菅野沖彦
ステレオサウンド 130号(1999年3月発行)
「いま聴きたい魅惑のコンポーネント特選70機種」より
環境さえ許されるのならヘッドフォンを常用することは薦めない。ヘッドフォン・ステレオは、スピーカーによる空間を介在させて聴く自然さに欠けるからである。そのかわり、室内空間が持つ固有の音響現象による悪影響がない利点がある。私がヘッドフォンを使うのは、条件が限られた録音のモニターとしてか、スピーカーの置かれた室内の音響条件の影響を回避して、プログラムソースそのもののバランスをトータルにマクロ的に確認したい時である。そうは言っても、譬えスピーカーシステムよりヘッドフォンのほうがバランスのいいものが多いとしても、何でもいいわけではない。ある意味では、限られたサイズと、音源が鼓膜から至近距離にあるという特殊な条件のもとでバランスを取るということには、設計製造上、また別の難しさがある。肉体に直接密着させるものだけに、スピーカーとは違う配慮も必要である。スピーカーのコーンやダイアフラムと呼ばれる振動体には、材質の持つスティフネスやロス、そして比重といったような固有の物性が、音の質感にデリケートだが重要な影響として現われることがよく知られているが、ヘッドフォンについても例外ではない。いや、むしろ耳もとで振動するものであるだけに、より敏感に音のタッチ、風合いといった質感が感知されると言ってもいいだろう。
こうしたことにこだわり抜いて作られたのが、このソニーのMDR-R10という高級かつ高価格のヘッドフォンである。バイオセルロースの振動膜、響きがよくて軽量な、樹齢200年以上の樫材のハウジングを使うという徹底ぶりだが、価格が3300種近くある同種製品中の最高のものであろうと思われる。発売以来10年以上経つと思うが、その音質の良さとバランスの良さは抜群であり、物としても作り手の気概が感じられるヘッドフォンの逸品である。
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