マッキントッシュ XRT20

菅野沖彦

音[オーディオ]の世紀(ステレオサウンド別冊・2000年秋発行)
「心に残るオーディオコンポーネント」より

 マッキントッシュXRT20は1980年以来、僕が愛用するスピーカーシステムである。したがって、もう20年も愛用し続けていることになる。現在は、XRT26というモデルナンバーの製品にリファインされているが、基本設計に変りはない。このXRTシリーズは、マッキントッシュのユニークなアイデンティティに満ちあふれるスピーカーシステムで、他の凡百なスピーカーシステムとは画然と異なる着想から生まれた傑作だと思うのである。
 このスピーカーシステムに出会ったのは’79年9月、チェコ出身の名ピアニスト、故ルドルフ・フィルクシュニーの録音のためにニューヨークを訪れたときであった。
 マンハッタンにあるホーリー・トリニティ・チャーチという教会で、数日間にわたる予定の録音だったのだが、2日目の録音が終わったところで、翌日からの録音予定が2日間延引されてしまったのである。なんでも、その教会の長老が急に亡くなり葬儀を行なうことになったとやらで、録音予定を変更してほしいという教会側からの急な申し入れであった。もともと、無理に頼んで礼拝堂を録音に使わせてもらったわけだから、だまってしたがうほかはない。われわれは予定を2日間延ばすことになったのである。
 僕にとって、ニューヨークへ行ったら連絡を入れないわけにはいかない友人が何人かいるが、その一人が、マッキントッシュ社の社長ゴードン・ガウ氏であった。通常日本を発つ前に連絡するのだが、このときは、1週間の録音だけでトンボ帰りの予定だったので、連絡をすればマッキントッシュ社のあるビンガムトンからマンハッタンに来ると言うだろうから、かえって迷惑をかけるのもどうかと思い、前もって連絡を入れていなかったのである。しかし、2日間空いたとなると、そうもいかない。早速、電話して事情を伝える。案の定、「明日の朝、ホテルにクルマを迎えにやるからニュージャージーからチャーター機でビンガムトンに来てくれないか? 前から話していた例のエキサイティングなスピーカーシステムが、20年かけてようやく完成したんだ! ぜひ聴いてほしい。夕方には一緒にマンハッタンにもどって食事とナイトライフを楽しもう」と言う。この録音にはピアニストの山根美代子さん(フィルクシュニー門下生で後年、大ヴァイオリニスト、シモン・ゴールドベルグ氏と結婚、いまはゴールドベルグ未亡人となられた)がプロデューサーとして日本から同行していた。その旨を告げると、「そのピアニストにもぜひ聴いてもらいたい。よければ一緒に来てくれないか?」ということだったので、われわれは彼の言葉通りに翌日の朝、ビンガムトンに飛んだのである。
 マッキントッシュ社の試聴室で聴いたXRT20には完全にまいった! その音の質感の自然さはどうだ? オーケストラの弦合奏をこのような感触で再生するスピーカーシステムを、僕は、かつて聴いたことはなかった! また、リスニングポジションに関わりなく展開するステレオフォニックな立体感の豊かさと定位の安定感、いままで聴いたことのないスピーカーシステムの特質の数々が、このスピーカーシステムから聴けたのであった。多くの音楽家、とくに女流音楽家の例に漏れず、オーディオにはとくに造詣が深いとは言えない山根女史も、この再生音には、非常に強い印象を持ったようで、現在もXRT18をマッキントッシュのアンプともども、自宅で愛用しておられる。
 翌1980年、XRT20は発売されたが、1958年の45/45ステレオレコードの発売を契機として、当時の、たんにモノーラルスピーカーシステムを2台並べてステレオを聴く状況にたいする、疑問と不満を発想の原点として開発がスタートして以来、じつに、20年かけたステレオフォニックスピーカーシステムの完成であった。
 僕の愛用システムは、「375+537−500」の項で書いたように、1968年以来、JBLのホーンドライバーを中心としたマルチアンプシステムで、時折、他のスピーカーシステムを使ってみても、永く居座る製品はこのXRT20以外にはなかった。それが、すでに20年以上の歳月をメインシステムと共存する状態が続いているというわけである。XRT20の詳細は過去に「ステレオサウンド」本誌でも詳しく書いたし、いまはここにあらためて書く字数の余裕はない。しかし、現在も、その技術的な多くの特徴はまったく色褪せるものではないし、僕にとっては、その後、この音を超えるメーカー製システムは、現われていない。

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