井上卓也
ステレオサウンド 72号(1984年9月発行)
特集・「いま一番知りたいオーディオの難問に答える」より
Q:やさしさ、やわらかさ、ふくよかさ、鴻毛のような軽さ、そんな弦合奏が聴きたいのですが、スピーカーというものはどうして、ああも、キンキン、ギラギラ、ガリガリと鳴るのでしょう。ハイスピードだの立ち上りの鋭さなどが美音の代名詞になっているオーディオ評論には納得がいきません。充分大音量が出せて、しかも、しなやかな音を失わない、そんな装置を教えて下さい。
A:『スピーカーというものはどうして、ああも、キンキン、ギラギラ、ガリガリと鳴るのでしょう。ハイスピードだの立上がりの鋭さなどが美音の代名詞になっているオーディオ評論には納得がいきません。充分大音量が出せて、しかも、しなやかな音を失わない装置を教えて下さい』前半の音の要求は省略したが、これが、この質問の条件である。
これが、現実のオーディオファンの気持を代表しているものとすれば、大変に困ったことである。まあ、これを本誌編集部の一種のユーモアと割切って質問を考えてみることにしたい。
基本的には、質問に正しく答えることは、この場合不可能である。やさしく、やわらかく、ふくよかに、鴻毛のような軽さ、そんな弦の合奏が聴きたい。という前半の要求は、そのような音が出せるとしたとしても、末尾の、充分大音量が出せて……。という要求はどうして出てくるのだろうか。これが最大の難問たるところだろう。常識的には、弦の合奏を充分大音量でし再生するということは、オーディオではありえないことである。これでは、チェンバロを大音量で聴くことと同意味ではないであろうか。このあたりについては、ぜひとも、ステレオサウンド刊の書籍、五味康祐オーディオ巡礼、池田圭著『音の夕映』、オーディオ彷徨/岩崎千明遺稿集、聴えるものの彼方へ/黒田恭一著あたりをお読みいただきたいものと思う。
次に、キンキン、ギラギラ…… 美音の代名詞になっているオーディオ評論……。についてであるが。私もすべてのオーディオ誌を読んでいるわけではないから確かなことは言えないが、そのような評論が現代スピーカーの美音ということで、書かれるはずがないと断言したい気持である。少なくとも、ここに表現された言葉は、良い音の表現には絶対に使わない言葉であるからだ。その意味では、大音量の弦合奏の再生とともに、難問ともいえるし、愚問ともいえるところである。
まあ、簡単に考えて、やわらかく、軽く弦が聴きたい、とすると、オーディオ的な意味では、この要求は判かる部分である。というのは、現実の弦楽器は、やさしく、やわらかく、ふくよかに、のみ鳴るものではなく、非常に鋭く、刺激的な音すらも聴かせるものであるからだ。
さて本題に戻り、弦合奏をオーディオ的な鳴らしかたという意味を含めて、やわらかく軽く聴くための条件を考えてみよう。まず、聴く部屋の問題である。広さは、最低20畳は必要で、響きがよく、雑共振や共鳴のあまりないことが要求される。つまり、頑丈で共振の少ない良い木材を使った床、壁、天井、それも充分に高さのあることが必要だろう。少なくとも、オーディオ的な吸音処理は最少限にとどめ、響きを殺さず、共振や共鳴をコントロールすることが大切である。
スピーカーは、弦楽器を再生するとなると電磁型なら、軽く剛性のある振動板と強力な磁気回路が必須条件だ。静電型+サブウーファーも候補に挙げられるだろう。基本的には、いかに高価格なシステムといえども物量投入には制約が存在するため、質問に要求される音を再生することは不可能であろう。
したがって、ここでは、いわゆる組合せというサンプルプランは存在しないことになり、考え方と方法論がテーマになる。
超強力ドライバーユニットに古典的な長大なホーンを組み合せた中域以上のユニットを使い、弦楽器の細やかさ、やわらかさ、軽さを再生しようとする方法は、以前から国内の一部のファンが試みたタイプである。現実の製品には、ゴトーユニット、エール音響、YL音響などの中域ユニット、高域ユニットに、コーン型低域ユニットを、エンクロージュア、またはホーンロードをかけて使う方法である。調整は非常に難しく、かなり高度の技術が要求され、アンプは当然チャンネルアンプが前提である。開題は、音速が有限であることと、位相関係が乱されやすいこと、ホーン独特のキャラクターが残ることなどがあるが、プログラムソースとマッチした場合の音は、既製のシステムとは隔絶した見事さだ。
静電型とサブウーファーの組合せは、米国で、試みられる例が多く、国内では、QUAD/ESL×2とハートレーのウーファーを組み合せた、マーク・レビンソンHQDシステムが知られている。基本的にESLが両側に音を出す特長をもつため、部屋のコントロールと条件は大変に難しいタイプである。
ここまで試みたとしても、とかくオーディオで、弦とピアノは両立しえないものであることは忘れないでいただきたいことだ。
やわらかさ、軽さ、を、ある程度の要求にとどめれば、10万円クラス以上のブックシェルフ型システムでも、らしい感じを出すことは可能である。簡単に考えれば、ソフトドームを使ったシステムの細やかさを活かす方法もあるし、平面型システムの適当に距離感をもち、奥に広がる音場感と部屋の響きを活かす方法も可能性がある。要は使いこなしであり、それも、技術的に裏付けのあるアプローチが必要である。
ちなみに、質問のキンキン、ギラギラという音が現実に出ているとすれば、明らかに使いこなしが原因の一部であり、また、スピーカーが原因ではなく、アンプ系に問題が多いことは、常に経験するところである。
最近の例でも、ある場所で、スピーカー、アンプ、CDプレーヤーの新製品を聴いたが、最初メタリックな音が出ていたのに、アンプ、CDプレーヤーの処理方法と使いこなしにより、ほぼ完全にメタリックな音が消え去り、しなやかで、やわらかい音が得られたことがあるが、これなどは、とかく、スピーカーに責任があると思いやすい誤認の好例である。
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