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サンスイ AU-X111 MOS VINTAGE

井上卓也

ステレオサウンド 78号(1986年3月発行)
「興味ある製品を徹底的に掘り下げる」より

 サンスイのプリメインアンプは、現在のシリーズの出発点であるAU607、707が発売されてから昨年で10周年を迎え、新しく10年後に向かって出発する意味をも含めて、DECADEシリーズとしてスタートしたのだが、この同じモデルナンバーを基本的に使うという意味での超ロングセラーは、プリメインアンプの歴史に残る快挙というべきであろう。
 これらのシリーズの製品は、基本的に607、707、907の3モデルをベースに、ときにはシリーズのジュニアモデルに相当する507を加えて発展をしてきた。そしてこのシリーズとは別に、プリメインアンプのスペシャリティモデルを随時開発してきたことも、同社の特徴だ。同社には、古くは管球アンプの時代の末期に、当時の一般的なプリメインからはとびぬけた存在で、トップランクプリメインアンプとして名声を得たAU111があった。07シリーズになってからでも、管球式時代のAU111的存在として、AU607/707に続く第2世代のAU−D607/D707/D907の時代に、AU−X1があり、D607F/D707F/D907F時点でのAU−X11が最近の例である。
 今回、AU−X11以来しばらくの期間をおいて、久し振りにデジタル/AV時代に対応する最高級プリメインアンプAU−X111MOS・VINTAGEが開発され、発売されることになった。
 この111という伝統的なモデルナンバーを持つ、プリメインアンプのトップランクモデルの登場を迎えるにあたり、温故知新的な意味を含めて、AU−X1、AU−X11の特徴を簡単にチェックしてみよう。
 まずAU−X1は、動的な歪として当時話題になったTIM歪やエンベロープ歪を低減でき、強力なドライブ能力をもつ新回路方式として、サンスイが開発したダイヤモンド義回路をAU−D607/D707/D907シリーズの成果として受け継いでいた。そして、高級アナログディスクとしてダイレクトカッティングが定着しはじめるなどのプログラムソース側のダイナミックレンジの拡大に対応し、ハイパワーへの要求にも応えるためにへ当時のプリメインアンプとしては異例ともいえる160W+160W(8Ω)のパフォーマンスを誇る製品として誕生した。当然、物量投入型の伝統的な設計方針は電源部に強く反映し、大小2個の電源トランスを使った左右独立、各ステージ独立型の8電源方式を採用したことでも話題になった。
 ブロックダイアグラム的に信号の流れを見ると、MCヘッドアンプ、フォノイコライザーアンプ、トーンコントロールを持たないフラットアンプとパワーアンプの4ブロック構成である。また、パワーアンプへは切り換えスイッチでダイレクトに信号を送り込める点が最大の特徴である。
 機能面もユニークな構想に基づくものだ。基本的には、信号系のシンプル化、ストレート化がポイントで、単純機能のプリアンプとハイパワーアンプを一体化し、同社が名付けたスーパーインテグレート型という構成を採る。前面パネルに左右チャンネルが独立したパワーアンプの入力ボリュウムコントロールがあり、トーンコントロールやモードセレクターなどは省かれているが、フォノイコライザーの出力をDC構成のフラットアンプをジャンプさせ、パワーアンプに直接入れる、現在でいうフォノダイレクト入力機能が目立つ特徴だ。
 次の、AU−X11は、AU−D607F/D707F/D907Fの07シリーズ第3世代の特徴であり、画期的な新技術として、スーパー・フィード・フォワード方式を採用している。このスーパーFF方式とは、NFアンプ以前から、歪低減化の回路として注目されながら、実用化の難しかったフィード・フォワード方式を、サンスイが独自の方法で実用化したものだ。
 ちなみに、この時代のAU−DD607Fを例にとれば、頭のDはダイヤモンド作動方式、末尾のFがスーパー・フィード・フォワード方式を象徴するネーミングだ。
 外観上は筐体両サイドにウッドボンネットが附加され、新しくVINTAGEの名称がこのときに付けられたが、パネル面の基本レイアウトはAU−X11譲りであり、機能面、4ブロック構成のMCヘッドアンプ/フォノイコライザー/フラットアンプとパワーアンプ、電源関係も、ほぼAU−X1を受け継いでいる。
 AU−X11でもっとも大きく変わったのは、筐体コンストラクションである。電気系の増幅部と同じウェイトで、音質を左右する要素である機構設計は、大幅に変更された。大型ヒートシンクと電解コンデンサーの位置が入れ替わり、限定生産モデルAU−D907リミテッドで採用された銅メッキシャーシ、ブロンズメッキネジなどがマグネティツク歪対策として使われ、筐体ボンネット部もアルミ製という凝った設計を採る。
 今回のAU−X111MOS・VINTAGEでは、管球時代の名作AU111のモデルナンバーと、AU−X11のVINTAGEに加えて、MOSの文字が示すように、サンスイ初のMOS・FET使用のパワー段が目立つ。
 回路構成上の他の特徴は、パワーアンプB2301で開発されたバランス型パワー段構成が最大の特徴だろう。
 この方式は、第五世代のEXTRAの時代の末期に、AU−D907F・EXTRAに、プリドライバー段だったと思うが、電源回路のアースからのフローティング化が行われ、音質的な利点が大きかったことからこれが採り入れられ、次世代のAU−D607G・EXTRAから始まる、グランドフローティングを意味するGのイニシャルを付けた新シリーズに発展した。これが進化してパワー段に及び、独自のダイヤモンド差動回路の特徴と結びついて、セパレート型パワーアンプB2301のバランス型パワー段が開発されたものと推測できる。
 この成果が、AU−D507Xに始まる4機種のシリーズに導入され、現在のDECADEシリーズに受け継がれている。
 デザイン的に新しいサンスイの顔をもつ本機は、その基本はセパレート型コントロールアンプC2301から受け継いでいる。異なった材料のもつ質感を巧みに活かしたデザインのまとまり、加工精度やフィニッシュの見事さなどは、サンスイ製品の最高峰であり、大きな魅力である。
 半分を大きなガラスで覆われたフロントパネルは、中央部が全幅にわたり傾斜面になっている。ここに角型のプッシュボタンスイッチを一列に配して、フォノ、CD、TUNER、LINE1/2の5系続の入力を切り替えるファンクションセレクターを丁甲央右側に、TAPE/VIDEO1/2/3の3系統の切り替えスイッチを左側に配置してある。大型のボリュウムツマミの下は、右端から、−20dBのミューティング、ボリュウムが−40dB位置の時に低域の200HZを+2dBほど上昇させるプレゼンス、TAPE系とは別系統で、グラフィックイコライザーやエキスパンダーなどに利用でき、2系統でシリーズにも使えるプロセッサー関係の3個のスイッチがあり、ファンクションとTAPE/VIDEO系スイッチとの間は、右側の大きいプッシュボタンがサブソニックフィルター、左側の小さいほうが、TAPE/VIDEOとSOURCE切り替えである。
 この傾斜スイッチ部分は、上部のガラスパネルの裏面から間接照明的にやわらかく照明され、ファンクションなどのレタリングとともに渋く浮き上がって見せるようになっており、シャワーライトと名付けられている。漆黒のパネルに際立つインジケーターと共に、雰囲気の優れたデザインで、従来の男っぼい無骨さが一種の魅力となっていたAU−X1とは、隔世の想いがするほどの変身ぶりである。
 パネル面の下段は、右端にLINE2用のフロント入力端子があり、リアパネルのLINE2入力とはスイッチで切り替え可能で、LINE3とも考えられる人力だ。続く3個のロータリースイッチは、右からRECセレクター、バランス調整、パワーアンプのダイレクト入力をバランス/インテグレート/ノーマル入力の1と2に切り替えるパワーアンプ・ダイレクト・オペレーションスイッチ。次の2個のツマミが独立して動作する左右のパワーアンプレベル調整。その左側に3系統のスピーカースイッチ、電源スイッチと並んでいる。
 筐抜構造は、ボンネットのフロントパネル寄りに幅の狭いウッドを配し、左右の両サイドにアルミ引抜材を採用し、フロントパネルのガラス面と美しい調和を見せてくれる、オリジナリティの豊かなデザインだ。
 現実にこの外形寸法をもつブリメインアンプとなると、試聴室レベルではさほどではないが、家に持って帰ると大きさに唖然とさせられたりするが、このAU−X111では無用に大柄な印象がなく使いやすいのは、デザインの成果に他ならない。
 一方、放送衛星も現実のものとなりつつあり、DATも年末には発売されるというデジタル時代、AV時代に備えて、本機ではVIDEO入力系も加わっているために、リアパネルの入出力系は複雑をきわめている。中でも、パワーアンプダイレクト入力時のバランス入力用のキャノンコネクターを左右独立で2個、スピーカー出力用に1系続(左右独立で2個)、計4個備えていることが、プリメインアンプのリアパネルとしては大きな特徴だ。
 マルチ入力に対応する豊富な入出力系と、パワーアンプセクションへ直接入力が加えられるというコンセプトによる本機の信号系の流れをチェックしてみよう。
 フォノ入力系は、MCヘッドアンプは省略され、MMカートリッジ専用である。この選択は、高級機では、昇圧手段を含んだものがMCカートリッジの音という考え方をすれば当然で、汎用型のMCヘッドアンプは不要と考えればよい。
 CD、TUNER、LINE1、REARとFRONTのLINE2からの入力は、フォノイコライザー出力とともに、ファンクション切り換えスイッチに入り、TAPE/VIDEO切り換え、プロセッサー入出力切り換え、ミューティングを通り、バランス調整、プレゼンス付マスターボリュウム、サブソニックフィルターを経由して、フラットアンプに送られる。
 別系統として、RECセレクターがあり、
これはCD、TUNER、SOURCE3→1、2→1のコピーが選択できる。また、新設されたVIDEO信号系は、入力が1、2、3、の3系統、出力がVIDEOとMINITORであり、VIDEO信号系のオーディオ系への影響による音質化対策として、リアパネルのピンジャック背面にICスイッチを置き、アンプ内部での配線の引き回しを一切行わず、このIC用の電源部も独立した専用トランスが採用され、VIDEO系の影響は最低限に抑える設計である。
 フラットアンプ出力は、パワーアンプ・ダイレクト・オペレーション・スイッチを経由してパワーアンプに入る。オペレーションスイッチは、バランス、インテグレードとノーマル1、ノーマル2人力に切り替わり、バランスとノーマル入力時に、フロントパネルのパワーアンプ・レベル調整が働く設計である。
 パワーアンプ出力は、2系統のスピーカーをリレーコントロールで切り替え可能。ヘッドフォンアンプはバランス型出力段の+位相側から信号を受け、ヘッドフォンをジャックに挿入したときのみ電源がはいる。
 回路設計上での大きなテーマは、CDソースのもつ95dBを越すダイナミックレンジをカバーするために、高いSN比を獲得することが最大のものであり、パワー段のMOS・FET採用も、微小信号レベルでの静けさを追求した結果ということだ。
 フォノイコライザーアンプは、ディスクリート構成DCアンプで、20Hz〜300kHz±0・2dBの偏差を誇る。
 フラットアンプ部はコントロールアンプC2301と同等の、純A級カスコード付プッシュプル構成。
 パワーアンプは、初段姜動増幅で、2組のダイヤモンド差動アンプを採用し、パワー段にMOS・FETを2個並列で、バランス型とした8個使用であり、入力部にバランス型入力を持つことが特徴である。
 電源部は、左右独立型のパワー段用、同じく左右独立型のプリドライバー段用と、安定化回路をもつフラットアンプとフォノイコライザー用、プロテクター用の5系統が大型トランスから給電され、別の小型トランスから、VIDEOアンプ、ヘッドフォンアンプ共用とインジケーターランプ用の2系統が給電されている。
 筐体の機構面では、本体のほぼ中央部に電源トランスを置き、その左右にツインモノ構成的に大型ヒートシンクをもつパワーアンプブロックがあり、フロントパネル側から見て、リアパネルの右側が入力系、左側がスピーカー出力と電源コードというレイアウトで、右側面がフォノイコライザーアンプである。この構成は、ほぼ前後左右の重量配分がとれている利点があり、大型の脚と相まって、安定度が高く音質的にも好ましい設計である。
 機構面での最大のポイントになる、機械的な共振や共鳴については、適度なダンピング処理を含めて、基本から見直し検討されている様子で、ほぼ完全にビリツキをシャットアウトしており、この振動防止対策の完璧さは現在市販されているアンプの中ではベストである。なお、ネジ類は、銅メッキやブロンズメッキをマグネティック歪対策として最初に採用したサンスイながら、本機には特にそのようなものは使っていない。何の理由によるものか、たいへんに興味深い点である。
 マルチ入力対応機では、接続の難易度も大切なポイントだ。フォノなどの入力系は左右が上下配置になっているが、フロントパネルのスイッチが右からフォノ、CDと並び最後がLINE1だが、リアパネルでは、LINE1と2が入れ替わり、フロントパネル側から手探り的に接続するときに少し戸惑いがちである。
 スピーカー端子は新開発の特殊型。キャップ部を取り外し、中央の穴にコードを通し、キャップを、ネジ込むタイプで、両手が必要となり少し使い難い。また、このタイプはコードの先端を単芯線のようにねじったままの場合と先バラの場合では接触が変わり、少し音質が変わることを注意したい。
 電源コードには、極性表示付大電流タイプを使用しているが、ACアウトレット部にもこれに対応した明快な極性マーキングがあればよりいっそう使いやすいだろう。
 フロントパネルのツマミは、感触を重視してすべてアルミ削り出し製である。プッシュボタンスイッチ類は、ノイズもなく、タッチも優れ、フィーリングよくまとめてある。
 入力にデンオンDL304と昇圧トランスをCDP553ESDをつなぎ試聴を始める。すでに数時間電源スイッチはONにしてあり、静的にはウォームアップしているはずだが、動的には不足だ。
 DL304の音は、中城に少し薄さのある広帯域型のレスポンスと、粒子の細かい滑らかな音となるが、やや鮮度感に乏しく見通しもいま一歩の印象だ。そこでしばらくウォームアップを続け、変化を待ってみる。音を鳴らしはじめてから約20分ほど経過すると、まるでモヤが晴れかかった時のように見通しがよくなり始め、音の細部が少し顔を覗かすようになる。ある程度安定するのには、約1時間が必要のようだ。
 ウォームアップしたアナログディスクの音は、軽くしなやかで、質的には充分に磨かれた音である。ただし、全体に表情が抑え気味の印象もあり、アナログディスク独特の、音溝を丹念に針先がトレースする、いわばレコードのメカニズム特有の音を聴かせる方向とは異なる傾向のようだ。音場感的な拡がりはスピーカー間にまとまる。
 CDに切り替える。基本的な音のエンベロープ的な印象や表現力は変わらないが、さすがに分解能が高く、ダイナミックレンジも広く、反応も早くなる。少し聴き込むと、鋭角的なデジタルらしい音のエッジを強調することなく、鮮度感や色彩感をこれみよがしにひけらかすタイプではないことがわかる。基本的クォリティが高く、丹念に磨き込んだ音だけに、もう一歩、使いこなしで追い込んでみたいと思わせるタイプの音である。
 そこで、CD入力をTUNERなどの他のハイレベル入力端子に入れて、音の変化を確認してみよう。TUNER端子では、高域のディフィニッションが不足するが、穏やかでまとまりがよい特徴があり、長時間聴いて疲れない音だ。LINE1端子では、適度に輪郭がクッキリとし、バランスが優れた立派な音。LINE2端子は、REARでは、LINE1の角を丸くした音、FRONTでは、全体に薄味でややリアリティ不足の音と細かい変化を示す。これは、LINE1の音をとりたい。
 これを、パワーアンプに直接入力した時の音と較べると、鮮度感は少し劣るが、適度にエッジの効いた、良い意味でのアナログ的雰囲気がある音で、これは充分に楽しめる音だ。
 充分に音楽信号を入れてウォームアップを完了した時のパワーアンプダイレクトNORMAL・IN1での音は、07シリーズとは異なるが、しっとりとした落ち着きがあり、柔らかくしなやかで、クォリティが高く、やはり高級機ならではの別世界の魅力がある。
 AU−X1の、低域のドライブ能力が抜群に優れ、豪快でエネルギッシュな音、AU−X11の、X1をベースとし、フレキシビリティが増し表情が穏やかで大人っぽくなった音と比較すると、本機の置かれた時代的な背景がみえてくる。AU−X111MOS・VINTAGEならではの、広帯域型のレスポンス、音の微粒子な点、適度にしなやかでフレキシビリティに富み、一種のクールさのある、サラッとしたこの音は、やはり現代のアンプならではのキャラクターといえるだろう。これこそがサンスイ・アンプの将来の方向性を示した新しい音で、サンスイ・アンプの新しい顔を見た思いである。
 価格的にはこれよりも高価格なプリメインアンプが過去も現在も存在しているが、開発コンセプト、デザインと仕上げ、機能と音質操作性と応用範囲の広さなどの総合的なバランスの高さからみれば、この製品は文句なしにトップランクの製品といえるであろう。試聴機は本格的な量産前の製品のためか、気になる箇所も散見されたが、総合的な能力が高く、潜在的に余力が残っているだけに、さらに追い込まれた状態で、じっくりと聴き込んでみたいと思わせるアンプである。

ソニー XL-MC9

井上卓也

ステレオサウンド 77号(1985年12月発行)
「BEST PRODUCTS」より

 ソニーの新MC型カートリッジシリーズの製品は、フレッシュなサウンドが魅力的なXL−MC7が、既に高い評価を受けているが、このシリーズのトップモデルとして、今回XL−MC9が開発された。
 XL−MC9は、伝統的な空芯8の字型コイルを採用する純粋なMC型力−トリッジで、分類的には、MC型としては高インピーダンス型に属するモデルである。
 振動系のカンチレバー材料には、ベリリュウムの表面にアモルファスダイヤモンドをコーティングした新素材が採用され、針先はスーパートラッキング針と名付けられたマイクロリッジタイプである。
 発電部は、磁気回路は独自の構造をもつ、発電効率の高いダブルリングマグネットを使った同極対向リング磁石型で、0・4mV・5cm/sec/45度の高い出力電圧を得ている。
 カートリッジボディは、アルミ削り出しの取付台採用、U字型バンド締め付けにより交換針ユニットは固定されており、針先交換はユニットを交換する方式である。
 最適針圧は、ソニーでは伝統的に1・5gを指示するが、今回のXL−MC9も1・5g±0・3gと発表されている。
 針圧とインサイドフォース・キャンセラーを1・5gとし、デンオンPRA2000Zのヘッドアンプを使って音を出す。プログラムソースは、ポップ系から始める。
 ナチュラルな帯域バランスと目鼻だちのクッキリとした明快な小気味のよい音だ。音場感は標準的に拡がり、音像の立ちかたはやや大きいが、輪郭はクッキリとしたタイプだ。音色には少し重い印象があり、表情がときおり抑えられるが、基本的にはキャラクターが少なく、よくできた製品と思われる。
 試みに針圧とIFCを1・75gに増す。帯域感が少しナロー型に変わるが、安定感が増し、音の芯がシッカリと聴かれ、音のエッジは適度の丸みをもってまとまり、ボーカルに附加されたエコーがタップリと響いて聴かれる。これまでは、金属系の重量のあるスタビライザーを併用していたが、これを取除いてみる。少し浮いた印象にはなるが、メリハリの効いた華やかな音に変わる。使いこなしによる音の変化は明瞭であり、音的には非常に興味深いものがある。
 プログラムをオーケストラに変えてみる。
 針圧1・5gでIFCも同じでスタートする。柔らかい低域ベースのサラリとしたある種類の硬質な魅力をもつ音だ。音場感的な奥行きも充分にあり、反応の速さが特徴ではあるが、少し表面的な傾向もある。
 針圧とIFCを1・75gに増す。低域の質感が向上し、厚みがある安定感が良い。中高域に少し輝きがあるが、程よく魅力的なアクセントだ。音場感の拡がりは標準的で、クォリティは充分に高いが、表情に少し冷たさがあるが、エージングでこなせそうな印象だ。JBLが逆相システムのため、試みに端子の±を逆にして聴いてみる。表情に和らぎがあり、プレゼンスの優れた良い雰囲気の音だ。バランス的に中高域に硬さは残すが、鮮度感に優れた見事な音である。針圧とIFCは、1・5gが最適で、1・75gとすると穏やかに過ぎる。

オーディオテクニカ AT-ML180

井上卓也

ステレオサウンド 77号(1985年12月発行)
「BEST PRODUCTS」より

 新世代のVM型を標榜するオーディオテクニカのMLシリーズは、新針先形状のマイクロリニアスタイラスを初めて採用したAT160MLを出発点とし、AT−ML170に続き、MLシリーズのトップモデルとして、今回、AT−ML180が新製品として登場することになった。
 さすがに、トップモデルだけあって、VM型での長期にわたる技術蓄積をベースに、時代の最先端をゆく高級素材が憎しみなく投入された開発が見受けられる。
 振動系のカンチレバー材料は、直径0・4mmのボロンパイプ表面に金を蒸着した、耐候性と制動作用を併せもつタイプで、0・08mmMLスタイラスチップは、シリーズ中で最小の素材を採用し、MLスタイラス独特の長時間にわたり音満との接触部の曲率半径が非常に小さく高域特性が劣化しないメリットをもつものだ。
 無共振思想を置くために既にAT−ML170でマウントベースにファインセラミックスを採用しているが、今回さらに、カンチレバーとマグネットを支持するマグネットモールドにも同じ材料が使われた。
 発電系は、LC−OFCコイルと6層ラミネートのコアを組み合わせたパラトロイダル方式で、コア素材は、従来の約5倍の透磁率をもつスーパーパーマロイ採用で、発電効率が高く、コイル巻数を下げることが可能で、低インピーダンス化を果している。
 なお、FCS方式と呼ばれる、発電コイルの内側に独立したコイルを設け、相互誘導による高域での磁束変化を利用して高域共振を抑える手法や、スタイラスノブとカートリッジボディを包むシリンダーにウイスカー強化複合素材を新採用し、共振を抑え剛体構造とするなど、その内容は実に豊富であり、カッターヘッドと相似形を標傍するVM型・MLシリーズのトップモデルに相応しい新製品である。
 最適針圧1・25g±0・3gと発表されているため、針圧とインサイドフォースキャンセラーを、この値として試聴を始める。聴感上の帯域バランスは素直に伸びたスムーズな印象のものであり、柔らかで豊かな低域をベースとしたバランスは、僅かに中高域にキラメキがあるが、安定感のある落着いた音である。音場感は、スピーカーの奥深く拡がるタイプで、音像定位は小さくまとまるが、輪郭の線は柔らかくソフトなタイプである。音のクォリティは充分に高く、表情も穏やかなため、長時間音楽を聴くファンには好適のサウンドキャラククー。
 針圧1・5g、IFC1・5に増加する。やや、ソフトフォーカス気味のパステルトーンの色彩感が、鮮度を増し、フォーカスがピタリと合った音に変わり、音の芯がクッキリとし、適度の深みのある立派な音だ。オーケストラの低弦の音は、深々として丸みがあり、弦のユニゾンの音の芯も明快である。音場は標準的に拡がり、プレゼンスはかなり見事だ。中域で薄くなりがちな傾向は認められず、密度感の高いサウンドは、如何にもテクニカ製品らしい好ましさで、ゆったりと落着いてクラシック音楽を楽しむためには、クォリティも高く、さすがにMLシリーズの頂点に立つ実力である。

ヤマハ MC-100

井上卓也

ステレオサウンド 77号(1985年12月発行)
「BEST PRODUCTS」より

 MC100は、ヤマハ独自の垂直系と水平系の発電コイルをマトリックスによって45/45方式に変換するクロス発電方式を採用した高級バージョンの新製品である。
 娠動系は、ヤマハらしくベリリュウムのテーパイドパイプと、8×40μmの特殊ダ円のソリッドスタイラス使用で、独自の段付ダンパーと60μmの特殊ピアノ線による一点支持方式だ。磁気回路はMC3と比べサマリュウムコバルト磁石を25%大型化しコイルは20μm径のOFC線を使った空芯の純粋MC型だ。
 ボディ材料は、ヘッドシェルと接するベース材に金属を採用し、高強度プラスチックのサブベースとは、SUSピンで固着し、トータルな不要振動を抑える設計だ。
 最適針圧1・4g±0・2gと発表されており、この値に針圧とインサイドフォースキャンセラーをセットし、PRA2000Zのヘッドアンプを使い音を聴く。
 プログラムソースは、ベルリオーズの幻想交響曲。アバド指揮のシカゴ演奏のグラモフォン盤である。やや軽いがシャープに反応をする程よく丸みのある音で、音色は明るく、帯域はナチュラルに伸びた現代型のバランスである。音像定位はクリアーだがエッジは柔らかいフワッとした定位感だ。バランスが良く、VL型独自の音溝を丹念に拾う特徴が活かされた水準以上の音だ。
 針圧を1・6gとし、IFCは1・5に変える。表情に少し穏やかさが加わるが、むしろ安定した印象となり、鮮度感が高いため見通しがよいアナログらしい音だ。ただし、音の表情は少し平均的である。
 一転して針圧1・25g、IFC1・25にする。少し変な数値だが、SMEの針圧目盛で仕方ないところだ。やや、線が細く、全体に音が整理された印象となり、反応の速さ、抜けの良さが目立つ音になる。針圧変化に対する音の変化は、このタイプとしては比較的に穏やかで、使いやすいMC型といえよう。
 針圧1・5g、IFC1・5で内蔵昇圧トランスに切替える。音に一種のメリハリが付いた、やや硬質だがクッキリとした明快な音で、クォリティも高く、VL型の魅力が素直に活きた音である。
 プログラムソースをポップス系とし、再びヘッドアンプ使用に戻す。針圧変化に対する音の傾向は、基本的にオーケストラと変わらない。音的に標準針圧を探ってみると針圧1・5g、IFC1・5が中心値で、低域の音の芯がクッキリとした爽やかな音が聴かれ、音場感の拡がり、音像定位でも一級の出来である。やや、音の表情に冷たさがあり、中高域の僅かなキラメキがMC100の個性だといえよう。もう少しクッキリとしたリッチな音が望ましく、IFCの量を少しアンバランスにするため針圧のみを約1・6gとする。安定感と彫りの深さが両立した、いかにもアナログディスクらしい音だ。平均的にはこの値がベストであろう。
 試みに、端子の±を逆にして音を聴く。鮮明さは下がるが、穏やかな雰囲気のある柔らかな響きが特徴の音だ。オーケストラはやや後方の席で聴く印象となる。針圧とIFCを1・25gとする。これも楽しい音。

シュアー ULTRA500

井上卓也

ステレオサウンド 77号(1985年12月発行)
「BEST PRODUCTS」より

 シュアーのカートリッジは、ステレオ初期から常にトップランクの座を維持してきたが、今回モデルナンバーを一新したULTRAシリーズ、ULTRA500、ULTRA400、ULTRA300の3モデルが発売されることになった。
 大量生産モデルと一線を画したカートリッジを作り上げたいというエンジニアの夢を実現したULTRAシリーズの製品は、従来のV15シリーズでの成果である、マイクロウォール・ベリリュウムカンチレバー、マイクロリッジスタイラス、ダイナミックスビライザーなどの技術を受継いでいるが、基本的にはハンドメイドで、丹念にクラフトマンシップに基づいて作られている点で一線を画するものがある。
 トップモデルのULTRA500は、音場感的な奥行きや安定感を追求した結果、ボディには、アルミブロックから作った剛性の高いタイプが新採用され、ヘッドシェルとコンタクトする部分の研摩仕上げなど従来の製品には見られない細部にわたる見直しが行われ、音質面での効果も絶大とされている。これらの結果、重量は9・3gと重くなり、重量級のトーンアームで使うことが推賞されている。
 針圧1・2gが規格であるため、まずダイナミックスタビライザーを使わずに音を聴いてみる。組合せトーンアームは、SME3012R−Proであり、プログラムソースは、ベルリオーズの幻想交響曲のグラモフォン盤である。
 聴感上の帯域バランスはナチュラルに伸びた準ワイドレンジ型であるが、中域は少し薄い傾向がある。低域は柔らかく雰囲気の良いタイプだ。音色は、少し暖色系に偏り、音場感はスピーカーの奥に引込んで拡がるタイプだ。
 針圧とIFCを少し増し1・25gとする。音の変化は、MC型的にシャープであり、抜けの長い見通しの優れた音である。とくに、音の鮮度感は僅かの針圧変化で急激に向上するが、全体の音のスムーズさは変わらない。スクラッチノイズの量、質ともに第一級であり、ディスクのキズにはソフトに反応を示す。中高域に適度の華やかさがあるのが、いかにもシュアーらしい。
 ダイナミックスタビライザーを使い針圧とIFCを1・75gにセットする。全体に聴感上でのSN比が向上し、低域の量感、安定度の向上は見事だ。ただし、音の輪郭の線は少し丸みを帯びた穏やかな面を見せる。しかし中高域には適度の硬質さがあり、いかにもディスクを聴いているという雰囲気が好ましい。音場感情報は豊かで、プレゼンスに優れ、基本クォリティの高さはさすがにULTRAシリーズと名付けられた新製品だけのことがあり、V15系とは一線を画した見事さ。だが、使い手にややデリケートさが要求されるようだ。
 ポップス系のソースとしてスパイロジャイラを聴いてみる。まろやかだが充分に力感のある音であり、エコー処理などの録音テクニックがサラッと聴き取れる。鮮明さを求めてIFCをOFFにする。音にエッジが効いたリアルな音に変わるが音場感は少し狭い。スタビライザーを上げる。反応は早いが表面的な音で実体感不足。

ラウンデールリサーチ Model 2118

井上卓也

ステレオサウンド 77号(1985年12月発行)
「BEST PRODUCTS」より

 大阪ケーブルから発売された低インピーダンス型の鉄芯巻枠採用のMC型カートリッジは、ラウンデールリサーチという耳慣れないブランドのメーカーで製造された製品である。このメーカーは某宝石メーカーで長年にわたりMC型力−トリッジ製作の実績をもつエンジニアを中心として独立した新メーカーで、その技術的水準は定評の高い既存メーカーに一歩も譲らぬものがあるといえよう。
 MODEL2118は、最適針圧を2・5gとする。いわゆる重針圧設計で、コイル巻枠に磁性体を採用しているため、出力インピーダンス4Ωで、0・25mV/3・54cm/45度と出力電圧の高さが特徴だ。
 カンチレバー材料は、選択性CVD法によるボロン棒とアルミニュウム合金の複合材で、剛性の高さと異種材料による適度な制動作用を活かした材料選択で、かなり手慣れた設計者の手によるものである。
 カートリッジボディはフェノール系の合成樹脂を採用したタイプで、見るからに雑振動の発生や耐振性に優れた処理である。
 規格上の針圧2・5g±20%と発表されているために、SME3012R−ProとマイクロSX8000IIシステムに組み合わせて試聴を始める。なお、昇圧にはデンオンPRA2000Zの内蔵トランスを使った。
 針圧2・5g、インサイドフォースキャンセラー2・5の条件が出発点だ。聴感上の帯域バランスは程よく伸びたナチュラルなタイプで、重針圧型としては、よく伸びたレスポンスを聴かせる。音の表情は穏やかで安定感があり、適度に丸みをもつ音の味わいは、バランスの巧みな音を聴かせる。スクラッチノイズの質は抑えられており、安定した好ましいノイズ成分である。かなりスタンダードな音で、少し表情は抑え気味だが安心して聴けるあたりが魅力になると思われる。プログラムソースの対応の幅も広く、適度に博学多才型の音だ。
 針圧2・75g、IFC2・75に増す。音に安定度が加わり、表情の抑えもとれて、穏やかさが前面に出た音である。音場感は少し奥に引込んだ拡がりを見せるが、プレゼンスはナチュラルといえよう。外附昇圧トランスの相性を試みるためのオルトフォンT2000を使う。聴感上で少しナローレンジ型に変わり、表情は抑え気味の安定感最優先型の音だ。表現を少し変えればDL103の安定した業務用サウンドと一脈通じる印象がある音だ。これまでは、オーケストラをプログラムソースとしたが、ポップ系のリズミカルなプログラムを試してみよう。適度に力強さとリズムの粘りがあり、このタイプとしては予想以上に快適なサウンドである。音像定位もナチュラルでエコー成分もキレイに回わり、これなら、かなり広範囲の音楽が楽しめるだろう。
 基本的な内容が充分に高いことを前提として、音の表情を抑える面を、いま少し手綱をゆるめてほしいものだ。一説によればJBLにマッチした開発と聞いていたため端子接続の±を逆にして聴いてみる。音は一転してメリハリ型の明快な音に変わる。測定はしていないが、これはEMTなどと同様に逆相接続の製品と推測した。

ラウナ Njord, Tyr

菅野沖彦

ステレオサウンド 77号(1985年12月発行)
「BEST PRODUCTS」より

 ラウナ・スピーカーというスウェーデンのブランドは、わが国ではあまり馴染みがない。それほど古いメーカーではないらしいし、今まで正式なエイジェントによる輸入もおこなわれていなかったと思う。今度、オーディオニックスが代理店として、このニューブランドを日本市場に紹介することになり、ニョルド Njord とティール Tyr という2機種を試聴する機会を得たので御紹介する。
 外国製品は数多いが、世界に冠たるオーディオ生産国日本に輸入するには、それなりの必然性がなければならないし、市場も拓けるはずがない。多くの輸入製品に接する時、その製品のオリジナリティとアイデンティ、そして、その音の魅力が日本製では聴けないもの……つまり、ある意味では異文化の香りをもつものであることをポイントに価値判断をするのが僕の考え方である。いくら貿易不均衡が問題となっても、輸入する必然性のないものを輸入しても結局は長続きはしないはずである。この点、このスウェーデンからのニュー・ブランドは一見一聴しただけで、この条件をパスするユニークなものである。
 ラウナのスピーカーシステムのラインアップは3機種あって、大きさと価格の順でニョルド、ライラ、ティールという名称がつけられている。ユニットは共通で、16cm口径ウ−ファーと2・5cm口径ソフトドーム・トゥイーターの組合せで、大中小のシステムに対応させている。ニョルドは、16cmウーファーを2個使い、その1個の中央にトゥイーターを配置しコアキシャルのようなセッティングだ。ティールはこの2個のユニットをインラインに独立配置している。ライラは聴いていないが多分、ニョルドからウーファーを1個とった構成と思われる。エンクロージュアがラウナ独自のユニークなものでベトンという一種のコンクリートレジンで強剛性大重量の素材による。いかにも北欧らしいモダニズムを感じるデザインで、ニョルドは特にユニークなオブジェだ。製品はホワイトだが、インテリアに合わせ好きな色にペイン卜することを推めているあたりが面白い。ティールは小型ブックシェルフ。各35kg、12kgという重量だ。
 聴いてみて驚いた。その音の豊潤なこと。とてもコンクリート製エンクロージュアのイメージからは想像できない暖かさであり、ステレオイメージは奥行感の豊かな空間再現能力に優れている。楽音の自然な質感・帯域バランス共に大変優れ、制作者の技術と耳のバランスのよさが実感出来る。特に小型のティールは秀逸である。家庭用スピーカーとしての限界の中で、現代スピーカー技術の可能性と限界をよくわきまえたバランス設計が見事に生かされた傑作だ。

ダイヤトーン DS-2000

井上卓也

ステレオサウンド 77号(1985年12月発行)
「BEST PRODUCTS」より

 従来からのオリジナル技術である、ハニカムコンストラクションコーンとボロナイズドDUD構造という振動板材料の熟成を待って、これにフレーム関係の高剛性DMM構造やDM方式を加え、さらにエンクロージュア関係でのディフラクションを抑える、2S305以来の伝統のラウンドバッフル採用のエンクロージュアを使った新世代のダイヤトーンの高級シリーズは、小型高密度設計のユニークな製品DS1000をもって出発点としたが、昨年の4ウェイ・ミッドパス構成のDS3000に続き、3ウェイ構成のDS2000が新製品として発売された。
 外観上は、DS1000の単なる上級版とも、DS3000の3ウェイ版とも受け取られやすいが、構成ユニットは、何れとも関係のない新開発ユニットである。
 低音の30cmユニットは、ポリアミドスキンのカープドハニカムコーン型で、このタイプとしては初採用の口径である。DMM方式フレームは、高剛性化が一段と進められ、フレームの脚は、平均的な4本から8本に倍増され、3次元的な剛性を高め、脚の延長線上の止め穴でエンクロージュアに固定する設計。DMM方式の基本構想はコーンが前に動けば、磁気回路はその反動として後に動くため、これをフレームでガッチリと支えようという単純明快なもの。
 中音ユニットは、これも初めての口径である60mmボロナイズドDUD型で、特殊な硬化処理が施され、従来よりもー層高遠応答型に改良されている。この振動板にDM方式が組み合わされユニットとなるが、この方式の基本構想もDMM方式と共通な面がある。一般的な構造では、振動板を取付けたフレームに磁気回路をネジ止めしているが、中域以上の帯域では、その接合面の強度とフレーム自体の強度が高速応答を妨げる要素となる。解決策は、フレームレス化だ。現実の手法では、従来構造のフレームを小型化し、磁気回路の前のプレートを拡大し、これをフレーム替わりとして直接エンクロージュアに取付ける方法が採用されている。
 高音の23mm口径ボロナイズドDUDユニットは、DS1000以来、DS3000と受継いできたDMタイプで、ユニットナンバーから見れば、DS2000用の新設計であることが判かる。
 ネットワーク関係は、スピーカーシステムでは、スピーカーユニットほどに重視されない傾向があるが、ユニットの性能が向上すればするほど、ネットワークの責任は重くなるものだ。簡単に考えてみても、ネットワークを通らなければ、ユニットには信号が来ないわけで、この部分で歪を発生していたらお手上げである。
 本機のネットワークは、コイル間の電磁結合はもとより、磁気回路のフラックス、ボイスコイル駆動電流によるリケージフラックスや主にウーファーからの音圧、振動による干渉などを避けるために、高、中、低と独立した3ピース型を初めて採用し、配線は半田レスの無酸素銅スリープ圧着式DS3000での成果であるラジアル分電板採用のダイレクトバランス給電方式などかなり入念な設計である。
 エンクロージュアは、ラウンドバッフル採用の完全密閉型で、基本となる6面の接合強度を高め箱を剛体構造としながら、伝統の分散共振構造で中域以上の色づけを抑え、全体の振動バランスをとる方法が行われているが、このあたりのコントロールがシステムの死命を制する重要な部分である。
 試聴を始めるにあたり、適度なシステムのセッティング条件を探すことが必要だ。DS2000用の専用スタンドは、現在はなく、DS3000用のスタンドも試聴室にはないため、とりあえずビクターのLS1を使って音を出してみよう。
 最初の印象は、素直な帯域バランスをもった穏やかな音で、むしろソフトドーム型的雰囲気さえあり、音色も少し暗い。LS1の上下逆など試みても大差はない。いつもと試聴室で変わっているのは、聴取位置右斜前に巨大なプレーヤーがあることだ。この反射が音を汚しているはずと考え仕方なしに薄い毛布で覆ってみる。モヤが晴れたようにスッキリとし音は激変したが、低域の鈍さが却って気になる。置台が重量に耐えかねているようだ。ヤマハSPS2000に変えてみる。これなら良い。帯域バランスはナチュラル、表情は伸びやかで明るくオープンなサウンドで、いかにも高速応答という印象はない。プログラムソースにより、激しいものは激しく柔らかいものは柔らかくと、しなやかな対応ぶりは従来では求められなかったダイヤトーンの新しい音の世界への提示だろう。

ダイヤトーン DS-10000

菅野沖彦

ステレオサウンド 77号(1985年12月発行)
「日本的美学の開花」より

 ぼくは、我とわが耳を疑った。今、聴こえている音はただものではない。音が鳴り出して数秒と経ってはいないが、すでに、そのスピーカーからは馥郁たる香りが感じられ、この後、展開するいかなるパッセージにも美しい対応をすることが確実に予測された。曲は、マーラーの、あのポピュラーな第4交響曲、演奏はハイティンク指揮のコンセルトヘボウ管弥楽団、フィリップスのCDである。第一楽章の開始に聴かれる鈴と木管の透明な響きが右寄りから中央に奥行きをもって聴こえ、その余韻は、繊細に、たなびくように、無限の彼方への空間を、あえやかに構成しながら消えていく……。
 やがて左チャンネルに現われる第一主題を奏でる弦楽器群はしなやかで優美、流れ込むように右チャンネルの低弦のパッセ−ジへ引き継がれていく。豊かで、しかも、芯のしっかりしたコントラバスの楽音には、実在感が生き生きと感じられ、聴き手の心に弾みがつく……。そして、チェロの歌う第二主題は、第一主題に呼応して十分、明るく暖かく、のびのびと柔軟な質感の魅力をたたえている。
 これは、目下のぼくの愛聴盤の一枚で、わが家のシステムをぼく流に調整して、いまや、その悦楽に浸りきれる音にしているものだった。この音が、わが家以外の場所で、しかも、全く異なるスピーカーシステムから、ほとんど違和感なく響いたことはない。それが、なんと、今、ここで、違和感なく響き始めたのである。しかも、新たなる魅力を感じさせながら……。つまり……、決してわが家とは同じ音ではないのだが、不思議になんの違和感もなく、わが家とはちがう新しい魅力を感じさせられたであった。
 DS10000というダイヤトーンのスピーカーシステムがぼくの眼前にあった。そして、ここは、福島県郡山市にある三菱電機の郡山製作所の試聴室内である。何から何まで、わが家とは異なる雰囲気と条件であることはいうまでもない。これはたいへんなことだ! そういう驚きにぼくは囚われていた。
 正直、率直にいって、ぼくは今まで、ダイヤトーンのスピーカーには常に違和感の感じ通しであったから、その驚きはひときわ大きなものであったのだ。これについては後でもっと詳しく述べるつもりである……。
 そして、第四楽章では、ロバータ・アレクサンダーのソプラノを導入するフルートとヴァイオリンが、そして、ハープやトライアングルも、天上的なト長調の響きと、ゆれるような四分の四拍子の揺籃を、限りない透明感とやさしさをもって開始し、ぼくを魅了したのであった。ブルーノ・ワルターをして「ロマン主義者の雲の中の時鳥の故郷」といわしめた天国的悦楽感が、いやが上にもぼくの心を虜にするのに十分な美音であった。ソブラノは程よい距離感をもって管弦楽と溶け込みながら、かつ際立って明瞭に、「天国の楽しさ」を歌い上げるのであった。
 ある意味では、ケチをつけるのもぼくの仕事であって、この日も、ダイヤトーンの新製品に建設的な意見を述べるべく、無論、その中に、「よさ」を発見し、製品を正しく認知する覚悟で、はるばる郡山まで呼ばれて釆たのであったが、このDS10000に関しては我を忘れて惚れ込んでしまうという「だらしなさ」であった。
 かろうじて立ち直ったぼくは、このスピーカーを自宅で聴いてみるまで、最終的結論を保留したのである。その結果、後日、このスピーカーはわが家に持ち込まれ、第一印象と食い違わないものであることが確認をされたのであったが、それは、ほんの短時間での試聴であったため、今回、改めて本誌のM君を通じ、数日間借用し、ゆっくり、いろいろな音楽を聴いてみることにしたのである。前記のマーラーの他、アナログディスクの愛聴盤、ハインツ・レーグナー指揮ベルリン放送管弦楽団による同じくマーラーの交響曲第三番ニ短調、第六番イ短調、ぼくがずっと以前に録音したルドルフ・フィルクシュニーのピアノ・リサイタルのニューヨーク録音などのクラシックレコードと共に、カウント・ベイシーのやや古い録音『カウント・オン・ザ・コースト’58』、アート・ペッパー『ミート・ザ・リズム・セクション』、メル・トーメの『トップ・ドロワーズ』、ローズマリー・クルーニーなどのジャズやヴォーカルのディスク、そしてまた、CDによる数々の音楽をゆっくり試聴するほどに、このスピーカーの素晴らしさをますます強く認識するに至ったのであった。
 特に、フィリップスのCDによる、アルフレッド・ブレンデルのピアノ・ソロの『ハイドン/ピアノ・ソナタ第34番他』の再生に聴かれるピアノ・サウンドの美しさは特筆に値いするもので、その立上りの明快さと、余韻の素晴らしさは、このディスクの理想的ともいえる直接音の明瞭度と、豊かなホールトーンのブレンドの妙を余すところなく再生するものであった。
 多くのレコードを聴くうちに、このスピーカーの音の美しさについてぼくはあることを考えさせられ始めたのであった。それは、この音の美は、まぎれもなく欧米のスピーカーの魅力の要素とは異なるものであることだった。この美しさは、決して、強烈な個性をもったものではないし、激しさを感じるものではない。花に例えれば、大輪のダリヤなどとは異なるもので、まさに満開の桜の美しさである。.それも決して、重厚華麗な八重桜のそれぞれではなく染井吉野のもつそれである。いいかえれば、これは日本的美学の開花であるといってもよい。かつてぼくは、同じダイヤトーンの2S305について、これに共通した美しさを認識したことがある。この古いながら、名器といってよい傑作は、外国人にとっても、素晴らしく美しい音に感じられるらしく、ぼくの録音関係の友人達が、「日本製スピーカーで最も印象的なもの」として、この2S305をあげていたのを思い出す。その中の一人であるアメリカ人エンジニアのデヴィッド・ベイカーは、2S305の美しさは彼等にとってエキゾティシズムであることを指摘していたが、これはたいへん考えさせられる発言であると思う。美意識の中からエキゾティシズムを排除することは出来ないとぼくは思っている。ぼくたちが、外国の優れた魅力的スピーカーに感じる美の中にも、大いにエキゾティシズムが入っているのではなかろうか。異文化の香りへの強い憧れと、その吸収と昇華創造は、人の感性の洗練や情操にとって大切なものであるはずである。
 もう、二十年も前の話だが、亡くなったピアニスト、ジュリアス・カッチェンの録音をした時に、カッチェン氏がヤマハのピアノに大いに魅せられ、横にあるスタインウェイを使わずに、ヤマハを使いたいといったのを思い出す。ぼくたち録音スタッフは、そこで弾きくらべられた二台のピアノを聴いてスタインウェイによる録音を強く希望したのだが、カッチェン氏は「こんな美しい音のピアノに接したことはない……」といってヤマハの音を愛でていた。そういえば、ぼくの外国の友人達で日本の女性を恋人、あるいは妻にした人が何人かいるが、そのほとんどの女性は、きわめて東洋的な造形の容貌の持主で、その顔は、早いえばば「おかめ」の類型に属する人達だ。眼が大きくて二重まぶたで、鼻の高い日本女性は、外人の眼にはエキゾティシズムが希薄なのだろう……。ぼくなんかは、そっちのほうに強い魅力を感じてならないのであるが……。しかし、今や、外国文化への憧れも落ち着いて、日本的な美への認識が高まり、誇りをもって日本文化に親しむようになったようにも思う。時代もそうなったし、ぼく自身も年令のせいか、年々、日本文化への強い執着と回帰を意識するようになっている。だから、一時のように、日本のスピーカーメーカーが、自ら『アメリカンサウンド』や『ヨーロピアンサウンド』などを標榜する浅はかさには腹が立ってしかたがなかった。
 こんなわけで、日本のスピーカー技術が、世界的に高いレベルにあって、そのたゆまぬ努力のプロセスが、いつの日にかスピーカーの宿命である音の美と結びつかなければならない時にこそ、日本的『美学』を感じさせるようなスピーカーが誕生するはずだし、そうなって欲しいものと思い続けてきたのである。
 ダイヤトーンというメーカーは、音の面だけからぼくの個人的な感想をいわせてもらうなら、2S305以来、これを越えるスピーカーを作ったことはなかったと思うのである。その技術力や、開発力、そして真面目さは、常々敬意を払うに値いするものだと思ってきたし、変換器テクノロジーとして、その正しい主張にも共感するところは大きかった。しかし、ぼくがいつもいうように、部分的改善と前進はバランスをくずすという危険性を承知の上で、あえてその危険を犯し続けてきたメーカーでもあったと思う。今から10年前、ハニカム構造の振動板を採用した時に、ぼくはその音の質感に大いに不満をもってメーカーに直言したものである。したたかな技術集団が、こんなことで後へ引かないことは十分承知していたが、かといって、その音を全面的に容認することは出来なかった。後へ引いては技術の進歩はないわけだろうが、かといって、進歩のプロセスでバランスを欠いた妙な音を、局所的に優れた技術的特徴で説得し、「美しい音ではないかもしれないが、これが正しい音なのだ」と強引にユーザーを説得をされてはたまらない。10年間の長い期間、ぼくはダイヤトーンのスピーカーの音の面からは批判し続けながら、その技術的努力を高く評価してきたのである。
 こうした過程を経て遂に、音楽の愉悦感を感じることの出来るスピーカーシステムが誕生したのであるから、これはぼくにとっても大きな出来事であった。
 ここ数年、ダイヤトーンが、剛性を強く主張する姿勢と共に、音楽を奏でるスピーカーにとって『美しき妥協』が必要なことを認識しているらしい姿勢は感じとることが出来るようになってはいた。特にエンクロージュアについての認識が、片方において冷徹なモーダル解析を行いながら、天然材のもつ神秘性を発見することによって高まってきたことが、ぼくにとって陰ながら喜びとするところであったのだ。『美しき妥協』と書いたが、これは『大人としての成長』というべきなのかもしれない。このスピーカーに限らず、ダイヤトーンの全てのスピーカーにはコストの制約こそあれ、一貫して見られる高剛性、軽量化の思想が、振動系、構造系の全てに見られる。もちろんこれはダイヤトーンに限らず、すべてのスピーカーメーカーが行っていることなのだが、ダイヤトーンはその旗頭である。
 今年は、多くの日本のメーカーが、期せずして、優れたスピーカーを出し、実りの多い年であったが、これは、日本のスピーカー技術のレベルが一つの頂点に達し、その高い技術レベルを土台にして、技術と美学の接点に立って精一杯、音の錬磨をおこなった結果であろうと思われる。
 音楽的感動を最終目的とするオーディオにあっては、この両面のバランスこそが優れた製品を生む必須条件であって、これこそが真の『オーディオ技術』というものだとぼくは信じている。だから、そこに人がクローズアップされざるを得ないのだ。つまり、技術はデータに置きかえられやすいし、保存も積み重ねも可能である。そして、グループの力が必要であり、時として他分野の協力も得なければならない。しかし、美学的領域に属する仕事はそうはいかない。多くの人の協力や、英知を集める協議はもちろん有益だが、絶対に中心人物の存在が必須である。よきにつけ、あしきにつけ、一人の人間、一つの個体を中心とするファミリー的構成がなければ、美の実現は不可能なものである。それが、プロデューサーとかディレクターと呼ばれる人人間の必要性だ。ダイヤトーンの場合、三菱電機という大メーカーの一部門であるから、プロデューサーは社長である。現実には、その意を帯びた部長ということになるのだろ。DS10000を試聴した時、ぼくの傍らで熱心に説明してくれた一人の青年技師がいたが、彼が、このスピーカーの担当ディレクターに違いない。矢島幹夫氏がその人だ。そして、ダイヤトーン・スピーカー技術部には佐伯多門氏という、大ベテランがおり、プロデューサーとして矢島氏を支えたと思われる。これはぼくの勝手な推測であって確かめたわけではないのだが、ほぼ間違いあるまい。もちろんこのような大会社では、さらに多くの周囲の人達の熱意がなければ動くまい……(ここが大会社とオーディオの本質とのギャップになるところなのだが……)と思われるし、この製品が、ダイヤトーン40周年記念モデルになったことをみても、社をあげての仕事といえるであろう。しかし、中心人物の並はずれた情熱と努力がなければ、こういう製品は生れるはずはないと思われるのである。そういえば、あのオンキョーのグランセプターGS1という作品も由井啓之氏という一人の熱烈な制作者がいてこそ生れたものだった。GS1が、ホーンシステムにおいて刮目に値する製品であるのに続いて、ダイヤトーンがこのDS10000で、ダイレクトラジエーターシステムによって、このレベルの製品を誕生させたことは、日本のスピーカー界にとって大きな意味をもっていると思うものである。
 ところで少々話がスピーカーそのものからはずれてしまったが、もう少し、細部にわたって、このシステムを眺めてみることにしよう。また、詳細については、編集部が、別途取材したダイヤトーンのスタッフの談話があるので、併せて参考に供したいと思う。
 DS10000は、27cm口径のウーファーをベースにした3ウェイシステムである。スコーカーは5cm口径のドーム型、トゥイーターは2・3cm口径の同じくドーム型である。
 ウーファーの振動系はハニカムをアラミッド繊維でサンドイッチしたもので、カーヴドコーンである。アルミハニカムコアーとアラミッドスキン材との複合により、高い剛性と適度な内部損失をもち、このタイプのウーファーとして高い完成度に到達したと思われる。27cmという口径からくるバランスのよい中域への連続性と、質感の自然な、豊かでよく弾む低音を実現していて、ハニカムコーンの可能性を再認識させられた。
 スコーカーの振動系はボロンのダイアフラムとボイスコイルボビンの一体型で、トゥイーターもこれに準ずるものだ。磁気回路とフレームを強固な一体型としているのは従釆からのダイヤトーンの特徴であり、振動系の振動を純粋化し、支点を明確化して、クリアーな再生を期しているのも、DS1000、DS3000以来の同社の主張にもとづくものである。
 エンクロージュアはランバーコア構造材の強固なもので、バッフルと裏板の共振モードを分散させるべく、そのランバーコアの方向性を変えている。漆黒の美しい塗装はポリエステル樹脂塗装で、グランドピアノの塗装工場に委託して仕上げられているそうだ。好き嫌いは別として、この漆黒塗装仕上げによる美しい光沢をもつた外観は、このシステムにかける制作者達の情熱をよく表現していると思うし、わが家に置いて眺めていると、初期の軽い違和感はだんだん薄れ、その落着いたたたずまいと、高密度のファインフィニッシュのもつ風格が魅力的に映り出す。ユニットのバッフルへの固定ネジには一つ一つラバーキャップがとりつけられる入念さで、音への緻密な配慮と自己表現が感じられ好ましい。別売りだが、共通仕上げの台のつくりの高さも立派なもので、ブックシェルフスピーカーの最高峰として、まさに王者の気品に満ちている。
 DS10000は 『クラヴィール』という名前がつけられており、これはピアノ塗装の仕上げイメージからの名称と思われるが、ぼく個人の好みからいうと、こんな名称はつけないほうがよかった。あらずもがな……である。
 磨き抜かれた外観の光沢にふさわしい、このシステムの美しい音は、バランスの絶妙なことにもよる。アッテネーターはなく、固定式であるが、このシステムがアンバランスに鳴るとしたら、部屋か、置き方に問題があるといってもよい。ウーファーからスコーカーへのクロスオーバーがきわめてスムーズで、中域の明るい豊かな表現力が、これまでのダイヤトーン・スピーカーのレベルを大きく超えている。4ウェイ構成をとっていたDS5000、DS3000は別の可能性をもっているのかもしれないが、これを聴くと3ウェイのよさがより活きて、ユニットの数が少ない分、音はクリアーである。剛性の高いウーファーのため、低域の堂々たる支えが立派で、27cmという口径が、「いいことづくめ」で活きているように思われる。
 現代スピーカーとして備えるべき条件をよく備え、曖昧さを排した忠実な変換器としての高度な能力が、かくも美しき質感と魅力的な雰囲気を可能にしたことがたいへん喜ばしい。これが、今後、どういう形で、他製品への影響として現われるか楽しみである。
 こう書いてくると、いいことずくめで、まるで世界一のスピーカーのように思われるかもしれないが、スピーカーには世界一という評価を下すことは不可能であることを最後に記しておきたい。オーディオのうに、オブジェクティヴなサイドからだけの判断では成立しない世界においては、これは自明の理である。スピーカーに限らず全てのコンポーネントは、そう理解されなければならないが、特にスピーカーには、この問題が大きく存在する。要は、オブジェクティブなファクター、つまりは物理特性のレベルがどの水準にあって、その上に、いかにサヴジェクティヴな音の嗜好の世界が展かれるかが問題である。技術の進歩は、たしかに、このオブジェクティヴなレベルを向上させるものではありるが、そのプロセスにおいては時として、サブジェクティヴな美の世界を台無しにする危険もある。ダイヤトーンのDS10000は、オブジェクティヴなレベルが、ある高みでバランスしたからこそ生れたものであり、優れた変換器として讚辞を呈するものであるが、なお、嗜好の余地は広く残されているのである。だから、ぼくには、単純に世界一などというレッテルを貼る蛮勇はない。

ケンウッド DP-2000

井上卓也

ステレオサウンド 77号(1985年12月発行)
「BEST PRODUCTS」より

 ケンウッドブランド・トップランクCDプレーヤーとして開発されたDP2000は、メカニズムとエレクトロニクスの技術が程よく調和した製品である。
 まず、筐体部分は、ボンネット部分、サイド部分が3mm厚の高剛性アルミ合金で作られ、とかく無視されがちの脚部も、DP1100IIを受継いだ吸着型タイプを採用するなど、かなり念入りに防振対策が行われている。
 電気的には、ディスクのキズやほこりに強く、高いトレース能力を両立させた独自のサーボゲインコントロール回路の採用、16ビット高性能デジタルフィルタ㈵とD/A変換後のアナログフィルターに音楽信号が余分な素子を通らないFDNR型5次バターワース型の採用をはじめ、サーボ系やデジタル系からの電源を通じての干渉を除く目的のD/Aコンバーター部専用トランスの採用などに特徴がある。
 機能面は、10キーによる任意のトラック、インデックスからの演奏、前後方向の頭出し、順方向と逆方向の早送りとキューイング、16曲のプログラムメモリーと区間メモリー、リピート機能、曲間の空白時間を4秒作るオートスペ−ス、次の演奏の頭で自動的にポーズするオートポーズや、1曲の経過時間、総経過時間、総残り時間の3種の時間表示などの一般的機能の他に、デジタルデータの段階で位相を180度反転させるインバート出力スイッチを備えているのは、メリディアンPRO−MCDのアブソリュートフェイズ切替と同様に非常にユニークな横能である。
 クラシック系、ジャズ系、ポップス系などのCDを用意して試聴を始める。あらかじめ電源スイッチはONとしてウォームアップさせていたが、ディスクをローディングして演奏を始めるとサーボ系の動作が安定化するまでの、いわゆる音の立上がりの傾向は、ソフトフォーカス型から次第に焦点がピッタリと合ってくる標準的な変化であり、約1分半ほどで本来の音となる。
 試みに、ディスクを出し入れして、ディスクのセンターリングの精度をチェックしてみた。これによる音の変化はかなり大きいが、現状としては平均的といえる。適度にサーボ系がウォームアップし、平均的なディスクのセンターリングの状況に追込んだときのDP2000の音は音の汚れが少なく抜けの良い一種独得の華やいだ若さと受取れる音が特徴である。この音の傾向は、リズミカルなジャズやポップス系のプログラムソースには好適のタイプだが、クラシック系とくにドイツ系のオーケストラの音を楽しむためには、適度に剛性が高い置台上にセットし、脚部と置台との間に各種の材料のスペ−サーを入れたりしてコントロールして使いたいシステムである。試みにヤマハのスピーカーチュー二ングキットを使ってみたが、音の変化はシャープで充分に調整は可能だ。

ヤマハ CD-2000W

井上卓也

ステレオサウンド 77号(1985年12月発行)
「BEST PRODUCTS」より

 ヤマハのCDプレーヤーは、自社開発の専用LSIの完成を待って出発するという、いかにもヤマハらしいユニークな製品づくりが目立つが、今回発売された新シリーズの7モデルは、そのラインナップから見ても、いよいよヤマハのCDプレーヤーが完成期を迎え、内容的にも一段と濃いものになってきたことを告げているようだ。
 ここで試聴したモデルは、型番に4桁のナンバーを持つCD1000、CD2000と2000Wの3機種中のトップモデルCD2000Wである。
 今回の一連の新製品開発は、機械的な振動とCDプレーヤーの音質との相関性を解くVMA(Vibrated Modulation AnalysiS=振動変調解析)手法の開発にはじまり、これに基づいてCDプレーヤー全体のメカニズム構造を検討し、各種の新発想による解決手段が施されていることに特徴がある。
 開発当初は、アコースティックな振動や機械的な据動に非常に強いといわれたCDプレーヤーであるが、ある程度電気系の完成度が高まるにつれ、予想以上にCDプレーヤーは振動に弱く、振動と音質の相関性を解明することが、効率よくCDプレーヤーの音質を向上する途であることが、メーカー側でも判ってきたようだ。
 このことをユーザー側から考えれば、CDプレーヤーは、アナログプレーヤー的にメカニズムの基本がしっかりしたものを選択すべきという、誰にでも判かる簡単なヒントを提供してくれたことになる。
 VMAに基づいて開発、採用されたものの代表は、VMスタビライザーと高剛性ダブルボトムがある。前者は、アナログ用基板の振動制御に銅メッキメタル製スタビライザーを組み合わせたもの。後考は、筐体の盲点である底板部分を二重構造として、重量と剛性を上げて防振対策をするものだ。
 電気系の特徴は、新開発3ビーム光ヘッドに新製品中唯一の球面ガラスレンズ採用、小型低消費電力化された二種の新LSI、新D/Aコンバーターと左右独立デジタルフィルターの他に、高級アンプ並みに低インピーダンス大容量電源など、高級機らしくヤマハのエレクトロニクス技術の成果を充分に活かした設計が見受けられる。
 機能面は、10キー・27モードのリモコンが付属し、可変出力端子とヘッドフォンをリモートコントロール可能。FL6桁表示ディスプレイは、パーグラフ出力レベル表示付、12曲プログラム選曲などがある。
 試聴を始めよう。初期のウォームアップ、CDのセンタリング精度などは標準的な範囲だが、本機の音は、素直な帯域バランスと正攻法でビシッと音を決めて聴かせる、いかにもヤマハらしい音だ。音の粒子は適度に細かく、聴感上のSN比も充分にあり、音場感、音像定位も優れる。アナログで培かったヤマハらしい音の魅力をCDで聴かせてくれる。これはよい製品である。

その他のジャンルのベストバイ

菅野沖彦

ステレオサウンド 77号(1985年12月発行)

特集・「ジャンル別価格別ベストバイ・362選コンポーネント」より

 その他というジャンルは複雑だ。アクセサリーということになるのだろうが、その必要性、重要性は各人のオーディオ観に関わることだろう。グラフィックイコライザーを嫌う人々に、いくら優れた製品だといっても始まらない。その必要性や重要性の説得をしている余裕はここにはない。僕が選んだアクセサリーはグラフィックイコライザー3機種、デジタルディレーを使った音場プロセッサー1機種、そして、PCMプロセッサー1機種がある。いずれも僕自身使ってみてよかったもの、あるいは便利だったもの、そして面白かったもので、選ばなかったものにも、使ってみれば選びたくなるものが多いと思う。
 アキュフェーズG18は、現在一般に入手し得るグラフィックイコライザーの中で最も優れたものだろう。テクニクスSH8075もそれに準じるものである。サンスイSE99はもっとも多機能で面白い製品だが、イコライザーとしての分割周波数は12バンドなので、精度の点では普及モデルということになる。ソニーPCM553ESDは、オーディオインターフェイスとして、多機能で優れたPCMプロセッサーである。ハイクォリティのデジタル録音をしたい人には推めたい製品。ローランドDSP1000はデジタルディレーとマトリクス・クロス・フィードバックの音場プロセッサーとして現状ではたいへんよく出来た製品だと思う。将来は、デジタル信号を直接コントロールして最終段階でDAコンバーターを介してアナログ出力する方式が望ましいが、現状ではADコンバーター、デジタル処理、DAコンバーター、アナログ出力という、このシステムが十分使えるレベルに達した。詳しく述べる余裕はないが、これからのオーディオの音質改善策として、いたずらに効果を追うのではなく、豊かな音楽空間に溶け込むことが可能なこの種のシステムに対して僕は積極的にその効用を認めるものである。

ソニー CDP-553ESD + DAS-703ES

井上卓也

ステレオサウンド 77号(1985年12月発行)
「BEST PRODUCTS」より

 ソニーのCDプレーヤーのトップモデルは、業務用を除き、CDP701、CDP552ESDに続き、第三世代の新製品CDP553ESDに交代することになった。これに伴い、CDセパレートシステム用のD/Aコンバーターユニットも第二世代のDAS703ESに置換えられた。
 まずCDP553ESDから眺めてみよう。基本型は、第二世代のCDP552ESDを受継いだハイスピード・リニアモーター・トラッキング・メカニズムに特徴があるが、機械的振動とCDプレーヤーの音質の相関性が検討された結果、光学ピックアップ駆動メカニズム系に、新開発のセラミック緩衝材を採用した『セラデッドシャーシ』の採用と電気系のデジタル回路からアナログ回路へのノイズ混入を防ぐフォトカップラーを使った光学式トランスファー方式の採用が大きなポイントである。
 CDプレーヤーのシャーシに、ディスク信号読取り時に機械振動が加わった場合、サーボ信号中のエラーが増加しサーボ補正電流を乱し、この影響が電源を介してオーディオ信号を劣化させるが、音質を向上するためには、振動しにくく、振動が起きても減衰の早い材料や構造をメカニズムに採用する必要がある。
 一般的に振動をコントロールするためには、ゴムなどの柔らかな材料を使い振動を吸収させる方法が行われるが、他に、異種材料を重ねて振動を制御する方法もあり、今回は、光学ピックアップ駆動メカニズムの金属シャーシをセラミック樹脂ではさみ込むアウトサート成形法を採用するとともに、CDディスクを支えるチャッキングアームにも、金属と樹脂の二重構造を採用し振動源を抑える方法がとられている。これに加えて、外部からの振動を防ぐ特殊なインシュレーターを使った防振構造までも採用されている。
 電気系で音質劣化の原因となるところはパルスを扱うだけに数多く存在するが、ここではデジタル系のジッター成分とビ−トノイズを減らすためにD/Aコンバーターのクロックを基準に全デジタル系の信号処理を行う『ユニリニアコンバーターシステム』の採用、左右チャンネル間の位相差を低減する左右チャンネル独立のD/Aコンバーター採用、デジタルフィルターと一次ディスクリート・アナログフィルターの併用などフィルター回路をはじめ、デジタル系とアナログ系電源を分離した6系統独立安定化電源や選び抜かれたオーディオパーツなど細部にいたるまでの音質重視設計が施されている。また、より高度な要求に応えるためのデジタルセパレートシステム用のデジタル出力端子も備えている。
 機能面は、20キーを使った20曲までのダイレクト選曲と20曲までのメモリーとRMS機能、5パターンが選べるフルリピート機能、内蔵のマイコンがランダムに演奏曲を選定するシャッフルプレイなどをはじめ、大型ディスプレイ上で選曲したトラックナンバーをグラフィックに表示するミュージックカレンダーなど、最先端をゆく多彩な機能は見事である。
 デジタルセパレート方式のためのD/AコンバーターユニットDAS703ESは、電気的に分離独立したデジタル部とアナログ部の間を光伝送方式で結ぷ新技術の採用による性能向上が計られ、CDP553ESDはもとより、新しくデジタル出力端子を設けたPCMプロセッサーPCM553ESDとも組み合わせ可能だ。また将来のシステムアップに対応したデジタルテープモニタ−端子を備え、サンプリング周波数は3種類の自動選択が可能である。
 CDP553ESDは、歴代のソ二−のトップモデルCDプレーヤーが、それぞれの時代のリファレンスモデルであったと同様に、性能、機能、音質、操作性など、どの点をとってもリファレンスモデルに相応しい傑出した内容を備えている。メカニズムの動きは節度感があり、正確で、かつ敏速に動作をする。まさに、キピキビとした小気味よい動きである。音の傾向は整然と整理された音を聴かせるソニータイプの典型であり、曲間でチェックする残留ノイズの質と量ともに、さすがに低く、見事の一語につきる。SN比が優れているために、音場感情報は豊かであり、CDディスクを出し入れしてセンターリングの精度を試してみると、音の差は少なく、これは機械的な精度の高さを物語るものだ。
 DAS703ESと併用すると一段と鮮度感の高いCDサウンドが楽しめる。価格的にはかなり高価だが、結果の音質向上はこれならではの音の世界というしかあるまい。デジタル系のコードは種類により音が大幅に変わるため標準コードを使いたい。

昇圧トランス/ヘッドアンプのベストバイ

井上卓也

ステレオサウンド 77号(1985年12月発行)
特集・「ジャンル別価格別ベストバイ・362選コンポーネント」より

 最近のプリメインアンプやコントロールアンプは、ダイレクトに低出力のMC型カートリッジが使用できることがスタンダードとなっているために、専用の昇圧トランスやヘッドアンプを使うというのは、かなり要求度が高い場合のスペシャリティ的な使い方与えてよいだろう。
 低出力のMC型カートリッジの出力電圧をMM型カートリッジ並みの2・5mV程度の電圧にまで高めることが、昇圧トランスやヘッドアンプの役目である。両者の使い分けは、基本的に、3Ω程度の低インピーダンス型MCカートリッジでは、低電圧・大電流の特徴を活して、昇圧トランスの使用が好ましく、30〜40Ω程度の高インピーダンス型MCカートリッジは、低電圧・低電流のため、電圧増幅をするヘッドアンプの使用が好ましいと考えてほしい。
●10万円未満の価格帯
 昇圧トランスでは、アモルファスコアを採用したSH305MCが、価格、性能、音質の内容を誇り、とくに、30〜40ΩクラスのインピーダンスのMC型の昇圧で好結果が得られるのが特徴である。個性派はTK2220、ひと味違ったサウンドは大変に魅力的だ。ユニークな存在がHA3だ。将来のフォノ用ブラックボックスとしては大きな可能性を秘めた製品だ。
●10万円以上の価格帯
 AU1000の超重量級設計が特筆もの。

その他のジャンルのベストバイ

井上卓也

ステレオサウンド 77号(1985年12月発行)

特集・「ジャンル別価格別ベストバイ・362選コンポーネント」より

 その他のジャンルでは、かなり幅ひろい商品が存在しているため、他のジャンルの製品とは、ベストバイの選出そのものが、相当に異なるといった印象が強い。
 今年の新しい傾向として、デジタル技術をベースとしたオーディオ製品の実用化がトピックス的である。その第一は、デジタルディレーや、デジタルリバーブの製品化があげられる。ローランドのDSP1000ユニットと、パワーアンプをもつマランツRV55がその2機種だ。
 DSP1000のセミプロ用といった機能優先の簡潔な設計は、それだけにかなり魅力的な存在で、プリアウト機能、左右独立のディレーアウト、あるいは基本的原音賀、デジタルノイズの少なさなど、大変に優れた製品である。ただしボリュウムと同軸型のディレーミキシング調整は、初期変化がやや急激で、少しの慣れが必要だ。
 RV55は、デジタルリバーブも使えるのが最大の魅力であり、グラフィックイコライザーはパワーアンプが組みあわされているのが実用上で便利なシステムである。試聴用に借用した製品は、サンプル品で、やや不可解なマトリックススイッチの効果や、グラフィックイコライザー使用時のSN比の劣化、さらに、デジタルノイズなどの問題点もあったが、実際の製品では当然のことながら改良されていると思う。DSP1000との基本的な違いは、ローランドでは既存のスピーカーと同じ、聴取位置前方にディレイ出力用スピーカーを壁に向けて設置する前面型を推賞することにくらべて、マランツの方式は、ディレー/リバーブ出力用スピーカーをかつての4チャンネル方式と同様に後面にむいて、サラウンド的に使う構想であるのが対照的である。いわば、純粋な2チャンネルステレオのハイプレゼンス化とAVサラウンド的な使い方の違いといってよいだろう。
 同様にデジタル技術を駆使した分野にPCMプロセッサーがある。締切り時点では、サンスイPC−X11を選択し、生産品の試聴テストを行う予定でいたが、現在までに現実の製品が約束に反して届かず、PC−X11の選出は取下げる他はない。これに変わり、締切後に試聴したソニーPCM553ESDは、単体使用でもPCM701をしのぎ、デジタルノイズの皆無といってよい見事な力感と厚みのあるデジタルサウンドを聴くことができた。さらに、DAS703ESと組み合わせて、より高元のシステム化が可能なことも楽しい。
 ティアックAV−P25は、ノイズフィルター付ACテーブルタップといえる製品だが、デジタル機器やAV製品と同居が強要されるアナログ機器への干渉を減らす意義は大きい。
 ヤマハGTR1Bは、板厚の部分にある材料を使ったオーディオBOXである。予想以上に振動に弱いCDプレーヤーに好適である。

カセットデッキのベストバイ

菅野沖彦

ステレオサウンド 77号(1985年12月発行)

特集・「ジャンル別価格別ベストバイ・362選コンポーネント」より

 カセットデッキの性能向上も極限に達した観がある。無論、細部にわたってコストをかければ、まだまだやることはあるだろうが、このコンポーネントの性格からして、すでに十分以上のクォリティをもったものが現れたと偲う。来年はデジタル記録のDATが登場することは必至であるし、これも、アナログ機器としての有終の美を飾る分野といってよさそうである。
 価格帯は2ゾーンであるが、オートリバース機とスタンダード機に分かれ、計四つの区分が成されている。僕の考えでは、便利な機能のオートリバース機のほうが、カセットデッキとしての性格からはウエイトをおきたい気持ちも強いのだが、ここまで性能がよくなると、3ヘッドのスタンダード機の高級なものにも大いに魅力を感じる。10万円以上のゾーンでは、オートリバース機は選びたくないが、スタンダード機ではソニーのTC−K777ESIIやナカミチのCR70などは素晴らしいデッキだと思う。悩みに悩んで、結果的には、どちらの分野からも10万円以上は避けることにした。アカイGX−R60はオートリバースとして完成度の高いオリジナリティに溢れた力作である。ビクターTD−V66、ローディD707II、ケンウッKX1100Gはスタンダードデッキとして、カセットへの要求を十分満たし、録再の相似性、ノイズリダクションのクォリティに優れた実用機器として評価出来る。

カセットデッキのベストバイ

井上卓也

ステレオサウンド 77号(1985年12月発行)

特集・「ジャンル別価格別ベストバイ・362選コンポーネント」より

 あれほどまでに、全盛を誇っていたカセットデッキが、急激に衰退を示したことは、日の出の勢いを謳歌するCDプレーヤーにとっても、何れは己れの身かな、という一種の警鐘であるのかもしれない。
 デジタル系のプログラムソースの出現により、新時代の高SN比カセットデッキを目指して、地味な進歩ではあるが、ドルピーHXシステムの導入やドルビーCタイプの普及をはじめ、確実な進歩を遂げているカセットテープのバックアップも大きく貢献して、結果としてのカセットの音質はかなり大幅に向上しているのは事実である。
 一方、機能面に於ても、ダブルデッキを除いても、オートリバース機の性能が向上し、いずれはオートリバース機が標準モデルの位置につくであろう。現状では、未だに性能最優先の設計方針のため、実用上不可欠な頭出し機能を省いた製品が存在するが、これは問題として取上げるべきことであると思う。テープの自動選択を含み、手軽に使えるデッキへの道を要望したい。
●オートリバースデッキ
 機構的に、かなりの経験とメカの熟成が要求される分野。結果としては、ビクターDD−VR77、DD−VR9が選択に値する。
●スタンダードカセットデッキ
 音質優先では、機能面のマイナスもあるがソニーTC−K555ESIIがベスト1。シルバーパネルのヤマハK1XWの内容向上も注目に値する。

チューナーのベストバイ

菅野沖彦

ステレオサウンド 77号(1985年12月発行)

特集・「ジャンル別価格別ベストバイ・362選コンポーネント」より

 はっきりいってFMチューナーは、各メーカーのオリジナリティの濃い技術競争は終り、安定期に入った観がある。各ブロックがIC化され、パーツとして普及したため、多くのFMチューナーには独自の開発が希薄になってきた。その中にあって気を吐くのが、チューナーでは名実共にナンバー1の実力をもつトリオ/ケンウッドと、アキュフェーズで、この両社が意欲作を出している。こうしたバックグラウンドの中で、この一年の新しい製品の中心に、ケンウッドKT1010F、KT2020の両機種を選んだわけだが、同じく、KT880Fも大幅にクォリティアップしたことを申しそえておこう。テクニクスST−G6T、ソニーST−S555ESも、これに劣らぬ優れたものだが、現実のチューナー選びには、プリメインアンプやプリアンプとのデザイン統一という要素がむしろ重要ではなかろうか。新しく横浜や平塚の新局が開局するという事態にはなったが、今後、微細に音を識別する関心がFM放送に払われない限り、目くじら立てて選び分けるほどの分野ではないように思うからだ。それだけチューナー全体のレベルが向上した証拠でもあるわけで、僕個人の中では、どうしても他のコンボーネントほどこだわりが大きくないのである。
 10万円以上のアキュフェーズT106も素晴らしいが、僕にとっては10万円以下の出費で十分と思えるのだ。

トーンアームのベストバイ

井上卓也

ステレオサウンド 77号(1985年12月発行)
特集・「ジャンル別価格別ベストバイ・362選コンポーネント」より

 基本的には現状では、アームレスプレーヤーシステムと組み合わせるトーンアームであり、機械的な加工により生産し、その需要も非常に少ないため、既存の製品の維持だけでも大変であり、新製品の開発は至難であり、結果的なコスト高に繋がるのがこのジャンルでの悩みであるだろう。
●10万円未満の価格帯
 結果的には、製品寿命がかなり長い、いわば伝続的なトーンアームがその大半を占める価格帯である。いわゆる振り子式のインサイドフォースキャンセラーを採用以後の集大成ともいえる3010Rは、価格からみてもリーゾナブルで、仕上げの美しさもさすがにSMEならではの世界だ。ダイナミックバランス型の最後の華ともいえるFR64fxプロは、やはり重針圧型のMCカートリッジの魅力を引出すためには不可欠の存在で、ここでは簡潔さを買ってプロとしたが、細かい追込み用なら64fxが好選択だ。ベスト1は、1503IIIだ。SMEに匹敵する超ロングセラーのモデルナンバーを持つ。私事だが基本構想を提案しただけに、長期間にわたり育ててくれたメーカーへの感謝状といった意味もある。
●トーンアーム 10万円以上の価格帯
 本質的にはシリーズVがベスト1だが、締切り時点での年内発売が不明のため他を選んだ。DA1000の内容は注目したい。

チューナーのベストバイ

井上卓也

ステレオサウンド 77号(1985年12月発行)

特集・「ジャンル別価格別ベストバイ・362選コンポーネント」より

 手軽に適度なハイファイサウンドを楽しむプログラムソースとして、かなり魅力的な存在であるが、基本的に、いわゆるオシキセのプログラムソースであるために、送り出し側の番組制作の基本方針が直接的にFM放送の魅力にかかわりあいをもつのが、FMチューナーの特殊性であろう。
 かつては、FM民放の存在そのものが、ややワンパターンな傾向の否めないNHK・FMに対して、新鮮な魅力であり、これが、FM放送を支えてきたわけだが、ここ数年釆、NHK・FMが、ヨーロッパの放送局との提携番組で、その内容がとみに充実してきたことに対比し、FM民放の番組内容に、オリジナルな制作が減り、単にディスク再生番組的な面が強調されている。このことが、FM放送に対しての魅力を低下させ、AVにその基盤をさらわれてしまったのは否めない事実である。
 個人的にも、FMチューナーの電源を入れる確率が非常に低下しているが、NHK・FMの生送り出しは、一聴に値する素晴らしいFMの世界である。
●10万円未満の価格帯
 ケンウッドの経験と実力は群を抜いているが、シルバーパネル採用のヤマハT2000Wは、音的な魅力を含み一服の清涼剤的存在。
●10万円以上の価格帯
 KT3030の実力は文句なしにピカ一だ。事実上のFMチューナーの王者である。

カートリッジのベストバイ

菅野沖彦

ステレオサウンド 77号(1985年12月発行)

特集・「ジャンル別価格別ベストバイ・362選コンポーネント」より

 カートリッジ、つまり、このアナログディスクの変換器は、CDの登場で華やかな王座を去りつつあることは否めない。しかし、それだけに厳しく淘汰され、今後は存在の必然性と魅力のあるものが根強く定着することと思われる。このことは、製品自体についてはもちろんのこと、開発技術やそのコンセプトについてもいえることであろう。従来のハイコンプライアンス化や軽量化などには既に反省が見られ、バランス設計の理念にかえって、その動作の安定性と音の魅力を磨き上げたものが登場している。この一年のカートリッジにはそうした優れた力作が多いが、少々皮肉な現象ともいえるであろう。各カートリッジメーカーがアナログディスクへの愛情、長年の技術の集積の結晶として結実させ有終の美を飾る結果となったといっては気が早過ぎるであろうか?
 価格帯は3ゾーンに分けられている。
 5万円未満のゾーンでは、ベストワンとしてデッカMARK7を上げたが、この独特の構造をもつカートリッジは、この製品において、きわめて高い完成度に達したと思う。ダイレクトカップリングに近い、振動系の縦方向へのコンプライアンスのバランスが改善されたため、安定性と音の自然さが向上した。まるで、イギリスのよく出来た車のフィーリングのような滑らかさと弾力性をもつた得難い魅力に溢れている。B&OのMMC1は今年の開発ではないが、軽量、ハイコンプライアンスながらバランスがよく出来ていて、決して、ひよわな音にはならず、造形の確かな再生音がリアリティを感じさせるものだった。ヤマハのMC100は従来のヤマハのカートトッジのもっていた、どこか軟弱で神経質な音から脱し、豊かな雰囲気と芯のあるボディを感じさせる充実した音になった。オーディオテクニカAT−ML180はこのメーカーらしい安定したトレースとバランスでヴァーサタイルな音を聴かせる。ハイフォニックMC−A300は個性が光る。華美に過ぎることなく輝かしい魅力的なサウンドだ。
 5〜10万円ではオルトフォンMC20スーパーが断然光る。このMCカートリッジの王者といってよい北欧の老舗の風格を感じる現代カートリッジ技術の集大成である。SPU−GOLDと共に長く存在し続ける製品になるだろう。ソニーXL−MC9も、このメーカーのカートリッジ技術の集大成で、ついに高い完成度をもったバランスを獲得した。最新の技術と素材を使い、それらが生のまま音にでていない。大人の風格をもっている。
 10万円以上では僕の愛用カートリッジ、ゴールドバグMr.ブライヤーをベストとして推したが、トーレンスMCHIIという古いタイプのもつ魅力、シュアーのULTRA500のMM究極の完成度、AKG/P100LEIIの鮮鋭なサウンドなど、甲乙つけ難いものだ。

カートリッジのベストバイ

井上卓也

ステレオサウンド 77号(1985年12月発行)

特集・「ジャンル別価格別ベストバイ・362選コンポーネント」より

 伝統的なアナログディスクフアンの熱い要望に支えられて、カートリッジの新製品も順当に姿を見せ、その内容も充実したモデルが低価格帯に多くなってきたのが見逃せない点である。基本的には、MC型が国内製品の主流であることに変わりはないが、新製品の多くは、新型の針先形状の採用しボディ部分の高剛性化が特徴だ。
 カートリッジのジャンルで特に目立つことは、一般的な極性をもつ製品に対して、左右チャンネルの位相は合っているが、共に逆相になるように結線してある製品がかなり多く存在することがあげられる。
 大把みな傾向として、逆位相型は音の輪郭がクッキリとし、音が前に出る印象のメリハリ型の音になるようだ。反面、音場感的な情報は少なくなり、奥行き感のタップリとある音は不得意である。
 もちろん、昇圧トランスやヘッドアンプ、コントロールアンプ、パワーアンプなどにも、入出力が逆位相となる製品があり、これらとの兼ね合いでカートリッジも語らねばならないわけである。ただしスピーカーでは、逆位相型はJBLが例外的な製品であり、赤い端子に電池の+を接続すると振動板は後に引込むことになる。CDプレーヤーでも位相切替スイッチを備えた製品が、海外と国内に各1モデルあり、録音側も含み、この位相問題は今後に残されたオーディオの大きな課題となるであろう。
●5万円未満の価格帯
 内容の非常に濃い製品がビッシリと並んだ魅力のゾーンである。発電方式では、MC型とMM系が競合しているようだ。MC型では、デンオン、テクニカ、ヤマハの製品が、それならではの音を聴かせるが、リファレンス的な性格ではDL304が傑出した存在だ。AT−F5MCは、価格は安いが、その内容はテクニカMC型の集大成といった充実ぶりで一聴に値する優れた音が魅力的である。海外製品では、MMC1のフレキシブルな対応が抜群であり、ML140HEの力強さは鮮烈な印象だ。
●5〜10万円未満の価格帯
 伝統的なSPUを進化させたゴールドが文句なしにオリジナリティからしてベスト1だ。MC−L1000のダイレクト型ならではの世界。重厚で安定したAT37EMC。繊細なMC−D900。それぞれの個性は共存できる音の世界の展開である。締切り後の成果は、MC20スーパーで、オルトフォンを越えたオルトフォンとしての評価がどうでるであろうか。
●10万円以上の価格帯
 正統派的に考えれば、DL1000A、MC2000、P100LEあたりがベストバイである。アナログディスクでの長い経験があれば、IKEDA9は別格の存在である。締切り後では、ULTRA500の超シュアーな音が非常に魅力的であった。

昇圧トランス/ヘッドアンプのベストバイ

菅野沖彦

ステレオサウンド 77号(1985年12月発行)
特集・「ジャンル別価格別ベストバイ・362選コンポーネント」より

 当然のことながら、これはMCカートリッジと一体として考えるべきアクセサリーで、カートリッジ指定のもとに判定されるべき性格が強い。僕個人は、この分野ではトランスのほうに感心が強く、ヘッドアンプは、アンプの一つとして考えざるを得ないのである。例えば、アキュフェーズのC17ヘッドアンプなどのように、きわめて優れた製品だと思うのだが、同社のC280プリアンプ内蔵のヘッドアンプのクォリティを考えると、独立した製品の存在の必然性に、やや希薄なものを感じてしまうのである。ヘッドアンプとしては、マッキントッシュMCP1だけを上げたが、これは同社のプリアンプにはヘッドアンプが内蔵されていないため、あのまろやかなマッキントッシュ・サウンドを統一して獲得したい時にはぜひ一台欲しい製品だからであって、マッキントッシュ・ユーザー以外の人にとっては、やはり広くトランスを勧めたい気持ちが強い。
 10万円未満のオーディオテクニカAT700T、FRのXG7は、広く多くのMCカートリッジに適用性を認められる点で素晴らしいものだと思う。10万円以上ではデンオンAU1000も、ヴァーサタイルだが、オルトフォンT2000は、同社のカートリッジ、特にMC2000専用としての意味合いが強いように思う。それぞれのゾーンのベストワンは、以上のような意味合いで、いずれも万能型として優れているものとした。

トーンアームのベストバイ

菅野沖彦

ステレオサウンド 77号(1985年12月発行)
特集・「ジャンル別価格別ベストバイ・362選コンポーネント」より

 トーンアーム単体を今から買うという人はよほど高度なマニアだろう。そして、アナログディスクのコレクションも豊かで、それを奏でる儀式を愛してやまない人たちのはずだ。そういう僕も、その一人なのだが、僕が今、買いたいと思っているトーンアームは一つだけ。SMEのシリーズVである。昨年のオーディオショーで発表されたが、未だに製品はイギリスから渡ってこない。輸入元ではこの年未には必ずといっているが果たしてどうだろう。僕は幸いこのトーンアームを使ったことがあるが、トーンアームの最高峰。まさに有終の美を飾るにふさわしい素晴らしいアームであった。純度の高いマグネシュウムを主材として作られる軽量、高剛性のシリーズVは、長年のアナログレコード再生の夢を叶えてくれるものであった。ユニバーサル型のアームを世界中の標準とした元祖SMEだが、これはヘッドシェルとアームが一体構造でカートリッジ交換はプラグイン式のようにはいかない。SME3010Rも推薦に値するアームだが、皮肉にもシリーズVは、あのSMEのスタンダードモデルの基本構造や材料の反省が生かされたものともいえるのだ。FR64fx、オーディオクラフトAC3300、デンオンDA1000も選んではみたが、シリーズVの前には影が薄いのである。

プレーヤーシステムのベストバイ

菅野沖彦

ステレオサウンド 77号(1985年12月発行)
特集・「ジャンル別価格別ベストバイ・362選コンポーネント」より

 プレーヤーシステムは、フルオートは価格分類なしで、セミオートとマニュアルが10万円未満、10〜30万円、30万円以上の3ゾーンに、そして、アームレスが30万円未満30〜60万円、60万円以上の3ゾーンという、複雑な分類になっている。ADプレーヤーの現実からすればCDとのかね合いで考えなければならないかもしれない。つまり、CDの普及の中で、なお存在価値のあるものという見方がそれである。しかし、まだ時期尚早の感がなきにしもあらずで、10万円以下のプレーヤーがCDのクォリティに対抗することは難しいながら、一般にはまだ存在価値のあるものと考えることにする。
 フルオートではビクターのQL−Y44FとデンオンのDP47Fを選んだ。本山ヨはB&OのBeogram8002を選びたかったが、25万円という価格とCD混在の現状を照らし合わせて、いずれも6万円を切る普及価格のものにした。QL−Y44FもDP47Fも甲乙つけ難く、無理にベストワンを選ぶ意志はなかったが、サイコロを振って決めたようなものである。どちらも信頼性と中庸をいく音のバランスのまとまりをもった好製品だと思う。
 セミオート/マニュアルの10万円以下のベストワンはケンウッドのKP1100である。これは今年出たこの価格帯の唯一の新製品といってよく、この時期に新たに金型から起して開発した意欲と、その成果は称賛に催する。CPからみても、絶対性能価値からいっでも中堅の手堅い製品で、充実した再生音をもつ優れたものだ。同じケンウッドのKP880DIIは従来からのモデルだが、これも、安定した回転性能と精度の高いトーンアームで良質の再生音を約束してくれる好製品。ヤマハGT750、バイオエアPL5L、ビクターQL−A70はいずれも、アナログプレーヤーの技術の円熟を見せる優れたものだと思う。
 10〜30万円ではヤマハのGT2000Lを選ぶ。GT2000のヴァリエーションの中でミドルクラスのものだが、大型重量級のクォリティをもつ立派なもの。オーソドックスなプレーヤーで信頼性が高い。
 30万円以上ではエクスクルーシヴP3aとテクニクスSL1000Mk3。性格は違うが、どちらもプレーヤーの熟成した技術で磨かれた力作である。
 アームレスの30万円未満では、ARとトーレンスTD126BCIIIセンティニュアル、30〜60万円ではトーレンスTD226BC、60万円以上ではトーレンスのプレスティージとマイクロSX8000IIシステムを選んだ。AR、トーレンスとも、振動系としてQのコントロールを積極的に追求したフローティングタイプ。結局これがアナログプレーヤーの必須条件で、重量と剛性のみの追求ではバランスのとれた音の質感の再生には不可能に近いことを、マイクロも8000IIになりインシュレーターをシステム化したことが証明しているようである。