マイクロ MR-622

菅野沖彦

スイングジャーナル 12月号(1973年11月発行)
「SJ選定新製品試聴記」より

 プレイヤー・システムというものはレコードをかける事を喜びとするものにとって、もっとも身近な親しみをもって接する機械であり、手で触れる事の多いものである事はいうまでもない。例えていうならば、車のステアリングでありトランスミッションのチェンジ・レバーであり、インストゥルメント・パネル(ダッシュボード)である。事好きにとって、ステアリングやインストゥルメント・パネルの感覚は無視できない重要なポイントであり、これらのデザインに夢を求め、そのメカニズムの確度に喜びを感じる人が少なくない。したがって、プレイヤー・システムというものは、レコードを演奏するという心情にぴったりしたデザインと感触をもったものであることが望ましいし、この意味では、まだ、現在の全てのプレイヤー・システムが夢を満たしてくれるものとはいい難いのである。私など、もう数十年もレコードをかけ続け、プレイヤーに親しんできているのだが、こういう意味から大きな満足を与えてくれたものは、どういうわけだか、SP時代の78回転のターンテーブルと数10グラムもあるようなピックアップのついたもの以外にはないのである。LP時代になってからは、どうも心情的にぴったりきたものにお目にかかったことがない。私が小、中学生の頃使っていた父の電蓄のプレイヤーは、きわめて仕上げのいい板に針箱やパイロット・ランプが美しくはめ込まれ、ターンテーブルには、いかにも曖かい高級感に溢れたラシャが張ってあり、その堂々としたピックアップのトーンアームは重厚性をもち美しく仕上げられた魅力溢れるものだった。もっとも、今の塩化ビニールのLPではラシャのようにゴミをすいつけるものは全く不適当だし、感度のよい軽量アームということになれば、見た目にも冷い軽々しいものにならざるを得ないのだろう。技術の進歩はどうして、こうも、機械から暖かさを奪ってしまう事になるのであろうか? 淋しい限りである。また車の話しになるが、昔の自動車の内装の暖かさと重厚さは今の車に求む得べくもないし、国鉄の車輛でも同じような傾向だ。昔の客車の趣きは、今のペラペラ・ムードの特急車輛とは比較にならないほどの味わいを持っていた。こういう車輛はヨーロッパにいけば現在でも見ることが出来るが、日本ではもう夢だ。
 話しがそれてしまったが、プレイヤー・システムというものが、その基本的な動作性能に加えて、そうした味わいを持つべきことは、今さら私が強調するまでもないと思う。しかし、正直なところ、日本の高級優秀プレイヤー・システムのどれが、そうした夢を叶えてくれるだろうか? 日本製に限らない。外国製でも、そういうものがどんどん少くなってきている。アルミとグレーとホワイトに代表される現代感覚とやらにはもう食傷気味だ。冷いオフィス調のタッチを家庭にまでもち込むのはごめんこうむりたい。
 ところで、マイクロの製品は、従来から、マイクロのセンスの悪さが幸いして、そうしたモダニズムに走る危険から逃れていた貴重なる存在である。MR411、MR611など堅実な機構と性能をもった手堅い製品がプレイヤーとして実用的価値が高く、好ましいものであったが、そのデザインは凡庸であった。しかし、中庸をいく、嫌味のなさは浅薄なモダニズムよりはるかにましだと思っていたし、MR411、611シリーズは私の好きなプレイヤーだった。MR711というDDモーターを使った製品はまったく未消化のもので、お世辞にもほめられたものではなかった。デザイン的にも田舎者が急に洒落れこんだギコチなさ丸出しであった。せっかくアイデアを使いながら、繁雑で完成度の低いシステムに止まっていたのである。しかし、このMR622はちがう。優れた性能を温厚なデザインで包み込んだ、さりげない高級品として高く買いたい。DDモーターの性能も健秀でDCサーボも安定している。ワウ・フラ、S/N共、広帯域大出力装置に充分使える優れたものだし、トーンアームの感度も大変よく、しかも実用的で広い自重範囲のカートリッジをカバーする。ただしカートリッジはいただきかねる。トレースはいいが音像がへばりつき、音楽の生命が躍動しない。当然よりよいカートリッジを併せ持って発しむ事になるだろう。仕上げもまずまず。推薦品だ。

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