Monthly Archives: 3月 1986

ぼくのCDプレーヤー選び顚末記

黒田恭一

ステレオサウンド 78号(1986年3月発行)
「ぼくのCDプレーヤー選び顚末記」より

 ことの顛末をわかっていただくためには、まず、ぼくにとりついている二匹の小悪魔のことについておはなしすることから始めないといけないようである。一方の小悪魔を仮にM1と名付けるとすれば、もう一方の小悪魔はM2である。M1は本誌の編集をしている黛さんである。このM1がなぜ小悪魔なのかは、後でゆっくり書く。M2は本誌で「音楽情報クローズアップ」を書いている諸石幸生さんである。諸石幸生さんは、これまた、ディスクの買いっぷりのよさでは尋常とはいいがたい。さる友人をして、諸石さんは、ぼくのディスク買いの師匠だ、といわせしめたほど、諸石さんは、非常によく(オーディオとビジュアルの両方のディスクを買う。買ってひとりで楽しんでいるだけならいいのであるが、彼はそれを自慢する。こんなディスクを「WAVE」でみつけてきましてね、っていったような調子で。
 そのような諸石さんであるから、「音楽情報クローズアップ」のような記事も書けるであろうし、NHK・FMの「素顔の音楽家たち」のような思いもかけない素材を有効に使ったユニークな番組もやっていられるのであろうが、傍迷惑なことに変わりはない。こんなディスクをみつけてきましてね、などといわれれば、やはり気になり、時間のやりくりをして、件のディスクを買い求めるべく、しかるべきレコード店を走りまわることになる。しかも、悔しいことに、そのようにして彼に教えてもらうディスクが、いつもきまって面白いから、始末が悪い。
 とはいっても、M2の諸石さんは、M1に較べれば、罪が軽い。M1は困る。できることなら、藁人形を太めに作って、夜毎、釘でも刺したい気分である。たとえそののかされたあげくに、多少の出費をしたとしても、M2の場合には、額もしれている。M1の場合には、そうはいかない。それで、できるだけM1には会わないようにしているのであるが、しばらく会わないでいると、なんのことはないこっちから声をかけたくなったりして、墓穴を掘ることになる。このことを認めるのはいかにも面妖ではあるが、もしかするとぼくは、この二匹の小悪魔を、自分でも無意識のうちに愛してしまっているのかもしれない。
 ともかく、今回のことは、こんな感じの、M1の電話での言葉から、始まった。どの程度のコンパクトディスク・プレーヤーを買ったらいいか、といったようなことを誰かに相談されたりしません?
 その言葉をきいて、ぼくは、一瞬、ぎくりとした。さすがに小悪魔で、M1は、ぼくの私生活まですべてしっているのではないか、と思ったからである。「相談されたりしません?」どころのはなしではない。このところしばらく、誰かに会えば、ほとんどかならずといっていいほど、その質問をぶつけられている。そのような質問をする人の大半は、間違っても「ステレオサウンド」を読んでいるとは思えない。つまりオーディオの、よく使われる言葉でいえば、ホワイトゾーンの人たちで、なんらかの理由でぼくがオーディオの事情につうじていると買い被っての、その質問のようであった。
 自分でも考えあぐねていることについて適切なことがいえるはずもなく、言葉を濁したりすると、それを謙遜ゆえと誤解されて、収拾がつかなくなょたことも、再三ならずあった。コンパクトディスク・プレーヤーは、さしずめ発展途上機器であるから、育ちざかりの子供のように、すぐに去年の自分を追い越していく。したがって、どの程度のコンパクトディスク・プレーヤーを買ったらいいのであろうかと考える気持は、たとえ高価な洋服を買ってやっても、来年にはもう身体に合わなくなって着られなくなるのかもしれないと心配しつつ、しかしせっかくの入学式であるから、よその子供にあまり見劣りしてもいかんしと、貯金通帳の残高を思い起こしながら迷う、どこかの善良な親父の気持に、どことなく似ている。
 M1の電話での件の言葉は、ぼくがこのところ、コンパクトディスク・プレーヤーの発展途上過程を把握していないことを読んでのものでもあった。したがって、どの程度のコンパクトディスク・プレーヤーを買ったらいいか、といったようなことを相談されたりしません? というM1の質問は、ひととおりのものをきいていれば、たとえ誰かに質問されたとしても、答えようがあるかもしれませんよと、言外にいっていた。さらに、その電話で、M1は、このようにもいった。たくさんだと、きき較べるのに時間もかかるから、いくつか、ぼくがこれはと思うものを選んでおきますから、都合のいいときに、きいてみませんか。
 なんのことはない、M1の電話は、誘い、誘惑、口説き、であった。悲しいかな、それほど刺激的な誘いをはねのけられるほど、ぼくの好奇心は衰えていなかった。手際のよさと迅速さは、小悪魔M1の美徳のひとつである。ふらっと揺らいだ間隙をつかれた。気がついたら、ある日、ぼくの部屋に、十機種あまりのコンパクトディスク・プレーヤーが運びこまれていた。目の前にあれば、きかずにいられない。さしせまっての仕事をそっちのけにして、嬉々としてきいた。楽しかった。コンパクトディスク・プレーヤー坊やの成長ぶりに、あらためて感動もした。なんとかファンドのコマーシャル・フィルムでの宣伝文句ではないけれど「一年もたつと、ずいぶん頼もしくなるのね!」といいたいところであった。
 一応、もし、誰かにどの程度のコンパクトディスク・プレーヤーを買ったらいいか、といわれたとしても困らない程度の勉強もした。M1は、なんと親切な男なのであろう、とあやうく感謝しそうになってしまったりもした。
 しかし、M1は、そうは甘くはなかった。どうです、きいた感想を、二十枚程度で書いてもらえませんか? ときた。楽しませてもらっただけで、嫌といえるはずもない。それで、これを書く羽目に陥った。
 ただ、ここでは、特に気に入ったものを中心に書くにとどめ、今回きいた機種名のすべてを書きつらねることは、差し控える。理由は、ふたつある。ひとつは、きいた機種がM1の個人的な判断によって選ばれたものに限られているからである。M1の耳は一級のものである。だからこそ、M1は小悪魔なのである。そのようなM1によって選ばれた機種であるから、当然、それらが水準をこえたものであることには間違いないと、ぼくは確信している。しかし、それを一般化しては、誤解を招くであろう。誤解される危険のあることは、できるだけ避けるべきである。もうひとつの理由は、ここでの試聴が、ぼくの部屋で個人的におこなわれたということに関係している。
 したがって、ここでの感想記は、M1という小悪魔にそそのかされたあげく、頓馬な音楽好きが自分の部屋できいて書いた、あくまでもプライヴェイトなものと、ご理解いただきたい。しかも、ぼくは、自分の部屋で、アクースタットのモデル6と、スタックスのELS8Xという、エレクトロスタティック型の、かならずしも一般的とはいいがたいスピーカーを使っている。ぼくの試聴した結果の判断を、あくまでも個人的なところにとどめたいと考える理由のひとつに、そのこともある。
 さて、今、誰かが、どの程度のコンパクトディスク・プレーヤーを買ったらいいか、とぼくに個人的な見解を求めた、としよう。すると、ぼくは、そこで、おもむろに、彼の現在使用中の機器を、尋ねる。さらに、彼がどの程度熱心に音楽をきく人間かを、彼とのこれまでのつきあいから判断して、彼に答えることになる。
 低価格帯の機器でもよさそうであるなと思えば、そこで薦めるのは、やはりマランツCD34である。音に対してのことさらの難しい要求がなければ、おそらく彼はこれで満足するに違いないし、このマランツCD34のきかせる、危なげのない、背伸びしすぎることのない賢い鳴りっぷりは、安心して薦められる。きいてみて、あらためて、人気があるのも当然と、納得した。
 その上ということになると、彼の好み、あるいは音楽の好みを、もう少し詳しくきくことになる。その結果、答はふたつにわかれる。彼が輪郭のくっきりした響きを求めるのであれば、NECのCD705である。その逆に、彼が柔らかい響きに愛着を感じるのであれば、ティアックのZD5000である。この二機種は、性格的にまったく違うが、そのきかせる音は、充分に魅力的である。たとえば、パヴァロッティのフォルテでのはった声の威力を感じさせるのは、NECのCD705である。しかし、ひっそりと呟くようにうたわれた声のなまなましさということになると、ティアックのZD5000の方が上である。
 というようなことをいうと、ティアックのZD5000が、力強さの提示に不足するところがあると誤解されかねないが、そうではない。たとえば、ウッド・ベースの響きへのティアックのZD5000の対応などは、まことに見事である。さる友人が、このティアックのZD5000の音について、実にうまいことをいった。彼は、このようにいったのである、なかなか大人っぽい音じゃないか、この音は。そのいい方にならえば、NECのCD705は、ヤング・アット・ハートの音とでもいうべきかもしれない。
 ところで、今回の試聴には、小悪魔M1でさえ見抜いてはいないはずの、隠された目的がひとつあった。たとえ誰にも相談されなくとも、ぼく自身が、今、この段階で、トップ・クラスのコンパクトディスク・プレーヤーがどこまでいっているのかをしりたいと思っていて、それによってはという考えも、まんざらなくはなかった。いや、M1のことである。その辺のぼくの気持などは、先刻、お見通しであったかもしれない。さもなければ、きかせてくれる機器のなかに、わざわざフィリップスLHH2000を入れたりはしなかったであろう。
 フィリップスLHH2000が専門家諸氏の間でとびきり高い評価をえているのはしっている。しかし、ぼくは、すくなくともぼくの部屋できいたかぎりでは、そのフィリップスLHH2000のきかせてくれる音に、ぼくのコンパクトディスクをきくというおこないをとおしての音楽体験をゆだねようとは思わなかった、ということを、正直にいわなければならない。
 たしかに、このコンパクトディスク・プレーヤーのきかせる音には、いわくいいがたい独特の雰囲気がある。しかも、その音には、充分な魅力があることも、事実である。フィリップスの本社がオランダにあるためにいうのではないが、フィリップスLHH2000のきかせる響きには、あのアムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団のふっくらと柔らかい響きを思い出させるところがある。さらに、そういえば、といった感じで思い出すのは、フィリップス・レコードの音の傾向である。フィリップス・レコードの音も、とげとげしたところのまったくない、柔らかい音を特徴にしている。厭味のない、まろやかで素直な音が、フィリップス・レコードの音である。そのことがそのまま、このコンパクトディスク・プレーヤーの音についても、あてはまる。
 ただ、たとえ、ひとつのオーケストラの響きとしては、あるいはひとつのレコード・レーベルの音としては、充分に魅力のあるものであったとしても、それが再生機器の音となると、いくぶんニュアンスが違ってくる、ということもいえなくもない。結果として、ききては、すべてのディスクをそのプレーヤーに依存してきくことになる。そこにハードウェア選択の難しさがある。
 フィリップスLHH2000をアムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団にたとえたのにならっていえば、ソニーのCDP553ESD+DAS703ESはシカゴ交響楽団である。
 アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団は、ハイティンクが指揮をしても、デイヴィスが指揮をしても、あるいはバーンスタインが指揮をしても、いつでも、ああこれはアムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団だなと思わせる響きをもたらす。シカゴ交響楽団は、その点で微妙に違う。オーケストラとしての、敢えていえば個性を、シカゴ交響楽団は、かならずしもあからさまにしない。そのためといっていいかと思うが、シカゴ交響楽団によって音にされた響きは、音楽における音がそうであるように求められているように、徹底して抽象的である。音色でものをいう前に、音価そのもので音楽を語るというようなところが、シカゴ交響楽団の演奏にはある。
 音楽は、ついに雰囲気ではなく、響きの力学である。これは、おそらく、おのおののききての音楽のきき方にかかわることと思えるが、ぼくは、あくまでも、その音楽での音のリアリティを最優先に考えていきたいと思っている。その結果、ぼくは、アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団的コンパクトディスク・プレーヤーではなく、シカゴ交響楽団的コンパクトディスク・プレーヤーに、強くひかれることとなった。
 ぼくの部屋の周辺機器とのマッチングの問題もあろうかとも思うが、フィリップスLHH2000でも、もっと鮮明にきこえてもいいのだがと思うところで、いくぶん焦点が甘くなるところがあった。その点で、ソニーのCDP553ESD+DAS703ESは、ちょうどシカゴ交響楽団によって響かされた音がそうであるように、ごく微弱な音であろうと、いささかの曖昧さもなく、明快に、しかも明晰に響いていた。
 さまざまなディスクを試聴に使ったが、そのうちの一枚に、パヴァロッティのナポリ民謡をうたった新しいディスクがあった。パヴァロッティは大好きな歌い手なので、これまでにも、レコードはもとより、ナマでも何度もきいているので、その声がどのようにきこえたらいいのかが、或る程度わかっている。しかもこの新しいディスクは、このところ頻繁にきいているので、これがどのようにきこえるのかが、大いに興味があった。
 せっかくパヴァロッティの声をきくのであれば、あの胸の厚みが感じとれなければ、意味がない。ソニーのCDP553ESD+DAS703ESによるパヴァロッティの声のきかせ方は出色てあった。ほんものの声ならではの声が、光と力にみちて、ぐっと押し出されてくる。ぼくが音楽での音のリアリティを感じるのは、たとえば、このパヴァロッティの声のエネルギーが充分に示されたときである。それらしくきこえるということと、それとは、決定的に違う。
 パヴァロッティの声がシカゴ交響楽団にって音にされた、といういい方はいかにも奇妙であるが、ソニーのCDP553ESD+DAS703ESできいたときに、パヴァロッティの声を凄い、と思えた。フィリップスLHH2000でのきこえ方は、なるほど美しくはあったが、すくなくともそこできこえた声は、パヴァロッティの胸の厚みを感じさせはしなかった。
 おそらく、オーディオ機器のきかせる音についても、愛嬌といったようなことがいえるはずである。そのことでいえば、ソニーのCDP553ESD+DAS703ESのきかせる音は、お世辞にも愛嬌があるとはいいがたい。しかし、考えてみれば、愛嬌などというものは、所詮は誤魔化しである。誤魔化し、あるいは曖昧さを極力排除したところになりたっているのが、ソニーのCDP553ESD+DAS703ESの音である。
 ぼくは、まだしばらくは、音楽をきくことを、精神と感覚の冒険のおこない、と考えていきたいと思っている。そのようなぼくにとって、ソニーのCDP553ESD+DAS703ESのきかせる、ともかくわたしは正確に音をきかせてあげるから、そこからあなたが音楽を感じとりなさい、といっているような音こそが、ありがたい。真に実力のある音は、徒に愛嬌をふりまいたりしない。ソニーのCDP553ESD+DAS703ESも、その点で例外ではない。
 一応の試聴を終えたところで、やはり、ぼくにとっては、ソニーのCDP553ESD+DAS703ESがベストだね、といったときに、M1は、それでなくとも細い目をさらに細くして、ニヤッと笑った。なにゆえの笑いか、そのときは理解できなかった。
 その後で、ひとりで、気になっているディスクをとっかえひっかえ、かけてみた。明日の朝は早く起きなければと思いながらも、それでもなお、読みかけた本を途中でやめることができず、ずるずると読みつづけてしまうことがあるでしょう。ちょうどあのような感じで、時のたつのも忘れ、さまざまなディスクをききまくった。もはやすでに試聴をしているとは思っていなかった。そこできこえる音に、ひいてはそこでの音楽のきこえ方に惚れこんで、好きな人と別れるのが辛くては一分のばしにはなしこむような気持で、ききつづけた。
 そうやってきいているうちに、あのM1の無気味な笑いの意味がわかってきた。あの野郎、今度会ったら、ただではおかない、首をしめてやる。
 シカゴ交響楽団で提示された響きに、ぼくの周辺機器が対応できない部分がある。パヴァロッティが胸一杯に息をすいこむと、ぼくのアンプは、まるでM1のシャツのようにボタンがはじけとびそうになる。ソニーのCDP553ESD+DAS703ESの提示する音がサイズLの体型だとすると、ぼくの周辺機器の音はMのようにかんじられる。ほかのたとえでいえば、つまり、シカゴ交響楽団の演奏を、客席一五〇〇程度のホールできいたときのような感じとでもいうべきかもしれない。
 かつて、ぼくは、シャルル・ミュンシュと来日したときのボストン交響楽団の演奏を、内幸町のNHKの第一スタジオできいたことがあるが、素晴らしい響きではあったが、さらに広い空間であれば、響きはさらにいきいきとひろがるであろうと、そのとき思ったりした。ソニーのCDP553ESD+DAS703ESでさまざまなディスクをきいているうちに、そのときのことを思い出したりした。
 M1は、くやしいかな、すべて、わかっていたのである。しかし、さすがM1である。いい耳しているなと、感心しないではいられなかった。あの無気味な笑いは、これのよさがわかったら、お前の周辺機器の客席数もふやさなければいけないよ、という意味だったのである。
 まことに残念であるが、M1は正しい。シカゴ交響楽団ことソニーのCDP553ESD+DAS703ESは、その徹底した音のリアリズムによって、ききてを、追いこみ、あげくのはてに、地獄におとす。しかし、考えようによっては、地獄におとされるところにこそ、再生装置を使って音楽をきく栄光がある、ともいえるであろう。精神と感覚の冒険から遠いところにあって、ロッキング・チェアに揺すられて、よき趣味として音楽を楽しむのであればともかく、さもなくば、いざ、M1よ、きみに誘われて、地獄をみようではないか。
 ディジタル対応などという言葉は、深くにもこれまで、オーディオメーカーの陰謀がいわせたものと思いこんでいたが、そうではなさそうである。使いこなしなどといった思わせぶりなことはいいたくないが、CDP553ESDの下にラスクをひいたり、あれこれ工夫しているうちに、シカゴ交響楽団はますますその本領を発揮してきて、ぼくはすっかり追い込まれてしまった。
 演奏家のおこない、つまり楽器をひいたりうたったりするおこないは、とかく美化されて考えられがちであるが、演奏もまた演奏家の肉体労働の結果であるということを、忘れるべきではないと思う。演奏もまた人間のおこないの結果だということを教えてくれる再生装置が、ぼくにとっては望ましい機器である。奇麗ですね、美しいですね、といってすませられるような音楽は、ついにききての生き方にかかわりえない。そのような音楽で満足し、自分を甘やかしたききては、音楽の怖さをしりえない。
 ソニーのCDP553ESD+DAS703ESは、その徹底した音のリアリズムによって、ききてに、演奏という人間のおこないの結果に人間を感じさせた。このようなきかせ方であれば、コンパクトディスクをきくというおこないをとおしての、ぼくの音楽体験をゆだねられる、と思った。

グレース ASAKURA’S ONE

井上卓也

ステレオサウンド 78号(1986年3月発行)
「BEST PRODUCTS」より

 最近のファンにはなじみが薄いと思うが、グレースはカートリッジやトーンアームの専門メーカーとして長い伝統を誇る国内屈指の老舗である。
 ちなみにステレオ時代以後の製品に限ってみても、ノイマンタイプを基礎に開発した国産ステレオMC型の第一号機F45D/Hは、クリスタル型が一般的であったステレオの音を、一挙にMC型の世界に飛躍させた記念すべき製品であり、これとペアに開発されたトランジスターヘッドアンプは、半導体の可能性を示した国内第一号機で、この設計者が若き日の長島達夫氏である。また、これも国内初のパイプアームと、いわゆるヨーロッパタイプの現在の標準型となっている4Pヘッドコネクターを採用したG44は、亡き瀬川冬樹氏の設計であった。
 F45D/H以後は、グレースの製品はF5にはじまり、現在のF8シリーズに発展するMM型が主力製品であった。
 一方、MC型は昭和52年に開発がスタートし、グレースが主催するグレース・コンサートでの演奏をテストケースとして、改良が加わえられ、同コンサートでASAKURA’s ONEのプロトタイプとして演奏が行われたのは、開発開始以来7年目の59年6月のことである。
 ボディシェルは、磁気回路の両側を厚い軽合金ブロックでサンドイッチ構造とする張度が高く制動効果を伴せもつ設計であり、ビスを貫通させる取付け部分は、横方向から見ると円盤状であり、ボディ背面との間に少しのクリアランスがあり、取付け部が浮いた構造を採用している。
 このタイプは、カートリッジボディとヘッドシェルとの接触面積を狭くとり、平均的に取付けネジを締めたときでも面積当りの圧力が高く、密着度を高める独特の構想に基づく設計である。
 試聴は、リファレンス用コントロールアンプPRA2000Zの昇圧トランスが昇圧比が低く、インピーダンスマッチングの幅が広い利点を活かして使い、比較用にはヘッドアンプも聴いてみた。
 最初はPRA2000ZのMCヘッドアンプで、針圧、1・8gで聴く。ナチュラルに伸びた広帯域型のレスポンスと、音の粒子が細かく滑らかであり、音場感はスピーカーの奥に拡がる。低域は柔らかく豊かであり、オーケストラなどでは大ホールらしいプレゼンスの優れた、響きの美しさが聴かれる。とくに、スクラッチノイズが、フッフッと柔らかく、聴感上のSN比が良いことが、このカートリッジ独特の魅力である。
 次に、PRA2000Zの昇圧トランスに切替える。帯域はわずかに狭くなるが、リアリティが高く、彫りの深い音が魅力的である。トランスの選択は、情報量が多くローレベルの抜けが良いタイプを選びたい。別の機会に、手捲きで作ったといわれる昇圧トランスを組み合わせたことがあるが、CDに対比できるナチュラルなレスポンスと素直に拡がる音場感のプレゼンス、立体的な音像定位が聴き取れ、このMC型の真価が発揮されたようだ。しばらく使い込んでエージングを済ませて、初めて本来の音となる高級カートリッジの文法に則した製品だ。

ハイフォニック MC-D900

井上卓也

ステレオサウンド 78号(1986年3月発行)
「BEST PRODUCTS」より

 ハイフォニックは、MC型カートリツジのスペシャリティをつくるメーカーとして発足以来、すでに昨年で3周年を迎えたが、これ機会として開発された新製品のひとつがMC−D900である。
 ハイフォニツクのモデルナンバーに少しでも慣れたファンなら、D900のDがカンチレバーにダイヤモンドを採用していることは容易に判かるというものだ。
 同社のダイヤモンドカンチレバー採用のモデルは、これが第3作にあたるが、今回の新製品では、空芯型を基準としていた同社のMC型としては異例にも、コイル巻枠に磁性体を使用している。新開発の低歪率でありリニアリティの優れたスーパー・パーマロイ材を十字型として使い、コイルにはLC−OFC線材を採用している。なお、シリーズ製品として同じ構造の発電率をもち、カンチレバー材料をムク材アルミ合金としたMC−A300が、同時に発売されている。
 新磁性体巷枠の採用で、出力電圧はMC−D10の0・13mVから、0・25mVに上昇し、インピーダンスは、40Ωから、10Ωに下がっている。また針圧が1・2gから1・7gに増したことは、出力電圧の増加と相まって、汎用性を高め大変に使いやすくなった。
 なお、MC−D10での成果である0・06mm角ブロックダイヤ採用のウルトラライン・マイクロスタイラス(針先0・1×1・2mil)に天然ダイヤモンドブロック使用のムクカンチレバーはそのまま本機に受継がれており、アルミ合金ブロック削り出しメタルボディ、ボディと磁気回路の間にエンジニアリングガラス樹脂採用の振動防止構造、独自のヨーク形状をもつ磁気回路など、ハイフォニック独特の方式はすべて本機にも導入されている。
 試聴はSME付のマイクロ8000IIと、昇圧トランスにHP−T7を使った。針圧は1・7gで聴く。聴感上の帯域バランスはワイドレンジタイプでスッキリと伸び、CDに準じた伸びやかなレスポンスである。音の粒子は細かくシャープで抜けがよく、音色も明るく分解能が高いために、いわゆる磁性体を巻枠に採用したMC型にありがちのローレベルの喰込み不足や、表情の穏やかさ、やや狭い音場感などといった印象が皆無に近く、良い意味での音溝を針先が丹念に拾う、いかにもアナログらしいレコードならではの音が、小気味よく楽しめるのが好ましいところだ。
 しばらく聴き込むと、少し中高域に輝やかしい一種のキャラクターがあるのが気になってくる。このあたりと低域の芯の硬さが、レコードらしい音を演出しているわけだが、少し抑えてみたい。
 針圧とインサイドフォース・キャンセラーの細かい調整でも、かなりコントロールすることはできるが、基本的には、主な原因を探し対処することだ。このキャラクターはHP−T7の筐体の微妙な鳴きであるらしく、厚めのフェルトなどでトランスを包み、スピーカーからの音圧を避けてみるのもひとつの方法であり、置き場所を選んで軽減することもできるだろう。

NEC A-10 TYPEIII

井上卓也

ステレオサウンド 78号(1986年3月発行)
「BEST PRODUCTS」より

 NECのプリメインアンプA10は、昭和58年6月に、独自の構想に基づいたリザーブ電源方式を採用し、一躍NECオーディオの実力と魅力を世間に認めさせる、いわば画期的な成功をおさめたモデルである。昭和59年9月には、電源部を新リザーブII方式に発展させ、A10II
に改良されている。今回、二度目の大改良が加えられ、このタイプのファイナルモデルとでもいうべきA10TypeIIIとして発売されることになった。
 シンプル&ストレート思想は、かなり撤底され、イコライザー段はMM型専用。ノーマルの使用状態では、CD、TUNER、AUXなどの入力は、TAPE1/2を含み、セレクタースイッチ、ボリュウム、左右独立のバランス調整を通るのみで、ダイレクトにパワーアンプに送られる設計だ。
 機能面では、モード切替、トーンコントロール、テープモニター系が省略され、TAPE1と2は、ファンクション切替に組み込まれた。
 次に、プリアンプとパワーアンプを独立して使うための切替スイッチが設けられており、この場合のみに利得18dBのフラットアンプが信号系に入り、それを経て、プリアウト端子に送られる。フラットアンプ出力部には、別に利得0dB、位相が180度回る反転アンプがあり、独立した出力端子をもっており、この2種の出力端子とパワーイン端子間を外部接続で使い分ければ、左右チャンネル同相で、入出力の位相を正相にも逆相にもコントロール可能。この面での位相管理が行われることが少ないCDソフトヘの対応や、スピーカーの+端子に電池の+をつなぐとJISとは逆にコーンが引っ込む逆相型スピーカーや、アナログカートリッジでの正相型や逆相型に対応できるという、現状のオーディオの盲点をついた設計が非常にユニ−クである。なお、外部接続でプリアンプとパワーアンプを接続するときのフラットアンプの利得をキャンセルするアッテネーターがパワーアンプ入力にあり、利得は一定である。その他の機能にフォノダイレクトがあるのも、シンプル&ストレイト思想の表われだ。
 パワーアンプは、低負荷時のドライブ能力が向上し、約20%強化された電源部のバックアップで、ダイナミックパワーは8Ωで80W+80W、2Ωで320W+320Wの完全保証は見事な成果である。
 機構設計面では、金属製脚部が通常の4脚式の他、3脚式も可能で、設置場所でのガタや本体のネジレが解消され、音質上で利点は多いとのこと。
 A10TypeIIIは、穏やかであったA10IIと比較して、かつてのA10登場時点での鮮明で密度感があり、質的に高い音を再び現時点で甦らせたようなクォリティの高い音を聴かせてくれる。音質面での見事な成果と比較をすると、デザイン面の特徴は、古くなりすぎた印象だ。

BISE 901V Custom

井上卓也

ステレオサウンド 78号(1986年3月発行)
「BEST PRODUCTS」より

 ボーズの理論を具体化した第1号製品として伝統を誇る901シリーズに、新製品901V Customが加えられた。
 901シリーズ内での位置づけは、901SS−Wのジュニアモデルに相当する。直接音成分11%を前方に、関接音成分に相当する反射音89%を後方の壁に反射させて使う、ボーズならではのダイレクト・リフレクティング方式だけを受継いだヴァリュー・フォー・マネーな新製品である。
 本機ではプロフェッショナル用802IIと同様に、ダイレクトな音を楽しむために901SS、SS−Vで採用されたサルーン・スペクトラム方式は省略されており、そのため専用のイコライザーアンプは、基本的な回路上の変更はないが、901SS−W附属のタイプと較べテープモニター系が2系統から1系統になり、イコライザーバイパススイッチとダイレクト・リフレクティング方式とサルーン・スペクトラム方式の切替スイッチが省略されている。
 しかし、新たに低域を35Hzで−6dBにするパススイッチが加えられた。
 基本的なデザインは旧901Vを受け継いだ伝統的なものだが、木部は美しいウォルナットのオイル仕上げ、イコライザーアンプのシャンペンゴールド系の色調と微妙なカーブを描く曲面をもつシャーシは、高級機ならではの格調の高い良い雰囲気だ。
 使用ユニットは、口径11・5cmのコーン型の901SS−Wと同じタイプ。ボイスコイルインピーダンスは0・9Ω、角形比4:1の断面をもつ銅線をヘリカル(エッジワイズ)巻きしたタイプだが、字宙開発技術の産物である高耐熱接着剤で固められ、線間の接着層は1ミクロン、2000度の温度に耐えるとのことだ。全ユニットはコンピューターコントロールで生産され、ユニット間の差は事実上ゼロといえるレベルに達している。
 エンクロージュアはシリーズIII以来のアクースティック・マトリックス型で、SS、SS−W同様にサーモプラスティック射出成型のこの部分がエアタイトにつくられ、これを外側の木製キャビネットが締め付ける方式に変わった。なお、シリーズIVでは天地がオープンで、木製エンクロージュアと組み合わせてエアタイトとしていた。
 専用スタンドは、新デザインのタイプに変わるが、試聴には間に合わなかったためP社製木製ブロックを片側に2個タテ位置にして使い聴いてみる。スタンドの置き方、後ろと左右の壁からの距離と角度を追込んだ後、イコライザー補整をすれば、木製スタンドの利点もあって、SN比がよく、緻密で表情が豊かな音が楽しめる。いわゆるサラウンドとは異なるプレゼンスが見事だ。

オンキョー MONITOR 2000X

井上卓也

ステレオサウンド 78号(1986年3月発行)
「BEST PRODUCTS」より

 オンキョーを代表する高級ブックシェルフ型システムMONITOR2000が、予想どおりにリフレッシュされた。モデルナンバー末尾にXのイニシャルを付けたMONITOR2000Xとして、昨年秋の全日本オーディオフェアで発表されたもので、すでに昨年末から新製品として市場に投入されている。
 MONITOR2000Xの特徴は、最近のスピーカーシステムのルールどおり回折効果の抑制に効果的なラウンドバッフルの採用が、デザイン面での最大の特徴だ。バスレフポートを背面に設け、この部分でのラジェーションを防ぐバスレフ型のエンクロージュアは、板振動による音質劣化を避けるために、高密度パーチクルボードをフロントバッフルに40mm厚、裏板に30mm厚、側板に25mm厚で使用。それとともに独自の開発による振動減衰型構造の採用で、クリアーな音像定位とプレゼンスを得ている。両側のラウンド部分は、40mmの大きなアールを採用し、天板前端にもテーパーが付いたエンクロージュア.は、表面が明るく塗装されたウォールナットのリアルウッドタイプだ。塗装面の仕上げは非常に美しく、高級機ならではの雰囲気を演出しているようだ。
 ユニット関係では、ウーファーが、すでに定評のある3層構造のピュア・クロスカーボンコーン採用で、カーボンファイパー平織りに、適度の内部損失をもたせるため特殊エポキシバインダーを組み合わせる独自のタイプ。磁気回路はφ200×・φ95×25tmmのマグネットを使い、14150ガウスの磁束密度を得ている。
 スコーカーは、構造上ではバランスドライブ型に相当する10cm口径のコーン型である。いわゆるキャップ部分が、チタンの表面をプラズマ法でセラミック化したプラズマ・ナイトライテッド・チタン、コーン部分がピュア・クロスカーボンの複合型である。
 トゥイーターも、プラズマ・ナイトライテツド・チタン振動板採用のドーム型で、MONITOR500で開発された振動板の周囲の2個所を切断し、円周方向の共振を分散させる方法が、スコーカーともども導入され優れた特性としている。なお、磁気回路の銅リングを使う低歪対策は珍しく、板振動を遮断する制動材を使い高域の純度を高めた設計にも注目したい。
 別売のスタンドAS2000Xを使い試聴する。柔らかい低域をベースとし、シャープな中高域から高域が広帯域型のレスポンスを聴かせる抜けの良いクリアーな音が聴ける。基本クォリティが高く、特性面でも追込まれており、どのような音にして使うかは、使い手側の腺の見せどころだ。

サンスイ AU-X111 MOS VINTAGE

井上卓也

ステレオサウンド 78号(1986年3月発行)
「興味ある製品を徹底的に掘り下げる」より

 サンスイのプリメインアンプは、現在のシリーズの出発点であるAU607、707が発売されてから昨年で10周年を迎え、新しく10年後に向かって出発する意味をも含めて、DECADEシリーズとしてスタートしたのだが、この同じモデルナンバーを基本的に使うという意味での超ロングセラーは、プリメインアンプの歴史に残る快挙というべきであろう。
 これらのシリーズの製品は、基本的に607、707、907の3モデルをベースに、ときにはシリーズのジュニアモデルに相当する507を加えて発展をしてきた。そしてこのシリーズとは別に、プリメインアンプのスペシャリティモデルを随時開発してきたことも、同社の特徴だ。同社には、古くは管球アンプの時代の末期に、当時の一般的なプリメインからはとびぬけた存在で、トップランクプリメインアンプとして名声を得たAU111があった。07シリーズになってからでも、管球式時代のAU111的存在として、AU607/707に続く第2世代のAU−D607/D707/D907の時代に、AU−X1があり、D607F/D707F/D907F時点でのAU−X11が最近の例である。
 今回、AU−X11以来しばらくの期間をおいて、久し振りにデジタル/AV時代に対応する最高級プリメインアンプAU−X111MOS・VINTAGEが開発され、発売されることになった。
 この111という伝統的なモデルナンバーを持つ、プリメインアンプのトップランクモデルの登場を迎えるにあたり、温故知新的な意味を含めて、AU−X1、AU−X11の特徴を簡単にチェックしてみよう。
 まずAU−X1は、動的な歪として当時話題になったTIM歪やエンベロープ歪を低減でき、強力なドライブ能力をもつ新回路方式として、サンスイが開発したダイヤモンド義回路をAU−D607/D707/D907シリーズの成果として受け継いでいた。そして、高級アナログディスクとしてダイレクトカッティングが定着しはじめるなどのプログラムソース側のダイナミックレンジの拡大に対応し、ハイパワーへの要求にも応えるためにへ当時のプリメインアンプとしては異例ともいえる160W+160W(8Ω)のパフォーマンスを誇る製品として誕生した。当然、物量投入型の伝統的な設計方針は電源部に強く反映し、大小2個の電源トランスを使った左右独立、各ステージ独立型の8電源方式を採用したことでも話題になった。
 ブロックダイアグラム的に信号の流れを見ると、MCヘッドアンプ、フォノイコライザーアンプ、トーンコントロールを持たないフラットアンプとパワーアンプの4ブロック構成である。また、パワーアンプへは切り換えスイッチでダイレクトに信号を送り込める点が最大の特徴である。
 機能面もユニークな構想に基づくものだ。基本的には、信号系のシンプル化、ストレート化がポイントで、単純機能のプリアンプとハイパワーアンプを一体化し、同社が名付けたスーパーインテグレート型という構成を採る。前面パネルに左右チャンネルが独立したパワーアンプの入力ボリュウムコントロールがあり、トーンコントロールやモードセレクターなどは省かれているが、フォノイコライザーの出力をDC構成のフラットアンプをジャンプさせ、パワーアンプに直接入れる、現在でいうフォノダイレクト入力機能が目立つ特徴だ。
 次の、AU−X11は、AU−D607F/D707F/D907Fの07シリーズ第3世代の特徴であり、画期的な新技術として、スーパー・フィード・フォワード方式を採用している。このスーパーFF方式とは、NFアンプ以前から、歪低減化の回路として注目されながら、実用化の難しかったフィード・フォワード方式を、サンスイが独自の方法で実用化したものだ。
 ちなみに、この時代のAU−DD607Fを例にとれば、頭のDはダイヤモンド作動方式、末尾のFがスーパー・フィード・フォワード方式を象徴するネーミングだ。
 外観上は筐体両サイドにウッドボンネットが附加され、新しくVINTAGEの名称がこのときに付けられたが、パネル面の基本レイアウトはAU−X11譲りであり、機能面、4ブロック構成のMCヘッドアンプ/フォノイコライザー/フラットアンプとパワーアンプ、電源関係も、ほぼAU−X1を受け継いでいる。
 AU−X11でもっとも大きく変わったのは、筐体コンストラクションである。電気系の増幅部と同じウェイトで、音質を左右する要素である機構設計は、大幅に変更された。大型ヒートシンクと電解コンデンサーの位置が入れ替わり、限定生産モデルAU−D907リミテッドで採用された銅メッキシャーシ、ブロンズメッキネジなどがマグネティツク歪対策として使われ、筐体ボンネット部もアルミ製という凝った設計を採る。
 今回のAU−X111MOS・VINTAGEでは、管球時代の名作AU111のモデルナンバーと、AU−X11のVINTAGEに加えて、MOSの文字が示すように、サンスイ初のMOS・FET使用のパワー段が目立つ。
 回路構成上の他の特徴は、パワーアンプB2301で開発されたバランス型パワー段構成が最大の特徴だろう。
 この方式は、第五世代のEXTRAの時代の末期に、AU−D907F・EXTRAに、プリドライバー段だったと思うが、電源回路のアースからのフローティング化が行われ、音質的な利点が大きかったことからこれが採り入れられ、次世代のAU−D607G・EXTRAから始まる、グランドフローティングを意味するGのイニシャルを付けた新シリーズに発展した。これが進化してパワー段に及び、独自のダイヤモンド差動回路の特徴と結びついて、セパレート型パワーアンプB2301のバランス型パワー段が開発されたものと推測できる。
 この成果が、AU−D507Xに始まる4機種のシリーズに導入され、現在のDECADEシリーズに受け継がれている。
 デザイン的に新しいサンスイの顔をもつ本機は、その基本はセパレート型コントロールアンプC2301から受け継いでいる。異なった材料のもつ質感を巧みに活かしたデザインのまとまり、加工精度やフィニッシュの見事さなどは、サンスイ製品の最高峰であり、大きな魅力である。
 半分を大きなガラスで覆われたフロントパネルは、中央部が全幅にわたり傾斜面になっている。ここに角型のプッシュボタンスイッチを一列に配して、フォノ、CD、TUNER、LINE1/2の5系続の入力を切り替えるファンクションセレクターを丁甲央右側に、TAPE/VIDEO1/2/3の3系統の切り替えスイッチを左側に配置してある。大型のボリュウムツマミの下は、右端から、−20dBのミューティング、ボリュウムが−40dB位置の時に低域の200HZを+2dBほど上昇させるプレゼンス、TAPE系とは別系統で、グラフィックイコライザーやエキスパンダーなどに利用でき、2系統でシリーズにも使えるプロセッサー関係の3個のスイッチがあり、ファンクションとTAPE/VIDEO系スイッチとの間は、右側の大きいプッシュボタンがサブソニックフィルター、左側の小さいほうが、TAPE/VIDEOとSOURCE切り替えである。
 この傾斜スイッチ部分は、上部のガラスパネルの裏面から間接照明的にやわらかく照明され、ファンクションなどのレタリングとともに渋く浮き上がって見せるようになっており、シャワーライトと名付けられている。漆黒のパネルに際立つインジケーターと共に、雰囲気の優れたデザインで、従来の男っぼい無骨さが一種の魅力となっていたAU−X1とは、隔世の想いがするほどの変身ぶりである。
 パネル面の下段は、右端にLINE2用のフロント入力端子があり、リアパネルのLINE2入力とはスイッチで切り替え可能で、LINE3とも考えられる人力だ。続く3個のロータリースイッチは、右からRECセレクター、バランス調整、パワーアンプのダイレクト入力をバランス/インテグレート/ノーマル入力の1と2に切り替えるパワーアンプ・ダイレクト・オペレーションスイッチ。次の2個のツマミが独立して動作する左右のパワーアンプレベル調整。その左側に3系統のスピーカースイッチ、電源スイッチと並んでいる。
 筐抜構造は、ボンネットのフロントパネル寄りに幅の狭いウッドを配し、左右の両サイドにアルミ引抜材を採用し、フロントパネルのガラス面と美しい調和を見せてくれる、オリジナリティの豊かなデザインだ。
 現実にこの外形寸法をもつブリメインアンプとなると、試聴室レベルではさほどではないが、家に持って帰ると大きさに唖然とさせられたりするが、このAU−X111では無用に大柄な印象がなく使いやすいのは、デザインの成果に他ならない。
 一方、放送衛星も現実のものとなりつつあり、DATも年末には発売されるというデジタル時代、AV時代に備えて、本機ではVIDEO入力系も加わっているために、リアパネルの入出力系は複雑をきわめている。中でも、パワーアンプダイレクト入力時のバランス入力用のキャノンコネクターを左右独立で2個、スピーカー出力用に1系続(左右独立で2個)、計4個備えていることが、プリメインアンプのリアパネルとしては大きな特徴だ。
 マルチ入力に対応する豊富な入出力系と、パワーアンプセクションへ直接入力が加えられるというコンセプトによる本機の信号系の流れをチェックしてみよう。
 フォノ入力系は、MCヘッドアンプは省略され、MMカートリッジ専用である。この選択は、高級機では、昇圧手段を含んだものがMCカートリッジの音という考え方をすれば当然で、汎用型のMCヘッドアンプは不要と考えればよい。
 CD、TUNER、LINE1、REARとFRONTのLINE2からの入力は、フォノイコライザー出力とともに、ファンクション切り換えスイッチに入り、TAPE/VIDEO切り換え、プロセッサー入出力切り換え、ミューティングを通り、バランス調整、プレゼンス付マスターボリュウム、サブソニックフィルターを経由して、フラットアンプに送られる。
 別系統として、RECセレクターがあり、
これはCD、TUNER、SOURCE3→1、2→1のコピーが選択できる。また、新設されたVIDEO信号系は、入力が1、2、3、の3系統、出力がVIDEOとMINITORであり、VIDEO信号系のオーディオ系への影響による音質化対策として、リアパネルのピンジャック背面にICスイッチを置き、アンプ内部での配線の引き回しを一切行わず、このIC用の電源部も独立した専用トランスが採用され、VIDEO系の影響は最低限に抑える設計である。
 フラットアンプ出力は、パワーアンプ・ダイレクト・オペレーション・スイッチを経由してパワーアンプに入る。オペレーションスイッチは、バランス、インテグレードとノーマル1、ノーマル2人力に切り替わり、バランスとノーマル入力時に、フロントパネルのパワーアンプ・レベル調整が働く設計である。
 パワーアンプ出力は、2系統のスピーカーをリレーコントロールで切り替え可能。ヘッドフォンアンプはバランス型出力段の+位相側から信号を受け、ヘッドフォンをジャックに挿入したときのみ電源がはいる。
 回路設計上での大きなテーマは、CDソースのもつ95dBを越すダイナミックレンジをカバーするために、高いSN比を獲得することが最大のものであり、パワー段のMOS・FET採用も、微小信号レベルでの静けさを追求した結果ということだ。
 フォノイコライザーアンプは、ディスクリート構成DCアンプで、20Hz〜300kHz±0・2dBの偏差を誇る。
 フラットアンプ部はコントロールアンプC2301と同等の、純A級カスコード付プッシュプル構成。
 パワーアンプは、初段姜動増幅で、2組のダイヤモンド差動アンプを採用し、パワー段にMOS・FETを2個並列で、バランス型とした8個使用であり、入力部にバランス型入力を持つことが特徴である。
 電源部は、左右独立型のパワー段用、同じく左右独立型のプリドライバー段用と、安定化回路をもつフラットアンプとフォノイコライザー用、プロテクター用の5系統が大型トランスから給電され、別の小型トランスから、VIDEOアンプ、ヘッドフォンアンプ共用とインジケーターランプ用の2系統が給電されている。
 筐体の機構面では、本体のほぼ中央部に電源トランスを置き、その左右にツインモノ構成的に大型ヒートシンクをもつパワーアンプブロックがあり、フロントパネル側から見て、リアパネルの右側が入力系、左側がスピーカー出力と電源コードというレイアウトで、右側面がフォノイコライザーアンプである。この構成は、ほぼ前後左右の重量配分がとれている利点があり、大型の脚と相まって、安定度が高く音質的にも好ましい設計である。
 機構面での最大のポイントになる、機械的な共振や共鳴については、適度なダンピング処理を含めて、基本から見直し検討されている様子で、ほぼ完全にビリツキをシャットアウトしており、この振動防止対策の完璧さは現在市販されているアンプの中ではベストである。なお、ネジ類は、銅メッキやブロンズメッキをマグネティック歪対策として最初に採用したサンスイながら、本機には特にそのようなものは使っていない。何の理由によるものか、たいへんに興味深い点である。
 マルチ入力対応機では、接続の難易度も大切なポイントだ。フォノなどの入力系は左右が上下配置になっているが、フロントパネルのスイッチが右からフォノ、CDと並び最後がLINE1だが、リアパネルでは、LINE1と2が入れ替わり、フロントパネル側から手探り的に接続するときに少し戸惑いがちである。
 スピーカー端子は新開発の特殊型。キャップ部を取り外し、中央の穴にコードを通し、キャップを、ネジ込むタイプで、両手が必要となり少し使い難い。また、このタイプはコードの先端を単芯線のようにねじったままの場合と先バラの場合では接触が変わり、少し音質が変わることを注意したい。
 電源コードには、極性表示付大電流タイプを使用しているが、ACアウトレット部にもこれに対応した明快な極性マーキングがあればよりいっそう使いやすいだろう。
 フロントパネルのツマミは、感触を重視してすべてアルミ削り出し製である。プッシュボタンスイッチ類は、ノイズもなく、タッチも優れ、フィーリングよくまとめてある。
 入力にデンオンDL304と昇圧トランスをCDP553ESDをつなぎ試聴を始める。すでに数時間電源スイッチはONにしてあり、静的にはウォームアップしているはずだが、動的には不足だ。
 DL304の音は、中城に少し薄さのある広帯域型のレスポンスと、粒子の細かい滑らかな音となるが、やや鮮度感に乏しく見通しもいま一歩の印象だ。そこでしばらくウォームアップを続け、変化を待ってみる。音を鳴らしはじめてから約20分ほど経過すると、まるでモヤが晴れかかった時のように見通しがよくなり始め、音の細部が少し顔を覗かすようになる。ある程度安定するのには、約1時間が必要のようだ。
 ウォームアップしたアナログディスクの音は、軽くしなやかで、質的には充分に磨かれた音である。ただし、全体に表情が抑え気味の印象もあり、アナログディスク独特の、音溝を丹念に針先がトレースする、いわばレコードのメカニズム特有の音を聴かせる方向とは異なる傾向のようだ。音場感的な拡がりはスピーカー間にまとまる。
 CDに切り替える。基本的な音のエンベロープ的な印象や表現力は変わらないが、さすがに分解能が高く、ダイナミックレンジも広く、反応も早くなる。少し聴き込むと、鋭角的なデジタルらしい音のエッジを強調することなく、鮮度感や色彩感をこれみよがしにひけらかすタイプではないことがわかる。基本的クォリティが高く、丹念に磨き込んだ音だけに、もう一歩、使いこなしで追い込んでみたいと思わせるタイプの音である。
 そこで、CD入力をTUNERなどの他のハイレベル入力端子に入れて、音の変化を確認してみよう。TUNER端子では、高域のディフィニッションが不足するが、穏やかでまとまりがよい特徴があり、長時間聴いて疲れない音だ。LINE1端子では、適度に輪郭がクッキリとし、バランスが優れた立派な音。LINE2端子は、REARでは、LINE1の角を丸くした音、FRONTでは、全体に薄味でややリアリティ不足の音と細かい変化を示す。これは、LINE1の音をとりたい。
 これを、パワーアンプに直接入力した時の音と較べると、鮮度感は少し劣るが、適度にエッジの効いた、良い意味でのアナログ的雰囲気がある音で、これは充分に楽しめる音だ。
 充分に音楽信号を入れてウォームアップを完了した時のパワーアンプダイレクトNORMAL・IN1での音は、07シリーズとは異なるが、しっとりとした落ち着きがあり、柔らかくしなやかで、クォリティが高く、やはり高級機ならではの別世界の魅力がある。
 AU−X1の、低域のドライブ能力が抜群に優れ、豪快でエネルギッシュな音、AU−X11の、X1をベースとし、フレキシビリティが増し表情が穏やかで大人っぽくなった音と比較すると、本機の置かれた時代的な背景がみえてくる。AU−X111MOS・VINTAGEならではの、広帯域型のレスポンス、音の微粒子な点、適度にしなやかでフレキシビリティに富み、一種のクールさのある、サラッとしたこの音は、やはり現代のアンプならではのキャラクターといえるだろう。これこそがサンスイ・アンプの将来の方向性を示した新しい音で、サンスイ・アンプの新しい顔を見た思いである。
 価格的にはこれよりも高価格なプリメインアンプが過去も現在も存在しているが、開発コンセプト、デザインと仕上げ、機能と音質操作性と応用範囲の広さなどの総合的なバランスの高さからみれば、この製品は文句なしにトップランクの製品といえるであろう。試聴機は本格的な量産前の製品のためか、気になる箇所も散見されたが、総合的な能力が高く、潜在的に余力が残っているだけに、さらに追い込まれた状態で、じっくりと聴き込んでみたいと思わせるアンプである。