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アキュフェーズ P-1000

菅野沖彦

ステレオサウンド 131号(1999年6月発行)
「EXCITING COMPONENT 注目の新着コンポーネントを徹底的に掘り下げる」より

 日本における真の意味でのオーディオ専業メーカーといえる存在はいまや数少ないが、アキュフェーズは創業以来、脇目も振らず、高い理想と信念で、オーディオ技術と文化の本道を、独立独歩、誇りを持って毅然と見続けているメーカーである。
「たとえ、それが量産の産業製品であるにしても、良きにつけ悪しきにつけ、製品には人が現われる。その背後に人の存在や、物作りの情熱と哲学の感じられないものは本物とはいえないし、そのブランドの価値もない。物の価値は価格ではなくその情熱と哲学、それを具現化する高い技術である」
 というのが、昔からの私の持論だ。人といっても、それは、必ずしも一人を意味するのではなく、企業ともなれば、複数の人間集団であるのは当然だが、その中心人物、あるいは、その人物によって確立された理念による、明確な指針と信念にもとづくオリジナリティと伝統の継承が存在することを意味することはいうまでもない。
 アキュフェーズというメーカーは「知・情・意」のバランスしたオーディオメーカーであると思う。これはひとえに創業者で同社現会長の春日二郎氏のお人柄そのものといってよいであろう。個人的な話で恐縮だが、春日氏は私が世間に出てオーディオの仕事を始めた昭和30年頃にお会いして以来、もっとも尊敬するオーディオ人である。技術者であり歌人でもあり、もちろん、熱心なオーディオファイルでもある春日氏はすぐれた経営者でもある。長年にわたり、春日無線〜トリオ(現ケンウッド)という企業の発展の中心人物として手腕を発揮されてきたが、初心である専業メーカーの理想を実現すべく、規模の大きくなったトリオを離れられ、創立されたのが現在のアキュフェーズだ。
 すでに周知のことと思えるこれらのことをあらためて書いたのは、ここにご紹介する新製品であるP1000ステレオパワーアンプの素晴らしい出来栄えに接してみて、その背後に、まさにこの企業らしさを強く感じさせるものがあったからだ。
 P1000のベースになったのは’97年発売のモノーラルパワーアンプM2000と’98年発売のA級動作のステレオ・パワーアンプA50Vである。これらのアンプはアキュフェーズの新世代パワーアンプの存在を、従来にもまして高い評価を確立させた力作、傑作であった。
 この世代から、すぐれたパワーアンプが必要とする諸条件の中でアキュフェーズがとくに力を入れたことの一つが、低インピーダンス出力によるスピーカーの定電圧駆動の完全な実現であった。ご存じのようにスピーカーのボイスコイル・インピーダンスは周波数によって大きく変化するし、また、スピーカーは原理的にモーターでありジェネレーターでもあるために、アンプによって磁界の中で動かされたボイスコイルは、同時に電力を発生しそれをアンプに逆流させるという現象を起こす。パワーアンプが安定した動作でスピーカーをドライブして、そのスピーカーを最大限に鳴らし切るためには、これらの影響を受けないようにすることが重要な条件なのである。
 われわれがよく音質評価記事で「スピーカーを手玉にとるように自由にドライブする……」などと表現するが、これを理屈でいえば前記のようなことになるであろう。
 アキュフェーズは、このパワーアンプの出力の徹底した低インピーダンス化こそが理想の実現につながるという考え方をこの製品でも実行している。低インピーダンス化にはNFBが効くが、スピーカーの逆起電力がNFBのループで悪影響をもたらすので、出力段そのものでインピーダンスを下げなければならない。
 またスピーカーのボイスコイル・インピーダンスの変化には、出力にみあう余裕たっぷりの電源回路を設計・搭載しなければならない。現在のスピーカーはインピーダンスが8Ωと表示されていても周波数帯域によっては1Ωまでにも下がるものが珍しくない。これを全帯域で完璧に定電圧駆動するとなると8倍の出力を必要とすることになる。つまり、8Ω負荷で100Wという出力表示をもつアンプでは、負荷インピーダンスが1Ωになった時、800Wの出力段と電源がなければ十全とはいえないということになる。このような出力段と電源の余裕がなければ、プロテクションが働き、音が消えることはなくても、最高の音質を得ることはできないであろうというのがアキュフェーズの考え方である。事実、堂々たるパワーアンプでも、簡単にプロテクション回路が働いてしまう場合もある。自信がもてなければ安全確保が優先するのもやむをえない。いいかえれば、一般的な8Ω100Wと表示されたプリメインアンプなどでは、その1/8の10W少々が実用範囲だといえるかもしれないのだ。それでも4Ω以下とインピーダンスが下がるほど、発熱が辛い。だからプロテクション回路が働くわけである。これがなければ出力素子が破損する。
 これが、P1000でアキュフェーズが訴求する最重要項目で、このためにこのパワーアンプの出力は8Ω125WW+125Wだが1Ω1kW(実測値1250W)が保証される。コレクター損失130W、コレクター電流15Aの素子11個のパラレルプッシュプル出力段構成は、カレントフィードバック回路とともにアキュフェーズのお家芸ともいえる技術を基本としている。
 これらの素子や回路を搭載する筐体、ヒートシンクがフェイスパネルとともにみせるこのアンプの風格は堂々たるものであるだけではなく、繊細感をも兼ね備えていて、そのオリジナリティが、じつに美しい日本的なアイデンティティを感じさせるものだと思う。それは作りの高さ、精緻な質感によるもので、海外製品とは、趣をことにする魅力を感じさせる。そして、その特質はサウンドにも顕著に現われていて、力と繊細さがバランスした独特の美の世界を持っていることを聴き手として嬉しく思う。なにかと同じような……、ということは、けっしてメーカーにとってもユーザーにとっても好ましいものではあるまい。
 ヴェルディのマクベスのプレリュードにおけるオーケストラの深々とした低音に支えられた力強いトゥッティ、サムエル・ラミーのバスの凛とした歌唱、ピアノはやや軽目のタッチに聴こえるが、透明感は素晴らしい。ホールトーンの漂いと抜けるような透明感も豊かであった。
 清々しい響きには濃厚な味わいの表現にはやや欠ける嫌いはあるが、これが日本的な美しさとして生きていて、ツボにはまると海外製品にない、あえかな情緒が心にしみる音触である。