Category Archives: 国内ブランド - Page 12

ビクター SX-500II

早瀬文雄

ステレオサウンド 95号(1990年6月発行)
特集・「最新スピーカーシステム50機種 魅力の世界を聴く 小型グループのヒアリングテストリポート」より

 音場の透明感が、さすがにこのクラスになると一段向上する。国産機らしくまんべんなく物量と手を入れられた優等生的な音だ。ビクターの伝統か、国産の中では音色が明るく色彩感に富み、かといって、油っぽさが少ない品のよさもある。音像定位にも正確さが出てきて、センターで聴く限り、ジャック・デジョネットの精妙なシンバルワークにおいて、サイズも音色も異なるいくつかのシンバルを叩きわけている様子がよくわかる。各楽器の位置関係の描写力が、国産で9万円というここへきてやっと出てきたということか。マルサリスのスタジオ録音では、冒頭の声の掛け合いがリアルで、遮蔽板の存在がみえそうなほど、音場の再現性が高まっている。

ビクター SX-700

井上卓也

ステレオサウンド 94号(1990年3月発行)
特集・「最新CDプレーヤー14機種の徹底試聴」より

小型2ウェイ方式に、低音専用のサブウーファーシステムを独立したキャビティ採用で組み合せ、トールボーイとしてまとめた手堅い手法の製品である。柔らかく量感があり、ほどよく反応が速いサブウーファーを加えた低域の豊かさは、この製品の特徴であり、この部分をどうこなすかがアンプの実力の問われるところ。

ダイヤトーン DS-77Z

井上卓也

ステレオサウンド 94号(1990年3月発行)
特集・「プリメインアンプ×スピーカーの相性テスト」より

口径30cmを超すウーファーベースの伝統的3ウェイブックシェルフ型の典型的存在であり、現在生き残っている数少ない機種だ。3ウェイらしく中域のエネルギーが充分にあり、情報量が多いため、使いこなしを誤れば圧倒感のあるアグレッシヴな音になりやすく、このあたりを使いこなせないようではオーディオは語れない。

ソニー CDP-R1a + DAS-R1a

井上卓也

ステレオサウンド 94号(1990年3月発行)
特集・「最新CDプレーヤー14機種の徹底試聴」より

 温和で、しなやかな充分に磨き込まれた音を持った、雰囲気のよい音を聴かせるプレーヤーである。
 ロッシーニは、しなやかではあるが、スッキリとした音を指向した音を聴かせる。各楽器はひととおり分離するが、各パートの声は少し伸び切らない印象となる。音場感情報量、柔らかく定位する小さな音像など、平均を超すレベルだ。ピアノトリオは、ホールの響きをたっぷりと聴かせるサロン風なまとまりである。中高域には硬質な面があり、音の輪郭を聴かせる効果はあるが、ヴァイオリン、チェロの高域成分は少し硬い。ブルックナーは、一応のレベルの音だが全体にちぐはぐな面があり、再生系との相性の悪さが出た音だ。平衡出力では、コントラストが下がり、フレキシビリティは出るが、三万二してまとまらない。ジャズは集中力が不足し、力がいま一歩の印象でまとまらない。もう少し低域のリズム感が支えれば、一応の水準になる印象が強い。

マイクロ CD-M2DC + DC-M2

井上卓也

ステレオサウンド 94号(1990年3月発行)
特集・「最新CDプレーヤー14機種の徹底試聴」より

 穏やかで、一種独特の重さ、暗さがある渋い音を持つ個性的な音である。CDとしては再生する情報量は多く、演奏会場の空気の動きや椅子などのキシミ、楽器のノイズなどを聴かせる。試聴位置は中央の標準位置。ロッシーニは、基本的にはウォームトーン系のまとまりだが、角がとれたクッキリとした音はアナログディスク的なイメージがある。各パートの声は少し伸びが抑えられ、音像はフワッと大きく定位する。ピアノトリオは、低域が重く粘りがあり反応は遅いが、中低域以上はほどよく立上りの良い素直な音であるため、低域のコントロールをすれば個性的な良い音になるだろう。ブルックナーは、音楽的な意味でのブルックナーらしさがあるが、オーディオ的には見通しが悪く、晴々としない音である。平衡接続ではプレゼンスは良くなるが、ダイナミックレンジは抑えられ、表情も鈍くなる。ジャズは、狭帯域型バランスと閉鎖空間的プレゼンスが特徴だが、安定度、力感が欲しい。

ソニー CDP-R3

井上卓也

ステレオサウンド 94号(1990年3月発行)
特集・「最新CDプレーヤー14機種の徹底試聴」より

 音の粒子が細かく、滑らかに磨き込まれた低域から中域と、聴感上で高域がゆるやかに下降したかのように聴きとれる、柔らかく穏やかな帯域バランスをもつが、基本クォリティが高く、際立ちはしないが、聴き込むとナチュラルに切れ込む音の分離は相当なものだ。ロッシーニは、中高域に輝きのある硬質さが時折顔を出すが、空間の拡がり感もあり、やはり価格に見合うだけのクォリティの高さが感じられる。ピアノトリオは、全体に低軟・高硬の2ウェイスピーカー的なまとまりとなり、一種のアンバランスの魅力があるまとまりといえるだろう。ブルックナーは、演奏会場の暗騒音もよく聴きとれ、一応の水準を保つ音だ。平衡出力は、全体域にゆとりがあり、しなやかさが加わって弦楽器系の硬質な音が解消され、見かけ上でのダイナミックレンジも大きく聴かれるが、高域は抑え気味。ジャズは、ライヴハウス的イメージの音で、音源が少し遠くなるが、適度なノリで、かなり楽しめる。

アキュフェーズ DP-11

井上卓也

ステレオサウンド 94号(1990年3月発行)
特集・「最新CDプレーヤー14機種の徹底試聴」より

 柔らかく、軽く、爽やか指向の音をもつデルであるが、音情感はフワッと柔らかい雰囲気にまとまる傾向があり、見通しの良さは平均的程度である。ロッシーニは爽やかで軽い音にまとまるが、中高域に独特の輝く個性があり、声の伸びやかさを抑え気味として聴かせ、空間の拡がりも不足気味。ピアノトリオは音色が暗く、暖色系となり、中域の表情が硬く、息つぎの音が少し誇張気味に感じられ、プレゼンスもあまり出ない。
 ブルックナーは予想よりも大掴みで、大味なまとまりとなり、低域に誇張感がある。全体に力がなく、低域の輪郭の明瞭な特徴が活かせない。平衡出力は、空間の再現能力が高く、ホールの広さが感じられるようになる。低域の軟調描写傾向は残り、大太鼓はボケ気味で、弦楽器が全体に硬くなるが、全体のバランスは保たれている。プログラムソース全般に同一傾向があり、再生システムとの、いわゆる相性のようでもある。

ビクター XL-Z1000 + XP-DA1000

井上卓也

ステレオサウンド 94号(1990年3月発行)
特集・「最新CDプレーヤー14機種の徹底試聴」より

 音場感情報が豊かで、音楽が演奏されている空間の拡がりを、ゆったりとした余裕のあるプレゼンスで聴かせる特徴がある。ロッシーニでは、予想より硬質な面と、音の分離にいまひとつの感があるが、木管楽器特有の高質さとふくらみや、コントラバスのピチカートなどはかなり実体感があり、見通しもよい。ピアノトリオは、中高域に少し硬質さがある薄味傾向のまとまり。楽器のメカニズムの出す固有のノイズをかなり聴かせるが、ピアノのリアリティは抑えられる。ヴァイオリン、チェロは少し硬質で、やや響き不足の音だ。ブルックナーは、奥行きの深い空間を感じさせる音場感の豊かさがあり、響きはたっぷりとあるが全体に力不足で、トゥッティで音の混濁感がある。平衡出力では、スッキリと見通しの良さが聴かれ、反応の軽さが出るが、再生系の持つ一種の重さ、暗さがある低域が全体のバランスを崩しているようで、これは聴取位置が左側に偏っていることも関係がある。

デンオン DCD-3500RG

井上卓也

ステレオサウンド 94号(1990年3月発行)
特集・「最新CDプレーヤー14機種の徹底試聴」より
 適度に緻密で安定感のある中域を中心に、ナチュラルな帯域バランスと標準的な音情感の再現能力、明快な音像定位が聴かれるリファレンスモデル的な内容の音は、昨年発表された時点とは格段の差のグレードアップである。聴取位置は中央の標準位置である。ロッシーニは柔らかい雰囲気型の音で、音像は奥に定位する。安定度は充分にあるが密度感が不足気味で、ウォームアップ不足だ。ピアノトリオは、安定感のある帯域バランスと芯のしっかりした音で、一種の重厚さめいた印象が特徴。ブルックナーは厚みのある安定した、いわば立派な音だが、トゥッティでは混濁気味。平衡出力では、ホールトーンはたっぷりとあるが表情が甘く、コントラスト不足の音で、かなり音量を変え、セッティングを少し変えた程度では変化がなく、再生系との相性の問題がありそうだ。ジャズは、低域が腰高で安定せず、全体にモコモコとした一種の濁りのある音とプレゼンスでまとまらない音だ。

パイオニア PD-5000

井上卓也

ステレオサウンド 94号(1990年3月発行)
特集・「最新CDプレーヤー14機種の徹底試聴」より

 響きの豊かさがあり、基本的なクォリティが高く、各プログラムソースの特徴を引き出しながら、安定感のある立派な音が聴ける製品だ。ロッシーニでは、自然な拡がりのあるホールトーンと安定した音を聴かせ、音像の立ち方もやや立体的なイメージがある。中域の一部には少し硬質な傾向があり、楽器の分離がよくリアリティのある音で描く効果があり、柔らかく質感のよい低域と巧みなバランスを保つ。ピアノトリオは響きが豊かで、ディテールをサラッと聴かせる素直な再現能力と実体感のある音像定位が好ましいが、再生システムのキャラクターか、やや硬調な描写となりやすく、アタック音が少しなまり気味だ。ブルックナーも共通で金管が硬く聴かれ、トゥッティの分離がいま一歩であるが、安定した質感のよい音と自然なプレゼンスは相当によい。低域の伸び、ゆとりに少し不満が残るが、価格からは無理な注文だろう。ジャズは、低域腰高で軟調傾向だが、よくまとまる。

ティアック P-500 + D-500

井上卓也

ステレオサウンド 94号(1990年3月発行)
特集・「最新CDプレーヤー14機種の徹底試聴」より

 全体にプログラムソースの音を軽く、柔らかい傾向の音として聴かせる。いわば個性の強い製品ではあるが、音色が暗くならず、表情に鈍さがないことが好ましい。ロッシーニは、かなり広帯域型のfレンジと、軽く滑らかな雰囲気のよい音だが、少し実体感が欲しいまとまりだ。ピアノトリオは、楽器の低音成分が多く、やや中域を抑えたバランスの、線が細く柔らかな音だ。音場は引っ込み奥に拡がり、響きはきれいだが音源は遠く、細部は不明の音。ブルックナーは、音源は遠いが、空間を描く音場感のプレゼンスはナチュラルでフワッとした雰囲気があり、これでよい。トゥッティでは予想外に中高域に輝く個性があり硬質な面が顔を出すが、それなりのバランスで聴かせるあたりは、ターンテーブル方式の利点であるのかもしれない。ジャズは、定位はブーミーでエネルギー感が抑え気味となり、いまひとつ弾んだリズム感が不足気味で、見通しもやや不足気味だ。

テクニクス SL-Z1000 + SH-X1000

井上卓也

ステレオサウンド 94号(1990年3月発行)
特集・「最新CDプレーヤー14機種の徹底試聴」より

 柔らかくフワッとした、温和な音を聴かせるモデルであるが、ローレベルのこまやかさが描けるようになり、音の消えた空間の存在がわかること、帯域バランス的には中域の質感が改善され、硬さの表現ができるようになったことが、従来と変った点だ。なお、聴取位置は中央の標準位置である。ロッシーニでは、空間の拡がりを感じさせる暗騒音も充分に聴かれ、柔らかい雰囲気を持ちながらこまやかさがある素直な音である。音像は小さくソフトに立つ。ピアノトリオはプレゼンスよく、光沢を感じさせる、ほどよく硬質な各楽器のイメージは、かなり聴き込めるが、低域はいまひとつ分離しない。ブルックナーは、ややこもった音場感でスケール感もあるが、アタックの音が軟らかく、抑揚が抑え気味となり単調に感じられる。平衡出力では,ベールが一枚なくなったようなスッキリした音場感、各パートの楽器の分離などでは優れるが、鈍い低域が問題で、再生系と相性が悪い。

ソニー CDP-X77ES

井上卓也

ステレオサウンド 94号(1990年3月発行)
特集・「最新CDプレーヤー14機種の徹底試聴」より

 聴感上での帯域バランスを重視し、あまり広帯域のfレンジとせず巧みに総合的な音をまとめた印象が強い手堅いモデルだ。ロッシーニは、音の細部にこだわらず素直なバランスの音を聴かせる。表情は真面目で少し抑える傾向があるが、ややウォームアップ不足気味の音と思われる。ピアノトリオは、柔らかく線の細いピアノと硬質なヴァイオリン、線が太く硬さのあるチェロのバランスとなるが、金属的に響かないのが好ましい点だ。しかし、響きが薄く、厚みがいま一歩不足気味である。ブルックナーは、線が太く硬い鉛筆で描いたような一種の粗さがあり、演奏会場のかなり後ろの席で聴いたような音の遠さがある。平衡出力にすると、バランスは広帯域型に変り、全体に薄いが独特のクリアーさ、シャープさのある音になり、高域はむしろ透明感がかげりがちだ。ジャズは薄味の軽快指向のまとまりで、表彰が表面的になりやすく、低域の質感をどうまとめるかがポイントだ。

エソテリック P-2 + D-2

井上卓也

ステレオサウンド 94号(1990年3月発行)
特集・「最新CDプレーヤー14機種の徹底試聴」より

 聴感上でのS/Nが優れ、音場感情報が充分にあり、奥行き方向のパースペクティヴ、上下方向の高さの再現ができるのが最大の特長。試聴は2度行ない、聴取位置は中央の標準的位置だ。細部の改良で基本的な音の姿・形は変らないが聴感上でのS/Nが向上したため、低域の質感や反応の素直さをはじめ、全体の音は明瞭に改善されている。ロッシーニは、柔らかいプレゼンスのよい音である。音の細部はソフトフォーカス気味に美しく聴かせるが、各パートの声や木管などのハーモニクスに適度な鮮度感があり、薄味傾向の音としては、表情もしなやかで一応の水準にまとまる。ピアノトリオは、サロン風のよく響く音だが、表情は少し硬い。ブルックナーは、奥深い空間の再現性に優れ、予想より安定した低域ベースの実体感のある音である。平衡出力では、音場感は一段と増すが、音の密度感、力感は抑えられる。ジャズはプレゼンスよく安定感のある低域ベースの良い音だ。

イケダ IKEDA 9R

早瀬文雄

ステレオサウンド 93号(1989年12月発行)
「BEST PRODUCTS 話題の新製品を徹底試聴する」より

 イケダ9Rはカンチレバーをもたず、針先を直接発電コイルに取りつけたダイレクトカップル構造で有名な一連の同社製カートリッジ中、トップモデルである9EMを改良した製品である。
 発電コイルの見掛け上の重量を軽減できるカンチレバーのもつメリットをあえてかなぐり捨てて、垂直に立てられたコイルに直接針先を取りつけ、カンチレバーの固有音を排除したダイレクトな響きを追求している点に変わりはない。軽量化されたコイルの発電効率を上げるため、大型のサマリウムコバルト製マグネットとパーメンジュール製ヨークを新たに採用し、超強力な磁気回路を構成しており、0・17mVという、充分な出力が確保されている。
 今回、垂直に立てられたコイルを支えるコニカルダンパー(約0・2mmの肉厚をもつ球形、中空のゴム製)をコイルに対して、ダンピングが下がるよう配置角度が改められ、しかも肉厚は0・2mmよりさらに薄くなっているとのことだ。
 なお構造に関しては本誌79号352頁に長島達夫氏が詳細にわたり解説されているので参照していただきたい。
 リファレンスに用いたオルトフォンMC30スーパーIIのような、現代的な繊細感や透明感、ディティールのミクロ的な分解能を追求したタイプと比較すると、音像の輪郭は太めでマクロ的な表現になり不満をのこす部分もあるが、ざっくりと音像を掘り起こすような、曖昧さのない表現力はこの製品ならではのものだと思う。さらに、音場の奥行きや音像の大きさ、定位感も自然だ。
 クラシック系のオーケストラでは、響きに重厚な安定感がつく。特に響きが薄く浮ついた輝きがのりがちな管楽器群は、厚みがつき力のある深々とした響きとなり、弦楽器群も特にコントラバスの重厚さに関していえば、ハイコンプライアンスカートリッジからは得にくい響きの質量感とでもいうべきものが感じられた。
 愛聴盤を聴きすすんでいくうちに、大袈裟にいえば、このカートリッジが作り出す音場の雰囲気には、華麗な色彩感や光沢感は薄く、むしろ日本的な潔癖さで煩悩を浄化、鎮静するような趣があるように思えた。それは、水墨画の沈み込む瞑想感に引き込まれるようなところにも似たものかもしれない。したがって、レコーディングの物理的な質のみを追求したソースでは、その特徴がやや曖昧になるものの、歴史的名演、銘盤の再現性、音楽的訴求力という観点からいえば、これは他の製品では得られない独自の世界を聴かせるものとして、アナログの音の入り口としての大きな存在感をもつものと感じた。なお、試聴はマイクロSX8000IIにSMEシリーズVを取りつけた状態で、適宜、トランス、ヘッドアンプなどを選別しておこなった。

ササキアコースティック CB160M-ST, LA-1

早瀬文雄

ステレオサウンド 93号(1989年12月発行)
「オブジェとしてのミュージックシステム」より

 どれほど長い時間聴き続けても、演奏が終わったとたん、それがどんな音だったのか、うまく思い出せないようなオーディオ装置というものがある。
 ぼくがその夜、久しぶりに聴いた彼の音がそうだった。まずいことは何もないはずなのに、あきらめきったように淡白な響きで演奏そのものまでが平面的になっているように感じられた。それは、ちょっとした気のせいだったのかもしれないが、それにしても彼の中で何かが変わりつつあることはたしかなようだった。
 リスニングルームからダイニングルームへ移ると、調光器で柔らかく照らされた空間にコーヒーのいい香りが漂っていた。
 キッチンから彼の細君が細い腕で重たそうにコーヒーポットを抱えて出てきた。彼女のことはぼくも学生時代からよく知っていた。ほっそりと背の高い、個性的な美人だ。二人は結婚してから、そろそろ一年になるはずだった。背後ではバッハの無伴奏チェロ組曲がとても小さな音でなっていた。不思議に部屋の隅々までよく広がる、古典的で素朴な響きだった。美味しいコーヒーが味覚を手厚くもてなしてくれてはいたが、ぼくの意識はすでに音楽そのものに奪われていた。それはあまりにも懐かしい演奏だったのだ。
 サイドテーブルの横にあった棚の中に、ぼんやり紫色の光を発する円盤状の奇妙な物体が置いてあった。彼女は立ち上がると、その物体についていた小さなつまみをほっそりとした指でそっと触れた。
 その瞬間、音楽がやんだ。
 そんな風にして、ぼくはその物体がアンプであることを知った。
 なつかしさが現実感を喪失させ、感情がゆっくりと逆転していくと、そのアンプの奇妙な形態は、まるで小さなタイムカプセルのように見えはじめた。
 どんなスピーカーが鳴っているのかな、とふと思った。音が鳴りやんでも静かに記憶に残るような懐かしい響きだった。
「おもちゃさ」と彼がいった。そして、「彼女がみつけてきたんだ」、そういって、薄く笑った。
 彼女はコーヒーのおかわりをついだ後、アンプのつまみに触れた。ジョン・レノンの「イマジン」がそっと鳴り始めた。その瞬間、ぼくの中で心が軋む音がして、わずかな痛みがあとに残るのがわかった。
 彼女はぼくがここへやって来た本当の理由を知っていたのかもしれない。そう思って振り返ると、棚の上に小さなガラスの球体が二つ、適当な距離をおいて並んでいるのが見えた。スピーカーだった。
 それは何かを伝えようとしている。透明な瞳のオブジェのように見えた。
 ぼくはそのことの意味をぼんやりと考えながら、暗い夜道、遠い家路についた。

パイオニア S-77TwinSD

井上卓也

ステレオサウンド 93号(1989年12月発行)
特集「ザ・ベストバイ・コンポーネント 458選」より

大型のエンクロージュアを採用し、開放的な音と音場感の良さを売り物とした前作を受け継ぐ第2世代の製品であり、無共振設計の破面制御ホーンは、SN比が高く、高級機に匹敵する音が引き出せるだろう。
★★★

ビクター SX-500II

井上卓也

ステレオサウンド 93号(1989年12月発行)
特集「ザ・ベストバイ・コンポーネント 458選」より

音色が明るく、伸び伸びとよく鳴り、ナチュラルで過不足のない帯域バランスと素直に広がる音場感、定位の正確さが好ましい。反応は軽快で、小音量時にもバランスを崩さない点は、軽量振動系ならではの特徴。
★★★

ソニー CDP-R3

早瀬文雄

ステレオサウンド 93号(1989年12月発行)
「BEST PRODUCTS 話題の新製品を徹底試聴する」より

 CDP-R3は上級のセパレートCDプレーヤーシステム/CDP-R1a+DAS-R1aの組合せを一体化し、合理的にコストダウンしたものとみることができる。
 ここにはいくつかの新しい試みがなされているが、中でもパルスD/Aコンバーターといわれる1ビットD/Aコンバーターが搭載されている点に特に注目したい。
 これまで1ビットD/Aコンバーターには、フィリップスのビットストリーム型とNTT/松下のMMASH型の二つがあったが、ここへきてビクター及びソニーから、それぞれMASH型を発展させた独自のモデルが登場し、多様化の要素を呈している。
 1ビットDACは、決してマルチビットDACに逆行するものではない。メーカー自身、他の呼び方で1ビットであることを隠しているケースが多いが、限界が見えつつあるハイビット、ハイオーバーサンプリングDACの次代を担うものと考えた方がよさそうだ。
 1ビットDACの精度は特に時間軸によって規定されており、あくまでも縦の電圧変化としてではなく、信号を横の時間軸の幅に置き換えて処理していると思えばいい。たとえば、ラダータイプのDACで問題となるような微分非直線歪み、グリッチ、ゼロクロス歪みが原理的に発生せず、これまでのCDで難しいとされていたローレベル(ピアニシモ)での音の美しさが期待できると考えられている。
 CDP-R3はCD再生時、45MHz(1秒間に4500万回)の動作周波数でパルスを出し、その密度の変化としてデジタル信号を処理する。CDの16ビットのデジタル情報をそのまま1ビットで処理し、しかもCDの約98dBのダイナミックレンジを確保する際に問題となるS/N(量子化ノイズによるもの)を上げるため、いわゆるMASH(Multi stage noise Shaping)という処理を施している。これは簡単にいえば、量子化雑音を信号帯域外に押しやるもので、一種のNFBとMFBを組み合わせたようなものといえる。その一方、ジッターを解消するために、マスタークロックとパルス生成回路を直結したダイレクト・デジタルシンク・サーキットが、新たにD/Aコンバーターに内蔵された。また、サーボ型のアースを分離したGTSサーボが採用されている。これによりサーボ系の音質への悪影響なくす一方、ディスクへの追従性も高めている。デジタル系とアナログ系で独立した2つの電源トランスは、1つのケース内に樹脂充填して収められ、機械的な共振を抑えたツインコアトランスとしている。
 テスト機はまだプロトタイプの段階のようで、音質に関しては断定的なことをいえないが、Dレンジ感を強調しないおとなしい表現は、耳あたりが良く、ローレベルでも有機的な繋がりのある端整な響きが聴けたと思う。

オーディオクラフト PE-5000

早瀬文雄

ステレオサウンド 90号(1989年3月発行)
「スーパーアナログコンポーネントの魅力をさぐる フォノイコライザーアンプ12機種の徹底試聴テスト」より

 ゲイン36dBと、MCダイレクトはやはり厳しく、ウエスギU・BROS5L (ローインピーダンス用)を用いてステップアップした。このトランスをもつ音色や繊細感をきちっと表現しつつ、オルトフォンMC70の個性も出してくるあたり、入力系に対する反応にも鈍さがないと聴けた。
 色彩変化のグラデーションに偏りや過不足も少なく、陰影感も自然で、眩しさや曇りもない。一度に多くの音響要素が重なりあう瞬間での分離はほどほどで、強い音がのってくると音場感の揺れがまだ残る点もやや気になる。しかし、音場の広がりは下位機種に比し、さらに拡大され、前へ向かってくる響きのエネルギー感、奥へ奥へと広がっていく響きや余韻の出方にも、らしさが感じられた。スピード感を要求する音楽への対応も、カートリッジの能力を踏まえた上で充分なものと思う。外来ノイズ対策に充分留意して使いたい。

マイクロ EQ-M1 + PS-M1

早瀬文雄

ステレオサウンド 90号(1989年3月発行)
「スーパーアナログコンポーネントの魅力をさぐる フォノイコライザーアンプ12機種の徹底試聴テスト」より

 本体5万円、とりあえずAC電源を使用すると8万円で、今回テストした製品の中では驚くほど割安感がある。ゲインを考えるとこれはMM用と考えるべきで、MCの使用では何らかの昇圧手段が必要だ。
 ということも含め、オプションとして電源にバッテリーが用意されていたり、接続はバランス、アンバラの両方対応できる点など、使いこなしの楽しみも多くあって、CDからオーディオに入り込んで、さらなる一歩をアナログに求めてみようかという人には、これはよい製品ではないかと思う。とくにメーカーも推奨しているように、バッテリー駆動、バランス接続としたときの、情報量の増加、S/Nの改善による透明感の向上などをまのあたりにすると、やはりAC電源、アンバラ接続には戻したくなくなる。基本的には生真面目でやや暗い性格のある響きだが、妙な個性がないだけに安心して使えるホビーツールだろう。

スタックス PS-3 + EMC-1

早瀬文雄

ステレオサウンド 90号(1989年3月発行)
「スーパーアナログコンポーネントの魅力をさぐる フォノイコライザーアンプ12機種の徹底試聴テスト」より

 これは強烈な個性をもった製品だ。いい意味で、このソフトな響きは柔らかさを求める人にとっては貴重な存在となり得る。とにかく硬い芯というものが存在しない。まるで圧力釜で長時間煮込んで、骨まで柔らかくしたような響き。蜃気楼のような音場。音像は霞のようにたなびき、あたりの空気まで希薄になったようだ。硬質なメリハリ強調型のカートリッジも、エネルギーが吸い取られ、形骸化するように耳あたりが良くなる。
 そういう点で、たとえば音の骨格、響きの立体的構築性をたっとんだ音楽には不向きな存在かもしれない。
 あくまでも、この漂うような脆弱な繊細感をもった雰囲気たっぷりの響きを活かしたい。脂っぽい感触はなく、むしろ植物的な響きなので、長時間聴いても消化不良をおこすことはまずないだろうが、音楽的空腹感がやや残るかもしれない。

ウエスギ UTY-6

早瀬文雄

ステレオサウンド 90号(1989年3月発行)
「スーパーアナログコンポーネントの魅力をさぐる フォノイコライザーアンプ12機種の徹底試聴テスト」より

 中高域のやわらかなふくらみと細身で緩やかに減衰するハイエンド、軽く控え目な低域の表現、濃厚な色彩表現と縁のないつつましい響き、などがこの製品の個性を形成している。
 アキュフェーズC280Lとは明らかにミスマッチの印象で、ぎりぎりのところで、UTY6が内にもった淡い個性が擦過され傷つけられているように思えた。これは、 U・BROS10と組み合わせて使うべきものなのだろう。とはいえ、鋭い立ち上がりを要求する響きにまったく追従しないということはなく、単に積極性に欠ける傾向があるということだろう。ある種の管球アンプが聴かせるような、長閑な響きが行き過ぎて間延びするようなところはなく、穏やかだが一応芯のある響きを聴かせてくれた。組合せに充分注意し、カートリッジを厳選することによって、このアンプがもつ傷つきやすい長所は、もっと活かされるはずだ。

ヤマハ HX-10000

早瀬文雄

ステレオサウンド 90号(1989年3月発行)
「スーパーアナログコンポーネントの魅力をさぐる フォノイコライザーアンプ12機種の徹底試聴テスト」より

 端正に引き締まった、あいまいさのない響きは涼しげな空気感、透明感があっていい。じめじめしたウェットな暗さのない、明るい音場には、健康的でクリーンな雰囲気がある。演奏家のコンセントレーションがさらに高まって求心力もついてくる。時に、やや硬質な輝きがつくこともあるが、たとえばMC70のセラミックボディのくせをそれとなく聴かせてしまうあたり、情報処理能力の高さを物語るものだろう。
 パルシヴな響きに付随する余韻の爆風のようなエネルギー感もかなりのもの。しかも、その飛散する響きの方向性を正確に再現し、かつ強い音が重なっても音像の崩れや音場の揺れがないのは立派。強力な電源、不要共振を排除した大袈裟ともいえる凝ったコンストラクションが功を奏しているのだろう。しかし、このチカンカラー、ゴールド、木目の配色や大仰なデザインは個人的にはやや違和感を覚える。

ラックスマン E-06

早瀬文雄

ステレオサウンド 90号(1989年3月発行)
「スーパーアナログコンポーネントの魅力をさぐる フォノイコライザーアンプ12機種の徹底試聴テスト」より

 音が出た瞬間、おやっと思わず身をのりだし、音楽を聴く心のテンションが高くなってくる、あるいは音楽そのものに、うっかり聴き惚れてしまう──、そんな響きが、ここにはたしかにあった。ディティール再現の高い精度が、楽器のアコースティックな響きを明確かつ自然に鳴らしわける。特定帯域につっぱりやたるみがなく、つながりが自然。倍音成分が素直な余韻を引きながら、音場の隅々まで自然にひろがる。音楽の立体構築がようやくみえはじめた。パルシヴな響きは凝縮されたエネルギー感をもち、透明な空間に飛散する様がスリリングだ。響きの行間に潜む闇の深さ、沈黙の意味を語りうる数少ない製品の一つといえる。ぎらつきがちな響きさえ、ややくすんだ上品な陰影感でまぶしさを巧みに抑えてくれる良さがあり、厳格なアナログディスク派のみならず、アナログ回帰を考慮中のあなた、これは必聴です。