サンスイ C-2301

菅野沖彦

ステレオサウンド 72号(1984年9月発行)
特集・「いま、聴きたい、聴かせたい、とっておきの音」より

 C2301というサンスイのコントロールアンプはぼくが目下、大いに興味をもっている製品である。まだ新しい製品なので、ぼくも、それほど長くじっくりと使ったわけではないし、恐らく、これからファンが増えてくるアンプだろう。ぼくにとっては、国産、海外製を問わず、多くのコントロールアンプと接触する中で、これは、本気になってつき合ってもいいなという気を起こさせるアンプなのだ。
 ぼくの部屋にはアンプ棚がある。ここには六段の棚があって、一段に2台ずつのアンプが置けるから、計12台の収納が可能である。そのうち、コントロールアンプのためのスペースとしては、使用上の高さなどからして最上段や最下段は不適当だから、中三段ぐらいということになる。しかし、他にも、CDプレーヤーやチューナーも置かなくてはならないから、4〜5台というところがコントロールアンプのためのスペースだ。ここにある時期、継綻的に収まるものは、結果的にいって、ぼくの好きな製品ということになる。もちろん、好きなものでも、古いものは他の場所に片づけたり、あるいは、一時的に他のものと入れ替えたりすることがあるし、ほとんどが使わないのに、JBLのSG520とマランツの7Tは飾り物と化して居坐ったままというのが現実である。このJBLとマランツは、コントロールアンプのデザインの、偉大で対照的なクラシックだと自分では思っているので、想い出も含めて、どうも片づけてしまう気がしないのである。それはともかく、この棚には、こんなわけで、長年、収まりかえっているものや一日か数時間で取り出されてしまうものがあって、
ぼく自身も、結果的に、自分との関わり合いの濃淡を感じさせられることになるのである。ここにひと月以上入っているというのは、明らかにぼくの気を惹いた製品、三ヵ月になると、愛の芽生えたもの、半年を超えると相思相愛、一年以上同じ場所に居続けた製品は、伴侶である。なんとなく、こんな因果が、この10年くらいの間に出来上がってしまったようなのだ。コントロールアンプのアウトプットをつなぐパワーアンプ群は、ほとんど、この棚の裏部屋に収まっているので前からは見えないが、ここにも、これと似通った状況が見られるのである。
 サンスイのC2301は、まだ、合計で数時間しか、この棚に収まったことがない。しかし、その数時間で、それっきりになってしまわないなにかが、このコントロールアンプにあることを、ぼくはずうっと意識させられていたのである。本誌70号の新製品紹介記事を書くために聴いたC2301の音の魅力が頭から去らないのであろう。あの時、ぼくは、その音を耽美的な情感に満ちていると書いた。また、音楽に人間の生命の息吹きや、感情的高揚を求め彷徨している快楽主義者であるぼく……などと気恥ずかしい告白もやってのけた。天上の音楽を奏でるに相応しい無垢の音とは感じなかったけれど、それだけ暖か味のある魅力を、このアンプから感じ取ったことはたしかである。そして、〝ぼくにとってはこれでよい。いや、このほうがよい。色気がある音だから…〟と書いたのを覚えている。C2301は、明らかにぼくの情感を刺戟した。リビドーを感じさせた。アンプによっで、こうしたレスポンスを心の中に呼び起こすものと、そうではないものとがあることは一つの不思議である。その不思議ゆえにオーディオは面白く、また、その不思議と、科学的な技術問題の関連をさぐること、識ることが、オーディオの尽きない興味である。
 ルドルフ・フィルクスニーの慈愛と高潔の精神に満ちた音が、月並みな甘美さにしか聴こえなかったり、ひどい時には脆弱で鈍い音にしか聴こえなかったりする経験をぼくは知っている。この名ピアニストの、しかも、ぼく自身が録音したレコードによってさえ、ぼく自身にあれこれ聴こえるオーディオの音は、時として面白さを越えて恐ろしくすらある。C2301は、フィルクスニーを甘美に、そして、セクシーに響かせる。そこに、ぼくはこのアンプの魅力と不安を感じているのである。この稿を書く気になったのも、その魅力と不安からであった。そして、今、再び、C2301はぼくの部屋の棚に収まっている。一日ゆっくり、いろいろなレコードを聴いてみた。そして、ぼくは、一段と大きな魅力を、このコントロールアンプに感じ始めているのである。基本的には、ぼくの第一印象は間違っていなかった。しかし、聴けば聴くほど、そのヒューマンな暖か味と、情感の魅力の再現に惹かれていく自分を発見した。

Do me wrong Do me right Tell me lies But hold me tight Save your goodbyes For the morning’s light But don’t let me lonely tonight

 ローズマリー・クルーニーの歌う一節である。この人生経験豊なべテラン歌手の歌唱は見事という他はない。まさに熟女の官能とペイソスである。都会的である。
〝今夜だけは私を一人ぼっちにしないで……。しっかり抱いて……。さよならは夜が明けるまで云わないでほしいの……。〟
 理性と感情が、官能の虜の中でゆれ動く、この円熟した女の心と身体を深く美しく歌いあげる彼女、ローズマリー・クルーニーの表現は、このC2301の音の魅力と同質である。これ一曲を聴くためだけでも、このアンプの存在価値は高いといってもよいほどだ。
 このアンプが、これから、どんな音を聴かせてくれるかは大きな期待である。B2301とのバランス接続で聴いてもみたい。まったく異質なアンプとの組合せの妙も試してみたい。私のアンプ棚で、どんな存在になるのかは、私自身にも、今はわからない……。

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