Daily Archives: 1999年3月15日

フィデリックス SH-20K

菅野沖彦

ステレオサウンド 130号(1999年3月発行)
「いま聴きたい魅惑のコンポーネント特選70機種」より

 数年前に本機SH20KをSS編集部から借用して試用した経験があったが、その効果が忘れられず、今回あらためて使ってみた。結果として現在のCD再生にとっては「レコード演奏家」のツールとして有効なものであることを確認したので、ここで取り上げることにしたものである。これを使ってみると、楽音に含まれる音響成分の周波数帯域として、20kHz以上の成分が、われわれ人間の耳と脳の感じる自然感、あるいは快感にとって重要であることが認識されるであろう。このことはここ数年実験しているスーパーCDの聴感テストでも明白な事実である。DVDオーディオやSACDは、周波数帯域を従来の20kHzの録音限界を大幅に拡張するだけではなく、ダイナミックレンジやレゾリューションをも飛躍的に向上し得るものであるから、その効果は高域にとどまらない。低域の解像度及が上がることによる音質改善も私自身、実際に録音再生を通して確認している。しかし、ハードとのバランスでスーパーCDがプログラムソースとして豊富に提供されるには、未だかなりの時間が必要と思われるし、現行CDの豊富なレパートリーは、永遠に貴重な音楽の宝庫である。したがって、デリケートな耳の持ち主は、それらをよりよい音で聴きたいのは当然であろう。20kHz以上の高域ノイズ成分を加えるというと、ノイズという言葉に知的拒絶感を起こす人が多いようだが、音を知性だけで聴いてはいけない。第一、それらの超高域成分は、まったく同じとは言わないが、自然音響に含まれるものも、人間の聴感能力からしてみても、もはや、限りなくノイズに近い成分と考えられる。先入観は禍いのもとである。そして、ここでも音楽と絵画にとっては音と色自体には、優劣、正邪はないと言えるのである。感じて欲しい。

ダイナベクター SS-Adp

菅野沖彦

ステレオサウンド 130号(1999年3月発行)
「いま聴きたい魅惑のコンポーネント特選70機種」より

 ダイナベクターのSS−Adpは本誌でも試用記事をご紹介した製品で、同社の社長で、波動工学の専門家でもある富成博士の独自の新しい音響波動理論に基づく、SSS再生のためのプロセッサーである。詳しくは、本誌127号の記事を参照していただきたいが、富成博士はホール空間における演奏が創成する複雑な音響成分の解析の結果、従来、立体感の要素として知られてきた位相差や時間差とはまったく別の、異なる音速現象に着目され、これが空間感はもちろんのこと、人間の耳による音響体験のリアリティに重要な効果を持つことに注目された。これは今日までまったく無視されてきた未解析の要素と言ってよぃであろう。したがって、これは今日広く普及しているDSPによるアンビエンス・プロセッサーとは別物なのである。このプロセッサーを、音楽音響再生の総合的な理解とセンスで上手に使えば、アンビエンス効果が表現上必要な性格を持つカテゴリーの音楽にとっては、素晴らしい効果が得られると同時に、顕著な音質改善にもつながる「レコード演奏家」のためのツールである。音楽は音による無限のイメージ表現であるから、空間感を拒否する音楽もあるし、音楽にとっては素材である音の美しさというものは、画家にとっての色彩と同じであって、音や響き自体、そして色自体には優劣、正邪はない。音楽によっては間接音や残響感を拒否するものもあることはいまさら言うまでもないことである。録音コンセプトにもよるが、ホール音響の響きが大切なクラシック音楽の多くにあっては、現在の2チャンネル・ステレオ録音には極めて豊かな音響成分が収録されているソースが少なくない。このプロセッサーは、そこからリアリティに重要な成分を創成するもので、それはマルチチャンネルでは不可能なアンビエンス成分が得られるものなのである。

オルトフォン SPU Classic GE

井上卓也

ステレオサウンド 130号(1999年3月発行)
「いま聴きたい魅惑のコンポーネント特選70機種」より

 SPUに始まったオルトフォンは、現在かなりのモデルがラインナップされており、そのおもな製品は、SPU系の数多くのヴァリエーションもデルと、振動系を軽量化し、おもに空芯コイルを採用したハイコンプライアンスモデルに分かれ、校舎の発展形として、新構造磁気回路採用の新モデルが今年登場することが予定されている。
 SPUクラシックGEは、SPUシリーズ中では比較的に地味なモデルであるが、可能な限りの材料を集め、オリジナルSPUの復刻版を作ろうとする、温故知新的な開発思想そのものが、ひじょうに魅力的と言えるだろう。
 ’87年に発表されたこのGEは、針先にはオリジナルの円錐針ではなく、楕円針を採用している。これは、オリジナルSPU独自のウォームトーンの豊かで安定感のある音は、それ自体は実に素晴らしいものがあるが、新しいプログラムソースが求める音の分解能、つまりシャープさに不満が残り、これをカバーするには、楕円針がナチュラルでふさわしく、音的にも十分満足できる成果があったからである。
 現在のSPUクラシックGEは、Gシェル材料が変更され、樹脂から金属になり、かつてのポッテリとした柔らかさはないが、逆に現代的な音の魅力を得たようだ。アナ
ログディスクが存在する限り、SPUが手元にないと落ち着かないのが本音。

ソニー MDR-R10

菅野沖彦

ステレオサウンド 130号(1999年3月発行)
「いま聴きたい魅惑のコンポーネント特選70機種」より

 環境さえ許されるのならヘッドフォンを常用することは薦めない。ヘッドフォン・ステレオは、スピーカーによる空間を介在させて聴く自然さに欠けるからである。そのかわり、室内空間が持つ固有の音響現象による悪影響がない利点がある。私がヘッドフォンを使うのは、条件が限られた録音のモニターとしてか、スピーカーの置かれた室内の音響条件の影響を回避して、プログラムソースそのもののバランスをトータルにマクロ的に確認したい時である。そうは言っても、譬えスピーカーシステムよりヘッドフォンのほうがバランスのいいものが多いとしても、何でもいいわけではない。ある意味では、限られたサイズと、音源が鼓膜から至近距離にあるという特殊な条件のもとでバランスを取るということには、設計製造上、また別の難しさがある。肉体に直接密着させるものだけに、スピーカーとは違う配慮も必要である。スピーカーのコーンやダイアフラムと呼ばれる振動体には、材質の持つスティフネスやロス、そして比重といったような固有の物性が、音の質感にデリケートだが重要な影響として現われることがよく知られているが、ヘッドフォンについても例外ではない。いや、むしろ耳もとで振動するものであるだけに、より敏感に音のタッチ、風合いといった質感が感知されると言ってもいいだろう。
 こうしたことにこだわり抜いて作られたのが、このソニーのMDR-R10という高級かつ高価格のヘッドフォンである。バイオセルロースの振動膜、響きがよくて軽量な、樹齢200年以上の樫材のハウジングを使うという徹底ぶりだが、価格が3300種近くある同種製品中の最高のものであろうと思われる。発売以来10年以上経つと思うが、その音質の良さとバランスの良さは抜群であり、物としても作り手の気概が感じられるヘッドフォンの逸品である。

ジェフ・ロゥランドDG Model 8Ti HC, Model 9Ti HC

井上卓也

ステレオサウンド 130号(1999年3月発行)
「モデル8Ti/9Tiハイカレント・ヴァージョンの実力」より

 ジェフ・ロゥランドDGのパワーアンプは、ロゥランド・リサーチをブランドネームとした時代から、安定度が高く、しなやかさと力強さを巧みに両立させた音の魅力と、音と表裏一体となった筐体デザイン、精度、仕上げなど総合的なバランスの優れたアンプとして手堅い評価を獲得していた。
 ’92年11月に新製品として登場したステレオパワーアンプのモデル8とモノーラルパワーアンプのモデル9は、従来のモデル5やモデル7Fなどからいちだんと高い次元に発展したモデルだ。電圧増幅投とドライバー段部分には、当時の技術傾向を導入したモジュール化が採用されている。ディスクリートタイプと比べると、一体化されたモジュールは温度的に安定し、シグナルパスの短縮化、外部からの干渉の排除など電気的な利点に加えて、機械的な強度が高く、共振のコントロール、機械的なストレスによる音質劣化防止などの利点があり、メカトロニクスの産物といわれるパワーアンプではメリットの多い方式である。
 モデル8の筐体は、19インチサイズのフロントパネル、両サイドの放熱板、入出力系や電源系を扱うリアパネル、トランスなどの重量物を支持し固定する底板がハコ型に組まれ、これに着脱可能のトッププレートを組み合せた、パワーアンプの定番的構造の設計である。ただし、とかくシャープエッジで共振しやすい放熱板のフィンのコーナーをラウンド処理しているのは、同社製品の特徴。大型電源トランスは筐体中央のリアパネル側にあり、大型電解コンデンサーはフロントパネル側に別ピースのサブシャーシ上に取り付けてある。線材関係で目を引くのは、出力系の配線に銅パイプを使っていたことだ。
 翌’93年2月になると、同サイズの筐体中に鉛バッテリーを4個組み込んだ専用電源BPS8を組み合せたモデル、DC8とDC9が発売される(バッテリー電源部は両者同等)。BPS8は、バッテリーのB電圧が±24Vとやや低いため、完全DC駆動時の出力は、DC8が100W+100W(8Ω)、DC9が100W(8Ω)になる。BPS8は、パワーアンプ電源から充電されるタイプで、完全DC駆動時にはACプラグを抜くことで可能となる。
 究極のDC電源として、鉛バッテリーは管球アンプ時代から一部で実用化されていたが、現実に詳しくチェックをすれば、完全充電時から放電時までにアンプの音は予想を超えて変り、充電量の異なる電池の組合せは音質劣化を伴うなど問題も多く、アンプ電源として長期間安定に働かせるためには、かなりのノウハウが必要だ。しかし鉛バッテリー動作は、アンプ設計者なら一度は試みたいマイルストーンであるようだ。
 同年10月には、筐体設計を完全に一新したモデル8SPが発売された。筐体の主要構造は、分厚いフロントパネルとリアパネルを、同様な厚みの2枚の構造材でII字型に結合した構成である。電源部は、前後をつなぐ厚い金属板間に、2個のトロイダルトランスが横位置に、4本の電解コンデンサーが前後上下に固定されている。
 筐体中央部で構造材によって2分割するこの構成は、いわゆるデュアル・モノ構成の筐体では、もっとも理想的な構造と断言できるが、筐体内空間を伝わる電磁波やシャーシを流れる各種グラウンド電流の相互干渉については効果はなく、依然としてモノ構成とは一線を画したものと考えたい。
 モデル8SPをベースに、入力部にトランスを使うトランスインピーダンス・ディファレンシャルモード増幅を採用した改良版がモデル8Tであり、さらに、新開発のパワーICを各チャンネル12個並列動作とした第3世代の改良版がモデル8Tiである。当然のことながら、モデル9系の発展もほぼ同様ではあるが、一部、内容が前後することがある。
 モデ8および9の技術的な発展改良のプロセスは、入力段モジュール化、入力トランス採用、パワーIC開発、鉛バッテリー電源の導入などの電気的な部分に加え、筐体構造の抜本的設計変更などの、エレクトロニクスとメカニズムの発展改良が相乗効果的に働き合った、いかにもメカトロニクスの産物であるパワーアンプにふさわしい典型的な進化だと言えるだろう。
 モデル8Tiでいちおうは完結したかに思えたが、さらなる飛躍のチャンスが待ち受けていたようだ。モデル8Tiをベースに6チャンネルまで拡大し、トライアンプ駆動を可能としたMC6の開発・発売が、その契機である。
 MC6は定格値では6チャンネルパワーアンプではあるが、低域用は2台のパワーアンプを並列動作させる設計で、実際には8チャンネル分のパワーアンプを内蔵してているものである。この並列動作と通常の動作との計測的、聴感的な比較が徹底して行なわれた結果、使用パワーICを2倍としたハイカレント・ヴァージョン(以下HC)が開発されることになった。並列動作の数を増加しても直流電圧が一定であれば、8Ω負荷時での出力は変らないが、負荷が2Ω、1Ωとなってくると電流供給能力の差が現われ、計測値的にも、聴感的にも、大きな格差が生じてくるようである。
 モデル8TiHCは、パワーICの数は、8Tiの12個並列から24個並列と倍増している。
 設計者のジェフ・ロゥランド氏の見解によれば、2倍の出力供給電流と出力インピーダンスが1/2となる利点に加え、歪率が半減し、特にiM歪みは50%に低減する効果があるという。通常のパワー段のデバイスの数を増す方法では、逆に歪みは若干でも増す傾向があり、スピードも低下する、ということである。ちなみに、パワーICは、1個で賞出力パワーアンプとして働くICパックで、高域特性に優れた小型パワーデバイスが使えるメリットがあるようだ。現実のモデル8TiHCでは、入力部に入力トランスを採用したバッファーアンプがあり、この部分の利得切替で、26dBと32dBが選択可能で、この出力をパワーICが受ける構成である。
 なお、モデル8TiHCも、BPS8電源の使用は可能である。
 モデル8Tiとモデル8TiHCおよびモデル9TiHCの3台を用意し試聴する。
 8Tiは、信号を流してからの経時変化が穏やかで、比較的に早く安定状態に入り、この安定度の高さが特徴である。当初のモデル8は、安定度の高さを基盤にした、ややコントラストを抑えたしなやかな音を聴かせたが、入力信号に対応した力強さも併せ持っていた。8SPでのドラスティックな変化は、音にも劇的な変化をもたらしたが、リジッドなベースと剛体感のある音の骨格を持ってはいるが、それらが決して表面に出ず、聴感上では意識されないレベルに抑えるコントロールの巧みさは、ジェフ・ロゥランドの音の奥ゆかしいところであるようだ。
 8Tiの音でもっとも印象的なのは、抑制的な表現が払拭され、ほどよくエッジが張りコントラストの付いた、ダイナミックな表現力が与えられたことである。もともと優れた増幅系と筐体構造を持つだけに、いかにも音楽を聴いているようなオーディオの楽しさを感じる、この音の魅力は絶大である。
 8TiHCは、コントラストが少し薄くなり、ゆったりとした余裕のある大変に雰囲気のよい音を聴かせる。熟成された大人の風格があり、少々玄人好みであるようだ。
 9TiHCは、8TiHCの内容をいちだんと濃くした音で、異例に鮮度感が高く、反応がシャープ。スピーカーを自由闊達に、伸びやかに歌わせる、この駆動力の見事さは圧倒的だ。

ビクター SX-V1X

菅野沖彦

ステレオサウンド 130号(1999年3月発行)
「いま聴きたい魅惑のコンポーネント特選70機種」より

 このビクターの小型スピーカーシステムSX−V1Xは、長年の日本製スピーカーシステム特有の弱点を払拭しただけではなく、日本製であるアイデンティティと美徳を備えた傑作であると思う。変換器としての物理特性や、物としての作り、仕上げの高さにおいて国際レベルでの一級品の技術水準を達成しているだけではなく、音楽を奏でる音として、心のひだに浸透する「響き」を持っているのである。そして、この日本製ならではの風情を感じさせる音の純粋さやデリカシーが、海外製品にはない魅力なのである。しかも、これがわれわれが聴く西欧の音楽表現に違和感を感じさせることなく、発音に新鮮で美しい感覚を与えるというところが素晴らしい。
 では、その日本製特有の弱点とは何か? それは、わが国のオーディオ技術が一世紀もの長きに渡り、外来の理論技術の学習を基礎に発展してきたことをバックグラウンドにもつ宿命がもたらしていた、物理特性偏重姿勢による手軸足棚と言ってもいいものだと私は考えている。それは、真面目で勤勉な国民性と、西欧への憧れは強くても、残念ながら、一人一人の血となり肉となり得ていなかった社会の文化性が要因として考えられるのではないだろうか。この20年間に、オーディオの技術水準では欧米を追い越すまでになったわが国だが、より忠実な音を再生するという技術の進歩発展の過程にあっては、さして問題にならなかったことでも、オーディオ文化が成熟し、スピーカーによる再生音が音楽表現の芸術性や美の対象としての観点から論じられるようにまでなった今日では、より人の感性が評価する「音質」が重要視されるようになった。日本製オーディオ機器の輸出の実態から見ても、国際的に高く評価されているエレクト三クス機器は多いが、スピーカーシステムだけはふるわない。多くの伝統芸術、工芸の水準の高さは世界的であり、料理の世界では日本料理はもちろんのこと、西欧の料理でさえ、世界のグルメを驚歎させる水準にある日本人の感性が、なぜ世界的に評価されるスピーカーシステムを作り得なかったかは、私の長年の疑問であった。このスピーカーシステムはそのブレークスルーの可能性を感じさせてくれた。
 オーディオ機器全般に言える大事なことだが、特にスピーカーシステムには作る人の情熱と感性が絶対に不可欠だ。しかし、工業製品であるからには、これを製品化し得る企業の理解と力のバックアップもまた重要である。この製品が14・5cm口径ウーファーの2ウェイ小型システムであるということは、多くの人が広く良質のオーディオ再生音の素晴らしさを知ることに役立つという意味でも大きい。なお、専用スタンドは、音と美観の両面からも必要である。

インフィニティ Kappa 8.2i

井上卓也

ステレオサウンド 130号(1999年3月発行)
「いま聴きたい魅惑のコンポーネント特選70機種」より

 最近では、小型ブックシェルフはもちろん、比較的にコンパクトなトールボーイ型システムもヴァラエティ豊かに品揃えされるようになり、小型システムからいかに豊かな低音再生を可能にするかという、スピーカーシステムの理想像は具現したかのようにも思われる。いっぽうで、大口径ウーファーを採用した、十分にキャビティのあるフロアー型システムならではの、余裕があり、かつセンシティヴな音の魅力は、いささかも色越せていない。このあたりは、大変に興味深いことだ。
 いわゆるフロアー型ならではの音の魅力は、平均的な音量以下で、豊かでストレスフリーの低音と音場感が楽しめることにあるようだ。つまり、小音量で豊かな低音を楽しむためには、ある程度大きなサイズのフロアー型システムが必須であることになる。住宅環境を考慮すれば、これは相当に贅沢なことでもあるようで、このあたりにコダわるのが趣味なのかもしれない。
 実際の有無は別にして、存在して欲しいフロアー型システムの具体像を考えてみる。
 ウーファーの口径による音色、音質、固有のキャラクターを考えれば、ややエネルギーバランス的には中低域寄りの音にはなりやすいが、やはり30cmウーファーは必要不可欠であろう。
 システム構成は、エネルギーバランスや指向特性から考えれば、2ウェイ型独特の個性を求めないかぎり、3ウェイ方式は最少のユニット構成であり、家庭用を考慮すれば、中域以上のユニットはコーン型もしくはドーム型となるであろう。
 エンクロージュアは、聴盛上のSN比を重視すれば密閉型に優位性があるが、雰囲気のよい、豊かで柔らかく、しなやかな音が好まれる現在の傾向では、バスレフ型を採用するのがベターに思われてくる。
 さて、以上を最低条件として、しかも、リーズナブルな価格のフロアー型システムを、現実に国内で市販されている製品から選んでみたら、どのようになるのであろう。
 必ずしも知名度の高いブランドにコダわることはないが、製品の信頼性、安定度、バラツキのなさ、アフターサービスなどを加味すれば、しかるべきブランドの製品になるのは当然の帰結というところだろう。
 このように必要な条件を設定していったときにクローズアップされるのが、インフィニティのカッパ・シリーズ(現行はiヴァージョン)である。
 現在、カッパ・シリーズには6・2i/7・2i/8・2i/0・2iの4モデルがラインナップされており、30cmウーファー採用の条件をつければ、8・2iと9・2iの2モデルになる。もしも、リスニングルームの空間にタップリと余裕があれば、ダブルウーファー採用の9・2iに多くの可能性と魅力があるが、平均的な使用では、シンプルな構成の8・2iになるであろう。
 カッパ・シリーズは、前シリーズ以来の同社中堅シリーズとして定評があり、多くのファンに愛用された実績の高さは抜群のものがある。とくに、8・2iと9・2iは、ウーファー同様のIMGコーンを使う中低域ユニットを含む4ウェイ構成のシステムで、独特なポリドーム型中高域と、同社が誇るEMIT採用の高域が、絶妙なバランスを保ってシステムアップされている。
 エンクロージュアはリアルウッドを使う偏平なタイプのバスレフ型。これは密閉型だった従来のカッパ・シリーズから変更された部分である。リアバッフル部分には、中高域と高域の連続可変レベル調整があり、それによる変化はおだやかでありながら、かなりの幅でサウンドバランスを調節ができるという、使い易さに優れた点にも注目してほしい。
 さらに、低域のレベルを上げるLCチューニングスイッチも付属しているので、4バンド・グラフィックイコライザー的なコントロールが容易にできる。
 スピーカー端子はバイワイア一対応型の4端子構成で、クォリティを重視するなら、バイワイア一便用が望ましい。ただし、安定度の高いシステムだけに、通常のシングルワイア一便用でも、音の姿・形を巧みに聴かせ、音楽的に十分に納得のいく高いレベルで楽しめるのは見事である。
 8・2iは、柔らかく豊かで、ほどよくパワー感のある低域をベースとした、スムーズでナチュラルな中域と、繊細感のあるクリアーで反応が速い高域が巧みにバランスした素晴らしい音が聴かれる。しかも、この音をベースに相当な幅でコントロール可能であるので、手軽に使って楽しめると同時に、しかるべき調整能力がある人であれば、かなり高度な再生能力をもつシステムにチューンアップできる。実に素晴らしい傑作だ。

ユニゾンリサーチ Simply Two. Simply Four, Simply 845

井上卓也

ステレオサウンド 130号(1999年3月発行)
「いま聴きたい魅惑のコンポーネント特選70機種」より

 世界的に管球アンプの開発が、予想を超えて絶えることなく継続されているようであるが、スピーカーシステムにおけるB&Wノーチラスのような、想像を超えたレベルで管球アンプのデザインを変えたメーカーは、イタリアのユニゾン・リサーチをおいてほかはないのではなかろうか。
 このメーカーは、ひじょうに大型で超重量級の管球プリメインアンプ、845アブソリュートが93年に輸入され、一躍注目を集めただけに、プリメインアンプのラインナップが充実しているのが大変に魅力的だ。
 その巨大プリメインアンプとは完全に逆転の発想で開発されたのが、このシンプリー・シリーズだ。出力トランスは自社製リッツ線巻きとのことで、筐体構造は金属材科とリアルウッドを組み合せた、ユニークで素晴らしい出来である。この組合せは、視覚的にも美しいが、金属の固有音を木材でダンプし、ほどよい木の鳴りを加味するという音質面でのメリットもあるようだ。
 シンプリーTWOは、6CA7シングル・ステレオアンプであるが、穏やかで豊かな音と言われやすい管球アンプのなかでは、反応もナチュラルで違和感がなく、伸びやかな表現力とほどよくフレッシュな音は、音楽をいつまでも聴いていたくなる、オーディオならではの楽しさがある¢
 シンプリーFOURは、シリーズ第三弾製品として登場した、6CA7をパラシングルとしたモデルである。定格出力は、シンプリーTWOの12W+12Wから14W+14Wに増加したにすぎない。しかし、音の傾向は明らかに1ランク上級機らしい佇まいがあれ、重心がいちだんと低く安定感があり、それなりに押し出しの良いパワー感は、さすがに兄貴分の貫禄というべきだろう2機種ともにNF量は2段切替可能で、NF量と音質の相関性を聴くことができる。
 短絡的な表現をすれば、小口径から中口径フルレンジユニットの駆動にはTWO、2ウェイ以上のシステムにはFOURということもできるだろう。
 シンプリー845は、モノ構成パワーアンプSmt845のステレオ版と考えられる大型プリメインアンプである。
 オーディオ用3極出力管として古くから定番となっている845のシングルエンド使用で、純A純動作、定格出力18W+18Wである。
 TWOとFOURを実用型アンプとすれば、トリエイテッドタングステンのフィラメントの輝きと、独自の筐体構造との調和の美しさが、見るだけで楽しい本機は、かけがえのないオーディオの世界を展開する完全に趣味のアンプなのである。
 3極管シングルA級動作的な線の細さは感じられず、ナチュラルな表情で音楽を楽しく聴かせる、視覚的要素と表裏一体となった見事な音は、さすがに高級機の風格だ。

テクニクス SB-M1000

井上卓也

ステレオサウンド 130号(1999年3月発行)
「いま聴きたい魅惑のコンポーネント特選70機種」より

 SB−M1000は、密閉型とバスレフ型の特徴を兼備するといわれる独自のケルトン方式を活かすためのデュアル・ダイナミック・ドライブ(DDD)方式の低域と、パルプとマイカを混ぜた中低域と中高域、超高域再生に最適と言われるスーパーグラファイト・ドーム型を組み合せた4ウェイ構成のトールボーイ・フロアー型システム。
 シリーズ製品には、MK2化されたSB300M2と500M2をはじめ、小型のSB−M01、トップモデルのSB−M1000がラインナップされている。
 DDD方式は、内部に駆動用コーン型ユニットがあり、これによりパッシブラジェーターを駆動して低域を再生するイン・ダイレクト型のシステムがベースで、これに駆動用ユニットの振動板の反作用でコーンと逆方向に向く力を打ち消す目的で、背面に向かってさらに1組の同じシステムを組み合せ、エンクロージュアの前後方向に低域を放射する方式である。
 SB−M1000では、18cmパッシブラジェーター4個と14cm駆動用ウーファー4個がベースで、これに中低域14cmコーン型、中高域8cmコーン型、高域に2・5cmドーム型を採用した4ウェイ7スピーカー(4パッシブラジェ−ター)スシテムである。
 本機では、DDD方式は90Hz以下を受け持つサブウーファー的な使用方法で、データ的には問題はないが、ヒアリングチェックをすると低域にある種のディレイタイムが感じられ、量感タップリの柔らかい低音の魅力は十分にあるが、反応が穏やかで、スピード感や躍動感に少々気になる点があった。単純音での聴覚データでは問題はなくても、音楽再生をすると違和感が生じるのは、デジタル用光ファイバーの切断面の精度による聴感上での音の違いなどと同様に、音楽を再生する機器ならではのデータと感覚の不一致で、これは昔から厳然として存在し、将来も永遠に続く解決しなければならない重要なテーマである。
 SB−M1000の特徴が活かされ、この方式のメリットが感じられたのは、昨年の新製品であるプリアンプSU−C3000とパワーアンプSE−A3000を組み合せて聴いたときのことである。
 CDトランスポートのサスペンションによる固有振動が、ある種の音の遅れ(ディレイタイム)を感じさせることに似て、常に遅れが気になった本機の低音が、豊かで柔らかい見事な低音として聴かれたのである。簡単に言えば、駆動するパワーアンプのドライブ能力によって低音域が大幅に変ることはバスレフ型でも往々にしてあるが、駆動アンプの性能向上がDDD方式のデメリットを殺し、メリットを活かした好例のようである。この組合せは再度試みたが、結果は変らず、SB−M1000の魅力を再発見した楽しい体験であった。

ビクター SX-V7

井上卓也

ステレオサウンド 130号(1999年3月発行)
「いま聴きたい魅惑のコンポーネント特選70機種」より

 SX−V7は、伝統的なHMV」の名が付けられたSX−V1系の上級機種に位置付けされるトールボーイ型スピーカーシステムで、昨年の新製品では高級トールボーイ型として国内製品中で唯一無二の存在であったSX9000のベースモデルとも考えられるシステムである。
 このモデルの魅力は、独クルトミューラー製コーン採用のウーファーと、絹ソフトドーム型トゥイーターで2ウェイ構成とした、同社スピーカーシステム中で最高のベストセラーモデルとして知られるSX3の技術と伝統を現在に伝えた開発構想にある。
 継続は力、という表現があるが、伝統を維持することは、いずれのジャンルでも至難なことと考えるが、基本構造は1920年代から変っていないスピーカーは、エレクトロニクスと比較すれば、伝統を継承する上では有利ではあるが、少なくとも、伝統を受け継ぎながら今日のスピーカー技術を加え、現代のスピーカーシステムとして開花させたこの成果は、スピーカーファンには注目していただきたいことといえる。
 ユニット構成は、独クルトミューラー製パルプコーンウーファーと、絹の羽二重を使った中域と高域のソフトドーム型ユニットによる3ウェイ。HMVの超高級手巻き蓄音機の筐体にも使われていたマホガニー材を採用し、樹脂含浸処理をしたテーパー形状エンクロージュアは、フラッシュサーフユイス仕上げで、高級家具的フィニッシュが美しい。
 低/中/高域各ユニットの磁気回路は、ビクター独自の音質、音色面でのコダわりからツボ型アルニコ磁石を採用。非常にヴァラエティ豊かな開発で活気づく海外のスピーカーシステムでも、アルニコ磁石採用のモデルは皆無に等しいであろう。
 磁気回路の磁石と音の傾向との関連については古くから語られているが、振動板の反動を受ける磁気回路の固有音は、振動板自体の音をS(音楽信号)とすればN(ノイズ)となり、この関係は、聴感上でのSN比に相当するため、ユニットのオーバーオールの性能、音質、音色、音場感などと複雑に絡む、非常に重要な要素である。とくに、扱う周波数が高くなると、磁気回路材料の固有音が大きく音に影響を与える傾向があるようだ。
 エンクロージュアは、データをベースに、経験量を加えた各社各様の開発が見られる興味深いところだ。本機の内部構造は類例のない機械的チューニングが行なわれているよようで、 マホガニー材と砲金の組合せで良い音を目指したHMVの伝統が感じられる。このシステムの、重厚さ、渋さ、しなやかさ、柔らかさ、豊かさが、ほどよい力感に支えられて聴かれるオーディオならではの醍醐味のある音には、海外製品には求められない濃やかな気配りが感じられる。

B&W Nautilus 805

井上卓也

ステレオサウンド 130号(1999年3月発行)
「いま聴きたい魅惑のコンポーネント特選70機種」より

 ご存じのように、小型2ウェイ機マトリク805Vをボトムとし、おもにクラシック系録音スタジオのリファレンスモニターシステムとして知られるマトリクス801S3を頂点に置く「マトリクス」シリーズが、B&Wを象徴するスピーカー・シリーズとして有名である。
 昨年、このシリーズが、これまでのスピーカーデザインの概念を超えた、音響的構造体そのものが、未来型のフォルムをもつ造形的作品になったとも受け取れる「ノーチラス」での成果とコンバインされ、「ノーチラス800」という新シリーズに置き換えられた。
 ノーチラス805は、従来のマトリクス805Vの後継モデルで、シリーズ中でもっとも小型なシステムである。
 ユニット構成が、16・5cmケブラーコーン型ウーファーと2・5cmハードドーム型トゥイーターの組合せというモデルは、B&Wには現在、CDM1SE、CDM2SE、DM601の3機種がある。さらにはウーファー口径を18cmにサイズアップしたDM602や、価格は大幅に異なるが同社25周年を記念したSS25も、同じカテゴリーに入れられるシステムである。
 以上のように、使用ユニットは同等もしくは近似してはいるが、価格的に、DM601のペア5万円からSS25のペア130万円まで、大きな格差がある製品造りは、ウーファー口径の大小やエンクロージュアの外形寸法/重量などの違いを基準として、性能・音質・価格などが決定される一般的なシリーズ展開とは完全に異なっている。外形寸法/重量/ユニット構成などの外観的要素は同等ではあるが、内容の違いによってグレード分けをするという、量的な差ではなく質的な差がグレードを決定する、いかにも趣味のオーディオにふさわしいラインナップと言えるだろう。
 マトリクス805Vは、キュービックなエンクロージュアの天板部分に独立したトゥイーターを取り付ける、SS25の設計であった。新しいノーチラス805は、新シリーズ共通の積層合板を馬蹄型に成形した、一般のエンクロージュアでは側板と裏板に相当する1ピースの材料の前に
バッフルを取り付け、上下を蓋でカバーする巨大なリア・ラウンド形状の低域エンクロージュアを採用する。さらに、高域ハウジングは、高域ユニットの背面を密閉構造とせず、逆テーパー状の開放管を介して空気中に導く「ノーテラス構造」とし、かつ、特殊な放射線処理で加工された、制振作用がありながら材料自体の固有の鳴きがない形状記憶性を備えたクッション材で、低域エンクロージュアとフローティングマウントしている。こうしたユニークなエンクロージュア構成が、従来のスピーカーシステムとは一線を画した本機の類稀な特徴であろう。
 低域ユニットには、センターポール上に、コーン各部から放射される音をコントロールして中高域〜高域の特性を改善するイコライザーが組み込まれている。これによるレスポンス特性の向上は、クロスオーバー特性のコントロールに余裕を生み、いちだんと好ましいクロスオーバー特性が得られる利点は大きな意義を持つ。
 機械的なフローティング構造と、バックプレッシャーを抜きながら巧みに減衰させる逆テーパー状パイプの相乗効果により、低域振動による変調がかかるために生じる高域の混濁感がなく、さらに、バックプレッシャーを除去し減衰させる構造は、伸びやかで反応が速く、固有音の少ないストレスフリーな高域が得られるようだ。メタルドーム的な硬質さが非常に少ないのは、この構造独自のメリットであろう。
 一方、独特なバック・ラウンド形状とでも言うべきエンクロージュア構造は、エンクロージュアのコーナー部分で生じる不要輻射が本質的に存在せず、エンクロージュア表面からの2次輻射が滑らかに均質にラジエーションをするために、ナチュラルな音場感と音像定位が得られるメリットがある。聴取位置に対するスピーカーシステムの水平面での角度を微調整すれば、かなり空間的な音場感再現性をコントロールできる、素晴らしい特徴を備えているのである。
 さらに、一般のキュービックなエンクロージュアと比較すれば、内部定在波のコントロールにも有利で、独自のマトリクス構造との相乗効果による音質向上は、予測を超えた成果があるように思われる。
 本機の音は、ノーチラス801をスタジオモニターとすれば、同系統のコンパクトモニター的性質があり、同802/803が持つコンシューマー的な音の姿・形とは完全に異なったキャラクターである。内容が充実し、完成度が高いだけに、簡単に使ってもそれらしくは鳴ってくれるが、本腰を入れて取り組まなければベストサウンドへの道は険しい。

ピエガ P2

井上卓也

ステレオサウンド 130号(1999年3月発行)
「TESTREPORT ’99 話題の新製品を聴く」より

 ピエガは、’84年にLDR型トゥイーターを開発したレオ・グレイヤーとカート・シュークによって’86年にスイスのチューリッヒで設立されたオーディオメーカーである。ピエガとは伊語でカーテンのひだという意味で、リボンの形状やアナログ波形をイメージしたもののようだ。LDR型トゥイーターは、超微振動/最高のインパルス特性/超広帯域/ナチュラルな減衰特性/高感度/低歪みなどを特徴としており、また、ウーファーユニットは、前記の特徴を持つLLDR型ユニットにふさわしい他社製品を選別しているという。
 新しく輸入発売されたモデルは、バスレフ型のP2/P3と密閉型のP5である。今回試聴したP2は、18cm口径の低域ユニットとLDR型トゥイーターを組み合せた2ウェイスピーカーシステム。専用スタンドは用意されておらず、試聴にはターゲットオーディオ社製R2スタンドを使用した。
 リボン型トゥイーターとコーン型ウーファーの組合せは、音色的、音質的に大変難しいものであるが、さすがにLDR型を独自に開発しただけに、P2は見事にコントロールされた広帯域型で、ディフィニションがすぐれ、爽やかに伸びきったすばらしいレスポンスを聴かせる。基盤になる低域は組み合せたR2スタンドが大変見事なバックアップを示し、ほどよくソリッドで小口径とは思えないスケール感と伸びと安定感がある低音で、聴いていて楽しい。ユニット間のつながりは違和感がなく、たくみにコントロールされていて音色的にも音質的にも見事なまとまりを聴かせる。聴きこめば、クロスオーバー周波数付近は少々薄めである。しかしこの薄さは絶妙で、システム設計におけるノウハウといえよう。
 音はダイミックによく鳴り、響きあい、スケール感も豊かで、大型システム的な余裕があるので楽しく、またこの透明感のある音は小気味よい。