Monthly Archives: 2月 1994

オルトフォン MC10 Superme, MC20 Superme, MC30 Superme

井上卓也

オルトフォンのすべて(ステレオサウンド別冊・1994年2月発行)
「オルトフォンカートリッジが聴かせる素晴らしきアナログワールド」より

 SPU系とは異なり、現代タイプのMC型カートリッジを目指して開発されたシリーズが、MC10/20/30の3モデルで構成する2桁ナンバーのMCシリーズで、オルトフォンMC型の中核をなす存在である。世界的な市場では、このシリーズがオルトフォンの代表機種とされているようである。
 本シリーズの中堅モデルMC20サプリームの原型は、1976年に誕生したMC20とされている。しかしそれ以前にも、巻枠形状はMC20とは異なるが、S15、SL15などのSPU系とは異なった製品が開発されており、マクロ的に考えれば、これらのモデル開発での成果がMC20に活かされていると考えることもできるだろう。
 MC20の登場以来、すでに18年の歳月が経過し、その間に数度のモデルチェンジが重ねられている。今回のサプリームタイプは第5世代目となるが、MC2000に始まったトップモデル開発での成果は、実に見事にこのシリーズに反映され、前作のスーパーIIで驚かされた確実なグレードアップは今回でも変らず、MC20サプリームが前作の上級モデルMC30スーパーIIをも超すパフォーマンスを備えていることは、このシリーズに賭けるオルトフォンの並々ならぬ意気込みを示す証である。
 振動系の発電コイル巻枠に十文字状の磁性体を使う設計は、DL103の開発でデンオンが初めて採用した構造と同じであり、パイプカンチレバーとともに、前作のスーパーIIを受け継いだ特徴である。磁気回路は、現時点で最強の磁気エネルギーをもつネオジウム・マグネットを中心に、回路全体の設計を一新し、いっぽう、発電用コイルには7N銅線を新しく採用するとともに、インピーダンスを3Ωから5Ωとし、コイルの巻数を増加させて、出力電圧を0・2mVから、高出力MC型のHMCシリーズと同じ0・5mVにまで高めている点に注目したい。
 その他、サプリームシリーズ共通の特徴には、ヘッドシェルとボディの全面接触をあえて避け、針先側1個、端子側2個の突起によって3点で接触するユニークな取付け方法「3点支持マウンティング」の新採用があり、さらに、マウントを一段と安定させ振動を除去するために、取付け穴にネジを切って、ビス/ナット方式と比べて、一段とボディとヘッドシェルの一体化を高める構造としたことが、これに加わる。
 またボディのディスクと接する部分には、静電気対策のクリック/ポップノイズ・デイスチャージャーを備えていることも、このシリーズの特徴である。
 サプリームシリーズ3モデル間の基本的な違いは針先形状にある。
 MC10サブリームは8×18μm超楕円針、MC20サプリームは8×40μm超楕円ファインライン型、MC30サプリームは従来の18×40μmレプリカント・スタイラスチップに代えて、6×80μmという超楕円状の新開発スーパーファインライン・スタイラスチップを採用。針先形状の違いで、周波数特性、チャンネルセパレーションなどで差が生じてくる。
 サプリームシリーズの発売にあたり、昇圧トランスT30も内容を一新し、発展改良されT30MKIIとなった。試聴にはこのトランスを使用した。

MC10 Superme
 MC10サプリームはこのシリーズのベーシックモデルで、価格対満足度の高さで際立った製品である。
 針圧は前作の適正針圧1・8gから2gに変ったため、試聴は針圧/インサイドフォースともに2gからスタートする。
 豊かで安定感のある低域をベースとした、ややナローレンジ型の帯域レスポンスをもち、中高域から高域は抑え気味の印象があり、やや線の太い安定度重視型の音である。
 バランス的にはわずかに低域型で、小型から中型のスピーカーシステムにマッチしそうな音だ。中域がしっかりとしたエネルギーをもち、新旧ディスクの特徴を巧みに捉えて聴かせるコントロ−ルの巧みさは、さすがに伝統あるオルトフォンならではの味わいが感じられる。
 音の分離は標準的ではあるが、もう少しクリアーさが加われば、このマクロ的な音のまとまりは解消されるだろう。
 針圧とインサイドフォースを2・25gに上げると、音に鮮度感が加わり、帯域バランスは一段とナチュラルな方向に変る。音場感情報も増えて、見通しの良さが聴きとれるようになる。また、中域から中高域には安定感が一段と加わり、ほどよい輝かしさがあり、低域と巧みにバランスする。
 低域の力強さ、豊かさを活かして、小型スピーカーと組み合わせて使う時に、もっとも魅力が引き出せるMC型カートリッジである。

MC20 Superme
 MC20サプリームの試聴モデルは適度に使用されたカートリッジのようで、針圧とインサイドフォースは適正値の2gで音がピタッと決まり、トータルバランスが見事にとれた、ほどよい鮮度感がある、反応のシャープな音を聴かせてくれる。このナチュラルさは大変に魅力的である。
 聴感上での帯域レスポンスは必要にして十分なものがあり、低域から高域にわたる音色も均一にコントロールされ、古いディスクで気になりやすいヴァイオリンの強調感が皆無に近く、スムーズである。古いディスクを古さを感じさせずに聴くことができるのは、アナログディスクファンにとって大変に好ましいメリットである。
 音の表情は全体に若々しく、一種ケロッとした爽やかさが好ましい。音場感は十分に拡がり、奥行きもほどよく聴かせてくれる。
 音場感的プレゼンスと音の表情を、インサイドフォース量でかなりコントロールできるのも、このモデルの特徴である。
 新しいディスクに対しては、音のディテールよりも、滑らかさ、しなやかさで、新しいディスクならではの聴感上のSN比の良さや、音場感を雰囲気よく聴かせる傾向がある。
 音場感情報は標準よりやや上のレベルで、音場はソフトにまとまり、適度に距離感をもって拡がるタイプだ。
 針圧とインサイドフォースを2・25gに上げると、音のエッジが滑らかに磨かれたイメージとなり、低域の安定度が一段と向上した内容の濃い音に変る。これは、かなり大人っぼい安定したクォリティの高い音で、反応は緩やかだが、落ち着いて各種のプログラムソースを長時間聴きたい時に好適である。針圧とインサイドフォースのコントロールで、爽やかでフレッシュな音から安定感のあるマイルドな音まで使いこなしができることは、このモデルの基本性能の見事さを示すものだ。

MC30 Superme
 MC30サプリームの試聴モデルは、針先が完全に新しい状態にあるようで、わずかな針圧変化に過敏なほどに反応するシャープさをもつ。
 適正値の針圧/インサイドフォース2gでは、音にコントラストがクッキリとついた、かなり広帯域型バランスの音ではあるが、シャープさが不満である。2・2gより少しアンダー(2・15g位)では少しシャープさが加わると同時に安定度が増し、2・25gでは音のコントラストは少し抑えられるが、しなやかな表現力と柔らかさ、豊かさが聴かれるようになり、全体のまとまりは2g時と比べ大幅に向上する。
 この2・2gアンダー時と2・25g時の音の変化は大きく、使いごたえのあるMC型カートトッジである。
 新旧ディスクには、わずかの針圧変化で見事な対応を示し、各時代別のディスクの特徴を見事に引き出してくれるのは楽しい。
 音場感情報はさすがに豊かで、聴感上のSN比もトップモデルだけにシリーズ中トップにランクされる。トータルなパフォーマンスも前作比で確実に1ランク向上しており、基本的に安定度の高い音だけに、使いこなせば想像を超えた次元の音が楽しめよう。

オルトフォン SPU Classic GE, SPU Reference G, SPU Meister GE

井上卓也

オルトフォンのすべて(ステレオサウンド別冊・1994年2月発行)
「オルトフォンカートリッジが聴かせる素晴らしきアナログワールド」より

 Stereo Pick Upの頭文字をとったSPUは、記録によれば1959年発売とある、オルトフォン・ブランド初のステレオ・カートリッジだが、それ以前にもアメリカでESLというブランドとして売られていた、C99、C100というモデルがあった。SPUが登場し、素晴らしい成功を収めたのはその後のことである。
 したがって、SPUは、オルトフォンのステレオカートリッジとしては、第3弾の製品にあたる。前2作は、オルトフォンのLP用モノーラルカートリッジの発電系を2個組み合わせた構造であったが、SPUは、左右チャンネルの発電用コイルを4角の薄い磁性体巻枠に井桁状に巻き、一体化したことと、カンチレバー後端を細いピアノ線で支えるサスペンション機構をもつことの2点が、まさに画期的な設計であった。その後、各種の発電メカニズムをもつステレオMC型カートリッジが開発されたが、急速な技術革新の時代に現在にいたるまで生き残る、いわゆるオルトフォン型の発電メカニズムの驚異的な基本設計の見事さは、スピーカーユニットでのダイナミックコーン型の存在に匹敵するといっても過言ではない。
 また、当初から業務用途として開発されたため、カートリッジとヘッドシェルを一体化して販売され、ヘッドシェルに、業務用のAシェルとコンシューマー用のGシェルの2種類が用意されていることも、異例なことである。さらには、一時期、Gシェルの内部に超小型昇庄トランスを組み込んだSPU−GTがあったことも、オルトフォンならではのフレキシビリティのある製品開発である。
 現在のSPUは、バリエーションモデルが基本的に3種類あり、それぞれに、AシェルとGシェルの2種類のヘッドシェルが用意される。ベーシックモデルのクラシックシリーズには円針と楕円針が用意されている。トータルのモデル数の多さは、選択に迷うほどの豊富さである。
 SPUは、製造された時期により、細部の仕様に違いがあるが、もっとも重要な点は、井桁状にコイルを巻いた磁性体巻枠とサスペンションワイア一間の相対的な位置変化である。最初期型は、カンチレバー横方向から見て磁性体巻枠の厚みの中心からサスペンションワイアーが引き出されていたが、ある時期以後、磁性体巻枠の針先から見て後端から引き出されるようになった。
 オルトフォン方式の発電メカニズムは、SPUの初期型では、振動支点を中心に磁性体巻枠は回転運動をして、磁性体巻枠内を流れる磁束が交替する。しかし、それ以後のタイプでは、磁性体巻枠は、回転運動と首振り運動を併せて行なうことになり、当然、結果として音が変る。短絡的に表現すれば、前者は分解能が優れたミクロ型、後者は、トータルバランスの優れたマクロ型といった違いである。初期型の一部には、サスペンションワイアーが磁性体巻枠の厚みの中心部で一段と細く削ってあるタイプを見聞きしたことがあるが、ESL/C100で驚異的な超小型ユニバーサルジョイントを採用した、オルトフォンならではの精密加工の証であるように思う。
 ちなみに、最近のSPUでは、初期タイプに近い振動支点にあらためられた、とのことだ。

SPU Classic
 SPUクラシックは、世界のMC型カートリッジの原器である、1959年発売当時のSPUを現在に甦らせることを目的として、素材、製造工程、加工用治具にいたるまで、開発当時のものを、可能なかぎり集め、再現してつくられたモデルである。SPUの忠実な復元モデルであるが、ベークライト製Gシェルの復元は不可能であったようで、メタル製になっている。針先は円針と楕円針の2種類、ヘッドシェルがGシェルとAシェルの2種類、合計4モデルが、そのラインナップである。ただし、ヘッドシェル込みの重量はGシェル、Aシェルともに当初の31gに調整され、同社のダイナミックバランス型トーンアーム、RMG/RMA309に無調整で取り付けられることはいうまでもない。
 試聴をしたSPUクラシックは、楕円針付のGEタイプで、トーンアームはSME3012Rプロ、昇圧トランスにSPU−T1を組み合わせて使うが、本来ならアームは、オルトフォンRMG309がベストだろう。
 針圧3g、インサイドフォース3gで聴く。中高域が少し浮いた印象があるが、ほどよい量感と質感をもつ低域に支えられ、安定したバランスの音である。針先がいまだ新しく音溝に馴染まない印象があり、針圧、インサイドフォースともに、0・25gステップでプラス方向にふり、3・5gにするとほどよくエッジが張った音となり、表情が活き活きとしてくる。
 新旧ディスクにもバランスを崩さず、しなやかな対応を示し、音場感情報も標準的で、スクラッチノイズの質、量とも問題はなく、リズミカルな反応にも、予想以上に対応を示すのは、低域の量感が過剰とならず適度なレベルに保たれているメリットである。
 かつてのSPUと比べ反応が速く、低域過剰気味とならぬ点は、使いやすく、幅広いジャンルの音楽に対応できる。復元モデルとはいえ、現代カートリッジらしさも備えている。メタル製Gシェルの効果も多大であろう。
 音場はほどよい距離感があり、音のハーモニーを色濃く、光と影の対比をしなやかに再現する。中庸を心得た、安心して音楽が聴ける独自の魅力があり、SPUの設計の見事さを如実に知ることのできる、価格対満足度の素晴らしいモデルだ。

SPU Reference
 SPUリファレンスは、SPUの振動系を改良したモデルで、GシェルとAシェルの2モデルがある。針先は、カッター針と近似形状のレプリカント100型チップ、発電コイルには、6N銅線が採用され、コイルインピーダンスは2Ω、重量は32gである。
 SPUリファレンスGと昇圧トランスSPU−T1を組み合わせ、針圧、インサイドフォースともに適正の3gから聴くが、針先は完全に新しい状態のようで3・25gに上げる。活気は出てくるも安定感がなく、さらに針圧を上げ、3・5g弱にすると、中域に独特のエネルギー感のある、クッキリと音を描く、やや硬質な見事な音が聴かれる。
 いかにも、アナログディスクの音らしく、克明に音溝の情報を針先が正確になぞっていく印象である。表情にみずみずしさがあり、巧みにデフォルメされた、これならではの世界は、原音と比べたとしても、むしろ魅惑的に感じられる何かがあるようだ。やや硬い表情が垣間見られるが、針先が新しい
ためであろう。やや硬質で寒色系の音として聴かせるが、リズミックな反応は苦しい面があり、とくに低域は、やや重く、鈍い面を見せる。しかし、クラシック系のプログラムでの個性的な音を思えば、思い切りよく割り切るべき点であろう。

SPU Meister
 SPUマイスターは、SPUの設計者ロバート・グッドマンセン氏の在籍50周年記念とデンマークの文化功労章受章を記念して、SPUを超えるSPUとして製作された、究極モデルである。
 ネオジウム磁石採用の磁気回路、7N銅線コイル採用で、すべてを原点から考え直してつくられたこのモデルは、GEとAEの2モデルがあり、各1000個の限定生産。昇圧トランスSPU−T1も同時発売された。
 針圧、インサイドフォース量は3gにする。十分に伸びた帯域レスポンスをもち、すばらしく安定感のある音である。重厚な低域と、ほどよくきらめく中高域から高域がバランスし、オリジナルモデルからの進化のほどは歴然とわかるが、それでも非常にSPUらしいイメージがある。豊かな音場感情報量に裏付けられた、力強く表情の活き活きした音は、クラシック系に、これ以上は望めない抜群のリアリティである。

オルトフォン MC7500, MC5000, MC2000MKII

井上卓也

オルトフォンのすべて(ステレオサウンド別冊・1994年2月発行)
「オルトフォンカートリッジが聴かせる素晴らしきアナログワールド」より

 オルトフォンのMC1000番シリーズは、それぞれの発表時点での最先端技術と素材を集約して開発された、文字どおり世界のMC型カートリッジの頂点を極めたモデルで形成されたシリーズである。
 1982年発表のMC2000が、その第一弾製品で、続いて1987年のMC3000、1989年のMC2000MKII、1990年のMC5000が発表され、昨年のオルトフォン創立75周年を記念したMC7500というのが、そのラインナップである。
 MC7500は、オルトフォンがステート・オブ・ジ・アートモデルとして自信をもって開発しただけに、SPUに始まる各MC型はもとより、MM型を含む、オルトフォン全製品の内容を一点に凝縮した成果であり、最新のMC型カートリッジの究極モデルといっても過言ではない稀有なモデルだ。
 振動系は、SPU以来のオルトフォンタイプではあるが、MC1000番シリーズ共通の特徴は、コイル巻枠が、オルトフォンの特徴でもある伝統的な磁性体巻枠を廃し、非磁性体巻枠採用の、いわゆる空芯型MCに発展させたことである。
 MC7500では、巻枠には、MC5000同様のカーボンファイバーが使われ、コイル線材は、究極の純度をもつ8NCu30μm径被覆ワイアー、カンチレバーはテーパードアルミパイプである。針先は、前作は2つの楕円面を組み合わせたレプリカント型だったが、ここでは、新開発の4・5×100μmの超偏平形状のオルトライン型に変った点に注目したい。
 サスペンション系は、MC2000で開発された、2個の厚いゴムリングの間に白金ワッシャーをサンドイッチ構造としたダンパーとSPU以来の伝統をもつニッケルメッキ・ピアノ線の組合せである。
 磁気回路は、ネオジウムマグネットを軸に、磁気ギャップ内の磁界分布を滑らかにしたポール形状の組合せで、コイル部分を純粋MC型とした相乗効果により、リニアリティが一段と改善された、とのことだ。
 ボディシェルは、軽質量、高剛性であり耐蝕性に優れた非磁性体のチタンを初めて採用し、それをブロックから削りだし、表面仕上げはダイアモンド研磨、銘板はレーザーカット、ヘッドシェルとの接合部は、MCサプリームシリーズ同様の3点支持方式が採用されている。
 MC5000の振動系は、十文字型カーボンファイバー巻枠と7NCuワイァーの組合せ、カンチレバーは、0・3mm径ソリッドサファイア、針先は、カッター針と同形状のスイス・フリッツガイガ一社と共同開発のレプリカント100タイプである。ネオジウムマグネットを使った磁気回路を備える。なお、ハウジングはセラミックである。
 MC2000MKIIは、MC2000をベースに、その後の技術的発展と素材選択などの成果を最大限に集約し内容を高め、しかもリーズナブルな価格を実現した注目に値するモデルである。
 モデルナンバーは、MC2000を受け継いではいるが、内容的にはだいぶ異なっている。
 振動系はアルミパイプカンチレバーとフリッツガイガー90タイプスタイラスチップ、十文字カーボンファイバー巻枠と6NCuワイアーの組合せ、サスペンション系はシリーズ共通のワイドレンジダンピング方式とニッケルメッキピアノ線を使うタイプである。ボディシェルは、MC5000と同じセラミック製だが、色調は異なる。

MC7500
 MC7500に、T7500/T7000昇圧トランスを組み合わせて音を聴く。針圧、インサイドフォースキャンセラーは、適正値である2・5gである。
 広帯域型のレスポンスと粒立ちがよく、クッキリと音の細部までを鮮明に見せる音だ。大変にクォリティが高く、音の鮮度の高さも、さすがにステート・オブ・ジ・アートとオルトフォンが自負するだけに見事ではあるが、本誌新製品テストで聴いたときの、音楽の感動がひしひしと心にせまる、これならではの音ではないのだ。
 試聴に先立ち、編集部でも約2時間ほどの時間をかけ調整をしたが、どこか思わしくないと言っていたが、それが納得できる音である。一般的にオーディオ機器は、その性能が向上するにつれ最適な使用条件の幅が狭く、寛容さを失いがちとなるデメリットが共存するため、条件設定は、かなりのシビアーさが要求されるものである。とくにカートリッジの音は、まさに一期一会そのもので、まったく同じ音は2度と聴けないことを知るべきである。
 しかし、部屋の吸音、反射条件などを含め約2時間ほど追い込んで、ほぼ同じ印象の音が得られた。
 試聴したMC7500は、ある程度使われていたようだが、針圧は少し重い方向で、最適値が得られた。針圧は2・5gプラス0・1gあたりが最適値。インサイドフォースキャンセルは、2・5gとしたが、この調整でも音が大幅に変るのは、アナログオーディオの常である。
 古いディスクにおいても、音の芯のシッカリとした特徴とほどよくメタリックな印象を、巧みに引き出して聴かせるが、低域は軟調、高域は硬調が基調で、古い録音のディスクにたいしては、同じオルトフォンでもやはりSPUのテリトリーであろう。
 新しいディスクには、その真価を発揮し、スクラッチノイズの質は軽く、ソフトで楽音に無関係で非常に見事だ。帯域レスポンスはナチュラルに伸びきり、音場感情報は豊かで、パースペクティヴな再現性は奥にも深々と引きがあり、聴感上での高いSN比をもつため、CDでは得られないホールの空間を聴かせるプレゼンスの豊かさは圧巻である。
 音のディテールを克明に引き出しながら全体のまとまりは崩れず、ピークでの音の伸び方に誇張感がなく、ナチュラルに無限の空間に際限なく伸びる印象すらある。
 音の表情は生気があり活き活きとした鮮度感が小気味よく、とくにコーラスなどのピークでも各パートがクリアーに分離され、いかにも、その演奏会場にいるかのようなリアリティのあるプレゼンスが聴かれる。
 ポップス系にもフレキシブルな対応を示し、抜けのよいパーカッションはリズミカルで反応に富み、混濁感皆無のハイレベル再生能力は、アナログディスクの極限をいくものだ。
 ストレートでパワフルな音は、いまひとつの不満が残るが、ヘッドシェルやトーンアームの選択でクリアーできるであろう。
 まさしく、MC7500は、カンチレバータイプで前人未到の領域に入った記念すべきMC型カートリッジである。

MC5000
 MC5000は、T7500と組み合わせて聴いてみよう。針圧とインサイドフォースキャンセラーは、適正値2・5gから始める。
 充分に伸びた帯域レスポンスと、音の粒立ちがよく、芯のクッキリとした安定度の高い音であり、細部をほどよく聴かせる一種の曖昧さは使いやすさにつながる長所であろう。針圧変化に対する音の変化は、MC7500よりマイルドで、2・6gプラスとすると彫りの深さが加わり、表情も活気づき、アナログのよさが実感できる好ましい音だ。
 新旧ディスクとの対応も良く、どちらかといえば、自己の個性を通して聴かせるタイプで、ポップス系も巧みにこなし、ほどよい強調感が快適で、リズミックな反応もよい。MC1000番シリーズでは個性派の音で、いかにもアナログディスクを聴いている独自のリアリティは、このモデルならではの魅力だ。

MC2000MKII
 MC2000MKIIは、シリーズの特徴を集約した音である。ほどよい鮮度感をもち、しなやかでスッキリした音は心地よい。やや受け身型の性質だが、ナイーヴさは独自の味だ。

私とオルトフォン

井上卓也

オルトフォンのすべて(ステレオサウンド別冊・1994年2月発行)
「私とオルトフォン」より

 非常に個人的な独断と偏見で言えば、オルトフォンはSPUであり、それ以外の何物でもない。
 Stereo Pick Upという単純明解なモデルナンバーがつけられたこのモデルは、記録によれば、1959年の開発とのことであるが、最近のように世界の情報が瞬時に日本でも知れる時代と異なる当時では、非常に貴重な情報源であった内外のオーディオ誌で見たことはあっても、それが何であるかは皆目わからず、現実に聴くことができたのは、’60年代に入って数年後であったと思う。
 そのころ一部の国内のハイエンドマニアのなかにデンマークにオルトフォンありきとのニュースが伝わり、台湾のハイエンドマニアから、書籍の内部をくりぬいてSPUを収め、密かに輸入する人が現われ、それが想像を超えて驚異的に素晴らしいという。そして、当時の田村町(現在は西新橋と地名が変ったが)の一隅にあった、YL音響の吉村氏の事務所において、SPUと初めて出合ったのである。
 吉村氏は幻のホーンドライバー、ウェスタン555を復元しコンシューマー用としてYL555を開発した方で、モノーラル時代に夢の高域ユニットであったYLのH18を使って以来の知り合いである。そこで聴いた、中域以上を3〜4ウェイ構成とするスピーカーシステムとSPUの組合せは、じつに単純な記憶ではあるが、いっさいのビリツキなくレコードを再生するSPUのトレース能力の偉大さに驚嘆し、アッ気にとられたこと以外には、おぼろげな音の姿、形しかおぼえていない。そのときの昇庄トランスは、2次巻線のインピーダンスが、200Ω〜200kΩまで数種用意されており、スタンダードの20kΩで聴いた。また、昇圧比の低い200Ωに最大の魅力があり、200kΩにCR素子を組み合せAUX入力にダイレクトにつなぐ使い方も興味深いという話も聞かされた。
 オーソドックスなクォリティ最優先の使い方では、200Ω型の昇圧トランスは最適にちがいないが、当時のステレオプリアンプのSN比では実用にならず、このあたりを軽くクリアーしたのは、マランツ♯7が入手手きるようになってからのことである。
 いずれにせよ、現実に入手できるような価格でもなく、プログラムソースのステレオLPさえ買うことが容易ではない時代のことで、まさしく夢のカートリッジSPUであった。
 SPUの詳細を自分なりに納得のいくレベルで知ったのは、偶然のことから、当時代々木上原の近くにあったオーディオテクニカの試聴室の仕事をしてからのことである。
 そこでは、SPU・G、RMG309、20kΩ型昇圧トランスをリファレンスシステムとして、マランツ♯7プリアンプと組み合わせ、パワーアンプは、サンスイQ35−35、これに加藤研究所の糸ドライブターンテーブルと3ウェイホーン型スピーカー、サブにダイヤトーン2S208というラインナップで、当然、オーディオテクニカの各種製品は常時試聴できるようになっていた。ここで約3年間、SPUにつきあっている間に、SPUタイプのカートリッジをつくったり、この発展型にトライ、さらに、カンチレバーレスMC型へアブローチしてみたり、また逆に、MM、MI型の一種独特の心地よい曖昧さのある音にも魅惑され、しばらくは、ある種のクラシック系の音楽専用にしか、SPUを使わない時期がかなり長くあったように思う。
 SPUはたしかに独特の魅力的な音をもっているものの、当時の製品は、カンチレバーとスタイラス接合部の工作精度が悪く、いわばカンチレバーにスタイラスチップが串刺し状に取りつけられ、そのうえ取りつけ角度がまちまちで、少なくとも、数個のSPUからルーペで確認して選択しなければならなかった。しかも選択したモデルであっても、使い始めは音が固く、かなり使いこんでよく鳴りだしたら短時間に劣化する傾向があるため、よく鳴りだしたらつぎのSPUを購入し、エージングしておく必要があるという、いまや伝説的となった、SPUファンならではの悩みをもっていた。このことは、趣味としてはかけがえのない魅力でもあるが、この安定度のなさは、ストレスにもなり、SPUアレルギーにもなる原因で、個人的にもSPUをメインに使わなくなった最大の原因である。
 ちなみに、1987年のオルトフォンジャパン設立以後は、この部分の工作精度は格段に改善され、最近ではルーペでチェックする必要もなくなった。
 一時期は、工作精度と使い難さに加えて、SPU独特の曖昧さのある音が、トランスデューサーとしてふさわしからぬものと感じられ、それもSPUと疎遠になった要因であった。しかし、圧倒的な物理特性を誇るCDでも、音楽を楽しむためのプログラムソースとして、いまだ未完の状態であることを経験すると、アナログディスクの、音溝とスタイラスチップの奇妙で不思議なフレキシビリティのある接触からくる、大変に心地よい一種のゆらぎ感や、エンベロープをほどよく描きながら一種の曖昧さで内容を色濃く伝え、音楽を安心して聴けるところが、また一段と楽しいものとなった。それを究極的に伝えてくれるのがSPUで、ふたたびSPUを使う頻度は、格段に多くなっている。この、ある種の輪廻的な感覚は、かなり興味深い。アナログディスクの、聴感上のSN比が高く、音楽にまとわりつかぬノイズの質のよさは、非常にオーディオ的な世界なのである。
 SPU系の項点には、開発者ロバート・グッドマンセン氏が、生涯最高の傑作と自負するSPUマイスターが限定発売され、たしかに納得させられるだけの見事な基本状態と音を聴かせてくれるが、個人的には、もっともクラシカルでプリミティヴな、SPUクラシックに心ひかれる昨今である。

オルトフォン論

菅野沖彦

オルトフォンのすべて(ステレオサウンド別冊・1994年2月発行)
「信頼と憧憬 オルトフォン論」より

 オルトフォンといえば、カートリッジの代名詞といってよいぐらい人口に膾炙している名ブランドネームである。とくに我が国においては神格化されるほど、この名前はオーラを放つ。しかも、それは、1950年代にまで遡って、多くの人々の絶大な信頼と憧憬の対象となってきたのであった。ご承知のように、LPレコードの45/45のステレオ方式が実用化したのが1957〜58年のことであるが、この方式が世界規格として普及し始めたと同時に、オルトフォンはSPUシリーズのカートリッジを開発し発売したのであった。以来35年を経た今日まで、このSPUシリーズの人気は衰えることなく、92年に発売されたSPUマイスターにいたるまで同シリーズはたえず改善に改善を重ね、驚異的なロングランを続けているのである。オルトフォンのステレオカートリッジとしては、このSPUの他にSLシリーズ、VMSシリーズ(M、MF、F型など)、MCシリーズなど、それぞれ構造の異なるシリーズが存在することもいまさらいうまでもないことだが、SPUシリーズの日本での存在感の大きさは特異といってよいもので、日本のオーディオ文化のひとつの象徴として捉え、考慮するのに値する現象だと思うのである。
 本書の発刊にあたり、その巻頭のオルトフォン論を書くように命じられたわけだが、僕としては、このSPU現象を自身のオーディオ歴を通して振り返りながら、その私的考慮をもって代弁させていただこうと思うのだ。
 SPレコード時代からオーディオマニアでもあった僕の装置は、ステレオ実用化の成った1958年当時は当然モノーラルであって、それは、かなりの大がかりなものであったため、おいそれとステレオ化する気持ちも、また財力も持ち合わせなかった。なにしろ、中学生時代から、高校〜大学を通して、自作システムでレコードを聴くことに最大の楽しみを見出していたオーディオマニアであったから、そのころには一応、自分としては終着に近い満足出来る再生装置になっていたのである。記憶をたどって大ざっばにそのラインナップを記そう。スピーカーシステムは12インチ口径のフリーエッジコーン型ウーファーで、磁気回路はフィールド型だ。ダイナックス(不二音響製)FD12というユニットで、これを自分で図面を書いて近所の家具屋さんに注文して作ってもらったコーナ型の密閉箱に収めたものだ。この低音部にコーラル(福洋音響製)D650、6・5インチユニットを3個をスコーカーとして使ったが、これはウーファーエンクロージュアの上部に平面バッフルを使って、3方向に振って固定した。そしてトゥイーターは東亜特殊電器製のHW7+AL1(ホーン+ディフユーザー)を使い、3ウェイシステムを構成したものだ。アンプは、プリ/パワー/電源と分離した。いまでいうセパレート型で、もちろん、管球式の自作だ。プリが12AX7を2本使ったCR型イコライザーで、当時のLPレコードの録音特性に5種類のカーブで対応させたマニアックなもの。RIAA、AES、CBS、NAB、FFRRという5種の異なったイコライザー特性に対応させたものだ。しかもロールオフとターンオーバーは別々の独立した多接点ロータリースイッチによるもの。パワーアンプの初段は6SJ7、位相反転に6SN7(1/2)もう1/2はパワー管のスクリーングリッドの定電圧用。終段のパワーは5932×2のプッシュプルでオートフォーマーは日本フェランティ製だった。電源部はアンプ用とスピーカーのマグネット励磁用とあって、整流にはアンプ用に5V4、スピーカー用にKX80を使ったと思う。肝心のプレーヤーシステムだが、これが一番思い出せないので困っている。ターンテーブルは、はじめは不二音響製のP6というリムドライブ型を使い、トーンアームがグレースのオイルダンプ(アメリカのグレイの製品のデッドコピーで、カートリッジも同じグレースのF2かF3(アメリカのピッカリングのコピー)だったと思う。しかし、この当時から、この道の先達が、オルトフォンのカートリッジについて技術雑誌にかかれていたのを見たりしてすでにこのブランドは知っていた。しかし、とてもとても身近に感じられるはずもなく、外国製のコピー段階にしかなかったが、国産のグレース製品の高性能で満足していたのだった。
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 こんな装置であったから、ステレオのレコードが登場したからといって、このアンプ系とスピーカー系を2チャネルにすることは夢の夢。ここまでくるにも、〝ひいひい〟言いながら工面したお金であるから、とても無理な話。意地を張って、モノーラルで十分、否、モノーラルのほうが音の密度が高く、リアリティがあって、フワフワしたステレオ感や、左右への拡がりなどの効果に堕するステレオなんか……と頑張っていた。事実、どこでステレオを聴かせてもらっても、自宅のシステムを2倍にして対応したレベルのものがなく、カートリッジやトーンアームも45/45システムに経験が不足するせいか、実体感のないエフェクト走りの音が多かった。スタート時のことだから録音もステレオ効果の演出に気をとられたものが多かったように思う。
 しかし、レコードは新しいものが、どんどんステレオで発売され、それらの演奏を聴きたいとなると、プレーヤーからステレオ化を始め、L+Rのモノーラルで聴くのがよいと思い始めるようになるのである。この辺からが、プレーヤーの記憶が混乱し始めるのであって、スピーカーシステムやアンプ群は明確に記憶しているわりには、プレーヤーシステムのそれがあやふやなのである。
 ところが、いつかは、はっきりしないけれど、オルトフォンのSPU−GTカートリッジを買った記憶は実に鮮明なのである。たぶん、’63〜’64年ぐらいの時期だと思う。トーンアームは