菅野沖彦
ステレオサウンド 55号(1980年6月発行)
特集・「’80ベストバイコンポ209選」より
JBLの作るコンシュマーシリーズの最高峰。左右ワンペアのステレオ・スピーカーシステムである。ユニークなデザインは、機能美とクラフツマンシップの結合によるもので、家具としても特異な風格をもっている。JBLの最高級ユニットを内蔵した3ウェイ・6ユニット構成の再生するステレオ音場は、左右チャンネルの溶け合った独特な雰囲気。今や数少ない芸術的作品といって過言ではない。
菅野沖彦
ステレオサウンド 55号(1980年6月発行)
特集・「’80ベストバイコンポ209選」より
JBLの作るコンシュマーシリーズの最高峰。左右ワンペアのステレオ・スピーカーシステムである。ユニークなデザインは、機能美とクラフツマンシップの結合によるもので、家具としても特異な風格をもっている。JBLの最高級ユニットを内蔵した3ウェイ・6ユニット構成の再生するステレオ音場は、左右チャンネルの溶け合った独特な雰囲気。今や数少ない芸術的作品といって過言ではない。
菅野沖彦
ステレオサウンド 55号(1980年6月発行)
特集・「’80ベストバイコンポ209選」より
本来ウーファーシステムで、38cmユニットをフォールデッド・フロントローディングホーン・エンクロージュアに収めたものだが、これに500Hzクロスオーバーでトゥイーターをつけて全帯域システムとする。その音は格調高い雰囲気に溢れている。クリプッシュホーンの数少ない成功例である。
菅野沖彦
ステレオサウンド 55号(1980年6月発行)
特集・「’80ベストバイコンポ209選」より
角型平面振動板というユニークなユニットを4つ使った4ウェイの大型フロアーシステムで、ウーファーの実効面積は円形コーンの38cm口径に匹敵する。理想的ピストンモーションを追求して生まれたこのシステムが、多くの技術的困難を克服して、ここまでの音質にまとめられたことは立派だ。きわめて純度の高い音質で、バランスや質感のコントロールもよく整えられた注目すべき製品である。
菅野沖彦
ステレオサウンド 55号(1980年6月発行)
特集・「’80ベストバイコンポ209選」より
A7の上級モデルでユニット別もの。クロスオーバーがA7の1・2kHzに対しこれは500Hzで、ドライバー、ホーンはより大型、ウーファーも一層ヘビーデューティである。その大らかな再生音は他では味わえないもので、悠揚迫らぬ音の世界の魅力は、この劇場用システムを、あえて家庭で味わうという熱心なファンを生んできた。至近距離で聴いても音は必ずしも粗くない。
菅野沖彦
ステレオサウンド 55号(1980年6月発行)
特集・「’80ベストバイコンポ209選」より
パワーアンプ2台で各ユニットを独立駆動する2ウェイ・2ユニット構成のシステム。かなり大型のシステムだが、別売スタンドでフロアー型として使うのが本来。因みにパワーアンプはQUADの405である。やや完成度の点で不満を感じるが、それは商品としての形体の上であって、音のほうは品位が高い。決して男性的な迫力のある音ではないが、骨格もしっかりした解像力のある音。
菅野沖彦
ステレオサウンド 55号(1980年6月発行)
特集・「’80ベストバイコンポ209選」より
JBLのプロシリーズ中の代表的製品。4ウェイ・4ユニット構成のワイドレンジ・ヴァージョンで、広い周波数帯域でかつその間が高密度で充実した再生音の厚味はみごとなものだ。SFG磁気回路採用の新型ウーファーになった、Bタイプにおける音の改善はかなり顕著で、低域から中域にかけて、よりしなやかに、そして全帯域にわたって、よりスムーズな連りを聴かせる。
菅野沖彦
ステレオサウンド 55号(1980年6月発行)
特集・「’80ベストバイコンポ209選」より
同軸ユニット604−8Hにスーパートゥイーターとスーパーウーファーを加えた大型フロアー型。アルテックらしい明るく、たくましい音のハイエンドとローエンドを拡げ、一層表現力を増している。変形4ウェイといえるものだが、ジャズによしクラシックによし、能力的に優れているだけではなく、音楽の味わいを風格をもって伝える魅力的製品。
菅野沖彦
ステレオサウンド 55号(1980年6月発行)
特集・「’80ベストバイコンポ209選」より
英国製の3ウェイ・3ユニット構成のフロアー型で、ドロンコーン付のエンクロージュアをもつ。そして、3ウェイの各帯域を独立して駆動する3台のパワーアンプと、帯域分割のためのエレクトロニック・クロスオーバーアンプを持ったマルチアンプシステムである。内蔵アンプの低域が80Wと少々パワー不足の感じがあるが、なかなか味わいのある雰囲気で音楽を聴かせてくれる。
菅野沖彦
ステレオサウンド 55号(1980年6月発行)
特集・「’80ベストバイコンポ209選」より
3ウェイ・3ユニット構成のプレイバック・スタンダードといえる優れたモニターシステム。WXはウォールナット仕上げで家庭用にも違和感のないモデル。4面仕上げだからフロアータイプとはいい難く、しかるべき台、脚を必要とする。床にはベタ置きは成功率が低い。精緻で豊麗なサウンドはウェルバランスで、切れ込みの鋭さにもかかわらずうるさくない。低域は豊かに弾む。
菅野沖彦
ステレオサウンド 55号(1980年6月発行)
特集・「’80ベストバイコンポ209選」より
プロシリーズの4333Bのコンシュマーモデル。仕上げのよいオイルフィニッシュのウォールナット仕上げエンクロージュアは、ロープロファイルのフロアー型。ワイドレンジな再生音は緻密で豊麗。そのスケールの大きな再生音からすると、最もコンパクトにまとめられたシステムである。フェライトマグネット・ウーファーになってより改善された。
菅野沖彦
ステレオサウンド 55号(1980年6月発行)
特集・「’80ベストバイコンポ209選」より
アメリカのプロ機器メーカーUREIが、アルテックの604−8Gを改造してシステム化したユニークなモデルだ。サブウーファーを追加、ホーンをUREI製に変え、タイムアライメントを施したネットワークを内蔵させている。適度なダンピングコントロールを施してたサブウーファーの働きで低域が豊かに、また歪の少ない高域が特徴。置き方によって音がかなり変るシステムだ。
菅野沖彦
ステレオサウンド 55号(1980年6月発行)
特集・「’80ベストバイコンポ209選」より
世界的に普及している同社の604シリーズの最新モデル604−8Hを組み込んだスタジオモニターシステム。38cmの同軸型2ウェイで、タイプHは高域ユニットが改善され、歪の少ないマンタレーホーンをもつ。妥当なバランスだが、低域・高域ともマルチユニットのような伸びはない。しかし、その高い再生能力は使い手次第で大きな可能性をもっている。
菅野沖彦
ステレオサウンド 55号(1980年6月発行)
特集・「’80ベストバイコンポ209選」より
英国のタンノイ社の伝統の技術を最新技術でリファインし、入念の作りで仕上げた同軸型2ウェイのモニターシステムである。定位、臨場感の再生の優秀さは今さらいうまでもないし、がっちりとした安定感のある音像定位には伝統の風格がある。このシステムはマルチアンプ駆動もできる設計で、エレクトロニック・クロスオーバーアンプも別売されている。
菅野沖彦
ステレオサウンド 55号(1980年6月発行)
特集・「’80ベストバイコンポ209選」より
その名のごとく本来は劇場PA用。しかし、その2ウェイ・ホーンによる独特の大らかな鳴り方と有効な響き方は、家庭用としても雰囲気の豊かな格調すら感じさせる魅力を発揮する。決してワイドレンジではないが、音楽に必要な帯域を美しく響かせ、小音量にもかなり緻密な解像力を聴かせるし、大音量には全く危なげのないのは陶然だ。高能率スピーカーらしいよさを十分に発揮する。
菅野沖彦
ステレオサウンド 55号(1980年6月発行)
特集・「’80ベストバイコンポ209選」より
本格的なコンプレッション・ドライバーを中・高域に用いた40cm口径ウーファーの3ウェイ・3ユニット構成のシステムである。その音のアキュラシーはあくまで厳格であり精緻である。再生能力の限界は推り知れないほど大きいが、家庭での使用は必ずしも容易ではない。プログラムソースのアラもすべて掘りだしてしまうほどだから。作り仕上げの高さも第一級である。
井上卓也
ステレオサウンド 55号(1980年6月発行)
「SOUND QUARTERLY 話題の国内・海外新製品を聴く」より
CP3は、この価格帯としては珍しい160ℓの大型エンクロージュアに、38cmウーファーを採用した3ウェイ構成のバスレフ型スピーカーシステムだ。
38cmウーファーは、アルカライズド・プリヒート・ロウテンパレーチュア・プレス(APL)方式による高ヤング率、軽量コーンと、直径156mm磁石とポールに銅キャップ低歪処理をした磁気回路の組合せ。16cmフリーエッジ・コーン型スコーカーは2・8ℓのバックキャビティ付で、ウーファー同様のコルゲーション入りコーンと銅クラッド・アルミ線(CCAW)ボイスコイル、同じくメタルボイスコイルボビンを採用している。トゥイーターは、前面にスランド型音響レンズ付の口径5cmフリーエッジ・コーン型で、クロスオーバー周波数4kHzで使用。
エンクロージュアはバスレフ型で、内容積160ℓ、システム重量41kgのスタジオモニターを連想させる大型4面仕上げである。ネットワークは音質対策をした部品による低損失設計で、各定数はヒアリングテストにより決定されたとのことだ。
CP3は事実上はフロアー型サイズのシステムだが、4面仕上げのスタジオモニター的設計であるため、標準としている60cm角のアングルに乗せて使った。帯域バランスはスケールの大きい低域ベースの安定型で高域もスムーズ、音色も明るい。
井上卓也
ステレオサウンド 55号(1980年6月発行)
「SOUND QUARTERLY 話題の国内・海外新製品を聴く」より
SX−P5は発泡金属コーンウーファーと全面駆動フィルムトゥイーターを採用した3ウェイ・ブックシェルフ型システムだ。
口径25cmウーファーは、オットー独自の開発による、ニッケル発泡金属、ポーラスメタルを振動板に採用した特長があり、既発売のSX−P1/2/3に採用し、実績をもつタイプである。今回は、従来のウーファーユニットをベースに一段と改良が加えられているが、主な点は、磁気回路を強化する目的で、フェライト磁石よりも磁束密度が高いストロンチウムフェライト磁石の直径120mmのタイプが使われていることだ。スコーカーは、振動板に高剛性3層構造アルミを使った口径80mmの逆ドーム型であり、位相特性上でメリットがあるとのことだ。トゥイーターは、振動板に米国NASAで開発された特殊耐熱樹脂ポリイミドフィルム面にボイスコイルを耐熱接着した全面駆動型で、振動板前面にはショートホーンが付く。なお、磁気回路は希土類マグネット採用である。
ネットワークはとくにコンデンサーを重視し、フィルム型、ネットワーク専用電解型を新開発。エンクロー樹は、表面ブピンガ材仕上げ20mm厚パーチクルボード製ツインダクト・バスレフ型である。
SX−P5はナチュラルな帯域感と穏やかでしっとりした表情のある音である。音の粒子は細かくキャラクターが少ない。
井上卓也
ステレオサウンド 55号(1980年6月発行)
「SOUND QUARTERLY 話題の国内・海外新製品を聴く」より
Zero3は、新シリーズとして最初に登場したZero5、平面振動板採用の4ウェイ構成のZero7に続く、第3弾の製品である。基本構成は、上級機種のZero5を受け継いだ25cmウーファー使用の3ウェイ型であり、4万円台の価格帯に最初にリボン型トゥイーターを採用したシステムであることが注目される。
ウーファーは、振動板面積の25%を占めるエッジの悪影響を避ける目的で、ユニークなシールデッドエッジ採用に特長がある。新開発アルファーコーンは、周辺部の強度を高めるリブ構造。マグネットはストロンチウムフェライト磁石採用である。口径7cmコーン型スコーカーは、紙の両面に無電解金属メッキをしたメインコーンとセンタードームにチタンを使った複合型で、紙と金属の利点を併せもつタイプだ。トゥイーターは、独自のダイナフラット・リボン型で、振動板は10μ厚ポリイミドフィルム面に15μ厚のアルミ箔を融着し、ストロンチウムコバルト磁石閉回路方式磁気回路と組み合わされ、振動板前面にはショートホーンが付く。エンクロージュアはバスレフ型、左右対称のユニット配置だ。
本機は小型ながら低域レスポンスが伸び、分解能が優れた中域とキャラクターが抑えられ透明感のある高域が巧みなバランスを保ち、この価格帯として抜群のクォリティであり、上下指向性も大変によい。
井上卓也
ステレオサウンド 55号(1980年6月発行)
「SOUND QUARTERLY 話題の国内・海外新製品を聴く」より
LS100は、コーン前面に放射状にリブをつけた25cmウーファーと口径4cm平面振動板トゥイーターを組み合わせたユニークな2ウェイ・ブックシェルフ型である。
ウーファーは、リブドHAプレスコーンと名付けられた独自のコーンを採用している。従来からもトリオのスピーカーシステムは、低域ユニット用に損失が少なく軽量のコーンを使い、中音、高音と周波数が高くなると次第に損失の大きいコーンを採用するという、一般の手法とは逆のアプローチを見せた点に独自性があったが、今回も低損失、軽量のホットプレスコーンに、コーンと同一素材のリブを奇数個つけて軽量、高剛性のリブドHAコーンとし、インナー・ロスを追放したコーンのキャッチフレーズでその設計思想を表面に出している。トゥイーターは、断面が台形のアクリル樹脂振動板採用のプレーンラジェーターで、磁束密度は15、000ガウス、音圧レベル91dBの定格であり、2kHzクロスオーバーで使用される。
エンクロージュアはバスレフ型で、ユニット間の振動クロストークを防ぐ独自の2重構造バッフル採用、ネットワークも素子間の電気的クロストークを防ぐ目的で、ネットワークを遠隔配置している。
LS100は活気のある低域をベースに2ウェイ独特の細身ですっきりとした音が特長。低域は反応が速く質も高い。
井上卓也
ステレオサウンド 55号(1980年6月発行)
「SOUND QUARTERLY 話題の国内・海外新製品を聴く」より
M55IIは、従来のM55を改良した小型ブックシェルフ型システムである。広帯域化、高入力化、高能率化が改良点で、弾力的な低域ベースのスムーズに伸びるレスポンスと適度に明るい音色が特長。
井上卓也
ステレオサウンド 55号(1980年6月発行)
「SOUND QUARTERLY 話題の国内・海外新製品を聴く」より
M90は、32cm口径の回転抄造コーンを採用したウーファーと、新開発ダイレクトドライブトゥイーターに特長がある3ウェイ構成ブックシェルフシステムである。
ウーファーは、既発売のモニター100用ユニットの設計方針を受け継ぎ、大入力時にも安定した振動モードを確保し歪の発生を抑えるという回転抄造コーンと直径76mmのロングトラベル型ボイスコイル、
リンセイ銅箔ボビンの組合せと直径160mmの大型高密度マグネット使用の磁気回路により、120Wのパワーハンドリングと92dBの出力音圧レベルを得ている。
口径10cmコーン型スコーカーはカーボン混抄コーン採用で、0・37gの軽量級。高域特性を改善するためにチタンダストキャップ採用であり、12、000ガウスの磁束密度の磁気回路を組み合わせ、バックキャビティは1・8ℓと大型である。
口径3cmのトゥイーターは、ユニークなダイレクトドライブ型と名付けられたタイプだ。振動板は12・5μのポリイミドフィルムと20μのアルミ箔を重層構造とし、これに円環状にボイスコイルをエッチングしたダイアフラムを直接駆動する方式で、振動板は円環状のリング型である。前面にはアルミ削出しイコライザーが付き、磁気回路は直径90mmの磁石が2個使用され、重量的には直径120mmの磁石に相当する強力なタイプだ。
エンクロージュアはバスレフ型を採用し、バッフルボード面のユニット配置は、同社の開発テーマのひとつであるリスニングエリアの拡大を目的として、高音と中音ユニットをできるだけ近接させ、厚さ10mmのアルミダイキャストフレームに一体化してマウントしてある。ネットワークは低損失コンデンサー、低抵抗内部配線材を使用し、コンピューターシミュレーションと試聴により最適定数を決定したとのこと。
M90は厚みのある重い低域と明快な中域、シャープで透明感のある各ユニットのキャラクターが適度に一体化した帯域バランスをもつ。約60cm角のアングル上の位置では、サランネットを付けると高域のレベルを上げ気味としたほうがトータルバランス上から低域の反応が早くなり、バランスもナチュラルとなる。ハイパワー型の設計と発表されているが、試聴室での結果では、一般的なレベルより高いことが多いことを基準として、平均的かやや抑え気味で、M90の3ウェイ構成の特長がよく引き出される。高入力時では抑えてあるがウーファーに独特の固有音が感じられ、楽器固有の音色が判然としがたい。
菅野沖彦
ステレオサウンド 55号(1980年6月発行)
「タンノイ研究(1) 名器オートグラフの復活」より
タンノイと私のふれ合いは、不思議なことに、あの熱烈なタンノイ信奉者の故・五味康祐氏、そして、古くからのオーディオ仲間である瀬川冬樹氏のそれと一致する。本誌別冊の「タンノイ」号巻頭に、両氏のタンノイ論が掲載されているのをお読みになった読者もおいでになると思うが、両氏がはじめてタンノイの音に接して感激したのが、昭和27〜29年頃のS氏邸に於てであることが述べられている。私もその頃、同氏邸においてタンノイ・サウンドを初めて体験したのであった。両氏共に何故かS氏と書かれているが、新潮社の齋藤十一氏のことであると思う。もし違うS氏なら、私の思い違いということになるのだが……。当時、私が大変親しくしていて、後に、私の義弟となった菅原国隆という男が新潮社の編集者(現在も同社に勤務している)であったため、編集長であった齋藤十一氏邸に私を連れて行ってくれたのであった。明けても暮れても、音、また音の生活をしていた私であったが、その時、齋藤邸で聴かせていただいたタンノイの音の感動はいまだに忘れ得ないものである。正直いって、どんな音が鳴っていたかは覚えていないのであるが、受けた感動は忘れられるものではない。もう、27〜28年も前のことになる。以来、私の頭の中にはタンノイという名前は、まるで、雲の上の存在のような畏敬のイメージとして定着してしまった。五味氏によれば、当時タンノイのユニットは日本で17万円したそうだが、そんな金額は私にとって非現実的なもののはずだ。しかし、実をいうと、当時はタンノイがいくらするかなどということすら考えてもみなかったのである。それは初めて見たポルシェの365の値段を知ろうとしなかった経験と似ている。つまり、値段を聞くまでもなく、自分とは無縁の存在だということを嗅ぎわけていたから、そんな質問や調査をすることすら恐ろしかったのだと思う。なにしろ、神田の「レコード社」に注文して取り寄せた、シューベルトの「美しき水車小屋の娘」(ペトレ・ムンテアーヌの歌で伴奏がフランツ・ホレチェック)を受け取りに行くのに5百円不足して四苦八苦したような頃だったから、推して知るべしである。おまけに、このレコードを受取りにいったレコード社で、ばったり、齋藤十一氏に会ったのはいいが、後日、先に書いた私の義弟を通して「美しき水車小屋の娘」を買うなんて彼は若いね……というような意味のことを齋藤氏がいっていたと聞き、えらく馬鹿にされたような気になった程度の青二才だったのだ。幸か不幸か、タンノイは、こうして私の頭の中に定着し、自分とは無縁の、しかし凄いスピーカーだということになってしまった。正直なところ、このコンプレックスめいた心理状態は、その後、私が、一度もタンノイを自分のリスニングルームに持ち込まず、しかし、終始、畏敬の念を持ち続けてきたという私とタンノイの関係を作ったように思うのである。若い頃の体験とは、まことに恐ろしいのである。
その後、多くの機会にタンノイを聴いてきた。いい音もあったし、ひどい音で鳴っている場合もあった。自分でも勿論鳴らした経験は少なくない。よく鳴らすことが難しいスピカーだと思う。ひどく、エイジングで変るスピーカーだとも思う。血統の正しい、出来のいい、純度の高い、高性能な機器に特有のデリカシーを持っているのである。名器と呼ばれるものには、えてして、こういう気難しいものが多い。ここで断っておかなければならないが、気難しいといっても、その最低レベルは、並のもののそれより絶対に高い。ただ、使い手とぴったりよりそった時に聴かせる信じ難いほどの美しさや魅力が、おいそれとは聴けないという意味である。優秀な機械が、機械としての優秀性を超えたなにものかを垣間見せるということだ。オーディオ以外の私の道楽に車があるが、同じような体験をしている。ポルシェがそうだ。人馬一体の感覚が味わえる車だが、そう簡単にはいかないのである。昔持っていたキャデラックのエルドラードは、いつでも心地よく快適に乗せてくれたが、こちらの要求に、あるところまでしか応えてくれなかった。可能性に限界があって、それ以下では、いつも安定して黙々と忠実に動作するのである。ポルシェはちがう。まだまだ、こちら以上の可能性を感じさせ、逆に教えられるのである。タンノイは、これに似ている。オートグラフが見事なコンディションで、ある条件下で鳴らす、この世の機械から出た音とは信じられない美音を私は知っている。そんな時、つくづく私は、文字通り、そのオートグラフの主、G・R・ファウンテンという人間に触れ得たことを実感する。この瞬間こそが、機械を通して人と人とが心を通わせ合える時であり、オーディオや車などのメカニズムを愛する人間のみが知り得る幸せであろう。
こうした高度の次元に存在する機械が少なくなりつつあることは、誠に淋しい限りであり、それを理解し、正しい価値観を持つ人間が減っていくことは嘆かわしい。特に芸術に関与するオーディオ機器の世界にとって、これは重大なことだ。
今世紀初頭のヨークシャーに生れたガイ・R・ファウンテンが、47歳の時に発売した同軸型ユニットは、すでに30余年の歴史をもつ。また車を例に出すけれど、これは、ポルシェの歴史とほぼ一致する。この�動く精密機械�のプロト・タイプがオーストリーの寒村グミユントで産声を上げたのは1948年で、その市販モデルが、西ドイツのシュツットガルトで生産を開始したのが1950年である。さんかに車を持ち出すのは、実はガイ・R・ファウンテンも車に縁の深い人だったことによる。彼は、1920年代に自動車の技術に深い興味を抱いていたそうで、事実、友人数人と、ランカスター自動車会社というコーチビルダーの会社を経営、車の注文生産をおこなっていたほどだ。たゆまぬ技術改良をおこなったとはいえ、ポルシェが一貫して、現役の911までオリジナルの基本設計を貫いてきたのと同様、またタンノイも、デュアル・コンセントリックという同軸型2ウェイユニットを1947年に発売して以来、現在の最新モデル、スーパーレッド・モニターとクラシック・モニターに至るまで、その基本構造はまったく変更されていないのだ。そして、ポルシェ博士が、自ら設計製造した車のハンドルを自ら握ってラリーやレースに参加したように、ガイ・R・ファウンテンはレコード音楽を自らが満足のいく音で鑑賞するために、�オートグラフ�という、とてつもない複雑で巨大なホーンエンクロージュアを制作したのである。大のクラシック音楽愛好家であったファウンテン氏がなんとか自室をオーケストラの演奏会場のような音で満たしたいという執念と情熱が、この名作を生み出したのであった。タンタルム・アロイ(電解整流器の主成分としてタンノイ者が開発)の合成語タンノイの社名に加えて、ガイ・R・ファウンテンという自らのオートグラフをシステムに刻印し、それをそのまま、モデル名としたのであった。
自らを信じ、自らの満足と納得のいくまで製品を練り上げ、世間におくり出す。それが、例え、世間の常識をはずれた価格であろうとも、必ずや、その価値のわかる共感者が現れてビジネスを支える。そういう時代はたしかに過ぎた。そしてすでにそうした背景から生れた数々の名器は姿を消した。タンノイやポルシェは数少ない現存の名作といってよいであろう。しかし、タンノイ・オートグラフのオリジナルは今やイギリスでは生産されていない。職人の高齢化によって創ることが出来なくなったからである。伝統工芸的な技術を要するこのエンクロージュアをつくる職人が絶えたのだ。たとえ、そうした職人が残っていたとしても、もはや、このようなビジネスが、世界のマーケットでビジネスを支え得るとは思えない。日本には幸い、読者諸兄のような価値観の持主がおられる。熱心なオーディオ愛好家にとって、たとえそれが日本製であっても、オリジナルにきわめて忠実な形でこの名器が継続して作られるということは喜ばしいことであろう。この日本製のオートグラフ・エンクロージュアはイギリスのタンノイ社が驚くほど精巧で、同社の公的な承認が得られ、その証明が示されている。
そこで、混合から連載される「タンノイ研究」の第一回として、改めて、各種のオートグラフを比較試聴してみようということになった。新ユニット、K3808スーパーレッド・モニター入りのオートグラフが、今、市場で手に入れることの出来るオートグラフの代表機種であるわけだが、はたして、その音はどうだろうという興味は、試聴に出かける私のポルシェハンドルさばきを軽くした。
オートグラフが発売されたのは1953年で、当初のものはかなりこった家具風の重厚なフィニッシュであったらしい。しかし、基本的なエンクロージュアの構造はすでに現在のものと大佐がないという。’57年に、マイナーチェンジを受け、内蔵ユニットがモニターシルバーからモニターレッドとなり外観デザインも現在のものになった。これは、’54年発売のヨーク(レクタンギュラーではない)、翌’55年発売のGRFのデザインと共通イメージである。
さて、今回試聴したシステムは、4種類のオートグラフである。といってもエンクロージュアは’70年代初期と思われるオリジナル・オートグラフと、最新のレプリカの二種類で、ユニットとの組合せで4種類となる。
㈰オリジナル・エンクロージュア(モニターゴールド入り)
㈪オリジナル・エンクロージュア(HPD385入り)
㈫レプリカ・エンクロージュア(K3808スーパー・レッド・モニター入り)
㈬レプリカ・エンクロージュア(K3808スーパー・レッド・モニター長時間使用のユニット入り)
右の4機種を比較試聴したわけだが、ユニットの入替えにあたり、スーパー・レッド・モニターは、HPD385、モニターゴールドと取付穴の寸法が異なるため、オリジナル・エンクロージュアには改造を施さねばならないということで、今回は試聴ができなかったことを、お断りしておく。オリジナル・エンクロージュアを持っていて、ユニットをスーパー・レッド・モニターあるいはクラシック・モニターという新しいものに交換したい方は、そのままでは取付不可能であるということだが、改造をいとわなければ可能であるということだ。そして、レプリカ・エンクロージュア(タンノイ社承認のティアック製)は取付寸法に二種類のものが市販されているわけで、HPD385内装のもは、オリジナル取付穴と同寸法で、新しいスーパー・レッド・モニター内蔵のものと異なるので、これも新ユニットに交換するには修整が必要となる。
ところで、肝心の試聴記が最後になってしまったが、以下に、スペースの許す限りで、それを記すことにしよう。理解を容易にするために、モニターゴールド内蔵のオリジナルとの比較をベースに記すことにする。
まず、新しいK3808スーパー・レッド・モニターと、かなり長時間使用のものとでは明らかに高域のしなやかさの点で違いがあり、エイジングのきいたユニットが絶対にベターなので、これにしぼる。また、オリジナルにHPD385を入れたものは、決して望ましいものとはいえないので、これも、モニターゴールド入りオリジナル一本にしぼってよいだろう。つまり、結局は2機種の比較試聴ということになり、他は、参考試聴ということになった。試聴レコードは、弦楽合奏、ソプラノとオーケストラのオペラのアリア、ピアノ独奏、打楽器主体のジャズという4種類とした。
どちらにしても、ステージの空間が、そのまま再現される圧倒的な雰囲気であったが、低域はレプリカのほうがよ絞り、オリジナルは時として演出過多とも思える響きがある。オリジナル・エンクロージュアにスーパー・レッド・モニターを入れられなかったので、これはユニットの違いが大きいのか、エンクロージュアのそれかを現場で確認することは出来なかった。多分、私の推測では両者に要因があろうと思われる。ここの部分をどう受け取るかが難しいところでオートグラフを心情・感覚的に、一種のオーディオ楽器として受け取れば、オリジナルのもつ毒も薬としなければならないが、多少、その毒が気になる人にとってはレプリカのスーパー・レッド・モニター入りのほうが行儀よく、適度な味つけということになる。コーナー型として壁面と床をホーンの延長として使い、オーケストラの量感をなんとか出そうとしたG・R・ファウンテン氏の音への嗜好も、現代の録音とのバランスで考えると、むしろ、新型をよしとするかもしれないのである。つまり、彼が生きていたとしても、この新型には決して不満をいわないだろうと思える範囲での違いであった。
これに伴い、ソロ・ヴォーカルの定位や、音像の明確さは明らかに新型がよく、オリジナルは、やや大きめの曖昧なものとなる。ただし、これは、弦楽器の夢のようなしなやかな再現をオリジナルが聴かせることと共通すると思われるのだが、シルヴィア・シャシュの声の妖艶な色気は、オリジナルの独壇場であった。ピアノについても、中音域の豊かさ、艶ではオリジナルにふるいつきたくなるような魅力があるが、低音域は悪くいえば団子状で量感の明解な響き分けがない。それに比して新型では、よく巻線領域の音色や質感を鳴らし分ける。
両者にとって、もっとも不得手なのはジャズだ。バス・ドラムは曖昧だし、ベースのピツィカートは、アルコ奏法の瑞々しさとは裏腹に、なんとも不明瞭になってしまう。これは、スーパー・レッド・モニター・システム(スタジオモニターとして開発された新製品)では満足のいく再生を示すから、明らかにユニットのせいではなく、オートグラフ・エンクロージュアの特質と断言してもよいだろう。オートグラフには絶対に向かないプログラムソースであり、音楽性の不和としかいいようがない。ポルシェにロールスロイスの走行を期待しても無理であり、ロールスロイスには絶対、ポルシェの走りは出来ないようなものだ。それが不満なら、最新型のスポーティモダンとは呼ばれる中途半端で無個性のオールパーポンスの車を選ぶしかないということか?
スーパー・レッド・モニター内蔵の日本製オートグラフをタンノイ社が承認したことが今回の試聴で納得できた。ガイ・R・ファウンテン時代のレコード音楽の環境は大きく変化している現実をふまえ、なお、彼の精神と感性が生かされた製品として立派な存在意義をもっている。そして、これを作れるクラフトマンがいることを日本人の一人として喜びたい。
菅野沖彦
ステレオサウンド 55号(1980年6月発行)
特集・「’80ベストバイコンポ209選」より
ダイヤトーン2S305は、おそらく現役国産システム中、最も長い歴史をもち、国産スピーカーの数少ない名器として君臨しているものだ。30cmウーファーと5cmコーン・トゥイーターの2ウェイという、いまやごく平凡なユニット構成ながら、スタジオモニターらしい妥当なバランスをもつ。
菅野沖彦
スイングジャーナル 5月号(1980年4月発行)
「SJ選定新製品」より
KEFというスピーカーには、ジャズ・ファンはそれほど馴染みがないかもしれない。クラシック・ファンの間では、古くから親しまれ、高く評価されていたイギリスの製品である。今月の選定新製品として選ばれたMODEL 303は、同社のシリーズ中、もっとも安価な普及タイプではあるが、これを機会にKEFそのものについて紹介をしておこうと思う。
KENT-ENGINEERING-FOUNDRYのイニシャルをとってKEFと名付けられているイギリスのスピーカー専門メーカーで、創立は1961年である。社長のレイモンド・クック氏は、有名なワーフデルのチーフ・エンジニアでもあった人で、スピーカー一筋の人生を歩んでいる人だ。ワーフデルという名もまた、若い人達にはあまり馴染みがないかもしれないが、スピーカー・エンジニアリングの草分け的存在の故ブリッグス氏が創立したメーカーで、イギリスのスピーカー・メーカーとしては、タンノイやグッドマン、そしてヴァイタヴォックスなどと並ぶ名門であった。私事になるが、私も昔ワーフデル・スピーカーを愛用していて、今でもW12RS/PSTという平板ウーファー(平板スピーカーは決して新しいものではないが)の再生する音の魅力は忘れていない。
クック氏は、61年にKEFを創立して以来、一貫して優れたモニター・スピーカー、家庭用のハイファイ・スピーカーを製造し、今やワーフデルの壮年の名声に代って、現代第一級のスピーカー・メーカーとして発展させるに至った。数々のユニークな開発をおこなっているが、中でも、スピーカーの測定面で大きな進歩といえるフーリエ・アナライザー・スピーカー解析法の開発技術はスピーカーの技術史に残るものといえる。スピーカーの静特性と動特性の両面を解析することにより、スピーカーの音の実体をより適確に知り得るもので、今では世界中のスピーカー・メーカーが、この測定法を用いているといってもよい。このように、KEFのスピーカーは、すべて社長のクック氏の手から生み出されるといってもよいが、クック氏のスピーカーの考え方は、あくまで、プログラム・ソースを忠実に、誇張することなく、音楽を楽しく聴くことのできるものであって、PA用やディスコ用の特殊スピーカーは絶対に作らないというポリシーを明確にしている。
さて、このMODEL 303は、先述したように、KEF製品中もっともポピュラーな製品ではあるが、さすがにKEFらしい魅力ある製品である。20cmウーファーとドーム・トゥイーターの2ウェイを、小型ブックシェルフにまとめたもので、エンクロージュアの材質もプラスチック成形を用いるというコスト・ダウン化を計ったものなのだ。62,000円という価格は輸入品として大変に安価であるが、特筆すべきは、その音の品位の高さである。決して、コスト・ダウンが音の品位の低下につながっていないのだ。それどころか、この2倍、3倍の値段のスピーカーでも、これほどバランスのよい、高品位の音の再生が得られるものは少ないといえるだろう。ジャズを聴いても、決してクラシック向きと俗称されるスピーカーにありがちな脆弱な音ではなく、楽器の質感はリアルで、演奏表現の情感や、演奏場のリアリティはよく再現されるのである。このすっきりと透明感の高いプレゼンスはKEFスピーカーの大きな魅力だが、これは、とりもなおさず、クック氏のスピーカーへの主張の現われであるといえるであろう。節度のあるベースは、決してボンボンと量一点張りの鳴り方はしないが、充分に弾み、低音楽器の質感を忠実にイメージ・アップしてくれる。小型には小型の限界があることは否めないが、このサイズのシステムの限界をうまく補う音のまとめ方には、さすがにKEFの腕と耳の冴え、キャリアーが偲ばれる。そして、発音の大らかさは、国産スピーカーにはないもので、エクスプレッションが豊かな海外スピーカーらしい一味ちがった魅力が、解る人には解るはずだ。さり気なく上質の音を居間に流すといった目的には絶好のもので、デザインもシックで、コストダウン製品によくある品の悪さはまったくないところもセンスのなせるわざというべきだろう。
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