フィリップス GP412

岩崎千明

スイングジャーナル 5月号(1971年4月発行)
「SJ推選ベスト・バイ・ステレオ」より

 冒頭から少々きざったらしい言い方をするが、私はこのフィリップスの新型カートリッジを紹介できることをおおいに誇りにしている。このカートリッジの優秀性をわずかな紙面でどうやって紹介できるか少なからず心配しながらも筆をとっている。
 フィリッブスというメーカーはいうまでもなく、カセット・テレコでよく知られており、4チャンネル時代を迎える今日、その実用的なソースとしての未来性がますます注目されている。
 しかし、メーカーとしての真のフィリップスの姿は、あまりに大きすぎてどう説明していいのかわからない。
 戦前は、米国RCAと並んで全世界の市場を2分するほどの、エレクトロニクスと家電の大御所だった。ヨーロッパに君臨するこの大メーカーの規模は、戦後おとろえたとはいえ、米国フォーチューン誌において10位以内に入る世界のトッブ企業なのである。ちなみに日本の最大メーカーは新日鉄で、ほぼこれに匹敵する。
 西洋音楽が芽生え、根を下し、今日の繁栄の地となったヨーロッパ大陸に地盤をおいたフィリップスの、音楽再生に対する技術は一般にはまだあまり知られてはいない。
 しかし、カセット・テレコの例を持ち出すまでもなく、その分野において常に最高であり容易に他の追随を許すことはないほどに質的に高い。その上おどろくことに、その高水準の技術の所産がマニア用としてではなく一般用を目的の商品としてでも大成功をとげている事実はあまり例がない。見せかけでなく真に音楽に根ざした技術的所産というべきだろう。
 現在、市販のステレオ・カセットは国産品20機種以上にも上るが、その高級品とほぼ同価格のフィリップス製が「通」の間ではやはり人気ベストワンであることを知っておられるだろうか。外国製は割高というハンディをせおっているこの普及型カセットにおいてすらこの有様なのだ。
 SJ誌試聴室において、偶然のことから眼にとまったごく目立たないカートリッジに PHILIPS という字をみて、私はトリオレーベルの本田竹彦トリオの音溝に針を落した。まったく期待のない時だっただけに、音の出た瞬間、痛烈なカウンターを喰ったようなショックを私は受けた。このピアノの音は、かつてオルトフォンに初めて接したときのように実に豊かで堂々としていた。しかも、録音本来の最大特長であるアタックの切れ込みの良さはほんのわずかも損なうことなく強烈だった。まさに、フル・コンサート・ピアノのスケールに、そのままというか、目の前2mぐらいで演奏しているエネルギーが室内に満ちた。このアルバムにおさめられているピアノやドラムの激しいアタックはカートリッジのビりつきを露呈するのだが、ここでは実に安定し、フォルテの時にも微動だにせずトレースをやってのけたである。念のためビル・エヴァンスのアローンをかけた。
 ヴァーヴ盤は、ギター・ソロがびりつきやすく、これがカートリッジのトレース特性のチェックにもってこいであるし、国産でこれを無難にやりとげるのはわずかしかない難物である。すでにどうにもならぬほど傷んだ個所を除き実に安定にトレースしたのだった。かくも「安定に」この難物をトレースしたカートリッジはシュアーV15II、エンパイア999を除いてはない。安定なのは音だけではなくトレース能力自体であることも明記しておこう。
 ソフトなタッチでしかも強烈なアタックを刻明にうきぼりするこのフィーリングは、ごく最近手にした、ライカのレンズに対して感じたものとまったく同一のものである。そこには単に技術だけではどうにもとらえきれない「何か」がはっきりと存在しているのだ。
 マニア用として、全く別系統のセクションで作られ、販売されるというこのカートリッジに、私は伝統を思い知らされ、羨望を感じたのである。

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