テクニクス SB-M800

井上卓也

ステレオサウンド 137号(2000年12月発行)
特集・「ジャンル別・価格帯別 ザ・ベストバイ コンポーネントランキング863選」より

独自の内側=アクティヴ/外側=パッシヴの低域再生方式採用の中堅モデル。高域再生能力は、文句なしの新世代ニューメディア対応のパフォーマンスを備える。優れた高SN比のアンプで聴くDVDの音は、一般的なプレゼンス優先型の音ではなく、音のディテールをサラッと引き出す、いかにも情報量の多い音である。

パイオニア S-PM2000

井上卓也

ステレオサウンド 137号(2000年12月発行)
特集・「ジャンル別・価格帯別 ザ・ベストバイ コンポーネントランキング863選」より

型番に2000を付けたミレニアム・システム。エンクロージュアは、約50年寝かせた材料で作り、それを約50年間使ったウィスキー醸造樽が原材料。さすがに約100年の歳月の熟成(?)を経たエンクロージュアが聴かせるかけがえのない音は、誰しもホッ!!とする、安らぎにも似た独得の味わいである。感銘深く、楽しい力作。

ビクター SX-1000Laboratory

井上卓也

音[オーディオ]の世紀(ステレオサウンド別冊・2000年秋発行)
「心に残るオーディオコンポーネント」より

 独自性豊かなビクターのスピーカー技術の、文字どおり集大成といえる内容の濃い製品である。
 システム全体の構造から考えれば、底板部分が他の部分と同様に仕上げられているために、六面化粧仕上げのいわゆるブックシェルフ型の分類に含まれるが、独自の非常に独創的な構造を持つベースブロックと、準独立構造の4本の脚部を組み合わせた、中型フロアーシステムというべきモデルだ。この構造は、一見すれば、単純な発想として軽く受け止められているようだが、スピーカーわかる一部の人にとっては、相当にショッキングな内容を含んだ考え方であった。
 なぜなら、現実のスピーカーシステムの設置では、床との相関性をどのように考え、コントロールするかが、最大のテーマであるからである。その結果が、そのスピーカーシステムで聴くことができる、音楽性を決定する部分なのだ。
 SX1000LABのスピーカーと床面との間に介在する、いわゆる、スタンドと呼ばれる部分は、重量級の分厚い木製ベースが床面を安定化するアブソーバー的に働き、かつ、本体、底面と床板面に生じる定在波の影響を抑えようとする構造である。
 このブロックには、4個の円筒形の穴が開いていて、円柱状の4本の脚で、ほぼフリーな状態で本体を支える構造。円筒形の穴の内壁は厚いフェルトが取り付けてあり、各ブロックの相互干渉が少なく、かつ、固有の共振や共鳴が生じ難い特徴を備えている。当然のことながら、スピーカーシステム本体は、底板のサイズさえマッチしていれば、他のスピーカーシステムとの組合せでも固有音の少ない音が聴かれるはず。硬い木材や鉄材を組み合わせ、スタンドの固有音を積極的に活かす設計が多い海外製スタンドとは、完全な逆転の発想である。
 ただし、スピーカー本体の基本設計が、かなり高次元でないと、好結果を期待したとしても、逆にスピーカー自体の弱点を露呈する厳しい構造といえる。
 ユニット構成は、アナログディスクのプレス技術を基盤として開発した独自の振動板材料を使うコーン型ウーファーと、異なった製造方法によるダイアモンド振動板採用のドーム型の中域/高域ユニットによる3ウェイ。重要なネットワーク系の巧妙なレイアウト、内部配線材の吟味、ビクターが独自開発したエステル・ウール吸音材などを、かつては、カットモデルで見ることが可能であった。
 エンクロージュアは準楕円断面を採用し、各部の2次反射を巧みに調整したもので、独自の空間表現を備えている。なお、表面仕上げは非常に凝ったカナディアンメイプル材と丹念な塗装技術によるもので、同社の木工技術の成果を示す。
 豊かな時代の豊かな感性を聴かせる名作であり孤高の存在だ。

ダイヤトーン DS-5000

井上卓也

音[オーディオ]の世紀(ステレオサウンド別冊・2000年秋発行)
「心に残るオーディオコンポーネント」より

 日本のスピーカーには、日立、東芝、三菱といった、いわゆる家電メーカーがトップランクの独自の技術を活かして高級スピーカーの分野で素晴らしいモデルを市場に送り出していた時代があった。このことは、現在の若いオーディオファイルにとっては、予想外の出来事であるであろう。
 しかし若い人でも、第2次大戦後に、NHKの放送局モニタースピーカーの開発を行ない誕生した三菱電機のダイヤトーンブランドのことは、おそらく、知っている人のほうが多いであろう。
 マランツ用OEMスピーカーとして開発したモデルのバリエーションタイプが同社民生用システムのスタートであったが、’70年に発売されたDS251は、驚異的なベストセラーモデルとして評価され、愛用されて民生用の地盤固めに成功する。
 同時に、かつてのNHKモニターとして全国的に採用された2S305系の2ウェイ方式・バスレフ型エンクロージュアから、次第にDS251やDS301系のマルチウェイ方式と完全密閉型エンクロージュア採用が同社製品で主流を占めるようになる。そして’80、振動板材料にハニカムコアとケブラースキン材を組み合わせたアラミド・ハニカム振動板(低・中低域用)や新素材ボロン化チタンをドーム型ユニットに採用し、振動板とボイスコイルボビンを一体化したDUD構造の開発(中域・高域用)など、いわば新世代のダイヤトーン・スピーカーとして誕生したのが、4ウェイ構成ブックシェルフ型DS505である。
 この新世代シリーズの頂点として開発されたモデルが、4ウェイシステムのDS5000で、中低域再生能力を高めるために大変に個性的な設計方針でつくられたモデルであった。それというのも、それまでの4ウェイシステムは、3ウェイ方式の中低域を補うために専用ユニットを組み合わせた開発だったのにたいし、本機では、中低域ユニットと中高域ユニットで2ウェイ構成の狭帯域バランスをつくり、これをベースに、いわばサブウーファーとスーパートゥイーターを加えたようなシステムアップしていたからである。ここがDS5000の最大の特徴であり、ミッドバスの充実したエネルギーバランスは、従来にない、大きな魅力であった。しかも、設計思想が最優先され、変換器としては高性能であろうが振動板材料の音が際立ったDS−V9000などの後継作と比較して、余裕タップリに大人の風格で音楽が楽しめる点では、同社の最高作品といえよう。

ボザーク B410 Moorish

井上卓也

音[オーディオ]の世紀(ステレオサウンド別冊・2000年秋発行)
「心に残るオーディオコンポーネント」より

 かつて、スピーカー王国を誇った米国のスピーカーも現在では大きく地図が塗り変えられ、数多くのブランドが消え去り、また有名無実となった。
 このボザークも、現在はその名前を聞くことがなくなったが、ボストンに本拠を置いたユニークなスピーカーメーカーであった。かつてのニューヨーク万博会場で巨大口径(28〜30インチ?)エキサイター型スピーカーユニットを展示して見る人を驚かせた逸話は、現在においても知る人がいるはずで、この巨大ユニットの電磁石部分だけは、’70年代に同社を訪れた折に見ることができた。また、「理想の音は」との問にたいしてのR・T・ボザークは、ベルリンフィルのニューヨーク公演の音(たしか、リンカーンセンター)と断言した。あの小気味よさはいまも耳に残る貴重な経験である。
 ボザークのサウンド傾向は、重厚で、密度の高い音で、穏やかな、いわば、大人の風格を感じさせる米国東海岸、それも、ニューイングランドと呼ばれるボストン産ならではの音が特徴であった。このサウンドは、同じアメリカでもかつて日本で「カリフォルニアの青い空」と形容された、JBLやアルテックなどの、明るく、小気味よく、シャープで反応の速い音のウェスタン・エレクトリック系の音とは対照的なものであった。
 同社のシステムプランは、いわゆる周波数特性で代表される振幅周波数特性ではなく、ユニットの位相回転にポイントを置いたものだ。そのため、クロスオーバーネットワークは、もっとも単純で位相回転の少ない6dB/oct型を採用しているのが大きな特徴である。したがってユニットには、低域と高域の共振峰が少なく、なだらかな特性が要求されることになり、低域には羊毛を混入したパルプコーンにゴム系の制動材を両面塗布した振動板を採用していた。低域は30cm口径、中域は16cmと全帯域型的な性格を持つ20cm、高域は5cmと、4種類のコーン型ユニットが用意され、これらを適宜組み合わせてシステムを構成する。また、同社のスピーカーシステムは、基本的に同じユニットを多数使うマルチユニット方式がベースであった。
 ボザークのシステム中で最大のモデルが、このB410ムーリッシュ・コンサートグランドである。低域は30cm×4、中域は16cm×2、高域は5cm×8とマルチにユニットを使い、400Hzと2・5kHzのクロスオーバーポイントを持つ3ウェイ型。エンクロージュアは、ポートからの不要輻射を嫌った密閉型である。マルチユニット方式ながら、同軸型2ウェイ的に一点に音源が絞られた独自のユニット配置による音場感の豊かさは、現時点で聴いても類例がない。その内容を知れば知るほど、現代のバイブル的な存在といえる。

トーレンス Reference

菅野沖彦

音[オーディオ]の世紀(ステレオサウンド別冊・2000年秋発行)
「心に残るオーディオコンポーネント」より

 トーレンスの「リファレンス」を僕が買ったのは、1980年の暮れのことである。その半年ほど前に、マッキントッシュXRT20を入れて、これとの蜜月に夢中になっていたころのことだ。CDの登場間近で、LPが終焉を迎えるかもしれないなどと言われ始めたころでもある。連日、XRT20でLP鑑賞に耽っていたのだが、プレーヤーをもっとよくしたら、さらにいい音になるはずだ……と想うと、居ても立ってもいられない気持ちになったのであった。
 じつはその十数年来、アナログプレーヤーには悩んでおり、なかなか気に入ったものがなかったのである。EMTはアームとカートリッジの制約が気に入らなかったし、あのいかにもスタジオ機器然とした雰囲気も仕事の気分から解放されないようで嫌だった。DDはどうも音が悪いし、リムドライブももうひとつ……不満があった。糸ドライブでもやろうか? とも考えたが年中不安定で、いつもテンションに気を使わなければならないという煩わしさも音楽鑑賞上邪魔になりそうで嫌だった。結局、落ち着くところはベルトドライブで、慣性モーメントの大きいターンテーブルを小トルクの小型モーターで回すものがいいと考えていた。そしてまた、重量とソリッド剛性一点張りの偏った設計思想によるものは真っ平ごめんで、曖昧さを否定するという青臭い理屈を掲げて、あんなにロッキーなマニアックなサウンドに熱中する餓鬼には成り下がれなかった。かといってフラフラ軽量ターンテーブルもお呼びでない。つまり、当時僕が思い描いていたプレーヤーは、豊富な物量投入による重量級で、適度な剛性とダンピング、Qの分散をはかった、トータルバランスに優れたものだったのである。さらに、できれば、トーンアームは自由に交換できて、同時に数本取り付け可能なものが望ましい……などと欲張っていたから、そんなプレーヤーが簡単に見つかるわけはないだろう。しかし、CD時代も間近だし、そろそろアナログプレーヤーを決めなければ……とも考えていた矢先の、トーレンスの「リファレンス」の発売だったのである。縁というものはこういうものであろう。僕が頭に描いたものにもっとも近いプレーヤーシステムがついに現われたのだから……。当然これを見たときには「おお、これ! これこそ望みうる最高のプレーヤーだ!」と実感したのであった。
 こんなに、ぴったり自分の要望に叶う製品に出会うことは、滅多にあることではない。『ステレオサウンド』誌に書いた「リファレンス」の紹介記事(64号)はつねにも増して熱が入ったことは言うまでもない。そこでも書いたが、ターンテーブルに使う色として、ゴールドとモスグリーンを選んだことにも意表をつかれた思いで新鮮だった。当時、妙に強く印象に残っていた、真冬のアルスター湖畔で会った美女が着ていたモスグリーンのコートの色、そして彼女が肩からかけていた大きなゴールドの金具がついたタンのショルダーバッグと、このプレーヤーの色とのダブル・エクスポージュアが、鮮やかな記憶として残っている。
 わが愛機「リファレンス」は、いまもアナログディスクを聴くたびに満足感を与えてくれる。あの時期によくぞ出してくれた! とトーレンスに感謝しているのである。

ワーフェデール Airedale

菅野沖彦

音[オーディオ]の世紀(ステレオサウンド別冊・2000年秋発行)
「心に残るオーディオコンポーネント」より

 ワーフェデールの「エアデール」は、20代のころの僕の、憧れのスピーカーシステムであった。このスピーカーシステムの開発は、たぶん1950年前後であろうと思われるが、このころ、僕は自作のシステムでオーディオを楽しんでいた。そのスピーカーシステムはまったくのオリジナル発想による3ウェイシステムで、低音は約140cm(H)×80cm(W)×50cm(D)の大型コーナータイプエンクロージュアを、近所の家具職人に頼んで桜材で作ってもらい、これにダイナックスの12インチ・フリーエッジのウーファー(フィールド型)を入れたもの。中音はコーラルの6・5インチ・フルレンジユニットを小型のバッフルボードに取り付けて3基、それぞれ45度の角度をつけたもの。高音は、ディフューザー付きのトーアのホーントゥイーターを真上に向けてセットして、写真印画紙の乾燥に使うフェロタイプ板を天井から斜めに吊るして反射板としたものだった。自分の言うのもおかしいが、このシステムは当時としてはわれながら素晴らしい音で、このままそっくり譲ってくれという人が何人もいたほどだったのである。もちろん、モノーラルシステムであった。
 その後、英国製のワーフェデールの「エアデール」という高級システムを知ることになるのだが、実物を見て驚いたのなんの……。美しいコーナー型エンクロージュアには、12インチ・ウーファー(W12)、8インチ・スコーカー(スーパー8)、3インチ・トゥイーター(スーパー3)が収められているのだが、スコーカーとトゥイーターがエンクロージュア上部に上向きに取り付けられているではないか! つまり僕と同じ間接放射式なのであった! ワーフェデールの創始者で、設計者のA・G・ブリッグスはスピーカーの著書もある音響学者と聞いていたが、その彼が、このようにいわばヘテロドックスとも言える、スピーカーユニットのオフ・アクシスによる間接放射型を、自社のフラッグシップモデルに採用していたのだった。
 じつは、当時、僕は自己流で中高音を間接放射式にしたシステムに、若干の後ろめたさを感じていたのだったが、これを見て、大いに意を強くしたものなのである。エアデールのエンクロージュアは3つのユニットの背面の音がすべてスリットから出るようになっているという徹底した開放型で、しかも、それを十分計算して、中高域のユニットの周波数特性にはわざとピークを作って、音のエッジのメリハリをもたせているのは心憎いところだ。
 僕はこれを、先年、本誌のO編集長の口利きで手に入れたから感激ものである。しかも、ほぼ半世紀近く立経っているはずなのに、2台そろって信じられないぐらいの美しいミントコンディションである。

ダイヤトーン 2S-305

菅野沖彦

音[オーディオ]の世紀(ステレオサウンド別冊・2000年秋発行)
「心に残るオーディオコンポーネント」より

 ダイヤトーン2S305は日本のスピーカーの歴史のなかでの傑作である。これほど、あらゆる点で日本的な美徳を備えたスピーカーシステムはないだろう。
 まず、桜のツキ板張りによるエンクロージュアのラウンドバッフルが見せる、その容姿である。グレイのサランネットと調和したサラッとした? 淡泊な印象。ちょっと見のつまらなさは、飽きの来ない日本的感性以外のなにものでもあるまい。これが作られたのは1950年代だから、こういう日本調が生まれたのかもしれない。いまなら、もっと欧米の影響を受けたものになったであろう。そして、その最大の日本的特色と言えば、なんと言っても音である。
「日本には2S305という素晴らしい製品がある。あんなに綺麗な音のスピーカーを聴いたことはない!」これは’70年代に、デヴィッド・ベイカーというアメリカ人の録音制作家が僕に語った言葉である。そして、そのとき、僕が思い出したのは、夭逝した不世出の名ピアニスト、ジュリアス・カッチェンが、以前、同じような言葉で日本製のピアノについて語ったことである。僕が彼の録音のために用意したスタインウェイDとヤマハの初期のCFを聴き比べた彼は、CFを「こんなに綺麗な音色のピアノは初めてだ!」と言ったのである。
 エキゾティシズムが美の要素足り得るかどうかは美学的には議論のあるところであろうが、僕が大変興味を持っているテーマである。彼らにとって、日本的な音はエキゾティックな魅力を強く感じさせるものではないだろうか? 逆にわれわれは欧米のサウンドには、彼ら以上に強い魅力を感じるのではないだろうか? 自国の文化には、ある意味で透明だからである。日本人の場合、欧米系の文化には基本的に劣等感が染み込んでいることに悲劇があって、オーディオや西洋音楽の美的評価には注意を要すると思っている。
 2S305はダイヤトーン・スピーカーで有名だった三菱電機が、NHKと共同で開発したスタジオモニタースピーカーである。放送用のモニターが主たる設計目標であったが、当時の日本ではNHKの「お墨付き」という技術的権威に裏付けされたエリート・システムであり、いまでは想像できないほどの君臨振りで、録音スタジオなどでも広く使われ、信頼度の高いものであった。当然、これにたいする反発も強く、一部には無味乾燥の音だとか、こんな音でモニタしているから日本の録音は駄目なんだ!などと非難する過激な人達はいたが、これらの意見はオーディオマニアに多かったように思う。バスレフ型エンクロージュアに、30cmのパルプコーンウーファーと、5cmの同じくパルプコーントゥイーターをハイパス・コンデンサー1個でつないだ2ウェイは、当時としては画期的で本格的なシステム設計であった。満開の桜を見るように、端正で、淡泊でいて豪華な響きの音は「はんなり」とでも形容したい上品な佇まいのバランスと音色であって、決して無味乾燥な音などではなかったと僕は思う。そしてなによりも、僕にとって長年にわたる録音制作の仕事に欠かせないモニターとしてなじんでいたものだから、忘れられない懐かしさなのである。

マッキントッシュ XRT20

菅野沖彦

音[オーディオ]の世紀(ステレオサウンド別冊・2000年秋発行)
「心に残るオーディオコンポーネント」より

 マッキントッシュXRT20は1980年以来、僕が愛用するスピーカーシステムである。したがって、もう20年も愛用し続けていることになる。現在は、XRT26というモデルナンバーの製品にリファインされているが、基本設計に変りはない。このXRTシリーズは、マッキントッシュのユニークなアイデンティティに満ちあふれるスピーカーシステムで、他の凡百なスピーカーシステムとは画然と異なる着想から生まれた傑作だと思うのである。
 このスピーカーシステムに出会ったのは’79年9月、チェコ出身の名ピアニスト、故ルドルフ・フィルクシュニーの録音のためにニューヨークを訪れたときであった。
 マンハッタンにあるホーリー・トリニティ・チャーチという教会で、数日間にわたる予定の録音だったのだが、2日目の録音が終わったところで、翌日からの録音予定が2日間延引されてしまったのである。なんでも、その教会の長老が急に亡くなり葬儀を行なうことになったとやらで、録音予定を変更してほしいという教会側からの急な申し入れであった。もともと、無理に頼んで礼拝堂を録音に使わせてもらったわけだから、だまってしたがうほかはない。われわれは予定を2日間延ばすことになったのである。
 僕にとって、ニューヨークへ行ったら連絡を入れないわけにはいかない友人が何人かいるが、その一人が、マッキントッシュ社の社長ゴードン・ガウ氏であった。通常日本を発つ前に連絡するのだが、このときは、1週間の録音だけでトンボ帰りの予定だったので、連絡をすればマッキントッシュ社のあるビンガムトンからマンハッタンに来ると言うだろうから、かえって迷惑をかけるのもどうかと思い、前もって連絡を入れていなかったのである。しかし、2日間空いたとなると、そうもいかない。早速、電話して事情を伝える。案の定、「明日の朝、ホテルにクルマを迎えにやるからニュージャージーからチャーター機でビンガムトンに来てくれないか? 前から話していた例のエキサイティングなスピーカーシステムが、20年かけてようやく完成したんだ! ぜひ聴いてほしい。夕方には一緒にマンハッタンにもどって食事とナイトライフを楽しもう」と言う。この録音にはピアニストの山根美代子さん(フィルクシュニー門下生で後年、大ヴァイオリニスト、シモン・ゴールドベルグ氏と結婚、いまはゴールドベルグ未亡人となられた)がプロデューサーとして日本から同行していた。その旨を告げると、「そのピアニストにもぜひ聴いてもらいたい。よければ一緒に来てくれないか?」ということだったので、われわれは彼の言葉通りに翌日の朝、ビンガムトンに飛んだのである。
 マッキントッシュ社の試聴室で聴いたXRT20には完全にまいった! その音の質感の自然さはどうだ? オーケストラの弦合奏をこのような感触で再生するスピーカーシステムを、僕は、かつて聴いたことはなかった! また、リスニングポジションに関わりなく展開するステレオフォニックな立体感の豊かさと定位の安定感、いままで聴いたことのないスピーカーシステムの特質の数々が、このスピーカーシステムから聴けたのであった。多くの音楽家、とくに女流音楽家の例に漏れず、オーディオにはとくに造詣が深いとは言えない山根女史も、この再生音には、非常に強い印象を持ったようで、現在もXRT18をマッキントッシュのアンプともども、自宅で愛用しておられる。
 翌1980年、XRT20は発売されたが、1958年の45/45ステレオレコードの発売を契機として、当時の、たんにモノーラルスピーカーシステムを2台並べてステレオを聴く状況にたいする、疑問と不満を発想の原点として開発がスタートして以来、じつに、20年かけたステレオフォニックスピーカーシステムの完成であった。
 僕の愛用システムは、「375+537−500」の項で書いたように、1968年以来、JBLのホーンドライバーを中心としたマルチアンプシステムで、時折、他のスピーカーシステムを使ってみても、永く居座る製品はこのXRT20以外にはなかった。それが、すでに20年以上の歳月をメインシステムと共存する状態が続いているというわけである。XRT20の詳細は過去に「ステレオサウンド」本誌でも詳しく書いたし、いまはここにあらためて書く字数の余裕はない。しかし、現在も、その技術的な多くの特徴はまったく色褪せるものではないし、僕にとっては、その後、この音を超えるメーカー製システムは、現われていない。

JBL 375, 537-500

菅野沖彦

音[オーディオ]の世紀(ステレオサウンド別冊・2000年秋発行)
「心に残るオーディオコンポーネント」より

 JBLの「375」ドライバーに「537−500」ホーンを組み合わせた中音域ユニットは、長い間僕のオーディオ生活の核となってきたものである。これを使い始めたのは1968年の春だから、もう32年以上も経ったことになるがいまなお、現在も僕のレコード演奏には欠かせないスピーカーユニットなのである。製品そのものについては、詳しい説明は避けるが、とにかく素晴らしいコンプレッションドライバーとホーンで、32年間使ったいまでもまったく不満はなく飽きることがない。それどころか、むしろ、まだ未知の可能性さえ感じさせるのだから、底知れない凄さを感じている。いっぽうで、32年も使っていると、僕の触角の一部のようにもなるもので、このユニットが再生する音は僕にとってのオーディオサウンドのリファレンスにもなっている。
 僕の現在のシステムは、この「375+537−500」以外のユニット構成はかなり変則的な5ウェイであって、アンプ構成は4チャンネル・マルチアンプシステムである。当初は、ウーファーが2205A、トゥイーターは075と、JBLユニットだけによる3ウェイ構成の3チャンネル・マルチアンプシステムであったが、この時代に僕の部屋を訪れたJBL社の面々(いまはJBLにいない人たちや、当時すでにJBLをやめていた設計者や首脳達などで、このユニットのことをよく知っている人たちばかりである)は、「JBLのユニットとは思えない音で鳴っている」と感想を漏らしたものである。つまり、このことは「優れたスピーカーが、その優れた性能にふさわしい音を再生するのも個性を発揮するのも当然であるがもっとも素晴らしいことは、使い手の嗜好や要求にも限りなく近づく可能性を持つものである」という僕の考えを実証してくれていると言えるもので、決して、世間一般で考えられているように、スピーカー固有の性格だけで鳴るものではないことを物語っていると言えるだろう。
 じつは、僕の部屋には、このJBLを中心としたシステムのほかに、マッキントッシュXRT20を中心としたもうひとつのシステムがある。興味深いことに、この2系統のシステムに、1台のCDプレーヤーの出力をパラレルで出して入力し、プリアンプ以降を切り替えて鳴らすと、ソースによっては音の区別が付かないという人が多いのである。両方ともに僕の好みで仕上げた音だからバランスは似ているとは言え(決して似せたのではなく、両者をもっともいいと感じるバランスに追い込んだもの)、常識的にはこんなことはあり得ないと思われるのではないか? ご存じのように、この二つのスピーカーはユニットもシステム構成も、基本的な設計思想から結果的な再生音のディスパージョンにいたるまで徹底的な相違があり、アンプ系もまったく違うわけだから、似ても似つかぬ音で鳴っても不思議はないはずである。素人が聴き比べても歴然とした違いがわかって当り前のはずである。それがオーディオファイルや専門家が聴いても、2系統のシステムはときとして区別が付かないほど似ていると言われるのである。つまり、機材の個性を超えて、使い手が音を支配するといえる理由が、ここに見出せるのではないだろうか? 私が「レコード演奏家論」という持論を自信を持って提唱させていただいた理由のひとつともなっている実体験なのである。そうは言っても、オーディオ機器の性能や個性が占める世界も決して少ないとは言えない。
 この375を使い始めて20年経ったころに、あるとき、この375を取り外し、「375」の改良モデル版といってもよい「2445J」に取り換えたことがある。新しいモデルである2445Jは、物理特性では明らかに改良が施されたニューモデルであるから、さぞかしいい音がでるだろう……と、興味を持って換えてみたくなったのだ。しかし、正直なところまったくその期待は裏切られたのである。約三ヵ月後には元の375に戻してしまったのだ。2445Jも実際に何年も鳴らし込んでみなければわからないのかもしれないが、とても、その努力をする気は起きなかったのである。つまり、このことは、いかに使い手次第でアルトは言っても、いっぽうで、たしかに機材の音の個性は無視できないものだということの実体験でもある。いまでは、その2445Jはスピーカーシステムの横の床の上に、何年も置かれたままである。
 たぶん、僕にとって、この「375+537−500」は一生の宝物であり続けるだろう。技術の進歩と音の向上の関係は、じつに複雑なものであるが、これは、そのほんの一例にすぎない事実なのである。

エレクトロボイス Patrician 600

井上卓也

音[オーディオ]の世紀(ステレオサウンド別冊・2000年秋発行)
「心に残るオーディオコンポーネント」より

 米国のスピーカーシステムには、感覚的なサウンド傾向と音楽的な表現力から考えると、対比的なサウンドを持った、いわゆる西海岸タイプと東海岸タイプが、かつては明確に存在していたように思われる。
 西海岸タイプはウェスタン・エレクトリックの流れを汲んだ、例えばプレッシャー(コンプレッション)ドライバーユニットの振動板材料でいえばアルミ軽金属ダイアフラムを採用したものが多いのにたいし、東海岸タイプは、エレクトロボイス(EV)、クリプシュ、かつてのユニヴァーシティなど、フェノール系のしっかりと焼いた黒茶色のダイアフラムを採用しており、この両者の音質、音色、さらに、エネルギーバランスやトランジェントレスポンスの違いは、しっかりと聴きこめば誰にでも簡単にわかるものであった。こうした好き嫌いを越えた、地域的、文化的な大きな違いが確実に存在することは、簡易単に否定できない現実であろう。
 近代におよび、ブックシェルフ型が台頭してくると、低感度ながら驚異的な低音再生能力をもつようになり、メカニズムそのものの姿・形がストレートに音質、音色、表現力に表われる新世代スピーカーシステムが、沈静した新しい音の世界を展開するようになる。しかし、そのひとつ以前の世代では、JBL、アルテックといった西海岸タイプと、EV(地域的には中西部になるが)、クリプシュの東海岸タイプの音の対比が大変に興味深い話題であった。
 EVはいまはプロ用システムのイメージが強いが、かつてはステレオ時代以前から、ホームユース主体のハイエンドブランドとして、わが国でも揺るぎない地位を得ていた。
 EVの製品もステレオ時代を迎えて全体に小型傾向が進展したようではあるが、ここで取り上げるパトリシアン600は、EVならではの、スピーカーづくりの真髄を製品化したモノーラル時代のオールホーン型コーナーシステムである。
 低域はP・クリプシュが発明した独得な構造のコーナーホーン型エンクロージュアによるもので、部屋のコーナーに設置することで、その能力から考えると非常にコンパクトにまとめられた構造に驚かされる。このエンクロージュアには、当時16Ωが標準的だったインピーダンスを、約4Ωという非常に低いものとした18インチ(46cm)後継の18WKが組み合わされた。
 とくに注目したいのは828HFプレッシャーユニットと折り返し型ホーンを組み合わせたミッドバスで、大型化して実用不可能といわれた中低域ホーンを見事にコンパクトにまとめていることだ。詳細な部分は覚えていないがこの中低域部は、前面と背面双方にホーンが取り付けてあり、これひとつで2ウェイ的な働きをしていたようだ。つまりパトリシアン600は、4ウェイ構成プラスαの5ウェイシステムであったのかもしれない。なお、中高域にはT25系ユニットを、高域にはT35系ユニットを搭載している。
 コーナー型エンクロージュアのメリットで非常にコンパクトな外形寸法で優れた低域再生能力を実現した、とはいうものの現実のパトリシアン600は、じつに巨大なシステムである(実測で高さは150cmを超え、幅は約90cm)。しかしそのサイズを意識させぬ軽妙な表現能力の素晴らしさは譬えようのない、オーディオのロマンそのものである。とくに、忘れてならないことは、旧世代超大型スピーカーシステムのなかでも、ホーン型エンクロージュアと軽量高能率ダイアフラム型振動板ならではの、かけがえのない魅力を本機は色濃く備えている。
 スピーカーシステムの夢と理想に、経費、人材、時間という現代の3悪を無視し挑戦し到達しえた、この壮大なプロジェクトの成果は現代の欠陥の裏返しである。

「心に残るオーディオコンポーネント10選」

井上卓也

音[オーディオ]の世紀(ステレオサウンド別冊・2000年秋発行)
「心に残るオーディオコンポーネント」より

 今回のテーマは、心に残るオーディオコンポーネントである。
 考えてみれば、個人的なオーディオの歴史は、非常に遠いはるかむかしの、手巻き蓄音器を聴いて、その音の楽しさ、音楽の楽しさが芽生えた幼児期に遡ることになる。
 歳月が経過し、わずかばかりの記憶の糸も非常に細く途切れそうにはなっていても、ある一部は、感覚的に昨日の出来事のように、いや、それ以上に鮮明に残っているようで、今回のテーマのように、あらためて問い返されてみると、かなり意外な部分が浮き出してくる。
 ちなみに、今回の10モデルの選択では7モデルをスピーカーシステムにしているが、心情的にもっともノスタルジックな意味で心に残る、というよりは、観念的に想い出すモデルは、タンノイのオートグラフである。しかし、その理由を考えてみると、何のことはない1−90に始まってクレデンザにいたる、幼い時に聴いた蓄音器の音をイメージアップさせる、独自のエンクロージュアに巧みに残されたホーンの香りめいた味わいに、心を惹かれているのではないだろうか。
 同様な理由だろうが、現代の製品に置き換えれば、同じタンノイのウェストミンスター・ロイヤルに、類似した残り香があるように感じる。
 心情的なノスタルジックな部分は、誰しも生きていること自体の内側に否応なしに存在はしている。心に残るオーディオコンポーネントを想い浮かべてみると、佳き時代のスピーカーシステムが、もっとも魅力的な存在として浮上してくる。しかしそれは、多分に現実的な性格を反映してか、現在の相当に高度な次元にまで発展、進化を遂げた次世代オーディオのプログラムソースと、超高度な物理特性をスポイルすることのないレベルにまで到達した、高SN比、高セパレーション特性を備えたアンプ系によって、佳き時代のスピーカーを充分にドライブし、鳴らし切ってみたいという意味からなのである。
 ただ、古き佳き時代のスピーカーシステムがいかに心に残るコンポーネントであったとしても、経時変化という絶対不可避な劣化は、当然覚悟しなければならず、基本的に紙パルプ系コーンを採用していた振動板そのものの劣化や、エッジ、スパイダーなどの支持系をはじめ問題点は多い。現実に状態の良いシステムを実際に鳴らしてみたとしても、かつて備えていた本来の状態をベースに聴かせた音の再現は完全には不可能であり、例えば、1モデルに1ヵ月の時間を費やしてメインテナンスしたとしても、絶対年齢は、リカバリー不能であろう。逆説的ではあるが、イメージ的に心にわずかばかり残っている、残像を大切に扱い、想い浮かべた印象を文字として表現したほうが、むしろリアルであろうか、とも考えている。
 選択には、2モデルのアンプを選んではいるが、里程標的な意味での存在であり、幸いなることに、比較的最近、それぞれの復刻版が登場しているため、現代的な材料や製造技術に裏付けられて、リフレッシュした音を聴くことが可能である。
 心情的には、早くから使ったマランツ7は、その個体が現在でも手もとに在るけれども、少なくとも、この2年間は電源スイッチをONにしたこともない。充分にエージング時間をかけ音を聴いたのは、キット版発売の時と、復刻版発売の時の2回で、それぞれ約1ヵ月は使ってみたものの、老化は激しく比較対象外の印象であり、最新復刻版を聴いても、強度のNFB採用のアンプは、何とはなく息苦しい雰囲気が存在をして、長時間聴くと疲れる印象である。
 その意味では、効率の高いAB級的動作を採用し、独自のバイファイラー巻線技術を出力トランスに導入して、当時としては、異例中の異例ともいえる超広帯域パワーアンプとして完成されたマッキントッシュMC275のほうが、現代に通用するフレキシビリティがあり、聴かせる音である。ただし、当時最新の単純な基板採用の配線技術は、広帯域アンプであるだけに疑問点は多いが、独自の音がする理由として理解可能な部分ではある。
 7機種のスピーカーシステムは、それぞれに異なった発想の独創的技術を背景にして開発されたモデルで、そのほとんどは製造コストが現在では採算不可能なまで高くなるはずである。そのため基本技術は温存していたとしても、経費、人材、時間の3要素で再現は至難であろう。
 これらの製造をも含めた技術レベルは非常に高く、構造が単純な変換器であるだけに、開発をした人達の英知のヒラメキが眩く強烈な印象が残る。

スピーカーシステム   ボザーク     B410ムーリッシュ
            ダイヤトーン   DS-5000
            エレクトロボイス パトリシアン600
            インフィニティ  IRS-Beta
            ソニー      SS-GR1
            タンノイ     オートグラフ
            ビクター     SX-1000ラボラトリー

コントロールアンプ   マランツ     モデル7

パワーアンプ      マッキントッシュ MC275

カートリッジ      オルトフォン   SPU-A

インフィニティ IRS-Beta

井上卓也

音[オーディオ]の世紀(ステレオサウンド別冊・2000年秋発行)
「心に残るオーディオコンポーネント」より

 ハイエンドスピーカーシステムをつくるメーカーとして、伝統と独自の開発技術を持つ米国のインフィニティは、コンデンサー型スピーカーメーカーとしてスタートをしたという興味深い会社である。
 コーン型、ホーン型、ドーム型など、磁気回路のリング状ギャップの内側にボイスコイルを置き、これに信号を加えて振動板を介して電気音響変換をするダイナミック型が、現在においても、スピーカーユニットの主流を占めるメカニズムだ。
 しかしインフィニティは、静電型の利点と動電(ダイナミック)型の利点を併せ持つタイプの変換系としてEMI型ユニットを開発した。これは耐熱樹脂カプトンフィルムにボイスコイルを貼り付け、前後双方向に音を放射する平面振動板方式の動電型ユニットである。
 インフィニティのトップモデルシリーズであるIRS(インフィニティ・リファレンス・スタンダード)シリーズは、次第に小型化され、独自のEMIユニットは、ドーム型やコーン型に移行しているようである。おそらく、製造技術面での問題と経費をはじめ、感度、許容入力と最大振幅リニアリティなど数多くのネックをクリアーすると標準的なコーン型が最も高効率となるからであろう。
 しかしIRSベータが開発された時期は、世界的にインフィニティのIRSシリーズが、ハイエンドオーディオのスピーカーシステムとして認められたころであり、IRS−Vを筆頭に、ベータ、ガンマ、デルタと揃った一連のIRSシリーズの展開は、物凄くゴージャスなラインナップであった。
 トップモデルのIRS−Vが天井から床まで低音、中音、高音の各専用ユニットを一直線に配置した、いわゆるインライン配置のユニット取付方法を採用した伝統的なインフィニティタイプであることにくらべ、ベータ、ガンマ、デルタの3モデルは、基本的に床面に近いほうから低域、中低域、中高域と高域の各ユニットを配置したコンベンショナルレイアウトの採用が一般的であり、特徴ともいえるだろう。
 ベータならではの特徴は、低域用タワーと中低域以上用のタワーの2ブロック構成であることにある。
 低域タワーには、グラファイト強化ポリプロピレンコーンの30cmウーファーが4個搭載され、その1個は、いわゆるMFB方式を採用したサーボコントロール型ユニット。このコーンに指を軽く触れ、少し押すと瞬間的に押し返されるような反応があり、部屋の条件や駆動状態にアクティヴに制御されるサーボ系独自の特徴が実感できるのが楽しい。
 中高域以上のタワーは、基本的には、EMI型が双方向(前後)に音を放射するバイポーラ型であるため、平板にユニットを取付けたプレーンバッフル構造である。
 興味深いのは、使用帯域が高い周波数になる、つまり中低域、中高域、高域になるにしたがい、ユニットの左右のバッフルがカットされ、あたかもユニットが中空に浮かんでいるような、バッフルの反射を避けた独自の発想が感じられる部分だ。なお、高域用EMITは、バイポーラ音源とはいっても絶対的な寸法が小さく、背面放射が少ないため、背面放射用のEMITがもうひとつ後方放射用に取付けてある。
 独自のサーボコントロールユニットはシステムのコントロールセンター的な働きを備え、一通りの調整を覚え、効果的に扱うまでには半年は必要だろう。
 予想以上にコンパクトで6畳の部屋にも置ける魅力と、双方向放射型独自の音場感や風圧を感じさせる低域は絶妙の味わいだ。

「心に残るオーディオコンポーネント10選」

菅野沖彦

音[オーディオ]の世紀(ステレオサウンド別冊・2000年秋発行)
「心に残るオーディオコンポーネント」より

「心に残るオーディオコンポーネント」10機種を選び、それらを選んだ理由、心境、自身のオーディオ史のなかでのポジションについて、選べなくて残念な製品について等書くようにとのことであるので、いかに思いつくままに選考後記として感想を述べることにしようと思う。
 心に残る〜となると、当然、個人的な思い入れの深いものということがその選択の最大の理由であろう。客観的に高く評価することと、好きになることや欲しくてしょうがないという衝動を感じることとは別である。したがって、そういう、自分にとって客観的な存在に止まるものは、いかに優れた製品でも、頭に記憶としては残っても深く心に残ることはない。反対に、欠点だらけのものを好きになることも珍しいことではないだろう。「あばたもえくぼ」という諺もあるように……。そして、それらは、当然、心に残るものになるだろう。
 そんなわけで、僕が選んだ10機種は、僕のオーディオ人生のなかで出会った10人のそれぞれに素晴らしい大好きな恋人達であるといってよい。むろん、片想いであっても、心に残っているものならばそれもよいのだろうが、僕にとってこれら10機種のすべては恋が成就したお相手達で、すでに僕のもとを去っていったものもあるが、いまなお付き合いの続いているお相手が多いのである。このほかにも、短期間の軽い浮気や恋の相手で心に残っている物もあったし片想いもなかったわけではないが、これら10機種がとくに深く心に残るオーディオコンポーネントなのである。
 さて、そうは言うものの、ここで人と物との違いを意識しないわけにはいかない。恋人の場合は、出会いと縁が優先し、感情が支配的で、その理由などと言われても言葉に窮するで四郎。その先がどうなるかは未知であるのが恋愛で、結婚に発展することなどを初めから期待したり、前提とするとしたら、恋愛としては、むしろ不純かもしれない。結婚に発展することは大いにあり得るだろうが、恋愛で終わることも悔いなしとすべきものが恋愛だ。だから恋人との出会いは、自然、かつ本能的で感情的、衝動的な場合が多いのではないだろうか。しかし、初めから結婚を考えてのことならば、冷静客観的な熟慮熟考も必要であると思う。つまり、リアリスティックな結婚とロマンティックな恋愛との明確な認識の問題である。両者の両立を理想とすることに異論はないが、曖昧な認識とセンティメンタルな単純思考のまま、恋愛を結婚に移行させることは失敗につながりやすい。だが、相手が物となると、両者の両立が現実に可能なはずである。もちろん、それでも失敗はあり得るし、長い間には心変りも起きるのが人間の業というものであろう……。これら10機種のコンポーネントの知的選択理由は、個々の製品についての項で述べるので、ここではひと言、「いまでも飽きないから」を理由としておこう。
 さてつぎに、これらの製品を選んだ心境とあるのだが、正直なところ、僕には質問の意味がもうひとつ理解できない。懐かしいと感じるほど古い物を選んだわけではないし、あらためてもう一台欲しいとも思わない。強いて、いまの心境といえば、これらの製品達が僕に与えてくれた素晴らしいオーディオ人生に感謝したい気持ちである。
 自尽のオーディオ史のなかでのポジションということについては、総体的には、冒頭の恋愛、結婚観にたとえて述べた「愛機観」をその答えとしてよいと思うのである。ダイヤトーンのBTSモニターである2S305だけは僕自身で所有したことはないが、長年勤務していた会社でモニターとしてなじんだスピーカーシステムである。これ以外はすべて僕が持っていて愛用したか、あるいは現在愛用中の物ばかりであり、僕のオーディオにはなくてはならない物ばかりだ。
 最後に、選べなくて残念な製品についてだが、なにしろ半世紀をはるかに越える僕の長いオーディオ人生である。SP時代からの物を取り上げたら大変な数になるだろう。カートリッジだけでも百個ぐらいは使ったと思うから、その気になって引っ張り出したらきりがないと思うほどである。自分で所有しなかったけれど憧れたものまで挙げたら、プレーヤー、アンプ、スピーカーだって数知れないほど心に残っている物はある。録音機器関係などは買いたくても買えなかった物ばかりであり、いまでもマイクロフォンなど周辺機器を具体的にこ
こに名前を挙げだしたら、それだけで与えられた字数を使ってしまうだろう。あれをあげたらこれも……と、きりがなくなり、なんのために苦労して10機種に絞ったのかがわからなくなってしまう。

スピーカーシステム   ダイヤトーン   2S305
            マッキントッシュ XRT20
            ワーフェデール  エアデール

スピーカーユニット   JBL        375+537-500

パワーアンプ      マッキントッシュ MC275

アナログプレーヤー   トーレンス    リファレンス

カートリッジ      オルトフォン   SPU-GT
            シュアー     V15

トーンアーム      SME       3009

BOSE LS12II

井上卓也

ステレオサウンド 133号(1999年12月発行)
特集・「ジャンル別・価格帯別 ザ・ベストバイ コンポーネントランキング798選」より

5・1chなどのサラウンド方式は、ドルビー・ディジタル、dtsなど多くの方式があり、難解なことが最大のネック。あれこれ難しい調整をしなくても、モノーラル/ステレオを問わず、容易に5・1ch再生を可能としたBOSE DIGITALの成果は素晴らしい。包み込まれるような雰囲気は、聴けばわかる別世界。

パイオニア Exclusive Model 2404

井上卓也

ステレオサウンド 133号(1999年12月発行)
特集・「ジャンル別・価格帯別 ザ・ベストバイ コンポーネントランキング798選」より

比較的に古典的設計を守るホーン型システム。抜本的に入力系の直結化を計り、音圧が非常に高い振動板エッジ部の対策を施した設計が、ストレートに音に聴かれる成果は、異例中の異例。鋳鉄フレームの禁を犯したウーファー設計は、確信犯的な技術成果で、少し硬質だがビシッと決まる低音はスリリングでもある。

テクニクス SB-M1000

井上卓也

ステレオサウンド 133号(1999年12月発行)
特集・「ジャンル別・価格帯別 ザ・ベストバイ コンポーネントランキング798選」より

2組のパッシヴラジエーター付きケルトン型低域を背向させ、振動板振動反作用を打ち消す設計は、瞬発力を備えた同社最新セパレートアンプとの組合せによって、遅れ感のない柔らかく豊かで深々とした低域再生を実現させた。スーパーグラファイト超高域ユニットは、次世代メディアの特徴を見事に再生する。

パイオニア C-AX10

井上卓也

ステレオサウンド 133号(1999年12月発行)
特集・「ジャンル別・価格帯別 ザ・ベストバイ コンポーネントランキング798選」より

2chステレオ再生でのディジタル技術の可能性を展開しながら次世代メディアへの対応性を併せ持たせた、パイオニア次世代オーディオシステムの中核モデル。ディジタル・クロスオーバー、ディジタルトーンとNR、6chA/D、8chD/A内蔵で、非常に多機能ではあるが、鮮度感があり、反応の速い音の魅力は素晴らしい。

テクニクス SB-M800

井上卓也

ステレオサウンド 133号(1999年12月発行)
特集・「ジャンル別・価格帯別 ザ・ベストバイ コンポーネントランキング798選」より

SB−M10000/M1000系の最新製品。高域は100kHzのレスポンスを誇る上級機譲りの特徴がある。密閉型とバスレフ型の利点を併せもつ独自のDDD方式ウーファーは、最新プリメインアンプの低域駆動能力の向上で、従来と一線を画した、柔らかく豊かでドライブ感のある低域再生を聴かせる。予想を超す魅力の新モデル。

アクースティックラボ Stella Harmony

井上卓也

ステレオサウンド 133号(1999年12月発行)
特集・「ジャンル別・価格帯別 ザ・ベストバイ コンポーネントランキング798選」より

ステラ・シリーズの末っ子モデル。5種類の表面仕上げが選択可能であり、別売スタンドの用意もあり、視覚的にも聴感上でも楽しめる多彩な魅力は、高級機に匹敵する高次元の趣味性があり、オーディオの楽しさを実感できるのは嬉しい。小型モデル独自の点音源的な発音源の小ささは、定位明瞭で空間再現も実に見事。

タンノイ Turnberry/HE

井上卓也

ステレオサウンド 133号(1999年12月発行)
特集・「ジャンル別・価格帯別 ザ・ベストバイ コンポーネントランキング798選」より

音の密度の高さ、同社独自のセンシティヴな反応を示す音の魅力を求めると、設置場所の制約の少ないトールボーイ型の本機は、ディストリビューテッドポート採用の独自の調整箇所を含めて、使い易さという点でも格別の魅力がある。同社最新スーパートゥイーターST200を加えて使いたい実力派。

BOSE 505WB

井上卓也

ステレオサウンド 133号(1999年12月発行)
特集・「ジャンル別・価格帯別 ザ・ベストバイ コンポーネントランキング798選」より

サテライト部は、5・7cmウーファー×と2cmトゥイーターの2ウェイ型、アクースティマス方式低域は、16cm×2と同社初の3チャンバー方式により、振動板面積の音を集約し、量と速度を制御する効果は大きく、楕円ポートは流出空気ノイズ低減に寄与する。爽やかで鳴りっぷりがよく、ダイナミックな音は小気味よい。

BOSE AM-15

井上卓也

ステレオサウンド 133号(1999年12月発行)
特集・「ジャンル別・価格帯別 ザ・ベストバイ コンポーネントランキング798選」より

ドルビー・ディジタルやdtsなどのディジタルサラウンド方式用5.1チャンネル・スピーカーシステム。60mmドライバー×2の全域新型ユニットを5本と、LFEレベル調整付120Wアンプを採用した13cm×2アクースティマス型サブウーファーの組合せは取付け自由度が高く、気軽に使えて効果の大きい注目作。

ユニゾンリサーチ Simply Phono

井上卓也

ステレオサウンド 133号(1999年12月発行)
特集・「ジャンル別・価格帯別 ザ・ベストバイ コンポーネントランキング798選」より

ユニゾンリサーチのシンプリー・シリーズと組み合わせる目的で開発された電源部レスのフォノEQ。基本的にはMMカートリッジ対応型ではあるが、利得は52dBと高めの設定で、負荷抵抗も47kΩから22Ωまで4段切替可能なため、高出力MC型も使用できる。管球フォノEQとカートリッジの相性は魅力的で、気軽に使える利点は大きい。

パイオニア PT-R6

井上卓也

ステレオサウンド 133号(1999年12月発行)
特集・「ジャンル別・価格帯別 ザ・ベストバイ コンポーネントランキング798選」より

DVD−A、SACDの超高域再生能力に対応するために新開発された最新リボン型ユニット。振動板材料はアルミ系合金で、ソフトドーム系のユニットと組み合わせても質感のマッチングでの問題はない。本来のシステムの情報量が見事に増え、ナチュラルな自然体の音になる効果は、現行CD再生時でも顕著で楽しい。