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テクニクス SB-8

テクニクスのスピーカーシステムSB8の広告
(モダン・ジャズ読本 ’82掲載)

SB8

ビクター Zero-1000

井上卓也

ステレオサウンド 61号(1981年12月発行)
「Best Products 話題の新製品を徹底解剖する」より

 ワイド・アンド・ダイナミックを標傍するZeroシリーズのスピーカーシステムは、Zero5/3にはじまる。現在ではスコーカーにファインセラミック振動板を採用したZero5F/3F、トゥイーターに同じ振動板を採用した2ウェイ構成のZero1Fを加えた第2世代のシリーズに発展し、爽やかに拡がる音場感の豊かさと、明るくダイナミックな表現力により好評を得ている。今回は、平面振動板ユニット採用のZero7の上級機種として、シリーズのトップに位置づけられるZero1000が登場した。
 ユニット構成は、標準的な3ウェイ構成に、さらにスーパートゥイーターを加えた4ウェイ方式。ファインセラミック振動板を初めてウーファー用コーンに導入した32cm口径ウーファーをベースとし、同じ振動板材料を、これもドーム型スコーカーに初採用の7・5cm口径ユニットを中音に、トゥイーターも同様な3・5cmドーム型、それに独自のダイナフラットリボン型のスーパートゥイーターから成る。
 ウーファーコーンのファインセラミック化は、コーンの固有キャラクターの原因となる不要な高域共振を排除し、剛性が高いため大振幅時にも空気圧でコーンが変形したり歪むことがなく、透明でクリアーな、色づけのない安定したベーシックトーンが得られるメリットがあるという。
 スコーカーとトゥイーターは、半球に近いドーム形状を採用している。これは、モーダル解析により求めた理想的な形状とのことで、周波数特性、指向性ともに優れた基本設計である。特に、7・5cm口径のスコーカーユニットは、80年代のドーム型ユニットらしい設計で、従来のハードドーム型ユニットとは基本的な設計が異なっている点に注意したい。
 一般的に、ドーム型スコーカーでは振動板の前にイコライザーを設けるが、Zero1000のユニットにはイコライザーがない。ダイアフラムの内側も、従来は振動板材料固有のキャラクターを抑える目的で制動剤を塗布したり、貼りつけたりしてコントロールする例が多かった。この方法は、確実で容易な手段であるが、振動板重量が増加し、能率の低下や聴感上での鋭いピークの伸びや分解能を損ないやすく、せっかくの高剛性、軽質量のメリットが活かせないためにダイナミックスを抑える傾向が強い。Zero1000では、振動板を直接制御する方法を排除し、ファインセラミックの利点がフルに活かされている。この、イコライザーレス、フリーダンプダイアフラムの2点は、進歩した設計による現代ドーム型ユニットの特長で、今年登場の、優れたハードドーム型ユニットを採用した高級ブックシェルフ型システムに共通の、注目すべき技術革新である。
 エンクロージュア型式は、Fシリーズがすべてバスレフ型であることと対比的に、完全密閉型であるのがZero1000の外観上の特長であろう。エンクロージュアは、一般的にチップボードや積層板といった板材を切断して組み立てる方法が採用されているが、Zero1000のエンクロージュアは、それとは根本的に異なった材料が導入されている。
 ブルーグレイ調にカラーリングされたフロントバッフルは、フラットバッフルでは避けられない回折効果による指向性の乱れを俳除するために、微妙なカーブを描くスーパー楕円形状が採用されている。4個のユニットを直線配置とすると、ユニットマウント用の穴をあけることによる強度不足が問題になってくるが、今回はこの解決方法として、最も響きが美しい木材を超えるヤング率や内部損失をもった特殊レジンを材料に選択している。さらに、一体成型モールドの利点を活かして、バッフル裏側に強度を確保する目的で複雑なリブ構造を施し、理想的なフロントバッフルを作りあげている。実際に叩いてみても、その響きは木材と判断しかねる印象だ。また、裏板部分も、エンクロージュア内部の定在波の処理やユニットの背圧問題、不要振動の排除などの多角的な影響を抑えるために、裏板中心部分の板厚が最も薄く四隅が厚い、逆ピラミッド型に裏板内側が成型されている。この特殊形状を、チップボードを一体成型するウッドキャスティングにより可能としている。なお、側板、天板と底板は、一般的な板材使用である。
 ネットワークも重要な部分だが、高級機相応の高品質、低損失設計であり、レベルコントロールは定インピーダンス・ステップのスイッチ切替型である。
 その他構造上の特長として、低域のダイナミックレンジを拡大するために、ウーファーの磁気回路ブロックとエンクロージュア裏板間を強力なボルトでつなぎ、最適位置で固定してあるのも見逃せない。
 ややトールボーイ型のZero1000は、ステレオサウンド試聴室では床上約25cmほどに設置して、最適バランスが得られる。音の粒子は細かく滑らかで、基本的に柔らかい音とナチュラルに伸びた帯域バランスをもつ。音の反応はシャープでダイナミックであり、誇張感のない実体感とディフィニションの優れた音場感の透明さは、紙のコーン採用のシステムとは異次元の再生能力だ。使いこなしには努力を要するが、その結果は想像を上廻る見事なものである。

JBL 4435, 4430

菅野沖彦

ステレオサウンド 61号(1981年12月発行)
「Best Products 話題の新製品を徹底解剖する」より

 人によっていろいろな形に見えるであろう奇怪なホーンの開口部。JBL呼んでバイラジアルホーン、これが新しいJBLスピーカーシステムの個性的な表情であり、技術改良の鍵でもある。このホーンの設計は、水平・垂直方向それぞれ100度の範囲での高域拡散を実現することを目標に行なわれた。しかも、このホーンによって放射される周波数帯域は、1kHz~16kHzという広いものである。この奇怪な形状のホーンの威力は、まことに大きいものがある。このところマルチユニット化によって広周波数帯域の実現を目指してきたJBLが、この4435、4430において突如2ウェイによるシステムを発表したことは、われわれにとっても驚きであった。ご承知のように、4341に始まり4343、4345へと発展してきたJBLモニターシステムは、その旗艦4350を含め、すべて4ウェイを採用してきた。マルチユニットやマルチウェイというのは、スピーカーシステムの構成上一種の必要悪であることは多くの専門家の認めるところだが、この必要悪をいかに上手く使いこなし、その弊害を抑えてワイドレンジ化を図り、広指向性を実現しそして高リニアリティを追求していくというのがJBL高級スピーカーシステムの歴史であった、と私は理解してきた。同じウェスターン・エレクトリックの流れをくむアルテック社が、そのまま2ウェイを基本にしてアイデンティティを確立してきたことに対して、JBLの技術的な姿勢の堅持こそ、この両雄の健全な対時だと思っていた。そこへ急に2ウェイの高級モニターシステムが登場したのだから、こっちはびっくりする。アルテックがコンシュマー用のシステム、いわゆるHi-FiプロダクツでJBLに追従する姿勢をとり始めたことを苦々しく思っていたら、今度はJBLがアルテックのプロ用の、頑固なまでの2ウェイ姿勢と真正面からぶつかった。鷹揚で豊かなアメリカは今やなく、まるで日本のメーカー同志のような熾烈な競争のために〝こだわりの精神〟も〝誇り〟もかなぐり捨ててしまうようになったのであろうか……。もちろん、2ウェイがアルテックの特許でもないし、マルチウェイ・マルチユニットや音響レンズはJBLだけのものではない。そしてまた、同じ2ウェイといっても今回のJBLの新製品は、アルテックの2ウェイとはまったくとはいかないまでも、決して同類のものとはいえないユニークでオリジナリティのある開発である。この点ではまったく同じものを作って平然としている日本メーカーの体質とは比較にならないほど、まだ高貴な品位を保っているとは思う。しかし、この明らかなるJBLのテクノロジーの変化というか多様化というものは、オーディオ界の騎士道の崩壊であることに違いなかろう。技術の進歩は自ずから収斂の傾向をとるものだから、これは当然の成り行きとみることもできるだろう。しかし、もしそうだとするのなら、JBLは明らかにウェスターン・エレクトリックの主流派アルテックに脱帽せねばならないのだ。そして、脱帽されたアルテックの方も、Hi-FiプロダクツでのJBLへの追従を深く恥じるべきなのだ。
 こうなってくると、終始一貫あのデュアルコンセントリック1本で頑張っているジョンブル、タンノイなどは立派なものだ。しかし、それがいつまで通用するか。第2次大戦後、食糧難に日本中が飢えていた頃、頑としてヤミの食糧を食わずに餓死した高潔の士もいたことを思い出す。とにかく、メーカーにとっても我々ファンにとっても、騎士道や貴族性の保てた時代が終焉を迎えたことは事実らしい。それは、あたかも18~19世紀の貴族お抱えのオーケストラが、現代のような自立自営のオーケストラへの道をたどったプロセスにも似ているようだ。より広く大衆のものになり、経済競争に巻き込まれ、技術は向上したが文化的には首をかしげたくなるような、不思議な質的変化が感じられ、淋しさがなくもない。日本のオーディオ機器の多くは、今やスタジオからスタジオへ駆け廻り、何でも初見でばっちり弾いてのけるスタジオミュージシャンのようなものだ。さすがに欧米には、まだ立派なアーティストと呼べるようなアイデンティティとオリジナリティ、テクニックのバランスしたものがあるが、一方において日本のスタジオミュージシャンに職を追われつつある憐れな連中……いや機器も少なくはないのである。
 このような情勢の中でJBLの新製品4435、4430を眺めてみると、その存在性の本質をしることができるのではないだろうか。つまり、このシステムは時代の最先端をいくテクノロジーが、オーディオ界の名門貴族の先見の明の正しかったことを今さらながら立証し、かつその困難な実現を可能にした製品といえるように思う。
 JBLの製品開発担当副社長のジョン・アーグル氏が、去る9月のある日曜日の夜、我家に持ち込んで聴かせてくれた4435の音は素晴らしかった。一言にしていえば、その昔は私がJBLのよさとして感じていた質はそのままに、そして悪さと感じていた要素はきれいに払拭されたといってよいものだった。私自身、JBLのユニットを使った3ウェイ・マルチアンプシステムを、もう10数年使っているが、長年目指していた音の方向と、このJBLの新製品とでは明らかに一致していたのである。この夜、4435を聴く前に、私たちは、私のJBLシステムで数枚のレコードを聴いた。その耳で聴いた4435の音は、まったく違和感なく、さらに奥行きのある立体的なステレオイメージを聴かせてくれたのであった。私のJBLシステムは、JBLの人達も不思議がるほどよく調教されきった音である。善し悪しは別として、通常JBLのシステムから聴ける音と比べると、はるかに高音は柔らかくしなやかだし、中低域は豊かである。音の感触は、私の耳に極力滑らかに、かつリアリティを失わない輪郭の鮮明さをもって響くように努力してきた。その苦労の一端は、本誌No.60でご紹介してある。その音と違和感なく響いたことは、私にとって大きな驚きであったのだ。ちなみに、今春4345を同じように私の部屋で聴いた時には、私の想像した通りの一般的なJBLらしい音で、私のシステムとはほど遠い鳴りっぷりであった。
 音楽とオーディオの専門家、ジョン・アーグル氏との歓談の方にむしろ興じてしまった一夜ではあったが、この新しいJBLのシステムのなみなみならぬ可能性は、少なくとも私が旧JBLユニットに10年以上かけてきた努力を上廻る成果を、いともたやすく鳴らしてしまったことからも察せられた。
 製品の技術データを見ればうなずけることだが、4435、4430の何よりの特長は、ステレオフォニックな音場イメージの正確な再現性にある。これは、モニターシステムのみならず、鑑賞用システムとしても非常に重要な点で、音楽演奏の場との一体感として働きかけるステレオ再生の最も重要な意味に関わる問題を左右するものである。レコード音楽がもつ数々の音楽伝達要因の中でも、モノーラルとステレオの違いがきわめて大きなものであることは、今さらいうまでもない。ステレオの魅力を最大限に発揮させるために重要なものは、リスニング空間全般に可聴周波数帯域のエネルギーをフラットに拡散し得る、アコースティカルに特性の揃った一組のスピーカーの存在である。それも、できる限り2次、3次反射によらずにトータルエネルギーがフラットであることが望ましい。4435、4430は、新設計の定指向性ホーンとワイドレンジ・コンプレッションドライバー、巧妙な設計の2ウェイネットワーク、新採用ウーファーの特性とのコンビネーションにより、そうした目標に大きく近づくことになった。また、このホーンはショートホーンであるため、ウーファーとトゥイーターの振動系の機械的ポジションを同一線上に配置することが可能となり、構成ユニットの位相ずれの心配はない。これら新設計のユニットは、特性的にも最高の技術水準にあるもので、1kHzのクロスオーバーで実現した2ウェイコンストラクションとしてはスムーズなつながりとワイドレンジ、高リニアリティ、高能率と低歪率、すべてのスペックを最高のデータでクリアーしている。2421ドライバーの振動板は、ダイアモンドサスペンションと呼ばれるユニークなパターンのエッジをもつアルミダイアフラムである。
 4430は2ウェイ・2スピーカーシステム、4435はこれをダブルウーファーとした2ウェイ・3スピーカーシステムである。この2機種のシステムの試聴は、本誌試聴室で行なったが、この両者について簡単に甲乙をつけることは危険だと思う。パワーハンドリングについては、4435の方により大きなポテンシャルがあるのは当然だが、本誌試聴室での結果では、4430の方がバランス上好ましかった。しかし、4435も私の部屋で鳴ったような音は出なかったので、このあたりは部屋とのバランスで考えなければならない問題だろう。ブラック・ムーニング (アメリカで流行の若者の奇行のこと)を想起させる異様なバイラジアルホーンの姿とともに、このシステムはJBLの技術史上に重要な足跡を残す、意味のある新製品だ。

デンオン DP-100M

井上卓也

ステレオサウンド 61号(1981年12月発行)
「THE BIG SOUND」より

 業務用プレーヤーシステムでは最高の性能と信頼性を誇るデンオンの最高級大型プレーヤーシステムが、現実に姿を見せたのは昨年のオーディオフェアであったが、今回、ついに製品として発売されることになった。
 受註生産として発売されるこのモデルには、電子制御方式の標準型トーンアームが付属したコンプリートなプレーヤーシステムDP100Mと、アームレスタイプのDP100の2機種があるが、その基本型には変りはない。
 デンオンのフォノモーターは、回転系性能を向上させるために、DD型の最初期からいちはやく高精度磁気記録検出方式によるスピード制御を開発。ほかにも回転の滑らかなACサーボモーター、クォーツ位相制御をはじめ、アコースティックフィードバック対策として開発された2重構造ターンテーブルやアームフローティング機構、さらに水平・垂直両方向を電子的にダンピングする電子サーボアームなど、独自の技術内容をもつ開発がアクティブに行なわれており、すでにもっとも信頼すべきメーカーという高い評価を確立している。
 今回、DP100Mに採用されたモーターは、本来カッティングレーサーや放送局用プレーヤー用に開発されたアウターローターAC3相サーボ型で、AC3相駆動方式とすることにより、振動や逆転トルクとして働く回転磁界の3の倍数次高調波が打ち消し可能となった。また、ローターとステーターの間にギャップ差があっても磁束が自動的に均一となる特殊巻線方法、防振構造の採用とあいまって、SN比90dB(DIN−B)とワウ・フラッター0・003%WRMS(回転系)を実現している。
 ターンテーブルは、重量6・5kgの厚肉アルミ鋳物製。モーターのローターに固定された下部ターンテーブルとレコードを載せる上部ターンテーブルは、フルイドダンパーとスプリングによる2重構造で、音響的ハウリングに強く、固有振動が少ない独自の機構設計である。 
 モーターシャフトは直径14mm、SU304材を使用し熱処理、研磨、ラッピング仕上げが施されている。ラジアル軸受けは銅錫合金系材料を使用、スラスト軸受けはサファイア使用であり、ターンテーブルに8G以上の外力が加わると緩衝機構が動作して保護する設計だ。
 トーンアームは電子制御型で、トーンアームの低域共振による影響を最少値とする低域カットオフ周波数調整と、低域共振レベルを抑えるダンピング量の調整が可能である。針圧対応アンチスケーティング機構、アームリフターも電子的にコントロールされ、リフターの下降スピードも微調整が可能だ。機構的には、ストレートとS字型パイプアーム交換方式のスタティックバランス型。ストレートアームのヘッドシェルは、3層ラミネート構造による無共振型である。なお、高さ調整はヘリコイド式で、約8mmの範囲で可変することができる。トーンアーム取り付け部分は、ターンテーブルと同様、スプリングとオイルダンパーによりフレームは重量級の厚肉アルミ鋳物製で、スプリングとオイルダンパーにより固有振動を3・5Hzに設定したインシュレーターを装備する。このインシュレーターは、付属の6角レンチを用いて最大10mmの高さ調整が可能であるため、プレーヤーの水平をとることもたやすい。
 操作系では、15mm厚のガラスを使用した自照式パワースイッチとスタート/ストップスイッチ、回転数およびピッチのデジタル表示窓と並び、右端にはアームリフタースイッチを配している。ポケット内にはSPレコード用の78回転を含む3スピードの回転数切替、0・1%ピッチで±9・9%までクォーツロックのまま可変で切るシンセサイザーピッチコントロールのプッシュボタン・スイッチ、ダンピング、カットオフ周波数、リフター降下速度、アンチスケート調整の回転型ツマミが収納されている。
 DP100MにS字型パイプをマウントし、重量級MC型カートリッジから軽量級MM型カートリッジにいたるまで、数種類の製品を使って試聴をはじめる。基本的には、スムーズでキメ細かく滑らかな帯域レスポンスがナチュラルに伸びた、デンオンのサウンドポリシーを備えている。しかし、カッターレーサー用のモーターを備えた、全重量48kgという超重量級システムであるだけに、重心は低い。本来の意味での安定感が実感できる低域をベースとした、密度の濃い充実した再生音は、DD型はもちろん、ベルトや糸ドライブ型まで全製品を含めたシステム中でのリファレンスシステムという印象である。この表現は、このDP100Mのために用意されていた言葉である、といいたいほどの音質、信頼性、性能の高さをもつ。カートリッジによって低域カットオフ周波数調整はシャープな効果を示し、その最適値を聴感上で明瞭に検知することは、予想よりもはるかにたやすい。総合的に見事な製品である。

タスカム 224

タスカムのミキサー224の広告
(別冊FM fan 33号掲載)

224

ジュエルトーン JT-RIII

ジュエルトーンのカートリッジJT-RIIIの広告
(別冊FM fan 33号掲載)

JT-RIII

オンキョー D-7

オンキョーのスピーカーシステムD7の広告
(別冊FM fan 33号掲載)

D7

マクセル EW-340, HE-44, AE-320

マクセルのカセットデッキアクセサリーEW340、HE44、レコードクリーナーAE320の広告
(別冊FM fan 33号掲載)

maxell

富士フィルム ER

富士フィルムのカセットテープERの広告
(別冊FM fan 33号掲載)

ER

フォステクス FF125

フォステクスのフルレンジユニットFF125の広告
(別冊FM fan 33号掲載)

Fostex

ラスク I-5025, I-4030

ラスクのインシュレーターI5025、I4030の広告
(別冊FM fan 33号掲載)

RASK

オーディオテクニカ AT1000, AT34EII, AT31E/G, AT33E, AT1000T

オーディオテクニカのカートリッジAT1000、AT34EII、AT31E/G、AT33E、昇圧トランスAT1000Tの広告
(別冊FM fan 33号掲載)

AT1000

ソニー UCX-S

ソニーのカセットテープUCX-Sの広告
(別冊FM fan 33号掲載)

UCX-S

TDK MA, MA-R

TDKのカセットテープMA、MA-Rの広告
(別冊FM fan 33号掲載)

MA-R

ソニー SS-RX7

ソニーのスピーカーシステムSS-RX7の広告
(別冊FM fan 33号掲載)

SS-RX7

フィデリティ・リサーチ FR-66fx, XF-1

フィデリティ・リサーチのトーンアームFR66fx、昇圧トランスXF1の広告
(別冊FM fan 33号掲載)

FR66fx

SME 3010-R

SMEのトーンアーム3010Rの広告(輸入元:ハーマンインターナショナル)
(別冊FM fan 33号掲載)

3010R

サンスイ SP-V100

サンスイのスピーカーシステムSP-V100の広告
(別冊FM fan 33号掲載)

SP-V100

トーレンス TD126MkIIIc, TD226, REFERENCE

トーレンスアナログプレーヤーTD126MkIIIc、TD226、REFERENCEの広告(輸入元:ノア)
(別冊FM fan 33号掲載)

TD226

テクニクス SU-V7

テクニクスのプリメインアンプSU-V7の広告
(別冊FM fan 33号掲載)

SU-V7

ヤマハ NS-690III, MUSIC, MUSIC ex, STUDIO ex, METAL

ヤマハのスピーカーシステムNS690III、カセットテープMUSIC、MUSIC ex、STUDIO ex、METALの広告
(別冊FM fan 33号掲載)

NS690III

トリオ KP-800

トリオのアナログプレーヤーKP800の広告
(別冊FM fan 33号掲載)

KP800

エレクトロボイス Interface:AIV

黒田恭一

サウンドボーイ 10月号(1981年9月発行)
特集・「世界一周スピーカー・サウンドの旅」より

 これもまたアメリカのスピーカーであるが、エレクトロボイスは、アメリカのミッド・イーストを代表するメーカーである。このスピーカーのだす音を、ほんの1分もきけば、そのことは、誰にでもわかるはずである。ひとことでいうと、都会の音──とでもいうことになるであろうか。辛口の音である。ウェストコーストを出身地とするスピーカーの、あのあかるく解放感にみちみちた音とは、ひとあじもふたあじもちがう音である。同じアメリカのスピーカーでも出身地がちがうのであるから、JBLやアルテックをきいたレコードとはちがうレコード、つまりビリー・ジョエルやトーキング・ヘッズのレコードを、かけてみた。
 ビリー・ジョエルやトーキング・ヘッズのレコードをきいてみて、なるほどと納得のいくことが多々あった。トーキング・ヘッズの音楽のうちの棘というべきか、鋭くとがったサウンドを、このエレクトロボイスのスピーカーは、もののみごとに示した。もし、時代の影といえるようなものがあるとすれば、そのうちひとつがトーキング・ヘッズの『リメイン・イン・ライト』できける音楽のうちにあるのかもしれない。そういうことを感じさせる、このエレクトロボイスのきこえか方であったということになる。
 ビリー・ジョエルの『ニューヨーク52番街』は、音楽の質からいっても、性格からいっても、トーキング・ヘッズのレコードできけるものとずいぶんちがうが、きこえた音から、結果的にいえば、似たところがあるといえなくもない。つまり、リズムの示し方の、切れの鋭さである。いや、もう少し正確にいえば、リズムの切れが鋭く示されているというより、リズムの切れが鋭く示されているように感じられるということのようである。
 そのように感じられるのは、おそらく、このスピーカーの音が、ウェストコースト出身のスピーカーのそれに較べて、いくぶん暗いからである。
 しかし、音が暗いといっても、このスピーカーの示す音には湿り気は感じられない。音は充分な力に支えられて、しゃきっとしている。ひびきの輪郭がくっきり示されるは、そのためである。
 ハーブ・アルバートの『マジック・マン』のきこえ方などは、まことに印象的であった。アルバートによるトランペットの音がいつになくパワフルに感じられた。トランペットの音の直進する性格も充分に示されていたし、リズムの切れもよかった。音場感的にもひろがりがあってこのましかった。ただ、ひびきが、からりと晴れあがった空のようとはいいがたく、いくぶんかげりぎみであった。そういうことがあるので、ウェストコースト出身のスピーカーできいたときの印象と、すくなからずちがったものになった。
 こうやって考えてくると、このスピーカーの魅力を最大限ひきだしたのは、どうやら、トーキング・ヘッズのレコードといえそうである。そこで示された鋭さと影は、まことに見事なものであった。

BOSE 301 Music Monitor

黒田恭一

サウンドボーイ 10月号(1981年9月発行)
特集・「世界一周スピーカー・サウンドの旅」より

 このスピーカーはいい。価格を考えたら大変にお買得である。
 むろん、スケール感がほしいとか、腰のすわった低音をききたいとか、あれこれむずかしい注文をだしても、このランクのスピーカーに対応できるはずもないが、きかせるべき音を一応それらしく、あかるい音で、すっきりきかせる。小冠者、なかなかどうしてようやるわい──といった感じである。きいていて、いかにもさわやかで、気分がいい。
 このボーズ301MUSIC MONITORのきかせる音は、ひとことでいえば軽量級サウンドである。それにしても、吹けばとぶような音ではない。しんにしっかりしたところがあるので、音楽の骨組みをあいまいにしない。そこがこのスピーカーのいいところである。なかなかどうしてようやるい──と思えるのは、そういういいところがあるからである。
 ハーブ・アルバートのレコードのB面冒頭には、しゃれたアレンジによる「ベサメ・ムーチョ」がおさめられているが、それなどをきいても、いくぶん小ぶりな表現ながら、細部を鮮明に示して、あざやかである。このアルバートによる「ベサメ・ムーチョ」は、深いひびきのきざむリズムにのってはこばれるが、あたりまえのことながら、本当に深いひびきは、このスピーカーではきけない。それをきこうとしたら、やはりどうしても大型のフロアースピーカーのお世話にならなければならない。しかし、このボースの301MUSIC MONITORは、その深いひびきの感じを、一応、それらしく示す。
 音場的なひろがりの面でも、このスピーカーは、あなどりがたい。ハーブ・アルバートのレコードが、せまくるしくあつくるしくきこえたら、きいていてやりきれなくなるが、その点で、このスピーカーの示す音場とひびきの質は、このましい。あくまでもさわやかであり、すっきりしている。このスピーカーもまた、ウェストコースト・サウンドの特徴をそなえているといっていいように思う。
 マーティ・バリンのレコードもよかった。うたわれた言葉はシャープにたちあがる。ただ、難をいえばリズムをきざむソリッドな音に力が不足している。そういうこのスピーカーのいくぶんよりよわいところが、ランディ・マイズナーのレコードではより強く感じられるとしても、決して湿っぽくなったり、ぐずついたりしないひびきのこのましさがあるので、致命的な弱点とはいいきれない。
 アルバートのレコードにしても、バリンのレコードにしても、マイズナーのレコードにしても、大滝詠一のレコードにしても、音がべとついたり、ぼてっとしたりしたら、それぞれのレコードできける音楽の本質的な部分がそこなわれ、その音楽の最大のチャーミング・ポイントをたのしめないことになる。すくなくともそういうことは、このボーズの301MUSIC MONITORではない。
 もし環境の面で許されるなら、パワーを少し入れてやると、ひびきの力感に対しての反応もよりこのましくなるであろうし、このフレッシュな音をきかせるスピーカーは、魅力充分といえそうである。

アルテック Model 6

黒田恭一

サウンドボーイ 10月号(1981年9月発行)
特集・「世界一周スピーカー・サウンドの旅」より

 JBLのL112をきいた後でこのスピーカーをきいて、そうか、そうであったな、これもまたウェストコースト出身のスピーカーであったなと思わないではいられなかった。それほど、JBLのL112とこのアルテックのMODEL6とでは、ちがう。したがって、そういことがあるので、出身地別でスピーカーに安易にレッテルをはることはつつしまなければならない。ことはまことに微妙である。よほど用心してかかる必要がある。さもないと、とんでもない誤解をしてしまいかねない。
 しかし、このアルテックのMODEL6もまた、まきれもなく、アメリカのウェストコースト出身のスピーカーの特性をそなえている。それがなにかといえば、ひびきのおおらかさである。ひびきのおおらかさはJBLのL112でも充分に感じられたものであるが、それとこれとのいずれでよりきわだっているかというと、このMODEL6においてである。ただ、すぎたるはおよばざるがごとし──ともいう。このスピーカーの音は、たしかにおおらかではあるが、おおらかにすぎたといえなくもない。
 たとえば、マーティ・バリンのレコードで、例の「ハート悲しく」をきくと、JBLのL112できいたときより、陽気な歌に感じられる。ひびきが、おおらかで、率直な分だけ、この歌の影の部分が薄くなったというべきであろうか。バリンの声には独自のかすれがあるが、それを充分に感じとれるとはいいがたい。その辺にこのスピーカーの多少の問題がある。
 しかし、JBLのL112とこアルテックのMODEL6では、価格の面でわずかとはいいがたい差があるから、同列において四の五のいったら、アルテックのMODEL6に対してフェアでない。判断する場合には、その価格の面での差を割引いて考える必要があるものの、スピーカーの音の性格として、鋭角的なひびきより丸みのあるひびきの表現にひいでているということはいえるにちがいない。
 たとえば、ランディ・マイズナーの『ワン・モア・ソング』をかけたときのサウンドなどは、ききてをのせる。中域の音が充実しているからであろう。そのストレートなサウンドは、爽快である。ただ、これは、このランディ・マイズナーのレコードでも、マーティ・バリンのレコードでも、そして大滝詠一のレコードでもいえることであるが、総じて、声より楽器の音の方がきわだちぎみで、声、ないしはうたわれている言葉は、ともすると楽器のひびきの中にうめられる傾向がある。
 ハーブ・アルバートのレコードもわるくない。アルバートによって吹かれたトランペットの音が、その特徴をきわだてているとはいいがたいが、音楽の力感をよく伝える。そのようなことから、このスピーカーの音のもちあじを、こだわりのない率直さということもできるであろう。
 音楽の力強さをすとんと示すが、ひびきの微妙なところにこだわる人は、そこにものたりなさを感じるのかもしれない。しかし、このスピーカーのきかせる音には、俗にウェストコースト・サウンドといわれる独調のひとつである解放感があることはまちがいない。