井上卓也
オルトフォンのすべて(ステレオサウンド別冊・1994年2月発行)
「オルトフォンカートリッジが聴かせる素晴らしきアナログワールド」より
オルトフォンのMC1000番シリーズは、それぞれの発表時点での最先端技術と素材を集約して開発された、文字どおり世界のMC型カートリッジの頂点を極めたモデルで形成されたシリーズである。
1982年発表のMC2000が、その第一弾製品で、続いて1987年のMC3000、1989年のMC2000MKII、1990年のMC5000が発表され、昨年のオルトフォン創立75周年を記念したMC7500というのが、そのラインナップである。
MC7500は、オルトフォンがステート・オブ・ジ・アートモデルとして自信をもって開発しただけに、SPUに始まる各MC型はもとより、MM型を含む、オルトフォン全製品の内容を一点に凝縮した成果であり、最新のMC型カートリッジの究極モデルといっても過言ではない稀有なモデルだ。
振動系は、SPU以来のオルトフォンタイプではあるが、MC1000番シリーズ共通の特徴は、コイル巻枠が、オルトフォンの特徴でもある伝統的な磁性体巻枠を廃し、非磁性体巻枠採用の、いわゆる空芯型MCに発展させたことである。
MC7500では、巻枠には、MC5000同様のカーボンファイバーが使われ、コイル線材は、究極の純度をもつ8NCu30μm径被覆ワイアー、カンチレバーはテーパードアルミパイプである。針先は、前作は2つの楕円面を組み合わせたレプリカント型だったが、ここでは、新開発の4・5×100μmの超偏平形状のオルトライン型に変った点に注目したい。
サスペンション系は、MC2000で開発された、2個の厚いゴムリングの間に白金ワッシャーをサンドイッチ構造としたダンパーとSPU以来の伝統をもつニッケルメッキ・ピアノ線の組合せである。
磁気回路は、ネオジウムマグネットを軸に、磁気ギャップ内の磁界分布を滑らかにしたポール形状の組合せで、コイル部分を純粋MC型とした相乗効果により、リニアリティが一段と改善された、とのことだ。
ボディシェルは、軽質量、高剛性であり耐蝕性に優れた非磁性体のチタンを初めて採用し、それをブロックから削りだし、表面仕上げはダイアモンド研磨、銘板はレーザーカット、ヘッドシェルとの接合部は、MCサプリームシリーズ同様の3点支持方式が採用されている。
MC5000の振動系は、十文字型カーボンファイバー巻枠と7NCuワイァーの組合せ、カンチレバーは、0・3mm径ソリッドサファイア、針先は、カッター針と同形状のスイス・フリッツガイガ一社と共同開発のレプリカント100タイプである。ネオジウムマグネットを使った磁気回路を備える。なお、ハウジングはセラミックである。
MC2000MKIIは、MC2000をベースに、その後の技術的発展と素材選択などの成果を最大限に集約し内容を高め、しかもリーズナブルな価格を実現した注目に値するモデルである。
モデルナンバーは、MC2000を受け継いではいるが、内容的にはだいぶ異なっている。
振動系はアルミパイプカンチレバーとフリッツガイガー90タイプスタイラスチップ、十文字カーボンファイバー巻枠と6NCuワイアーの組合せ、サスペンション系はシリーズ共通のワイドレンジダンピング方式とニッケルメッキピアノ線を使うタイプである。ボディシェルは、MC5000と同じセラミック製だが、色調は異なる。
MC7500
MC7500に、T7500/T7000昇圧トランスを組み合わせて音を聴く。針圧、インサイドフォースキャンセラーは、適正値である2・5gである。
広帯域型のレスポンスと粒立ちがよく、クッキリと音の細部までを鮮明に見せる音だ。大変にクォリティが高く、音の鮮度の高さも、さすがにステート・オブ・ジ・アートとオルトフォンが自負するだけに見事ではあるが、本誌新製品テストで聴いたときの、音楽の感動がひしひしと心にせまる、これならではの音ではないのだ。
試聴に先立ち、編集部でも約2時間ほどの時間をかけ調整をしたが、どこか思わしくないと言っていたが、それが納得できる音である。一般的にオーディオ機器は、その性能が向上するにつれ最適な使用条件の幅が狭く、寛容さを失いがちとなるデメリットが共存するため、条件設定は、かなりのシビアーさが要求されるものである。とくにカートリッジの音は、まさに一期一会そのもので、まったく同じ音は2度と聴けないことを知るべきである。
しかし、部屋の吸音、反射条件などを含め約2時間ほど追い込んで、ほぼ同じ印象の音が得られた。
試聴したMC7500は、ある程度使われていたようだが、針圧は少し重い方向で、最適値が得られた。針圧は2・5gプラス0・1gあたりが最適値。インサイドフォースキャンセルは、2・5gとしたが、この調整でも音が大幅に変るのは、アナログオーディオの常である。
古いディスクにおいても、音の芯のシッカリとした特徴とほどよくメタリックな印象を、巧みに引き出して聴かせるが、低域は軟調、高域は硬調が基調で、古い録音のディスクにたいしては、同じオルトフォンでもやはりSPUのテリトリーであろう。
新しいディスクには、その真価を発揮し、スクラッチノイズの質は軽く、ソフトで楽音に無関係で非常に見事だ。帯域レスポンスはナチュラルに伸びきり、音場感情報は豊かで、パースペクティヴな再現性は奥にも深々と引きがあり、聴感上での高いSN比をもつため、CDでは得られないホールの空間を聴かせるプレゼンスの豊かさは圧巻である。
音のディテールを克明に引き出しながら全体のまとまりは崩れず、ピークでの音の伸び方に誇張感がなく、ナチュラルに無限の空間に際限なく伸びる印象すらある。
音の表情は生気があり活き活きとした鮮度感が小気味よく、とくにコーラスなどのピークでも各パートがクリアーに分離され、いかにも、その演奏会場にいるかのようなリアリティのあるプレゼンスが聴かれる。
ポップス系にもフレキシブルな対応を示し、抜けのよいパーカッションはリズミカルで反応に富み、混濁感皆無のハイレベル再生能力は、アナログディスクの極限をいくものだ。
ストレートでパワフルな音は、いまひとつの不満が残るが、ヘッドシェルやトーンアームの選択でクリアーできるであろう。
まさしく、MC7500は、カンチレバータイプで前人未到の領域に入った記念すべきMC型カートリッジである。
MC5000
MC5000は、T7500と組み合わせて聴いてみよう。針圧とインサイドフォースキャンセラーは、適正値2・5gから始める。
充分に伸びた帯域レスポンスと、音の粒立ちがよく、芯のクッキリとした安定度の高い音であり、細部をほどよく聴かせる一種の曖昧さは使いやすさにつながる長所であろう。針圧変化に対する音の変化は、MC7500よりマイルドで、2・6gプラスとすると彫りの深さが加わり、表情も活気づき、アナログのよさが実感できる好ましい音だ。
新旧ディスクとの対応も良く、どちらかといえば、自己の個性を通して聴かせるタイプで、ポップス系も巧みにこなし、ほどよい強調感が快適で、リズミックな反応もよい。MC1000番シリーズでは個性派の音で、いかにもアナログディスクを聴いている独自のリアリティは、このモデルならではの魅力だ。
MC2000MKII
MC2000MKIIは、シリーズの特徴を集約した音である。ほどよい鮮度感をもち、しなやかでスッキリした音は心地よい。やや受け身型の性質だが、ナイーヴさは独自の味だ。
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