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ヤマハ B-2x

菅野沖彦

ステレオサウンド 79号(1986年6月発行)
特集・「CDプレーヤー・ダイレクト接続で聴く最新パワーアンプ48機種の実力テスト」より

 やや硬質ではあるが、透明感が高く、濁りのない品位の高い再生音である。バッハのカンタータにおける弦合奏は暖かさよりも、さわやかさが印象的で、チェンバロの高域のハーモニクスが大変美しい。ソプラノもバリトンも凛として(ややしすぎかもしれない)端正だった。大編成オーケストラの音色の綾の再現も鮮やかで、細かい音色を明瞭に聴かせる。トゥッティの響きはやや軽く、豊かさと重厚さに欠ける傾向ではあった。ジャズはピアノの音色感がありのまま美しく、弾みも上々。

音質:8.2
価格を考慮した魅力度:8.2

ヤマハ B-2x

井上卓也

ステレオサウンド 79号(1986年6月発行)
特集・「CDプレーヤー・ダイレクト接続で聴く最新パワーアンプ48機種の実力テスト」より

 音を整理して、整然とした音を聴かせる、いかにもヤマハらしい個性的なサウンドを聴かせるアンプだ。全体に輪郭をクッキリとつけ、やや硬質に表現するが、まとまりとしては、やや低域の安定感に欠け、スッキリとはするが、長時間聴くと疲れそうな傾向がある。この状態で欲しいのは、力感とか余裕度である。平均的には、パワーアンプをダイレクトに使ったキツさと受取れやすいが、一度スピーカーコードを変えて聴いてみたい。CDダイレクト入力だけに試聴条件の影響大だ。

音質:8.0
価格を考慮した魅力度:8.9

マランツ MA-6

菅野沖彦

ステレオサウンド 79号(1986年6月発行)
特集・「CDプレーヤー・ダイレクト接続で聴く最新パワーアンプ48機種の実力テスト」より

 分解能に優れ、細部の明快な再現力は抜群である。ただし、音をやや彫りおこし過ぎる嫌いがあったり、うるさくなったりする傾向ももつアンプだ。バッハのカンタータにおけるヴァイオリン群はやや刺があるし、ヴォーカルの質感も少々ざわついて、人の声特有のぬれた感じが不足する。「幻想」の四楽章冒頭の弱音ではオケのざわめきなどにリアリティがあって魅力的であったが、トゥッティの質感は全体としてやや艶が失われる。ジャズではやや硬質で細身になり、ヒューマニティ不足か。

音質:7.8
価格を考慮した魅力度:7.8

マランツ MA-6

井上卓也

ステレオサウンド 79号(1986年6月発行)
特集・「CDプレーヤー・ダイレクト接続で聴く最新パワーアンプ48機種の実力テスト」より

 適度な聴感上の帯域バランスをもち、安定感のある音を聴かせるのが大きなメリットだ。基本的には、アナログ的に音をまとめるタイプで、減点法的な聴き方をしても減点の対象となる点が少ない製品である。ステレオフォニックなプレゼンスも水準以上のものがあるが、遠近感とディフィニッションの面で、少し古さが感じられるようだ。プログラムソースとの対応は、素直で、それぞれのキャラクターを聴かせるが、サイド・バイ・サイドは雰囲気はあるが、立上がりが甘く、表面的だ。

音質:7.5
価格を考慮した魅力度:8.5

パイオニア M-90

菅野沖彦

ステレオサウンド 79号(1986年6月発行)
特集・「CDプレーヤー・ダイレクト接続で聴く最新パワーアンプ48機種の実力テスト」より

 新しい製品だけに、きわめてワイドなレンジ感と力強さを感じさせるアンプである。それでいて、弦の質感などは暖かくドライにならない。音の鮮度感も高く、透明な空間再現も立派であった。個人的な好みでは、もう少しふっくらとした丸みが欲しいが、クォリティの高い再生音だと思う。幻想のppの繊細感から、クレッシェンドしてのffはよく安定し、音の造形にくずれをみせない。輝かしく張りのある金管だが、やたらに派手にならない節度が好ましい。ジャズも満足感の大きなものだった。

音質:9.0
価格を考慮した魅力度:9.0

パイオニア M-90

井上卓也

ステレオサウンド 79号(1986年6月発行)
特集・「CDプレーヤー・ダイレクト接続で聴く最新パワーアンプ48機種の実力テスト」より

 音の粒子が細かく、滑らかに磨き込まれ、本当の見通しのよい音を聴かせるアンプだ。聴感上の帯域バランスは広帯域型で、やや中低域の質感が薄く、独特の中高域の潜在的なキャラキャラとするキャラクターがあるのは、今回の試聴での共通キャラクターであることから考えると、このアンプは、かなり素直で、基本特性が優れていることを示すようだ。プログラムソースの特徴は明確に引出し、とくにステレオフォニックな音場感の拡がりと、ナチュラルに立体感をもって立つ音像は見事だ。

音質:8.5
価格を考慮した魅力度:9.3

デンオン POA-1500

菅野沖彦

ステレオサウンド 79号(1986年6月発行)
特集・「CDプレーヤー・ダイレクト接続で聴く最新パワーアンプ48機種の実力テスト」より

 カーヴァーとは対照的な音で、レンジ感は広い。バッハのカンタータでの弦は少し刺激的になり、バリトンとソプラノもうるさくなる。もう少し落ち着いた、しっとりとした質感が欲しい。輝きや艶といった楽器の効果はよく出るのだが、それが、本来の楽音より強調されたキャラクターとして感じられる傾向で大オーケストラの真の質感、迫力につながらない弱さがある。「幻想」のクレッシェンドでこのことが強く感じられた。ジャズでは好ましい方向になり、弾みのあるソリッドな音。

音質:7.8
価格を考慮した魅力度:7.8

デンオン POA-1500

井上卓也

ステレオサウンド 79号(1986年6月発行)
特集・「CDプレーヤー・ダイレクト接続で聴く最新パワーアンプ48機種の実力テスト」より

 少し線が細いが、キメの細かい爽やかで、ワイドレンジで反応の速い音を聴かせるアンプで、カーヴァーM200tとの対比が非常におもしろい。聴感上の帯域バランスはワイドレンジ型の通例で、やや中域の密度に薄さがあり、プログラムソースにより少しキャラクターが変化をするようだ。農民カンタータは細身のスッキリ型で音を整理して聴かせるが、幻想は全体に線が太く中高域にクセがあり、少し逆相的なプレゼンスになり、音源が遠く、抜け悪し。スピーカーコードのクセか。

音質:8.2
価格を考慮した魅力度:8.2

ぼくのCDプレーヤー選び顚末記

黒田恭一

ステレオサウンド 78号(1986年3月発行)
「ぼくのCDプレーヤー選び顚末記」より

 ことの顛末をわかっていただくためには、まず、ぼくにとりついている二匹の小悪魔のことについておはなしすることから始めないといけないようである。一方の小悪魔を仮にM1と名付けるとすれば、もう一方の小悪魔はM2である。M1は本誌の編集をしている黛さんである。このM1がなぜ小悪魔なのかは、後でゆっくり書く。M2は本誌で「音楽情報クローズアップ」を書いている諸石幸生さんである。諸石幸生さんは、これまた、ディスクの買いっぷりのよさでは尋常とはいいがたい。さる友人をして、諸石さんは、ぼくのディスク買いの師匠だ、といわせしめたほど、諸石さんは、非常によく(オーディオとビジュアルの両方のディスクを買う。買ってひとりで楽しんでいるだけならいいのであるが、彼はそれを自慢する。こんなディスクを「WAVE」でみつけてきましてね、っていったような調子で。
 そのような諸石さんであるから、「音楽情報クローズアップ」のような記事も書けるであろうし、NHK・FMの「素顔の音楽家たち」のような思いもかけない素材を有効に使ったユニークな番組もやっていられるのであろうが、傍迷惑なことに変わりはない。こんなディスクをみつけてきましてね、などといわれれば、やはり気になり、時間のやりくりをして、件のディスクを買い求めるべく、しかるべきレコード店を走りまわることになる。しかも、悔しいことに、そのようにして彼に教えてもらうディスクが、いつもきまって面白いから、始末が悪い。
 とはいっても、M2の諸石さんは、M1に較べれば、罪が軽い。M1は困る。できることなら、藁人形を太めに作って、夜毎、釘でも刺したい気分である。たとえそののかされたあげくに、多少の出費をしたとしても、M2の場合には、額もしれている。M1の場合には、そうはいかない。それで、できるだけM1には会わないようにしているのであるが、しばらく会わないでいると、なんのことはないこっちから声をかけたくなったりして、墓穴を掘ることになる。このことを認めるのはいかにも面妖ではあるが、もしかするとぼくは、この二匹の小悪魔を、自分でも無意識のうちに愛してしまっているのかもしれない。
 ともかく、今回のことは、こんな感じの、M1の電話での言葉から、始まった。どの程度のコンパクトディスク・プレーヤーを買ったらいいか、といったようなことを誰かに相談されたりしません?
 その言葉をきいて、ぼくは、一瞬、ぎくりとした。さすがに小悪魔で、M1は、ぼくの私生活まですべてしっているのではないか、と思ったからである。「相談されたりしません?」どころのはなしではない。このところしばらく、誰かに会えば、ほとんどかならずといっていいほど、その質問をぶつけられている。そのような質問をする人の大半は、間違っても「ステレオサウンド」を読んでいるとは思えない。つまりオーディオの、よく使われる言葉でいえば、ホワイトゾーンの人たちで、なんらかの理由でぼくがオーディオの事情につうじていると買い被っての、その質問のようであった。
 自分でも考えあぐねていることについて適切なことがいえるはずもなく、言葉を濁したりすると、それを謙遜ゆえと誤解されて、収拾がつかなくなょたことも、再三ならずあった。コンパクトディスク・プレーヤーは、さしずめ発展途上機器であるから、育ちざかりの子供のように、すぐに去年の自分を追い越していく。したがって、どの程度のコンパクトディスク・プレーヤーを買ったらいいのであろうかと考える気持は、たとえ高価な洋服を買ってやっても、来年にはもう身体に合わなくなって着られなくなるのかもしれないと心配しつつ、しかしせっかくの入学式であるから、よその子供にあまり見劣りしてもいかんしと、貯金通帳の残高を思い起こしながら迷う、どこかの善良な親父の気持に、どことなく似ている。
 M1の電話での件の言葉は、ぼくがこのところ、コンパクトディスク・プレーヤーの発展途上過程を把握していないことを読んでのものでもあった。したがって、どの程度のコンパクトディスク・プレーヤーを買ったらいいか、といったようなことを相談されたりしません? というM1の質問は、ひととおりのものをきいていれば、たとえ誰かに質問されたとしても、答えようがあるかもしれませんよと、言外にいっていた。さらに、その電話で、M1は、このようにもいった。たくさんだと、きき較べるのに時間もかかるから、いくつか、ぼくがこれはと思うものを選んでおきますから、都合のいいときに、きいてみませんか。
 なんのことはない、M1の電話は、誘い、誘惑、口説き、であった。悲しいかな、それほど刺激的な誘いをはねのけられるほど、ぼくの好奇心は衰えていなかった。手際のよさと迅速さは、小悪魔M1の美徳のひとつである。ふらっと揺らいだ間隙をつかれた。気がついたら、ある日、ぼくの部屋に、十機種あまりのコンパクトディスク・プレーヤーが運びこまれていた。目の前にあれば、きかずにいられない。さしせまっての仕事をそっちのけにして、嬉々としてきいた。楽しかった。コンパクトディスク・プレーヤー坊やの成長ぶりに、あらためて感動もした。なんとかファンドのコマーシャル・フィルムでの宣伝文句ではないけれど「一年もたつと、ずいぶん頼もしくなるのね!」といいたいところであった。
 一応、もし、誰かにどの程度のコンパクトディスク・プレーヤーを買ったらいいか、といわれたとしても困らない程度の勉強もした。M1は、なんと親切な男なのであろう、とあやうく感謝しそうになってしまったりもした。
 しかし、M1は、そうは甘くはなかった。どうです、きいた感想を、二十枚程度で書いてもらえませんか? ときた。楽しませてもらっただけで、嫌といえるはずもない。それで、これを書く羽目に陥った。
 ただ、ここでは、特に気に入ったものを中心に書くにとどめ、今回きいた機種名のすべてを書きつらねることは、差し控える。理由は、ふたつある。ひとつは、きいた機種がM1の個人的な判断によって選ばれたものに限られているからである。M1の耳は一級のものである。だからこそ、M1は小悪魔なのである。そのようなM1によって選ばれた機種であるから、当然、それらが水準をこえたものであることには間違いないと、ぼくは確信している。しかし、それを一般化しては、誤解を招くであろう。誤解される危険のあることは、できるだけ避けるべきである。もうひとつの理由は、ここでの試聴が、ぼくの部屋で個人的におこなわれたということに関係している。
 したがって、ここでの感想記は、M1という小悪魔にそそのかされたあげく、頓馬な音楽好きが自分の部屋できいて書いた、あくまでもプライヴェイトなものと、ご理解いただきたい。しかも、ぼくは、自分の部屋で、アクースタットのモデル6と、スタックスのELS8Xという、エレクトロスタティック型の、かならずしも一般的とはいいがたいスピーカーを使っている。ぼくの試聴した結果の判断を、あくまでも個人的なところにとどめたいと考える理由のひとつに、そのこともある。
 さて、今、誰かが、どの程度のコンパクトディスク・プレーヤーを買ったらいいか、とぼくに個人的な見解を求めた、としよう。すると、ぼくは、そこで、おもむろに、彼の現在使用中の機器を、尋ねる。さらに、彼がどの程度熱心に音楽をきく人間かを、彼とのこれまでのつきあいから判断して、彼に答えることになる。
 低価格帯の機器でもよさそうであるなと思えば、そこで薦めるのは、やはりマランツCD34である。音に対してのことさらの難しい要求がなければ、おそらく彼はこれで満足するに違いないし、このマランツCD34のきかせる、危なげのない、背伸びしすぎることのない賢い鳴りっぷりは、安心して薦められる。きいてみて、あらためて、人気があるのも当然と、納得した。
 その上ということになると、彼の好み、あるいは音楽の好みを、もう少し詳しくきくことになる。その結果、答はふたつにわかれる。彼が輪郭のくっきりした響きを求めるのであれば、NECのCD705である。その逆に、彼が柔らかい響きに愛着を感じるのであれば、ティアックのZD5000である。この二機種は、性格的にまったく違うが、そのきかせる音は、充分に魅力的である。たとえば、パヴァロッティのフォルテでのはった声の威力を感じさせるのは、NECのCD705である。しかし、ひっそりと呟くようにうたわれた声のなまなましさということになると、ティアックのZD5000の方が上である。
 というようなことをいうと、ティアックのZD5000が、力強さの提示に不足するところがあると誤解されかねないが、そうではない。たとえば、ウッド・ベースの響きへのティアックのZD5000の対応などは、まことに見事である。さる友人が、このティアックのZD5000の音について、実にうまいことをいった。彼は、このようにいったのである、なかなか大人っぽい音じゃないか、この音は。そのいい方にならえば、NECのCD705は、ヤング・アット・ハートの音とでもいうべきかもしれない。
 ところで、今回の試聴には、小悪魔M1でさえ見抜いてはいないはずの、隠された目的がひとつあった。たとえ誰にも相談されなくとも、ぼく自身が、今、この段階で、トップ・クラスのコンパクトディスク・プレーヤーがどこまでいっているのかをしりたいと思っていて、それによってはという考えも、まんざらなくはなかった。いや、M1のことである。その辺のぼくの気持などは、先刻、お見通しであったかもしれない。さもなければ、きかせてくれる機器のなかに、わざわざフィリップスLHH2000を入れたりはしなかったであろう。
 フィリップスLHH2000が専門家諸氏の間でとびきり高い評価をえているのはしっている。しかし、ぼくは、すくなくともぼくの部屋できいたかぎりでは、そのフィリップスLHH2000のきかせてくれる音に、ぼくのコンパクトディスクをきくというおこないをとおしての音楽体験をゆだねようとは思わなかった、ということを、正直にいわなければならない。
 たしかに、このコンパクトディスク・プレーヤーのきかせる音には、いわくいいがたい独特の雰囲気がある。しかも、その音には、充分な魅力があることも、事実である。フィリップスの本社がオランダにあるためにいうのではないが、フィリップスLHH2000のきかせる響きには、あのアムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団のふっくらと柔らかい響きを思い出させるところがある。さらに、そういえば、といった感じで思い出すのは、フィリップス・レコードの音の傾向である。フィリップス・レコードの音も、とげとげしたところのまったくない、柔らかい音を特徴にしている。厭味のない、まろやかで素直な音が、フィリップス・レコードの音である。そのことがそのまま、このコンパクトディスク・プレーヤーの音についても、あてはまる。
 ただ、たとえ、ひとつのオーケストラの響きとしては、あるいはひとつのレコード・レーベルの音としては、充分に魅力のあるものであったとしても、それが再生機器の音となると、いくぶんニュアンスが違ってくる、ということもいえなくもない。結果として、ききては、すべてのディスクをそのプレーヤーに依存してきくことになる。そこにハードウェア選択の難しさがある。
 フィリップスLHH2000をアムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団にたとえたのにならっていえば、ソニーのCDP553ESD+DAS703ESはシカゴ交響楽団である。
 アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団は、ハイティンクが指揮をしても、デイヴィスが指揮をしても、あるいはバーンスタインが指揮をしても、いつでも、ああこれはアムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団だなと思わせる響きをもたらす。シカゴ交響楽団は、その点で微妙に違う。オーケストラとしての、敢えていえば個性を、シカゴ交響楽団は、かならずしもあからさまにしない。そのためといっていいかと思うが、シカゴ交響楽団によって音にされた響きは、音楽における音がそうであるように求められているように、徹底して抽象的である。音色でものをいう前に、音価そのもので音楽を語るというようなところが、シカゴ交響楽団の演奏にはある。
 音楽は、ついに雰囲気ではなく、響きの力学である。これは、おそらく、おのおののききての音楽のきき方にかかわることと思えるが、ぼくは、あくまでも、その音楽での音のリアリティを最優先に考えていきたいと思っている。その結果、ぼくは、アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団的コンパクトディスク・プレーヤーではなく、シカゴ交響楽団的コンパクトディスク・プレーヤーに、強くひかれることとなった。
 ぼくの部屋の周辺機器とのマッチングの問題もあろうかとも思うが、フィリップスLHH2000でも、もっと鮮明にきこえてもいいのだがと思うところで、いくぶん焦点が甘くなるところがあった。その点で、ソニーのCDP553ESD+DAS703ESは、ちょうどシカゴ交響楽団によって響かされた音がそうであるように、ごく微弱な音であろうと、いささかの曖昧さもなく、明快に、しかも明晰に響いていた。
 さまざまなディスクを試聴に使ったが、そのうちの一枚に、パヴァロッティのナポリ民謡をうたった新しいディスクがあった。パヴァロッティは大好きな歌い手なので、これまでにも、レコードはもとより、ナマでも何度もきいているので、その声がどのようにきこえたらいいのかが、或る程度わかっている。しかもこの新しいディスクは、このところ頻繁にきいているので、これがどのようにきこえるのかが、大いに興味があった。
 せっかくパヴァロッティの声をきくのであれば、あの胸の厚みが感じとれなければ、意味がない。ソニーのCDP553ESD+DAS703ESによるパヴァロッティの声のきかせ方は出色てあった。ほんものの声ならではの声が、光と力にみちて、ぐっと押し出されてくる。ぼくが音楽での音のリアリティを感じるのは、たとえば、このパヴァロッティの声のエネルギーが充分に示されたときである。それらしくきこえるということと、それとは、決定的に違う。
 パヴァロッティの声がシカゴ交響楽団にって音にされた、といういい方はいかにも奇妙であるが、ソニーのCDP553ESD+DAS703ESできいたときに、パヴァロッティの声を凄い、と思えた。フィリップスLHH2000でのきこえ方は、なるほど美しくはあったが、すくなくともそこできこえた声は、パヴァロッティの胸の厚みを感じさせはしなかった。
 おそらく、オーディオ機器のきかせる音についても、愛嬌といったようなことがいえるはずである。そのことでいえば、ソニーのCDP553ESD+DAS703ESのきかせる音は、お世辞にも愛嬌があるとはいいがたい。しかし、考えてみれば、愛嬌などというものは、所詮は誤魔化しである。誤魔化し、あるいは曖昧さを極力排除したところになりたっているのが、ソニーのCDP553ESD+DAS703ESの音である。
 ぼくは、まだしばらくは、音楽をきくことを、精神と感覚の冒険のおこない、と考えていきたいと思っている。そのようなぼくにとって、ソニーのCDP553ESD+DAS703ESのきかせる、ともかくわたしは正確に音をきかせてあげるから、そこからあなたが音楽を感じとりなさい、といっているような音こそが、ありがたい。真に実力のある音は、徒に愛嬌をふりまいたりしない。ソニーのCDP553ESD+DAS703ESも、その点で例外ではない。
 一応の試聴を終えたところで、やはり、ぼくにとっては、ソニーのCDP553ESD+DAS703ESがベストだね、といったときに、M1は、それでなくとも細い目をさらに細くして、ニヤッと笑った。なにゆえの笑いか、そのときは理解できなかった。
 その後で、ひとりで、気になっているディスクをとっかえひっかえ、かけてみた。明日の朝は早く起きなければと思いながらも、それでもなお、読みかけた本を途中でやめることができず、ずるずると読みつづけてしまうことがあるでしょう。ちょうどあのような感じで、時のたつのも忘れ、さまざまなディスクをききまくった。もはやすでに試聴をしているとは思っていなかった。そこできこえる音に、ひいてはそこでの音楽のきこえ方に惚れこんで、好きな人と別れるのが辛くては一分のばしにはなしこむような気持で、ききつづけた。
 そうやってきいているうちに、あのM1の無気味な笑いの意味がわかってきた。あの野郎、今度会ったら、ただではおかない、首をしめてやる。
 シカゴ交響楽団で提示された響きに、ぼくの周辺機器が対応できない部分がある。パヴァロッティが胸一杯に息をすいこむと、ぼくのアンプは、まるでM1のシャツのようにボタンがはじけとびそうになる。ソニーのCDP553ESD+DAS703ESの提示する音がサイズLの体型だとすると、ぼくの周辺機器の音はMのようにかんじられる。ほかのたとえでいえば、つまり、シカゴ交響楽団の演奏を、客席一五〇〇程度のホールできいたときのような感じとでもいうべきかもしれない。
 かつて、ぼくは、シャルル・ミュンシュと来日したときのボストン交響楽団の演奏を、内幸町のNHKの第一スタジオできいたことがあるが、素晴らしい響きではあったが、さらに広い空間であれば、響きはさらにいきいきとひろがるであろうと、そのとき思ったりした。ソニーのCDP553ESD+DAS703ESでさまざまなディスクをきいているうちに、そのときのことを思い出したりした。
 M1は、くやしいかな、すべて、わかっていたのである。しかし、さすがM1である。いい耳しているなと、感心しないではいられなかった。あの無気味な笑いは、これのよさがわかったら、お前の周辺機器の客席数もふやさなければいけないよ、という意味だったのである。
 まことに残念であるが、M1は正しい。シカゴ交響楽団ことソニーのCDP553ESD+DAS703ESは、その徹底した音のリアリズムによって、ききてを、追いこみ、あげくのはてに、地獄におとす。しかし、考えようによっては、地獄におとされるところにこそ、再生装置を使って音楽をきく栄光がある、ともいえるであろう。精神と感覚の冒険から遠いところにあって、ロッキング・チェアに揺すられて、よき趣味として音楽を楽しむのであればともかく、さもなくば、いざ、M1よ、きみに誘われて、地獄をみようではないか。
 ディジタル対応などという言葉は、深くにもこれまで、オーディオメーカーの陰謀がいわせたものと思いこんでいたが、そうではなさそうである。使いこなしなどといった思わせぶりなことはいいたくないが、CDP553ESDの下にラスクをひいたり、あれこれ工夫しているうちに、シカゴ交響楽団はますますその本領を発揮してきて、ぼくはすっかり追い込まれてしまった。
 演奏家のおこない、つまり楽器をひいたりうたったりするおこないは、とかく美化されて考えられがちであるが、演奏もまた演奏家の肉体労働の結果であるということを、忘れるべきではないと思う。演奏もまた人間のおこないの結果だということを教えてくれる再生装置が、ぼくにとっては望ましい機器である。奇麗ですね、美しいですね、といってすませられるような音楽は、ついにききての生き方にかかわりえない。そのような音楽で満足し、自分を甘やかしたききては、音楽の怖さをしりえない。
 ソニーのCDP553ESD+DAS703ESは、その徹底した音のリアリズムによって、ききてに、演奏という人間のおこないの結果に人間を感じさせた。このようなきかせ方であれば、コンパクトディスクをきくというおこないをとおしての、ぼくの音楽体験をゆだねられる、と思った。

グレース ASAKURA’S ONE

井上卓也

ステレオサウンド 78号(1986年3月発行)
「BEST PRODUCTS」より

 最近のファンにはなじみが薄いと思うが、グレースはカートリッジやトーンアームの専門メーカーとして長い伝統を誇る国内屈指の老舗である。
 ちなみにステレオ時代以後の製品に限ってみても、ノイマンタイプを基礎に開発した国産ステレオMC型の第一号機F45D/Hは、クリスタル型が一般的であったステレオの音を、一挙にMC型の世界に飛躍させた記念すべき製品であり、これとペアに開発されたトランジスターヘッドアンプは、半導体の可能性を示した国内第一号機で、この設計者が若き日の長島達夫氏である。また、これも国内初のパイプアームと、いわゆるヨーロッパタイプの現在の標準型となっている4Pヘッドコネクターを採用したG44は、亡き瀬川冬樹氏の設計であった。
 F45D/H以後は、グレースの製品はF5にはじまり、現在のF8シリーズに発展するMM型が主力製品であった。
 一方、MC型は昭和52年に開発がスタートし、グレースが主催するグレース・コンサートでの演奏をテストケースとして、改良が加わえられ、同コンサートでASAKURA’s ONEのプロトタイプとして演奏が行われたのは、開発開始以来7年目の59年6月のことである。
 ボディシェルは、磁気回路の両側を厚い軽合金ブロックでサンドイッチ構造とする張度が高く制動効果を伴せもつ設計であり、ビスを貫通させる取付け部分は、横方向から見ると円盤状であり、ボディ背面との間に少しのクリアランスがあり、取付け部が浮いた構造を採用している。
 このタイプは、カートリッジボディとヘッドシェルとの接触面積を狭くとり、平均的に取付けネジを締めたときでも面積当りの圧力が高く、密着度を高める独特の構想に基づく設計である。
 試聴は、リファレンス用コントロールアンプPRA2000Zの昇圧トランスが昇圧比が低く、インピーダンスマッチングの幅が広い利点を活かして使い、比較用にはヘッドアンプも聴いてみた。
 最初はPRA2000ZのMCヘッドアンプで、針圧、1・8gで聴く。ナチュラルに伸びた広帯域型のレスポンスと、音の粒子が細かく滑らかであり、音場感はスピーカーの奥に拡がる。低域は柔らかく豊かであり、オーケストラなどでは大ホールらしいプレゼンスの優れた、響きの美しさが聴かれる。とくに、スクラッチノイズが、フッフッと柔らかく、聴感上のSN比が良いことが、このカートリッジ独特の魅力である。
 次に、PRA2000Zの昇圧トランスに切替える。帯域はわずかに狭くなるが、リアリティが高く、彫りの深い音が魅力的である。トランスの選択は、情報量が多くローレベルの抜けが良いタイプを選びたい。別の機会に、手捲きで作ったといわれる昇圧トランスを組み合わせたことがあるが、CDに対比できるナチュラルなレスポンスと素直に拡がる音場感のプレゼンス、立体的な音像定位が聴き取れ、このMC型の真価が発揮されたようだ。しばらく使い込んでエージングを済ませて、初めて本来の音となる高級カートリッジの文法に則した製品だ。

ハイフォニック MC-D900

井上卓也

ステレオサウンド 78号(1986年3月発行)
「BEST PRODUCTS」より

 ハイフォニックは、MC型カートリツジのスペシャリティをつくるメーカーとして発足以来、すでに昨年で3周年を迎えたが、これ機会として開発された新製品のひとつがMC−D900である。
 ハイフォニツクのモデルナンバーに少しでも慣れたファンなら、D900のDがカンチレバーにダイヤモンドを採用していることは容易に判かるというものだ。
 同社のダイヤモンドカンチレバー採用のモデルは、これが第3作にあたるが、今回の新製品では、空芯型を基準としていた同社のMC型としては異例にも、コイル巻枠に磁性体を使用している。新開発の低歪率でありリニアリティの優れたスーパー・パーマロイ材を十字型として使い、コイルにはLC−OFC線材を採用している。なお、シリーズ製品として同じ構造の発電率をもち、カンチレバー材料をムク材アルミ合金としたMC−A300が、同時に発売されている。
 新磁性体巷枠の採用で、出力電圧はMC−D10の0・13mVから、0・25mVに上昇し、インピーダンスは、40Ωから、10Ωに下がっている。また針圧が1・2gから1・7gに増したことは、出力電圧の増加と相まって、汎用性を高め大変に使いやすくなった。
 なお、MC−D10での成果である0・06mm角ブロックダイヤ採用のウルトラライン・マイクロスタイラス(針先0・1×1・2mil)に天然ダイヤモンドブロック使用のムクカンチレバーはそのまま本機に受継がれており、アルミ合金ブロック削り出しメタルボディ、ボディと磁気回路の間にエンジニアリングガラス樹脂採用の振動防止構造、独自のヨーク形状をもつ磁気回路など、ハイフォニック独特の方式はすべて本機にも導入されている。
 試聴はSME付のマイクロ8000IIと、昇圧トランスにHP−T7を使った。針圧は1・7gで聴く。聴感上の帯域バランスはワイドレンジタイプでスッキリと伸び、CDに準じた伸びやかなレスポンスである。音の粒子は細かくシャープで抜けがよく、音色も明るく分解能が高いために、いわゆる磁性体を巻枠に採用したMC型にありがちのローレベルの喰込み不足や、表情の穏やかさ、やや狭い音場感などといった印象が皆無に近く、良い意味での音溝を針先が丹念に拾う、いかにもアナログらしいレコードならではの音が、小気味よく楽しめるのが好ましいところだ。
 しばらく聴き込むと、少し中高域に輝やかしい一種のキャラクターがあるのが気になってくる。このあたりと低域の芯の硬さが、レコードらしい音を演出しているわけだが、少し抑えてみたい。
 針圧とインサイドフォース・キャンセラーの細かい調整でも、かなりコントロールすることはできるが、基本的には、主な原因を探し対処することだ。このキャラクターはHP−T7の筐体の微妙な鳴きであるらしく、厚めのフェルトなどでトランスを包み、スピーカーからの音圧を避けてみるのもひとつの方法であり、置き場所を選んで軽減することもできるだろう。

NEC A-10 TYPEIII

井上卓也

ステレオサウンド 78号(1986年3月発行)
「BEST PRODUCTS」より

 NECのプリメインアンプA10は、昭和58年6月に、独自の構想に基づいたリザーブ電源方式を採用し、一躍NECオーディオの実力と魅力を世間に認めさせる、いわば画期的な成功をおさめたモデルである。昭和59年9月には、電源部を新リザーブII方式に発展させ、A10II
に改良されている。今回、二度目の大改良が加えられ、このタイプのファイナルモデルとでもいうべきA10TypeIIIとして発売されることになった。
 シンプル&ストレート思想は、かなり撤底され、イコライザー段はMM型専用。ノーマルの使用状態では、CD、TUNER、AUXなどの入力は、TAPE1/2を含み、セレクタースイッチ、ボリュウム、左右独立のバランス調整を通るのみで、ダイレクトにパワーアンプに送られる設計だ。
 機能面では、モード切替、トーンコントロール、テープモニター系が省略され、TAPE1と2は、ファンクション切替に組み込まれた。
 次に、プリアンプとパワーアンプを独立して使うための切替スイッチが設けられており、この場合のみに利得18dBのフラットアンプが信号系に入り、それを経て、プリアウト端子に送られる。フラットアンプ出力部には、別に利得0dB、位相が180度回る反転アンプがあり、独立した出力端子をもっており、この2種の出力端子とパワーイン端子間を外部接続で使い分ければ、左右チャンネル同相で、入出力の位相を正相にも逆相にもコントロール可能。この面での位相管理が行われることが少ないCDソフトヘの対応や、スピーカーの+端子に電池の+をつなぐとJISとは逆にコーンが引っ込む逆相型スピーカーや、アナログカートリッジでの正相型や逆相型に対応できるという、現状のオーディオの盲点をついた設計が非常にユニ−クである。なお、外部接続でプリアンプとパワーアンプを接続するときのフラットアンプの利得をキャンセルするアッテネーターがパワーアンプ入力にあり、利得は一定である。その他の機能にフォノダイレクトがあるのも、シンプル&ストレイト思想の表われだ。
 パワーアンプは、低負荷時のドライブ能力が向上し、約20%強化された電源部のバックアップで、ダイナミックパワーは8Ωで80W+80W、2Ωで320W+320Wの完全保証は見事な成果である。
 機構設計面では、金属製脚部が通常の4脚式の他、3脚式も可能で、設置場所でのガタや本体のネジレが解消され、音質上で利点は多いとのこと。
 A10TypeIIIは、穏やかであったA10IIと比較して、かつてのA10登場時点での鮮明で密度感があり、質的に高い音を再び現時点で甦らせたようなクォリティの高い音を聴かせてくれる。音質面での見事な成果と比較をすると、デザイン面の特徴は、古くなりすぎた印象だ。

オンキョー MONITOR 2000X

井上卓也

ステレオサウンド 78号(1986年3月発行)
「BEST PRODUCTS」より

 オンキョーを代表する高級ブックシェルフ型システムMONITOR2000が、予想どおりにリフレッシュされた。モデルナンバー末尾にXのイニシャルを付けたMONITOR2000Xとして、昨年秋の全日本オーディオフェアで発表されたもので、すでに昨年末から新製品として市場に投入されている。
 MONITOR2000Xの特徴は、最近のスピーカーシステムのルールどおり回折効果の抑制に効果的なラウンドバッフルの採用が、デザイン面での最大の特徴だ。バスレフポートを背面に設け、この部分でのラジェーションを防ぐバスレフ型のエンクロージュアは、板振動による音質劣化を避けるために、高密度パーチクルボードをフロントバッフルに40mm厚、裏板に30mm厚、側板に25mm厚で使用。それとともに独自の開発による振動減衰型構造の採用で、クリアーな音像定位とプレゼンスを得ている。両側のラウンド部分は、40mmの大きなアールを採用し、天板前端にもテーパーが付いたエンクロージュア.は、表面が明るく塗装されたウォールナットのリアルウッドタイプだ。塗装面の仕上げは非常に美しく、高級機ならではの雰囲気を演出しているようだ。
 ユニット関係では、ウーファーが、すでに定評のある3層構造のピュア・クロスカーボンコーン採用で、カーボンファイパー平織りに、適度の内部損失をもたせるため特殊エポキシバインダーを組み合わせる独自のタイプ。磁気回路はφ200×・φ95×25tmmのマグネットを使い、14150ガウスの磁束密度を得ている。
 スコーカーは、構造上ではバランスドライブ型に相当する10cm口径のコーン型である。いわゆるキャップ部分が、チタンの表面をプラズマ法でセラミック化したプラズマ・ナイトライテッド・チタン、コーン部分がピュア・クロスカーボンの複合型である。
 トゥイーターも、プラズマ・ナイトライテツド・チタン振動板採用のドーム型で、MONITOR500で開発された振動板の周囲の2個所を切断し、円周方向の共振を分散させる方法が、スコーカーともども導入され優れた特性としている。なお、磁気回路の銅リングを使う低歪対策は珍しく、板振動を遮断する制動材を使い高域の純度を高めた設計にも注目したい。
 別売のスタンドAS2000Xを使い試聴する。柔らかい低域をベースとし、シャープな中高域から高域が広帯域型のレスポンスを聴かせる抜けの良いクリアーな音が聴ける。基本クォリティが高く、特性面でも追込まれており、どのような音にして使うかは、使い手側の腺の見せどころだ。

サンスイ AU-X111 MOS VINTAGE

井上卓也

ステレオサウンド 78号(1986年3月発行)
「興味ある製品を徹底的に掘り下げる」より

 サンスイのプリメインアンプは、現在のシリーズの出発点であるAU607、707が発売されてから昨年で10周年を迎え、新しく10年後に向かって出発する意味をも含めて、DECADEシリーズとしてスタートしたのだが、この同じモデルナンバーを基本的に使うという意味での超ロングセラーは、プリメインアンプの歴史に残る快挙というべきであろう。
 これらのシリーズの製品は、基本的に607、707、907の3モデルをベースに、ときにはシリーズのジュニアモデルに相当する507を加えて発展をしてきた。そしてこのシリーズとは別に、プリメインアンプのスペシャリティモデルを随時開発してきたことも、同社の特徴だ。同社には、古くは管球アンプの時代の末期に、当時の一般的なプリメインからはとびぬけた存在で、トップランクプリメインアンプとして名声を得たAU111があった。07シリーズになってからでも、管球式時代のAU111的存在として、AU607/707に続く第2世代のAU−D607/D707/D907の時代に、AU−X1があり、D607F/D707F/D907F時点でのAU−X11が最近の例である。
 今回、AU−X11以来しばらくの期間をおいて、久し振りにデジタル/AV時代に対応する最高級プリメインアンプAU−X111MOS・VINTAGEが開発され、発売されることになった。
 この111という伝統的なモデルナンバーを持つ、プリメインアンプのトップランクモデルの登場を迎えるにあたり、温故知新的な意味を含めて、AU−X1、AU−X11の特徴を簡単にチェックしてみよう。
 まずAU−X1は、動的な歪として当時話題になったTIM歪やエンベロープ歪を低減でき、強力なドライブ能力をもつ新回路方式として、サンスイが開発したダイヤモンド義回路をAU−D607/D707/D907シリーズの成果として受け継いでいた。そして、高級アナログディスクとしてダイレクトカッティングが定着しはじめるなどのプログラムソース側のダイナミックレンジの拡大に対応し、ハイパワーへの要求にも応えるためにへ当時のプリメインアンプとしては異例ともいえる160W+160W(8Ω)のパフォーマンスを誇る製品として誕生した。当然、物量投入型の伝統的な設計方針は電源部に強く反映し、大小2個の電源トランスを使った左右独立、各ステージ独立型の8電源方式を採用したことでも話題になった。
 ブロックダイアグラム的に信号の流れを見ると、MCヘッドアンプ、フォノイコライザーアンプ、トーンコントロールを持たないフラットアンプとパワーアンプの4ブロック構成である。また、パワーアンプへは切り換えスイッチでダイレクトに信号を送り込める点が最大の特徴である。
 機能面もユニークな構想に基づくものだ。基本的には、信号系のシンプル化、ストレート化がポイントで、単純機能のプリアンプとハイパワーアンプを一体化し、同社が名付けたスーパーインテグレート型という構成を採る。前面パネルに左右チャンネルが独立したパワーアンプの入力ボリュウムコントロールがあり、トーンコントロールやモードセレクターなどは省かれているが、フォノイコライザーの出力をDC構成のフラットアンプをジャンプさせ、パワーアンプに直接入れる、現在でいうフォノダイレクト入力機能が目立つ特徴だ。
 次の、AU−X11は、AU−D607F/D707F/D907Fの07シリーズ第3世代の特徴であり、画期的な新技術として、スーパー・フィード・フォワード方式を採用している。このスーパーFF方式とは、NFアンプ以前から、歪低減化の回路として注目されながら、実用化の難しかったフィード・フォワード方式を、サンスイが独自の方法で実用化したものだ。
 ちなみに、この時代のAU−DD607Fを例にとれば、頭のDはダイヤモンド作動方式、末尾のFがスーパー・フィード・フォワード方式を象徴するネーミングだ。
 外観上は筐体両サイドにウッドボンネットが附加され、新しくVINTAGEの名称がこのときに付けられたが、パネル面の基本レイアウトはAU−X11譲りであり、機能面、4ブロック構成のMCヘッドアンプ/フォノイコライザー/フラットアンプとパワーアンプ、電源関係も、ほぼAU−X1を受け継いでいる。
 AU−X11でもっとも大きく変わったのは、筐体コンストラクションである。電気系の増幅部と同じウェイトで、音質を左右する要素である機構設計は、大幅に変更された。大型ヒートシンクと電解コンデンサーの位置が入れ替わり、限定生産モデルAU−D907リミテッドで採用された銅メッキシャーシ、ブロンズメッキネジなどがマグネティツク歪対策として使われ、筐体ボンネット部もアルミ製という凝った設計を採る。
 今回のAU−X111MOS・VINTAGEでは、管球時代の名作AU111のモデルナンバーと、AU−X11のVINTAGEに加えて、MOSの文字が示すように、サンスイ初のMOS・FET使用のパワー段が目立つ。
 回路構成上の他の特徴は、パワーアンプB2301で開発されたバランス型パワー段構成が最大の特徴だろう。
 この方式は、第五世代のEXTRAの時代の末期に、AU−D907F・EXTRAに、プリドライバー段だったと思うが、電源回路のアースからのフローティング化が行われ、音質的な利点が大きかったことからこれが採り入れられ、次世代のAU−D607G・EXTRAから始まる、グランドフローティングを意味するGのイニシャルを付けた新シリーズに発展した。これが進化してパワー段に及び、独自のダイヤモンド差動回路の特徴と結びついて、セパレート型パワーアンプB2301のバランス型パワー段が開発されたものと推測できる。
 この成果が、AU−D507Xに始まる4機種のシリーズに導入され、現在のDECADEシリーズに受け継がれている。
 デザイン的に新しいサンスイの顔をもつ本機は、その基本はセパレート型コントロールアンプC2301から受け継いでいる。異なった材料のもつ質感を巧みに活かしたデザインのまとまり、加工精度やフィニッシュの見事さなどは、サンスイ製品の最高峰であり、大きな魅力である。
 半分を大きなガラスで覆われたフロントパネルは、中央部が全幅にわたり傾斜面になっている。ここに角型のプッシュボタンスイッチを一列に配して、フォノ、CD、TUNER、LINE1/2の5系続の入力を切り替えるファンクションセレクターを丁甲央右側に、TAPE/VIDEO1/2/3の3系統の切り替えスイッチを左側に配置してある。大型のボリュウムツマミの下は、右端から、−20dBのミューティング、ボリュウムが−40dB位置の時に低域の200HZを+2dBほど上昇させるプレゼンス、TAPE系とは別系統で、グラフィックイコライザーやエキスパンダーなどに利用でき、2系統でシリーズにも使えるプロセッサー関係の3個のスイッチがあり、ファンクションとTAPE/VIDEO系スイッチとの間は、右側の大きいプッシュボタンがサブソニックフィルター、左側の小さいほうが、TAPE/VIDEOとSOURCE切り替えである。
 この傾斜スイッチ部分は、上部のガラスパネルの裏面から間接照明的にやわらかく照明され、ファンクションなどのレタリングとともに渋く浮き上がって見せるようになっており、シャワーライトと名付けられている。漆黒のパネルに際立つインジケーターと共に、雰囲気の優れたデザインで、従来の男っぼい無骨さが一種の魅力となっていたAU−X1とは、隔世の想いがするほどの変身ぶりである。
 パネル面の下段は、右端にLINE2用のフロント入力端子があり、リアパネルのLINE2入力とはスイッチで切り替え可能で、LINE3とも考えられる人力だ。続く3個のロータリースイッチは、右からRECセレクター、バランス調整、パワーアンプのダイレクト入力をバランス/インテグレート/ノーマル入力の1と2に切り替えるパワーアンプ・ダイレクト・オペレーションスイッチ。次の2個のツマミが独立して動作する左右のパワーアンプレベル調整。その左側に3系統のスピーカースイッチ、電源スイッチと並んでいる。
 筐抜構造は、ボンネットのフロントパネル寄りに幅の狭いウッドを配し、左右の両サイドにアルミ引抜材を採用し、フロントパネルのガラス面と美しい調和を見せてくれる、オリジナリティの豊かなデザインだ。
 現実にこの外形寸法をもつブリメインアンプとなると、試聴室レベルではさほどではないが、家に持って帰ると大きさに唖然とさせられたりするが、このAU−X111では無用に大柄な印象がなく使いやすいのは、デザインの成果に他ならない。
 一方、放送衛星も現実のものとなりつつあり、DATも年末には発売されるというデジタル時代、AV時代に備えて、本機ではVIDEO入力系も加わっているために、リアパネルの入出力系は複雑をきわめている。中でも、パワーアンプダイレクト入力時のバランス入力用のキャノンコネクターを左右独立で2個、スピーカー出力用に1系続(左右独立で2個)、計4個備えていることが、プリメインアンプのリアパネルとしては大きな特徴だ。
 マルチ入力に対応する豊富な入出力系と、パワーアンプセクションへ直接入力が加えられるというコンセプトによる本機の信号系の流れをチェックしてみよう。
 フォノ入力系は、MCヘッドアンプは省略され、MMカートリッジ専用である。この選択は、高級機では、昇圧手段を含んだものがMCカートリッジの音という考え方をすれば当然で、汎用型のMCヘッドアンプは不要と考えればよい。
 CD、TUNER、LINE1、REARとFRONTのLINE2からの入力は、フォノイコライザー出力とともに、ファンクション切り換えスイッチに入り、TAPE/VIDEO切り換え、プロセッサー入出力切り換え、ミューティングを通り、バランス調整、プレゼンス付マスターボリュウム、サブソニックフィルターを経由して、フラットアンプに送られる。
 別系統として、RECセレクターがあり、
これはCD、TUNER、SOURCE3→1、2→1のコピーが選択できる。また、新設されたVIDEO信号系は、入力が1、2、3、の3系統、出力がVIDEOとMINITORであり、VIDEO信号系のオーディオ系への影響による音質化対策として、リアパネルのピンジャック背面にICスイッチを置き、アンプ内部での配線の引き回しを一切行わず、このIC用の電源部も独立した専用トランスが採用され、VIDEO系の影響は最低限に抑える設計である。
 フラットアンプ出力は、パワーアンプ・ダイレクト・オペレーション・スイッチを経由してパワーアンプに入る。オペレーションスイッチは、バランス、インテグレードとノーマル1、ノーマル2人力に切り替わり、バランスとノーマル入力時に、フロントパネルのパワーアンプ・レベル調整が働く設計である。
 パワーアンプ出力は、2系統のスピーカーをリレーコントロールで切り替え可能。ヘッドフォンアンプはバランス型出力段の+位相側から信号を受け、ヘッドフォンをジャックに挿入したときのみ電源がはいる。
 回路設計上での大きなテーマは、CDソースのもつ95dBを越すダイナミックレンジをカバーするために、高いSN比を獲得することが最大のものであり、パワー段のMOS・FET採用も、微小信号レベルでの静けさを追求した結果ということだ。
 フォノイコライザーアンプは、ディスクリート構成DCアンプで、20Hz〜300kHz±0・2dBの偏差を誇る。
 フラットアンプ部はコントロールアンプC2301と同等の、純A級カスコード付プッシュプル構成。
 パワーアンプは、初段姜動増幅で、2組のダイヤモンド差動アンプを採用し、パワー段にMOS・FETを2個並列で、バランス型とした8個使用であり、入力部にバランス型入力を持つことが特徴である。
 電源部は、左右独立型のパワー段用、同じく左右独立型のプリドライバー段用と、安定化回路をもつフラットアンプとフォノイコライザー用、プロテクター用の5系統が大型トランスから給電され、別の小型トランスから、VIDEOアンプ、ヘッドフォンアンプ共用とインジケーターランプ用の2系統が給電されている。
 筐体の機構面では、本体のほぼ中央部に電源トランスを置き、その左右にツインモノ構成的に大型ヒートシンクをもつパワーアンプブロックがあり、フロントパネル側から見て、リアパネルの右側が入力系、左側がスピーカー出力と電源コードというレイアウトで、右側面がフォノイコライザーアンプである。この構成は、ほぼ前後左右の重量配分がとれている利点があり、大型の脚と相まって、安定度が高く音質的にも好ましい設計である。
 機構面での最大のポイントになる、機械的な共振や共鳴については、適度なダンピング処理を含めて、基本から見直し検討されている様子で、ほぼ完全にビリツキをシャットアウトしており、この振動防止対策の完璧さは現在市販されているアンプの中ではベストである。なお、ネジ類は、銅メッキやブロンズメッキをマグネティック歪対策として最初に採用したサンスイながら、本機には特にそのようなものは使っていない。何の理由によるものか、たいへんに興味深い点である。
 マルチ入力対応機では、接続の難易度も大切なポイントだ。フォノなどの入力系は左右が上下配置になっているが、フロントパネルのスイッチが右からフォノ、CDと並び最後がLINE1だが、リアパネルでは、LINE1と2が入れ替わり、フロントパネル側から手探り的に接続するときに少し戸惑いがちである。
 スピーカー端子は新開発の特殊型。キャップ部を取り外し、中央の穴にコードを通し、キャップを、ネジ込むタイプで、両手が必要となり少し使い難い。また、このタイプはコードの先端を単芯線のようにねじったままの場合と先バラの場合では接触が変わり、少し音質が変わることを注意したい。
 電源コードには、極性表示付大電流タイプを使用しているが、ACアウトレット部にもこれに対応した明快な極性マーキングがあればよりいっそう使いやすいだろう。
 フロントパネルのツマミは、感触を重視してすべてアルミ削り出し製である。プッシュボタンスイッチ類は、ノイズもなく、タッチも優れ、フィーリングよくまとめてある。
 入力にデンオンDL304と昇圧トランスをCDP553ESDをつなぎ試聴を始める。すでに数時間電源スイッチはONにしてあり、静的にはウォームアップしているはずだが、動的には不足だ。
 DL304の音は、中城に少し薄さのある広帯域型のレスポンスと、粒子の細かい滑らかな音となるが、やや鮮度感に乏しく見通しもいま一歩の印象だ。そこでしばらくウォームアップを続け、変化を待ってみる。音を鳴らしはじめてから約20分ほど経過すると、まるでモヤが晴れかかった時のように見通しがよくなり始め、音の細部が少し顔を覗かすようになる。ある程度安定するのには、約1時間が必要のようだ。
 ウォームアップしたアナログディスクの音は、軽くしなやかで、質的には充分に磨かれた音である。ただし、全体に表情が抑え気味の印象もあり、アナログディスク独特の、音溝を丹念に針先がトレースする、いわばレコードのメカニズム特有の音を聴かせる方向とは異なる傾向のようだ。音場感的な拡がりはスピーカー間にまとまる。
 CDに切り替える。基本的な音のエンベロープ的な印象や表現力は変わらないが、さすがに分解能が高く、ダイナミックレンジも広く、反応も早くなる。少し聴き込むと、鋭角的なデジタルらしい音のエッジを強調することなく、鮮度感や色彩感をこれみよがしにひけらかすタイプではないことがわかる。基本的クォリティが高く、丹念に磨き込んだ音だけに、もう一歩、使いこなしで追い込んでみたいと思わせるタイプの音である。
 そこで、CD入力をTUNERなどの他のハイレベル入力端子に入れて、音の変化を確認してみよう。TUNER端子では、高域のディフィニッションが不足するが、穏やかでまとまりがよい特徴があり、長時間聴いて疲れない音だ。LINE1端子では、適度に輪郭がクッキリとし、バランスが優れた立派な音。LINE2端子は、REARでは、LINE1の角を丸くした音、FRONTでは、全体に薄味でややリアリティ不足の音と細かい変化を示す。これは、LINE1の音をとりたい。
 これを、パワーアンプに直接入力した時の音と較べると、鮮度感は少し劣るが、適度にエッジの効いた、良い意味でのアナログ的雰囲気がある音で、これは充分に楽しめる音だ。
 充分に音楽信号を入れてウォームアップを完了した時のパワーアンプダイレクトNORMAL・IN1での音は、07シリーズとは異なるが、しっとりとした落ち着きがあり、柔らかくしなやかで、クォリティが高く、やはり高級機ならではの別世界の魅力がある。
 AU−X1の、低域のドライブ能力が抜群に優れ、豪快でエネルギッシュな音、AU−X11の、X1をベースとし、フレキシビリティが増し表情が穏やかで大人っぽくなった音と比較すると、本機の置かれた時代的な背景がみえてくる。AU−X111MOS・VINTAGEならではの、広帯域型のレスポンス、音の微粒子な点、適度にしなやかでフレキシビリティに富み、一種のクールさのある、サラッとしたこの音は、やはり現代のアンプならではのキャラクターといえるだろう。これこそがサンスイ・アンプの将来の方向性を示した新しい音で、サンスイ・アンプの新しい顔を見た思いである。
 価格的にはこれよりも高価格なプリメインアンプが過去も現在も存在しているが、開発コンセプト、デザインと仕上げ、機能と音質操作性と応用範囲の広さなどの総合的なバランスの高さからみれば、この製品は文句なしにトップランクの製品といえるであろう。試聴機は本格的な量産前の製品のためか、気になる箇所も散見されたが、総合的な能力が高く、潜在的に余力が残っているだけに、さらに追い込まれた状態で、じっくりと聴き込んでみたいと思わせるアンプである。

ソニー XL-MC9

井上卓也

ステレオサウンド 77号(1985年12月発行)
「BEST PRODUCTS」より

 ソニーの新MC型カートリッジシリーズの製品は、フレッシュなサウンドが魅力的なXL−MC7が、既に高い評価を受けているが、このシリーズのトップモデルとして、今回XL−MC9が開発された。
 XL−MC9は、伝統的な空芯8の字型コイルを採用する純粋なMC型力−トリッジで、分類的には、MC型としては高インピーダンス型に属するモデルである。
 振動系のカンチレバー材料には、ベリリュウムの表面にアモルファスダイヤモンドをコーティングした新素材が採用され、針先はスーパートラッキング針と名付けられたマイクロリッジタイプである。
 発電部は、磁気回路は独自の構造をもつ、発電効率の高いダブルリングマグネットを使った同極対向リング磁石型で、0・4mV・5cm/sec/45度の高い出力電圧を得ている。
 カートリッジボディは、アルミ削り出しの取付台採用、U字型バンド締め付けにより交換針ユニットは固定されており、針先交換はユニットを交換する方式である。
 最適針圧は、ソニーでは伝統的に1・5gを指示するが、今回のXL−MC9も1・5g±0・3gと発表されている。
 針圧とインサイドフォース・キャンセラーを1・5gとし、デンオンPRA2000Zのヘッドアンプを使って音を出す。プログラムソースは、ポップ系から始める。
 ナチュラルな帯域バランスと目鼻だちのクッキリとした明快な小気味のよい音だ。音場感は標準的に拡がり、音像の立ちかたはやや大きいが、輪郭はクッキリとしたタイプだ。音色には少し重い印象があり、表情がときおり抑えられるが、基本的にはキャラクターが少なく、よくできた製品と思われる。
 試みに針圧とIFCを1・75gに増す。帯域感が少しナロー型に変わるが、安定感が増し、音の芯がシッカリと聴かれ、音のエッジは適度の丸みをもってまとまり、ボーカルに附加されたエコーがタップリと響いて聴かれる。これまでは、金属系の重量のあるスタビライザーを併用していたが、これを取除いてみる。少し浮いた印象にはなるが、メリハリの効いた華やかな音に変わる。使いこなしによる音の変化は明瞭であり、音的には非常に興味深いものがある。
 プログラムをオーケストラに変えてみる。
 針圧1・5gでIFCも同じでスタートする。柔らかい低域ベースのサラリとしたある種類の硬質な魅力をもつ音だ。音場感的な奥行きも充分にあり、反応の速さが特徴ではあるが、少し表面的な傾向もある。
 針圧とIFCを1・75gに増す。低域の質感が向上し、厚みがある安定感が良い。中高域に少し輝きがあるが、程よく魅力的なアクセントだ。音場感の拡がりは標準的で、クォリティは充分に高いが、表情に少し冷たさがあるが、エージングでこなせそうな印象だ。JBLが逆相システムのため、試みに端子の±を逆にして聴いてみる。表情に和らぎがあり、プレゼンスの優れた良い雰囲気の音だ。バランス的に中高域に硬さは残すが、鮮度感に優れた見事な音である。針圧とIFCは、1・5gが最適で、1・75gとすると穏やかに過ぎる。

オーディオテクニカ AT-ML180

井上卓也

ステレオサウンド 77号(1985年12月発行)
「BEST PRODUCTS」より

 新世代のVM型を標榜するオーディオテクニカのMLシリーズは、新針先形状のマイクロリニアスタイラスを初めて採用したAT160MLを出発点とし、AT−ML170に続き、MLシリーズのトップモデルとして、今回、AT−ML180が新製品として登場することになった。
 さすがに、トップモデルだけあって、VM型での長期にわたる技術蓄積をベースに、時代の最先端をゆく高級素材が憎しみなく投入された開発が見受けられる。
 振動系のカンチレバー材料は、直径0・4mmのボロンパイプ表面に金を蒸着した、耐候性と制動作用を併せもつタイプで、0・08mmMLスタイラスチップは、シリーズ中で最小の素材を採用し、MLスタイラス独特の長時間にわたり音満との接触部の曲率半径が非常に小さく高域特性が劣化しないメリットをもつものだ。
 無共振思想を置くために既にAT−ML170でマウントベースにファインセラミックスを採用しているが、今回さらに、カンチレバーとマグネットを支持するマグネットモールドにも同じ材料が使われた。
 発電系は、LC−OFCコイルと6層ラミネートのコアを組み合わせたパラトロイダル方式で、コア素材は、従来の約5倍の透磁率をもつスーパーパーマロイ採用で、発電効率が高く、コイル巻数を下げることが可能で、低インピーダンス化を果している。
 なお、FCS方式と呼ばれる、発電コイルの内側に独立したコイルを設け、相互誘導による高域での磁束変化を利用して高域共振を抑える手法や、スタイラスノブとカートリッジボディを包むシリンダーにウイスカー強化複合素材を新採用し、共振を抑え剛体構造とするなど、その内容は実に豊富であり、カッターヘッドと相似形を標傍するVM型・MLシリーズのトップモデルに相応しい新製品である。
 最適針圧1・25g±0・3gと発表されているため、針圧とインサイドフォースキャンセラーを、この値として試聴を始める。聴感上の帯域バランスは素直に伸びたスムーズな印象のものであり、柔らかで豊かな低域をベースとしたバランスは、僅かに中高域にキラメキがあるが、安定感のある落着いた音である。音場感は、スピーカーの奥深く拡がるタイプで、音像定位は小さくまとまるが、輪郭の線は柔らかくソフトなタイプである。音のクォリティは充分に高く、表情も穏やかなため、長時間音楽を聴くファンには好適のサウンドキャラククー。
 針圧1・5g、IFC1・5に増加する。やや、ソフトフォーカス気味のパステルトーンの色彩感が、鮮度を増し、フォーカスがピタリと合った音に変わり、音の芯がクッキリとし、適度の深みのある立派な音だ。オーケストラの低弦の音は、深々として丸みがあり、弦のユニゾンの音の芯も明快である。音場は標準的に拡がり、プレゼンスはかなり見事だ。中域で薄くなりがちな傾向は認められず、密度感の高いサウンドは、如何にもテクニカ製品らしい好ましさで、ゆったりと落着いてクラシック音楽を楽しむためには、クォリティも高く、さすがにMLシリーズの頂点に立つ実力である。

ヤマハ MC-100

井上卓也

ステレオサウンド 77号(1985年12月発行)
「BEST PRODUCTS」より

 MC100は、ヤマハ独自の垂直系と水平系の発電コイルをマトリックスによって45/45方式に変換するクロス発電方式を採用した高級バージョンの新製品である。
 娠動系は、ヤマハらしくベリリュウムのテーパイドパイプと、8×40μmの特殊ダ円のソリッドスタイラス使用で、独自の段付ダンパーと60μmの特殊ピアノ線による一点支持方式だ。磁気回路はMC3と比べサマリュウムコバルト磁石を25%大型化しコイルは20μm径のOFC線を使った空芯の純粋MC型だ。
 ボディ材料は、ヘッドシェルと接するベース材に金属を採用し、高強度プラスチックのサブベースとは、SUSピンで固着し、トータルな不要振動を抑える設計だ。
 最適針圧1・4g±0・2gと発表されており、この値に針圧とインサイドフォースキャンセラーをセットし、PRA2000Zのヘッドアンプを使い音を聴く。
 プログラムソースは、ベルリオーズの幻想交響曲。アバド指揮のシカゴ演奏のグラモフォン盤である。やや軽いがシャープに反応をする程よく丸みのある音で、音色は明るく、帯域はナチュラルに伸びた現代型のバランスである。音像定位はクリアーだがエッジは柔らかいフワッとした定位感だ。バランスが良く、VL型独自の音溝を丹念に拾う特徴が活かされた水準以上の音だ。
 針圧を1・6gとし、IFCは1・5に変える。表情に少し穏やかさが加わるが、むしろ安定した印象となり、鮮度感が高いため見通しがよいアナログらしい音だ。ただし、音の表情は少し平均的である。
 一転して針圧1・25g、IFC1・25にする。少し変な数値だが、SMEの針圧目盛で仕方ないところだ。やや、線が細く、全体に音が整理された印象となり、反応の速さ、抜けの良さが目立つ音になる。針圧変化に対する音の変化は、このタイプとしては比較的に穏やかで、使いやすいMC型といえよう。
 針圧1・5g、IFC1・5で内蔵昇圧トランスに切替える。音に一種のメリハリが付いた、やや硬質だがクッキリとした明快な音で、クォリティも高く、VL型の魅力が素直に活きた音である。
 プログラムソースをポップス系とし、再びヘッドアンプ使用に戻す。針圧変化に対する音の傾向は、基本的にオーケストラと変わらない。音的に標準針圧を探ってみると針圧1・5g、IFC1・5が中心値で、低域の音の芯がクッキリとした爽やかな音が聴かれ、音場感の拡がり、音像定位でも一級の出来である。やや、音の表情に冷たさがあり、中高域の僅かなキラメキがMC100の個性だといえよう。もう少しクッキリとしたリッチな音が望ましく、IFCの量を少しアンバランスにするため針圧のみを約1・6gとする。安定感と彫りの深さが両立した、いかにもアナログディスクらしい音だ。平均的にはこの値がベストであろう。
 試みに、端子の±を逆にして音を聴く。鮮明さは下がるが、穏やかな雰囲気のある柔らかな響きが特徴の音だ。オーケストラはやや後方の席で聴く印象となる。針圧とIFCを1・25gとする。これも楽しい音。

ダイヤトーン DS-2000

井上卓也

ステレオサウンド 77号(1985年12月発行)
「BEST PRODUCTS」より

 従来からのオリジナル技術である、ハニカムコンストラクションコーンとボロナイズドDUD構造という振動板材料の熟成を待って、これにフレーム関係の高剛性DMM構造やDM方式を加え、さらにエンクロージュア関係でのディフラクションを抑える、2S305以来の伝統のラウンドバッフル採用のエンクロージュアを使った新世代のダイヤトーンの高級シリーズは、小型高密度設計のユニークな製品DS1000をもって出発点としたが、昨年の4ウェイ・ミッドパス構成のDS3000に続き、3ウェイ構成のDS2000が新製品として発売された。
 外観上は、DS1000の単なる上級版とも、DS3000の3ウェイ版とも受け取られやすいが、構成ユニットは、何れとも関係のない新開発ユニットである。
 低音の30cmユニットは、ポリアミドスキンのカープドハニカムコーン型で、このタイプとしては初採用の口径である。DMM方式フレームは、高剛性化が一段と進められ、フレームの脚は、平均的な4本から8本に倍増され、3次元的な剛性を高め、脚の延長線上の止め穴でエンクロージュアに固定する設計。DMM方式の基本構想はコーンが前に動けば、磁気回路はその反動として後に動くため、これをフレームでガッチリと支えようという単純明快なもの。
 中音ユニットは、これも初めての口径である60mmボロナイズドDUD型で、特殊な硬化処理が施され、従来よりもー層高遠応答型に改良されている。この振動板にDM方式が組み合わされユニットとなるが、この方式の基本構想もDMM方式と共通な面がある。一般的な構造では、振動板を取付けたフレームに磁気回路をネジ止めしているが、中域以上の帯域では、その接合面の強度とフレーム自体の強度が高速応答を妨げる要素となる。解決策は、フレームレス化だ。現実の手法では、従来構造のフレームを小型化し、磁気回路の前のプレートを拡大し、これをフレーム替わりとして直接エンクロージュアに取付ける方法が採用されている。
 高音の23mm口径ボロナイズドDUDユニットは、DS1000以来、DS3000と受継いできたDMタイプで、ユニットナンバーから見れば、DS2000用の新設計であることが判かる。
 ネットワーク関係は、スピーカーシステムでは、スピーカーユニットほどに重視されない傾向があるが、ユニットの性能が向上すればするほど、ネットワークの責任は重くなるものだ。簡単に考えてみても、ネットワークを通らなければ、ユニットには信号が来ないわけで、この部分で歪を発生していたらお手上げである。
 本機のネットワークは、コイル間の電磁結合はもとより、磁気回路のフラックス、ボイスコイル駆動電流によるリケージフラックスや主にウーファーからの音圧、振動による干渉などを避けるために、高、中、低と独立した3ピース型を初めて採用し、配線は半田レスの無酸素銅スリープ圧着式DS3000での成果であるラジアル分電板採用のダイレクトバランス給電方式などかなり入念な設計である。
 エンクロージュアは、ラウンドバッフル採用の完全密閉型で、基本となる6面の接合強度を高め箱を剛体構造としながら、伝統の分散共振構造で中域以上の色づけを抑え、全体の振動バランスをとる方法が行われているが、このあたりのコントロールがシステムの死命を制する重要な部分である。
 試聴を始めるにあたり、適度なシステムのセッティング条件を探すことが必要だ。DS2000用の専用スタンドは、現在はなく、DS3000用のスタンドも試聴室にはないため、とりあえずビクターのLS1を使って音を出してみよう。
 最初の印象は、素直な帯域バランスをもった穏やかな音で、むしろソフトドーム型的雰囲気さえあり、音色も少し暗い。LS1の上下逆など試みても大差はない。いつもと試聴室で変わっているのは、聴取位置右斜前に巨大なプレーヤーがあることだ。この反射が音を汚しているはずと考え仕方なしに薄い毛布で覆ってみる。モヤが晴れたようにスッキリとし音は激変したが、低域の鈍さが却って気になる。置台が重量に耐えかねているようだ。ヤマハSPS2000に変えてみる。これなら良い。帯域バランスはナチュラル、表情は伸びやかで明るくオープンなサウンドで、いかにも高速応答という印象はない。プログラムソースにより、激しいものは激しく柔らかいものは柔らかくと、しなやかな対応ぶりは従来では求められなかったダイヤトーンの新しい音の世界への提示だろう。

ダイヤトーン DS-10000

菅野沖彦

ステレオサウンド 77号(1985年12月発行)
「日本的美学の開花」より

 ぼくは、我とわが耳を疑った。今、聴こえている音はただものではない。音が鳴り出して数秒と経ってはいないが、すでに、そのスピーカーからは馥郁たる香りが感じられ、この後、展開するいかなるパッセージにも美しい対応をすることが確実に予測された。曲は、マーラーの、あのポピュラーな第4交響曲、演奏はハイティンク指揮のコンセルトヘボウ管弥楽団、フィリップスのCDである。第一楽章の開始に聴かれる鈴と木管の透明な響きが右寄りから中央に奥行きをもって聴こえ、その余韻は、繊細に、たなびくように、無限の彼方への空間を、あえやかに構成しながら消えていく……。
 やがて左チャンネルに現われる第一主題を奏でる弦楽器群はしなやかで優美、流れ込むように右チャンネルの低弦のパッセ−ジへ引き継がれていく。豊かで、しかも、芯のしっかりしたコントラバスの楽音には、実在感が生き生きと感じられ、聴き手の心に弾みがつく……。そして、チェロの歌う第二主題は、第一主題に呼応して十分、明るく暖かく、のびのびと柔軟な質感の魅力をたたえている。
 これは、目下のぼくの愛聴盤の一枚で、わが家のシステムをぼく流に調整して、いまや、その悦楽に浸りきれる音にしているものだった。この音が、わが家以外の場所で、しかも、全く異なるスピーカーシステムから、ほとんど違和感なく響いたことはない。それが、なんと、今、ここで、違和感なく響き始めたのである。しかも、新たなる魅力を感じさせながら……。つまり……、決してわが家とは同じ音ではないのだが、不思議になんの違和感もなく、わが家とはちがう新しい魅力を感じさせられたであった。
 DS10000というダイヤトーンのスピーカーシステムがぼくの眼前にあった。そして、ここは、福島県郡山市にある三菱電機の郡山製作所の試聴室内である。何から何まで、わが家とは異なる雰囲気と条件であることはいうまでもない。これはたいへんなことだ! そういう驚きにぼくは囚われていた。
 正直、率直にいって、ぼくは今まで、ダイヤトーンのスピーカーには常に違和感の感じ通しであったから、その驚きはひときわ大きなものであったのだ。これについては後でもっと詳しく述べるつもりである……。
 そして、第四楽章では、ロバータ・アレクサンダーのソプラノを導入するフルートとヴァイオリンが、そして、ハープやトライアングルも、天上的なト長調の響きと、ゆれるような四分の四拍子の揺籃を、限りない透明感とやさしさをもって開始し、ぼくを魅了したのであった。ブルーノ・ワルターをして「ロマン主義者の雲の中の時鳥の故郷」といわしめた天国的悦楽感が、いやが上にもぼくの心を虜にするのに十分な美音であった。ソブラノは程よい距離感をもって管弦楽と溶け込みながら、かつ際立って明瞭に、「天国の楽しさ」を歌い上げるのであった。
 ある意味では、ケチをつけるのもぼくの仕事であって、この日も、ダイヤトーンの新製品に建設的な意見を述べるべく、無論、その中に、「よさ」を発見し、製品を正しく認知する覚悟で、はるばる郡山まで呼ばれて釆たのであったが、このDS10000に関しては我を忘れて惚れ込んでしまうという「だらしなさ」であった。
 かろうじて立ち直ったぼくは、このスピーカーを自宅で聴いてみるまで、最終的結論を保留したのである。その結果、後日、このスピーカーはわが家に持ち込まれ、第一印象と食い違わないものであることが確認をされたのであったが、それは、ほんの短時間での試聴であったため、今回、改めて本誌のM君を通じ、数日間借用し、ゆっくり、いろいろな音楽を聴いてみることにしたのである。前記のマーラーの他、アナログディスクの愛聴盤、ハインツ・レーグナー指揮ベルリン放送管弦楽団による同じくマーラーの交響曲第三番ニ短調、第六番イ短調、ぼくがずっと以前に録音したルドルフ・フィルクシュニーのピアノ・リサイタルのニューヨーク録音などのクラシックレコードと共に、カウント・ベイシーのやや古い録音『カウント・オン・ザ・コースト’58』、アート・ペッパー『ミート・ザ・リズム・セクション』、メル・トーメの『トップ・ドロワーズ』、ローズマリー・クルーニーなどのジャズやヴォーカルのディスク、そしてまた、CDによる数々の音楽をゆっくり試聴するほどに、このスピーカーの素晴らしさをますます強く認識するに至ったのであった。
 特に、フィリップスのCDによる、アルフレッド・ブレンデルのピアノ・ソロの『ハイドン/ピアノ・ソナタ第34番他』の再生に聴かれるピアノ・サウンドの美しさは特筆に値いするもので、その立上りの明快さと、余韻の素晴らしさは、このディスクの理想的ともいえる直接音の明瞭度と、豊かなホールトーンのブレンドの妙を余すところなく再生するものであった。
 多くのレコードを聴くうちに、このスピーカーの音の美しさについてぼくはあることを考えさせられ始めたのであった。それは、この音の美は、まぎれもなく欧米のスピーカーの魅力の要素とは異なるものであることだった。この美しさは、決して、強烈な個性をもったものではないし、激しさを感じるものではない。花に例えれば、大輪のダリヤなどとは異なるもので、まさに満開の桜の美しさである。.それも決して、重厚華麗な八重桜のそれぞれではなく染井吉野のもつそれである。いいかえれば、これは日本的美学の開花であるといってもよい。かつてぼくは、同じダイヤトーンの2S305について、これに共通した美しさを認識したことがある。この古いながら、名器といってよい傑作は、外国人にとっても、素晴らしく美しい音に感じられるらしく、ぼくの録音関係の友人達が、「日本製スピーカーで最も印象的なもの」として、この2S305をあげていたのを思い出す。その中の一人であるアメリカ人エンジニアのデヴィッド・ベイカーは、2S305の美しさは彼等にとってエキゾティシズムであることを指摘していたが、これはたいへん考えさせられる発言であると思う。美意識の中からエキゾティシズムを排除することは出来ないとぼくは思っている。ぼくたちが、外国の優れた魅力的スピーカーに感じる美の中にも、大いにエキゾティシズムが入っているのではなかろうか。異文化の香りへの強い憧れと、その吸収と昇華創造は、人の感性の洗練や情操にとって大切なものであるはずである。
 もう、二十年も前の話だが、亡くなったピアニスト、ジュリアス・カッチェンの録音をした時に、カッチェン氏がヤマハのピアノに大いに魅せられ、横にあるスタインウェイを使わずに、ヤマハを使いたいといったのを思い出す。ぼくたち録音スタッフは、そこで弾きくらべられた二台のピアノを聴いてスタインウェイによる録音を強く希望したのだが、カッチェン氏は「こんな美しい音のピアノに接したことはない……」といってヤマハの音を愛でていた。そういえば、ぼくの外国の友人達で日本の女性を恋人、あるいは妻にした人が何人かいるが、そのほとんどの女性は、きわめて東洋的な造形の容貌の持主で、その顔は、早いえばば「おかめ」の類型に属する人達だ。眼が大きくて二重まぶたで、鼻の高い日本女性は、外人の眼にはエキゾティシズムが希薄なのだろう……。ぼくなんかは、そっちのほうに強い魅力を感じてならないのであるが……。しかし、今や、外国文化への憧れも落ち着いて、日本的な美への認識が高まり、誇りをもって日本文化に親しむようになったようにも思う。時代もそうなったし、ぼく自身も年令のせいか、年々、日本文化への強い執着と回帰を意識するようになっている。だから、一時のように、日本のスピーカーメーカーが、自ら『アメリカンサウンド』や『ヨーロピアンサウンド』などを標榜する浅はかさには腹が立ってしかたがなかった。
 こんなわけで、日本のスピーカー技術が、世界的に高いレベルにあって、そのたゆまぬ努力のプロセスが、いつの日にかスピーカーの宿命である音の美と結びつかなければならない時にこそ、日本的『美学』を感じさせるようなスピーカーが誕生するはずだし、そうなって欲しいものと思い続けてきたのである。
 ダイヤトーンというメーカーは、音の面だけからぼくの個人的な感想をいわせてもらうなら、2S305以来、これを越えるスピーカーを作ったことはなかったと思うのである。その技術力や、開発力、そして真面目さは、常々敬意を払うに値いするものだと思ってきたし、変換器テクノロジーとして、その正しい主張にも共感するところは大きかった。しかし、ぼくがいつもいうように、部分的改善と前進はバランスをくずすという危険性を承知の上で、あえてその危険を犯し続けてきたメーカーでもあったと思う。今から10年前、ハニカム構造の振動板を採用した時に、ぼくはその音の質感に大いに不満をもってメーカーに直言したものである。したたかな技術集団が、こんなことで後へ引かないことは十分承知していたが、かといって、その音を全面的に容認することは出来なかった。後へ引いては技術の進歩はないわけだろうが、かといって、進歩のプロセスでバランスを欠いた妙な音を、局所的に優れた技術的特徴で説得し、「美しい音ではないかもしれないが、これが正しい音なのだ」と強引にユーザーを説得をされてはたまらない。10年間の長い期間、ぼくはダイヤトーンのスピーカーの音の面からは批判し続けながら、その技術的努力を高く評価してきたのである。
 こうした過程を経て遂に、音楽の愉悦感を感じることの出来るスピーカーシステムが誕生したのであるから、これはぼくにとっても大きな出来事であった。
 ここ数年、ダイヤトーンが、剛性を強く主張する姿勢と共に、音楽を奏でるスピーカーにとって『美しき妥協』が必要なことを認識しているらしい姿勢は感じとることが出来るようになってはいた。特にエンクロージュアについての認識が、片方において冷徹なモーダル解析を行いながら、天然材のもつ神秘性を発見することによって高まってきたことが、ぼくにとって陰ながら喜びとするところであったのだ。『美しき妥協』と書いたが、これは『大人としての成長』というべきなのかもしれない。このスピーカーに限らず、ダイヤトーンの全てのスピーカーにはコストの制約こそあれ、一貫して見られる高剛性、軽量化の思想が、振動系、構造系の全てに見られる。もちろんこれはダイヤトーンに限らず、すべてのスピーカーメーカーが行っていることなのだが、ダイヤトーンはその旗頭である。
 今年は、多くの日本のメーカーが、期せずして、優れたスピーカーを出し、実りの多い年であったが、これは、日本のスピーカー技術のレベルが一つの頂点に達し、その高い技術レベルを土台にして、技術と美学の接点に立って精一杯、音の錬磨をおこなった結果であろうと思われる。
 音楽的感動を最終目的とするオーディオにあっては、この両面のバランスこそが優れた製品を生む必須条件であって、これこそが真の『オーディオ技術』というものだとぼくは信じている。だから、そこに人がクローズアップされざるを得ないのだ。つまり、技術はデータに置きかえられやすいし、保存も積み重ねも可能である。そして、グループの力が必要であり、時として他分野の協力も得なければならない。しかし、美学的領域に属する仕事はそうはいかない。多くの人の協力や、英知を集める協議はもちろん有益だが、絶対に中心人物の存在が必須である。よきにつけ、あしきにつけ、一人の人間、一つの個体を中心とするファミリー的構成がなければ、美の実現は不可能なものである。それが、プロデューサーとかディレクターと呼ばれる人人間の必要性だ。ダイヤトーンの場合、三菱電機という大メーカーの一部門であるから、プロデューサーは社長である。現実には、その意を帯びた部長ということになるのだろ。DS10000を試聴した時、ぼくの傍らで熱心に説明してくれた一人の青年技師がいたが、彼が、このスピーカーの担当ディレクターに違いない。矢島幹夫氏がその人だ。そして、ダイヤトーン・スピーカー技術部には佐伯多門氏という、大ベテランがおり、プロデューサーとして矢島氏を支えたと思われる。これはぼくの勝手な推測であって確かめたわけではないのだが、ほぼ間違いあるまい。もちろんこのような大会社では、さらに多くの周囲の人達の熱意がなければ動くまい……(ここが大会社とオーディオの本質とのギャップになるところなのだが……)と思われるし、この製品が、ダイヤトーン40周年記念モデルになったことをみても、社をあげての仕事といえるであろう。しかし、中心人物の並はずれた情熱と努力がなければ、こういう製品は生れるはずはないと思われるのである。そういえば、あのオンキョーのグランセプターGS1という作品も由井啓之氏という一人の熱烈な制作者がいてこそ生れたものだった。GS1が、ホーンシステムにおいて刮目に値する製品であるのに続いて、ダイヤトーンがこのDS10000で、ダイレクトラジエーターシステムによって、このレベルの製品を誕生させたことは、日本のスピーカー界にとって大きな意味をもっていると思うものである。
 ところで少々話がスピーカーそのものからはずれてしまったが、もう少し、細部にわたって、このシステムを眺めてみることにしよう。また、詳細については、編集部が、別途取材したダイヤトーンのスタッフの談話があるので、併せて参考に供したいと思う。
 DS10000は、27cm口径のウーファーをベースにした3ウェイシステムである。スコーカーは5cm口径のドーム型、トゥイーターは2・3cm口径の同じくドーム型である。
 ウーファーの振動系はハニカムをアラミッド繊維でサンドイッチしたもので、カーヴドコーンである。アルミハニカムコアーとアラミッドスキン材との複合により、高い剛性と適度な内部損失をもち、このタイプのウーファーとして高い完成度に到達したと思われる。27cmという口径からくるバランスのよい中域への連続性と、質感の自然な、豊かでよく弾む低音を実現していて、ハニカムコーンの可能性を再認識させられた。
 スコーカーの振動系はボロンのダイアフラムとボイスコイルボビンの一体型で、トゥイーターもこれに準ずるものだ。磁気回路とフレームを強固な一体型としているのは従釆からのダイヤトーンの特徴であり、振動系の振動を純粋化し、支点を明確化して、クリアーな再生を期しているのも、DS1000、DS3000以来の同社の主張にもとづくものである。
 エンクロージュアはランバーコア構造材の強固なもので、バッフルと裏板の共振モードを分散させるべく、そのランバーコアの方向性を変えている。漆黒の美しい塗装はポリエステル樹脂塗装で、グランドピアノの塗装工場に委託して仕上げられているそうだ。好き嫌いは別として、この漆黒塗装仕上げによる美しい光沢をもつた外観は、このシステムにかける制作者達の情熱をよく表現していると思うし、わが家に置いて眺めていると、初期の軽い違和感はだんだん薄れ、その落着いたたたずまいと、高密度のファインフィニッシュのもつ風格が魅力的に映り出す。ユニットのバッフルへの固定ネジには一つ一つラバーキャップがとりつけられる入念さで、音への緻密な配慮と自己表現が感じられ好ましい。別売りだが、共通仕上げの台のつくりの高さも立派なもので、ブックシェルフスピーカーの最高峰として、まさに王者の気品に満ちている。
 DS10000は 『クラヴィール』という名前がつけられており、これはピアノ塗装の仕上げイメージからの名称と思われるが、ぼく個人の好みからいうと、こんな名称はつけないほうがよかった。あらずもがな……である。
 磨き抜かれた外観の光沢にふさわしい、このシステムの美しい音は、バランスの絶妙なことにもよる。アッテネーターはなく、固定式であるが、このシステムがアンバランスに鳴るとしたら、部屋か、置き方に問題があるといってもよい。ウーファーからスコーカーへのクロスオーバーがきわめてスムーズで、中域の明るい豊かな表現力が、これまでのダイヤトーン・スピーカーのレベルを大きく超えている。4ウェイ構成をとっていたDS5000、DS3000は別の可能性をもっているのかもしれないが、これを聴くと3ウェイのよさがより活きて、ユニットの数が少ない分、音はクリアーである。剛性の高いウーファーのため、低域の堂々たる支えが立派で、27cmという口径が、「いいことづくめ」で活きているように思われる。
 現代スピーカーとして備えるべき条件をよく備え、曖昧さを排した忠実な変換器としての高度な能力が、かくも美しき質感と魅力的な雰囲気を可能にしたことがたいへん喜ばしい。これが、今後、どういう形で、他製品への影響として現われるか楽しみである。
 こう書いてくると、いいことずくめで、まるで世界一のスピーカーのように思われるかもしれないが、スピーカーには世界一という評価を下すことは不可能であることを最後に記しておきたい。オーディオのうに、オブジェクティヴなサイドからだけの判断では成立しない世界においては、これは自明の理である。スピーカーに限らず全てのコンポーネントは、そう理解されなければならないが、特にスピーカーには、この問題が大きく存在する。要は、オブジェクティブなファクター、つまりは物理特性のレベルがどの水準にあって、その上に、いかにサヴジェクティヴな音の嗜好の世界が展かれるかが問題である。技術の進歩は、たしかに、このオブジェクティヴなレベルを向上させるものではありるが、そのプロセスにおいては時として、サブジェクティヴな美の世界を台無しにする危険もある。ダイヤトーンのDS10000は、オブジェクティヴなレベルが、ある高みでバランスしたからこそ生れたものであり、優れた変換器として讚辞を呈するものであるが、なお、嗜好の余地は広く残されているのである。だから、ぼくには、単純に世界一などというレッテルを貼る蛮勇はない。

ケンウッド DP-2000

井上卓也

ステレオサウンド 77号(1985年12月発行)
「BEST PRODUCTS」より

 ケンウッドブランド・トップランクCDプレーヤーとして開発されたDP2000は、メカニズムとエレクトロニクスの技術が程よく調和した製品である。
 まず、筐体部分は、ボンネット部分、サイド部分が3mm厚の高剛性アルミ合金で作られ、とかく無視されがちの脚部も、DP1100IIを受継いだ吸着型タイプを採用するなど、かなり念入りに防振対策が行われている。
 電気的には、ディスクのキズやほこりに強く、高いトレース能力を両立させた独自のサーボゲインコントロール回路の採用、16ビット高性能デジタルフィルタ㈵とD/A変換後のアナログフィルターに音楽信号が余分な素子を通らないFDNR型5次バターワース型の採用をはじめ、サーボ系やデジタル系からの電源を通じての干渉を除く目的のD/Aコンバーター部専用トランスの採用などに特徴がある。
 機能面は、10キーによる任意のトラック、インデックスからの演奏、前後方向の頭出し、順方向と逆方向の早送りとキューイング、16曲のプログラムメモリーと区間メモリー、リピート機能、曲間の空白時間を4秒作るオートスペ−ス、次の演奏の頭で自動的にポーズするオートポーズや、1曲の経過時間、総経過時間、総残り時間の3種の時間表示などの一般的機能の他に、デジタルデータの段階で位相を180度反転させるインバート出力スイッチを備えているのは、メリディアンPRO−MCDのアブソリュートフェイズ切替と同様に非常にユニークな横能である。
 クラシック系、ジャズ系、ポップス系などのCDを用意して試聴を始める。あらかじめ電源スイッチはONとしてウォームアップさせていたが、ディスクをローディングして演奏を始めるとサーボ系の動作が安定化するまでの、いわゆる音の立上がりの傾向は、ソフトフォーカス型から次第に焦点がピッタリと合ってくる標準的な変化であり、約1分半ほどで本来の音となる。
 試みに、ディスクを出し入れして、ディスクのセンターリングの精度をチェックしてみた。これによる音の変化はかなり大きいが、現状としては平均的といえる。適度にサーボ系がウォームアップし、平均的なディスクのセンターリングの状況に追込んだときのDP2000の音は音の汚れが少なく抜けの良い一種独得の華やいだ若さと受取れる音が特徴である。この音の傾向は、リズミカルなジャズやポップス系のプログラムソースには好適のタイプだが、クラシック系とくにドイツ系のオーケストラの音を楽しむためには、適度に剛性が高い置台上にセットし、脚部と置台との間に各種の材料のスペ−サーを入れたりしてコントロールして使いたいシステムである。試みにヤマハのスピーカーチュー二ングキットを使ってみたが、音の変化はシャープで充分に調整は可能だ。

ヤマハ CD-2000W

井上卓也

ステレオサウンド 77号(1985年12月発行)
「BEST PRODUCTS」より

 ヤマハのCDプレーヤーは、自社開発の専用LSIの完成を待って出発するという、いかにもヤマハらしいユニークな製品づくりが目立つが、今回発売された新シリーズの7モデルは、そのラインナップから見ても、いよいよヤマハのCDプレーヤーが完成期を迎え、内容的にも一段と濃いものになってきたことを告げているようだ。
 ここで試聴したモデルは、型番に4桁のナンバーを持つCD1000、CD2000と2000Wの3機種中のトップモデルCD2000Wである。
 今回の一連の新製品開発は、機械的な振動とCDプレーヤーの音質との相関性を解くVMA(Vibrated Modulation AnalysiS=振動変調解析)手法の開発にはじまり、これに基づいてCDプレーヤー全体のメカニズム構造を検討し、各種の新発想による解決手段が施されていることに特徴がある。
 開発当初は、アコースティックな振動や機械的な据動に非常に強いといわれたCDプレーヤーであるが、ある程度電気系の完成度が高まるにつれ、予想以上にCDプレーヤーは振動に弱く、振動と音質の相関性を解明することが、効率よくCDプレーヤーの音質を向上する途であることが、メーカー側でも判ってきたようだ。
 このことをユーザー側から考えれば、CDプレーヤーは、アナログプレーヤー的にメカニズムの基本がしっかりしたものを選択すべきという、誰にでも判かる簡単なヒントを提供してくれたことになる。
 VMAに基づいて開発、採用されたものの代表は、VMスタビライザーと高剛性ダブルボトムがある。前者は、アナログ用基板の振動制御に銅メッキメタル製スタビライザーを組み合わせたもの。後考は、筐体の盲点である底板部分を二重構造として、重量と剛性を上げて防振対策をするものだ。
 電気系の特徴は、新開発3ビーム光ヘッドに新製品中唯一の球面ガラスレンズ採用、小型低消費電力化された二種の新LSI、新D/Aコンバーターと左右独立デジタルフィルターの他に、高級アンプ並みに低インピーダンス大容量電源など、高級機らしくヤマハのエレクトロニクス技術の成果を充分に活かした設計が見受けられる。
 機能面は、10キー・27モードのリモコンが付属し、可変出力端子とヘッドフォンをリモートコントロール可能。FL6桁表示ディスプレイは、パーグラフ出力レベル表示付、12曲プログラム選曲などがある。
 試聴を始めよう。初期のウォームアップ、CDのセンタリング精度などは標準的な範囲だが、本機の音は、素直な帯域バランスと正攻法でビシッと音を決めて聴かせる、いかにもヤマハらしい音だ。音の粒子は適度に細かく、聴感上のSN比も充分にあり、音場感、音像定位も優れる。アナログで培かったヤマハらしい音の魅力をCDで聴かせてくれる。これはよい製品である。

ソニー CDP-553ESD + DAS-703ES

井上卓也

ステレオサウンド 77号(1985年12月発行)
「BEST PRODUCTS」より

 ソニーのCDプレーヤーのトップモデルは、業務用を除き、CDP701、CDP552ESDに続き、第三世代の新製品CDP553ESDに交代することになった。これに伴い、CDセパレートシステム用のD/Aコンバーターユニットも第二世代のDAS703ESに置換えられた。
 まずCDP553ESDから眺めてみよう。基本型は、第二世代のCDP552ESDを受継いだハイスピード・リニアモーター・トラッキング・メカニズムに特徴があるが、機械的振動とCDプレーヤーの音質の相関性が検討された結果、光学ピックアップ駆動メカニズム系に、新開発のセラミック緩衝材を採用した『セラデッドシャーシ』の採用と電気系のデジタル回路からアナログ回路へのノイズ混入を防ぐフォトカップラーを使った光学式トランスファー方式の採用が大きなポイントである。
 CDプレーヤーのシャーシに、ディスク信号読取り時に機械振動が加わった場合、サーボ信号中のエラーが増加しサーボ補正電流を乱し、この影響が電源を介してオーディオ信号を劣化させるが、音質を向上するためには、振動しにくく、振動が起きても減衰の早い材料や構造をメカニズムに採用する必要がある。
 一般的に振動をコントロールするためには、ゴムなどの柔らかな材料を使い振動を吸収させる方法が行われるが、他に、異種材料を重ねて振動を制御する方法もあり、今回は、光学ピックアップ駆動メカニズムの金属シャーシをセラミック樹脂ではさみ込むアウトサート成形法を採用するとともに、CDディスクを支えるチャッキングアームにも、金属と樹脂の二重構造を採用し振動源を抑える方法がとられている。これに加えて、外部からの振動を防ぐ特殊なインシュレーターを使った防振構造までも採用されている。
 電気系で音質劣化の原因となるところはパルスを扱うだけに数多く存在するが、ここではデジタル系のジッター成分とビ−トノイズを減らすためにD/Aコンバーターのクロックを基準に全デジタル系の信号処理を行う『ユニリニアコンバーターシステム』の採用、左右チャンネル間の位相差を低減する左右チャンネル独立のD/Aコンバーター採用、デジタルフィルターと一次ディスクリート・アナログフィルターの併用などフィルター回路をはじめ、デジタル系とアナログ系電源を分離した6系統独立安定化電源や選び抜かれたオーディオパーツなど細部にいたるまでの音質重視設計が施されている。また、より高度な要求に応えるためのデジタルセパレートシステム用のデジタル出力端子も備えている。
 機能面は、20キーを使った20曲までのダイレクト選曲と20曲までのメモリーとRMS機能、5パターンが選べるフルリピート機能、内蔵のマイコンがランダムに演奏曲を選定するシャッフルプレイなどをはじめ、大型ディスプレイ上で選曲したトラックナンバーをグラフィックに表示するミュージックカレンダーなど、最先端をゆく多彩な機能は見事である。
 デジタルセパレート方式のためのD/AコンバーターユニットDAS703ESは、電気的に分離独立したデジタル部とアナログ部の間を光伝送方式で結ぷ新技術の採用による性能向上が計られ、CDP553ESDはもとより、新しくデジタル出力端子を設けたPCMプロセッサーPCM553ESDとも組み合わせ可能だ。また将来のシステムアップに対応したデジタルテープモニタ−端子を備え、サンプリング周波数は3種類の自動選択が可能である。
 CDP553ESDは、歴代のソ二−のトップモデルCDプレーヤーが、それぞれの時代のリファレンスモデルであったと同様に、性能、機能、音質、操作性など、どの点をとってもリファレンスモデルに相応しい傑出した内容を備えている。メカニズムの動きは節度感があり、正確で、かつ敏速に動作をする。まさに、キピキビとした小気味よい動きである。音の傾向は整然と整理された音を聴かせるソニータイプの典型であり、曲間でチェックする残留ノイズの質と量ともに、さすがに低く、見事の一語につきる。SN比が優れているために、音場感情報は豊かであり、CDディスクを出し入れしてセンターリングの精度を試してみると、音の差は少なく、これは機械的な精度の高さを物語るものだ。
 DAS703ESと併用すると一段と鮮度感の高いCDサウンドが楽しめる。価格的にはかなり高価だが、結果の音質向上はこれならではの音の世界というしかあるまい。デジタル系のコードは種類により音が大幅に変わるため標準コードを使いたい。

ウエスギ U·BROS-1

菅野沖彦

ステレオサウンド 76号(1985年9月発行)
特集・「CD/AD 104通りの試聴テストで探る最新プリアンプの実力」より

 きわめてニュートラルな音で、ソースの性格を素直に聴かせてくれる。いかにも端正な、中庸をいく音である。質感は、ふっくらとまろやかで自然なものだ。強烈な個性の主張はないが、暖かく滑らかなバランスのよい音は、多種多様な音のプリアンプ群の中では、これ自体が、一つの個性としても、主張としても目立つものだ。荒々しさとか、鮮烈さといった趣きとは対照的な音だから、使うほどに、飽きのこないアンプだろう。
[AD試聴]弦のアンサンブルはふっくらとしたしなやかな質感で、細部のディテールもよく描き出す。やや淡彩なマーラーだが、緻密で端正なオーケストラの響きと透明なライブネスの再現が快い。このプリアンプは存在感を主張しないから、効果的とか魅力的とかいう言葉は使いにくい。「蝙蝠」のステージの自然なリアリティは素晴らしく、人の声の〝らしさ〟は抜群であった。この点、ジャズのガッツやスイング感の強烈な毒性が少々おとなしいが、当然だ。
[CD試聴]CDに対する音の鮮度はきわめて高く、細かい音がよく出る。ショルティのワグナーにおける弦の質感や音の鮮度は第一級。トゥッティの迫力、安定度も素晴らしく、空間もよくぬけて気持ちがよい。このディスクの音としては、もう一つ情熱的で脂の乗った響きだと一層効果的なのだが、ここでも、このアンプの中庸性を知らされる。ベイシーのピアノの開始では、アクションの動きが、他のアンプでは聴けない実感で、この点はSA3と共通した印象。

パイオニア PD-9010X

井上卓也

ステレオサウンド 76号(1985年9月発行)

「BEST PRODUCTS」より

 バイオニアの新CDプレーヤーシリーズは、簡潔かつ基本的な構想によるディスクの不要共振を抑える、ディスクスタビライザーを世界初に採用した製品として知られる。すでに、PD5010と7010が発売され、それぞれのモデルに与えられたサウンドと機能面での特徴が、単なるシリーズ製品としてのランク差でなく、価格差を超えて対比できるモデル間の固有の魅力として認められるだけの巧みな展開をみせているが、今回、シリーズのトップモデルとして、PD9010Xが新発売された。
 シリーズ共通のキズや汚れに強いリニアサーボ方式、オリジナルの高精度ピックアップ系の採用などの他に、本機の特徴は、まず、CDの初期から音質に関係する重要な部分とされるフィルターにデジタル型が採用され、帯域内リップルが、0・01dB以内とフラットであり、デジタル信号処理をひとつのマスタークロック発振器で同期する方式は、各信号間のビートやデジタル信号にジッター成分が含まれず、サーボ系やオーディオ系への影響を抑えるために効果的である。
 電源部は、CDプレーヤーでも、音質面で重要な部分だが、電源トランスは、サーボ系とデジタル系に1個、オーディオ系にはオリエントコアにOFC巻線を施した専用トランス1個を採用した2トランス型。
 基板関係は、各基板の微少レベルでの振動による相互干渉を避けるため3ブロック構成とし、オーディオと電源部は、70μmmの銅箔パターン採用で、オーディオ部は左右チャンネル対称型パターン。電源部はOFCバスパー採用が特徴である。その他高音質パーツとして、電源コード、配線材料のOFCコード、独自のガラスケース電解コンデンサーと黄銅キャップ抵抗などがあり、筐体の脚部は、アナログプレーヤーとは異なるが、特殊な振動減衰率の高い材料を使ったインシュレーターで、外部振動をシャットアウトし、光学系は、さらに筐体内部でフローティングをする構造である。
 横能面は、フルモードのワイヤレスリモコン装備で、ダビングに便利なポーズプログラム機能と積算時間表示、プログラム内容を示すトラックディスプレイ3種のリピート機能、2連マニュアルサーチなどの他、サブコード出力をも備える。
 あらかじめ、電源が入っていれば、プレイ開始からの音の立上がりは平均的で、約2分間程度で本来の音になる。
 柔らかく豊かで、質感の優れた低域をベースに、安定した響きをもつ中低域と適度に密度感のある中域、素直な高域がナチュラルなバランスを聴かせる。音色は明るいタイプで、音場感情報は充分に豊かであり、デジタル的な印象がなく、音楽を活き活きとブレゼンスよく聴かせるあたりは、独特の魅力であり、これは、楽しい。

オンキョー Integra C-700

井上卓也

ステレオサウンド 76号(1985年9月発行)

「BEST PRODUCTS」より

 CDプレーヤーの音質を向上するために、光学ピックアップ系を含むサーボ系、デジタル信号処理系とアナログアンプ系を分離して、別の筐体とするセパレート型プレーヤーの開発商品化や、ディスク駆動系と光学ピックアップ系の可動メカニズムを独立させた試作品などが存在し、それぞれのメリットが確認されているが、今回、オンキョーから発売されるインテグラC700は、予測されていたように、光ファイバーを採用して、デジタル回路で発生した各種のパルス成分が、信号系やアースラインを通ってアナログ回路に流れ込む、オンキョーで名付けた、DSI(デジタル信号妨害)を極限に抑えようとしたものである。この方式は、アースラインを含め、両者を電気的に完全に分離できるのが特徴であり、世界初の光伝送方式によるCDプレーヤーである。
 光ファイバーは、L/R、ワード、ピットの各クロック信号とデータ信号、ディエンファンシスとオーディオミューティングの、6系統に採用されている。これにより光結合回路の入出力を比較すると、入力波形にあるDSIは、出力波形では除去されているのが観測可能であるとのことだ。
 その他、本機の特徴は、デジタルフィルターと、通常組み合わされる3〜5次程度のタイプより不要成分を抑え位相特性を改善する目的で採用した7次アクティブ型フィルターを採用している。また、電源部は、トランス巻線をデジタルとアナログ別巻線とし、シールドを施して回り込みを防止するとともに、アンプで定評のあるデルタターボ回路が採用され、信号系にも同様にスーパーサーボ方式を採用し、高いサウンドクォリティを確保している。
 機能面では、10キー・ワイヤレスリモコンを備え、16曲までのメモリープレイ、3種のメモリープレイ、タイマースタート機能、ボリュウム付ヘッドフォン端子、固定と可変の2系統の出力端子などがある。
 試聴は、常用のアキュフェーズのピンコードで始める。広帯域志向型のサラッとした帯域バランスとナチュラルでスムーズな音が第一印象だ。演奏開始からの立上がりは平均的で、焦点がサッと合ったように音の見通しがよくなる。低域は柔らかく伸びがあり、フレキシプルな粘りが特徴である。
 100VのAC電源の取り方を変え、置き場所を選択して追込むと、次第にシャープさクリアーさが増してくる。出力コードをLC−OFCに変え、細かく追込んでいくと、音場感情報もかなり豊かになり、ナチュラルなプレゼンスと定位感が得られるようになる。基本的にキャラクターが少なくナチュラルでクォリティの高さが光学伝送系採用の特徴であり、その成果は大きいが、今後さらに一段と完成度を高め、異次元の音にまで発展してほしい意欲作である。