Category Archives: アンプ関係 - Page 9

クレル KMA160

菅野沖彦

ステレオサウンド 94号(1990年3月発行)
特集・「いまこれだけは聴きたい ’90エキサイティングコンポーネント 最新パワーアンプ18機種の徹底試聴」より

 クレルは最近製品の種類が多いためか、一時(特に創業時から数年)のように、クレルのアンプの音という明確なイメージが感じられなくなった。つまり、いろいろな音がするようになった。全くアイデンティティがないとはいわないが、このアンプの音などは初期のクレルの音とは大きく異なり、かなり力強く華麗である。鋭いアタックが鮮やかで、ピアノの音が硬質になるし、中域にやや独特の響きがのって、効果的な場合と逆効果の場合とがある。繊細緻密で、べたつかず、端正で深々とした音が味わえた昔日のクレルはどこへ行ったのだろうか? ベートーヴェンの「エロイカ」のトゥッティも十分透明とはいえない。しかし、有機的で力のある充実した音で、強い表現力を聴かせる。サン=サーンスの「オラトリオ」では、歌手の発音の小音が強調され気味であり、声の出方に圧迫感がある。もっと軽く出てほしいところ。ヘレン・メリルは力強く濃厚でベースも明解。

ゴールドムンド Mimesis 9

菅野沖彦

ステレオサウンド 94号(1990年3月発行)
特集・「いまこれだけは聴きたい ’90エキサイティングコンポーネント 最新パワーアンプ18機種の徹底試聴」より

「ドゥムキー」のヴァイオリンもチェロも引き締まった音で毅然とした端正な演奏に聴こえる。ピアノも自然で、どちらかというと控えめな鳴り方。緻密な分解能をもち、きちんとした音像の再現だが、決して物理的な裸の音ではなく、美しさを感じさせるアンプだ。「エロイカ」も、オーケストラの複雑な音色の綾を明解に、そしてよくまとまったバランスで聴かせる。よく調和して響くがウェットに濁ったりはしない。あくまで明晰な解像力を失わない。音質はやや硬質だし、線画調の細かさのある音だが、決して冷たくはない。緻密な音、精緻な音といった魅力が特徴で、ウィーン・フィルのしなやかな甘美さにはもうひとつ柔軟性が足りないようだ。ジャズには品位の高い音で、シンバルのこまやかな音色の変化をよく再現するし、ベースも締まっていて明るい。馬力のある音ではないが、決して弱々しい感じはなく、ジャズの強烈な直接音も極端な低能率SPでなければ大丈夫。

メリオワ ControlCenter, Poweramp.

早瀬文雄

ステレオサウンド 94号(1990年3月発行)
「BEST PRODUCTS 話題の新製品を徹底試聴する」より

 カナダのモントリオールに本拠をかまえるミュージアテックス・オーディオ社より、〝マイトナー〟シリーズの姉妹機に相当する〝メリオア〟シリーズが登場した。
 コンパクトで美しい仕上げのウッドケースに納められ、シンプルなブラックフェイスのデザイン、その垢抜けして飄々としたところが好みの分かれるところでもあったマイトナーだが、部屋の空気に自然に溶け込む存在感の軽妙さは、またカナダ版クォードともいえそうな雰囲気があった。
 今回発表されたメリオワ/コントロールセンターは、リモートコントロールユニットですべての機能が操作でき、しかも8系統ある入力をユーザのニーズに応じてメモリー可能な機能を有している点が目新しい。しかも、各入力端子ごとに、ボリュウム、バランスのレベルを個別に設定しメモリーできるという画期的なものだ。
 フォノイコライザーはなく、アナログディスクの再生にさいしては、なんらかのイコライザーアンプが必要であるが、近日中には同シリーズのフォノアンプが発売される模様だ。
 全体の仕上げはマイトナー・シリーズに一歩譲るとはいえ、このシンプルなデザインの良さには変りはない。
 試聴は、同時発売のパワーアンプとの組合せで行なったが、一聴して、相当にすっきりとした響きであり、生真面目さを感じさせるやや寒色的な響きで、音楽に真面目に向かい合うといった気分にさせてくれる響きだ。
 こうしたコンセプトの製品にはリラックスした、テンションのやや緩めの響きが多い中にあって、スケールこそやや小ぶりだがこれは辛口で本格派の音といえる。
 そういった点でも、これはかなりクォードを意識した作りではないかという気がしてくる。
 小編成の室内楽曲などでそのよさが発揮され、指揮者の意図や緑音の意図などをぼかさないのである。たとえば、新しい解釈による最近の古楽器オーケストラがもつ響きの端整さや潔癖さ、清潔感といったものに、しっかりとした音の骨格やオーケストラの構成要素をはっきりと描き出すのだ。プリアンプ、パワーアンプとも回路の詳細は不明だが、オーソドックスに真面目に作られた機械という印象が強い。
 ただ、おしむらくは、リモコンユニットのデザインと作りだ。システム全体の作りにそぐわない玩具っぽさがあって残念だ。
 リモコンで操作することが前提である以上、クォードやB&Oのように、その機能、あるいは手に持った時の質感、重さ、操作性に、えもいわれぬ馴染みのよさをもっている製品が既にあり、ぜひともみならってもらいたいものだと感じた。

FMアコースティックス FM610

菅野沖彦

ステレオサウンド 94号(1990年3月発行)
特集・「いまこれだけは聴きたい ’90エキサイティングコンポーネント 最新パワーアンプ18機種の徹底試聴」より

 美しい音だし明るい音だが、それが単純な味わいではないところにこのアンプ独特の特徴があると思う。魅力的な雰囲気なのだ。このアンプを聴くと、アンプの音への美意識が、こちらの心に目覚めてくるような……何かをもっている「ドゥムキー」の演奏が他のアンプでは味わえない表情を聴かせるのである。艶っぽい弦、ピアノの音の弾力性のある独特の質感、音楽の流れや歌い方が実に滑らかで、やさしさを感じさせる。ベートーヴェンの「エロイカ」でもウィーン・フィルらしい、しなやかな艶っぽい弦楽器群の音色の魅力が、かなり本物と同質の色合いや質感で再生される。まろやかで瑞々しい木管、まばゆいばかりに輝かしく、かつ柔軟繊細な美しさを感じさせる金管の響きなど、多彩な音色の変化も敏感に鳴らし分ける能力を持つ。「オラトリオ」の歌手のなんと自然でリアルな声であることか……。暖かい肉声感がよく出るのだ。ヘレン・メリルはしっとりと美化。

スレッショルド SA/4e

菅野沖彦

ステレオサウンド 94号(1990年3月発行)
特集・「いまこれだけは聴きたい ’90エキサイティングコンポーネント 最新パワーアンプ18機種の徹底試聴」より

 透明でキメの細かいサウンドは、いかにもスレッショルドのアンプらしいが、これには暖かさも加わっている。音の質感が大変魅力で、妙な表現で恐縮だが、コリコリとした独特とした歯ざわり、肌ざわりのようなものが感じられる音だ。「ドゥムキー」のピアノは快感のあるタッチで、美しく、本来優れた美音の持ち主であるピアニスト、メナヘム・プレスラーの特質がよく生かされる。ヴァイオリンの音も艶っぽくはないが、芯のしっかりした輝かしい美音だし、チェロも豊潤。ベートーヴェンの「エロイカ」ではヴァイオリン群のffにやや鋭い響きがのるが、度を超してはいない。ウィーン・フィルの艶のある音色は、やや硬質な輝きとして再生される傾向だ。しかし明るく鮮度の高い音は安定していて、トゥッティにも明晰な透明感を失わない。サン=サーンス「オラトリオ」も極上とまではいわないが、第一級のアンプであることが確認できる鳴りっぷり。ヘレン・メリルもよかった。

FMアコースティックス FM810

菅野沖彦

ステレオサウンド 94号(1990年3月発行)
特集・「いまこれだけは聴きたい ’90エキサイティングコンポーネント 最新パワーアンプ18機種の徹底試聴」より

 同社のFM610より即物的な味わいだが、それだけ忠実が高いともいえるだろう。一言にしていえば、透明で力のある充実した音である。精緻といってよい高音域の解像力、締まって迫力のある低域のドライブ感は、400W強のパワーに支えられた高度な安定感と信頼感をもっている「ドゥムキー」の透徹な響きは美しく、ピアノも輝かしく鋭いタッチが見事に生きるし、ヴァイオリンの芯がしっかりした、きりっとした響きには品位の高さが漂う。それだけに、もう少し脂肪っぽい艶が出れば……とも思うのだが、これはFM610の領域だ。このアンプの特徴は、これだけ解像力の良さと力を持ちながら、妙に明るさ一辺倒にならない点だ。彫琢の深さと陰縁を立体的に聴かせるのである。ウィーン・フィルは少々冷たく硬いが美しい。透明な木管、切れ味のシャープな金管、そして弦は繊細でオーバートーンが明瞭。ヘレン・メリルが少々異質で、極端に知的冷静さになった。

スレッショルド SA/6e

菅野沖彦

ステレオサウンド 94号(1990年3月発行)
特集・「いまこれだけは聴きたい ’90エキサイティングコンポーネント 最新パワーアンプ18機種の徹底試聴」より

「ドゥムキー」の各楽器の音色の鳴らし分けが鋭敏で、アンプの音色が支配的でないことがわかる。粒立ちが精緻で、イシドア・コーエンのヴァイオリンのよく締まった、硬質だが滑らかな音色が美しい。ある種のアンプのように瑞々しい魅力や、味わい深い雰囲気というようなものはないが、かといって物足りない音ではない。中庸というべきなのかもしれない。ウィーン・フィルも同じ傾向で素直に再現するのだが、ウィーン・フィルらしさ……、つまり、あの、しなやかで艶やかな音、上品な華麗さの再現は若干不十分で、どこかに冷たさが感じられた。淡く明るく鳴りすぎる。くすんだ音色、陰影に乏しいのだろう。サン=サーンスの「オラトリオ」でのアルトが明るすぎるというメモがあるが、この辺も共通した特質と思われる。もう少し含みのある陰影が欲しい……というメモが続いてる。しかし、ヘレン・メリルでは艶とハスキーさのバランスもよくベースも充実。

オーディオリサーチ CLASSIC 150

菅野沖彦

ステレオサウンド 94号(1990年3月発行)
特集・「いまこれだけは聴きたい ’90エキサイティングコンポーネント 最新パワーアンプ18機種の徹底試聴」より

 全体的に中庸をいく音質だと思う。つまりアンプの支配する音色や質感が強くなく、ソースの持つ音の個性をストレートに出すタイプ。それだけに強い魅力のあるアンプではないが、長期間の使用にも飽きのこない素直なアンプだと思う「ドゥムキー」のピアノの丸く輝かしいタッチと弾力的な質感が美しいし、リアリティがあって演奏表現がよく生きる鳴り方だ。暖かい音も、艶のある音も、そしてシャープでドライな質感も、鋭敏に鳴らし分けるので音色の多彩な変化が美しい。ウィーン・フィルの音色的特徴はよく再現され、しなやかな弦楽器群、特にその艶のあるヴァイオリンは素晴らしい。サン=サーンス「オラトリオ」の、各歌手の声の特徴も、適切な音色感で脂ののった滑らかな声質が大変美しいし自然。他のアンプで聴く声よりウェットだが、これが本当かもしれないと思える説得力がある。ジャズもよく弾み表情が生き生きと再現され、楽しい。再認識されたアンプである。

オーディオデバイス AD-P2

菅野沖彦

ステレオサウンド 94号(1990年3月発行)
特集・「いまこれだけは聴きたい ’90エキサイティングコンポーネント 最新パワーアンプ18機種の徹底試聴」より

 オーディオ的にはきわめて質の高い音で、いかにもクォリティの高い音がする。そして前作AD-P1にあった粘りがとれて、素直な音に向かっていると思う。しかし全体の印象としては、もう一つ繊細な雰囲気に不満が残るのである。心に沁み入る味わいのようなデリカシーの魅力を聴かせてくれるイシドア・コーエンのヴァイオリンがそっ気ない。透明で美しいのだが、ハーモニックスの微妙なのりに欠けるのかもしれない。微やかに打ち振えるボーイングのデリカシーがもう一つ聴かれなかった。
 ウィーン・フィルの音のソリッド感が高く立派なのだが、ヴァイオリン群が輝かしく滑らかに過ぎる。しなやかな情感がなくなるのが、高級アンプの傾向のようだ。あまりに研ぎ澄まされている音なのかもしれない。直接音主体のジャズには充実した再生音で、迫力のある質感を聴かせた。硬質だがソリッドで立派である。

QUADの春

早瀬文雄

ステレオサウンド 94号(1990年3月発行)
「Music Consolette 偶然の結晶を求めて」より

 武蔵野の面影が色濃く漂う──とよく表現される。井の頭公園あたりの閑静な住宅街は、たしかに緑がおおい。クヌギやナラの雑木林がそこそこに点在している。
 早春の夕闇が街をうっすらと青く染め始める時間、僕は駅前からほそく入り組んだ道をゆっくりと歩きながら、これから聴かせていただくK氏の新しいシステムの音に期待していた。
 氏のお住まいにも庭に背の高い楠があったことを思い出した。
 五年前、庭に面したリスニングルームに置かれたタンノイ・オートグラフが奏でたエネスコのベートーヴェン「クロイツェル」ソナタを思い出す。心の中に眠っている遠い記憶に向かってそっと視線を戻したくなるような響きだった。
 往年の名指揮者、名演奏家の50年代、60年代の名演名録音がぎっしり、かつ整然とならんだレコード・ライブラリーには度肝をぬかれた。
 白髪の温厚な紳士である氏が、そのふっくらとした手で繊細にレコードを取り扱う様は、目の当たりにすると、まるでオーディオの人間国宝みたいな感じがしてくる。
 曲間の無音溝にスッと針を落とす時のアームさばきはCDポン、しか知らない世代には真似のできない「芸術」だ。
 たぶん、何万回におよぶ動作のくりかえしの過程で、いろいろな心の葛藤をこめて、レコードに針を落とした年輪みたいなものがあって初めて可能な所作なのかもしれない。
 ウェスタンエレクトリックの300Bという3極管は、シングルで8Wほどの出力しか得られないが、これを高域用のパワーアンプに使ったふっくらとして透明な響きは今も鼓膜にしみついたままだった。
 それにしても管球アンプ党の氏が買い込んだ新しいシステムとは一体何なのだろう。
「近頃CDにもよい復刻盤がそろってきたのでね、気軽に楽しんでおるよ」
 そう言って電話の向こうで笑っていた。
 長く続いた神楽坂の料亭で花板をしていた氏の五感を満たしたもの……。
 由緒正しい日本建築のストイックな空間には新しいスピーカーシステムがなにげなく置かれていた。クォードESL63だ。
 そして、そこにはある種のはりつめた空気が漂っていることを僕はすぐに感じた。
 なにげなく置かれた装置の、その何気なさにどうやら原因があるようだった。
 その空間の中で、その位置でしかけして上手くならないという絶対位置があるとすれば、そのスピーカーは、まさにその位置に置かれていたのだ、なにげなく。
 いかにもよい音がしそうな予感が音を出す前からみなぎる。
 料理でいえば、これは盛りつけの妙味みたいなものかもしれない。
「やあ、いらっしゃい」といいながらゆっくりと居間に現われた氏は、しばらくお会いしない間にほんの少しだけ痩せられたような気がした。たぶん、もう七十歳を越されているはずだ。サイドボードを開けると、アンプが出てきた。
「どう思う?」目を細め、まるで子供みたいに無邪気なお顔をされて、そう訊かれる。
 クォードの最新型、66と606そしてCDプレーヤーが、あたかもずっと昔からその場にあったような自然さで、そこに並べられていた。
 ややひかえ目の音量で鳴り始めたのは、ブラームスの交響曲第3番、第3楽章ハ短調、ポコ・アレグレットだった。
 そうして、僕はCDのジャケットを見て驚愕した。なんと、昨年亡くなってカラヤンの最後のブラームス録音となったものだ。
「驚いたかね」
 僕は黙ってうなずいた。
「カラヤンを聴く気になったのは、欧州に旅に出かけた折に、彼の墓を見てからなんだよ」
 木管が甘美な哀しさをたたえた響きで揺れるように旋律を奏でる。
「もう、カラヤンを聴くまいと思って、かたくなになっていた自分の殻が剥げ落ちたんだね。死というものは、いろいろなことを人に考えさせるものだ」そう言って深いため息を一つついた。
「現実的な存在感をもつカラヤンそのものが、いつのまにか私の中で観念的なものに転倒した。そうして、むしろ観念の産物としての過去の名盤といわれるものが、私の現実になっていた。たしかに、それも悪くない。しかし、意識のねじれを自分でかんじてしまったんだよ、墓を見た時にね」
 そう言って、氏はテーブルの上に置かれたリモコンに手を伸ばした。
 機能と使い勝手が現代のクォード的にいかにも巧みにまとめられたリモコンだ。
 軽いクリックの音がして、少しだけボリュウムが上がった。一般のトーンコントロールにあたる「チルト」でほんの僅かばかり高域を下げ、低域を上げてあった、シーソーみたいに。僕はじっとカラヤンのブラームスを聴いた。その時、あの後悔とも諦観とも違う独特の哀しみをたたえた旋律が流れ、僕はふいに目頭が熱くなるのを感じた。クォードの引き締まった無駄のない響きと、合理性という無機的な言葉を忘れさせるウィットとユーモアに富んだ作りは、まるで澄んだ空気の中を散策するような落ち着いた気持ちを聴くものにわけあたえてくれる。しかし、おそらく僕が同じ装置を同じように並べてみても、この音は出せないだろう。そう、これは、氏の人生の年輪の響きなのだ。
     *
K氏のシステムはスピーカーにクォードESL63を使い、最新の66CDと66プリアンプ、606パワーアンプを組み合わせたものだ。7系統の入力をもつ個性的で小粋なプリアンプは、すべての操作を専用のリモコンで行なう。このリモコンの操作感は、きわめて暖かみがあり、また伝統のチルト式とトーンコントロールは、本体の美しい液晶ディスプレイに表示され実に楽しい。同時発売の66CDもプリアンプのリモコンで操作可能である。先行して発表された純正ペアとなる606パワーアンプは、コンパクトなデザインながら130Wの出力をもち、小出力時はA級動作となる。

マークレビンソン No.20.5L

菅野沖彦

ステレオサウンド 94号(1990年3月発行)
特集・「いまこれだけは聴きたい ’90エキサイティングコンポーネント 最新パワーアンプ18機種の徹底試聴」より

 とても100W/8Ωのアンプとは思えない力の感じられるアンプで、スピーカーのドライブ感は300Wクラスのアンプの感じだ。ソリッドに締まった音の質感といい、底力のある大振幅の再生音の充実さは大出力アンプとしか思えない。それでいて、きわめて濃やかで緻密な質感は、確かに停低歪みのアンプらしい。このアンプの前身、No.20Lの出現以来100W級Aクラスアンプが多くなったが、ここまでの製品はまだない……と思っていたらNo.20・5Lというリファインモデルになった。
「ドゥムキー」もほぼ完璧だし、ウィーン・フィルの明晰で精緻な解像力と透明な響きは極上といってよい。ただ、ないものねだりをするなら、しなやかさと粘りといったウェットな情緒の不足であろう。どちらかといえば透徹で硬質な音である。鮮やかすぎるくらい明晰だと、曖昧さがほしくなる……という欲深さが僕にはある。ジャズも4344の能率なら十分の音量で最高の質感だ。

チェロ ENCORE 1MΩ PREAMPLIFIER

早瀬文雄

ステレオサウンド 93号(1989年12月発行)
「BEST PRODUCTS 話題の新製品を徹底試聴する」より

 マーク・レビンソン氏自身による新ブランドであるチェロも、いよいよ定着して、安定期にはいり、このところ意欲的に製品の開発、改良に取り組んでいるようだ。
 今回発表されたのは、プリアンプラらしい端正な佇まいと美しいデザイン、仕上げで既に多くの支持を得ているアンコールの改良モデルである。
 変更のポイントは、何といっても8系と系統あるライン入力の入力インピーダンスが1MΩまで引き上げられる点だ。
 同時にバランスラインアンプはオーディオ・スウィートのモジュール/P201CDに用いられてるOTA3と同等のものが採用され、オリジナル・アンコールよりさらに高S/N化されている。
 一方、ファンクションが一部整理され、フェイズ切替えスイッチに代わって、1dBステップで15dBから〜25dBまでのL/R独立のゲインコントロールが付け加えられた。なお、電源部は従来同様、独立型である。
 チェロのフラッグシップたるオーディオ・スウィートのもつ甘美な艶のある響きは、マーク・レビンソン自身のアンプ作りの歴史を振り返った時、辿り着くべくして辿り着いた究極的世界と理解していたが、初期のアンコールにも、その片鱗があったように感じていた。やがて、中期の製品に到り、より安定度の高さと普遍性が与えられたようだが、今回、再びあの甘美な香りとある種の緊張感のある研ぎ澄まされた響きの純度を取り戻したようで、個人的には好ましい変化だと思っている。
 広い音場感の再現性をみても、先鋭な先端思考が甦ったように聴けた。
 今回の改良により繊細感、透明感を驚くほど増した高域のニュアンスに加え、全体に、ほんのりリッチなふくらみ、色艶が加わった点が、年輪を重ねたエンジニアのいわば人生の重さが浸透した結果とも思え、興味深かった。
 ゲインコントロールの調整で微妙に全体のニュアンスが変わり、使いこなしの上で楽しめる要素の一つとなっている。
 フルゲイン時のエネルギー感のある立体的な表現から、ゲインを落とした時の柔らかで、ややあたりの穏やかな女性的ニュアンスまで、適宜使い手の気分に合わせて変化をつけることが可能だ。
 手作りの製品ならではの精緻な作りは、仕上げがよりリファインされ、精度感も増しており、音を含め画一的な量産品にはない、芸術品、工芸品的な味わいとして楽しみたい。
 そして、どの時期の製品に共感できるかは、聴き手の今、おかれた内的状況次第ともいえそうで、それほど深いところで関わりを持つことのできる、本質的な意味で、数少ない趣味のオーディオ機器の一つといえよう。

ササキアコースティック CB160M-ST, LA-1

早瀬文雄

ステレオサウンド 93号(1989年12月発行)
「オブジェとしてのミュージックシステム」より

 どれほど長い時間聴き続けても、演奏が終わったとたん、それがどんな音だったのか、うまく思い出せないようなオーディオ装置というものがある。
 ぼくがその夜、久しぶりに聴いた彼の音がそうだった。まずいことは何もないはずなのに、あきらめきったように淡白な響きで演奏そのものまでが平面的になっているように感じられた。それは、ちょっとした気のせいだったのかもしれないが、それにしても彼の中で何かが変わりつつあることはたしかなようだった。
 リスニングルームからダイニングルームへ移ると、調光器で柔らかく照らされた空間にコーヒーのいい香りが漂っていた。
 キッチンから彼の細君が細い腕で重たそうにコーヒーポットを抱えて出てきた。彼女のことはぼくも学生時代からよく知っていた。ほっそりと背の高い、個性的な美人だ。二人は結婚してから、そろそろ一年になるはずだった。背後ではバッハの無伴奏チェロ組曲がとても小さな音でなっていた。不思議に部屋の隅々までよく広がる、古典的で素朴な響きだった。美味しいコーヒーが味覚を手厚くもてなしてくれてはいたが、ぼくの意識はすでに音楽そのものに奪われていた。それはあまりにも懐かしい演奏だったのだ。
 サイドテーブルの横にあった棚の中に、ぼんやり紫色の光を発する円盤状の奇妙な物体が置いてあった。彼女は立ち上がると、その物体についていた小さなつまみをほっそりとした指でそっと触れた。
 その瞬間、音楽がやんだ。
 そんな風にして、ぼくはその物体がアンプであることを知った。
 なつかしさが現実感を喪失させ、感情がゆっくりと逆転していくと、そのアンプの奇妙な形態は、まるで小さなタイムカプセルのように見えはじめた。
 どんなスピーカーが鳴っているのかな、とふと思った。音が鳴りやんでも静かに記憶に残るような懐かしい響きだった。
「おもちゃさ」と彼がいった。そして、「彼女がみつけてきたんだ」、そういって、薄く笑った。
 彼女はコーヒーのおかわりをついだ後、アンプのつまみに触れた。ジョン・レノンの「イマジン」がそっと鳴り始めた。その瞬間、ぼくの中で心が軋む音がして、わずかな痛みがあとに残るのがわかった。
 彼女はぼくがここへやって来た本当の理由を知っていたのかもしれない。そう思って振り返ると、棚の上に小さなガラスの球体が二つ、適当な距離をおいて並んでいるのが見えた。スピーカーだった。
 それは何かを伝えようとしている。透明な瞳のオブジェのように見えた。
 ぼくはそのことの意味をぼんやりと考えながら、暗い夜道、遠い家路についた。

ハフラー XL600

早瀬文雄

ステレオサウンド 90号(1989年3月発行)
「BEST PRODUCTS 話題の新製品を徹底試聴する」より

 かつてのダイナコの創始者でもあるD・ハフラーによって設立された同社は、アリゾナ州テンペに本拠を置く。
 これまでにも、海外製品としては比較的リーズナブルな価格の単体コントロールアンプDH110やパワーアンプDH200といった、トラディショナルでオーソドックスの内容をもった製品があった。
1987年には、同社独自のエクサリニア理論を採用したXLシリーズ、XL280パーアンプが登場したが、今回これに続く最新型パワーアンプXL600が発表された。
 エクセリニア理論は、激しい負荷変動に追従することを目的とし、低フェイズシフトを回路の特徴としている。
 ちなみに、4Ω負荷で片チャンネル450Wの出力を維持し、20Hz〜20kHzの帯域内で、25度以内にフェイズシフトを抑制しているという。
 このニア・ゼロ・フェイズシフトサーキットは、初段をダブルディファレンシャルJ-FETのカスコード接続プッシュプル動作とし、次段はカレントミラー構成、終段は16個の縦型MOSーFETを使用している。温度感応型の空冷ファンを装備しているが、実際の使用ではファンノイズは気にならなかった。
 試してはみなかったが、スイッチ切替でBTL接続も可能で、この場合片チャンネル900Wのモノーラルアンプとなる。
 貧血気味のあっさりしたナイーヴの響きや、分析的で神経な響きが多くなった昨今、こうした血の気が多く、脂肪分の多い音はむしろ貴重な個性である。取り澄ましたような厭味は全くなく実に開放的だ。響きの輪郭は、ゆったりと太く、弾力性に富む。音場は暖炉の火が揺らめくような暖かい空気にみたされ、独特の匂いを感じさせるような陰影感がある。
 さすがに現代のアンプだけに、音像がふやけて肥大したり、どろどろになにもかもが混ざりあってしまうようなことはない。けして素朴の一言で片づいてしまうほど、ぼんやりとはしていない。
 野趣に富んだ響きをもつ古いタイプのスピーカーやピーキーで刺激的な音を出しているオールホーンタイプのスピーカー、あるいは、か細く貧血気味のマルチウェイ・ダイレクトラジエーションタイプのスピーカーから、熱い響きを捻り出すには適役ではないだろうか。
 こうした個性をもった製品は、国内では見出し難いだけに、たとえば国産Aクラスアンプの透明な響きの対極的存在として、セカンドアンプとして所有しても楽しめるだろう。DH110との組合せでは、よりポリシーの明確な響きとなった。

ゴールドムンド Mimesis 2

早瀬文雄

ステレオサウンド 90号(1989年3月発行)
「BEST PRODUCTS 話題の新製品を徹底試聴する」より

 ゴールドムンド社は、1975年頃、ミッシェル・レバションによって設立され、超弩級アナログプレーヤー、リファレンスを筆頭にスタジオ、スタジエッタなどのアナログプレーヤーや、T5型リニアトラッキング方式トーンアームを世に送り出していた。かつてはフランスに本拠を置いていたが、高い精度を維持すべく、精密加工技術のアベレージレベルや技術者の質が高いスイスのジュネーブに、5年ほど前に移転している。また、フランス人であるレバション自身もスイス国籍になっているという。
 同社は、スイスにおいて、現地のアンプメーカーのスイスフィジックス、およびテープレコーダーメーカーとして歴史を誇るステラボックス社を吸収合併させ、本格的にアンプメーカーとしても活動を開始した。
 今回発表されたコントロールアンプ、ミメイシス2はすっきりとした薄型デザインで、比較的奥行きの深いプロポーションをもつ。細部の仕上げはさすがにスイス製だけあって精密機器的な雰囲気が濃厚だ。
 機能は、入力5系統、ステレオモード切替、テープコピー、アブソリュートフェイズ切替を装備。また、リアパネルには電源のフェイズを反転できるスイッチがあり、動作中に切り替えを行なっても、全くノイズレスで音のチェックが可能だった。
 スイッチの感触はすこぶるよい。回路の詳細は不明だが、内部は整然として美しく、高級パーツが厳選して使用されている印象だ。5系統の入力間の音の差は少なく、むしろその微妙な差を使いこなしの一部として楽しめた。回路設計はスイスフィジックスのエンジニア、デル・ノビレが担当している。ミッシェル・レバション自身はエンジニアではなく、マーク・レビンソン同様、優秀なエンジニアをその得意分野で使い分けるコンダクター的な存在であり、音決めを自らのポリシーに基づき行なっている。ちなみに、別売のイコライザーアンプ(アナログプレーヤーのリファレンス組込み用)は、かのジョン・カールの設計である。
 基本的には微粒子型のさらっとした質感をもち、端正で上品な柔らかさを感じる。音像の輪郭をミクロ的に見ると、角が穏やかに丸く硬質感をともなわない。その結果、繊細に切れこむ感じがありながら、刺すような刺激感は全くない。
 無垢な痛々しささえ感じる慎ましい甘さ、清潔感のある色香、艶が響きにひっそりと浸透しているのがわかる。これは、コントロールアンプ遍歴を重ねた、錯綜した願望をも満たす情緒的な響きだ。ライバル、マークレビンソンNo.26Lは音の輪郭線の張りがもうすこし強く硬質だが、線そのものは、もっと細く男性的な潔さがある。チェロ・アンコールは、さらにウェットな色香が強い。

A&D DA-P9500, DA-A9500

井上卓也

’89NEWコンポーネント(ステレオサウンド別冊・1989年1月発行)
「’89注目新製品徹底解剖 Big Audio Compo」より

 デジタルプログラムソースが主流になった時代背景を反映して、次第にプリメインアンプの分野でも、D/Aコンバーターを内蔵したモデルが確実な歩みで増加をしているが、より一段と趣味性の色濃いセパレート型アンプともなると、D/Aコンバーター内蔵型コントロールアンプとして、現在市販モデルとして存在するのは、早くからコントロールアンプのデジタル化を手がけた、ヤマハCX2000、1モデルのみが現状である。
 A&Dブランドにとり、初めて本格的なセパレート型アンプのジャンルに挑戦するモデルとして登場したモデルが、デジタルコントローラー、DA−P9500とデジタルパワーアンプDA−A9500の2機種で構成される新構想に基づく新デジタル・アンプシステムである。
 従来までのセパレート型アンプの概念から考えれば、デジタルコントロールアンプとデジタルパワーアンプのペアと受け取られやすいが、デジタルコントローラーと呼ばれるようにDA−P9500には増幅系がなく、A/Dと録音系用のD/Aコンバーターとデジタルグラフィックイコライザーを備え、パワーアンプをリモートコントロールする大型リモートコントローラーと考えてよいものだ。
 システムの基本構成はデジタル系を主流とし、カセットデッキに代表されるアナログ系プログラムソースが混在するプログラムソース多様化の現状に、デジタル機器の特徴を最大限に活かしたシステムプランは何かを模索して整理した結果、通常のD/Aコンバーター部を、コントロールアンプ側でなくパワーアンプ側にビルトインすることを決定したことが、新システムのユニークなところだ。
 従来からも、電力を扱うパワーアンプとスピーカー間は、可能な限り短いスピーカーケーブルで結ぶことが理想的であり、業務用モニタースピーカーは現在ではパワーアンプ内蔵型がむしろ標準的とさえなっているようだが、それも業務用の600Ωバランスラインの特徴を利用して、初めて可能となったシステム系なのである。
 デジタル系プログラムソースを前提条件とした場合、業務用600Ωバランスラインを、同軸型もしくは光ケーブルに置き換えたシステムを考えれば、デジタル伝送系ならではの延長をしても音質劣化が理論的にない特徴を一括かして、スピーカー近くのパワーアンプに送り、D/A変換後の信号でパワーアンプをドライブし、その出力を近接したスピーカーに加えることで容易に理想に近づけることが可能、ということになる。
 パワーアンプをスピーカーに近く置き、聴取位置から離すことによる副次的なメリットは、電源トランスのウナリや振動による聴感上でのSN比の劣化が少なく、発熱量が大きい熱源としてのパワーアンプが隔離可能になること。また、スピーカーコードが短いことは、超強力な高周波源であるTVやFM電波に対するアンテナとしての働きが抑えられ、バズ妨害に代表される高周波の干渉を少なくできる利点を併せ持つことにもなる。
 DA−P9500は、外観的には一般のコントロールアンプに表示部を付けたという印象を受けるが、コントロールアンプ的な機能は、ビデオ系、デジタル系、アナログ系それぞれの入力を切り替えるスイッチ機能と3バンドデジタルパラメトリックイコライザーにあり、オーディオ系入力は増幅部を持たないため、そのままスルーの状態でパワーアンプのアナログ入力に送られる。
 2種のコンバーター内蔵の目的は、カセットデッキ、FMチューナー、VCRなどのアナログ系入力をA/D変換してパワーアンプにデジタル伝送を行なうためと、デジタル系のCDやDAT、衛星放送などの信号をD/A変換して、カセットデッキなどに録音するためにある。
 外観上ボリユウムと思われる大型ツマミは、実際には、パワーアンプ部にあるパラレル型ディスクリート構成のボリュウムをデジタルコントロールするためのツマミである。このコントロール用信号は、A&D独自のフォーマットによるAADOT型で、EIAJのデジタルI/Oにも対応し、128×128種類の利用が可能である。
 DA−A9500は、18ビット・リニアゼロクロスD/Aコンバーターを採用。原理的にゼロクロス歪み発生がなく、4D/Aコンバーター構成のL/R、±独立プッシュプル構成で、アナログフィルターのON/OFFが可能である。
 パワー段は、スピーカー駆動時の電流リニアリティに着目した初めてのリニアカレントドライブ回路を採用。電流と電圧フィードバックの巧みな組合せで、パワー段の電源変動を受けにくい利点があり、結果的に電源を10倍強化したことと同等のメリットがあるとのことだ。
 構造面では、電源トランスを筐体から分離独立し専用ペデスタルで支える分離トランス方式の採用が最大の特徴。
 機能面は、単体使用時に入力切替や音量調整をする専用リモコンを標準装備。
 単体使用では素直で力強い駆動能力、音場感情報を豊かに出すパワーアンプは、かなり高水準の完成度を聴かせる。コントローラーを加え、試みにDA、AD、DAと3度変換した音も聴いたが、これがアナログ的な魅力で驚かされた。

パイオニア C-90a, M-90a

井上卓也

ステレオサウンド 88号(1988年9月発行)

「BEST PRODUCTS」より

 AVプログラムソースに対応したセパレート型アンプとして企画されたパイオニアのC90、M90のペアは、この種のアンプとして最初に成功を収めた意義深い製品であった。今回、本来の意味で内容が見直され、改良によって第2世代のC90a、M90aとして発売された。
 C90aは、もともとAVソース対応で、かつ高クォリティの音質を狙ったモデルであるだけに、新しく映像系入出力に輝度信号と色信号のY/C分離接続用のS端子を備え、S−VHSやEDベータなどの高画質VTR対応化を図っている。付属のリモコンは、従来の同社用のシステムリモコンから、最大154キーの学習型リモコンに発展し、多数のリモコンを使い分けざるを得ない煩雑さが解消された。
 視覚的には、外観上の変化は少ないように見受けられるが、筐体関係の改良、強化も、高音質が要求されるコントロールアンプでは、重要な部分である。
 筐体のトッププレート部は、C90の板厚1・2mm鉄板から、合計8個の止めネジにより振動が発生しないようにリジッドに止められた板厚1・6mmのアルミ板に改良された。ボトムプレート部もタテ長の通気孔パターンが、パイオニア独自のハニカム型に変わり、ボトムプレートの振動モードをコントロールし、共振を制動している。脚部は、釣り鐘断面状の一般的なタイプから、ハニカム断面に特殊な樹脂を充填した、一段と大型なタイプに変わっている。
 エレクトロニクス系は、ビデオ信号とオーディオ信号の完全分離、独立をポイントとし、①オーディオ左右チャンネルとビデオ系に専用電源トランス採用、②オーディオ部とビデオ部のアース回路を伝わる干渉を避けるためアースの独立化とビデオ系のフローティング化、③オーディオ系とビデオ系の電気的、機械的な飛びつき防止用アイソレーション、④アナログ使用時のビデオ電源オートOFF機能採用などのベーシックな部分を抑えた対策がとられている。
 C90をベースとしたアドバンスモデルだけに、表面に出ないノウハウの投入は、かなりのものと思われる。
 音質最優先設計のために、部品関係はEXCLUSIVEの流れを受継いだ無酸素銅配線材料、黄銅キャップ抵抗、シールデッドコンデンサーなどが全面的に採用されている。アナログオーディオの中心ともいうべきフォノイコライザーアンプには、MC再生のクォリティを保つためハイブリッドMCトランス方式を採用している点も見逃せないポイントである。
 M90aは、外観上のモディファイは、筐体トッププレート部の材料が、鉄板からアルミに変更、取りつけ方法もC90a同様の8本+1本のネジ止め、ボトムプレートの通風孔の形状変更と脚部の大型化、さらにトランスフレーム下側にある5本目の脚は、M90では他の脚と同じタイプが採用されていたが、今回は鋳鉄製で制振効果の高いキャステッドインシュレーターに変わっている。
 電源トランスは、鉄心をバンドで締めるシンプルなタイプから、パイオニア独自の制振構造鋳鉄ケースに収めたキャステッドパワートランスにグレードアップしている。これに伴い、トランスフレームも強度を向上し、電源トランスの振動対策を一段と強化している。また、放熱板のハニカム構造チムニー型化も、パワーステージトータルの振動コントロールを狙ったものだ。
 これらの大幅な改良の結果、重量はM90の20・9kgから28kgと増加した。
 機能面は、コントロール入力の他に2系統のボリュウムコントロールができる入力を備え、CDプレーヤーなどのパワーアンプダイレクト使用が可能など、単体でも使える機能を持つパワーアンプとして開発されたM90の構想を全て受け継いでいる。
 C90aとM90aは、堂々とした押し出しのよいナチュラルな音を持つアンプである。価格的には、高級プリメインアンプとも競合する位置にあり、セパレート型の名を取るか、プリメインアンプならではのまとまりのよい音、という実を取るかで悩むところであるが、このペアは、そんな枠を超えたセパレート型アンプならではの納得のできる音をもつ点が魅力である。
 基本的には、柔らかく、豊かで、幅広いプログラムソースや組合せにフレキシブルに対応を示すパイオニアならではの音を受け継いではいるが、前作の、やや受け身的な意味を含めての良いアンプから、立派なアンプ、大人っぼい充実した内容と十分に説得力のある音を聴かせるアンプに成長している。久し振りの聴きごたえのあるアンプである

ヤマハ CX-2000, MX-2000

井上卓也

ステレオサウンド 88号(1988年9月発行)

「BEST PRODUCTS」より

 世界初のデジタルコントロールアンプとして脚光を浴びたCX10000を中心とするヤマハ10000シリーズは、見事なデザインと仕上げ、極限の性能に裏付けられた音質など、ヤマハ創業100周年記念の限定量産モデルとして高い評価を与えられた。今回、既発売のCDプレーヤーCDX2000、D/Aコンバーター内蔵プリメインアンプAX2000に続き、新製品として、デジタルAVコントロールアンプCX2000とパワーアンプMX2000、それにFM/AMチューナーTX2000が加わり、事実上のヤマハオーディオのトップランクを担う2000シリーズのラインナップが完成した。
 CX2000は、時代の要求に応えて、高いクォリティで、デジタル信号処理能力と映像信号処理能力を含め、ピュアオーディオのコントロールアンプとしての性能、音質を追求した新世代のコントロールセンターである。
 デジタル、AV信号も扱うコントロールアンプとして最大のポイントは、高いSN比を維持することにつきるだろう。そのためには、まず筐体関係で高周波や測定器に準ずるレベルで、シールドを施し分離しなければならない。
 全面的に銅メッキを施したフレーム、シャーシは、デジタル部、マイコン部、フォノイコライザー部、電源部、トーンアンプ部とフラットアンプ部を、それぞれ独立したBOXに分割収納する高剛性6BOXシャーシ構造が採用されている。この構造により、耐振性を向上させて、機械的振動による変調ノイズの発生による音質劣化も排除する設計だ。なおデジタル部は、パルス性雑音対策として銅メッキ製トップカバーで全体を覆い、厳重なシールド対策を施している。
 信号系は、MCヘッドアンプ付6ポジション負荷抵抗切替型フォノイコライザー部、高入力レベルのチューナーなどのアナログソース、8倍オーバーサンプリング18ビット・デジタルフィルターと、従来比でSN比を10dB向上した18ビット・ツインD/Aコンバーターを採用したデジタルソース、それにビデオソースの3ブロックで、これらのプログラムソースは、内部配線が短くできる半導体セレクタースイッチ、リモコン対応の4連ボリュウムを通り、20dBのフラットアンプ部に送られる。
 ソースダイレクトスイッチをONとすれば、フラットアンプ出力は、入力に4連ボリュウムの2連を使った0dBバッファーアンプを通り出力端子に送られる。次にスイッチをOFFにすれば、バランス詞整、モード、サブソニック、高・中・低音調整、連続可変ラウドネス調整を経由してバッファー入力に送られる。
 電源部は、デジタル・ビデオ部、アナログ部、マイコン部の独立3電源トランス採用。ビデオ電源は単独にON/OFF可能。デジタル電源は、アナログ入力選択時にデ
ーター復調回路のIC動作をとめる設計である。
 MX2000は、低インピーダンス駆動能力を重視したA級動作のステレオパワーアンプである。
 パワー段は、MX10000で開発されたHCA(双曲線変換増幅)回路により全負荷、全パワー領域でA級動作を可能としたHCA・A級増幅に特徴がある。ちなみに1Ω負荷のA級動作ダイナミックパワー600W+600Wを得ている。
 筐体構造は、銅メッキシャーシとフレーム採用の左右シンメトリー配置で、出力メーターを含むフロントパネル部、電源部、左右パワーアンプ部、電圧アンプ部、それにスピーカーリレー、出力コイルなどを収める出力ブロックの6ブロック構成である。
 注目したい点は、チムニー型ヒートシンクの配置が一般とは逆に内側に置き、パワーアンプ基板と電源トランスの干渉を避けた細心のコンストラクションである。
 電源部は、EI型コアの420VA電源トランスと、低箔倍率φ76mm、20000μF×2電解コンデンサーのペアである。
 CX2000とMX2000のペアは、音の粒子が細かく、滑らかに磨かれており、スムーズに延びたワイドレンジ型の帯域レスポンス、しなやかな表現力などは、従来のヤマハのセパレートアンプにはない、新しい音である。傾向として、十分にエージングに時間をかけたAX2000に近い。
 MC入力時には、ノイズ的な環境の悪いSS試聴室でも十分にSN比が高く保たれ、アナログならではの音が楽しめる。このことは、この種のアンプの重要なチェックポイントだ。
 デジタル入出力時は、光、同軸の差を素直に出し、銘柄、グレードの差が楽しめる。また各種CDのデジタル出力を使い、個々の音が楽しめるのも新しい魅力の展開だ。

マランツ DAC-1

井上卓也

ステレオサウンド 88号(1988年9月発行)

「BEST PRODUCTS」より

 DAC1は、デジタル・オーディオ・コントロールアンプの頭文字をモデルナンバーにもつ、ユニークなコンセプトにより開発されたマランツの新製品だ。
 CD、DATに代表されるデジタル系のプログラムソースは、オーディオ信号とするためにD/Aコンバーターを使うことになるが、変換後のアナログ信号に、いわゆるデジタルノイズと呼ばれる、可聴帯域外におよぷ高い周波数成分をもつノイズが、程度の差こそあれ混入することが、重要な問題点のひとつである。
 一般的に、従来のコントロールアンプでは、広帯域型の設計が基本である。そのため、音にはならないが、高い周波数成分のノイズも、信号と一緒に増幅するために、混変調歪などが発生し、オーディオ信号を劣化させることになりやすい。
 DAC1の信号の流れは、入力切替スイッチ、テープ入出力スイッチ、バッファーアンプ、ボリュウムコントロール、14dBの利得をもつ出力アンプで増幅される。
 第一の特徴は、バッファーアンプには、裸特性が下降しはじめる700kHzに時定数をもつハイカットフィルターを設け、混変調歪の発生を防止したことである。
 第二の特徴は、出力アンプにフィリップスLHH2000で採用されている、定評の高いトランス結合マルチフィードバック回路を採用していることだ。出力トランスは、アンプ負荷用、フィードバックアンプ用の2系統の一次巻線と、同じ巻線比の、+位相と−位相の2系統の二次巻線を備えており、完全に同条件でアブソリュートフェイズの切替えができるほかに、2系続の出力を同時に使えば、BTL接続にも使用可能である。
 この回路の特徴は、二次導線が、基本的にフローティングされているために、アースや筐体に流れるノイズと信号が分離され、またバンドパスフィルターとして働くトランスの利点により、デジタルノイズに強い設計となつていることにある。
 8mm厚アルミ製シャーシ、シャンペンゴールドのフロントパネル、LHH1000系統の片側1・3kgのダイキャストサイドパネル、4mm厚トップパネルに見られるように、筐体は共振を抑えた剛体構造である。使用部品を含め、高密度に凝縮された構成は、オーディオ的な魅力を備えたものだ。
 DAC1は、中低域から中域の量感がたっぷりとあり、密度感を伴った安定度の高い音が特徴。オーケストラの空間の拡がりを感じさせるホールトーンの豊かな響き、素直なパースペクティブとディフィニションは、デジタル系プログラムソースの利点を充分に引き出したものである。しかも、無機的な冷たさにならないところが、本棟の魅力である。高密度設計だけに、置き場所の影響がダイレクトに現れる点は要注意だ。

エアータイト ATM-2

井上卓也

ステレオサウンド 88号(1988年9月発行)

「BEST PRODUCTS」より

 管球式のアンプは、真空管という優れた増幅素子のおかげで、少ない増幅段数でそれなりに優れたアンプを完成することができる。そのため、趣味的な製品をこつこつと手作りでつくるタイプの作り方が、もっとも相応しいように思われる。
 ソリッドステートアンプのように構成部品数が莫大な量になれば、安定度の高いアンプを作るとなれば、生産性を考えなくても、必然的にプリント基板のお世話にならなければならない。けれども、プリント基板そのものが、優れたアンプを作るうえで、音質上での足を引っ張る存在にもなっている。
 一般的にプリント基板の問題点として直流抵抗があげられるが、銅箔の厚みを30ミクロンとしても、パターン幅を6・5mm程度とすれば、φ0・5mmの銅線の断面積と等しくなり、70ミクロンなら3mm強の幅で等価的になるわけで、想像ほどに悪くはないのである。
 むしろ、振動と音質の相関性から考えれば、ある程度の面積があるプリント基板そのものが、内外の振動により共振することのほうが問題であるはずだ。この振動が基板上に取りつけられた多数の部品を動かしたら、かなりのデメリットが出ることが予想されるだろう。この点、管球式なら基板レスの配線は手数をかければ可能であり、充分に厚みがあるベーク板などに配線用ポストを立てて基板的な特徴を活かすことも可能だ。
 エアータイトは、6CA7プッシュプルのATM1を第一弾製品としたメーカーであるが、今回の製品も管球アンプで一世を風靡したメーカーで活躍した実績のあるオーナーの体験を活かした開発によるもの。管球アンプならではの音が楽しめながら、それなりの価格に抑えた製品づくりは、すでにある種の定評を獲得しているように思われる。
 今回第二弾のパワーアンプとして開発されたATM2は、パワーステージにKT88をプッシュブルで採用したステレオ構成の新製品である。フロント側シャーシ前面と背面に2系統の入力端子を備え、入力切替スイッチとボリュウムコントロールで、パワーアンプ単体でも使える最低の機能を持たせ、単独使用ができる基本構成は、ATM1と変わらぬポリシーの現れだ。
 SS試聴室のリファレンスCDプレーヤー、ソニーR1の出力をATM2の前面入力に入れる。試聴前にスタティックには予熱を充分にしてあるが、信号を加えるとダイナミックなウォームアップが始まり、ほぼ30分間もすれば安定状態になり、ATM2本来の音が次第に聴きとれるようになる。
 柔らかく、豊かな雰囲気を管球アンプの音としがちだが、ATM2は、やや線は太いが、力感に裏付けされた押し出しのよい、ざっくりした音を聴かせる。最新アンプの音をナイロン的な滑らかさとすれば、ATM2の音は、いわば麻ならではの粗い質感がたいへん魅力的である。

サンスイ AU-X1111MOS VINTAGE

井上卓也

ステレオサウンド 88号(1988年9月発行)

「BEST PRODUCTS」より

 AU−Xシリーズは、アンプのサンスイを象徴するスーパープリメインアンプとして、約10年前に登場した。AU−X1が、その最初のモデルである。
 このシリーズの概略の発展プロセスを眺めると、2年後の昭和56年に、AU−X11ヴィンテージとして新製品が登場した。
 このモデルで初めて、ヴィンテージというオーディオでは初めての言葉が、音楽愛好家への最高の噌り物という意味を込めて使われた。
 このAU−X1からAU−X11ヴィンテージが、いわばアナログディスク時代のスーパープリメインアンプであり、微小入力のMC型カートリッジの音を色づけなくストレートに増幅をして、強力なパワーアンプで、スピーカーを充分にドライブしようというコンセプトに基づく製品である。
 そして、CDがデジタルプログラムソースとして定着し、新しくAVが話題をにぎわせた60年に登場したAU−X111MOSヴィンテージは、新世代のサンスイのスーパープリメインアンプであり、デザイン、機能、性能なども全面的にリフレッシュした意欲作である。
●洗練されたデザイン
 今回、AU−X1111(ダブル・イレブン)MOSヴィンテージとして発売されたモデルは、AU−X1以来の単独使用が可能な強力パワーアンプに、付属機能を加えたパワーアンプ中心のプリメインアンプという基本構想に、AU−X111MOSヴィンテージでのパワーアンプのバランス型化、AV入力対応などを受け継いだスーパープリメインアンプの最新鋭機である。
 新生サンスイの新しいエンブレムをつけたパネルフェイスは、基本的な変更はないが、四面ラウンド仕上げのリアルローズウッド使用のサイドバネルの効果で、雰囲気は、AU−X111MOSヴィンテージより一段と大人っぼく、洗練された印象に変わった。
 本機の最大の技術的特徴は、バランス型パワーアンプの採用にある。ブリッジ接続とも呼ばれるこの方法は、サンスイがパワーアンプB2301で国内で初めて採用したものだ。
 バランス型パワーアンプは、アースに無関係に信号を扱うことができるため、外部雑音の影響が少なく、アンプで発生する歪を出力段でキャンセルできるなど、いわば理想のパワーアンプに一歩近づいた方式ではある。そのためには+信号系と−信号系の2系続のパワーアンプが必要であり、電源部も2倍の容量が要求されるなど、経済性ではかなりのデメリットがあるものだ。ちなみに、アースに依存しない点で、BTL接続とは似て非なるものである。
 パワー段は、MOS−FETを採用しているが、AU−X111やこれに続くAU−α907MOSリミテッドなどでの成果を踏まえて、初段からドライブ段までを全てカスケード型アンプ構成として、MOS−FETの使いこなし上でのノウハウが導入されている。
 大幅に変更が行われたのは、電源部とのことで、新開発電源トランスと電源コンデンサーによる動的なスピーカー駆動能力の向上、新設計の回路を十分に活かすためのコンデンサー、抵抗など新開発部品の積極的な採用などの他、ムクの銅を削り出した重量級インシュレーターにも注目したい。
 機能面では、高出力型MCにも対応可能な入力感度20mVのMM専用フォノイコライザー、2系統のプロセッサー人力、3系統のライン入力、3系統のテープ/ビデオ入出力をはじめ、パワーアンプダイレクト入力部での2系統アンバランス入力と1系統のバランス入力など、14系統の豊富な入力端子を備える。
 音質対策上での細かい部分ではあるが、従来のAU−X111でヘッドフォン回路の電源とビデオ部のそれとが共通であった点が改良され、ビデオ信号系とのアースによる干渉は排除された。
 このアンプの音はAU−X11に始まり、AU−X111、AU−α907MOSリミテッドと、サンスイ高級プリメインアンプに流れる、スムーズで音の粒子が細かく、流れるような音を聴かせる方向の音だ。
 しかし、基本的に異なるのは、柔らかいが充分に駆動能力があり、低域に代表される、SN比の高さに裏付けられた分解能の高さが、従来にない新しさだ。
 そのため、特に率直に柔らかい雰囲気をもって見通せる奥行き方向のナチュラルさが聴きどころだろう。趣味のオーディオにとって音とデザインの相関性は重要な部分だが、本機のまとまりはこの点も見事だ。

怪盗M1の挑戦に負けた!

黒田恭一

ステレオサウンド 87号(1988年6月発行)
「怪盗M1の挑戦に負けた!」より

 午後一時二十分に成田到着予定のルフトハンザ・ドイツ航空の701便は、予定より早く一時〇二分に着いた。しかも、ありがたいことに、成田からの道も比較的すいていた。おかげで、家には四時前についた。買いこんだ本をつめこんだために手がちぎれそうに重いトランクを、とりあえず家の中までひきずりこんでおいて、そのまま、ともかくアンプのスイッチをいれておこうと、自分の部屋にいった。
 そのとき、ちょっと胸騒ぎがした。なにゆえの胸騒ぎか? 机の上を、みるともなしにみた。
「どうですか、この音は? ムフフフフ!」
 机の上におかれた紙片には、お世辞にも達筆とはいいかねる、しかしまぎれもなくM1のものとしれる字で、そのように書かれてあった。
 一週間ほど家を留守にしている間に、ぼくの部屋は怪盗M1の一味におそわれたようであった。まるで怪人二十面相が書き残したかのような、「どうですか、この音は? ムフフフフ!」のひとことは、そのことをものがたっていた。しかし、それにしても、怪盗M1の一味は、ぼくの部屋でなにをしていったというのか?
 ぼくは、あわてて、ラスクのシステムラックにおさめられた機器に目をむけた。なんということだ。プリアンプが、マークレビンソンのML7Lからチェロのアンコールに、そしてCDプレーヤーが、ソニーのCDP557ESD+DAS703ESから同じソニーのCDP-R1+DAS-R1に、変わっていた。
 怪盗M1の奴、やりおったな! と思っても、奴が「どうですか、この音は?」、という音をきかずにいられるはずもなかった。しかし、ぼくは、そこですぐにコンパクトディスクをプレーヤーにセットして音をきくというような素人っぽいことはしなかった。なんといっても相手が怪盗M1である、ここは用心してかからないといけない。
 そのときのぼくは、延々と飛行機にむられてついたばかりであったから、体力的にも感覚的にも大いに疲れていた。そのような状態で微妙な音のちがいが判断できるはずもなかった。このことは、日本からヨーロッパについたときにもあてはまることで、飛行機でヨーロッパの町のいずれかについても、いきなりその晩になにかをきいても、まともにきけるはずがない。それで、ぼくは、いつでも、肝腎のコンサートなりオペラの公演をきくときは、すくなくともその前日には、その町に着いているようにする。そうしないと、せっかくのコンサートやオペラも、充分に味わえないからである。
 今日はやめておこう。ぼくは、はやる気持を懸命におさえて、ついさっきいれたばかりのパワーアンプのスイッチを切った。今夜よく眠って、明日きこう、と思ったからであった。
 おそらく、ぼくは、ここで、チェロのアンコールとソニーのCDP-R1+DAS-R1のきかせた音がどのようなものであったかをご報告する前に、怪盗M1がいかに悪辣非道かをおはなししておくべきであろう。そのためには、すこし時間をさかのぼる必要がある。
 さしあたって、ある時、とさせていただくが、ぼくは、さるレコード店にいた。そのときの目的は、発売されたばかりのCDビデオについて、解説というほどのこともない、集まって下さった方のために、ほんのちょっとおはなしをすることであった。予定の時間よりはやくその店についたので、レコード売場でレコードを買ったり、オーディオ売場で陳列してあるオーディオ機器をながめたりしていた。
 気がついたときに、ぼくは、オーディオ売場の椅子に腰掛けて、スピーカーからきこえてくる音にききいっていた。なんだ、この音は? まず、そう思った。その音は、これまでにどこでどこできいた音とも、ちがっていた。ほとんど薄気味悪いほどきめが細かく、しかもしなやかであった。
 まず、目は、スピーカーにいった。スピーカーは、これまでにもあちこちできいたことのある、したがって、ぼくなりにそのスピーカーのきかせる音の素性を把握しているものであった。それだけにかえって、このスピーカーのきかせるこの音か、と思わずにいられなかった。そうなれば、当然、スピーカーにつながれているコードの先に、目をやるよりなかった。
 スピーカーの背後におかれてあったのは、それまで雑誌にのった写真でしかみたことのない、チェロのパフォーマンスであった。なるほど、これがチェロのパフォーマンスか、といった感じで、いかにも武骨な四つのかたまりにみにいった。
 チェロのパフォーマンスのきかせた音に気持を動かされて、家にもどり、まっさきにぼくがしたのは、「ステレオサウンド」第八十四号にのっていた、菅野沖彦、長島達夫、山中敬三といった三氏がチェロのパフォーマンスについてお書きになった文章を、読むことであった。このパワーアンプのきかせる音に対して、三氏とも、絶賛されていたとはいいがたかった。
 にもかかわらず、チェロのパフォーマンスというパワーアンプへのぼくの好奇心は、いっこうにおとろえなかった。なぜなら、そこで三氏の書かれていることが、ぼくにはその通りだと思えたからであった。しかし、このことには、ほんのちょっと説明が必要であろう。
 幸い、ぼくはこれまでに、菅野さんや長嶋さん、それに山中さんと、ご一緒に仕事をさせていただいたことがあり、お三方のお宅の音をきかせていただいたこともある。そのようなことから、菅野、長島、山中の三氏が、どのような音を好まれるかを、ぼくなりに把握していた。したがって、ぼくは、そのようなお三方の音に対しての好みを頭のすみにおいて、「ステレオサウンド」第八十四号にのっていた、菅野沖彦、長島達夫、山中敬三といった三氏がチェロのパフォーマンスについてお書きになった文章を、熟読玩味した。その結果、ぼくは、レコード店のオーディオ売場という、アンプの音質を判断するための場所としてはかならずしも条件がととのっているとはいいがたいところできいたぼくのチェロのパフォーマンスに対しての印象が、あながちまちがっていないとわかった。そうか、やはり、そうであったか、というのが、そのときの思いであった。
 ぼくはアクースタットのモデル6というエレクトロスタティック型のユニットによったスピーカーシステムをつかっている。残る問題は、アクースタットのモデル6とチェロのパフォーマンスの、俗にいわれる相性であった。ほんとうのところは、アクースタットのモデル6にチェロのパフォーマンスをつないでならしてみるよりないが、とりあえずは、推測してみるよりなかった。
 そのときのぼくにあったチェロのパフォーマンスについてのデータといえば、レコード店のオーディオ売場でほんの短時間きいたときの記憶と、菅野沖彦、長島達夫、山中敬三の三氏が「ステレオサウンド」にお書きになった文章だけであった。そのふたつのデータをもとに、ぼくは、アクースタットのモデル6とチェロのパフォーマンスの相性を推理した。その結果、この組合せがベストといえるかとうかはわからないとしても、そう見当はずれでもなさそうだ、という結論に達した。
 そこまで、考えたところで、ぼくは、電話器に手をのばし、M1にことの次第をはなした。
「わかりました。それはもう、きいてみるよりしかたがありませんね。」
 いつもの、愛嬌などというもののまるで感じられないぶっきらぼうな口調で、そうとだけいって、M1は電話を切った。それから、一週間もたたないうちに、ぼくのアクースタットのモデル6は、チェロのパフォーマンスにつながれていた。
 ぼくのアクースタットのモデル6とチェロのパフォーマンスの相性の推理は、まんざらはずれてもいなかったようであった。一段ときめ細かくなった音に、ぼくは大いに満足した。そのとき、M1は、意味ありげな声で、こういった。
「高価なアンプですよ。これで、いいんですか? 他のアンプをきいてみなくて、いいんですか?」
 このところやけに仕事がたてこんでいたりして、別のアンプをきくための時間がとりにくかった、ということも多少はあったが、それ以上に、チェロのパフォーマンスにドライブされたアクースタットのモデル6がきかせる、やけにきめが細かくて、しかもふっくらとした、それでいてぐっとおしだしてくるところもある響きに対する満足があまりに大きかったので、ぼくは、M1のことばを無視した。
「ちょっと、ひっかかるところがあるんだがな。もうすこしローレベルが透明になってもいいんだがな。」
 M1は、そんな捨てぜりふ風なことを呟きながら、そのときは帰っていった。なにをほざくか、M1めが、と思いつつ、けたたましい音をたてるM1ののった車が遠ざかっていくのを、ぼくは見送った。
 それから、数日して、M1から電話があった。
「久しぶりに、スピーカーの試聴など、どうですか? 箱鳴りのしないスピーカーを集めましたから。」
 きけば、菅野さんや傅さんとご一緒の、スピーカーの試聴ということであった。おふたりのおはなしをうかがえるのは楽しいな、と思った。それに、かねてから気になっていながら、まだきいたことのないアポジーのスピーカーもきかせてもらえるそうであった。そこで、うっかり、ぼくは、怪盗M1が巧妙に仕掛けた罠にひっかかった。むろん、そのときのぼくには、そのことに気づくはずもなかった。
 M1のいうように、このところ久しく、ぼくはオーディオ機器の試聴に参加していなかった。
 オーディオ機器の試聴をするためには、普段とはちょっとちがう耳にしておくことが、すくなくともぼくのようなタイプの人間には必要のようである。もし、日頃の自分の部屋での音のきき方を、いくぶん先の丸くなった2Bの鉛筆で字を書くことにたとえられるとすれば、さまざまな機種を比較試聴するときの音のきき方は、さしずめ先を尖らせた2Hの鉛筆で書くようなものである。つまり、感覚の尖らせ方という点で、試聴室でのきき方はちがってくる。
 そのような経験を、ぼくは、ここしばらくしていなかった。賢明にもM1は、ぼくのその弱点をついたのである。どうやら、彼は、このところ先の丸くなった2Bの鉛筆でしか音をきいていないようだ、そのために、チェロのパフォーマンスにドライブされたアクースタットのもで6の音に、あのように安易に満足したにちがいない、この機会に彼の耳を先の尖った2Hにして、自分の部屋の音を判断させてやろう。M1は、そう考えたにちがいなかった。
 そのようなM1の深謀遠慮に気がつかなかったぼくは、のこのこスピーカー試聴のためにでかけていった。そこでの試聴結果は別項のとおりであるが、ぼくは、我がアクースタットが思いどおりの音をださず、噂のアポジーの素晴らしさに感心させられて、すこごすごと帰ってきた。アクースタットは、セッティング等々でいろいろ微妙だから、いきなりこういうところにはこびこんで音をだしても、いい結果がでるはずがないんだ、などといってはみても、それは、なんとなく出戻りの娘をかばう親父のような感じで、およそ説得力に欠けた。
 音の切れの鋭さとか、鮮明さ、あるいは透明感といった点において、アクースタットがアポジーに一歩ゆずっているのは、いかにアクースタット派を自認するぼくでさえ、認めざるをえなかった。たとえ試聴室のアクースタットのなり方に充分ではないところがあったにしても、やはり、アポジーはアクースタットに較べて一世代新しいスピーカーといわねばならないな、というのが、ぼくの偽らざる感想であった。
 そのときのスピーカーの試聴にのぞんだぼくは、先輩諸兄のほめる新参者のアポジーの正体をみてやろう、と考えていた。つまり、ぼくは、まだきいたことのないスピーカーをきく好奇心につきうごかされて、その場にのぞんだことになる。ところが、悪賢いM1の狙いは、ぼくの好奇心を餌にひきよせ、別のところにあったのである。
 あれこれさまざまなスピーカーの試聴を終えた後のぼくの耳は、かなり2Hよりになっていた。その耳で、ソニーのCDP557ESD+DAS703ES~マークレビンソンのML7L~チェロのパフォーマンス~アクースタットのモデル6という経路をたどってでてきた音を、きいた。なにか、違うな。まず、そう思った。静寂感とでもいうべきか、ともかくそういう感じのところで、いささかのものたりなさを感じて、ぼくはなんとなく不機嫌になった。
 そのときにきいたのは「夢のあとに~ヴィルトゥオーゾ・チェロ/ウェルナー・トーマス」(オルフェオ 32CD10106)というディスクであった。このディスクは、このところ、なにかというときいている。オッフェンバックの「ジャクリーヌの涙」をはじめとした選曲が洒落ているうえに、あのクルト・トーマスの息子といわれるウェルナー・トーマスの真摯な演奏が気にいっているからである。録音もまた、わざとらしさのない、大変に趣味のいいものである。
 これまでなら、すーっと音楽にはいっていけたのであるが、そのときはそうはいかなかった。なにか、違うな。音楽をきこうとする気持が、音の段階でひっかかった。本来であれば、響きの薄い部分は、もっとひっそりとしていいのかもしれない。などとも、考えた。そのうちに、イライラしだし、不機嫌になっていった。
 理由の判然としないことで不機嫌になるほど不愉快なこともない。そのときがそうであった。先日までの上機嫌が、嘘のようであったし、自分でも信じられなかった。もんもんとするとは、多分、こういうことをいうにちがいない、とも思った。おそらく昨日まで美人だと思っていた恋人が、今日会ってみたらしわしわのお婆さんになっていても、これほど不機嫌にはならないであろう、と考えたりもした。
 しかし、その頃のぼくは、自分のイライラにつきあっている時間的な余裕がかった。一週間ほどパリにいって、ゴールデン・ウィークの後半を東京で仕事をして、さらにまた一週間ほどウィーンにいかなければならなかった。パリにもウィーンにも、それなりの楽しみが待っているはずではあったが、しわしわのお婆さんになってしまっている自分の部屋の音のことが気がかりであった。幸か不幸か、あたふたしているうちに、時間がすぎていった。
 そして、あれこれあって、ルフトハンザ・ドイツ航空の701便で成田につき、怪盗M1の挑戦状。
「どうですか、この音は? ムフフフフ!」を目にしたことになる。
「ちょっとひっかかるところがあるんだがな。もうすこしローレベルが透明になってもいいんだがな。」、と捨てぜりふ風なことを呟きながら一度は帰ったM1の、「どうですか、この音は? ムフフフフ!」、であった。ここは、やはり、どうしたって、褌をしめなおし、耳を2Hにし、かくごしてきく必要があった。
 翌日、朝、起きると同時にパワーアンプのスイッチをいれ、それから、おもむろに朝食をとり、頃合をみはからって、自分の部屋におりていった。
 ぼくには、これといった特定の、いわゆるオーディオ・チェック用のコンパクトディスクがない。そのとき気にいっている、したがってきく頻度の高いディスクが、そのときそのときで音質判定用のディスクになる。したがって、そのときに最初にかけたのも、「夢のあと~ヴィルトゥオーゾ・チェロ/ウェルナー・トーマス」であった。
 ぼくは、絶句した。M1に負けた、と思った。
 スピーカーの試聴の後で、菅野さんや傅さんとお話ししていて、ぼくは自分で思っていた以上に、スピーカーからきこえる響きのきめ細かさにこだわっているのがわかった。もともとぼくの音に対する嗜好にそういう面があったのか、それとも、人並みに経験をつんで、そのような音にひかれるようになったのかはわかりかねるが、そのとき、ソニーのCDP-R1+DAS-R1~チェロのアンコール~チェロのパフォーマンス~アクースタットのモデル6で、「夢のあと~ヴィルトゥオーゾ・チェロ/ウェルナー・トーマス」をきいて、ぼくは、これが究極のコンポーネントだ、と思った。
 また、しばらくたてば、スピーカーは、アクースタットのモデル6より、アポジーの方がいいのではないか、と考えたりしないともかぎらないので、ことばのいきおいで、究極のコンポーネントなどといってしまうと、後で後悔するのはわかっていた。にもかかわらず、ぼくはソニーのCDP-R1+DAS-R1~チェロのアンコール~チェロのパフォーマンス~アクースタットのモデル6できいた「夢のあと~ヴィルトゥオーゾ・チェロ/ウェルナー・トーマス」に、夢見心地になり、そのように考えないではいられなかった。
 ぼくのオーディオ経験はごくかぎられたものでしかないので、このようなことをいっても、ほとんどなんの意味もないのであるが、ソニーのCDP-R1+DAS-R1~チェロのアンコール~チェロのパフォーマンス~アクースタットのモデル6できいた音は、ぼくがこれまでに再生装置できいた最高の音であった。響きは、かぎりなく透明であったにもかかわらず、充分に暖かく、非人間的な感じからは遠かった。
 静けさの表現がいい、などといういい方は、オーディオ機器のきかせる音をいうためのことばとして、いくぶんひとりよがりではあるが、そのときの音に感じたのは、そういうことであった。すべての音は、楽音が楽音たりうるための充分な力をそなえながら、しかし、静かに響いた。過度な強調も、暑苦しい押しつけがましさも、そこにはまったくなかった。
 ぼくは、気にいりのディスクをとっかえひっかえかけては、そのたびに驚嘆に声をあげないではいられなかった。そうか、ここではこういう音の動きがあったのか、と思い、この楽器はこんな表情でうたっていたのか、と考えながら、それまでそのディスクからききとれなかったもののあまりの多さに驚かないではいられなかった。誤解のないようにつけくわえておくが、ぼくは、ソニーのCDP-R1+DAS-R1~チェロのアンコール~チェロのパフォーマンス~アクースタットのモデル6のきかせる音にふれて、そこできけた楽器や人声の描写力に驚いたのではなく、そこで奏でられている音楽を表現する力に驚いたのである。
 したがって、そこでのぼくの驚きは、オーディオの、微妙で、しかも根源的な、だからこそ興味深い本質にかかわっていたかもしれなかった。オーディオ機器は、多分、自己の存在を希薄にすればするほど音楽を表現する力をましていくというところでなりたっている。スピーカーが、あるいはアンプが、どうだ、他の音をきいてみろ、と主張するかぎり、音楽はききてから遠のく。つまり、ぼくは、ソニーのCDP-R1+DAS-R1~チェロのアンコール~チェロのパフォーマンス~アクースタットのモデル6のきかせる音をきいて感動しながら、そこでオーディオ機器として機能していたプレーヤーやアンプやスピーカーのことを、ほとんど忘れられた。そこに、このコンポーネントの凄さがあった。
 こうなれば、もう、ひっこみがつかなかった。まんまと落とし穴に落ちたようで、癪にはさわったが、ここは、どうしたってM1に電話をかけずにいられなかった。目的は、あらためていうまでもないが、留守の間においていかれたソニーのCDP-R1+DAS-R1とチェロのアンコールを買いたい、というためであった。
「ソニーのCDP-R1+DAS-R1はともかく、チェロのアンコールはご注文には応じられませんね。」
 M1は、とりつく島もない口調で、そういった。
 M1の説明によると、チェロのアンコールの輸入元は、すでにかなりの注文をかかえていて、生産がまにあわないために、注文主に待ってもらっている状態だという。ぼくの部屋におかれてあったものは、輸入元の行為で短期間借りたものとのことであった。事実、ぼくがチェロのアンコールをきいたのは、ほんの一日だけであった。その翌日の朝、薄ら笑いをうかべたM1が現れ、いそいそとチェロのアンコールを持ち去った。
「いつ頃、手にはいるかな?」
 M1を玄関までおくってでたぼくは、心ならずも、嘆願口調になって、そう尋ねないではいられなかった。
「かなり先になるんじゃないですか。」
 必要最少限のことしかしゃべらないのがM1の流儀である。長いつきあいなので、その程度のことはわかっている。しかし、ここはやはり、なぐさめのことばのひとつもほしいところてあったが、M1は、余計なことはなにひとついわず、けたたましい騒音を発する車にのって帰っていった。
 しかし、ソニーのCDP-R1+DAS-R1は、残った。プリアンプをマークレビンソンにもどし、またいろいろなディスクをきいてみた。
 ソニーのCDP-R1+DAS-R1がどのようなよさをもっているのか、それを判断するのは、ちょっと難しかった。これは、束の間といえども大変化を経験した後で、小変化の幅を測定しようとするようなものであるから、耳の尺度が混乱しがちであった。一度は、M1の策略で、プリアンプとCDプレーヤーが一気にとりかえられ、その後、CDプレーヤーだけが残ったわけであるから、一歩ずつステップを踏んでの変化であれば容易にわかることでも、そういえば以前の音はこうだったから、といった感じで考えなければならなかった。
 しかし、それとても、できないことではなかった。これまでもしばしばきいてきたディスクをききかえしているうちに、ソニーのCDP-R1+DAS-R1の姿が次第にみえてきた。
 以前のCDプレーヤーとは、やはり、さまざまな面で大いにちがっていた。まず、音の力の提示のしかたで、以前のCDプレーヤーにはいくぶんひよわなところがあったが、CDP-R1+DAS-R1の音は、そこでの音楽が求める力を充分に示しえていた。そして、もうひとつ、高い方の音のなめらかさということでも、CDP-R1+DAS-R1のきかせかたは、以前のものと、ほとんど比較にならないほど素晴らしかった。しかし、もし、響きのコクというようなことがいえるのであれば、その点こそが、以前のCDプレーヤーできいた音とCDP-R1+DAS-R1できける音とでもっともちがうところといえるように思えた。
 なるほど、これなら、みんなが絶賛するはずだ、とCDP-R1+DAS-R1できける音に耳をすませながら、ぼくは、同時に、引き算の結果で、マークレビンソンのML7Lの限界にも気づきはじめていた。はたして、M1は、そこまで読んだ後に、ぼくを罠にかけたのかどうかはわかりかねるが、いずれにしろ、ぼくは、今、ほんの一瞬、可愛いパパゲーナに会わされただけで、すぐに引き離されたパパゲーノのような気持で、M1になぞってつくった少し太めの藁人形に、日夜、釘を打ちつづけている。

パイオニア Exclusive M5

井上卓也

ステレオサウンド 84号(1987年9月発行)
特集・「50万円以上100万円未満の価格帯のパワーアンプ15機種のパーソナルテスト」より

雰囲気のよい音と、スムーズに伸びたナチュラルなレスポンスをもつアンプだ。今回の試聴では、従来の穏やかで安定感はあるが、軽さ、反応の早さが不足気味な点が明瞭に改善され、軽い濃やかな表現が聴き取れるようになった。音の粒子は適度に細く滑らかで、サラッとした、素直で気持ちのよい音を聴かせる。プログラムソースとの対応は自然で、ややリアリティを欠くが、伸びがあり、キレイな音だ。ウォームアップは穏やかで差は少ない。

音質:87
魅力度:93

50万円以上100万円未満の価格帯のパワーアンプ

井上卓也

ステレオサウンド 84号(1987年9月発行)
特集・「50万円以上100万円未満の価格帯のパワーアンプ15機種のパーソナルテスト」より

 50万円以上100万円未満のパワーアンプの試聴テストの基本的な試聴条件は、50万円未満のパワーアンプと同じであるが、価格に応じた性能、音質の向上に対応する目的で、一部変更を加えている。
 試聴用スピーカーは、前述のとおりにブックシェルフ型のダイヤトーンDS3000からフロアー型のDS5000に変更して、一段と情報量の豊かなモニターリングができるようにしている。
 計測上の周波数レスポンスに代表される特性は、一般的な観念からすれば、両者の間にそれほどの差はないが、ウーファーユニットの大口径化に伴うエンクロージュアの容積増加と、低域レスポンスのエンベローブが変わるバスレフ方式の採用による聴感上での低域の変化は、音色、質感、音場感再現能力など、全面的に影響を与えることになる。DS3000と比較してDS5000の最大のポイントは、ローレベル再生でのナチュラルさと、スケール感の豊かさといったフロアー型システムならではの魅力をもったところである。
 次に変えたところはアッテネーターである。試聴するパワーアンプが、50万円未満の製品に比べ、質的、量的に内容が向上してくると、アッテネーターにも、ややキャラクターを抑え気味のタイプを使ったほうが、アンプ自体の内容を聴き取る目的にふさわしいように思われる。
 アッテネーターには、カウンターポイントSA121stを使う。この製品は、本誌別冊のCDプレーヤー特集などでも使われたものだが、比較的キャラクターが少なく素直な音が得やすい。しかし、中域の一部に一種の明快さと関連性のある、少し乾いた音をもつために、今回使ったものは編集部で少し手を加えて、ほぼキャラクターのない音としている。
 このナチュラルさと引き替えに、伸びやかさ、反応の早さ、音の鮮度感など、音楽を楽しむために重要な要素が若干抑えられているが、試聴用としてはむしろ好ましいといえる。また、コントロールアンプを使わない、ダイレクトにCDプレーヤーの出力をパワーアンプに送る今回の試聴条件では、この程度のハンディキャップで本来の音質が発揮できないようでは、少なくとも、この価格帯のパワーアンプとしては失格であると思う。
 アッテネーターの変更とともに、試聴方法も一部変更して、アッテネーターを使わずにダイレクトにCDプレーヤーの出力をパワーアンプに送りこんでも、試聴している。
 そのための試聴ディスクは、ほぼ試聴に相応しい再生音量レベルを確保し、しかもローレベルから、かなりのレベルまでのダイナミックレンジを広くとって、パワーアンプの音をチェックするために、録音レベルがちょうどよいものを選択しなければならない。それに加えて、一枚のディスクのなかで数箇所の音のチェックをしやすい部分があり、音場感的にも素直な録音のものが必要である。
 選んだディスクは、インバル指揮、フランクフルト放響のマーラーの交響曲第4番(デンオンレーベルの一枚)である。録音系がシンプルであり、その部分でのノイズが少なく、物理的に素直な方式といえるワンポイント録音を採用しているために、オーディオ的なチェックをするために好適なディスクである。
 一般的な試聴を終えてから、テスト用のCDを交換しながら使った第2のソニーCDP555ESDに、このディスクをセットして、ダイレクトにパワーアンプをドライブしている。なお、ディスクの出し入れに伴う音質変化は、2、3度出し入れを行って平均化してある。CDプレーヤーからパワーアンプへのRCAピンコードは、共通に使ったオーディオテクニカ製PCOCCコードである。
 使用スピーカーとアッテネーターが変わったため、試聴室内のセッティングは、リファレンス用アンプにアキュフェーズP500を使い、主にスピーカー側のセッティングによりサイドチューニングを行った。基本的な条件は、音質チェック用を目的としているため、わずかに抑え気味とし、とくに高域での聴感上のSN比を高くするために、細部の追い込みをしている。
 試聴メモ、音質と魅力度の採点項目については、50万円未満と同じである。この二つの価格帯の試聴では、試聴用スピーカーとアッテネーターを変えているが、前述のように、かなりの数のアンプはスピーカーをDS5000にかえて重ねて試聴しているため、採点でのリファレンスレベルはかなり高いはずだ。
 結果として、音質が80〜87点、魅力度で82〜93点と数字的には差は少ない。
 音質面で、基本的に望まれることは、50万円未満の価格帯のパワーアンプとは異なり、スピーカーをドライブするパワーアンプとして、音の純度は高いが高域に偏った帯域バランスであるとか、パワー感はあるが高域の濃やかさ、伸びが足りないといったレベルでは、もはや通用しない世界だ。かなり総合的なバランスの良さが、音質面で要求されることになる。
 平均的に、このクラスの価格帯のパワーアンプでは、筐体の外形寸法も大きく、重量面でも50kgに達するヘビーウェイトである。そのため、設置場所の床の状態や構造、スピーカーとの相対的位置による音響的、機械的な振動による音の変化、100V交流電源の給電方法など、何が変化しても、音はそれに応じて予想以上に変化することになる。
 今回の試聴では、一般的なパワーアンプの使われるであろう条件よりも、充分に注意を払った使用条件を設定してあり、個別の細かいセッティング直しも行っている。いわば、あるレベル以上の音質が得られて当然、という条件でのチェックであるだけに、音質の採点は抑え気味にしてある。
 50万円以上100万円未満の価格帯になると、いわゆるモノーラル構成の左右独立した筐体をもつ製品が増加している。電気的にも、機械的にも、左右チャンネルが独立した構成は、一般的に内容が同等である場合においても、ステレオ構成と比較して、音場感情報が豊かになり、音の純度や分解能の高い音が得られやすい。いわゆる音場感や、奥行き方向のパースペクティブや、高さ方向のディフィニションのよさが本質的に得られやすいタイプといえる。
 しかし、筐体が独立しているということは、リスニングルーム内で、前述のように機械的、音響的に同じ条件に設置することが難しくなり、その点は、注意すべきだ。
 また、電気的にも電源コードが左右2本あり、同じ壁のコンセントからダイレクトに取ったとしても、コンセントの構造面で、左右共通の条件は電
気的に存在せず、左右チャンネルの差し込みを変えると音場感、音質は、それなりに誰にでも判断できるレベルで変化する。テーブルタップを使う場合でも同様なことは起きやすく、左右どちらのチャンネルの電源コードを先に差し込むか──つまりテーブルタップのコードに近い方か、遠い方かの問題であるが──これによっても音は変化を示すことになる。
 この電源コード関係の複雑化は、デジタルとアナログ用に別系統の電源コードを備えたコントロールアンプや、ステレオ構成で左右チャンネル独立の電源コードを備えたパワーアンプ、モノ構成で、+側と−側独立電源コード採用のパワーアンプの出現など、今後、実際の使用上で、かなり重要なポイントになりそうな部分である。
 魅力度の採点は、音の魅力もさることながら、筐体関係のデザイン、構造、材料の選択から加工精度をはじめ、入出力端子、メーター関係などの要点も重要なチェック項目であり、音質の魅力度のみと限定されたとしても、パワーアンプらしいデザインや姿、形は音の魅力と表裏一体のものであり、それらの影響なしに音を判断することは、むしろ至難の業というべきだろう。
 現代のオーディオ機器は、性能が向上しているだけに、いわゆるエージングやウォームアップによる音の変化が認められる。とくにハイパワーを扱うパワーアンプでは、熱容量が大きく、半導体そのものの性能が、温度と直接的に関係をもつために、電源スイッチ投入後の音の変化は、当然といってもよく、短くても1時間、とくに長い場合には、約1日という時間が、安定化するために必要なことを経験している。この電源スイッチを入れてから音が安定するまでの変化を、ここではウォームアップという表現を使っている。
 今回の試聴では、各パワーアンプは試聴前に3時間ほど電源スイッチをいれておき、抵抗を負荷としたダミーロードを使って音楽信号により約30分間のウォームアップを行い対処しているが、実際にスピーカーシステムを負荷として試聴をはじめると、再びダイナミックな意味でのウォームアップが明瞭に聴きとれるモデルが、このクラスではかなり存在している。
 パワーアンプでは、温度の変化に対応して、パワー段のバイアス電流に代表される電流のコントロールをするために、温度検出用のディバイスを使っている。パワーステージのヒートシンクの温度が上昇すれば、流れている電流を減らして温度を下げる働きを感熱素子がしているわけだが、この感度が高ければ、音への影響が直接的になりすぎるし、感度が低ければ、音の変化は緩やかになる。この変化に注意すると、聴感上でのかなりのバランス変化として聴きとれるものであることがわかる。言葉で表現すれば、適度の感度になるように感熱素子の位置決めをしてコントロールすればよいのだが、現実的にはかなり困難な問題である。それに、この辺かを当然のものとして軽視するか、問題点として認識し解決策を施すかは、いわば設計者の認識と感性の問題であることが多く、ヒアリングチェックする側でも同様に、この音の変化を認識し、問題提起としてフィードバックが充分に行われているかどうか様々のようである。
 現実に、試聴をしたパワーアンプのなかには、明快で粒子が粗く固い音から、低域から中低域に豊かさが加わり、音の粒子も滑らかで安定感のある音という例のように、変化量の代償、時間的な差こそあれ、一方通行的な変化を示すタイプが一般的である。なかには、感熱素子の動作が遅く、対面通行的にハンティングを繰り返しながら収まるモデルもあったが、それらは熱安定度の悪いアンプで、優れた音質は期待できるわけはない。また、数枚のディスクを使う程度の時間では、本来の都民質が得られるまでウォームアップをしていない製品もあるはずである。しかし、電源スイッチ投入後、合計して約4時間が経過しても、まだウォームアップ不足というのは、基本的に設計の欠陥と判断するほかない。
 ウォームアップと同様に、エージングという表現をしている部分は、オーディオ機器での、メインテナンスも含む問題による、一種の音の劣化と考えていただきたい。しばらく使っていないアンプなどでは、電源スイッチを入れて音を聴いてみると、予想以上に生彩を欠く貧相な音に驚かされることがよくあるであろう。平均的な音楽を聴くという使用頻度からすれば、設置してあった期間にもよるが、早くても数日かかるし、1年近く使っていない場合には、約1ヵ月は音が回復せず、場合によっては、らしい音に戻らないケースも往々にしてあるようである。厳密に音質をチェックする目的で、再現性を重視した条件でのセッティングをした試聴室などでは、一週間程度の使わない期間があれば、エレクトロニクス系のCDプレーヤーやアンプはもとより、スピーカーシステム、ルームアコースティックにいたる状態の変化が、音の変化となり、約半日はリファレンスレベルの音にならない例は、よく経験することである。エレクトロニクス関係のコンポーネントでは、電力扱うだけにパワーアンプで、この影響が大きい。メインテナンスの意味を含めてチェックされ、エージングされたアンプと、長期間にわたり、ほとんど使用されず倉庫などに眠っていたものをメインテナンスぬきで使ったものとの差は、想像以上に格差があり、活き活きとした反応の早い音と寝起きの悪い、ザラついた貧相な音といった程度の差は充分にある。
 今回は、パワーアンプの試聴がテーマであるだけに、各試聴用パワーアンプは、本来の性能、音質を発揮できるような状態で用意されたものと信じたいが、試聴後の実感としては、エージング不足のモデルがかなり存在していたようである。海外製品では流通面の制約もあり、この問題は或る程度不可避と考えてよいだろう。しかし、国内製品では、許されることではないだろう。最新モデルについては、使い込み不足の、一種の角ばった若さ、粗さが音に出ることはやむを得ない。しかし、既に製品として安定度を増しているはずの既発売のモデルについては、各メーカーには完全なメインテナンス上での管理体制が存在しているはずなので、なおエージング不足が聴きとれるのは、製品管理の問題か、少なくともパワーアンプに対する認識不足の現れである。高級オーディオが見直されだしている昨今の傾向も加味すれば、良い状態で自社製品の音を聴かせる条件の欠如として、考え直してほしいところである。
 50万円以上100万円未満のパワーアンプから受けた印象は、日常生活的な価値感からすれば、価格も高価格なものであるだけ
に、一種の本格的なイメージをもつモデルが多い。また、国内製品、海外製品ともに、ブランドバリエーションもそれなりに豊かであり、一部を除いてはパワーハンドリング面でも充分なものがあるようだ。これ以上の定格パワーをもつパワーアンプでは、現在の電力事情では消費電力の変化が大きく、場合によれば専用の電源ラインを設置しないと、本来の性能が発揮できない例も多い。そのため、単純なパワー志向は、むしろ音質の劣化を招きかねない。
 性能、音質の向上に伴いパワーアンプは大型化の傾向を示すが、その結果、振動面での、音質を阻害する要因はむしろ増大しがちである。
 パワーアンプは、コンポーネントのなかで、もっとも振動の発生が多いジャンルである。大電力を扱うだけに電源トランスの容量は大きくなり、スタティックにもトランスは電源周波数でうなるものであり、電力消費がオーディオ信号の強弱により変化をすれば、うなりも増減し、過度的な場合には身震いに似た、ガクンという振動を発生することもある。またヒートシンクと並列使用されることが多いパワートランジスターは、一種の音叉と共鳴箱の関係にあり、かなり鳴きやすい構造になっている。
 この2種類の振動発生源を収納する筐体は、重量物を扱うだけに、構造、材質面で、これで充分という明快な尺度はなく、重く、硬いという振動的に不利な条件を多く持っており、この部分での対策を施したと考えられる製品は、皆無に等しい。けれども、筐体を支える脚の数を平均的な4個から増加させ、設置上の問題をクリアーしようとした製品が増加しており、この部分での変化が、筐体構造全般を見直す糸口となることに期待したい。
 機能面では、業務用に準じたバランス型入力を備えるモデルが増加傾向である。業務用的意味あいではなくとも、電子スモッグに代表される空間や電源の汚染が進行している昨今では、オーディオ機器感の接続にバランスラインを採用するメリットは予想外に大きく、音質劣化への一種の歯止めとして考えるべきことである。
 バランス入力採用のメリットを延長すれば、D/Aコンバーターをビルトインするためにも、パワーアンプはスピーカーにもっとも近く、最適の部分であろう。石英系の光ファイバーを使った光系と同軸型の2種類のディジタル入力と、バランスとアンバランスの2種類のアナログ入力を備え、リモートコントロールで音量調整を可能としたパワーアンプは、振動面、電磁波輻射面、さらに発熱の問題を含み、リスニングポジションから離れたスピーカー近くに設置できるようになり、スピーカーとの接続ケーブルも短くなり、そのメリットは大きいはずである。
 試聴の結果、印象に残った特徴的なモデルをあげると、まずアキュフェーズP500とクレルKSA50MK2である。ともに、充分にコントロールされた、スムーズでしなやかな音を聴かせリファレンス的に使えるナチュラルな性格を特徴とする。音質的な洗練度とスケール感はアキュフェーズ、ややスケールは小さいが、ミネラルウォーター的な味わいはクレルのものである。
 ヤマハMX10000とパイオニア エクスクルーシヴM5は、開発年代はかなり異なるが、資質的にはかなりのものがあり、前者しなやかさをもった安定感、豊かさの魅力と、後者の現代的な明解さをもつ魅力は、外観上のデザイン、仕上がりを含め、それぞれにふさわしい。現状では、それぞれに未開発の部分を残しているが、今後にかなりの期待がもてる製品である。
 マッキントッシュMC7270とカウンターポイントSA20は、出力トランス採用と管球・半導体ハイブリッド構成という内容的な個性をベースとして、よい意味でのアメリカのアンプならではの個性的な魅力をもつ製品である。音質的には、それぞれに油絵的な性質ではあるが、華やかで明るい色彩感の豊かさと、明度、彩度を抑えたパステルトーンの滑らかさに似た対比は、国内製品に望みえない特徴である。
 サンスイB2301Lは、BTL方式とは似て非なるバランス型出力をもつユニークな製品であるが、旧B2301の押し出しのよい豪快な音から、Lに変わり、質的には向上したが、反応が穏やかに過ぎた印象があった。しかし今回試聴した印象では、中域から高域の純度が向上し、かなりナチュラルな反応を示すアンプになっている様子である。表現を変えれば、バランス出力型のメリットが音に出てきた、いえるであろう。ただしウォームアップでの音の変化は明瞭で、改善を望みたい。
 ウエスギUTY5は、モノ構成の管球パワーアンプとして、時間をかけて作りこまれており、部品の選択、配線の美しさなど、仕上げも見事であり、現在の管球アンプ中では、群を抜いた完成度の高さがある。音質面では、スムーズでよく磨かれた音をもち、適度に鮮度感もあり、精緻な水彩画を思わせる雰囲気は、誰しも認めざるを得ない領域に達しているように思われる。
 その他、QUAD510、スレッショルドSA/3、スイスフィジックス♯4などは、パワーハンドリング面での筐体構造上で有利に働き、海外製品として音の純度もそれなりに高く、特徴を引き出すセッティングを行えば、充分期待に応えてくれるアンプであると思う。

オンキョー Integra M-508

井上卓也

ステレオサウンド 84号(1987年9月発行)
特集・「50万円未満の価格帯のパワーアンプ26機種のパーソナルテスト」より

しなやかで、独特の粘りのある傾向をもつ音である。音の粒子は、細く磨かれており、プログラムソースの細部を素直に見せるだけのクォリティの高さをもっている。バランス的にはやや中域の薄さがあり、音像は小さく少し距離感を持って奥に定位する。木管合奏は適度にハモリと濃やかさがあり、サロン風なまとまりとなる、ビル・エバンスは、少し現代的にすぎ、古さが出ず、それらしくないようだ。

音質:80
魅力度:83