井上卓也
ステレオサウンド 72号(1984年9月発行)
特集・「いま、聴きたい、聴かせたい、とっておきの音」より
ビクターのラボラトリーシリーズのコントロールアンプP−L10とパワーアンプM−L10は、いま、聴いておきたい音、というよりは、いま、安心して聴ける音、といった性格のセパレート型アンプである。
従来からもビクターには、オーディオフェアなどで見受けられた一品生産的な特殊なモデルを開発する特徴があったが、その技術をベースに、薄型コントロールアンプの動向に合せた7070系のコントロールアンプと、いわゆるパルス電源を初めて採用したモノ構成の7070パワーアンプをトップランクの製品として持ってはいたが、ビクターのセパレート型アンプとして最初に注目を集め、多くのユーザーの熱い期待を受けたモデルは、パワーアンプのM7050であろう。
これらの従来から築きあげた基盤の上に、アンプの基本思想として、忠実伝送と実使用状態における理想動作を二大テーマとして、ラボラトリーシリーズのセパレート型アンプとして1981年秋に開発されたモデルが、P−L10とM−L10である。
コントロールアンプP−L10は、かつてのソリッドステート初期に、グラフィックイコライザー(SEA)を搭載した超高級コントロールアンプとして注目を集めたPST1000以来、久しぶりに本格派のコントロールアンプとして総力を結集して開発された意欲的なモデルである。
最新の技術的産物としてのアンプではなく、音楽性追求のための技術という考え方を基本にして開発されただけに、例えば、音量を調節するボリュウムコントロールには、一般的に抵抗減衰型のタイプが使われるが、これでは可変抵抗器が信号ラインに入り接点をもつために、位置による音質のちがいが生じやすい点が問題にされ、アンプの利得を可変にすることにより音量を変える新開発Gmプロセッサー応用のボリュウムコントロールが採用されている。
このタイプは、ボリュウムを絞っていけば、比例してノイズも減少するため、実用状態でのSN比が大幅に改善され、結果として、音場感情報が豊かになり、クリアーな音像定位や見通しのよい広い音場感が従来型に比較して得られる利点がある。このバリエーションとして、昨年来のプリメインアンプA−X900やA−X1000にスイッチ切替型として採用されているが、この切替えによるSNの向上が、いかに大きく音場感再生と直接関係しているかは、誰にでも一聴して判かる明瞭な差である。
また、フォノイコライザーでのGmプロセッサーの応用にも注目したい。入力電圧を電流に変換増幅後、その電流をRIAA素子に流す単純なイコライザー方式は、CR型の伝送・動特性とNF型の高域ダイナミックレンジを併せ持つ特徴があり、電圧を電流に変換する変換率を変えればトータル利得を変化できるため、MMとMCポジションで性能、音質が変わらず、トータルな周波数特性はRIAA素子のみで決定されるため、RIAA偏差は自動的に100kHzまでフラットになることになる。
フォノ3系は低出力MC用ハイゲインイコライザーで、入力感度は70μVと低いが、SN比は非常に優れているのが特徴である。外装は、ビクター独自のお家芸ともいえる高度な木工技術を活かした、21工程に及ぶ鏡面平滑塗装仕上げ、これは見事だ。
ステレオパワーアンプM−L10は、ビクター独自のスイッチング歪をゼロとした高効率A級動作方式〝スーパーA〟の技術をベースに、スピーカー実装時のアンプの理想動作を追求した結果、全段カスコード・スーパーA回路を新採用している。この回路も、実際の試聴により、スピーカー実装時のアンプ特性劣化や、音楽再生時のTIM歪や発熱による素子のパラメーターの変化に注目した結果、優れた回路方式として採用されている点に注目したい。
この方式は、パワー段までカスコード・ブートストラップ回路を開発し、採用しているため、出力段のパワートランジスターは数ボルトの低電圧で動作し、電流のみ変化する特徴があり、電圧と電流の位相がズレるスピーカー実装負荷でも、ダミー抵抗負荷と同じ動作、性能が確保され、アンプは負荷の影響を受けない利点がある。また、低電圧動作のパワー段は、発熱量が低く、従来型に比較してスピーカー実装時の瞬間発熱量は1/10以下となり、サーマルディストーションの改善とアイドリング電流の安定化にもメリットがある。
構成部品は、エッチングなしのプレーン箔電解コンデンサー、高速ダイオード、高安定金属皮膜抵抗、低雑音ツェナーダイオードなど定石的な手法が各所に認められる。
外装は、平均的に16工程程度とされるピアノ塗装を上廻る21工程の鏡面仕上げローズ調リアルウッドのキャビネット採用。
定格出力時、160W+160W(20Hz〜20kHz・8Ωで、THD0・002%)周波数特性DC〜300kHz−3dBの仕様は、セパレート型アンプとしてトップランクの特性である。
P−L10とM−L10のペアは、充分に磨き込まれた、安定感のある、タップリとしたナチュラルな音が特徴である。各種のキャラクターが異なるスピーカーシステムに対しても、ナチュラルな対応性を示し、それぞれの特徴を活かすセッティングも、個性を抑えたセッティングも、かなりの自由度をもってコントロールできるようだ。
好ましいアンプというものは、個性的なキャラクターの強い音をもつものではなく、結果として、電気信号を音響エネルギーとして変換するスピーカーシステムに対して、充分なフレキシビリティをもって対応可能なことと、聴感上でのSN比が優れ、音場感的情報量をタップリと再生できるものであるように思う。
この意味では、このセパレート型アンプのペアは、発売以来3年を迎える円熟期に入ったモデルであるが、各種のスピーカーシステムに対する適応性の幅広さと、ビクターの伝統ともいうべき、音場空間の拡大ともいうべき、音場感情報の豊かな特徴により、現時点でも、安心して聴ける音をもつ、セパレートアンプとして信頼の置ける存在である。
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