瀬川冬樹
ステレオサウンド 52号(1979年9月発行)
特集・「いま話題のアンプから何を選ぶか」より
少し前、これはテクニクスの石井伸一郎氏だったか、それともラックスの上原晋氏から伺った話だったか、ちょっとそこの記憶があいまいだが、おもしろい説を伺ったことがある。それは、こんにちのオーディオアンプは、その最先端では、こんにちの電子工学のほぼ最高の成果をいち早くとり入れて作っているが、その点で、そのオーディオアンプを測定する測定器自体も、アンプの技術水準以上のものであるわけがない。むしろ開発の早いオーディオアンプのほうが、電子工学的には測定器を上まわっているというのが現実ではないか。そうであるのなら、と、ここからは石井氏の説になるが、アンプがアナログ増幅器である以上、測定器もアナログで追いかけていたのではナンセンスではないか。S/Nも、歪も、周波数レインジも、アンプと測定器とが同格の性能であるなら、どうしても、ディジタルその他の全く別のテクノロジーを、測定技法に導入しないかぎり、アンプの動作状態をいま以上に精密に分析することは不可能なはずだ、という説である。
このことに関連して思い出すのはもうひとつ別のあるメーカーの技術社の話で、それは、こんにちのアンプが右のような段階にある以上は、そのメーカーとしては、ある意味で頼りになりにくい聴感を頼りにしてアンプの開発をするという手法を一旦捨てて、アンプとしてあるべき理想の姿についてひとつの仮説(理論)を立てる。その理論は、進歩の時点時点で少しずつ修正しなくてはならないかもしれないが、測定できる部分は測定で、また測定不可能の部分はその時点で最良と思われるひとつの仮説(理論)にもとづいて、あるべき姿に近づけるべく改良を加えてゆく。その改良のプロセスで、仮に、聴感上どういう結果になろうと、いつかその仮説の十全に具現できた暁での音質の改善を信じてアンプを改良してゆく、という話なのだ。抽象すぎてお分かりにくいかもしれないが、それはこういうことなのだ。
アンプを改良してゆくプロセスで、ある段階でたしかに音がよくなってくる。だが、そこから次の段階に進んだとき、理論的には明らかに進歩であるはずなのに、聴感上はどうも改良以前のほうがよかった、というような結果の出ることがよくある。問題はここからなのだが、仮ににそういう結果の出たとき、その理由のはっきり糾明されるでは、中途での改良をやめて元に戻すというのが、一般的に言って商品づくりのうまさであり、また、ユーザーにとってもそのほうがいいはずだ。
だが、右の技術者はそうではない。ひとつの理論が正しいと信ずるに値するかぎり、というよりその理論が違っているという証明のできないかぎり、正しいと信ずる理論にしたがって、アンプの音をその方向に修正する。仮にその音に、以前にくらべてかえってよくない部分が出てきたとしても、めれはもしかしたらアンプ自体の問題でなく、スピーカーやプログラムソースやリスニングルームその他すべての周辺の問題まで含めての疑問であるべきで、周辺機器の矛盾をアンプに負わせるべきではないという説なのだ。
まあ、こういう問題をあまりこまごまと紹介することは、かえって混乱を招くもとになるかもしれないのでほどほどにしておくが、あえてこうした問題にいくぶんのスペースをさいたのは、次項の、新型アンプの試聴の話を受けとめて頂く上で、アンプの開発がいまこういうシビアな段階にさしかかっているということを、知っておいて頂くほうがいいのではないかとの老婆心からである。
0 Comments.