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インフィニティ Renaissance 90

井上卓也

ステレオサウンド別冊「世界のオーディオブランド172」(1996年11月発行)より

 RENAISSANCE90は、現代的にソフィスケイトされた素晴らしいソノリティを聴かす、実に魅力的なモデルである。音の陰影を色濃く再現し、誇張感なく音楽を聴かせる、という意味では同社の最高傑作で、まさに粋のわかる人のためのモデルといえよう。

インフィニティ Kappa 7.2i

井上卓也

ステレオサウンド別冊「世界のオーディオブランド172」(1996年11月発行)より

 KAPPA7・2iは、このサイズとしてはスケール感も大きく、必要にして十分な性能・音量をもつが、8・2iが見事であるだけに、設置条件に制約がある場合に推奨したいモデルである。

インフィニティ Kappa 8.2i

井上卓也

ステレオサウンド別冊「世界のオーディオブランド172」(1996年11月発行)より

 KAPPA8・2iは、上級機の9・2iとともに非常に価格帯満足度の高い同社の新しいモデルだ。先代譲りの高度に熟練したエンジニアのヒラメキといった、絶妙なシステムチューニングは類例のない見事さだ。このシステムは最も信頼度が高く、オーディオマインドを絶妙にくすぐるサムシングをもつシステムとして文句なしに推奨できる製品だ。

インフィニティ IRS-Epsilon

井上卓也

ステレオサウンド別冊「世界のオーディオブランド172」(1996年11月発行)より

 IRS−EPSILONは、かつてのGAMMAに位置づけられるモデルだが、低域ユニットが2個から1個になった。その低域は、IMGコーンの30cmユニットで、磁気回路が強化されて駆動力を増し、さらに独自のサーボ制御を採用している。中低域は平面振動板の精度を上げ、磁気回路を見直した新L−EMIM型、中域も同様に高能率化したHE−EMIM、高域はHE−EMITで、全ユニットはGAMMA当時とは異なり、一段と高精度・高能率化された新タイプに変っている。
 付属のサーボコントロールユニットは、調整が簡単で使いやすくなったが、GAMMAのように微妙な調整ができないことに少々の不満は残るようだ。
 IRSシリーズは、基本的にダイポール型放射をするが、本機になって背面の音圧をコントロールし、正面の特性を向上させようというコントロールド・ダイポール・スピーカーという考え方が新しく導入された。つまり、ユニット背面に音響ロードをかけてコントロールする技術が応用され、スピーカーシステムと対峙して聴取する位置でのフィデリティが改善されている。
 しかし、逆に考えれば、本来ダイポール特性をもつユニットの背面の放射をコントロールするということは、ホーン型やコーン型などの前面にのみ音を放射するユニットに近似させることとなり、これが、振動板前後の空気の圧力が同じ条件になることがベストな、平面振動板のメリットを損なうことになりはしないかという疑問が生じる由縁でもある。背面放射を制御する考え方は大変に合理的とは思われるが、短絡的に考えれば、ダイポール型のEMIユニット本来の魅力が、この手法により薄らいだ印象があることはいなめない。
 IRS−EPSILONは、平均的に使いやすくなったことは見事なリファインであるが、これならではの魅力も、その分だけスポイルされた点をどう考えるかが問題だろう。

ソニー CDP-X5000, TA-F5000

井上卓也

ステレオサウンド別冊「世界のオーディオブランド172」(1996年11月発行)より

 CDプレーヤーCDP−X5000とプリメインアンプTA−F5000は、さりげなくグレードの高いオーディオを楽しみたいファンへのソニーの回答であろう。コンパクトなモデルながら、CDは光学固定方式、カレントパルスDAC、外部振動打消し偏心インシュレーター、アンプはツインモノ構成、MOS−FETパワー段、楕円断面コア・トロイダル電源トランス採用など、細部にこだわらず要所を押さえた、程よく息の抜けるサウンドは大人の味わいがあり、ソニー製品中ではひと味違った安心して音楽が楽しめる製品だ。

インフィニティ IRS-V

井上卓也

ステレオサウンド別冊「世界のオーディオブランド172」(1996年11月発行)より

 IRS−Vは、インフィニティが考える理想のスピーカーシステムを具現化した製品ともいえる超弩級システムだ。とくに注目したいことは、低域、中域、高域の最小限の3ウェイ構成を採用し、かつ各専用ユニットは、上下方向に一列に並ぶ、いわゆるインライン配置とされていることだ。この配置は、水平方向の指向周波数特性は広いが、上下方向には逆に狭いという特徴がある。これは、一般的な大型スピーカーで問題となるサービスエリアが限られること、トールボーイ型システムでは椅子に座ったときの耳の位置に、ベストなサウンドバランスの音軸が来ないことへの、ひとつのアプローチの結果であるのだろう。
 低域は2kWの専用アンプ内蔵、中域はEMIM×12個、高域はEMITを前面に24個、背面に12個の合計36個使った超大型システムである。

ソニー SS-R10

井上卓也

ステレオサウンド別冊「世界のオーディオブランド172」(1996年11月発行)より

 SS−R10は、従来のトップモデルSS−GR1が、ドーム型ユニット採用のスピーカーとして頂点を狙って開発され、所期の目的が達成されたため、次なる未知の領域を求めて静電型にチャレンジし、完成したモデルである。
 静電型は、基本的にフルレンジ型として使えることとトランジェント特性に優れ、現状では最も理想のトランスデューサーではあるが、現在のパワーアンプが低電圧・大電流のソリッドステート型なのに対して、極端に超高電圧かつ、ほとんど電流を必要としない、いわば電圧のみに依存する変換器であり、この両者をいかに効率良く結びつけるかに最大の問題があるようだ。つまり、変換器(トランスデューサー)として理想の変換結果が得られるが、最大音圧レベルが低いことを、どのようにクリアーするかが最大のテーマとなる。
 逆説的に考えれば、非常に特徴的な変換器では、すべての幅広いプログラムソースに対応する必要はなく、特別なジャンルでならこれならではの、かけがえのない音や音楽を再生できればよいと、潔く割り切ることもハイエンドオーディオでは認められなければならない、とも考えざるを得ない両刃の剣的な性質を、静電型は備えているのである。
 SS−R10は3ウェイ構成で、指向性の改善と各帯域ごとの最適設計が可能なことをメリットとした開発だ。ネットワークはソニー伝統の18dB型で、ユニット正相接続とすること、最低の素子数とし、ユニットの特性を損なわないことを条件としている。ネットワーク出力には昇圧トランスが必要で、アンプ負荷が重くなるため並列抵抗を入れて、システムインピーダンスを4Ωとし、インピーダンスカーブを普通のスピーカーなみとしているとのことだ。固定極はエポキシ樹脂を自動塗装設備により流動侵積塗装を施すことで絶縁耐圧を高め、固定極と振動膜を支えるフレームには、アクリル樹脂を採用している。
 バイアス電圧は、ダイオードとコンデンサーを積み重ねたコックフロフト・ウォルトン回路で取り出し、バイアス電圧変動を防ぐツェナーダイオードによる定電圧回路の採用で、高域1・8kV、中域3・9kV、低域8・8kVという安定した高い電圧を得ている。低域は2段重ねのタンデム型で、空気付加質量を半分とすることで出力音圧を6dBアップ。これによるf0の上昇は、膜テンションで調整している。
 全体に手堅く、正統派の設計で徐々につめていくアプローチは、技術的に最先端に挑戦するソニーとしては「イッツ・ア・ソニー」という印象が少ないが、静電型に初挑戦し、十分な成果が得られたことは認めたい。だが、ブラウン管製造技術を活かした昇圧トランスレス化ぐらいは望みたくなるのは、技術集団のソニーを認めていればこその願いである。

インフィニティ

井上卓也

ステレオサウンド別冊「世界のオーディオブランド172」(1996年11月発行)より

 インフィニティは、1968年にアーノルド・ヌデール、ケアリー・クリスティ、ジョン・ユーリックの3氏によって創設されたスピーカーメーカーだ。
 同社の第1作は、中域以上に静電型フルレンジユニットを使い、低域に18インチ(45cm)コーン型ウーファーをエンクロージュアの床面に向けて取り付け、これをサーボコントロール方式で制御する、サーボ・スタティック1である。このシステムは、低域を左右チャンネルに使ういわゆる3D方式であるため、比較的コンパクトで、なおかつ静電型ユニットで中域以上を再生するため、コントロールの容易なシステムだ。
 この第1作が静電型+サブウーファーという構成であったことは、以後の同社の製品開発に直接結びついているようだ。静電型のトランジェント特性は、優れてはいるが構造上振幅がとれず、最大出力音圧レベルが低いこと、振動板の両側に音を放射するダイポール型で、前面と背面では位相が180度異なること、などの特質から、ダイナミック平面振動板の開発が始められた。
 エレクトロ・マグネティック・インダクション(EMI)型と名づけられた、極薄のフィルム状振動板に直接、薄膜状のボイスコイルを貼り合せ、その両側に小型磁気回路を並べた構造、つまり静電型ユニットをそのままダイナミック型に置き換えたような構造のユニットだ。
 ’80年には、インフィニティ・リファレンス・スタンダードの頭文字をモデルナンバーとするIRSが発売され、EMI型ユニット+サブウーファーの基本構成が確立された。このIRSシリーズは、現在まで続いているインフィニティのスペシャルモデルである。かなり以前から同社の製品は国内に輸入されていたが、注目を集めるようになったのは、’80年代後半のKAPPAシリーズが発売された頃からだ。IRSシリーズには、フラッグシップのIRS−Vを筆頭に、IRS−β/γ/δなど一連の高級機がラインナップされたが、KAPPAシリーズの9/8/7は、非常に高い価格対満足度をもつモデルとして高い評価を受け、インフィニティ・ブランドを国内市場に定着させる原動力となったようである。
 その後、’89年にアーノルド・ヌデール氏が会社を去り、独立してジェネシスを創立。2代目社長をケアリー・クリスティ氏が受け継いだが、’93年には同氏も独立し、クリスティ・デザインを創立。現在はヘンリー・J・サース氏が社長。しかし、長期にわたり開発責任者であったケアリー・クリスティ氏は、新しいシグネチュア・シリーズの開発をすることになっており、その製品には同氏のサインが記されることになるようだ。
 なお、インフィニティはハーマン・グループの傘下にあり、一段と内容を強化するため、設計部門に広く世界から人材をスカウトしているようで、今後の動向にも大いに期待したいと思う。

ソニー TA-NR10

井上卓也

ステレオサウンド別冊「世界のオーディオブランド172」(1996年11月発行)より

 TA−NR10は、シリーズ製品のTA−NR1をベースに出力段をカスタムメイドMOS−FET化し、純A級100W/8Ωとした上級機種。電源は重量10kgの巨大トロイダルトランスとスタッキング構造の分割・積層型電解コンデンサーによる構成だ。また、純銅製放熱版の採用をはじめ、ハイカーボン鋳鉄シャーシを用いた筐体には、スピーカーの音圧、床振動を低減させる音響的チューンが施されている点がユニークだ。
 非常に力強くマッシヴな低域をベースに、伸びやかで、ナチュラルに高域に向かってレスポンスが伸び、表現力にも豊かさがある。ER10との組合せで、かつてのTA2000+TA3120F的な、現代のリファレンス・セパレート型アンプとして、じっくりと聴き込んでほしいモデルである。

ソニー TA-ER1

井上卓也

ステレオサウンド別冊「世界のオーディオブランド172」(1996年11月発行)より

 TA−ER1プリアンプは、独立電源部をもつバランス優先設計の超広帯域・超高SN比が特徴の、現代最先端のプリアンプだ。バランス入力端子と高平衡度バランスアンプを直結し、入力信号を直ちに差動合成する考え方は、ノイズ打ち消し効果が高く、通常120dBの信号伝送系SN比を170dBに高めているという。また、信号ロスを低減するため、入力インピーダンスは4MΩと異例に高い。加えて、不平衡入力の平衡アンプによる増幅、ホット/シールド切替を同時に行なうパラレルスイッチ機能、リモコン可能な真鍮削出し筐体収納のコンダクティヴプラスチック・アッテネーターの採用などが特徴。出力段はMOSダイレクトSEPP方式で、駆動能力の安定化と強化が特徴だ。
 MM/MC対応フォノEQは、MC用に昇圧トランスを搭載。リモコンボリュウムは超音波セラミックモーター駆動で、停止時には制御系的にもメカニズム的にもすべて解除状態となる。

ソニー CDP-R10, DAS-R10

井上卓也

ステレオサウンド別冊「世界のオーディオブランド172」(1996年11月発行)より

 CDP−R10+DAS−R10のセパレート型CDプレーヤーは、最もソニーならではの技術集団の成果が見事に表われた傑作であろう。
 ディスク型プレーヤーでは、古くはエジソンの蝋管蓄音機以来、信号を読み出す部分──アナログディスクではカートリッジ、CDでは光ピックアップ──を移動させることが伝統的に行なわれ、これが常識となっていた。ところがソニーは、CD開発メーカーであるだけに、初期の業務用CDプレーヤーCDP5000で、早くも光ピックアップを固定し、ディスクを移動させるコペルニクス的展開の、ソニーでいう光学固定方式を完成させている。これをベースにメカニズムを見直し、現代の最先端技術で開発されたのが、CDP−R10に採用された光学固定方式メカニズムである。
 超重量級アナログプレーヤーに相当する、表面がわずかに凹んだアルミ合金ターンテーブルに、ディスクをマグネットチャッキングプーリーで固定し、間歇的にディスクを移動させるノンサーボ・スレッド機構により、サーボを使わずディスクを移動させている。また、重量級のターンテーブル・モーターなどが載ったベースは、5点支持・磁気吸着の軸受けブロックで鏡面仕上げのレール上を移動するが、重量が大きく、磁気吸着されているため、外部振動に強いメリットも大きい。アナログディスクの超重量級ターンテーブルと同様に、CDP−R10の巨大なディスクを載せたこ移動ベースは、通常型に比べ圧倒的にメカニズムSN比がよく、ディスクに記録された情報を最も正確に読みとれることでは、類例のない究極の機構である。
 DAS−R10は、電圧で表現されたパルス例を電流パルスに変換するカレントD/Aコンバーターを採用している。これは、音楽信号を電流の揺らぎや演算ノイズからの直接妨害からガードする特徴がある。また、演算能力の高いDSPを8個並列使用で誤差の少ないFIRディジタルフィルターや、全アナログ信号系のディスクリート部品構成を採用するなど、CDP−R10とのペアにふさわしい現代のリファレンスモデルだ。

ソニー

井上卓也

ステレオサウンド別冊「世界のオーディオブランド172」(1996年11月発行)より

 個人にとってブランドのもつ価値観というものは、どのような製品に巡り合い、それがどのようなオーディオ製品であったかにより大幅に変わるようである。
 とかく趣味の世界には、実際に使ったことがなくても、本やカタログなどを詳細に調べ、同好の士と夜を徹して語り明かし、ユーザー以上に製品のことを熟知しているという趣味人も多い。それはそれでよいのだろうが、オーディオ、カメラ、時計など、物を通じて楽しむ趣味の場合には、対象となる製品は基本的に人間が人間のために作った優れた工業製品であるべきだと考えるため、最初に巡り合った製品が、そのメーカーやブランドの価値を決定することになるようだ。
 ソニー製品との出会いは’50年代以後であるから、個人的には比較的に新しい。日本初のステレオ・オープンリール・テープレコーダーとして歴史に残るTC551が、実際に手を触れ、録音し、音を聴いた最初のソニー製品である。当時の管球式としては非常に厚みがある力強い音と、程よいシャープさをもつ音で録音・再生できたテープレコーダーならではの魅力は、一種のカルチュアショックで、このために、その後、各種のレコーダーやマイクロフォン、検聴用ヘッドフォンに凝ることになった。
 現在のソニー・トーンの原型は、ソリッドステート初期の業務用オープンリールデッキで、ダイヤトーン2S208をFM局のスタジオで聴いた折の音の純度を可能な限り上げ、物理的特性を時代のトップランクとして入出力を可能な限り等しくする、といった非常に明解な技術優先の思想が感じられる音だ。
 この時代の最先端をいく技術を集約して製品に注入し、プログラムソースに入っている音は情報量としてすべて引き出して聴こうという考え方は、ハイエンドオーディオの世界では、とかく趣味性に乏しく、感性に欠けるとされがちだ。しかし、勘や経験に頼らず、論理的にオーディオを追及すれば、必然的にこの考え方に帰結するし、納得できるものだ。こうした技術を最優先とするオーディオへのアプローチは、たとえ結果としての音が理詰めで論理的とか、緊張感を強いられるなどと言われようが、個人的には非常に潔く、むしろ心地よく感じられる。
 半導体アンプ初期の技術を結集して開発されたプリメインアンプTA1120、パワーアンプTA3120に始まったESシリーズ製品は、歪み感が非常に少なく、クリアーで抜けがよく、音の輪郭をクッキリと聴かせる、ソリッドステートアンプならではの魅力を引き出したものとして世界的に高い評価を受け、ソリッドステートアップの頂点に君臨するブランドとして定着した。
 この見事な音質は、最先端技術を駆使し、単に再生のみでなく、録音・再生を通して積極的に製品の追及を行なうという、ソニーならではの特徴が色濃く出た見事な成果といえるであろう。
 ソニーならではの、最先端技術を基に挑戦した製品には非常にユニークなものがある。たとえばモノーラルLP初期のアーム一体型のインテグラル・チャージ型コンデンサー・ピックアップ、名器と呼ばれたC37Aコンデンサーマイクなどだ。この管球式C37Aが、世界初のトランジスター式コンデンサーマイクC38を生むことになる。
 テープデッキ、フォノカートリッジ、トーンアーム、ターンテーブル、アンプ関係では常に各時代の最先端技術を開発し、世界のソニーの名をほしいままにしているが、ことスピーカーシステムとなると、初期の作品で低歪みを提唱したULMシリーズをはじめ、優れた性能と優れた音質間の非整合性に悩み続けた。しかし、’70年代のPCMが公開された頃の3ウェイシステムSS−G7、続くSS−G9などの独自のプラムライン配置のフロアー型システムで、スピーカーのソニーの第一歩を記した。そして、平面振動板採用のAPMシリーズを経て、ラウンドエンクロージュア採用のSS−GR1を登場させ、さらに静電型にチャレンジした結果が、今年の新製品SS−R10である。
 とにかく目標を定め、そこに集中したときの開発力の物凄さは、数多く存在する技術集団中でも抜群に強力で、短期間に驚くほどの成果を挙げた例は枚挙にいとまがない。
 EIAJ・PCM、CD、DAT、MDなど、特にディジタル機器で最もソニーの特徴が発揮されているようだが、逆に、急速に開発が進行するため、CD初期の一体型CDプレーヤーと単体DAC間のアブソリュートフェイズの混乱、急激に促進したが息切れをしたLカセットなど、取りこぼしが出たことも否めない事実のようだ。

マランツ PM-15

井上卓也

ステレオサウンド別冊「世界のオーディオブランド172」(1996年11月発行)より

 PM15はPM99系の発展型で、大型筐体と電源部強化により、マッシヴで豊かな音が聴かれる。並のセパレート型では及びもつかない高度なパフォーマンスを備えており、SP駆動能力は、さすがにマランツらしく実に強力だ。

マランツ SC-5, SM-5

井上卓也

ステレオサウンド別冊「世界のオーディオブランド172」(1996年11月発行)より

 SC5プリアンプとSM5パワーアンプは、不可分の関係にあるセパレートアンプだ。というのも、SC5の独立電源部には鉛バッテリーが電源の一部として組み込まれており、SM5の前段増幅回路用の外部電源としても必要に応じて使用可能であるからだ。
 SC5の基本構成は、プリメインアンプの超弩級機PM15に至るアンプ開発での成果をセパレート型に導入したもので、同社独自のハイスピード、高SN比、高安定度を誇る新HDAM(電圧増幅モジュール)を増幅系に採用している。音質に直接関係のあるボリュウムには、アルプス社製超高精度ボリュウムを業界初採用、それも4連型で独自の高SN比を誇るアクティヴボリュウムコントロールとしている。
 SM5は、PM15のパワー部を発展させた、高周波用大型パワーTrのパラレルプッシュプル回路が終段に採用され、100W+100W/8Ω時、200W+200W/4Ω時のパワーリニアリティを備え、BTLモードでは400W/8Ωの定格出力となる。このように2台のSM5に対しても、電源部bb5は十分な電源供給能力を備えている。
 SC5+SM5の組合せでの音は、従来のセパレート型とは一線を画したナチュラルで余裕のある音が楽しめ、特にBTL時の音質は例外的に見事だ。

マランツ Project T-1

井上卓也

ステレオサウンド別冊「世界のオーディオブランド172」(1996年11月発行)より

 プロジェクトT1は、超高級機を基本的に一人の技術者が開発するという、ソウル・B・マランツ氏の製品づくりを現在にリバイバルした開発で、現社長の株本辰夫氏の、いわば独断と偏見に満ちた原点復帰の大英断により開発が始まった。日本のオーディオ史上でも、ヤマハの巨大フロアー型システムで、プリアンプまでシステム構成化したGF1のプロジェクト以外に類例のないものであろう。
 管球式パワーアンプの原点に帰り、最も音質的に優れた直熱型3極管300Bと、大型送信管の形態をもつがA級増幅用に特別に開発された845が、現在主に中国で再生産されていることを基盤にした開発である。
 非常にユニークな点は、通常は出力管としての使用例が多い300Bを、初段と2段目にトランス結合でプッシュプル、つまりバランス型アンプ構成とし、終段を845PPにしていることだ。また整流管には、このクラスともなれば水銀蒸気整流管が使われるが、このタイプ固有のノイズ発生を避けるために、あえて845を2極管接続として使用した、細心の注意を払った設計となっている。
 一般的に見逃されやすいが、本機は入力・段間の2段と出力にトランスを採用したトランス結合型である。見掛け上、真空管が増幅していると誤解されているが、増幅率の極めて低い300Bはほとんどど増幅率を持たず、単純にインピーダンス変換器としての動作をしており、増幅度のほとんどすべてをトランスによる昇圧比で得ていることが、このモデルの最大の特徴だ。これは、類稀な音質の優れたアンプであることの所以でもある。
 直熱3極管のヒーターは、すべて定電流型電源によるDC点火だ。これは、定電圧型に対して、真空管生産のバラツキが吸収され、ヒーターを定常状態とすることが可能というメリットがある。なお、前段用300Bの高圧電源にも整流管5U4Gを使用、ヒーター整流回路のダイオードや制御回路のノイズ対策は万全を期した設計だ。
 このプロジェクトT1は、感度87dBで超重量級ウーファーコーン採用のB&W801S3を軽々と鳴らす。重さ、鈍さが皆無で、ゆったりと余裕をもって鳴らし、かなりのピークレベルにも対応する。このアンプは、真空管、半導体のいずれをも超えた、今世紀最後を飾るオーディオの歴史に残る金字塔を、マランツ・ブランドは再び築いたという印象の、感嘆すべきモデルである。

マランツ

井上卓也

ステレオサウンド別冊「世界のオーディオブランド172」(1996年11月発行)より

 マランツは、ごく少数の人のためにソウル・B・マランツ氏が米国ニューヨークで創業したアンプメーカーである。しかし、最近のCEショウなどで見受けられるような、非常にアマチュアライクというか、単純なシャーシの上に部品を配置しただけというようなプリミティブな製品ではなく、当初から現在の管球式アンプとして見ても、すでに見事な工業製品であり、機能的なデザイン、仕上げが行われていたことは、その優れた音質以上に驚くべき事実である。
 たとえば独立電源を採用したエレクトロニック・クロスオーバーは、モノーラル時代の同社初期に発売されたモデルではあるが、2ウェイ構成でローパス側とハイパス側が、それぞれ100Hzから7kHzまでの11ポジション設けられており、それぞれのレベルコントロールには+10dB、−10dB,OFFの表示がある。
 これは、現在のスピーカーに対しても適切な周波数選択で、特に独立してハイパスとローパスが調整できるということは、電気のエンジニアが机上で考えた結果ではなく、現実のスピーカーなるものの特質を十分に知った、むしろスピーカーエンジニアの作品とでも考えたい見事な設計だ。
 それにもまして驚かされることは、ステレオ用として例のマランツ木製ケースに2台並べて組み込んでみると、マランツ独自の削出しツマミを4個スクェアに配置し、その間にパイロットランプを配置したデザインとなり、この時点ですでにあのマランツ♯7のデザインとレイアウトが決まっていたかのような印象を受けることだ。オーディオデザインは、純粋に機能に徹したときに、誰しもが十分に納得でき、かつ非常に個性的な美しさになるという、ひとつの好例だ。
 彼が独自のデザインセンスをもっていたことは、♯2パワーアンプのユニークなパンチングメタルのカバーにも感じられることだ。趣味のオーディオ本来の見て美しいデザイン、仕上げ、レイアウトが施されているモデルは、その印象に絶妙にマッチした音質、音楽性を備えている、と古くから語り継がれてきたことのひとつの証しでもあり、マランツならではの想い入れが募るところである。
 現実に、私が最初に手にしたモデルは♯7プリアンプで、それ以後、それなりに収集癖があるらしく、かなりのモデルが現在でも周囲に置いてあるが、動作をさせ音を聴かなくても、それが置いてあるだけで楽しくなるのは不思議な魅力である。中には、未だに音を出したことのないモデルも相当数あるようだ。
 デザインで見るマランツらしさは、♯7Tで終り、♯500を経て、♯510/250、♯3600あたりで新デザインとなり、それ以後は日本マランツ生産に変った。♯7、♯7Т系は、♯1250で復活し、伝統的な強力電源を採用。当時、駆動のむずかしかったJBL4343が駆動できるアンプとして、伝統を受け継いだイメージの音とともに注目され、一時代を作った。
 当初はプリアンプに特徴のあるブランドといわれたが、♯9Bあたりから半導体時代に移行するにつれて、次第にパワーアンプに重点が置かれるようになった。そして、強力電源による高いスピーカー駆動能力がシンボルになるようになり、その最後の到達点が、最新の超弩級管球モノーラルパワーアンプ、T1プロジェクトではなかろうか。
 技術最優先の傾向を持ちはするが、これは高安定度、高信頼度の根源であり、常に機能的で、簡潔で、クリーンなデザイン・仕上げが施された製品が送出されてきた。それらは単なるアンプではなく、人間が音楽を楽しむためのアンプであるべきだ、とする考えが、マランツ本来の価値観なのであろう。現実に、同社ほど多くの時間をかけ、細部にわたる仕上げを、高い安定度を持たせながら追及するメーカーは、少ないように思われる。

ラックス D-700s

井上卓也

ステレオサウンド別冊「世界のオーディオブランド172」(1996年11月発行)より

 CDプレーヤーD700sは、国内製品としてはユニークなHDCD専用デコーダーを初採用したモデルだ。とレイブには外部光遮断構造と、ローディングされると自動的にトレイを固定し、振動発生を防止する機構を備える。モーターは漏洩磁束を遮断する構造のリーケージ・アイソレート型、電源部にはピックアップのサーボ回路の電流変動を遮断する2次5巻線の分割電源を採用している。
 DACは、音楽の躍動感と音場感の再現性にはマルチビット型に利点があるとの判断から、サイン・マグニチュード方式リアル20ビットD/Aコンバーターを採用している。この方式はゼロクロス歪がないメリットがあり、分解能の高いマルチビットの音は、低域の質的向上に寄与し、豊かで生き生きとした音楽を聴くことができるとされている。

ラックス L-507s. L-505s

井上卓也

ステレオサウンド別冊「世界のオーディオブランド172」(1996年11月発行)より

 プリメインアンプL507s/505sは、出力メーター付のシリーズ製品で、プリアンプとパワーアンプは分離使用可能だ。MM/MCフォノEQ付。2系統のバランス入力(505sは1系統)はアンバランス変換され、トーンアンプ、バランス・音量調整を経てフラットアンプ経由シングル・スタガー・サーキット(SSC)のパワーアンプに送られる。
 特徴は2機種共通で、定格出力がそれぞれ100W+100W/8Ω、70W+70W/8Ωと異なるが、重量は20kg、19kgと僅差である。

ラックス C-7, M-7

井上卓也

ステレオサウンド別冊「世界のオーディオブランド172」(1996年11月発行)より

 C7は、ボリュウムコントロールと電源の一部を除き、ブロックダイアグラム的にはC10と同じ構成のプリアンプ。M7も、終段をPc150W級Trを3個並列とした、B10の+側のみを独立させた通常型アンプとなっている。

ラックス B-10

井上卓也

ステレオサウンド別冊「世界のオーディオブランド172」(1996年11月発行)より

 B10は、同社初の出力段をブリッジ構成としたモノーラルパワーアンプで、500W/8Ω、1kW/4Ωの巨大な定格出力をもっている。
 基本構成は、入力部にアンバランス/バランス入力切替スイッチと0、−6、−12、−20、−∞の6段階の独立固定抵抗切替型アッテネーターがある。これに続き、C10と同様な構成のバランス型バッファーアンプがあり、出力段もC10の出力アンプと相似のCSSC回路によるパワーアンプで、出力段は+用−用にPc200W級のマルチエミッター型トランジスターを6個並列使用である。NF回路もC10と同様のODβ回路を採用している。
 電源部は、800VAのEI型電源トランスとカスタムメイドの22000μFを4個使用。バッファーアンプ電源などは、ハイイナーシャ電源を採用している。
 筐体構造は、内部に独立電源ルームを設けたクリーン電源を中心とする、不要振動と電磁・高周波ノイズを遮断するラックス流配置で、シャーシベースは重量級FRP製、脚部は5点設置型を採用している。
 また、大型120×100mmパワーメーターや、3種類に使い分けられるオリジナルスピーカー端子をはじめ、カスタムメイドの部品が数多く採用され、さらに非磁性体抵抗、銅製バスバー、6N配線材、70μガラスエポキシ基板など、超高級機らしい贅沢な物量投入によりベストな音質を引き出し、音楽表現に貢献しているようである。

ラックス C-10, C-7

井上卓也

ステレオサウンド別冊「世界のオーディオブランド172」(1996年11月発行)より

 C10プリアンプは、同社がスーパー・アルティメイト・アッテネーターと呼ぶように、アナログ回路用としてはまさに究極という表現にふさわしい、凝りに凝った超物量投入型の、空前絶後の最後のチャレンジともいえる物凄いボリュウムコントロールである。
 4連58接点ロータリースイッチにより、各ポジションで常に抵抗2本のみに信号を通す回路構成のこのアッテネーターは、単純なパッシヴアッテネーターとして発売すれば数十万円といわれるほど超高価格であるとのことだ。アッテネーターによる音楽の生命感が失われることを極限まで低減した、最高級バランス型アッテネーターである。
 このC10プリアンプの基本構成は、ライン入力専用のバランス優先設計で、入力は、まずトーンコントロールアンプに入り、この出力にバランスコントロールアンプが置かれる。これに続いて音量調整アッテネーター、ミューティングを通り、バッファーアンプ、フラットアンプとなる。この出力に位相切替、バランス出力/アンバランス出力切替がある。
 出力アンプには、全段直結コンプリメンタリー・シングル・スタガー・サーキット(CSSC)を採用し、高域の位相補整を最小限にとどめている点が特徴だ。また、これを+用−用に使い、完全バランスアンプ化していることにも注目したい。このCSSC回路は、ラックスの最新パワーアンプとも相似の構成で、組合せ使用時には「パワーアンプ・ドライバー」として十分に威力を発揮する出力段であるとのことだ。
 CSSC回路に信号を送るバッファー段は、コンプリメンタリー・バランス構成のディスクリート型で、初段が接合型FETをコンプリメンタリーで使用したソースフォロワー構成、2段目はTrのコンプリメンタリー使用によるエミッターフォロワー構成である。なお、全帯域にわたる音色を統一するため、100%DC帰還で直流安定度を確保し、交流NFについては伝統的なノウハウである回路ごとに最適NFBをかけるODβ(オプティマイズド・デュアル・NFB)方式が採用されている。
 電源部に関しては、多量のNFBを使用する一般的なタイプでは出力制御に時間差を生じ、俊敏に変動する音楽信号により出力電圧が振られることを避けるため、まず基本となる電源トランスには大容量タイプを使ってACのレギュレーションを高めておき、さらに2次側を左右独立巻線として分離した上で、独自のカスタムメイド大容量コンデンサーの採用により瞬時供給能力を向上させることで、必要最小限のNF量とするハイ・イナーシャ電源としている。
 また、外部独立電源とした場合、ときどき瞬時供給能力が低下しがちなことを重視して、同一筐体内に電源部を納めながらも、漏洩フラックスを徹底して遮断する、独立電源ルームを設けていることも特徴のひとつだ。このルームは、機械的にもフローティングされ、電磁・高周波ノイズおよび振動イズなど、ノイズ全般について万全が期されている。
 筐体は、フラットアンプ、トーンコントロールアンプ、ファンクションコントロール、電源部のレイアウトのしかたに各社各様の設計思想が明瞭に出る興味深い点で、当然のことながら内部配線のまとめ方も直接音質を決定する重要な部分である。この点も、ラックスが永年のアンプづくりのノウハウの結果と自信をもっていうだけに、一家言あるものだ。トーンコントロールはラックス型NF回路で、周波数特性のウネリがなく、低域300Hz、高域3kHz(±8dB)。ラインストレートスイッチでバイパスも可能だ。
 機能面では、パワーアンプの電源のON/OFFをする専用ワイアードリモコン端子、AC極性インジケーター、電源OFF時にチューナー入力がテープ出力端子に出力されるチューナー録音優先回路などを備えている。
 パワーアンプB10との組合せでの音は、B10の方が先行開発され、それをベースにC10が開発されたこともあって相乗効果的に働いているようで、程よくセンシティヴで、素直にプログラムソースの音を捉えて聴かせる。B10でもそうだったが、低域のスケール感がより大きくなり、潜在的なエネルギー感がタップリある。したがって、プログラムソースの良否を洗いざらい引き出して聴かせる傾向は少なく、それなりに音楽として聴かせるだけの懐の深さがあるようだ。音楽的な表現力は、当然ラックスらしい印象で、また、そうでなければならないが、いわゆる間接的表現という印象を意識させないレベルにまでダイナミクスが拡がり、余裕のある大人の風格を感じさせるようになったようだ。
 本機の姉妹モデルとして、近々C9が発表されるが、スーパー・アルティメイト・アッテネーターが、一般的には超高級ボリュウムコントロールと呼ばれているカスタムメイドの4連ボリュウムに変更される以外は、完全に同一の内容を備えている。一般的に考えれば、このモデルがスタンダードプリアンプで、C10は、スーパープリアンプと考えるべきだろう。

アナログ再生の愉悦

菅野沖彦

レコードリスナーズ アナログバイブル(ステレオサウンド別冊・1996年6月発行)
「アナログ再生の愉悦」より

アナログ再生の愉悦

 思い返してみると、僕は5世代にわたるレコードの変化を体験してきたことになる。今、僕の部屋の正面に、敬意を表して置いてある、ビクターの1-90という蓄音機で僕のレコード人生は始まった。1930年代後半である。ゼンマイをクランクで巻き上げて、ターンテーブルを毎分78回転で廻し、蝸牛のようなサウンドボックスに捻子で取りつけた鉄の針を片面3分ほどごとに交換して聴いたのがSPレコードの第1世代。レコードの録音は電気式の時代に入ってはいたが、この頃聴いていたレコードには機械式のものも混っていた。
 次が、電気式の蓄音機(俗にいう電蓄)で聴いた時代だ。これも、当時、父が買ったビクター製だ。16cm口径スピーカーと、2A5というヒーター電圧が2・5Vの5極管を使ったシングルアンプによるものだった。ターンテーブルは回転制御ガヴァナー付きダイレクトドライブ式のインダクション型モーター式で、ピックアップ(カートリッジとトーンアームが一体のもの)をレコードの縁にもっていくとスイッチが自動的に入り、ターンテーブルが廻り始め、演奏が終ると、ストッパーが働いて停止するという、当時としては夢のような(?)ものであった。もう、手でグルグル巻く必要はなかったし、巻きが不十分で、途中から回転が遅くなるようなこともなかった。この頃になると、鉄針だけではなく、竹針が現われ始める。片面ごとに捻子をゆるめて、針を新品に交換する鉄針と違い、竹の先端だけを専用の鋏で切り、何度も繰り返し使えるものである。この電気式録音再生時代が2世代目で、第2次大戦の1940年代まで続くことになる。
 家は爆弾で被害を受けたが、この電蓄は残ったのである。とはいえ、まともに音は出なかったし、終戦直後で部品などなかったのだが、音が聴きたい一心で、何とか四苦八苦してこれを修理したことが、僕のオーディオ趣味の始まりとなった。僕の高校卒業ごろまで、つまり1950年頃までのことである。
 次が、いよいよLP時代である。といってもモノーラルだ。電蓄の修理改造からオーディオにのめり込んだ、まさに病膏肓の時代である。そしてまた、足の踏み場のないほどあったSPレコードがLPに化けた、後世忘れられない時代でもあった。父が戦前から持っていたものに加え、戦後、中古レコード店巡りをして苦労して僕が集めたものも含め、SPレコードのコレクションはLPの新譜が出るごとに消えていき、ついにその数分の一か十分の一以下の量になってしまったのである。これは音楽量(?)の話であって、物量としては百分の一以下、つまり、1%以下にも減ってしまったのである。同じ30cm盤でも、SPは両面で約8分、それがLPでは40~50分であり、豪華な厚手の上製アルバムは薄く安っぼいジャケットに変り、さらにSPは値を叩かれ、LPは高い定価というわけで、価格差もついたからである。それでも、音キチといわれていたオーディオマニアの私は、その広帯域でノイズの少ない音に魅せられて、夢中になっていたのであった。多くの名演奏をも手放してしまったのだから、後々考えれば、音に目が眩んだとしか言えないかもしれない。今のアナログファンが、CDは小さくプラスティッキーで安っぼいというが、当時は今の30cmのアナログディスクが、同じようにSPファンを嘆かせていたのを想い出す。
 私にとって、その後、このモノーラルLPの時代が1960年の初頭ぐらいまで続くことになる。ステレオレコードの登場は、ご承知のように1957年である。日本では翌58年の発売だった。だが、僕のステレオ化はずっと後のことになる。SPからLPへの潔い転向だったが、モノーラルには執着し頑張り通したのである。その最大の理由は、当時絶好調であった自作システムにある。このシステムは僕の青春の象徴であって、長年の悪戦苦周と情熱の成果であった。かけた金額も時間も、僕にとって、もう2度とあり得ないと思えるほどのものだった。だから、そう簡単に、これとそっくり同じものをもう一組追加して2チャンネル・ステレオ化するなどということは、とうてい考えられなかったので、意地を張っていたのである。
 フィールド型磁気回路を持った30cmウーファー・ベースの4ウェイ6ユニットを、特注した桜の無垢材のコーナー型エンクロージュアに入れたスピーカーシステムは、これ以上はあり得ないと思えるほど僕の部屋に馴染んでいた。特殊な反射式の高域拡散型トゥイーターやスコーカーも、長年苦労した結果、部屋に作りつけのようになっていた。ネットワークにはオイル・コンデンサーをずらりと並べ、コイルも空芯の特注品。とても、その時期にもう一組というわけにはいかなかったのである。アンプも、改造につぐ改造を経たもので、最終的な仕様は、電源部、イコライザーアンプ部、パワーアンプ部、それにフィールド型ウーファーのマグネット励磁用の直流電源部などすべてを分離独立型とした大掛かりなものだった。
 ’60年代になると、当時、僕の仕事であった録音制作の業界も、完全にステレオ化したし、さすがにいつまでも意地を張っているわけにもいかず、ついに決意して、それらを全部捨てたのが1962年のことである。時代は自作からメーカー製へと移行したこともあって、その後の僕のステレオシステムは、すべてメーカー製コンポーネントによる構成となる。こうして4世代目のアナログ・ステレオディスク時代が現在まで続くのである。
 1982年に、僕にとっては第5世代目のディスクであるCDが登場する。しかし、このように僕の人生はほとんどアナログ時代とともにあったので、CDの登場は、長いオーディオ生活のおまけかご褒美のようにも感じられるのだ。SP時代から、長年アナログディスクで悩まされ続けたノイズや各種の不安定さからの解放が、そう感じさせたのであろうか?
 しかし、SPからLPの時のような音の改善とはとうてい考えられなかったし、あの時にSPをほとんど手放して懲りていたので、アナログディスクを処分することなどは全く考えなかった。それどころか、私が今使っている、トーレンスのアナログプレーヤーをCD時代になってから買ったほどである。
 したがって、今、アナログディスクの世界を楽しむにはソフト、ハードともに不足はない。だから、今アナログブームなどとことさらに強調されることが感覚的にぴんとこないのであろう。
 アナログディスクの、あの肌と心に直接タッチする音触(ミスプリではない、音の感触のような私が最近よく使う言葉)や温度感にはたしかにリアリティがあって、ディジタルはどこかおかしいと感じることがある。
 これを言い出したら大変だから、これ以上深く立ち入るのは避けるとして、別の角度から一つだけ言っておきたいことがある。それは、人の努力や技の差を鋭敏に反映するものでなければ趣味たり得ないということである。やればそれだけの違いが表われ、やらない人との差がつくものが人を熱中させるのだ。畢竟、人の才能と努力次第で上は天井知らずである。
 CD登場前夜にメーカーがディジタルオーディオのメリットとして前宣伝していたことは、この差が出ないことの一点張りだった。電子機器メーカーなら仕方がないとしても、オーディオメーカーを自認しながら何という馬鹿な! と感じたことを忘れない。趣味や遊びを解さない野暮な人間の集団であることを露呈したと思った。しかも、それが間違いであったのだから、何ともお粗末な話である。しかも、呆れたことに、その後ケロッとして、ディジタルオーディオも、機構の剛性や制振で音が変るなどと言い出した。
 現代のハイテクの使い方を見てもこの非見識がわかる。ただ小型軽量自動化という発想しかない。僕はゴルフをやらないから、あり得ない馬鹿らしい想像と笑われるだろうが、誰かが、精巧極まりないハイテク・ハイスピードのセンサー・コントローラーによるゴルフクラブを作ろうと言い出したらどうだろう? ホール・イン・ワン・ドライヴァーとでもいって、叩きさえすればプログラミングどうりに飛球するクラブである。実現可能だとしても、こんな企画はつぶれるはずである。そんなものが売れるはずはないと誰でも思うだろう。事実、もし売れたら誰もゴルフなどやらなくなるはずだ。
 ところが、これがオーディオでは実現してしまうのだ。そういう連中はアナログディスクの今の人気を、ある種の教訓と思うべきだ。幸い(?)CDは欠陥だらけであったし、音の違いも無くならなかった。音は計算より難しかったようである。人間の感性は知性より鋭敏かつ複雑微妙で、CDプレーヤーもオーディオ機器たり得たようで何よりである。
 アナログディスクとプレーヤーの世界は、人を熱中させる要素の塊のようなものである。アナログの歴史が長かったからこそ、古今東西でオーディオがこれほどの趣味の世界として発展したのではないだろうか?
 実はオーディオ全体の系の中で、プレーヤーの部分ぐらいは、ディジタルにより基準が確定的に安定したほうがいいと思う時もあるほど、この世界はファジーでロマンティック、言い換えれば厄介で曖昧な世界でもある。プレーヤーシステムの音の良さの条件で絶対的なのは、ターンテーブルの回転精度だけといってもよい。カートリッジもトーンアームも、そしてベースを含めた全体のマスの固有構造や物性も、その違いのすべては音に表われ、設計思想には唯一無二の客観的絶対性が存在し得ないといってよい。
 一言で言えば、この世界はスピーカーシステムとともに、必要悪が山ほどある。オーディオシステム全体にいえることであるが、特にこの両変換器では、問題点を微視的に漬すことに気を取られ、トータルバランスを損ねると決して良い音は得られないものだ。だから、使い方も含め、またとない趣味の対象になり得るのだろうと思う。専門家もこの世界の人は純粋で熱っぼく、仕事か趣味かが区別できない人が多い。それだけに「木を見て森を見ず」ということにもなる例が多いのである。まあ、趣味そのものが、広い視野や観念からすれば、そういうものであるかもしれないが。
 すべてが可視的な機械の動作は、直接的でスキンシップがある。電子のブラックボックスには、その感覚は求めにくいようである。取り扱いが面倒な半面、これがレコード演奏行為の実感につながるのである。人の癖にも、流儀にさえも順応するのが魅力的である。
 つまり、人間に暖かく親しめるものなのであろう。

EMT 948

菅野沖彦

レコードリスナーズ アナログバイブル(ステレオサウンド別冊・1996年6月発行)
「注目モデルの徹底試聴 レコードプレーヤー」より

 EMTの新世代プロ用機で、主に放送局用として開発された。フォノイコライザー内蔵で、トーンアームは有名なTSD15他同社のカートリッジ専用のダイナミックバランス型が付属。ユーザーの趣味で、あれこれモディファイする自由はない。
 その性格上、安定性、信頼性、耐久性重視で作られていて趣味性とは無縁のはずである。ところが、音を聴くと圧倒的な説得力を持ち、きわめて豊かな表現力を聴かせることに驚くばかりである。一体どこからこんな音の魅力が出てくるのであろうか? 作る側も音のことは意識がないはずである。しかも、技術的には古い既成の枠を一歩も出ていないものであり、特性も、素材や作りも、ひたすら前述した業務用の命題に基づいた設計製造にすぎない。トーンアームは同形のものを私も手元に持っているが、現在の水準からすれば、お粗末といっても過言ではない代物である。カートリッジもまた然りであり、一体、音の技術の進歩とは何か? を考えさせられる。
 血沸き肉踊るように生き生きと音楽を奏でる、その鳴りっぷりのよさは何なのか? シェリングのヴァイオリンなどは、たしかに繊細な味わいや集中性の高い毅然としたものではなく、むしろ豪放な演奏に聞えるし、「トスカ」はトゥッティでうるさく、肌理の細やかな音触の機微は聴けない。しかし、他のプレーヤーでは得られない生命感が充実しているのである。これからすると他の音は、細かい部分にこだわりすぎて肝心のエッセンスを取りこぼしているようにさえ感じられるのだ。
「ベラフォンテ」のライヴや古いモノーラルの「エラ&ルイ」、「ロリンズ」などは、デリカシーよりバイタリティとエモーションが重要な意味をもつ音楽だけに、また、録音時期も古いだけに圧倒的にこのプレーヤーがよかった。アナログレコードの、ベルエポックを感じさせてくれた音だ。機械としての魅力も備えている。

マイクロ SX-8000II System

菅野沖彦

レコードリスナーズ アナログバイブル(ステレオサウンド別冊・1996年6月発行)
「注目モデルの徹底試聴 レコードプレーヤー」より

 35kgの本体と、28kgのターンテーブル。つまり計63kgの重量級レコードプレーヤーである。そして、何よりも大きな特徴はターンテーブルがエアーフロート方式であることだろう。重量級のハイエナーシャ・ターンテーブルの安定した回転は高音質に有利であるが、これを静粛かつ長時間の耐久性を保証して回転支持することは容易ではない。エアーフロートにより非接触で支持する方法は理想的で、これをエアーベアリング方式という。
 摩擦はなく、機械振動によるノイズの発生も少ないし支持部の摩耗も心配ない。これに加えてこのプレーヤーはディスクをエアーでターンテーブルに吸着する方式を採用した。これは音質上、必ずしも有利とばかりは言いきれない難しさを抱えているが、この辺りを長年のキャリアーで巧みにコントロールしたことがロングライフにつながったのであろう。平面性の点では強力に吸着するのがよいが、ターンテーブルと一体化すれば、それで音もよくなるとは単純に言いきれない。
 このプレーヤーは聴感上のS/Nがよく、バックグラウンドが安定静粛でローレベルが透徹している。エネルギーバランスは妥当で、しっかりした造形感が得られる。音にウェイトがあり聴き応えがある。シェリングのヴァイオリンの音触は高域の肌理が細かく刺激感がなく美しいが、もう一つ繊細な切れ味がほしい気もした。無い物ねだりではあるが……。
「トスカ」では、ボトムエンドの伸びによりスケールの大きいステージが展開。滑らかな高音域により汚れのないトゥッティが楽しめる。「エラ&ルイ」のモノーラルは、実にすっきりして位相のよさを感じさせた。ジャズも重量級プレーヤー独特の安定感で、ベースは太いが高密度の充実したサウンドである。心配なのは長年の使用上の安定度と信頼性だが、柳沢功力氏の愛用品であるから問題はなかろう。BA600防振ベース上にセットされた姿はさすがに立派である。

イメディア RPM2AL + グラハム・エンジニアリング Model 1.5t

菅野沖彦

レコードリスナーズ アナログバイブル(ステレオサウンド別冊・1996年6月発行)
「注目モデルの徹底試聴 レコードプレーヤー」より

 現代的なアナログレコードプレーヤーである。その素材がそれを物語り、アクリル素材を用いた複雑なサンドイッチ構造材と、スプリングなしのハードサスペンションという特徴をもつ。アナログプレーヤーには思想がある、と他の項で述べたが、この思想の違いが音の違いとなって表れるから、これはまた、音の嗜好や感性の違いといってもいいだろう。
 このメーカーは、柔かいスプリングのフローティング構造を嫌う。しかし当然、ハードなサスほど置き台やフロアーなどの環境の影響を受けやすい。本体の素材のQのコントロールや、ダンピングだけでは外部からのダイナミックな影響は避けきれないとするのがソフトサスペンション派の主張だ。しかし、音触やエネルギーバランスのコントロールは、たしかに、この製品のようなハードサスの方がすっきりいく。
 だが、ストイックにこれを押し進めるとリジッド派に至る。そうなるとすべてのバネとダンピングを否定し、Qの分散も嫌いひたすら剛性や振動速度の世界に狂い、自身の設計を過信し、結局、強烈な物性の持つ固有の音に判断力を奪われ、その特異な音ゆえに、その製品の音を唯一無二の孤高の品位と思い込むのである。
 話がそれたが、このプレーヤーはもちろん、そんな偏向性の強いものではない。オプションにエアーサスペンション・ベースがあることからも設計者のバランス感覚が理解できる。楽音の自然さとリアリティがよく再現され、エネルギーバランスも妥当である。エアーサス使用では、さらに音の品位が向上し、シェリングの音が見事に蘇るのである。外部環境からフリーになるこの効果は大きい。通常の試聴条件では、置き台の固有音響特性で若干不明瞭になる
のがわかる。組み合わせたトーンアームはグラハム・エンジニアリング製。プレーヤー本体ベースはSMEとも互換性をもつようだ。