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ラックス SQ38FD/II

菅野沖彦

ステレオサウンド 42号(1977年3月発行)
特集・「プリメインアンプは何を選ぶか最新35機種の総テスト」より

 このアンプの音と俗なアンプの音の肌ざわりの違いは、まるでコーデュロイとヴェルヴェットのそれのようだ。フィッシャー=ディスカウの声の滑らかな艶と柔らかいニュアンスの中に、ぐっと力の入った筋肉質な喉のヴィヴラートのリアリティがこれほど魅力的に再現されたアンプは他になかったといってよい。弦楽器もしなやかで、まるで音の出方がちがうといった印象。あたかもスピーカーが変ったような、音の根本的なクォリティが上等である。ジャズやポピュラーにもその通りの品位のよさに変わりはないが、音楽の性格との違和感がある。全体にエネルギッシュなインパクトがなくなってしまう感じである。こう書いてくるとクラシック向きというようにとられる危険性があるが、たしかに結果的にそうなるのかしれない。このアンプの30Wというパワーからして、また、練りに練られた音の質感からして、デリカシーの再現が生命となるような音楽に向いていることは確かだ。

ビクター JA-S75

瀬川冬樹

ステレオサウンド 42号(1977年3月発行)
特集・「プリメインアンプは何を選ぶか最新35機種の総テスト」より

 明るい感じの、やや乾いた傾向の、そしてどちらかといえば芯の硬めの音を鳴らす。ことにパーカッションなど衝撃的な音を明瞭に鳴らすことにあらわれるように、歯切れのよさ、が印象的だ。したがってスペンドールのようなソフトな音のスピーカーを、ややクッキリ型の方向に補整するが、JBL系では、弦やヴォーカルの肌ざわりの滑らかさやハーモニクスの溶け合うような魅力がもうひと息欲しいという気がする。どことなく音が骨ばった印象があって、それが、たとえばアン・バートンのような声の場合に、少し頬がこけすぎるような、声の艶あるいはふくらみが不足するように聴こえる。つまり女性的な色気がもう少し欲しいわけで、いま鳴っている音はどちらかというとやせすぎの青年のような男性的な骨格を感じさせる。ただし以前別のところで聴いた製品には(試聴条件が違うので断定はしにくいが)もう少しやわらかいニュアンスがあったと記憶している。

ナカミチ Nakamichi 410

井上卓也

ステレオサウンド 42号(1977年3月発行)
「SOUND QUARTERLY 話題の国内・海外新製品を聴く」より

 カセットの高級メーカーとして定評があるナカミチからは、すでに、カセットデッキを含めて、テープデッキの機能を活かすプランでまとめられた、ユニークな600シリーズのセパレート型アンプが発売されているが、今回は、この600シリーズにつづいて、400シリーズのコントロールアンプ Nakamichi 410とパワーアンプ Nakamichi 420が発売されることになった。新シリーズはアンプの物理的特性を極限まで追求するポリシーでつくられた600シリーズの設計思想を受継いだ、いわば、ジュニアシリーズとも考えられる製品である。
 600シリーズのコントロールアンプ610が、一般のコントロールアンプというよりは、ライン専用カセットデッキという思い切ったプランでつくられた、600のミキサーアンプにフォノイコライザーを加えたような、テープ志向が強く出た、ユニークなモデルであることにくらべれば、この410は、610からミキサー機能を取除いたと考えられる、いわゆるコントロールアンプらしいモデルである。
 薄型のプロポーションをもつフロントパネルには、ほぼ中央にプッシュボタン型の4系統の入力をセレクトする入力切替、1系統のテープ入出力切替、トーンディフィート、ステレオ・モノ切替、それに、サブソニックフィルターがあり、左側には、高音と低音のトーンコントロール、右側には同軸型の音量とバランス調整、連続可変のコンター、つまり、ラウドネスコントロールがあるが、機能的に、よく整理されているため、操作性がよく、視覚的にもスッキリとまとめられている。
 内容面は、イコライザー段に差動アンプを使用しない、トリプルトランジスターサーキットと呼ばれる特殊回路を採用し、入力換算雑音を−140dBまで下げてあるのが特長である。イコライザー段、トーンコントロール段、フラットアンプなどは、それぞれ独立したエポキシ系のプリント基板に分割してユニットアンプ的手法が採用されており、電源トランスは、磁束のリーケージを抑えるためトロイダル型オリエントコアを使っている。

パイオニア SA-8900II

瀬川冬樹

ステレオサウンド 42号(1977年3月発行)
特集・「プリメインアンプは何を選ぶか最新35機種の総テスト」より

 8800IIのところでも書いたように、パイオニアのアンプの音は、あらためて説明しようとするとたいへん難しい。逆に、このアンプに対して他社製品の音を、これよりも硬いか柔らかいか、これよりも鮮度が高いか曇っているか、これよりも生き生きと鳴らすかスタティックか、ウェットかドライか……というように、どういう角度からでもこのアンプを基準にすると説明がしやすいというような性格がある。しかもこうした中庸精神が、味も素気もない音でなしに、ほどよくしなやかに音楽に寄り添ってゆけるだけの柔軟性をそなえている点。単に無難に作ったアンプとは明らかに違う。価格に応じて、その時点での水準を的確にとり入れて製品に反映させる作り方のうまさは、巧妙すぎて気味が悪いくらいだ。8800IIよりも音の密度が増して、ボリュウムを思い切り上げても、無理なく音量が伸びて気持がいい。柔軟な処世術を身につけた優等生という感じだ。

ローテル RA-1412

菅野沖彦

ステレオサウンド 42号(1977年3月発行)
特集・「プリメインアンプは何を選ぶか最新35機種の総テスト」より

 まず、大型のアメリカ人好みの、ものものしいパネルフェイスに度肝を抜かれる。決して品のいいルックスではないが、少なくとも、国産アンプのほとんどがそうであるような画一性からは独り立ちした個性をもっているし、仕事として力の入ったものだ。ところで音だが、これがまったくルックスとは違って、耳触りのよいキメの細かいスムーズな高音のラインを響かせながら、しっかりと充実した中低域にサポートされている立派なもので、なにをかけてもちゃんとプログラムソースの特徴を再現する。フィッシャー=ディスカウの声の魅力も見事だし、対照的な大オーケストラのfffパートで、バランス、音色分析ともに乱れがない。ピアノの質感も、ややタッチが軽くなるが、明晰で音色の表現もまずまずであった。もう一つ、締って充実した音の品位の高さがあれば特級品だ。各種スイッチ類もノイズを出さないし、残留ノイズも少ない優秀なアンプである。

「テスト結果から 私の推選するプリメインアンプ」

井上卓也

ステレオサウンド 42号(1977年3月発行)
特集・「プリメインアンプは何を選ぶか最新35機種の総テスト」より

 今回、本誌では最初の試みであるテクニカルリポートを受持ったが、その結果から、テストをしたプリメインアンプのなかから、推選機種を選ぶことになった。
 テクニカルリポーターとして直接おこなったことは、実際にテスト機種を操作し、各コントロールのフィーリングをはじめ、機能面、仕上げを含む工作精度、回路図からの設計上の特長、アンプの構造などについて調べることが、第一段階の作業であり、つづいてステレオサウンドラボラトリーでの実測データの検討が第二段階の作業である。選出にあたっては、主として、この二段階結果を中心にしておこなったが、幸いにしてほとんどの新製品はサウンドクォータリーの試聴などで本誌試聴室で聴いているため、ある程度は、その結果をも加えている。
 現在のプリメインアンプは、その下限をシステムコンポーネントで抑えられ、上限をこのところ活発に新製品が登場しているセパレート型アンプに抑えられているために、今回もテスト機種の価格は、ほぼ5万円から20万円の間にあり、1対4の比率に収っている。この価格帯のなかで、各メーカーがもっとも力を注いでいるのは、10万円未満の機種であり、当然の結果ともいえるが、例外的なモデルを除いては、そのほとんどが昨年中か、今年になって発売された製品である。これに対して10万円以上の機種となると、最近とみに増加した比較的にコストの安いセパレート型アンプと価格的・性能的にも競合するレンジであり、需要層が10万円未満とは質的に異なる面もあって、まったくの新製品から、基本型を数年以上も前にさかのぼるモデルもあって、推選機種の選出は、この両者を分離しておこなう必要があるように思う。
●10万円未満の推選機種
 デンオン  PMA501
 パイオニア SA8800II
 サンスイ  AU607
 ヤマハ   CA−R1
 オンキョー IntegraA7
 パイオニア SA8900II
 デンオン  PMA701
 サンスイ  AU707
 価格順に列記すると、以上の8機種が推選機種になる。まず、実測データでは、ヤマハ、オンキョー、それにデンオン PMA701が優れた結果である。これらとタッチの差で、デンオン PMA501、パイオニアの2機種がつづき、次いでサンスイの2機種となる。また、実際の機種別チェックは、いずれも水準以上のものが充分にあって問題はなく、音的にはサンスイの2機種、ヤマハが現代アンプらしさのある音をもっている。
●10万円以上の推選機種
 トリオ   KA7700D
 ヤマハ   CA1000III
 ヤマハ   CA2000
 ラックス  5L15
 ソニー   TA−F7B
 マランツ  MODEL 1250
 以上の6機種が挙げられる。その他、やや例外的ではあるが、本誌3号のアンプ特集にそのプロトタイプが登場して以来、常にアンプ特集に登場しているラックス SQ38FD/IIも挙げたい機種である。実測データは、確かに現代アンプとは比較できないが、管球アンプとしてはよくコントロールしてある点に注目したい。実測データでは、トリオ、ヤマハの2機種とラックスが好結果を示し、なかでもラックスのクロストーク特性は驚くほどであった。また、機種別チェックでは、ソニーが回路的なユニークさで目立ち、マランツが、テープ関係の機能にオリジナリティがあった。ラックスは、別格のSQ38FD/IIと5L15の新旧の対比が、大変に興味深いコントラストを見せているのが印象に残った。

ヤマハ CA-2000

菅野沖彦

ステレオサウンド 42号(1977年3月発行)
特集・「プリメインアンプは何を選ぶか最新35機種の総テスト」より

 このアンプの音は1000IIIとは大分素性がちがう。パワーでは20W大きいのだが、音の勢いがまるでちがう。音に生命感があって、音楽が生きてくるのである。大変品のよい、洗練された質感はヤマハのアンプであることがわかるが、その品のよさだけでなく、エネルギッシュな充実感のあるプログラムソースでも、これなら不満がなく火花を散らすようなインパクトを持って鳴り切るのである。弦楽四重奏などを聴くと、端正な瑞々しさが生かされ美しいし、オーケストラでは、スケール感の大きい、しかし決して粗野にならない節度を持ったソノリティが演奏の質の高さをよく生かした。ピアノの再現も明るく透徹で、もう一つこくのある、油ののった艶のある音色の輝きが出きらない嫌いはあったが、実感溢れる生き生きしたものだった。美しい音と力がバランスしたこのアンプはMCインプット、Aクラス動作、抜群のSN比と、高級アンプの名に恥じない。

コーラル FX-10

井上卓也

ステレオサウンド 42号(1977年3月発行)
「SOUND QUARTERLY 話題の国内・海外新製品を聴く」より

 マルチウェイシステムとは別に、コーラルは、全域ユニットをたえず作りつづけていることに特長があるメーカーである。
 このモデルは、F60シリーズとして知られる一連の全域ユニットのなかの、10F60を、トールボーイ型のバスレフエンクロージュアに入れたシステムで、全域型として使うが、さらに、ワイドレンジ化へのグレイドアップのために、トゥイーターを取付可能なスペースが、あらかじめ用意されている。このためのユニットには、ホーン型のH60とドーム型のHD60があり、H60には、スラント型音響レンズAL601を、さらに追加できる。
 このシステムは、全域型ユニットファンならずとも、何故か、ホッとするような安定感のあるスピーカーらしい音である。帯域は広くはないが、表情がナチュラルであり、伸びやかさもある楽しめる音である。

トリオ KA-9300

菅野沖彦

ステレオサウンド 42号(1977年3月発行)
特集・「プリメインアンプは何を選ぶか最新35機種の総テスト」より

 最高級プリメインアンプにランクされる製品としての実力は備えているアンプだと思う。音の品位は高いし、なにをかけてもその音楽的特質をよく再現する。フィッシャー=ディスカウの声はソフトで、たっぷりと響き、豊かだし、クヮルテットも、高域にやや味の素の利き過ぎる感じはあるが雰囲気はよく出る。オーケストラの強奏への安定性はよく堂々としたソノリティと、明解な音色の分離で混濁することはない。コーラスも透徹なさわやかさだ。ピアノは少々モノトーンに感じられ、もう一つデリカシーが足りないが、立体的な粒立ちがよい。ベースもよく弾む。ただ、全体に妙な表現で恐縮だが、ゴム質の質感があるのが聴けば聴くほど気になってくる。これば決して嫌な感触ではないし、人によっては快かろう。しかし、この粘りつくようなセクシータッチは、湿って重苦しく感じられてくる。もう一つ明快に晴れ上ってほしいものだと思う。

ヤマハ NS-L325

井上卓也

ステレオサウンド 42号(1977年3月発行)
「SOUND QUARTERLY 話題の国内・海外新製品を聴く」より

 プリメインアンプを完全に一新したニューラインに発展させたヤマハから、スピーカーシステムの新顔が一機種発売された。
 モデルナンバーに、同社で初めてアルファベット文字を付けた、NS−L325は開発に着手してから3年以上の年月が、かけられたとのことで、プロトタイプ段階から数えても18ヶ月という機関が費やされたという。ローコストに新しい需要層を開拓した、NS451が発売された当時から予測として、1ランク上の価格帯に、仮称NS651が発表されるのではないかという声もあったが、おそらく、NS1000、NS690IIという正統派のシステムと新しいサウンドを求めた、NS451、NS500の接点として、予定したシステムが、発展して、この新システムとなったのではないだろうか。
 構成は、3ウェイ・3スピーカーシステムであるが、各ユニットには、現在までのヤマハのシステムに原点を見出すことができるタイプが採用されている。ウーファーは、25cm型で、NS500系と思われるユニットであり、スコーカーは、12cmコーン型でバックキャビティ付きの新ユニットである。また、トゥイーターは、NS690/690II系の23mm口径で、タンジェンシャルエッジまでを一体成型したソフトドーム型である。なお、ウーファーの磁気回路には、アルニコ系磁石とセンターポールに低歪化、インピーダンスの平坦化のため、銅キャップ処理がおこなわれている。
 エンクロージュアは、バスレフ型で、材料に高密度パーティクルボードを使い、バッフル版で18mm、他の部分は、15mmの板厚があり、仕上げは、シャイニーオークだ。
 このシステムは、タップリと量感のあるやや柔らかい低域をベースとし、活発で、輝きがある中高域が巧みにバランスした音である。中域は、3ウェイらしくエネルギーがあり、明快であるが、緻密さが、もう少しあってもよいように思う。全体の音色は明るいタイプで若々しい印象がある。

オットー DCA-1201

瀬川冬樹

ステレオサウンド 42号(1977年3月発行)
特集・「プリメインアンプは何を選ぶか最新35機種の総テスト」より

 テストレコードの中の「悲愴」のトゥッティの部分など、もしもバランス的におかしなアンプであれば一瞬に馬脚をあらわすのだがこのアンプは、低域から高域までエネルギー的には過不足なく、細かなパートの動きも一応十分に聴かせる。そのことから、物理データはおそらく一応の特性が出ているらしいことが聴きとれるが、しかし、バッハの「モテット」のような合唱曲の場合に、声の重なる部分での音の透明感が損なわれるようなところがあって、極小パワーの部分での音の質感あるいは密度にもうひと息のクォリティが望まれるのではないかと思った。パーカッションやピアノの打鍵での音の腰はしっかりしているが、菅野録音の〝サイド・バイ・サイド〟で八城一夫氏の弾くベーゼンドルファーの打音など、本来もっとしっとりと美しい響きで聴ける筈のところが、どうしてももうひと息、聴き惚れるほどの美しさに練り上がってくれない感じが残念だ。

オンキョー Integra A-7

瀬川冬樹

ステレオサウンド 42号(1977年3月発行)
特集・「プリメインアンプは何を選ぶか最新35機種の総テスト」より

 耳当りの柔らかさ・滑らかさを大切にしていることが聴きとれる。甘口。湿った傾向の、そしてやや薄味の音だ。つまり基本的にはA5とよく似た傾向を示す。それが弦合奏のハーモニクスのふわっと漂ってくるような部分、あるいはヴォーカルで声帯の湿りを感じさせるような部分で、ほかの製品の中にちょっと類型の思い浮かばないような持ち味で聴かせる。こういう性格は、たとえばJBLを鳴らす場合に、ともすれば硬くあるいは強引になりがちの部分をうまく補うことがあるが、それにしてもパーカッションやピアノの打鍵などでは、腰が弱く、音の密度、緻密さ、反応の早さなどを望みたくなる。ことにスペンドールの場合に、どこかおっとり構えすぎのようで、音の微妙な色あいを無彩色のフィルター通して眺めるような、何となく曇った、もっとカチッと引締って冴えた音が聴きたくなってくる。

ダイヤトーン DA-U850

菅野沖彦

ステレオサウンド 42号(1977年3月発行)
特集・「プリメインアンプは何を選ぶか最新35機種の総テスト」より

 このアンプの音は充実している。細かいところを問題にする前に、この豊かで輝かしい音の質は高く評価したい。ところで、問題は弦楽器の高い音域での一種ヒステリックなキャラクターで、これは、金管や打楽器系の再現では気にならないが、ヴァイオリンでは明らかに癖として出てくる。弦楽四重奏を聴いて、その点を強く感じた。一つ一つの音の彫琢の深さ、音の持っている弾力性のある実感は見事なものだけに、ここがスムーズに出てくれば高級アンプとしても最高の部類に入れられると思う。フィッシャー=ディスカウの越えなどに聴かれる美しく気品にみちた再現、ピアノの芯ががっちりしたタッチ感と、その輝かしい音色の再生は立派であった。ベースもよく弾むし、力感も十分で、定位や空間の再現も申し分ないものだ。残留ノイズは、現在の高級アンプとしてもう一息といったところだろう。実力のあるプリメインアンプだと思う。

ヤマハ CA-R1

瀬川冬樹

ステレオサウンド 42号(1977年3月発行)
特集・「プリメインアンプは何を選ぶか最新35機種の総テスト」より

 清潔な明るい音。重さとか厚みを嫌って軽やかに仕上げた音。ことさらな色づけや強調感を避けて、無彩色に、白っぽく、若々しい美しさをねらった音。そういう印象は音質ばかりでなく外観にまで一貫している点はみごととさえいえる。たとえばレバースイッチが非常に軽快で、ほとんど力を入れずにコトリという静かな音でポジションが決まる感触まで、出てくる音によく似ている。
 この価格帯の製品には珍しくMCカートリッジ用のヘッドアンプを内蔵している。この部分の音のクォリティは、CA2000等のヘッドアンプには及ばないようだが、SN比の点でも十分実用になる。
 このアンプの音質は、たとえば音の深みや重量感、といった面が弱点のようだ。しっとりと、漂うように聴き手を包み込んでくるような音の色艶を求めるのも無理だ。深刻ぶらずに、からっと明るく音楽を楽しむという聴き方が、このアンプには合っているだろう。

サンスイ AU-10000

菅野沖彦

ステレオサウンド 42号(1977年3月発行)
特集・「プリメインアンプは何を選ぶか最新35機種の総テスト」より

 艶と油気の多い充実したサウンドは、ジャズやポップスには大変魅力的な再生をしてくれる。音のクォリティは高く、ソリッドな密度の高い手応えのあるものだ。アン・バートンは、このアンプが今まで聴いた中ではベストといってよいほど、声の魅力が生き生きとしてくるし、「サイド・バイ・サイド」のピアノの音も大変満足した。演奏の所作とでもいえる、ちょっとしたニュアンスがアンプによってずい分変るのだが、このアンプで聴くといかにも人間味豊かな八城一夫らしいタッチの妙が生かされる。反面、フィッシャー=ディスカウの声は少々粘り、エッシェンバッハのピアノの中低音も不明瞭な感じになる。空間のレゾナンスガ中低域で強調される傾向だ。JBLを鳴らすと、実に巧みにコントロールがきいて中高域がスムーズである。弦楽四重奏には軽妙な味や品のいいデリカシーの再現が少々不満であった。トーン・ディフィートでは大きく音の鮮度が変るアンプだ。

ラックス L-309V

菅野沖彦

ステレオサウンド 42号(1977年3月発行)
特集・「プリメインアンプは何を選ぶか最新35機種の総テスト」より

 楽器や演奏の持つ美しい質感をよく再現するアンプで、ハイセンスの音の品位と風格を持っている。オーケストラの持つヴェルヴェットのようなクォリティ・トーンをよく再現するし、ピアノ一音一音のデリカシー、輝かしい音色を生き生きと再現する。こうした微妙な音色感が得られるか得られないかが、10万円を越えるアンプの評価の分れ道だと思うのだが、このアンプは、はっきりその水準を越えている。もちろん5〜6万円クラスのアンプにもそういうものがあるのだが、10万円以上のアンプでも、その再現をなし得ないものが多いのだ。ただ、文句をいいたくなるのは、ノイズレベルが最新最高の水準に至っていないことで、残留ノイズも少なくないし、ボリュウムを上げた時のノイズの増加も、ゲインに比して多過ぎる。最新の製品ではないのである程度はやむを得ないが少々気になる。見た目の風格も、さすがにベテランの落着きと重厚さで品がいい。

デンオン PMA-701

菅野沖彦

ステレオサウンド 42号(1977年3月発行)
特集・「プリメインアンプは何を選ぶか最新35機種の総テスト」より

 このアンプで一連の試聴レコードをかけると、不思議なキャラクターが加わる。ウッドベースは、エレキベースの表情を持ち始めるし、ピアノの音の抜けも悪く、冴えがない。フィッシャー=ディスカウの声は、気品が一つ落ちるし、アン・バートンの声は、娼婦的になるのである。オーケストラのfffは、コントロールを失うようだ。全体にさわやかさや、雰囲気が再現しきれないようだ。悪いことばかり並べたようだが、これを、そのまま極端に受け取られるとあまりこのアンプがかわいそうなので弁護すると、音の肌ざわりは、とげとげしたところがなくて、なめらかなほうだし、曇りの微妙なニュアンスを問題にしなければ、いわゆる歪み感はない。だから、このアンプだけを聴いていれば、そうしたことに気がつかない人もいるだろう。しかし、全帯域のエネルギー・スペクトラムが、どこか平均していないようなノイズのキャラクターも感じられるのである。

テクニクス SU-8080 (80A)

菅野沖彦

ステレオサウンド 42号(1977年3月発行)
特集・「プリメインアンプは何を選ぶか最新35機種の総テスト」より

 高い技術レベルに支えられたアンプだということが聴いてもよくわかる。プリメインアンプとしてユニークな構成で、インプットのイコライザーからダイレクトにパワーに入れるトーンディフィートなどの発想は新しい。音は、いかにも端正で立派である。品位が高く、色づけのない素直なもので好感がもてるけれど、豊潤なソノリティを出し切れないのが、もう一つ、このアンプの魅力に欠けるところだと感じられた。クヮルテート・イタリアーノのベートーヴェンの初期の弦楽四重奏など、フィリップスの華麗な音色をコントロールして格調の高い響きで聴かせてくれるが、オーケストラの中低域のニュアンスや、ピアノの巻線領域の豊かさなどの抑揚に、もう一つ血が通わない再生音になる。自分の作ったレコードにしか自信を持っていえないが、試聴に使った一枚では、明らかに意図したリズムの豊かな躍動に不足を感じた。客観的に素晴らしいアンプだと思うのだが……。

「テスト結果から 私の推選するプリメインアンプ」

瀬川冬樹

ステレオサウンド 42号(1977年3月発行)
特集・「プリメインアンプは何を選ぶか最新35機種の総テスト」より

 個人的に推選できる機種をあげよ、というテーマなので、その基準または根拠をはっきりさせておきたい。
 前回参加した27号でも書いたことだが(27号144ページ)、一流の音楽家が心をこめて唱い演奏した音楽が聴き手を心の底から感動させるのなら、それを正確に録音し再生できれば、レコードからでも感動を味わえる筈だ。筈、などという必要もなく現に私が永いレコード歴の中で、何度もそういう感動をこの身で体験している。そういう良いレコードと、そこから音楽のエッセンスを確かに拾い上げてくれるカートリッジと、それを可及的に正しく再現してくれるスピーカーとがあれば、その中間に置かれたアンプの良否がはっきりと聴き分けられる。物理特性がいかに優秀だと説明されても、音楽の感動、少なくとも演奏会の息づかいや気配のような人間臭さを、伝えてくれないアンプを、私は正確な増幅器だとは思えない。良いアンプは必ず、音楽を聴く喜びをもたらしてくれる。
 仮にどれほど歪みの少ない、きれいな立派な音がしても、どこか無感動に、よそよそしく、あるいは気配を少しも聴かせてくれないアンプは、私は使う気になれない、……そう、この「自分で使う気になれるアンプ」だけを、推選機種としてあげたい。価格の高い方から、ただし同一メーカーはひとつにまとめて書くと──、
■マランツ ♯1250 キリッとしまったブライトな音の魅力。これで柔らかい音の味わいがあれば申し分ない。
■ラックス 5L15 低域の量感があればさらに良いが現代的な解像力の良いクールな音が魅力。
■ラックス SQ38FD/II 5L15と対照的な、しかしそれだから存在理由のある暖かい音の魅力。
■ラックス L309V 新しさはないが安心して聴けるバランスの良さとソフトな耳ざわりの良さ。
■ローテル RA1412 上質の滑らかな音とバランスの良さ。音とデザインが少しちぐはぐだが。
■ヤマハ CA2000 上品ですっきり型だが、明るく美しい。こまやかでクールな音質。
■トリオ KA9300、KA7300D いくらか硬質の音だが、表彰の豊かさが独特。
■オンキョー A722/nII 音密度と力では最新型にわずかに及ばないが、ウェットで表情のこまやかな艶のある音色は類のない魅力。
■サンスイ AU707、AU607 607の方が表情に張りがあって若々しい。707はウェルバランスともいうべき安定感のある音質。
■デンオン PMA501 6万円を切るランクで、音の彫りの深さが魅力。ただし試聴記でふれたように、ノイズの不安定なところは? として残るが。
         ※
 次点としてはテクニクス80AとソニーTA5650があげられる。80Aは表情の豊かさまたは味わいの深さがもう少しあればよいと思ったが、やや薄味ながら歪み感のない美しい音は特筆すべき魅力。ソニーはバランスの良さと明るい力強さが良い点だが、反面、もうひとつ細やかな繊細感が出せれば素晴らしいアンプになる。また、パイオニアの各製品は、どのランクをとっても、全く美事といってよいほど中庸のバランスに仕上っていて、アンプの音にとくに個性的な音色を求めないユーザーには、むしろ安心して推められる製品だ。試聴記でも書いたことだが、音質ばかりでなくデザインや操作機能を含めて、およそこれくらい、あらゆる角度からみて中道精神で統一された製品をつくるというのは、実はかなりたいへんなことだと思う。
 それら以外にも、ダイヤトーンDA−U850、ソニーTA3650、トリオKA7100D、オンキョーA5等が、私の好みとは違うがそれぞれに良いところを持った製品だと思った。

サンスイ AU-607

瀬川冬樹

ステレオサウンド 42号(1977年3月発行)
特集・「プリメインアンプは何を選ぶか最新35機種の総テスト」より

 価格順に下からずっと聴いてきて、ここから一拠にランクが7万円に近づいたためばかりでなく、やっと本格的に聴き込める音のアンプが出てきた、というのが第一印象だ。まず、くっきりと彫りの深い美しい艶の乗った音が、とても新鮮な印象で聴き手を惹きつける。ジャズのベースの低音弦でも、土台のしっかりした、うわついたところのない豊かな音が聴ける。オーケストラのトゥッティで、エネルギー・バランスがいくらか中〜高域に集まりがちな傾向が聴きとれたが音の空間的な広がりと奥行きをしっかりと鳴らす点、これまで出てきた製品の中では明らかにひと味違う再現能力を持っている。音楽の表情がとても生き生きと豊かに聴こえるが、従来のサンスイの製品のような華やいだ派手さは抑えられ、どこかしっとりと潤いを感じさせる。音の土台を支える中低音域に、もうひと息の密度があれば申し分ないが、この価格帯ではとくに目立つ新製品だ。

ソニー TA-3650

瀬川冬樹

ステレオサウンド 42号(1977年3月発行)
特集・「プリメインアンプは何を選ぶか最新35機種の総テスト」より

 これは良くできたアンプだ。いろいろなプログラムソースを通して聴いて、違ったタイプのスピーカーを組合せてみて、どの場合にも破綻をみせないし、それが単に平均点的優等生であるところを越えて、もっと音楽を充実して聴かせる密度の濃い音を持っている。この製品が6万円そこそこの価格であることを忘れさせるまでには至らないにしても、あ、いい音がするな、とつい聴き込んでしまう程度の良さがある。ただ、音の力と緻密さを大切にしたことはわかるにしても、弦の高域や声楽で、いくらか芯を太く、多少強引に、音を硬めに鳴らす傾向はあるが、音の基本的な質が良いせいか、それが弱点とは感じられず、むしろパーカッションなどで、腰のくだけないクリアーな鳴り方を印象に残す。しかしトーンコントロールをONにすると、右の特徴が失われて、曇り空のような冴えのない音になってしまう。この部分の磨きあげがもう一歩、という感じだった。

私のサンスイ観

瀬川冬樹

ステレオサウンド別冊「世界のオーディオ・サンスイ」
「私のサンスイ観」より

 サンスイ、といえばブラックフェイスのアンプのパネルと組格子のスピーカーグリル、ということになるのだろうが、私にとってのサンスイはもうひと世代古くブルーの鋳物のカヴァーのついたあの特徴あるトランスから始まる。「トリパイサンスイ」とか「御三家」などという業界のことばが使われる以前の話で、トリオは〝高周波屋さん〟としてコイルやIFTや通信機用パーツのメーカーで、パイオニアはスピーカー屋さんで、山水(いま「サンスイ」と片カナ書きするがその昔は漢字で読んでいた)は低周波トランスのメーカーだった。ラジオやアンプの組み立てに夢中だった昭和20年代後半……古い話だなアと言わずに、まあガマンしてつきあってください。
 学生の身ではアンプを組み立てる小遣いも十分ではない。その資金をかせぐ手っとり早い方法は、親せきや知人の家を廻っては、ラジオの注文をとって組み立てるアルバイトだった。日本が敗戦の痛手からようやく立直った頃で、家庭にラジオ一台、満足なのがなかった時代だから、秋葉原でパーツを買い集めてきて、当時流行の〝5球スーパー〟(それにマジック・アイを加えて〝6球スーパー〟と詐称するやつがいたようなころのこと)を組み上げると、材料費が2~3千円で、うまくゆくとそれは同じくらいの組立手間賃がもらえて、それが研究費の足しにもなれば、ラジオ一台組むたびに腕の方も少しずつ上達するという一挙両得で、手あたり次第に注文をとっては、5球スーパーを組み立てた。
 同じものを何台も作るのはつまらないから、一台ごとに回路をくふうもするし、外観も、キャビネットやダイアルをそのたびに変えてみる。キクスイのダイアルが、ことに証明が美しくて見栄えがいい。ダイアルの穴のないキャビネットを売っていて、廻し挽きの鋸でエスカッション用の孔を抜く。そのうちにクライスラー電気が、KAK(編注=デザイン事務所名)のデザインで外観のモダーンな、シャーシつきの便利なキットを発売して、のちには専らこれのお世話になった。クライスラーがスピーカーでヒットしたのはもっとずっと後の話だ。
 で、かんじんの中味だが、注文主の予算に応じて、パーツのグレイドをきめる。安くあげるには二流メーカーのパーツを使うが、豪華版に使うパーツの相場はだいたいきまっていて、バリコンがアルプス、コイルとIFTはトリオかQQQ(スリーキュー)、真空管は東芝でスピーカーがオンキョーの黒塗りフレームのノンプレスコーン(これを書くと〝別冊オンキョー号で書くネタが無くなりそうだが)〟そして電源トランスに例の特徴あるブルーの山水を使う、というのが定石のようになっていた。その他抵抗・コンデンサーやソケット、ボリュームやスイッチ類まで、好きなメーカーがきまっていたが、さすがに今になると、小物パーツのメーカー名は、すぐにはなかなか思い出せない。しかしこの本はサンスイ号なのだから、トランスの話が出たところで山水の路線に乗ることにしよう。
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 物資不足の折、あやしげなメーカーのトランスを使うと、レアショートしたり焼き切れたりするのがある中で、山水の作るトランスは、ラックスのようなスマートさは無くてどこか武骨であったけれど、質実剛健というか、バカ正直といいたいくらいきちんと作られていた。とうぜん、作ってあげたラジオも故障知らずで、結局製作者の信用もつくことになる。そんなわけで山水のトランスには、ずいぶん研究費を助けてもらったことになる。
 それでいながら、そうしてかせいだ小遣いでいざ自分用のアンプを組もうという段になると、どういうわけか山水のトランスをあまり使った記憶がない。というのも、いまも書いたようにこの会社の製品は良心的であっても外観がいまひとつ洗練されているとはいいがたく、その当時の競合メーカーの中では、ラックスやマリックのどこか日本ばなれしたスマートな仕上げや、タムラのプロ用やサウンドマスターの出力トランス等の無用の飾りのない渋い外観の方に魅力を感じていたからだ。つまり私は昔からメンクイだったわけで、山水の山の字とSの字がトランスのコアとコイルを象徴したマークが太く浮き彫りされた、あの個性の強いブルーの鋳物のカヴァーが、自分のデザインしたアンプのシャーシの上に乗るのを、どうも許せなかったのだ。
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 ステレオ時代に入って、サンスイはブラック・パネルのアンプと組格子のスピーカーで大ヒットを飛ばし、一時は日本じゅうのアンプとスピカーのデザインの流れを、大きく変えさせた。が私個人の感覚でいえば、これらの意匠の強い個性には、ちょっとついてゆきにくかった。むしろそれより少し前に作られた、SM-30やSM-10などの一連のレシーヴァーのデザインの方が、洗練されていてとても好きだった。しかし長い流れの中でふりかえってみると、昔のトランスと同じように、頑丈で武骨で実質本位で、その結果アクの強い外観をそなえた製品が、サンスイの主流をなしていたという印象が残る。このことは、製品の実質を理会する少数の人たちに支持されるとしてもいまの世の中で商売をしてゆくには損をしやすい体質だといえる。損得というような言い方がよくないとすれば、国際的に一流として通用する製品は、武骨ではいけないということになる。良い内容を、国際的な感覚でスマートに表現しなくては、どんなに実質が優れていても多くの人に理解されない。
 実質本位──と書いたが、しかしここ数年来のサンスイの製品が、本当に実質も優れていたかどうか。差し出がましいかもしれないが、お世辞ぬきで言わせて頂くなら、かつてSP-100やAU-777で大ヒットしたころの製品にくらべると、その後のアンプやスピーカーが決して順調に発展してきたとは思えないし、そのことはサンスイ自身がよく知っている筈だ。しかし、それなら、なぜ、なのだろうか。社内の事情は知らないからこれは外側からの勝手な憶測にすぎないので、間違っていたらお許し頂きたいが、ひと頃のサンスイは、あのAU-777とSP-100のヒットで、少しばかり良い気持になっていた時期が長すぎたのではあるまいか。たしかにAU-777は、当時のアンプの中でズバ抜けて良い音がした。しかしその後の4桁ナンバーの一連のアンプに至るまで、ステレオサウンド誌20号(内外53機種のプリメインアンプ・テスト)あたりからあとの最近号までのアンプ特集号を読み返してみても、競合他社の同格品とくらべてみても、もうひと息、という感じで、一時期のあの意欲や技術力や勢いが感じとりにくかった。
 が、先日来、最新作のAU-607、AU-707等の一連の新シリーズを試聴してハッとした。おや? サンスイが久々に意欲的な音を鳴らしはじめたな、と思ったのだ。音がとてもみずみずしく新鮮だ。この感じは、AU-777以来久しく耳にしえなかった音だ。これなら、現代の最新の水準に照らしてもひけをとらないどころか立派に第一線に伍してゆける。デザインにもスマートさが出てきた。そのことはプレーヤーの最新作SR-929についてもいえる。スピーカーのSP-G300は、まだ本格的な試聴をしていないが、少なくともその機構からしても今までのものと全然違っている。サンスイの体質が大きく変りはじめたように思われる。そしてそれは期待のできる方向であることが感じとれる。
 さんざん悪態をついて申し訳ないが、終りにひとつだけ、AU-777以来、アンプ・パネルのブラックフェイスを貫き通した意地を高く評価したい。最近になって、マーク・レビンソンなどの影響で再び各社がブラックフェイスを復活させはじめた。サンスイにとってはそれは復活でなく、昔からのサンスイの〝顔〟なのだから、大手をふってブラックパネルをいっそう完成度の高い、洗練された製品に仕上げて欲しい。

サンスイ SP-G300

菅野沖彦

スイングジャーナル 2月号(1977年1月発行)
「SJ選定新製品」より

 ジャズをリアルにきいて、音楽的実体験をするのが私の理想である。音楽的実体験とは自分が、音楽する行為であって〝今、レコードを聴いている〟などというさめた、なまぬるいものではない。自分の頭の中、心の中、身体中にみなぎる音の表現が、スピーカーから出てくるそれと完全に同化し一体化することといっていいかもしれない。コルトレーンのレコードをかける時はコルトレーンになりきり、ロリンズではロリンズになりきるのだ。八城一夫が弾くピアノは自分が弾いているのである。こうなりきれるには、その演奏表現が自分と同化できるものでなくては駄目で、異質な表現、異なる呼吸、くい違うリズムが演奏されるとこの行為は破壊され、私は音楽から完全にはずれ、おいてけぼりを喰い、しらける。趣味のあわないセンスも決定的に、この行為を不可能にする。好きなアーティストや好きなレコードとは、この行為を可能にしてくれるものだと思っている。音楽の理解とは、こういうことなのではないかと思うのだ。嫌いだ、合わないという断を下す前には、自分自身が、その音楽の次元に至っていないことをも謙虚に内省すべきであるし、努力してその音楽と一体になるべく自分を磨くぺきだとも思う。しかし、どうしても自分に合わないものは必らず存在するものだろう。
 レコードは反復演奏が可能なために、こうした一体行為への努力をするには都合がいい。もちろん、一度も聴いたことのないアーティストの演奏会で、初めての出合いで一体化し得ることもまれにあるし、そんな時の喜びは、もう筆舌に尽し難い。
 レコードをかけて、この一体化の行為を営む時に、私にとって再生装置のクォリティや録音制作の質と性格は大変に重要なのである。それがジャズである場合、私は、どうしても、高い音圧レベル、大きな耐入力をもった余祐あるスピーカー・システムが必要なのだ。ちょっとパワーを入れると歪んだり、危っかしくなるようなスピーカーは、せっかく、好きなアーティストと素晴しい録音であるにもかかわらず、私のしたい一体化の行為、つまり、音楽的実体験に水が注がれてしまう。私が使うリアルとか、リアリティとかいう言葉は、この音楽的実体験という意味であって、決して、生と似ているという狭い範囲の意味ではない。生と似ていることそのものは結構であるがたとえ、生と比較して違いがあっても、この実体験が出来れば、私はレコードと再生装置に100%満足する。むろん、この実体験の基本的な感覚は生の音楽を聴くことにより、下手ながら楽器を弾くことにより育ったものであるが……。
 このサンスイの新しいスピーカー・システムは、私に、この実体験をさせてくれた。抜群の許容入力と堂々たる音圧レベル。まず、この最低条件をよく満たしてくれた。いくら、この条件が満たされたからといって、アンバランスな帯域特性や、耳障りな音色の癖がひどくてはやはり白けるが、この点も、まず、私の感覚に大きな異和感を生じさせない。小レベルのリニアリティーもよく、敏感にピアニッシモに反応するしスタガーに使われているという2つのウーハーとツイーターのつながりもスムースで快い。難をいえば、低音に、もう一つ、柔軟さと軽やかさがほしい。ツイーターとのつながりからも感じられるのだが、このウーハーの中音から高音へかけての質と、ネットワークによるコントロールは見事であって、それだけに、低音に欲が出るのである。実体験をしている最中に、いい意味で一体化からはぐらかされることがある。それは、あまりにも素晴しい音がスピーカーから出る時だ。聴きほれるというのだろう。このサンスイSP−G300には、そこまでの魅力はない。幸か不幸か、私の音感覚のほうが、このスピーカーよりちょっぴり洗練されているらしいと思いながら、しかし、全く白けることなくジャズを体験することが出来たのである。

サンスイ AU-607, AU-707

岩崎千明

音楽専科 1月号(1976年12月発行)
「YOUNG AUDIO 新製品テスト」より

 サンスイのアンプが、この秋大きく変った。変ったといってもその特長たるブラック・パネルはそのまま踏襲され重量級の風格は変ることがない。しかしよくみると、その仕上げは、艶消しのソフトな感触に変り、今までの鋭どさがぐっとやわらいだ。つまみも角を丸くおとしてまろやかなタッチで、つまみの数も、いままでにくらべてずっと抑えて、全体にシンプルだ。こうした一段とソフトな感じがこの新シリーズ、607、707の大きな特長であることは、その音を聴くと、一層はっきりすることになる。従来、サンスイのアンプは「中音が充実し、やや華麗な中に、鮮明な迫力一ぱい」として受けとられて来た。
 人気絶頂の米国JBL・スピーカーの総代理店たるサンスイの特典が、アンプにいかんなく発揮されている、ともいえそうな鮮度の高い迫力ある音がブラックパネルのサンスイのアンプの共通的な特長であり、さらに中音から中高音にかけてのクリアーな力強さが感じられてきた。
 ところが、今度の新シリーズは今までのこうした特長からははっきりと変化を知らされる。路線が変ったというよりも、今までのすべてを突き破ったといえる。鮮明さは少しも失わずに、しかも、全体に受ける印象は、まろやかな音だ。どぎつさが全然なく、すべてに落ち着きとゆとりを感じさせる、高い水準の完成度が見事なほどだ。
 外観のイメージから受けることのできる、大人っぽい高級感は、音の方にもはっきりと感じることができるのが、今度の新シリーズ、607、707なのである。
 サンスイのアンプは今までもハイクラスのマニアの愛用者が多い。逆にいえば、高価格のアンプがよく売れる。1年前のAU7700といい、2年前のAU9500といい価格的には一般的平均よりもずっと高い高級品であった。こうした高価なアンプであれば、内容的には当然優れているわけで、それを十分使いきり、生かせることのできるファンが、サンスイの愛用者に多いといえる。
 新シリーズはこうした点をもっとはっきりと意識して、製品の企画に反映した、といえるだろう。初心者やレベルの低いファンにとっては今までのサンスイのアンプにくらべ物足りないと思われるほど、おとなしい音、おとなしいデザインにまとめられているのは、実はこいうした、大人のファンのための高級品だからであろう。
 607は65/65Wの、家庭用としては十分にして無駄のないパワーをもち、機能面でも、余り使うことのないものを整理し、しかも、若いファンのための必要なアクセサリーともいうべきテープ録音再生の端子は2台分を用意してあり、その使いやすい切換つまみでまとめたパネルつまみは、新製品にふさわしく、便利で有効だ。
 707は出力を一段と上げて80/80Wと強力でしかも機能面はマニア、音楽ファンの愛用者のあらゆる望みをかなえてくれるに違いないほどいっぱいだ。
 最近のアンプはかなり技術志向が強くて、「DCアンプ」「電源左右独立」といったアンプの内部を理解していないとつかみにくい面が強調されることが多い。サンスイの新シリーズもむ論、この面で同様の新技術を採用しているが、要はそうした技術が、サウンドにいかに生かせるか、である。サンスイの707、607、デビュー早々若い音楽ファンが熱いまなざしをもって迎えられているというのも本当の理由は、こうした実質的な、真の良さのためだろう。

ソニー SS-G7

菅野沖彦

スイングジャーナル 1月号(1976年12月発行)
「SJ選定新製品試聴記」より

 ソニーが私の感覚のアンテナにひっかかるスピーカーを出してくれた。長年にわたって同社は、スピーカー・システムに力を入れてはきたが、不幸にして、これはいけるという感じを率直に持てたものがなかった。
それも大型システムほど不満があって、スピーカー・システム作りの困難さを推察していたのである。もっとも、同社が、ユニット作りから本腰を入れ始めたのは、比較的最近のことであるらしい。しかしながら、このソニーSS−G7のようなシステムを作ることが出来たのは、明らかに開発者の熱意と、オーディオの実体への認識が支えになったことを思わせるのである。変換器としての物理理論とデータの確認だけでは、良いスピーカーが出来ないという過去の事実を謙虚に受けとめ、より緻密な科学的分析と、録音再生のメカニズムのプロセスへの一層の理解と実体験を積み重ねた結果の、一つの成果が結実したことは同慶にたえない。
 SS−G7は、38cm口径をベースにした3ウェイ・システムで、ミッド・レンジが10cm口径のバランス・ドライブ型と同社が呼称するコーン・スピーカーだが形状は、ドームとコーンの中間的なもの、ツイーターは3・5cmのドーム型である。ウーハーのコーンはカーボコーンと称する同社のオリジナルで、炭素繊維とパルプの混合による振動系にアルニコ系鋳造マグネットによる効率のよい磁気回路、駆動ボイス・コイルは100φの強力型で、優れた耐入力特性と高いリニアリティを得ている。スコーカーはコーンだが、実効的にはドームに近く、ツイーターは、20μ(ミクロン)厚のチタン箔の振動板だ。これらのユニットは、バッフル上にプラムインラインという方式で取付けられているが、これは、各ユニットの取付位置をただバッフル平面上につけるのではなく、振動板の放射位相関係を調整し、音源の等価的位置をそろえるという考え方のものだ。エンクロージャーは位相反転型だが、造りのしっかりしたもので、バッフル面は、これまた同社らしい特別な呼称がつけられている。AG(アコースティカル・グルーヴド)ボードというそうで碁盤の目のように表面がカットされていて、これによって、指向性の改善が得られているという。 たしかに、このスピーカー・システムの音は、豊かな放射効果を感じさせるもので、プレゼンスに富み、音像の定位も明解だし、豊潤なソノリティが、楽音をのびのびと奏でるものだ。ユニット配置の工夫や、AGボードが生きているとしたら、これ1つをとっても、従来の無響室における軸上特性の測定などが、いかに微視的な氷山の一角を把えていたに等しいかが評明されるだろう。ユニットやネットワークにもやるべきことを真面目にやって、さらに、それを音響的に多角的な検討をしてシステムとしてのアッセンブルに移すというオーソドックスなスピーカー作りの基本を守りながら、聴感を重視して試行錯誤をくり返した努力の跡がはっきりわかるのである。とにかく、このスピーカー・システムは、音楽が楽しめる音であり、楽器らしい音が再現される点で、ソニーのスピーカー・システム中、飛び抜けた傑作であると同時に、現在の広く多数のスピーカー・システムの水準の中で評価しても、まず間違いなくAクラスにランクにされる優れたものだと思う。
 この、SS−G7の試聴感を率直にいえば、やはりウーハ一に大口径特有の重さと鈍な雰囲気がつきまとうのが惜しい。しかし、これは、この製品、SS−G7に限ったことではなく38cmクラスのウーハーのほとんどが持っている音色傾向であるといえよう。
今後の課題として、この中高域の質に調和した、より明るく軽く弾む低音も出せる大口径ウーハーが出現すれば文句なしに第一級のシステムといえる。しかし、この価格とのバランスを考慮して、商品として評価をすれば、これは賞讃に価いする。今後の同社のスピーカーにさらに大きな期待を抱かざるを得ない傑作だと思う。