Daily Archives: 1971年3月10日

テクニクス SB-600

岩崎千明

電波科学 4月号(1971年3月発行)
「実戦的パーツレビュー」より

 マルチセルラーホーンという本格的な中音ユニットを備えたこのシステムは、おおいに私のマニア根性を刺激した。
 黒々と品のよいつや消しの中音ホーンの開口をのぞいていると、このホーンからジョン・コルトレーンのアルトはどんな迫力で聞けるかな、エラの太いボーカルは、どれほど生々しく再生できるかなと魅惑に駆られた。
 MPS録音のピーターソンのピアノのタッチは、大きなスケールで聞けるに違いないと期待が持てた。
 幸運にも、このシステムが、わがリスニングルームのJBL C40-001ハークネスの隣に陣どることができたのは、それから数週間。
 期待に胸をはずませて、という点は初歩マニアと少しも変わるところではない。はやる心をおさえつつJBL520プリ+SA660のパワー部というわが家のリスニングアンプにつなぎ、さらにちょうど手もとにあったテクニクスSU3600と切替えられるように接続した。
 カートリッジは使いなれたADC10Eおよぴ、シェアV15/IIをSME3009に取付け、ちょうど手もとにきたピーターソンの最新アルバムMPSの「ハロー・ハーピー」をトーレンスにセットして、静かに針を下したのである。
 わたくしがこのスピーカに期待したのには、大きな理由がある。それは、ナショナルのスピーカは、伝統的に中音が美しい。美しいということばはやや誤解を招くので「中音が良い」といいなおしてもよかろう。しかし、良いというより美しいという感じの良さだ。16年以前に愛用していた8PW1の昔からベストセラーの新記録を創ったミニ級テクニクス1。
 さらに、いま眼前のSB600の隣りに並べてあるダイアフラム形中音用という画期的SB500。
 わたくしの耳にとって、これらの美しい中音は、ひずみの少なさ、ふくよかな肌ざわり、品の良いしっとりしたタッチなど申し分ない。
 このわたくしの期待に、まるで応えるかのような中音ホーン。それもマルチルセラーという指向性に対してまで十分考慮し、ステレオ用としての完全な形の小形ブックシェルフ形シス子ムとして、テクニクスのブランドで完成されたのがSB600なのである。これが期待せずにいられるだろうか。
 ボリウムを上げる。さすが、である。このピアノのタッチの中音の豊かさと、スケールの大きさ。おそらくピーターソン自身がもっとも望んでいた美しく迫力あるタッチが、ピアノの大きさをそのままに堂々と再現される。
 とくにこの中音の豊かさは、おそらく30cmの大形ウーファにあるに違いない。単に低音が出るというだけではなく、中音全体の基としての低音。
 当たりまえといえば当たり前だが、低音用の豊かで品位の高い中音特性が中音の良さを支えているように思われる。
 わたくしが、従来、ナショナルの最近のシステム全般に対して感じていた不満である品がよいけれど楽器の迫力が物足りないという感じは、このSB600では格段によくなっている。グリッサンドのピアノのアタックで、その迫力がはっきりと認められるし、ピーターソンの左手のタッチの力が生々しいところにも認められる。
 しかし、このSB600のもっとも優れた点は、弦の再生に発揮されるようだ。
 ハロー・ハーピーにおいてハーブ・エリスのギターのタッチがそれだ。このギターの名手の指の動きまでが間近かに迫るプレゼンスの良さ。弦特有の音の暖か味ある余韻は中音に定評あるアルテックのシステムに優るとも劣らないだろう。迫力あるサウンドのスピーカは音がどぎついとよくいわれるが、このSB600においてはその両者が美事に融合しているのだ。
 試みにクラシックの中からストリングクァルテットのデッカ盤に針を落すとヴィオラやヴァイオリンのなんと澄んで品のよい暖か昧のある音か。
 クラシックファンをも納得させずにはおくまい。