岩崎千明
スイングジャーナル 5月号(1972年4月発行)
「SJ選定新製品試聴記」より
ヤマハのプレイヤー、と聴いて、昔のプロフェショナル仕様のプレイヤーを思い浮かべた方がいたら、それは、本格派のベテランマニアに違いない。モノーラル時代の盛んなりし頃、たしか30年ごろだったと記憶するが、リムドライブ型フォノ・モーターと、例の長三角形のオイル・ダンプド・ワンポイントサポート方式のアームを組合せた、プレイヤーをヤマハ・ブランドで市販した。高級マニアのひとつの理想が、このプレイヤーに凝縮され息吹いていた。このプレイヤーを手がけたのは現在のティアック、東京電気音響のさらに前身であったのだが、放送局のモニタールームなどにあったレコード再生機のイメージがそのまま市販品として再現されていた。形だけではなく、その性能も、規格もプロ用に匹敬して今日において歴史に残る名作と謳われるべき高性能機種であった。
今、ヤマハのプレイヤーを前に置いて、かつての名作を思い浮かべる時、眼の前にあるプレイヤーは、昔のものとはイメージすら全然異なるものであるのは確かだがそれはそのまま我国のハイファイの推移を具象化した形で示していることを感じた。
かつて、ハイファイは一般の音楽ファンにとって高嶺の花でしかなかった。
今日のように、多くのファンやマニアの間にオーディオが定着した現実と、ヤマハというブランドがオーディオ産業の奈辺に存在するかに思いをいたせば、この新型プレイヤーの外観と、志向する性能が、昔日と全く異なるのはしごく当然といえよう。購買層ファン自体が、大きく変ったのである。共通点はただひとつ、ターンテーブル上のゴムシートのパターンだけだ。
新製品YP700は、セミ・オートマチック・プレイヤーである。つまりレコードの音溝の上にアームを位置させてプレイ・ボタンをおせば、アームは静かにレコード上におり、演奏が終われば、アームは上って静かに定位置に戻りレスト上に止る。
この新製品がセミ・オートマチック・プレイヤーであるということで、現在のヤマハの狙っている層が、昔日のように一部の超高級マニアではなくもっと若い広い層を考えていることが判ろうというものである。
ターンテーブルは今日では高級品としてオーソドックスなべルト・ドライブ方式で、大きなメタル・ボードの左奥にアウター・ローター型シンクロナス・モーターがあり、三角形のカバーがその位置を示している。この位置は、カートリッジのレコード面上の軌跡からもっとも遠い位置であり、この一点を見てもプレイヤーの設計にオーソドックスながら十分な配慮がなされていることが判る。事実、カートリッジ針先をモーターボードに直接のせてボリュームを上げてみてもスピーカーから洩れるモーターゴロは微少で、モーター自体からの雑音発生量の少ないのが確められる。
これはモーターボードの厚くガッチリした重量による効果も大きく見逃せない利点だ。
さて、このプレイヤーのウィーク・ポイントは、アームのデザインにあるようだ。使ってみて、扱いやすく、誰にでも間違えることのない優れたアームとは思うが、ただ取り柄のまったくないありきたりのパイプアームだ。シンプルというには後方のラテラル・バランサーなどがついており、多分、これが特長としたいのだろうが、このラテラルバランサーと対称的にインサイド・フォース・キャンセラーが、アーム外側につけられている。アームは、実用的であると同時に、毎日これと対決を余儀なくさせられる音楽ファンの、マニア根性を、もう少し刺激して欲しいパーソナリティーを望みたい。
ちょっとだけ不満な点にふれたがこのプレイヤーの最大メリットが2つある。まずヤマハならではの、豪華にして精緻なローズウッドのケースの仕上げだ。圧巻というほかない。
もうひとつの大きなプラスアルファはカートリッジにマニアの嬉しがるシュア・75タイプIIがついていることだ。タイプIIになってスッキリした音が一段と透明感を強めた傑作カートリッジが、オプションでなく、始めからついているのは、このプレイヤーの49000円という価格を考えると魅力を一段と増しているといえよう。
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