菅野沖彦
スイングジャーナル 11月号(1968年10月発行)
「SJ選定新製品試聴記」より
コーラル音響といえば日本のオーディオ界では名門である。昔は福洋音響といって、スピーカー専門メーカーとしての信頼度は高かった。数々の名器はちょっと古いアマチュアならば記憶されているだろう。私自身、当時はずい分そのスピーカーのお世話になった。型番はもううろ覚えだが、たしかD650という61/2インチのスピーカーは大いに愛用した。810という8インチもあった。当時はインチでしか呼ばなかったが今でいう16センチ、20センチの全帯域スピーカーであった。トゥイーターもH1いうベスト・セラーがあった。福洋音響は当時のハイ・ファイ界のリーダーとして大いに気を吐いたメーカーだ。そして最近コーラル音響という社名に変更し住友系の強力な資本をバックに大きく雄飛しようという意気込みをもってステレオ綜合メーカーとしての姿勢を打ちだしてきている。
ところで、そのコーラル音響から新しく発売されたユニークなスピーカーがBETA10である。BETAシリーズとして8と10の2機種があるが、主力は10だ。まずユニットを一目見てその強烈なアマチュアイズムに溢れた容姿に目を見はる。白色のコーン紙。輝くデュフィーザー。レンガ色のフレーム。強力なマグネットは透明なプラスチック・カヴァーで被われている。これはマニアの気を惹かずにはおかないスタイリングで、キャラクターこそちがえ、例のグッドマンのAXIOM80のあのカッコよさに一脈通じるものを感じたのは私だけではあるまい。オーディオ製品のような人間の感覚の対象となるものについては、形も音のうちというものであり、この心理はマニアなら必らずといってよいほど持ち合わせている。形はどうでも音がよければという人もいるが、同時に、まったくその反対の人さえいる。コーラルがマニアの気質をよく心得て、細部にまで気をつかって、いかにも手にしたくなるようなスピーカーをつくったことは、今後のこの社の積極的な姿勢を感じさせるに充分で、事実、その後、かなり意欲的なデザインによるアンプも発売されている。
さて、BETA10の音はどうか。それを書く前に、スピーカーというもののあるべき姿にについて述べておかなければなるまい。音響機器中、スピーカーはもっとも定量的に動作状態をチェックしにくい変換器である。つまり、直接空気中に音を放射するものだけに、使われる空間の音響条件は決定的に影響をもたらす。装置半分、部屋半分ということがいわれるが、たしかに部屋が音におよぼす影響はきわめて大きい。これは録音の時のホールとマイクロフォンの関係に似ていて、電気工学と音響工学の接点であるだけにさまざまなファクターを内在しているわけだ。理論的な問題は別として、ある音源に対して最適なマイクロフォンを無数のマイクロフォンの中から選択して使っているというのが現状だが、これは、いかに問題が複雑で、理論や計算通りにいかないかを物語っているものであろう。マイクロフォンは使う人の感覚によって選ばれる。それに似たことがスピーカーにもいえる。スピーカーほど感覚的に選ばれる要素の強いものはない。それだけに選びそこなったら大変で、正しいバランスを逸脱することになる。BETA10こそは、まさにそうした危険性と大きな可能性を秘めたスピーカーであり、たとえてみれば暴れ馬である。その質はきわめて高く大きな可能性を秘めている。しかし、うっかり使うとたちまち蹴飛ばされる。使いこなしたらこれは大変魅力的なスピーカーだ。その点でも、これは完全に高級マニア向の製品で、これを使うには豊富な経験と知識、そしてよくなれた耳がいる。我と思わん方は挑戦する価値がある。こんなに生命感の強く漲ったタッチの鮮やかな音はそうざらにない。
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