AR ES-1 + SME 3010-R

早瀬文雄

ステレオサウンド 90号(1989年3月発行)
「アナログプレーヤー徹底試聴 アナログ再生を楽しむプレーヤー4機種を自在に使いこなす」より

 ハイテクなデジタル世界にはおよそ縁のない、素朴な雰囲気。まるで、均質化に向かうハイテクの冷たい軽さをさりげなくかわしているようなその風貌。ユルユルと回るディスクに、そっと針を落とす。懐かしいサーフェイスノイズはソフト。響きには、とろっとした、あぶらの乗った落着きがある。角を立てない中高域、ウォームグレイなニュアンスのある中低域。アルゲリッチも、リラックスした響きになる。クレーメルさえも、クールな佇まいをひっこめて、穏和なあたたかみを見せている。フィッシャー=ディスカウの力のこもった声も妙にりきんだり、硬くなったりしない。
 リファレンスプレーヤーのマイクロSX8000IIが描き出す、目前に演奏者が生々しく見えるようなリアリティとは違った落ち着いた雰囲気がある。クールでお上品な透明感を第一義とする向きには不満と苛立ちを残すかもしれない。オーディオライフにおける過酷な過去を、時が過ぎれば、楽しい思い出にしてしまえる練れた人だけではなく、音楽に安らぎをもとめる人にも、これはいい。物理的性能のみに固執するウブな人には、はっきりいって向かないパートナーといえる。

マークレビンソン No.25L + PLS-226L

早瀬文雄

ステレオサウンド 90号(1989年3月発行)
「スーパーアナログコンポーネントの魅力をさぐる フォノイコライザーアンプ12機種の徹底試聴テスト」より

 C280Lのラインアンプと響きの内面性において確執する部分があるように聴けた。物理的には申し分のない情報量、解像力をもち、音場の広がりはプリアンプの限界内を完全に埋めつくしている。SMEのような粗削りな彫刻的な感じはないが、音像の輪郭は繊細でディティールの表現は緻密な精度感がある。きわだった音色感がないため、リファレンスプリの性格を反映する鏡のような面が顔を出す点が興味深い。ここまでくるともうラインアンプ、パワーアンプのテストをしている錯覚に陥る始末だ。JBL4344もモニター調の鳴り方となり、ソースの個性、録音の質的要素を遠慮なく剥き出しにしようとする。それだけに、隠れていた良さも確実に拾い出ししてくれはするのだろうが、その可能性を活かすには、入力系を含め組合せのバランスを確保することが前提となろう。じっくり追い込んで使うべき存在だ。

リン LP12 + Ittok LVII

早瀬文雄

ステレオサウンド 90号(1989年3月発行)
「アナログプレーヤー徹底試聴 アナログ再生を楽しむプレーヤー4機種を自在に使いこなす」より

 よんどころない事情で、あるいは、ついうっかり魔がさして、大艦巨砲型プレーヤーを手放してしまった貴方。押し流されるようにしてCDにいれこんでいる貴方。そろそろオーディオって何だっけ、という素朴な疑問を抱き始めているのではないか。こんな時代だからこそ、このなにげない風体のLP12が、妙に懐かしく、眠っていたオーディオ的帰巣本能が目を覚ます。時代の泡と消えた多くの製品たちに「アデュー」と、そっと呟きながら、流行り廃りの逆風をうけてたつ「リン」の一連の製品。頑固ともいえる個性の一貫性。合理性と執念の見事なバランス。
『謝肉祭』を聴くと、このレコードのプロデューサーの意図が少しずつ見え始める。つまりここでの人選の妙、音色の対比が、なるほど、と納得させられる。
 サーフェイスノイズはややドライでマットなイメージで、刺激性の、ピッチのたかい成分はすくないようだ。音場は適当に拡がり、見通しもいいほうだ。こってりした、まとわりつくような情緒性はなく、むしろ淡白で上品な表現。しかし、アルゲリッチの鋭いタッチでの音の伸びも過不足なく呈示されている。フィッシャー=ディスカウの声もテンションが上がり、色彩感も豊かさを増す。にもかかわらず、けして「過剰」に陥ることがない。時にやや一本調子な響きになることがあるのは、ヤマハ製ラックとの相性に問題があるのかもしれない。ディティールの表現も、樹をみて森を見ず、といった偏向がない。『シエスタ』は予期したほどクールに研ぎ澄まされた感じにはならず、アンプ系のキャラクターとのミスマッチを思わせた。
 以前、リンのワンブランドシステムで聴けた、とびっきり清潔で、まるで鼓膜までもが透明になってしまいそうなほど澄み切った、清冽な響きは、残念ながら今日は聴けなかった。ここがまたアナログの難しさ、面白さでもある。

ウエスギ UTY-6

早瀬文雄

ステレオサウンド 90号(1989年3月発行)
「スーパーアナログコンポーネントの魅力をさぐる フォノイコライザーアンプ12機種の徹底試聴テスト」より

 中高域のやわらかなふくらみと細身で緩やかに減衰するハイエンド、軽く控え目な低域の表現、濃厚な色彩表現と縁のないつつましい響き、などがこの製品の個性を形成している。
 アキュフェーズC280Lとは明らかにミスマッチの印象で、ぎりぎりのところで、UTY6が内にもった淡い個性が擦過され傷つけられているように思えた。これは、 U・BROS10と組み合わせて使うべきものなのだろう。とはいえ、鋭い立ち上がりを要求する響きにまったく追従しないということはなく、単に積極性に欠ける傾向があるということだろう。ある種の管球アンプが聴かせるような、長閑な響きが行き過ぎて間延びするようなところはなく、穏やかだが一応芯のある響きを聴かせてくれた。組合せに充分注意し、カートリッジを厳選することによって、このアンプがもつ傷つきやすい長所は、もっと活かされるはずだ。

ヘイブロック TT2 + High Performance

早瀬文雄

ステレオサウンド 90号(1989年3月発行)
「アナログプレーヤー徹底試聴 アナログ再生を楽しむプレーヤー4機種を自在に使いこなす」より

 ヘイブロックには、今様の希薄な倫理観が生み出すような、表層の刺激をなぞるだけの「刹那的」響きはまるでない。新参者だけに、貴種のおごりもまたない。不器用なほど真面目に作られ、いわば英国流アマチュアイズムにあふれているともいえる。リファレンスプレーヤー、マイクロのような疾風怒濤的パワー感はなく、全体にくすんだ渋さのある内向的な響きで、音場の拡がりは標準的。ハイエンドは軽くロールオフしているように聴け、色彩感や明暗のコントラストも穏やかな表現となる。空気感はあるが、曇り空を想起させる抑制の効いた、沈黙黙考型である。透けてみえるような透明感より、充実感をたっとんだ響き。
 低域の表現力はけっこうあって、重心の低い安定感に身を任せることができる。これが『シエスタ』では曲趣とマッチし、仄暗い哀愁を漂わせるあたり、かなりウェットな性格を持つ。ひとつ間違えるととめどない退屈と紙一重の、鈍い響きになるかもしれず、使いこなしで一つキラリと光る輝きをつけてあげることにより、ナイーヴな暗さを活かして使いたい。音楽を聴く時間をリッチにしたいあなたには不向きだが、ストイックに浸りこみたい人には、静かに、そして長く付き合える製品だろう。オーディオに飽きたふりをして、そっとのめり込みたい人に。

ゴールドムンド Mimesis 2

早瀬文雄

ステレオサウンド 90号(1989年3月発行)
「BEST PRODUCTS 話題の新製品を徹底試聴する」より

 ゴールドムンド社は、1975年頃、ミッシェル・レバションによって設立され、超弩級アナログプレーヤー、リファレンスを筆頭にスタジオ、スタジエッタなどのアナログプレーヤーや、T5型リニアトラッキング方式トーンアームを世に送り出していた。かつてはフランスに本拠を置いていたが、高い精度を維持すべく、精密加工技術のアベレージレベルや技術者の質が高いスイスのジュネーブに、5年ほど前に移転している。また、フランス人であるレバション自身もスイス国籍になっているという。
 同社は、スイスにおいて、現地のアンプメーカーのスイスフィジックス、およびテープレコーダーメーカーとして歴史を誇るステラボックス社を吸収合併させ、本格的にアンプメーカーとしても活動を開始した。
 今回発表されたコントロールアンプ、ミメイシス2はすっきりとした薄型デザインで、比較的奥行きの深いプロポーションをもつ。細部の仕上げはさすがにスイス製だけあって精密機器的な雰囲気が濃厚だ。
 機能は、入力5系統、ステレオモード切替、テープコピー、アブソリュートフェイズ切替を装備。また、リアパネルには電源のフェイズを反転できるスイッチがあり、動作中に切り替えを行なっても、全くノイズレスで音のチェックが可能だった。
 スイッチの感触はすこぶるよい。回路の詳細は不明だが、内部は整然として美しく、高級パーツが厳選して使用されている印象だ。5系統の入力間の音の差は少なく、むしろその微妙な差を使いこなしの一部として楽しめた。回路設計はスイスフィジックスのエンジニア、デル・ノビレが担当している。ミッシェル・レバション自身はエンジニアではなく、マーク・レビンソン同様、優秀なエンジニアをその得意分野で使い分けるコンダクター的な存在であり、音決めを自らのポリシーに基づき行なっている。ちなみに、別売のイコライザーアンプ(アナログプレーヤーのリファレンス組込み用)は、かのジョン・カールの設計である。
 基本的には微粒子型のさらっとした質感をもち、端正で上品な柔らかさを感じる。音像の輪郭をミクロ的に見ると、角が穏やかに丸く硬質感をともなわない。その結果、繊細に切れこむ感じがありながら、刺すような刺激感は全くない。
 無垢な痛々しささえ感じる慎ましい甘さ、清潔感のある色香、艶が響きにひっそりと浸透しているのがわかる。これは、コントロールアンプ遍歴を重ねた、錯綜した願望をも満たす情緒的な響きだ。ライバル、マークレビンソンNo.26Lは音の輪郭線の張りがもうすこし強く硬質だが、線そのものは、もっと細く男性的な潔さがある。チェロ・アンコールは、さらにウェットな色香が強い。

組合せ/使いこなし如何で、単体イコライザーならではの真価を発揮

早瀬文雄

ステレオサウンド 90号(1989年3月発行)
「スーパーアナログコンポーネントの魅力をさぐる フォノイコライザーアンプ12機種の徹底試聴テスト」より

 アナログディスクの入手が日々困難になりつつある昨今、あえてアナログにこだわる意味を考え直すきっかけとなった試聴だった。
 目の敵にしていたCDも、アナログ同様、追い込んでいくと何をしても音は変るし、良い方向へもっていくこともできることがわかり、また相当に聴きごたえのする製品もぽつりぽつりと出始めた今、高価なアナログ機器の存在価値はどこにあるのだろうかと考えている読者の方も多いと思う。
 アナログを究めるためには不断の努力と、ばかにならない投資を覚悟しなければならないという暗黙の了解があり、時代の趨勢はデジタルに収斂つつある。友人の多くは、CDオンリーとなり、アナログと訣別した。「CDなんぞに負けられぬ」と意気まいてみても、今やアナログにこだわるということは、オーディオ的バランス感覚を自ら再考せねばならない状況になりつつある。
 しかし、やはり音溝を直接カートリッジがトレースしていくダイレクトかつ連続性のある響きは、光による空虚なコンタクトと、響きの連続性を絶たれたデジタルの世界には、望みえない自然な香りがいまだに濃厚に漂っていて、ほっとさせられたのは紛れもない事実である。
 今回、12機種のイコライザーアンプを試聴した。カートリッジからの微弱な信号を、RIAAカーブという特定の周波数特性に基づき大きなゲインで増幅するイコライザーアンプは、アンプ設計者の技量が最も問われるものの最右翼ではなかろうか。
 時代の要請からフォノイコライザーアンプは、コントロールアンプという鳥カゴから脱出して、電気的環境はよくなったわけだが、一方ではデジタル機器の氾濫をはじめとするノイズスモッグが増加している今日、外乱ノイズ対策が機器の作り手、そして使い手側にも強く要求されているという実感を新たにする。
 いかに無共振、高剛性設計がなされていても、振動しやすい場所や周辺機器のフラックスをまともにかぶるような設置方法では、単体イコライザーの真価は発揮できない。
 プレーヤーからのフォノケーブルがACコードとクロスしていたりしていれば、全てが水泡と帰すであろう。アースの取り方もケースバイケースで工夫が必要であり、画一的、常識的使いこなしのみでは好結果は得られないと思っていたほうが安全だ。
 情報量の多い製品になればなるほど、周辺機器の影響やノイズの影響が音に及ぼす陰りが濃くなってくるようで、組合せの如何では、高価な製品ほどその進化を発揮することなく終る可能性が高いと感じた。
 本誌試聴室での結果を踏まえ、個人的に興味を覚えた製品を独断と偏見で選び、組合せや接続方法を替え(バランス/アンバランスなど)、ノイズカットチョークなどを適宜使用して響きを再確認し、万全を期した。
 本試聴で予想外に結果の悪かったH&Sのエグザクトを、まずマークレビンソンNo.26Lで受けてみる。パワーアンプはマークレビンソンNo.20Lとする。カートリッジはオルトフォンMC30スーパーとビクターのMCーL1000を新たに用意。アームはSMEシリーズVのみとし、サブアームは取り外す。
 冷徹なまでの静寂感の中に、ややひんやりとした質感でビシッと定位してゆるがぬ音像が並び、4344のウーファー領域も緩みがなくタイトになる。全帯域のスピード感に整合性がつき、低域がリズムに遅れる気配はない。カートリッジの物理的な差や響きの内的な違いを、見事に描き分けた。鋭くエネルギーが凝縮したリムショットなど物凄い立上りを示し、しかもうるさくオーバーシュートすることは皆無だった。常に冷静な、どこか醒めたような精度感も露骨にならず、しかし、冷たく沸騰しているとでもいいたくなるような、聴き手を求心的に高揚する響きがあった。
 響きの合間の透明な空気感は圧倒的で、その深度はまず他では得られそうにない。これは、かつてマークレビンソンML6BLで聴けた記憶があるのみである。
プリをゴールドムンドの新作、ミメイシス2に替えてみると、響きの輪郭が柔らかくなり、独特の艶の乗った上品な色彩感覚が加わる。理知的でややクールな、細身の女性を思わせる響きとなった。
 再びプリをNo.26Lとし、イコライザーをマークレビンソンNo.25Lとする。
H&Sの冷徹に比べ、もう少し線が太く、磊落な印象がわずかにつく。低域も幾分ふくらむ。色彩感の表現はやや油絵調で、色合いにある種の重さ、暗さが乗る。原色の眩しさは皆無。バロック系の音楽なども、繊細に切れ込む解像力の高さで、弦も柔らかさが出た。試みにパッシヴのチェロ・エチュードを使用してみる。エチュードからの出力ケーブルは極力短くして、パワーアンプとのアースを確実に取る。
 一聴して音のエネルギー感、隈取りのたくましさは減退するものの、パッシヴならではの良さが出て、響きの鮮度がや音場の空気感が一層透明度を増したように聴ける。チェンバロの響きなど、柔らかさとある種の硬質感とのバランスが見事だ。
 この状態で再びエグザクトにしてみると、響きの輪郭が一層細かくなり、麻薬的な、脆弱な優雅さととでもいうべき、チェロの癖がのったオーディオ的魅力に富んだ響きとなった。温度感はやはり下がり、空調が完璧な空間にいるような印象。
 SMEのSPA1HLを、マークレビンソンNo.26Lと組み合わせてみる。プリ〜パワー間をアンバランス接続ではやや響きの鮮度感に不満を残したが、バランス接続に変更すると、そうしたイライラはただちに解消される。聴き手の感受性に一斉蜂起するような響きの勢いにまず圧倒される。場はいっそうの伸長をみせ、立体的な音像をとりまく空気は透明感を増した。音楽のもつ引力のようなものが演奏者の視線に近い感覚で聴き手をのみこむ。JBL4344の、4ウェイならではの密度のある響きに、ホーンユニット特有の音像の明快さがより生きてくる。響きにエネルギー感、引き締まった立体感がつき、管球であることのノスタルジーはまるで感じさせなかった。
 No.26Lのゲインコントロールで最適ポイントを探し追い込むと、スケール感がありつつ、密度を失わない有機的なつながりのある濃密な響きとなった。
 ヴェンデッタリサーチの脂の乗った柔らかさと、繊細感のバランス感覚は、聴きごたえがあり、多様な組合せにもその良さを維持した。日頃JBLでてこずってる方に薦めたい製品だ。新藤ラボの7Aの世界もよかった。国産ではラックスマンの良E06が、個人的に欲しくなったくらい、魅力的な響きをもっていた。

ヤマハ HX-10000

早瀬文雄

ステレオサウンド 90号(1989年3月発行)
「スーパーアナログコンポーネントの魅力をさぐる フォノイコライザーアンプ12機種の徹底試聴テスト」より

 端正に引き締まった、あいまいさのない響きは涼しげな空気感、透明感があっていい。じめじめしたウェットな暗さのない、明るい音場には、健康的でクリーンな雰囲気がある。演奏家のコンセントレーションがさらに高まって求心力もついてくる。時に、やや硬質な輝きがつくこともあるが、たとえばMC70のセラミックボディのくせをそれとなく聴かせてしまうあたり、情報処理能力の高さを物語るものだろう。
 パルシヴな響きに付随する余韻の爆風のようなエネルギー感もかなりのもの。しかも、その飛散する響きの方向性を正確に再現し、かつ強い音が重なっても音像の崩れや音場の揺れがないのは立派。強力な電源、不要共振を排除した大袈裟ともいえる凝ったコンストラクションが功を奏しているのだろう。しかし、このチカンカラー、ゴールド、木目の配色や大仰なデザインは個人的にはやや違和感を覚える。

ラックスマン E-06

早瀬文雄

ステレオサウンド 90号(1989年3月発行)
「スーパーアナログコンポーネントの魅力をさぐる フォノイコライザーアンプ12機種の徹底試聴テスト」より

 音が出た瞬間、おやっと思わず身をのりだし、音楽を聴く心のテンションが高くなってくる、あるいは音楽そのものに、うっかり聴き惚れてしまう──、そんな響きが、ここにはたしかにあった。ディティール再現の高い精度が、楽器のアコースティックな響きを明確かつ自然に鳴らしわける。特定帯域につっぱりやたるみがなく、つながりが自然。倍音成分が素直な余韻を引きながら、音場の隅々まで自然にひろがる。音楽の立体構築がようやくみえはじめた。パルシヴな響きは凝縮されたエネルギー感をもち、透明な空間に飛散する様がスリリングだ。響きの行間に潜む闇の深さ、沈黙の意味を語りうる数少ない製品の一つといえる。ぎらつきがちな響きさえ、ややくすんだ上品な陰影感でまぶしさを巧みに抑えてくれる良さがあり、厳格なアナログディスク派のみならず、アナログ回帰を考慮中のあなた、これは必聴です。

トーレンス TD321 + SME 3010-R

早瀬文雄

ステレオサウンド 90号(1989年3月発行)
「アナログプレーヤー徹底試聴 アナログ再生を楽しむプレーヤー4機種を自在に使いこなす」より

 個人的偏見で、わがシトロエン2CVとは異次元の存在たるドイツ車嫌いの僕なれど、なぜかドイツの響きにはひかれるものがある。シーメンスしかり、H&Sしかり。トーレンスは元来スイス産なれど、このドイツ製TD321は一聴して、はからずもドイツの響きを感じさせつつ、「完璧」をひけらかさない「可愛いさ」がある。サーフェイスノイズはさらっと軽く、ややブライト。響きは秋の空を想起させるほど、澄んでいる。
 涼しい表情は「知」が勝った印象で、スケール感こそやや小振りながら、それなりにアルゲリッチの鋭角的な表現もこなしてしまう。引き締まって、凛々しいフィッシャー=ディスカフの口許。奥に素直にひろがる音場。総じて辛口の味わい。暗騒音も、けっこう明瞭に聴かせてしまうディティールへのこだわりもある。チャーネット・モフェットのベースも運指がはっきりしてくる。メリハリがありながらメタリックな付帯音はなく自然だ。さすがにリファレンスプレーヤー、マイクロのドスンと来る本物の重量感はないものの、リズムに乗ってくる反応の速さはある。エモーショナルな激しさは、やや距離を置いて表現してくるクールな面も覗かせた。それだけに、『シエスタ』では、かすかに醒めたところを残したような理知的な響きが、むしろ内向する哀愁を際立たせた。
 軽量級とはいえ、トーレンスは依然としてトーレンスであり、プレーヤー作りの伝統的ノーハウが随所に散りばめられている。ディスクと聴き手のあいだに、より緊密な繋がりが生まれ、使い手の意志に鋭敏に寄り添い馴染んでくれるシステムでもあろう。

H&S EXACT

早瀬文雄

ステレオサウンド 90号(1989年3月発行)
「スーパーアナログコンポーネントの魅力をさぐる フォノイコライザーアンプ12機種の徹底試聴テスト」より

 音が出た瞬間、その気負いをそぐような、静かで醒めた鳴り方に驚く。妙に柔らかく、自己主張を喪失した、突き放すような無表情、冷たい違和感の漂う響きは聴きなれたエグザクトの音ではなかった。
 そう、きっとS/Nの良さが圧倒的であるがゆえに、周辺機器のマスキングをまともにくらって、拒絶反応を起しているに違いなかった。極度に神経質なのだ。折り目正しく丁重なる忌避、寡黙なる拒絶の壁が慇懃無礼に目の前にそり立つ。しかし、これはけして本来の音ではない。音楽の、響きの行間に潜む透明な震え、沈黙の、底なしの静寂感がここでは何かによって犠牲がなっているのだ。物理的には申し分ない。耳を測定器にして聴けば、これだけでも他をさりげなく圧倒するに充分である。しかし、この鏡のような抽象性は、使い手が何かを写しこむことを強烈に要求するがゆえの無表情のようにも思えてくる。

ヴェンデッタリサーチ SCP-2A

早瀬文雄

ステレオサウンド 90号(1989年3月発行)
「スーパーアナログコンポーネントの魅力をさぐる フォノイコライザーアンプ12機種の徹底試聴テスト」より

 一聴して温かい温度感をもった柔らかい音でほっとさせられる。弾力性に富みながら反応の速さを兼ね備え、ハイエンド、ローエンドともよく延びたワイドレンジ感が、優しい繊細感を伴って再現される。
 柔軟でありながら現実的な存在感を失わず、音楽の立体構築を明らかにする卓抜な表現力は、同社のヘッドアンプのもつ良さを継承していると聴けた。多様な組合せにも鋭敏に反応しつつ、自らの美点を巧みに維持する包容力がある。響きには有機的なつながりが濃密に存在するが、情報量の多い緻密さがあるために、使いこなし次第では分析的な細密描写も可能である。
 C280Lとの組合せでは、やや過剰な粘りけがつく部分もあり、透明感、鮮度感がやや弱められる傾向があった。ウォームな表現の中に、組み合わせるシステムのクォリティをさりげなく聴かせてしまうあたり、潜在能力の高さの証左と聴いた。

ヤマハ GTR-1B

早瀬文雄

ステレオサウンド 90号(1989年3月発行)
「アナログプレーヤー徹底試聴 アナログ再生を楽しむプレーヤー4機種を自在に使いこなす」より

 ヤマハのGTR1Bは、オーディオファイルのスタンダードのラックとして、その使用実績は相当に高いはずだ。しかし、これとて「完璧」ではありえない。盲信しては前進はない。ステレオサウンドの試聴室に常備されたGTR1Bは原則として、試聴時、ラック内には何も収納せず、天板上に試聴機を置くのみとしている。なぜ?
 それは、ラックを含んだ全体の振動モードをできるだけ単純化しようという考えからである。現実の使用では物を入れる。そのとき、いかなる工夫をすべきか、どうしたら効果的な共振の整理ができるか(あるいは響きのコントロールの一手段として「振動」をどう取り込んでしまうか)、そういった、ケースバイケースの思考のヒントを導くためにも、とりあえずラック1台に対して試聴機は1つ、つまり1対1の関係を崩さないことを原則として守る。
 ある程度音量をあげていくと、音圧の影響を受けやすいボックス状の、このラックは見た目以上に共振していることが、手を触れてみるとよくわかる。天板の裏や側板は、音楽の複雑な空気の振動を受けて、あるいは床を伝わってくる振動によってあおられ、驚くほど共振している。こうした分厚く堅い、つまりQ(共振峰)の高い材質は、相対的に「カンカン」したピッチの高い共鳴、共振を起こしやすい。事実、このラックは、機器にそういった付帯音をのせる傾向がある(したがって、本誌の通常の試聴時には、その対策を独自に施している)。

エレクトロ・アクースティック EL160

早瀬文雄

ステレオサウンド 90号(1989年3月発行)
「BEST PRODUCTS 話題の新製品を徹底試聴する」より

 西独のエレクトロアクースティックといえば455EというMM型カートリッジを思い出す。ふっくらとした温かみのある響きながら、骨格の確かな造形力、重厚な色彩感があった。
 同社のスピーカーシステムは、すでに上級機、170ー4πが紹介されたが、無指向性リボントゥイーターを天板上にいただいたユニークな外観とその高い完成度、確固たる響きに驚かされたのも記憶に新しい。
 今回試聴したEL160は型番からもわかるように、170ー4πのすぐ下位に位置する製品である。
 20cm口径ウーファーのトリプルドライブ、10cm口径コーン型スコーカー、そして2・5cm口径のチタンドームトゥイーターによる4ウェイ・5スピーカー構成をとる。写真ではわかりにくいが、エンクロージュアの作りは精度感があり、質感の高いものだ。
 これは、ドイツ音楽あるいはロマン派の音楽を愛好する人たちにとって、必要の存在である。こうした構成のスピーカーで、かくも引き締まった音像とオーケストレーションの音楽的構築性を、良き時代の剛直さ、典雅さとともに再現しうるスピーカーは少ない。たとえば4344などの大型システムのようなスケール感はないものの、トールボーイ型のプロポーションが活き、音場の広がり感が自然である。特に高い天井を想起させる気配、漂う空気の重層感が見事に再現された。
 ミクロ的に聴けば、音の粒子は特別超微粒子というわけではないが、充分に磨かれ、しっかりした芯をもっている。そのため、音像の輪郭には、脆弱な細さ、曖昧さがない。決然たる硬質感のある潔癖な響きで、ここで聴いたヴァイオリンコンチェルトでは、オーケストラとソリストの位置関係に歪みやぶれがなく、ビタッときまる定位感にも潔い快感があった。弦の響きには厳格な艶がのり、けして倍音過多のうわずった輝きがない。歌い上げる情感には、己を律する厳しさが影のようにつき、オーバーエクスプレッションへ墜落することがない。そうした抑制のきいた表現のためか、聴き手が音楽の内面に自然に吸い込まれていく過程をスムーズなものにしてくれる。
 格別ワイドレンジ・ハイスピードではないが、そんなことはどうでもいい。そう思わせる音楽的な訴求力がある。
 こうした傾向は、ベートーヴェンやブラームスといった硬質な悲しみが浸透した音楽では、他のスピーカーでは得難い世界を聴かせてくれるに違いない。
 その一方で、ジャズ系のソースに対しても、やわなワイドレンジスピーカーでは出し得ない、冷たく、暗い闇にうずくまる、孤独な魂の震えを抉りだすような鳴り方は貴重だ。これは音楽を心で聴くための存在といえる。

新藤ラボラトリー 7A

早瀬文雄

ステレオサウンド 90号(1989年3月発行)
「スーパーアナログコンポーネントの魅力をさぐる フォノイコライザーアンプ12機種の徹底試聴テスト」より

 ゴールドパネルに深みのあるグリーンのケース、それは写真でみるよりずっと美しく、不思議な調和さえみせていた。
 音楽が鳴り始めるや、あるかなきかの記憶を彩るほんのりと甘酸っぱい響きがあたりを満たし、あわてた。
 羊水に浮遊するような非現実的な暖かさと柔らかさ、耳は測定器として作動することを記憶喪失のように忘れはて、ただ流れる音楽に身をゆだねることに誘い込む。現代を生きるものが忘れた何かを呼び戻してくれる響き──。
 ハイフィデリティを第一義とする冷静な視線をもった、先端をいくものたちが、内に隠しもつ空虚。ここには、その虚をつく大切なものがひそんでいた。過去に失われたものたちの残像、現実から離れた速度感をもった時間の流れのなかで、おだやかにみつめようとする作者の柔らかな視線がここにはあった。

グリフォン Phonostage

早瀬文雄

ステレオサウンド 90号(1989年3月発行)
「スーパーアナログコンポーネントの魅力をさぐる フォノイコライザーアンプ12機種の徹底試聴テスト」より

 およそ国産の製品からは絶対に聴くことができないような、あるいはアメリカやドイツの響きとも一線を画した、これは北欧の気候風土の影響を色濃く漂わせた個性豊かな響き、ということができる。オルトフォンのカートリッジがもつ独特の匂い、あるいはアクともいえるものを、けして浮き上がらせず、響きに溶け込ませてしまうことのできる貴重な存在だ。
 間接音成分のたっぷりした響きは、中間色的な複雑な響きが薄く幾重にも重なってできたような、独特の深みがある陰影感をみせ、あたかもアメ色のツヤがのった、贅沢な透明感を聴かせる。これは、ディテールを鋭角的に掘り起し、スケスケの薄いガラスのような透明感を聴かせるアンプとは、一線を画す、別世界の音だ。
 まさに暗がりの情念ともいうべきものがめらめらと燃えているような、くすんだ微光を感じさせる耽美的な瞑想感が魅力的。

サウンドオーガナイゼーション Z021

早瀬文雄

ステレオサウンド 90号(1989年3月発行)
「アナログプレーヤー徹底試聴 アナログ再生を楽しむプレーヤー4機種を自在に使いこなす」より

 細いスチールパイプで組み上げられている構造上、音圧の影響は受けにくいだろう。しかし、けして皆無ではあり得ない。叩けば結構金属的な「鳴き」がある(当然ではあるが)。ひとつ不思議なのは、肝心のプレーヤーを直接置くトップパネルの材質で、とても薄く、とても軽いのだ。これはリンの主張で、LP12はとにかく軽い台に設置したほうがベターだという。なぜだろう。これまでの常識とは逆行する理論だ。堅くて重い物質がもつ、払拭し難い鋭い共振を嫌ってのことだろうか。真偽のほどは不明であり、謎として残った。たとえば異種金属をあわせたときにダンプ効果があるように、Qの異なった素材をうまく組み合わせ、しかもそれぞれが大きな質量を持たなければ、共振のエネルギー自体も弱く、コントローラブルになるのかもしれない。
 その音だが、たしかに音の輪郭にメリハリはつくし、中高域の分解能が向上したかのように聴こえるときもある。音楽的な抑揚もよくついて、弾みのある表情豊かな響きにはなる。他に、変化として、まず低域はやや軽くなる傾向をみせ、総じて響きの密度がわずかに「疎」になるような印象。弦の響きの表面に、わずかに金属的な響きがつく。音場のスケールがやや小さくなる。聴感上、音の反応がシャープになり、ハイエンドの伸びが増したようになる。サーフェイスノイズのピッチが上がる。強い響きに強引さがなくなる反面、求心力がやや後退する。冷たい響きの温度感が、やや上昇する。低域のリズム楽器の輪郭はつくが、実体感、押し出しがやや希薄化する。音像はふやけず、フォーカシングはシャープ。しかし、神経質な感じは全くない。以上のような傾向が、ミクロ的ではあるが聴取し得た。

A&D DA-P9500, DA-A9500

井上卓也

’89NEWコンポーネント(ステレオサウンド別冊・1989年1月発行)
「’89注目新製品徹底解剖 Big Audio Compo」より

 デジタルプログラムソースが主流になった時代背景を反映して、次第にプリメインアンプの分野でも、D/Aコンバーターを内蔵したモデルが確実な歩みで増加をしているが、より一段と趣味性の色濃いセパレート型アンプともなると、D/Aコンバーター内蔵型コントロールアンプとして、現在市販モデルとして存在するのは、早くからコントロールアンプのデジタル化を手がけた、ヤマハCX2000、1モデルのみが現状である。
 A&Dブランドにとり、初めて本格的なセパレート型アンプのジャンルに挑戦するモデルとして登場したモデルが、デジタルコントローラー、DA−P9500とデジタルパワーアンプDA−A9500の2機種で構成される新構想に基づく新デジタル・アンプシステムである。
 従来までのセパレート型アンプの概念から考えれば、デジタルコントロールアンプとデジタルパワーアンプのペアと受け取られやすいが、デジタルコントローラーと呼ばれるようにDA−P9500には増幅系がなく、A/Dと録音系用のD/Aコンバーターとデジタルグラフィックイコライザーを備え、パワーアンプをリモートコントロールする大型リモートコントローラーと考えてよいものだ。
 システムの基本構成はデジタル系を主流とし、カセットデッキに代表されるアナログ系プログラムソースが混在するプログラムソース多様化の現状に、デジタル機器の特徴を最大限に活かしたシステムプランは何かを模索して整理した結果、通常のD/Aコンバーター部を、コントロールアンプ側でなくパワーアンプ側にビルトインすることを決定したことが、新システムのユニークなところだ。
 従来からも、電力を扱うパワーアンプとスピーカー間は、可能な限り短いスピーカーケーブルで結ぶことが理想的であり、業務用モニタースピーカーは現在ではパワーアンプ内蔵型がむしろ標準的とさえなっているようだが、それも業務用の600Ωバランスラインの特徴を利用して、初めて可能となったシステム系なのである。
 デジタル系プログラムソースを前提条件とした場合、業務用600Ωバランスラインを、同軸型もしくは光ケーブルに置き換えたシステムを考えれば、デジタル伝送系ならではの延長をしても音質劣化が理論的にない特徴を一括かして、スピーカー近くのパワーアンプに送り、D/A変換後の信号でパワーアンプをドライブし、その出力を近接したスピーカーに加えることで容易に理想に近づけることが可能、ということになる。
 パワーアンプをスピーカーに近く置き、聴取位置から離すことによる副次的なメリットは、電源トランスのウナリや振動による聴感上でのSN比の劣化が少なく、発熱量が大きい熱源としてのパワーアンプが隔離可能になること。また、スピーカーコードが短いことは、超強力な高周波源であるTVやFM電波に対するアンテナとしての働きが抑えられ、バズ妨害に代表される高周波の干渉を少なくできる利点を併せ持つことにもなる。
 DA−P9500は、外観的には一般のコントロールアンプに表示部を付けたという印象を受けるが、コントロールアンプ的な機能は、ビデオ系、デジタル系、アナログ系それぞれの入力を切り替えるスイッチ機能と3バンドデジタルパラメトリックイコライザーにあり、オーディオ系入力は増幅部を持たないため、そのままスルーの状態でパワーアンプのアナログ入力に送られる。
 2種のコンバーター内蔵の目的は、カセットデッキ、FMチューナー、VCRなどのアナログ系入力をA/D変換してパワーアンプにデジタル伝送を行なうためと、デジタル系のCDやDAT、衛星放送などの信号をD/A変換して、カセットデッキなどに録音するためにある。
 外観上ボリユウムと思われる大型ツマミは、実際には、パワーアンプ部にあるパラレル型ディスクリート構成のボリュウムをデジタルコントロールするためのツマミである。このコントロール用信号は、A&D独自のフォーマットによるAADOT型で、EIAJのデジタルI/Oにも対応し、128×128種類の利用が可能である。
 DA−A9500は、18ビット・リニアゼロクロスD/Aコンバーターを採用。原理的にゼロクロス歪み発生がなく、4D/Aコンバーター構成のL/R、±独立プッシュプル構成で、アナログフィルターのON/OFFが可能である。
 パワー段は、スピーカー駆動時の電流リニアリティに着目した初めてのリニアカレントドライブ回路を採用。電流と電圧フィードバックの巧みな組合せで、パワー段の電源変動を受けにくい利点があり、結果的に電源を10倍強化したことと同等のメリットがあるとのことだ。
 構造面では、電源トランスを筐体から分離独立し専用ペデスタルで支える分離トランス方式の採用が最大の特徴。
 機能面は、単体使用時に入力切替や音量調整をする専用リモコンを標準装備。
 単体使用では素直で力強い駆動能力、音場感情報を豊かに出すパワーアンプは、かなり高水準の完成度を聴かせる。コントローラーを加え、試みにDA、AD、DAと3度変換した音も聴いたが、これがアナログ的な魅力で驚かされた。

タンノイ Canterbury 15, Canterbery 12

井上卓也

’89NEWコンポーネント(ステレオサウンド別冊・1989年1月発行)
「’89注目新製品徹底解剖 Big Audio Compo」より

 タンノイから新しくCANTERBURY(カンタベリー)シリーズとして発表されたモデルは、個性的な魅力を誇るタンノイの製品の中でも異例ともいえる内容を備えたシステムである。
 カンタベリーの名称は、イングランドのケント州にある地名で、英国国教会の総本山がある由緒ある都市とのことで、英国の長い歴史の中でその流れを変えてきたその地と同じく、本機はタンノイの歴史に新しい一ページを飾るにふさわしいモデルとして誕生したものである。
 まず、このシリーズで最大のエボックメイキングなことは、使用ユニットの磁気回路にアルニコ系のマグネットが採用されていることである。
 ユニット構造の基本は伝統的なもので、タンノイ独自の磁気回路の前後に独立した低域用と高域用の2系統の磁気ギャップをもつデュアルコンセントリック型・同軸2ウェイ方式に変りはないが、磁気回路にALCOMAXIIIが新たに採用されている。
 英国系を代表するアルニコ系マグネットといわれるTICONALと比較して、ALCOMAXIIIは、約2倍の磁気エネルギーをもつ強力なマグネットであり、これによるドライバビリティやトランジェントの向上は、デジタルプログラムソース時代に対応した、新世代のタンノイの音とするための重要なベースとなっているようだ。
 フェライト系マグネット採用の磁気回路は、直径方向が大きく、軸方向の厚みが薄い偏平な形状を標準とするが、アルニコ系マグネットを採用するとなると、磁気特性の違いから、直径方向が小さく、軸方向の厚みが充分にある、いわば円筒状の形状となるために、低域用のポールピースを貫通する高域用のホーン全長が大きくなり、ホーンの特徴として、カットオフ周波数が下がり、より低域側の再生能力が向上することに注意したい。
 さらに、高音用ホーンを兼ねる低音用コーンは、かつてのモニターレッドや、モニターゴールドの時代とはカーブドコーンの形状が変っているために、結果として今回のカンタベリー・シリーズに採用された高音用ホーンの形状は、従来にない、まったく新しいタイプになっており、新同軸型ユニットの誕生と考えてもよいものだ。
 エンクロージュアは、タンノイの製品としては比較的コンパクトにまとめられており、ストレスなしに一般的なリスニング条件でも使いやすいというメリットがある。
 エンクロージュア型式は、スターリングで採用されたディストリビューテッドポート型に、メカニカルなスライドシャッターを組み合わせたタンノイ独自のVDPS(バリアブル・ディストリビューテッド・ポート・システム)であり、ある範囲内での低域コントロールが可能だ。
 ネットワークは、高域・低域独立型位相補償(タイムコンペンセイティヴ)型で、プリント基板を使わず、各構成部品間を直結するハードワイアリングを採用。内部配線用のワイア一には、高級オーディオケーブルをつくるメーカーとして評価の高いオランダのVAN DEN HUL社製シルバーコーティング線が使用され、高域レベルコントロールには、金メッキ処理のネジとプレートにより確実に接続できるハイカレントスイッチを採用。経年変化が少なく、初期特性の維持ができることは現在では当然のことであるが、タンノイに限らず、かつてのことを想い出せば、海外製品の内容の充実は大変にうれしいことだ。
 カンタベリー・シリーズは、15インチ同軸ユニットを使うカンタベリー15と、同じく12インチユニット採用のカンタベリー12の2モデルがあり、ALCOMAXIIIの数量確保に問題があるためか、ともに受注生産品であり、限定生産モデルと予測できるようだ。
 なお、受注にあたり、フロントパネル部のネットワークパネルには、オーナーのネームがエッチングで刻印されるとのことで、オーナーとしての満足感が充分に味わえるのは大変に楽しい。
 カンタベリー15は、タンノイのシステムとしては異例ともいえるしなやかさ、ニュートラルさをもったスピーカーらしいスピーカーである。
 全体に音色傾向も、独特の魅力といわれた渋さ、重厚さ、穏やかさ、などの特徴がかなり薄らぎ、明るさ、軽さ、反応の速さ、などを要求しても充分に満足の得られる内容を備えている。
 とくに、低域の素直な表情や質感の再生能力などを、モニターレッドあたりまでのタンノイファンが聴けば、まさに隔世の感のあるところであるが、全体の雰囲気は決してタンノイの枠を外れず、タンノイはタンノイであることの伝統を受け継ぎながらも、文字どおりのデジタルプログラムソース時代のタンノイの音が、抵抗感なしに楽しめる。
 VDPSの調整は、内側を閉めたほうが音場感的プレゼンスがノイズにマスクされず、自然に遠近感をもって聴かれるようである。
 一方、カンタベリー12は、重量感のある傾向の音を指向しない現代的な聴き方、楽しみ方をすれば、反応が速く、軽快に、ノリの良い音楽を聴かせる魅力があり、完成度も非常に高い製品。

ダイヤトーン DS-V9000

井上卓也

’89NEWコンポーネント(ステレオサウンド別冊・1989年1月発行)
「’89注目新製品徹底解剖 Big Audio Compo」より

 ダイヤトーンのスピーカーシステムには、数字構成のモデルナンバーの末尾にアルファベットを付けた型番を採用することはあったが、今回の新大型システムDS−V9000のように、数字の前にアルファベットを置く型番は、大変に異例ともいうべき印象で受け止められるようである。
 高級機のジャンルで、独自のミッドバス構成と名付けられた4ウェイ方式のシステムを開発する、いわば定石めいた手法を採用することが他に類例のないダイヤトーンスピーカーシステムの特徴であり、4個のユニットで構成する比較的にコンベンショナルなシステムアップの実力を備えたメーカーは、世界的にもさほど多いものではない。
 基本的に40cmウーファーをベースにした4ウェイ方式のフロアー型システムという点では、数年前に開発され、現時点でも日本を代表するフロアー型として活躍をしているDS5000系の流れを受け継いでいるシステムである。
 外観上のイメージは、基本構想が同一であるだけに非常に類似したイメージを受けるが、比較をすれば、中低域ユニットの位置がかなり下側に移動していることと、エンクロージュア両サイドの部分にわずかにカーブがつき、バッフル面より前方にセリ出しているデザインに気がつくであろう。
 音響理論とデザインの一致が、ダイヤトーンスピーカーの基盤であるが、このところのラウンドバッフル流行の原点である2S305の理論に基づいた流麗なラウンドバッフルと、V9000でのサイドブロックに見られる考え方の差には、大変に興味深いものがあるようだ。
 バッフルボード上で、もっとも大きく目立ち、かつ魅力的に思われるのは超大型とも表現できる中高域ユニットだ。
 従来からも独自のボイスコイル巻枠部と振動板を一体化したDUD構造を開発した時点以来、振動板材料にはこれも独自の開発によるボロナイズドチタンが、ボロンの略称でダイヤトーンDUDユニットを推進してきたが、今回の新製品にはそれ以来の画期的な新材料ともいうべきB4C(炭化硼素)が振動板材料として、中高域と高域ユニットに採用されることになった。
 B4Cを実用化するに当り、摂氏2450度という高融点であることがドーム状に成型することを困難にしていたが、プラズマ溶射法による製造条件の確立と熱処理の方法が完成され、実用化された。これはチタンの5倍、ボロン化チタンの2・2倍の物性値を示し、実測値でも1万1000m/secを越える値が得られているが、特に注目したいことは、金属系振動板でありながらほぼ1桁違う内部損失を備えていることで、固有音が極めて少なく、振動減衰が早いことにより、広帯域化と素直なレスポンスが得られるメリットは絶大なものがある。
 中高域と高域のB4Cを支える中低域と低域は、ハニカムコアの両側をアラミッドスキンでサンドイッチ構造とした従来のコーン構造の前面に、カーボン繊維のアラミッド繊維を混繊したイントラプライスキンを加えた、表スキンが2重構造のイントラプライ・ハイブリッド・カーブド・ハニカム振動板を採用したことに特徴がある。
 全ユニットは、DS9Zで採用された球状黒鉛鋳鉄採用の、高剛性で振動減衰特性に優れたフェライト系磁石によるハイピュアリティ防磁構造と、実績のあるDM及びDMM方式を採用している。
 低域と中低域ユニットでは、新開発の新磁気回路方式(ADMC)採用が最大のポイントだ。ボイスコイルで発生する交流磁束の影響が磁気回路の動作を不安定にする問題を、有限要素法により直流磁界解析および交流磁界解析した結果がADMCであり、ユニットの音圧歪みは2次、3次ともに0・1%を達成、ボイスコイルの駆動力が常にボイスコイルの中心に位置する理想の動作状態が保たれる成果は大きい。
 ネットワークは、コイルにコンピューターシミュレーションにより設計をした低歪み、低抵抗型を採用。コア材料は珪素鋼板をラミネート構造とし、エポキシ樹脂でコーティングしたコア鳴きの少ない圧着鉄芯、コイルは1・4mmφのOFC線材採用などの他、素子間の配線は金メッキ処理OFCスリーブによる圧着型という伝統的な手法が見受けられる。
 エンクロージュアはパイプダクトをバッフル面に付けたバスレフ型。バッフルは堅く響きが良いシベリア産カラ松合板の直交張り合せ、他の部分はカナダ産針葉樹材2プライ・パーティクル板で、両面はスワンプアッシュ材突板サンドイッチ張り構造により、高い剛性と耐候性を得ている。バッフル表面には低音用上部にソリッド・スワンプアッシュ材を溝に埋め込んだ表面波に対する隔壁が設けてあり、低域と中低域以上のユニット用の相互干渉を避ける設計だ。また、中低域用内部キャビティは、新しく二つのラウンドコーナーをもつ新設計によるもので、低域に対しても定在波の発生が少なく、高剛性化をも達成している。
 ユニットの不要振動の発生を避ける取付けビス部のゴムキャップ、ハイブリッド構造の中高域ユニット保護ネットなど、徹底した高SN比設計は同社のポリシーの表われでもあるようだ。
 百聞は一聴にしかず、が、このシステムの音であろう。異次元の音でもある。

インフィニティ IRS-Beta

井上卓也

’89NEWコンポーネント(ステレオサウンド別冊・1989年1月発行)
「’89注目新製品徹底解剖 Big Audio Compo」より

 高級スピーカー市場でトップランクの地位を占めるインフィニティ(Infinity Systems Inc. USA)が、創立20周年を記念して1980年に登場させた新シリーズが、IRS(Infinity Reference Standard)だ。
 今回、新しいラインナップとなり、デノンラボにより輸入が開始されたIRSシリーズは、従来からの床面から天井付近まで各専用ユニットを直線状にトーンゾイレふうに配置する、独自のラインソース理論に基づくアンプ内蔵タイプの究極のスピーカーシステムIRS−Vがトップモデルとして受注生産されるが、それ以外のBETA、GAMMA、DELTAの3モデルは完全に新設計されたIRSシリーズのフレッシュなラインナップである。
 BETAは、Vのラインソース理論に対して、無限小の振動球からすべての周波数を全方向に等しく放射するというポイントソース理論に基づく開発である。
 実現不能のこの理論を近似的に実現させるために、再生周波数が高くなるほど放射面積を小さくすることにより、音源は常に放射させる音の波長より小さくなるように、ユニットサイズの異なる5種類の専用ユニットを組み合せてあり、さらに両面に音を放射するダイボール配置も新シリーズ共通の特徴になっているが、これもポイントソース理論に近似させるための手段である。
 BETAシステムは、IRS−Vと同様に低音と中低音以上の帯域を受け持つエンクロージュアが独立・分離した2ブロック構成に特徴がある。
 低音エンクロージュアは、新素材ポリプロピレン・グラファイトを射出成型した30cm口径のユニットが垂直方向に4個配され、110Hz以下の帯域を受け持っているが、上から2段目のウーファーには、キャップ部分にMFB用のセンサーが組み込まれており、サーボコントロールにより、歪みの低減の他に、15Hzの超低域から110Hzまでのほぼフラットな再生を可能としている。
 全ユニットのサーボコントロール化をしない理由を開発者に尋ねたところ、1個のユニットをサーボコントロール化したときが、聴感上で最も良い低音再生が得られる、との回答があったそうで、音楽再生を重視した、いかにもインフィニティならではの回答である。
 中高音用エンクロージュアは、むしろ下部のネットワーク用素子をバランスウェイトに利用した、平面バッフルと呼ぶ方がふさわしい構造である。
 中低域を受け持つ新開発のL−EMIM(大型電磁誘導型中域ユニット)は、30cm口径に匹敵する放射面積をもつダイナミック型平面振動板ユニットで、前後双方向放射のバイポーラー型を2個使う。中高域の750Hz〜4・5kHzを受け持つEMIM、4・5kHz〜10kHzを受け持つEMIMTは、従来型の改良版である。超高域用には10kHz以上を受け持つSEMIMを採用。背面には、双方向放射をするために専用のネットワークにより、約3kHz以上を再生するEMITが横位置で取り付けてある。
 この中低域以上を再生するフラットバッフル部で注目したいことは、中高域、高域、最高域の各ユニットの取付部分の両側が完全にカットされ、双指向性を円指向性に近づけている点である。一般的にも中空に高域ユニットを吊り下げたりして使うと、ディフィニッションの優れた高音が楽しめることもあり、かなり実際の音質、音楽性を重視した設計が感じられるところである。
 専用のサーボコントロールユニットは低域専用の設計であり、BETAを使うためには2台のパワーアンプが必要だ。
 高域カットフィルター部は、60HzからHz164間の6周波数切替型で、BETAの標準は110Hzである。低域調整は、40、30、22、15Hzとフィルターなしの5段切替低域カットスイッチと、上昇・下降連続可変の低音コントロール、低域と中低域以上のレベル調整用ボリユウムとサーボゲイン切替スイッチ、サーボ用入力端子などが備わり、これらを組み合わせた低域コントロールの幅の広さ、バリエーションの豊富さは無限にある。使用する部屋との条件設定の対応幅が広く、経験をつむに従ってコントロールの幅、システムとしての可能性の拡大が期待できるのが素晴らしい点だ。
 シリーズモデルのGAMMAとDELTAは、1エンクロージュア構成で低域と中低域の使用ユニットは半分になるが、基本はBETAと変らない設計だ。
 GAMMAが、サーボコントロール使用のバイアンプ方式であるのに対して、DELTAはLCネットワーク型で、低域にはLCチューニングのエキストラバススイッチを備え、KAPPAシリーズと共通の使いやすさがあるうえに、サーボコントロールを加えて、GAMMA仕様にグレードアップする楽しみをも備えているモデルだ。
 BETAは、中低域ブロックの外側に低音ブロックを少し後方に配置した位置から設置方法を検討し、各ユニットのレベル調整、サーボコントロールユニットの低域調整、レベル調整と高度な使い方が要求されるが、比較的に容易に想像を超えた柔らかく豊かな低音に支えられた音楽の世界が開かれるはずだ。

デンオン DCD-3500G

井上卓也

’89NEWコンポーネント(ステレオサウンド別冊・1989年1月発行)
「’89注目新製品徹底解剖 Big Audio Compo」より

 DCD3500は、従来のDCD3300を受け継ぎ、今年の6月にデンオンから発売された同社のトップモデルCDプレーヤーである。
 このモデルは、従来のDCD3300で外装がブラック仕上げのモデルがまず発売され、続いて、木製ボンネットとシャンペンゴールド系のパネルフェイスを備えたゴールドタイプが加わり、2モデル構成とした特徴を踏襲し、当初からDCD3500GとDCD3500の、ゴールドタイプとブラックタイプが用意されている。
 外観から受ける印象は、パネルフェイスを簡潔に見せる、いわゆる高級機共通のデザイン傾向が採用され、パネル幅全面にわたり、シーリングポケットが設けられ、10キーをはじめ、ヘッドフォンジャックと音量調節、2系統のデジタル出力の選択とOFFポジションをもつ切替スイッチ、ディスプレイ切替などが内部に収められている。
 このディスプレイ切替は、蛍光表示管のON/OFFに伴う微小レベルのノイズ発生や、ドライブ回路からの干渉などが音質に影響を与えるのを避けるためのもので、ディスプレイを消すタイプがパイオニアのモデルに採用されて以来、中高級のジャンルでは、ほぼ標準的な装備になりかけているフィーチェアだ。
 本機に採用されたディスプレイスイッチは、①標準点灯、②ミュージックカレンダー部分の消灯、③全消灯、の3段切替型であるが、全消灯時でも選曲もしくは頭出しなどの操作をすると、一瞬の間だけ曲番のみを表示する。
 PCM録音で世界初のデジタルレコーディングによるディスクを発売した伝統を誇る、デンオンのデジタル業務用機器の開発の成果であるSLC(スーパーリニアコンバーターは、変換誤差補正回路による補正信号を加えてゼロクロス歪を排除するデンオン独自の技術であり、デンオンCDプレーヤーの大きな特徴でもあるわけだ。
 今回採用の新SLCは、米バーブラウン社製の18ビット用IC(PCM64P)に、ディスクリート構成の2ビット分を加え、リアル20ビット化したタイプで、量子化軸方向の分解能で16ビットタイプと比較して16倍の分解能(滑らかと考えてもよい)を得ている。なお、新SLCでは、ゼロクロス歪対策のひとつとして、ラダータイプと呼ばれる標準的な抵抗を数多く使う方式で発生する抵抗誤差によるゼロクロス歪を排除するため、影響の大きい上位4ビットまでを補正していることも特徴だ。
 一方、演算を受け持つデジタルフィルターは、現在の標準型8fSタイプである。
 回路も大切だが、それらを収納する内部構造、配置も、機械的な共振系と考えれば、共振のQが大きいだけに、音質と直接関係がある、いわばCDプレーヤーの勘所でもある。
 基本構想は、正統的なD/A分離左右独立構造であるが、現実にどのように処理されているかが結果を左右する。
 銅メッキ鉄板を採用したシャーシ内部は、左右方向にシールド板で分離され、左側前部にプレーヤー部分、後部に2個のデジタル用とアナログ用の電源トランスが並ぶ。
 シャーシ右側は、前後に大きく2分割された基板配置が目立つ。その後側が左右独立配置のD/Aコンバーターブロックであり、アース回路に、インピーダンスを下げ、高周波の干渉を防ぐ業務用機器用といわれるバスバーラインを採用している。
 プレーヤー部は、剛性が高く、振動減衰付性に優れたBMC製の大型メカシャーシに取り付けてあり、さらにBMC製メカベースは、低反発ゴムとスプリングを組み合わせた支持機構により、金属製メカプレートから吊り下げられている。
 金属製メカプレートは、大型のブロックともいえるBMC製メカシャーシに取り付けてあり、異種材料を組み合せた防振構造体とした設計である。
 構造面でのDCD3500Gの特徴は、上部の天板部分と左右がリアルウッドの光沢仕上げ、パネルフェイスがデンオンでプラチナゴールドと呼ぶ仕上げになっていることだ。天板部分は、結果としてリアルウッドと鋼板の2重構造、底板部分は鋼板2枚貼合せのバイブレスプレートと、厚さ1・6mmの鋼板、銅メッキシャーシの4重構造を採用。脚部は、直径65mm、4個で重量1800gの黄銅削出しインシュレーターを採用。
 一方、DCD3500は、天板部が4mm厚アルミ押出し材、側面が木製サイドボード、鋼板、シャーシの3重構造、底板部は共通の4重構造、脚部は焼結合金をアルミでカバーしたタイプだ。
 なお、出力系は固定、ヘッドフォン出力調整を兼ねた電動ボリユウム採用の可変、バランスの3系統アナログ、光1/同軸2系統のデジタル出力を備える。
 滑らかで、バランスが良く、幅広いプログラムソースに対応する、デンオンならではの安定感のある穏やかな音は、前作ゆずりの魅力である。しかし、中域の密度感の向上で、緻密さの表現や力強さが加わり、デンオンのリファレンス機として充分な格調の高さが出てきたことが、3500シリーズの新しい魅力である。Gタイプは、力を表面に出さない一種の渋さが、高級機ならではの風格だ。

パイオニア C-90a, M-90a

井上卓也

ステレオサウンド 88号(1988年9月発行)

「BEST PRODUCTS」より

 AVプログラムソースに対応したセパレート型アンプとして企画されたパイオニアのC90、M90のペアは、この種のアンプとして最初に成功を収めた意義深い製品であった。今回、本来の意味で内容が見直され、改良によって第2世代のC90a、M90aとして発売された。
 C90aは、もともとAVソース対応で、かつ高クォリティの音質を狙ったモデルであるだけに、新しく映像系入出力に輝度信号と色信号のY/C分離接続用のS端子を備え、S−VHSやEDベータなどの高画質VTR対応化を図っている。付属のリモコンは、従来の同社用のシステムリモコンから、最大154キーの学習型リモコンに発展し、多数のリモコンを使い分けざるを得ない煩雑さが解消された。
 視覚的には、外観上の変化は少ないように見受けられるが、筐体関係の改良、強化も、高音質が要求されるコントロールアンプでは、重要な部分である。
 筐体のトッププレート部は、C90の板厚1・2mm鉄板から、合計8個の止めネジにより振動が発生しないようにリジッドに止められた板厚1・6mmのアルミ板に改良された。ボトムプレート部もタテ長の通気孔パターンが、パイオニア独自のハニカム型に変わり、ボトムプレートの振動モードをコントロールし、共振を制動している。脚部は、釣り鐘断面状の一般的なタイプから、ハニカム断面に特殊な樹脂を充填した、一段と大型なタイプに変わっている。
 エレクトロニクス系は、ビデオ信号とオーディオ信号の完全分離、独立をポイントとし、①オーディオ左右チャンネルとビデオ系に専用電源トランス採用、②オーディオ部とビデオ部のアース回路を伝わる干渉を避けるためアースの独立化とビデオ系のフローティング化、③オーディオ系とビデオ系の電気的、機械的な飛びつき防止用アイソレーション、④アナログ使用時のビデオ電源オートOFF機能採用などのベーシックな部分を抑えた対策がとられている。
 C90をベースとしたアドバンスモデルだけに、表面に出ないノウハウの投入は、かなりのものと思われる。
 音質最優先設計のために、部品関係はEXCLUSIVEの流れを受継いだ無酸素銅配線材料、黄銅キャップ抵抗、シールデッドコンデンサーなどが全面的に採用されている。アナログオーディオの中心ともいうべきフォノイコライザーアンプには、MC再生のクォリティを保つためハイブリッドMCトランス方式を採用している点も見逃せないポイントである。
 M90aは、外観上のモディファイは、筐体トッププレート部の材料が、鉄板からアルミに変更、取りつけ方法もC90a同様の8本+1本のネジ止め、ボトムプレートの通風孔の形状変更と脚部の大型化、さらにトランスフレーム下側にある5本目の脚は、M90では他の脚と同じタイプが採用されていたが、今回は鋳鉄製で制振効果の高いキャステッドインシュレーターに変わっている。
 電源トランスは、鉄心をバンドで締めるシンプルなタイプから、パイオニア独自の制振構造鋳鉄ケースに収めたキャステッドパワートランスにグレードアップしている。これに伴い、トランスフレームも強度を向上し、電源トランスの振動対策を一段と強化している。また、放熱板のハニカム構造チムニー型化も、パワーステージトータルの振動コントロールを狙ったものだ。
 これらの大幅な改良の結果、重量はM90の20・9kgから28kgと増加した。
 機能面は、コントロール入力の他に2系統のボリュウムコントロールができる入力を備え、CDプレーヤーなどのパワーアンプダイレクト使用が可能など、単体でも使える機能を持つパワーアンプとして開発されたM90の構想を全て受け継いでいる。
 C90aとM90aは、堂々とした押し出しのよいナチュラルな音を持つアンプである。価格的には、高級プリメインアンプとも競合する位置にあり、セパレート型の名を取るか、プリメインアンプならではのまとまりのよい音、という実を取るかで悩むところであるが、このペアは、そんな枠を超えたセパレート型アンプならではの納得のできる音をもつ点が魅力である。
 基本的には、柔らかく、豊かで、幅広いプログラムソースや組合せにフレキシブルに対応を示すパイオニアならではの音を受け継いではいるが、前作の、やや受け身的な意味を含めての良いアンプから、立派なアンプ、大人っぼい充実した内容と十分に説得力のある音を聴かせるアンプに成長している。久し振りの聴きごたえのあるアンプである

ヤマハ CX-2000, MX-2000

井上卓也

ステレオサウンド 88号(1988年9月発行)

「BEST PRODUCTS」より

 世界初のデジタルコントロールアンプとして脚光を浴びたCX10000を中心とするヤマハ10000シリーズは、見事なデザインと仕上げ、極限の性能に裏付けられた音質など、ヤマハ創業100周年記念の限定量産モデルとして高い評価を与えられた。今回、既発売のCDプレーヤーCDX2000、D/Aコンバーター内蔵プリメインアンプAX2000に続き、新製品として、デジタルAVコントロールアンプCX2000とパワーアンプMX2000、それにFM/AMチューナーTX2000が加わり、事実上のヤマハオーディオのトップランクを担う2000シリーズのラインナップが完成した。
 CX2000は、時代の要求に応えて、高いクォリティで、デジタル信号処理能力と映像信号処理能力を含め、ピュアオーディオのコントロールアンプとしての性能、音質を追求した新世代のコントロールセンターである。
 デジタル、AV信号も扱うコントロールアンプとして最大のポイントは、高いSN比を維持することにつきるだろう。そのためには、まず筐体関係で高周波や測定器に準ずるレベルで、シールドを施し分離しなければならない。
 全面的に銅メッキを施したフレーム、シャーシは、デジタル部、マイコン部、フォノイコライザー部、電源部、トーンアンプ部とフラットアンプ部を、それぞれ独立したBOXに分割収納する高剛性6BOXシャーシ構造が採用されている。この構造により、耐振性を向上させて、機械的振動による変調ノイズの発生による音質劣化も排除する設計だ。なおデジタル部は、パルス性雑音対策として銅メッキ製トップカバーで全体を覆い、厳重なシールド対策を施している。
 信号系は、MCヘッドアンプ付6ポジション負荷抵抗切替型フォノイコライザー部、高入力レベルのチューナーなどのアナログソース、8倍オーバーサンプリング18ビット・デジタルフィルターと、従来比でSN比を10dB向上した18ビット・ツインD/Aコンバーターを採用したデジタルソース、それにビデオソースの3ブロックで、これらのプログラムソースは、内部配線が短くできる半導体セレクタースイッチ、リモコン対応の4連ボリュウムを通り、20dBのフラットアンプ部に送られる。
 ソースダイレクトスイッチをONとすれば、フラットアンプ出力は、入力に4連ボリュウムの2連を使った0dBバッファーアンプを通り出力端子に送られる。次にスイッチをOFFにすれば、バランス詞整、モード、サブソニック、高・中・低音調整、連続可変ラウドネス調整を経由してバッファー入力に送られる。
 電源部は、デジタル・ビデオ部、アナログ部、マイコン部の独立3電源トランス採用。ビデオ電源は単独にON/OFF可能。デジタル電源は、アナログ入力選択時にデ
ーター復調回路のIC動作をとめる設計である。
 MX2000は、低インピーダンス駆動能力を重視したA級動作のステレオパワーアンプである。
 パワー段は、MX10000で開発されたHCA(双曲線変換増幅)回路により全負荷、全パワー領域でA級動作を可能としたHCA・A級増幅に特徴がある。ちなみに1Ω負荷のA級動作ダイナミックパワー600W+600Wを得ている。
 筐体構造は、銅メッキシャーシとフレーム採用の左右シンメトリー配置で、出力メーターを含むフロントパネル部、電源部、左右パワーアンプ部、電圧アンプ部、それにスピーカーリレー、出力コイルなどを収める出力ブロックの6ブロック構成である。
 注目したい点は、チムニー型ヒートシンクの配置が一般とは逆に内側に置き、パワーアンプ基板と電源トランスの干渉を避けた細心のコンストラクションである。
 電源部は、EI型コアの420VA電源トランスと、低箔倍率φ76mm、20000μF×2電解コンデンサーのペアである。
 CX2000とMX2000のペアは、音の粒子が細かく、滑らかに磨かれており、スムーズに延びたワイドレンジ型の帯域レスポンス、しなやかな表現力などは、従来のヤマハのセパレートアンプにはない、新しい音である。傾向として、十分にエージングに時間をかけたAX2000に近い。
 MC入力時には、ノイズ的な環境の悪いSS試聴室でも十分にSN比が高く保たれ、アナログならではの音が楽しめる。このことは、この種のアンプの重要なチェックポイントだ。
 デジタル入出力時は、光、同軸の差を素直に出し、銘柄、グレードの差が楽しめる。また各種CDのデジタル出力を使い、個々の音が楽しめるのも新しい魅力の展開だ。

イケダ IKEDA 9EMPL

井上卓也

ステレオサウンド 88号(1988年9月発行)

「BEST PRODUCTS」より

 アナログディスク用のカートリッジは、音溝の凹凸を電気信号に変換するトランスデューサーであるため、変換方式、つまり発電するメカニズムそのものが音色、音質を直接的に支配することになる。この部分に魅せられたファンにとっては、これならではの奥深い楽しみの存在するジャンルである。
 一種の理想の発電方式ともいえるものに、一般的なカンチレバーを介さず、スタイラスそのものが、直接、発電コイルを駆動するダイレクトカップリング型がある。
 従来からも、この方式の可能性は追求されていたが、実用化の上で困難を極めたのは、振動系を安定に支持するサスペンション方式の開発であったわけだ。
 MC型で、しかもダイレクトカップリング方式のカートリッジを、コンシュマー用として世界初に完成させた記念すべきモデルが、イケダ9である。
 左右チャンネル用の2組のコイルの結合部に直接スタイラスを取りつけたシンプルな振動系は、2個の特殊形状ダンパーと糸による支持機構と組み合わせたメカニズムからスタートした。その後も、細部の改良と熟成期間をかけ、現時点での完成度は十分に高い。
 今回、新製品として登場したイケダ9EMPLは、シェル一体型ではなくて、単体のカートリッジとして発売された9EMをベースに、磁気回路のヨーク材に高磁束密度のパーメンダーを採用し、発電効率と磁気制動を高めた9EMPをさらにグレードアップしたモデルである。
 型番末尾のLは、ラージの意味であるとのことで、磁気回路は、カートリッジボディの内容積に対して最大限にまで大型化され、パーメンダーの使用量も50%アップとなっている。数値的には発表されていないが、磁束密度も、それなりに向上しているはずだ。なお、スタイラスは、9EMPと共通のムクダイヤの特殊長短円針付で、標準針圧は2・5gである。
 SS誌リファレンスプレーヤーで音を聴いてみよう。使用アームはSME3012Rプロであるが、9EMPLの発電機構から考えれば、オイルダンプ型のシリーズVが、現状ではベストであろう。
 針が音溝に触れたときのポップノイズ、音溝をトレースしているスクラッチノイズが、カートリッジの本質を聴くためのスリリングな瞬間である。制動が効き、パシッと決まるポップノイズ、カンチレバーによる揺れが皆無で、音溝にダイレクトに反応しているスクラッチノイズを聴いただけで、これはただものではないという実感がする。
 基本的には、やや硬質で、情報量を堂々と押し出すように聴かせる。9EMPは完成度の高さが特徴であったが、音溝に直接反応する厳しさが、新型のイケダ9EMPL最大の魅力だ。