瀬川冬樹
ステレオサウンド 58号(1981年3月発行)
「Best Products 話題の新製品を徹底解剖する」より
凝り性のオーディオ愛好家はむろんのこと、メカにはそんなに興味のないレコード愛好家のあいだでも、絶大の信頼をかち得てまさに一世を風靡したSMEも、ここ数年来、次第に影が薄くなって、最近ではむしろ日本の愛好家の話題にはのぼりにくい製品になりかけていた。
理由ははっきりしている。アメリカ、イギリスをはじめとして欧米諸国では、近年、アームもカートリッジも、超軽量化、ライトマス化に一斉に動いている。この流れの中でSMEもまた、軽量化に不利な3012を製造中止して、短いほうの3009でさえ、いっそうの軽量化のために、シリーズIIインプルーヴド型をへて、シリーズIIIにまで脱皮した。このSIII型を、正しく調整したときの音質は、決して悪くない。いや、悪くないどころか、独特の、風格と品位を感じさせる美しい音を聴かせる。その点は意外に知られていないし、評価もされていない。それはおそらく、カートリッジ交換のしにくさが大きく影響している。
たしかに、理論的には新しいSMEに、優れた点はいくつもある。構造もデザインもユニークで、よく消化されている。だが、どことなく馴染みにくい形。何となく扱いにくく調整の難しそうな格好……。だがそのことよりも、カートリッジの交換がしにくいこと、というより日本ですっかり広まってしまったプラグイン式のカートリッジのヘッドシェルにとりつけてあるカートリッジが、現在のSMEにはそのままではとりつけられない、という理由のほうが、愛好家たちから敬遠された最大の理由ではないだろうか。そのプラグイン式シェルは、もとはオルトフォンが作った形だが、それを広く日本に普及させたのは、SMEの旧型で、そのSMEが自ら、軽量化の妨げになるという理由で便利なコネクターを捨ててしまい、その結果、日本の愛好家からそっぽを向かれてしまったのだから、皮肉な話だ。
そのSMEが、何を思ったか、あの3012を、再び市販するという。え! うそじゃないの? と一瞬思ったが、目の前に置かれた製品を眺めて、いじりまわしてみると、これは冗談でもなければ、単純な懐古趣味でもなく、SMEが、3012を現代に復活させるべく、本気になって設計し直した、いわば新型の優れたアームであることが、次第に理解されてくる。
初期の3012の最大の特徴は、アーム主部にステンレスパイプを使ったこと。ステンレスパイプは、へたに使うと固有の共鳴音が、嫌なくせを音につけ加えやすいが、今回の新型では、内部にバルサ材で巧妙な制動が加えられているとのこと。そして、初代3012で最もめんどうだったラテラルバランスの調整部分に、全く新しい考案のメカニズムがとり入れられた。この構造と工作精度は非常に見事で、実にじっくりと、ガタつきがなく滑らかに調整ができる。こ部分ひとついじってみても、この3012Rという新型が、SMEとしても本腰を入れた製品であることがわかる。こまかな構造は写真の解説、及び本誌57号503ページの「ホットニュース」欄、それに広告欄などを併せてご覧頂くほうが早い。それよりも、気になるこのアームの音についてご報告するのが、私の役割だろう。
ホンネを吐けば、試聴の始まる直前までは、心のどこかに、「いまさらSMEなんて」とでもいった気持が、ほんの少しでもなかったといえば嘘になる。近ごろオーディオクラフトにすっかり入れ込んでしまっているものだから、このアームの音が鳴るまでは、それほど過大な期待はしていなかった。それで、組み合わせるターンテーブルには、とりあえず本誌の試聴室に置いてあったマイクロの新型SX8000+HS80にとりつけた。
たまたま、このアームの試聴は、別項でご報告したように、JBLの新型モニター♯4345の試聴の直後に行なった。試聴のシステム及び結果については、400ページを併せてご参照頂きたいが、プレーヤーシステムはエクスクルーシヴP3を使っていた。そのままの状態で、プレーヤーだけを、P3から、この、マイクロSX8000+SMEに代えた。カートリッジは、まず、オルトフォンMC30を使った。
音が鳴った瞬間の我々一同の顔つきといったらなかった。この欄担当のS君、野次馬として覗きにきていたM君、それに私、三人が、ものをいわずにまず唖然として互いの顔を見合わせた。あまりにも良い音が鳴ってきたからである。
えもいわれぬ良い雰囲気が漂いはじめる。テストしている、という気分は、あっという間に忘れ去ってゆく。音のひと粒ひと粒が、生きて、聴き手をグンととらえる。といっても、よくある鮮度鮮度したような、いかにも音の粒立ちがいいぞ、とこけおどかすような、あるいは、いかにも音がたくさん、そして前に出てくるぞ、式のきょうび流行りのおしつけがましい下品な音は正反対。キャラキャラと安っぽい音ではなく、しっとり落ちついて、音の支えがしっかりしていて、十分に腰の坐った、案外太い感じの、といって決して図太いのではなく音の実在感の豊かな、混然と溶け合いながら音のひとつひとつの姿が確かに、悠然と姿を現わしてくる、という印象の音がする。しかも、国産のアーム一般のイメージに対して、出てくる音が何となくバタくさいというのは、アンプやスピーカーならわからないでもないが、アームでそういう差が出るのは、どういう理由なのだろうか。むろん、ステンレスまがいの音など少しもしないし、弦楽器の木質の音が確かに聴こえる。ボウイングが手にとるように、ありありと見えてくるようだ。ヴァイオリンの音が、JBLでもこんなに良く鳴るのか、と驚かされる。ということきは、JBLにそういう可能性があったということにもなる。
S君の提案で、カートリッジを代えてみる。デンオンDL303。あの音が細くなりすぎずほどよい肉付きで鳴ってくる。それならと、こんどはオルトフォンSPUをとりつける。MC30とDL303は、オーディオクラフトのAS4PLヘッドシェルにとりつけてあった。SPUは、オリジナルのGシェルだ。我々一同は、もう十分に楽しくなって、すっかり興に乗っている。次から次と、ほとんど無差別に、誰かがレコードを探し出しては私に渡す。クラシック、ジャズ、フュージョン、録音の新旧にかかわりなく……。
どのレコードも、実にうまいこと鳴ってくれる。嬉しくなってくる。酒の
出てこないのが口惜しいくらい、テストという雰囲気ではなくなっている。ペギー・リーとジョージ・シアリングの1959年のライヴ(ビューティ・アンド・ザ・ビート)が、こんなにたっぷりと、豊かに鳴るのがふしぎに思われてくる。レコードの途中で思わず私が「おい、これがレヴィンソンのアンプの音だと思えるか!」と叫ぶ。レヴィンソンといい、JBLといい、こんなに暖かく豊かでリッチな面を持っていたことを、SMEとマイクロの組合せが教えてくれたことになる。
3012Rを、この次はもっといろいろのターンテーブルシステムとカートリッジと組み合わせる実験を、ぜひしてみなくてはならないと思う。その結果は、いずれまた、ご報告しなくてはならなくなりそうだ。
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