第に理解されてくる。
 初期の3012の最大の特徴は、アーム主部にステンレスパイプを使ったこと。ステンレスパイプは、へたに使うと固有の共鳴音が、嫌なくせを音につけ加えやすいが、今回の新型では、内部にバルサ材で巧妙な制動が加えられているとのこと。そして、初代3012で最もめんどうだったラテラルバランスの調整部分に、全く新しい考案のメカニズムがとり入れられた。この構造と工作精度は非常に見事で、実にじっくりと、ガタつきがなく滑らかに調整ができる。こ部分ひとついじってみても、この3012Rという新型が、SMEとしても本腰を入れた製品であることがわかる。こまかな構造は写真の解説、及び本誌57号503ページの「ホットニュース」欄、それに広告欄などを併せてご覧頂くほうが早い。それよりも、気になるこのアームの音についてご報告するのが、私の役割だろう。
 ホンネを吐けば、試聴の始まる直前までは、心のどこかに、「いまさらSMEなんて」とでもいった気持が、ほんの少しでもなかったといえば嘘になる。近ごろオーディオクラフトにすっかり入れ込んでしまっているものだから、このアームの音が鳴るまでは、それほど過大な期待はしていなかった。それで、組み合わせるターンテーブルには、とりあえず本誌の試聴室に置いてあったマイクロの新型SX8000+HS80にとりつけた。
 たまたま、このアームの試聴は、別項でご報告したように、JBLの新型モニター♯4345の試聴の直後に行なった。試聴のシステム及び結果については、400ページを併せてご参照頂きたいが、プレーヤーシステムはエクスクルーシヴP3を使っていた。そのままの状態で、プレーヤーだけを、P3から、この、マイクロSX8000+SMEに代えた。カートリッジは、まず、オルトフォンMC30を使った。
 音が鳴った瞬間の我々一同の顔つきといったらなかった。この欄担当のS君、野次馬として覗きにきていたM君、それに私、三人が、ものをいわずにまず唖然として互いの顔を見合わせた。あまりにも良い音が鳴ってきたからである。
 えもいわれぬ良い雰囲気が漂いはじめる。テストしている、という気分は、あっという間に忘れ去ってゆく。音のひと粒ひと粒が、生きて、聴き手をグンととらえる。といっても、よくある鮮度鮮度したような、いかにも音の粒立ちがいいぞ、とこけおどかすような、あるいは、いかにも音がたくさん、そして前に出てくるぞ、式のきょうび流行りのおしつけがましい下品な音は正反対。キャラキャラと安っぽい音ではなく、しっとり落ちついて、音の支えがしっかりしていて、十分に腰の坐った、案外太い感じの、といって決して図太いのではなく音の実在感の豊かな、混然と溶け合いながら音のひとつひとつの姿が確かに、悠然と姿を現わしてくる、という印象の音がする。しかも、国産のアーム一般のイメージに対して、出てくる音が何となくバタくさいというのは、アンプやスピーカーならわからないでもないが、アームでそういう差が出るのは、どういう理由なのだろうか。むろん、ステンレスまがいの音など少しもしないし、弦楽器の木質の音が確かに聴こえる。ボウイングが手にとるように、ありありと見えてくるようだ。ヴァイオリンの音が、JBLでもこんなに良く鳴るのか、と驚かされる。ということきは、JBLにそういう可能性があったということにもなる。
 S君の提案で、カートリッジを代えてみる。デンオンDL303。あの音が細くなりすぎずほどよい肉付きで鳴ってくる。それならと、こんどはオルトフォンSPUをとりつける。MC30とDL303は、オーディオクラフトのAS4PLヘッドシェルにとりつけてあった。SPUは、オリジナルのGシェルだ。我々一同は、もう十分に楽しくなって、すっかり興に乗っている。次から次と、ほとんど無差別に、誰かがレコードを探し出しては私に渡す。クラシック、ジャズ、フュージョン、録音の新旧にかかわりなく……。
 どのレコードも、実にうまいこと鳴ってくれる。嬉しくなってくる。酒の
出てこないのが口惜しいくらい、テストという雰囲気ではなくなっている。ペギー・リーとジョージ・シアリングの1959年のライヴ(ビューティ・アンド・ザ・ビート)が、こんなにたっぷりと、豊かに鳴るのがふしぎに思われてくる。レコードの途中で思わず私が「おい、これがレヴィンソンのアンプの音だと思えるか!」と叫ぶ。レヴィンソンといい、JBLといい、こんなに暖かく豊かでリッチな面を持っていたことを、SMEとマイクロの組合せが教えてくれたことになる。
 3012Rを、この次はもっといろいろのターンテーブルシステムとカートリッジと組み合わせる実験を、ぜひしてみなくてはならないと思う。その結果は、いずれまた、ご報告しなくてはならなくなりそうだ。

アントレー EC-30

井上卓也

ステレオサウンド 58号(1981年3月発行)
「Best Products 話題の新製品を徹底解剖する」より

 ひとくちにMC型カートリッジといっても、設計ポリシーから分類すれば、インピーダンスを低く2〜3Ωにとり、出力電圧より出力電流を多く取り出すことを目的とした電力発電効率を重視したタイプ、インピーダンスを数10Ωと高くとり、出力電圧を多く出力電流を少くした、ややMM型などのハイインピーダンス型に近い電圧型のタイプ、その中間の数Ω〜20Ω程度の中間派と、ほぼ3種類が市販されているが、アントレーの製品はもっともMC型らしい低インピーダンス型である点に特長があり、本来は昇圧トランスを使って優れた性能を発揮するタイプだ。
 今回、トップモデルとして発売されたEC30は、アルミ合金シェル一体構造を採用し、ボロンカンチレバーとダイヤチップの銀ロウ接合、センダスト巻枠、パーメンダー削り出しヨークなどに特長がある。
 ET200トランスとの組み合わせた音は、力強くダイナミックな低域をベースとした鋭角的で見事な音を聴かせる。帯域はナチュラルなバランスを保ち、アコースティックな楽器のリアリティは特筆に値する。音の性質は、かなり正統派の優等生で抑制のきいた安定で真面目なタイプである。

オーディオテクニカ AT-34EII

井上卓也

ステレオサウンド 58号(1981年3月発行)
「Best Products 話題の新製品を徹底解剖する」より

 カッターヘッドと相似形動作を設計ポリシーとする独自のデュアル・ムービングコイル型カートリッジのトップモデル、AT34を改良発展した同社のトップモデルである。構造上はシェル一体型のインテグレーテッドタイプで、主な特長はカンチレバーに先端0・2mm、基部が0・3mmのテーパード形状のベリリウムのムク材を使い、表面には耐蝕と制動を目的として0・3μm厚の金を真空蒸着して使用している。スタイラスは0・07mm角ダイヤブロック使用でAT34の0・09mm角より一段と小型化された。カンチレバーとの接着部分は銀蒸着を施し、セラミック系接着剤で加熱溶着し剛性を高めている。コイル部分はアニール銀銅線をバナジウム・パーメンダーコアに巻き、磁気回路はバナジウム・パーメンダーヨークとサマリウムコバルト磁石で磁気エネルギーは従来より30%向上しているとのことだ。
 試聴はAT650との組合せで行なった。従来のAT34とくらべ、音の粒子が一段と細かくシャープになり、分解能が向上した点が大きい変化である。テクニカらしい安定したサウンドと、トップモデルらしい安定度をもつ優れた製品だ。