オーラの悲しみ

早瀬文雄

ステレオサウンド 90号(1990年9月発行)
「Music Consolette 偶然の結晶を求めて」より

 彼女の流暢な英語をFM放送で聴いている人はいっぱいいるはずだ。
 いわゆる、バイリン・ギャルの彼女は、超堅物のイギリス人のお父さんと、シックな大和撫子の間にうまれた。
 今は仕事の関係上、港区の一画にあるマンションで独り暮らし。それも初めての経験なのでとても淋しいという。
「大袈裟だけど、ホームシックになるのよ」と英語っぽい日本語で言う。
 まあ、そういうものなのかもしれない。
     ☆
 その夜、僕たちは五人のグループで、とあるカフェバーで飲んでいた。ちょっとしたカタカナ職業の飲み友達のグループである。僕がちょっとした事情からこのグループの一人と親しくなり、ときおり誘われて輪に加わっていたのだ。
 彼女は、FMでDJをやっているくらいだから、当然のこととして大変な音楽愛好家である。
「オーディオにも興味あるわ。パパがエンスーしてるし」
 そういう彼女は本誌の読者でもあるという。ありがとうございます。
「いろいろ考えて、やっと自分のセットが揃ったの」
 そういう彼女の話を、僕は黙って聞いていた。
「ハヤセさんはオーディオ・ジャーナリスト?」と彼女が訊いた。
 まあ、そんなところだと僕は答えておいた。僕は彼女がどんな装置を組み合わせたのかとても興味があった。けれど、その場で質問するのも、妙なものだったからどうしようかと思案していた。その時、彼女の友人の一人が、これからその新しいステレオを聴かせて貰いましょうよ、とちょっとばかり酔いのまわった黄色い声で言った。そのおかげで、僕は彼女のオーディオの音を聴くチャンスに恵まれたというわけだ。
 今年二十三歳になる彼女は童顔のせいでどう見ても十八、九にしか見えない。
「よく未成年だと思われて苦労するの」と言う。
 彼女の部屋は無駄な装飾のないこざっぱりしたインテリアでまとめられ、ある意味ではあまり女の子らしくない空間を作っていた。
 まっしろな壁にかけられた、ゴールドのプレーンな額縁。そこに嵌め込まれたグスタフ・クリムトの油彩、ユーディットII・サロメ、のポスターがひときわ目についた。
 そして、そこに、やけにストイックな顔をして佇むJBL4312XPの白いウーファーが音を出す前からあたりの空気をぐっと引き締めてるように見えた。
 彼女はオープンキッチンにたち、僕たちのために水割りを作ってくれている。
 スモークガラス製のサイドテーブルには英国のニューブランド、オーラデザインのシンプルなプリメインアンプがそのクロームのパネルのクールな輝きに、ひっそりとあたりの光景を写しこんでいる。
 そして、ケンウッドのコンパクトなCDプレーヤー。軽くさわやかな音のするプレーヤーだ。
「かわいいアンプだね」とメンバーの一人が言った。
「おしゃれよね」と女の子の友人が言う。そう言って、みんな僕の顔を一瞬みた。僕が肩をすくめると、みんなどっと笑った。
 僕は水割りを飲みながら、彼女がいったいどんな曲をかけるのだろうかと、会話に花をさかせながらも、そのことばかりが気になっていた。
 彼女が最初にかけたのは、ジョン・アバークロンビーの最新アルバム『アニマート』に入っているシングル・ムーンと言う曲だった。アニマート……、生命を吹き込むっていう意味だ、たしか。
 そして次にかかったのはアジタート。ファースト・ライト、フォー・ホープ・オブ・ホープと続いていった。リモコンで彼女が選曲したのだ。グループの面々は会話に花を咲かせていたし、彼女も適当にそれに対応してるようにみえた。
 僕は、ときおり飛んでくる質問に短く答えながら、その場の空気から隔絶したような、おそろしく澄んだ音を出しているBGMに耳をそばだてていた。彼らは皆とても紳士的だったし、僕にたいしてもとても親切に気を使ってくれていた。
 やがて、同じジョン・アバークロンビーが二年前に出したアルバム『ゲッティン・ゼア』から五曲目のタリアが鳴り始めた時、僕はふと思いついて彼女に訊いた。
「ねえ、ひょっとして、ヴィンス・メンドーサが好きなんじゃない?」と。
 彼女が選曲したのはすべて彼の曲だったのだ。
「そう。わかった?」
 そう言って彼女は淡く微笑む。
「クロンビーの曲の中だと何が好きなんですか?」と逆に訊ねられた。
「ゲッティン・ゼアなら、リメンバー・ヒムとチャンス。アニマートなら……」
 一瞬考えてから「ブライト・レイン」と言った。
「ふうん」と彼女は言ったきり黙った。
 なんとなくシリアスな沈黙がほんの一瞬あたりを支配した。
 でも、誰かが、もっと明るい曲をかけようよ、と提案し、同時に部屋の空気も明るくシンプルになった。
 僕は壁のクリムトを見た。一見華麗なのに、ひどく空虚で頽廃的な空気と、残酷に断裂するような官能といったものがまじりあっている画だ。性と死が装飾的な画風の中に浮き上がっている。
 4312XPとオーラデザインVA40の組合せが、こんなにも悲しげに澄んだ響きを出してくれたのは、けして偶然なんかじゃないだろう。おそらくはJBLのどこか醒めて遠のいていくような響きの情感と、オーラデザインの可憐で穏やかな透明感がうまくまじりあってくれたのだろう。ケンウッドP-D90の軽くて淡い音の質感だってうまく作用しているに違いないのだ。
 偶然の結晶、それはあまりにも美しい結晶だった。
     *
FMでDJをしているキュートな彼女が使用していたスピーカーはJBL4312XP。白いコーティング剤が塗布された30cmウーファーの2213Hは新しい、アクション・モールデッド・フォームと呼ばれる特殊な樹脂によるフロントバッフルを得て、全体のデザインの中で新鮮な印象を放っている。4311が原型になっているがロングセラーを更新し、地道な改良が加えられ、今回JBLの最近のフューチュアである前記リアクション・モールデッド・フォームだけでなく、バッフルの不要な反射を軽減するネオプレーン・フォーム等も採用されている。スコーカー、トゥイーターとも信頼性の高いユニットが配されている。アンプは英国のオーラデザイン社のデビュー作、VA40プリメインアンプだ。CDプレーヤーはケンウッド製、P-D90である。コンパクトな同社のシステムコンポーネントシリーズに含まれるCDプレーヤーだが、単売もされている。コンパクトに凝縮され、かつ無駄のないデザインは、下手な高級コンポ顔負けの雰囲気をもち、液晶表示のインデックスの色合いや照度も含め、全体に大人っぽいまとまりを見せている。筆者自身この組合せにはいたく感動、サブシステムとしてそっくりそのまま採用してしまった。

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