シュアー V15 TypeIII

菅野沖彦

スイングジャーナル 6月号(1970年5月発行)
「SJ選定新製品試聴記」より

 シュアーが久しぶりにV15を改良した。タイプIIIという名称からして、これが同社の最高級カートリッジのV15の三度日の改良製品であることがわかるだろう。V15のタイプIIは途中で、NEW TYPEIIというのが出たが、これは、そうした改良型というよりも、振動系から、モールディングの型に至るまですべてをV15IIをベースにしながらも、まったく新しく設計した製品である。V15IIがトラッカビリティというシュア一社の標語と共に登場し、その思想が示すように、レコード溝の完全なトレース能力を追求することが、カートリッジのすぺての特性を追求することにつながるということが認識されてからずい分の年月がたった。事実、V15IIは、あらゆるカートリッジの中で、もっとも安定したトレースを示し、広く標準カートリッジとして使われた実績は今さらいうまでもないことだ。あのカートリッジが出た時、私も、私の仲間たちも、もうカートリッジも終局に近いところへ釆たという観をもったもので、それまでビリついたレコードもV15IIでなんなくトレースし、安心してレコードが聞けるという恩恵に感謝したものだった。勿論、その後、高域の音色に癖があるとか、肉づきと陰影がものたりないとかいった感覚的な不満がいろいろいわれだしたことも事実で、V15IIのあまりにもポピュラーになった名声に対するねたみと共に、V15II批判がにぎやかになったことも事実である。しかしながら、私個人の考えでは、そうした声は、半分はマニア特有の特権意識から出た、俺は皆がさわぐV15などには満足しないというキザな発言とカートリッジがもつ個性の感覚評価からくる、俺はオルトフォンの音が好きだ、あるいは、EMTの音こそ音楽的だ……という嗜好的意見であると思う。カートリッジの技術水準と、実際に多くの製品を理解していれば、V15IIを、あの時点で批判する勇気も自信も、私にはなかった。この数年間、私があらゆるチャンスに最も多く使ったカートリッジはV15IIであったし、そのほとんどの場合にV15IIは満足のいく音を聞かせてくれたものだ。勿論、たまには、V15とちがう音のカートリッジにも魅力を感じたし、このレコード(音楽)には、このカートリッジのほうがいい……という実感を他のカートリッジで味わったことも再三あったけれど、安定したプレイ・バックという基本条件をV15IIほど満してくれる製品には出会わなかったのである。そのV15IIが、今度IIIとして新登場したのだから、これは私にとって近来にない期待に満ちた試用であった。初めてV15IIIをシェルにつけ、針圧も調整して、私の録音したレコード上に針を下す瞬間の胸のときめきは、ちょっと言葉では表現できないものだった。結果は、期待が裏切られることはなかったが、期待以上の感激もなかったというのが正直な感想である。それはどういうことかというと、従来のV15IIにはすでに書いたようにトレーシングに関する不満をもっていなかったので、今度の新型が、この点で抜群によくなったという実感はなかったのである。私が制作しているレコードの中には、高レベル・カッティングのものが何枚かあり、リミッターをかけないで、しかも平均レベルも高くとったものが何枚かあるが、それらについても、今までにV15IIは充分なトレースを示してくれていたからである。シュア一社のデータによると、タイプlIlはタイプIIに比しぞ2kHz以上でのトレーシング能力が大幅に向上しているらしく、4k−10kにわたってカッティング・ベロシティにして従来より3cm/sec.以上の振幅への追従の余裕をもっている。高域の特性の向上も著しく、CD4の再生もカバーできるものとなった。
TypeIIIとなって確かに高域ののびと分解能が向上していることが聴感上はっきりとわかるが、可聴周波内での帯域バランスという点だけからいえば、TypeIIもすて難い味を持ち合せているとも思われる。これが期待が裏切られなかったと同時に、驚ろくほどの意外な喜びもなかったということである。しかし、間違いなくこのV15IIIは現在の最高級カートリッジであるし、特性と聴感的なバランスのとれた優れた製品である。特性データとはうらはらに音楽が貧弱に聞えるカートリッジが少くないが、この製品を使って活き活きした音楽が楽しめた。

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