Author Archives: audio sharing - Page 31

ラックスマン L-570

井上卓也

ステレオサウンド 94号(1990年3月発行)
特集・「いまこれだけは聴きたい ’90エキサイティングコンポーネント プリメインアンプ×スピーカーの相性テスト」より

JBL XPL200との相性
L540と比較すると、スピーカーの全帯域に制動がかかり、総合的バランスはかなり自然になる。低域にスピーカーエンクロージュアの箱鳴り的な音が残るが、中域から高域は硬質で、音の芯をクッキリと出す傾向がある。音場感の広がりは最低限度で、ステレオイメージと言うには明らかに情報不足で、音像は相当に肥大型だ。

サンスイ AU-α707L Extra

井上卓也

ステレオサウンド 94号(1990年3月発行)
特集・「いまこれだけは聴きたい ’90エキサイティングコンポーネント プリメインアンプ×スピーカーの相性テスト」より

ビクター SX-700との相性
響きが豊かでサロン風なイメージの音を聴かせる。バランス的には中域が薄く、SPのキャラクターを抑えるが、やや実体感は不足気味となる。柔らかい低域と一種の個性的な輝きを潜在的に持つ中高域は、ほどよくバランスを保つ。各プログラムソースを基本的に自分の音として聴かせる傾向が強く、小音量時にも楽しめそうな音だ。

アキュフェーズ E-405

井上卓也

ステレオサウンド 94号(1990年3月発行)
特集・「いまこれだけは聴きたい ’90エキサイティングコンポーネント プリメインアンプ×スピーカーの相性テスト」より

JBL XPL200との相性
スピーカーに対するアンプの制動力は、E305と比べ大幅に向上し、とくに中低域を抑える効果は大きい。低域はまだ独特の個性が残るが、帯域バランスはほぼ平均的なレベルとなり、安定した印象が加わって、力強さも相当に聴きとれるようになる。音場感は最低限で左右方向の広がり感はあるが、音像は平面的に横一線型に並ぶ。

ラックスマン L-540

井上卓也

ステレオサウンド 94号(1990年3月発行)
特集・「いまこれだけは聴きたい ’90エキサイティングコンポーネント プリメインアンプ×スピーカーの相性テスト」より

タンノイ Stirling/HWとの相性
聴感上での帯域バランスは、ナローレンジ型のまとまりとなり、柔らかい低域と硬質な高域が2ウェイらしいバランスを聴かせる。音の傾向は薄く、軽く、聴きやすいタイプで、スケールは小さくまとまるようだ。音の反応は穏やかで、パルシヴな音は少し鈍く聴こえる。音像は小さいが、スピーカーの奥に引っ込んで定位する。

ブルメスター Model 808MK3, Model 878

菅野沖彦

ステレオサウンド 94号(1990年3月発行)
「BEST PRODUCTS 話題の新製品を徹底試聴する」より

 西ドイツの高級アンプリファイアー〝ブーメスター〟は一時、日本へもある業者によって輸入されたが、本格的導入に至らず残念に思ったことがある。今回はCECという、我々に馴染みの深いメーカーによって再び輸入が開始されることになった。前の輸入時のようにちょっと手をつけて、売れ足が遅いとすぐ放り出すというような中途半端なことはやらないほうがよく、今回の中央電機の本腰を入れた導入の姿勢には期待が持てる。
 この製品のように、明らかに造る人間の熱意と誠心の込められた高級機というものは、派手なセールス展開よりもじっくり腰を据えた、長期間安心してユーザが愛用できる体制の下に導入が図られるべきであろう。パーツやサービスの供給が安定していてこそ初めて、こうした製品にふさわしい信頼感を持って迎えられるものであり、何台か売って、ハイそれまで……では、どんなに優れた魅力的な製品でも定着するはずはない。
 そんなわけで、この西独のブーメスターは、今回が正式な日本デビューといってよいものだが、本国ではすでに10年以上前から、最高級アンプとしての評価を得ていた。私も7〜8年前から西独で、このアンプは見聴きしていて、その素晴らしさを知っていたから、なぜ今まで、本格的に日本の市場に参入しないのか不思議に思っていたのである。
 ところで今回、試聴しご紹介する同社のプリアンプとパワーアンプは、1977年にディーター・ブーメスター氏の率いるグループによって開発されたものをオリジナルとして、基本的にはほとんど変更はない。入出力のバランス回路を当初からの基本設計とするが、民生用機器としては、この実現は早期のものといったよいだろう。洗練された高級パーツの採用と、入念なコンストラクションとフィニッシュは音にも当然反映していて、ハイクォリティで主張の明確な音楽性をもっているが、誰の目にもそれが、製作者たちの〝こだわり〟の具体化と感じられるアピアランスをもっていることがわかるはずだし、好き嫌いは別として、この製品は純粋に設計製造者の意欲から生まれたものであり、彼らの英知と感性の結晶であるから、立派な〝本物〟として評価することに異論はあるまい。いい換えれば〝物を通して、その向う側に存在する創作者と対話が可能な作品〟なのである。
 プリアンプ/モデル808MK3は、徹底したモジュール構成によるシステムアンプで豊富なオプションモジュールを備えている。標準装備はCDモジュールと出力モジュール1個だが、入力モジュールとして他にフォノが3種類用意されている。つまり、MC型用のバランス/アンバランス各々とアンバランスのMM用である。その他にラインがチューナー、テープ、AUX、DATの4種類ある。またさらに、変更用のバランス型出力モジュールとアンバランス型出力モジュールもある。これらの豊富なオプションモジュールの中から、標準装備のモジュールを含め6個選択し構成できるようになっている。詳しくは現物に即してマニュアルでご検討いただくのがよいと思うが、モジュール交換・追加によって、常にリファインが可能という、いかにもドイツ的な合理性をもっている。また電源部は独立したセパレート型である。フロントパネルのコントロールは入力、セレクターと2系統の出力レベルが独立して設けられているが、その他にはモニターとソースの切替えスイッチがあるだけのシンプルなもの。肉厚のトロッとしたクロームメッキ・フィニッシュは、このアンプの音にどこか共通するセンスを秘めている。磨き抜かれた輝かしさと艶っぽさをもった音で、低域の豊潤さと力感は特質に値する。
 パワーアンプ/モデル878はデュアルモノーラル構成のステレオアンプで、バランス伝送は、この2台のアンプをブリッジ接続してモノーラル仕様にすれば理想的だ。このアンプにはオプションでクロスオーバーモジュールがあり、周波数を指定して注文できる。これもプラグインすれば、6dB/octのハイパス/ローパスフィルターつきのアンプとしてバイアンプ駆動が可能になる。なお、この両アンプを接続するには、独自の4ピンコネクターによるバランスケーブルで行なうが、一般アンプとの接続には変換コネクターが必要となる。
 この組合せによる試聴では、プリアンプで述べた輝かしさと艶が芳醇な光沢を聴かせ、豪奢な雰囲気である。細部ほど明るい照明が当てられたような、輝度の高い音場が展開する。しかし、決して人工的で機械的な光り、輝きとも違った質感で、この種の質感は、確かに生の楽音がもっていることに思いあたるのである。紛うかたなきゲルマン・トーンであり、曖昧さ、脆弱繊細さは求められない、張りのある凛然としたソノリティだ。

ビクター XL-Z1000 + XP-DA1000

井上卓也

ステレオサウンド 94号(1990年3月発行)
特集・「最新CDプレーヤー14機種の徹底試聴」より

 音場感情報が豊かで、音楽が演奏されている空間の拡がりを、ゆったりとした余裕のあるプレゼンスで聴かせる特徴がある。ロッシーニでは、予想より硬質な面と、音の分離にいまひとつの感があるが、木管楽器特有の高質さとふくらみや、コントラバスのピチカートなどはかなり実体感があり、見通しもよい。ピアノトリオは、中高域に少し硬質さがある薄味傾向のまとまり。楽器のメカニズムの出す固有のノイズをかなり聴かせるが、ピアノのリアリティは抑えられる。ヴァイオリン、チェロは少し硬質で、やや響き不足の音だ。ブルックナーは、奥行きの深い空間を感じさせる音場感の豊かさがあり、響きはたっぷりとあるが全体に力不足で、トゥッティで音の混濁感がある。平衡出力では、スッキリと見通しの良さが聴かれ、反応の軽さが出るが、再生系の持つ一種の重さ、暗さがある低域が全体のバランスを崩しているようで、これは聴取位置が左側に偏っていることも関係がある。

サンスイ AU-α707L Extra

井上卓也

ステレオサウンド 94号(1990年3月発行)
特集・「いまこれだけは聴きたい ’90エキサイティングコンポーネント プリメインアンプ×スピーカーの相性テスト」より

セレッション SL6Siとの相性
ナチュラルで色づけが少なく、音場感的な情報量がたっぷりとあり、ステレオフォニックにプレゼンスよく音を聴かせる。バランス的には中域のエネルギー感が抑えられた音で、Pトリオは響きが過剰気味となり、かなりサロン風なまとまりだ。大編成の曲ではスケール感があるが、集中力が不足気味となり、実体感が今一歩だ。

デンオン DCD-3500RG

井上卓也

ステレオサウンド 94号(1990年3月発行)
特集・「最新CDプレーヤー14機種の徹底試聴」より
 適度に緻密で安定感のある中域を中心に、ナチュラルな帯域バランスと標準的な音情感の再現能力、明快な音像定位が聴かれるリファレンスモデル的な内容の音は、昨年発表された時点とは格段の差のグレードアップである。聴取位置は中央の標準位置である。ロッシーニは柔らかい雰囲気型の音で、音像は奥に定位する。安定度は充分にあるが密度感が不足気味で、ウォームアップ不足だ。ピアノトリオは、安定感のある帯域バランスと芯のしっかりした音で、一種の重厚さめいた印象が特徴。ブルックナーは厚みのある安定した、いわば立派な音だが、トゥッティでは混濁気味。平衡出力では、ホールトーンはたっぷりとあるが表情が甘く、コントラスト不足の音で、かなり音量を変え、セッティングを少し変えた程度では変化がなく、再生系との相性の問題がありそうだ。ジャズは、低域が腰高で安定せず、全体にモコモコとした一種の濁りのある音とプレゼンスでまとまらない音だ。

ワーフェデール Coleridge

菅野沖彦

ステレオサウンド 94号(1990年3月発行)
「BEST PRODUCTS 話題の新製品を徹底試聴する」より

ワーフデール。なんという懐かしい響きであろう。私の青春時代のオーディオは、ワーフデールのスピーカーによって奏でられていた。ワーフデールは、英国のスピーカーメーカーの名門で、タンノイやグッドマンと並んで、第2次大戦後のオーディオ界の花形メーカーであった。当時、エアデイルと呼ばれる大型システムが憧れの的で、創刊間もない頃の本誌で、夢のオーディオシステムとして、このエアデールを片チャンネル4本使った誌上プランを書いたのを思い出す。ステレオ初期の私のシステムは、ワーフデールのユニットで構成し、12インチのウーファーW12RS/PST、8インチの全帯域ユニット/スーパー8をスコーカーに、トゥイーターはスーパー3という3ウェイシステムを組み、当初はネットワークを使っていたが、後半はこれをマルチアンプによってドライブしたものだった。創立者のブリッグス博士はスピーカー設計の草分けとして、その著書は多くのスピーカーエンジニアエンジニアの教科書でもあった。
 そのワーフデール・ブランドが久しぶりに日本の市場にカムバックする。アーサー・ランクのコンツェルン傘下にあって、普及型システムのメーカーに成り下った同社の存在に淋しい思いを噛みしめていたのは私だけではあると思われる。現在のワーフデールは新生ワーフデールとして独立し再出発した模様であるが、その代表モデルがこの〝コーリッジ〟である。2ウェイ構成の中型ブックシェルフというのは、代表モデルとしてはちょっと淋しいが、現在の英国オーディオ界の実態を物語ってもいる。この洒落っ気ゆえに少々安っぽい感じのするデザインフィニッシュは往年の風格に比すべくもないが、これも現在のイギリスのトレンドからすれば入念な仕上がりといえるものだろう。見た目の存在感としては、往年のワーフデールを知る者としては、失望の他はないのだが、一本九万円台という価格に高級機を期待する方が無理というものだ。
 しかしその音を聴いた途端、さすがと思わず唸り、嬉しくなってしまった。このサイズのシステムとしては、第一級の音を持ってるのはいうまでもなく、サイズや価格をさておいても、音として誠に正統的な質感とバランスをもった自然なものであった。イギリスの伝統である〝音楽的な自然さ〟をメーカーも標榜しているが、全くその通りである。端正な造形バランスの中に美しい彫琢の整った音像が浮彫りになり、楽音の千変万化への反応が鋭く明晰である。節度のあるコントロールで、曖昧な共鳴による演出はなくなり、締まった低音はローエンドまでとはいかないが、十分な低域の量感も再現するし、なによりもよく弾み、濃やかなタッチを鮮やかに聴かせてくれるのがよい。すっきりとした品のよい佇まいはサラブレッドの美しさを保っている。

サンスイ AU-α907L Extra

井上卓也

ステレオサウンド 94号(1990年3月発行)
特集・「いまこれだけは聴きたい ’90エキサイティングコンポーネント プリメインアンプ×スピーカーの相性テスト」より

JBL XPL200との相性
アンプ本来の響きの豊かさとスピーカー独自の低音とが相乗効果として働き、低音の質感が正しく再生されず、ボッテリとした音になる。音場感的広がり、音像定位ともに不明瞭となり、プレゼンスで問題のあるタイプだ。音の表情はアンプ側でも抑え気味のため、いまひとつ冴えない面が残るようだ。全体に引き締まったソリッドさが必要だ。

EMT 981

井上卓也

ステレオサウンド 94号(1990年3月発行)
特集・「最新CDプレーヤー14機種の徹底試聴」より

 整然とした硬質な音を、適度な力感を持って聴かせる個性型のプレーヤーだ。ロッシーニでは、弦、木管などのハーモニクスが個性的な輝きを持ち、コリッとした硬めのテノールは本機の特徴を物語る。音場感は特に広くはなく、ある限定された空間にピシッと拡がり、輪郭がクッキリとした音像定位はクリアーで見事である。ピアノトリオは間接音成分が抑えられ、スタジオ録音的まとまりとなるが、硬質で実体感のある音は楽器が身近に見える一種の生々しさがあり楽しい。ブルックナーは、トゥッティで少しメタリックな強調感があるが、音源が予想より遠くスケール不足の音だ。No.26Lの不平衡入力から平衡入力に替えると、音場感、各パートの楽器の音がかなり自然になり、このクラス水準の音になるが、編成の大きなオーケストラのエネルギー感は不足気味だ。それにしても、ブルックナーが見通しよく整然と聴こえたら、それが優れたオーディオ機器なのだろうか。

アキュフェーズ E-305

井上卓也

ステレオサウンド 94号(1990年3月発行)
特集・「いまこれだけは聴きたい ’90エキサイティングコンポーネント プリメインアンプ×スピーカーの相性テスト」より

JBL XPL200との相性
低域に独特の強調感がある個性的な音である。時間をかけて聴き込んでいくと、音は次第に姿・形を変え、音場感もかなりナチュラルになっていく。少し音量を上げ気味にして鳴らすと、音に活気が出て違和感が少なくなる。低域はブーミーであるが XPL200の特徴の一部が聴きとれるようになるが、音像は大きく、音は薄い。

ラックスマン L-540

井上卓也

ステレオサウンド 94号(1990年3月発行)
特集・「いまこれだけは聴きたい ’90エキサイティングコンポーネント プリメインアンプ×スピーカーの相性テスト」より

JBL XPL200との相性
独特の個性ある低音が特徴の音である。聴感上での低域レスポンスはかなりウネリ気味で、ダイレクトな直接音成分をかなり抑えた、モワッとしたプレゼンスだ。音場感は、狭いというよりは、マルチモノ的で、音場感情報が少なく、左チャンネルの音が聴こえるような音である。結果としての相性は悪く、制動不足が問題か。

パイオニア A-838

井上卓也

ステレオサウンド 94号(1990年3月発行)
特集・「いまこれだけは聴きたい ’90エキサイティングコンポーネント プリメインアンプ×スピーカーの相性テスト」より

セレッション SL6Siとの相性
まず感じるのは「レクイエム」で、録音空間の左右の広がりや前後の奥行きがコンパクトなこと。このことはPトリオでも同様。響きよりも楽器自体の音の強さを表す傾向だと聴けた。それが顕著なのは「コリオラン」で、低音部の重いうなりをぐいぐいと押し出す。6Siが急に元気になった感じがした。

パイオニア PD-5000

井上卓也

ステレオサウンド 94号(1990年3月発行)
特集・「最新CDプレーヤー14機種の徹底試聴」より

 響きの豊かさがあり、基本的なクォリティが高く、各プログラムソースの特徴を引き出しながら、安定感のある立派な音が聴ける製品だ。ロッシーニでは、自然な拡がりのあるホールトーンと安定した音を聴かせ、音像の立ち方もやや立体的なイメージがある。中域の一部には少し硬質な傾向があり、楽器の分離がよくリアリティのある音で描く効果があり、柔らかく質感のよい低域と巧みなバランスを保つ。ピアノトリオは響きが豊かで、ディテールをサラッと聴かせる素直な再現能力と実体感のある音像定位が好ましいが、再生システムのキャラクターか、やや硬調な描写となりやすく、アタック音が少しなまり気味だ。ブルックナーも共通で金管が硬く聴かれ、トゥッティの分離がいま一歩であるが、安定した質感のよい音と自然なプレゼンスは相当によい。低域の伸び、ゆとりに少し不満が残るが、価格からは無理な注文だろう。ジャズは、低域腰高で軟調傾向だが、よくまとまる。

ティアック P-500 + D-500

井上卓也

ステレオサウンド 94号(1990年3月発行)
特集・「最新CDプレーヤー14機種の徹底試聴」より

 全体にプログラムソースの音を軽く、柔らかい傾向の音として聴かせる。いわば個性の強い製品ではあるが、音色が暗くならず、表情に鈍さがないことが好ましい。ロッシーニは、かなり広帯域型のfレンジと、軽く滑らかな雰囲気のよい音だが、少し実体感が欲しいまとまりだ。ピアノトリオは、楽器の低音成分が多く、やや中域を抑えたバランスの、線が細く柔らかな音だ。音場は引っ込み奥に拡がり、響きはきれいだが音源は遠く、細部は不明の音。ブルックナーは、音源は遠いが、空間を描く音場感のプレゼンスはナチュラルでフワッとした雰囲気があり、これでよい。トゥッティでは予想外に中高域に輝く個性があり硬質な面が顔を出すが、それなりのバランスで聴かせるあたりは、ターンテーブル方式の利点であるのかもしれない。ジャズは、定位はブーミーでエネルギー感が抑え気味となり、いまひとつ弾んだリズム感が不足気味で、見通しもやや不足気味だ。

エソテリックP-2 + D-2

井上卓也

ステレオサウンド 94号(1990年3月発行)
特集・「いまこれだけは聴きたい ’90エキサイティングコンポーネント 最新CDプレーヤー14機種の徹底試聴」より

 聴感上でのS/Nが優れ、音場感情報が十分にあり、奥行き方向のパースペクティヴ、上下方向の高さの再現ができるのが最大の特徴。試聴は二度行ない、聴取位置は中央の標準的位置だ。細部の改良で基本的な音の姿・形は変わらないが、聴感上のS/Nが向上したため、低域の質感や反応の素直さをはじめ、全体の音は明瞭に改善されている。ロッシーニは、柔らかいプレゼンスの良い音である。音の細部はソフトフォーカス気味に美しく聴かせるが、各パートの声や木管などのハーモニクスに適度な鮮度感があり、薄味傾向の音としては、表情もしなやかで一応の水準にまとまる。Pトリオは、サロン風のよく響く音だが、表情は少し硬い。ブルックナーは、奥深い空間の再現性に優れ、予想より安定した低域ベースの実体感のある音である。平衡出力では、音場感は一段と増すが、音の密度感、力感は抑えられる。ジャズはプレゼンスよく安定感のある低域ベースの良い音だ。

テクニクス SL-Z1000 + SH-X1000

井上卓也

ステレオサウンド 94号(1990年3月発行)
特集・「最新CDプレーヤー14機種の徹底試聴」より

 柔らかくフワッとした、温和な音を聴かせるモデルであるが、ローレベルのこまやかさが描けるようになり、音の消えた空間の存在がわかること、帯域バランス的には中域の質感が改善され、硬さの表現ができるようになったことが、従来と変った点だ。なお、聴取位置は中央の標準位置である。ロッシーニでは、空間の拡がりを感じさせる暗騒音も充分に聴かれ、柔らかい雰囲気を持ちながらこまやかさがある素直な音である。音像は小さくソフトに立つ。ピアノトリオはプレゼンスよく、光沢を感じさせる、ほどよく硬質な各楽器のイメージは、かなり聴き込めるが、低域はいまひとつ分離しない。ブルックナーは、ややこもった音場感でスケール感もあるが、アタックの音が軟らかく、抑揚が抑え気味となり単調に感じられる。平衡出力では,ベールが一枚なくなったようなスッキリした音場感、各パートの楽器の分離などでは優れるが、鈍い低域が問題で、再生系と相性が悪い。

ソニー CDP-X77ES

井上卓也

ステレオサウンド 94号(1990年3月発行)
特集・「最新CDプレーヤー14機種の徹底試聴」より

 聴感上での帯域バランスを重視し、あまり広帯域のfレンジとせず巧みに総合的な音をまとめた印象が強い手堅いモデルだ。ロッシーニは、音の細部にこだわらず素直なバランスの音を聴かせる。表情は真面目で少し抑える傾向があるが、ややウォームアップ不足気味の音と思われる。ピアノトリオは、柔らかく線の細いピアノと硬質なヴァイオリン、線が太く硬さのあるチェロのバランスとなるが、金属的に響かないのが好ましい点だ。しかし、響きが薄く、厚みがいま一歩不足気味である。ブルックナーは、線が太く硬い鉛筆で描いたような一種の粗さがあり、演奏会場のかなり後ろの席で聴いたような音の遠さがある。平衡出力にすると、バランスは広帯域型に変り、全体に薄いが独特のクリアーさ、シャープさのある音になり、高域はむしろ透明感がかげりがちだ。ジャズは薄味の軽快指向のまとまりで、表彰が表面的になりやすく、低域の質感をどうまとめるかがポイントだ。

エソテリック P-2 + D-2

井上卓也

ステレオサウンド 94号(1990年3月発行)
特集・「最新CDプレーヤー14機種の徹底試聴」より

 聴感上でのS/Nが優れ、音場感情報が充分にあり、奥行き方向のパースペクティヴ、上下方向の高さの再現ができるのが最大の特長。試聴は2度行ない、聴取位置は中央の標準的位置だ。細部の改良で基本的な音の姿・形は変らないが聴感上でのS/Nが向上したため、低域の質感や反応の素直さをはじめ、全体の音は明瞭に改善されている。ロッシーニは、柔らかいプレゼンスのよい音である。音の細部はソフトフォーカス気味に美しく聴かせるが、各パートの声や木管などのハーモニクスに適度な鮮度感があり、薄味傾向の音としては、表情もしなやかで一応の水準にまとまる。ピアノトリオは、サロン風のよく響く音だが、表情は少し硬い。ブルックナーは、奥深い空間の再現性に優れ、予想より安定した低域ベースの実体感のある音である。平衡出力では、音場感は一段と増すが、音の密度感、力感は抑えられる。ジャズはプレゼンスよく安定感のある低域ベースの良い音だ。

オーディオデバイス AD-P2

菅野沖彦

ステレオサウンド 94号(1990年3月発行)
特集・「いまこれだけは聴きたい ’90エキサイティングコンポーネント 最新パワーアンプ18機種の徹底試聴」より

 オーディオ的にはきわめて質の高い音で、いかにもクォリティの高い音がする。そして前作AD-P1にあった粘りがとれて、素直な音に向かっていると思う。しかし全体の印象としては、もう一つ繊細な雰囲気に不満が残るのである。心に沁み入る味わいのようなデリカシーの魅力を聴かせてくれるイシドア・コーエンのヴァイオリンがそっ気ない。透明で美しいのだが、ハーモニックスの微妙なのりに欠けるのかもしれない。微やかに打ち振えるボーイングのデリカシーがもう一つ聴かれなかった。
 ウィーン・フィルの音のソリッド感が高く立派なのだが、ヴァイオリン群が輝かしく滑らかに過ぎる。しなやかな情感がなくなるのが、高級アンプの傾向のようだ。あまりに研ぎ澄まされている音なのかもしれない。直接音主体のジャズには充実した再生音で、迫力のある質感を聴かせた。硬質だがソリッドで立派である。

QUADの春

早瀬文雄

ステレオサウンド 94号(1990年3月発行)
「Music Consolette 偶然の結晶を求めて」より

 武蔵野の面影が色濃く漂う──とよく表現される。井の頭公園あたりの閑静な住宅街は、たしかに緑がおおい。クヌギやナラの雑木林がそこそこに点在している。
 早春の夕闇が街をうっすらと青く染め始める時間、僕は駅前からほそく入り組んだ道をゆっくりと歩きながら、これから聴かせていただくK氏の新しいシステムの音に期待していた。
 氏のお住まいにも庭に背の高い楠があったことを思い出した。
 五年前、庭に面したリスニングルームに置かれたタンノイ・オートグラフが奏でたエネスコのベートーヴェン「クロイツェル」ソナタを思い出す。心の中に眠っている遠い記憶に向かってそっと視線を戻したくなるような響きだった。
 往年の名指揮者、名演奏家の50年代、60年代の名演名録音がぎっしり、かつ整然とならんだレコード・ライブラリーには度肝をぬかれた。
 白髪の温厚な紳士である氏が、そのふっくらとした手で繊細にレコードを取り扱う様は、目の当たりにすると、まるでオーディオの人間国宝みたいな感じがしてくる。
 曲間の無音溝にスッと針を落とす時のアームさばきはCDポン、しか知らない世代には真似のできない「芸術」だ。
 たぶん、何万回におよぶ動作のくりかえしの過程で、いろいろな心の葛藤をこめて、レコードに針を落とした年輪みたいなものがあって初めて可能な所作なのかもしれない。
 ウェスタンエレクトリックの300Bという3極管は、シングルで8Wほどの出力しか得られないが、これを高域用のパワーアンプに使ったふっくらとして透明な響きは今も鼓膜にしみついたままだった。
 それにしても管球アンプ党の氏が買い込んだ新しいシステムとは一体何なのだろう。
「近頃CDにもよい復刻盤がそろってきたのでね、気軽に楽しんでおるよ」
 そう言って電話の向こうで笑っていた。
 長く続いた神楽坂の料亭で花板をしていた氏の五感を満たしたもの……。
 由緒正しい日本建築のストイックな空間には新しいスピーカーシステムがなにげなく置かれていた。クォードESL63だ。
 そして、そこにはある種のはりつめた空気が漂っていることを僕はすぐに感じた。
 なにげなく置かれた装置の、その何気なさにどうやら原因があるようだった。
 その空間の中で、その位置でしかけして上手くならないという絶対位置があるとすれば、そのスピーカーは、まさにその位置に置かれていたのだ、なにげなく。
 いかにもよい音がしそうな予感が音を出す前からみなぎる。
 料理でいえば、これは盛りつけの妙味みたいなものかもしれない。
「やあ、いらっしゃい」といいながらゆっくりと居間に現われた氏は、しばらくお会いしない間にほんの少しだけ痩せられたような気がした。たぶん、もう七十歳を越されているはずだ。サイドボードを開けると、アンプが出てきた。
「どう思う?」目を細め、まるで子供みたいに無邪気なお顔をされて、そう訊かれる。
 クォードの最新型、66と606そしてCDプレーヤーが、あたかもずっと昔からその場にあったような自然さで、そこに並べられていた。
 ややひかえ目の音量で鳴り始めたのは、ブラームスの交響曲第3番、第3楽章ハ短調、ポコ・アレグレットだった。
 そうして、僕はCDのジャケットを見て驚愕した。なんと、昨年亡くなってカラヤンの最後のブラームス録音となったものだ。
「驚いたかね」
 僕は黙ってうなずいた。
「カラヤンを聴く気になったのは、欧州に旅に出かけた折に、彼の墓を見てからなんだよ」
 木管が甘美な哀しさをたたえた響きで揺れるように旋律を奏でる。
「もう、カラヤンを聴くまいと思って、かたくなになっていた自分の殻が剥げ落ちたんだね。死というものは、いろいろなことを人に考えさせるものだ」そう言って深いため息を一つついた。
「現実的な存在感をもつカラヤンそのものが、いつのまにか私の中で観念的なものに転倒した。そうして、むしろ観念の産物としての過去の名盤といわれるものが、私の現実になっていた。たしかに、それも悪くない。しかし、意識のねじれを自分でかんじてしまったんだよ、墓を見た時にね」
 そう言って、氏はテーブルの上に置かれたリモコンに手を伸ばした。
 機能と使い勝手が現代のクォード的にいかにも巧みにまとめられたリモコンだ。
 軽いクリックの音がして、少しだけボリュウムが上がった。一般のトーンコントロールにあたる「チルト」でほんの僅かばかり高域を下げ、低域を上げてあった、シーソーみたいに。僕はじっとカラヤンのブラームスを聴いた。その時、あの後悔とも諦観とも違う独特の哀しみをたたえた旋律が流れ、僕はふいに目頭が熱くなるのを感じた。クォードの引き締まった無駄のない響きと、合理性という無機的な言葉を忘れさせるウィットとユーモアに富んだ作りは、まるで澄んだ空気の中を散策するような落ち着いた気持ちを聴くものにわけあたえてくれる。しかし、おそらく僕が同じ装置を同じように並べてみても、この音は出せないだろう。そう、これは、氏の人生の年輪の響きなのだ。
     *
K氏のシステムはスピーカーにクォードESL63を使い、最新の66CDと66プリアンプ、606パワーアンプを組み合わせたものだ。7系統の入力をもつ個性的で小粋なプリアンプは、すべての操作を専用のリモコンで行なう。このリモコンの操作感は、きわめて暖かみがあり、また伝統のチルト式とトーンコントロールは、本体の美しい液晶ディスプレイに表示され実に楽しい。同時発売の66CDもプリアンプのリモコンで操作可能である。先行して発表された純正ペアとなる606パワーアンプは、コンパクトなデザインながら130Wの出力をもち、小出力時はA級動作となる。

ビクター XL-Z1000 + XP-DA1000

井上卓也

ステレオサウンド 94号(1990年3月発行)
特集・「いまこれだけは聴きたい ’90エキサイティングコンポーネント 最新CDプレーヤー14機種の徹底試聴」より

 音場感情報が豊かで、音楽が演奏されている空間の拡がりを、ゆったりとした余裕のあるプレゼンスで聴かせる特徴がある。ロッシーニでは、予想より硬質な面と、音の分離にいまひとつの感があるが、木管楽器独特の硬質さとふくらみや、コントラバスのピチカートなどはかなり実体感があり、見通しもよい。Pトリオは、中高域に少し硬さがある薄味傾向のまとまり。楽器のメカニズムの出す固有のノイズをかなり聴かせるが、ピアノのリアリティは抑えられる。ヴァイオリン、チェロは少し硬質で、やや響き不足の音だ。ブルックナーは、奥行きの深い空間を感じさせる音場感に豊かさがあり、響きはたっぷりとあるが、全体に力不足で、トゥッティでの混濁感がある。平衡出力では、スッキリと見通しの良さが聴かれ、反応の軽さが出るが、再生系のもつ一瞬の重さ、暗さがある低域が全体のバランスを崩しているようで、これは聴取位置が左に偏っていることも関係がある。

リン Kaber LS500

井上卓也

ステレオサウンド 94号(1990年3月発行)
「BEST PRODUCTS 話題の新製品を徹底試聴する」より

 英国リンの新製品、ケイバーLS500は12・5cm口径のウーファー/ミッドバスと1・9cm口径のソフトドーム・トゥイーターを搭載した3ウェイ密閉型のスピーカーシステムである。
 外観から受ける印象は、ごく平均的なスピーカーであるが、エンクロージュア関係にはかなり特徴的な設計が見受けられるようだ。
 エンクロージュア前面のフロントグリルは、注意して見るとエンクロージュアサイズとの接合部の線が乱れているが、これは単純に布製のカバーを枠や骨組みなしに直接エンクロージュアに覆せてフロントグリルとしているためで、接合部には伸縮性のあるゴムヒモ的なものが縫い込まれている。
 エンクロージュアの底板部分には、例によって先端が鋭く尖った2本のスパイクを取り付け可能なIの字型をしたブロックを2個組み合せて、4本のスパイクでエンクロージュアを支える構造が採用されている。なおこのIの字型のブロックは、床板の前後方向と左右方向に2種類の取付けが可能であり、あらかじめ、Iの字型ブラケットに穴あけ加工が施されている。
この2種類の取付け方法はエンクロージュア底板の振動モードを異なったものにし、トータルシステムの音をコントロールしようとする構想のものだが、今回試聴をしたモデルは、ポジション1と取扱説明書による、Iの字型ブロックは前後方向である。
裏板部分の入力端子は、3個のユニットに対して各1系統が用意されており、ショートバーで全部結べば通常結線、上側と下側2系統を分ければバイワイアリング接続、全部独立させれば各ユニット専用のトライワイアリング接続となる。
 低音大音量時や高域微小音量時に、バイワイアリング接続、トライワイアリング接続にメリットがあると、取扱説明書に記してある。
 ケイバーの標準セッティングは、壁から10〜30cm離し、コーナーから少なくとも45cm離すことが条件であり、聴取位置を正三角形の頂点とするように左右スピーカーを置き、かつ内側に5〜10度向けて設置することものである。
 試聴は、3系統ある内の中央に結線して行なった。小音量時に音の鮮度や低域の反応が落ちない小口径型のメリットを巧みに引き出した音だが、かなりハイバランス型のため、SS試聴室では例外的な、壁からの距離を近くするというポジショニングを取った。
 壁からの距離が15cmほどで、ほぼ帯域バランスがとれた音になり、低域は少し軟調傾向があるが、中域から高域は素直で滑らかな音にまとまる。音像は柔らかく定位し、表情はマジメ型。設置方法が音を大きく左右する製品だ。

それぞれの音・それぞれの想い

早瀬文雄

ステレオサウンド 94号(1990年3月発行)
「Music Consolette 偶然の結晶を求めて」より

僕たちの周りには、様々なライフスタイルの中で、それぞれにいろいろな思いをもってオーディオと接している人達がいる。大掛かりな単体コンポーネントを組み合わせ、自分だけの音の世界を組み立てていく楽しさもあるけれど、ここではワンブランドシステムのもっている頑固ともいえるこだわりや哲学に共感した人々にスポットをあて、その音を聴かせていただいた。装置とそれを使う人の個性やこだわりがどんな風にして接点をもっているのかを訪ねて歩いた。それぞれの生き方、音楽観、かかえ込んでいる葛藤、そうしたものを暴きたてるのではなく、その装置を通して描かれた音の世界と、語られた言葉を抽出して、それぞれの思いをぼんやりと感じとることができればいいと思っていた。たとえまったく同じワンワンブランドシステムでも、使う人が変ると、まるで別物のような音がすると言う事実は何を語っているのか。オーディオは「物」として存在する以上に、音楽と人が深く関与する機械だけに、使い手の内面の風景が知らず知らずのうちにうつしこまれていることにいまさらながら驚かされた。この「ミュージック・コンソレット」は、その音楽と人の魅力的な関係をより、いっそう深めるようなオーディオ装置に対して名付けたものである。プライベートな空間を直接写真にとらせていただくことはあえてしなかったけれど、その部屋の雰囲気を編集部のS君が見事にイメージできるオブジェ的写真として構成してくれた。その部屋をどうイメージしていただいてもいいと思う。たぶん今のあなた自身のおかれた位置にも似たものがあるかもしれないのだから。