菅野沖彦
スイングジャーナル 10月号(1969年9月発行)
「SJ選定新製品試聴記」より
スピーカー・システムの傑作が登場した。クライスラーCE1acがそ だ。最近の音響製品の中で、注目すべき商品だと思う。このスピーカー・システムを初めて見る時、まず、そのかっこよさに目を奪われるだろう。そのかっこよさは表面だけのものでは決してなく、細部に至るまで、ものを創る人の細かい神経と愛情の通った入念な仕上による本物のかっこよさなのである。サランネットをつけないで裸で使う時のことを考えて、バッフル板の表面は美しく仕上げられ、紗をかけられたオリーブ色のウーハーを基調にメカニカルな美しさに満ちたデザインである。サランネットといえば、これが色ちがいが3枚も付属していて部屋や好みに応じて選択できるようになっているのも心憎いかぎりだ。しかし、このサランの色は私個人としてはどれもあまり感心しないもので、このシステムはサランをはずして裸で使うのがベストである。音質上もそのほうが断然よろしい。ウーハーの周囲はレザー張り、上半分は艶消し黒色仕上げで、2個のアッテネ一夕ーを中心に美しいレター・プリントが施されている。後面には、チャンネル・システム用のダイレクト・インプットとネットワーク使用の2種のインプットが美しく並び、その切換スイッチもターミナルも上等だ。オーディオ機械作りのアマチュアリズムとプロ精神が見事に調和した作品という雰囲気が溢れている。
さて肝心の音だが、これだけの入念な外装仕上げをする心が音をおろそかにする筈はない。真に美しい外観というものは機能を象徴するものであるし、本来、メカニズムのデザインというものは、そうしたものでなければならない。このCE1acの音のまとめには、クライスラーのスタッフはALTECをモデルにしたといっている。ウェスターン・エレクトリック時代からの澄んでのびやかな音の流れをくんでいるアルテックのシステムの本領は大型ホーン・システムによるのだが、その音を、小型ブックシェルフで追求しようという、まことに虫のよいぜいたくな欲求から、このスピーカー・システムは生れたのである。したがって、音質はアルテック系の大型システムのもつ、抜けのよさを狙いながら、システムの構造は、ARをモデルにしている。そもそも、アメリカにおけるアルテックとARという両者は、互いに大変意識し合っているライバル同志で、そのセオリーの点で、また、音質の点でも、対照的な存在である。一言にしていえば、アルテックの音は先程から何度も書いたが、透明である。ARの音は締って無駄がない。このCE1acは、構造的にアコースティック・サスペンションの完全密閉型、つまリAR型も採用しているので、その低音域の充実した締りはこのタイプ共通のものをもっている。そしてバランス的には、中音域から高城にかけての抜けがよいので、たしかにアルテックに共通したキャラクターなのだ。SJ試聴室では、アルテックのA7システム(箱は同社設計の国産だ)を標準システムとしておいてあるが、これと切換えてみて、その音域バランスにはかなり似通った個性を認めた。また、私個人、自宅でゆっくり試聴する機会にも恵まれたが、標準になるバランスをもちながら、音に味があってアトラクティヴである。周波数特性だけフラットなシステムには、時として音の生命感のない、つまらないものが多いが、このシステムには個性があって音楽が生きるのである。29、900円という価格とのバランス上からも価値のある商品であると思う。さんざんほめそやしたが、かといって、さらに欲をいえばいえなくもない。高域の甘美な味わいがもっとソリッドで品位の高い音になればなおよい。とにかくこの製品は、最近のヒット商品とするに足るすばらしいもので、私の録音したレコードも録音した当人として納得のできるバランスて、しかも音楽の生命溢れる再生が聴かれたことをつけ加えておこう。
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