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ソニー SS-G9

井上卓也

ステレオサウンド 49号(1978年12月発行)
「SOUND QUARTERLY 話題の国内・海外新製品を聴く」より

 一昨年末に発売されたソニーSS−G7は、本格的なフロアー型スピーカーシステムとして、性能、音質の優れた点が高く評価され、ソニーのスピーカーシステムのイメージを一新させることに成功した。今回、商品化されたSS−G9は、SS−G7の設計ポリシーを一段と発展させた、4ウェイ構成の大型システムである。
 ユニット構・成は、SS−G7に中低域用ユニットを加えたようなオーソドックスな4ウェイで、各便用ユニットは、現在のソニーのトップモデルらしく、SS−G7に使用されているユニットとは明らかに1ランク以上異なった、単体ユニットとしても発売できるような高性能型が採用してある。従来からも高度な性能を要求するスピーカーシステムでは、各ユニットごとの受持帯域のバランス上で4ウェイ構成に必然性があるといわれており、かつてのエレクトロボイス・パトリシアン800や現在のJBL♯4343、4350などの名作といわれる製品の数は多い。
 SS−G9の低音ユニットは、SS−G7のウーファーと同系統の強力なアルニコ系磁石を使う38cm型で特徴的な独特な形状のフレームが目立つ。音楽再生上で重要な帯域を受け持つ中低域には、ウーファーを小型化したような20cm型が使われ、中高域には口径8cmのソニー独自のバランスドライブ型、高域にはチタン箔一体深絞りの振動板を使った3・5cm口径のバランスドライブユニットが組み合わせてある。
 エンクロージュアは厚さ25mm高密度パーチクルボード製の160立の容積をもつバスレフ型で、フロントパネルには、表面に凹凸溝をつけたAGボードを使用し、バッフル面での音の拡散性が優れ、各ユニットは音源位置を前後左右で一致させるプラムインライン方式の配置。クロスオーバー用ネットワークは、L、Cともに共振を抑えるためSBMCで成形されており、内部の配線材は無酸素銅リッツ線使用である。
 SS−G9は、各ユニットが直接放射型で統一されているため、音色的なつながりが大変にスムーズで、結果として色付けのない極めて自然な音を聴かせる。音のクォリティは高く、ワイドレンジで、しかもダイナミックな音をもち、フロアー型らしいリアリティと実体感がある。

デンマークB&O社を訪ねて

菅野沖彦

ステレオサウンド 49号(1978年12月発行)
「デンマークB&O社を訪ねて」より

 デンマークという国は、実に密度の高い小国である。小国というと、デンマークに失礼かもしれないが、総人口が500万人余りという事実は、そう呼ばざるを得ないであろう。しかし、この国の実体を知れば知るほど、まるで、現代文明国の縮図とでもいうべき緻密な内答をそこに発見する。
 酪農を中心とした農業国としてのデンマークであるが、たしかに、大小無数の島々のほとんどは、フラットな畠であり、牧場であるし、農家は、この国の社会的階層の中で、高い地位を占めている。ファームとファーマーという言葉は、我国における、農業、農民という言葉の持つ意味やニュアンスとは大いに異り、より誇り高い意味と響きをもっている。背のびをすれば、ずっと遙か彼方まで見通せるほどの起伏しかもたない平らな広野と、視界全体の3/4以上を占める、大きな大きな空、これがデンマークで最も多く見られる風景だ。この国一の大都会、コペンハーゲンでさえ、その中心部から、車で10分も走れば、こうした景色の中に吸い込まれてしまうだろう。そしてどっちへ走ってもすぐ海に出る。こうした環境の中から、ここでは、現代機械文明の頭脳が生れ、最も先鋭なデザイン感覚が育ち、社会福祉制度は極度に発達した。私が関心をもっているものだけを拾って見ても、磁気録音の発明、トーキー映画のメカニズムなどの歴史的な実績の他に、この国の小規模ながら、注目すべき、エレクトロニクス関連産業は決して無視出来ないものなのである。オーディオ・ファンにとっても、オルトフォンのレコード関連機器、ピアレスやスキャン・ダイナのスピーカー、ブルュエル・アンド・ケアーの測定器など、馴染みの深い名前がすぐ、思い浮ぶことだろう。ジョージ・イエンセンの銀製品、ロイヤル・コペンハーゲンやビング・クロンディルの陶器、そして、イヴァルソン父子、ミッケ、アンネ・ユリエなどの手造りパイプなどは、コペンハーゲン中心にあるナポリ公園と同じぐらい有名だ。
 そして、ここにご紹介するB&O社こそデンマークを代表する電気機器メーカーである。バング・アンド・オルフセンの名前が示す通り、この会社は、二人の創設者によって一九二五年に創立された伝統ある企業である。オルトフォン杜の創立が一九一八年であるから、この二社共に、まさに、この道でのパイオニアといえるであろう。技術の誕生と共に企業が誕生したという、オリジナリティに、その社歴の重みが感じられる。
 B&O社は、家庭電気製品の総合メーカーとしての体質をもっているように思われているし、事実、デンマークの家庭を訪問すると必ずといってよいほど、同社のテレビが置かれるいる。しかし、このメーカーのオーディオへの力の入れ方は大変なもので、同社独自の強い主張を持った優れたオーディオ製品の開発に長年努力を続けて来ているのだ。このことは、今年、初めて同社を訪れてみて、一層強く感じられた実感であった。
 コペンハーゲン・カストラップ空港から、SASの国内便で30分ほど飛び、カラップ空港という田舎の小さな飛行場に下りる。ここはヨーロッパ大陸と地続きの、その最果ともいえるユランド半島である。ここから車で、30分ほどのストルーアという町に、B&Oの本社がある。ストルーアの町全体は、何らかの形でB&O関係の人々であるといってよいほどだ。例によって、空の大きな、なだらかな起伏をもった美しい田園風景が、空港からストルーアの町までの車窓に展開する。コペンハーゲンのある島、シュランドのファームと比較すると、この辺は、牛が多く見られる。私がよく滞在するシエランドのファームは豚が多いのに……。ストルーアのホテルのレストランで初めて会った人は、ヤコブ・イエンセン氏であった。この人が、B&Oの、あの美しいオーディオ機器のデザインの一切を自分一人でやっているという話しを聞いた。イエンセン氏は世界的に有名なインダストリアル・デザイナーだ。その斬新な感覚に溢れたモダン・ビューティともいえる美しい製品の数々が、この緑に囲まれたデンマークの田舎から生れるというのは一種の驚きであった。イエンセン氏も、他のデンマークの多くの芸術家達のように自然を愛し、自らファームに住んでいるという。共に昼食をとりながら、インダストリアル・デザインはいかにあるべきかといった興味深い話を聞くことができた。ここで、その詳細をご報告する余裕はないが、論より証拠、彼のデザインによる、あの美しいベオグラムの4000番シリーズのプレイヤー・システムやステレオ・レシーバーを一見することを、おすすめしたい。そして、それを実際に使ってみると、イエンセン氏のいう「モダン・テクノロジーは、人間の幸せのために奉仕すべきものだ」ということと、「オーディオ機器は、トータル・ライフの中で、音楽を楽しむという目的で存在しているはずだ」という主張が明解に理解できるであろう。これらの製品は、最新のエレクトロニクス・テクノロジーを駆使していながら、それを表面に押し出すことなく、全てを、音楽を楽しむための人間の便宜に謙虚に役立てた完壁な道具であるからだ。ベオグラム4004と、ベオマスター2400の組合せによって、レコードをかけ、FMラジオやカセット・テープを聴いてみるがいい。ここには、完全にラボラトリー・イメージを脱した洗練されきったオーディオの世界を発見する。リモート・コントロールによって全て自動的におこなえる操作の便利さと愉しさを。レコードからFMへのプログラムの変更も、音量の調節も自由自在である。しかも、そのプレーヤー・システムは、リニアー・トラッキング・アームに、高度なMMCカートリッジという、高級なコンポーネント・マニアの欲求を満たすに足るハイ・グレイドなものだし、アンプも、ステレオ・レシーバーはこうあるべきだという納得をせざるを得ないバランスのよさをもち、豊富なファンクションをもっているのである。見ているだけでも美しく魅力的な──本来、レコード音楽を楽しむ時に、重要な要素──この機器のデザインと仕上げの高さは、他に類例を見ない見事なものというほかはない。四角く重い箱を積み上げて、汗を流して緊張し、耳掃除をするような神経を使いながら、巨大なスピーカーと対峙して音楽を聴く……コンポーネントの世界とは、また、なんと違った次元の楽しみと喜びであることか。こういうシステムでレコードを楽しみたい人は多勢いるにちがいない。また、明けても暮れてもオーディオで、オーディオと心中することを無上の喜びとしているかの如く、アンバランスで極端な情熱をオーディオにもっている人にさえ、このシステムは、ふっと我に帰らざるを得ないような示唆を与える魔力さえ持っているようだ。そして、私のように欲張りな人間にとっては、機械の山の中に埋れるようなラボラトリーまがいのリスニング・ルームの他に、オーディオ機器は、このシステム以外に置かないで、すっきりと、気に入ったアクセサリーや絵を飾り、ゆったりパイプでもくゆらせながら憩える部屋がほしい……憩える部屋がほしい……ということになる。
 B&Oのオーディオ機器は、イエンセン氏のデザイン・ポリシーに代表されるように、真の意味でのコンシュマー・プロダクツなのである。
 スキーヴにあるアンプの組立工場、ストルーアの研究開発部門などを二日にわたって見学し、この会社が、理想的な環境の下に、仕事をしていることが理解できた。最近発表された、サファイア・カンティレバー採用のカートリッジMMC20CLを見てもわかるように、こうした細かい基本的なパーツ開発にかける情熱も、一般に考えられるような、コンシュマー・プロダクツの量産企業とは全く異なる体質をもっている。このカートリッジなどは、専門メーカー以上のキメの細かさをと、長年の蓄積が、高度な解析システムで裏付けをしながら生み出されたもので、プレーヤー・システム付属のカートリッジとしての常識を、はるかに超えたものといえるだろう。事実、このMMC20CLをEIAタイプのシェルにクランパーを介して取付け、単体カートリッジとして使っても、最高水準のプレイバック・パーフォマンスを示すものだ。もっともカートリッジに関しては、従来から、B&O製品はオルトフォンやエラックそしてフィリップスなどと並んでヨーロッパの代表的な製品として知られていたが、こうしたオーディオ専門メーカーの体質に、ますます磨きがかけられているのを見て大変嬉しかった。
 製品のアッセンブリーは、機械的にラインで流れていくのではなく、一人の人間が全部を仕上げるというシステムが導入されていた。その意味でも、ここの製品は、いわゆる量産製品とは質を異にしているというべきであろう。
 社長のオラフ・グルー氏をはじめ、技術担当役員のベント・メラー・ベデルセン氏、国際部の役員、K・E・ハーダー氏など、経営陣も、真剣にB&O製品と、その主張が、日本で理解されるべく努力したいと語っていたが、私もオーディオが、生活の豊かな精神的糧として存在する意味において、こうした道具が正しく認められるべきだと思う。現在のオーディオ事情は、あまりにも片寄っていることを改めて痛感したのである。
 エンジニアのプラマニック氏が今年のオーディオ・フェアに来日し、その折、MMC20CLを持参され試聴したが、その明晰な音質は、純粋技術的に追求された特性のよさを実感するだけではなく、夏のデンマークの空気のように透明で、すがすがしく、さわやかな雰囲気を感じたのであった。B&Oは、世界中の数あるオーディオ・メーカーの中で、そのオリジナリティと高度なテクノロジーで一際、輝やきを放った存在なのである。それは、あたかも、デンマークという国のもつ特質に似て、緻密なテクノロジーと、斬新な感覚が、豊かな自然とバランスして存在しているからであり、エキセントリックに走らないからである。社会保障の完備は、この国の人達を悩ませてもいる。優秀な人材はよく働き、高い税金を納め、怠け者はそれによりかかって生きるからだ。しかし、この国の人達は、知恵と心のバランスをもって豊かな生活を作り上げていく努力をし続けることだろう。

ソニー TA-P7F, ST-P7J

井上卓也

ステレオサウンド 49号(1978年12月発行)
「SOUND QUARTERLY 話題の国内・海外新製品を聴く」より

 ソニーの超小型コンポーネントは、PRECISEコンポと名付けられ、プレーヤーシステムPS−P7Xを含めてシリーズを形成することになる。
 プリメインアンプTA−P7Fは、50W+50Wの出力をもつ。ヒートパイプを使ったパワー段、パルス型電源、入力及びテープスイッチをソリッドステートスイッチ使用でリモートコントロール化、MCカートリッジ使用可能な高利得イコライザー、ピーク出力表示灯、小型スピーカーの低域補正用の2段切替アコースティックコンペンセーター、ラウドネススイッチ付などの多くの特長をもつ。FMステレオ/AMチューナーST−P7Jは、クリスタルロック・デジタル周波数シンセサイザー方式で、アップとダウンの自動選局、AM/FM局ランダムプリセットメモリー8局、プリセットした局をその局順に約3・5秒間隔で自動的に呼び出すメモリースキャンなどが可能である。MOS型FETを使うRF増幅、4段相当バリキャップ使用のFM純電子同調フロントエンド、ユニフェイズフィルターとIC使用のIF増幅、リードリレー使用のミューティング5ステップ信号強度表示などの特長がある。

ステート・オブ・ジ・アート選定にあたって

瀬川冬樹

ステレオサウンド 49号(1978年12月発行)
「Hi-Fiコンポーネントにおける《第1回STATE OF THE ART賞》選定」より

 ステート・オブ・ジ・アートという英語は、その道の専門家でも日本語にうまく訳せないということだから、私のように語学に弱い人間には、その意味するニュアンスが本当に正しく掴めているかどうか……。
 ただ、わりあいにはっきりしていることは、それぞれの分野での頂点に立つ最高クラスの製品であるということ。その意味では、すでに本誌41号(77年冬号)で特集した《世界の一流品》という意味あいに、かなり共通の部分がありそうだ。少なくとも、43号や47号での《ベストバイ》とは内容を異にする筈だ。
 そしてまた、それ以前の同種の製品にはみられなかった何らかの革新的あるいは漸新的な面のあること。とくにそれがまったく新しい革新であれば、「それ以前の同種製品」などというものはありえない理くつにさえなる。またもしも、革新あるいは漸新でなくとも、そこまでに発展してきた各種の技術を見事に融合させてひとつの有機的な統一体に仕上げることに成功した製品……。
 とすると、いわゆる一流品と少し異なるのは、一流品と呼ばれるには、ある程度以上の時間の経過──その中でおおぜいの批評に耐えて生き残る──が必要になるが、ステート・オブ・ジ・アートの場合には、製品が世に出た直後であっても、それが何らかの点で新しいテクノロジーをよく活かして完成していると認められればよいのではないか。
     *
 ざっとそんな考えで、与えられたルールにしたがってリストアップを試みた。
 今回とても興味深かったのは選ばれたパーツを誰が何点入れたかが、最後まで誰にも判らないルールになっていたことだ。選定会議の当日、リストアップされたパーツの一覧表が渡される。まずその数の多いこと、言いかえれば九人の選定委員のそれぞれの、ステート・オブ・ジ・アートに対する考え方や解釈そしてその結果良しとするパーツが、いかに多様であるかを知って驚く。まるで思いがけないパーツがノミネートされている。またそれほど思いがけなくはないが自分としてはこれはベストバイというテーマでなくては入れないだろうパーツも入ってくる。なるほど、本誌のレギュラーに限っても九人もの人間が集まると、同じ課題に対してこれほど多彩な答えが出るのか、という驚きが何よりもおもしろかった。
 ほんとうはおもしろがってばかりもいられない部分もある。自分としてはぜひとも推したかったのに惜しくも最終審査までのあいだに落ちてしまった製品がいくつもある。同じ思いは九人の委員がそれぞれに抱いているにちがいないが。
     *
 そうは言うものの、最終的に示された結果は、細部では個人個人の意見がそれぞれにあるに違いなくても、大すじではやはり納得のゆく結論が出ているのだろう。多数決投票というもののこれが性格だろうか。
 部門別にこまかくみると、例えばスピーカーではJBLパラゴンやヴァイタヴォックスCN191のような極めて寿命の長い製品も入っているが、アンプでは原則的に旧式の製品は上っていないのは、変遷の著しいエレクトロニクスの分野と、基本的には大すじの変らないトランスデューサーの分野とのちがいがしぜんに現われていて、これは当然の結果であるにせよ、一見無機的なリストアップの一覧表からも、そうした読みとりかたができることを申し添えておきたい。

ビクター A-M1H, T-M1H

井上卓也

ステレオサウンド 49号(1978年12月発行)
「SOUND QUARTERLY 話題の国内・海外新製品を聴く」より

 今年の話題のひとつに、超小型サイズのコンポーネントが各社から競って発売されたことがあげられるが、ビクターでは既に昭和41年に超小型のマイクロ・アンプ、チューナー♯103シリーズを商品化し、その後も♯200シリーズの一段と高級なセパレート型アンプを発売して数多くの愛用者を獲得した実績がある。
 今回発売されたマイクロコンポーネントは、従来の経験を活かし現代的にアレンジした高次元の高密度設計によるものである。アンプはセパレート型ではなくプリメイン構成としサブ操作系をヒンジ付サブパネル内部に収納し、メイン操作系は全てフェザータッチのプッシュボタンとしたユニークなパネルフェイスをもち、なお、シルバー仕上げの横型デザインとブラック仕上げの縦型デザインの2種類を用意し、あらゆる使用条件にも適合できるように企画されている点が特長である。
 プリメインアンプA−M1Hは横型タイプで、フロントパネルには5段切替の音量調整、入力切替、テープスイッチとパワースイッチがあり、サブパネル内部に一般型の音量調整、トーンコントロール、バランス調整、ラウドネス、SP切替とヘッドフォンジャックがある。回路構成は、ICLイコライザー段とトーンコントロール付ICL・DCパワーアンプの2ブロックで出力は50W+50W、電源部はDクラスのスイッチング型である。
 FMチューナーT−M1Hは、マニュアル同調と5局のプリセット選局、さらにデジタル時計付である。角型の表示窓内部には、信号強度を5段表示、ステレオ表示受信周波数と時間を表示するディスプレイがある。構成は水晶発振器を基準入力とするPLLシンセサイザー方式のフロントエンドと入力追尾方式PTL検波方式を採用し、MPX部以降はDCアンプ構成。本機の特長は、停電時にも内蔵の電池がプリセット受信周波数、時間をメモリーバックアップし、さらにメモリーバックアップ用電源アダプター端子をもつことだ。

ステート・オブ・ジ・アート選定にあたって

菅野沖彦

ステレオサウンド 49号(1978年12月発行)
「Hi-Fiコンポーネントにおける《第1回STATE OF THE ART賞》選定」より

 ステート・オブ・ジ・アートという言葉が工業製品に対して使われる場合、工業製品がその本質であるメカニズムを追求していった結果、最高の性能を持つに至り、さらに芸術的な雰囲気さえ漂わせるものを指すのではないか、と私は解釈している。「アート」という言葉は、技術であると同時に美でもあり、芸術でもあるという、実に深い意味を持っている。しかし、日本語にはこの単語の持つ意味やニュアンスを的確に訳出する言葉がないこともあって、実にむずかしい言葉ということができる。
 いずれにしても工業製品であるオーディオ機器は、音楽芸術を再現することが目的なのである。そして、機械として最高の性能と仕上げを持ち、一つの香り高い雰囲気を感じさせてくれ、人をして魅力を感じさせるとまでいう域に達したものこそ、ステート・オブ・ジ・アートと呼ぶにふさわしい製品といえるであろう。ただ、そのような観点からのみ製品を見ていくと、そう多く存在するわけではない。大量生産、大量販売のこの世の中で、厳密な意味でのステート・オブ・ジ・アートを選ぶとすれば、残念ながらごくごく数が限られてしまうことになる。しかし、現実にはそういう意味合いを中心に置きながらも、ある程度拡大解釈をして製品を選出するということにならざるを得なかった。そして、私はステート・オブ・ジ・アートを、コストパフォーマンスやベストバイという言葉に惑わされることなく、非常によくできた製品に与える言葉と解釈した。そうするとかなりの数の製品が選ばれてくる。しかし、芸術的な香りにまで高められた製品ということになると、今回選出されたものでも、ほとんどに不満が出てくるというのが現実なのである。
 加えて、ステート・オブ・ジ・アートというにふさわしい存在であるためには、その製品がある由緒を持っているということも重要なファクターであろう。というより、その製作に携わった人間なりメーカーが、しっかりとした存在でなければならないということなのである。つまり、ある主張に加えて高度な技術、高いセンスとしっかりした姿勢によって生み出された製品こそ、ステート・オブ・ジ・アートに選びたいという気持ちが非常に強かったわけだ。
 オーディオは趣味である。ステート・オブ・ジ・アートという言葉の持つ意味の主観性、あるいは曖昧さが示しているように、オーディオというものは、自分のイメージの中にある、内なる音を追求していくという、大変に、主観性の強いものであるし、個性とか個人の嗜好という意味で、曖昧といえば曖昧なものである。しかし、コストパフォーマンスやベストバイといった見方だけでオーディオ機器を評価、選択するペきでないと思う。そういう意味でステート・オブ・ジ・アートとして選び出された製品には、オーディオの本質をチラリと感じさせてくれる何かがあると確信する。ただステート・オブ・ジ・アートという言葉は、もともとアメリカで使われていたのだが、最近アメリカでの使われ方には、ベストセラー、ベストパフォーマンスといった色合いが濃いのではないかという気がする。それが本場でのことであるから、よけいに寂しく感ずるのである。せめてわれわれとしては、本来の観念でこの言葉を捉え、そういう目でオーディオ機器を眺め、そして選択するという姿勢を持ちたいと思うのである。

ステート・オブ・ジ・アート選定にあたって

井上卓也

ステレオサウンド 49号(1978年12月発行)
「Hi-Fiコンポーネントにおける《第1回STATE OF THE ART賞》選定」より

 今回は、本誌はじめての企画であるTHE STATE OF THE ARTである。この選択にあたっては、文字が意味する、本来は芸術ではないものが芸術の領域に到達したもの、として、これをオーディオ製品にあてはめて考えなければならないことになる。
 何をもって芸術の領域に到達したと解釈するかは、少しでも基準点を移動させ拡大解釈をすれば、対象となるべきオーディオ製品の範囲はたちまち膨大なものとなり、収拾のつかないことにもなりかねない。それに、私自身は、かねてからオーディオ製品はマスプロダクト、マスセールのプロセスを前提とした工業製品だと思っているだけに、THE STATE OF THE ARTという文字自体の持っている意味と、現実のオーディオ製品とのギャップの大きさに、選択する以前から面はゆい気持にかられた次第である。
 しかし、実際に選択をすることになった以上は、独断と偏見に満ちた勝手な解釈として、現代の技術と素材を基盤として、従来だれしも到達できなかったグレイドにまで向上した基本性能を備え、オーディオの高級品にふさわしいオリジナリティのある、限定したコンセプトをもって開発され、かつ、いたずらにデザイン的でなく、機能美のある完成度の高いデザインと仕上げをもったものとすれば、現実のオーディオ製品に選択すべき対象は、ある程度は存在することになる。
 現在のオーディオ製品は、マスプロダクトという量産効果を極度に利用して、はじめて商品としてリーゾナブルな価格で販売されているために、生産をする製品の数量の大小が最終の価格決定に大きく影響を与え、同程度の仕様、デザインを備えた製品でも、予定生産量が少なければ、1ランク上の価格帯に置かざるをえなくなることになる。
 また、同程度の生産予定量をもつ製品間でも、技術的な基本性能重視型と機能重視型、さらにデザインや仕上重視型では、趣味のオーディオ製品として眺めれば、どのポイントに魅力を感じるかによって、商品性や価値感は大幅に変わることになる。したがって、選択の対象となる製品では、当然特定のコンセプトで開発されているだけに、生産量は少なく、量産効果も期待できないために、その価格も飛躍的に高くならざるをえなくなり、とても容易に誰でも入手できるような価格の製品では存在しえないことになる。
 具体的にジャンル別でいえば、スピーカーシステムなら大型フロアーシステム、アンプなら高級セパレート型アンプ、カートリッジならオリジナルな発電系をもち、精密加工を施したものとなり、必然的にMC型が対象となることになる。
 今回は、THE STATE OF THE ARTの第1回でもあるために、個人的には可能なかぎり多くの製品をノミネートする方針で選択をはじめると、国内製品では最新モデルか、もしくは少なくとも昭和48年のオイルショック以前に企画された予想外に古いモデルに分かれるようであり、海外製品では最新モデルが少なく、2〜3年以前、または歴史的にもいえる古いモデルが多いようである。
 結果として、THE STATE OF THE ARTとして選択されたリスト、及びノミネートされたリストを眺めると、選択基準はかなり個人差が激しく、予期せざる製品がリストにのぼってきた事実は、次回以後で選択のルールをある程度修正をする必要があることを物語っているようで読者諸氏の批判をあおぎたいところである。