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ラックス SQ507X

岩崎千明

スイングジャーナル 11月号(1971年10月発行)
「SJ選定新製品試聴記」より

 ここに紹介するラックスの新型アンプSQ507Xは、この71年秋発表される製品の中でもっとも魅力に富み、その期待に十分応え得る品質を秘めたSJ選定の名に恥じぬアンプである。
 ラックスは、同社のベストセラーであるSQ38FDアンプにみられる通り、今日で市場にあるただひとつの管球式を現在に到るも市販、製品化しているきわめて「保守的」な色彩を濃く持ったメーカーである。日進月歩、技術のピッチの著しい。ステレオ・メーカーとしてトランジスタ・アンプが幅をきかせる今日、今だにSQ38FDを商品としているのがこのメーカーのよい面にも悪い面にも出ているのだ。
 良い面は、いわずとしれて、高級マニアの欲する技術を温存していることにあり、「音楽のわかる」ことを誇るステレオ・メーカーである。悪い面はこのメーカーの作るトランジスタ・アンプが他社ほどにふるわない原因を作っているともいえるし、名作SQ38FDがラックスの作ってきた今までの数多いトランジスタ・アンプの影を薄くしてしまっているという事実だ。
 このSQ38FDのイメージをぶちやぶらずには、アンプ・メーカーとしてのラックスの地位を将来に確保することすらおばつかないのではあるまいか、という危惧はラックスのアンプの高品質を知るものにとって、おそらく共通の懸念であり、またこれからのアンプに対する期待でもあったに違いない。
 ラックスが発売したSQ507Xは、まさにSQ38FDの水準に達し、それを追い越したといい得る「最初」の製品である。
 このアンプの音に接したとき、このアンプの中味がすでに発売されているSQ505Xとほとんど変ることがなく、ただパワー・ステージを強力な石に換えて出力をアップしただけと聞かされ、それを疑ったほどである。つまり、それほどにSQ505Xにくらべ、音色の向上が明瞭なのである。
 深みと、うるおいのある音から、SQ505Xのと同じ回路方式とはどうしても思えないぐらいだ。あえていえば、これはJBLのアンプに近い音であるともいえるし、SQ38F特有の美しい音を受け継いでいるともいえる。
 ジャズ・サウンドのとりこになっている私にすれば、今までふれてきたラックスのトランジスタ・アンプの音は、やはりアタックにもの足りなさと歯がゆさをいつも味わうのだが、このSQ507Xに対してはそれが全然なかった。アルトやテナーのソロの迫力、ピアノのアタックのガッチリした響き、どちらもSQ507Xは見事にたたきだした。シンバルの輝きも、ベースの厚いうねりも、楽々と再生してくれた。この深みはかってSQ38FDで得た力強いベースに匹敵し、トランペットの輝きはSQ38FDさえ凌駕していた。このしっとりとして、しかも華麗ともいえるうるおいを他に求めればトランジスタ・アンプではJBLのそれしかないのである。
 この艶ややかにして素直なサウンドは、ラックス特有のシンプルな構成のトーン・コントロール回路と全段直結の融合による所産であるに違いない。さらに加えるならば構成ステージをやたら増すことなく、全体にムダを廃しゼイ肉を落し切った構成にあるのであろう。
 しかも、このアンプの11kgという重量は電源回路のゆとりあるレギュレーションを意味し、見えない所まで徹底したメーカー技術陣の充分なる配慮をうかがわせる。
 ラックスが今秋発象したSQ505X、503Xなどの全段直結アンプ群の最高級品としての誇りと品質とを担って登場したSQ507X、おそらくこのメーカーの今後の発展の強力なる索引力となるに違いない。

トリオ KT-8001

岩崎千明

スイングジャーナル 11月号(1971年10月発行)
「SJ選定 ベスト・バイ・ステレオ」より

 もしキミ、お金の糸目をつけずにチューナーを選べ、といったら、おそらく大多数のマニアはソニーの高級チューナーST5000FかまたはこのトリオのKT8001を指名するに違いない。こと、チューナーに関する限り外国製はFM周波数帯域が日本国内と違うため、海外製品が選ばれるというケースはよほど特殊の状態に違いない。
 しかも日本メーカーのチューナーに対する高周波技術は、今や世界の第1級に位しているから、あえて海外製に国産の2倍から3倍の金をはらうマニアはめったにいまい。
 まあ、こう考えてくると、国内市場でトップにランクされるチューナーは世界の市場でも最高ランクの品質をもっているとみて差支えない。つまり、トリオKT8001はまぎれもなく、世界のあらゆる製品中トップに位する高級チューナーであるといい切り得るのである。
 トリオのチューナー技術、FM受信の技術は、それはそのまま日本のハイファイ・チューナーの技術を示し、その発展を示すことを知らぬマニアは少ない。
 その長年のFM技術の一歩一歩の積重ねが、今日最高品質といわれるKT8001を創り上げたのである。
 というのは、トリオは、日本国内においてFM放送がまだテスト電波の時期において、すでに米国市場に数多くのFMチューナーをディーラー・ブランドで輸出していた。これは、おそらくオールド・ワァンなら誰しもがよく知っていた事実であり、61年頃の米国ハイファイ・カタログにはトリオの当時のチューナーとまったく同型の製品をひとちならずみつけることができる。
 米国内のラジオ放送ネットワークが、BCバンドからFMに急速に拡がり一都市に数10局のFM局が林立し、びっしりとFMバンド内を埋めつくしている。この受信には単に混信の問題だけでなく、アンテナ入力において他局の強力な電波による混変調、チューナー自体の局部発振回路からの妨害など、従来、全然考えられ得なかった難問題がつぎからつぎにと続発し、チューナーが高感度であればあるほど未知のトラブルをひとつずつ解決せずには前進できなかったのであった。
 さらにFMステレオの普及によって問題はマルチプレックス回路内にも及び、チューナーが高級化すればするほど、究明解決を要するテーマが山積してくる。
 こうした幾多の試練がトリオのFM技術を作り上げ、それが常に他社の製品にさきがけて新技術を盛り込んだ製品を世に送り出すという見事な成果をあげてきたわけだ。
 このKT8001に採用されている新技術の数々、例えばフロント・エンド(受信同調部)に設けられた局部発振のバッファー回路、集中回路による6素子のクリスタル・フィルターさらにマルチプレックス復調回路のダブル・スイッチングなどは、おそらく早晩他社の高級チューナーにも登場してくるに違いない。技術を舞台とした戦いというものはそういう宿命を常に持っている。しかしあえて私はいいたい。トリオの技術こそ、無からそれらの新技術を開発しだその技術陣の努力こそ、本当の「技術」であり、あとからそれを追いかけ、コピーしたものより常に一歩先んじているに違いないことを。
 開発途中でいくつかの難点にぶちあたり、それを、こまかくひとつずつ突き破っていく、これが見せかけだけでなく技術を土台から創り上げていくのである。つまり、トリオのKT8001と規格特性上はほぼ同じ製品が他社から出ることはもう時間の問題なのだが、しかしその時になっても、トリオのKT8001の存在は、ますますさん然と輝きを増すに違いない。
 トランジスタ・アンプ時代に先駆けたトリオのアンプ陣の、強力なバックボーンとしてトリオのチューナーはますます重要な地位を占めるであろう。
 KT8001はその最頂点の存在を一層明確に築き上げるであろう。

メーカー・ディーラーとユーザーの接点(ラックス)

岩崎千明

電波科学 11月号(1971年10月発行)
「メーカー・ディーラーとユーザーの接点」より

 湯島の白梅って、知ってる?
 え! 知らない、それじゃあ、湯島のラックス 知っている?
 知ってるなら、キミ、オーディオマニアの本格派、間違いなしだ。
 そう、ラックスの試聴室は、上野駅そばの3年間いた背の高いビルのテッペンから、今度、東京の古きよき姿を残している、この静かで落ちついた本郷湯島の高台の一角に移ったばかり。
 5階ぐらいのスッキリしたたずまいのビルは、4階の試聴室以外にもほとんど東京ラックスによってしめられている。
 戸部さん、これがラックス試聴窒のチーフであり、ここを訪れるキミ達のこよなきお相手、と同時に、キミにも負けない大のオーディオマニアだ。
 戸部さんのいるおかげで、ラックス試聴室は、はかのメーカー試聴室とはちょっと違う。
 どこが違うかって? いってみれば判るんだけど、ラックスのは試聴室というよりも、キミのリスニレグルームの延長で、ここにあるといっても良いフンイキ。つまり豪華な居間であり、応接間であり、書斎であり、加えてステレオが置いてある感じ。
 実をいうと、編集部の新進N君とここを訪れたとき、それは東京のはじっこを台風がかすめていた9月の初め。50畳ぐらいあろうと思われるこの広い部屋は、分厚いチェックのじゅうたん以外は、壁面も天井もまだ完成してはいなかった。ただゴージャースな応接セットと壁ぎわのラックの、アンプの間にある花びんや、洋酒ビンが、このリスニングルームの性格を物語っていたし、12月までに出来上るという戸部さんの言葉の裏づけになっていた。でも、戸棚の奥には、これまた大のマニアだった初代社長の集めた、大正時代からのラジオ雑誌や、海外誌が、書斎としての風格をのぞかせていたっけ。
 キミが行ったらトクする日。
 この本が出たらすぐだ。10月16日、土曜のオーディオ実験室は、15万から20万円ぐらいまでの高級スピーカの鳴きくらべだ。雑誌で活字をひろい読みしたって、音の本当の所は判るもんじゃない。そこでだ、ラックス試聴室にいけばこの日、米エレボイ社のエアリーズ、AR3A、JBLの新システム、英国タンノイ社、ヨーク、B&W コンチネンタルなどが、オーディオ評論家の先生とお話をしながら、鳴きくらべて音楽を楽しめるというわけ。
 こういった集いが、ラックス試聴室では毎週土曜日の午後あるのだ。
 このひとときこそ、ラックス試聴室の考えてるオーディオファンとの対話という姿勢というか、精神がはっきりと出ているのではなかろうか。
「ラックスは、商売のためのお客様とは考えておりません。試聴室はあくまで、場所とチャンスを提供してマニアの皆様に、利用頂くためのものと考えてます」。戸部さんのことばは、ラックスというメーカーサイドの発言でなく、マニアとして仲間同志に呼びかけの言葉なのだ。ついでながら今までのショールームの仲間は、2000名に近いということ。
「このオーディオサルーンで知り合って、お互いお客様同志が仲良くなるのは、ラックスの一番望んでいる所ですし、楽しいものですね」。
 今までは技術的サービスの面は、東京神田の方で、試聴室とは離れていたのでいろいろ不便だったが、今度、湯島のビルでは、試聴室の下の2階が技術サービス部だ。
 よそのスピーカとの組合わせや、プレーヤの組合わせの場合でも、持参して鳴き比べをするお客様もいるとか。
 さて、このショールームの目下の最大のハイライトは新製品。
 おなじみ505Xに続いてパワーアップした507X。その横になに気なく後向きにあったのをのぞいてみると、なんと「503X」。
 505Xのジュニア盤の未発表アンプだ。おねだんは51、000円と503と同じ。しかももちろん、全段直結の最新回路。さらにその横にかくすようにおいてあったチューナは果して何か。WL500という最新500シリーズのチューナで、ラックスの自信作。正面においてあった英国のスノードン卿ご愛用という、モダンリビング調のB&W70も近々ラックスによって、米国ボーズスピーカと共に国内発売とのこと、楽しみがまた増える。

サンスイ SP-2005

岩崎千明

電波科学 11月号(1971年10月発行)
「電波科学テストルーム」より

 今や市場に優秀なスピーカシステムを提供するメーカーとしてすっかり名の通った「サンスイ」が、4チャネル時代を迎える今日、新らしく発表したスピーカシステム、それがSP2005とSP1005である。
 この新シリーズが今までのスピーカシステムと大いに異なる点はつぎの2つにある。
 そのひとつは、「音場再生を狙って設計した」という点であり、もうこひとつは、ブックシェルフといわれる寸法でありながら、それはフロアー形である点である。
 この2つの点において、山水の新シリーズは、従来のこの種のスピーカシステムとは、その存在を明確に違えているのだが、その端緒となったのは、すでに半年ほど前に発表された、ひとまわり大形のシステムSP3005だ。3005が発表会でわれわれの眼にふれたとき、少なくとも私はこのスピーカの意図したサウンドが、他のメーカーより一歩早く4チャネル時代を先取りしたものであることを意識させられたのだ。ただし、その再生品位という点で、この豪華、かつ、すばらしい技術的着目に追いつききれず、少なからず不満を感じた。音の捉え方が大まかで、5万というこの価格にふさわしい節度を保っているとはいい難いのである。
 ただこのような欠点がありながら、このSP3005の創る音場は、実に魅力的で、今までの国産スピーカにないスケールとフィーリングが満ちていたことをすぐれたデサインと共に痛感したのであった。
 このSP3005発表の時点で、4チャネルサウンドはサンスイのシンセサイザQS1による2-2-4方式での再生のみで普及していた。
 しかし、4チャネルステレオが、ますますクローズアップしてくると、SP3005の狙っていた特長こそ、新らしい4チャネル再生用として正しい狙いをつけた、もっとも優れた企画であり、技術的所産であるということを、ますます知らされたのである。
 それが音場再生のための中音域以上のずばぬけて優れた指向特性であり、フロアータイプというそのデザインである。
 このサンスイの新シリーズを聴いておそらく誰しもが感じるのは、歌とか、楽器のソロ、オーケストラならメロディーのハーモニーの厚さ、コンチェルトならその協奏楽器の響、ポピュラー系ならボーカルやギターソロなど、いわゆる音楽のもっとも主要部である中音域のひびきが実に充実して、いわゆる音が前に出るという感じをまっさきに味わうに違いない。この中声部の豊かさこそ、サンスイが扱っている米国JBL社の世界一といわれるずばぬけた中音の豊かさをがっちりと導入して自社製品に引継いた最大の特長なのである。ここに聞かれる中声部というのは、いわゆる技術的な「中音」とは、まったく違っていて、数字の上で表すとすれば、それはなんと、200Hzから2000Hzまでの従来の2ウェイまたは3ウェイスピーカでは、低音用ユニットにおいて分担する音域範囲にも収まる周波数帯域だ。      一
 つまりこの中声域の充実のためには低音ユニットが、中音ユニットと共に重要な要素となる。
 従来ブックシェルフ形ではウーハがどちらかといえば超低音の再生、低音の迫力を狙って作られていたのだが、このかたくなな技術屋の迷信をぶちやぶったのが、サンスイのスピーカシステムの特長であった。
 その特長は、SP3005を初めとする今日のSP2005、さらにSP1005において一段とおし推められてきた。
 従来から、サンスイのオーディオコンポーネントはすべて中音の充実感という点で他社に一歩先んじていたように思うが、それが今回のスピーカにおていても明確に感じられるのである。
 ではその中声域の充実した輝きのもととなっているのは何であろうか。
 ウーハの中域における向上とともに、新シリーズの最大の特長となっている中音ユニットにある。これは、やや内側に向けて傾けて並べられた2個のコーン形ユニットで、その指向性の改善ぶりは著しく、2個のユニットによる豊かなエネルギーと、正面に十分に分散される優れた指向特性を創っているのである。
 もしこの辺の中声部を単にウーハだけで受けもたせれば、従来からのスピーカシステムにおけるように、音が正面に集中してしまうし、そうかといって、中音ユニットの小さい振動板からでは絶対的なエネルギー不足となってしまうわけで、これをあえて強行すれば、ダイアフラム形ではビリつきの原因となるし、コーン形では中音用ユニットの高域部に影響を与えてしまうことになる。
 つまり、中声部の充実、指向特性の向上というのは、マルチウェイスピーカの最大の泣きどころでもあるわけなのだ。
 サンスイのSP2005を始めこの新シリーズでは2個の中音ユニットを用いることによりこの難点を克服し、その従来からの特長をさらに一段と明らかに打ち出したという巧妙さは、まさに舌を捲くほどだ。高音とともに中音域用にも2つのユニットを用いることによるコストアップは、この新シリーズが従来よりやや高価になった大きな原因であろうが、この大きな進歩を考えれば、そのマストアップに十分みあった性能向上は補うにあまりあるといいたい。
 さて、現実にこの製品にふれて、今までのサンスイのスピーカシステムともっとも大きく違って感じられるのは中音ではなく、低音域に相違ない。というのは中音の充実というのは、耳にはっきりと捉えても、脳で感覚として捉える点で、かなり多くをカバーしてしまうからだ。中音エネルギーの大きく抜けているスピーカ、例えばAR3などを品のよいすぐれた音と感じるマニアが多いことがそれを裏づけるのだが、低音感は聞こえる通り感じるものだ。
 スピーカを聞きくらべたとき、高音と低音の違いが、音楽マニアでなくとも感じられるのはそのためだ。
 サンスイのSP2005は、SP2001とくらべ、またSP1005はSP1001とくらべその低音感に誰しもはっきりとした差を認めるだろう。今回の新シリーズのそれは、力強く低音に張りと冴えが加わったことがその意識を分折した結果だ。
 つまり従来のサンスイのシステムにおいてよくいわれた豊かなゆったりした低音だが、力強さがもう少し欲しいというマニアの声がここに見事に反映している。
 さて、この低音の一段と向上した力強さは、むろんユニット自体のそれも磁気回路を含めた改良によることは当然だが、加えてこの小形ながらバスレフレックスタイプの箱は、チューンドダクトに加え半密閉の要素を持たせて、実にクリアーな低音を得ることができ得たという。その構造は4隅の4本のプラスネジを外しネットを外してみるとはっきりと見ることができる。
 2つに別けられたチューンドダクトは、これが開口部を使用者の好みによって調節できるように、可変の蓋がついていて、それを傾けて調整するように作られている。
 このダクトの調節次第で閉じた状態では密閉箱に近い低音の立上り、完全開放に開けた状態ではバスレフ形のゆたかな低音の響きを得られるという奇抜でユニークなアイディアが具体化されているのである。
 文字のスペースが少なくなってしまった所で、どうしてもはっきりした形で述べておきたいことがある。
 それはこのスピーカが一見従来と同じブックシェルフタイプでありながら実は歴然としたフロアータイプ、つまり床に縦において用いるということ.を主張したデザインである点だ。
 このことは、4チャネルになってくれば部屋の4隅に配置せねばならず、そのためにはどうしても縦におく方が、そのスペースファクターという点で有利なことを予め企画段階で考えていたことを意味する。
 それは、前面の組格子がゆるやかにカーブし、広い指向性を具象化し、ワイドスクリーンを象徴しているデザインにもみられるのである。
 つまり、SP2005とSP1005はともに明らかに4チャネルステレオ再生を目的とした現代版スピーカなのである。

ソニー PS-2500

岩崎千明

スイングジャーナル 10月号(1971年9月発行)
「SJ選定新製品試聴記」より

 今や世界に冠たる日本のステレオ業界は、その隆盛ぶりを誇っているが、そのひとつの現れとして新製品の出ない月はない。毎日のように、どこかのメーカーで新製品発表会が催されている。この秋も、オーディオ・フェアを控えて、またまた多くのメーカーからどっと新製品がファンと関係者の期待と夢をになってくり出されるだろう。
 この秋の新型を予測することは難かしいことではないが、ドル・ショック以来大いにゆれ動くステレオ業界だけに、今後の新型発表のピッチはやはり遅くなることだけは避けられそうもない。今までにもしばしばみられたような、眼を惹くがための商品としてのモデル・チェンジというような姿勢から、実質的な本来の意味の新型へと、商品計画を改めるようにならざるを得ない。逆にいえば、製品の商品としての寿命は長くなるだろうから消費者としては良い商品をじっくり選んで永く愛用するという空気が強められるに違いない。メーカーにとってつらいには違いないがそれはまた好ましいことでもあるのだ。
 さて、こうした眼で今年の新型を考えてみたときに、優良製品として残る71年型オーディオ製品はいったいいくつあるだろうか。このページに採り上げられた数々は、それに対するひとつの答えといえるが、今月紹介する「ソニーPS2500」こそ今年の優秀製品として、今後永くソニー製品としてのブランドをになうべき製品と断言できよう。
 国産オーディオ製品として、ターンテーブルが海外品に劣るという考えは、この3〜4年のうちに急速に解消したが、それでも海外製品より優れた機器となると、やっと今年になって出廻ってきたテクニクスSP10ぐらいなものだ。一般的な製品としてパイオニアのMU41とか、マイクロのターンテーブルなどコストパーフォーマンスとしてはずばぬけた製品であっても、絶対的な優秀さを誇ると断定するにはいささかためらわざるを得ない。
 ソニーの新型プレイヤーは、このためらいを一挙に取除いてしまった。それはまず、ダイレクト・ドライブ機構ターンテーブルにある。このダイレクト・ドライブ機構のアイディアは、電池式かべ掛け時計の廻転機構に発する。だから、それを実際に具体化するのは、メーカーの技術力とその速度にかかっていたわけだ。
 テクニクスが他社にききがけて高級製品の製品化に成功したあと、トランジスタ技術では世界にその名を轟かすソニーがほほ同じメカニズムのターンテーブルを完成したのは、当然といえば当然であった。しかし商品としてみた場合、ソニーのダイレクト・ドライブ・ターンテーブルは、まったく強力な商品であるといえよう。その価格といい、プレーヤーに仕立て上げて同時発売という商品企画と布陣の展開のすばやさといい、ソニーのこの新製品に対す熱意と姿勢は眼をみはるほどだ。
 DD機構のこのターンテーブルは、オーディオ・メーカーの一方の雄…ソニーをしてこれだけの強力な布陣も当然といえる10年ぶりの優秀製品なのである。DD機構そのものについては、すでに優秀性を多く伝えられているので改めて記するまでもない。
 おそらく、10年後は優秀ターンテーブルといえるものは、海外製品を含めて全てこのメカニズムになってしまうに違いない。
 これを組込んだプレイヤーが、アーム付きでなんと59、800円という価格は、まったく信じ難いといえる。
 ただただ難点をいえば、このターンテーブルの驚異的なメカニズムとその性能に対し、アームは数年来の製品を改良したにとどまったものを併用している点である。改良されたとはいえ、このアームの扱い難さに不満をおばえてしまう。

トリオ KA-3002

岩崎千明

電波科学 10月号(1971年9月発行)
「電波科学テストルーム」より

 トリオが全段直結アンプの新シリーズアンプの戦列に、4万円級の主力製品を加えた。
 この5万円前後という価格は、コンポーネントステレオにおけるアンプの手頃なレベルを意味し、商品としてこれから大いに売りまくりたい層をねらったクラスである。つまり、中心商品なのである。
 私はつい3カ月ほど前、本誌でほぼこのクラスと同じレベルのオンキョー・インテグラ725を、このクラスのベストアンプとして紹介したばかりである。
 KA3002にみられるトリオの商品企画のうまさは、この4万5千円のアンプが、倍近いアンプEKA7002とまったく同じ寸法の、同じデザインポリシーのパネルデザインに統一されていることにある。
 逆にいえば、KA7002は半値近いアンプとほぼ同じ外観的イメージでとられてしまうおそれがある。
 商品、KA3002に対して、メーカー側は、より多くのウエイトをかけているということを、明白に物語るのが、このKA3002のデザインであるのだ。
 僅か数カ月で、紹介し賞賛したオンキョーと肩をならべ、少なくとも、私がいつも愛聴するジャズをプログラムとする場合はオンキョーのインテグラ725にまさるアンプが出現したのだ。
 さらに、ルックスの点では、おそらく、多くのオーディオファンが、今回のトリオKA3002の方に、より魅力を感ずるであろうことは間違いない。
 ルックス、外観上の魅力は、コンポーネントアンプにとってかなりの重要性を意味する。信頼感、融和性というものは、まずその商品に対する外観的な好みから出発するからだ。
 慎み深い第三者的な立場と、コンピュータ的な冷たい限で比較したとしても、トリオの新製品KA3002の方により魅力を感じてしまうのは、外観的な企画のうまさがまず物をいっているのだ。
 しかし、こういう話の進め方をすると、何か、外観以外の内的な性能において、いいわけがましく聞きとられてしまうように思われよう。しかし、これはただひとつの点だけとってみてもトリオKA3002がジャズを聞くに適しているということができ得る。
 このただかとつの点というのは、ほかならない低音のサウンドである。
 ジャズサウンドという再生音があるとしたら、それは、ひとつひとつの楽器の音を、生演奏を間近かで聴くときのエネルギーを感じさせるということにつきる。ここで必要なのはクラシックの場合とはやや要求されるサウンドに違いがある。
 というのは、クラシックではストリングを中心としたオーケストラのハーモニーこそ目的であって、楽器のひとつひとつのエネルギーではない。
 要求されるサウンドが違う以上ジャズに対して低音の音量というか、迫力がまず第一に望ましい。
 この点がある故に、ジャズの再生はクラシックのそれよりむずかしいとし、うのが通念だ。
 トリオのアンプは、他社に先駆け、トランジスタアンプを手がけて以来、常に、このサウンドの迫力、特に低音のエネルギーを再現するのに非常に優れたキャラクターを示してきた。それは、この新形KA3002においてもはっきりと再確認できたのである。
 私はオンキョーのインテグラ725を試聴して、やはり同じことを感じとったのだが、2台を並べて切替えて試聴してみるとトリオの方に、より分があるのを認めないわけにはいかない。
 この違いはさらに使用してみて、オンキョーにおいてのプリアンプにあるということと、オンキョーに低音および中高域のソフトな音色を感じることを申しそえておこう。
 トリオのこのサウンドの迫力は、価格において倍に近いKA7002と同じ線上にあるものであり、さらに新シリーズのスピーカKL5060AマークIIにおけると、共通のサウンドポリシーにあるのも事実だ。
 トリオというメーカーは、どうも製品に対して、正直すぎるようである。
 それは、ステレオ専門メーカーの中でもひときわ技術的レベルが高いという一般的な見方が、そのままうらがえしされて映る面なのである。
 常に、新らしい技術を他社に先駆けて開発しながら、その商品的な巧妙さの点でいつもあとを追い上げるメーカーに一歩退れをとってしまう。そんな技術屋メーカー的体質が、いつも商売の面にちらつくようだ。
 くり返されてきたこういう商売に対する正直さが、今度の普及形アンプにおいては、大きなプラスとなるに違いない。
 それは、サウンドのクォリティーが物語る。
 回路構成の、おそらく簡略化が、かえって各ステージの設計、特にレベルダイアグラム上の構成に大きな利点をもたらしたのであろう。
 普及度といっても質的には高級機との差のない直結アンプでは、トリオの正直さがプラス面のみに作用したとみるべきだ。
 トーンコントロール、アクセサリー回路の充実などという月並みなことを今さらここで述べる必要はない。
 ただ、はっきりいっておきたいことは、最近の直結アンプすべてに共通していえるのだが、スピーカ側に事故がある場合、または、突然の過大入力によるショックなどが、大きすぎる場合スピーカの事故を誘発し、次の瞬間、アンプ出力段が破壊するというトラブルが発生しやすいというウィークポイントが、直結アンプにつきものだ。
 当然出力段保護に万全の対策が講じられていなければならない。
 この保護回路に関して、私はKA3002の回路がどう対策を立てているかを見きわめたわけではない。
 しかし、実際、2週間の使用においては、かなりの過大入力にもびくともしなかったし、むろん、オーバーヒートなどの出力段のトラブルもまったくみられなかった。
 スピーカ端子のショートや、過大入力がつづくと音が一瞬止まるが、すぐにもと通りの音を出してくれ、この時チェックさえすれば、あとはいかなるトラブルの心配もない。
 最後にひとこと誤解をといておきたい。KA3002が、ジャズ再生においてのみ優れた性能を示したからといって、それがクラシック音楽ファンには適していないというわけではない。
 ジャズの苛酷な使用状態に十分威力を発揮すれば、それは最近のクリアーな録音の迫力に満ちたマルチマイク録音を駆使したクラシック再生に際しても、今までより以上に好ましい結果を得られるに違いない。
 ジャズのみを聞いたのは、私個人の好みの問題であって、KA3002が適しているからでは決してない点だ。

〈試聴に用いた横種〉
 トリオ KA7002
 トリオ KT8001
 トリオ KL5060
 トリオ KL3060
 エレクトロボイス エアリーズ
 JBL ハークネス
 フィリップス EL3120カセットデッキ
 トーレンス TD124+SME 3009アーム
 カートリッジ シュアV15/II
 エンパイア 888PE
 フィデリティ・リサーチ FR5E
 グレース F8C
 オルトフォンM15, SL−15

米CBS サンタナ/天の守護神
米RCA プレスリー/オンステージ
米コンテンボラリー シュリーマン

テクニクス SU-3404

岩崎千明

電波科学 10月号(1971年9月発行)
「電波科学テストルーム」より

 4チャンネル用と銘うった市販アンプは’71年8月未現在では、市場にそう多くはない。
 さて、テクニクスSU3404は、パワーアンプは2系統つまりステレオ用のみで、4チャンネル用としてはもう一組のパワーアンプを必要とする。
 だが、しかし、というこのことばはあまり好きではないのだが、テクニクスSSU3404は、4チャンネル用と、はっきり受けとって然るべき長所を実に明確に具えている。というのは44チャンネル用としてのボリウムコントロールと、実に効果的で高品質のデコーダを内蔵している点にある。
 ボリウムコントロールだけについていえば、トリオの、新シリーズアンプも同様の特長を持っているのだが、デコーダは内蔵していない。
 4チャンネルへの変換用デコーダは、山水もトリオも単独形で製品化しており、これは他社でも大体それにならっているようだ。
 テクニクスSU3404のデコーダ回路は、これら独立形デコーダと品質の上では対等のものであるし、音質にしぼれば、市販製品中でもベストのものといい得る。このことは、もっと大きい声でいうべきだし、このテクニクスSU3404の4チャンネル用アンプとしての価値を大いに高めている点でもある。
 SU3404のパネル面の右下にあるMODEつまみ、これがデコーダ回路である。2CHステレオ、マトリクスA、マトリクスB、ディスクリート4CHの4段スイッチに集約された、この見かけの上ではちっぽけな部分は、どうして、どうして中々の本格派だし、中味の濃い高性能ぶりを発揮する
 ステレオから4チャンネル変換の、いわゆる2−2−4方式という、もっとも手ごわい再生における音場の自然さ、SU3404の再生品位はこの自然感という点で、市販デコーダの中でもおそらく最高のものだ。
 しかし、考えてみれば当然かも知れない。テクニクスが、すでに発表したデコーダ、たしかSH3400という製品として独立したアダプタは、いかなるエンコーダ(録音側変換装置)にも、応じ得られるように細心の配慮がなされている点において、他を圧倒している優秀機器だ。
 その音場の自然な再生ぶりは、耳の良いマニアであればあるほど不自然でなくひずみの少ないのにほれ込んで、4チャンネル否定派だったその立場を変えたくなるほどであったのだ。
 さらにつけ加えるなら左右のステレオの合成信号の位相角に対してのいたれりつくせりの配慮が、これほどまでに十分になされている点にもマニアの心理をよく知りつくした設計を思い知らされるのだ。
 音が悪かろうはずがない。
 この優れた変換回路と基本的に同じものが、SU3404のアダプタとして内蔵されているのである。
 SU3404が4チャンネル用と銘うったことに対して、十分にその価値を認めたいのは、実にこのアダプタにあるのだ。
 このデコーダ回路は、マトリクスAにより2−2−4方式の変換回路となるが、これがテクニクスのみのきわめて自然なプレゼンスが得られる。さらにマトリクスBにより現在、市販されているマトリクス4チャンネルレコードやFMステレオ放送を4チャンネルとして復元してくれる。さらにディスクリート44チャンネルのポジションではディスクリート4チャンネルのテープや8トラックマガジン用として用いられる。
 SU3404は私のリスニングルームにはかなり早い時期こお眼見えした。つまりSU3404と同時にである。それは市場にSU3400が発売される直前であった。
 この両者のアンプは外観上からもちょっと見別けがつかないくらいよく似ていたが、音質の点でも、使ってみた所でも全然変ることがない。
 それもそのはずで、SU3404は、ステレオ用のSU3400を4チャンネル化した製品なのである。
 テクニクスSU3404を聞いて、私はこのアンプを居間にあるエレクトロボイスの新形スピーカシステムエアリーズに接続して使うことに決めた。
 それは、テクニクスSU3404の音が、実に品がよく、ふくよかな豊かさに満ちていたからだった。
 エアリーズも豊かな音ののぴを感じさせるスピーカであったから、この良さを発揮するにはSU3404が多くの意味でマッチするであろうと考えたからであった。
 このエアリーズは、エレクトロボイスの伝統をよく表わして低音の豊潤な響きが国産品にない、つやとなめらかさを実に感じさせるが、それにしてもSU3404でドライブしたときに、このふくよかさは一段と増して、スピーカの箱がひとまわりも、ふたまわりも大きくなったような感じさえしたのだ。
 いくら音量を上げても、音のりんかくのくずれることのないのは、見かけによらずSU3404の出力が非常に大きいためだろう。35W/35Wという規格は、おそらくゆとりを十分持っているに違いなく、ハイパワーのまま何時間も鳴らし続けてもびくともしなかったのには、他社の製品でにがい思いをしたことのある私にとっては、実に嬉しかったことを特筆したい。
 それでいて、ローレベルの音に対してもクリティカルな反応を示し、ピアニシモでも音は少しもボヤけることがないのは、低レベルでの低ひずみ特性の良さをも物語る。
 その音はちょっと聞くと、ややソフトタッチで品が良いけれど、力強さが物足りないのでは……と懸念するが、フォルテのときにも、ジャズのソロの強烈さを堂々と再現してくれるのには驚いた。SU3404にも注文をつけたくなるような点がないわけでもない。
 それはプリセットと称するボリウムコントロールのまわりの2重つまみだ。カメラのシボリにおけるプリセットからとったのだと思われるこの機構は、ただ単に見ばえのための飾りでしかない。便利さというよりも、高級品としてのメリットを考えてのメカニズムであろう。使ってみて、プタセットの良さは、いささか納得し難い。
 それからスイッチだJBLアンプのスイッチそっくりのやわらかいタッチの切れ味は、中々の魅力ではあるが、しかしこのスイッチのパネルのカットが角形であるのはなんとなく、パネル面の感じをどぎつくさせているように思う。若者向きということを強く意識したパネルデザインということであれば、もっと他のやり方があったのではという気がする。しかしこの角形の穴は、テクニクスSU3404だけのものであるし、デザインの個性という点ではひとつのポイントになっていることは認めよう。

テクニクス SU-3400

岩崎千明

スイングジャーナル 9月号(1971年8月発行)
「SJ選定新製品試聴記」より

 テクニクスSU3404、エレクトロボイス社のエアリーズ、エンパイヤ999VE着装デュアル1019──これが8月初め現在の、もっと詳しく言うならば、5月連休以後の私の居間におけるリスニング用システムだ。このシステムで、テレビの音楽番組からカセットでとった自家製ジャス・テープから、むろんお気に入りのジャズの新譜と、生活に溶け込んだあらゆる音楽を楽しんでいるわけだ。
この居間兼食堂は私の生活の場だ。JBLハークネスを置いたリスニング・ルームとはまた違った意味で私にとってこの上なく音楽と結びつきの濃い部屋であり、ここでの装置への要求は、たとえ根本的に同じであっても、リスニング・ルームにおける場合とは少々ニュアンスの違うものだ。その最大のポイントは、「聴きやすい再生」を何にもまして望んでいる点だ.
 エアリーズというスピーカーについては、すでに7月号のこの欄で紹介ずみだが、音楽の持つ情感とか雰囲気を良く伝えてくれる点だ。私の好きなシステム・コンポーネントであるが、これらの、その特長をもっとも発揮してくれるアンプ、それがこの部屋での愛器「テクニクスSU3404」だ。
 このSU3404は、クォードフォニック用の2チャンネル──4チャンネル変換用のアダプターを組み込まれたものであって、その母型ともいえるのが2チャンネル・ステレオ・アンプSU3400である。
 SU3400は、一口に言うならば、老練なハイ・レベルのマニアから、若いオーディオ・ファンまでを対象とした高品質のプリ・メイン・アンプだ。老練なマニアは、このアンプを聴き込んで行くに従ってますます気に入るだろう。長く聴いても飽きのこないすなおさ、長時間聴き込んでも疲れることのない音に惚れこむに違いない。そして若いファンは、このアンプの迫力とゆとりに満ちた重低音、味、どぎつさのないしかし澄んだ輝きにも似た高音の冴えにたまらぬ魅力を感じるに違いない。
 私自身にしても、ここに触れたそれらの特長は最初きいたときからまいってしまった。特にエアリーズを接いだときの重低音のゆるがすような響きは、エレクトロボイスが狙うこのシステムの最大ポイントを他の国産アンプには見られないくらいフルに引出している。このアンプSU3404は収まるべきスペースに収めたままになってしまった。
 テクニクスのアンプ群は50A、また以前この欄で紹介したSU3600、さらにこの3400とデザインが一作ごとに一新されている。逆にいえば、デザインのポリシーが定まっていないことを指摘できるのだが、ただこれは外観上のことであって、中味に関しては決してデザインにおけるほど一貫していないわけではない。50Aのすなおさと品の良いクオリティはSU3600の一聴派手なサウンドにおいても基調となっているし、さらに3400シリーズになってこの基調の上に加え50Aに近い音色をとり戻したといい得る。
 つまり、テクニクス・アンプはひとつのサウンド・ポリシーの上に築かれたアンプなのである。3400になって外観的にメカニカルな面を強め若いファンを意識したデザインに格段と近づいたが、サウンドそのものは外観とは異なり前作3600より一層完成度の高い製品となった。
 それは、35ワット/35ワットというハイパワーと、テクニクス直系のサウンド、さらに伝統の全段直結アンプという盛りだくさんのメリットを59、000円の価格でまとめあげ得たという点にある。
 この価格はコンポーネント・システムを狙う層にとっては製品レベルともっとも買いやすい価格とを示すものだし、他社のアンプもこのラインに目白押しにあるし、消費者側からみれば選択の幅のひろいクラスなのである。毎月のように新型アンプが市場に送り出されるがSU3400はこの中心にあって、ナショナルというステレオの老舗の良識を示す夜明けの星の如き存在となるにちがいない。

サンスイ SP-70

岩崎千明

スイングジャーナル 9月号(1971年8月発行)
「SJ選定 ベスト・バイ・ステレオ」より

 ブックシェルフ・タイプという形態のスピーカーを日本のオーディオ・ファンの間に定着させたのは、米オリジナルのARでもなければ、それをイミた形でスタートしたパイオニア製品でもない。
 ほかならぬサンスイのスピーカー・システムSP100、SP200のシリーズだろう。この製品のずっと以前からこの形をとったシステムがないわけではないが、サンスイが始めてスピーカーに手をのばして発売したブックシェルフ・スピーカーが高い人気と業績をあげたのは注目に価する出来事としてわがステレオ史に残るだろう。
 ブックシェルフとしては大体ARを原点とした物が多く、製品がARほどのサウンドに至らなかった当時は「ブックシェルフの音は低音がつまっている」と酷評されるのが常であった。この常識をサンスイのシステムはぶちこわし踏み越えた。
 サンスイはこれらシステムを発売するに約2年先立ち、JBLの日本総代理店として扱い製品は、JBLのスピーカーを中心としてすべてにおよんだが、このキャリアはハイ・ファイ製品にもっともむつかしい音作りに貴重な経験となった。そして具体的なポイントとしてはJBLのブックシェルフ・スピーカーとして名乗りを上げたランサー・シリーズが、すべてチューンド・ダクトと呼ばれるバスレフレックス・タイプか、またはその変形とされているドローン・コーン形式のパッシブ・ラジエーターによって低音特性を得ていることにある。
 この世界的な名器を範にとったサンスイのブックシェルフ型の低音特性が従来のそれとまったく違ったサウンド低音感として大いに受けて、画期的な売行きとその後のスピーカーの方向をすら変えてしまったわけである。
 このバスレフレックス・タイプの箱に入れるべき「ユニット」は、オリジナルのブックシェルフともいうべき密閉箱型式のユニットにくらべて、f0がかなり高くとり得ることこそ特長だ。というのは、このためコーン紙を含む振動系のf0の低いものとくらべて軽くできるという特点をそなえ、これがスピーカーという電気機器にとってその性能の最大点である能率の向上をはかれる点にある。「ブックシェルフになってスピーカーは能率が低下した」という点はサンスイのものに限っては、決してそうでない点がサンスイのみの特長でもあるわけだ。この利点はスピーカーが小さくなればなるほど重要な意味をもってくる。つまり、小型スピーカーを使用する需要者にとっては、なるべく安上りのコンポーネント・システムを狙うため、いきおいアンプに対する価格をおさえ、必然的にパワーの小さいアンプを用いてシステムを構成することになる。小型スピーカーほど小出カアンプで鳴らされるという矛盾がごく普通にまったくの無頓着さで行われているのだ。小型スピーカーほど低能率、従ってハイ・パワーを必要とするのに、小型システムを低価格の小型アンプで鳴らすという理にそむいたことが平然と行われ、常識となっている現状なのだ。そこで小型スピーカーの高能率化こそ良い音へのなさねばならぬ急務である。いや、急務であったのである。
 一般のアマチュアやファンがそれに気付く動機こそ、SP70の出現だった。SP70が、小型ブックシェルフの中でもズバヌケた売行きだということだ。それは、消費者がむつかしい理くつを抜きにして、SP70が他の類形的なシステムと違う点、高能率という点を「音の良さ」という形で気付いているからに違いない。
 4チャンネル化時代をむかえたオーディオの世界で、SP70の存在は、まだまだ重要なものであるに違いない。また4チャンネル用としてSP70が部屋の四隅におかれるのは、ある意味で理想的なリスニング状態といえるのである。

シュアー M44-5

岩崎千明

スイングジャーナル 8月号(1971年7月発行)
「SJ選定 ベスト・バイ・ステレオ」より

 キミはいま、自分の再生装置に対して不安を感じていないか。
 キミの再生装置の音が果して本当によいかどうか自信があるか。
 キミの再生装置を友達に聴かしてやるだけのファイトがあるか。
 レコードの傷みが全然気にならないでいるか。
 そういうときに、まずレコードプレイヤーのカートリッジをチェックしてみて、絶対に信頼できるなら、まずキミはしあわせだ。
 優れたカートリッジほど、使い方はむつかしい。軽針圧を保ったまま、完全にトレースさせるには、アームが優秀であって、その調整が完全でなければならない。
 むろん、そのためにはレコード自体の保守が十分に行き届いている必要があるし、その音溝が最良の状態に保たれていなければならないし、それをトレースする針先は、きわめて厳格にチェックして、正しい状態に保たれていなければならない。
 正しい状態、これがなかなかのくせものだ。キミがまだかけだしのマニアならどういうのが正しいのかということすら十分に知らないだろうし、もし、かなりマニアなら、ほんの僅かのカンチレバーの片寄りでも気になるだろうし、動作中片寄りを起こすことのない、軽針圧カートリッジはごくわずかだ。
 こう書いていくと、たったカートリッジの針先ひとつにしたって、大へんな神経の使いようと、細心の注意の要求のため、音楽を楽しむどころではなくなってしまう。
 さて、そこでだ。
 キミを、こういう一切のわずらわしさから解放してくれるカートリッジがあるのだ。シュアーM44/5、これだ。M44/5はもう発表以来10年近い歴史を持っている。
 この原型でもあるM3型がステレオ・レコード発売以来、もっとも優れたカートリッジとしての座を永く保っていたが、M44出現以来、その座はこのM44にとって変った。「美しい安定した音色」という偉大なるおまけがついて。
 今日、国産カートリッジもその高性能ぶりは舶来カートリッジに迫り、あるいは追い越そうとさえしている。
 カートリッジの優秀性を測るべきポイントとして、私はその中音域から高域にかけてのトラッキング・アビリティーつまり音溝に対する追跡能力というか「追随特性」と、もうひとつ最高域のセパレーションの2点について注目するが、この点でも国産カートリッジの高級品は非常に優れており、海外製の高級品に決して負けてはいない。ただひとつの点をのぞいて。
 そのただひとつの点、これを端的に持っているのが、このM44を端に発するシュアー製品である。というのは、なによりも音が安定していて、美しいのである。
 音が美しいというのは、ある意味ではそこで楽器的な要素が介在することとなって再生という事象にある面で水をさすことにもなり得る。
 しかし、限度ある再生音楽において音が美しいという点は他のいずれの長所にもまして大きなるポイントなり得るのである。
 M44/5が、今でもなお多くのファンの支持を得ている、というのも、このカートリッジか、決して今日的な高性能カートリッジでもなければ軽針圧カートリッジであるという理由でもない。ただ非常に安定に動作し、音が豊かで美しいという点のみにある。この点では、おそらく、これからもこのカートリッジに優る製品は決して多くはないであろうし、M44/5がまだまだ多くの新らしいファンを獲得していくことが予想できるのである。

ソニー TA-1140

岩崎千明

スイングジャーナル 8月号(1971年7月発行)
「SJ選定新製品試聴記」より

 TA1140という型番、およびパネルデザイン、この両方に対してはっきりと感じとれるのは、TA1120直系の製品であるという点だ。
 TA1120はいわずとしれたソニー最高級アンプ。名実とともにその存在は日本国内市場はもとより、米国をはじめ世界のハイファイ市場においても、最高の品質と性能を誇る傑作アンプだ。マランツ、マッキントッシュという高名ブランドの製品と肩をくらべ得る製品は、国産品が世界アンプ界を圧している現在たりといえども、そう多くはないことを考え合せればソニーのTA1120の製品としての価値は、極めて高く評価でき得るであろう}
 このTA1120直系のジュニア型というべきアンプがTA1140である。
 あえて直系というのには、無論、理由あってのことだ。
 ソニーはESシリーズと銘うって一連の高級オーディオ・コンポーネントを発売して、ガッチリとステレオ業界に根を下したあと、その商線の拡大を企り、若いオーディオ・ファンを強く意識した新シリ−ズのアンプを打出した。それが2年前この欄において紹介したTA1166であ
る。
 しかし、そのイメージ・チェンンジはあまりに強引であり、あまりにもソニーのイメージから、かけはなれたものにしてしまったようだ。通信機に似たパネル・デザインと派手好みな音色作りが、ソニーのオーディオ製品に対する期待をまったくそらせてしまう結果となった、といえよう。
 この製品と前後して出たオーディオ・コンポーネントには、大なり小なりこういう傾向が目立った。それがよいにしろ、悪いにしろオーディオ界のソニー・ブランドがマニアだけのものという従来のイメージをぬぐいさったことは、大いなる前進といえよう。
 この時機に必要なのはTA1120シリ−ズの普及型、というべき若いオーディオ・ファン向けのアンプであろう。
 1120はすでにタイプAを経て今やタイプFとなり、価格は世界の名器にふさわしく13万8千円という高価。その後1120Fのマイナー・シリーズとして昨年秋、発売されたTA1130すら88、000円という、初期の1120なみの価格だ。
 初級マニア、このマニアということばにはその語訳どおり、マニアックな熱烈なファンという意味で、その熱烈なファンの卵達にとって、11120Fクラスのアンプを使うというのは、彼のオーディオ・ライフのひと
つの夢であろう(その夢を現実のオーディオ・ライフにしてくれるべき1120ジュニア版の出現こそ、今のオーディオ界にとってソニー製品の布陣にとっても大いなる価値と意味を持っている。
 TA1140の出現は「これ」なのだ。
 TA1140こそ、若いオーディオ熱心なファンにとって、正に夢を現実に引戻してくれる「正義の味方」な
のである。無放の剣なのである。永年の夢をかなえてくれる、最高品質のプリ・メイン・アンプなのである。
 キミの机の上に、世界長高のアンプがどっしりと置かれることが手近かに考えられるべく出現した製品なのである。あれこれと、多数の商品の中から選ぶ必要のない最終的要素を濃く持った製品なのである。
 TA1140の良さについて、今さらいうこともないであろう。1120のパワーを縮少した以外には、ほとんど差のないといい得る諸特性と音質を誇る。しかも価格は6dBダウンというのが、若いファンには絶対ともいえる大いなる魅力だ。
 ただ、ひとこと付加えたいのは、ソニーのアンプ全般にいえることなのだが、規格最大出力はたしかにすばらしい数字なのだが、実際に長時間、フルパワーに近く鳴らしていると、規格出力を保つことがくるしくなるように思われる。もっとも、いくらジュニア版とはいえ片側35ワットのこの級のアンプを、フルパワーで鳴らしつづけるという使い方をすることは、一般家庭においてはあまりないことであるに違いない。つまり、普通のユーザーならば、そういう点に気付くことはまずあるまい、と思われる。しかし、あまりハイ・パワーを望む向きには1130とか1120Fをすすめるべきだろう。

Lo-D IA-600

岩崎千明

スイングジャーナル別冊「最新ステレオ・プラン ’71」(1971年夏発行)
「Lo-D in jazz」より

 最近、オーディオの新製品が各社から多数発売されているが、全体を通して強く印象に残ったことは、日立、ナショナルなど家電メーカーといわれる大企業の、ステレオ・パーツの著しい向上ぶりだ。向上というよりは脱皮というべきか、誕生というべき、そのハイ・グレードぶりなのである。
 日立がステレオで注目されたのは、HS500というブックシェルフ・スピーカー・システムの誕生以来だ。まだ4年になるまい。
 このシステムを、目白の奥まった西洋館然とした日立別館での発表会で接したとき、AR3風の底力ある重低音が評判の高いARよりもさわやかだったのに不思議な面持ちであった。
 ずっとあとになって、このスピーカーのために、日立中央研究所の技術陣グループが多数動員され、工学博士級が各ユニットおよびエンクロージュアを、それぞれ担当したと伝え聞いた。そのグループはHS500の開発終了後、カラーテレビ新設計に携わり、いまふたたびスピーカーにもどったとか……世界の大企業と肩をならべる大メーカーにふさわしい技術的シンク・タンクの巧妙な使い分け。「技術の日立」とよくいわれるその技術陣の厚さ、その活用のうまさが端的に示されている。世界に類をみないHS500のユニーク・ポイントの数々は、「日立」でなければ創り得ないであろう。
 さて、こうした製品の中で、日立のアンプをじっくりとながめ、音を聴くという付き合いも、ここ最近のことであった。スイングジャーナルの試聴室で、数あるアンプの中に置かれた日立のアンプに視線が流れたとき、そこで止まることはなかった。たぶん、ぼくだけではなく、初めて接する方は誰でもそうであろうと思う。
 それくらいに地味な、飾り気のないパネル・デザインである。味もそっ気もないということばがぴったりのシンプルなパネルだ。つまみが上段一列、下段の右半分にスイッチが-列。これでもステレオ・アンプか、と思うほどツマミも少ない。昔、見馴れたモノーラル時代のアンプを、スッキリさせて並べたという感じである。
 今日のステレオ・アンプには、ツマミやスイッチ類がことさらに数多く、並べられているのとは好対照なこの端正なデザイン。日立のアンプ類はこのシンプルなデザインにすべてがよく表われている。
 特長とか、眼をひくようなポイントは何ひとつない。それこそが日立のアンプの特長なのだ。それはそのサウンドにも表われているし、このアンプの性格を決定しているのだ。それはまた日立の製品に対する姿勢を意味しているのではないだろうか。ステレオにおけるアンプの価値が低歪率、信号対雑音比、f特、ダイナミック・レンジ……と技術が進歩するにつれて、その要求される技術的な性能がますます高められているには違いない。しかし、なににも優って優先させなければならないのは信頼性とか、寿命とかであろう。つまり、故障しては困るという要求、いくらよい特性を備えていても何にもならない。鳴らないアンプでは何もないよりもまし……というより広くもない棚に大きな荷物が陣どっているのでは、無い方がましなくらいだ。
 多くのアクセサリー回路や、アイディアを盛り込んだ回路は、逆にいえば部品の数も増えようし、それだけ故障率が増えることにもつながる。だから必要な最少だけにしぼって、その主要品は十分に意を払って、ガッチリと手をかける日立のやり方はアメリカ合理性ということができるかも知れない。いかにも技術重視的ないき方ともとれる。しかしこれこそ、本当の需要者のための商品ということではないだろうか。
 端正なそのたたずまいをそのままに日立のアンプは、特にスッキリした、爽やかな飾り気も無い音だ。まるで冷たいまでにソッ気ないのも、パネルの印象と同じだ。というと、メカニカルな感じ、金属的なサウンドというようなイメージを持たれてしまうのだが、メカニックといういい方がもし悪い意味でなければ、そういえるし、金属的というのが冷徹という意味ならそういい得よう。作るべくして作ったのでなく、技術的な性能追求がこのサウンドに達したのだろうと思う。
 これは、市場に出ているアンプの中で、ひときわ高級品とされ、ハイグレードと誰もが認めるソニーのアンプにおけるそれとよく似たケースともいえる。ソフトとかウォームとかいう意識的につけ加えたサウンドがないという点がはっきり認識されるのだ。試みに録音のよいジャズ・レコードをかけてみよう。ぼくのもっとも好きな「ブラック・ホークのシェリー・マン」(米コンテンポラリー)の4枚組だ。音がボケやすいライヴ・レコーディングの中でもっとも鮮かなサウンドと、生々しい楽器のプレゼンス、加えてクラブの雰囲気がよく捉えられた名演名録音盤である。決っしてスタープレーヤーを集めたわけでもないのに、この名演ぶりはマンのドラミングと、曲の引きしめ方がうまいためだろう。このアルバムはオン・マイクの楽器のサウンド、特にドラムを筆頭に、ピアノ、アルト、ペットと鮮明度の高いサウンドにあるのだが、このアタックを期待以上に再現するのが日立のIA600であったのだ。クリアーな、パンチあるサウンドのクォリティーは特にローレベルでも実に見事なのである。
 ぼくはこのローレベルの、特にピアノの澄んだタッチに惣れた。日立のアンプにもまったく難点がないわけではない。中音域から高音域の鮮明さにくらべ、このアンプのサウンドは特にジャズに対して低音の力が物足りないのだ。ベースの床をはう響きはジャズだけのものだが、こういうエネルギーがちっとも出てこない。ステップ式の低音のコントロールを上げる。このトーンコントロールは効き方もはっきりし途端に力強い低音のパワーが、試聴室のJBL・C40のホーンから床に伝わり、椅子を揺るがす。試みにエアリーズに切り換える。ごく低い重低音が充分ゆったりした感じになるが、ボリュームと共にトーンコントロールはもうワンステップ上昇だ。この低音の大振幅の場合にも、ローレベルと同じような爽やかさに驚かされる。フラットの状態にくらべ低音は6段以上持ち上げられているから、パワーは4倍になっているはずだ。規格値を越えるハイ・パワーぶりなのではないかと思うほど……。しかし、これはデータに正直な日立のこと。いわゆるカタログ特性だけよいというのではない、ということが認められたわけであった。
 それにしてもローレベルの音の澄んでいること。マンの押え気味のタッチ、ドラミングの特長はこのローレベルの冴えで、ひときわ輝きを増す。カタログを見る。なるほど、日立の技術が、このアンプに光っている。「定電流ドライブ出力回路」これだ。やさしくいうと、小さい音のとき荒れやすいトランジスタ・アンプの音を、透明にするための技術だ。トランジスタの動作を理想的にするため負荷としてトランジスタを使っている新回路だ。これなら出力トランジスタは傷まないし、一石二鳥。ヤルネェ。なかなか……。
 実は4チャンネルにそなえて、このところ国産アンプの厳選したお気に入りを何台か買い込んだのだが、そのいずれとくらべても、互角か、それ以上のジャズ・サウンド。その秘密はやはりこの日立の技術にあったのだ。もうひとつ付け加えておくと、このときのアンプの中で、もっとも安いのが日立。ぼくはあまり好きなことばじゃないがコスト・パフォーマンスという点からいうと、ベストに選べそうだ。
 だけど、キミ。このアンプでジャズを楽しみ出したら、よいサウンドが判ってしまうことは確かだ。それがオーディオの泥沼の始まりになったとしても、当局はいっさい関知しない。

エレクトロボイス Aries

岩崎千明

スイングジャーナル 7月号(1971年6月発行)
「SJ選定新製品試聴記」より

 日本で初見参のエアリーズは、米国エレクトロボイス社の新型スピーカーシステムである。
 エレクトロボイス社については、すでに3月号におけるパトリシアン紹介記に述べたのでここに多くをいわないが、ケープケネディの音響設備の大半を手がけるほどの規模と実力を誇る米国きっての音響機器メーカーである。
 エレクトロボイス社のスピーカーの他社ともっとも違う点は、低音域にある。それをもっとも如実に示しているのは同社最大のスピーカーシステム・パトリシアンだ。
 初代のパトリシアンIVは、最近日本のマニアの間にクローズアップされているクリプッシュホーンを用いて、重低音域に充実を企った。当時としては数少ない大規模なスピーカーだ。当時これと肩を並べ得るのは、わずかにJBLハーツフィールド、アルテック820Cぐらいなものだった。むろんモノーラル時代のそれももっともけんらん期における最高級システムのひとつであったこのパトリシアンは、今も商品として残っているただひとつのシステムなのである。しかし、今のパトリシアンは800と名を改め、クリプッシュホーンをやめて、76センチの大型ウーファーを用いている。クリプッシュホーンから78センチ大型ウーファーと、最高のぜいたくな技術を採り入れているのがエレクトロボイス社の最高級スピーカーシステムなのである。注目すべきは、低音に対する、その十分にして豪勢な腐心ぶりである。
 エアリーズがテクニカ販売によって輸入されたことを聞き、その発表会に馳せ参じた時、来日していたエレクトロボイス社副社長がいったことばは忘れられない。
「エレクトロボイス杜のスピーカーは低音を重視する。音楽にとって低音はもっとも大切な要素だ」
 その発表会において、私は初めてエアリ-ズの実物に接した。それは、まさに、クラフツメン(職人)によって創られたスピーカーのたたずまいであった。家庭用スピーカーとして今まで、ブックシェルフ型のみに馴れた私の眼は、この据置型のエアリーズのプロフィルは、強烈なイメージを焼きつけられた。
 カーキ色サランに竹を編んだ風な「アメリカン・トラディショナル」と名づけられた仕上げは、まさにアーリーアメリカンの、開拓期の家屋の豪華なリビング・ルームにどっしり置かれた本箱という感じであった。手をのばしてつまみを引くと、そのままふたが開いて、びっしりと積まれた羊皮張りの部厚い書籍が並んでいるのではないかと思われようにずっしりと重量感に溢れていた。このアメリカン・トラディショナルと共に黒サランのスパニッシュと、まだ来日していないがもうひとつ白い木地そのままのコンテンポラリーとがある。
 さて、この一見本箱風フロア型、AR製などのブックシェルフよりひとまわり大きなシステムから流れる音。流れ出るというより、室内に溢れ満ちる音という感じのサウンドは、実に堂々としてうねるような重低音感は、床をゆるがし、分厚い重さと、しかしさわやかなアタックとが見事に融合されたというべきでパトリシアン直系のものだ。
 低音のふくいくたる醸成ぶりに多くの紙面をさいたが、このエアリーズの品のよい再生能力は、多くの高級マニアや識者がよくいわれ、推める。クラシックにおけると同じように、ジャズに対しても優れた力を発揮した。コルトレーンのアルトや、ロリンズのテナー、ドルフィーのバスクラというジャズサウンドの醍醐味をいかんなく再現し、マリガンのバリトンも、ゴルソンも生々しく、眼前に迫ったのだ。
 エルビンのすざまじいアタックと、シェリーマンのシンバルワークを聞いて私は、このスピーカーこそ自分の毎日を送る部屋にふさわしいと断じた。
 五月の連休の直前に、エアリーズは私の居間のテレビとななめ向いに収まった。
 ビートルズのオブラディーオブラダのコーラスが流れるとき、この部屋はビートルズを囲む多くのファンでうずまり、プレスリー・オンステージを鳴らすとき、この小さな8畳間は、ラスベガスのインターナショナル・ホテルのステージに変る。
 コンテンポラリー・レーベルで私がいち番好きな「シェリー・マンズホールのシェリーマン」に針を落す時、むさしのの一角のこの小部屋は、ロスの街角の地下にあるマンズ・ホールのざわめきの中にうずもれるのである。
本誌4月号新製品紹介も参考ください。岩崎)

エンパイア 1000ZE/X

岩崎千明

スイングジャーナル 6月号(1971年5月発行)
「SJ選定新製品試聴記」より

「王冠」をシンボル・マークとしているメーカーは、別に珍らしいわけではない。しかも王者たるにふさわしい貫禄と高品質のメーカーである場合が少なくない。時計ではローレックス、車ではマセラッティ、そして音響製品としては、この米国のエンパイアだ。
 エンパイアは、その重要な部門は米国軍需産業と結びついている。近頃とみに重要性を増している水中通信のための超音波部門がそれだ。原子力潜水艦が海軍力の大きなウエイトを占め海底に数10日という長期間潜まるために、海中との通信は電波を用い得ないため音響分野で解決される。この分野で2次大戦中より重要な役割を果してきたエンパイア社が、卓抜せる音響技術をオーディオに活用して、エンパイアのHiFi製品がうまれた。当然のことながらその技術はある意味で他社をはるかにしのぐことになろうし、「王冠」のマークも当然のことで誰しもが認めよう。
 エンパイアの製品は、音響製品のすべてにわたる。スピーカー・システム、アーム、カートリッジ、さらにターンテーブルとアンプを除くあらゆる電気音響変換器を網羅している。注自することはどの分野でも、高性能を誰しもが認め超一流と格付けされる棄華なぜいたくきわまりない製品を市場に送り出している点だ。
 このエンパイアがこのたび発表したカートリッジが1000ZE/Xである。カートリッジにおけるキャリアは、シュアーと並ぶほど古く市場の評判も長くシュアーと並んで2分していた。売行きはピッカリングという老舗をはるか引き離し、品質は新進気鋭のADCをしのぐ実力ぶりは決して底の浅いものではなく、軍需産業を担ってきた基礎的な技術がものをいっているのに違いない。
 エンパイアのオーディオ製品にみられるサウンド・ポリシーはひとくちにいって、いかにも米国調らしいといい切れる。JBLの新大陸的な明快さと、清澄な迫力とを併せ持っている。ヨーロッパ調の格式ある控えめな品の良さはないが、フィラデルフィア・オーケストラの音のようにエリントン・バンドのサウンドのように華麗な迫力と厚さを感じるサウンドだ。
 この路線をはっきりと打出していたのがステレオ初期以来のカートリッジで、最近は8888シリーズがこれを明瞭に感じる。999シリーズになって音域がさらに広くのびて繊細感が格段と向上した。しかし、やはり迫力ある低音感、それにまして充実された力強い中音域。ジャズ・サウンド特有の楽器の迫力を実に鮮かに再生する能力はまさに、ジャズ向きという言い方がぴったりくるようなサウンド・ポリシーである。グラナディアを頭とするスピーカー・システムも円柱型というユニークなデザインと共に、サウンドの力強さをあらゆるファンから認める傑作だ。
 1000ZE/Xはエンパイアのサウンド・ポリシーに乗っとった高級製品に違いない。しかし、この音は明らかに一歩を踏み出した。踏み出したとて「延長上」であるとはいい切ることはできない。というのは、ここにあるのはヨーロッパ調を目指したもので、品位の高い格調あるサウンドなのである。従来になくおとなしさを意識させられる点で、間違いなく「エンパイア」であることを眼で確かめたくなったぐらいだ。ピアノ・トリオを聞き、従来のエンパイアに感じられたきらびやかさが押えられ、スケールの大きさと音のふくよかさがにじみ出てきた。ヴォーカルではより生々しい自然らしさが感じられる。ただシンバルがやや薄く線が細い響きとなったように思われるのは私の耳だけか。
 カートリッジでもっとも注目すべき点はトレース能力にある。テーパード・カンチレバーを世界に先駆けて、ステレオ製品の初めから採用してきたエンパイアのカートリッジの最高級にふさわしく、なんと0・5gの針圧が常用できる世界でもまれな製品がこの1000ZE/Xなのだ。

パイオニア CS-E400

岩崎千明

電波科学 6月号(1971年5月発行)
「実戦的パーツレビュー」より

 単に業界の重鎮というだけでなく、スピーカメーカーとして世界に君臨し、その強力な地位から、我が国ハイファイの育成に牽引車的な役割を絶えず果してきた専門メーカー、パイオニアが、最近、一連の新シリーズのスピーカシステムを発表した。
 これらは、4チャンネル用ともいうべき音の拡散度の点で優れた、中・高音用が使われており、指向性に対して新技術をもって望んだ、注目すべき新シリーズなのだ。
 これら新シリーズに使われている中音ユニット・高音ユニットは、コーン形でもなければホーン形でもない。ダイアフラム形のユニットだ。
 ダイアフラム形は、ちょうどホーンスピーカのユニットをそのまま直接放射形としたともいえるものだ。
 ドーム形の振動板は小さく軽い。したがって、エネルギー放射の点ではホーン形はおろか、コーン形よりもかなり落ちる。今までにもダイアフラム形ユニットを用いた国産品CS10は、もう5年前の製品だ。
 ダイアフラム形は、だから決して新らしいものでもない。AR社のAR3に初めてダイアフラム形を用いたのは60年頃から、なんと10年も昔からだ。
 しかし、ダイアフラム形は、いかんせん放射エネルギーが大きく取り出せない。おとなしい音、品のよい音というのが、このダイアフラム形を中・高音のユニットとしたシステムの一般的評価なのであった。パイオニアのかつての製品CS10にしてもそうであった。しかし、今度の一連のニューシリーズは、この点が大に改められているというより、あきらかに新らしい技術を感じさせる。
 私は、AR3に初めてせっした61年暮れ、ダイアフラム形ドームラジエターの音を耳にした最初のチャンスだったが、そのときから、ドームラジエターは好きになれなかった。ちょうどスピーカを無響室の中で鳴らしたときのような「味気なさ、たよりなさ」が、「品のよい素直な音」という一般的な評価を受け入れることを拒絶したのだった。
 おそらく、正面のf特はフラットでも真正面以外の放射エネルギーが、ある帯域で、不十分なのではないかというように強く感じ、その時にもAR製システムの中からコーン形中高音を用いた2ウェイの「AR2」を初めて自分自身のステレオ用としてリスニングルームに運び入れたほどだった。
 しかし、ずっと後になって、私のこの判断は、ある点で当っていたし、ある点で外れていたことを知った。
 ダイアフラム形スピーカの指向特性は優れていた。したがって、私の判断「ある帯域で音響エネルギーが小さい」というのは、実はウーハの高音域に相当する400Hz〜 1kHzあたりの中音域だったようである。そして、さらに低音ユニットの強力なエネルギーは、やはり中高音域ユニットのそれを全体に上まわっており、それがARの音を創っていたのである。ステレオになって、モノーラルの時よりもはるかに指向特性が重要なファクターになったと同様に、4チャンネルになれば当然、ステレオ指向特性を要求される。
 もうびとつ、2次的な問題だが、リアスビーカとして設置場所の制限やその使用法の上でも、できるだけ小形化されることが好ましい。
 しかし、小形化といってもフロント用としての従来のステレオ用スピーカと、性能的には、いささかも劣ることは許されるものではない。
 4チャンネル用として、フロント、リアの各スピーカは、4つとも、まったく同一のものが好ましいのは、ステレオと同様である。
 パイオニアの新シリーズにおいてはARにさえみられた周波数バランスの点で、改善が著しく中音の充実という点では、傑作AR4に匹敵し、しかもドームラジエター独特の超高域に到るまでの指向性はバツ群だ。
 新シリーズの中では、特に600が中低域の充実しぶりが感じられ、400においては、まさにAR4axをほうふつさせる音色と、品の良い音の確かさが感じられる。ただ、難といえば、やはり、もう一度低音の充実感が欲し
った。
 しかし、このCS−E400は価格の点では音の類似したAR4の半分であるという点、まさに4チャンネル時代ために生まれたスピーカシステムとうことができるだろう。おそらくコンポーネントを買い集め、さらにパーツを買い足して4チャンネル化するマニアのふところは、決して重くはないからである。

実戦的パーツレビューより

フィリップス GP412

岩崎千明

スイングジャーナル 5月号(1971年4月発行)
「SJ推選ベスト・バイ・ステレオ」より

 冒頭から少々きざったらしい言い方をするが、私はこのフィリップスの新型カートリッジを紹介できることをおおいに誇りにしている。このカートリッジの優秀性をわずかな紙面でどうやって紹介できるか少なからず心配しながらも筆をとっている。
 フィリッブスというメーカーはいうまでもなく、カセット・テレコでよく知られており、4チャンネル時代を迎える今日、その実用的なソースとしての未来性がますます注目されている。
 しかし、メーカーとしての真のフィリップスの姿は、あまりに大きすぎてどう説明していいのかわからない。
 戦前は、米国RCAと並んで全世界の市場を2分するほどの、エレクトロニクスと家電の大御所だった。ヨーロッパに君臨するこの大メーカーの規模は、戦後おとろえたとはいえ、米国フォーチューン誌において10位以内に入る世界のトッブ企業なのである。ちなみに日本の最大メーカーは新日鉄で、ほぼこれに匹敵する。
 西洋音楽が芽生え、根を下し、今日の繁栄の地となったヨーロッパ大陸に地盤をおいたフィリップスの、音楽再生に対する技術は一般にはまだあまり知られてはいない。
 しかし、カセット・テレコの例を持ち出すまでもなく、その分野において常に最高であり容易に他の追随を許すことはないほどに質的に高い。その上おどろくことに、その高水準の技術の所産がマニア用としてではなく一般用を目的の商品としてでも大成功をとげている事実はあまり例がない。見せかけでなく真に音楽に根ざした技術的所産というべきだろう。
 現在、市販のステレオ・カセットは国産品20機種以上にも上るが、その高級品とほぼ同価格のフィリップス製が「通」の間ではやはり人気ベストワンであることを知っておられるだろうか。外国製は割高というハンディをせおっているこの普及型カセットにおいてすらこの有様なのだ。
 SJ誌試聴室において、偶然のことから眼にとまったごく目立たないカートリッジに PHILIPS という字をみて、私はトリオレーベルの本田竹彦トリオの音溝に針を落した。まったく期待のない時だっただけに、音の出た瞬間、痛烈なカウンターを喰ったようなショックを私は受けた。このピアノの音は、かつてオルトフォンに初めて接したときのように実に豊かで堂々としていた。しかも、録音本来の最大特長であるアタックの切れ込みの良さはほんのわずかも損なうことなく強烈だった。まさに、フル・コンサート・ピアノのスケールに、そのままというか、目の前2mぐらいで演奏しているエネルギーが室内に満ちた。このアルバムにおさめられているピアノやドラムの激しいアタックはカートリッジのビりつきを露呈するのだが、ここでは実に安定し、フォルテの時にも微動だにせずトレースをやってのけたである。念のためビル・エヴァンスのアローンをかけた。
 ヴァーヴ盤は、ギター・ソロがびりつきやすく、これがカートリッジのトレース特性のチェックにもってこいであるし、国産でこれを無難にやりとげるのはわずかしかない難物である。すでにどうにもならぬほど傷んだ個所を除き実に安定にトレースしたのだった。かくも「安定に」この難物をトレースしたカートリッジはシュアーV15II、エンパイア999を除いてはない。安定なのは音だけではなくトレース能力自体であることも明記しておこう。
 ソフトなタッチでしかも強烈なアタックを刻明にうきぼりするこのフィーリングは、ごく最近手にした、ライカのレンズに対して感じたものとまったく同一のものである。そこには単に技術だけではどうにもとらえきれない「何か」がはっきりと存在しているのだ。
 マニア用として、全く別系統のセクションで作られ、販売されるというこのカートリッジに、私は伝統を思い知らされ、羨望を感じたのである。

オンキョー HM-300A MKII

岩崎千明

電波科学 5月号(1971年4月発行)
「実戦的パーツレビュー」より

 オンキョーのHM500中音ホーンスピーカを取り上げて、推薦したことがあった。当時、発売間もなくだったこの中音ユニットは、その優秀性がひろく世に認められ、順調な売行きを見せた。
 わたくし個人も、このHM500の優れた中高音のお世話になったこともある。というのはわたくしごとで、少々申訳けないのだが、束京の中野で、ジャズ・ファンの溜り場みたいな喫茶店をやっている。この店で常用していた装置はJBLのアンプとスピーカシステムで、そのシステムD130(38センチ)とLE85(中高音用ホーン形)の組合わせをC40ハークネス形バックロードホーンに入れて使っていた。
 あまりパワーを入れ過ぎたためか片側の中高音用のこのユニットがびりつき出し、中をあけるとダイアフラムのエッジがバラバラになってちらばっていた。断線でなく、ダイアフラムのオーバースイングが原因のようだった。そこで急場しのぎに手持ちの国産中高音ホーン形をもってきて、音を出してみたのだった。
 LE85特有のアタックと、ひずみの少ない高品質の再生に、もっとも近かかったのがこのオンキョーHM500であった。これは、はからずも多くの人の耳で確められる試聴とその結果を得た。
 つまり、横においたユニットなしのLE85用ホーンHL91が鳴っているのであると多くの人に思われたのである。そのとき鳴っていた中高音用は、むろん、JBLではなくて、オンキョーHM500であったのだ。さて、話の本筋に入ろう。
 HM500に発揮したホーンスピーカの技術が新らしく、中音ホーンスピーカHM300を作り上げた。
 これを広告で知ったときから、その再生能力を自分の耳で一度確めたいと強く希ったが、たまたまオンキョーの秋葉原ショールームにおけるコンサートに引張り出されたチャンスに、この音に接した。
 そして、わたくしはこのすばらしい音が眼前の「国産品」から出ていることに驚嘆した。
 ひとことでいうなら、この中音ホーンスピーカの音は、まさにアルテックのそれだ。もう少し厳密にいうと、アルテックの華やかさを除き、そっけないぐらい素適な音である。
 今まで、どんな賛辞と共に聴かされた国産中音用ホーンでも、音を出して一瞬のうちに、それがまぎれもなく国産スピーカの音であることを知らされ、次になげかざるを得なかった。
 しかし、ホーンスピーカを中心とし、大きなエネルギー輻射を目的としているスピーカとしては、国産品というからを破って、外国一流品と太刀打ちできる製品は、市販品では絶無である。
 一度、外国製中音ホーンの優秀製品に出会えば誰でも認めざるを得ない事実であろう。口惜しいが、それが現状だ。いや現状であった。といいなおそう。今やわたくしの限前に、HM300が、高らかに鳴り響いているのではないか!
 HM300の良さ、それはずばぬけた高能率、再生帯域のひろさなどではない。もちろんそういう点でも、外国製の、さらにはっきりいえばアルテックの511B+802Dにいささかも劣るものではない。それはどに申し分ない高能率とワイドレンジであることは確かである。
 わたくしにとっては、「中音」の「質」そのものこそ重要である。これを形作るものは広帯域のピークのないf持と共に、過渡特性の優秀なことこそポイントであると考えている。
 ホーン形スピーカは過渡特性がいい、という定説は広く知られているが逆に、それ故にピークを帯域内に生じやすく、それが再生の質を大いに落してしまうことも現実の製品として少なくないのが事実だ。
 ハイパワーと高能率。フラットなf特と優れた過渡特性という相反するポイントが見事に結実してこそ優れたホーンスピーカが出来上るのである。中音域では、これが極端にむずかしいのが、国産ホーンに優秀製品が皆無であった理由であろう。
 HM500にみせたホーン形の技術、とくに注目すべき、リア・ダイアフラム形の採用によるエッジ部の共鳴の除去が強力形中音用HM300の完成をもたらしたのであろう。
 中音域が音楽再生においていかに重要かということをくどくど説明する紙面もないが、アルテック製品をもしのぐ国産中音ホーン形スピーカの誕生に、双手をあげて賞賛と推薦のことばをはなむけにしたい。
 なお、ひとこと付加えるならば、その55、000円という価格はオーディオマニアによってかなりの負担には違いなく、同級輸入品とほぼ同レベルにある。
 しかし、この級の中音ホーンを自分の装置に加えるほどのマニアだったら、また海外製品に匹敵し、あるいはこれをしのぐ性能を知れば、その投資に対し、十分な価値を認めるであろう。

エレクトロボイス Aries

岩崎千明

スイングジャーナル 4月号(1971年3月発行)
「今月の新製品」より

 一見、アンティーク調の、暗い本箱を思わせるアーリー・アメリカンの家具デザインで、変形ブックシェルフ・タイプのスピーカーである。兄貴分のパトリシアンから受け継がれた重厚にして号かなサウンドで、節度ある深々とした低音と、ゆったりとした品のいい中音が、やはりエレクトロボイスでなければ得られないサウンドである。発売されたばかりの新型だが、何か伝統を印象付けられるのは決してデザインのためだけではあるまい。中味は30cmウーファーとドーム型の中音、高音という3Wayだが、このユニットはそれぞれ発売されていないというところにこのシステムに大きな魅力をプラスする。
 いままでのスピーカーが決ったように4面仕上げのデザインであったが、室内のアクセサリーに、クラシック調の民芸品的家具がこのところ復活している。アメリカでは、超豪華型システムはこうしたクラシック調のデザインのものが多かった。例えばアルテックのスパニッシュ調、JBLのフランス・プロビネーション調、ボザークとエレクトロボイスのアーリー・アメリカン調という個性を出していたが、中級に出て来たのがこのエアリーズである。サウンド、たたずまいとも魅力いっぱいのスピーカーである。

テクニクス SU-3600

岩崎千明

スイングジャーナル 4月号(1971年3月発行)
「SJ選定新製品試聴記」より

 ナショナルというブランドは、あまりにも電気製品と強く結びついて普及しすぎた。
 その点がナショナルのハイ・ファイ進出をきまたげた。さまたげただけではない、ブランド・イメージをこの業界にあって、なくてはならない「高級」から遠ざけた。
 10年前に、8PW1、という名作スピーカーを生み、ステレオ・カートリッジの優秀品を生んだ、ステレオ・メーカーの姿勢は、おそらく永く変ることがなかったのに違いないのに、家電メーカーとして、あまりに大きく成長し、その名を世界に知られすぎたため、ハイ・ファイからその姿がうすらいだかのように見えた。
 しかし、最近のナショナルは違うと断言してよい。
 オーディオ・フェアやショーにおけるその力の入れよう、意欲のすざまじきは、多くの人が感じとっているだろう。OCLアンプの先駆として市場に華々しくデビューしたテクニクス 50Aが、その力と姿勢を、さらに意欲とを如実に示している。
 そして、今度のSU3600である。このアンプと接したのは、昨年の秋の東京オーディオ・フェアを先きがけること数週間前であった。そのプロトタイプは、パネルに厚い底のカバーをつけ、つまみも既製の小さなプラスチックの物というデザイン的には未完成品であった。しかし、このフク面アンプに火を入れ、コルトレーンの「インプレッション」に針を落した時、私は「してやったりさすが……!」と心の中でさけんだ。私の手元には、すでに市販のS社のOCLアンプやT社の高級アンプをはじめ、最近愛用することの多いSA660があったがそれらと較べてこの音質はひけをとならいどころか素晴しい迫力と解像力とを、品のよいナショナル特有のソフト・トーンの中に融合させていた。
 その時から私は、このアンプSU3600がリスニング・ルームの一角に陣取ることができるようになったのであった。
 私はこのアンプの一番気にいった点は、ほかでもない低音のうねるような迫力であった。コルトレーンのテナーは、50Aで聴いた記憶よりもずっと力強く感じられた。しかも、ギャリソンの太く鋭い響きのベースの迫力が、コルトレーンのテナーを一層力強くバック・アップしたし、ロイ・ヘインズのシャープなドラミング、小刻みのハイ・ハットはまるで怒濤のように私を包んで鬼気をはくすき間すら与えなかった。
 テクニクス 50Aの音を愛するファンにとっては、あるいは、高音域のするどい切込みに応ずるアタックの良さをきつすぎると批判するかも知れない。しかし、シンバルの音というのは、この鋭どさなくては再現でき得ないだろうし、M・タイナーのハイノートの早いパッセージは、こうまで生々しくならないに違いない。
 試みに「エラ・イン・ベルリン」に盤を移そう。エラの太く、豊かなヴォリームは、実にスムームに、前に出てピタリと定位する。いわずもがな、ナショナルのハイ・ファイ製品で、もっとも得意な再生は、ヴォーカルであり、歪の少なきをつきつめたハイ・ファイに対する姿勢は、ここに非の一点もなく結実している。さらに付け加えたいバックの大型スケールのアンサンブルこそ、最低音域までひずみの少ない大パワーを秘めている証拠であろう。
 このアンプの諸特性は、この音出しのときは知らされてはいなかったが、このクラスでは大幅に上まわるハイ・パワーであるに遠いない、ということはベースのタッチを聴いただけで十分了解し得た。それは私がテクニクス 50Aで少し物たりなかった点である。
 そして最後に、このアンプは、7万円台というテクニクス 50Aの40%ほど安くなるだろうと知らされたのであった。オーディオ・フェアを待つまでもなく専門誌上においてSU3600の優雅にして魅力たっぶりのパネルをみた。さらにフェア直前の発表会で実物の量産アンプに模した。アンプの性能、サウンドをそのままに表している品のよい堂々たるパネル・デザインであった。
 私は昔、ハーマン・カードンの真空管アンプ、プリ5型、パワー4型を毎日のようにながめ用いたが、それと似た感じでありながら、はるかに高級イメージを与えていた。それはナショナルならではの商品企画の優秀さをそのまま表わしていることを強く感じさせた。トランジスター・アンプという名からくるサウンド・イメージをぶちやぶった、ナショナルの若い世代、ジャズ・ファンに挑むすばらしいアンプが市場に送りだされたことは拍手とともに推賞の辞を惜しむものではない。

オルトフォン M15

岩崎千明

スイングジャーナル 4月号(1971年3月発行)
「SJ選定 ベスト・バイ・ステレオ」より

「ソニー」という固有名詞が、トランジスター・ラジオの意味で、普通名詞として通用する後進国があるという。その国の人達にとっては、トランジスター・ラジオはソニー製品以外にはあり得ないのであろう。しかしラジオ同様小型のトランジスター・テレビを眼前にする日になったとき、はじめてソニーが普通名詞から本来の固有名詞に戻ることであろう。
 これとほぼ同じ状況が、日本の高級オーディオ・マニアの間にあったのは、つい3〜4年前までであった。
「オルトフォン」という名は、ステレオ・カートリッジやアームのメーカーとしてではなくて、高品質のムービング・コイル型カートリッジの代名詞として通用されていたのである。シュアV15がムービングマグネット型ながら優れた動作と再生能力を示すことが高く知られるようになるまでは、オルトフォンは、ステレオ・カートリッジの最高級品の代名詞ですらあった。そして、その日は、ステレオレコードがこの世に現われてから10年近い長い期間、ずっと続いていたのは進歩のピッチの速い、製品のサイクルの速いこの分野にあって、まさに奇蹟にも近い業であったといってよい。
 ムービングコイル型の、高品質カートリッジの代表的な製品名であるこのオルトフォンがひそかにいわれていた噂を裏書するかのように、ムービング・マグネット型カートリッジを市場に送ったのは、もう1年近く前である。
 実際に私達の前に製品が現われてその音に接するまでは、不安と期待とが、それぞれ強く混ぜ合っていた。MC型でないというのがいかなる理由なのか、またMC型で発揮した腕前はこの新素材を果してどこまで生かすか。
 すでにその発表時期には、シュアV15型がステレオ・カートリッジの最高級品として全世界の、もちろん日本のハイファイ・ステレオ・マニアの間において、かなり大きなウェイトで、その座を確保したあとであるだけに、オルトフォンの新らしいムービング・マグネット型は注目されている以上に、深い興味の対象となっていた。かつて米国コンシューマー・レポート誌を始め、多くの専門誌の紙面において、首位争いに伯仲していたオルトフォンMC型/シュアMM型の対決以上に興味と話題をさらって登場したのが、このオルトフォンであった。
 しかし、不安と心配はまったくとりこし苦労に過ぎなかった。
 M15は、実にみごとな再生能力と、トレース能力とを合わせ持っていた。そのサウンドは一聴してだれしも認める通り、シュアと共通した音の細やかなディテールをくっきりと鮮やかにクローズアップする分解能力を示しながら、しかもその全体のサウンドイメージは、正にオルトフォンのそれであり、ずっしりした腰の強い低音の厚みが、サウンド全体の芯として構成されているかのようである。MC型より受けつがれた音の安定したパターンはオルトフォンのサウンド・ポリシーに他ならないといえよう。
 トレース能力がカートリッジの良さを如実に示すことはシュアが高品質MM型カートリッジを説明するごとに取り上げ、トラッカビリティの重要性を強調していることであるが、オルトフォンM15のトレース能力の安定性は、まさに比類ない安定さのひとことに尽きる。
 他のカートリッジのよくトレースし得ない音溝に対してさえ、オルトフォンM15は、MC型同様に安定した再生と合せて不安気なしにトレースしてしまうのである。
 M15はシュアV15と並びステレオ・カートリッジの最高峰として再び王座を確保し普及するに違いないだろう。

テクニクス SB-600

岩崎千明

電波科学 4月号(1971年3月発行)
「実戦的パーツレビュー」より

 マルチセルラーホーンという本格的な中音ユニットを備えたこのシステムは、おおいに私のマニア根性を刺激した。
 黒々と品のよいつや消しの中音ホーンの開口をのぞいていると、このホーンからジョン・コルトレーンのアルトはどんな迫力で聞けるかな、エラの太いボーカルは、どれほど生々しく再生できるかなと魅惑に駆られた。
 MPS録音のピーターソンのピアノのタッチは、大きなスケールで聞けるに違いないと期待が持てた。
 幸運にも、このシステムが、わがリスニングルームのJBL C40-001ハークネスの隣に陣どることができたのは、それから数週間。
 期待に胸をはずませて、という点は初歩マニアと少しも変わるところではない。はやる心をおさえつつJBL520プリ+SA660のパワー部というわが家のリスニングアンプにつなぎ、さらにちょうど手もとにあったテクニクスSU3600と切替えられるように接続した。
 カートリッジは使いなれたADC10Eおよぴ、シェアV15/IIをSME3009に取付け、ちょうど手もとにきたピーターソンの最新アルバムMPSの「ハロー・ハーピー」をトーレンスにセットして、静かに針を下したのである。
 わたくしがこのスピーカに期待したのには、大きな理由がある。それは、ナショナルのスピーカは、伝統的に中音が美しい。美しいということばはやや誤解を招くので「中音が良い」といいなおしてもよかろう。しかし、良いというより美しいという感じの良さだ。16年以前に愛用していた8PW1の昔からベストセラーの新記録を創ったミニ級テクニクス1。
 さらに、いま眼前のSB600の隣りに並べてあるダイアフラム形中音用という画期的SB500。
 わたくしの耳にとって、これらの美しい中音は、ひずみの少なさ、ふくよかな肌ざわり、品の良いしっとりしたタッチなど申し分ない。
 このわたくしの期待に、まるで応えるかのような中音ホーン。それもマルチルセラーという指向性に対してまで十分考慮し、ステレオ用としての完全な形の小形ブックシェルフ形シス子ムとして、テクニクスのブランドで完成されたのがSB600なのである。これが期待せずにいられるだろうか。
 ボリウムを上げる。さすが、である。このピアノのタッチの中音の豊かさと、スケールの大きさ。おそらくピーターソン自身がもっとも望んでいた美しく迫力あるタッチが、ピアノの大きさをそのままに堂々と再現される。
 とくにこの中音の豊かさは、おそらく30cmの大形ウーファにあるに違いない。単に低音が出るというだけではなく、中音全体の基としての低音。
 当たりまえといえば当たり前だが、低音用の豊かで品位の高い中音特性が中音の良さを支えているように思われる。
 わたくしが、従来、ナショナルの最近のシステム全般に対して感じていた不満である品がよいけれど楽器の迫力が物足りないという感じは、このSB600では格段によくなっている。グリッサンドのピアノのアタックで、その迫力がはっきりと認められるし、ピーターソンの左手のタッチの力が生々しいところにも認められる。
 しかし、このSB600のもっとも優れた点は、弦の再生に発揮されるようだ。
 ハロー・ハーピーにおいてハーブ・エリスのギターのタッチがそれだ。このギターの名手の指の動きまでが間近かに迫るプレゼンスの良さ。弦特有の音の暖か味ある余韻は中音に定評あるアルテックのシステムに優るとも劣らないだろう。迫力あるサウンドのスピーカは音がどぎついとよくいわれるが、このSB600においてはその両者が美事に融合しているのだ。
 試みにクラシックの中からストリングクァルテットのデッカ盤に針を落すとヴィオラやヴァイオリンのなんと澄んで品のよい暖か昧のある音か。
 クラシックファンをも納得させずにはおくまい。

エレクトロボイス Patrician 800

岩崎千明

スイングジャーナル 3月号(1971年2月発行)
「世界の名器を探る supreme equipment」より

 米国ハイファイ市場において、「最高級スピーカー・システム」とその名を歴史に残すシステムは数少なくはない、JBLのハーツフィールド、ユニットに6吋半ローサを用いたブロシナーのトランスィエンデント、アルテック820C、ジェンセン・インペリアル、その他にも変ったところでは、ハートレーやボザーク、今はなくなったスティーブンスなどの米国製スピーカーの数ある中で、もっともオーソドックスな見地からその一つを選ぶならば、それはエレクトロボイス社の「パトリシアン」だ。
 それを裏づけるかのように、駐日米国大使館のホールにも、また極東放送網FENのメインスタジオにも設置されているのは「パトリシアン」だけだ。FEN放送局の数多くのモニター・スピーカーはその大半が、同じエレクトロボイスの「ジョージアン」てあったことも付け加えておこう。
 たとえていうならば、英国を代表するスピーカー・メーカーとして、今一つ挙げるならばワーフワーディルであろうし、日本ならばパイオニアの名が誰をも納得させよう。米国でもっとも伝統的なスピーカー・メーカーはJBLやアルテックなど日本のマニアにおなじみの名ではなく、戦前ならジェンセンであるし、今はこのエレクトロボイスなのである。
 この専門メーカー、エレクトロボイスが最高級品として戦後のハイファイ隆盛期に創り上げたのがこの「パトリシアン800」なのである。
 今日の形になるまでに、「パトリシアン」は何回かのマイナー・チェンジを経て来ている。その最大のものは、クリプシュ特許のあの折返しホーンを止めて、超大型76cmウーファーを採用した時だろう。この改造は、それまでのIVから800と型式名を変えただけでなく「パトリシアンIV」とははっきりした構造上の変化を伴ったものである。さらにスピーカー・メーカーとしてのエレクトロボイスらしい特徴を強く打ち出しているのが注目され、その王者としての風格が外観上のクラシカルな貫録に満ちた風貌と共に、内容的にも30インチ(76cm)ウーファーによってもたらされるのであった。
「パトリシアン」のサウンドは、その規模においてハイファイ・メーカー中トップと言われている大メーカーとしてのエレクトロボイスの名誉とプライドをかけたものである。そのサウンドは、ほんのわずかなすきも見せない堂々としたサウンドで、しかも落ち着いた風貌と迫力とは米国のマニアだけでなく、世界のマニアが最高級スピーカーとして認めるに足るものに違いない。
 日本の市場に入ってからすでに1年以上もたつが、現在その真価が広く認められているとは言いがたくも、その実力は必ずや万人を納得させ、エレクトロボイスのファンが多くなる日も間近いことであろう。

パイオニア SA-100

岩崎千明

スイングジャーナル 3月号(1971年2月発行)
「SJ選定《新製品》試聴記」より

 パイオニアがついに、新シリーズのアンプを出した。待ちこがれた買手の要望と、メーカー側の満々たる自信とを重ね担っての新製品である。
 この新シリーズ・アンプは、パイオニア以外のメーカーにとっても、この上なく気になり存在を意識させられるに違いない。そういう点から言ってもこのアンプは最近になく話題の焦点であろう。というのも外でもない。最近アンプは、新製品といえば「全段直結方式」という画期的な新回路技術が全面的に採用されて、今までのアンプに比べてはっきりと性能向上がデータの上にも表われ、また、音の上でも素直な素質の良い音に、歪の少なさが確然と感じられるからである。これからのトランジスターアンプは、今や「全段直結方式」というのがこの道の通の常識にさえなりつつある。それを裏づけるかのように、このところ続いて発表される各メーカーの、この種の新型アンプは非常な好評で迎えられ新しいアンプの時代を築きつつあるといっても過言ではない。名門ソニーに続きティアック、ナショナル、オンキョーという意欲的なメーカーに一歩遅れをとって、トランジスターアンプの専門メーカー、トリオ、さらにサンスイとこの流れに乗っている中で、ひとりパイオニアは沈黙を守り続けた。
 しかし、時代は熟したり満を持して放ったのが、この新シリーズ・アンプなのである。その製品に接してさすがにパイオニアと改めて息をつかせたのがこのSA100であり、新シリーズ、ニューUAシリーズのアンプであった。
 まず音だ。パイオニアのアンプに私が常々感じているのは、いかにも大人向きの品のよいサウンドだ。これはステレオというよりも、ハイファイ界において、まさにその名通りの先駆者としてのキャリアと貫録とが、生み出し到達したサウンドであろう。歪の少なさにプラスして、誰にも受け入れられるに違いない音であるが、しかし、なにか音の魅力という点で、もう少し欲しい何者かがある。その点では今から10年以前のパイオニアのスピーカーの方により以上の魅力を感じるのであった。そのサウンドが今度のアンプにはある魅力ある生々しい迫力を今度のアンプに感じることが出来るのである。
 それは、おそらく新回路方式によってより広い帯域に対して、完全に設計意図通りのデータが保たれたことがやはりこの新アンプのニューサウンドの底流にあるに違いない。
 さらに注目すべきは、直結アンプ特有のスピーカー保護回路にある。直結アンプはその回路の性質上、わずかのクリックもスピーカーに直接加わるため、スピーカーという高価なパーツを破損してしまうチャンスが今までよりずっと多いのである。
 パイオニアでは、発売を延してまてこの点こそ充分に時間をかけて万全を期すべく技術を傾けたという。スイッチ・オンの後、回路が完全に動作状態になるまでスピーカーは接続されず、、8秒後にスピーカーが動作するように特別のバランスが太検出回路がプロテクターを形成する主役となっているという。
 スピーカー側の最大入力などの異常動作の場合も、瞬間的に保護回路が動作し、動作が正常になれば、つまり正常使用状態なら瞬間的に動作復帰する自動瞬間復帰方式だ。まさにスピーカー専門メーカーとしてのキャリアがアンプに生きているといえる。ブラックシルバーのいぶし仕上げのヘアーラインという新鮮で、豪華なパネルデザイン。つまみの配置もマニアライクな優れたものだ。
 新シリーズのチューナーTX100、アイディアに満ちたステレオ・ディスプレイSD100とともに、当分の間ファンの話題となる新シリーズだろう。

Lo-D HS-1400W

岩崎千明

スイングジャーナル 3月号(1971年2月発行)
「SJ推選ベスト・バイ・ステレオ」より

 HS1400Wをベストバイとしてここで述べる前に私は少々触れたいことがある。少なくともベスト・バイというなら多くのファンが良いということを認めて来た実績がなければならないからだ。
 冒頭からなぜこのようなことに触れたのか、ベスト・バイという言葉と日立のスピーカーを考えると、あまりにも強烈な印象でHS500が浮び上がってくるからであろう。これは当然のことだと思われる。日立のスピーカーを語る時には、このHS500の存在を忘れるわけにはいかないからである。
 HS500の音は、初めて接した2年半前の暑い夏の昼さがりの蝉の声と共にはっきりと思い出す。AR3と並んだ箱からAR3よりも、もっとすなおな、品位の高い低温がずっしりと深く息づくように出たとき、国産スピーカーということを忘れ、スタート台に立ったばかりの、日立という音響メーカーの底力をまざまざと見せつけられた思いであった。
 このスピーカー・システムは、たった20cmのウーファーが低音を受け持っているが、それはギャザード・エッジという世界初めての新しい技術と途方もないくらい大きなマグネットからなり立っている点で特筆でき、今日でも、その正攻法的なスピーカー設計意図は製品の高品質とともに高く評価できる。
 日立のハイファイに対する姿勢であるローディー、つまり低歪率再生と掲げられた文句はこの時に確立し、その圧倒的な低音の質の良さはこのHS500で確立したといってよい。
 その日立が、今度は高能率の重低音再生に向ったのがHS1400Wである。このHS1400Wはハイファイ界の永久の夢でもある重低音再生という点に技術が新しい方向を創造し、道を切り拓かれたといえる。それはまさに技術であり、独創的に溢れた企画商品だ。
 非常に簡単な計算をしよう。
 40Hzの低音を、1000Hzと同じエネルギーだけ取り出すためには、振動が25分の1ならスピーカー・コーン紙の振動振幅は25倍必要となる。1000Hzで1mm動くとすれば10Hzでは2・5cmも可動振幅範囲を要求される。むろ、こんなに動くスピーカーはない。だから低い音ほど出し難い。
 この出し難いエネルギーを取り出すにはどうすべきか、という点を、今までの音響システムから一切はなれた点からスタートして、HS1400Wは生れ出たのであった。この低音メカニズムを一言でいえば重低音共鳴箱である。
 共鳴箱である以上、どんなパルスが入っても共鳴箱は共鳴しやすい。また共鳴が始まると、共鳴して止まるまでがおそい。その点が、ハイファイ再生という立場からは根本的にずれている、ということを指摘することは難しくない。
 だが実際に重低音を出す楽器は、やはり低音共鳴体に伴っているものだ。ベース、ドラムにしてもそうだし、オルガンやティンパニーならなおさらである。そこで共鳴箱を再生用として使うことはなんら差し支えないということもいい得るのである。
 非常にユニークな共鳴箱型スピーカー・システムは、そのプロフィールも今でになく新鮮だ。そして何よりも嬉しいのは、たった3~4万のスピーカー・システムでありながら、20万、30万のスピーカーシステムに少しもひけをとらならい重低音を楽々と再生する点だ。
 ユニークな独創的システムにふさわしいユニークなデザインをあしらうことにより、ユニークなオーディオ・ファンのリスニング・ルームにおけるユニークな存在となるだろう。

デュアル 1219

岩崎千明

スイングジャーナル 2月号(1971年1月発行)
「supreme equipment 世界の名器を探る」より

 コンポーネント・ステレオが、セパレートに代って高級ステレオの代名詞となってきつつあるこの頃、レコード・プレイヤーの地位がますます高まっている。「音の入口には、できるだけ高級品を選ぶ」というのが、コンポーネント・ステレオのひとつの条件とさえなっているのはご存知の通り。
 音の品位を入口において損こなってはいくらよいアンプでも、スピーカーでも音を良くすることはできないし、レコードの寿命という点についてもレコード・プレイヤーの良否が決定してしまう。そこで高級レコード・プレイヤーとしてはオートチェンジャーは永い間敬遠されてきた。
 しかし、このデュアルの高品質チェンジャーが、この迷信をくつがえした。
 ステレオの台頭とともに軽針圧カートリッジが出現して以来、その2グラム前後という軽い針圧では、英国製のチェンジャーはどうも満足な動作を必らずしも完了してはくれず、チェンジャーに対する信頼が極端に低くなってしまったのである。そのため米国オーディオ界ではステレオの興隆とともにAR社のプレイヤーがそれまで普及していたオートチェンジャーにとって代って普及しつつあった。
 この米国内のプレイヤーの異変ともいえるチェンジャーの没落を一気に盛り返し、再びオートチェンジャーの主導権をヨーロッパにもたらしたのがこの西独デュアルの前製品1019であり、1012であった。このデュアルの傑作、1219は、70年代になってさらにメカ部を一歩前進させて、アンチスケーティング機構(インサイド・フォース・キャンセラー)と、連続演奏時にも針先とレコード面の角度ヴァーチカル・アングルが正しくセットされるようモード・セレクターがついて一枚演奏と連続演奏を切換えるように工夫された。また外観上も、アームはさらに細くいかにも軽針圧用としてデサインされ、アーム支持部もジャイロが大型になってより精度を高めたことも特筆できる。
 このデュアルのチェンジャーの最大のメリットは、針圧がスプリングによるいわゆるダイナミック・バランス型といわれている機構である点である。量産上バラツキの点で軽針圧ではむづかしいといわれるダイナミック・バランス式はオルトフォンの大型アームなどプロ用に僅か使われているにすぎないメカニカルであり、これはそったり偏心したレコードの軽針圧トレースが完全にできる利点がある。また一見なんの変哲もないこのアームは、あらゆる点でプロ用アーム並みの高性能機構と性能をそなえている点が注目すべきだ。
 ターンテーブルも3・1kgというヘヴィーウエイトのもので、完全ダイナミック・バランス調整されている高級品だ。
 このデュアルのプレイヤーに代表される小型ながらメカニカルで充実した内容のズッシリと重い機構は、大型でぎょうぎょうしいプレイヤーにみなれた眼からはなにか物足りないくらいだがいかにもドイツ製品にふさわしい。このデザインの原型はプロ用ノイマンのプレイヤーにオリジナルがみられることを付言しておこう。