井上卓也
ステレオサウンド別冊「世界のオーディオブランド172」(1996年11月発行)より
個人にとってブランドのもつ価値観というものは、どのような製品に巡り合い、それがどのようなオーディオ製品であったかにより大幅に変わるようである。
とかく趣味の世界には、実際に使ったことがなくても、本やカタログなどを詳細に調べ、同好の士と夜を徹して語り明かし、ユーザー以上に製品のことを熟知しているという趣味人も多い。それはそれでよいのだろうが、オーディオ、カメラ、時計など、物を通じて楽しむ趣味の場合には、対象となる製品は基本的に人間が人間のために作った優れた工業製品であるべきだと考えるため、最初に巡り合った製品が、そのメーカーやブランドの価値を決定することになるようだ。
ソニー製品との出会いは’50年代以後であるから、個人的には比較的に新しい。日本初のステレオ・オープンリール・テープレコーダーとして歴史に残るTC551が、実際に手を触れ、録音し、音を聴いた最初のソニー製品である。当時の管球式としては非常に厚みがある力強い音と、程よいシャープさをもつ音で録音・再生できたテープレコーダーならではの魅力は、一種のカルチュアショックで、このために、その後、各種のレコーダーやマイクロフォン、検聴用ヘッドフォンに凝ることになった。
現在のソニー・トーンの原型は、ソリッドステート初期の業務用オープンリールデッキで、ダイヤトーン2S208をFM局のスタジオで聴いた折の音の純度を可能な限り上げ、物理的特性を時代のトップランクとして入出力を可能な限り等しくする、といった非常に明解な技術優先の思想が感じられる音だ。
この時代の最先端をいく技術を集約して製品に注入し、プログラムソースに入っている音は情報量としてすべて引き出して聴こうという考え方は、ハイエンドオーディオの世界では、とかく趣味性に乏しく、感性に欠けるとされがちだ。しかし、勘や経験に頼らず、論理的にオーディオを追及すれば、必然的にこの考え方に帰結するし、納得できるものだ。こうした技術を最優先とするオーディオへのアプローチは、たとえ結果としての音が理詰めで論理的とか、緊張感を強いられるなどと言われようが、個人的には非常に潔く、むしろ心地よく感じられる。
半導体アンプ初期の技術を結集して開発されたプリメインアンプTA1120、パワーアンプTA3120に始まったESシリーズ製品は、歪み感が非常に少なく、クリアーで抜けがよく、音の輪郭をクッキリと聴かせる、ソリッドステートアンプならではの魅力を引き出したものとして世界的に高い評価を受け、ソリッドステートアップの頂点に君臨するブランドとして定着した。
この見事な音質は、最先端技術を駆使し、単に再生のみでなく、録音・再生を通して積極的に製品の追及を行なうという、ソニーならではの特徴が色濃く出た見事な成果といえるであろう。
ソニーならではの、最先端技術を基に挑戦した製品には非常にユニークなものがある。たとえばモノーラルLP初期のアーム一体型のインテグラル・チャージ型コンデンサー・ピックアップ、名器と呼ばれたC37Aコンデンサーマイクなどだ。この管球式C37Aが、世界初のトランジスター式コンデンサーマイクC38を生むことになる。
テープデッキ、フォノカートリッジ、トーンアーム、ターンテーブル、アンプ関係では常に各時代の最先端技術を開発し、世界のソニーの名をほしいままにしているが、ことスピーカーシステムとなると、初期の作品で低歪みを提唱したULMシリーズをはじめ、優れた性能と優れた音質間の非整合性に悩み続けた。しかし、’70年代のPCMが公開された頃の3ウェイシステムSS−G7、続くSS−G9などの独自のプラムライン配置のフロアー型システムで、スピーカーのソニーの第一歩を記した。そして、平面振動板採用のAPMシリーズを経て、ラウンドエンクロージュア採用のSS−GR1を登場させ、さらに静電型にチャレンジした結果が、今年の新製品SS−R10である。
とにかく目標を定め、そこに集中したときの開発力の物凄さは、数多く存在する技術集団中でも抜群に強力で、短期間に驚くほどの成果を挙げた例は枚挙にいとまがない。
EIAJ・PCM、CD、DAT、MDなど、特にディジタル機器で最もソニーの特徴が発揮されているようだが、逆に、急速に開発が進行するため、CD初期の一体型CDプレーヤーと単体DAC間のアブソリュートフェイズの混乱、急激に促進したが息切れをしたLカセットなど、取りこぼしが出たことも否めない事実のようだ。
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