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スタックス SR-ΛPro + SRM-1/MK2Pro、AKG K240DF

菅野沖彦

ステレオサウンド 75号(1985年6月発行)

特集・「実力派コンポーネントの一対比較テスト 2×14」より

 本誌72号で私は、スタックスのSRΛプロとSRM1MK2というエレクトロスタティックヘッドフォンを〝とっておきの音〟として紹介した。そこで私が述べたことは、リスニングルームの影響を受けやすいスピーカーシステムのセッティングやバランス調整において、感覚の逸脱のブレーキとして役立つこのヘッドフォンの効用についてであった。詳しくは、72号を御参照願いたいが、質のよいヘッドフォンが、一つのリファレンスとして有効であることを再度強調したいのである。いくら、シンプルな伝送系で音の鮮度を保つのがよいとはいえ、部屋の欠陥をそのままにしてピーク・ディップによりバランスのくずれた音を平然と聴いているようでは困るのである。その調整が、部屋の音響特性の改善であれ、イコライザーによるコントロールであれ、音響特性の測定だけでは、まず絶対といってよいほど、音のバランスを整えることは無理である。一つの目安・判断の材料として測定は有効だし必要だが、仕上げは耳によるしかないというのが私の持論である。しかし、ここには大きな落し穴があって、不安定な情緒に支配されやすい人間のこと、測定データ以外に、実際の音のリファレンスがあることはたいへん便利である。その点、ヘッドフォンは、部屋の影響は皆無であり、必要帯域のバランスを聴きとるにはたいへん都合がよいのである。もちろん、ヘッドフォンとスピーカーとでは、その伝送原理が根本的にちがうので、何から何まで同じにすることは不可能であるし間違いでもあるが、音楽のスペクトラムバランスのリファレンスとしては充分に活用出来るのである。
 SRΛプロは、そうした意味で、ここ一年あまり、私の調整の聴感上のリファレンスとして活躍しているのである。また同時に、ヘッドフォン特有の効用で、これで音楽を楽しむのも面白いし、このヘッドフォンのトランジュントのよい、自然な音色は、その圧迫感のないハーフオープンの快さと相侯って、質のよいサウンドを聴かせてくれている。
 そしてごく最近、オーストリアのAKGから出たK240DFスタジオモニターという、ダイナミック型のヘッドフォンに出合い大いに興味をそそられている。このヘッドフォンは、まさに、私がSRΛブロを活用してきた考え方と共通するコンセプトに立って開発されたものだからである。K240DFのカタログに書かれている内容は、基本的に私のSRΛプロの記事内容に共通するものであるといってよい。ただ、ここでは、これを使って調整するのは、部屋やスピーカーではなく、録音のバランスそのものなのである。つまり、よく整った調整室といえども、現実にその音響特性はまちまちで、同じモニタースピーカーが置かれていてさえ、出る音のバランスが違うことは日常茶飯である。私なども、馴れないスタジオやコントロールルームで録音をする時には、いつもこの問題に悩まされる。便法として、自分の標準とするに足るテープをもっていき、そこのモニターで鳴らして、耳馴らしをするということをすることさえある。さもないと、往々にしてモニタ一にごまかされ、それが極端にアンバランスな場合は、その逆特性のバランスをもった録音をとってしまう危険性もある。
 K240DFは、こうした問題に対処すべく、ヘッドフォンでしかなし得ない標準化に挑戦したもので、IRT(Institute of Radio Technology)の提案によるスタジオ標準モニターヘッドフォンとして、ルームアクースティックの中でのスピーカーの音をも考慮して具体化されたものである。そして、その特性は平均的な部屋の条件までを加味した聴感のパターンに近いカーヴによっているのである。つまり、ただフラットなカーヴをもっているヘッドフォンではない。ダイヤフラムのコントロールから、イアーキヤビティを含めて、IRTの規格に厳格に収ったものだそうだ。そのカーヴは、多くの被験者の耳の中に小型マイクを挿入して測定されたデータをもとに最大公約数的なものとして決定されたものらしい。AKGによれば、このヘッドフォンは〝世界最小の録音調整室〟と呼ばれている。部屋の影響を受けないヘッドフォンだからこそ出来るという点で、私のSRΛプロの使い方と同じコンセプトである。
 録音というものは、周波数やエネルギーのバランスだけで決るものではないから、これをもって万能のモニターとするわけにはいかないが、最も重要な部分を標準化する効用として認めてよいものだと思う。ステレオの定位や左右奥行きの立体スケール、距離感などは、スピーカーのコンセプトでまちまちであり、これをバイノーラル的なヘッドフォンで代表させることには問題があるが、この件に関しては、ここでは書き切れない複雑なことなのである。
 しかし、このK240DFのコンセプトは、スタジオモニターとしてのヘッドフォンの特質をよく生かしたもので、私が、ことさら興味を引かれた理由である。
 そこで、この二つのヘッドフォンを比較試聴したのであるが、コンデンサー型のSRΛプロと、ダイナミックのK240DFとでは当然、音の質感に相違がある。
 SRΛプロの高域の繊細な質感は特有のもので、ダイナミック型を基準にすれば、ある種の音色をもっているとも感じられる。これはコンデンサーマイクロフォンにも共通した問題で、私個人の意見では、生の楽音を基準にすれば、どちらも同程度の音色の固有現象をもつものだと思うのである。ハーモニックス領域の再生はSRΛプロのほうがはるかにのびているが、これは、通常、音楽を聴く条件では空間減衰聴こえない領域ともいえる。コンデンサーマイクロフォンによって近距離で拾ったハーモニックスの再生が、よく聴こえすぎるために、高域に独特の質感を感じるものともいえるのである。この点、K240DFのほうは、最高域がおだやかで、空間減衰を含めたわれわれの楽音の印象に近いので、より自然だという印象にもなるだろう。低域もちがう。K240DFはシミュレーションカーヴのためか、たしかにスピーカーの音の印象に近く実在感のある低音である。SRΛプロは、風のように吹き抜ける低音感で、これが、また、スピーカーでは得られない魅力ともいえるのだ。ただ、やや低音のライヴネスが豊かに聴こえる傾向で、これはキャビティ形状などの構造によるものと思われる。
 しかし、両者におけるバランスのちがいは、スピーカー同士の違いや、部屋の違いそして、置き場所や置き方の違いなどによる音の差と比較すると、はるかに差が少なく、いずれもがリファレンスたり得るものだと思って間違いない。そしてリファレンスとしてではなく、ヘッドフォンとして楽しむという角度からいえば、SRΛプロの、コンベンショナルなスピーカーシステムでは味わえないデリカシーとトランジェントのよさが光って魅力的である。重量は、K240DFが240g、SRΛプロが325gだが、耳への圧力感ではSRΛプロのほうが軽く感じられる。しかし、装着感のフィットネスはK240DFのほうがぴたっと決って心地よい。SRΛブロのほうは、やや不安定に感じられるが、これは、個人の頭蓋の形状やサイズにもよることだろう。価格の点ではSRΛプロはイヤースピーカー用のドライバーユニットを必要とするコンデンサー型であり、当然高価になるので、両者のトータルパフォーマンスを単純に比較するのは無謀というものであろう。
 ヘッドフォンは、つい簡易型あるいはスピーカーの代用品のように受けとられがちだが、決してそういう類いのものではなく、独自の音響変換器として認識すべきものである。いうまでもないことだが、耳の属性と心理作用と相俟って、全く異なった音像現象を生むもので、ヘッドフォンによるバイノーラル効果は、伝送理論としてもステレオフォニックとは独立した体系をもつものである。
 この二つの優れたヘッドフォンは、それぞれ異なるコンセプトと構造によるものであるが、いずれも、録音モニターとしても再生鑑貴用としても高度なマニア、あるいはプロの要求を十分満たすものであることが実感できた。

ウエスギ UTY-5、マイケルソン&オースチン TVA-1

菅野沖彦

ステレオサウンド 75号(1985年6月発行)

特集・「実力派コンポーネントの一対比較テスト 2×14」より

 上杉研究所から新しく登場したアンプ、UTY5は、UTY1、U・BROS3に継ぐ、第三世代のパワーアンプである。
 これに対して、マイケルソン&オースチンのTVA1は、同社の第一世代のパワーアンプで、1978年発売以来、既に7年を経過した製品である。
 真空管アンプとしての設計技術は、今や完成の域に達して久しいが、それらが、必ずしも、同じような音では鳴らないというところは、他のオーディオ機器同様、きわめて興味深い問題である。この二機種の音も、かなり対照的な音といってよく、UTY5の端正で瑞々しい音の美しさに対し、TVA1の熟っぽく力強い音の魅力は、それぞれに個性的ではあるが、その個性は、ある普遍性をもったものとして、第一級のアンプであることを認識させてくれるのである。
 TVA1に関しては本誌でも度々紹介されているので、UTY5に関し少々その内容を御紹介することにしよう。
 UTY5は、モノーラルアンプとして完成され、ステレオには2台使用するし、2台をパラレル駆動させ(合計4台)、約2倍のパワーとして使うことも可能である。パワー管EL34/6CA7プッシュプルによる出力は40ワットである。基本的には、上杉研究所の一貫したポリシーに貫かれたもので前作U・BROS3のコンセプトを踏襲し、安定性と長寿命というディペンダビリティに周到な配慮を払った製品で、40ワットという、ひかえ目なパワーの設定もそのためである。事実、アンプの発熱は、真空管アンプとしては最小に留められている。U・BROS3との最も大きな違いは、先に述べたモノーラルアンプということと、出力段の回路構成にみられる。U・BROS3が、KT88のUL接続で、NFBを出力トランスの三次巻線から初段のカソードへ返していたのに対し、UTY5はEL34/6CA7のプッシュで、出力トランスにカソード専用の四次巻線を設けたカソードフィードバック方式を採用している。この特殊トランスは、上杉研究所とタムラ製作所の協同開発になるもので、これ以外のトランスも全面的にタムラ製作所製を採用している。初段はECC83/12AX7のパラレル接続で増幅・位相反転はECC82/12AU7のカソード結合によっている。電源部はチョークの採用、コンデンサーインプット方式など、基本的にはU・BROS3に準じた余裕のある、周到な設計である。構成は、手前に電源トランスとチョーク、そして初段から出力段の真空管が並び、出力トランスと、信号の流れをそのまま部品配置に置きかえたシンプルなものである。パワートランスと出力トランスが両側に高さがそろって並んでいるので、重量的にも、外観上もバランスがよくとれていて美しい。両トランス間に真空管群が保護されているような形になり、持ち運びも具合がよい。細かい神経による心配りが、いかにも上杉流である。部品配置、配線のワイヤリングなどは整然としたもので、ストレイキャパシティの有害なシールドワイヤーは使われていない。
 全体の仕上げは塗装で、ハンマートーンのトランス、チョークカバーとシャーシの色調は渋い中間色で落着いた雰囲気を感じさせる。この点だけでも、クロームメッキのシャーシにコア一丸出しで精悍さを感じさせるTVA1とは対照的である。そして、片方が、KT88から70ワットという高い出力を捻り出しているのも、ひかえ目なパワーに抑えているUTY5のコンセプトと対をなしていて面白い。たしかに、プレート電圧をプレート損失とのかね合いで規格ギリギリにかけて、高出力を得るというのは、球の寿命にとっては好ましくはない。上杉研究所は、U・BROS3でも、低目の電圧でリニアリティを確保し、球を労わって使っていた。しかし、私の昔の体験だと、この辺りの球の使い方は、ただ単にパワーの差だけではなく、音の量感のちがいとしても感じられたのを記憶している。それに単純に結びつけていうのは間違いかもしれないが、TVA1の音とUTY5の音の根底に潜むちがいに、多くの要因の一つとして、こんなことを思い出した。もちろん、トランスや球などの素子や部品のちがい、回路構成、その工作、コンストラクションなど、全ての無数のファクターの集積が音であり、そのうち、どこかがちがっても音は変るのが実情であるから、下手な推測はしないほうがよいようである。
 両者を徹底的に比較せよ、というのが編集部の命令であるが、個体としてのちがいは、いまさらいちいち取り立てて述べるまでもないほど違うのだ。小は線材から、大はトランス、球まで、ことごとく違うのである。たったひとつ、共通しているのは、電圧増幅に使われているECC83/12AX7という伝統的な真空管だけである。TVA1も、当時としては、きわめて進歩的な考え方でNFB量を低く抑え、裸特性を重視し、TIM歪の発生に着目した周到さの見られるアンプだが、NFBのかけ方は、出力トランスの二次側から初段のグリッドへ返すというコンベンショナルな方法をとっていて、UTY5とは全く違う。つまり、この両者に共通点を見出そうとしても、それは真空管式のパワーアンプの基本的なセオリーぐらいのものである。
 そこで、この両者の音の聴感上のちがいをやや詳しく述べることにしようと思うのだが、これがまた、個体差と同じようにちがうのである。一言にしていえば、頭初に書いたようなちがいなのだが、このちがいは、まさに人文的なちがいとしか思いようも、いいようもない。血のちがい、文化のちがい……つまり、人間のちがいである。
 どちらのアンプも、小規模なラボラトリーの製品で、手造りによる、一品、一品、丹念に仕上げられたものだけに、そこには製作者の感性が表現されているといってよいであろう。アンプの設計製造という技術的なコンセプトを通して、音という抽象的な、それ故に無限の可能性をもつ美的世界に、それが自然に滲み出たという他はあるまい。両者共に、これを作品として世に問うからには、十分な自信と満足の得られているものにちがいないからである。
 UTY5には、日本的な繊細さと透明さ、そしてTVA1には、コケイジアンの情熱的な息吹きと激しさが感じられるのである。それは、あたかも水彩画と油絵の美しさのちがいのようであり、フグやヒラメなどの白身の魚の美味と、ビーフやボークのスパイシーなソースによる料理のちがいのようでもある。
 オーケストラを聴くと、UTY5は、旋律的な印象であり、TVA1は和声的な響きである。これがまた、スピーカーとの組合せで、それぞれの美しさが多彩に変化するところが複雑だ。本誌の試聴室においては、JBLの4344で比較試聴したのだが、力感ではTVA1が圧倒的であり、透明さとまろやかさではUTY5が、ことのほか美しかった。そして、マッキントッシュXRT20をUTY5で鳴らしたことがあるが、この組合せでは、ふっくらとした柔軟さが加わり、しなやかな情緒が魅力的であった。そしてTVA1とXRT20の組合せは、大分前の記憶によるが、力強い低音に魅せられた。ブラスはTVA1の得意とするところだが、ウッドウインドはUTY5が、はるかに透明で清々しく美しい響きであった。
 こうした印象記から推測していただけると思うけれど、この二つのパワーアンプの特徴は、当然音楽の性格に結びついて、それぞれの良さを発揮するが、究極的には、それを使う人との感性の一致が鍵であろう。
 かつて、亡くなったジュリアス・カッチェンというピアニストと親しくしていたが、彼は、ヤマハのピアノの音の美しさに讃辞を呈していた。「こんなに透明で美しい音の楽器を弾いたことがない」と嬉しそうに賞めていたのを思い出す。
 また、ニューヨーク在住のデビッド・ベイカーという録音エンジニアは、ダイヤトーンの2S305を絶賛していた。
 どちらも、異文化のもつ香りへの憧れではなかろうか……と、私は感じたものだ。そして、ドイツ人の録音制作者、マンフレット・アイヒャーが私の家のJBLのシステムを聴いて「これがJBLとは信じ難い。あなたの録音と似ている。日本人はパーフェクショニストなんだなあ」といわれた。さらに、「日本の牛肉もそうだ」といったのである。確かに、日本の牛肉、それも極上の和牛は世界に類がない。しかし、時々ぼくは、そのあまりにも洗練された味に、牛肉特有の香り──悪くいえば獣の匂いだが──が不足するとも思える。牛肉は本来、もっと強烈なフレイバーがあると思うのだ。
 こんなことを思い出させられるような、二つのパワーアンプの音の対照が興味深かった。もちろん、作る当人達の意識とは無関係だし、意識があったら嫌らしい。そして、この自分達固有の特質というものは、時として卑下に連ることもある。日本人は特にその傾向が強いが、外人にもそれはある。特に最近、多くのアメリカ人達が自国の文化を卑下し嫌悪する話を聴かされることが多い。自分たちの文化に誇りをもち、異文化に畏敬の念をもちたいものだ。

オンキョー Grand Integra M-510

菅野沖彦

ステレオサウンド 79号(1986年6月発行)

特集・「CDプレーヤー・ダイレクト接続で聴く最新パワーアンプ48機種の実力テスト」より

 全体的にグラマラスで豊潤なムードをもった音のアンプで、刺激的な音や小骨っぼさはない。かといって分解能は十分高いし、力感もあり、決して太りすぎのものではない。つまり、このアンプの音の滑らかさやボディのついたふくよかさがもつ個性として理解したい。スピーカーのドライブ能力は非常に高く安定していて乱れがない。ソプラノは派手に響かず艶っぽいし、低域の量感がずっしりとした響きの造形をつくる。各楽器の音色的特徴の鳴らし分けがやや鈍い傾向は指摘してもよい。

音質:8.6
価格を考慮した魅力度:9.0

トーレンス Reference、ゴールドムンド Reference

菅野沖彦

ステレオサウンド 75号(1985年6月発行)

特集・「実力派コンポーネントの一対比較テスト 2×14」より

 トーレンス/リファレンスとゴールドムンド/リファレンス。恐らく、アナログディスク再生機器として最後の最高級製品となるであろう2機種である。その両者共にヨーロッパ製品であるところが興味深い。西ドイツ製とフランス製で、どちらもが〝リファレンス〟と自称しているように、自信に満ちた製品であることは間違いない。名称も同じだが、価格のほうも似たり寄ったりで、どちらも300万円台という超高価である。共通点はまだある。ターンテーブルの駆動方式が、両者共にベルトドライブである。アナログレコードプレーヤーの歴史は、ダイレクトドライブに始って、ダイレクトドライブに終るのかと思っていたら、そうではなかった。ベルトやストリングによる間接ドライブが超高級機の採用するところとなり、音質の点でも、これに軍配が上ったようである。ぼくの経験でも、たしかに、DDよりベルトのよく出来たプレーヤーのほうが音がいい。
 一般論は別として、この両者は共に、フローティンダインシュレ一夕ーを使って内外のショックを逃げていること、本体を圧倒的なウェイトで固めていることにもオーソドックスな基本を見ることが出来る。だが、プレーヤーとしての性格は全く異なるもので、それぞれに頑として譲れない主張に貫かれているところが興味深く、いかにも、最高の王者としての風格を感じるのである。
 この両者の最大の相違点は、ピックアップ部にある。
 トーレンス/リファレンスは、本来、アームレスの形態を基本にするのに対し、ゴールドムンドのほうは、アーム付である。いわば、ターンテーブルシステムとプレーヤーシステムのちがいがここに見出せる。そして、ゴールドムンドは、そもそも、リニアトラッキングアームの開発が先行して、T3というアームだけが既に有名であったことを思えば当然のコンセプトとして理解がいくだろう。このリファレンスに装備されているのはT3Bという改良型だが、基本的にはT3と同じものである。このリニアトラッキングアームは単体として評価の高かったものだが、実際にこれを装備するターンテーブルシステムとなると、おいそれとはいかなかったのである。そこで、ターンテーブルシステムの開発の必要にも迫られ、いくつかのモデルが用意されたようだ。このリファレンスは中での最高級機である。この場合、リファレンスという言葉は、T3リニアトラッキングアームのリファレンスといった意味にも解釈出来るが、広くプレーヤー全体の中でのリファレンスというに足る性能を持っていることは充分納得出来るものであった。
 これに対して、トーレンスのリファレンスは、ターンテーブルシステムが剛体、響体として音に影響を与える現実の中で一つのリファレンスたり得る製品として開発されたものであって、やや意味の異なるところがある。したがって、こちらは、コンベンショナルな回転式のトーンアームなら、ほとんどのものが取付け可能だ。それも、三本までのアームを装備できるというフレキシビリティをもたせているのである。結果的にターンテーブルシステムに投入された物量や、コンセプトは同等のものといってよいが、このプレーヤーシステムとしての考え方と、ターンテーブルシステムとしてのそれとが、両者を別つ大きなターニングポイントといえるのである。
 デザインの上からも、このちがいは明らかであって、ゴールドムンド/リファレンスは、コンソール型として完成しているのに対し、トーレンスのほうはよりコンポーネント的で、使用に際しては然るべき台を用意する必要がある。そのアピアランスは好対照で、ゴールドムンドのブラックを基調とした前衛的ともいえる機械美に対し、トーレンスのモスグリーンとゴールドのハーモニーはよりクラシックな豪華さを感じさせるものだ。
 両機種の詳細は、本誌の64号にトーレンス/リファレンスを私が、73号にゴールドムンド/リファレンスを柳沢功力氏が、共に〝ビッグ・サウンド〟頁に述べているので御参照いただくとして、ここでは、この2機種を並べて試聴した感想を中心に述べることにする。
 ステレオサウンド試聴室に二台の超弩級プレーヤーが置かれた景観は、長年のアナログレコードに多くの人々が賭けてきた情熱と夢の結晶を感じさせる風格溢れるものであって、たまたま、そばにあった最新最高のCDプレーヤーの、なんと貧弱で淋しかったことか……。これを、技術の進歩の具現化として、素直に認めるには抵抗があり過ぎる……閑話休題。
 ゴールドムンド/リファレンスは先述のように、リニアトラッキングアームT3BにオルトフォンMC200ユニバーサルを装着。トーレンス/リファレンスにはSME3012Rゴールドに同MC200を装着。プリアンプはアキュフェーズのC280(MCヘッドアンプ含)、パワーアンプもアキュフエーズP600、スピーカーシステムはJBL4344で試聴した。
 リファレンス同志の音は、これまた対照的であった!
 ゴールドムンドは、きわめてすっきりしたクリアーなもので、これが、聴き馴れたMC200の音かと思うような、やや硬質の高音域で、透明度は抜群、ステレオの音場もすっきり拡がる。それに対して、トーレンスは、MC200らしい、滑らかな質感で、音は暖かい。ステレオの音場感は、ゴールドムンドの透明感とはちがうが、負けず劣らず、豊かな、空気の漂うような雰囲気であった。温度でいえば、前者が、やや低目の18度Cぐらい、後者は22度Cといった感じである。低域の重厚さとソリッドな質感はどちらとも云い難いが、明解さではゴールドムンド、暖かい弾力感ではトーレンスといった雰囲気のちがいがあって、共に魅力的である。さすがに両者共に、並の重量級プレーヤーとは次元を異にする音の厚味と実在感を聴かせるが、音色と質感には全くといってよいほどの違いを感じさせるのであった。これは、アナログレコード再生の現実の象徴的な出来事だ。プレーヤーシステムの全体は、どこをどう変えても音の変化として現われる。この二者のように、トーンアームの決定的なちがいが、音の差に現われないはずはないし、ターンテーブルシステムにしても、ここまで無共振を追求しても、なお残される要因は皆無とはいえないであろう。それが証拠に、同じトーレンスでも、リファレンスとプレスティージとでは音が違うのである。だから、かりに、ゴールドムンドにSMEのアームをつけたとしても(編注:専用のアームベースを使用すれば可能)、同じ音になることはないだろう……。ましてや、このリニアトラッキングのアームとの比較は、冷静にいって、一長一短である。トラッキングエラーに関しては、リニアトラッキングが有利だとしても、響体としてのQのコントロールや、変換効率に関しては問題なしとは云い難い。これは、両者に、強引にハウリングを起こさせてみても明らかである。いずれも、並の条件では充分確保されているハウリングマージンの大きさだが(ほとんど同等のレベルだ)、非現実的な条件でハウリングを起こさせてみると、その音は全く違う。ゴールドムンドのほうが、周波数が高く、複雑な細かい音が乗ってくる。トーレンスのほうが、周波数が低く、スペクトラムも狭い。この辺りは確かに、両者の音のちがいに相似した感じである。不思議なもので、ゴールドムンドのアピアランスと音はよく似ているし、トーレンスのそれも同じような感じである。つまり、ゴールドムンドは、どちらかというとエッジの明確なシャープな輪郭の音像で、トーレンスのほうがより隈取りが濃く、エッジはそれほどシャープではない。この域でのちがいとなると、もう、好みで選び分ける他にはないだろう。正直なところ、私にも、どちらの音が正しいかを判断する自信はない。しかも、カートリッジやアンプ、スピーカーといった関連機器も限られた範囲内でのことだから、単純に結論を出すのは危険だ。
 操作性でも、どちらとも云い難い。どちらも、操作性がよいプレーヤーとはいえないだろう。ゴールドムンドは、プレーヤーシステムとしての完成型であるから、本当はリードイン/アウトもオートになっていてほしいと思った。エレクトロニクスのサーボ機構を使っているメカニズムであるし、プッシュスイッチによる動作やデジタルカウンターという性格などからして、そこまでやってほしかった。針の上下だけがオートなのである。指先で、カートリッジを押してリードインやアウトをさせるのは、この機械の全体の雰囲気とはどうも、ちぐはぐである。
 一方、トーレンスは、全くのマニュアルで、大型の丸ツマミによる操作であり、これもリフトアップ/ダウンだけはオートで出来るものの、決して操作のし易いものではない。ただ、これは、見るからにマニュアルシステムであるから違和感はないのである。しかし、どちらもアナログディスクの趣味性を十二分に満してくれる素晴らしい製品である。

チェロ AUDIO PALETTE

菅野沖彦

ステレオサウンド 75号(1985年6月発行)
「BIG New SOUND」より

 マーク・レヴィンソンといえば、オーディオ愛好家なら誰一人として知らない人はいないだろう。そのマーク・レヴィンソン氏が、最近、チェロというメーカーを起し氏特有のデリカシーとパーフェクショニストぶりを遺憾なく発揮した製品開発を再開した。
 その第一弾が、ここに御紹介する〝オーディオパレット〟である。といっても、これは初めての造語であるから、どういう機械だか解らない方も多いにちがいない。まず、この機能の説明から始めなければならないだろう。一言にしていえば、これは〝音色バランスコントローラー〟である。つまり周波数イクォライザーであるが、グラフィックイクォライザーという言葉は使うべきではない。グラフィックというのは視覚的という意味で、パターンとして眼で判別できる機能にこそあてはまる。このオーディオパレットは、むしろ、そのグラフィックに真向から対立するコンセプトにこそ特徴のあるイクォライザーであって、このことを理解しないと、この製品の意図を誤解することになるし、ひいては、この製品の価値に疑いをもつことになるだろう。あえて、グラフィックイクォライザーに対する名称を与えるとすれば、これはエステティックイクォライザー(esthetic frequency equalizer)とでもいうべきものである。グラフィックイクォライザーが、周波数特性がグラフィックに見ることにより調整するという、いかにも物理的な観念で作り出されたものであるのに対し、このオーディオパレットは、実際に音の変化を聴きながら、レコード(プログラムソース)からスピーカーの鳴る部屋の音までのトータルの感覚的に調整する機械なのだ。そして、その調整が最も有効かつ容易におこなわれるための、周波数帯域の設定、カーヴの設定、増減幅とそのステップの設定に綿密で周到な配慮と、ノウハウが投入されている。さらに、この機能を万全に働かせるため、きわめて精密なパーツの特製により、最高の次元のメカトロニクスに具現したところが、いかにもマーク・レヴィンソンらしさである。
 因みに、そのコントローラーは、15Hz、120Hz、500Hz、2kHz、5kHz、25kHzの6ポイントを中心に巧妙な帯域幅と組み合わされ、15Hzでは±29dBにまで及んでいる。そして、その増減度は、帯域によって異なると同時に、500Hz、2kHzではワンステップが0・25dBという精密さまで持っているのである。そのコントローラーは抵抗式でラチェットは削り出しの59接点2連式の超精密型である。プリント基板は見るだに美しいディスクリート構成で、5000個にも及ぶというパーツ類全て超高級品で、この機器の挿入による宿命的なロスを最少限に食い止め、そのメリットを大きく生かすのに役立っているのである。大型トロイダルトランスによる充実した電源部とそのレギュレーターによる高品位なパワーサプライを見ても、この製品の並々ならぬ高品位性が納得出来るであろう。左右チャンネルを上下二段構成にまとめたシャーシーコンストラクションも本物だ。
 誰が、かつて、このような機能をもった機器を、このような作りの高さで仕上げること考えたであろうか。まさに常識をはるかに逸脱した信念と執念の情熱的結晶である。
 さて、肝心の効用について述べなければならないが、初めに断っておきたいことは、この〝オーディオパレット〟の使い手に要求される能力についてである。
 もちろん、誰が使っても、すぐ使えるし、それなりに音の変化は楽しめる。この機械をリスニングポジションの前方に置いて、音を聴きながら、それぞれのレコードで、あるいは、それぞれの音楽のパートでコントロールすることで、まるで、指揮者や録音ミキサーのリハーサルのように、音色を自由に制御できる喜びを味わえるであろう。一度これを使ったら、やめられなくなる魔力をも感じられるであろう。オーディオによるレコード音楽の鑑賞は、聴き手の再演奏であるというぼくの持論からも、この〝オーディオパレット〟の存在には決して否定的ではない。どうぞ御自由に……といいたいところなのだが……。まかり間違うと、とんでもないバランスで音楽を聴くことにもなりかねないのである。イクォライザーによる音の変化は、専門のミクサー達にとっても決して容易な仕事ではない。音楽のあるべきバランスの直感的判断力を要求される仕事なのであって、それには長年のキャリアを必要とする。それだけに、このパレットを使うことによって、自身の音楽的感性を磨くことも可能であるし、熟練すれば、レコードや機器や部屋の欠陥を補うことも容易である。このあたりを十分認識して使いこなすことが出来れば、これはたいへんな機器になる。ぼくがエステティックといったのは、美学には感性と、その裏付けとなる造詣が必要であるからだ。
 この〝オーディオパレット〟をさわって、まず感じることは、そのアッテネーターの抜群のフィーリングである。廻しているだけで快感をおぼえる。そして、これは増減を大幅にやりながら、だんだん細かく攻めていくというのが使い方のノウハウである。初めからワンステップやツーステップを恐る恐るカチカチやっていても埒があかない。大胆に大きく左右に廻す。そこから、感じを把んで、徐々に微調整に入る。重要な帯域は0・25dBステップだから、この辺りが、最後のツメとして絶妙な効果が期待できる。まことに心憎いばかりの配慮である。考えようによっては、高価なスピーカーやアンプの買い替えからすれば、この高価格も馬鹿げた出費ではないとも思えてくる。しかし、現実に、これを一枚一枚のレコードでいじっていたら、肝心の音楽を聴いている暇はない。調整が終わった頃にはレコードも終りかけている……ということもあり得る。また、ある程度、固定させて使うことを考えると、グラフィックのほうがよいように思えてくる。また、メモリー機構もほしくなる。しかし、それでは、〝オーディオパレット〟は生きないのだ。つまり、この〝オーディオパレット〟は、プロ級の実力をもつものが使ってこそ初めてその威力を発揮するといえるだろう。だから、録音スタジオなどでは、従来のイクォライザーとはちがった使い易さと、クォリティの高さで真価を発揮するように思われる。いうまでもないが、SN比、歪率などの物理特性は最高で、イクォライザーIN/OUTでの音の鮮度の差は全く問題なしといいきってよい。オーディオパレット、つまり、音の調色機とは云い得て妙である。
 なお、これには、2チャンネルの入力ゲインコントロールと出力のマスターコントローラー、そして3Dのセンターレベルコントローラー、正逆の位相切替スイッチ(いわゆるアブソリュートフェイズ切替)もついていて、3Dによる左右チャンネルのセパレーションコントロールも可能である。サブウーファー的な3Dというよりも、むしろ、中央定位用の広域センターチャンネルを意図しているらしい。

京セラ C-910

菅野沖彦

ステレオサウンド 76号(1985年9月発行)
特集・「CD/AD 104通りの試聴テストで探る最新プリアンプの実力」より

 バランスとしてはまとまっているが、音色的には楽器によって、ニュートラルさをか欠いた音色で不自然さが気になる。特にハイエンドに特徴があって、ハーモニックス成分の再生に不満が残る。低音域の量感はあるのだが、少々重く鈍い。パフォーマンスは水準だが、単体プリアンプとしての音の品位や洗練度では、もう一息の感じがする。物理特性にも、一段の向上を望みたいし、バランス作りにはさらに磨き上げがほしい。
[AD試聴]Fレンジの広い、そして、そのバランスが重要なオーケストラの再生で、高域に異質な質感が聴かれることがある。そのため、ヴァイオリン群の響きにしなやかさが乏しく、やや華やかになり過ぎる。ステレオの空間感の再現は若干狭く、ステージの奥行きの見通しが悪い。ジャズでは、ベースがこもり気味で、弾みが十分ではないので、スイングしにくい。重く、量感だけで迫ってくる感じが強い。ピアノの音色も冴えたところがなく鈍いほうだ。
[CD試聴]ADでの印象と大きく変るところはないようだ。ジークフリートのマーチのイントロのティンパニーの音色の抜けが少々悪い。中域の厚味がやや不足する感じで、強奏での音のマッシヴな響きが、やや薄くもなる。力感のある音なのだが、繊細な音色の再現が苦手なためか、音楽の愉悦惑が薄れる。ベイシーのピアノの粒立ちが平板になるし、ベースの音もやや重く弾力感が不足するのが惜しい。明るい音だから一つ繊細さが加われば……と悔まれる。

オーディオテクニカ AT-ML170

井上卓也

ステレオサウンド 75号(1985年6月発行)
特集・「いま話題のカートリッジ30機種のベストチューニングを探る徹底試聴」より

 標準針圧では、最初にボディに静電気が帯電し激しいパチパチノイズが出た。ボディを僅かに湿らせ帯電を除く。軽く爽やかに伸びた音で低域は柔らかく自然な帯域バランスが特徴。わずかに中高域にあるキャラクターが魅力で、音は奥に拡がるタイプである。
 針圧上限では、重く、反応鈍くNG。針圧下限では、広帯域型に変わり、軽快な音だ。低域は軟調、音場感に優れる。約1・125gで、程よく音の芯がクッキリとした、安定感と華やいだ軽さのあるスムーズな音が聴ける。低域は柔らかく、表情は穏やかで歪感が少なく、長時間聴ける音。スクラッチノイズは、このクラスとしては、質量とも可。
 ファンタジアは、やや女性的な印象のピアノで、適度の華やかさ、滑らかさが特徴。立上がりは甘いが、雰囲気が良く、サロン的なまとまりだ。
 アル・ジャロウは、低域が軟調傾向で、リズミックな反応が遅く感じられ、もう少しメリハリが必要であろう。

イケダ Ikeda 9、メルコア PHYSICS 95

菅野沖彦

ステレオサウンド 74号(1985年3月発行)
「いま真摯なアナログディスクファンのために クラフツマンシップが息づくふたつの手づくりカートリッジ」より

 私の手許に、今、新しい二種類のカートリッジがある。どちらも既成のメーカー製品ではなく、それぞれ手づくりの製品で、これを造った人の情熱と努力の結晶である。レコードから、より精緻に情報を拾い出したいと願う真摯な技術欲、とでもいった精神から、これらのカートリッジが生まれたことはいうまでもないが、この二つのカートリッジにまつわる技術的バックグラウンドが、きわめてユニ−クなオリジナリティをもつもので、私の知る範囲で、その製作者と、製品の特徴について記し、アナログディスクファンの御参考に供したいと思う。

 まず、時期としても先に登場した〝フィジックス95〟カートリッジから述べよう。
 平沢金雄氏が、その開発者である。私は氏を、ずい分昔から知っていた。一緒にヨーロッパ旅行をしたこともある。ギター演奏を専門とする音楽家であるが、オーディオへの関心の強い氏は、私が知己を得た10年以上も前から手造りでカートリッジを製作しておられた。私が録音したレコードを大変高く評価して下さり、特にピエール・ブゾンのピアノによる〝ラ・ヴィ〟は、氏がリファレンス・レコードとしても愛聴されているという嬉しい話をうかがったこともある。音楽は専門家だが、外国語も堪能で、科学技術知識が豊かな平沢氏のシャープな人柄は、一度会ったら忘れられない。
 その氏から連絡があったのは昨年の九月頃で、久しぶりのことだった。実はその少し前に、私の手許に平沢氏が開発した新しいカートリッジとトランスが届けられ、聴いてみるようにとの連絡を受けていたのである。しかし、その製品は、何故か左右出力が逆相であり、しかも意図的にそうしてあると説明があったのだ。疑問をもった私に、平沢氏が直接説明に来られたのだが、氏の説明によると、現在のすべてのステレオレコードの逆相カッティングこそに重大な欠陥があって、それをカートリッジ側で、再び逆相にして正相にもどしているのが間違いであり、氏のカートリッジは、カートリッジそのものは正相であるというものであった。なるほど、たしかに、45/45ステレオカッティングは、ステレオ初期のモノーラルとのコンパチビリティを得るために、逆相カッティングにより垂直方向の振動を水平方向化するという、当時としては巧妙な方法と思われる実技的手段をとっていて、それが、そのまま現在に及んでいるものだ。したがって、現在のすべてのステレオカートリッジは逆相接続によって、結果的に正相に戻しているわけだから、平沢氏の説明の通りなのである。しかし、平沢氏の正相接続では、結果的にスピーカーからは逆相成分が再生されるので、私の耳には、その不自然さが気になって、その段階では納得できなかった。では何故、あえて、平沢氏がカートリッジそのものでカッティングの逆相に対処しなかったのか? ここが、きわめて重要なボイントなのである。
 私が平沢氏と御無沙汰していた長い年月の間、氏は、物理学を始め、生理学、心理学などの勉強に没頭され、氏が、かねがね感じられていたレコードの音への疑問の探究に明け暮れておられたらしい。その結果、氏が自信をもって発表されたことは、レコード再生音のもつピッチの不明確さという重大な問題であった。これは、本来、440Hzのピッチに調弦された楽器の音が、録音再生のプロセスを経ることにより、ひどい話では、435Hz〜455Hzいう実に20Hzもの範囲に拡がってしまうというものである。つまり、その範囲にびっしりと幅をもってピッチが並んでしまう……いわば、写真におけるピントの甘さが、千分の1ミ
リの線を百分の1ミリの幅に拡げてしまうような現象だと氏は説明されるのである。そして、これを、スプレッド現象と呼び、再生音の新しい歪現象として提唱されたのである。例えば、A=440Hzに調弦されたギターの演奏のレコードをプレイバックして、これに合せてギターを弾く場合、ターンテーブルの回転が正しく33 1/3rpmならば、演奏するギターをA=440Hzに調弦すれば、ピッチは正しく合う。ところが、再生音からスプレッド現象が起きている場合、ギターの調弦をA=435Hzにずらせても、あるいは逆に、A=450Hzにあげても、レコードの音とピッチが合ってしまうというものだ。平沢氏にこれを実験してもらって私も驚嘆してしまった。このいわばピッチ歪というものは、いまのところ電気的に測定するのが不可能なのだそうだ。つまり、平沢氏によると、すべての電気回路、素子は、多かれ少なかれ、このスプレッドというピッチ歪をもっているということなのである。
 私も、以前にこれに似た経験をしたことを思い出す。もう20年も前、ある録音をしている時に、私の親しいギタリストが、電気楽器とのアンサンブルで、その楽器とはピッチが厳密にとれないといい出され、仕事が中断してしまったことがある。ギタリストは電気楽器がこわれている! といってきかないし、電気楽器の演奏をしていたお嬢さんはおろおろするばかり。しかし、私たちの耳にはユニゾンでのピッチのずれは気にならないので、そのまま録音し、プレイバックしたのであるが、ギタリストも再生音で納得してしまった。また、発振器のちがいが音色のちがいとして感じられる経験もさせられた。
 オーディオ機器は、その録音再生のプロセスで、多くのスプレッドを出しているらしいが、この元凶の一つが逆相カッティングにあるというのが平沢氏の指摘であり、カートリッジ側で戻すことによって、さらにスプレッドが増加するといわれるのであった。しかし、私も頑固だから、だからといって逆相ステレオの気持ちの悪さのほうが耐えられないから、これでは承服し兼ねるといいはったのが昨年秋であった。そのスプレッド現象は、どうやら、ある種の物性でもあるようで、その後、フィジックス95カートリッジの改良によって、コンベンショナルな接続……つまり、他のカートリッジと同様の位相処理でも大幅に、このピッチ歪を減少させることになったという新型が、平沢氏から送られてきた。
 私は残念ながら、絶対音感はもっていないが、相対的なピッチについての判断、それらによって影響される音色の変化があるとすれば、それにはアブソリュートな判断の自信はある。だから平沢氏の実験によりピッチ歪のあることは確かに自分で確認できた。しかし、平沢氏のいうようにすべての音色問題がスプレッドに起因するとは思えないのである。あらゆるカートリッジがもっている音色的な個性は、スプレッドの他にも原因があって、多くの諸歪が、すべての機器にはまだ残っていると信じている。しかし、オーディオに、こういう現象が起こることを、今まで、誰も指摘していないし、ましてや、それをコントロールする技術に挑んだのは平沢氏だけであろう。なんらかの物質を、必要に応じた加工方法をもって使わねばできあがらない機械についてこの新しい技術的発想と実験は高く評価してよいと思う。また物性以外に起因する、 スプレッド現象──例えば、逆相のカッティングのような──についても、まだまだ研究のメスを入れる余地が大きいとも思われる。
 平沢氏は物性について、グレードを問題にすべきだと主張する。鉄材、無酸素銅、金などが、加工プロセスで変質し、スプレッド現象を増加させるため、ただ、不純物の混合の度合いだけで判断するのは、オーディオ用としては早計に過ぎるという痛烈にして当を得た批判も展開される。部品による音色の違い、電流の質によるそれなど、従来、耳で聴いて指摘されてきた音の違いに比して、従来の物理学の追求は追いつかないが、それは物理学には質の係数が欠けているからだと説明するのである。そして、このように、物の質の解明を行なわず、有用性のみで科学文明を押し進めれば、あらゆる汚染が重なり合うことになるとも敷衍するのである。オーディオという人間の最も鋭敏細妙な感性を対象とする機械文明を通して、新しい物理学を提唱するという意味で、このカートリッジに〝フィジックス〟という名称がつけられたそうだ。
 この製品はMCカートリッジ(ヘッドシェルを含む)とそのトランスの組合せでスプレッドを抑さえ込むというもので、必ず一対で使用すべきであろう。聴感上の音色、音質は多くのカートリッジの中でもっとも癖を感じさせないニュートラルなものという印象である。まったくの手造り製品で、そのデザインや仕上げに夢はなく、お世辞にも美しいものではないが、材質、加工、形状のすべてをスプレッド現象抑制を目的に、ひたすら忠実な変換器に徹するコンセプトから生まれたわけだから仕方がないだろう。
 それにしても、こういう製品に接すると、いまさらながら、オーディオの不可解さと、その怪しげな美と魅力の世界について考えさせられてしまう。いろいろな音を出すカートリッジについて、いつも、毒が薬になったり、本当に毒になったりする複雑な実態に悩まされているが、だからといって、この製品が唯一無二の正しい音を聴かせてくれるカートリッジの終着点だと思い込む自信もまったくない。悩み、惑いは果てしなく続くものなのであろう。
 もう一つの新しいMCカートリッジもユニークな製品である。
〝IKEDA9〟がその名称だ。池田勇氏の作品である。池田氏とは、もう30年を優に超えるおつき合いだ。池田氏は、その一生をカートリッジ設計製造に捧げてきたといってもよい人物で、SPレコード用のピックアップの時代から、この仕事に携わっておられる超ベテランのカートリッジ専門家である。私が氏に初めて会ったのは、昭和28年頃と記憶するが、学生時代、なけなしの小遣いをはたいて買った、グレースのモノーラルLP用カートリッジF1の修理を依頼するため、品川の同社を訪問した時だ。その後、独立されて、FRカートリッジのフィデリティリサーチ社を創立され、数々の優れた製品を手がけられたが、昨年、同社を離れ、わずらわしい会社経営から解放されて、長年の構想の実現であるこの製品の手造りを始められた。FR1からFR7まで、氏の作ったMCカートリッジの実績は世界中にMCカートリッジブームを巻き起こす力となったほどであった。その池田氏が、今度は自身の名を冠したカートリッジを発表されたのである。
 その内容はきわめて挑戦的なもので、ちょうどカッターヘッドと相似の構造である。いいかえれば、針先の動きをダイレクトに発電するという理想を具現したものである。つまり、このカートリッジにはカンチレバーはない。あるのは、針先を支える小さく軽いアルミホルダーのみ、ここから直接、コイルがそれぞれ45度方向に結合され、その先端が半球型のダンパーに固定されている。コイルは弓型に巻かれ、サスペンションを兼ねている。前後方向の支持は特殊な緩り線で後方に引っ張っている。半球型のダンパーと書いたが、正確にはマッシュルーム型で、この形状になるまでに、どれだけの苦労があったことか……。確かに、初めは半球型で、ニップルダンパーと呼んでいたが、製品になる段階では現在のマッシュルームダンパーとなった。針先の動きを直接コイルに伝えるダイレクトカップリングの理想をこれほど追いつめた製品は世界に他にないだろう。いうはやすし、おこなうは難しで、このアッセンブリーは至難の技である。とても、とても、量産などできるしろものではない。針先の音を直接聴いてみたいというカートリッジの鬼が執念で作り上げたカートリッジという他ない。頭で考える人はいても、誰も手をつけることができなかった構造だ。発電コイルは同時にサスペンションでもあり、その弓型の形状やダンパーの接合、髪の毛よりも細い線を巻いて硬め、これをチップホルダーに固定するというのは、まさに離れ技といってもよく、その困難さは想像以上だろう。ヘッドシェル一体型構造で、指かけまでアルミ切削のボディは、池田氏自身の手による旋盤加工で、シンプルだが美しいものだ。
 また、もともと、池田氏はFR1の開発以来、一貫してピュアMC、つまり、磁性材の巻枠をもたない空芯コイル方式をオリジナリティとしてきたわけで、ここにもそれは守られている。もっとも、この構造では巻枠など入り込む余地はないし、振動系の軽量化を著しく損ねる。
 音の質感は明らかに一味違う。繊細で、あまり微弱な間接音が出るので戸惑うほどだ。
 トーンアームへの取り付けは相当厳密に行ない、ディスクに対するラテラル方向を入念に調整しないと、敏感に影響が現れる。また、構造上、ほこりがつきやすいので、柔らかい刷毛で注意深くクリーニングをすることも大切だ。条件を整えると、このカートリッジならではの曖昧さのない、締まったソリッドで、明確な輪郭をもった音像の魅力が他では得られぬ再生音として聴かれるであろう。相当敏感なカートリッジだけに、レコードのあらも鋭敏に再生する。イージーに安心して聴き流すというタイプではない。カートリッジ自体で、少々のあらは吸収してしまうという実用性を期待すると見当ちがいである。車でいうと、きわめて俊敏なスポーツカーといった感じで、整備のミスや運転のミスは許されないといった傾向のエンスージアスト好みの性格に共通したところがある。
 いかにも趣味性の高いアナログディスクファン好みの製品である。イージーハンドリング、イージーリスニングの便利な機械の氾濫はある面、このオーディオの世界をつまらないものにしていると思うのだが、そんな時代にあって、こうしたカートリッジの登場は喜ばしい。これは、あたかも針先と発電コイルがダイレクトに連るように、ユーザーと、製作者の池田氏がダイレクトに連ってオーディオを共に苦しみ、共に楽しむことのできる製品なのである。だからこそ、池田氏も、これに象徴的、あるいは抽象的な名前をつけないで、ダイレクトにIKEDAという名前をつけたのであろう。このカートリッジをもつことは池田氏と友人になることのように思えるものだ。これは、今のオーディオに欠けているものではないだろうか。大量生産、大量販売という体質からは得られないことだし、そうした体質から生まれることができる製品ではないのである。大きな資本と組織でなければできないこともある。しかし同時に、そこには失われるものもある。この製品に接して私は、先に述べた30年以上も前の池田氏との出合いの頃の、楽しかったオーディオのことを想い出した。あれこれと苦労をしなければ、まともな音を出せなかった時代だけに、その楽しさも格別のものであったように思えるのである。
 こんなわけで、この製品は、誰にでもすすめられるというものではない。池田氏のチャレンジに共感し、このカートリッジの本質を理解する人にとって興味深く、魅力的なものといえるであろう。

JBL 120Ti

井上卓也

ステレオサウンド 74号(1985年3月発行)
「Best Products 話題の新製品を徹底解剖する」より

 JBLからコンシュマープロダクツの新ラインナップとして、Tiシリーズが登場することになった。この新シリーズは、従来のL250をトップモデルとしたしシリーズに替わるべき製品群で、現在、250Ti、240Ti、120Tiと18Tiの4モデルが発売されているが、そのモデルナンバーから類推しても、120Tiと18Tiの中間を埋めるモデルが、今後登場する可能性が大きいと思われる。
 新シリーズの特徴はスコーカーの振動板にJBLとしては、初めてのポリプロピレン系の材料と、既にコンプレッションドライバーユニットのダイヤフラムとして、2425、2445に採用されているチタンをトゥイーターダイヤフラムに採用したことである。ちなみに、Tiシリーズの名称は、このチタンから名付けられたものだ。
 新シリーズの4モデル共通に採用されているトゥイーター044Tiのダイヤフラムは、25μ厚のチタン箔をダイヤモンドエッジと特殊形状のドーム部分とを下側から渦巻状の窒素ガスを吹付けて一体成形してあり、ドーム部は、強度を確保するために放射状に配した4本のメインリブと2本の同芯円リブ、さらに、両者の交点をつなぐサブのリブを組み合せた特殊構造により、2425などに採用された250μ厚のチタンと同等の強度を得ており、従来の044と比較して出力音圧レベルが、3dB、許容入力も30Wのピンクノイズに耐えるまでに向上しているという。また、周波数特性も−3dBで23kHzと伸び、ダイヤフラムが軽量化されたため、過渡特性も優れ、デジタル録音に素晴らしい立上がりを示す。
 一方、ポリプロピレン系の振動板もJBLとしては初採用だが、従来の紙に替わって新採用されたのは、19Tiの16cm口径ウーファーが最大のサイズであり、それ以上の口径では、紙のほうが便利との結論のようであり、安易に、より大きな口径のコーン型ユニットに採用しないのは、名門の見識とでもいいたいところだ。ある雑誌に240Tiの36cmウーファーも特殊ポリプロピレンコーン採用とのリポートがあり、一瞬、驚かされたが、資料をチェックしてみれば明らかに誤報である。それほど、ポリプロピレンで大口径コーン型ユニットを開発することは、困難であるわけだ。なおJBLで採用したポリプロピレンは、炭素粉を適量混入して硬度を上げているとのことで、3ウェイ構成以上のコーン型スコーカーは、すべて、この特殊ポリプロピレンコーン採用である。
 その他、エンクロージュア関係では、フィニッシュがチーク仕上げとなり、グリルが、フローティング・グリルと呼ばれるグリル枠の反射によるレスポンスの劣化を防ぐ構造が新採用されている。また、上級2モデルは、バッフルボードの端にRをとった、ラウンドバッフル化が特徴である。
 今回、試聴した120Tiは、Lシリーズでは、ほぼ、L112に相当するユニット構成をもつ3ウェイ・システムである。
 30cmウーファーは、独特な魅力のあるサウンドで愛用者が多いアクアプラス複合コーン採用で、表面からスプレーをかけて黒に着色してある。磁気回路は当然のことながらJBL独自のSFGタイプだ。
 13cmコーン型スコーカーは、特殊ポリプロピレン振動板採用の104H、トゥイーターは、シリーズ共通のチタンダイヤフラム採用のドーム型ユニット044Tiだ。
 エンクロージュアは、リアルウッドのチークを表面に使い、40年間のキャリアを誇るJBL伝統のクラフトマンシップを感じさせるオイル仕上げであり、ユニット配置は左右対称ミラーイメージペアタイプであるが、左右の木目はリアルウッド採用の証しで、絶対に一致することはない。
 また新シリーズは、Lシリーズではバッフル面にあったレベルコントロールが、スイッチ型になり裏板の入力端子部分に移され、不要輻射を防ぐとともに、接点部分の信頼性が一段と向上し、音質的なクォリティアップがおこなわれている。
 試聴は、スタンドにビクターLS1を、底板にX字状にスタンドが当たる使用方法ではじめる。最初の印象は、JBL独特の乾いて明るい音色が、少し抑えられ、穏やかさ、スムーズさが出てきた、といったものだ。スタンド上で位置の移動でバランスを修正し、ユニット取付けネジを少し増締めすると、反応がシャープになり、全体に引締まった音に変わってくる。良い意味でのポリプロピレン系の滑らかさ、SN比の良さが中域をスムーズにし、チタンの抜けの良さが、音場感の拡がりと、低域の活性化に効果的だ。かなり楽しめる新製品だ。

オンキョー Grand Scepter GS-1(組合せ)

菅野沖彦

ステレオサウンド 74号(1985年3月発行)
特集・「ベストコンポーネントの新研究 スピーカーの魅力をこうひきだす」より

 オンキョーGS1は、オールホーンシステムという、スピーカーの構造としてはっきりとした特徴を待ったスピーカーです。低域までホーン型を使ったオールホーンシステムというのは、ダイレクトラジエーター方式のシステムと比べていろいろな点でメリットが多く、そのことは理解されていたわけですが、その反面のデメリットも非常に多かったと思います。それを理解した上で、ごくごく特殊な人たちが、そのデメリットを使いかたで何とかカバーして、すばらしい音にしているというような状況であったわけだけれども、メーカーの製品でオールホーン型スピーカーを、ここまでまとめたシステムというのは初めてだろうと思います。
 ホーン型スピーカーのメリットは何かというと、いちばん大きいのは非常にトランジェントがいいということでしょう。それから、ホーンによって非常に能率が高くできる、この2点が大きなメリットとしてあります。それに対して一般的なデメリットはなにかというと、まずホーンの鳴きがどうしてもとれないということでしょう。ダイヤフラムから出た音がホーンから放射されるときに、いろんな反射音をつくり出してしまう。そのために、本来の再生音にホーン鳴きが加わって、独特の音色をつくる。ある意味では、その独特の音色というものが、個性的なホーンのよさとして好まれている面もあったわけだけれども、正しい再生をするためには、一つの問題であったと思います。
 GS1は、ホーン型のウィークポイントとされていた部分にメスを入れたシステムで、オンキョーが一番力をそそいだのは、そのホーン鳴きをまずなくすことだったといいます。さらに、ホーン内部における音の反射をなくし、再生周波数帯域内でのリスニング位置への音の到達時間がきちんと等しくなるような努力をしたという。それによって、非常に忠実な音色というものが得られるようになったのが、このGS1の一番大きな特徴だと思います。
 今までのスピーカーシステムで、各周波数における聴取位置までの到達時間をきちんとそろえるということは──言い換えれば完全にリニアフェイズで再生するということは──ダイレクトラジエーターにおいては幾つかの例があります。しかし、ホーン型でこれを実現したというところに、このスピーカーの一番の特徴がある。それによって、スピーカーとして完璧なものになったとは言わないけれども、ホーン型スピーカーのよさというものがさらにクローズアップされることになりました。
 ただ、一方において、このスピーカーといえども、いろいろ限界がありまして、特に一番ネックになっているのは、ホーンでありながら能率が低いということです。この規模のホーンシステムならば、100dB/W/mぐらいの能率が稼げてしかるべきですが、公称値は88dB/W/mにすぎないわけです。実際には、聴感的なレベルでは、86dB/W/mぐらいの感じです。
 なぜこれほど低能率になってしまったかというと、低音ホーンに全体の能率を合せようとしたからなのです。このスピーカーの場合には、オールホーンシステムとするために、低域まで完全にホーンロードをかけています。このGS1に使われている低音用ホーンは、非常にきれいに低域までホーンロードがかかるんだけれども、低い帯域ですと非常に能率が低くなる。そこの帯域にすべてのユニットの能率をあわせる必要があったわけです。
 したがって、ホーンドライバーの能率の良さは、絞りこまれて犠牲になって使われているということで、全体としては88dB/W/mの能率しかないというところが、一番大きなデメリットです。
 そういうわけで、決してこれが理想的なスピーカーとは言えないわけですが、今までのスピーカーの歴史の中で、オールホーン型でここまでホーン鳴きと時間特性というものを追求し、それをコンシュマーユースのスピーカーとして具体化したものはなかったわけで、そこが素晴らしい。
 しかも、フロアー型のオールホーンスピーカーではあるけれども、比較的コンパクトに、家庭で使えるサイズにきちんと全帯域がまとめられているということも、これも一つの商品として見ると、非常に画期的と言えます。
 ただ、時間特性をあまりにシビアに追求し、ホーンの内部での反射を極限までカットしたことで、時間特性がスピーカーの開口面においてきれいにそろってはいるものの、実際にスピーカーをリスニングルームに置いたときには、リスニングルームの中に全体の音が拡散していきますから、したがってリスナーの位置で聴くときには、完全にあらゆる周波数帯域の時間がぴしっと一致するということは、これは無響室でもない限り不可能なわけです。しかし、ごく短いところでの一次反射の時間ずれさえなければ、あとの反射音は空間のライブネスとして私たちは認識できますから、音色の忠実性を確保するためには、非常に短い時
間でのおくれ、つまり一次反射──スピーカーのすぐ側面に反射性の壁があるというような状態でおこる──を排除するということが重要です。その点をきちんとしてやれば、このスピーカー独特の音色の忠実性というものを楽しめます。
 そういう意味で、今までのスピーカーよりも、多少、置き方とか使い方が難しいと言われるのもいたし方のないことではないかと思います。
 今まで、このスピーカーはいろいろなところで聴いてきましたが、どちらかというと能率が低いために、よほどのハイパワーアンプでドライブしない限りは、大きなラウドネスで鳴らすというチャンスがありませんでした。しかも非常にデリケートな音色の忠実性を持っているものだから、ついつい比較的低いレベルでの音のデリカシーを活かすということで、クラシック中心に聴いてきたように思うのです。
 せっかくのホーンシステムが持っているハイサウンドプレッシャーレベルの再生音の良さということを、今まで無意識ではあるけれども、聴いてこなかった。それでこの際、ハイパワーアンプで、このスピーカーから大音量再生してみたいと思ったわけです。このスピーカーの能力としても、能率は低いけれども、逆に許容入力は、オンキョーの発表データを見ても、3kWと書いてあり、88dB/W/mの出力音圧レベルでも、瞬間で3kW入れたら、相当な高いSPLに達するわけです。
 それで、このスピーカーでハイSPLの必要な音楽を聴いてみたいという、かねがね思っていたことを今回試してみました。高いSPLで再生する音楽というと、すぐフュージョンとかロックが思い浮かぶかもしれませんが、実際にはそれほど単純なものではありません。しかも、フュージョンとかロックというのは、電気楽器を多用していますから、その音を主観的にいい悪いということは自由に言えるけれども、本当に正しい音であるかどうかはわからないし、ある意味では、ソースそのものが、このスピーカーの持っているクォリティよりも悪いクォリティの音である場合が多いですから、このスピーカーの能力を考えたときに、ハイサウンドプレッシャーレベルでしかもアコースティックなものと考えた結果、僕はやっばりオーソドックスなジャズのフルバンドの演奏を、このスピーカーで聴いてみたいというふうに思いました。この組合せでは具体的に、僕が一番好きなカウント・ベイシーのオーケストラのレコードを、このスピーカーがどんなふうに再生するかがポイントです。
 ハイサウンドプレッシャーレベルでありながら、しかもアコースティックな音──つまり、新しくつくり出されたような楽器ではなくて、極端に言えば、神から授かった美しい音の楽器の音──で、しかも生き生きと体で感じるような迫力のある音楽の代表として、カウント・ベイシー・オーケストラを選んだわけです。
 また、ハイサウンドプレッシャーレベルを追求する上で、安定性とか、アコースティックフィードバックの影響を受けない点をかって、CDを主に使うことにしました。カウント・ベイシーの追悼盤として出ている『88・ベイシーストリート』。それから、『ウォームブリーズ』。この二つのCDを、このスピーカーで鳴らしてみようというふうに考えたわけです。
 『88・ベイシーストリート』というのは、カウント・ベイシーのピアノを音楽的にもオーディオ的にもフューチャーしたものと言えます。カウント・ベイシーのピアノというのは魔力といってもいいほど、たった一音を叩いただけでも、カウント・ベイシーだとわかる、独特のリズム感と音色を待ったピアノなんです。これが一体、どの程度リアリティを持って出てくるかが一つの聴きどころでしょう。
 それから、カウント・ベイシー・オーケストラのブラスセクションとサックスセクションの、怒濤のように押し寄せてくる雰囲気というのは、オーケストラのプレーヤーたちの抜群なピッチ感覚によるわけです。ピッチがすばらしいというのは、単に物理的にピッチが合っているというだけでは充分ではありません。それに加えて音楽的ピッチの良さが要求されます。つまり、ハーモニーとしてのピッチがすばらしい。そういうものが整っているからこそ、カウント・ベイシーのサックスセクション、あるいはブラスセクションというのは、こちら側を生き生きと駆り立てるような、言い換えればスウィングさせるというような音楽的特徴を持っている。その感じを、新しい技術の成果が反映したスピーカーで聴いたら、どんなふうになるだろうという期待が一番大きかったわけです。
 しかし、一方においては、さっき申し上げたように、このスピーカーの持ってる音色のデリカシーによって、クラシックも聴いてみたいという気持ちもありました。したがって、その両方をちゃんと再生でき、なおかつ、そのどちらにも第一級のレベルを求めるとなると、ドライブするアンプも一種類では難しいなという結論に達したわけです。
 具体的に組み合せる製品はどういう選び方をしたかというと、まずカウント・ベイシー・オーケストラの音を、このスピーカーから十分に引き出すことを考え、最初にアンプから選択していきました。そのときひとつの条件として、アンプの出力は今までのこのスピーカーを聴いた体験から、200Wや300Wではちょっと足りない。本当は1kWぐらい欲しいところです。しかし、1kWの出力を持ちながら音質のいいアンプというのは──SR用なら別ですが──この世にはまだありません。
 もちろん、アンプをBTL接続して、パワーを上げていくという方法もあるんだけれども、そこまで大げさにせず、一つのアンプで得られる最大パワーというのは今のところ500Wだろうと思います。500Wのアンプで、そして充分に質のいい音ということになると、私はマッキントッシュのMC2500以外に思いつかない。質と量の両立という点ではこのアンプが最右翼のアンプだと思います。プリアンプもマッキントッシュのC33を候補にあげて、MC2500との組合せを頭の中に描いたわけです。
 マッキンのC33とMC2500というのは、自分自身ずっと自宅で使っていますが、ハイパワーでありながら、ローレベルにおけるリニアリティや、あるいはデリカシーについても全く不満のないアンプで、そこが僕は好きなところなんです。
 しかし世の中にはいろんなアンプがあって、ある音量以下で聴くときは、これ以上にいいアンプというのもあるわけです。例えば、同じマッキントッシュでもMC2255の方がきめが細かい。また、他社のアンプを聴いてみますと、あるレベルででは、よりデリカシーのあるアンプというのはたくさんあります。クラシックの弦であるとか、それからピアノの本当の音色の変化、つまりピアニストによる音楽的な音色の変化──いいピアニストというのは必ず自分の音を持ってます。そういう、トップクラスのピアニストによるデリケートな音色の変化──こいうものを聴くためには、もっとニュアンスの豊かな、デリカシーのあるアンプが存在するのではないかというふうに思いまして、最近、僕の聴いたアンプの中から、これはいけると思って、頭に描いたのがカウンターポイントのSA5コントロールアンプと、SA4パワーアンプの組合せです。この二組の組合せで、このスピーカーをドライブしようというアイデアが浮かんだわけです。
 そこで、まずマッキントッシュ同士の組合せを聴いてみました。これはある程度、ぼくも既に実験済みでしたが、実際にここでまた改めてカウント・ベイシーの二枚のCDを鳴らしてみたんです。フルパワーをいれたときの非常に迫力のあるすばらしい音だけではなくて、さっき申し上げたブラスセクションとサックスセクションのユニゾン、あるいはハーモニーの正確さ、それが実際にフェイズの正確さとして、空気がわっと迫ってくる実感、リアリティというのが非常によく再現されたと思います。
 このMC2500はパワーガードのシグナルがフォルテシモでつくまでボリュウムをアップしてみても音が崩れることがありません。パワーガード機構が、波形ひずみを取り除いてスピーカーが破壊されるのを防いでいるわけです。実際、ランプがついたからといって音のひずみは感じらず、ダイナミックレンジがぐっと抑えられたという感じも全くしません。カウント・ベイシー・オーケストラのかぷりつきにいるぐらいの音圧感は十分得られました。
 さすがに、このスピーカーが持っている音色の忠実性が生きていたし、ベイシーのピアノのリズムの弾むようなところが、大音量にしてもいささかもへばりつきません。空間に自由に立ち上がるという点で、非常に満足のできる音になったと思います。
 カウント・ベイシーの音楽というのは、僕の最近の言いかたでいうと、ネアカで重厚なんです。ネアカ重厚というと、ちょっと表現が軽薄ですけど、これに尽きるわけです。スウィングする音楽というのは、人を明るくさせます。しかし、明るく、スウィングするというだけでは、本当に真の感動には至らない。音楽から得られる本当の芸術的な感動というのは、そこに非常に豊かな重厚さというものがあってこそ得られるもので、それでこそより感動が大きくなります。カウント・ベイシーのオーケストラというのは、そこに一番大きな特徴があるのです。
 具体的に言えば、サックスセクションの充実であり、リズムセクションの充実ということなんだけれども、これがスピーカーから安定して、がしっとして出てくる必要がある。ですから、トゥッティでフォルテシモになったときに、ブラスセクションのぴゃーという音だけに気をとられて、ハーモニーとしてついている中低域から低域の印象が薄れるような音になると、重厚さがなくなってしまう。
 そういう烏で、僕はこのMC2500でドライブしたときのこのスピーカーの音は、いかなるトゥッティにおけるブラスの輝かしい音が出てきても、中低域から低域のベースがしっかり安定していたと思います。つまり明るさと重厚さというのが、実に堂々とした安定感で両立し、再現されたのです。
 しかし、一方では、他にもいろいろな音楽を聴きたいわけで、このアンプでは、クラシックが荒くて、全然聴けないということでは困るわけです。その点も確認をしてみたわけですが、クラシックの微妙なニュアンスもかなりよく再現でき、このスピーカーの組合せとして自信を持ってお薦めできます。
 もう一方の、もっと違ったデリカシーやニュアンスの豊かな音楽を再現するという意図のために、カウンターポイントのSA5、SA4の組合せを試みました。そのために選んだレコードが、一つはハイドンの『チェロ・コンチェルト』。これはチェロがロストロボーヴィッチで、オーケストラがアカデミー室内合奏団です。このレコードは全く純粋なアナログ録音で、十年ぐらい前の録音ですが、自然なしなやかないい音で、オーケストラのバランス、独奏楽器とのバランスも大変にすばらしい。オーソドックスなステレオフォニックな空間の再現も大変に見事なレコードです。
 コンパクトディスクではシューマンのシンフォニー『ライン』。この交響曲第三番『ライン』は、ハイティンクとコンセルトヘボウの演奏で、これも大変に各パートのバランスがよく、しかも、それが空間の中でステレオフォニックに溶け合っていながら、細部が明瞭な、とてもいい録音だと思います。
 特に、このCDは第四楽章の弦とホルンと木管とのハーモニーがきれいに出てくれないと演奏が生きない。そこのところを聴き取るために絶好のソースです。
 それから、先ほど申し上げた、本当にいい演奏者の持っている個性的な音色のニュアンスというものを聴くために、ルドルフ・フィルクスニーのピアノのCDを使いました。
 この三枚のコンパクトディスクで、カウンターポイントを聴いたんですが、まずフィルクスニーのピアノの音色に関しては、これは文句のないものです。スピーカーの良さとともに、このSA5、SA4の組合せも素晴らしいと意識せざるを得ないほどです。フィルクスニーは、ピアノの持っているリニアリティのいい範囲だけを使うピアニストなのです。彼は直観的に、常にその楽器のダイナミックレンジというのを把握し、そして本当にきれいなその楽器のフォルテシモのピークを、彼のフォルテシモとして設定して、あとは下へずっとダイナミックスをつくつていくピアニストです。そこにフィルクスニーのすばらしさがあります。ピアニシモからピアノ、メゾピアノ、メゾフォルテ、フォルテと、音のグラデーションの、豊かさと、音量に対比した音色の変化、これがフィルクスニーのピアノの魅力の一つです。このレコードをSA5、SA4の組合せで聴いてみると、マッキントッシュでは味わえないサムシンングが出てきました。フィルクスニーの音楽の音色を通じての彼の心の温かさとか、あるいは優しさといったものが、ほぼ完璧に出てきた印象です。これはわれながら図に当たった選択でした。ですから、マッキントッシュでもうーつ欲しかった、そういう優しさ、デリカシー、温かさというのが、このカウンターポイントのときに非常によく出てたわけです。
 シューマンのシンフォニー第三番の聴きどころはどこかというと、第四楽章の、弦の各パートのバランスです。たとえていうと、この各パートのバランスというのは、ちょうどスピーカーのf特みたいなもので、スピーカーのf特にうねりがありますと、せっかくいい感覚でハイティンクが弦のバランスを調えても、それが崩れてしまう。第一ヴァイオリン、第二ヴァイオリン、ビオラ、チェロ、コントラバスとある弦楽器群を、「コントラバス少し強い、チェロをもう少し強く。メロディはいいけれども、内声が弱い…‥」と、それを整えるのが指揮者です。ですから、そこでバランスをとることで、ヴァイオリン単体でもなく、チェロでもなく、ビオラでも、コントラバスでもない合奏の音、アンサンブルの音をつくるわけです。それが、スピーカーの特性の方にうねりがあったり部屋の特性に乱れがあると、せっかくのアンサンブルのバランスが崩れてしまうわけです。これは演奏表現を台なしにしてしまうことを意味します。しかも、エネルギーバランスをととのえることに加えて、その各楽器の持っているファンダメンタルとハーモニックスの音色のバランスというものがきちっと再生される必要がある。それによって、初めて演奏の音楽性が生きるわけです。
 話は少しそれますが、よくオーディオにおいて、音楽性という言葉があいまいな表現だと言われることがあります。しかし実はそんなことはとんでもない話なんです。音楽性があるとはどういうことかというと、演奏家が入念に仕上げた音色と、エネルギーバランスとの双方がきちっと出ることなんです。ですから、音楽性とはひっくり返せば、物理特性的な問題ともいえるんです。しかし、物理特性の追求方法が現時点では──これは将来も究極の到達点はないわけですが──完璧ではありませんから、あえて音楽性という言葉も使うというように認識していただきたい。
 このハイティンクのシューマンを聴いたときの弦と木管と、少し距離と間をおいて、豊かに響くホルンの、この合奏の音色の美しさというのも、ほぼ完壁に出ていたと思います。だから、ねらいどおり、ほとんどこれは満足のいくものでした。
 そこで、今度はさっきと逆に、カウント・ベイシーのようなものが140Wの出力のこのSA4でも──もちろん500Wアンプのように、重厚に力づよく出ないにしても──ある程度、それが聴けた方がいいというふうに思い、カウント・ベイシーも聴いてみました。ところが予想と反して、びっくりするほどの充実感のあるパワーで聴くことができました。マッキントッシュと比べると、音色は一段ときれいですが重厚さが若干なくなります。つまりトゥッティで全ブラス、サックス、そしてリズムセクションがうわっと盛り上がった時、音のバランスが少し高い方へいってしまう。カウント・ベイシーのオーケストラの持っている重厚さというのが、少し明るさの方へ偏った印象になります。ですから、きれいであるけれども、もう一つ地に足のついた、どっしりとしたリズムの粘りがほしい感じです。リズムは同じものが入ってるんだから、同じはずなんだけども、粘りが欲しいなというような印象になるのは、これはやはり、ハイパワーのときのバランスの問題でしょう。140Wクラスのアンプと500Wクラスのアンプの差ではないかというふうに思います。
 ちょうどそういう意味で対照的な組合せができ上がりました。
 この組合せでは、プレーヤーはマッキントッシュのアンプ用の組合せとカウンターポイント用の組合せでは、あえて違うものを使っています。つまり、トーレンスのプレスティージにSME3012Rゴールド、ブライヤーのカートリッジの組合せと、それからマイクロのSX8000IIにSME3012R-PRO、それにAKGのP100リミテッドの組合せの二つを用意したわけです。
 プレスティージでかけますと、すべてのプログラムソースに対して、これはこれで非常に素晴らしいのですが、この際、中庸を得るよりも、重厚さをとるということをメインに考えますと、音が少し柔軟なんです。ですが、これは表裏一体で、それがいいとも言えるわけです。つまり、これは相性が悪いというわけではありません。プログラムソースで言えば、ハイドンの『チェロ協奏曲』とか、今日はCDで聴いていますがシューマンのシンフォニーをアナログディスクで聴きたいというときには、プレスティージとSME+ブライヤーの組合せはなかなかいいと思います。
 ところが、ジャズをハイサウンドプレッシャーレベルで聴くというときに、どこか芯が少し柔らかい。それでマイクロとAKGの組合せにかえ、結果として非常に骨格のしっかりした音が得られました。マッキントッシュでGS1を鳴らすという今回のねらいに関しては、マイクロとAKGの組合せが良かったわけです。
 カウンターポイントのときには──カウンターポイントで少しでもかちっとした音を出そうと思ったら、やっぱりマイクロ、AKGがいいのかもしれないけれども──微妙でデリケートで、そして温かいニュアンスというものを得ようとすると、プレスティージ、ブライヤーの方がよかったということになりました。
 今回は、せっかく二つ組合せをつくつていますので、できるだけはっきり個性を分けたいと思い、プレスティージとブライヤーはカウンターポイントに、そしてAKG、マイクロの方はマッキントッシュというふうに決めたわけです。
 CDプレーヤーは、現在の製品はまだまだ一つのプロセスの途中のものですから、理想的なものというのは難しいかもしれませんが、一応、家庭用として使える最高のものは、つい最近出たセパレート型ということになるでしょう。セパレート型CDプレーヤーは一体型のものと比べて、クォリティは明らかに一段上で音の細かいところまでとてもよく出します。現在、Lo-DのDAP001+HDA001とソニーのCDP552ESD+DAS702ESの二機種が出ているわけですが、Lo-Dとソニーを比べてみますと──これがまたCDプレーヤーとしておもしろいところだけれど──明らかに音が違うんです。ソニーの方は非常に明快で、どちらかというと少し華麗で、しっかりした音が出るCDプレーヤーです。Lo-Dの方は、もっと厚みがあって温かさが出る。
 ちょうど、この違いが今日の二つの狙いにはっきりつながって、マッキントッシュにはソニーのCDP552ESD+DAS702ESの組合せ、カウンターポイントの方にはLo-Dの組合せというのがよかったわけです。
 アナログプレーヤーのそれに対応するような形で、同じような音の個性の違いがソニーとLo-DのCDプレーヤーにもあります。したがって、マッキントッシュの方はソニー、カウンターポイントの方はLo-Dを使うということで、より組合せの個性が際立つわけです。
 もし、この組合せにチューナーをいれるのでしたら、ケンウッドのKT3030を絶対薦めます。ただ、AMがないのが残念ですが。AMがどうしても欲しいという人には、音質にわずかな違いはあるけれども、KT2020の方が値段も安いし、AMもFMも入っていますのでこちらのほうがいいでしょう。FMのクォリティだけでいくならば、KT3030がベストです。

組合せ1
●スピーカー
 オンキョー:Grand Scepter GS1
●コントロールアンプ
 マッキントッシュ:C33
●パワーアンプ
 マッキントッシュ:MC2500
●CDプレーヤー
 ソニー:CDP552ESD + DAS702ES
●プレーヤー
 マイクロ:SX8000II
●トーンアーム
 SME:3012R PRO
●カートリッジ
 AKG:P100 Limited
●チューナー
 ケンウッド:KT3030

組合せ2
●スピーカー
 オンキョー:Grand Scepter GS1
●コントロ-ルアンプ
 カウンターボイント:SA5
●パワーアンプ
 カウンターポイント:SA4
●CDプーヤー
Lo-D:DAP001 + HDA001
●プレーヤー
 トーレンス:Prestige
●トーンアーム
 SME:3012R-Gold
●カートリッジ
 ゴールドバグ:Mr. Brier
●トランス
ウエスギ:U-BROS5(H)
●チューナー
 ケンウッド:KT3030

ナカミチ OMS-50

井上卓也

ステレオサウンド 74号(1985年3月発行)
「Best Products 話題の新製品を徹底解剖する」より

 ナカミチのオーディオは、1973年に世界初の完全独立3ヘッド構成を採用した超弩級カセットデッキ・モデル1000と700の開発という成果に見られるように、カセットデッキの高性能、高音質化で傑出した独自の世界を展開し、オリジナリティという意味で、海外でも独自の評価を得ている。その他のジャンルでも、高級レシーバーやセパレート型アンプでの独自の開発や、アナログプレーヤーシステムで未知の分野に挑戦した、ディスクのオフセンターと音質の相関性を追求した結果として開発したアブソリュート・センター・サーチ機構採用のシステムなど、ナカミチならではのオリジナリティのあるアプローチは類例のないものだと思われる。
 一方、デジタル関係でも、光磁気ディスクで録音・再生を可能としたシステムの開発に見られるように、時代の最先端を行くテクノロジーを誇っているが、今回、昨年のCDプレーヤー第1弾製品OMS70に続き、機能を簡略化したいわばスタンダードモデルとも考えられるOMS50が登場することになった。
 開発の基本コンセプトは、OMS70と同様に、デジタルサウンドという名のもとに加えられやすい音の色付けを拒否し、原音を完璧にトランスデュースするというナカミチの理念を追求したものとのことで、具体的には、回路構成の単純化、4倍オーバーサンプリング方式のデジタルフィルターとダブルDAコンバーター方式、アナログ回路全体を独立パッケージ化し、入出力端子のあるリアパネルに直付けしたダイレクトカップルド・リニアフェイズ・アナログシグナルプロセッサー方式などが特徴となっている。その他、ディスクドライブ機構を亜鉛合金ダイキャストシャーシーにマウントし、メインシャーシーやディスクローディング機構からスプリングによりフローティングし、内部のドライブメカニズムや電源トランスなどからの共鳴や共振、外部的な振動やスピーカーからの音圧などの影響を受け難い構造の採用などだ。その、いずれをとっても今回の採用が業界初というものではないが、これらをベースとして総合的に優れた音質のCDプレーヤーとするかに、ナカミチの総合力がかかっていると考えられるわけだ。
 CD独自の使用上のチェックポイントを確認してから音を聴く。ウォームアップは比較的に早く、ディスクが回転をはじめて約1分10秒で音が立上がる。さして広帯域型を意識させないナチュラルな帯域感と穏やかな表情で、落着いて音を聴かせる雰囲気は、ナカミチの高級カセットに一脈通じる印象である。デジタルらしい音をサラッと聴かせるタイプと比較すれば、味わいの深い音、というのが、このシステムの音であり、市場での反応が興味深いと思う。

AKG P8ES NOVA

井上卓也

ステレオサウンド 74号(1985年3月発行)
「Best Products 話題の新製品を徹底解剖する」より

 オーストリアのウィーンに本社を置くAKGは、マイクロフォン、ヘッドフォンなどの分野で、ユニークな発想に基づく、オリジナリティ豊かで高性能な製品を市場に送り、高い評価を得ている。
 例えば、マイクロフォンの2ウェイ方式ダイナミック型D224Eや、システムマイクとして新しい展開を示したC451シリーズなどは、録音スタジオで活躍している同社の代表製品である。また、ヘッドフォンでは、かつてのドローンコーン付きダイナミック型K240や、低域にダイナミック型、高域にエレクトレットコンデンサー型を組み合せた現在のトップモデルK340なども、AKGならではのユニークな高性能モデルである。
 一方、フォノカートリッジは、同社としては比較的新しく手がけたジャンルで、テーパード・アルミ系軽合金パイプカンチレバーを採用して登場したPu3E、Pu4Eが最初のモデルだと記憶している。
 AKGカートリッジの評価を定着させたモデルが、第2弾製品であるP6E、P7EそしてP8Eなどの一連のユニークなテーパー状の四角なボディをもつシリーズである。とくに透明なボディにシルバー系とゴールド系のシールドケースを採用したP7ESとP8ESは、適度に硬質で細やかな独特の音とともに、現在でも第一線で十分に使える魅力的なモデルであった。
 そして、第3弾製品が、1981年に登場した現在のP10、P15、P25をラインナップとするシリーズである。
 昨年、同社のスぺシャリティモデルとして登場したP100Limitedは、出力電圧が高く使いやすく、MM型に代表されるハイインピーダンス型の振動系が、MC型の振動系より軽量であることのメリットがダイレクトに音に感じられる、久し振りの傑作力−トリッジであった。
 今回、登場した新モデルは、これまでのAKGの総力を結集して開発された自信作である。
 モデルナンバーは、AKGブランドを定着させたP8を再び採用。ボディのデザインと磁気回路の原型は現在のP25MD系を踏襲している。スタイラスにP100Limitedでのバン・デン・フル型をさらにシャープエッジ化したII型を採用するといった、充実し凝縮した内容をもつ。
 リファレンスプレーヤーを使いP8ES NOVAの音を聴く。針圧は、1〜1・5gの針圧範囲のセンター値、1・25gとする。ワイドレンジ型で軽やかさがあり、プレゼンス豊かな雰囲気が特徴だ。
 試みに針圧を0・1g増す。音に芯がくっきりとつき、焦点がピッタリと合う。ナチュラルで落ち着きがある音は、安定感が充分に感じられ、AKGならではの他に類例のない渋い魅力がある。
 音場感情報は豊かだ。スピーカー間の中央部も音で埋めつくされ、音場は少し距離感を伴って奥に充分に広がる。定位もクリアーで、音像は小さくまとまる。音楽のある環境を見通しよく、プレゼンス豊かに聴かせるが、とくに静けさが感じられる音の美しさは、P8ES NOVAならではの魅力だろう。

SAEC XC-10

井上卓也

ステレオサウンド 74号(1985年3月発行)
「Best Products 話題の新製品を徹底解剖する」より

 SAECのブランドで新しくMC型力ートリッジXC10が発売された。これは、昨年にSAEC初のMC型カートリッジとして発売された、空芯型のC1と異なり、コイル部分の巻枠を磁性体化しローインピーダンス化して開発された、いわば、ジュニアタイプとも思える新製品である。
 SAEC−C1、SAEC−XC10、この両者を比較すると、ブランド名は同じモデルナンバーの頭文字CとXCのちがいについても、空芯型と磁性体巻枠型との差を考えれば、素直に受取れるものである。
 しかし、誤解を避けるためにあえて記せば、同じSAECブランドながら、C1は、ダブルナイフエッジ軸受構造のユニークなトーンアームで知られる、オーディオ・エンジニアリング製、今回の新製品は、オーディオコードなどで知られる、サエク・コマースで開発された最初のMC型カートリッジであり、相互の関連性は、まったくないとのことである。
 主な特徴は、カンチレバーにムクのボロン棒とアルミ系合金の複合構造材採用と、スーパー・センダストのコイル巻枠、スーパーラインコンタクト針、特殊軽合金削り出しで表面鏡面仕上げのボディと鏡面仕上げ高剛性合金複合材の基台などである。
 トーンアームにSME 3012R−PRO、アンプはデンオンPRA2000ZとPOA3000Zの組合せだ。
 まず、トランス入力とし、針圧1・5gで試聴をする。柔らかく豊かな低域をベースとした比較的軽快な音である。やや、全体に安定感に欠ける面があるため0・1g増すが、まだ不足気味だ。そこで規格値を少し超えた1・8gを試みたが、反応が鈍くなり、これは、少しオーバーである。細かに針圧を変えて試した結果では、1・7gがベストである。このときの音は、低域が安定し、適度にプレゼンスのあり、エッジの効いたローインピーダンスMCらしい音である。帯域はナチュラルであるが、中域の密度感は、やや甘いタイプだ。
 次は、入力を換えてヘッドアンプとする。針圧1・7gの状態で、聴感上の帯域感はかなり広帯域型となり、音場感は一段と広く、音のディテールを引出して、キレイに聴かせてくれる。音色は、ほぼ、ニュートラルで、低域は柔らかく、もう少し引締まったソリッドさや分解能が欲しい印象である。価格から考えれば、試聴に使ったプレーヤーよりも、より平均的なシステムとサエクのアームとの組合せのほうが、低域の厚みや量感が減り、中域から中高域の明快さも加わってトータルとしては、より好ましい結果が得られるように思われる。
 現状のままで、このあたりを修整しようとすれば、より剛性の高いヘッドシェルを組み合せるのも、ひとつの方法であろうし、ディスクスタビライザーの選択やリード線の選択でも大体の解決は可能である。
 ヘッドアンプ使用で、デジタル録音のディスクを聴いたときに、新しいディスクならではの音を聴かせるあたりは、このカートリッジが、いかにも、現代の低インピーダンス型らしい、といった印象であり、製品としての完成度は、かなり高い。

ボストンアクーティックス A400(組合せ)

菅野沖彦

ステレオサウンド 74号(1985年3月発行)
特集・「ベストコンポーネントの新研究 スピーカーの魅力をこうひきだす」より

 ボストンアクースティックスのA400というスピーカーの外観上の一番大きな特徴は、エンクロージュアのプロポーションにあります。ユニットの口径に対して、比率でいうと、大きなバッフル面積をもっていて、しかも奥行きの短いフラットな形です。これはいわゆるバッフル効果を考えている証拠だと思います。バッフル効果というのは、スピーカーの放射する音の廻り込みを抑えるので、フェイズをコントロールするのに大変に素直な状態に持っていくことができる。そのために、いわゆる平面バッフル、無限大バッフルにユニットをつけて鳴らしたときの効果に似ていて、音に癖がなくて、そしてステレオ・ペアとして使った場合に、極めて広い、独特の音場感ができます。
 それから、エンクロージュアの奥行きが浅いために、低域にエンクロージュアのキャビティによる影響が出にくく、いわゆる箱くささのない音です。
 低域がすっきりとしているため、量感的には多少すくない感じがしますが、その分、濁りも少ない。こういう広い面積を待ったバッフルにつけることによって、部屋の影響も受けにくくなっています。これがこのスピーカーのデザインポリシー、技術的な設計のポリシーの特徴でしょう。
 ユニット構成で面白いのは20cm口径のウーファーを二発使っていることです。現代のスピーカー理論からいうと、よい低音を出すという点では口径を上げていった方が有利ですが、磁気回路と振動系の関係で、現在の技術レベルでは、特性のすぐれたスピーカーをつくるには、おのずから大きさに限界がある。そのことは、セレッションのSL6とか、SL600の主張にもはっきりとあらわれています。
 僕は自分でも大口径ウーファーを使ってますけれども、それも時代を追って変化してきています。今から十五年ぐらい前までは、良質な低音を得ようとしたら、せいぜい25cmまでが限界で、それ以上は無理だとか……。その後やっと、30cm口径まで使えるような時代になったとか、ようやく38cmでも使えるユニットが出現するようになったとか、そういうプロセスをずっと体験してきているわけです。ですから、もちろん今、自分のマルチウェイシステムでは38cmウーファーを使っているし、いいスピーカーユニットも数多くありますけれども、確かに技術的にいろんな面の無理ない設計をすると、16cmとか18cm、あるいは20cm、このぐらいのところが技術的には問題のないサイズだということも言えるわけです。
 したがって、あえて大口径ウーファーを使わないで、小口径ウーファーを二発使ったというところにも、このスピーカーの特徴があると思います。当たり前のことですが、大口径にすればするほど、指向特性が高い方では悪くなりますから、そういう意味で、小さな口径に抑えたというところに、このスピーカーの設計の意図がはっきりとでています。それが、このエンクロージュアのフラットな、そして表面効果の大きなフロントバッフルとマッチして、癖がなく、重くるしくなく、左右と奥行きにすぐれた音場感の再現ということにつながっているのでしょう。このボストンアクースティックスというメーカーは、アクースティックサスペンション方式のオリジネ一夕ーと言えるARの流れをうけついだメーカーです。このA400もアクースティックサスペンション方式を採用して、比較的小さな口径のスピーカーを完全密閉箱に入れることで、十分な低音を出すことに成功しています。そういう意味で、基本的な技術のコンセプトはARの流れを踏襲しているけれども、昔のARのスピーカーというのは、どうしても重く、少し鈍い低音でした。そのままでは現代スピーカーの要求にマッチしないわけです。そこで、同じアクースティックサスペンションの理論を使いながら、明るく、引きずらない、重苦しくならない低音を出したのが、このスピーカーのすばらしいところだと思います。アクースティックサスペンションが持っているよさを活かしつつ、悪い部分を大幅に改善している。
 家庭用として使う場合にも、奥行きが浅いということは、とてもスマートだと思います。実際に今、この試聴室では割合に壁から離して使いましたけれども、もし壁に近づけて置いても、それほど低域の持ち上がりがありません(コーナーに置いてしまっては無理ですが、コーナーから多少離して、左右方向の長さがとれる部屋でしたら、壁にかなり接近させて置いても、低域が不明瞭にならないよさがあります)。奥行きが少なく、高さは少し高目だけれども、高さ方向というのは居住空間にさほど邪魔にならないわけで、むしろこのぐらいの高さの方が普通のリスニングポジションには、高域のディスパージョンがちょうど合っています。クラシック音楽のときに特に感じることですが、音源が自分の位置より低いよりも、少し上ぐらいの方がナチュラルに聴こえます。演奏会場のいいポジションというのは、多少ステージを見上げるようなポジションが普通ですから、そういう習慣からもスピーカーは、少し高目ぐらいがいい。その意味で、スピーカーの下に台を置く必要がなく、ちゃんとスタンドがついていて、この高さということは、家庭での実用という点からも、非常によく考慮されているスピーカーだと思います。
 最近は日本のスピーカーは一般的にサテンの色が黒とか、濃紺とか、濃い色が多く、存在感が強すぎると思うんです。その点、A400のように中間色のサランネットの方がスピーカーの存在感が強過ぎなく、部屋の中で適応性も広いと思えます。モダンでいてクラシック。そういう外面的なコスメティックなデザインの面でもなかなかすぐれたスピーカーです。
 音の特徴は、何といっても、全帯域のバランスが非常に素晴らしいということにつきます。一聴したところ個性がないように感じられますが、非常に美しく緻密な、いかにもファイングレインといえる、きめの細かい音です。音の質感がナチュラルで、ホームリプロデュースの可能性と限界というものをほどよくバランスさせた明確なコンセプトが感じられる音です。このスピーカーはばかでかい音でガンガン鳴らすということは考えていないでしょうが、しかし、現代の技術水準をクリアーした、かなりリアリティーのある、そこに何か楽器を置いて演奏するかのごとき音量ぐらいまでは十分再現できる。今のオーディオの中庸をとらえたスピーカーだといえます。
 値段的にも外国製スピーカーで、この質の高さからするとリーズナブルです。輸入品でこの価格というと、おそらく一般にはもう少し低いクォリティのスピーカーを想像すると思いますが、このスピーカーの持っているクォリティは見事で、これの倍ぐらいの価格がついていても、恥ずかしくないサウンドクォリティを備えています。
 A400は使いやすいスピーカー、偏らないスピーカーと言えますが、その分個性は淡泊です。ですから、猛烈に深情けで惚れる、というスピーカーではない。しかし、何をかけても、何を聴いても、ちゃんと満足させてくれる数少ないスピーカーの一つです。
 このスピーカーを鳴らすに当たって、用意したプログラムソースですが、いろいろなものを揃え、特定のジャンル、傾向、表現性格に偏らないものを選びました。
 一枚はミケランジェリのピアノと、それエドモンド・シュツッツ指揮のチューリッヒ・チェンバー・オーケストラの共演しているハイドンのピアノ・コンチェルトのアナログレコードです。これは十年前のアナログレコーディングで、 チューリッヒ・チェンバー・オーケストラというのは意外にレコードが少ないんですけれども、アンサンブルがしなやかで非常にいい室内オーケストラです。このレコードはEMIですが、チューリッヒ室内オーケストラのレコードは、昔、ヴァンガードでステレオ初期に何枚も出ているのを大分聴いて、このアンサンブルの音色をよく知っています。そのしなやかなアンサンブルは、組合せを選択する上においても一つのテストソースとして非常にいい。こういう古典をきちんと古典らしく聴かしてくれるということが、優れた再生装置の一つの条件です。そういう意味でこのハイドンのピアノ協奏曲を一枚選んだのです。
 それから、リヒャルト・シュトラウスの有名な三つの交響詩が入ったCD。アンタル・ドラティが指揮するデトロイト・シンフォニーで「ドン・ファン」と「ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら」と、それから「死と変容」です。これは、同じオーケストラでもチューリッヒ室内オーケストラとは全然性格の違う、もう少し大きなオーケストラ編成です。その二枚をクラシックとして選びましたが、同じクラシックでも性格は非常に違います。
 ポピュラーの方も性格の違うものを選びまして、一枚はダイアン・シューア。今、話題の歌手ですが、盲目の女性歌手です。彼女の声の変化がすばらしい。この人はゴスペル的な歌い方もできるし、ブルース的な歌い方もできる。それから新しい、かわいらしい声で歌うこともできる、声の変化のうまい人です。新しいレコードだけに、デイヴ・グルーシンのアレンジでバックがついていて、今の、ナウい音楽的なサウンドも同時にこのレコードの再生では当然要求されます。それでいて、決してディスコミュージックだとか、ある種のフュージョンなどに出てくるヴォーカルのような、それこそハーモナイザーを使った、ぐしゃぐしゃにされたヴォーカルではありません。声はちゃんと彼女のナチュラルな声ですが、バックには適度にエレクトリックサウンドが使われ、そういうナウい音楽に対する適応性もありながら、オーソドックスなヴォーカルとしてもいける。いいかえれば、逆に、ナウな音楽的なよさを活かさないと、このレコードはまた生きてこないと思います。
 もう一つは、非常にオーソドックスな、アコースティックのジャズです。それも非常に古い、今から二十五年も前、コンテンボラリーというレーベルで活躍したロイ・デュナンといって、僕がジャズの録音の仕事をするときに最もお手本としたミキサーが録音した、ソニー・ロリンズの「ウェイ・アウト・ウェスト」という古いレコードのCD化されたものです。
 ロイ・デュナンのレコーディングの特徴として、一つ一つの楽器の音のクリアネスというのがすばらしいと同時に、当時としては珍しく、ちゃんとステレオフォニックな空間をつくつている。しかもとても自然なライヴネスなんです。当時は、鉄板エコーが一般的だったころですが、そんなものは全く使っていません。人工的なものは、一切使用せずに、自然の空間でのライヴネスというものと、そしてジャズに要求される楽器の近接感、リアリティをよくバランスさせています。CD化されたものを聴いてみますと、これが二十五年前の録音かと思うほどSN比も高く、帯域も広く、立派なものだと思います。そして、何よりも、こういうアコースティックなジャズに表現されるプレーヤーの個々の生きた表現、これが細かなところまで再生されないとジャズの息吹というものが出てきません。そういう意味で、さきほどのダイアン・シューアのものと同じポピュラー系レコードながら全然違う音楽で、当然、再生装置に要求される要素も違います。結果的には四つの全くバラエティに富んだプログラムになったということです。
 組合せをつくっていく過程でいろいろなアンプを聴いてみましたが、アナログレコードのよさ、たとえば、チューリッヒのしなやかなアンサンブル、それからミケランジェリが使っているピアノ──これは古いスタインウェイで、ピアノとしては古典に入るぎりぎりのところですが──その独特の音色が、まず、どういうふうにアンプによって変わるかを、最初に聴いてみました。ところが、おもしろいことにこれが全部、見事に違うのです。
 一番最初にトリオのKA1100SDを聴きましたが、このアンプは実に何も難点のない、ごくごくまっとうな音です。ただ、僕は高い方にちょっとしなやかさがないように思いました。そこがちょっと気になる。ヴァイオリンのパートが分かれたハーモニーのときに、ちょっとぎすぎすした感じになる。その辺でちょっと気になったけれども、全体としてはこのレコードを比較的正しく再生してくれたと思います。またピアノが引き込まずに再生されるよさがあります。ポジショニングとして、このレコーディングの場合には、決してオーケストラにピアノが囲まれたというような録音ではなく、ピアノがちょっと前面に打て、その後ろにオーケストラがいるという録音ですが、その感じが非常によく出ている。全体として、充分に使えるアンプです。
 次は、ヤマハのA2000。このアンプは非常に独特な美しさを待ったアンプです。そして、美音のアンプです。高域が、特にこのレコードを聴いた場合に少し脚色されますが、その脚色は美しさと説得力を持ち、「ああ、きれいだな」と思って聴かされてしまいます。しかし、このチューリッヒのアンサンブルが持っている音として、少しくすんだところがなくなり、やや明るくなり過ぎる。全体的にいえば見事なのですが、ただもう少し、独特の陰影が出てほしいといえます。
 次がラックスL550X。これがチューリッヒ・アンサンブルの音色の陰影を一番よく出しました。一番よく出しましたけれども──これは50Wというパワーのせいかもしれないのですが──骨格のしっかりしたところがやや弱い。ただし、音としては、このチューリッヒ・アンサンブルに関する限り、非常にいい。恐らく、今まで聴いてきたアンプの中では一番いいという感じがしました。
 それから、アキュフェーズE302。このアンプは、他のアンプと比較して、全く違う音がしました。アンサンブルの音がアレンジされたという感じなんです。全く別の楽団のような音がしました。それなりにすばらしく、ものすごく輝きがあって、透明で、それはすばらしいのですが、このアナログレコードの音にしては少々色づけがある。多少あり過ぎるという感じがして、異質な感じを持ちました。バランスであるとか、パワーだとか、オーディオ的な音だとかいう点では大変にいいアンプだと思いますが、その色合いの点で、このレコードからは少し異質感を感じたわけです。
 次にビクターのA-X1000。全体に音が非常に柔軟で、高域の荒れが一番少ないアンプです。使用したレコードのなかで、もうぎりぎりのところでもって荒れそうなところが何ヵ所かあるんだけれども、そこの荒れが気にならないでスムーザに響いたのがこのアンプです。ほかのアンプがひずみがあるわけではないのですが、ヴァイオリンの音の荒れの一番目立たなかったのがこのアンプです。
 そういう点で確かにいいアンプだと思うし、ある種のソースに限定したら、これは非常にクローズアップするに値いするモデルです。アンサンブルを聴いたとき、ヤマハと対照的なわけです。ヤマハの場合、少しきれい過ぎて、美し過ぎて、明る過ぎると言ったけれども、ビクターの場合には少し暗くて重い。重心が少し低く過ぎる。
 次がアルパイン/ラックスマンのLV105。このアンプは、僕がこのアンサンブルを聴くときに非常に重要視するビオラ、チェロの内声部がとてもいい。指揮者のハーモニー感覚にごく近いわけです。オーケストラでは、メロディというのは、ほとんどの場合、ヴァイオリンで出てくる。そして、ハーモニーで一番下のベースを受け持つのがコントラバスセクションです。ビオラとチェロというのがその間に入って、しっかりした色合いとボディをつくるわけだけれども、その内声から多少メロディとベースを浮き上がらせる、そのぎりぎりのところのバランスというのが、このアンプの場合、見事なわけです。録音でもハーモニー感覚のいい指揮者とハーモニー感覚のいいミキサーがいないといいバランスのレコードができずに、大体メロディーが浮き立って、そして低域がゴーンと出て内声部がおろそかになる。メロディーも良く、ベースの音もしっかりして、さらに内声の動きと厚みがちゃんと出てくることが大事です。それはアンプやスピーカーにもいえることで、LV105は内声が非常によく出ますが、ちょっと下と上が弱い。ほかのアンプにないよさを持ち、ほかのアンプの持っているよさがないという、非常に微妙なアンプです。
 そこで、マランツPM84を聴いてみました。これがなかなかバランスがいい。このアンプを聴いて、一番、中庸を得たモデルだとおもいました。それまでのアンプが聴かせた音の振幅のなかで、それがちょうどピシッといいところにきたなという感じが、このマランツでしたわけです。
 アンプを選ぶ過程において、ナウなサウンドのサンプルとしてダイアン・シューアを聴いてきたんですけれども、ダイアン・シューアのバックのデイヴ・グルーシンの演奏も、このアンプが一番リズムががっちりと明確でした。それでいて細かいエレクトリック楽器のエフェクトもはっきりと聴き取れ、ナウい要求にもこたえられるということで、結局、このマランツPM84が残ったわけです。
 つぎに、さきほどのR・シュトラウスの三つの交響詩と、もう一枚のジャズの「ウェイ・アウト・ウェスト」、この二枚をCDで聴きました。そこで大きな問題があった場合つぎの候補を捜す必要があるわけで、そんな心配もしながらCDを聴きましたが、結果は非常によかった。特にロイ・デュナンの録音した、二十五年も前のソニー・ロリンズのレコード「ウェイ・アウイ・ウェスト」がとてもよかった。
 ソニー・ロリンズは、ご承知のようにニグロで、イーストコーストの非常にガッツのある、重厚なテナーサックス奏者です。ついせんだって亡くなった、非常にセンスのいい、よくスウィングする卓抜のテクニックを待ったウエストコーストのシェリー・マン、同じく卓越したテクニックと、いいサウンドを持ったベースのレイ・ブラウンの、その二人とロリンズがミートしたところに「ウェイ・アウト・ウェスト」の音楽的な特徴があるわけです。このレコードはそういう意味で企画的にも非常におもしろいわけです。
 したがって、このレコードはガッツのある、どろどろっとしたイーストコースト的な音になってしまっては困るんです。かといって、スカーッと晴れ上がったウエストコーストになり切ってはまた困ると言うところに、このレコードの音楽的特徴とともに再生する上での難しさがあります。これはうがった話ですが、聴いていて僕が感じたのは、ボストンアクースティックスというスピーカーが実にそういう音になってます。つまり、本当にアクースティックサスペンションの落ちついたよさを持ちながら、重さがとれて、明るさが出てきたんです。だから、このレコードの性格とこのスピーカーの性格というのはピシッと合った。これは一番満足して聴けました。
 それから、リヒャルト・シュトラウスの交響詩三つが入ったドラティのレコードは、英デッカの録音で、最新録音というわけでもありません。そして、多少きらびやかなところがあるんだけれども、しかしリヒャルト・シュトラウスの色彩的なオーケストレーションにはこのぐらいのきらびやかさも決して違和感がないんです。そういうリヒャルト・シュトラウスの、複雑な色彩感を待ったオーケストレーションのあやみたいなものをよく生かした録音だけれども、今の組合せで聴いた音というのは、そのあやをよく出しています。ときには、少々、弦などに英デッカ独特のキャラクターがつき過ぎている感じがしないでもないですが、レコード音楽として、特にこういうリヒャルト・シュトラウスのようなオーケストレーションには、むしろこういう音は効果的です。決して音楽の本質から外れたエフェクトではなくて、いいエフェクトだと思えますが、それがボストンアクースティックスで鳴らしたときに非常に生きたと思います。加えて、プレゼンスも非常によかった。いかにも二つのスピーカーから出てきたという音場感ではなくて、そこに奥行きを持った一つの空間が、むしろ音としては面で迫ってくる。きれいに融合したいい感じの音場できて、オーケストラの量感というものが非常によく再現されたと思います。オーケストレーションの細かいところは実に明確に録音されているんだけれども、それが全部出てました。
 特に「死と変容」の、スコアで三枚目ぐらいのところだろうと思いますが、フォルテになるところがあります。その前に、チェロのトレモロがあるんです。そのトレモロの感じというのはこのスピーカーで聴くと独特の魅力があります。普通のスピーカーでは、中でごそごそという感じになりがちなんです。ところが、それがちゃんとスピーカーの前にきて、いかにもそこで弦が並んでトレモロをやっているという感じの、いい感じで出てくる。大型スピーカーでガーンと、本当に生らしいというようなイリュージョンを聴かせるところまではいかないけれども、家庭用としてはほどよいリアリティーとエフェクトだと思います。
 CDプレーヤーとレコードプレーヤーシステムについて、最後に触れておきたいんですが、レコードプレーヤーは、特にアナログのプレーヤーというのはいろいろなコンセプトがあって、どこをどう変えてもすぐ音に影響するというのがアナログの良さでもあり、悪さでもあります。とにかく使う材料をちょっと変えれば変わるし、目方をちょっと変えれば変わる。つまり、どこかのバランスをちょっと変えれば、必ず音が変わってしまう。そういうアナログプレーヤーにあっては、これが絶対のものだということはあり得ない。結局、限られた現実の中でもって、いかにしてバランスのいい音をつくるかということが絶対必要だと思います。その点で、比較的そういうバランスを気にしないで、モーターならモーター、ターンテーブルならターンテーブル、トーンアームならトーンアームの物理的特性だけを追求していく傾向にある日本のプレーヤーは、なかなか優秀なプレーヤーではあるのですが、やはり使ってみると音に違和感が感じられる場合が多い。カートリッジにもそういうことが言えます。
 結果的に、ARのターンテーブルにトーンアームはSMEの3009SII、これにB&OのMMC1カートリッジでまとまったわけです。決して最高のものとは言えないけれども、妥当なバランスでまとまっていると思います。プレーヤーとして本当にコンパクトで、大げさでないモデルです。多少、フローティングサスペンションのスプリングをダンプする構造がもう一つ加わってほしいことと、使い勝手の点で──揺れて、しばらく揺れがとまらないというところで──ちょっと使いにくいところがあるし、あるいはSMEの3009SIIも、アームレストがどうも使いにくくて困るんだけれども、これはなれていただくことにして、トータルパーフォーマンスとして、ちょうど僕はボストンアクースティックスA400と同じレベルにバランスしているプレーヤーだと思う。全体の組合せとして考えたときに、実にいいコンビネ-ションと言えるでしょう。
 CDプレーヤーはLo-DのDAD600を使いましたけれども、これはLo-DのCDプレーヤーとしては三世代目になります。このDAD600は、バランスのいいCDプレーヤーで、特にアナログ的にフワッとする音でもないし、デジタル的にぎすぎすしたところのない、中庸をいくモデルです。値段の点からいくと中級機種ですが、まずCDの音を間違いなく、あるバランスで聴かせてくれるプレーヤーだと思います。もちろんCDプレーヤーは、各社からいろいろなモデルがでていて、ファンクションの点でも、音の点でも、これを越えるものはたくさんありますけれども、組合せのバランスからいくと、パーフォーマンスも、値段も、やはりちょうどいいところにあると思います。
 取り立てて高価ものを使っているという組合せではなく、バランスがとれて、お金のかからない方向というので考えたわけですけれども、出てきた音を聴きますと充分納得できる値段だと思います。
 さらにチューナーを加えるとすると、マランツではPM84とのペアモデルはだしていませんので、ケンウッドのKT2020がいいと思います。この組合せはパネルデサインの面でもマッチします。このKT2020はAMも備えたFMチューナーとして、最近の製品の中では一頭地を抜いたモデルと言っていいでしょう。

●スピーカー
 ボストンアクーティックス:A400
●プリメインアンプ
 マランツ:PM84
●CDプレーヤー
 Lo-D:DAD600
●ターンテーブル
 AR:AR turntable
●トーンアーム
 SME:3009SII/Imp.
●カートリッジ
 B&O:MMC1
●チューナー
 ケンウッド:KT2020

フィデリティ・リサーチ MCX-5

井上卓也

ステレオサウンド 74号(1985年3月発行)
「Best Products 話題の新製品を徹底解剖する」より

 エフ・アールといえば、非磁性体を巻枠とした、いわゆる、空芯型MCカートリッジを連想するほど、ピュアMC型にこだわってきたメーカーであるが、昨年来の新製品は、方向を180度変えて、巻枠に磁性体を使った低インピーダンス型に移行しているのは、大変に興味深い動きである。
 今回、新製品として発売を予定されているMCX5は、そのモデルナンバーからも推測されるように、昨年4月に発売されたMCX3をベースに、リフレッシュしたグレイドアップモデルである。
 MCX5の最大の特徴は、コイル巻枠に磁性体を採用していること以外に、カンチレバー材料にエフ・アール初のベリリウムとアルミの2重構造をもつパイプが採用されていることである。最近では、カンチレバー材料に金属系ではベリリウムやボロン、鉱物系ではサファイアやダイヤモンドなどのエキゾチックマテリアルが使われるのは、決して珍しいことではない。ちなみに、エフ・アール製品のカンチレバーは、現在にいたるまで、アルミ系の材料を一貫して使っていたわけだが、手慣れた材料を極限まで使い最適の条件を引出す、という開発方針は、とかく、新材料に飛びついて、とかく、材料に振り廻される傾向が強い現状から考えれば、むしろ特筆すべきものということができよう。
 試聴は、マイクロSX8000IIターンテーブルシステムにSME3012R・PROトーンアームを使うが、MCX5のヘッドシェルは、エフ・アールのシェルにメーカーで取付けたものを、そのまま使う。
 針圧は、適正針圧の1・6gとし、PRA2000Zのヘッドアンプ入力を便う。聴感上の帯域バランスは、適度にハイエンドを抑えたタイプで、全体に、やや音は硬質で、エッジはクッキリと張るが、音色が明るく、若干だが乾いた印象がある。針先のエージング不足のためか、少しスクラッチノイズがピーク性である。
 針圧を0・1gステップで変えながら音をチェックする。軽ければ、安定感に欠け全体に音が浮き気味となるし、重ければ、高域の伸びが抑えられ、厚みはあるが、反応が遅く、ダルな音になる、というのが一般的な針圧と音との相関性である。とにかく、適正針圧というものは、気温や湿度などの外的条件をはじめ、針先やディスクの状態、システムのグレイドとコンディションなどにより、まさに生物のように変化をするから、つねに、最適条件を保つことはかなりの熟練を要求されるようだ。
 針圧1・7gで、スクラッチノイズも少し抑えられ、音に安定感が加わり、音場感的なプレゼンスも一応の水準となる。トータルとしては、低域の質感が少し甘く、中域から高域がエッジの効いたクリアーさのある、やや個性型の音である。
 トランス入力に切り替える。針圧調整を行ない、18gで、低域が程よく引締まり、ガツンと突込んでくるようになり、中域の硬質さに緻密さが加わる。総合的には少し低域バランス型のまとまりだが、平均的なプレーヤーでは、程よいバランスであろうFR1系とは対照的な性質の個性型と思う。

エレクトロボイス DIAMANT, SAPHIR

井上卓也

ステレオサウンド 74号(1985年3月発行)
「Best Products 話題の新製品を徹底解剖する」より

 超弩級フロアー型システムである、パトリシアンIIをトップモデルとするエレクトロボイス社から、新しく、コンシュマーユースのラインナップとして、ジュエリー・シリーズが登場することになった。
 このシリーズは、スイスEVにより開発されたシステムであり、ヨーロピアンサウンドとヨーロッパ調デザインに特徴がある。シリーズの名称が示すように、CRISTAL、OPAL、SAPHIRとDIAMANTの、それぞれ、宝石の名がつけられた4モデルシリーズを構成している。
 今回試聴をしたのは、SAPHIRとDIAMANTの上位2モデルであるが、他の2モデルも簡単に招介しておこう。まず、CRYSTALは、もっとも小型なモデルで、20cmウーファーと25mmドーム型トゥイーターを2500Hzでクロスオーバーした2ウェイ方式のシステムである。このモデルのみ、エンクロージュア仕上げがウォルナットレザーとブラックオークレザーの2種類が用意されている。
 OPALは、CRYSTALよりひとまわり大きなバスレフ型エンクロージュアに、20cmウーファーと38mmスーパードームトゥイーターを1500Hzでクロスオーバーした2ウェイシステムである。この2モデルは、ユニット配置が、バッフルボード中心に置かれたインラインタイプで、トゥイーターユニットの上部に、EVでいう、ヴェンテッドボックスという、バスレフ型のポートがある、というユニークな点が特徴であろう。
 まず、今回の試聴で最初に聴いたSAPHIRは、20cmウーファーをベースに、38mmスーパードーム・ミッドレンジと25mm口径CDホーントゥイーターを、1500Hzと7000Hzでクロスオーバーした3ウェイシステムである。
 新シリーズをユニット構成から眺めてみると、CRYSTAL、OPAL、SAPHIRの3モデルが、20cmウーファーを採用したモデルで、CRYSTALをジュニアタイプとすれば、OPALが標準型、SAPHIRは、そのグレイドアップ型とすることができるだろう。つまり、この3モデルは、シリーズ製品というに相応しい内容をもっているといえるだろう。
 SAPHIRは、とくにワイドレンジを意識させないスムーズなレスポンスをもつシステムである。低域は、20cmウーファーらしい、軽やかで、適度な反応の早さが特徴であり、滑らかでサラッとした中域と程よくクリアーな高域が、巧みにバランスする。
 使いこなしのポイントは、気持ちよく、軽快に弾んだ音を楽しむといった方向へのチューニングが好ましいであろう。
 まず、スピーカーの置台は、構造的に充分に剛性があり、音質に注意を払った材料を使った木製のスタンドあたりが好ましい。もしも、平均的にコンクリートブロックを使うとすれば、その表面は薄いフェルトなどでカバーし、ブロック固有の乾いた響きは抑えたいものだ。そして、その上に、木のブロックや角棒などを置いてから、システムをセットするとよいだろう。
 またスピーカーコードも、情報量が多いOFCやLC−OFCを使い、トータルバランスは細かにスピーカーのセッティングを変えて修整することがポイントだ。
 DIAMANTは、新シリーズのトップモデルであるが、内容的には、上級機種のBARON・CD35iのジュニアタイプとも考えられる。しかし、両者を比較すると、新製品らしく音響的には、DIAMANTのほうが基本設計が一段と進んでいるように見受けられる。
 その、第1は、新シリーズ共通の特徴であるが、バッフルにネックステル材料が採用され、バッフル面の不要輻射を抑えていること。第2に、中音と高音用のアッテネーターが、バッフル面から除かれ、この部分でのノイズ発生を防いでいることだ。
 このシステムは、新シリーズのトップモデルだけに、かなり本格派の音をもっている。さすがに、30cmポリプロピレン・ウーファーをベースとするだけに、SAPHIRと異なり、スケール感が格段に豊かになり、柔らかく余裕のあるベーシックトーンをもっている。中域以上も、適度にクリアーで抜けがよく、帯域感は充分に伸び、音場感もナチュラルに拡がり音像も比較的クリアーに立つ。使いこなしの基本は、SAPHIRと共通であるが、チューニングをした結果として得られる音は、明らかに1〜2ランク異なったものである。
 平均的な国内製品の高級システムよりは使いこなしは難しいが、期待に応えられるだけの内容を備えた製品と思われる。

パイオニア PL-7L

井上卓也

ステレオサウンド 73号(1984年12月発行)
「BEST PRODUCTS」より

 このところ、10万円未満のアナログプレーヤーに注目すべき内容をもつ製品が多くなっている。今回、バイオニアから発売された、PL7Lは、リファレンス・プレーヤーの名称をもつだけに、同社の定評あるプレーヤー技術を集大成した、デジタルプログラムソース時代のアナログプレーヤーとでもいえる、内容の濃い製品である。
 PL7Lの最大の特徴は、デザイン的にもアクセントとなっている、左右からプレーヤーベースを挟むように置かれた、4個の特殊な構造をもつダブルインシュレーションシステムと呼ばれる脚部にある。
 従来機が、プレーヤーベース本体と置場所の棚などの間にインシュレーターを入れて振動を違断していたことにくらべ、この方式は、設置場所とプレーヤーベース本体の底板に相当するアンダーボード間と、アンダーボードとプレーヤーベース本体の間にそれぞれインシュレーターを設けたダブルフローティング構造である。
 このダブルインシュレーションシステムは、それ自体が低重心構造であり、ラテラルダンパーの採用で、床などから伝わる縦方向の振動とスピーカーの音圧などの横方向の振動、さらに高トルクDDモーターの反作用による振れなど、あらゆる方向の振動を効果的に抑制し、200Hzあたりの中低域では、従来型と比較して30dB近い振動遮断特性の向上が得られたようで、音質面での効果は相当に高いはずだ。
 また、ダストカバー部分には、フードインシュレーションシステムが採用してある。これは、ダストカバーが受ける音圧による振動、床からの振動をプレーヤーベース本体と遮断する方式で、アナログプレーヤーの本質を捉えたオーソドックスな処理だ。
 トーンアームは、共振を抑え、混変調歪の少ない忠実な音楽再生を狙った設計で、パイプ部分には、軽量、高剛性のアルミナセラミックスを、強度が高く、重量的にも有利なストレート型として採用し、これに、パイオニア独自の開発によるDRAを組み合せている。
 DRA(ダイナミック・レゾナンス・アブソーパー)とは、トーンアーム自体の共振を逆共振を利用して打消そうとするもので、適度なバネ特性をもつダンパーとウェイトで構成する副共振体がDRAで、これをパイプアームに装着して、カートリッジの針先が音溝以外の振動を拾わないようにする、という巧妙な設計である。
 バランスウェイト部分の特徴として、ウェイト支持軸とパイプ支持部分の接点になる部分の共振を抑える目的で、一点で両者がコンタクトをする構造にダンパーを組み合せた一点支持型防振構造が採用されている。このウェイト支持軸にバランスウェイトが組み合され、DRAと相まってトーンアームの分割共振を徹底して抑える手法が目立つ点だ。
 アームベース、パイプ支持部、ヘッド部などは、アルミと亜鉛ダイキヤストがそれぞれの特徴を活かして採用されており、水平軸受部はラジアルベアリングを使用している。アーム全体として、共振系を形成する無用な突起物が少なく、トータルバランスの優れた点が、このアームの特徴である。なお、アルミナセラミックスのストレートパイプは、DRA付で交換可能である。
 モーター部分は、モーター底部にあったローター支持点をターンテーブルの直下に移動し、ターンテーブル重心とこの支持点をほぼ一致させ、軸受部の側圧を抑え、回転安定度を飛躍的に向上した独自のSHローター方式を踏襲し、トルクリップルを極限まで抑える新着磁方式を採用したコツキングのないコアレス構造のクォーツPLL・DCサーボ型である。
 ターンテーブルは、直径36cm、重量13・3kg、シートを含めた慣性重量は、655kg/㎠と重量級で、内周部と裏側には、適度の制動効果のあるダンプ材が貼ってあり、ターンテーブルの固有振動によるカラレーションを排しているのは、このクラスの製品として細かい配慮である。なお、起動特性は、1回転以内、約2秒と発表されている。
 カートリッジは附属せず、機能はオート・リフトアップ機構が備わっている。
 基本的には、あまり神経質に置き場所を選ばなくても比較的にクォリティが高い音が得られ、本格的に使いこなせばそれだけの成果があるのが、この製品の素晴らしいメリットである。中量級カートリッジとの組合せも安定した対応を示すが、やや高級なMC型やMM型で、静かで、音離れがよく、音場感もスッキリと拡がる、最新録音の特徴を引出して聴く、という使用方法に好適である。CDと共存できる新しいアナログプレーヤーの登場を喜びたい。

テクニクス SU-V10X

井上卓也

ステレオサウンド 73号(1984年12月発行)
「BEST PRODUCTS」より

 CD、PCMプロセッサーなどのデジタルプログラムソース、ハイファイVTR、ビデオディスクなどのAVプログラムソースなど、多様化するプログラムソースに対応する現代のプリメインアンプとしてテクニクスから登場した新製品がSU-V10Xである。
 アンプとしての基本構成は、テクニクスが理想のパワーアンプを目指し、クロスオーバー歪とスイッチング歪を解消するシンクロバイアス回路ニュー・クラスA、トランジエント歪に対するコンピュータードライブ、理論的に歪を0とするリニアフィードバック方式などの技術と、大電涜が流れる出力段で発生する電磁フラツクスを抑えるコンセントレイテッド・パワーブロック構造の採用などが、従来からのテクニクスアンプのストーリーだが、今回さらに、駆動電圧と電流間に位相差をもつ実スピーカーに対し、リニアな駆動とドライブ能力を向上するコンスタントゲイン・プリドライバー回路を採用したことが特徴で、オンキョーのアプローチとの対比が興味深い。
 機能面では、AVシステムの中心となるアンプらしく、AV信号を連動切替するAV入力セレクター、単独切替のRECセレクターとグラフィックイコライザーなどを使用する外部機器専用端子、ターンオーバー可変型トーンコントロールなどが備わるが、AUX1/TV、AUX2/Video、TAPE2/VTRと3系統のAV入力端子のうち、AUX2/Video端子は、フロントパネル面にもあり、フロントとリアがスイッチ切替可能である。
 パワーアンプは、150W+150W(6Ω負荷)の定格をもつが、電源部は、従来のトランスと比較し10~20%以上太い線を高密度に巻ける尭全整列巻線法を採用し、レギュレーションを改善している。線材は無酸素銅線、3重の磁気シールド内に特殊レジン封入で振動が少ない特徴がある。なお、電解コンデンサーは全数300Aの瞬間電流テストを行なう特殊電解液使用のオーディオ専用タイプで強力な電源部を構成し、310W+310W(4Ω負荷)、400W+400W(2Ω負荷)のダイナミックパワーを誇っている。
 JBL4344とLC-OFCコードによるヒアリングでは、ナチュラルに伸びた広帯域型のバランスと、聴感上でのSN比が優れ、前後方向のパースペクティブを充分に聴かせる音場感と実体感のある音像定位が印象的である。優れた物理的特性に裏付けられたクォリティの高さ、という従来の同社アンプの特徴に加えて、スピード感のある反応の早さ、フレッシュな鮮度感のある表現力が加わったことが、魅力のポイントである。新製品が登場するたびに、ひたひたと潮が満ちるようにリファインされているテクニクスアンプの進歩は見事だ。

ヤマハ A-1000

井上卓也

ステレオサウンド 73号(1984年12月発行)
「BEST PRODUCTS」より

 ヤマハからの新製品A1000は、昨年、高級プリメインアンプの市場に投入され見事な成果を収めたA2000と基本的に同一コンセプトをもつ製品である。
 このところ、ブラックパネルが大流行のようで、視覚的に各社間のデザイン的な特徴が希薄になりがちのなかにあって、ツヤを抑えたヤマハ独自のシルバー仕上げのパネルと、ウォルナット鏡面仕上げのウッドキャビネットを配したデザインは、クリアーで、エレガントな雰囲気をもつ新しいヤマハの顔であり、A2000とのパネルフェイスの違いは、好みが分かれるところであろう。
 アンプとしての構成は、MC型カートリッジをダイレクト使用可能な、NF/CR型ハイゲインイコライザー、低域をスピーカーに対応して約1オクターブ伸ばす独自の3段切替リッチネス回路とト-ンコントロールを備えたラインアンプ、B2x、A2000パワーアンプ部に順次採用されてきた、純A級アンプに電力損失を受持つAB級パワーアンプを組み合せたヤマハ独自のデュアル・アンプ・クラスA方式の120W+120W(6Ω負荷)、140W+140W(4Ω負荷)の出力をもつパワーアンプ、の3ブロック構成で、A2000の流れを受け継ぐものである。なお、パワーアンプ部にはヤマハ独自開発のZDR歪回路を採用し、一般的な純A級パワーアンプのわずかの素子の非直線性に起因する歪をも除去し超A級ともいえるリニアリティを実現し、織細で美しい音を得ている。
 電源部は、多分割箔マルチ端子構造ケミコン採用で、総計14万6千μFの超強力電源を構成し、2Ω負荷時のダイナミックパワーは、279W+279Wを得ている。
 機能面では、入力切替スイッチに2系統のTAPE入力を組み込み、アクセサリー端子を独立して設けたのが特徴。AV対応時のサラウンドアンプやグラフィックイコライザーなどの接続時に使い、使用しないときにはショートバーで結んでいる。なお、この端子の後に、ミューティング、モード、バランス、ボリュウムコントロールがあるため、接続されるアクセサリー横器の残留ノイズ等はボリュウムで絞られ、通常の使用時でのSN比は良く保たれる。
 JBL4344とLC-OFCコードによるヒアリングでは、音の粒子が、細かく滑らかに磨き込まれており、素直に伸びた適度なワイドレンジ感と、自然な雰囲気の音場感的な拡がりが印象的で、ナチュラルサウンドの名にふさわしく、洗練された音だ。A2000と比較すれば、全体の音を描く線が、細く、滑らかなのが特徴であり、このしなやかな表現力は、使うにしたがって本来の良さが判ってくるタイプの魅力だ。リッチネスを使うときのポイントは、わずかに、トレブルを増強することだ。

ソニー TA-F555ESII

井上卓也

ステレオサウンド 73号(1984年12月発行)
「BEST PRODUCTS」より

 ソニーから、去る9月に発売された新プリメインアンプは、デジタルプログラムソースからアナログプログラムソースまで高忠実度で再生できるように、基本特性を向上させるとともに、AV対応にはビデオ入力端子を2系統と出力端子を1系統備えていることに特徴がある。
 アンプとしての基本特性の向上のポイントは、実使用時のダイナミックレンジ120dBと左右チャンネル間のセバレーション100dBを実現していることだ。
 アンプ構成上の特徴は、プリアンプ部とパワーアンプ部との間に新たにカレント変換アンプを設け、信号系をプリアンプ部とパワーアンプ部とに電気的に分離し、独立できるオーディオ・カレント・トラスファー方式にある。この方式は、電圧としてプリアンプ出力に出てくる入力信号を、いったん電涜信号に変換し、このカレント変換アンプ終段に設けたリニアゲインコントロール型アッテネーターで再び電圧信号に戻す、というものだ。この方式の採用でプリアンプとパワーアンプ相互間の干渉やグランドに信号電流と電源電流が混在することに起因する音質劣化や、歪、ノイズなどの問題が解消でき、実使用時のダイナミックレンジの拡大と優れたセバレーション特性を獲得し、音質を大幅に向上しているとのことである。
 この電流変換アンプに設けられた新方式アッテネーターは、最大から実際に使われる音量に絞り込むに比例してインピーダンスが低くなり、通常のリスニングレベルでの歪や周波数特性、SN比、クロストークなどの諸特性が改善できる特徴をもつ。
 パワーアンプ部は、独自のスーパー・レガートリニア方式パワーアンプと大型電源トランスを組み合せ、100W以上の大出力時にも広帯域にわたりスイッチング歪、クロスオーバー歪を激減させ、4Ω負荷時180W+180W、1Ω負荷で、瞬時供給出力500W+500Wを得ている。
 なお、音質を左右する大きな要素である配線材料には、このところ話題のLC-OFCを大量使用しているあたりは、いかにもOFCワイヤー採用以来のソニーらしい動向を示すものだ。
 JBL4344を、LC-OFCコードを使いドライブしたときの本機の音は、ピシッと直線を引いたように感じられるフラットな帯域バランスと、タイトで密度感があり、十分に厚みのある質感、ダイレクトな表現力などが特徴だ。低域は芯がクッキリとし、力感も充分にあり、従来のソニーアンプとは一線を画した見事なものだ。
 音場感的には、音像が前に出て定位するタイプで、輪郭はシャープ。前後方向のパースペクティプな再生も必要にして充分だ。
 質的にも洗練され、ダイナミックでストレートな表現力を備えた立派な製品である。

オンキョー Integra A-819RX

井上卓也

ステレオサウンド 73号(1984年12月発行)
「BEST PRODUCTS」より

 CDの登場により、デジタル記録をされたプログラムソースが手近かに存在するようになると、これを受けるアンプ系やスピーーカーも、根本的に洗いなおす必要に迫られることになる。いわゆる『デジタル対応』なる言葉も、このあたりをマクロ的に捉えた表現であるようだ。
 オンキョーからインテグラRXシリーズとして新発売されたプリメインアンプA819RXは、せいぜい入力系統の増設や1〜2dBのパワーアップ程度でお茶をにごした間に合せの『デジタル対応』でなく、根本的にデジタルソースのメリットを見直し、確実にそれに対応し得る本格派『デジタル対応』に取り組み完成した新製品だ。アンプ内部での位相特性を大幅に向上し、CDのもつ桁外れに優れた音場感情報の完璧な再現に挑戦したのが、新シリーズの特徴だとのことである。
 構想の基本は、スピーカーの電気的な位相周波数特性で、特にf0附近で大きく変化する電圧と電流の位相変位に着目し、これを駆動するパワーアンプの電源トランスに1対1の巻線比をもち非常に結合度を高くしたインフェイズトランスを設け、+側と−側の電解コンデンサーの充電電流の山と谷を打消して位相ズレ情報を除去し、電圧増幅部への影響をシャットアウトして、正しい位相情報を再生しようというものだ。
 また、インフェイズ・トランスにより、+側と−側の電解コンデンサーの充電電流が等しいということは、電源トランスの巻線の中央とアース間に電流が流れないことを意味し、フローティングも可能であるが、コモンモードノイズ除去のため、トランス中央はアースに落してあるとのことだ。
 アンプ構成は、MC対応ハイゲインフォノイコライザーアンプとパワーアンプの2アンプ構成で、パワーアンプは、SP端子+側からNFBをかけ、さらに、超低周波での雑音成分をカットするためのサーボ帰還がかけられ、SP端子−からはアースラインのインピーダンスに起因する歪や雑音をキャンセルする、ダブル・センシング・サーボ方式を採用。また、A級相当の低歪リニアスイッチング方式が採用されている。なお、音楽信号を濁らせる電解ノイズを低減するチャージノイズフィルター、外部振動による音質劣化を防ぐスーパースタビライザー、2系統のテープ端子用に独立したRECセレクターなども特徴である。
 試聴した印象では、独特の粘りがありながら、力強くエネルギー感のある低域をベースに、豊かな中低域、抜けの良い中域から高域がバランスをした帯域感と、説得力のある表現力を備えた独特のまとまりがユニークだ。音場感は豊かな響きを伴ってゆったりと拡がり、定位感もナチュラルである。この低域から中低域をどのように活かすかが使いこなしのポイントである。

ソニー CDP-552ESD + DAS-702ES、Lo-D HDP-001 + HDA-001 (DAD-001)

菅野沖彦

ステレオサウンド 73号(1984年12月発行)
「興味ある製品を徹底的に掘り下げる」より

 1982年10月のCDプレーヤー発売以来、まる2年が経過した。というよりも、3年目に入ったという言い方のほうがよいかもしれない。なぜならば、多くのメーカーのCDプレーヤーは第三世代目が登場しているからだ。例によって異常に闘争的で気短かな日本のメーカーの気迫のおかげで、2年間としては驚くほどの機種数が発売され、第一目標の10万円はさっさと割り、ついに5万円が普及品の競争価格となった。いいものを安く作って売ることは大いに喜ばしい。しかし、一方において、高くてもより優れたものを作ることも大切だ。この2年間のCDプレーヤーは、価格的にも内容的にも、中級からスタートを切って、上下へ発展したように見える。しかし現実は必ずしもそうではなく、価格的にはその通りなのだが、内容としては、個々の機器によってまちまちで、価格と性能・音質との関連は見出しにくい。安くても音のいいもの、高くてもそれほどでもないもの、そして、さすがに高いだけあって素晴らしい音のものなどが入り乱れているといってよい。
 デジタルオーディオは、もともと音に差の出るものではなく、フォーマットが同じならば、それですべてが決るのだと聞かされてきた。もし、その通りなら、いまの現実がおこるはずはない。ほんとうは安くても高くても、その基本性能と本質的な音に変りはないはずなのである。少なくとも、価格の安いもののほうが音がよいなどということがおこってはいけないはずである。しかし、それはあくまで『はず』であった。CDプレーヤーが出る何年も前に、私はデジタルプロセッサーとビデオデッキを使っての実験的な録音を何度か行なったが、その度に、このデジタルエンジニアリングの専門家の言葉を疑わざるを得ない体験をしてきた。同じプロセッサーで、デッキを変えると音が変わる。テープによっても若干の音質の変化があるという体験をした。CDが実用化して、多くの人達が、プレーヤーによる音の変化を指摘した。皆、一様に、そんなはずはないのだが、実際に違うのだと首をかしげたものだ。ついには日本オーディオ協会が主催して、市販のCDプレーヤーの音を聴き比べる実験も行なわれた。私もこれを聴いて、改めて、その違いに驚かされた。出席した数百人のマニア諸兄も同様の感想をアンケートに残したのである。
 この2年間、自宅で数多くのCDプレーヤーに接したが、ますますその観を深めている。CDプレーヤーもまた、多くのオーディオコンポーネントと同じく、この複雑微妙な音と音楽の再生に個性をもつことが、私たちの耳で確められたのである。ただし、アナログプレーヤーのような大きなバラつきがないことは事実であって、その下限(今後のことは未知だが……)の水準は、アナログの最低水準よりはるかに高い。価格を考え合せるとなおさらのことで、例えば、5万円の価格で、カートリッジつきプレーヤーとイコライザーアンプまでを含めたアナログの再生システムとなると、まともなコンボーネントの範疇には到底入れられないレベルのものだろう。しかし、上限はどうか? これはどうやら今の段階では明言し難いようだ。私見でば、現在のCDフォーマットの16ビット/44・1kHzというのは、不十分と感じられる。人間の感覚と音楽の妙、その芸術性に謙虚に技術が奉仕するためには、不必要と思われる余裕のある規格、例えば、22ビット/100kHz以上のサンプリング周波数で、実際ものを作り、多くの人に聴かせ、経済性との妥協点でどこまで下げられるかをじっくり時間をかけて検討すべきだと私はメーカーに言い続けてきた。現在のCDフォーマットは既成の学説の鵜呑みに理論値をあてはめたもので、決して十分な実験の結果決められたものではない。いずれ、そのうちに、スーパーCDフォーマットなるものが出来るような気もするのである。とはいうものの、現在のCDの能力は、いまだに計り知れないところがあって、新機種の中には、驚くほど音がよくなったものがあるのも事実である。そして、今や、私個人の楽しむプログラムソースとしても、CDはすっかり定着し、よきにつけあしきにつけ、アナログディスクにはない特徴に日常親しんでいるのである。
 CDの可能性は未知だと書いたが、それを再生倒で強く感じさせてくれたのが、今回登場のソニーCDP552ESD+DAS702ESと、Lo-D、DAP001+HDA001という2機種であった。
 図らずも、ほぼ同時に発売されたこれらの機種の共通点は、セパレート型CDプレーヤーシステムというもので、光学メカニズムを含む信号処理部までのデジタル系と、DAコンバーター以後のアナログ系とを、それぞれ別のシャーシに分離してまとめられた新しいコンセプトによるものだ。このコンセプトは従前から話題にはなっていたもので、ぜひ製品化の実現が望ましいと考えられていたものである。その理由はいくつかあるが、一つには、デジタル系とアナログ系を狭い共通のシャーシ上に同居させることによる各種の干渉による悪影響が想像されていたからだ。そして、このコンセプトによる製品は当然コスト高となるが、それによってさらに、各部の品位を上げることに連ることが予想されたのである。現に2機種とも、ただセパレートにしたのみならず、それぞれ、デジタル部もアナログ部も従来機よりも一層入念な回路設計、コンストラクション、パーツの選択に磨きがかけられているのである。次に、この形態をとることにより、プレーヤーとプロセッサーが独立製品となり、コンポーネントとしての発展性と趣味性が高まることである。今のところ、Lo-Dとソニーでは、プレーヤーのデジタル信号出力の出し方に違いがあって、出力端子を含めてしかるべく統一が図られるべきだし、その方向に向っているが、そうなると、他のメーカーからDAプロセッサー単体が発売される可能性が出て、プレーヤーとプロセッサーの組合せの自由度が生まれることになるだろう。すでに、これを大いに歓迎しているアンプの専門メーカーもあり、こうなるとCDプレーヤーのハイエンドユーザー層への浸透に拍車がかけられることになるはずである。CDプレーヤーの普及化もよいが、一方において、熱心なハイエンドユーザーに認知されないことにはCDの市民権は不十分である。ユーザーの中には、まだまだCDアレルギーの人々が多いはずで、それらの人の中には、問答無用、聴く耳持たず……といった感情的な姿勢の人も少なくないことを知っているが、同時に、現在のCDの水準が文句なく受け入れられるレベルにまでは至っていないのも事実である。私自身のCD観は初めに書いた通りなので重複は避けるが、この新しいテクノロジーの成果と可能性はもっと虚心坦懐に受け入れたほうがよい。こだわりも必要だが、前向きの明るさも大切だ。人生、ネアカジュクコウが私のモットーである。

ソニー CDP552ESD + DAS702ES
 さて、このソニーとLo-Dの2機種についてだが、詳しくは、後で御紹介するそれぞれの機械の直接の担当エンジニアとのインタビューを読んでいただくとして、その概略を述べておこう。
 ソニーCDP552ESDは、同時発売のCDP502ESと基本的に同じCDプレーヤーであるが、本機は、それにデジタル出力端子を装備したものである。このプレーヤーの最大の特徴は、その操作性の完成度の高さであって、きわめて静粛かつ迅速なアクセスはあらゆるCDプレーヤー中、群を抜いている。20キーを持ち、最大20曲までメモリー可能、呼び出しはこれにプラス10キーを加えて30曲まで瞬時におこなえる。メモリーは演奏中にプログラムのチェック、追加、変更も可能である。また、シャッフルプレーといって、プレーヤー自身で再生曲順をランダムに選定するという面白い機能ももっている。新しいLSIの開発で主要デバイスは一新され、光学系のメカニズムやサーボもより完成度を高めた。フローティングマウントにより、メカ自身と外部からの振動への対策も図られている。CX23033ICによるデジタルオーディオインターフェースでピンプラグ一本で簡単にデジタル出力がシリーズアウトされる。これでCDのサブコードなども送信可能である。ピックアップ駆動にはリニアモーターが使われ、サーチはきわめて速い。速すぎてディレイスイッチが用意されているほどだ。また、サーチ中の不快なノイズも全く気にならない。ディスクトレイの出入もスピーディで全くいらいらすることがなく、一度このプレーヤーを使うと、他機種のそれがスローモーションでじれったくなってしまうだろう。リモートコントロールユニットRM-D502は、CDP502ESと共通の赤外線パルス式である。
 DAS702ESは将来の放送衛星やSHF放送試聴の備えをもったDAプロセッサーで、サンプリング周波数は32kHz、44・1kHz、45kHzに自動切換えにより対応する。DAコンバーターはLR独立型、オーディオ回路には電源トランス、コンデンサー、線材などに入念な音質対策が施され、ESシリーズ共通の剛性の高いシャーシコンストラクションとなっている。

Lo-D DAP001 + HDA001
 Lo-D/DAP001も、大筋においては変りはなく、光学系のメカニズムと信号処理部までのデジタル回路をもつたCDプレーヤー。このプレーヤーのアクセス機能は既存のDAD600に準じるもので、10キーを備えたコンベンショナルなもの。操作性は標準的といってよいだろう。内容的な特徴としては、5重訂正という大きな訂正能力をもつが、これは新しく開発されたC-MOS・LSIによりエラーは1回/20万年という高性能、かつ、訂正もれによる補間雑音も最小限におさえられているという。150億以上のピット信号が刻まれているCDだから、読み出しのエラーはつきものである。またCDそのものの成形もパーフェクトにはいかないから、そのローカルディフェクトも無視出来ない。デジタル系で音が変わるとすると、誰もがまずエラーレイトを想起するし、事実、エラーレイトのチェック以外に、今のところ、デジタル系に起因する音質の定量的チェック方法はないらしい。必要以上とも思われる5重訂正という従来の倍以上の訂正能力をもたせ万全を期したものだろう。デジタル信号の出力は、今のところアンフェノール24ピン・コネクターによっているが、いずれ、ソニーと同じフォーマットに改められる予定である。この部分は今後、いろいろな論議を呼ぶことになりそうである。このプレーヤーは、ソニーと正反対といってよいデザインイメージで、ソニーがブラックなのに対し、こちらはシルバー。メカニカルなソニーのパネルフェイス廻りに対して、こちらは木製サイドボードをもったウォームなものである。
 HDA001はデジタルフィルター、DAコンバーター、サンプルホールド、ローパスフィルター、アナログアンプの各ブロックをまとめたプロセッサーである。DAコンバーターはリニア積分型でLR独立して使われている。デジタルフィルターはオーバーサンプリング方式で、この辺りは、ソニー、Lo-D共に自社開発のLSIを使っているのでパーツの差はあるが、基本方式としては同じとみてよいだろう。アナログアンプ部は、これも入念な配慮がみられ、電源トランス、コンデンサーなど、コンストラクション、品位ともども十分検討されたものだ。キャビネットの無共振化、外部振動の遮断などへの配慮も、DAP001とともによく検討された作りである。
 それでは、以下、ソニー、Lo-Dそれぞれの開発担当者とのインタビューによって、それぞれの製品の特徴を中心にさらに話を進めることにしよう。私が、ソニー、Lo-Dのエンジニアに質問する形で進行することにする。

●ソニー開発担当者エンジニア
──CDプレーヤーを、セパレート化された理由をお聞かせ下さい。
『CDプレーヤー開発する前に、PCMプロセッサーPCM-F1を商品化したわけですが、このとき、音を徹底的に追及したかったため、使い勝手をやや犠牲にしながらもセパレート型を採用し、そのおかげで、かなり満足すべき結果が得られました。
 PCMレコーダーでセパレート型を開発したことにより、CDプレーヤーにおいても、メカニズムが発生する振動がエレクトロニクス部分に与える影響、それに、デジタル回路とアナログ回路の干渉が、音質劣下をきたすのではないかと、感じていました』
──CDP101を発表された時に、既にセパレート型の方が音がいいことは判っておられたのに、なぜ、最初のCDプレーヤーは、インチグレーテッド型で出されたのですか。
『アンプにも、インテグレーテッド型とセパレート型があり、それぞれ意味があるわけですが、CDプレーヤーでも同じことが言えます。われわれとしましては、高級機はセパレート型も考えていましたが、まだ、その時点ではCDプレーヤーのデジタルアウトの規格が決まっておらず、CDを普及させる意味もあって規格が決まるまで待っていたわけです。
 このデジタル・インターフェースの規格は、プロ用デジタル機器の規格に準じたもので、ドラフトが一九八二年末に、最終文書が翌年九月に配布されています。これは現在はIECで標準化されようとしています』
──具体的には、どの部分から分けられたのですか。
『D/Aコンバーターを、プロセッサー側に内蔵する形態を採りました。これは、将来出てくるであろう衛星放送チューナーやDATに対応できるようにするためです。
 プロセッサーは、サンプリング周波数をCDの44・1kHzの他に48kHz、32kHzにも対応できるように設計していますので、フォーマットさえ同じなら他のデジタル機器でも接続可能になるわけです』
──セパレート型でしかできないこと、それに、ソニーの第三世代のCDプレーヤーとして第1、第二世代のモデルとの違いはありますか。
『インテグレーテッド型の場合、一つのシャーシにメカニズム、デジタル回路、アナログ回路を収めるため、スペース的余裕がなく、どうしてもアナログ回路は妥協せざるをえなかったわけですが、スペース的に余裕のあるセパレート型は、アナログ回路にアンプ開発で培ったノウハウ、技術を充分に生かすことができました。
 従来の光学系はギヤで駆動しており、メカニズムの機械ノイズ、経時変化の問題がありましたが、今回採用したリニアモーター方式は、ギヤ駆動の問題点をすべて解決することができ、また、アクセスのスピードアップも可能となりました。
 さらに、ピックアップ部と駆動部を一体化したことにより、加工精度が向上して、より正確な信号のピックアップが可能になりました。また、この部分を、シャーシからフローティングしていますので、メカニズムが発生する機械ノイズがエレクトロニクス部分に影響を与えることはありませんし、外部振動からピックアップ部が逃げられるなどの、メリットがあります』
──デジタルは、音が変わらないとCDの発売当初は言われましたが、実際にはかなり大きな違いがありますが、このことについて、設計者の方は、どうお考えでしょうか。
『LSIとデジタル回路の設計は、純粋なデジタルのエンジニアが担当していますが、メカニズム、アナログ回路を含めたCDプレーヤーの全体的な設計は、長くオーディオを担当しきたエンジニアがやっており、彼等がデジタル回路を見直しますと、音の変わる要素が数多く出てきます。
 さらに、デジタル波形を見てみますと、理論上では0と1しかないはずですが、0にもいろいろな0があり、1にも同じことが言えます。単純に、デジタル信号は0と1だけとは、現在では言えないように思っています』
──それは、どういったことが原因で起こるのですか。
『まだ正確なことは言えませんが、おもに個々のパーツが発生するノイズ、デジタル回路が出すノイズ、機械ノイズ等の影響からくるものだと考えられます。将来的には、この辺を完全にクリーンにして、デジタル信号を理論通りの0と1のみにして、信号処理していくつもりです。
 今回のモデルが、CDで出せる究極の音とは言いませんが、デジタルのもつ優れた可能性を伺い知ることのできるものだとは思っています』

●Lo-D開発過当エンジニア・インタビュー
──セパレート化されたコンセプトは、どこにありますか。
『エレクトロニクス回路は、デジタル、アナログに関係なく電源は重要なポイントだと思っています。
 一般的なCDプレーヤーは、1つのシャーシにデジタル回路とアナログ回路とを同居させているため、それぞれに理想の電源をもたせることは無理ですし、どこかで妥協せざるをえない。また、共通の電源を介して起こる干渉と、デジタル回路から発生するノイズの、アナログ回路への飛びつきを防ぐために、セパレート化に踏み切ったわけです』
──セパレート型と、インチグレーテッド型との音の差はどの程度ですか。また、それは、ただ単にセパレートしたためによるものですか。
『作ったわれわれが驚くくらい、非常に大きい差と言えます。しかし、ただ単にセパレート化したことだけによる音質向上ではなく、現時点で、考えられるだけのことをやり、徹底したコンストラクションの見直し、パーツの追及によるところも大きいと思います。
 今回のモデルの開発は、おもにアナログ系を重点的に音を詰めていきました。デジタル部も新たにLSIを起こしましたし、五重訂正回路の採用により、これまでは平均値補間で処理してきた大きなエラーも、正しいデータに直り、アウトプットされます』
──電源には、どういったことがされていますか。
『電源は、ローノイズの高速ダイオード、4700μFの音質対策コンデンサー、そして15Vに定電圧化して、そのコンデンサーの容量も1000μFものを使用しています。ようするに、セパレートアンプの電源と同じ考えで、音質追求を図っています』
──どの部分から、分けているのですか。
『D/Aコンバーターは、プロセッサー側に入っています。この分けかたは、基本的にはソニーのものと同様といえます。ただし、ソニーは、ピンケーブル一本で信号の受け渡しを行っていますが、われわれは、24ピンのアンフェノールコネクターを用いました。
 受け渡しの信号の内容は、シリアルデータ、データのクロック、サンプルホールドの信号とエンファシスの有無の信号、ミューティング、グランドラインで、これをモジュレートせずに送りだすか、モジュレー卜するかだけが、われわれの方式とソニーの方式の違いですが、互換性をもたせるためにピンコネクター方式に変更すべく、検討中です』
──特性データをとると皆同じになるデジタルですが、その音の違いはアナログ以上に思うのですが、データと聴感の関係をどう考えられていますか。
『各社とも、あまりにも音が違いすぎる。しかし、データをとると皆同じ。われわれは、これを解明するには現在考えられる究極のものをやってみなければならないという結論に達したわけです。
 同時に、高級アナログプレーヤーを使われているユーザーにも、満足していただけるような音をCDからいかに出すか、ということも目標としてありました』
──音決めをされる場合、デジタル部とアナログ部と、どちらが比重が高いのですか。
『パーツ交換による音の変化は、アナログ系のほうが大きいです。しかし、デジタル系も使用パーツの違いによって、そうとう音が変わるのも事実です。アナログ系のもう一つの特徴は、ローパスフィルターの後のオペアンブの出力に、能率の高いスピーカーならドライブできるほどのパワーをもつバッファーアンプを備えていることです。これは、音質向上にそうとう大きな効果があったと考えています。
 CDに含まれている情報を正確にピックアップしてアナログに変換しても、それをプリアンプに正確に伝送しなければ、なんにもなりません』
──このモデルは、インチグレーテッド型と比べて、音の差が非常に大きいわけですが、これはセパレート化によるところが大きいと思われますか。
『このモデルは、いろんな細かいことの積み重ねによって、ここまでのクォリティがえられたのだと思います。ですから、もしかすると、どれかひとつでもかければ、がらりと音が悪くなるのかもしれないし、ひとつぐらいかけてもそれほど音は変化しないのでは、とも思えます。このへんは、これから追及していきたいところでもあり、疑いだすときりがなく、オーディオの一番象徴的な問題がでてきた感じで、設計者泣かせのところでもあります』

 以上、それぞれのCDプレーヤーの担当エンジニアの談話である。その話からもわかるように、セパレート型のメリットは明らかなようだ。そして、その理由は、デジタル回路とアナログ回路の干渉をおさえることによる音質改善、メカニズムの発生する振動がエレクトロニクス部分に与える影響の回避、十分なスペースを確信し、余裕のあるコンストラクションの確保、そして、それらによって得られる高品位をさらに高めるパーツや回路の洗練によるものであることが解る。
 2機種ともに、実際の試聴でその音のよさは明確に認識され、初めに書いたようにCDの音の可能性の高さを知らされることになったのだが、興味深いことは、この2台のCDプレーヤーシステムがそれぞれに違う音を聴かせることである。
 ソニーのCDP552ESD+DAS702ESは明らかに同社のCDプレーヤー中、CDP5000Sをのぞいては最高のもので、一体型とは次元を異にする音である。音の厚味、透明感、立体感、品位が一段と上り、細部がいっそう明解に聴こえながら、音が機械的な冷たさをもっていない。実に豪華な響きなのである。
 Lo-DのDAP001+HDA001も、同社の一体型とは次元を異にする音であることでは変りない。しかも、このプレーヤーシステムの音は、音の厚味に払いてはソニーのそれを上廻り、前者が華麗な響きなのに対し、これはより落着きのある、しっとりとした響きである。まるで、よく出来たMM型のカートリッジとMC型のそれを聴いた時のような音の違いが、この2台のCDプレーヤーから感じられた。つまり、ソニーがMM型、Lo-DがMC型である。こうした音の質感の違いこそが、オーディオコンポーネントの楽しさであるし、難しさであるが、CDプレーヤーとして一歩も二歩も前進したこの2台においても、依然としてそれが存在する──いや、かえって大きく存在するかもしれない──のは面白い。
 2つの機種を同時に扱えば、当然比較対照することになるし、読者の関心も、どっちがどうだ? というところに集中すると思われる。しかし、この2機種、価格の上ではかなりの差があって、ソニーが38万円、Lo-Dが60万円である。そして、Lo-Dは今のところ受注生産の形をとっているため、コスト計算は両者では全く違い、どちらかといえば、Lo-Dのほうがかなり割高につくと思われる。音質では、Lo-Dが優位であるが、その辺を考えると、どちらともいえない難しさがある。しかも、ソニーの抜群の機能とアクセスの優秀性を考え合せるとなおさら、コストパフォーマンスとしてはソニーに軍配が上がりそうである。どちらにしても、CDプレーヤーのマニア層への浸透に大きな力となるものだし、その質的向上と発展性を高めた有意義な新製品として大歓迎である。

ダイヤトーン DS-3000

井上卓也

ステレオサウンド 73号(1984年12月発行)
「興味ある製品を徹底的に掘り下げる」より

 プログラムソースのデジタル化は、コンシュマーサイドでは、EIAJフォーマットのPCMプロセッサー、CD、ごく最近でのLDをデジタル化したLDDとバラエティも豊かになり、かつては、特別な響きをもって受け止められていた『デジタルプログラムソース』の言葉も、最近は身近な存在となり、伝統的なアナログプログラムソースと共存のかたちで定着しつつあるようだ。
 デジタルプログラムソースの一般化により、その桁外れに優れた基本特性に裏付けられた情報量豊かなサウンドと素晴らしい機能の両面から、従来の伝統的なアナログプログラムソースで育ち、発展してきたオーディオコンポーネントの全ジャンルにわたって、少なからぬ影響を与え、非常に興味深い結果が生じているようである。
 ダイヤトーンの新世代の到来を感じさせた500シリーズの第1作DS505は昭和55年に発売されたモデルだが、いち早くデジタルプログラムソース時代に対処して開発された、いわばデジタル対応スピーカーシステムの第1号機ともいえるコンセプトをもつシステムであった。
 今回、発売されたDS3000は、4ウェイ方式完全密閉型エンクロージュア採用というアウトラインから判断すれば、DS505を受継ぐモデルと思われるだけに、いわゆるマークII的なモディファイによる開発なのか、または、似て非なる完全な新製品であるかについて、DS505以来のDS503、DS501と続く500シリーズ、一昨年から始まった1000シリーズともいうべきDS5000、DS1000などとの相関性から探ってみることにしよう。
 最初に、ユニット構成、使用ユニット、スペックなどからDS505とDS3000の比較をしてみよう。基本コンセプトが同一だけに、両者の相違点を探せば結果は明瞭に出るはずだ。
 まず、エンクロージュア関係では、外形寸法的な高さと幅が3cm大きくなり、外容積では13ℓ増加しているが、内容積は70ℓから78ℓへの増加だ。外観的には判らないが、ミッドバス用バックチャンバーは、DS3000用のユニットの磁束密度が向上しているため、チャンバーに取り付けたときのQを臨界制動の0・7にする目的で、容積は12ℓから9・7ℓに縮少された。また、使用材料の変更で、本体重量は42kgから52kgに増加した。
ユニット関係では、低域と中低域振動板はアラミドハニカム・ストレート型コーンを採用し口径も同じだが、磁気回路とフレームの相対的な構造はDS1000で初めて採用されたDMM方式になっている。
 中高域と高域は、チタンベースにボロンを拡散した独自の製法による材料を使い、ボイスコイルと振動板を一体成型した直接駆動DUDドーム型採用は同じだが、中高域ユニットの口径が40mmから50mmに大型化され、ダイアフラム周辺に取り付けられた6個のディフューザー的なフィンは廃止された。なお、構造的には、低域や中低域ユニットと同様に、DS1000での技術を受け継いだDM方式が採用された高剛性設計である。
 また、発表された定格からは、再生周波数帯域、最大許容入力、定格入力などに相違を認めるが、決定的な差はなく、周波数特性、指向周波数特性での僅かな改善と、高調波歪特性で現状の限界値と思われる、100Hz~10kHz間で-60dBというラインに、DS505より一歩近付いたようだ。
 これらかち判断すると、デジタル対応スピーカーシステム第1号機として誕生した昭和55年当時のDS505において既に、ユニット関係の、とくに振動板周辺技術は完成されており、現在でもトップランクの性能を当時から獲得していた先進性は、発表された定格値が示している。
 一方、DS505以来の500シリーズの歩みを考えてみると、翌年の昭和56年に、口径65mmDUDボロン振動板採用の中域ユニットを開発し、ダイヤトーンの3桁シリーズは完全密閉型が原則という禁を破ったバスレフ型3ウェイシステムDS503を開発し、続く、昭和57年に新材料ωチタン採用の3ウェイ密閉型システムDS501と、DS502での開発の成果である65mm口径のDUDドームユニットに、新開発のアラミドハニカム・カーブドコーン採用の27cm口径ミッドバスユニットを中核とした4ウェイ構成バスレフ型のフロアーシステムDS5000を完成させている。このDS5000は、モデルナンバー的には500シリーズを受け払いだ♯1000シリーズの第1弾製品であるが、使用ユニットからみれば、500シリーズの技術の集大成として頂点を極めたモデルであり、モデルナンバーもDS500+0と考えられ、500シリーズのスペシャリティという類推もなりたつように思う。
 CDが実用化され、実用面での安定度が高まり、ソフト側のプログラムソースも数を増しはじめた昨年秋に、ダイヤトーンが新製品として発売したDS1000は、DS5000やDS505以来の500シリーズのシステムとは、一線を画した内容をもつコンパクトなブックシェルフ型システムである。表現を変えれば、500シリーズが新世代のダイヤトーンを象徴するとすれば、DS1000は新々世代、つまり、近未来型ダイヤトーンシステムの出発点となるモデルである。その技術的内容は500シリーズで展開し、完成されたアラミドハニカムとDUDボロンの2種類の振動板の優れた性能を一段と高め、より次元の高い音の世界への進化を目的として、振動板周辺のユニット構造を再検討し、構造面での性能アップを図っている点が最大の特徴である。
 この構造面での新技術は、きわめて基本的な部分での検討に端を発したもので、コーン型ユニットのフレームと磁気回路の相対関係にメスを入れたDMM方式と、ドーム型ユニットのフレームレス化を計ったDM方式が2本の重要な柱であり、DMM方式の採用で問題点として浮上してきたことがらが、変形8角フレームよりも振動減衰モードが単純で、音質向上ができる円形フレームの採用と、均等分割8点止めのユニット取付方法、さらに、フレームの不要輻射を抑えるための前面露出面積の縮少などがあげられる。
 これらの新構造ユニットの完成でクローズアップされたものが、ディフラクションを抑えるラウンドバッフルの採用へとつながった。ダイヤトーンにとってはこのラウンドバッフルは、放送用モニター2S305に初採用し2S208へと続く、いわば伝統的な手法であるが、このタイプを最初にコンシュマー用に採用したのがDS1000だ。
 このように、スピーカーシステムを歴史的に開発の流れに従って眺めてみると、今回発売されたDS3000は、1000シリーズのモデルナンバーが意味するように、DS1000をベースに4ウェイ構成化をしたシステムであることが判るであろう。
 DS3000で採用された4ウェイ構成は、帯域の分割方法により各種のバリエーションが存在するが、ここでは当然のことながら、DS505、DS5000での成果が反映された設計になるであろう。
 DS505の開発時点でダイヤトーンが名付けた、ミッドバス構成4ウェイシステムという考え方は、一般的な3ウェイシステムの場合に、低域を受持つウーファーは重低音から中低域までをカバーしており、これは音楽の最もエネルギー量の多いところだが、1個のユニットでこの帯域を完全にカバーすることはたいへんに難しいようだ。
 大ホールのライブネスやライブハウスのプレゼンスを重視すれば、中低域のレスポンスはタップリ必要となるが、それでは重低音が弱くなり、いわゆる重心が高い腰高の低音になってしまう。逆に、重低音を要求すれば、線が太くゴリゴリとした、力感めいたものがある低域になるが、いわゆる楽器の低音とは少し異なったものになる。
 現実は、二者択一で、重低音型のチューニングのほうがユーザーに判りやすく、いわばオーディオファン好みでもあるため、このタイプのほうが一般的であり、巷の評価も高いように思われる。
 この3ウェイ方式での問題点である低域ユニットの受持帯域を、重低音を受持つウーファーと中低音を受持つミッドバスユニットに分割したものが、ミッドバス構成4ウェイ方式とダイヤトーンで名付けたタイプで、それぞれの帯域を専用ユニットで再生するだけに制約は少なく、理想に近い低音の実現が可能である。
 この構想に至るまでには、ダイヤトーンにも、かなりの期間が必要であったようだ。もともと、コンプリートなスピーカーシステムとして市販されている製品では、4ウェイ構成のシステムはそれほど多くないが、ダイヤトーンではコンシュマーユースのシステムを手がけた第1作のDS301が4ウェイ構成を採用している。しかしこの場合の帯域分割の方法は、1500Hz以上を3個のユニットで分割したタイプで、放送用モニターシステム2S305の高域ユニットTW25の受持帯域を3ウェイ化したような特殊な4ウェイ化である。
 DS301の次期モデルとして開発されたDS303も4ウェイ構成のシステムだ。この場合は、低域と中域のクロスオーバー周波数が600Hzあたりで、標準的な3ウェイシステムにスーパートゥイーターを加えたとも考えられる帯域分割である。
 この2モデルの開発を通じて得られた結果が、ミッドバス構成4ウェイシステムに到達し、ユニット開発面での性能向上の要求が、コーン型ユニットではハニカムコンストラクションコーンの開発 スキン材のCFRPからアラミドへの発展と進化し、ドーム型では、フェノール系、紙などを使った従来型のタイプから、ボイスコイルボビンとダイアフラムを一体成型したDUDボロン型が開発され、従来のモデルにくらべて驚異的ともいえる性能と内容をもったDS505が完成されたわけだ。
 DS3000の低域と中低域ユニットは基本となるDS1000の27cmウーファーの帯域を拡張し2分割するために、結果としてはDS505での成果を受け継いだ32cm口径のウーファーと16cm口径のミッドバスユニットとなったが、ユニット構造はともにDMM方式を採用している。
 DMMとは、ダイレクト・マグネティックサーキット・マウントの略で、簡単にいえば、スピーカーフレームと磁気回路を機械的な強度を上げて結合しようというものである。国産ユニットでは一般的に、磁気ギャップがある前側の磁気プレートはフレームとネジで国定してあるが、マグネットとポールを含む後側磁気プレートは接着剤で糊付けする方法がとられている。
 ボイスコイルにパルシブな信号が人り、例えば前に動けば、その反動でフレームと磁気回路は後に動くのは当然であるが、このときに、フレームと前側のプレートと、マグネットと後側プレートは、接着剤で固定されているため個別な運動をするわけだ。
 海外製品ではマグネットのフェライト化にあたり、古くは米ポザーク、昨今では英タンノイ、米JBLなどは、この糊付部分は、ネジで固定し強度的にも問題はないようにしている。
 DS3000で採用されたDMM方式は、低域はフレームと別ピースのブロックで磁気回路を抑えるタイプ、中低域が磁気回路全体をフレームが包み込むタイプと、構造的違いはあるが、保持する部分が後側プレートのボールピース外側を抑えるアウターサポート方式と呼ばれるタイプで、DS1000のボールピース中心を抑えるセンターサポート方式と異なった方法を採用している。
 両者の得失は、モーダル解析の結果から、一次モードに対しての制動効果はセンターサポートが強烈だが、高次モードの高い周波数では効果が激減するのとくらべ、アウターサポートは広い周波数帯城のモードに安定した効果があり、ミッドバスを含めた中低域までの高剛性化では、アウターサポートが優れるという。この結論から、DS3000ではアウターサポート方式が採用された。
 中高域ユニットと高域ユニットは、独自のボロナイズドチタンDUDドーム型でDM構造採用である。DMとは、ダイレクトマウントの略で、従来型がフレームに振動系を組み、これと磁気回路をネジで固定していたが、DM方式では、磁気回路の前側プレートに振動系を組み、このプレート自体をエンクロージュアに取り付ける構造で、磁気的なエネルギーロスにより、わずかに磁束密度に影響は出るが、フレームの固有音や共振が皆無となり、シンプルで高剛性化が達成でき、非常に優れた応答性を実現している。
 中高域ユニットは、外観はDS1000の中域ユニットと類似するが、バックチャンバーレスとなり、バックチャンバーの形状、材質などに起因する固有音の発生や鳴きがなく、一段と純度が高い再生音が得られるユニットに発展している。なお、振動板関係は、DS1000の中域ユニットとエッジ部分を除いて共通である。このタイプのダイアフラムは、DS505の中高域ユニットと比較して、口径のほかに、ボロンが強化拡散化され物性値の向上と、ボイスコイルボビン部分までボロン処理が行なわれ、ボビンの長さも短縮してある。
 高域はDS1000のトゥイーターと同じ振動系に、φ85×φ32×13tからφ100×φ50×16tのストロンチュウムフェライト磁石を採用し、これはDS505の高域ユニットと同じものだ。
 エンクロージュア内部の吸音材も音質を左右するポイントとして、一部では古くから研究が続けられてきた。DS505時点でも、聴感上でのSN比を向上させるために、ナイロンロック、アセテートファイバーにグラスウールを加えた吸音材が採用されていたが、フレームを含めたユニット関係やネットワーク関係での高SN比が促進されたために、DS3000ではグラスウールは全廃され、ピュアウール、フェルト、ナイロンロックの3種のノイズの少ない吸音材が使われている。ちなみに、グラスウールはノイズの発生が目立つが、繊維状のガラスとほぼ同量の粒子状のガラスが混っているのがその原因であろう。この点で少しは、米国系のグラスウールは粒子の混入が非常に少なく、ノイズの発生も少ない。いずれにせよ、吸音材関係の研究は、いまだにメーカーサイドでもあまり意欲はなく、マンネリな吸音材の使用をしているのが実態のようで、音質に非常に有害なアッテネーターやレベルコントロールの問題を感知していない点も含み、使う側の使いこなしの欠如とも相まって、スピーカーの問題点は山積しているようである。
 ネットワーク関係も、ユニットと同等に音質を左右する重要なファクターである。基本的には、フィルムコンデンサーを主体としたDS505当時とは逆に、フィルム系独特の音的な強いキャラクターを避けるため、音質面で充分に検討されたバイポーラ電解コンデンサー主体の方向に進んでいる。
 アッテネーター、レベルコントロールの類を全廃しているのは、DS1000に続く見事な英断である。レベルコントロール用のツマミ類は、それ自体が、パッシブラジエーター的に中高域あたりの周波数でノイズを発生することにはじまり、アッテネーターをバッフル面に設けることにより、配線経路の延長と磁気フラツクスの影響による歪の発生、接点の存在や半田付処理の必要、さらに経時変化的接触不良の問題、バッフル板に穴あけが必要で、バッフルの響きを損うなどの問題が発生する。性能、音質を極限にまで追求する高級スピーカーシステムにおいては諸悪の根源といっても過言ではない存在だ。
 コイル関係は、ダイヤトーン独自の特殊コア採用の低歪型。配線材料は一種OFC、1・4スケアを中低域と中高域に、LC-OFCを低域と高域に使い分けている。素子間の接続などは、すべてノンプレーティングOFCスリーブを使用した庄着によるもので、入力端子部分のターミナルはDS5000と同一仕様の大型金メッキターミナルを採用し、各ユニット間の電流密度を均一化する特殊給電方式が採用されている。
 DS3000の試聴を始めることにしよう。このクラスの完成度が高いシステムでは、結果を決定的に支配するのがセッティングである。セッティングに関係なく、だれが使っても良い音で鳴るスピーカーが優れた製品とされた時代があるが、基本性能を向上させ、細部のモディファイを続けて追い込んでいくと、スピーカーシステムは、反応がシャープになり、無視されるようなセッティングの差や、わずかのアンプやプレーヤーシステムの使用条件の変化も音の変化として聴かせるようになるものだ。
 現在の優れたスピーカーシステムは、適当なセッティングでも程よく鳴り、正しく使いこめばシャープに反応を示し、圧倒な素晴らしいサウンドとプレゼンスが得られるものだと考える。このことは、いわゆるシャープな音からソフトな音まで、ダイナミックなサウンドからキメ細やかな繊細な響きまで、かなりの幅でコントロールできるだけのフレキシビリティを備えることを意味している。
 最初のラフなセッティングは、重量級のブロックや硬質な木製のブロックなどを置き、その上にスピーカーをのせて、ガタガタしないように置くことが条件である。ブロックを2段積む場合は、ブロック間に数mm厚のフェルトを挟む必要があり、スピーカー底板とブロック間にもフェルトを敷くべきだ。
 調整は、左右のブロックの幅をコントロールして低域と高域のバランスをとり、続いて前後方向に移動をさせてシステムの鳴りっぷり、表情をコントロールする。ポイントは、左右、前後ともに大幅に置き方を変えてみて、変化量を試してから細かい調整をすることだ。細かいコントロールを要求するときには、ブロックの穴は吸音材などで塞ぐべきであるし、スピーカー底板と床面、左右のブロック間の反射を避けるために、スピーカーに当らぬように吸音材を軽く入れるとよい。この吸音材にグラスウールの使用は不可だ。詳しくは、本誌71号の特集を参照されたい。
 本誌試聴室での試聴は、硬質な木製ブロックを1段で使ったが、床がコンクリートの上にカーペットを直接貼った仕上げのためか、この木製のブロックでは、やや重く、鈍く、反応が遅い傾向の音になるようだ。この条件では、重量級ブロックかビクターのLS1のような木組みのスタンドがマッチするだろう。使用コードはLC-OFC。手元にあったのは4本の芯線がパラレルになったタイプだけで、しかたなくそのうちの2本のみを使い、残りは使用していない。
 全体の傾向としては、柔らかく芯がクッキリとした安定感のある低域をベースに、、厚みのある中域、シャープな分解能が高い中高域から高域という広帯域型のバランスをもつが、聴感上のSN比が非常に優れ、音像定位がクリアーに立つ、音場感情報の豊かさが他のシステムと一線を画した特徴で、聴感上のSN比は、ブロック周辺の吸音材の使用と密接な関係がある。
 注意点としては、システム全体のメインテナンス、つまりコード関係のクリーニングやAC極性のチェックと機器の給電方法、プレーヤーやアンプの置き方などをあらかじめ整えてからヒアリングを始めることだ。システムに不備があれば、それはそのまま音に出て、スピーカーの責任と受け取りやすいことが往々にしてあるからである。DS3000はまず、整備された試聴室などで試聴をし、少しセッティングを変えながら、自分にとって好ましいかをチェックすることが必要であろう。イージーに使っても、優れた特質の片隣は聴かせるが、どのように使いこなすかによって、結果は大幅に変わるだろう。これが、試聴の印象を最少限にとどめた理由である。DS3000は使い手の力量が試されるシステムである。しかしそれにもまして、内に秘めた力をとことん引き出してみたいという強烈な誘惑にかられるシステムである。

その他のベストバイ

井上卓也

ステレオサウンド 73号(1984年12月発行)
特集・「ジャンル別価格別ベストバイ・435選コンポーネント」より

 LDプレーヤーとCDプレーヤーを同じ筐体にまとめ、さらに、LDの音声をデジタル化したLDDにも対応可能なパイオニアCLD9000は、LD、CDともに、低域の厚み、安定感で、質的な向上があり、価格的にも文字どおりベストバイのトップランク商品だ。これに、CDのユーザーズビットのディスプレイが加われば完全だ。
 PCMプロセッサー関係はEIAJフォーマットが14ビットであること、長時間録音可能に対応する選曲や頭出し機能の問題などもあって、特殊なオープンリール的需要の域を出ないようだが、βIIIで使用可能なプロセッサー、ソニーPCM501ESは、リーゾナブルな価格も魅力的である。サウンドプロセッサー関係のdbx4BXはエキスパンダーとして最高のモデルで、この威力は、まさに、麻薬的な恐しい魅力とでもいえよう。待たれるのは、デジタルディレイユニットなどの登場である。

カセットデッキ、オープンリールデッキのベストバイ

菅野沖彦

ステレオサウンド 73号(1984年12月発行)
特集・「ジャンル別価格別ベストバイ・435選コンポーネント」より

 オートリバース機の中では、独立3ヘッドという構成と再生時のみリバース可能という独自性からナカミチのDRAGONを選んだ。走行系はスーパーリニアトルクモーターを採用し、コギングの発生はないという。また、機能面
でも自動アジマス調整機構(NACC)により、録音済みのテープに対しても最適アジマスが得られるのも特徴だ。
 スタンダードタイプは10万円未満がソニーTC−K555ESII。10〜20万円が、同じくソニーTC−K777ESである。K555ESIIは555ESのグレードアップヴァージョンでLC−OFC巻線ヘッド、ツインモノ構成のアンプ部が特徴だ。サウンドは、このクラスの枠を越え、上級のK777ESにも迫るものである。K777ESはESシリーズのトップモデルであり、銅メッキの鋼板シャーシを採用し過電流を抑え、歪みの改善を図っている。情報量の豊かさとキメ細かなサウンドが得られている。オープン部門では、高い完成度と品位の高いサウンドが得られるルボックスB77IIをベストワンとした。