マランツ

井上卓也

ステレオサウンド別冊「世界のオーディオブランド172」(1996年11月発行)より

 マランツは、ごく少数の人のためにソウル・B・マランツ氏が米国ニューヨークで創業したアンプメーカーである。しかし、最近のCEショウなどで見受けられるような、非常にアマチュアライクというか、単純なシャーシの上に部品を配置しただけというようなプリミティブな製品ではなく、当初から現在の管球式アンプとして見ても、すでに見事な工業製品であり、機能的なデザイン、仕上げが行われていたことは、その優れた音質以上に驚くべき事実である。
 たとえば独立電源を採用したエレクトロニック・クロスオーバーは、モノーラル時代の同社初期に発売されたモデルではあるが、2ウェイ構成でローパス側とハイパス側が、それぞれ100Hzから7kHzまでの11ポジション設けられており、それぞれのレベルコントロールには+10dB、−10dB,OFFの表示がある。
 これは、現在のスピーカーに対しても適切な周波数選択で、特に独立してハイパスとローパスが調整できるということは、電気のエンジニアが机上で考えた結果ではなく、現実のスピーカーなるものの特質を十分に知った、むしろスピーカーエンジニアの作品とでも考えたい見事な設計だ。
 それにもまして驚かされることは、ステレオ用として例のマランツ木製ケースに2台並べて組み込んでみると、マランツ独自の削出しツマミを4個スクェアに配置し、その間にパイロットランプを配置したデザインとなり、この時点ですでにあのマランツ♯7のデザインとレイアウトが決まっていたかのような印象を受けることだ。オーディオデザインは、純粋に機能に徹したときに、誰しもが十分に納得でき、かつ非常に個性的な美しさになるという、ひとつの好例だ。
 彼が独自のデザインセンスをもっていたことは、♯2パワーアンプのユニークなパンチングメタルのカバーにも感じられることだ。趣味のオーディオ本来の見て美しいデザイン、仕上げ、レイアウトが施されているモデルは、その印象に絶妙にマッチした音質、音楽性を備えている、と古くから語り継がれてきたことのひとつの証しでもあり、マランツならではの想い入れが募るところである。
 現実に、私が最初に手にしたモデルは♯7プリアンプで、それ以後、それなりに収集癖があるらしく、かなりのモデルが現在でも周囲に置いてあるが、動作をさせ音を聴かなくても、それが置いてあるだけで楽しくなるのは不思議な魅力である。中には、未だに音を出したことのないモデルも相当数あるようだ。
 デザインで見るマランツらしさは、♯7Tで終り、♯500を経て、♯510/250、♯3600あたりで新デザインとなり、それ以後は日本マランツ生産に変った。♯7、♯7Т系は、♯1250で復活し、伝統的な強力電源を採用。当時、駆動のむずかしかったJBL4343が駆動できるアンプとして、伝統を受け継いだイメージの音とともに注目され、一時代を作った。
 当初はプリアンプに特徴のあるブランドといわれたが、♯9Bあたりから半導体時代に移行するにつれて、次第にパワーアンプに重点が置かれるようになった。そして、強力電源による高いスピーカー駆動能力がシンボルになるようになり、その最後の到達点が、最新の超弩級管球モノーラルパワーアンプ、T1プロジェクトではなかろうか。
 技術最優先の傾向を持ちはするが、これは高安定度、高信頼度の根源であり、常に機能的で、簡潔で、クリーンなデザイン・仕上げが施された製品が送出されてきた。それらは単なるアンプではなく、人間が音楽を楽しむためのアンプであるべきだ、とする考えが、マランツ本来の価値観なのであろう。現実に、同社ほど多くの時間をかけ、細部にわたる仕上げを、高い安定度を持たせながら追及するメーカーは、少ないように思われる。

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