Category Archives: コントロールアンプ - Page 3

JBL S5500(組合せ)

井上卓也

ステレオサウンド別冊「JBLのすべて」(1993年3月発行)
「Project K2 S5500 ベストアンプセレクション」より

 旧来のJBLを象徴する製品が43、44のモニターシリーズならば、現代の同社を象徴するのは、コンシューマーモデルであるプロジェクトK2シリーズだ。S5500は、このプロジェクトK2シリーズの最新作で、4ピース構造の上級機S9500の設計思想を受け継ぎワンピース構造とした製品である。この結果、セッティングやハンドリングがよりしやすくなったのは当然だが、使用機器の特徴をあかちさまに出すという点では、本機も決して扱いやすい製品ではない。エンクロージュアや使用ユニットこそ小型化されたものの、S9500の魅力を継承しながらも、より音楽に寄り添った、音楽を楽しむ方向で開発された本機の魅力は大きい。
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 JBLが’92年の末に発表したプロジェクトK2シリーズの最新作が、S5500である。プロジェクトK2とは、’89年にセンセーショナルなデビューを飾ったS9500 (7500)に始まる同社のコンシューマー向けの最高峰シリーズで、本機は、上級機S9500の設計思想を受け継いだワンピース構造のシステムである。S9500が35cmウーファーと4インチダイアフラム・ドライバーを搭載していたのに対し、本機は30cmウーファーと1・75インチドライバーを搭載しているのが特徴である。また、S9500で同一だったウーファーボックスの内容積が、本機では、下部のそれの内容積がやや大きい。ここに、IETと呼ばれる新方式を採用することで、反応の速い位相特性の優れた低域再生を実現している。また、チャージドカップルド・リニア・デフィニションと呼ばれる新開発のネットワークの採用にも注目したい。ネットワークのコンデンサーには、9Vバッテリーでバイアス電圧を与え、過渡特性の改善を図っている。
 本機は、S9500譲りの姿形はしているものの、実際に聴かせる音の傾向はかなり異なり、アンプによって送りこまれたエネルギーをすべて音に変換するのではなく、どちらかというと気持ち良く鳴らすという方向のスピーカーである。
 こうした音質傾向を踏まえたうえで、ここでは、ホーン型スピーカーならではのダイナミックな表現と仮想同軸型ならではの解像度の高い音場再現をスポイルせずに最大限引き出すためのアンプを3ペア選択した。

マッキントッシュ C40+MC7300
 まず最初に聴いたのは、マッキントッシュのC40+MC7300の組合せである。C40は、C34Vの後継機として発売されたマッキントッシュの最新プリアンプで、C34VのAV対応機能を廃したピュアオーディオ機である。サイズもフルサイズとなり、同社のプリアンプとしては初のバランス端子を装備している。これとMC7300といういわばスタンダードな組合せで、S5500のキャラクターを探りながら、可能性を見出すのが狙いだ。
 可能性を見出すというのは、C40に付属する5バンド・イコライザーやラウドネス、エキスパンダー、コンプレッサー機能などを使用して、スピーカーのパワーハンドリングの力量を知ることである(現在、マッキントッシュのプリアンプほどコントロール機能を装備したモデルはきわめて少ない)。また、マッキントッシュの音は、いわゆるハイファイサウンドとは異なる次元で、音楽を楽しく聴かせようという傾向があるが、この傾向はS5500と共通のものに感じられたためこのアンプを選択した。
 S5500+マッキントッシュの音は、安定感のある、非常に明るく伸びやかなものである。古い録音はあまり古く感じさせず、最新録音に多い無機的な響きをそれなりに再現するのは、マッキントッシュならではの魅力だ。これは、ピュアオーディオ路線からは若干ずれるが、多彩なコントロール機能を自分なりに使いこなせば、その世界はさらに広がる。
 その意味で、このアンプが聴かせてくれた音は、ユーザーがいかようにもコントロール可能な中庸を得たものである。ウォームアップには比較的左右されずに、いつでも安心して音楽が楽しめ、オーディオをオーディオ・オーディオしないで楽しませてくれる点では、私自身も非常に好きなアンプである。

カウンターポイント SA5000+SA220
 S5500のみならずJBLのスピーカーが本来目指しているのは、重厚な音ではなく一種のさわやかな響きと軽くて反応の速い音だと思う。この線をS5500から引き出すのが、このカウンターポイントSA5000+SA220である。
 結果は、音楽に対して非常にフレキシビリティのある、小気味よい再生音だった。カウンターポイントの良さは、それらの良さをあからさまに出さずに、品良く聴かせてくれることで、音場感的には、先のマッキントッシュに比べて、やや引きを伴った佇まいである。美化された音楽でありながら、機敏さもあり、非常に魅力的である。たとえるなら、マッキントッシュの濃厚な響きは、秋向きで、このカウンターポイントのさわやかな響きは、春から夏にかけて付き合いたい。

ゴールドムンド ミメイシス2a+ミメイシス8・2
 次は、S5500をオーディオ的に突きつめて、そのポテンシャルを最大限引き出すためには、このあたりのアンプが最低限必要であるという考えの基に選択したのが、ゴールドムンドのミメイシス2a+ミメイシス8・2である。
 結果は、ゴールドムンドならではの品位の高い響きのなかで、ある種の硬質な音の魅力を聴かせる見事なものであった。
 モノーラルアンプならではの拡がりあるプレゼンス感も、圧倒的である。オーディオ的快感の味わえるきわめて心地の良い音ではあるが、反面、アンプなどのセッティングで、音は千変万化するため使いこなしの高度なテクニックを要するであろう。ここをつめていく過程は、まさにオーディオの醍醐味だろう。

 S5500がバッシヴで穏やかな性格をもった、音楽を気持ちよく鳴らそうという方向の製品であることは、前記した通りである。しかし、これは、本機が決して〝取り組みがい〟のない製品であることを示すものではない。一言〝取り組みがい〟といってもランクがあり、手に負えないほどのものと、比較的扱いやすい程度のものと2タイプあるのだ。本機は、後者のタイプで、そのポテンシャルをどう引き出すかは、使い手の腕次第であることを意味している

マークレビンソン No.26SL + No.20.6L(JBL S9500との組合せ)

井上卓也

ステレオサウンド別冊「JBLのすべて」(1993年3月発行)
「ハイエンドアンプでProject K2 S9500を堪能する」より

 現在のハイエンドマーケットで、良くも悪くもリファレンスアンプとして常用されている、マークレビンソンの組合せである。
 No.26Lは、ステレオサウンドのリファレンスアンプの一部で、設置位置は十分に吟味して決めてあるため、テフロン基板タイプとなったNo.26SLもまったく同じ条件に置くことにした。一般に、電源部が独立したプリアンプでは、電源部はどこにどのような状態で置いても音は変らないと思われているようであるが、電源部の感度は相当に高く、置き場所の条件で、音質、音色ともにコロコロと変るものであることを是非とも覚えておく必要がある。パワーアンプは標準位置、結線は平衡型である。
 アウトフォーカスの写真が、徐々にクリアーなピントとなるようなウォームアップをするタイプで、アンプのウォームアップの典型的なパターンといえよう。帯域バランス的な変化は少ないため、ほぼ10分間も経過すれば、一応この組合せとおぼしき音にはなるが、音場感情報量は抑えられ、音の内容も新聞の写真のように粗粒子型のラフさが残っている。低域は軟調気味で、質感が甘く、高域も伸びきっていないため、ゆったりおおらかな魅力はあるが、やや締まらない制御不足の音ともいえるだろう。時間経過に伴い、内容が次第に充実し、音場感情報が豊かになると音の表情にも余裕が感じられるようになり、高級アンプならではの独自の世界が展開されるようになる。
 S9500は、いわゆるアブソリュートフェイズも、一般的スピーカーと同様に正相に変っているため、よく知られているJBLのモニター系(こちらは逆相である)の音質音色に比べ、かなり柔らかくしなやかで、マイルドな方向の音に変っているが、独特のプロポーションをもつエンクロージュアの特徴から、奥行き方向のパースペクティヴの再現能力や音像が浮かび上がって定位する魅力は、従来にない新しい魅力だ。
 No.26SLは、従来のLタイプから、滑らかに、艶やかに、の方向に音色が変り、独特の陰影が音につくようになった。このため、ここでの音はかなり柔らかく豊かで、色彩感を少し抑えた淡彩な音で鳴り、低域は量感はあるが軟調で甘く、全体に見事にコントロールされた、非常に巧みな、味わい深い、とてもオイシイ音として聴かせるパフォーマンスは、マークレビンソンならではの魅力であり、安心感、信頼感である。この程度、時間も経過すれば、スピーカーも部屋に馴じみ、当初のマットな表情から目覚めだしたようで、このアンプ用にセッティングを修正すれば、かなりの幅で自分の音とすることは容易であろう。

ソニック・フロンティア SFL-1

井上卓也

ステレオサウンド 103号(1992年6月発行)
「注目の新製品を聴く」より

 カナダのオンタリオに本拠を置くソニックフロンティアは、管球式アンプを専門に製作しているブランドである。当初はキットのみを提供するメーカーであったようだが、その後完成品としてステレオパワーアンプSFS50、同80を発売。そして、今回ライン入力専用のプリアンプSFL1を発表した。
 なお、同社の製品はこれ以外にも今年のサマーCESで発表される予定の管球式モノーラルパワーアンプやフォノイコライザーアンプなどがある。
 やや色調を抑えたシルバーとゴールドの2トーンカラーのフロントパネルは、ボリュウム、バランス、セレクターの3個のツマミとレバースイッチをシンメトリカルに配置したシンプルなデザインにまとめられている。機能は4系統のライン入力とCD用のダイレクト入力および1系統のテープ入出力といった必要最少限に抑えられた設計で、その他にはミューティングスイッチがある程度だ。
 プリアンプとしての利得は20dBで、アナログ時代のラインアンプの標準的な値であるが、現在のプリアンプとしてはややハイゲイン型である。
 回路構成上の詳細は不明だが、アンプ構成はFETと6DJ8双3極管1本を使ったハイブリッド型で、当初のサンプルモデルでは12AT7が使われていたが、正式モデルには音質面から6DJ8が選ばれ標準仕様となっている。
 回路は当然のことながら基板上に組み込まれ、グラスエポキシ系の板厚3mmのやや厚い材料が使われているが、シンプルな構成のアンプであるだけに部品の選択が直接音質に関係をもつ。抵抗、コンデンサー、スイッチや配線材料はVishay、Cardasなどの銘柄を選択使用している。また、ボリュウムとバランスにはAPS製レーザートリムの可変抵抗を採用している。
 まずノーマルインプットからCD信号を入力してウォームアップを待つ。穏やかでウォームトーン系のやや音色が暗い音というのが最初の印象である。組合せたパワーアンプはアキュフェーズのA100である。試聴の際は、アンプの筐体が十分に熱くなるまでウォームアップはしてあるが、信号を入力してからの音の変化はかなりゆるや
かなタイプであり、15〜20分間ほどで次第にベール感が薄らぎ、音場感的な見通しも良くなり、柔らかい雰囲気のある音が聴かれるようになる。
 積極的に音を聴かせるタイプではないが、固有のキャラクターは少なく、ほどよい鮮度感を備えたしっとりとした音は、長時間にわたり音楽を聴くファンに好適なモデルといえる。惜しむらくは同社のパワーアンプSFS80との組合せが確認できなかったことである。

レステック Vector, Exponent

菅野沖彦

オーディオ世界の一流品(ステレオサウンド創刊100号記念別冊・1991年秋発行)
「世界の一流品 アンプリファイアー篇」より

 わが国には新しく紹介されるドイツの製品である。ドイツにはこのところきわめてエンスージァスティックなハイエンド・オーディオメーカーの台頭が目立っている。20年ぐらい前までは、プロ機器はともかく、一般用の再生オーディオ機器の分野にはテレフンケンやグルンディッヒのような大きなメーカーの一体型の製品が多く、いわゆるコンポーネントは目につかなかった。この理由として、ドイツ帰りの通と呼ばれる人たちは、どんな小都市にもオペラやコンサートホールがあるドイツではレコードやオーディオは趣味として成り立たないのだと説明してくれたものである。しかし、それは全くの誤りであって、当時ドイツはただ単にオーディオの後進国であっただけである。その証拠に、いまやドイツのハイファイは年々隆盛で、ドイツ製のコンポーネントの種類はメーカーの数とともに年ごとに増大している。わが国への輸入も徐々に増え、スピーカーシステム、アンプリファイアーともにドイツらしい造りのしっかりした高級品が見られる。このレステックというブランドも耳新しいが、製品を見ればその強固な主張と明確なコンセプトが理解できる一級品であって、トータルシステムが構成できる全カテゴリーの製品が用意されている。その一貫したフィロソフィを音として確認するためにはトータルで使用すべきかもしれないが、アンプを独立したコンポーネントとして使ってみても、このメーカーのクォリティへのこだわりと音への主張が理解できるであろう。ヴェクトルもエクスポーネントも一貫してソリッドで磨きぬかれた輝きの質感と、力感に溢れる音のウェイトをもっている。厚く丸く、きりっと締った魅力的な高密度な音である。 その外観の絢爛さはドイツ製品らしさであり、一時代前のメルセデス・ベンツの雰囲気だ。不思議なことだが、他のドイツ製高級アンプと共通のこの重厚なポリュウム感とソリッド感は、ドイツの音の特徴ともいえる個性である。

マッキントッシュ C34V

菅野沖彦

オーディオ世界の一流品(ステレオサウンド創刊100号記念別冊・1991年秋発行)
「世界の一流品 アンプリファイアー篇」より

 1949年の創立になるマッキントッシュ社は、今やスピーカーもCDプレーヤーも製品群にもつ総合メーカーだが、もともとアンプの専門メーカーとしてスタートした。アンプの一流品としては現在最古のブランドといってよいだろう。初代社長フランク・マッキントッシュ氏の氏名がそのままこの社のブランドになっている。2代目の社長ゴードン・ガウ氏は創立時から実際にマッキントッシュアンプを設計した技術者であった。1950年代にはマッキントッシュとガウの連名で回路特許が見られるが、今や2人ともこの世を去ってしまった。しかし、マッキントッシュの製品は頑固なまでにオリジナリティとアイデンティティを守る体質によって、一貫してマッキントッシュらしさに満ちているし、このアンプの存在がオーディオの世界をここ30年余りにわたって豊かに彩り、重厚な深みを与えてきた功績は大きい。まさに一流メーカー、一流ブランドの見本のような足跡がマッキントッシュの歩んできた道である。昨年からこの社のオーナーシップが日本のクラリオン株式会社となり注目されたが、旧来のマッキントッシュ社の伝統と実績の延長上でさらなる発展飛躍に向けて意欲的な再出発を始めることとなった。パワーアンプMC2600、MC7300、MC7150の3機種はこうした新しいマッキントッシュから発売された最新機であるが、すべてマッキントッシュらしさをいささかも失うことなく、新しいテクノロジーでリファインされている。プリアンプも計画中と聞くが、現在のところこのC34Vが最高級機の位置にある。発売以来5年経つが、これだけ豊富な機能をもつ使いよいコントロールセンターとしての機能と、音質のよさを併せもっている製品は他に類がない。まさにマッキントッシュならではのプロの腕の冴えが感じられる製品で、美しいグラスイルミネーションには持つ喜びと使う喜びが満たされる。豊潤で明るく、かつ重厚な音だ。

アキュフェーズ C-280V

菅野沖彦

オーディオ世界の一流品(ステレオサウンド創刊100号記念別冊・1991年秋発行)
「世界の一流品 アンプリファイアー篇」より

 アキュフェーズは高級アンプ専門メーカーとして1972年に設立された。来年で20周年を迎える。旧トリオ株式会社(現ケンウッド)の事実上の創立者である春日仲一、二郎兄弟がトリオと別れて組織した純オーディオ企業である。現社長の出原眞澄氏も創業時に参加した一人で、個人的にもオーディオを愛するエンスージアストである。創業時には社名がケンソニック株式会社で、商標がアキュフェーズであったが、10年後にアキュフェーズに統一された。高級セパレートアンプ群を中心にブリメインアンプやチューナー、CDプレーヤー、グラフィックイコライザー、チャンネルディヴァイダーなどのエレクトロニクスとサウンドテクノロジーの専門技術集団としてソリッドな体質に徹し、いたずらに営業規模の拡大に走ることを戒めてきた企業である。当然、その体質は製品に反映して多くのファンの支持と信頼を得ている一流品であり、ブランドである。C280Vは、現在同社の最新最高級のプリアンプであるが、その原器は1982年発売のC280である。その後、C280Lを経て、3世代目のこの製品に発展した。オリジナC280において実現した基本構成はそのままに、細部の改良リファインを行なってきたものだ。電源部からすべてを完全にツインモノーラル・コンストラクションとした内部のレイアウトはメカニカルビューティと呼ぶにふさわしい魅力をもつ。各ブロックをシールドケースに収納した美しい造形である。全段A級プッシュプルDCサーボアンプ方式で、入力は安定性の高いカスコード・ソースフォロア。出力段はコンプリメンタリー・ダーリントン・プッシュプルである。本機で最も大きなリファインはCP抵抗素子による4連動ボリュウムコントローラーの採用だろう。この低歪率ボリュウムが象徴するかのように、一際透明でシャープな音像への迫真が鮮かに実感される音が得られている。

ソニー TA-ER1

井上卓也

オーディオ世界の一流品(ステレオサウンド創刊100号記念別冊・1991年秋発行)
「世界の一流品 アンプリファイアー篇」より

 CDプレーヤーは、定格出力が他のチューナーやカセットデッキなどの機器と比べて2Vと非常に高いため、CD初期からバッシヴ型のボリュウムコントロールを使い、ダイレクトにパワーアンプと接続する使い方が注目されてきた。感覚的にも増幅系であるアンプを信号が通らないため、信号劣化が少なく、結果としての音質が優れているように思える。
 これに対して、より良く音楽を聴くためにはコントロールアンプが必要だと考える人も多い。しかし、単純に音質のみにポイントを置けば、アンプで増幅すれば当然、歪みの増加は避けられないことを知るだけに、鮮度最優先的なパワーダイレクトの音よりも、ほどよく調和のとれた一種の熟成された音楽が楽しめる点がコントロールアンプの魅力であると、心情的に納得せざるを得ないのが現実であろう。
 パワーダイレクトと比べ、コントロールアンプを使う方が音質が良くなることを実証すべく、それに挑戦して開発した製品がこのTA−ER1である。
 徹底した入出力系のグラウンドの処理にポイントを置き、直径50mm、最大肉厚9・5mmの黄銅くり抜きハウジングを採用した高音質アッテネーター、2MΩの異例に高い入力インピーダンスをもつバランスアンプをアンバランス/バランス入力ともに使う独自の手法、出力段でのMOSダイレクトSEPPによる平衡出力で4Ωの低インピーダンス、そして直線性の向上などが相乗的に効果を発揮し、測定値はもとより、聴感上でも非常に高いSN此が得られることが、素晴らしい本機の魅力である。
 MC/MM対応のフォノイコライザー、超高級ヘッドフォン対応のリアパネル独立端子、夜間などの小音量時に高音質を保つ2段切替音量調整を備える。
 最終製品ではないが、パワーダイレクトと比較して聴感上でのSN比、音場感情報量が圧倒的に優れ、柔らかく、芯があり、深々と鳴るナチュラルな音は、従来の超高級機の枠を超えた見事な成果である。

パイオニア Exclusive C7

井上卓也

オーディオ世界の一流品(ステレオサウンド創刊100号記念別冊・1991年秋発行)
「世界の一流品 アンプリファイアー篇」より

 現在のオーディオアンプでは、最先端のエレクトロニクスの成果である優れた性能をもつ信号増幅系のアンプ設計が最大のポイントとされているが、振動に弱いCDプレーヤーの例からみてもわかるように、メカニズム的に高度な内容を備えた筐体構造が必須の条件として要求されることになる。いかに優れた性能をもつアンプであっても、筐体構造に問題があれば、アンプ本来の性能が発揮できず、結果として良い音質も望めぬことは明白な事実である。この意味から、現代のアンプは、エレクトロニクスとメカニズムが表裏一体となったメカトロニクスの産物と考えるべきであろう。
 コントロールアンプの筐体構造に、パワーアンプ的な考え方を導入して開発されている点が、エクスクルーシヴC7の最も魅力的なところである。筐体構造は、重量級軽合金ダイキャスト製のメカニカルベースを中核にし、筐体内部を上下に2分割、下側に電源系と音量調整、入力切替などの制御系を、上側に機械的にも電気的にも対称構造のデュアルモノーラル構成とした、左右チャンネルの信号増幅系アンプが収納されており、フロントパネル側に左右チャンネル用2個とコントロール系用1個の電源トランスが置かれている。この構造を採用した理由は、ステレオ信号を完全に対称条件で増幅することが本機の最大のポイントとなっているからだ。完全対称のアンプ系を機械的・振動的に対称の位置に置き、かつ磁気的にも同条件とする目的によるものであり、電源のフィルターコンデンサーも、+用−用の箔の巻き方を逆方向としているのは、完全対称に対する徹底したこだわりの現われとして注目したい。
 C7は、パワーアンプの音の表現に使われるスピーカーを引き締め、余裕をもって鳴らすドライブ能力が最大の魅力だ。コントロールアンプでスピーカーの鳴り方が一変するのは聴き手を驚かすに違いない。

パイオニア EXCLUSIVE C7

井上卓也

ステレオサウンド 100号(1991年9月発行)
「エキサイティングコンポーネント」より

 パイオニアの最高級オーディオコンポーネントEXCLUSIVEシリーズは、昭和49年に市場に導入されて以来、アナログプレーヤー、チューナー、コントロールアンプ、パワーアンプ、そしてスピーカーシステムなどのラインナップを揃え、それぞれのモデルが各時代のトップモデルとして話題を呼び注目を集めてきた、いわばパイオニア・オーディオの象徴であり、マイルストーシともいうべきシリーズである。その最新モデルとして、昨年の『全日本オーディオフェア』で、その存在が明らかになったコントロールアンプEXCLUSIVE・C7がついに発売されることになった。
 設計の基本構想は、左右2チャンネルの信号系で成り立つステレオアンプのステレオ伝送誤差をゼロとすることである。この考え方は、ステレオアンプとしては常識的なものと考えられやすいが、各種の条件を交えて現実の商品として実現することは、予想外に至難な技である。
 左右が独立したステレオ信号を入力し、そのままの姿・形で増幅し出力することができれば、左右の信号に伝送差がないことになるが、この簡単明瞭なことを実現するための条件は数多く存在する。左右チャンネルの条件の対称性が重要な要素となるが、電気的、機械的な対称性をはじめ、磁気的、熱的な対称性などの視覚的には確認し難い条件までクリアーしなければならない。
 まず、コントロールアンプのベースとなる筐体構造は、いわゆるデュアルモノーラルコンストラクションと呼ばれている設計であるが、一般的に採用されているデュアルモノ風な設計ではなく、本機はかなり本格的な徹底したデュアルモノーラルコンストラクション設計で、左右チャンネルの対称性は限界的なレベルに到達している。
 従来の木製ケースに収めたクラシカルなEXCLUSIVEのデザインイメージは完全に一新され、現代のオーディオアンプに相応しい装いを備えた新EXCLUSIVEのデザインは、視覚的にも対称性のあるシンプルなパネルレイアウトを特徴とする。中でも、重量級パワーアンプに匹敵する14mm板厚のアルミ製フロントパネルは、重量級コントロールアンプともいえる独特の迫力を備えている。
 アンプの基盤であるシャーシは、筐体を上下に2分割したアルミダイキャスト製の重量級ベースであり、下側はボリュウムコントロールや入力切替スイッチなどをリモートコントロールする各種の制御回路用スペースで、上側は基本的に厚いアルミ材で左右に2分割された左右チャンネル用アンプと電源部用スペースにあてられている。
 ここで基本的にと表現した理由は、フロントパネルの近くに3個配置されている電源トランスの中央の1個が、ボリュウムや切替スイッチをコントロールする制御系用電源トランスであるからである。ちなみに、この制御系用トランスも当然のことながら左右チャンネル独立の巻線を備えており、左右感の干渉を避けた設計だ。
 左右チャンネルのアンプ、電源系のレイアウトは、基板上のアンプの部品配置、内部配線に至るまで対称性が追求されており、レイアウト的に左右の対称性を欠く部分は、フロントパネルのボリュウムコントロールと入力切替スイッチ関係の部品のみであろう。
 C7で新しくテーマとなった磁気フラックス分布の対称性の確保は、発生源となる電源トランスに新開発の低漏洩磁束電源トランス採用で、フラックス分布を左右均一にすると共に、予想以上に問題となる電源用電解コンデンサーに+側と−側で巻方向を逆にし、ケースを絶縁しグラウンド電位に落とすコンプリメンタリーペアコンデンサーを開発した点に注目すべきである。
 アンプ系の構成は、必要最少限の構成とし、MM専用の利得35・5dBのフォノイコライザー段の出力と、CD、チューナーなどのハイレベル入力を受ける利得0dBのバッファー段の出力にボリュウムコントロールがあり、さらに利得0dBのバッファー段と、利得16・5dBの低出力インピーダンス設計のフラットアンプがあり、この段のバランス入力部の+と−を使いアブソリュートフェイズ切替としている。
 アンプとしての基本構成は、不平衡設計であるが、平衡入出力には、トランスが入力系と出力系に設けられスイッチ切替で対応する設計である。なおキャノン端子の接続は、3番ホットの仕様である。
 バッファーを含むアンプは、新開発のアルミベースの基板に集積化されているハイブリッドICで、熟的な安定度の向上と外部ノイズに対するシールド効果に優れた特徴がある。
 振動モードの対称性では、音圧や床振動などの外部振動に対してはアルミダイキャストシャーシで対処し、電源トランスやコンデンサーなどの内部振動には、基板支持部分のダンピング材でフローティング構造とし、加わった振動を適度に減衰させ左右チャンネルのモードを揃えている。
 ボリュウムコントロールは、信号が直接通る経路であるため、アンプの死活を分ける最も重要なポイントとして、その選択にはさまざまな配慮がなされるが、C7ではフロントパネルのボリュウムコントロール用ツマミの位置を検出し、ステッピングモーターと電気的に絶縁されたカップラーで駆動するステップ型アッテネーターで音量調整を行なっている。ステッピングモーター用ジェネレーターは、ボリュウム位置が固定している場合には出力が止まる設計で、この部分の音質への影響を避けている。
 入力切替スイッチも、リモートコントロール動作で、PHONO、チューナー、5系統のAUX入力、2系統のテープ入出力および2系統のバランス入力は、ホット側をノンショートステップ型、グラウンド側をショートステップ型のモータードライブによるロータリースイッチで切替えており、多系統の入力を接続して使うステレオコントロールアンプで問題となる、接続機器からのグラウンドを経由するノイズや、空間からの外来ノイズの混入を防ぐ設計である。
 その他、アンプ内部の配線の引き回しによる相互干渉や数多くのノイズ発生源は、厳重な内部シールドが施されており、ハンドメイドを特徴とするEXCLUSIVEならではの入念な作り込みが見受けられ、その徹底したノイズ対策は世界的なレベルで見ても従来の概念を超えたオーバーリファレンス的な領域に到達している点は特筆に値する見事な成果である。
 まず、平衡入力で使う。力強く、密度が濃く質感に優れた低域ベースの安定感のある音と、やや奥に広がるプレゼンスが特徴である。帯域バランスは程よく両エンドを整えた長時間聴いているのに相応しいタイプといえる。
 入力を不平衡に替えるとナチュラルに伸びたレスポンスとなり、鮮度感が向上し、音場感も一段と広がり、音像定位も前に出るようになる。
 出力も不平衡とすると低域レスポンスは一段と伸び、柔らかく十分に伸びた深々と鳴る低音に支えられた素直な音は素晴らしい。音場感情報は豊かで音像は小さくまとまり、浮き上がったような定位感だ。プログラムソースには的確に反応を示し、録音の違いをサラッと引き出して聴かせる。素直なアンプではあるが、パワーアンプに対する働きかけは予想以上に積極的で、スピーカーはパワーアンプの駆動力が向上したように鳴り万が一変する。これは数少ない異例な経験である。

メリオワ Digital Center, CD-DECK, Bitstream Converter

早瀬文雄

ステレオサウンド 97号(1990年12月発行)
「BEST PRODUCTS 話題の新製品を徹底試聴する」より

 メリオアは、カナダ製のお洒落なコンポーネントとして世界的にも認知された感のあるミージアテックス社のブランドで、同社には他にマイトナー・シリーズがある。
 今回シリーズに加わったのはコンパクトな筐体をもつ1ビット、ビットストリーム方式採用のその名もビットストリームコンバーターと、19ビット8倍オーバーサンプリングの D/Aコンバーターを内蔵したデジタルコントロールセンター、そしてDACレスCDプレーヤーであるCDデッキの3機種である。
カエデ材の、やや赤味のさした美しいウッドケースに、ブラックのシンプルでグラフィカルなデザインをもつパネルフェイスが組み合わされている。当初、やや見慣れないせいか違和感があったが、かつて取材のために何日か手元に置いて使用してるうちに、不思議に部屋の空気にも溶け込んでくれたことを思い出す。
 そう、これはそういう製品なのだ。ある種の個性的な存在感を持っているのに、部屋の空気をかき乱すことがない。その装置がそこにあるだけで、部屋全体の雰囲気が損なわれてしまうようなオーディオ機器とは違うのだ。
 デンマークのB&Oのように、できればワンブランドで統一して使いたいと思う。
 ビットストリームコンバーターは、フィリップスのSAA7350チップを使用し、入力はコアキシャルとオプティカルを各1系統ずつもっている。実に穏やかでマイルドな響きをつくってくれるD/Aコンバーターだ。
 メカニズムにフィリップス製CDM3を採用したCDドライブユニットのCDデッキは、オーソドックスで真面目な表現をする製品で、当たり前とはいえ、ビットスリームコンバーターと素直なマッチングをみせる。スケール感やダイナミックなコントラストは弱まるが、耳障りな付帯音やノイズ成分を丁寧に取り除いたような聴きやすさをもっている。言ってみればとても落ち着いた、大人っぽい響きということもできるだろう。
 デジタルセンターはデジタルのみ4系統の入力を持つプリアンプである。サンプリング周波数は自動選択で、コアキシャルまたはオプティカルの入力が一つ、オプティカルのみの入力が二つ、そして同軸のみの入力が一つという構成だ。当然のことながら、アナログ出力しか持たない機器は接続できない。また、オプティカルによるデジタル出力をもち、昨今、話題が集中しているDATとのダイレクトな接続が可能である。
 ボリュウムをはじめ、すべてのコントロールをデジタルで処理するDAC内蔵のデジタルセンターにCDデッキをダイレクトにつないでみると、響きは一転して、輪郭がくっきりしたコントラストの強い音になった。

JBL4344をCello Encore PowerampでBi Amp Driveする

早瀬文雄

ステレオサウンド 9号(1990年9月発行)
「マルチアンプシステムに挑戦! JBL 4344をバイアンプドライブする」より

 マーク・レビンソン氏自身が主宰するチェロ・ブランドもこのところ意欲的な製品の開発、改良に取り組み、その製品も安定度を高めているようだ。
 僕自身、かつてシルバーパネルのML6というプリアンプに接し、彼の作る音の世界にノックアウトされた経験をもっている。その後ML6BLになり、つい最近までその世界に浸りきっていた。やがて、僕の嗜好も変化していくのだが、正確にいえばMLAS(マーク・レビンソン・オーディオ・システムズ)を離れたマーク・レビンソン自身が追及している音は、第三者による改良の手が入って、よりニュートラルな完成度を高めた6BLの響きにはなく、当然のことながら、自分のブランドであるチェロのアンコール1MΩやオーディオ・ スウィートということになる。特に、アンコール1MΩはいかにもプリアンプらしいデザインをもち、機能美だけを前面に押し出しているわけではなく、精度感と瀟洒な佇まいを融合した仕上がりをみせる。
 アンコール・パワーアンプはコンパクトに仕上げられ、大袈裟でない知的な感じがする製品である。たとえバイアンプで二台設置したとしても、場所をとらないスペースファクターの良さがあるといえよう。
 純正組合せ、パワーアンプ単体での響きはJBL4344自体がもつ、ある種の緊張度というものを微かに緩め、耳当たりを和らげてくれる良さがある。
 先鋭な先端思考が影をひそめたおだやかさが前面に出ているのは、マーク・レビンソン自身の人間的な変化や円熟というものが影響しているのかもしれない。製作者の個人の思い入れにささえられた、いわば芸術品的な製品は、多くの技術者が集団で完成させるニュートラルな製品に比べ、はっきりとした個人の考える音の世界というものが厳然と存在する。いや、意識してなくてもそうなってしまうに違いないのだ。それに共感できれば、この製品以外にはないという、使い手と機器がかたく結ばれる結果にもなる。
4344から情緒的な表現力を引き出し、僕の一番敏感な部分をくすぐるような響きにしてくれた。
 物理的な情報量、セパレーションがどうの歪み率がどうのといった議論を忘れさせてくれるような解像力や音場の透明感があるのはいうまでもない。このアンプの特質は4344に色彩感の豊かさを付与し、そのグラデーションをいっそう緻密に細分化した。そのせいで、楽器の音色感の変化の複雑さに見事に対応している。
 ディテールの繊細感はトップクラス。輪郭線の細さは消える一歩手前といった感じだが、音像はぼけない。これみよがしなエネルギー感、演出としての叩きつけるような音の出方というものはまるっきりない。
 バイアンプ化することで、現象面では確かにエネルギー感は増加した。しかし、ここでは4344のエネルギー感を増加させたこと自体が積極的に『改善項目』のトップにはなっていない。
 むしろ、チェロ・ブランドの、ひいては、マーク・レビンソン個人の思想がより鮮明になった。あるいは、アンコール1MΩの個性がストレートに増幅され、4344から神経質な気配がなくなった。あるいは4344が非常に上品でつつましい色気のようなものを獲得した、そんな印象なのだ。
 つまり、ここで強調したいのは、やはり物理量の改善より、情緒的な響きの純度が上がってより人の心に浸透していく力を増した点である。
 なんだか、試聴とかテストとか、そういうことをしているのだということを、うっかり忘れてしまいそうだ。しかし、仕事なのだからあえていえば、バイアンプ化で響きのスピード感、音場の透明感、色彩感のグラデーションや明暗のコントラスト、そういった項目すべてにいっそうのデリカシーがつく。おだやかで淡い光沢感のある艶、そんなものにもいっそうの情緒感が乗り、『あやうさ』といったニュアンスがある種の形而上的な雰囲気は伴ってうっすら漂い始めるのだ。ピノックによるヘンデルの演奏では、そうした個性が音楽の深度そのものをより深くする。演奏されたその場の雰囲気や空間のニュアンスがとても自然で、響きが実によく溶け合う。古楽器の響きがぎらつかず、かといって丸くやわらかくなりすぎもしない。音楽の旋律から喚起される聴き手の内的な変化を妨げたり、あの方向へ引っぱったりしない。
 個人的には、もう少し頽廃的な、いわば意識のかげりの部分にしっとりと染み込んでいくような気配とか、音のなりやんだ時の静寂の深度がさらに深まれば最高だ。自分の装置の中の一部として聴いた時に、ある日なんの前ぶれもなく、そういう響きが聴ける、たぶんそういうものなのだ。
 エンヤでは彼女の声がもっている妖しい透明感がなんだかたっぷりと、女であることのいろいろな思いが浸透しているように聴けるものの、やや少女的な感じがしなくもない、そんな風に対立的な要素が同時にひっそりと溶けこんでいるのだ。
 バイアンプのメリットとして、ディテールの繊細さは確かにここでもはっきりと聴き取れる。でも不思議なもので、たとえばディテールの細密描写的なところは十分にありながら、そのことに聴き手の意識を必要以上に集中させない表現になっている点だ。これは特に強調しておいていいことだろう。アンプの中には、4344を引き締め、とにかく、聴き手の意識をディテールへと集中力を高めることを促すような、そんな鳴り方をするものがある。たしかにそれもスリリングで、緊張感自体が快感になってくるようなことだってなくはない。4344自体、そういう鳴り方がとても得意なのだ。
 チェロの組合せでは、逆にいえば、そういう緊迫した響きのスリルというものは望みにくい。だから、そのことを不満に思う人がいてもおかしくない。問題は聴き手が今、何を求めているのか、結局は人の問題なのだ。移り変わる自己と装置をシンクロさせるのは至難だけれど、逆に静止したある瞬間の自分をそこに封印するということもできる。どちらを採るのか、それはその人次第というところなんだろう。

音の浮遊力

早瀬文雄

ステレオサウンド 96号(1990年9月発行)
「Music Consolette 偶然の結晶を求めて」より

 五年間、それは彼にとってもけして短くはない歳月だったはずだ。その重たい時間、彼はフランスとドイツの間を行き来しながらワインの勉強していた。プロのソムリエ(ワインの鑑定家)としての修行を重ねるためだ。
「日本の空気もずいぶん変ったね」
 帰国後、開口一番に言った彼の言葉だ。
それから一ヵ月たったとある午後、僕は彼のリスニングルームを訪ねた。
「来月で三十五歳になっちゃうんだ。三十五だよ、折り返し地点をとうとう過ぎたって感じだね」
 彼は、ターンテーブルにレコードを乗せながら、誰に向かって語るでもなく、小さなため息まじりにそう言った。
「でも、これからじゃない? 五年間じっくり修行してきたんだし」と僕は言ってみた。たしかに一面においてはその通りだ、と彼は言う。
 アンプのボリュウムを上げる前に、彼はテーブルの上に二種類のワイングラスを置くと、その二つのグラスに同じワインをほぼ等量だけ注いだ。
「グラスの形が違うと、同じワインでも香りや味が変化するんだ」と彼は言う。僕は恐る恐る、二つのグラスを交互に手にとり、その違いを確かめてみた。一つをワインテイスティングに用いる国際規格品。やや細長い形をしている。もう一つはブランデーグラスのようにふっくらしたものだ。
そして、僕はそこには予想以上の違いがあることに気づき驚かされる。やがて、そのことについての専門的な話がしばらく続いた。
「オーディオだってそういう変化をすることがあるでしょ?」と彼は言う。
 たしかにそうだ。同じスピーカーやアンプが別物のように鳴るという事実にはよく遭遇する。もう五年も前の話になるけれど、彼の部屋には国産の大型4ウェイスピーカーとセパレートアンプがセットされていた。
「まあ、ずっと放りっぱなしにしてあったんだから、いくら家族が時々鳴らしてたにしても、やっぱり駄目だよね。それに、ずっとヨーロッパの空気にひたっていたせいで僕自身も変化したし、求めてる音も変ってしまったんだ。久し振りに自分自身の過去の音を聴いてみると、なんだか大切なものが致命的に欠落してるような気がしたんだ。何かが欠けてるってね……」
「わかるような気もする……」と僕。
「それはひとことで言うと縦割りに食い込んでくるような精神的飢餓感のようなものかな」と彼は言った。
 それで装置をすべて入れ替えてしまったのだと彼は続けた。
「たしかに、そういう求心的な要素は希薄だったかもしれない。でも、あの、ちょっと蒸留水みたいな音にはそれなりの悲しみってものが浸透してたように思うな」と僕は言った。
「時間は確実に進んでいたんだ」
 彼はきっぱりとそう言った。
「ヨーロッパのオーディオ界の動向や空気というものに触れているうちに、いろいろと考えさせられたんだ。それまではドイツとフランスのアンプを組み合わせるなんて、悪い冗談みたいなことは思いつきもしない。そうだろ?」と彼は自嘲的な笑いを浮かべて言った。
「だけど、そういう一般論的偏見を一時的に放棄してみると、いろいろなことが見えてくるんだ」
 そういう彼の装置は、たしかにこれまでの常識からいえば、やや破天荒といえそうなラインナップだった。
 しかし、彼にはちょっとした予感があったのではないだろうか。つまり、ドイツとフランスの違いというものを包括的に捉え、二つの国の空気の違いというもので、彼の中にあった彼自身の枠を崩そうとしたのではないだろうか。
 日本という閉鎖社会にいる僕たちの常識では思いつかないような、意外性のあるマテリアルを融合してみると、そこにある種のリアリティが現れる。それをごく自然に彼には受け入れることができたのだろう。
「だけど、二つの国の間にはちょっとした共通点だってなくはないんだ」と彼は続ける。
「芸術的なものに対する日常的な感じ方とか、接し方とかね。僕はその部分に賭けてみたんだ。だから、ブルメスターとレクトロンが持っている音の立体感や、色彩感の深み、あるいは熟成度の高さ、複雑にいろいろな要素がまじりあい、それでいてバランスしているうま味、そういうものを生かしたかった」
 たしかに、そこで聴かせてもらった音には異質なものが複雑にからみあい、共振しあい、それがよい意味で新しい味を発酵させていたような気がする。
 プレーナータイプ特有の、音像に浮力がついたような漂いに立体感をつけ、しかも音色の変化をややくすんだ落着きのある表現で聴かせる。甘口のようでいて辛口、そういう二律背反するものをうまく溶かしこんでいるのだ。
 管球アンプとしては独特の辛口で引き締った音を持つレクトロンと、ブルメスターの律儀な職人気質を感じさせる真面目さがうまく反応した結果だろう。
「レクトロンは君が好きなジャディスとはずいぶん違うんじゃない? 確かジャディスはもっと艶っぽくて華麗で、かすかに仄暗い頽廃的な要素ももっている。違う?」
「そうだね」と僕は答えた。
 彼はゆっくりとディスクに針を落し、アンプのボリュうまみムを上げた。フランスで買ったというパトリシア・カースの二枚目のLP。なんだか、彼女の声に含まれる妖しげに屈折したような情感が、とても自然に解放されていくような鳴り方だった。そのことによって、彼自身がどこかに辿り着くことができたかどうかは、また別の問題だろう。でも、この音はたしかに前進する彼の意思の一つの表現なのだろうと、僕は密かに確信することができた。
 響きの色彩変化や浮遊する音像と前に向かってくる音の対比に、はっとさせるものがあった。
     *
ソムリエのS氏宅で使用されていたスピーカーは、マーチン・ローガンのシークウェルIIで、フルレンジの静電型ユニットと25cmスーパーウーファーを組み合わせたいわばハイブリッド型。透明なダイアフラムは、特殊な導電物質が表面から2ミクロンの深さに均一に埋め込まれ、従来の静電型のように導電物質(カーボンや微金属粉)をダイアフラムの表面にコーティングする方法を採っておらず、ダイアフラム表面の帯電ムラを起さない点が特徴とされている。入力はアナログのみで、カートリッジはMC型オルトフォンMC3000。トーンアームはオラクル仕様のSME・モデル345S。ターンテーブル同じく、オラクル社のトップモデルであるプレミアMKIVである。プリアンプとして、西ドイツ・ブルメスター社製フォノ(ここではMC専用)専用プリアンプ838MKIIにライン専用プリアンプ846MK IIを組み合わせている。どちらも独立電源を持つ。838単体でもフォノ入力のみなら使用できるが、他の機器(CDやテープ)の接続も考慮し、846と組み合わせたとのことだ。パワーアンプはジャン・ヒラガ設計によるフランスのレクトロンJH50。出力管は5極管であるEL34をプッシュプル動作させ、出力トランスは英国パートリッジ社製の特注品を採用している。

JBL4344をMark Levinson No.27/20.5でBi Amp Driveする

早瀬文雄

ステレオサウンド 9号(1990年9月発行)
「マルチアンプシステムに挑戦! JBL 4344をバイアンプドライブする」より

 さて、スレッショルドの組合せによるバイアンプドライブの直後に、マークレビンソンNo.20・5Lによるシングル駆動に戻してみた。
 率直にいってやや物足りなくなる部分と、逆にまとまりがよくなる部分が相半ばする結果だったと思う。たとえば、低域に強い音が連続して加わった時の高域の繊細感や解像力がやや希薄になる、あるいは低域のゆったりとした柔らかさ、ふくよかさが弱まる。音色変化のダイナミックレンジが狭くなるような面もわずかだが聴き取れる。しかし、それは量としてごくわずかなもので、シングルアンプとしてはトップレベルのスピーカー駆動能力を持っていることには変りない。
 陰影感に富む立体的な音像表現をとるものの、いわばリファレンス的で中立的だと言う印象が強い。それはソースの響きに一切の印象を加えない真面目さにもつながる。シングルで、バイアンプに優るとも劣らない音場感を再現できるのは、もちろんこのアンプのもつポテンシャルの高さによるものだろうが、モノーラル構成を取ってるということもその原因の一つになっているに違いない。右チャンネルと左チャンネルを別個のアンプでドライブできるということに起因するチャンネル間の干渉のない、すっきりとしたセパレーションが確保できるというメリットはやはり大きい。
 さて、ここでNo.20・5Lを低域に使い、No.27Lを高域に配したバイアンプドライブを試みる。
 No.27L単体の音は何度か本誌試聴室でも聴いているが、その高域の美しさ、透明感に関して言えば、マークレビンソンのパワーアンプの中でも最も高いものだと思っている。
 僕個人の不満は低域がやや軽くなって表情が単調になる点にあったが、その部分をここではNo.20・5Lがサポートするわけだから期待は大きい。
 チャンネルディバイダーJBL5235との音色面でのマッチングもマークレビンソンの方がスレショルドよりいいはずだ。結果は、想像以上にもの凄いものだった。
 No.27Lの繊細感の下に隠れていたすさまじい求心力が明らかになる。低域負荷を切り離され290Hz以上の信号だけを増幅し、しかもウーファーからの逆起電力が戻ってこないというのだから、この結果は当然といえば当然すぎるものなのかもしれない。それにしても、たとえばシンバルのアタックのエネルギー感は強烈だ。
 それも、下品な輝きがついてまわるような上っ面のエネルギーではなくて、トップシンバルにスティックがぶつかった瞬間の凝縮された音に続いて、シンバル全面に振動が拡散し空中にそのディスパージョンが爆発的に拡散する、そして間髪をいれず次のアタックが重なった時の、まさにシンバルの重畳爆撃みたいなエネルギー感をひねりだす。
 4344のホーンドライバー2425Jがその限界まで鳴りきっているといった印象すら受ける。それは、切れ込むなどというなまやさしい感じではなく、音像をえぐり出すとでもいいたくなるような、冷汗が背中に吹き出してくるような迫真のリアリティがつく。
 古楽器オーケストラの弦にもスムーズさ、倍音の豊かな艶のある響き、毅然とした澄んだ空気感、そういった要素がぐんと純度を高めていることがはっきりと聴き取れる。しかも、こういった透明感がボリュウムをしぼり込んでいっても、部屋全体にいつまでも残ろうとする。ぎりぎりまで浸透力を維持するところはすごい。
 No.27L単体でジャズ系のソースや編成の大きな演奏を大音量で再生した時に、やや硬質な感触が頭を覗かせるようなこともここではまったく見られなかった。
 アンソニー・ニューマンのチェンバロは不思議なことにオーディオ臭さがむしろ薄まり、オーバーシュート気味になりがちなパルシヴな響きも、アコースティックな楽器の複雑なニュアンスの変化を短調にせず、タッチの違いや音色の変化、演奏上の技巧的な解釈のディテールをたぶん、これ以上細分化できないレベルまで掘り下げて克明に提示する。
 エンヤでの雷鳴のリアリティは思わず首をすめたくなるほどだし、録音そのものの凝り具合やエンジニアの意図、あるいは完璧主義者といわれているエンヤ自身の音に対するこだわりが手にとるように見えてくる。
 音場の奥行き、音像のイメージングのよさに彼女が意図したいわば音像の浮遊感のようなものが実体感を失わずに再生される。これはもう文句のつけようがない空間描写力である。
 ふと気がついたことだが、シングルアンプでは気になっていた4344のやや箱鳴り的な付帯音がなぜかピタリとな 鳴り止んで、なんだかとても静かな鳴り方になっていたのだ。スピーカーそのもののS/Nがぐんと良くなったように聴こえる。これにより、エンクロージュアの響きがとても綺麗になったように聴こえ、音楽の再現力もいっそう優れたものになったのだ。
 どうしてだろう? 一つには電気的にウーファーのクロスオーバーポイントが320Hzから290Hzに下がり、遮断特性が12dB/octから18dB/octになっているということが効いているのだろう。
 しかし、No.20・5Lがネットワークを介さず、38cmウーファー2235Hをダイレクトにドライブしていることのメリットのほうが大きいのかもしれない。No.20・5Lはただでさえドライブ能力の高いアンプなのに、高域ユニットからの逆起電力も受けず完璧にウーファーそのものを制御している、そんな印象だ。
 コーン紙はピストンモーションを正確に行なうことで、不要な動きが抑制され、そのおかげでフレームからバッフル、バッフルからエンクロージュア全体と拡散していく複雑な共振を発生させないことにも繋がっていると思う。

ネイム・オーディオ Nac63, Nac72, Nap90, Nap140, Hi-Cap

早瀬文雄

ステレオサウンド 95号(1990年6月発行)
「BEST PRODUCTS 話題の新製品を徹底試聴する」より

 1974年、ジュリアン・ベリカーという一人のオーディオマニアの手によって設立されたネイムオーディオ社は、現在英国のソールズベリーに64名のスタッフを擁する工場を持つに至っている。
 かつてコンパクトでこざっぱりしたデザインを持つプリメインアンプのNAIT2を目にした時、新鮮な驚きを覚えたことを思い出す。スリムなアルミ引き抜き材を使った堅牢なシャーシは、新しいプリアンプ/NAC62及びNAC72にも継承されている。目をひくのはフロントパネルのネイムのロゴで、バックライトによって文字の厚み部分が鮮やかなグリーンで照明され、文字そのものが黒いパネルから薄く浮き上がったように見える。ファンクションの文字が同様に見えるとなおよかったのだが、残念ながらブラックのままなので、逆にこの部分はかなり見にくく、しっかりと光りをあてたいと、何が何処にあるのかさっぱりわからない。
 入力はフォノ(MM、MC、およびリンKarmaとTroika専用のモジュールがある)、AUX(入力感度調整可能)、テープ(NAC72はテープ二系統)、チューナーの4回路をもち、一般的なRCAピンプラグではなく、以前のクォードの製品のようにDINプラグを採用している。
 プリアンプは両者とも内部にパワーサプライを装備していないため、実際の使用にあたっては、今回同時にご紹介するパワーアンプ/NAP90およびNAP140から専用の接続ケーブルで電源の供給を受ける。これは4ピンのDINプラグを持つケーブルでシグナルラインもその中に含まれ、電源と音楽信号は同一ケーブル内に同居する格好である。
 一方、オプションの電源ユニットHI-CAPを追加すれば、より一般的なプリアンプとしても使用可能だ。
 さて、価格順にNAC62とNAP90のペア、次にNAC72とNAP140、そして最後にプリアンプを単体電源のHI-CAPで駆動した音を順番に聴いていった。スピーカーは本誌リファレンスのJBL4344とはせず、この組合せでより一般的なものとして考えられる製品を選んで行なった。
 やや硬質の質感をもつ真面目な音作りで洒落た感じというよりは、見た目のとおり沈思黙考型の響きとでもいいたくなるような、無駄な光沢感を抑制した地味な印象を受ける。上級機ではさすがにスケール感の拡大を示し、音像にも立体感が徐々につきはじめる。別電源の使用では、さらに音場の広がりがぐっと奥行きを増し、このクラスとしては標準的なまとまりを見せてくれた。

ジェフ・ロゥランド・デザイン CONSUMMATE

菅野沖彦

ステレオサウンド 95号(1990年6月発行)
「BEST PRODUCTS 話題の新製品を徹底試聴する」より

 ロゥランド ・リサーチから、ジェフ・ロゥランド・デザイン・グループと社名変更した米国コロラド州コロラド・スプリングスにあるこの会社は、高級アンプのメーカーとしての定評を確立した。まだ10年足らずしか社歴はないが、その間に発売したアンプの高品位、高信頼性が今日を築いたことはもちろんである。見るからにハイクォリティなアンプにふさわしい作りの確かさは、新進の小メーカーにありがちな信頼性への不安を感じさせなかった。新社名となってからの製品には、トップクォリティに加えて、操作性に実用的な配慮を見せ、家庭で使う趣味製品としての総合デザインの完成度を指向するコンセプトが明瞭に打ち出されてきたと思う。
 新登場のコントロールアンプ/コンスメイトにも、当然、このことがはっきり現われており、若干未消化な部分は残しているが、エンスージアスティックなオーディオファイルが満足するクォリティを実用的な操作性にマッチさせる努力が結実した製品である。たとえば、そのボリュウムコントロールはマイクロプロセッサーによるコントロールで200段階の抵抗切替を行なうものだが、アップダウンはノーマルとハイスピードの両方のコントロールが可能であるし、ストアによって各インプットのレベルを聴感上バランスさせることもできるといった具合である。前面パネル上のプッシュボタンによって行えるほかに、別売のリモートコントローラーによっても操作できる。
 入力は3本のバランスと、同じく3本のアンバランスを持ち、イン/アウトともにRCA、XLR両コネクターが使用できる。電源はセパレートタイプで、ほぼ同サイズの筐体を上下二段重ねて使える。もちろん、左右に水平においてもよいが、縦に重ねてもフラックスの悪影響を受けないとメーカーは保証している。
 電源部はデュアルトロイダルトランスによる左右独立で、レギレーションはACラインフィルターにより十分配慮がなされ、極めてクリーンで安定した電源供給を実現している。回路的にはNFBを嫌ったクラスAのシンプルなもので、高品位パーツやディバイスの選択と洗練されたコンストラクションによってピュアナシグナルパスに努めたFET構成アンプである。
 音はかなりクリアーで繊細の極みだが、決して冷たくもないし神経質でもない。ざらついた輝かしさや鋭いエッジの立つことを好まないロゥランドらしいまとめ方だ。コントラストの強い音ではなく、照明なら、適度なレフレックス効果が利いたソフトなグラデーションである。このムードが、冒頭に記したクリアーと両立するわけだから、これは本物のクリアーさなのだ。なお、フォノイコライザーは後日別売りで発売されるとのこと。

メリオワ ControlCenter, Poweramp.

早瀬文雄

ステレオサウンド 94号(1990年3月発行)
「BEST PRODUCTS 話題の新製品を徹底試聴する」より

 カナダのモントリオールに本拠をかまえるミュージアテックス・オーディオ社より、〝マイトナー〟シリーズの姉妹機に相当する〝メリオア〟シリーズが登場した。
 コンパクトで美しい仕上げのウッドケースに納められ、シンプルなブラックフェイスのデザイン、その垢抜けして飄々としたところが好みの分かれるところでもあったマイトナーだが、部屋の空気に自然に溶け込む存在感の軽妙さは、またカナダ版クォードともいえそうな雰囲気があった。
 今回発表されたメリオワ/コントロールセンターは、リモートコントロールユニットですべての機能が操作でき、しかも8系統ある入力をユーザのニーズに応じてメモリー可能な機能を有している点が目新しい。しかも、各入力端子ごとに、ボリュウム、バランスのレベルを個別に設定しメモリーできるという画期的なものだ。
 フォノイコライザーはなく、アナログディスクの再生にさいしては、なんらかのイコライザーアンプが必要であるが、近日中には同シリーズのフォノアンプが発売される模様だ。
 全体の仕上げはマイトナー・シリーズに一歩譲るとはいえ、このシンプルなデザインの良さには変りはない。
 試聴は、同時発売のパワーアンプとの組合せで行なったが、一聴して、相当にすっきりとした響きであり、生真面目さを感じさせるやや寒色的な響きで、音楽に真面目に向かい合うといった気分にさせてくれる響きだ。
 こうしたコンセプトの製品にはリラックスした、テンションのやや緩めの響きが多い中にあって、スケールこそやや小ぶりだがこれは辛口で本格派の音といえる。
 そういった点でも、これはかなりクォードを意識した作りではないかという気がしてくる。
 小編成の室内楽曲などでそのよさが発揮され、指揮者の意図や緑音の意図などをぼかさないのである。たとえば、新しい解釈による最近の古楽器オーケストラがもつ響きの端整さや潔癖さ、清潔感といったものに、しっかりとした音の骨格やオーケストラの構成要素をはっきりと描き出すのだ。プリアンプ、パワーアンプとも回路の詳細は不明だが、オーソドックスに真面目に作られた機械という印象が強い。
 ただ、おしむらくは、リモコンユニットのデザインと作りだ。システム全体の作りにそぐわない玩具っぽさがあって残念だ。
 リモコンで操作することが前提である以上、クォードやB&Oのように、その機能、あるいは手に持った時の質感、重さ、操作性に、えもいわれぬ馴染みのよさをもっている製品が既にあり、ぜひともみならってもらいたいものだと感じた。

QUADの春

早瀬文雄

ステレオサウンド 94号(1990年3月発行)
「Music Consolette 偶然の結晶を求めて」より

 武蔵野の面影が色濃く漂う──とよく表現される。井の頭公園あたりの閑静な住宅街は、たしかに緑がおおい。クヌギやナラの雑木林がそこそこに点在している。
 早春の夕闇が街をうっすらと青く染め始める時間、僕は駅前からほそく入り組んだ道をゆっくりと歩きながら、これから聴かせていただくK氏の新しいシステムの音に期待していた。
 氏のお住まいにも庭に背の高い楠があったことを思い出した。
 五年前、庭に面したリスニングルームに置かれたタンノイ・オートグラフが奏でたエネスコのベートーヴェン「クロイツェル」ソナタを思い出す。心の中に眠っている遠い記憶に向かってそっと視線を戻したくなるような響きだった。
 往年の名指揮者、名演奏家の50年代、60年代の名演名録音がぎっしり、かつ整然とならんだレコード・ライブラリーには度肝をぬかれた。
 白髪の温厚な紳士である氏が、そのふっくらとした手で繊細にレコードを取り扱う様は、目の当たりにすると、まるでオーディオの人間国宝みたいな感じがしてくる。
 曲間の無音溝にスッと針を落とす時のアームさばきはCDポン、しか知らない世代には真似のできない「芸術」だ。
 たぶん、何万回におよぶ動作のくりかえしの過程で、いろいろな心の葛藤をこめて、レコードに針を落とした年輪みたいなものがあって初めて可能な所作なのかもしれない。
 ウェスタンエレクトリックの300Bという3極管は、シングルで8Wほどの出力しか得られないが、これを高域用のパワーアンプに使ったふっくらとして透明な響きは今も鼓膜にしみついたままだった。
 それにしても管球アンプ党の氏が買い込んだ新しいシステムとは一体何なのだろう。
「近頃CDにもよい復刻盤がそろってきたのでね、気軽に楽しんでおるよ」
 そう言って電話の向こうで笑っていた。
 長く続いた神楽坂の料亭で花板をしていた氏の五感を満たしたもの……。
 由緒正しい日本建築のストイックな空間には新しいスピーカーシステムがなにげなく置かれていた。クォードESL63だ。
 そして、そこにはある種のはりつめた空気が漂っていることを僕はすぐに感じた。
 なにげなく置かれた装置の、その何気なさにどうやら原因があるようだった。
 その空間の中で、その位置でしかけして上手くならないという絶対位置があるとすれば、そのスピーカーは、まさにその位置に置かれていたのだ、なにげなく。
 いかにもよい音がしそうな予感が音を出す前からみなぎる。
 料理でいえば、これは盛りつけの妙味みたいなものかもしれない。
「やあ、いらっしゃい」といいながらゆっくりと居間に現われた氏は、しばらくお会いしない間にほんの少しだけ痩せられたような気がした。たぶん、もう七十歳を越されているはずだ。サイドボードを開けると、アンプが出てきた。
「どう思う?」目を細め、まるで子供みたいに無邪気なお顔をされて、そう訊かれる。
 クォードの最新型、66と606そしてCDプレーヤーが、あたかもずっと昔からその場にあったような自然さで、そこに並べられていた。
 ややひかえ目の音量で鳴り始めたのは、ブラームスの交響曲第3番、第3楽章ハ短調、ポコ・アレグレットだった。
 そうして、僕はCDのジャケットを見て驚愕した。なんと、昨年亡くなってカラヤンの最後のブラームス録音となったものだ。
「驚いたかね」
 僕は黙ってうなずいた。
「カラヤンを聴く気になったのは、欧州に旅に出かけた折に、彼の墓を見てからなんだよ」
 木管が甘美な哀しさをたたえた響きで揺れるように旋律を奏でる。
「もう、カラヤンを聴くまいと思って、かたくなになっていた自分の殻が剥げ落ちたんだね。死というものは、いろいろなことを人に考えさせるものだ」そう言って深いため息を一つついた。
「現実的な存在感をもつカラヤンそのものが、いつのまにか私の中で観念的なものに転倒した。そうして、むしろ観念の産物としての過去の名盤といわれるものが、私の現実になっていた。たしかに、それも悪くない。しかし、意識のねじれを自分でかんじてしまったんだよ、墓を見た時にね」
 そう言って、氏はテーブルの上に置かれたリモコンに手を伸ばした。
 機能と使い勝手が現代のクォード的にいかにも巧みにまとめられたリモコンだ。
 軽いクリックの音がして、少しだけボリュウムが上がった。一般のトーンコントロールにあたる「チルト」でほんの僅かばかり高域を下げ、低域を上げてあった、シーソーみたいに。僕はじっとカラヤンのブラームスを聴いた。その時、あの後悔とも諦観とも違う独特の哀しみをたたえた旋律が流れ、僕はふいに目頭が熱くなるのを感じた。クォードの引き締まった無駄のない響きと、合理性という無機的な言葉を忘れさせるウィットとユーモアに富んだ作りは、まるで澄んだ空気の中を散策するような落ち着いた気持ちを聴くものにわけあたえてくれる。しかし、おそらく僕が同じ装置を同じように並べてみても、この音は出せないだろう。そう、これは、氏の人生の年輪の響きなのだ。
     *
K氏のシステムはスピーカーにクォードESL63を使い、最新の66CDと66プリアンプ、606パワーアンプを組み合わせたものだ。7系統の入力をもつ個性的で小粋なプリアンプは、すべての操作を専用のリモコンで行なう。このリモコンの操作感は、きわめて暖かみがあり、また伝統のチルト式とトーンコントロールは、本体の美しい液晶ディスプレイに表示され実に楽しい。同時発売の66CDもプリアンプのリモコンで操作可能である。先行して発表された純正ペアとなる606パワーアンプは、コンパクトなデザインながら130Wの出力をもち、小出力時はA級動作となる。

チェロ ENCORE 1MΩ PREAMPLIFIER

早瀬文雄

ステレオサウンド 93号(1989年12月発行)
「BEST PRODUCTS 話題の新製品を徹底試聴する」より

 マーク・レビンソン氏自身による新ブランドであるチェロも、いよいよ定着して、安定期にはいり、このところ意欲的に製品の開発、改良に取り組んでいるようだ。
 今回発表されたのは、プリアンプラらしい端正な佇まいと美しいデザイン、仕上げで既に多くの支持を得ているアンコールの改良モデルである。
 変更のポイントは、何といっても8系と系統あるライン入力の入力インピーダンスが1MΩまで引き上げられる点だ。
 同時にバランスラインアンプはオーディオ・スウィートのモジュール/P201CDに用いられてるOTA3と同等のものが採用され、オリジナル・アンコールよりさらに高S/N化されている。
 一方、ファンクションが一部整理され、フェイズ切替えスイッチに代わって、1dBステップで15dBから〜25dBまでのL/R独立のゲインコントロールが付け加えられた。なお、電源部は従来同様、独立型である。
 チェロのフラッグシップたるオーディオ・スウィートのもつ甘美な艶のある響きは、マーク・レビンソン自身のアンプ作りの歴史を振り返った時、辿り着くべくして辿り着いた究極的世界と理解していたが、初期のアンコールにも、その片鱗があったように感じていた。やがて、中期の製品に到り、より安定度の高さと普遍性が与えられたようだが、今回、再びあの甘美な香りとある種の緊張感のある研ぎ澄まされた響きの純度を取り戻したようで、個人的には好ましい変化だと思っている。
 広い音場感の再現性をみても、先鋭な先端思考が甦ったように聴けた。
 今回の改良により繊細感、透明感を驚くほど増した高域のニュアンスに加え、全体に、ほんのりリッチなふくらみ、色艶が加わった点が、年輪を重ねたエンジニアのいわば人生の重さが浸透した結果とも思え、興味深かった。
 ゲインコントロールの調整で微妙に全体のニュアンスが変わり、使いこなしの上で楽しめる要素の一つとなっている。
 フルゲイン時のエネルギー感のある立体的な表現から、ゲインを落とした時の柔らかで、ややあたりの穏やかな女性的ニュアンスまで、適宜使い手の気分に合わせて変化をつけることが可能だ。
 手作りの製品ならではの精緻な作りは、仕上げがよりリファインされ、精度感も増しており、音を含め画一的な量産品にはない、芸術品、工芸品的な味わいとして楽しみたい。
 そして、どの時期の製品に共感できるかは、聴き手の今、おかれた内的状況次第ともいえそうで、それほど深いところで関わりを持つことのできる、本質的な意味で、数少ない趣味のオーディオ機器の一つといえよう。

ゴールドムンド Mimesis 2

早瀬文雄

ステレオサウンド 90号(1989年3月発行)
「BEST PRODUCTS 話題の新製品を徹底試聴する」より

 ゴールドムンド社は、1975年頃、ミッシェル・レバションによって設立され、超弩級アナログプレーヤー、リファレンスを筆頭にスタジオ、スタジエッタなどのアナログプレーヤーや、T5型リニアトラッキング方式トーンアームを世に送り出していた。かつてはフランスに本拠を置いていたが、高い精度を維持すべく、精密加工技術のアベレージレベルや技術者の質が高いスイスのジュネーブに、5年ほど前に移転している。また、フランス人であるレバション自身もスイス国籍になっているという。
 同社は、スイスにおいて、現地のアンプメーカーのスイスフィジックス、およびテープレコーダーメーカーとして歴史を誇るステラボックス社を吸収合併させ、本格的にアンプメーカーとしても活動を開始した。
 今回発表されたコントロールアンプ、ミメイシス2はすっきりとした薄型デザインで、比較的奥行きの深いプロポーションをもつ。細部の仕上げはさすがにスイス製だけあって精密機器的な雰囲気が濃厚だ。
 機能は、入力5系統、ステレオモード切替、テープコピー、アブソリュートフェイズ切替を装備。また、リアパネルには電源のフェイズを反転できるスイッチがあり、動作中に切り替えを行なっても、全くノイズレスで音のチェックが可能だった。
 スイッチの感触はすこぶるよい。回路の詳細は不明だが、内部は整然として美しく、高級パーツが厳選して使用されている印象だ。5系統の入力間の音の差は少なく、むしろその微妙な差を使いこなしの一部として楽しめた。回路設計はスイスフィジックスのエンジニア、デル・ノビレが担当している。ミッシェル・レバション自身はエンジニアではなく、マーク・レビンソン同様、優秀なエンジニアをその得意分野で使い分けるコンダクター的な存在であり、音決めを自らのポリシーに基づき行なっている。ちなみに、別売のイコライザーアンプ(アナログプレーヤーのリファレンス組込み用)は、かのジョン・カールの設計である。
 基本的には微粒子型のさらっとした質感をもち、端正で上品な柔らかさを感じる。音像の輪郭をミクロ的に見ると、角が穏やかに丸く硬質感をともなわない。その結果、繊細に切れこむ感じがありながら、刺すような刺激感は全くない。
 無垢な痛々しささえ感じる慎ましい甘さ、清潔感のある色香、艶が響きにひっそりと浸透しているのがわかる。これは、コントロールアンプ遍歴を重ねた、錯綜した願望をも満たす情緒的な響きだ。ライバル、マークレビンソンNo.26Lは音の輪郭線の張りがもうすこし強く硬質だが、線そのものは、もっと細く男性的な潔さがある。チェロ・アンコールは、さらにウェットな色香が強い。

A&D DA-P9500, DA-A9500

井上卓也

’89NEWコンポーネント(ステレオサウンド別冊・1989年1月発行)
「’89注目新製品徹底解剖 Big Audio Compo」より

 デジタルプログラムソースが主流になった時代背景を反映して、次第にプリメインアンプの分野でも、D/Aコンバーターを内蔵したモデルが確実な歩みで増加をしているが、より一段と趣味性の色濃いセパレート型アンプともなると、D/Aコンバーター内蔵型コントロールアンプとして、現在市販モデルとして存在するのは、早くからコントロールアンプのデジタル化を手がけた、ヤマハCX2000、1モデルのみが現状である。
 A&Dブランドにとり、初めて本格的なセパレート型アンプのジャンルに挑戦するモデルとして登場したモデルが、デジタルコントローラー、DA−P9500とデジタルパワーアンプDA−A9500の2機種で構成される新構想に基づく新デジタル・アンプシステムである。
 従来までのセパレート型アンプの概念から考えれば、デジタルコントロールアンプとデジタルパワーアンプのペアと受け取られやすいが、デジタルコントローラーと呼ばれるようにDA−P9500には増幅系がなく、A/Dと録音系用のD/Aコンバーターとデジタルグラフィックイコライザーを備え、パワーアンプをリモートコントロールする大型リモートコントローラーと考えてよいものだ。
 システムの基本構成はデジタル系を主流とし、カセットデッキに代表されるアナログ系プログラムソースが混在するプログラムソース多様化の現状に、デジタル機器の特徴を最大限に活かしたシステムプランは何かを模索して整理した結果、通常のD/Aコンバーター部を、コントロールアンプ側でなくパワーアンプ側にビルトインすることを決定したことが、新システムのユニークなところだ。
 従来からも、電力を扱うパワーアンプとスピーカー間は、可能な限り短いスピーカーケーブルで結ぶことが理想的であり、業務用モニタースピーカーは現在ではパワーアンプ内蔵型がむしろ標準的とさえなっているようだが、それも業務用の600Ωバランスラインの特徴を利用して、初めて可能となったシステム系なのである。
 デジタル系プログラムソースを前提条件とした場合、業務用600Ωバランスラインを、同軸型もしくは光ケーブルに置き換えたシステムを考えれば、デジタル伝送系ならではの延長をしても音質劣化が理論的にない特徴を一括かして、スピーカー近くのパワーアンプに送り、D/A変換後の信号でパワーアンプをドライブし、その出力を近接したスピーカーに加えることで容易に理想に近づけることが可能、ということになる。
 パワーアンプをスピーカーに近く置き、聴取位置から離すことによる副次的なメリットは、電源トランスのウナリや振動による聴感上でのSN比の劣化が少なく、発熱量が大きい熱源としてのパワーアンプが隔離可能になること。また、スピーカーコードが短いことは、超強力な高周波源であるTVやFM電波に対するアンテナとしての働きが抑えられ、バズ妨害に代表される高周波の干渉を少なくできる利点を併せ持つことにもなる。
 DA−P9500は、外観的には一般のコントロールアンプに表示部を付けたという印象を受けるが、コントロールアンプ的な機能は、ビデオ系、デジタル系、アナログ系それぞれの入力を切り替えるスイッチ機能と3バンドデジタルパラメトリックイコライザーにあり、オーディオ系入力は増幅部を持たないため、そのままスルーの状態でパワーアンプのアナログ入力に送られる。
 2種のコンバーター内蔵の目的は、カセットデッキ、FMチューナー、VCRなどのアナログ系入力をA/D変換してパワーアンプにデジタル伝送を行なうためと、デジタル系のCDやDAT、衛星放送などの信号をD/A変換して、カセットデッキなどに録音するためにある。
 外観上ボリユウムと思われる大型ツマミは、実際には、パワーアンプ部にあるパラレル型ディスクリート構成のボリュウムをデジタルコントロールするためのツマミである。このコントロール用信号は、A&D独自のフォーマットによるAADOT型で、EIAJのデジタルI/Oにも対応し、128×128種類の利用が可能である。
 DA−A9500は、18ビット・リニアゼロクロスD/Aコンバーターを採用。原理的にゼロクロス歪み発生がなく、4D/Aコンバーター構成のL/R、±独立プッシュプル構成で、アナログフィルターのON/OFFが可能である。
 パワー段は、スピーカー駆動時の電流リニアリティに着目した初めてのリニアカレントドライブ回路を採用。電流と電圧フィードバックの巧みな組合せで、パワー段の電源変動を受けにくい利点があり、結果的に電源を10倍強化したことと同等のメリットがあるとのことだ。
 構造面では、電源トランスを筐体から分離独立し専用ペデスタルで支える分離トランス方式の採用が最大の特徴。
 機能面は、単体使用時に入力切替や音量調整をする専用リモコンを標準装備。
 単体使用では素直で力強い駆動能力、音場感情報を豊かに出すパワーアンプは、かなり高水準の完成度を聴かせる。コントローラーを加え、試みにDA、AD、DAと3度変換した音も聴いたが、これがアナログ的な魅力で驚かされた。

パイオニア C-90a, M-90a

井上卓也

ステレオサウンド 88号(1988年9月発行)

「BEST PRODUCTS」より

 AVプログラムソースに対応したセパレート型アンプとして企画されたパイオニアのC90、M90のペアは、この種のアンプとして最初に成功を収めた意義深い製品であった。今回、本来の意味で内容が見直され、改良によって第2世代のC90a、M90aとして発売された。
 C90aは、もともとAVソース対応で、かつ高クォリティの音質を狙ったモデルであるだけに、新しく映像系入出力に輝度信号と色信号のY/C分離接続用のS端子を備え、S−VHSやEDベータなどの高画質VTR対応化を図っている。付属のリモコンは、従来の同社用のシステムリモコンから、最大154キーの学習型リモコンに発展し、多数のリモコンを使い分けざるを得ない煩雑さが解消された。
 視覚的には、外観上の変化は少ないように見受けられるが、筐体関係の改良、強化も、高音質が要求されるコントロールアンプでは、重要な部分である。
 筐体のトッププレート部は、C90の板厚1・2mm鉄板から、合計8個の止めネジにより振動が発生しないようにリジッドに止められた板厚1・6mmのアルミ板に改良された。ボトムプレート部もタテ長の通気孔パターンが、パイオニア独自のハニカム型に変わり、ボトムプレートの振動モードをコントロールし、共振を制動している。脚部は、釣り鐘断面状の一般的なタイプから、ハニカム断面に特殊な樹脂を充填した、一段と大型なタイプに変わっている。
 エレクトロニクス系は、ビデオ信号とオーディオ信号の完全分離、独立をポイントとし、①オーディオ左右チャンネルとビデオ系に専用電源トランス採用、②オーディオ部とビデオ部のアース回路を伝わる干渉を避けるためアースの独立化とビデオ系のフローティング化、③オーディオ系とビデオ系の電気的、機械的な飛びつき防止用アイソレーション、④アナログ使用時のビデオ電源オートOFF機能採用などのベーシックな部分を抑えた対策がとられている。
 C90をベースとしたアドバンスモデルだけに、表面に出ないノウハウの投入は、かなりのものと思われる。
 音質最優先設計のために、部品関係はEXCLUSIVEの流れを受継いだ無酸素銅配線材料、黄銅キャップ抵抗、シールデッドコンデンサーなどが全面的に採用されている。アナログオーディオの中心ともいうべきフォノイコライザーアンプには、MC再生のクォリティを保つためハイブリッドMCトランス方式を採用している点も見逃せないポイントである。
 M90aは、外観上のモディファイは、筐体トッププレート部の材料が、鉄板からアルミに変更、取りつけ方法もC90a同様の8本+1本のネジ止め、ボトムプレートの通風孔の形状変更と脚部の大型化、さらにトランスフレーム下側にある5本目の脚は、M90では他の脚と同じタイプが採用されていたが、今回は鋳鉄製で制振効果の高いキャステッドインシュレーターに変わっている。
 電源トランスは、鉄心をバンドで締めるシンプルなタイプから、パイオニア独自の制振構造鋳鉄ケースに収めたキャステッドパワートランスにグレードアップしている。これに伴い、トランスフレームも強度を向上し、電源トランスの振動対策を一段と強化している。また、放熱板のハニカム構造チムニー型化も、パワーステージトータルの振動コントロールを狙ったものだ。
 これらの大幅な改良の結果、重量はM90の20・9kgから28kgと増加した。
 機能面は、コントロール入力の他に2系統のボリュウムコントロールができる入力を備え、CDプレーヤーなどのパワーアンプダイレクト使用が可能など、単体でも使える機能を持つパワーアンプとして開発されたM90の構想を全て受け継いでいる。
 C90aとM90aは、堂々とした押し出しのよいナチュラルな音を持つアンプである。価格的には、高級プリメインアンプとも競合する位置にあり、セパレート型の名を取るか、プリメインアンプならではのまとまりのよい音、という実を取るかで悩むところであるが、このペアは、そんな枠を超えたセパレート型アンプならではの納得のできる音をもつ点が魅力である。
 基本的には、柔らかく、豊かで、幅広いプログラムソースや組合せにフレキシブルに対応を示すパイオニアならではの音を受け継いではいるが、前作の、やや受け身的な意味を含めての良いアンプから、立派なアンプ、大人っぼい充実した内容と十分に説得力のある音を聴かせるアンプに成長している。久し振りの聴きごたえのあるアンプである

ヤマハ CX-2000, MX-2000

井上卓也

ステレオサウンド 88号(1988年9月発行)

「BEST PRODUCTS」より

 世界初のデジタルコントロールアンプとして脚光を浴びたCX10000を中心とするヤマハ10000シリーズは、見事なデザインと仕上げ、極限の性能に裏付けられた音質など、ヤマハ創業100周年記念の限定量産モデルとして高い評価を与えられた。今回、既発売のCDプレーヤーCDX2000、D/Aコンバーター内蔵プリメインアンプAX2000に続き、新製品として、デジタルAVコントロールアンプCX2000とパワーアンプMX2000、それにFM/AMチューナーTX2000が加わり、事実上のヤマハオーディオのトップランクを担う2000シリーズのラインナップが完成した。
 CX2000は、時代の要求に応えて、高いクォリティで、デジタル信号処理能力と映像信号処理能力を含め、ピュアオーディオのコントロールアンプとしての性能、音質を追求した新世代のコントロールセンターである。
 デジタル、AV信号も扱うコントロールアンプとして最大のポイントは、高いSN比を維持することにつきるだろう。そのためには、まず筐体関係で高周波や測定器に準ずるレベルで、シールドを施し分離しなければならない。
 全面的に銅メッキを施したフレーム、シャーシは、デジタル部、マイコン部、フォノイコライザー部、電源部、トーンアンプ部とフラットアンプ部を、それぞれ独立したBOXに分割収納する高剛性6BOXシャーシ構造が採用されている。この構造により、耐振性を向上させて、機械的振動による変調ノイズの発生による音質劣化も排除する設計だ。なおデジタル部は、パルス性雑音対策として銅メッキ製トップカバーで全体を覆い、厳重なシールド対策を施している。
 信号系は、MCヘッドアンプ付6ポジション負荷抵抗切替型フォノイコライザー部、高入力レベルのチューナーなどのアナログソース、8倍オーバーサンプリング18ビット・デジタルフィルターと、従来比でSN比を10dB向上した18ビット・ツインD/Aコンバーターを採用したデジタルソース、それにビデオソースの3ブロックで、これらのプログラムソースは、内部配線が短くできる半導体セレクタースイッチ、リモコン対応の4連ボリュウムを通り、20dBのフラットアンプ部に送られる。
 ソースダイレクトスイッチをONとすれば、フラットアンプ出力は、入力に4連ボリュウムの2連を使った0dBバッファーアンプを通り出力端子に送られる。次にスイッチをOFFにすれば、バランス詞整、モード、サブソニック、高・中・低音調整、連続可変ラウドネス調整を経由してバッファー入力に送られる。
 電源部は、デジタル・ビデオ部、アナログ部、マイコン部の独立3電源トランス採用。ビデオ電源は単独にON/OFF可能。デジタル電源は、アナログ入力選択時にデ
ーター復調回路のIC動作をとめる設計である。
 MX2000は、低インピーダンス駆動能力を重視したA級動作のステレオパワーアンプである。
 パワー段は、MX10000で開発されたHCA(双曲線変換増幅)回路により全負荷、全パワー領域でA級動作を可能としたHCA・A級増幅に特徴がある。ちなみに1Ω負荷のA級動作ダイナミックパワー600W+600Wを得ている。
 筐体構造は、銅メッキシャーシとフレーム採用の左右シンメトリー配置で、出力メーターを含むフロントパネル部、電源部、左右パワーアンプ部、電圧アンプ部、それにスピーカーリレー、出力コイルなどを収める出力ブロックの6ブロック構成である。
 注目したい点は、チムニー型ヒートシンクの配置が一般とは逆に内側に置き、パワーアンプ基板と電源トランスの干渉を避けた細心のコンストラクションである。
 電源部は、EI型コアの420VA電源トランスと、低箔倍率φ76mm、20000μF×2電解コンデンサーのペアである。
 CX2000とMX2000のペアは、音の粒子が細かく、滑らかに磨かれており、スムーズに延びたワイドレンジ型の帯域レスポンス、しなやかな表現力などは、従来のヤマハのセパレートアンプにはない、新しい音である。傾向として、十分にエージングに時間をかけたAX2000に近い。
 MC入力時には、ノイズ的な環境の悪いSS試聴室でも十分にSN比が高く保たれ、アナログならではの音が楽しめる。このことは、この種のアンプの重要なチェックポイントだ。
 デジタル入出力時は、光、同軸の差を素直に出し、銘柄、グレードの差が楽しめる。また各種CDのデジタル出力を使い、個々の音が楽しめるのも新しい魅力の展開だ。

マランツ DAC-1

井上卓也

ステレオサウンド 88号(1988年9月発行)

「BEST PRODUCTS」より

 DAC1は、デジタル・オーディオ・コントロールアンプの頭文字をモデルナンバーにもつ、ユニークなコンセプトにより開発されたマランツの新製品だ。
 CD、DATに代表されるデジタル系のプログラムソースは、オーディオ信号とするためにD/Aコンバーターを使うことになるが、変換後のアナログ信号に、いわゆるデジタルノイズと呼ばれる、可聴帯域外におよぷ高い周波数成分をもつノイズが、程度の差こそあれ混入することが、重要な問題点のひとつである。
 一般的に、従来のコントロールアンプでは、広帯域型の設計が基本である。そのため、音にはならないが、高い周波数成分のノイズも、信号と一緒に増幅するために、混変調歪などが発生し、オーディオ信号を劣化させることになりやすい。
 DAC1の信号の流れは、入力切替スイッチ、テープ入出力スイッチ、バッファーアンプ、ボリュウムコントロール、14dBの利得をもつ出力アンプで増幅される。
 第一の特徴は、バッファーアンプには、裸特性が下降しはじめる700kHzに時定数をもつハイカットフィルターを設け、混変調歪の発生を防止したことである。
 第二の特徴は、出力アンプにフィリップスLHH2000で採用されている、定評の高いトランス結合マルチフィードバック回路を採用していることだ。出力トランスは、アンプ負荷用、フィードバックアンプ用の2系統の一次巻線と、同じ巻線比の、+位相と−位相の2系統の二次巻線を備えており、完全に同条件でアブソリュートフェイズの切替えができるほかに、2系続の出力を同時に使えば、BTL接続にも使用可能である。
 この回路の特徴は、二次導線が、基本的にフローティングされているために、アースや筐体に流れるノイズと信号が分離され、またバンドパスフィルターとして働くトランスの利点により、デジタルノイズに強い設計となつていることにある。
 8mm厚アルミ製シャーシ、シャンペンゴールドのフロントパネル、LHH1000系統の片側1・3kgのダイキャストサイドパネル、4mm厚トップパネルに見られるように、筐体は共振を抑えた剛体構造である。使用部品を含め、高密度に凝縮された構成は、オーディオ的な魅力を備えたものだ。
 DAC1は、中低域から中域の量感がたっぷりとあり、密度感を伴った安定度の高い音が特徴。オーケストラの空間の拡がりを感じさせるホールトーンの豊かな響き、素直なパースペクティブとディフィニションは、デジタル系プログラムソースの利点を充分に引き出したものである。しかも、無機的な冷たさにならないところが、本棟の魅力である。高密度設計だけに、置き場所の影響がダイレクトに現れる点は要注意だ。

怪盗M1の挑戦に負けた!

黒田恭一

ステレオサウンド 87号(1988年6月発行)
「怪盗M1の挑戦に負けた!」より

 午後一時二十分に成田到着予定のルフトハンザ・ドイツ航空の701便は、予定より早く一時〇二分に着いた。しかも、ありがたいことに、成田からの道も比較的すいていた。おかげで、家には四時前についた。買いこんだ本をつめこんだために手がちぎれそうに重いトランクを、とりあえず家の中までひきずりこんでおいて、そのまま、ともかくアンプのスイッチをいれておこうと、自分の部屋にいった。
 そのとき、ちょっと胸騒ぎがした。なにゆえの胸騒ぎか? 机の上を、みるともなしにみた。
「どうですか、この音は? ムフフフフ!」
 机の上におかれた紙片には、お世辞にも達筆とはいいかねる、しかしまぎれもなくM1のものとしれる字で、そのように書かれてあった。
 一週間ほど家を留守にしている間に、ぼくの部屋は怪盗M1の一味におそわれたようであった。まるで怪人二十面相が書き残したかのような、「どうですか、この音は? ムフフフフ!」のひとことは、そのことをものがたっていた。しかし、それにしても、怪盗M1の一味は、ぼくの部屋でなにをしていったというのか?
 ぼくは、あわてて、ラスクのシステムラックにおさめられた機器に目をむけた。なんということだ。プリアンプが、マークレビンソンのML7Lからチェロのアンコールに、そしてCDプレーヤーが、ソニーのCDP557ESD+DAS703ESから同じソニーのCDP-R1+DAS-R1に、変わっていた。
 怪盗M1の奴、やりおったな! と思っても、奴が「どうですか、この音は?」、という音をきかずにいられるはずもなかった。しかし、ぼくは、そこですぐにコンパクトディスクをプレーヤーにセットして音をきくというような素人っぽいことはしなかった。なんといっても相手が怪盗M1である、ここは用心してかからないといけない。
 そのときのぼくは、延々と飛行機にむられてついたばかりであったから、体力的にも感覚的にも大いに疲れていた。そのような状態で微妙な音のちがいが判断できるはずもなかった。このことは、日本からヨーロッパについたときにもあてはまることで、飛行機でヨーロッパの町のいずれかについても、いきなりその晩になにかをきいても、まともにきけるはずがない。それで、ぼくは、いつでも、肝腎のコンサートなりオペラの公演をきくときは、すくなくともその前日には、その町に着いているようにする。そうしないと、せっかくのコンサートやオペラも、充分に味わえないからである。
 今日はやめておこう。ぼくは、はやる気持を懸命におさえて、ついさっきいれたばかりのパワーアンプのスイッチを切った。今夜よく眠って、明日きこう、と思ったからであった。
 おそらく、ぼくは、ここで、チェロのアンコールとソニーのCDP-R1+DAS-R1のきかせた音がどのようなものであったかをご報告する前に、怪盗M1がいかに悪辣非道かをおはなししておくべきであろう。そのためには、すこし時間をさかのぼる必要がある。
 さしあたって、ある時、とさせていただくが、ぼくは、さるレコード店にいた。そのときの目的は、発売されたばかりのCDビデオについて、解説というほどのこともない、集まって下さった方のために、ほんのちょっとおはなしをすることであった。予定の時間よりはやくその店についたので、レコード売場でレコードを買ったり、オーディオ売場で陳列してあるオーディオ機器をながめたりしていた。
 気がついたときに、ぼくは、オーディオ売場の椅子に腰掛けて、スピーカーからきこえてくる音にききいっていた。なんだ、この音は? まず、そう思った。その音は、これまでにどこでどこできいた音とも、ちがっていた。ほとんど薄気味悪いほどきめが細かく、しかもしなやかであった。
 まず、目は、スピーカーにいった。スピーカーは、これまでにもあちこちできいたことのある、したがって、ぼくなりにそのスピーカーのきかせる音の素性を把握しているものであった。それだけにかえって、このスピーカーのきかせるこの音か、と思わずにいられなかった。そうなれば、当然、スピーカーにつながれているコードの先に、目をやるよりなかった。
 スピーカーの背後におかれてあったのは、それまで雑誌にのった写真でしかみたことのない、チェロのパフォーマンスであった。なるほど、これがチェロのパフォーマンスか、といった感じで、いかにも武骨な四つのかたまりにみにいった。
 チェロのパフォーマンスのきかせた音に気持を動かされて、家にもどり、まっさきにぼくがしたのは、「ステレオサウンド」第八十四号にのっていた、菅野沖彦、長島達夫、山中敬三といった三氏がチェロのパフォーマンスについてお書きになった文章を、読むことであった。このパワーアンプのきかせる音に対して、三氏とも、絶賛されていたとはいいがたかった。
 にもかかわらず、チェロのパフォーマンスというパワーアンプへのぼくの好奇心は、いっこうにおとろえなかった。なぜなら、そこで三氏の書かれていることが、ぼくにはその通りだと思えたからであった。しかし、このことには、ほんのちょっと説明が必要であろう。
 幸い、ぼくはこれまでに、菅野さんや長嶋さん、それに山中さんと、ご一緒に仕事をさせていただいたことがあり、お三方のお宅の音をきかせていただいたこともある。そのようなことから、菅野、長島、山中の三氏が、どのような音を好まれるかを、ぼくなりに把握していた。したがって、ぼくは、そのようなお三方の音に対しての好みを頭のすみにおいて、「ステレオサウンド」第八十四号にのっていた、菅野沖彦、長島達夫、山中敬三といった三氏がチェロのパフォーマンスについてお書きになった文章を、熟読玩味した。その結果、ぼくは、レコード店のオーディオ売場という、アンプの音質を判断するための場所としてはかならずしも条件がととのっているとはいいがたいところできいたぼくのチェロのパフォーマンスに対しての印象が、あながちまちがっていないとわかった。そうか、やはり、そうであったか、というのが、そのときの思いであった。
 ぼくはアクースタットのモデル6というエレクトロスタティック型のユニットによったスピーカーシステムをつかっている。残る問題は、アクースタットのモデル6とチェロのパフォーマンスの、俗にいわれる相性であった。ほんとうのところは、アクースタットのモデル6にチェロのパフォーマンスをつないでならしてみるよりないが、とりあえずは、推測してみるよりなかった。
 そのときのぼくにあったチェロのパフォーマンスについてのデータといえば、レコード店のオーディオ売場でほんの短時間きいたときの記憶と、菅野沖彦、長島達夫、山中敬三の三氏が「ステレオサウンド」にお書きになった文章だけであった。そのふたつのデータをもとに、ぼくは、アクースタットのモデル6とチェロのパフォーマンスの相性を推理した。その結果、この組合せがベストといえるかとうかはわからないとしても、そう見当はずれでもなさそうだ、という結論に達した。
 そこまで、考えたところで、ぼくは、電話器に手をのばし、M1にことの次第をはなした。
「わかりました。それはもう、きいてみるよりしかたがありませんね。」
 いつもの、愛嬌などというもののまるで感じられないぶっきらぼうな口調で、そうとだけいって、M1は電話を切った。それから、一週間もたたないうちに、ぼくのアクースタットのモデル6は、チェロのパフォーマンスにつながれていた。
 ぼくのアクースタットのモデル6とチェロのパフォーマンスの相性の推理は、まんざらはずれてもいなかったようであった。一段ときめ細かくなった音に、ぼくは大いに満足した。そのとき、M1は、意味ありげな声で、こういった。
「高価なアンプですよ。これで、いいんですか? 他のアンプをきいてみなくて、いいんですか?」
 このところやけに仕事がたてこんでいたりして、別のアンプをきくための時間がとりにくかった、ということも多少はあったが、それ以上に、チェロのパフォーマンスにドライブされたアクースタットのモデル6がきかせる、やけにきめが細かくて、しかもふっくらとした、それでいてぐっとおしだしてくるところもある響きに対する満足があまりに大きかったので、ぼくは、M1のことばを無視した。
「ちょっと、ひっかかるところがあるんだがな。もうすこしローレベルが透明になってもいいんだがな。」
 M1は、そんな捨てぜりふ風なことを呟きながら、そのときは帰っていった。なにをほざくか、M1めが、と思いつつ、けたたましい音をたてるM1ののった車が遠ざかっていくのを、ぼくは見送った。
 それから、数日して、M1から電話があった。
「久しぶりに、スピーカーの試聴など、どうですか? 箱鳴りのしないスピーカーを集めましたから。」
 きけば、菅野さんや傅さんとご一緒の、スピーカーの試聴ということであった。おふたりのおはなしをうかがえるのは楽しいな、と思った。それに、かねてから気になっていながら、まだきいたことのないアポジーのスピーカーもきかせてもらえるそうであった。そこで、うっかり、ぼくは、怪盗M1が巧妙に仕掛けた罠にひっかかった。むろん、そのときのぼくには、そのことに気づくはずもなかった。
 M1のいうように、このところ久しく、ぼくはオーディオ機器の試聴に参加していなかった。
 オーディオ機器の試聴をするためには、普段とはちょっとちがう耳にしておくことが、すくなくともぼくのようなタイプの人間には必要のようである。もし、日頃の自分の部屋での音のきき方を、いくぶん先の丸くなった2Bの鉛筆で字を書くことにたとえられるとすれば、さまざまな機種を比較試聴するときの音のきき方は、さしずめ先を尖らせた2Hの鉛筆で書くようなものである。つまり、感覚の尖らせ方という点で、試聴室でのきき方はちがってくる。
 そのような経験を、ぼくは、ここしばらくしていなかった。賢明にもM1は、ぼくのその弱点をついたのである。どうやら、彼は、このところ先の丸くなった2Bの鉛筆でしか音をきいていないようだ、そのために、チェロのパフォーマンスにドライブされたアクースタットのもで6の音に、あのように安易に満足したにちがいない、この機会に彼の耳を先の尖った2Hにして、自分の部屋の音を判断させてやろう。M1は、そう考えたにちがいなかった。
 そのようなM1の深謀遠慮に気がつかなかったぼくは、のこのこスピーカー試聴のためにでかけていった。そこでの試聴結果は別項のとおりであるが、ぼくは、我がアクースタットが思いどおりの音をださず、噂のアポジーの素晴らしさに感心させられて、すこごすごと帰ってきた。アクースタットは、セッティング等々でいろいろ微妙だから、いきなりこういうところにはこびこんで音をだしても、いい結果がでるはずがないんだ、などといってはみても、それは、なんとなく出戻りの娘をかばう親父のような感じで、およそ説得力に欠けた。
 音の切れの鋭さとか、鮮明さ、あるいは透明感といった点において、アクースタットがアポジーに一歩ゆずっているのは、いかにアクースタット派を自認するぼくでさえ、認めざるをえなかった。たとえ試聴室のアクースタットのなり方に充分ではないところがあったにしても、やはり、アポジーはアクースタットに較べて一世代新しいスピーカーといわねばならないな、というのが、ぼくの偽らざる感想であった。
 そのときのスピーカーの試聴にのぞんだぼくは、先輩諸兄のほめる新参者のアポジーの正体をみてやろう、と考えていた。つまり、ぼくは、まだきいたことのないスピーカーをきく好奇心につきうごかされて、その場にのぞんだことになる。ところが、悪賢いM1の狙いは、ぼくの好奇心を餌にひきよせ、別のところにあったのである。
 あれこれさまざまなスピーカーの試聴を終えた後のぼくの耳は、かなり2Hよりになっていた。その耳で、ソニーのCDP557ESD+DAS703ES~マークレビンソンのML7L~チェロのパフォーマンス~アクースタットのモデル6という経路をたどってでてきた音を、きいた。なにか、違うな。まず、そう思った。静寂感とでもいうべきか、ともかくそういう感じのところで、いささかのものたりなさを感じて、ぼくはなんとなく不機嫌になった。
 そのときにきいたのは「夢のあとに~ヴィルトゥオーゾ・チェロ/ウェルナー・トーマス」(オルフェオ 32CD10106)というディスクであった。このディスクは、このところ、なにかというときいている。オッフェンバックの「ジャクリーヌの涙」をはじめとした選曲が洒落ているうえに、あのクルト・トーマスの息子といわれるウェルナー・トーマスの真摯な演奏が気にいっているからである。録音もまた、わざとらしさのない、大変に趣味のいいものである。
 これまでなら、すーっと音楽にはいっていけたのであるが、そのときはそうはいかなかった。なにか、違うな。音楽をきこうとする気持が、音の段階でひっかかった。本来であれば、響きの薄い部分は、もっとひっそりとしていいのかもしれない。などとも、考えた。そのうちに、イライラしだし、不機嫌になっていった。
 理由の判然としないことで不機嫌になるほど不愉快なこともない。そのときがそうであった。先日までの上機嫌が、嘘のようであったし、自分でも信じられなかった。もんもんとするとは、多分、こういうことをいうにちがいない、とも思った。おそらく昨日まで美人だと思っていた恋人が、今日会ってみたらしわしわのお婆さんになっていても、これほど不機嫌にはならないであろう、と考えたりもした。
 しかし、その頃のぼくは、自分のイライラにつきあっている時間的な余裕がかった。一週間ほどパリにいって、ゴールデン・ウィークの後半を東京で仕事をして、さらにまた一週間ほどウィーンにいかなければならなかった。パリにもウィーンにも、それなりの楽しみが待っているはずではあったが、しわしわのお婆さんになってしまっている自分の部屋の音のことが気がかりであった。幸か不幸か、あたふたしているうちに、時間がすぎていった。
 そして、あれこれあって、ルフトハンザ・ドイツ航空の701便で成田につき、怪盗M1の挑戦状。
「どうですか、この音は? ムフフフフ!」を目にしたことになる。
「ちょっとひっかかるところがあるんだがな。もうすこしローレベルが透明になってもいいんだがな。」、と捨てぜりふ風なことを呟きながら一度は帰ったM1の、「どうですか、この音は? ムフフフフ!」、であった。ここは、やはり、どうしたって、褌をしめなおし、耳を2Hにし、かくごしてきく必要があった。
 翌日、朝、起きると同時にパワーアンプのスイッチをいれ、それから、おもむろに朝食をとり、頃合をみはからって、自分の部屋におりていった。
 ぼくには、これといった特定の、いわゆるオーディオ・チェック用のコンパクトディスクがない。そのとき気にいっている、したがってきく頻度の高いディスクが、そのときそのときで音質判定用のディスクになる。したがって、そのときに最初にかけたのも、「夢のあと~ヴィルトゥオーゾ・チェロ/ウェルナー・トーマス」であった。
 ぼくは、絶句した。M1に負けた、と思った。
 スピーカーの試聴の後で、菅野さんや傅さんとお話ししていて、ぼくは自分で思っていた以上に、スピーカーからきこえる響きのきめ細かさにこだわっているのがわかった。もともとぼくの音に対する嗜好にそういう面があったのか、それとも、人並みに経験をつんで、そのような音にひかれるようになったのかはわかりかねるが、そのとき、ソニーのCDP-R1+DAS-R1~チェロのアンコール~チェロのパフォーマンス~アクースタットのモデル6で、「夢のあと~ヴィルトゥオーゾ・チェロ/ウェルナー・トーマス」をきいて、ぼくは、これが究極のコンポーネントだ、と思った。
 また、しばらくたてば、スピーカーは、アクースタットのモデル6より、アポジーの方がいいのではないか、と考えたりしないともかぎらないので、ことばのいきおいで、究極のコンポーネントなどといってしまうと、後で後悔するのはわかっていた。にもかかわらず、ぼくはソニーのCDP-R1+DAS-R1~チェロのアンコール~チェロのパフォーマンス~アクースタットのモデル6できいた「夢のあと~ヴィルトゥオーゾ・チェロ/ウェルナー・トーマス」に、夢見心地になり、そのように考えないではいられなかった。
 ぼくのオーディオ経験はごくかぎられたものでしかないので、このようなことをいっても、ほとんどなんの意味もないのであるが、ソニーのCDP-R1+DAS-R1~チェロのアンコール~チェロのパフォーマンス~アクースタットのモデル6できいた音は、ぼくがこれまでに再生装置できいた最高の音であった。響きは、かぎりなく透明であったにもかかわらず、充分に暖かく、非人間的な感じからは遠かった。
 静けさの表現がいい、などといういい方は、オーディオ機器のきかせる音をいうためのことばとして、いくぶんひとりよがりではあるが、そのときの音に感じたのは、そういうことであった。すべての音は、楽音が楽音たりうるための充分な力をそなえながら、しかし、静かに響いた。過度な強調も、暑苦しい押しつけがましさも、そこにはまったくなかった。
 ぼくは、気にいりのディスクをとっかえひっかえかけては、そのたびに驚嘆に声をあげないではいられなかった。そうか、ここではこういう音の動きがあったのか、と思い、この楽器はこんな表情でうたっていたのか、と考えながら、それまでそのディスクからききとれなかったもののあまりの多さに驚かないではいられなかった。誤解のないようにつけくわえておくが、ぼくは、ソニーのCDP-R1+DAS-R1~チェロのアンコール~チェロのパフォーマンス~アクースタットのモデル6のきかせる音にふれて、そこできけた楽器や人声の描写力に驚いたのではなく、そこで奏でられている音楽を表現する力に驚いたのである。
 したがって、そこでのぼくの驚きは、オーディオの、微妙で、しかも根源的な、だからこそ興味深い本質にかかわっていたかもしれなかった。オーディオ機器は、多分、自己の存在を希薄にすればするほど音楽を表現する力をましていくというところでなりたっている。スピーカーが、あるいはアンプが、どうだ、他の音をきいてみろ、と主張するかぎり、音楽はききてから遠のく。つまり、ぼくは、ソニーのCDP-R1+DAS-R1~チェロのアンコール~チェロのパフォーマンス~アクースタットのモデル6のきかせる音をきいて感動しながら、そこでオーディオ機器として機能していたプレーヤーやアンプやスピーカーのことを、ほとんど忘れられた。そこに、このコンポーネントの凄さがあった。
 こうなれば、もう、ひっこみがつかなかった。まんまと落とし穴に落ちたようで、癪にはさわったが、ここは、どうしたってM1に電話をかけずにいられなかった。目的は、あらためていうまでもないが、留守の間においていかれたソニーのCDP-R1+DAS-R1とチェロのアンコールを買いたい、というためであった。
「ソニーのCDP-R1+DAS-R1はともかく、チェロのアンコールはご注文には応じられませんね。」
 M1は、とりつく島もない口調で、そういった。
 M1の説明によると、チェロのアンコールの輸入元は、すでにかなりの注文をかかえていて、生産がまにあわないために、注文主に待ってもらっている状態だという。ぼくの部屋におかれてあったものは、輸入元の行為で短期間借りたものとのことであった。事実、ぼくがチェロのアンコールをきいたのは、ほんの一日だけであった。その翌日の朝、薄ら笑いをうかべたM1が現れ、いそいそとチェロのアンコールを持ち去った。
「いつ頃、手にはいるかな?」
 M1を玄関までおくってでたぼくは、心ならずも、嘆願口調になって、そう尋ねないではいられなかった。
「かなり先になるんじゃないですか。」
 必要最少限のことしかしゃべらないのがM1の流儀である。長いつきあいなので、その程度のことはわかっている。しかし、ここはやはり、なぐさめのことばのひとつもほしいところてあったが、M1は、余計なことはなにひとついわず、けたたましい騒音を発する車にのって帰っていった。
 しかし、ソニーのCDP-R1+DAS-R1は、残った。プリアンプをマークレビンソンにもどし、またいろいろなディスクをきいてみた。
 ソニーのCDP-R1+DAS-R1がどのようなよさをもっているのか、それを判断するのは、ちょっと難しかった。これは、束の間といえども大変化を経験した後で、小変化の幅を測定しようとするようなものであるから、耳の尺度が混乱しがちであった。一度は、M1の策略で、プリアンプとCDプレーヤーが一気にとりかえられ、その後、CDプレーヤーだけが残ったわけであるから、一歩ずつステップを踏んでの変化であれば容易にわかることでも、そういえば以前の音はこうだったから、といった感じで考えなければならなかった。
 しかし、それとても、できないことではなかった。これまでもしばしばきいてきたディスクをききかえしているうちに、ソニーのCDP-R1+DAS-R1の姿が次第にみえてきた。
 以前のCDプレーヤーとは、やはり、さまざまな面で大いにちがっていた。まず、音の力の提示のしかたで、以前のCDプレーヤーにはいくぶんひよわなところがあったが、CDP-R1+DAS-R1の音は、そこでの音楽が求める力を充分に示しえていた。そして、もうひとつ、高い方の音のなめらかさということでも、CDP-R1+DAS-R1のきかせかたは、以前のものと、ほとんど比較にならないほど素晴らしかった。しかし、もし、響きのコクというようなことがいえるのであれば、その点こそが、以前のCDプレーヤーできいた音とCDP-R1+DAS-R1できける音とでもっともちがうところといえるように思えた。
 なるほど、これなら、みんなが絶賛するはずだ、とCDP-R1+DAS-R1できける音に耳をすませながら、ぼくは、同時に、引き算の結果で、マークレビンソンのML7Lの限界にも気づきはじめていた。はたして、M1は、そこまで読んだ後に、ぼくを罠にかけたのかどうかはわかりかねるが、いずれにしろ、ぼくは、今、ほんの一瞬、可愛いパパゲーナに会わされただけで、すぐに引き離されたパパゲーノのような気持で、M1になぞってつくった少し太めの藁人形に、日夜、釘を打ちつづけている。

ジェルマックス model-65

井上卓也

ステレオサウンド 79号(1986年6月発行)

「BEST PRODUCTS」より

『あなたの常識である《原音》の概念が、今、完全に変わります。オーディオ界最大のタブーが今、破られた』とのキャッチフレーズで登場した、管球タイプのコントロールアンプがジェルマックスmodel65である。
 詳細は不明であるが、その特徴を記すと、アンプの回路内の電解コンデンサーに、歪やSN比、位相ズレなどの音に与えるマイナスの要素があり、この原因が電解コンデンサーの物理的なイオン歪によるものであるとのことだ。長期間にわたりコンデンサーの問題に取り組み、劇的に物理的性質を改善した結果が『BLACK GATE』の名称のコンデンサーとして開発され、レコード会社のカッティングアンプに採用され、従来ではノイズにマスクされ切捨てなければならない信号帯を、すべて記録できるようになり、アナログディスクを革新するスーパーアナログ時代の到来を告げる出来事になったが、このコンデンサーを世界で初めて全面採用したのが、このコントロールアンプである、とのことだ。
 回路面では、この無歪コンデンサーの性能を完全に引き出すために、OTB(オクターブ・トリプル・バイパス)システムを採用し、全オーディオ帯域の歪を完全に取り除くことに成功しているという。
 主入力債号源をアナログディスクとし、管球タイプNFイコライザーを採用し、すべての電源には損失の異なる3種類のコンデンサーを採用(これがOTBシステムか?)。また、超ローレベルのSN比を実現するため、ヒーター点火回路には、独自設計の超安定化電源を採用している。
 さらに、信号系電源の『STLX』、方向性活性リッツ線、低損失ピンジャック、OFC電源コード、非磁性体の抵抗器とシャーシ採用など、すべてのパーツは無歪と完全動作を支えている。以上が、model65の説明書にあった内容の説明だ。
 定格からみれば、フォノイコライザー利得が32・4dB、フラットアンプ利得がmaxで24dBあり、使用真空管は、12AY7×3、12AX7×1、12AU7×1で、整流はダイオード使用である。
 なお、専用の接続コードとして古河電工と共同開発の柔軟性のあるリッツ線構造のオーディオケーブルが付属。50m以上の延長でも音質変化は皆無とのことだ。
 パワーアンプにPOA3000ZとエアータイトATM1を用意をし、アナログディスクとCDで音を聴く。基本的に、スムーズで、適度に抜けのよい音だが、やや中高域に輝やかしいキャラクターがあり、これが繊細さとして聴かせるために効果的に働いているようである。プログラムソースのメインをアナログディスクとするだけに、フォノイコライザーはよく調整してあるようで、ノイズの質は水準以上だ。キャラクターは付属ケーブルにあるが、適否は試聴用機器との兼ね合いであろう。