菅野沖彦
スイングジャーナル 11月号(1971年10月発行)
「SJ選定新製品試聴記」より
テープレコーダー・メーカーとしての小谷電機(オタリ)の名前は一般には耳新しいかもしれない。事実そんなに古い会社ではないが、それでも創立以来7年目を迎える。そして、この会社の製品は、デュプリケーター、マスター・レコーダーの分野ではプロの間で既に有名で、特にデュプリケーターのシェアは圧倒的。一部、外国製品をのぞいて、ほとんどのミュージック・テープ・メーカーでは同社のものを使っている。8トラック・カートリッジのブームに乗って急激に成長したメーカーである。プリントの送り出しマスターとして必要なマルチ・トラック・テレコも手がけ、それらの技術をそのまま生かせるスタジオ用のテレコも製造している。したがって、その名は直接知らなくても、プログラム・ソースを通して、多くの人がオタリ製品の音を聴いていることになる。社長自身がエンジニアで、若く、はつらつとした体質をもったメーカーなのである。
ところが、この専門メーカーとしての技術を一般のコンシュマー・プロダクツに生かした製品が、今回御紹介するMX5000という4トラック・オープン・リール・デッキである。この製品の前に、MX7000という2トラック・38cm/sをメイン・フューチュアーとしたデッキが発売されているが、これは一般用というより、むしろ、セミプロ級の機器であった。MX5000がオタリの初めての一般オーディオ・マニアとの接触点とみてよいだろう。
いきなり苦言を呈するのは、いささか気がひけないでもないが、同社の製品はその堅実で充実した内容にも拘わらず、なんともセンスの悪いデザインであって、プロ機として工場やラボの中でならともかく、アマチュアの音楽的雰囲気豊かな部屋へとけこむにはなんとも見栄えのしないのが残念である。この感覚でほ、巌しいマニアの目には耐えられないといわざるを得ない。技術が丸裸で飛び出したというのが誇張のないところであって、素材や、加工にお金がかかっていながら、それらを生かし切っていない。よく見れば、手造りらしい好ましい雰囲気や、まじめな製作態度がよくわかるのだが……、これから同社か第一線メーカーとして飛躍するのに直面しなければならない問題といえるだろう。
このような苦言は、私があえて言及するまでもなく、それぞれのユーザーの目に明白に見えることだが、あえて、このことに触れたのは、その内容のよさのゆえである。つまりなんとか、この点だけを改めれば、第一級の製品と思えるからこそである。
MX5000は3モーター、4ヘッドの高級4トラ・デッキで、きわめてオーソドックスな設計思想による製品だ。サウンド・オン・サウンド、エコー回路、オートリバース(再生のみ)といったアクセサリー機能を備えてはいるが、その基本的な性格は、プロ用の3モーター、3ヘッド・デッキにあって、これをグレードを落さずにコンシュマー製品にしたものと思える。トランスポートはヒステリシス・シンクロナス・モーターでキャプスタンをベルト駆動、サプライ、テイク・アップにはそれぞれ余裕のあるインダクション・モーターを使っている。走行系のレイアウトもアンペックス式のごくありきたりのもので、それだけに信頼度が高い。操作ボタンはよく考えられた碁盤型のプッシュ式でリレー・コントロールである。スクエアーなプッシュ・ボタンを採用しているので、押すポジションによって動作がやや不確実になるのが惜しまれるが、レイアウトのアイデアは高く評価したい。エレクトロニックスは、3段直結ICを使用し、現時点でのテープに広く適用するように半固定のバイアス・アジャストをそなえている。スイッチによる大ざっばな切換えではなく、オシレーターを使ってのバイアス・アジャストとした点にもこの製品が、ハイ・レベルのユーザーを狙ったものであることが知れるだろう。実際に使用してみて、その使いよさ、堅実性はプロ機そのものといってよく、録再オーバーオールでの特性ははよく確保され、ソースとモニターの切換試聴でも、かなり優れた性能を知ることができた。高域でのトーン・クォリティーはきわめてナチュラルなのが好ましく、表面的な音造りなどという姑息は感じられなかった。実質的に大変価値の高いテープ・デッキだと思う。
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