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テクニクス SB-500

瀬川冬樹

ステレオサウンド 16号(1970年9月発行)
特集・「スピーカーシステム最新53機種の試聴テスト」より

 中音および高音のユニットにドーム・タイプを採用した、テクニクス・シリーズの新製品である。黄色をおびたチーク系の外装と粗い織りの白っぽいサラン・ネットが明るい雰囲気で親しめる。左右ペアで7万円近くのスピーカーとなると、一応、サブ・スピーカー的な目的ではなく、相当にグレイドの高い音質を期待したくなるが、この製品の音質はなかなか立派なものだった。まず全域にわたって、音のつながりが非常になめらかである。中低域に起こりやすい箱鳴りがよく抑えられててしかも重低音もよく出る。高音域のレンジもかなりのびているようだ。総体に素直でくせが少なく、抑制がよく利いて余分な音がつきまとわないから、コーラスなどでも音がにごらず、ハーモニィがきれいに溶けあう。低音も高音もよく出るという音ではなく、控えめで、さりげないところがいい。

採点表
大編成:★★★★
小編成:★★★★
独奏:★★★★
声楽:★★★★
音の品位:★★★★
音のバランス:★★★★★
音域の広さ:★★★★★
能率:★★★★
デザイン:★★★★
コストパフォーマンス:★★★★★
(特選)

ダイヤトーン DS-34BII

瀬川冬樹

ステレオサウンド 16号(1970年9月発行)
特集・「スピーカーシステム最新53機種の試聴テスト」より

 中高域が張り出す華やかな音色は、やはり三菱独特の音だ。小型密閉箱の割には重低音の不足感も少なく、バス・ドラムの音など量感をともなってたっぷりと再現される。ソフトムード的なスピーカーからこれに切りかえると、音源がぐんと近接した感じを受ける。こういう音のスピーカーは、アンプやそれ以前のあらゆるアラをさらけ出すから、雑な組み合わせでは粗くきたない音になりやすいので注意が必要だ。これらの点は従来の34Bの性格をそのまま受けついでいるといえる。プライヴェートなテストで、34Bを耳よりずっと高い位置に上げてみたら、非常に素直な抜けのいい音質になって驚いたことがあったが、II型もおそらく同様だろう。音のバランスのとりかた、音域のつながりなど、今回の三菱の三機種の中では最も納得できた製品である。

採点表
大編成:★★★★
小編成:★★★★
独奏:★★★
声楽:★★★
音の品位:★★
音のバランス:★★★★
音域の広さ:★★★★
能率:★★★★
デザイン:★★★
コストパフォーマンス:★★★
(準推薦)

ティアック LS-80

瀬川冬樹

ステレオサウンド 16号(1970年9月発行)
特集・「スピーカーシステム最新53機種の試聴テスト」より

 一聴した感じでは、これより安いLS360よりも音域などむしろせまいのではないかという印象を受けるが、たとえばバス・ドラムのようなソースでテストしてみても、重低音の出かたなど360とそう変るわけではなく、高域の方も、わりあいナチュラルによくのびて、全体としてそうレンジのせまいというわけではないのだが、中低音域の音質に少々ぼってりしたところがあるのと、中高音域に広い盛り上りが感じられること、それに加えて、LS360のよく鳴りひびく饒舌さがいくぶんおさえられているために、比較するとこちらの方がおとなしい感じを受けるのだろう。しかし、中低域の重さのためか、曲によっては音源がやや遠くにひっ込むような感じを受けることもある。中域をもっと軽やかに、しかもたっぷり充実させたいという感じだ。

採点表
大編成:★★★
小編成:★★★
独奏:★★★
声楽:★★★
音の品位:★★★
音のバランス:★★★
音域の広さ:★★★
能率:★★★
デザイン:★★★
コストパフォーマンス:★★★

(準推薦)

トリオ KL-5060

瀬川冬樹

ステレオサウンド 16号(1970年9月発行)
特集・「スピーカーシステム最新53機種の試聴テスト」より

 トリオの新シリーズの中では、7060に次いで高級機の部類に入り、4060や3060と基本的には同じ構成をとっているのに、5060以上は、前面に金属の格子とひだをつけた装飾布とを配して、ゴージャスなイメージを出そうとする意図が伺える。この意匠には、明るさとか華やいだ感じとかはないにしても、重厚なイメージが一応成功している。
 さすがに市販品でもこのクラスになると、音の品位がかなり向上する。バランスは良好だし、重低音の量感もそう不満はなくなる。中~高域の独特のツヤのある音質のため、音像の芯がしっかりとして、ボケず、引締って澄んだ印象である。プログラムの種類を問わず、自然でよく広がる。ただ、長い時間聴きこむと、どうしてもまだ音に粗さがわずかに残っていることに気づくが、このクラスとしては、良くできた製品といえる。

採点表
大編成:★★★★
小編成:★★★★
独奏:★★★★
声楽:★★★★
音の品位:★★★★
音のバランス:★★★★
音域の広さ:★★★★
能率:★★★
デザイン:★★★★
コストパフォーマンス:★★★★
(特選)

コーラル BX-Multi1200

瀬川冬樹

ステレオサウンド 16号(1970年9月発行)
特集・「スピーカーシステム最新53機種の試聴テスト」より

 これの旧型であるBX1200は前回のときもテストに入っていたが、改良型であるマルチ1200は、音質もバランスも相当に変っている。
 一聴すると、やわらかくふくらみのある音質だが、中低域がふくらんで豊かな割には中域がかなり奥に引っこんだバランスで、音が箱の奥の方にこもってしまう感じになる。中高域のレンジはそうせまい方とも思われないが、かなり絞りこんであるためにおとなしく、総体的にぼってり形の代表といった音の作りかただ。
 低域はかなりダブついているが、バス・ドラムのようなプログラムを再生してみると、ファンダメンタルが十分に出ているわけではなく、聴感上、うまく豊かに響かせているらしい。中域、低域のよく響く音質のため、饒舌さがあり、中域以上のレベルをやや上げないと、こもりすぎる感じである。

採点表
大編成:★★
小編成:★★
独奏:★★
声楽:★★
音の品位:★★
音のバランス:★★
音域の広さ:★★★
能率:★★★
デザイン:★★★
コストパフォーマンス:★★

JBL Olympus S7R, S8R

瀬川冬樹

ステレオ 5月号(1970年4月発行)
「世界の名器」より

 低音の再生ほど、むずかしいものはないと思う。ぶんぶんと締りのない低音なら楽に出る。腹にこたえるほどの量感を出すなども、たやすい話だ。が、そんな低音は「ほんもの」ではない。ほんものの低音は、むしろ控えめだ。それは決して鳴り響かず、音というよりは振動的で、部屋いっぱいの空気を、一瞬、確実に押しのける感じに身体をやわらかく包みこむ。しかもそういうほんものの低音は、レコードやテープにひっきりなしにつめこまれているわけがなく、ふだんはひっそりとおとなしく、プログラムソースに低音がある場合だけ、たしかな手ごたえで聴こえてくる……。
 そんな音を商品に望むのは無理だとあきらめて、家を削り、壁に穴をあけ、コンクリートを流し、はた目にはきちがいとしかみえないような努力を堂々と続けるマニアが後をたたないのも、つまり低音の再生がいかに難しいかの証左であり、逆にいえばそれほどのクロウトひきかえにしても惜しくないほどの魅力が低音にはあり、そして努力するに値するけわしい道のりだといえるだろう。しかもそれほどまでにしても、成功する確率は甚だ低い。まして商品にそれを望むのは無理だという見方も、まんざら見当外れとはいえない。
 そういう理想の低音再生に、商品としてあえて戦いを挑んだのがJBLオリムパスではないか、とわたくしは思う。たとえばキャビネットの中を覗いてみると、誰もがその補強のものすごさに驚きの声をあげる。1・5寸×4・5寸といったふつうの常識では考えられないような角材が、補強のためにふんだんに使われている。こんなにすごい補強をしたキャビネットは商品としてはオリムパス以外にわたくしは知らない。ここには、キャビネットのごく僅かな共振さえも許さないといった、低音再生の正攻法の姿勢が伺える。
 こうした形で完璧な補強をしてみるとスピーカーそのものにも、かえってボロが目立ってくるものだ。箱の共振をうまく利用して、ユニットのアラを隠して作ったスピーカー・システムのいかに多いことか──。JBLはそういうテクニックを使わない。あくまでも正攻法に、LE15Aというすばらしい低音スピーカーを作りあげる。LE15Aに、パッシヴ・ラジエーターPR15(マグネットもコイルも持たない、振動板だけの、いわゆるドロンコーン)を組み合わせたオリムパスの低音は、かちっと締って音の輪郭が鮮明で、重くもったりと粘るようなところが少しも無く、軽く明るく力強い。
     *
 オリムパスには、S7RとS8Rの二種類がある。JBLの型番のつけかたは独特で、スピーカー・ユニットとキャビネットとに、別々の型番がついている。オリムパスというのはキャビネットのニックネームで、型番はC50という。このキャビネットに適合するスピーカー・システムとして、S7R及びS8Rが推奨されていて、それらを組み合わせて完成品になると、キャビネットの型番の記号CがDと変わって、D50S7R及びD50S8Rとなる。S7RとS8Rは低音は共通だが、高音用ユニットが全然違うもので、S7Rは2ウェイ、S8Rは3ウェイになっている。
     *
 オリムパスは1960年に市販された。最初の形は完全密閉型で、S7システム(S7RからPR15を除いたもの)専用のエンクロージュアだった。パッシヴ・ラジエーターが加えられたのは1965年、そしてS8Rが加えられたのはその一年後のことで、ほんらいS7Rがスタンダードの組合せであることがわかる。実際、LE15AとLE85とのすっきりした2ウェイで構成されたS7Rの方が、音のバランスのよさでS8Rにまさるように思われる。S8Rでは、JBL最高の中高音用375ドライバーを使っているところがミソなのだが、あの大きな375をオリムパスに押し込むために、かんじんのホーンに、まるで土管みたいにずん胴で短いHL93型ホーンを組み合わせているので、375独特の中音の滑らかさが充分に発揮されにくい。
 そこでS7Rの中高音の音質だが、JBL特有の夾雑物のない鮮明な、低音同様に歯切れのよい、一切のあいまいさを拒否した澄明感にあふれている。しかしそれだけに、JBLのスピーカーは雑な鳴らし方をすると、荒くとげとげしい、ぎらぎらした音質に変わりやすく、乗りこなしのむずかしいじゃじゃ馬的な要素を多分に持っているために、多くの人たちがJBLの音をそうしたものと誤解しているようだ。たとえばオリムパスの場合でも、高音のレヴェル・コントロールを、ミニマムよりもさらに一段絞り込みたい感じで、とくに小住宅では、中~高音のユニットにさらにアッテネーターを加えて、もう3dBほど絞った方が、バランスの良い音質が聴かれる筈だ。
     *
 オリムパスはまた、内容や音質ばかりでなくデザインの素晴らしさでも一頭地を抜いている。とくに木工のよさ、中でも特徴のある組格子のの、繊細でしゃれた雰囲気は類が無い。理屈で押して筋が通り、音を聴いて素晴らしく、それが見事な意匠に包まれているという、これが名器というものだろう。
 先日、ある美術全集の中で、伊達政宗の建立になるという国宝、端厳寺の玄関花頭窓のパターンが、全くオリムパスの組子のそれであることをみつけておもしろく思った。桃山期の日本の建築の文様が、現代のアメリカの工業製品に生きている。こんなところにも、オリムパスの意匠に日本人が惹きつけられる何かがあるのかもしれない。

オーディオ製品のあり方と価値判断の方法

瀬川冬樹

ステレオ 4月号(1970年3月発行)
「アンケート/オーディオ製品のあり方と価値判断の方法」より

①よいオーディオ製品の条件
 聴いて音がよく、測って物理特性がよく、眺めて美しく、触れて感触がよく、扱いやすく風格かあって、仕上げがよく、耐久力に富み、それらの諸特性に見合った価格であること。
②パーツについてどのようにテスト、性能判断をするのか
 前項の諸点をチェックする。とくに、長期にわたるテストが重要。
③ユーザーに、パーツを見きわめる場合のアドヴァイス
 上記の諸項目、一般的な評判、販売店の意見等を参考にする。ただし、客観的に評価の高いものと、自分ひとりにとっての「良い」パーツとは、おずから違うのだから、他人の評価にまどわされずに、現物に触れ、眺め聴くこと。

SME 3009

瀬川冬樹

ステレオ 4月号(1970年3月発行)
「世界の名器」より

 英誌「グラモフォン」にSMEという聞き馴れないブランドのピックアップ・アームの広告を見たのは、10年以上も昔のことだったろうか──。どういうわけかイギリスという国は、古くから変わった形やユニークなメカニズムのピックアップを生む国である。ざっと思い出しても、フェランティ、リーク、B・J、デッカ……割合新しいところではオーディオ&デザイン、トランスクリプター等々……。
 それぞれに独創に富んだ名品の中で、ひとりSMEだけか、アメリカや日本の、オーディオ・マニアをはじめとする国際的な名声と王座をかちえたというには、それなりの理由が十二分にある筈だ。
 むろんSMEも、発表当初から現在のようなあかぬけた姿をしていたわけではなかった。その初期の製品3012型は、朝倉昭氏がサンプルとして入手されたものあたりが、日本で最も早かったものではないかと思う。現品を見せて頂いてからすでに10年の時が流れているが、当時のものは、現在のナイフ・エッジ支持部の三角形の山が無く、円筒をちょん切っただけのような素気ない形をしていたし、記憶がまちがっているかもしれないが、アームはアルミでなくステンレス・パイプだったように思う。キューイング・リフターのレバーの把手は、球形の黒いベークライトで、この形などは今のものよりわたくしは好きだ。それにしても、このアームは構造も動作もこれまでにない新しい考え方がとり入れられて、現物を手にしても、複雑な操作箇所のすべてを理解するまでには、かなりの時間を必要とした。
     *
 SMEが、このきちがいじみたほどのめんどうな構造にもかかわらず、広くオーディオ・マニアに受け入れられたというのは、その広範な操作のひとつひとつが、極めて合理的、機能的に調整できて調整後の動作が非常に安定していることが第一にあげられる。とくに、ユニバーサル・アームの最大の問題点であったカートリッジ交換のシステムとして、それより以前にオルトフォンがすでに自社のアームに使っていた(つまりオルトフォン規格の)スクリュー・バヨネット・コネクターをそのまま採用したので、初期のSMEには、オルトフォン製の(指かけの裏にメイド・インデンマークの刻印のある)黒いプラスチックのシェルがついていたことをご承知のかたもおいでだろう。
 どういう理由があったにしても、SMEがオルトフォン方式を「頂いた」ことは結果として甚だ賢明だったわけで、その後にもいろいろなカートリッジ交換法が発明されているものの、取付寸法以外にはカートリッジの寸法の規格というものの殆んどない現状で、あらゆるカートリッジを自由に交換するにはこのSME/オルトフォン方式が最も合理的であることに異論がないと思う。
 その後ほどなく、SMEは現在のアロータイプの独特のアルミ合金プレス・ヘッドシェルに変わり、さらに現在のようなスクリーン状の超軽量シェルに変わった。この孔あきシェルも、最初の製品は今よりも薄く弱い材料で孔の数も多く、指先でひねりつぶせるほどキャシャだったが、すぐに共振などの悪弊に気がついたらしく現在のものに改められているが、しかしわたくしは内外のごく一部のハイコンプライアンス・タイプの製品を除いた多くのカートリッジに対して、現在の製品でもまだ軽量化のゆきすぎと強度の不足を感じている。またアーム本体についてみても、最近の製品になると製造工程をいわゆる「合理化」したのだろうが、やや量産製品的なラフさと、バランス・ウェイトまわりの使いにくさがあって、ウェイトが分割されていた以前の製品の方に、最盛期の完成した姿がみられるように思う。近ごろのものを分解してみると、ボール・ベアリングに MADE IN JAPAN と刻印されていて驚かされたりするが、むろん本質的な性能そのものは、少しも落ちるどころかいまや安定した製品として、安心して使うことができる。
     *
 さきにふれたヘッドシェル・コネクターをはじめ、針圧印加オモリ部分に針圧目盛を設けたこと、ラテラル・バランサー、インサイドフォース打消しのバイアス機構、オイル・シリンダー利用のアーム・リフター、アーム・ベースをスライディングすることによってトラッキングエラーを修整することなど、あらゆる部分が、これ以後のわが国のユニバーサル・アームにいかに多くの影響を及ぼしたかについては、ここで改めてふれるまでもない。
 ところでそきユニバーサル(万能)アームだが、すでに拙稿「オーディオ・ソフトウェア講座」の中でも述べたように、SMEのユニバーサリティとは、一個のカートリッジに対して徹底的に合わせ込んでゆくその多様な可能性の中から一個の「完成」を見出すための、つまり五徳ナイフ的な無能に通じやすい万能ではなく、単能を発見するための万能だといえるのだと思う。その操作のために、アームの物理的特性を十二分に知る必要があるわけだ。
 などといいなから筆者自身が、多くのカートリッジを交換するとついSMEの便利さに寄りかかりたくなるし、、調整が難しいと説きながらそういうときにはずいぶんいい加減ないじりかたをしてしまう。逆にいえば、やはりそれほど便利なユニバーサル・アームでもあり、ラフな調整でも結構安定に動いてくれるだけの適応性も併せ持っているわけで、そうでなくては、これほど多くの人たちに愛用される理由がない。
 なおSMEは COID(英国工業デザイン協議会=1944年設立の政府機関)が毎年選定するデザインセンター賞で、1962年度の10点の商品のひとつに選ばれている。受賞当時のものは、さきにふれた円筒形のサスペンションとオルトフォン型シェルつきの旧型の♯3012型であった。設計者は A. Robertson Aikman と W. J. Watkinson である。

JBL SA600

瀬川冬樹

ステレオ 3月号(1970年2月発行)
「世界の名器」より

 プリメイン・アンプというと、ふつう一般にはプリアンプ、パワーアンプを独立させたセパレート・タイプにくらべて一段下の性能とみられることが多い。たしかに、アクセサリーの豊富さや、とり扱いの面ではセパレート型が勝るかもしれないが、音質だけに限っていえば、JBL・SA600は、第一級のセパレート型のアンプに対して、全くひけをとらないどころか、現在得られる内外のオーディオ・アンプの中でも群を抜いて素晴らしい音質を聴かせてくれるアンプなのだ。
 昨年9月号のこの欄でご紹介した、同じJBあるのセパレート・タイプ、SG520型プリアンプとSE400S型パワーアンプを、それぞれ僅かずつ簡素化して一体に(インテグレートに)まとめたものがSA600で、その音質は、JBL以外のアンプからは得られない独特の、華やいで繊細な、キリッと小股の切れ上ってぴりりと神経の張りつめた、透明で、シャープで、明るく小粋な音を響かせる。
「電波科学」誌68年8月号で、海外著名アンプのブラインドテストの席上で、菅野沖彦氏が(むろんブラインドだからSA600とは知らずに)おもしろい発言をしておられる。「──にくいアンプですね。非常ににくいアンプだと思います。だけどそれが果して自分で持っていて毎日聴いて、どこかでぶつかってきやしないかと思うのです。──」
     *
 SG520とSE400Sの組合せを常用アンプとして、3年間聴いてキたひとりとして言わせて頂くのだが、全く菅野氏の予言どおり、こういう張りつめた音に、ときたまふっといや気がさすことがある。それでいて、三日もこの音を聴かずにいると、もう無性にスイッチをいれたくなる。これは窮極の麻薬なのかもしれない。
     *
 JBLの製品は、音質ばかりでなく物理特性が優れていることでもよく知られ、いろいろな研究所やメーカーで実際に測定してみると、常にカタログに公称している以上の性能が出ることに驚異の目を見張る。中でも、SE400SおよびSA600のパワーアンプ部分の、差動増幅器による全段直結というJBLのオリジナル・サーキット(JBLではこの回路を、Tサーキットと名づけている)は、,トランジスターによるオーディオ・アンプの将来のありかたを示唆したものとして、専門家のあいだでも高い評価を受けている。差動増幅回路以後の三段に亘る完全対称型の電力増幅回路は、原理的に偶数次の調波ひずみがゼロになるという優れたもので、直流領域から高調波領域にまで亘る広い周波数帯域と、大きな出力を極度に少ないひずみで広帯域に亘って確保できるズバ抜けたパワーバンド・ウィズスは、今に至るまでこれを凌駕するものが殆んど無いほどのものだ。この優れたパワー・キャラクターのためか、あらゆるスピーカーを接続してみて、他のアンプとのあまりにも違う抜けの良い音質に、いったい幾たびおどろかされたことだろう。
 差動・直結回路をJBLが完成したのは一九六五年のことで、それから五年を経たいま、回路構成こそ違うがこの方式がアンプメーカー各社によって次々と採用され、開発されはじめたことをみても、JBLのアンプ設計技術が、いかに卓抜なものであったかと改めて思い知らされる。
     *
 しかしこのアンプを〝名器〟といわせるのは、決して回路構成や音質の優秀さばかりではなく、そういう内容を包んでいるデザインの素晴らしさも、また特筆する必要がある。
 フロント・パネル面は淡いゴールド・アルマイトで、光沢を抑えたヘアライン仕上げは、光線の具合によっては、やや若草色がかかってもみえる。そして、大胆な面の分割と、アンプの人間工学を十二分に消化した操作ツマミ類の簡潔な整理。さりげなく置かれたJBLのマークの一部がパイロットランプを兼ねて光るというしゃれたアイデア。パネルに続く両サイドのウォールナット板は、化粧張りなどしていない本もののムク板で、チークオイルでみがき込むと、だんだんと渋い深みのある濃いウォールナット色に変わってゆく。
 正面や側面もさることながら、このアンプはおそらく世界一のバックシャンでもある。精度の良いアルミ・ダイカストの厚板で、フロントパネル以上にきびしい分割面を持った、完璧にヴィジュアライズされた見事な作品で、ここにスピーカー端子とACプラグ、それにヒューズ・ホルダーだけがさりげなく配置されている。実はこのパネルは、パワー・トランジスターの放熱器(ヒートシンク)で、エナージャイザーとしてスピーカー・キャビネットに組み込むためのSE408では、これはもともと前面パネルなのだと知れば、この背面パネルらしからぬ美しい処理にも納得がゆく。
 そこでSA600では、入力端子のピン・ジャック類を、シャシー底面に置いている。しじゅうコードを抜き差しするといったマニアには不便このかたない場所に違いないが、このアンプそのものが、そういう目的に作られたものではない。
 一九六六年に発売されたSA600も、開拓期のTRアンプの宿命か、三年たった昨年(一九六九年)、新型のSA660にモデルチェンジされて、製造中止されてしまった。660は、ほとんど黒に近いブロンズ色のパネルに大きく方向転換し、SA600の若々しい姿から、ちょっぴり分別くさく、ややふてぶてしいパネルフェイスに変わってしまった。40W×2の出力が60W×2と増加したり、左右連動だったトーン・コントロールのツマミが二重型でセパレートされたなど小改良が加えられたが、あの若さに溢れたみずみずしい音質までが、パネルフェイス同様に妙に分別くさく、つまりよくいわれる無色透明型の音質にやや近づいてしまったのは、個人的には残念なのだが、おそらく660の音ならば、菅野氏も「毎日聴いていたら、どこかぶつかってこやしないか」とは仰らないだろう。

マイクロ VF-3100/e

瀬川冬樹

ステレオサウンド 12号(1969年9月発行)
特集・「最新カートリッジ40機種のブラインド試聴」より

 適度に柔らかく、しかもハイ・エンドを僅かに強調してシャープさも盛り込んだといった作り方のようで、強い個性はないが無難なカートリッジという印象である。ツァラトゥストラの冒頭のオルガンが少々軽く聴こえること。音の奥行きや厚みに、やや欠けること。フォルティシモで幾らか音が荒れ気味になることなど、細かくあげればいろいろあるが平均的な水準あたりでうまくまとめられた製品のようだ。弦合奏や声は、ややハスキーで冷たい傾向だが、ジャズやムードの立体感や奥行きがわりあいよく出て楽しめる。ピアノは、タッチが多少重く粘るが、重量感がもう少しあっていい。スクラッチは、ハイ・エンドでいくぶんシリつく傾向がある。

オーケストラ:☆☆☆☆
ピアノ:☆☆☆☆
弦楽器:☆☆☆★
声楽:☆☆☆☆
コーラス:☆☆☆★
ジャズ:☆☆☆☆★
ムード:☆☆☆☆★
打楽器:☆☆☆☆★
総合評価:80
コストパフォーマンス:90

オーディオテクニカ AT-21X

瀬川冬樹

ステレオサウンド 12号(1969年9月発行)
特集・「最新カートリッジ40機種のブラインド試聴」より

 トレーシングが安定しているらしく、針の浮く感じやビリつく傾向はほとんど無いが、音のバランスにやや難点があって、中域に僅かながら圧迫感があり、高域はなだらかに下降しているらしく華やかさとか繊細感が、もう少し欲しいような音質である。音源が遠くやや平面的で、総じて明るさが不足しているが、ムード音楽のギターの音は温かく、弦合奏は柔らかく耳あたりがいい。ピアノや打楽器は、タッチがやや重く、音離れに不満がある。オーケストラは重低音が割合豊かだが、中域の厚みがもっと欲しいし、フォルティシモは飽和的になる。ヴェルディの大合唱は、フォルティシモでも音の分離が明瞭で、音も充実しているが、やはり音源がやや遠い印象である。

オーケストラ:☆☆☆★
ピアノ:☆☆☆☆
弦楽器:☆☆☆☆
声楽:☆☆☆★
コーラス:☆☆☆★
ジャズ:☆☆☆☆
ムード:☆☆☆★
打楽器:☆☆☆☆
総合評価:75
コストパフォーマンス:85

ピカリング V15/AM-3

瀬川冬樹

ステレオサウンド 12号(1969年9月発行)
特集・「最新カートリッジ40機種のブラインド試聴」より

 ワイドレンジという感じの音ではなく、中~高音域の上の方に多少張りを持たせてハイ・エンドをカットしたような、おそらく中級品らしい音づくりだが、腰の強い明るい音が身上のようである。音の拡がりがよく出て奥行きもあり、分離も切れ込みも一応よく、低域にも適度の厚さがある。ピアノ・ソロでは、一種ふてぶてしいような張りがあって、引き締った腰の強い音を再生する。弦合奏のユニゾンでは何となく安っぽさが感じられる一方、妙につやのある音が印象に残るが、ヴェルディあたりになると、バランスの悪さや歪みっぽさが出てきて、さすがに欠点を露呈してしまう。華やかさ、明るさ、独特の拡がりに特徴がある。

オーケストラ:☆☆☆☆★
ピアノ:☆☆☆☆★
弦楽器:☆☆☆☆
声楽:☆☆☆☆
コーラス:☆☆☆★
ジャズ:☆☆☆☆
ムード:☆☆☆☆★
打楽器:☆☆☆★
総合評価:80
コストパフォーマンス:95

グレース F-21

瀬川冬樹

ステレオサウンド 12号(1969年9月発行)
特集・「最新カートリッジ40機種のブラインド試聴」より

 おそろしく元気のいい音を持ったカートリッジで、低域に独特の量感があるし、中高域もかなり強調されていて、明るい派手な音を聴かせるが、音のキメが相当荒いことや、個性の強いキャラクターが全体のバランスをわずかながらくずしてしまっているという点で、今回テストした中では異色的な製品だった。逆カマボコ型に近い音質なので、華やかだが硬質のドライなタッチになり、ロスアンヘレスの声が別人のようにハスキーに聴こえるのはおもしろい。レクィエムもすばらしく威勢がいいし、モダンジャズも圧倒的迫力だ。スクラッチノイズまでが大きく勇ましい。音ぜんたいが、いかにも若さにまかせて走りまわっているような、ある種の逞しさに溢れている。

オーケストラ:☆☆★
ピアノ:☆☆★
弦楽器:☆☆★
声楽:☆☆★
コーラス:☆☆★
ジャズ:☆☆★
ムード:☆☆☆★
打楽器:☆☆★
総合評価:55
コストパフォーマンス:65

東京サウンド STC-10E

瀬川冬樹

ステレオサウンド 12号(1969年9月発行)
特集・「最新カートリッジ40機種のブラインド試聴」より

 とりたてて欠点もないかわりに、素晴らしいという魅力もあまりない。総体にぼってりと重い音で、軽快さに欠けるが、かといって奥行きや厚みのあるという音でもなく、何となく水っぽい酒のような印象だ。弦合奏のユニゾンが割合美しいし(ただし高域の繊細感が物足りなかった)、ロスアンヘレスの声が温かく聴ける。ヴェルディのレクィエムも、ドンシャリ的にならず安定だが、内声部の充実感にやや欠けて、男声の魅力が不足していたのは他の多くのカートリッジ同様である。ピアノやジャズでは、タッチが重くなるものの丸味のあるウォームトーンが聴き易い。無難だが、いま一つ魅力に欠けるという音だ。

オーケストラ:☆☆☆☆
ピアノ:☆☆☆★
弦楽器:☆☆☆★
声楽:☆☆☆☆★
コーラス:☆☆☆☆
ジャズ:☆☆☆☆
ムード:☆☆☆★
打楽器:☆☆☆☆
総合評価:80
コストパフォーマンス:95

パイオニア PC-15

瀬川冬樹

ステレオサウンド 12号(1969年9月発行)
特集・「最新カートリッジ40機種のブラインド試聴」より

 ブラインドテストNo.37(パイオニア PC20)の音にもう少し腰の強さが加わったような音質だが、中域が多少かたく、音が重い感じになる。ジャズの迫力では、リファレンス・カートリッジ(シュアーM75)によく似た、中域のしっかりした厚みがあり、ムードもバランスよくおもしろく聴かせる。
 弦合奏では中域の張りがいくぶん耳ざわりだが、ハーモニーがよく溶け合うし適度につやもある。ヴェルディでも中高域の張り出す感じはあるが、フォルティシモでも歪みがわりあい少ない、男声の美しい、明るいバランスの良い音である。ロスアンヘレスの声は、しかしやや品を欠き、ピアノ・ソロもタッチが硬く重く粘る。スクラッチノイズは少ない方だが、ややよごれ気味で多少耳につき、高域のしゃくれ上がったような音である。

オーケストラ:☆☆☆☆
ピアノ:☆☆☆★
弦楽器:☆☆☆☆
声楽:☆☆☆★
コーラス:☆☆☆☆
ジャズ:☆☆☆★
ムード:☆☆☆☆
打楽器:☆☆☆★
総合評価:75
コストパフォーマンス:90

オーディオテクニカ AT-VM3

瀬川冬樹

ステレオサウンド 12号(1969年9月発行)
特集・「最新カートリッジ40機種のブラインド試聴」より

 総体に、やや重くダークな音で、音の切れ込みの良さとか音離れの点に多少の不満が残るが、柔らかくバランスの良い音質で、欠点の少ないカートリッジである。スクラッチもよく抑えられて、高域にピーク性の危なげな音も感じられない。ただ、どのレコードの場合にも、楽器がやや遠のく印象で、ソフトタッチの音になる。激しさを求める向きには敬遠されそうだが、耳当りのよさをとるべきだろう。オーケストラや弦合奏では、、弦楽器のみずみずしさがもっと欲しい気がするし、声もややドライでタッチがコロコロして輪郭が明瞭だが、強打音ではやや音離れが悪くなる傾向がある。ソフトムードというところで好みが分かれそうだ。

オーケストラ:☆☆☆☆
ピアノ:☆☆☆☆★
弦楽器:☆☆☆☆
声楽:☆☆☆☆
コーラス:☆☆☆★
ジャズ:☆☆☆☆
ムード:☆☆☆☆
打楽器:☆☆☆★
総合評価:80
コストパフォーマンス:95

マイクロ M-2100/5

瀬川冬樹

ステレオサウンド 12号(1969年9月発行)
特集・「最新カートリッジ40機種のブラインド試聴」より

 中低域にややふくらみを持たせた温色系の音に特長がある。特別に素晴らしいという音ではないにしても、バランス良く、柔らかく、上手にまとめられた製品と思われる。ジャズの低域が豊かで(もう少し締まりは欲しいが)臨場感があるし、独唱も合唱も、声と楽器のコントラストが表現されて距離感がよく出る。大編成のフォルティシモでも飽和した感じがなく音がよく伸びるが、音源がやや遠のいた印象になり、どういうわけか高域が幾分上がり気味に聴こえる。このカートリッジの弱点はピアノにあるようで、音が平面的で打鍵ONが少々安っぽくなるし、楽器のスケールがやや小型になる。スクラッチノイズが多少ジャリつく感じなのと、レコード外周の反りに弱くフラッター気味になりやすい。

オーケストラ:☆☆☆☆
ピアノ:☆☆☆★
弦楽器:☆☆☆☆
声楽:☆☆☆☆★
コーラス:☆☆☆☆★
ジャズ:☆☆☆☆★
ムード:☆☆☆☆★
打楽器:☆☆☆☆
総合評価:85
コストパフォーマンス:100

テストを終えて

瀬川冬樹

ステレオサウンド 12号(1969年9月発行)
特集・「最新カートリッジ40機種のブラインド試聴」より

 39個というと多いみたいに思えても、いまわが家でいつでも鳴る形にシェルにマウントしてあるカートリッジが間もなく80個になろうとしているありさまだから、その大半は一度は耳にしている筈で、今回はじめて聴く製品は数種類しかないわけだけれど、ブラインドで銘柄を想像できたのは10個にも満たなかった。いくら音が違うといったところで、カートリッジの差というものは、たとえてみれば、同じメーカーのスピーカーでせいぜい1ランクちがいの音の差ていどが、カートリッジでいえばピンからキリまでぐらいの差にあたるといった程度で、そういうこまかな差を文字に書き表わすと、どうしても新聞を虫メガネでたどるように、写真の網点や活字のニジミがことさら誇張されるといった感をまぬがれ得ない。
 また一方、レコードあってのカートリッジの音ということを考えると、スピーカーが部屋や置き場所によってガラリと音質が変わるようにひとつのカートリッジの評価が、レコードによって、かわることは当然といえる。その点、今回テスト用として選ばれたレコードは、カートリッジのテスト用としては、どちらかというとカートリッジのかくれた欠点をえぐり出すというソースでなかったから、結果としては、ずいぶん点数が甘くなっていると思う。少なくとも、わたくし個人が対象にしている室内楽や器楽曲、声楽曲のとくに欧州系の凝ったレコードを再生したら、またいわゆる優秀録音ではないSPからのダビングものや年代の古い録音を再生したら、もっと辛い評価になったろうとも思う。加えて、カートリッジという商品は承知のように一個ごとの製品ムラがあるし、室温やその他の外的条件による適性針圧のちがい、負荷のちがい、またMC型ではトランスやヘッドアンプのキャラクターなど、さまざまの条件が複雑にからみあうので、カートリッジの本質を正しく掴もうとするなら、こういう短期間の比較にはもはや限界があるし、さらにつっこんで考えてみれば、ブラインドテストという方法に、根本的に無理があることに気がつく筈だ。
 実際の話、10号のスピーカー、今回のカートリッジと二回のブラインドテストを経験してみてわたくし自身は、目かくしテストそのものに、疑いを抱かざるをえなくなった(本誌のメンバーも同意見とのことだ)。目かくしテストは、一対比較のようなときには、先入観をとり除くによいかもしれないが、何十個というそれぞれに個性を持った商品を評価するには、決して最良の手段とはいい難い。むろん音を聴くことがオーディオパーツの目的である以上、音が悪くては話にならないが、逆に音さえ良ければそれでよいというわけのものでは決してありえなくてカートリッジに限っていってもいくら採点の点数が良かろうが、実際の製品を手にとってみれば、まかりまちがってもこんなツラがまえのカートリッジに、自分の大事なディスクを引掻いてもらいたくない、と思う製品が必ずあるもので、そういうところがオーディオ道楽の大切なところなのだ。少なくとも、ひとつの「もの」は、形や色や大きさや重さや、手ざわりや匂いや音すべてを内包して存在し、人間はそのすべてを一瞬に感知して「もの」の良否を判断しているので、その一面の特性だけを切離して評価すべきものでは決してありえない。あらゆる特性を総合的に感知できるのが人間の能力なので、それがなければ測定器と同じだろう。そういう総合能力を最高に発揮できるもののひとつがオーディオという道楽にほかならない。
 この原稿を渡した後で、コスト・パフォーマンスの点数を入れるために、価格を知らせてもらうわけで、とうぜん製品の推測もつくことになるが、どういう結果が出ようが、わたくしとしては右に書いた次第で、あくまでも今回与えられた条件の中で採点したにすぎず、この採点は商品としてのカートリッジの評価とは必ずしも結びつかないことをお断りしておきたい。

ビクター IM-10S

瀬川冬樹

ステレオサウンド 12号(1969年9月発行)
特集・「最新カートリッジ40機種のブラインド試聴」より

 ブラインドテストNo.27(ピカリング V15/AM3)あたりと一脈通じる、中域から低域の厚い特徴のある音質だ。高域の特性があまり延びていない印象で、そのためか音が重い傾向だが、中低域の豊かさをとるべき音なのだろう。しかしスクラッチノイズの性質は、スペクトラムが低く楽音にまつわりつく感じで、多少耳ざわりである。ピアノのソロは中域の厚みと高域の丸さのために腰のつよい太い音質になるが、ジャズではこの強さが好ましい。ロスアンヘレスの声が明るく、伴奏との距離感の出るのもよい。弦合奏もよくハモる。しかしやはりヴェルディあたりになると、強奏で何となく安っぽいハイファイ調になり、音ばなれのよくないところが気になってしまうあたり、中級品と思われる音質である。

オーケストラ:☆☆☆☆
ピアノ:☆☆☆☆
弦楽器:☆☆☆★
声楽:☆☆☆☆
コーラス:☆☆☆★
ジャズ:☆☆☆★
ムード:☆☆☆★
打楽器:☆☆☆★
総合評価:75
コストパフォーマンス:80

スペックスSD-700 LaboratoryII

瀬川冬樹

ステレオサウンド 12号(1969年9月発行)
特集・「最新カートリッジ40機種のブラインド試聴」より

 わりあいに腰の強い、ホットな音質を持ったカートリッジで、多少品格に欠けるが一種のふてぶてしさを持った、中高域に張りのある音質は独特である。オーケストラではバランスよく、低域も充分出て、音の奥行きも立体感もなかなかよく出るが、フォルティシモではやや混濁気味で、強奏の際の伸びと分離に多少難点が残る。ピアノは、タッチが明瞭だが、ややこもり気味のところがある。弦合奏は特に難は無いというものの、中高域に幾らか圧迫感がある。ロスアンヘレスの声にもそういう印象が付きまとうし、ヴェルディも強奏部でやや荒くなる。しかし、ジャズやムードではダイナミックな近接感を伴って厚みのある楽しめる音を再生する。

オーケストラ:☆☆☆☆★
ピアノ:☆☆☆★
弦楽器:☆☆☆☆
声楽:☆☆☆★
コーラス:☆☆☆★
ジャズ:☆☆☆☆
ムード:☆☆☆☆
打楽器:☆☆☆☆
総合評価:75
コストパフォーマンス:80

ADC ADC25

瀬川冬樹

ステレオサウンド 12号(1969年9月発行)
特集・「最新カートリッジ40機種のブラインド試聴」より

 ピーク性の危なげな音が全然感じられないが、中域の盛り上がったカマボコ型の特性らしい。ピアノや打楽器の音がよく張り出して、やや派手だがピアノのタッチは軽く粒が立ち、適度の厚味を持ってしかも細かく、音が明るい。しかし、「ツァラトゥストラ」や「レクィエム」では、やや抑制を欠いて押しつけがましく、野放図に唱うといった印象がやや安手で品のない音になりやすいが、ジャズでは楽器が近接してある種の生なましさを再現する。フォルティシモでも音がつぶれずによく伸びる。ただ反ったレコードで何となくフラッター気味になるのは、針の支持の柔らかすぎのようで、トレースに不安定なところがありそうだ。スクラッチノイズは、ややスペクトラムが低く、楽音との分離がよくない。

オーケストラ:☆☆☆☆
ピアノ:☆☆☆☆
弦楽器:☆☆☆☆
声楽:☆☆☆☆
コーラス:☆☆☆☆
ジャズ:☆☆☆☆
ムード:☆☆☆☆
打楽器:☆☆☆☆
総合評価:80
コストパフォーマンス:75

EMT TSD15

瀬川冬樹

ステレオサウンド 12号(1969年9月発行)
特集・「最新カートリッジ40機種のブラインド試聴」より

 いくらブラインド・テストでも、自分が毎日常用しているカートリッジぐらいは、見当がつこうというものだ。最初のスクラッチノイズを聴いただけで、これはEMTだと判ってしまったので、試聴記にも先入観が入ってしまうし、なにしろ目下惚れっぱなしの製品だけに欠点が書きにくい。まあ強いて難点をあげれば効果だし入手しにくいし、割合に寿命が短いし、しかも針交換が高価につくということで、決して万人にすすめるべき製品ではないし、いささか深情けの過ぎるような音質は、もっとリラックスして、カラリとドライに楽しみたいという人には毛嫌いされるにちがいない。つまり決して万能型のカートリッジでもなく無色でもない、かなりアクの強い音質だと思う。

オーケストラ:☆☆☆☆☆
ピアノ:☆☆☆☆☆
弦楽器:☆☆☆☆☆
声楽:☆☆☆☆☆
コーラス:☆☆☆☆☆
ジャズ:☆☆☆☆☆
ムード:☆☆☆☆☆
打楽器:☆☆☆☆☆
総合評価:100
コストパフォーマンス:85

エンパイア 999VE

瀬川冬樹

ステレオサウンド 12号(1969年9月発行)
特集・「最新カートリッジ40機種のブラインド試聴」より

 すばらしく安定な、どっしりと腰のすわった音質で、周波数全域に亘ってよくコントロールされた、ピーク成分のない滑らかな音質である。ツァラトゥストラの冒頭のオルガンの低音の独特の厚みは振動的と言いたいほどだ。高域は、やや丸いために、ちょっと聴くとソフトムードのようだが、分解能もよく中低域の厚みの上に充実した奥行きある音が乗って、フォルティシモでも腰がくだけずよく伸びる。ピアノもバランスが良く、多少甘く切れ込み不足の感があるが、耳あたりがいい。弦合奏では、高域のマルサゆえかツヤに欠けて無難といった印象。ジャズではこれがさらにソフトムードになって激しさに欠けるが、総体に歪みっぽさのない、滑らかな安定したトレースが素晴らしい。

オーケストラ:☆☆☆☆★
ピアノ:☆☆☆☆★
弦楽器:☆☆☆☆
声楽:☆☆☆☆
コーラス:☆☆☆☆
ジャズ:☆☆☆☆
ムード:☆☆☆☆★
打楽器:☆☆☆☆
総合評価:85
コストパフォーマンス:75

シュアー V15 TypeII

瀬川冬樹

ステレオサウンド 12号(1969年9月発行)
特集・「最新カートリッジ40機種のブラインド試聴」より

 ごく平均的な特性をもった優等生手とカートリッジのようで、おとなしいがおもしろみはあまりない。オーケストラでは、奥行きや距離感が割合よく出て、音の分離もいいが、冒頭のオルガンの重低音がやや不足する。ピアノはタッチが柔らかいが、切れ込みに欠けて奥行きが浅く感じられる。弦合奏でもやはりおとなしく柔らかく、ソフトムードで躍動感に欠け、ロスアンヘレスの声はバランスは美しいが、つややかさがないのであくまでも無難という印象。大合唱もバランスよく、これといった欠点はないがもう少し奥行きが出て欲しい。ジャズも躍動感が無くおとなしく、楽器の距離感がもっと出ても良さそう。ソツがなさすぎておもしろくないのだが、こういう欠点の無さが貴重なのかもしれない。

オーケストラ:☆☆☆☆★
ピアノ:☆☆☆☆
弦楽器:☆☆☆☆
声楽:☆☆☆☆
コーラス:☆☆☆☆
ジャズ:☆☆☆☆
ムード:☆☆☆☆
打楽器:☆☆☆☆
総合評価:80
コストパフォーマンス:75

エラック STS444E

瀬川冬樹

ステレオサウンド 12号(1969年9月発行)
特集・「最新カートリッジ40機種のブラインド試聴」より

 ハイ・エンド(高域端)のしゃくれ上がった特性らしく、それが一種の繊細感を伴っているが、中域の厚みに欠けるためか、線の細い音質である。総体に平板で奥行きに欠け、ピアノ・ソロやジャズのピアノがべったりと立体感を欠く。弦合奏では中高域に独特のツヤが出るが、細身で冷たい音質である。ヴェルディのレクィエムではハイ・エンドのピーク性の音が最も強調されて、ハイファイマニアの喜びそうな、一見繊細で分離のよい派手な音を聴かせるが、重量感のない軽い音である。ロスアンヘレスの声が、ややドライになってしまうのもこの特性のためらしい。ただ、全体としては音の品位はそう悪い方ではなく、軽快でクールな音質にこの製品の特徴がある。

オーケストラ:☆☆☆☆★
ピアノ:☆☆☆☆
弦楽器:☆☆☆☆
声楽:☆☆☆☆
コーラス:☆☆☆☆
ジャズ:☆☆☆★
ムード:☆☆☆☆☆
打楽器:☆☆☆★
総合評価:80
コストパフォーマンス:75