Monthly Archives: 6月 1985

ボストンアクースティックス A40V(組合せ)

菅野沖彦

ステレオサウンド 75号(1985年6月発行)
特集・「CDで聴く海外小型スピーカー中心の組合せに挑戦」より

 ボストン・アクースティックスのA40Vというのは、同社のシリーズの中で一番小型でローコストのA40に防磁対策を施したモデルです。
 このA40Vもそうですが、ボストン・アクースティックスのスピーカーは、どのモデルも、ナチュラルなバランスを持ち、音色的にも非常にニュートラルなんです。そういうと無個性のように感じられるかもしれないけれども、決してそんなことはない。非常に温かい、熟っぽさのある音です。
 このボストン・アクースティックスはARの系譜の中で発展してきたスピーカーですが、ARのスピーカーに感じられた、密閉型の音の重さはなく、密閉型のよさである、非常にきちっとした、ダンピングの効いた音が出て、それに、さわやかさと明るさが加わってきて、アメリカ的というよりもむしろヨーロッパ的な音と言えるのではないでしょうか。
 17cm口径のウーファーとソフトドームの2ウェイ構成の小型スピーカーですから、スケール感はそれほど期待できませんが、小型のよさを充分に生かしたバランスが感じられます。ウーファーの口径が小さいため、重低音は無理ですが、リニアリティもいい、無理のない鳴りかたをしてくれます。また、ウーファーの口径が小さく、エンクロージュアも小さいため、ディスパージョンが優れていて、A40Vの音場再現性は、価格を考慮すると、かなり高いレベルのものと言えます。
 A40Vの持っている魅力で際立っているのは、質感のよさですね。それもアコーステック楽器を再生したときに、それが強く感じられます。何か特定の色づきのある魅力は持っていませんが、楽器の持っている質感を非常にナチュラルに聴かせてくれます。
 最初の組合せは、プリメインアンプがサンスイのAUーD507Xと、CDプレーヤーがマランツCD34で、組合せトータルで20万円と、出てきた音を考えると、非常に安くまとまりました。
 外国製品、特にスピーカーは、国産のオーディオ機器では味わえない味を持っており、オーディオの、大事な楽しみとも言えますが、海外スピーカーを使って組合せをまとめますと、どうしても高い値段になってしまう。その異文化の薫りを、限られた予算の中で感じとれる音を出したいということが、今回組合せをつくる、すべてのスピーカーに対するねらいなんです。ぼくが担当する4つのスピーカーの中で、A40Vはペアで六万円台と、大変に安い。ですから、A40Vのよさを充分に生かしながら、どこまで予算を抑えることができるかということで、もっともローコストのアンプ、CDプレーヤーをいくつか聴いた中から、サンスイとマランツを選んだのです。
 AU−D507Xの音の性質は、A40Vの音と非常によく合うところがあるようです。A40Vのよさである、ナチュラルな質感をよく引き出してくれます。この価格帯のアンプは、妙に高城に癖があったり、力感は出すけれども少し音が粗っぽかったりするのが多い中で、AU−D507Xは真面目に音づくりされている。価格を考えると、思ってた以上に、質感、肌ざわりがよくて、高城にも癖がない。ヴァイオリンも、高域の音が非常に滑らかに出て、楽しめる味がある。フィルクスニーのピアノも、中域の温かな、トロッとした軽やかなタッチの味が出てきます。
 CD34の音も、A40Vの性格に似ているところがあります。CD34は、近視眼的に、CDのもっている能力を発揮させることだけにとらわれないで、音楽を楽しく、情緒的に聴かせていこうという方向でつくられたCDプレーヤーだと思います。
 CDプレーヤーとスピーカーの性格が非常によくマッチしている。そして、その間をつなぐアンプも、共通した音のよさをもっている。しかも価格的にも安い。3つの価格的バランスもよくとれていますし、音も、いいバランスを保っている組合せだと思います。
 最初の組合せをつくるときは、A40Vをこう鳴らしてみたいという意図はもってなかったのですが、二番目の組合せをまとめるために、いくつかアンプを聴いていくうちに、こんな小型スピーカーでも、アンプへの対応度が広く、いろんな音で鳴るということを、この場で気づかされました。これは、鳴らすアンプの個性に、A40Vが寄り添うのか、このスピーカーの持っている個性の幅の中の一面を、それぞれのアンプが引き出しているということかもしれませんけれども、とにかく違ったニュアンスで鳴るアンプがたくさんありました。その中でケンウッドのKA1100SDが、最初の組合せでは得られなかった、繊細さとさわやかさを出してくれました。特に弦の音の魅力は、非常に強く引かれるところがあります。
 KA1100SDは、力で聴かせるという方向のアンプではなくて、質感の美しさを聴かせてくれるタイプです。しかもオーケストラのトゥッティのときでも、音の崩れが全然なく、どんな細かい音もピシッとよく出てくる。前の組合せが、ポピュラー系のソースを、全体の力でもって聴かせるのに対して、こちらは、まったく違う味わいの音ですね。この組合せは、クラシックの音の持っている美観を大事に聴かせてくれる印象です。
 CDプレーヤーは、アンプと同じケンウッドのDP1100IIを使いました。この音はKA1100SD同様、非常によく洗練されていて、デリケートに、細やかな音をきちんと出してくれます。消極的に、全体をふわっとまとめて聴きやすくしたのではなく、CDに収められている情報はきちんと出しながら、音の美しさをねらって成功したCDプレーヤーだと思います。ケンウッド同士の組合せは、細やかな音の粒立ちに素晴らしいものをもっており、それが、A40Vの、少しファットになってしまう傾向をうまく補ってくれて、細やかな音をきちんと出してくれました。
三番目の組合せは、プリメインアンプにヤマハのA2000、CDプレーヤーも同じヤマハのCD2です。
 前の二つの組合せは、アンプの音色の変化に興味を持って、アンプを選んでみましたが、今度は、もう一段クォリティの高いアンプをつないでみたら、一体どんな音がするのだろうということで、かなり価格的には高くなりますが、A2000を鳴らし
てみたわけです。
 やはりアンプのランクが上がっただけあって、A2000によって、A40Vが持っている音の特徴が、リフレッシュされたというくらい、クォリティが一段上がります。A40Vの、滑らかで癖のないよさを積極的に出してくれます。悪いところを抑えて、うまく鳴らし込むというんではなくて、積極的によさを引き出してやるといった鳴り方をしました。
 音の傾向としては、前二つの組合せの中庸をいくものだと思います。最初が聴きやすい丸い音、二番目が美しいさえた、すがすがしさが特徴でしたが、この組合せはちょうど真ん中といった感じです。
 こういうふうに言いますと、A2000の音のよさがシステム全体の音を決めてしまったように思われるかもしれませんが、CDプレーヤーにCD2をもってこなければ、もう少し違った傾向の音になっていたでしょう。
 A2000は、高域の繊細さとかさわやかさが、非常に印象的なアンプですが、反面、中域あたりの豊かさが、やや欠けるという印象も持っていました。その中域の薄さを補う意図で、CDプレーヤーにCD2を選んだのです。CD2は、国産のCDプレーヤーの中で、最も中域に甘さ、豊かさといった味わいを持っている製品です。この中域の味わいが、A2000の中域の薄く感じられる部分をうまく補ってくれて、二番目の組合せが持っているさわやかさに対して、ちょうど中庸をいく音になったのも、CD2によるところが大きいと思います。事実、アンプはA2000のままで、CDプレーヤーをマランツのCD34に換えて鳴らしてみましたところ、中庸というよりも、やはりさわやかさ、すがすがしさの方向へいくんです。
 例えば、CD2とサンスイのAU−D507Xを組み合せて鳴らせば、アンプの温かい音とCD2の中域の豊かさが、相乗効果で、ファットになりすぎる危険性があります。この点が、組合せのおもしろいところで、ふたつを組み合せることで、お互いによさを生かしあったり、欠点を補ったりすることができる。
 同じスピーカーを使いながらも、三つの組合せはそれぞれに違った音を出してくれました。けれども、音とは正直なもので、クォリティの追求ということでいったら、いちばんお金のかかった、最後のA2000とCD2の組合せが一番高い。前二者は金額の差はありますけれども、クォリティの差よりも、音色の傾向の違いの方が大きいと言えます。

JBL 4425

菅野沖彦

ステレオサウンド 75号(1985年6月発行)
「SS HOT NEWS」より

 JBLから、新しいモニタースピーカーシステム4425が発表された。この3月、ノースリッジのJBLの工場を訪れ、これを試聴する機会をもったが、その後、私の帰国と同時に日本に送られてきた製品を自宅で聴く機会も持てたので、簡単に御紹介してみたい。
 4425は、そのモデルナンバーからしても明らかなように、4435、4430のシリーズとして開発されたものであり、バイラジアルホーンと呼ぼれる垂直・水平方向の指向性を100度×100度でカバーする(コンスタントダイレクティヴィティ)高性能ホーンをもつ高域ドライバーを特徴としている。4425に使用されているバイラジアルホーン2342は、4435、4430に使われでいる2344ホーンのスケールダウンモデルであるが、その性能は、クロスオーバーの1・2kHzに至るまで平均した指向性パターンであることに変りはない。ドライバーは2416という新設計のもので、チタンダイアフラムにダイアモンドエッジ構造をもつなど、JBLのニューテクノロジーが生かされている。低域のユニットも、2214Hという新設計のもので、口径は30cm、ボイスコイル径は7・6cmの強力なものだ。バスレフタイプのエンクロージュアは40・6cm×63・5cm×31・1cmと、大型のブックシェルフサイズといってよいものである。ネットワークは2ウェイではあるが高域のパワーレスポンスを、絶対レベルとは別に調整でき、12dB/octのものだ。
 4400シリーズのバイラジアルホーンは、その奇異な外観のためか、わが国における人気は今一つ……の印象を受けるが、その性能の高さは、さすがにJBLらしいもので、その優れた放射パターンによる音色の自然さと音場の豊かさは、もっともっと高く評価されて然るべきものだと思う。この製品では、小型化されているので、それほど奇異な感じも受けないし、チタンダイアフラムのコンプレッションドライバーとの組合せで、きわめて精度の高い緻密な音を再生する。しかも、たいへん滑らかなレスポンスのため、質感の品位も高い。そして、新しい2214Hウーファーがエネルギッシュな面からも、質的違和感がなく、よくつながっていて、全体のバランスは4430、4435をも上廻る完成度をもっている。200ワットの連続プログラムに対応するパワーキャパシティをもつ、このシステムの音は、JBLのコンプレッションドライバーシステムらしい安定性と、タフネスにより圧倒的な迫力が得られるし、音の質感は明らかに、新世代の製品らしい品位の向上が認められるものである。一般家庭用としても手頃なサイズでありながら、本格的な再生音は並のスピーカーとは異次元だ。

ハイフォニック MC-A5B + HPA-6B

井上卓也

ステレオサウンド 75号(1985年6月発行)
「BEST PRODUCTS」より

 ハイフォニツクのカートリッジは、最新の力−トリッジ技術を象徴する軽量振動系を採用した、軽針圧、広帯域、高SN比の設計が特徴であり、創業以来短期間ですでに高い評価を受けているが、今回、新製品として登場したモデルは、既発売のMC−A3、A5、A6、D10という一連の空芯高インピーダンスMC型をベースに、左右チャンネルのコイルの中点を引出して、通常のアンバランス4端子型から、業務用機器などで採用されているバランス型6端子構造を採用したMC−A3B、A5B、A6B、D10Bの4モデルで、型番末尾のBは当然のことながらバランス型の頭文字を表わしている。
 このカートリッジのバランス化に伴ない、昇圧トランスもバランス入力をもつ専用タイプが開発され、従来のRCAピンプラグ型に変わりDIN4ピン型の入力コネクターが採用されている。
 また、バランス型を採用すると最大のネックになるのはトーンアームである。この解決方法としては、デンマークのメルク研究所とハイフォニツクで共同開発したといわれる、低重心型の支点が高い位置にある一点支持オイルダンプ方式トーンアームHPA4を6端子型に改良したHPA6Bが用意されている。このアームは、一般のいわゆるオルトフォン型ヘッドシェル交換方式ではなく、回転軸受部近くにあるコネクターを含み、アームのパイプ部分を交換するタイプで、一点支持型で不可欠なラテラルバランスは、偏芯構造となっているバランスウエイトを回転させて行なうタイプである。
 今回試聴したモデルは、MC−A5Bで、原型は特集のカートリッジテストに取上げたMC−A5である。発電コイルの構造は、非磁性体の十字型コイル巷枠を使ったMC型で、センタータップは右チャンネル橙色、左チャンネル空色がピンにマーキングしてあるため、通常の左chが自/青、右chが赤/緑の端子のみを使えば、4端子型のMC−A5とほぼ同等に使えるわけだ。
 業務用機器関係でも一部では、信号系が一般オーディオ機器と同じくアンバランス化の傾向があるのに、何故オーディオ用のカートリッジのバランス化が必要なのであろうか。この疑問への簡単な解答は、バランス型の最大の特徴である『SN比が優れている』の一言につきるだろう。
 つまり、SN比が向上すれば、ローレベルでのノイズのマスキングが減少し、音に汚れが少なく、透明感、織細さが向上し、音場感的には、ノイズが少なくなっただけモヤが晴れたかのように、見通しのよいプレゼンスが得られる、ということになる。
 プレーヤーにトーレンスTD126を選び、HPA6BをセットしてMC−A5Bを聴いてみる。広帯域型の典型的なレスポンスをもつ、やや中域を抑えた爽やかな音と、ナチュラルだがコントラストが薄い傾向のMC−A5に比べて、本機は一段と表現がダイナミックになり、さして中域の薄さも感じられず、一段とナチュラルでリッチな音を聴かせる。試みに6端子中点を外しセミバランス型として比較をしたが、この差は誰にでも明瞭に判かる差だ。

マイクロ BL-99VFII

井上卓也

ステレオサウンド 75号(1985年6月発行)
「BEST PRODUCTS」より

 エアベアリング、バキュウム吸着方式のターンテーブルなどに代表されるユニークなベルトドライブプレーヤーでレコードファンの熱い支持を集めているマイクロのベーシックシステムがBL99Vであり、これに、それぞれトーンアームでは実績のある、FRとSAECのアームを組み合せたシステムが、BL99VFとBL99VWの2モデルだが、今回、このうちBL99VFに改良が加えられて、BL99VFIIに発展した。
 モデルナンバーからも推測できるように、改良のポイントはFR製のトーンアームにある。このトーンアームは、基本形は従来のFR64fxであるが、その仕上げと内部配線材、出力コードの線材を変更したタイプである。
 まず、大きく変わったのは仕上げで、従来のブラックからシルバー梨地仕上げとなり、内部の配線材は注目のLC−OFC使用になった。この点では、FRの新製品であるFR64fxProが各種の線材を試作検討した結果、LC−OFCではなく、線径を太くしたオーソドックスな軟銅線を採用した、と発表されているのと好対象で、マイクロでは独自の判断によってLC−OFC線材を選んだということになるわけだ。
 この線材の材料が、軟銅線、OFC線、LC−OFC線、それに構造面で異なるリッツ綾などの違いによって現われる、結果としての帯域バランス、音場感、スクラッチノイズの質と量の変化など、音質にかなりの影響があるだけに、この両者のアームを各種のカートリッジで比較試聴したら、さぞ面白いことであろう。
 なお、アームからの出力コードは、内部配線材と共通なLC−OFCのシールド線で、試聴用セットにはアーム部のコネクターがL型のタイプが附属していたが、正規の製品はストレートなタイプであるとのことである。
 試聴には、特集ページのカートリッジテストに使った、アキュフェーズC200LとP500のセパレート型アンプとJBL4344を組み合せ、試聴用力−トリッジはデンオンDL304、その他を使うことにした。
 試聴に先だって、BL99VFIIの4個所のインシュレーター高さ調整スクリューで水平度を調整する。最近では、この調整はあまり行なわれていないが、プレーヤーではこの調整がもっとも重要なポイントであり、ラテラルバランス、インサイドフォースキャンセラーに影響がある。
 続いて、アーム高さ調整、バランス調整を経て、針圧、インサイドフォースキャンセラー調整、これだけの調整が必要であるわけだ。次は、モーターと吸着用ポンプのACポラリティチェックだ。とくに、ポンプは無視しがちだが、これが、予想外に大きく音質に影響する。簡単にチェックポイントを述べれば、音場感がきれいに拡がり、とくに奥行きの見通しがよく、スッキリとした音を選ぶのがポイントだ。
 BL99VFIIは、ベルト駆動型独特なリッチな低域ベースの安定感のある音と抜けの良い高域がバランスした好製品である。

京セラ A-710

井上卓也

ステレオサウンド 75号(1985年6月発行)
「BEST PRODUCTS」より

 京セラのセパレート型アンプは、独自の振動解析に基づいた筐体構造を採用して登場した、オリジナリティ豊かな特徴があるが、今回発売されたA710は、プリメインアンプとして同社初の国内発売モデルである。ちなみに、一昨年度のオーディオフェアで発表されたプリメインアンプは、基本構造が共通のため見誤りやすいが、あのモデルはセパレート型アンプなどと同じ910のモデルナンバーを持つ本機の上級モデルA910であり、既に輸出モデルとして海外では発売されており、本機に続いて国内でも発売されるようだ。
 A710は、A910のジュニアタイプとして開発されたモデルで、外観上では、筐体両サイドがアルミパネルから木製に変わっているのが特徴である。基本的に共通の筐体を採用しているため、回路構成にも共通点が多いが、単なるジュニアモデル的な開発ではなく、シンプル・イズ・ベストのセオリーに基づいて、思い切りの良い簡略化が実行されている点に注目したい。
 それはこのクラスのプリメインアンプには機能面で必須の要素とされていた、バランスコントロールとモードセレクターを省略し、信号系路でのスイッチ、ボリュウムなどの接点数を少なくし、配線材の短略化などにより信号系の純度を保つ基本ポリシーに見受けられる。つまり、一般的な最近の機能であるラインストレートスイッチとかラインダイレクトスイッチと呼ばれるスイッチを動作させたときと、本機の標準信号経路が同じということだ。
 さらに同じ構想を一歩進めたダイレクトイン機能が備わる。この端子からの入力は、ボリュウム直前のスイッチに導かれており、0dBゲインのトーンアンプをバイパスさせれば、信号はダイレクトにパワーアンプに入る。簡単に考えれば、ボリュウム付のパワーアンプという非常に単純な使用方法が可能というわけだ。
 出力系も同じ思想で、パワーアンプは出力部に保護用、ミュート用のリレーがなく、回路で両方の機能を補っており、信号はリレー等の接点を通らずダイレクト出力端子に行き、その後にスピーカーAB切替をもつ設計だ。
 その他、MC型昇圧にはトランスを使用、左右対称レイアウトの採用、信号系配線にLC−OFCケーブル採用などが特徴。
 試聴アンプは、検査後のエージング不足のようで、通電直後はソフトフォーカスの音だったが、次第に目覚めるように音に生彩が加わり、比較的にキャラクターが少ない安定した正統派のサウンドになってくる。帯域は素直な伸びとバランスを保ち、低域の安定感も十分だろう。このあたりは独特の筐体構造の明らかなメリットだ。また、信号の色づけが少ないのは、簡潔な信号系の効果だ。華やかさはないが内容は濃い。

パイオニア PD-7010

井上卓也

ステレオサウンド 75号(1985年6月発行)
「BEST PRODUCTS」より

 CDプレーヤーとしては、パイオニアの第3世代に相当する一連のシリーズ製品のうち、まず、PD5010とPD7010が発売されたが、本誌が書店に並ぶころには、トップモデルのPD9010も発売されていることであろう。
 今回の新製品は、外形寸法的に、いわゆる標準コンポーネントサイズであり、上の2モデルはサイドに木製の側板が付属し、横幅は456mmとなっている。
 今回試聴したモデルは、中間機種のPD7010である。ベーシックモデルらしくディスプレイ関係や機能を簡潔にしたPD5010に比べ、本磯は非常に充実した機能が特徴だ。
 付属機能は、そのポイントが、カセットデッキでのコピーに重点が絞られている。付属のワイヤレスリモコンと本体のパネル面の両方にある10キーによる32曲プログラム機能、プログラム曲番が点灯するトラックディスプレイ、プログラム積算時間表示、プログラム曲をテープA面とB面に分けてコピーしたり、カラオケで歌う人が交替する間をとるときなどに役立つポーズ・プログラム機能をはじめ、全曲、プログラム、1曲のリピート機能、最初の数秒は5倍速以後は20倍速の2速正逆マニュアルサーチ、ディスクローディング後、約4秒、総曲数総演奏時間を表示、以後、演奏曲番、インデックス番号、演奏時間を表示し、タイムリメイン、トータルの時間表示切替可能な集中マルチディスプレイ、ヘッドフォン端子など、実に多彩な機能を備えている。
 技術面では、LDでの技衛を活かした独自のフォーカスパラドライブ機構、クロスパラレル支持方式などを導入した自社開発のピックアップ系、ディスクのキズや汚れによる音飛びを抑える3ビーム方式ならではのリニアサーボ方式と、万一のトラック飛びにも元のトラックに自動復帰するラストアドレスメモリーなどがあり、なかでも特徴的なものは、CDディスクの不要振動を抑えるために振動解析されたクランパーを積極的に利用したディスクスタビライザー採用があげられる。
 このスタビライザーにより、低域大振幅の不要振動が中域に移り、振幅も大幅に減少し、非常に効果的に働いているようだ。その他、サーボ系とオーディオ系別巻線の強力電源、アンプでの成果を活かしたシンプル&ストレート回路採用なども特徴だ。
 CD装着、演奏開始での音の立上がりは比較的穏やかなタイプで、自然な立上がりだ。帯域バランスは、柔らかな低域、豊かな中低域に特徴がある素直なタイプで、高域は派手さはなくナチュラルだ。音色は少し暖色系で表情も適度に活気があり、基本性能に裏付けされたクォリティと、楽しく音楽を聴かせる魅力が巧みに両立した成果は見事。CD嫌いには必聴の注目製品だ。

マッキントッシュ C30

菅野沖彦

ステレオサウンド 75号(1985年6月発行)
「BEST PRODUCTS」より

 マッキントッシュから新しいコントロールアンプ、C30が発売された。マッキントッシュのコントロールアンプは、現在まで、C29とC33が多くのファンに愛用されているが、このC30の登場により、C29が消えることになる。この点からすれば、C30は、C29の系統をひく製品ということになるが、内容的には、むしろ、C32、C33の系統といえるものだ。ブロックダイアグラムは、ほとんどC33と変りはない。5分割のイコライザーは、30Hz、160Hz、500Hz、1・5kHz、10kHzとC33と同じものが採用されているが、これは、きわめて利用度の高いもので、よほど凹凸の激しい部屋でもない限り、音場補正としても有効である。パネルレイアウトは、この5つのイコライザーコントロールとヘッドフォンボリュウムの6つのツマミを中心にシンメトリックにまとめられ、マッキントッシュ伝統のシンメトリックレイアウトが生きている。もちろん、グラスイルミネーションの、あの美しい、グリーン、レッド、ゴールドのパネルデザインは、ユニ−クにして合理的、そして、夢のあるものだ。リアパネルは8系統のラインレベル入力をもち、フォノは1系統になった。さらに、エクスターナル・プロセッサーという、外部アクセサリーの入出力回路が2系統あって、きわめて豊富なファンクションを備え、出力端子も、ラインとテープををみても、マッキントッシュが、コントロールセンターとしてのユーティリティの高さを重視しているコンセプトがわかるのである。そもそも、マッキントツシュの製品の特徴は、高度な性能とクォリティサウンドを、使い易さの多機能性と結合させ、いささかも最高級品としての品位を犠牲にしないところにある。つまり、トータルパフォーマンスの高度な達成という点での完成度の高さが同社の主張であって、決して一部のマニアの要求に応えるために普遍性を失うようなことはしない。その意味では、俗にいわれるエソテリックオーディオの範疇に入るものではなく、多くの人達に使えて、しかも、並のマニアックな製品をはるかに超える優れたパフォーマンスを得ている真の大人の製品であるといえるだろう。これは、真のプロだけが作り得るものである。長いキャリアをもったメーカーでなければ作り得ないものともいえるだろう。この辺りが、巷間によくある、信頼性と、トータルコンセプトに乏しい、個人に毛の生えたようなガレージメーカ−の製品とは根本的に異なる点である。
 高性能な車といえばスポーツカーということになるが、多くのスポーツカーは信頼性に欠けるし、日常の使用に供し難いものがある。ぽくの知る限り、唯一、この点で高い完成度をもっているのは西独のポルシェである。もう、16年もポルシェに乗っているが、その信頼性は抜群で、まるで、フォルクスワーゲンと同じようなメインテナンスで、いつでも安定した調子がくずれない。イタリアンやブリティッシュのスポーツカーとは、この点が大違いである。年中、調整を必要としたり、あちこちがこわれたり、ガレージがオイルで汚れる……などといった心配は全くなく、それでいて、走りは、それらを上廻るのがポルシェの良さである。デイリーショッピングから、サーキットランまで一台で使えるのがポルシェなのだ。マッキントッシュも、それに似ている。ポルシェやマッキントッシュは、そうした理解のもとに買われるべきものなのだ。
 C30は、まだ手許で、一週間ほどしか使っていないが、その音は、まさに、マッキントッシュの重厚さと、滑らかさであって、C29の音より熟成した雰囲気をもっている。この点でも、C33の系統と考えて間違いない。C33から、モニターアンプや、エキスパンダー・コンパンダーを取り除き、ややコストダウンをはかったというのが、この製品であろう。入力切換などのファンクションスイッチは、信頼性を重視し、全て電子スイッチになり、機械的接点をもたない。このスムースなファンクションは、新しいだけに、C33をも上廻っている。外部機器との干渉には周到な注意が払われ、他からの影響は全くないといってよく、どう使っても、ハムなどの影響は受けない。些細なことと思われるかもしれないが、ノイズに悩まされる超高級機は意外に多いのである。マッキントッシュの製品には修理の出来ない不具合がないのである。ポルシェが手を油だらけにしないで乗れる唯一の高性能スポーツカーであるのと似ている。

マッキントッシュ XRT18

菅野沖彦

ステレオサウンド 75号(1985年6月発行)
「BEST PRODUCTS」より

 XRT18という新しいスピーカーシステムがマッキントッシュから発売された。そのモデルナンバーからしても、また、全体のサイズからも、あのXRT20の弟分であることを想像する人が多いだろう。それは、しかし、全面的に正しい推測ではない。理由は、この製品が、XRT20にない、一歩進んだテクノロジーに裏打ちされたものだからである。ウーファー以外のユニットは全く新しいものに代っている。それだけではない。トゥイーターコラムが、一段と進歩し、時間特性の向上を見ているのである。
 もともと、このユニ−クなマッキントッシュのスピーカーシステムは、全帯域にわたって、位相特性を精密に調整し、ステレオフォニックな空間イメージと、楽器の音色の忠実な再現を実現したところに大きな特徴があった。真のステレオスピーカーと呼ばれる所以である。XRT18ではこれを一歩進め、トゥイーターコラムを構成する16個のユニット相互の関連にまでメスを入れたのである。つまり、XRT20では24個のユニットを使ったトゥイーターコラム全体を、スコーカー、ウーファーとタイムアライメントをとるにとどまっていたのであるが、今回は、そのコラム内でのアライメントまでとっている。そして、トゥイーターコラムは、スコーカー/ウーファーエンクロージュアとインラインで使うようになった(XRT20は、エンクロージュアのサイドにコラムを置いていた)。トゥイーターは、上下二個ずつ一組として順次時間調整がほどこされているのである。これには、ハーバード大学の大型コンピューターを使って膨大な計算をおこなったということだ。この結果、高域は一段と滑らかで、しなやかなものとなり、音色の再現はより忠実になった。XRT20もそうだが、もはや、そこにはスピーカーの存在が意識されなくなった観がある。
 また、このシステムも、マッキントッシュらしい細かなノウハウがみられ、〝よい音〟のための技術の柔軟性が大人の考え方として現われている。一方において、緻密な計算と測定によるテクノロジーの追求がおこなわれ、他方において、そうした経験によるコツとでもいったものが無視されていないのである。つまり、剛性といえば、それ一点張り、軽量化といえば、他に目もくれないといった近視眼的なアプローチに傾くメーカーのような子供っぽさはないのである。
 その一例として、このシステムのウーファーのエンクロージュアへの取付けを御紹介しておこう。ウーファーはエンクロージュアのバッフルボードに強力に締めつけるのが一般的である。特に密閉型の場合、エアータイトの面からも、この傾向が強い。しかし、XRT18のウーファーのフレームは直接バッフルボードに固定されていないのである。フレームのエッジは、エアーシールドも兼ねた弾性材のガスケットを介してバッフルボードに密着し、その上から別の弾性材を二重に介して、リング状のキャストフレームで圧着されている。今時、こんな非常識とも思える方法で、しかも手間暇かけて、ウーファーをマウントしているのは、マッキントッシュとしての理由があるからこそだ。何が何でも剛性一点張りの考え方で、ギューギュー締めつけ、補強のかたまりのような箱に改造し悦に入っている中途半端なエンジニアやアマチュア諸君の顔が見たい。どんなに剛性重視でやってみても、所詮は、物質や形状の本性をコントロール出来るものではないし、やればやるほど自然性から離れ、アンバランスな弊害が音となって現われる。肩肘張った、ガチガチのオーディオ的低音が好きならそれもよかろう。しかし、いい加減に不自然なオーディオサウンドから脱脚したほうがよい。ものごと全て、バランスが大切であり、トータルとしての視野をもって、音の自然な質感を追求すべきではないだろうか。このXRT18の方法がベストとも思わないし、未来に向って絶対的だとも考えられないが、少なくとも、音を目的とした行為である以上、見習うべき姿勢であろう。
 MQ107とう専用イコライザーを使って、部屋との総合特性を調整する点はXRT20と同様であり、入念な調整で部屋の欠点をカバーし、かつ、聴き手の感性にぴたりと寄りそわせる努力は必要である。私はXRT20と、もう三年も取組んでいるが、確実にその努力は報いられ、しかも、まだまだよくなりそうな可能性を感じているほどである。スピーカー自体に強引な主張と個性がないように感じられるが、実は、自然に、素直に鳴るという性格こそ、最も重要なのである。

JBL 18Ti(組合せ)

菅野沖彦

ステレオサウンド 75号(1985年6月発行)
特集・「CDで聴く海外小型スピーカー中心の組合せに挑戦」より

 JBLの18Tiというのは、同社の新しいTiシリーズの中の一番小さいモデルです。JBLにはコンプレッションドライバーを使ったシステムが上級機種にあって、そのJBLのコンプレッションドライバーのすばらしさが、多くのファンをつくってきて、JBLサウンドを確立したきたわけですが、JBLは同時に、ダイレクトラジェーターの持っている能力も追求しようということで、コーン型ウーファーにドーム型のユニットを加えたブックシェルフ型のスピーカーも、かなり長い間、手がけています。
 Tiシリーズというのは、Tiという言葉が示しているように、チタンのダイアフラムを待ったドームトゥイーターを開発して、それを採用したシリーズなんです。18Tiは、いちばんローコストのモデルなんですけど、JBLの、ダイレクトラジェーターを使ったスピーカーで一つの完成度を見たシステムではないかと思います。
 小型ではありますけれども、JBL伝統の非常に力のある、エネルギッシュな、そして音像の輪郭の明快なサウンドというのは、依然として持っている。さらに、新しいドームトゥイーターのおかげでしょうか、高域が非常にスムースになってきています。これは、物理特性を追求していくと、どうしてもこういう傾向になるわけで、高域のスムースさは、明らかに特性の改善なんです。そのスムースさゆえに、古いJBLのスピーカーの、言うならば毒が薬になっている個性が、やや丸められ薄まったと言う人もいますけれども、音の個性というのはどんなに物理特性を追求していってもなくなるものではないと思いますし、毒として残っている部分を、特性をよくしてなくしていくということは、オーディオが科学技術の産物である以上、必要なことだと思います。ぼくは、いささかもTiシリーズが、JBLのサウンドを損なってはいないと思います。むしろ、JBLサウンドの本質を理解すれば、これは明らかにJBLの音を保っているものだと思います。ただ、表面的な、外面的なところでJBLサウンドをとらえると、変わったとか、角が矯められたとかいう受けとり方になるかもしれませんが、JBLの音というのは、そういう外面的なところで理解すべきものではないと思っているんです。
 18Tiの音も、いかにもアメリカ的で、そこには、アメリカ文化の独自性がありますが、そのアメリカ文化というのは、異質な文化のまじり合った、ある意味では非常にコスモポリタンな文化だと思うんです。ですから、JBLのサウンドは、確かにアメリカ的なサウンドですけれども、しかし、それは非常にコスモポリタンなミックスされた文化から生まれてきているだけあって、ある種のプログラムソースにしか向かないというようなことはないと思うんです。実際、この18Tiを聴いてみても、こちらの狙いによっていろいろと変化してくれます。つまり、このスピーカーをアメリカ的な、かなりギラッとした音で鳴らして、例えばショルティのマーラーの録音の音を生かしていこうとすれば、その方向で鳴りますし、それからハイティンク、コンセルトヘボウのようなヨーロピアンサウンドのしなやかさと、ややベールをかぶったようなニュアンスというものを求めようとすれば、そのようにちやんと鳴るんです。これは、やはりJBLスピーカーの持っている能力の高さだというふうに、ぼくは解釈します。
 組合せは三例つくるわけですが、それぞれニュアンスの異なった音で鳴る組合せになったと思うんです。最も安いトータル金額にまとまったのが、ヤマハのA550というプリメインアンプと、マランツのCDプレーヤーCD34の組合せです。マランツのCD34を使ったというところから推測できると思いますけれども、このスピーカーから、ヨーロピアンサウンド的な特徴を、ちゃんと鳴らせるかどうかを試してみたわけです。
 その結果は、A550の持っている素直さが大きく作用したと思いますが、CD34の持っているヨーロッパ的雰囲気が非常に生きてきて、ヨーロッパ録音のヨーロッパサウンドというものが、ちゃんと出てきました。この組合せは比較的コストを安くしようという目的だけではなくて、18Tiから、ヨーロッパの伝統的な音楽を違和感なく聴こうと思うときの組合せとしても成功したと思います。
 この組合せで、音源主義的な、ショルティのマーラーを聴きますと、ギラギラとした録音の本質は変わらないけれども、そこに雰囲気が出てきますね。木管が非常にフッと脹らむような音になってきますし、弦の鋭さもやや角が取れて、しなやかさも出てくる。そしてフィルクスニーのピアノを聴くと、非常にソフトなやさしいタッチによる、彼の音楽性がとても生きてきたと思います。
 二番目の組合せは、プリメインアンプにデンオンのPMA940V、CDプレーヤーはパイオニアのPD7010です。この組合せはJBLのはつらつとした音を出す組合せと言えると思うんです。特に、この組合せによる、ショルティのマーラーとかジャズは大変に輪郭の明快な、よく弾む、明るいいい音で鳴ってくれました。ただし、明快な傾向が非常に強くて、ヨーロッパ的な雰囲気の音や音楽には、少々違和感を持つ結果になりました。ですから、最初の組合せと、対照的な音の組合せというふうに考えていただいていいと思います。ショルティのマーラーの迫力、録音の特徴をよりストレートに出したのは、こちらの方かもしれません。ただ、このロンドンの録音に抵抗のある方にとっては、最初の組合せの方がいい音だと聴こえるでしょう。この二組の組合せはそういう関係にあります。
 三番目がいちばん高い組合せで、プリメインアンプはサンスイのAU−D707X、CDプレーヤーはヤマハのCD3です。この組合せから出てくる音は、前二者の音の中間に位置しているといえるでしょう。ギラッとした音にも偏らず、ヨーロッパ的な、やや薄曇りのような音にもならない、ちょうどその中間をいくような音です。
 ヤマハの製品は、前の組合せに使ったA550、そしてCD3も素直な性格を持っている。魅力の点では、この上のCD2が持っているトロッとした中域がないので、CD2と比べるとものたりなさを感じていましたが、素直さでは、CD3の方が上ですね。アンプやスピーカーの組合せに素直に応じていくという特質を持っているとも言えます。そういう意味で、CD3はなかなかいいCDプレーヤーだと思います。
 AU−D707Xも、非常に中庸をいった、普遍性のある音のアンプだなということを再確認しました。おそらく、このアンプで鳴らした18Tiの音というのが、18Tiの持っている能力の幅みたいなものを、一番ストレートに出してくれたと思います。ですから、プログラムソースによって、どっちらにもこなせるということに通じる。非常に中庸をいった、いい組合せです。三者三様はっきりとした音の傾向の違いというものが、18Tiから出てきたんではないかと思います。

B&O CX100(組合せ)

菅野沖彦

ステレオサウンド 75号(1985年6月発行)
特集・「CDで聴く海外小型スピーカー中心の組合せに挑戦」より

 B&Oは、ホームエンターテインメントという主張の中でオーディオ製品をつくっていくという会社ですから、機械が圧倒的に存在を主張するというような、マニアックなオーディオ機器は決してつくらない。こういういき方は、ともするとイージーな安物というふうに受け取られがちですが、B&Oの製品はそんな感じをまったく与えない。家庭で使われることを充分考慮した上でクォリティを追求していこうというメーカーですから、カートリッジ、スピーカーに関しては、超一級の物理的特性を持ち、かつ、すばらしい洗練された感覚を聴かせてくれるものがあります。
 CX100は、そのB&Oのスピーカーシステムの中で、壁かけ用としても使える、もっとも小型のスピーカーシステムで、10cm口径のウーファーを二発と、ドームトゥイーターを、アルミ製のエンクロージュアに収めた2ウェイシステムです。形は、同社の高級スピーカーと同じ湾曲型のバッフルを使った、本格的な同社の主張の見られる仕上げになっています。ユニットも、相当質の高いものでしょう。
 今回、ぼくが聴いたスピーカーの中ではいちばん小型ですが、音の質感はすばらしいものを持っています。先ほど、BOSEの301MMIIを、デニーズとか、マクドナルドに例えた例でいけば、こちらは小じんまりとした、しかし、非常にいい味を食べさせるビストロだという感じがします。ヨーロッパの味わいを、質で追求したいという人にとって、このスピーカーはすばらしいものだと思います。非常に小さいスピーカーですから、量は大型スピーカーのようには望めませんが、聴き手であるこちら側が頭の切りかえされすれば、十分な量感も味わえるスピーカーです。量より質というものを追求する、これは音のグルメの、いわゆるコニサーのためのスピーカーだという感じがするんです。
 このCX100で、ハイティンクのマーラー、あるいはルドルフ・フィルクスニーのピアノなどを聴きますと、本当に、ヨーロッパの文化の薫りが馥郁として薫ってくる。特に、フィルクスニーは、ヨーロッパのよき時代の薫りを待った、数少ないピアニストの一人なわけです。彼のそういう薫りが、大型スピーカーでもめったに聴けないんではないかと思うくらい、すばらしいニュアンス、雰囲気で聴けるんです。フィルクスニーのピアノの特徴が、最も生きるスピーカーという感じを持つくらい、よく鳴ってくれました。
 小型スピーカーであるだけに、ディスパージョンが非常によく、空間の再現がものすごくいい。位相差、時間差をきちんととった、オーソドックスな空間収録をした録音ならば、オーケストラを聴いても、量感を持った雰囲気を十分に伝えてくれる。ぼくはこの音に身震いするぐらい、ほれぼれとしてしまった。CX100が聴かせてくれたような音の質感を知り、その質感そのままで、リアリティとスケールの大きさを追求していくという方向でいってくれたら、オーディオは非常にすばらしい方向にいくだろうと思います。そういうことを感じさせるほど、B&OのCX100というスピーカーは、すばらしいと思います。
 CX100が持つヨーロッパの薫りを生かすには、CDプレーヤーに同じヨーロッパの雰囲気を伝えてくれる、マランツのCD34を使うことに決め、組合せを考えてみました。
 アンプは、本当は、このスピーカーのたたずまいにふさわしいセンサブルな製品が欲しいところなんですけど、いまの日本のプリメインアンプから、それを探すのは困難ですので、せめて、音だけでも、CX100にふさわしいアンプというような考えで、アルパイン・ラックスマンのLV105を選んでみました。このアンプの持っている音のニュアンスは、独特でコニサー的と言え、非常に音が軽やかに浮遊し、漂うような感じなんです。決して、音がへばりついたり、押しつけがましくなったりしない。このアンプを組み合わせてCX100から聴こえてきた音も、非常に豊かなふわっとした奥行きのある、空間の厚みまでをよく出してくれるものでした。CD34という、いい雰囲気を出してくれるCDプレーヤーと、このスピーカーとの間にあって、立派に間をつなぐ役目を果たしてくれた感じです。この組合せは、本当に音楽を非常にいいセンスで、もとの音楽の持っている薫りを楽しみたいという方に勧めたい。
 二番目の組合せは、CX100の、性能的な優秀さを引き出してみようという考えで、マランツPM84とソニーのCDP302ESとを組み合わせてみました。LV105は、他のアンプではちょっと聴けない内声部の美しさがある反面、ちょっと上と下の帯域が弱い。他のアンプにないよさを持っていますが、他のアンプにない弱点もある、という微妙なアンプなんです。それに対してマランツのPPM84は非常に中庸を得た音のバランスを持つアンプなのです。
 CDP302ESは、CD34と比べると雰囲気ではやや劣るところがありますが、情報量の豊かさ、音の伝送の正確さという面では優れており、使ってみたということです。
 この組合せで聴きますと、このスピーカーではちょっと無理だろうなと思われるような、音源主義の録音、例えば先ほどから言っている、ショルティのマーラーのような録音が意外に生きてくる。この組合せは、このスピーカーが、ただ雰囲気だけで聴くためだけのものではないことを証明できたように思います。最新録音のものにも、細部にわたり充分対応してくれるだけの能力を持っています。ですから、ショルティのような録音の好きな方、またヨーロピアンじゃなくて、少しアメリカン、あるいは最近の日本の傾向の音を、このスピーカーから聴きたいというような向きには、この組合せが合うんではないかと思います。
 そこで、第三例は、もう少しお金を出して、いま手に入るものの中で、音、アピアランスも含めて、このスピーカーを生かし切る組合せを考えてみました。頭に浮かんでくるアンプは、メリディアンのMCA1です。今回は、プログラムソースにCDしか使っていませんから、予算を少しでも下げる意味もあって、モジュールはCD用一つというシンプルな形をとりました。アンプに、MCA1を使いますと、CDプレーヤーも、やはり同じメリディアンのMCDを持ってきたいところですが、約20万円とかなり値段が高くなるので、あきらめざるをえない。そうなると、CX100の持ち味を生かすCDプレーヤーとなると、やはりマランツのCD34にどうしてもなってしまうのです。予算の関係もあって、第一例と同じものになってしまいましたが、このスピーカーの再現するヨーロッパ音楽の豊かな薫りを再現できるCDプレーヤーとしては、現状では、このCD34がベストといわざると得ませんね。
 トータル金額がかなり高いものになりましたが、出てきた音は、本当にほれぼれとするほどのものです。もう本当に、美味ですな、これは。本当にグルメの音だと思いますね。こんなにすばらしいセンスの音は、ちょっとほかではなかなか得がたいんではないでしょうか。リアリズムを追求するとか、大きな音でガーンと音を体感するとかいうようなことではなく、インテリジェンスとセンスで趣味のいい音楽を聴こうと思ったら、この組合せは、大変ハイクラスなものだと思います。

BOSE 301MM-II(組合せ)

菅野沖彦

ステレオサウンド 75号(1985年6月発行)
特集・「CDで聴く海外小型スピーカー中心の組合せに挑戦」より

 BOSEのスピーカーというのは、一般的なスピーカーの考え方とは違って、間接音を豊かに再生することによって、より自然な音が聴けるという主張のもとにつくり出されたもので、この思想をはっきりと具現化したのが、901です。901ほどまでには同社独自の思想が徹底して生かされていませんが、よりコンベンショナルな形で実用的なブックシェルフ型にまとめたのが301MMIIといえます。トゥイーターを二個、角度を変えてエンクロージュアにマウントし、高域を拡散するところにBOSE独特の考え方が生きていますが、全帯域はほとんど正面へ出ていますから、まったく普通のスピーカーと同じように使えます。
 BOSEの音の特徴、個性を一言にして言うと、アメリカ文化の音だと思うんです。それも301MMIIは、アメリカ大衆文化の音ですね。このスピーカーを聴くたびに思い出すのはマクドナルドとか、ケンタッキーフライドチキン、デニーズ、これらを思い出します。非常に大衆的ではあるけれども、ある文化の薫りを、それも異文化の薫りを持つことで成功している。そして、大衆的な値段ではあるけれども、ある種の格好のよさも保っている文化性が、BOSEの301MMIIとか、あるいは101MMの持っている音の特徴というものに、非常に合っていると思うんです。アメリカで生まれた大衆文化の中から誕生したものですから、よく売れるスピーカーだと思うんです。つまり、個性が非常にはっきりしていて、思い切りが非常にいい。特に、BOSEは小型のスピーカーで大型スピーカー並の十分な馬力を出す、パワーハンドリングも優れているというところに特徴があるわけです。この301MMIIも、相当パワーをぶち込んでもびくともしないというところが、大きな特徴と言えます。しかも出てくる音は、音量を絞ったときでもパワー感のある、非常にエッジのはっきりとした、あいまいさが全然ない、明快そのものな音と言えます。そして、その色合いが非常に濃厚であるため、他と比較するまでもなく印象づけられてしまうスピーカーです。
 デリカシーという点に関しては、文句を言いたいところもあります。しかし、きちんとしたオリジナリティを持っていますから、ある意味では、現代の大衆の心をばっちりつかむ音だと思う。そういう点で、このスピーカーを高く評価します。
 とにかく比較的安い値段で、異文化の薫りがあって、しかも何か強烈な個性の主張を聴きたいということだったら、迷うことなく、この301MMIIを勧めます。日本のスピーカーにものたりなさを感じ、もうちょっとコクのある音で、思い切り鳴らしたいというような要求を持っている人には、まさにぴったりのスピーカーです。それだけ、他のスピーカーと違ったよさを持っているということです。
 このスピーカーはペアで10万円を切る値段です。普通だったら、異文化の薫りを味わえる値段ではないともいえるわけですから、非常に安い買物と言える。だから、組合せのトータル額もできるだけ安く抑えて、異文化の薫りを充分に味わってみようということで聴いてみました。
 このスピーカーは、ボストン・アクースティックスのA40Vのようにいろんな方向にもっていくということは望めない。とにかく301MMIIが目指している方向を、ぎりぎりまで生かすべきだと考えて、最初の組合せは、アンプにオンキョーのA815RXと、CDプレーヤーはパイオニアのPD5010にしてみました。
 A815RXは、同社のプリメインアンプの中で一番安いアンプですが、オンキョーが追求してきた、電源の問題の解決によるスピーカーのドライブ能力の向上が、このA815RXからも充分感じられます。この値段のアンプとしては非常に力のあるアンプですね。その分、高域にややキャラクターがついていて、繊細な品位のある音を望むと、ちょっと艶っぽかったり癖があったりという感じがしますが、301MMIIを鳴らす限りにおいては、むしろ、それがいい方向に作用して、生き生きはつらつと鳴ってくれる。A815RXと301MMIIのコンビというのは、値段的な点からいっても非常によくマッチした組合せだと思います。
 PD5010は五万九千八百円という、現在のCDプレーヤーの最低価格のところへぶつけてきたパイオニアの意欲作ですが、ソニーのD50とか、あるいはマランツのCD34とは一味違っていますね。CD34やD50は独特のコンセプトの方向に踏み切っていますが、PD5010というのは、より価格の高いCDプレーヤーのコンセプトを、ぐっと値段を下げて実現したという感じがします。音も、非常に明快でふっきれてますね。CD34のように、何か雰囲気をつくろうというのでもなければ、D50のように徹底的に、小型軽便で、音も非常に明るい方向に徹しているわけでもない。つまり、その中庸をいくというのか、非常にまともな音です。つくりも非常にまともです。実際にさわってみてびっくりしたのは、メカノイズ、サーチノイズが少ないし、アクセスが早い。上級機種に堂々と伍していけるようなフィーリングを持っていることです。
 こうしてA815RXとPD5010と並べて置くと、デザイン的にもまったく違和感がない。同じブラックで、色合いの調子も合ってるから、デザイン的にも統一されるし、当然、音的にも非常にうまくいった組合せだと思います。できるだけ値段を安くして、301MMIIの能力をフルに発揮させる、という意図が見事に成功した例です。
 二番目の組合せは、NECのプリメインアンプA10IIとCDプレーヤーCD609を使いました。NECの製品には、常に高性能ということが印象づけられる。音の情緒性、感性という点で、やや現代的過ぎて、ぼくにはついていけない面があるのもたしかです。しかし、保証された物理特性のレベルは、非常に高いものです。その保証された高いレベルの物理特性で鳴らせば、301MMIIの個性と能力が相当なレベルで発揮できるんではないかという気持ちで鳴らしてみたわけですが、非常によく合うんですね。最初の組合せ以上に、性能のいいことを感じさせる音になります。音に精巧さが加わって、ソリッドです。アキュラシーというよりも、プリサイスな感じです。最初の組合せと同じ方向の音ですけども、明らかに、こちらの方がクォリティアップしたという感じがします。
 この301MMIIのようなスピーカーになりますと、鳴らすソースがはっきりと決ってくる。例えば、マーラーのシンフォニーでいえば、今回ハイティンクの第四番と、ショルティの第二番を使ったんですが、301MMIIはショルティ盤が相応しいですね。この両者は演黄も違えば録音も全然違う。ショルティの第二番の、ロンドンのレコーディングは、徹底的に拡大鏡でオーケストラを部分的にのぞいていったような録音なんです。マルチマイクロフォンの一つの極だと言える。こういう録音は、絶対的に、あるレベル以上の性能がないと、全然生きてこない録音になる。雰囲気でフワッと聴けない音です。ところがハイティンクの方は、雰囲気がよくない装置でないと聴けないというくらいに、両者にははっきりとした録音のコンセプトの違いがあるし、演奏にもはっきりとした違いがあります。ショルティはアメリカの指揮者ではないけれど、彼の演奏というのは、極めて戦闘的で、真っすぐ猪突猛進するところがある。それと、アメリカのオーケストラとが組み合わさって、そして、ロンドンの録音でマーラーをやられると、独自の世界と言わざるを得ないくらいになる。こういうマーラーもあってもいいんだろうけれども、一方に、ハイティンク、コンセルトヘボウの、繊細緻密でロマンティックなマーラーもある。BOSEのスピーカー音は、ハイティンクのマーラーとはまったく異質だという感じがするんです。ところが、ショルティをかけると、小型スピーカーとは思えないくらいのダイナミズムを発揮して、快適な爽快感が味わえる。
 三番めの組合せも、前の二例と同じ方向を狙いますが、もう少しパワーハンドリングを上げたいと思って選んだのが、マランツのPM84です。CDプレーヤーのソニーのCDP302ESと組み合わせて鳴らした音は、前の二例と比べて少し雰囲気が出てきます。A10IIが、いわば冷徹とも言えるハイパフォーマンスな感じに対して、マランツとソニーの音は、そこに少しぬくもりとある種のしなやかさが加わってきたように思います。
 クォリティ的には互角の第二例と第三例のどちらを選ぶかとなると、徹底的な現代性というものを求めるんだったら、NEC同士の組合せの方を、そこにニュアンスを求めたいのならば、マランツとソニーの組合せ、といったところです。

リン KARMA

井上卓也

ステレオサウンド 75号(1985年6月発行)
特集・「いま話題のカートリッジ30機種のベストチューニングを探る徹底試聴」より

●本質を見きわめる使いこなし試聴
 標準針圧で、イコライザー付ヘッドアンプを試してみる。かなりダイレクトな印象の音になるが、TVやFM電波が非常に強い東京・六本木では、バズを含んだハムレベルが実用限度を超え、試聴には問題があり、C200Lダイレクトに切替える。
 帯域バランスはナチュラルで、低域は安定し、中高域に独特な輝きがある音だ。音場感、音像定位もナチュラルで、平均的な要求にはこれで十分であろう。
 試みに針圧を1・6gに上げる。音色が曇って重くなり、高域は抑え気味で、安定感はあるが、反応が鈍く、中域に輝きが移り、少し古典的なバランスである。針圧1・5gでは、程よく伸びた帯域バランスで、低域は軟調だが、全体に滑らかさがあり、彫りは浅いが、中高域の輝きも適度に魅力的で、聴きやすく雰囲気型の音だ。
 針圧を標準にもどし、IFCを調整する。IFC約1・65ほどで、音に焦点がピタッと合った、抜けの良い音に変わる。低域は厚みがあり、質感に優れ、音溝を正確に拾うイメージの安心感がある音だ。中域は適度にあり、中高域に少し硬質さがあるが、これは一種独特の魅力であり、プレゼンスもよい。また、音像定位はクリアーに立つタイプだ。個人的には、この中高域の輝きは個性として残したいが、この傾向を抑えるためには、テクニカ製スタビライザーAT618を使ってみる。天然ゴムに覆われた特徴が、音を適度に抑え、メタリックな輝きを柔らかくしてくれる。なお、スピーカーは標準セッティングである。

●照準を一枚に絞ったチューンアップ
[ヘンデル:木管のためのソナタ]
大村 いかにもイギリスのカートリッジという気がします。イギリスのオーケストラはドイツのそれに比べて、色彩感はありますが、ゆとり、重厚さにかける。まさに、そんな感じの音です。線の硬質なクリアーな音。オーケストラを聴く場合は、もう少しゆとりが欲しいと思います。
井上 英国系らしい、中域から高域にかけての硬質な部分を、いかにコントロールするかが使いこなしのポイントです。相性のいいトランスを選んでやれば、硬さがとれて力が出てくると思いますが、ちょうどいいのが手元になかった。そこで、ゴムでダンプされたオーディオテクニカのAT618で、中域のメタリックさを殺した上で、プリアンプの位置を動かしてみました。
大村 最初のアンプの位置ですと、リズミックな表現がやや単調になっていたのが、前に引き出したところ、反応が速くなり、反対に後ろにすると、穏やかになる。また、ヒンジパネルを開けると、音がすっきりするんですね。
井上 注意してほしいのは、開けたパネルが台に触れないようにすること。台との間にフェルトを敷けば、よりすっきりします。アンプの位置ひとつで、音が変わることを頭にとどめておいていただきたい。

AKG P100LE v.d.h. II

井上卓也

ステレオサウンド 75号(1985年6月発行)
特集・「いま話題のカートリッジ30機種のベストチューニングを探る徹底試聴」より

●本質を見きわめる使いこなし試聴
 SME3009SIIIと組み合せる。標準針圧では、柔らかい低域と、ややきらめく中高域がバランスした広帯域型の音だ。低域は予想よりも甘く、少しつまり気味。音場感は奥に拡がり、パースペクティブな再生は水準を超える。オーケストラのトゥッティでは、弦セクションが少しメタリックに響き、ハーモニーも薄いタイプだ。
 針圧1・2gで、中高域のきらめきが薄らぎ、反応は少し穏やかにはなるが、不足していた安定感が十分にあり、これが平均的にはスタンダードな音であろう。低域は柔らかいが、少し粘った印象で音源は少し遠いタイプ。長時間聴くために好適。
 針圧1・0gでは、広帯域型ならではの軽くサラッとしたプレゼンスの良さが特徴。低域の反応がややぎこちなく、自然さに欠けるのは、アームのメカニズム的な問題もあるかもしれない。
 最良点を標準針圧以上でチェックしてみる。針圧1・2g、IFC量1・1で、低域の厚みもある安定感のある音でありながら、IFC量1・2のときのような、安定感はあるが少し面白くない面がある点が解消され、音のエッジも適度に張り、プレゼンスも豊かで、良い意味での硬質な音の魅力である、冷たさ、メタリックさがあり、適度に渋さもある大人の音が聴ける。
 ただし、基本的なチューニングに使った幻想交響曲は、シカゴの演奏のために、音色的な傾向が、ややカートリッジ本来のものと異なり、線が細く、音色が沈み気味な点は、むしろAKGらしい特徴だろう。

●照準を一枚に絞ったチューンアップ
[スメタナ「わが祖国」/クーベリック]
大村 『幻想』でやや気になった、中域の硬さとメタリックなところが、このスメタナの音楽のもつ、同じような性格にのっかってきて、輝きがきつすぎるという感じがします。
井上 そこで針圧とインサイドフォースを0・1ずつ増やしてみると、全体に穏やかになり安定してきますが、ややソフトフォーカス気味で、ホールの天井が低い感じの音になった。今度はインサイドフォースだけを1・1にしてみました。
大村 安定感もあり、音場感も出てきましたが、まだホールの後ろで聴いている感じで、スメタナの音楽の重要なファクターの中域が細身になっています。
井上 反対側のアームの根元にオーディオテクニカのスタビライザーをのせてみると、メタリックなところがとれて、低域の安定感、密度感がぐっと上がります。このままですと、フローティングベースの水平が少し崩れますので、もう一方に軽めのデンオンのスタビライザーを置くと、音場感が見えてきて、穏やかな感じの音になります。
大村 この状態は、ブリティッシュサウンドがかったJBLという感じで、スメタナの音楽には、もっと中域のエネルギーが欲しいような気がします。

イケダ Ikeda 9

井上卓也

ステレオサウンド 75号(1985年6月発行)
特集・「いま話題のカートリッジ30機種のベストチューニングを探る徹底試聴」より

●本質を見きわめる使いこなし試聴
 標準針圧では、ナチュラルな帯域バランスと穏やかで安定した音を聴かせるが、一次試聴時のような安定感、重厚さが感じられない。垂直系でダイレクトにスタイラスがコイルを駆動する独自のメカニズムをもつだけに、リジッドな構造であう、かつ十分な質量があるターンテーブルとダイナミックバランス型のトーンアームがこの製品には必要であろう。フローティング構造と平均的な慣性モーメントをもつTD226とSM3012Rの組合せは、あまり好ましくない例であろう。
 針圧を増し、本来のダイレクトさを追いかけてみる。針圧2・8g、IFC2・8では、反応が鈍く、針圧2・75g、IFC2・5でかなり密度感が出てくる。針圧2・65g、IFC量2・3が、このプレーヤーでのベストサウンドだ。厚みある充実した低域をベースに、密度感のある中域、素直な高域が程よくバランスし、安定したリッチな音を聴かせる。反応は基本的に穏やかなタイプで、重量級MC型独特の彫りの探さと、このタイプ独自の音溝を忠実に拾う印象の音が個性的である。
 なお、垂直系振動子をもつカートリッジは、一般的なタイプに比べ、アームの水平度は正確に調整する必要がある点を注意したい。また、振動系がフリーな構造をもつために、ヘッドシェルの傾きにも敏感だ。
 簡単に誰でも使えるカートリッジではないが、針圧とIFC量を細かく組み合せて追込めば、これならではの音の魅力が判かるだろう。個性的な手造りの味だ。

●照準を一枚に絞ったチューンアップ
大村 いかにもダイレクトな感じの音ですね。強勒で、音が生き生きしている。小編成のものを非常にリアルに聴いてみたい気もしますが、ブラームスの第4番の三楽章の、魂の乱舞が、どれだけの表現の幅をもって鳴ってくれるかに興味が向いてしまった。ただし、ややミスマッチな感じで、重厚で、陰影の濃い音というより、きつい音です。もう少し穏やかになれば、ものすごくよくなる気もします。
井上 針圧とインサイドフォースはすでに、ベストのところに合わせてあるので、トランスの置きかたで調整します。トランスは置き台の影響と同じくらい、その向きで音が変わる。地磁気の影響のせいだと思いますが、ひどく音が濁ることもあるのです。トランスをいろいろ動かしいいポジションを見つけたところで、XF1の下に2枚折りした厚手のフェルトをひいてみました。
大村 フェルトも、1枚よりも2枚の方が穏やかで、非常に音が静かに聴こえます。
井上 このくらいのカートリッジになると、アームはダイナミックバランスを使いたいところです。3012Rならオイルダンプを併用してみるのもひとつの手です。全体に音が穏やかになり、針圧、インサイドフォースの調整も少しは楽になるでしょう。

オルトフォン MC2000

井上卓也

ステレオサウンド 75号(1985年6月発行)
特集・「いま話題のカートリッジ30機種のベストチューニングを探る徹底試聴」より

●本質を見きわめる使いこなし試聴
 標準針圧では、柔らかい低域にやや硬質な中高域がバランスした、いかにもアナログディスク的な好ましさがある音だ。音場感はほぼ妥当な線だろう。
 針圧を1・7gに増すと、安定感は増すが、音の角が少し丸くなり、音源が遠く感じられ、雰囲気型のまとまりとなる。1・6g程度で、適度な密度感がある、いわゆるオルトフォンらしさが出てくるが、やや反応が抑制気味であり、伸びやかさ、リッチさが欲しい感じも残る。ここで、IFC量を1・5に下げると、このあたりは改善されるが、まだ追込めそうだ。
 逆に、針圧を軽くしてみる。1・3gで低域は少し軟調傾向となるが、スッキリとしたイメージが出てくるのが好ましい。そこでさらに、IFC量を1・2に下げてみる。音場感的なプレゼンスがサラッと拡がり、鮮明な音の魅力もあり、爽やかで抜けの良い音を狙ったときには、このあたりがひとつのポイントとなるだろう。
 さらに、オルトフォンらしいイメージを追ってみよう。再び、1・6gとし、IFCを調整する。1・5で、音場感情報が増し、一応の満足すべき結果となるが、中高域の輝かしさをもう少し抑え、一段と内容の濃い、リッチな音を目指して、木製ブロック上に乗せてあるT2000昇圧トランスの下に、柔らかいポリッシングクロス状の布を敷いてみる。キャラクターが少し抑えられ、一段と音場感的な奥行き方向のパースペクティブや音像のまとまりがナチュラルに浮び上がり、これは見事な音。

●照準を一枚に絞ったチューンアップ
[シェエラザード/コンドラシン]
大村 『幻想』のときは、音の密度感が高く、音の抜け、拡がりもあり、かなり満足のいく音でしたが、『シェエラザード』になると、色彩感が欲しくなりますし、ソロ・
ヴァイオリンが耽美的なまでに、華やかになってくれたら、とも思います。
井上 その不満は、ふたつの曲の違いからくるものでしょう。『幻想』は華やかさはあるものの、全体にはマッシブな音楽なのに対して、『シュエラザード』は非常に絢爛豪華な音楽ですから。
 そこで、針圧とインサイドフォースを0・1gずつ軽くして、音の抜けをよくして、それから、T2000を置く位置を変えてみたわけです。
大村 針圧の変化よりも、トランスの置きかたの違いの方が大きいですね。音の鮮度感と色彩感が出てきて、ソロ・ヴァイオリンが艶やかでしっとり鳴ってくれ、これで充分という感じです。
井上 普通、トランスはいいかげんなところに置きがちですが、必ず水平に、プレーヤーの置き台と同等の安定なところに置いてください。その差は予想以上です。堅いウッドブロックの場合、くっきりしすぎたときは、フェルトを敷いて台の固有の音を殺してみるのもひとつの手です。

トーレンス MCH-II

井上卓也

ステレオサウンド 75号(1985年6月発行)
特集・「いま話題のカートリッジ30機種のベストチューニングを探る徹底試聴」より

●本質を見きわめる使いこなし試聴
 標準針圧では、穏やかで安定した音だ。全体に線が太く、低域は軟調で、高域は抑え気味、音源が遠くホール後席の音だ。針圧上限は、重厚さは魅力だが、反応が遅く、音場感も狭く、中高域は硬質である。やや軽い針圧で探すと、針圧2・3gでひとつのポイントが得られる。低域の質感も適度で、ゴリッとした印象があり、高域は抑え気味だが、一応のバランスだろう。
 ここで、新製品として登場以来のMCHIIの変遷を簡単に記す。最初のサンプル的製品は、位相は正相で、EMT/XSD15とは位相のみ異なり、これがCOTYに選出された。次に、高域補正が施され、位相は逆相、補正用に並列にコンデンサーが入ったタイプとなる。これが、一次試聴とこの頁の前半でリポートした製品である。
 次に、最新の製品はこの高域補正用コンデンサーが除かれ、結果としてEMT/XSD15と同等の基本設計となったが、ブランドが異なるため、振動系設計の変更が予測され、サウンドバランスもやや穏やかな印象がある。
 最新型は、針圧2・75g、IFC量2・5でベストポイントがあり、柔らかで豊かな低域をベースに、引締まった中域から高域が特徴的な音だ。基本的に、MC型としては高出力型であるだけに、昇圧トランス使用では、場合によってはイコライザーアンプでの過入力が気になる。試みに、オルトフォンT2000を組み合わせてみたが、適度な帯域コントロールの効果があり、質的にも緻密で充実した音が得られた。

●照準を一枚に絞ったチューンアップ
[ベートーヴェン:ヴァイオリン・ソナタ/シェリング、ヘブラー]
大村 ベートーヴェンの曲のもつ力強さと、ヴァイオリンのしなやかさがストレートに出てきてますし、歪の少ないフィリップスの録音のよさを、針先が違うせいでしょうか、EMTよりもよく出してくれる感じを受けました。
井上 輪郭をくっきり出す、コントラスト型のカートリッジです。それほど神経質になることはありませんが、使いこなしで注意してほしいのは、出力電圧がMC型としては高いことです。場合によっては、ヘッドアンプやイコライザーアンプが飽和してしまうことがありますから。MMポジションでも十分鳴るくらいですから、昇圧手段は注意して選択してください。今回はデンオン、トーレンス、オルトフォンの三つを試しましたが、その中で、いい結果を示してくれたのは、ローインピーダンス専用のT2000でした。
大村 T2000との音はいいんですが、味という形容が使いにくい音に思えます。もとが深情け型のEMTですから、ぼく個人としては、オーディオニックスのTK2220を使ってみたいです。ちょっと過剰気味に思えるくらい、音の艶を出して、楽器のまわりにただよう雰囲気みたいなものを、積極的に出してみたいのです。

デンオン DL-1000A

井上卓也

ステレオサウンド 75号(1985年6月発行)
特集・「いま話題のカートリッジ30機種のベストチューニングを探る徹底試聴」より

●本質を見きわめる使いこなし試聴
 使用アームは、SME3009SIIIである。標準針圧では、素直な帯域バランスをもつ、柔らかく細やかで、滑らかな音だ。スクラッチノイズは安定しているが、表情が表面的に流れ、奥に拡がる音場感だ。
 0・9gで音に焦点が合ってくる。粒立ちが細やかで、軽く柔らかい低域と少しメタリックな中高域がバランスした、デジタル的なイメージをも持つ近代的な音だ。
 0・7gにする。スクラッチは少し浮くが、予想よりも爽やかで0・9gと対照的なバランスだ。フワッと奥に拡がる音場感は独特で面白いが、実用的ではない音。
 0・85gで、0・8gよりも僅かに穏やかで安定した一応のバランスが得られる。音場感も標準的で針圧はこれに決める。
 IFC量を変え1・0とすると、音が少し硬質となり、レコードらしい印象にはなるが、少し古い音に聴こえる。0・9に減らすと、穏やかさが加わり、好ましいが、IFCを調整する糸吊りの錘のフラツキが定位感、音場感に悪影響を与えることが確認できる。これは、いわゆるSME型で、軽針圧動作時に気になる点である。
 逆に、IFC量を0・7に下げる。スクラッチノイズの質、量ともにかなり優れた水準にあり、広帯域型で、やや中高域にメタリックさがある。軽量級ならではのクリアーさ、プレゼンスの良さが活かされた極めて水準の高い音である。
 このメタリックさは、トーンアーム側のヘッドシェル部、指かけ、パイプ材料とも関係があるが、現状ではこれがベスト。

●照準を一枚に絞ったチューンアップ
[ハイドン:六つの三重奏曲/クイケン]
大村 軽くて、細身で、すっきりと見通しのいい音ですが、この曲だと、ちょっと軽すぎるように思います。イタリアン・バロックといえるくらいに軽い。少しひなびた感じが欲しいです。
井上 スタビライザーを試してみたわけですが、その効果がPL7Lの場合と多少異なります。スタビライザーをのせることでフローティングベースの重量が変わるため、スタビライザーの材質の音の他にスタビライザーの重量が大きく効いてきます。
大村 いろいろと試した中では、いちばん重量のあるマイクロがよかった。安定感がぐっと増して、軽すぎるところが気にならなくなりました。ただ、マイクロのメタリックな音がやや気になりますけど……。
井上 メタリックな感じは、カートリッジとシェルの間にブチルゴムをひとかけらはさんでやれば、消えるでしょう。TD226で注意してほしいのは、フローティング型だからといっていいかげんな台に置かないでください。フローティングの効果はすべての周波数に対してあるわけではありませんから。今回は、試してみませんでしたが、ヤマハの台の上に3mm厚くらいのフェルトや5mm厚くらいのコルクを敷いてやれば、相当効果はあるはずです。

ゴールドリング Electro IILZ

井上卓也

ステレオサウンド 75号(1985年6月発行)
特集・「いま話題のカートリッジ30機種のベストチューニングを探る徹底試聴」より

●本質を見きわめる使いこなし試聴
 標準針圧では、一次試聴とは異なり、適度にメタリックな魅力のある、シャキッとした雰囲気のある個性型の音である。この爽やかさを一段と引出すために、針圧を軽く1・6gとするが、低域の質感が曖昧な軟調傾向を示し、中高域も浮き気味で、ソフトフォーカスの軽い音となり、これは好ましくないバランスだ。
 逆に、針圧を増し1・9gとすると、反応が鈍い傾向を示し、押しつけられたような重い表情が気になる音だ。このカートリッジは、組み合せるトーンアームやターンテーブルのキャラクターを素直に引出すのが特徴で、当然のことながら、最適針圧とIFC量もそれぞれ異なる点に注意してほしい。
 1・8gに針圧を下げる。標準針圧時の音に少し安定度を増した低域が好ましい。ここでIFC量を変えて、音場感的な情報量を引出してみる。変化量は穏やかなタイプで、針圧対応の1・8でもさして問題はないが、ややIFC量を減らした1・7でサラッとしたプレゼンスのある良い音が得られた。
 次に、プレーヤー置台上でプレーヤーの位置を移動してみる。置台の中央、前端で、しなやかさのある音場感的なプレゼンス豊かなバランスとなる。これでもう少し、反応の速さ、音の鮮度感があれば、かなりの水準の音になるはずだ。そこで、コントロールアンプC200Lを置台上の中央から一番手前に引出す。これで、音に軽快さが加わり、これがベストだ。

●照準を一枚に絞ったチューンアップ
[ファリャ:三角帽子/デュトワ]
大村 最初の音は、乾いていて、音のしなやかさ、拡がりの不足した、とてもロンドンの録音とは思えない鳴りかたでした。ところが、レコードをターンテーブル上で回転させただけで、まったく別もののように聴こえました。
 乾いた音から、聴きやすい、雰囲気のある音になりました。これだけで、充分という感じです。
井上 『幻想』のときとくらべると、あまりにもひどすぎるので、カートリッジの以外の要因があるとにらんで、レコードを回転させてみたわけです。原因はレコードのオフセンターです。オフセンター量が多いと、カンチレバーが左右に振られ音場感情報が出にくくなる。20度ほどズラしただけで、ものすごく音が変わる。必ずしも、よくなる方向に行くとは限りませんが、ベストポジションの音は、音楽の躍動感が出て、音場の拡がりもひときわ見事です。実際、これだけで、見違えるように雰囲気が出てきましたし、前後の楽器の配置もホールの感じも実によく出てきました。
 同じレコードで、音が違うのはブレスのせいにされてきましたが、むしろオフセンターのせいだと思います。このことは、CDにも言えます。

B&O MMC1

井上卓也

ステレオサウンド 75号(1985年6月発行)
特集・「いま話題のカートリッジ30機種のベストチューニングを探る徹底試聴」より

●本質を見きわめる使いこなし試聴
 標準針圧からスタートする。素直に伸びた帯域感と、適度にしなやかで伸びやかさのある表情が好ましい音だが、全体に少し抑えられた印象があり、低域の質感も今一歩、軟調気味であり、中高域も少し華やかである。針圧1・1gに増してみる。低域のクォリティが高まり、安定度が増し、中高域とのバランスもナチュラルになる。IFC量を1・0とすると、音場感がスッと拡がり、見通しの良さが出てくる。
 ここで、ヘッドシェルの指かけの共振が気になり、少量のガムテープで制動してみる。中高域のキャラクターが少し抑えられる。安定度を重視したバランスを狙えば、針圧1・2g、IFC量1・1あたりが広範囲なプログラムソースに対応できる音。
 B&Oらしいイメージを追い、再び針圧を調整する。当然、軽い方を狙い、再び標準の1gにもどす。中高域の附帯音が減ったため、全体にスッキリとしたサウンドになるが、低域の質感は相変わらず軟調傾向で、悪くいえばモゴモゴとしたイメージがあり、オーケストラのスケール感やホールの残響の豊かさの点では問題が残る。
 低域を少し引締め、MMC1独特の中高域のキャラクターとバランスさせれば、一応の水準で、この問題はクリアーできるだろう。それには、スピーカーのセッティングを変えるのがベターである。JBL4344を3点支持しているキューブの中で後側の1個を半分内側に入れた状態から3/4入れた位置に変えて低域をコントロールする。低域の質感が向上し問題は解消する。

●照準を一枚に絞ったチュンアップ
[モーツァルト:ピアノソナタ/内田光子]
大村 MMC1の、細身の音はいいんですが、ややヒステリックなところは、このレコードには合わない気がします。モーツァルトらしく、柔らかで透明に鳴ってほしい。
井上 この録音は、ちょっと距離をとることでホール感を出し、モーツァルトらしい透明なイメージをつくっていますので、スタビライザーで附帯音をのせることはやらないほうがいい。そこで、プレーヤーのつぼと言えるアームの根元にスタビライザーを置いてみたわけです。
大村 かなり音が変わります。マイクロのように重たいものは、音がしっかりして、力強くなる。見通しもよくなりますし、輪郭がはっきりしてくる。オーディオ的には非常にいい音だと思いますが、内田光子のモーツァルトのイメージとは違う。女性らしさから遠ざかります。そこでデンオンを試したところ、ほどよい柔らかさと女性ピアニストらしい感じはそのままに、ヒステリックなところがなくなり、ゆったりと音楽が響いてくれます。もし、レコードがグールドだったら、迷うことなくマイクロにしますが、内田光子の場合は、デンオンのカです。このクラスのカートリッジになってくるとプレーヤー自体の透明度を要求したくなります。

デッカ Mark 7

井上卓也

ステレオサウンド 75号(1985年6月発行)
特集・「いま話題のカートリッジ30機種のベストチューニングを探る徹底試聴」より

●本質を見きわめる使いこなし試聴
 標準針圧では、バランスは良いが、伸びやかさ、拡がりに欠け、硬い音だ。針圧を増して傾向を試すと、次第に音場感情報が減り、高域も抑え気味で、反応が鈍くなり、一次テストのときとは異なった傾向を示す。逆に、軽い方の針圧での変化を調べると、針圧1・3g、IFC1・2でひとつのポイントがあり、少しスクラッチノイズが浮いた印象はあるが、かなり広帯域型のレスポンスと、スッキリと音の抜けが良く、硬質でクリアーな音を聴かせる。
 1・4gでは安定して穏やかなバランスだが、低域が少し軟調傾向だ。1・5gでは、低域の質感が1・4gよりも向上し、弦の浮いた印象もなく、適度に帯域も伸びたスタンダードな音となるが、音場感的な前後方向のパースペクティブな表現に不足があり、IFCを変化させて追込んでみることにする。結果は、針圧対応値より少し減らした1・4。音場感がスッキリと伸びた好ましい音になるが、いわゆるデッカらしいサウンドイメージには今一歩、不足感がある。
 プレーヤー置台上の位置を変えて音の変化を試すと、右奥でクリアーに抜けが良くなり、中央、前端でしなやかさがある音になるが、音像は少しソフトで、大きくなる。位置を右奥にし、金属製重量級のスタビライザー、マイクロST10を使い、エッジの張った、クッキリとした音を狙う。結果は、適度に金属的な響きが加わり、輪郭がクッキリと描き出され、独自の垂直振動系の魅力が感じられる音になった。

●照準を一枚に絞ったチューンアップ
[孤独のスケッチ/バルバラ]
大村 このパルバラのレコードは、ヴォーカルとピアノ、アコーディオンだけの小編成ですから、できるだけ生々しく聴きたいのですが、ちょっとソフトフォーカスぎみに感じます。
井上 デッカの、シャープで鋭利な音のイメージが穏やかになって、スタジオ録音がライブ録音のように聴こえ、もう少しすっきりした感じが欲しく、スタビライザーを試してみました。それからプレーヤーの置きかたも変えてみました。
大村 ST10の金属的で重量感のある音がうまい具合に作用してすっきりしてきましたし、プレーヤーを前にもってきたことで、反応が速くなったように感じます。定位もセンターにヴォーカルが浮かび上がってきて、その後ろにピアノとアコーディオンがいる。けれども、もうひとつ満足できないといいますか、デッカのカートリッジならば、というところに不満があります。
井上 確かにデッカのカートリッジらしくないところがあります。これは、アマチュアライクなやり方ですが、ボディの弱さを補強するために、取り付け台座にブチルゴムを米粒ほど貼りますと、音がはっきりしてきて、デッカらしいイメージが出てきます。

ハイフォニック MC-A5

井上卓也

ステレオサウンド 75号(1985年6月発行)
特集・「いま話題のカートリッジ30機種のベストチューニングを探る徹底試聴」より

●本質を見きわめる使いこなし試聴
 標準針圧1・2gから試聴を始める。音の粒子は細かく、スッキリと磨き込まれており、音の分解能も十分に高く、いかにも軽量振動系を採用したカートリッジらしいディフィニッションの優れた音である。聴感上での帯域バランスはほぼフラットな広帯域型で、マイクロのプレーヤーでの試聴時と比べ、クリアーな抜けの良さが目立ち、音が遠く、スピーカーの奥に引込んで聴かれたことや、表面的になりやすい表現とならないのは、カートリッジに相応しい軽量級アームとの組み合せのメリットであろう。
 針圧を1・1gに下げてみる。爽やかで伸びやかなプレゼンスは好ましいが、全体にオーケストラが軽量級となり、楽器の数が少なく、整理された音になる。そこで、逆に1・25gに針圧を上げてみる。標準針圧時に比べ、低域の厚みは加わるが、ホールの天井が低くなったような印象があり、少し重さが気になる。
 IFCを1・25から1・2程度に軽くしてみる。重い印象が薄らぎ、音も少しスッキリとする。そこで、置台上でプレーヤーを少し寄せ、反応の早さを求める。少し低域軟調傾向が残るが、これがベターだ。
 ヘッドアンプから昇圧トランスとする。音に安定度が加わり、密度感が一段と向上して質的に高い音に変わる。トランスのメリットを活かした音だ。再び、針圧とIFCを細かく振ってみると、変化は穏やかでスムーズであり、本来の軽さを活かした音場感型から、輪郭型まで、それぞれの音の変化は楽しい。

●照準を一枚に絞ったチューンアップ
[ロッシーニ:弦楽のためのソナタ集]
大村 これみよがしなところがない音で、好感のもてるカートリッジですが、ロッシーニを聴くとチェロとコントラバスの、特に低域での音の違いがもう少し鮮明に出てきてほしいように思います。
井上 そこで、ブリアンプ内蔵のヘッドアンプで聴いていたのを、専用トランスHP−T7で昇圧してみます。トランスはナロウレンジではありませんが、極端なまでには低域と高域が伸びてません。一種のバンドパスフィルター的な働きをするため、トランスを使うと中域が充実してきます。
大村 トランスにしますと、チェロ、コントラバスの、器の重量が感じられるようになり、落ちついて聴けるようになりましたが、ヘッドアンプの時に比べ、ちょっと音の見通しが悪くなったような気もします。
井上 昇圧手段をトランスに変えましたので、再度針圧とインサイドフォースを調整してみますと、針圧はそのままで、インサイドフォースを1・25にすると、音の拡がりが出て、見通しがよくなりました。
大村 この状態で、ロッシーニの音楽に不可欠なかろやかさと華やかさが、素直に出てきてくれます。もうすこし、重量感がほしい気もしますが、雰囲気的にまとまった印象で、これはこれでいいと思います。

オーディオテクニカ AT33ML

井上卓也

ステレオサウンド 75号(1985年6月発行)
特集・「いま話題のカートリッジ30機種のベストチューニングを探る徹底試聴」より

●本質を見きわめる使いこなし試聴
 標準針圧1・5gから、上限の1・8g下限の1・2gの範囲で、0・1gステップで丹念に追込んでみる。結果としては、安定感のある低域をベースに適度なクリアーさと、音場感のある音を求めれば、針圧1・8gがベストサウンドである。サラッとした、軽快さのある、反応の速い音と、キレイに拡がるプレゼンスや抜けの良さを求めれば、針圧1・3gが良いという、解答は2つに分かれた結果である。
 基本的に、試聴に使った2種類のプレーヤーと、同じSMEながら内容の違ったアームとのマッチングの問題があるのだろう。
 ここでは、プレーヤーの性質から、安定型よりも、音場感型を目指して、針圧1・3gを採りたい。このプレゼンスを活かしながら質感を向上させ、緻密さが出てくれば最高である。まず、プレーヤー置台上にジュウタンの残りを敷いてみるが、材質が悪くNGだ。では、ヘッドシェルまわりを調べよう。取付け、ネジをアルミ製から真チュウ製に変え、しっかりと絡めつけてみる。これで低域の質感が向上し、弦の浮きが収まる。次に置台上での移動で追込む。中央でもかなり鮮度感があり、柔らかさもある良い音だが、右側に寄せ、前から20mmあたりが反応も速く良い。ここで、再びIFCを僅かに減らし1・25とする。これで、音場感的な、左右の拡がり前後方向の奥行きも十分な良い雰囲気となるが、やや低域の質感が軟調となり、表現が甘くなるため、4344の後側のキューブを約20mm押込み低域を締めて完了とする。

●照準を一枚に絞ったチューンアップ
[ウィズ・ラブ/ローズマリー・クルーニー]
大村 しっとりした女性ヴォーカルですと、低域がやややわらかめで、穏やかな感じの、この音でもいいと思いますが、このレコードは4ビートのジャズですから、もっとスイングしてほしい。ローズマリー・クルーニーも年増の女性ですから、すこし音に鮮度感をもたせないと必要以上にダレるような気もします。
井上 今度もスタビライザーを試してみました。使用したのは、ソニーのときと同じ、オーディオクラフトのSD45、デンオンのDL1000Aに付属のもの、マイクロのST10の三つです。
大村 三つのスタビライザーの基本的な音の傾向は、先ほどと同じで、デンオン、オーディオクラフトはリズムがダレるところがあります。ST10はメタリックなところが、音の芯をくっきりさせる方向にうまく働き、ダイナミックなリズムの表現がすっきりと聴けるようになりました。そして、この状態で右奥に置いてみると、ほどほどの音の伸びが出てきて、ダイナミックな感じがさらに増したようです。やや4344をモニターライクに聴くには線が太いかもしれないけど、決してダレることのないこの音は、ローズマリー・クルーニーの年齢に相応しいかと思います。

ソニー XL-MC7

井上卓也

ステレオサウンド 75号(1985年6月発行)
特集・「いま話題のカートリッジ30機種のベストチューニングを探る徹底試聴」より

●本質を見きわめる使いこなし試聴
 標準針圧1・5g、インサイドフォースキャンセラー(IFC)1・5でスタートする。中途半端な表情があるため、1・6g(針圧のみ記した場合は、IFCも同量)に増すと、安定感は増すが、重く、反応が鈍くなるため、逆に針圧1・4gに下げる。反応に富み、プレゼンスの良さが目立つ音で、これはかなり良い音だ。
 試みに、針圧はこれに決め、IFCを変えてみる。IFC1・3に減らすと、音の輪郭がクッキリとしたアナログディスクらしい音になるが、音場感的には少し拡がり不足だ。そこで逆に、IFCを1・5にふやす。音場感的な拡がりはグンと拡がり、少しコントラストは薄くなるが、カートリッジのキャラクターから考えればこれがベターだと思う。
 では、音の輪郭をクッキリさせるためにスピーカーのセッティングで追込んでみよう。木製キューブを3個使った置き方が標準のため、まず、前の2個を45度方向内側に10mm入れてみる。穏やかさが出てくる。これは逆効果でダメだ。次に、後の1個を10mm内側に入れる。低域が引締まり、全体に音がクッキリして、これで決まりだ。
 アル・ジャロウを試す。まだ、反応が遅いため、スタビライザーを使うが、クラフトSD45は、柔らかく雰囲気型の響きとなり、マイクロST10は輪郭強調型で、クッキリとはするが、少しメタリックで結果はNG。次に、置台上でプレーヤーを移動してみる。右奥に置くと、反応が早く、適度に弾む楽しい音になる。

●照準を一枚に絞ったチューンアップ
[ハイ・クライム/アルジャロウ]
大村 切れ味のいい音ですが、線が細く、アル・ジャロウの声が子供っぼく聴こえる。もう少し力強さが欲しい気もします。
井上 そこでスタビライザーを試してみることにしましたが、スタビライザーを使うことは、レコードの音にスタビライザーの材質の音をつけ加えることですから、必ずしもプラスの方向に作用するとは限らない。
大村 三種のスタビライザーを聴いたわけですが、暖色系の音になり、湿っぽいものや、表情が抑えられた感じで、メリハリがきかなくなるもの、メリハリはありますが、音ののびやかさを抑えたりで、結局外した状態が、晴々としているようです。
井上 そこでプレーヤーを置く位置を変え音の傾向をコントロールしてみます。ラックのセンターにあったのを、一番強度のとれている右奥に置いてみると、全体にソリッドになって、音の反応が速くなり、ほぼ満足すべき音になりました。
大村 試しに左手前に置いてみると、柔らかくてソフトで、反応が遅くなり、アル・ジャロウの音楽にはマッチしないようです。右奥に置くことで、音の押し出しの強さといったものはないけども、反応の速さが出て、ソリッドで引き締まって、このカートリッジでの妥協線でしょう。

0.1グラムの針圧変化を聴き分ける使いこなしの世界──その実践と結果報告について

井上卓也

ステレオサウンド 75号(1985年6月発行)
特集・「いま話題のカートリッジ30機種のベストチューニングを探る徹底試聴」より

 リファレンスシステムを使っての全機種の試聴テスト終了後、各カートリッジを特別なプレーヤーシステムではなく、平均的と思われるプレーヤーと組み合せて、相互の結果の差をリポートすることにした。また、この第2次試聴では読者代表を一人、実際の試聴に参加してもらい、各カートリッジを使いこなし追込んだ結果から、特定のディスクを1枚選択してもらい、好みの音に少しでも近づけようという、2ステップの試聴テストを基本としている。
●10万円以下はパイオニアPL7Lで聴く
 テスト対象とした製品は、全般的な前書きで述べたように、価格が10万円以下の製品では、適宜6機種を選び、プレーヤーにパイオニアPL7Lを使い、試聴をすることにした。このプレーヤーを選択した理由は、トータルバランスが優れ、とくにユニークな防振構造の脚部を備えること、演奏状態で調整可能なインサイドフォースキャンセラーの機構をもつことなどがあげられる。なお、他の試聴用コンポーネントは、第1次試聴と同じであり、試聴レコードは、ベルリオーズの幻想交響曲をメインとした。
●10万円以上はトーレンス+SMEで
 10万円以上の第2次試聴は、プレーヤーにトーレンスTD226、トーンアームにSME3012Rと軽量級カートリッジ用として、同じくSME3009SIIIの2本を用意した。選択の理由は、趣味的な意味を含めての、需要のありかたと、実績を考えてのことであり、基本性能の高さやメカニズムとしての優位性、及び個人的な趣好とは無関係な選択である。なお、この試聴のみ、パワーアンプはアキエフエーズのP500に変更した。
●試聴条件について
 使用機器の問題は、基本に忠実に設置し、AC関係の給電、機器間の結線を行なっているが、第1次試聴でも同様な条件であったため、その概要を記しておく。
 機器を設置する置台は、比較的にスピーーカーに近く、音圧で加振されやすい条件にあるために、試聴結果を大きく左右する要素として重要な部分だ。使用した置台は、ヤマハのGTR1Bを3個使い、コントロールアンプ用に1個、PL7LとTD226用にそれぞれ1個使った。この台は、板厚50mmとリジッドで安定しているのが特徴である。なお、棚板は振動を受ける要因となるため取外してあり、置台内部には何も置いていない。また、置台の前後左右とも平均的な中央に、コントロールアンプとプレーヤーを置くことを標準にした。
 パワーアンプは、平均的には、重量があるために床に直接置くが、堅木で作ったブロック上にセットしてある。また、スピーカーは、ダイヤトーンDK5000サウンドキューブを各3個使う、3点セッティングで、前両側は1/4、後中央の1個は1/2が、JBL4344の底板で支えている状態が規準である。
 各機器の結線は、スピーカーコードは、日立電線製LC−OFC同軸コードSSX102の芯線側を−にして使用、アンプ間はアキュフェーズ製バランス型専用コード。アームコードは、PL7Lは付属コード、トーレンスに組み合せた2本のSME用には、SMEの銅線使用の標準品である。なお、第1次試聴用のSME3012R PROは、内部配線が銀線使用が特徴で、アームコードはSME製のLC−OFC型を組み合せている。
 AC電源関係の給電は、壁コンセントから直接が好しいが、実際は大容量テーブルタップから直接給電で電源をとることとし、これを異なった壁のコンセントから2系統用意し、アンプ関係とプレーヤーを分離してある。なお、AC極性は、プレーヤー・エアーポンプを含みチェックしてあるのは当然のことだ。
●チューニングテストの手順はこうだ
 カートリッジの基本調整は、まず、プレーヤーの水平度調整、アームの高さ調整、簡易的なラテラルバランスチェック、各カートリッジのオーバーハングと、SME独自の調整であるヘッドシェルの傾き調整や、インサイドフォースキャンセラーのステイの調整などの他、接点関係、コード類のクリーニングなど、かなりの量である。
 続いて針圧調整から始めるが、基本的に、針圧は音質に関係し、振動系に針圧に対応するバイアスとしてかかっている力を打消し、振動系を磁界内で最適の位置決めをする働きをする。また、インサイドフォースキャンセル量は、磁界内の左右方向の位置決めと、それぞれスタティックに関係があると考えてほしい。ともに、予想を超えた微少な変化で音は決定的に変化を示す。
 その他、置台もひとつの共振系、共鳴器であり、アンプ、プレーヤーともに位置の移動で音のバランス、表情が大きく変化をするものだ。また、平均的に使われるスタビライザー頼も、すべて固有音を持ち、功罪相なかばするもので、安易な常用は問題であり、実例を参照していただきたい。

リン KARMA

井上卓也

ステレオサウンド 75号(1985年6月発行)

特集・「いま話題のカートリッジ30機種のベストチューニングを探る徹底試聴」より

 標準針圧では低域が少しモゴっとするが、中高域に独特の爽やかなキラメキがあり、巧みにバランスを形成する。キメ細やかで線は細く、スッキリと音は抜けるが、音場感はやや不足気味。レコードらしい音である。
 針圧上限では、暖色系の安定した個性型の音で、中域に穏やかさ、安定感があり、0・05gの変化としては大きい。雰囲気よく、巧みにコントロールされた音である。
 針圧下限では、軽く、華やかさがある。適度に輝きのある音となり、プレゼンスが程よく保たれ、これはレコードとして聴いて楽しい音だ。音場感は少し平面的である。
 針圧を下限に決め、ファンタジアを聴く。低域は少し軟調だが、細かくきらめくピアノはかなり魅力的で、雰囲気がよく、きれいにまとまった音だ。リアリティよりも再生音的な魅力をもつ音だ。
 アル・ジャロウは音色が暖色系に偏り、リズムの切れが甘く、力不足な音楽になる。