50万円未満の価格帯のパワーアンプ

井上卓也

ステレオサウンド 84号(1987年9月発行)
特集・「50万円未満の価格帯のパワーアンプ26機種のパーソナルテスト」より

 パワーアンプの試聴にあたり、まず使用機器の選択が、最初のポイントになる。従来からのパワーアンプ試聴では、アナログディスクをプログラムソースにすることもあり、何らかの、リファレンス的な性格のコントロールアンプを選択して使うことが多かった。しかし、プログラムソースにCDを使うことが多くなるとともに、CDプレーヤーの定格出力が2Vと高いこともあって、ダイレクトにパワーアンプに接続しての使用も可能になり、リファレンス用コントロールアンプを選択し、使用することの意味が、かなり微妙な問題になってきたように思われる。
 今回は、プログラムソースにCDを使うことにしているが、いかにCD時代が到来しようとも、プログラムソースとしてはアナログディスクの数量のほうが圧倒的に多いはずで、当然のことながら、アナログディスクをプログラムソースとした試聴が必要であることはいうまでもない。
 しかし、アナログディスクには、時代の変化とともに、その本来の音質を阻害する要因が、予想外の早さで増大しているようだ。そのひとつは電源の汚染である。TV、螢光灯、パソコン、ファミコン、100V電灯線を使うインターフォン、同様なリモコンによる電源のON/OFFスイッチなど、電源を通しての汚染が、微弱なオーディオ信号の音質を劣化させていることは、一部では認識されている。これに加えて、最近、アナログディスクの再生に決定的なダメージを与えるものとして登場したものが、家電業界で脚光を浴びているインバーター方式の家電製品の急増である。このタイプは、効率が高く、人に不快感を与える50Hzや60Hzの電源に起因するウナリの発生がなく、使う周波数が高いために、防音や遮音が容易で、エアコン、冷蔵庫、扇風機をはじめ、チラツキが感じられないために蛍光器具にいたるまで普及しはじめている。この方式は、かつて、高能率電源として注目されたが音質面で悪評を浴びたスイッチング電源方式そのものであり、これによるアナログディスクの音質劣化はは、誰にでも容易に判別できる音のベール感や一種のザラツキとなって現れる。
 一方、都市地域では、TV、FM、各種の業務用無線、地方でも、放送局周辺、送電線の近く、航空関係のレーダー、業務用コンピューターの端末機器などの電波による音質劣化の問題は、オーディオのみならず、電子スモッグとして、オートマチック車の暴走問題の一端として、社会問題にまで発展している。
 ちなみに、ステレオサウンド試聴室で簡単にFMチューナーを使って帯域内の雑音のチェックをしたところ、数年前のCD登場時点と比較して、予想以上に質的量的に雑音が増加していることが確認できた。
 これらの原因にもとづいた、アナログディスクの音質劣化の詳細についてはここでは割愛するが、最近では、いかにも機械的な音溝に刻まれている音をカートリッジが丹念に拾い出しているような、レコードならではの独特の実体感にあふれた、深々とした音を聴くチャンスは少ない。都市地域で、それらしい音が聴けるのは各種の放送が少なくなり、人々が寝静まった後の、日曜日の深夜のみ、というのが実情のようである。
 これらの問題を総合して、現状では、アナログディスクの音質の確保が難しい、という判断をしたため、試聴用のプログラムソースに、アナログディスクの使用を断念し、CDのみを使うことにした。
 試聴時に、音量をコントロールする(変化させる)ことは、パワーアンプの場合においても、ローレベルからハイレベルの応答をチェックするために不可欠の条件である。一部のパワーアンプには、質的に、実用レベル内に入る音量調整機構が付属しているが、ダイレクト入力専用のタイプもあり、何らかの外付けの音量を調整するアッテネーターを選択しなければならない。
 ここでは、編集部で集められた数種類のアッテネーターをチェックした結果、50万円未満のパワーアンプの試聴には、やや大型な筐体が気になるが、チェロのエチュードを使うことにした。このアッテネーターは、音の傾向として、かちっとしたシャープな音が特徴であり、程よく音のエッジをはらせて明快に聴かせる傾向が強い。質的、量的に高級機と比べてハンディキャップがあるこの価格帯のパワーアンプには、全体に音の抑揚を抑えてキレイな音として聴かせるタイプのアッテネーターよりも、よりふさわしいと思われるからだ。
 しかし、リファレンス用アッテネーターとしては、固有の性格を少し抑える必要があり、設置方法を含め、必要にして充分なレベルまで追い込んで使っている。
 試聴用のCDプレーヤーは、一種のリファレンス的なキャラクターを持つソニーCDP555ESDを2台用意し、パラレルに使用している。その主な理由は、プログラムソースの音質を可能な限り一定の範囲内に確保し、再現性のある試聴条件を保つためである。一般的に、CDプレーヤーでその音質を変化させる原因は予想以上に多いが、なかでももっとも大きな問題点でもあり、使いこなし上でも重要なことは、ディスクの出し入れ毎に生じる音の変化である。
 CDプレーヤーにディスクをセットして音を聴いてみよう。次に、一度イジェクトし、再びプレイして音を聴く。この両者の間に、かなり音質の違いがあることが多い。柔らかいソフトフォーカス気味の、おとなしい音から、ピシッとピントの合ったシャープな音に変わる、かなり激しい例から、やわらかめとシャープなどという程度の差こそあれ、ディスクの出し入れ毎に生じる音の変化は、現在のCDプレ比ヤーでは、必ず生じるものと思ったほうがよいようである。この現象は、CD初期にある理由にもとづいて見つけだし、本誌誌上でもリポートしたことがあるが、その後この変化量が少なくなっていればよいわけであるが、CDプレーヤーの基本性能、音質が向上するに伴い、むしろシャープな変化を示す傾向にあるようである。その原因のひとつとして、セッティング毎に変化する──ターンテーブルとCDとの機械的な誤差による──オフセンター量の違いによる読み取り精度や、サーボ系の変動などが考えられている。偏芯が問題であるとすれば、CDプレーヤー側での精度向上が要求されることは当然のことながら、このところCDディスクのセンターホールの誤差や偏芯の量が大きくなっているとの情報もあるだけに、もっと問題視されてしかるべきCDとCDプレーヤーの問題点であると思う。
 CDをプログラムソースとした場合に、不可避的ともこの問題を、いくらかでもクリアーしようとする目的で、一台のCDP555ESDには、試聴ディスクの、カンターテ・ドミノを常時セットしたままにし、もう一台に、他のディスクを交互に入れ、試聴をすることにした。
 スピーカーの選択は、各種の試聴でももっとも重要なキーポイントである。今回の試聴では、各種のスピーカーシステムを使い、それぞれのリポーターは単独で試聴するという編集部のプランにもとづいて、50万円未満にはダイヤトーンのDS3000、50万円以上100万円未満の価格帯の製品用には、同じくDS5000を使うことにした。
 私が担当した両価格帯共通にDS3000を使うことも考えたのが、せっかく編集部で5000と3000の2モデルを手配してあったこともあり、異なったスピーカーを使うことになったわけだ。2モデルのスピーカーシステムは、ともに同じメーカーの4ウェイ構成のシステムであり、中低域の再生能力の向上をポイントとしたミッドバス構成という共通の設計方針に基づいたタイプであり、音質的な面でも共通性が多い。
 試聴用スピーカーシステムに4ウェイ構成のシステムを使うメリットは、3ウェイ構成では音楽のファンダメンタルを受け持つウーファーの受持ち帯域が、4ウェイではミッドバスユニットと2分割されるために、重低音にポイントをおけば中低域が弱くなり、中低域を重視すれば重低音が再生しにくいといった3ウェイ特有の制約が少なく、音楽再生上重要な中低域に専用ユニットをもつメリットはかなり大きい。しかし、ユニットの数が多いだけに、ユニット配置を平均的に処理をすると、音像定位が大きくなりやすいのがデメリットだ。その点、今回の2モデルのシステムでは、平均的な3ウェイ構成と比較しても、音像定位での問題点は少ない。50万円未満の価格帯のパワーアンプはDS3000で通して試聴を行い、そのなかの約2/3の製品については、スピーカーをDS5000に変えて、再び試聴を行い、50万円以上100万円未満の価格帯のパワーアンプ間との関連性をもたせようとした。
 試聴用のコンポーネントのセッティングは、ステレオサウンド誌の新製品リポート取材に使う、私自身の方法を基準としている。2台のCDプレーヤーとアッテネーターは、それぞれ独立した(ラック同士が接触しないという意味)ヤマハGTR1Bオーディオラック上に、置き台そのもの固有音を避けるためにフェルトなどの緩衝材を介して置いてあり、3個のオーディオラック内には、他の物はいっさい置いていない状態に保ってある。
 試聴用アンプは、ほぼスピーカーの中央延長線上で、オーディオラックに近い位置に、大きなアピトン合板積層ブロック状に緩衝材を介してセットしてある。
 スピーカーは、ヤマハ製のNS2000用に作られたスタンドSP2000上に置いてある。ちなみに、重量の大きなブックシェルフ型スピーカーでは、安定した音質を引き出すためには、予想以上にガッチリしたスタンドが要求され、DS3000クラスともなると、専用スタンドDK3000か、このヤマハSP2000くらいしか使えるものはないようだ。
 電源関係は、試聴用パワーアンプは試聴室左側の壁のコンセントからダイレクトに、CDプレーヤーは反対側の壁の別系統のコンセントから分離して給電し、相互の干渉を避けている。機器間の接続ケーブルはいろいろと比較試聴した結果、基本的に情報量が多いオーディオテクニカ製の2種類のPCOCC線を、RCAピンプラグに少しの制動を加えて使っている。2台のCDP555ESD間の細かなバランス補整は、設置方法も加えて実用レベル上問題にならない範囲に近づけてある。なおスピーカーコードは、同様に試聴の結果、ステレオサウンド試聴室で常用しているトーレンスの平行2線タイプの太いコード(C100)を使った。
 まず試聴用のCDプレーヤーとスピーカーのセッティングの実際を説明しよう。
 セッティング用に使用したリファレンスアンプは、100万円未満の2種類の価格帯のパワーアンプ中で、強いキャラクターがなく、ある種の市民権を獲得しているもデルとして、アキュフェーズP500を選んだ。このアキュフェーズP500を使い、基本的なセッティングを行ったが、各種の試聴用パワーアンプのクォリティ、キャラクターに応じて、CDプレーヤーやアッテネーターの手もとでコントロールできる部分では設置条件を変えて試聴している。ただし、試聴用パワーアンプとスピーカーのセッティングは、一定の条件に固定してあり、この部分でのコントロールは行っていない。
 基本的なセッティングは、パワーアンプの性能、音質をヒアリングでチェックすることを目的としているために、必ずしも音楽を聴いて楽しい方向ではなく、やや全体に抑え気味なセッティングを行い、目的に相応しいものとしている。したがって、新製品リポート時と比較すれば、それぞれのパワーアンプは、その内容をストレートに見せる対応を示したため、かなりシビアな音が度々聴かれることになった。
 パワーアンプの試聴で、いつものポイントとなるのは、ウォームアップの問題である。試聴に先だって、各パワーアンプは約3時間電源を入れ、30分間ダミーロードを負荷として信号を加えてウォームアップさせてあるが、実際にスピーカーを負荷として試聴をはじめると、かなり大きな音質変化が見受けられる例が多い。一部の変化が多いモデルについては、それなりのリポートを加えているが、詳細については、後半の50万円以上100万円未満の価格帯のほうで記すことにしたい。
 50万円未満の価格帯のパワーアンプでは、今回試聴した最低価格の製品と上限の製品の間には、約3倍の価格差があり、もともと物量が要求されるパワーアンプであるだけに、とくに20万円未満のモデルはかなりのハンディキャップがあり、上限との価格差が約2倍の25万円クラスまで範囲を拡げてみても、これはという存在感や、明確なキャラクターをもった好ましいパワーアンプの方が、例外的な存在であったのは仕方のないことだろう。
 今回の試聴では、試聴メモ以外に、音質と魅力度の2種類の採点が編集部より要求されているが、音質というひとつの意味のなかには、スピーカーのドライブ能力、聴感上でのノイズの質と量、ウォーミングアップの音の変化傾向と変化幅などの電気系の基本的条件をはじめ、筐体構造面での共振、共鳴や、電源トランスのウナリなど、機械的な面からの音質から、音楽再生上でのいわゆる音量まで、多彩をきわめ、結果的には採点のダイナミックレンジは、かなり圧縮方向になりやすく、この価格帯では、上下10点の幅にしかならない。魅力度については、かなりエゴと独善的な傾向で判断している。
 50万円未満の価格帯のパワーアンプでは、基本的に需要が少ないこともあって、短絡的にプリメインアンプのパワー部と比較してみると、パワー当たりのコストはかなり高価にならざるをえないが、パワーアンプとしてはローコストなジャンルにあるため、パワーアンプという言葉の意味に相応しい、バランスよく力強い音やデザインを持つ製品は期待薄であるようだ。したがって、ひとつのチャームポイントがあれば、それでよしとする他はなく、とくに25万円クラスまでは、何のチャームポイントを持つかが重要である。それ以上の価格帯になると、パワーアンプらしい音質、デザインを備えたモデルが増し、パワー的にも実用上で充分のものがあり、セパレート型アンプならではの楽しみが存在すべきはずであるが、ある種の定評のあるものが、やはり好ましい結果を示すといった、フレッシュさを欠く印象が強い。
 全般的な傾向としては、編集部の洗濯基準で、いわゆるカタログモデルとしては存在するが、容易に入手することはできない、発売時期の古い製品は除いているために、結果として、予想外に海外製品が数多く存在し、国内製品が少なく、やや個性型の海外製品に対して、物量投入型の国内製品という印象が強い。
 目立った製品は、パイオニアM90、テクニクスSE-A100の2モデルである。ともに、パワーアンプは電圧・電力変換器であるという基本に忠実に、オーソドックスに設計され、完成されたモデルという感じである。
 音質的には、ともにクォリティは充分に高く、余裕をもって安定した楽しい音楽を聴かせるM90と、音の純度を高く保ちながら、良い音を正確に聴かせようとするSE-A100というように、かなり対照的な音と魅力をもっている。ともに基本に忠実に、手を抜かず、気を抜かない、といった本質が、よく音に出ている傑作だ。
 アキュフェーズP102とQUAD606は、日本的にリファインされた、しなやかで細かい音と、英国製品らしい常識をわきまえた鋭い感覚が、現代的に開花した好ましい音という、それぞれのお国ぶりが素直に音に出た良いモデルである。反応の早い、小型で高性能なスピーカーを楽しみたいときには、最適の選択になるだろう。
 管球タイプの、ラックスマンMQ360、エアータイトATM1は、ラックスマンとエアータイとのブランドが持つ雰囲気のように、しなやかで暖かいMQ360、明解で、カチッとしたソリッドな傾向があるATM1と対照的で、内容と外観がともに一致した好ライバル機だ。ともに、ソリッドステートアンプとはひと味異なった、味わい深い音が魅力である。
 デンオンPOA300ZR、ナカミチPA70は、ともに素直なキャラクターと、価格に相応しい材料を投入して開発されたモデルで、資質としては、かなりの可能性をもっている。しかし、デンオンは帯域感がいままでの同機とはやや異なり、ナローレンジ型の安定度重視型に変わり、メインテナンス面でのエージング不足傾向もあり、ややイメージの異なった音である。ナカミチは、キレイに磨かれた滑らかで純度の高い音をもっているが、KODO三宅の太鼓で電源のヤワさをみせたなど、期待できる音をもつだけに、欲求不満が感じられる、というモデルである。
 デンオンPOA2200は、発売当初の軽量級の音ではあるが、フレッシュな感覚の反応の早い魅力がやや抑えられ、穏やかな音に変わったのは、おそらくエージング不足のためで、残念な感じがする。
 ハフラーのXL280は、国内製品では得られない音づくりの巧みさが面白く、QUAD405-2は、アナログディスク向きで、CDプログラムソースでは606の魅力が光る。マランツMA7は、やや追い込み不足か。A級動作ではよいのだが、クォーターA級動作では、一種の表現しがたい不思議な音に変わる。アンプの名門ブランドだけに、この辺かはテスト機種のみの問題であるように祈りたい。
 アキュフェーズP300Vは、リファインの表現が相応しい改良であるが、ややエージング不足気味で、色彩がやや物足りないが、後日行った新製品リポート取材時には、全く同じ製品がそれらしい音を聴かせてくれた。カウンターポイントSA12も同様に、少し寝起きの悪い音が気になるが、安定感は充分にある音が聴かれた。ルボックスB242も、使いこなせばかなりの魅力が引き出せそうな音である。

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