菅野沖彦
スイングジャーナル 12月号(1971年11月発行)
「SJ選定新製品試聴記」より
アルテック・ランシングはアメリカ、カリフォルニア州のサンタアナに本社のある世界的なオーディオ・メーカーである。サンタアナは有名なディズニーランドに隣接していてアルテックを訪れる人は、必らずディズニーランドへ行く。そして、そこで聴える音のよさに関心を持つ。実際、この種の遊園地で鳴っている音というのは、まず、歪だらけの騒音であるのが普通。特別なハイ・ファイ・サウンドではなくても、ごくノーマルなサウンドが流れていることだけでも、われわれには驚きだ。それも、不思議なことに、いつ行っても良い音で鳴っている。つまり、よほど耐久力があるのか、保守がよいのかのどちらかだ。この音響システムは近隣のよしみでもあるまいがアルテックである。そう、アルテックはそもそも、こうした苛酷な使用に耐えるプロ機器専門のメーカーであって、劇場、教会、学校、スタジアムなどの大きな建物で使う大パワーのエクイプメントでは右に出るものがないといってもよかろう。しかも、その特長は単なる拡声装置としてではなく、よい音で音楽を再生し得るシステムだ。つまり駅のアナウンスなどに使われる手合いではない。ウェスターン・エレクトリックの流れをくみ、JBLの創設者であるスピーカー造りの天才、JBランシングが技師長を務めたアルテックの社歴からもわかるように、同社の製品のオリジナリティーに溢れた優秀性、高い信頼性は多くの同種メーカーの範となっているし、音に関心の高いファンの間で大きな人気と支持を得ているものである。製品のバリエーションはきわめて広く、現在では一般家庭用向きの(アメリカでは、これをハイ・ファイ・エクイプメントと呼ぶ。そして、われわれがいうプロ機をコマーシャル・プロダクツという)製品にも力を入れているが、A7−8〝ヴォイス・オブ・ザ・シアター〟システムに代表される明るく豊かな、透明な音の魅力が、全ての製品に共通して感じられる。アルテック・サウンドとして、われわれがもっている音のイメージは、実に屈託のない明るさ、デンシティーの高いち密なクォリティーだ。そしてちょっと聴くと無機的に感じられるほど精度、確度の高い音像再現なのだが、使い込んでいくと豊かで、デリカシーのあるニュアンスを感じるようになり、他のスピーカーでは得られない魅力のとりこになる。もちろん、メーカーはそんなことは考えていない。あくまで技術的な立場に立って理論にかなった設計、豊富な素材の投入によって、より理想的な変換器としてのユニットを開発、それを限られた形でシステムとしてまとめる時に、ソフト・ウェアー性の強い音響箱に収めるが、その際にもオーソドックスな理論を大きく曲げない範囲での妥協点を求めるという精神だ。しかし、この妥協点の求め方、ここにボイントがあるようた思える。ギリギリの所までは純粋に技術的見地から追い込み、実験的な立場から甲乙を決定する。あるいは、この結果をノウハウとして製造に生かすところにアルテックの長い経験と社の体質が息づく。
ここにご紹介する〝ディグ〟は、同社の普及型、同軸2ウェイ・システム〝409B〟ユニットを使ったもので、もともと、現在はアルテックに完全吸収されたユニバーシティーにオーダーして作らせていたアイテムである。20cmウーハーの高域はメカニカルに減衰させコンデンサーで低域をカットしたコーン・ツィーターがシンプルなデュフィーザーと組み合わされ、フレームにカプルされている。これを、かなり大きな容積をもった位相反転箱に収めたシステムだが、実にユニークな製品としての魅力をもっている。
音は生き生きした感触が魅力だが、〝ディグ〟というネイミングにふさわしいこくのある音質をもっている。適度なパワーを入れて、部屋によっては若干低音をブースト気味にして使うとよい。現在の広帯域ハイファイ・スピーカーの持つそらぞらしさに時として白けた気持になることがあるが、これは、そうした物理特性だけを追ったものとは対象的な存在で、心暖まる音を聴かせてくれる。よく整理され、ほどよく強調された美しい再生音、つまリレコード音楽の魅力を存分に味えるという、いわば大人っぼいスピーカー・システムといっておこう。26、800円という価格も気張らなくてよい。これを鋭くやかましく鳴らすようでは再生技術が不十分。
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